研究プロジェクト成果報告書
研究課題
「PISA型読解力を向上させる授業プログラムの開発」
研究期間 平成 22 年度~平成 23 年度 研究代表者 上越教育大学学校教育実践研究センター 特任准教授 金子 淳嗣 研究組織 新潟大学 准教授 佐藤 佐敏 上越教育大学学校教育実践研究センター 教授 石野 正彦 上越教育大学 准教授 古閑 晶子 上越教育大学附属中学校 教諭 池村 和重 上越教育大学附属中学校 教諭 清水陽一郎 上越市立柿崎中学校 教頭 田中 和人 上越市立城西中学校 教頭 五十嵐守男1 研究の概要
平成 20 年3月に文部科学省より公示された中学校学習指導要領では,「言語活動の充実」が, 謳 わ れ て い る 。 そ の よ う に 謳 わ れ る よ う に な っ た 背 景 に は ,「 生 徒 の 学 習 到 達 度 調 査 (Programme for International Student Assessment)」(略称:PISA)の調査結果で,日本の学生の 読解力が低迷していたことが挙げられる。 この読解力を高めるために,次の目的に向けて研究を進めた。 (1) 「中学校の国語の授業」を対象として,「PISA 型読解力」と言われている学力を向上させ る授業プログラムを提案する。また,その授業プログラムを基に実践を行い,その成果を検証 し,その結果を広く社会に提言する。 (2) PISA 型読解力で高い学力を有しているフィンランドの国語の教科書と日本の国語の教科書 を比較し,その特徴を整理するとともに,日本の国語教育の問題点を指摘する。 (3) PISA 調査において高い学力を評価された韓国と台湾の教育事情を調査する。 2 研究成果 (1) 研究成果1 上記プログラムを開発し,そのプログラムの有効性を実証した研究成果を以下の学会 誌で発表した(資料①)。 佐 藤佐敏 2010.8 「「 解釈の アブダ クショ ンモデ ル」に 基づく 発問の 有効性 の検証 」 日本学校教育学会 『学校教育研究』第 25 号 日本学校教育学会編 pp.107-120 (2) 研究成果2 上記のように日本の国語の教科書とフィンランドの国語教科書の比較から,日本の国 語教育の問題点を以下の学会にて発表した(資料②)。 佐藤佐 敏 2011.11 「 語用論に 基づく学習課題―フィンランドと日本の小学校国語教 科書を比較して― 」日本教育実践学会大 14 回研究大会論文集 pp.109-110 また,これらの研究成果について,上越教育大学並びに上越地区の教員に向けて還元 する講演並びに発表を行った(資料③)。 2011.6.29. 上越教育大学学校教育実践研究センター 水曜セミナー 「思考力・表現 力を鍛える国語教室 ― PISA 調査と関連させて―」 2012.2.29 上越教育大学研究プロジェクト発表会「PISA 型読解力を向上させる授業プ ログラムの開発」 以下,後述学術誌での公表と学会での口頭発表,ならびにプロジェクト研究の上越教育 大学における口頭発表資料,そして海外調査結果資料をもって,研究プロジェクトの報告 とする。
資料①
「「 解 釈 の ア ブ ダ ク シ ョ ン モ デ ル 」 に 基 づ く 発 問 の 有 効 性 の 検 証 」 日 本 学 校
教育学会編
『学校教育研究』第25号 pp.107-120
「解釈のアブダクションモデル」に基づく発問の有効性の検証 ― 解釈する力を高める「A or B」の発問 ―
Effectiveness of Questions Based on the Abduction Model for Interpretation
―
A or B Style Questions for Developing Interpretation Ability
―
Ⅰ 問題の所在
2000 年 , 2003 年 , 2006 年 に 行 わ れ た 「 生 徒 の 学 習 到 達 度 調 査 ( Programme for International Student Assessment)」( 略 称 : PISA) に お い て , 日 本 の 学 生 の 読 解 力 の 得 点 は , 第 一 グ ル ー プ に 比 し て 有 意 に 低 い と い う 結 果(1 )が 報 告 さ れ た 。 こ の 日 本 の 学 生 の 読 解 力 の 低 さ に つ い て , 有 元 秀 文 を は じ め と す る 多 く の 論 者 は 無 答 率 の 高 さ に そ の 問 題 の 所 在 を 求 め て い る( 2 )。 そ の 一 方 で , 福田誠治(2007)は,日 本 の 子 ど も と 得 点 上 位 国 を 相 対 的 に 比 較 し て ,「 日 本 の 子 ど も た ち は ,『 情 報 取 出 』 や 『 解 釈 』 が そ れ ほ ど 上 手 で は な い 」(3 )と 述 べ て い る 。テキストを的確に解釈するためには,次の二つの力が必要である。 1 根拠を明確にして述べる力 2 根拠と解釈を繋ぐ理由を明確に述べる力 2008 年 3 月 に 文 部 科 学 省 よ り 公 示 さ れ た 中 学 校 学 習 指 導 要 領 の 国 語 で は ,「 読 む こ と 」 の 領 域 に お い て , 次 の 文 言 が 初 め て 加 わ っ た 。 ○ 〔 第 二 学 年 〕 C 読 む こ と の 内 容 ウ 文 章 の 構 成 や 展 開 , 表 現 の 仕 方 に つ い て , 根 拠 を 明 確 に し て 自 分 の 考 え を ま と め る こ と ( 下 線 筆 者 ) 「 根 拠 を 明 確 に し て 」 と い う 文 言 は , 確 か に 1998 年 度 版 の 中 学 校 学 習 指 導 要 領 「 書 く こ と 」 の 領 域 に も 使 用 さ れ て い る 。 し か し な が ら ,「 読 む こ と 」 の 領 域 に お い て 「 根 拠 を 明 確 に 」 と 記 さ れ た の は , 2008 年 公 示 の 中 学 校 学 習 指 導 要 領 が 初 め て で あ っ た 。日 本 の 生 徒 た ち は , 確 か に 根 拠 を 明 確 に し て 自 分 の 解 釈 を 述 べ る 力 は 弱 い 。 そ の 実 態 の 改 善 を 図 る た め に ,「 根拠を 明確に し て自分の考えをまとめること」という文言が,加えられたと言える。 さ て ,筆 者 は ,「 解 釈 する 力 」 が 弱い 理 由 と して, この「 根拠を 明確に する力 」の他 に 「根拠と解釈を繋ぐ理由を明確に述べる力」も日本の生徒たちは弱いということを指摘す る。根拠を本文から抜き出すことのできる生徒も,その根拠から,どうしてその解釈に結 びつくのかの理路を明確に述べることができないのである。説得力のある解釈を示すためには, 根 拠 を 本 文 か ら 抜 き 出 し , そ れ を 主 張 と 論 理 的 に 結 び 付 け な け れ ば な ら な い 。 根 拠 と 主 張 を 論 理 的 に 関 係 付 け る た め に は , 既 有 知 識 に ア ク セ ス し て , そ の 根 拠 と 主 張 が 結 び 付 く 推 論 の 過 程 を 説 明 す る 必 要 が あ る 。 日 本 の 生 徒 の 読 解 力 が 高 く な い 原 因 の 一 つ は , こ こ に あ る 。 具体的な解釈の例で説明しよう。 島木赤彦の短歌を取り上げる。 島木赤彦
夕焼け空焦げきはまれる下にして氷らんとする湖の静けさ(4 ) この短歌の解釈において,作品世界の情景を的確に描くことを目的に次の発問を行う。 発問 語り手の目には,夕日が映っていますか。いませんか。 この発問において,生徒は次のような発言をする。四つのタイプに分類して述べる。 Aタイプ…「夕日は見えてないと思う。なんとなくだけど。」 Bタイプ…「夕日は見えてない。なぜなら,『氷らんとする湖の静けさ』とあるから。」 Cタイプ…「夕日は見えてない。なぜなら,湖に太陽が当たると湖がまぶしくなるから。」 D タ イプ … 「 夕 日は 見 え て ない 。『氷 ら ん と する湖 の静け さ』と ある。 湖が凍 るくら い 静かだということは,湖に太陽が当たってないということだ。太陽が湖に当たると湖 に光が反射して暖かく映る。だから,話者が湖のそばに立っているとすると,話者の 目に夕日は見えてない。 前述Aタイプの解釈は,根拠も理由も述べていないので,最も説得力がない。こういっ た生徒は,根拠を本文に求めないため恣意的な解釈を述べることが多い。Bタイプは本文 の言葉を引用しているところは良い。しかし,その引用部分が,なぜ,夕日が見えてない という解釈に繋がるのかを説明していない。理由が欠如している。 その逆に,Cタイプでは,理由が述べられているものの,その根拠が明示されていない。 根拠となる本文の引用がないのである。 根拠を本文に求めて引用し,その理由を述べた上で解釈を述べているのがDである。 日本の生徒たちの読解力が低い理由は,Dの解答を授業で生徒に求めていないからであ る 。 確 か に , 根 拠 を 本 文 に 求 め る 授 業 は あ る(5 )。 し か し , 根 拠 と 理 由 を 繋 げ て 説 明 す る ことを徹底させている授業は少ない。管見する限り,藤森裕治が提唱するバタフライ・マ ッ プ 法 が 根 拠 と 理 由 付 け を 分 け て 述 べ さ せ て い る だ け で あ る(6 )。 こ の 学 習 法 と 筆 者 の 主 張の相違点は,バタフライ・マップ法が一つのテーマに対して複数の根拠と複数の理由付 けを複合的に羅列しているのに対し,筆者は一つの根拠に一つの理由付けを対応してアブ ダクションの形式で解釈することを提案しているところにある。加えて,理由付けにあた る推論過程を仮言命題で考えることが有効であると主張しているところにある。 解 釈 す る 力 が 弱 い の は , 根 拠 を 明 確 に し て 述 べ る だ け で な く 既 有 知 識 に 適 切 に ア ク セ ス で き な い 生 徒 が 多 い と い う こ と で あ り , そ れ が 問 題 な の で あ る 。 既 有 知 識 と 根 拠 を 行 き 来 す る こ と を 生 徒 に 求 め て い な い 授 業 こ そ が 問 題 な の で あ る 。 Ⅱ 研究の目的 筆者は,「 読 む こ と 」 の 領 域 に お い て , 根 拠 と 理 由 を 明 確 に し て 解 釈 す る 力 を 高 め る た め の 授 業 論 を 提 案 し , そ の 解 釈 す る 力 を 高 め る た め の 発 問 を 「 解 釈 の ア ブ ダ ク シ ョ ン モ デ ル 」 を 基 に 説 明 し た。 こ の モ デ ル を 構 築 す る に 至 る ま で , 筆 者 は , C.S.Peirce の プ ラ グ マ テ ィ ズ ム の 格 率 ( the maxim of pragmatism)とアブダクション(abduction)の理論を援用し,それに基づいて,「解 釈する力を高める発問」を理論的に提案した。この解釈のアブダクションモデルを構築す るに至った理論的裏付けや先行研究との関連については,紙幅の関係上この論文では割愛 する。既に他で発表している二つの論文(7 )を参照願いたい。 図 1 が ,「 解 釈 の ア ブ ダ ク シ ョ ン モ デ ル 」 で あ る 。( X ) は , 文 章 を 読 ん で 文 字 情 報 を 入 力 す る こ と を 意 味 す る 。( Z ) は , 解 釈 す る 出 力 を 意 味 す る 。 そ し て ,( Y ) は , そ の
情報を解釈に結び付けるための推論過程を示している。 授 業 に お い て ,「 解 釈 の ア ブ ダ ク シ ョ ン モ デ ル 」 の 解 釈 に 当 た る 部 分 ( Z ) を 「 A or B」と先に提示し,それを発問にすると,その根拠となる情報部分(X)と,理由となる 推論過程(Y)を答えさせることになる。 こ れ は, い わ ば 出口 を 先 に 提示 す る こ とで, その 入口と過程を考えさせる発問である。 上 記 の島 木 赤 彦 の短 歌 で 示 した 発 問 「 語り手 に夕 日 は 見 えて い ま す か, 見 え て いま せ ん か 」は, この 形式に則っている。この発問を提示すると,生徒たちは,上記のような4つのタイプで答 え る 。 この 発 問 に おい て ,「 根 拠 を 本文 ( X ) に求め ること 」と「 理由( Y)を 『もし … …なら,……』という仮言命題の形で答えさせ既有知識にアクセスすること」を生徒に促 すのである。 確かに,この発問に対しては,BタイプやCタイプのように答えることも可能である。 しかし,それだけでは論証力が弱い。そして,その論証力の弱さを指摘してないところに 問題があるのである。先のとおり根拠と理由を繋げて答えることで論証力が高まる。この (Z)を先に提示すると,(X)と(Y)の両方を答えることを促すことになる。 本研究では,解釈に当たる部分(Z)を「A or B」と先に提示することで,その根拠 となる情報部分(X)と,理由となる推論過程(Y)を答えさせる発問による授業をプロ グラムした。このプログラムを中学校第1学年に6時間実施する。 こ の プロ グ ラ ム を実 施 す る こと で ,「 根 拠 を 明確に 述べる こと」 と「根 拠と解 釈を結 ぶ 理由を明確に述べること」が,生徒に身に付いたかどうかを調査する。その上で,筆者が 提案した「A or B」の発問の有効性を考察するのが,本研究の目的である。 Ⅲ 研究の方法 1 「A or B」の発問を用いた授業プログラムを開発する。 2 授業プログラムに基づいた授業を中学校 1 学年にて 6 時間実施する。 3 プリテスト・ポストテスト法による調査でプログラムの効果を検証する。 ※ 調査の観点「根拠と理由が明確に述べられているかどうか」 4 「A or B」の発問が,解釈する力を高めるかどうかを考察する。 Ⅳ 開発したプログラム 1 「解釈のアブダクションモデル」に基づく「A or B」の発問例 全 6 時間の授業は,それぞれの教材の価値に迫ることを授業の目標として発問や指示を 構成している。全発問と全指示を掲載することが望ましいが,ここでは紙幅の関係からそ の全ての記載は割愛し,各時間で用いた教材名と,各時間で行った「A or B」の発問を 記載する。 2 プログラム授業の概要 (1) 対象とした学級 新潟県にあるA大学附属A中学校の1年B組を対象とした。生徒数は 39 名。教研式標
準 学 力 検 査 (通 称 N R T) の 平 均 値が 63.2 という非常に高い学力を有する学級でプログ ラム授業を実施した。 (2) プログラム実施前の生徒の実態 後掲のプリテストで,『平成 21 年度全国学力・学習状況調査の調査問題』国語 B 問題を 取り上げたところ,自分の考えを述べる際に根拠を明確に述べた生徒は 13 名であり,25 名は根拠が明確でなかった(欠席者 1 名)。また,理由を明確に述べた生徒も 13 名であり,25 名は理由が明確でなかった。なお,根拠と理由の両方を明確に述べていなかった生徒は 22 名であった。 (3) プログラム授業の実際 ① 授業実施日 2009 年 第 1 時 11 月 27 日 第 2 時 11 月 30 日 第 3 時 12 月 1 日 第 4 時 12 月2日 第 5 時 12 月4日 第 6 時 12 月7日 ② 授業の様相 6 時 間 すべて の授 業の概 要を記 述す る紙幅 はな い。「A or B」の発問による授業の様子が最も伝 わりやすいと判断する第 3 時で行った授業の概要 を説明する。詩「岩が」( 8 )において,教師範読と 音読2回を終えた後,次の「A or B」(正確には 「A or B or C」)の発問を行った。 「川はどこを流れていますか。 上流・中流・ 下 流 , ど こ で す か 。( 指 示 ) 本 文 に 『 … … 』 と 書 岩が 吉野 弘 岩が しぶ きをあげ 流れ に逆 ら っ て い た。 岩の横を 川上へ 強靱 な 尾 をもっ た 魚 が 力強く ひっ そ り と 泳い で す ぎ た 。 逆ら う に し て も それ ぞ れ に 特 有 な そし て 精 いっぱ い な 仕方 があるもの 。 魚が 岩 を 憐 れ んだり 岩が魚を卑 し めたり し な い のが いか にも 爽や か だ 。 流れ は豊か に むし ろ 卑屈な も のたちを 押し 流し て い た 。 表1 教材と「A or B」の発問例 第1時 短歌 島木赤彦「夕焼け空焦げきはまれる下にして氷らんとする湖の静けさ」 発問 語り手の目には,夕日が映っていますか,いませんか。 説明 ※ 根拠と理由を挙げて解釈を述べると良いことを説明する。 第2時 短歌 詠み人知らず「定型に陽が射し秋の風が吹く火傷しそうな君に逢いたい」 発問 語り手と『君』は,現在良い関係にあると言えますか。言えませんか。 (指示)「本文に『……』と書いてある。『もし……なら,……』である。 だから,……」という文型で答えなさい。 第3時 詩 吉野 弘 「岩が」 発問 川はどこを流れていますか。 上流・中流・下流,どこですか。 第4時 詩 石原吉郎 「居直りりんご」 発問 このりんごは居直って,心も大きくなったのでしょうか。大きくなったとは言え ないでしょうか。 第5時 詩 中原中也 「月夜の浜辺」 発問 「何月ですか。 1 月? 2 月? ……」 第6時 詩 吉野 弘 「夕焼け」 発問 「電車はどこを走っていますか。 街中 街中→住宅街 住宅街→田舎」 なお,今回は,介入授業の制約があるため,授業プログラムの効果を図るために短時間で授業すること が可能な韻文を対象として授業プログラムを組織した。散文や説明的文章を対象とした授業では,この問 いはどのように有効に働くのかについての研究は,別の機会に譲る。
いてある。『もし……なら,……』である。だから,……という文型で答えなさい。」 この指示に対して,3つ以上の根拠と理由を記述した生徒は,24 名にのぼり全体の 61 %を占め,5 つ以上の根拠と理由を記述した生徒も 5 名に及んだ。全員の生徒が根拠と理 由を合わせた文型で1つ以上の解釈を記述したのを確認してから,討論を行った。以下は, その討論で発言された生徒の主立った解釈である。 このように,同じ根拠に着目しても理由が異なれば解釈も異なる。根拠と理由を繋げて 発言すると,互いが挙げた根拠に対する理由の妥当性が検討される。論点も明確になる話 合いとなる。このような討論で解釈を絡ませることで,生徒たちは,根拠と理由の両方を 述べるよさを実感していった。 なお,解釈を述べさせる際に常に「根拠と理由を答えなさい」と指示しなければならな い よ う では , そ れ を体 得 し た とは 言 え な い。「 根拠と 理由を 答えな い」と 指示し なくと も 解釈を述べる際に常に根拠と理由を繋げて答えることができる生徒を育てることを本プロ グラムでは目標としている。したがって,第5時と第6時には敢えて「根拠と理由を挙げ て答えなさい」という指示を出さずに解答させ,机間指導にて,根拠と理由を書いてない 生徒 に「根 拠が抜 けてる よ」「既 有知識 にアク セスし よう」「『もし……なら,……』で答 えて」と声掛けを行い,個別に支援していった。 表2 「A or B」の発問に対する生徒の主立った発言(S は Student の略) S1:本文に「川上へ……泳いで」と書いてある。もし上流ならそれよりも川上へ泳ぐことはできな い。だから中流だと思う。 S2:本文に「流れは豊かに」とある。もし上流や中流では豊かな流れとならない。だから下流だ。 S3:中流。「魚がひっそりと泳いで」と書いてある。もし,上流なら,流れが激しくて,ひっそり となんて泳げないから。 S4:本文に「岩が」とある。もし,中流や下流なら,「岩」は砕かれて石や砂になる。だから,上 流だ。 S5:本文に「強靱な尾をもった魚が」とあります。中流や下流なら平凡な尾の魚でも泳げるはずで す。だから上流です。 S6:本文に「岩がしぶきをあげ」と書いてある。もし中流や下流だったら水の流れが遅いので,し ぶきはあがらないはず。だから上流だ。 S7:本文に「魚が力強く泳いで」と書いてある。もし下流なら流れが緩やかなので,力強く泳ぐ必 要はない。だから流れの急な上流だと思う。 S8:私は S2 さんと同じ根拠「ひっそり」に注目しました。S2 さんは,「上流ならひっそりとなんて 泳げない」と言ったけど,下流では魚が群れになって泳いでいるから,こっちのほうが「ひっ そり」にならないと思います。上流で一匹二匹になったから「ひっそり」なんじゃないですか。 S9:私は,「流れが豊かだから下流だ」と言った意見に反対です。「流れは豊かに」というのは,水 の量が豊かだということを表しているんじゃなくて,勢いのよい流れを「豊か」と表している のだと思います。だから,上流でも良いと思います。 S9:でも,S1 さんが言ったように「川上へ」とあります。もし「川上で」なら,上流で泳いでいる . . . ということになりますが,「川上で」ではなく「川上へ」と書いてあるんです。この「へ」は方. . 向を示しているから,「中流から川上へ泳いでいる」と考えたほうが良いと思います。上流に近. い中流とか,そのあたりじゃないですか。
3 プリテスト・ポストテスト法による調査 【プリテスト】( 9 ) (1) 調査日 11 月 27 日 (2) 調査人数 38 名 (1名欠席) (3) 調査結果 (4)備考 『 平 成 21 年 度 全 国 学 力 ・ 学 習 状 況 調 査 の 調 査 問 題 』 で は , 「 そ の 写 真 と 組 み 合 わ せ る 理 由 が 分 か る よ う に , 詩 と 選 ん だ 写 真 と を 関 連 付 け て 書 く こ と 」 と い う 条 件 が 添 え ら れ て い た 。 こ の よ う な 条 件 が な け れ ば , 根 拠 や 理 由 を 挙 げ る こ と が で き な い よ う で は 国 語 の 力 が 本 当 に 身 に 付 い て い る とは い え な い 。 そ こで , プ リ テ ス ト で は,こ の条 件を消 去し ,その 上で 根拠と 理由 が明 確に 述べられているかどうかを調査した。 【ポストテスト1】( 10) (1) 調査日 12 月 14 日 表 3 プ リ テ ス ト 明 確 な 理 由 記 述 あ り な し 根 あ り 10 3 拠 な し 3 22
(2) 調査人数 39 名 (3) 調査結果 (4) 備考 プログラムを終えて1週間後に行ったポストテストである。 問 題 の 難 易 度 を 同 じ にす る た め に,『 平 成 20 年度全国学力・学習 状 況 調 査 の 調 査 問 題 』 か ら 抜 粋 し た 。 そ し て , プ リ テ ス ト 同 様 ,「 レ ポ ー ト に あ る 国 語 辞 典 の 記 述 や グ ラ フ の 内 容 を 根 拠 に し て 書 く こ と 」 と い う 条 件 は 消 去 し , 根 拠 と 理 由 が 明 確 に 述 べ ら れ て い る か ど う か を 調 査 し た。 【ポストテスト2】( 11) (1) 調査日 2010 年2月4日 (2) 調査人数 39 名 (3) 調査結果 (4) 備考 ポストテスト1が,プリテストとの問題の難易度を同程度にするために用意した問題で あるのに対して,ポストテスト2は,授業で行っていた韻文を対象に,授業で行ってきた 発問と似た問いの形式で行った。ポストテスト1が授業内容とは大きく違った形式の問題 であったからである。また2ヶ月の期間をおいた実施であり,忘却の可能性も加味した。 4 調査結果の分析 ―[直接確率計算2×2] ― プ ロ グラ ム の 前 後で ,「根 拠 を 明 確に 記 述 す る」者 と「根 拠が明 確でな い」者 の人数 比 に つ い て , 直 接 確 率 計 算 を 行 っ た 結 果 , 有 意 差 が み ら れ た ( ポ ス ト テ ス ト 1 の 片 側 検 定 p=0.0000,ポ ストテ スト2 の片側 検定 p=0.0000)。プ ログラ ムの導 入後は ,「根拠を明確に 記述する」者の割合が有意に増加しており,このプログラムは,根拠を明確に記述する力 をつけるのに有効であると考えられる。 プ ロ グラ ム の 前 後で ,「理 由 を 明 確に 記 述 す る」者 と「理 由が明 確でな い」者 の人数 比 に つ い て , 直 接 確 率 計 算 を 行 っ た 結 果 , 有 意 差 が み ら れ た ( ポ ス ト テ ス ト 1 の 片 側 検 定 : p=0.0252, ポ ス ト テ ス ト 2 の片 側 検 定 :p=0.0000)。 プ ロ グ ラ ム の 導 入 後 は ,「 理 由 を 明 確 に 記 表6 プリとポスト1の比較 明確な「根拠」の記述について 記述あり 記述なし プリ調査 13 25 ポスト調査1 34 5 両側検定 : p=0.0000 ** (p<.01) 片側検定 : p=0.0000 ** (p<.01) Phi=0.543 /_/_/ Analyzed by JavaScript-STAR _/_/_/ 表7 プリとポスト2の比較 明確な「根拠」の記述について 記述あり 記述なし プリ調査 13 25 ポスト調査2 37 2 両側検定 : p=0.0000 ** (p<.01) 片側検定 : p=0.0000 ** (p<.01) Phi=0.635 /_/_/ Analyzed by JavaScript-STAR _/_/_/ 表 4 ポ ス ト テ ス ト 1 明 確 な 理 由 記 述 あ り な し 根 あ り 22 12 拠 な し 1 4 表 5 ポ ス ト テ ス ト 2 明 確 な 理 由 記 述 あ り な し 根 あ り 31 6 拠 な し 0 2
述する」者の割合が有意に増加しており,このプログラムは,理由を明確に記述する力を つけるのに有効であると考えられる。 Ⅴ 考 察 と 今 後 の 課 題 プ リ テ ス ト ・ ポ ス ト テ ス ト 法 の 結 果 , こ の プ ロ グ ラ ム 授 業 は ,テ キ ス ト を 的 確 に 解 釈 す る た め の 「 根 拠 を 明 確 に し て 述 べ る 力 」 と 「 根 拠 と 解 釈 を 繋 ぐ 理 由 を 明 確 に 述 べ る 力 」 の 2 つ の 力 を 高 め た と 言 え る 。な お , こ の 結 果 を 認 知 心 理 学 の 学 習 の 転 移 の 視 点 か ら 分 析 す る と ,「 方 略 獲 得 時 と 似 た 状 況 へ の 転 移 ( near transfer)は起 こ り やす い 」( 12)と 言 わ れ て い る よ う に , ポ ス ト テ ス ト 2 の よ う な 問 題 で 成 果 が 顕 著 に 現 れ た の は 当 然 の 結 果 と も 言 え る 。 し か し な が ら , ポ ス ト テ ス ト 1 は 学 習 内 容 と 類 似 し た 問 い の 形 式 で は な い 。 文 種 も 異 な っ て い る 。 こ の ポ ス ト テ ス ト 1 に お い て も 有 意 差 が 認 め ら れ た 。 こ の こ と か ら ,「 解 釈 ア ブ ダ ク シ ョ ン モ デ ル 」 に 基 づ く 「 A or B」 の 発 問 を 繰 り 返 す と , 様 々 な 文 章 を 解 釈 す る 場 面 に お い て も 根 拠 と 理 由 を 明 確 に し て 述 べ る 力 を 生 徒 に 身 に 付 け て い く こ と が で き る と い う 傾 向 が 確 認 さ れ た( 13)。 と こ ろ で , 解 釈 を 述 べ る 際 に 本 文 か ら 根 拠 を 挙 げ て 各 自 の 既 有 知 識 に ア ク セ ス し て 理 由 を 述 べ る と い う の は , い わ ば 読 み の 方 略 の 1 つ で あ る 。 こ の 方 略 は , 自 転 車 に 乗 る 方 略 の よ う に , 一 度 身 に 付 け た ら 剥 離 す る こ と が な い と い う 類 の 方 略 か ど う か は 定 か で な い 。 実 践 後 2 ヶ 月 と い う 時 点 で は , こ の よ う な 転 移 が 確 認 で き た が , 時 間 の 経 過 が 方 略 の 剥 離 を ど れ く ら い 促 す の か と い っ た 検 証 が 必 要 で あ る 。 ま た , こ の プ ロ グ ラ ム 授 業 と 調 査 は , 標 準 学 力 検 査 で 高 い 数 値 を 有 す る 学 習 集 団 を 対 象 と し て 行 わ れ た 。 こ の 結 果 を 一 般 化 し て 考 え る こ と が で き る か ど う か の 検 討 も 必 要 で あ る 。 こ の よ う に , 限 定 さ れ た 範 囲 で 確 認 さ れ た 「 A or B」の 発問の有 効性を 一般化 して考え ること がで き る か ど う か を 検 討 す る こ と が 今 後 の 課 題 で あ る 。 〈引用・参考文献〉
( 1) 文 部 科 学 省 http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/data/pisa/index.htm「 PISA( OECD 生 徒 の 学 習 到 達 度 調 査 )」 2010 年 2 月 18 日 取 得 。 (2) 有 元 秀 文 『 PISA 型 読 解 力 が 必 ず 育 つ 10 の 鉄 則 』, 明 治 図 書 , 2008 年 , 83 頁 。 (3) 福 田 誠 治 『 全 国 学 力 テ ス ト と PISA』, 国 民 教 育 文 化 総 合 研 究 所 , 2007 年 , 49 頁 。 (4) 久 保 田 俊 彦 『 赤 彦 全 集 第 1 巻 』, 岩 波 書 店 , 1969 年 , 257 頁 。 (5) 「 根 拠 を 求 め る こ と の 重 要 性 」 に つ い て は , 例 え ば , 有 元 秀 文 が 前 掲 書 で 「 書 い て あ る こ と を 根 拠 にしないと答えられない発問」を「PISA 型読解力が育つ」発問の一つとして述べているように,枚 挙 に 暇 が ない 。 し か し な が ら, こ の 「 根 拠 を 求 めるだ け」 では不 十分 であり ,根 拠と理 由を 結び 付け 表9 プリとポスト2の比較 明確な「理由」の記述について 記述あり 記述なし プリ調査 13 25 ポスト調査2 31 8 両側検定 : p=0.0000 ** (p<.01) 片側検定 : p=0.0000 ** (p<.01) Phi=0.457 _/_/_/ Analyzed by JavaScript-STAR _/_/_/ 表8 プリとポスト1の比較 明確な「理由」の記述について 記述あり 記述なし プリ調査 13 25 ポスト調査1 23 16 両側検定 : p=0.0402 * (p<.05) 片側検定 : p=0.0252 * (p<.05) Phi=0.248 /_/_/ Analyzed by JavaScript-STAR _/_/_/
て 述 べ る こと が 重 要 で あ る と主 張 し て い る と こ ろに, 本研 究の提 案性 がある 。有 元秀文 前 掲書 ,18 頁 (6) 藤森裕治 2007 『バタフライ・マップ法』 東洋館出版社,25 頁 (7) 佐 藤 佐 敏 「 読 み に お け る ア ブ ダ ク シ ョ ン の 働 き - C.S.Peirce の 認 識 論 に 基 づ く 『 読 み の 授 業 論 』 の 構 築 - 」,『 国 語 科 研 究 』 第 四 十 七 集 , 27-34 頁 佐 藤 佐 敏 「 解 釈 す る 力 を 高 め る 発 問 ― C.S.Peirce の 認 識 論 に 基 づ く『 読 み の 授 業 論 』の 構 築 (2) ― 」,『 上 越 教 育 大 学 紀 要 』 第 29 号 , 2010 年 , 321-330 頁 。 (8) 吉 野 弘 『 平 成 14 年 度 版 現 代 の 国 語 3 』, 三 省 堂 出 版 収 録 , 2002 年 , 2 頁 。 (9) 文 部 科 学 省 『 平 成 21 年 度 全 国 学 力 ・ 学 習 状 況 調 査 の 調 査 問 題 』 国 語 B 問 題 を 参 照 。 http://www.nier.go.jp/09chousa/09mondai_chuu_kokugo_b.pdf 2009 年 11 月 24 日 取 得 。 (10) 文 部 科 学 省 『 平 成 20 年 度 全 国 学 力 ・ 学 習 状 況 調 査 の 調 査 問 題 』 国 語 B 問 題 を 参 照 。 http://www.nier.go.jp/08tyousa/08mondai_06.pdf 2009 年 11 月 24 日 取 得 。 (11) 高 田 敏 子 『 平 成 5 年 度 版 現 代 の 国 語 1 』, 三 省 堂 出 版 収 録 , 1993 年 , 2 頁 。 (12) 三 宮 真 智 子 「 思 考 に お け る メ タ 認 知 と 注 意 」, 市 川 伸 一 編 『 認 知 心 理 学 4 思 考 』, 東 京 大 学 出 版 会 , 1996 年 , 173 頁 。 (13) 統制された実験的手続きによる厳密な検証をしていないので,「 A or B」 の 発 問 以 外 の 要 因 が あ る 可 能 性 も 否 定 で き な い 。 し た が っ て , こ の 調 査 で プ ロ グ ラ ム の 効 果 が 実 証 さ れ た と ま で は 言 え な い 。 こ こ で は ,「 傾 向 が 確 認 さ れ た 」 と い う 表 現 に と ど め る 。
資料②
「
語 用 論 に 基 づ く 学 習 課 題 ― フ ィ ン ラ ン ド と 日 本 の 小 学 校 国 語 教 科 書 を 比 較 し て ―日
本教育実践学会大14回研究大会論文集
pp.109-110
語用論に基づく学習課題 ―フィンランドと日本の小学校国語教科書を比較して― Learning Tasks Based on Pragmatics: Comparison of National Language Textbooks Used in Finnish and Japanese Elementary Schools
Ⅰ はじめに
「生徒の学習到達度調査(Programme for International Student Assessment)」(略称:PISA) の 2000 年調査の読解力を測る問題では,次の出題があった。 「落書きに関する問四 手紙が,どのような書き方で書かれているか,スタイルについて考えてみましょう。ど ちらの手紙に賛成するかは別として,あなたの意見では,どちらの手紙がよい手紙だと思 いますか。片方,あるいは両方の手紙の書き方にふれながら,あなたの答えを説明してく ださい。」※1 この問いに対する日本の学生の無答率は 27.1 %であり,これは OECD 加盟国平均 13.9 %の約2倍という衝撃的な結果を示した※ 2 。この 2000 年の調査結果については多くの論
者 が 多 くの 分 析 を 重ね , 様 々 な研 究 論 文 が 発表 され ており ,そ の多く は,「熟考 ・評価 に かかわる学力が低い」とする指摘であった。この指摘は妥当であるが,筆者は別の視点か ら,この問題の所在を明らかにしたい。 こ の 「 落 書 き に 関 す る 問 四 」 は , 書 き 手 の 「 書 き 方 」 の 是 非 を 問 う て お り , こ れ は , 記号論の一分野である「語用論」にかかわる出題である。記号論は,通常,意味論(semantics), 語用論(pragmatics),統辞論(syntactics)の三つの分野に分類できる。 本 研 究 で は , 語 用 論 の視点から日本の国語の授業における学習課題を調査し,この PISA 調査の無答率の高さ に対する改善の方途を探る。 筆 者 は , 文 章 を 読 ん で 解 釈 す る と い う 営 み を ア ブ ダ ク シ ョ ン と し て 捉 え , 次 の モ デ ル を提示した※3。 この〈解釈のアブダクションモデル〉を語用論のモ デルとして加筆すると,以下のように提示することが できる。通常,私たちが作品を読むときは,作品を解 釈するだけにとどまらない。説明的文章を読んでいる 場合には,「この情報は間違っているのではないか」と,入力する情報を批判して読むことがあ る。文学的文章を読んでいる時には,「主人公の言動に納得がいかない。」と,書き手の書き方の 是非を判断して読むことがある。 これらは,読みの出力のベクトルが自分の解釈を基にして入力情報に向かったり,情報の発信 者に向かったりする読みである。これは語用論の立場に立った読みであり,「自分が記号の使い 手であれば,記号をこのようには用いなかった,違う記号で説明した,記号同士を違った関係で 用いた」というように作品を評価する読みである。 実は,このように「書き手の記号の使い方」を対象とする語用論に基づく学習課題は,これま での日本の国語教育では軽視されていた。語用論に基づく課題が軽視されていた結果が,先の「落 書きの問い」に対する無答を導く一因となっていたのではないか。筆者は,そういった仮説をも っている。 本研究では,語用論に基づく学習課題が,今まで国語教育の現場でどのように扱われてきたか を明らかにする。そして,PISA 調査以降,語用論に基づく学習課題が,日本の国語教育の現場 に浸透しているかどうかを明らかにし,それとともに,その可能性と問題点を整理する。 Ⅱ 方法 研 究の目 的を達成 するた めに,第 一に,語 用論に 基づく学 習課題 について,PISA 調査 で 高 得 点 を 挙 げ て い る フ ィ ン ラ ン ド の 教 科 書 で は , ど の よ う に 扱 わ れ て い る か を 確 認 す る。 第 二 に , 日 本 の 国 語 の 教 科 書 に お い て , 語 用 論 に 基 づ く 学 習 課 題 が , ど の よ う に 扱 わ れてきたかを調査する。なお,調査は平成 14 年度版,17 年度版の教科書と,PISA 調査 の結果を反映させているはずの平成 23 年度改訂版の教科書を対象とする。 第 三 に , 具 体 的 な 実 践 事 例 を 取 り 上 げ て , 語 用 論 に 基 づ く 学 習 課 題 の 可 能 性 と , そ の 課題にかかわる陥穽について言及する。
Ⅲ フィンランドの教科書に見る語用論の学習課題 PISA 調 査の読解 力にて 高い得点 を獲得 したフィ ンラン ドの小学 校三年生 版教科書※ 4に お い て , 文 学 的 文 章 の 作 品 に お け る 語 用 論 に 基 づ く 学 習 課 題 を 拾 い 出 し て み る と , 一 学 年 の 一 冊 の 本 の 中 で , 五 つ の 課 題 が 認 め ら れ た 。 作 品 の 続 編 を 考 え る 課 題 と , 登 場 人 物 な ど の 枠 組 み を 変 え な い で 別 の 物 語 を 考 え る と い う 課 題 で あ る 。 い わ ゆ る 作 品 の 善 し 悪 し を 評 価 す る と い う 直 線 的 な 課 題 で は な く , 書 き 手 の 立 場 に 立 っ て 作 品 を 見 直 す と い う 作業を促す課題である。 続 編 を 考 え た り , 同 じ 枠 組 み で 別 の 作 品 を 書 か せ た り す る 学 習 課 題 は , 作 品 の 是 非 を 直接評価させる課題と比べて,次の点が優れている。 (1) 書き手の立場となって細部にわたって作品全体を振り返るので,書き手が工夫し ていたことに気づき,作品の良さを実感できる。 (2) 作品の続編や改編といった学習活動そのものが,子どもの学習意欲を高める。子 どもたちが嬉々として活動に取り組む。 (3) 他の創作活動に比べると,枠組みが明確であるため,児童にとって大変に書きや すい。 た だ し , こ の よ う な 学 習 課 題 は , 作 品 の 是 非 を 直 接 評 価 す る 課 題 と 比 べ て , 次 の 点 に 問題がある。 (1) 書き手の立場となって作品を振り返るので,客観的に作品を評価しているわけではない。 (2) 続編や改編のできる作品は限定されており,すべての文学作品で活用できる課題 ではない。 フ ィ ン ラ ン ド の 教 科 書 は , 楽 し く 学 習 活 動 に 取 り 組 ま せ る こ と を 意 図 し て , 小 学 校 中 学 年 と い う 発 達 段 階 の 児 童 に , 続 編 や 改 編 に 適 し た 教 材 を 多 く 提 示 し て い る 。 子 ど も の 発 達 段 階 や 教 材 の 特 性 と い っ た こ と を 踏 ま え て , 語 用 論 に 基 づ く 学 習 課 題 を 準 備 し て い ることが明らかになった。 Ⅳ 日本の教科書に見る語用論の学習課題 小 学 校 の 学 校 現 場 で 多 く の シ ェ ア を 占 め て い る , 光 村 図 書 , 東 京 書 籍 , 学 校 図 書 , 教 育出版の四社の教科書を調査した。すると,平成 14 年度版と 17 年度版の小学校三年生 版 教 科 書 に は , 作 品 の 続 編 を 書 か せ た り , シ リ ー ズ も の の 他 作 品 を 書 か せ た り す る と い った語用論に基づく課題は皆無であった。加えて,平成 23 年度版の教科書においても, 語 用 論 に 基 づ く 課 題 は 微 増 す る に と ど ま っ た 。 語 用 論 に 基 づ く 課 題 の 重 要 性 は , 未 だ 日 本の国語教育界では認識されていない。 そ れ だ け で な く , 語 用 論 に 基 づ く 学 習 課 題 を 児 童 に 与 え る 意 義 を 理 解 し て い な い と 推 測 さ れ る 実 践 も 散 見 さ れ た 。 作 品 の 良 さ を 実 感 さ せ る ど こ ろ か , 作 品 を 汚 し て し ま う 課 題を提示した実践である。 Ⅴ おわりに 当 日 発 表 の 資 料 で は , フ ィ ン ラ ン ド の 教 科 書 と 日 本 の 教 科 書 の 具 体 的 な 学 習 課 題 を 取 り 上 げ , 作 品 を 汚 す こ と な く 読 解 リ テ ラ シ ー を 高 め る 語 用 論 に 基 づ く 学 習 課 題 を 具 体 的
に提案する。 注 1 国 立教育 政策研究所 2004 『生きるための知識と技能 OECD 生徒の学習到達度調査 (PISA)2003 年調査国際結果報告書』ぎょうせい pp.168-171 2 文部科学省 2011 http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/gakuryoku/siryo/ 2011 年 9 月 11 日取得 3 佐 藤 佐 敏 2011 「解釈する力を高める話合い―解釈のアブダクションモデルに基づく発問 と 話合い―」 全国大学国語教育学会編 『国科教育』第六十九集 p.11
4 Mervi Ware , Markku Tollinen , Ritva Koskipaa 北川達夫訳 フィンランド・メソッド普及会 編 『日本語翻訳が版フィンランド国語教科書 小学3年生』 経済界出版
資料③
上越教育大学学校教育実践研究センター
水曜セミナー
「思考力・表現力を鍛える国語教室
―― PISA調査と関連させて――」
以下,講座で活用したプレゼンテーション資料の 1 部を掲載する。 1 2 3 4 5 67 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18
資料④
韓国と台湾の教育事情調査
韓国は,2009 年 PISA 調査読解リテラシーにおいて上海に継ぐ成績を収めている。2006 年 調 査 で ト ッ プ で あ っ た フ ィ ン ラ ン ド よ り も 高 得 点 を あ げ た 。 ち な み に 日 本 は , 2006 年 調査で 14 位,2009 年調査で 8 位であった。 台湾は,2009 年 PISA 調査数学リテラシーにおいて,5 位であり,日本の 9 位を大きく上回っている。 これらの結果を受け,韓国と台湾の小学校,中学校,高校の学校訪問を行い,授業観察 をした。 【韓国の教育事情】 平成23年3月9日~13日 訪問者 佐藤佐敏(当プロジェクトメンバーにおいて) 写真① 写真② 総 じ て 韓 国 で は 教 師 の 社 会 的 地 位 が 高 く , 家庭は教育熱心である。写真①が示すとおり, 7 限まで授業が入っ ている 。 授 業 を 終 え る の は 17 時過ぎであり部活動はない。その後, 生 徒 た ち は 持 参 し た 弁 当 を 食 べ , 21 時 ま で 放課後の学習を行う。驚くべきことに,それ から 多 く の 生徒 は 塾 に 通い 23 時過ぎに帰宅 する。写真②に示すとおり,生徒たちの多く は眼鏡を着用し髪型等に気を遣っている様子 はない。教師の授業力は日本の教師と比較し 写真③韓国訪問団 教育技術は高くない。 【台湾の教育事情】 平成23年12月1日~4日 訪問者 金子淳嗣 佐藤佐敏 写真④ 写真⑤
台湾の教育は総じて,日本の教育を真似したものであった。日本の授業がそのまま台湾 に輸入されているという感を受けた。写真④では台形の面積を求める教材を教師が自作し て授業していた。熱心かつ優秀な教師であることは首肯できるが,教師主導の伝達型授業 であった。写真⑤は,中学校の数学の授業にて,問題を生徒にやらせて代表生徒に黒板に 書かせているものである。これは日本のどこの教室でも見受けられる風景であろう。 写真⑥ 写真⑦ 写真⑥のように,教室の掲示物も整理されていた。ちなみに韓国の教室は,これほど教 室掲示に気を遣っている様子はなかった。なお,教師主導の授業であるにもかかわらず, 児 童 の 授業 態 度 は 大変 に 素 晴 らし か っ た ( 写真 ⑦)。 日本に おいて 教師主 導の授 業をす れ ば,落ち着きのない児童は授業に集中しなかったり,場合によっては立ち歩きをしたりし たかもしれない。 写 真 ⑧ は , 廊 下 の 掲 示 板 に て,その学校の名物教師を表 彰し,その教師の紹介をして いるものである。このように, 台湾でも韓国と同様,教師の 社会的地位が高いことが認め られる。マスコミに叩かれ, 貶められている日本の教師と は雲泥の差がある。 写真⑨は,児童が自宅で行 う勉強ノートである。 写真⑧ 資料⑨ なんと3ヶ月の間にすでに
算 数 の ノ ー ト は 5 冊 目 に 突 入 し て い る 。 こ の よ う に , 児 童 は 教 師 の 出 す 宿 題 を 一 生 懸 命 や っ て い る 。 昨 今 の 日 本 で は 家 庭 学 習 の 勉 強 量 の 低 下 も 指 摘 さ れ て い る が , 日 本 と 台 湾 の 子 ど も た ち の 家 庭 での学習量の違いは大きいと言える。 韓国の児童や生徒が塾に通って 23 時に帰宅する よ う に , 台 湾 の 子 ど も た ち の 学 校 外 で の 学 習 量 は や は り 多 い 。 写 真 ⑩ は , 小 学 校 校 門 前 で 児 童 を 迎 え に き て い る 保 護 者 の 姿 で あ る 。 彼 ら は 児 童 を 車 写真⑩ やバイクに乗せ,そのまま塾へ連れて行く保護者で あ る 。 教 育 熱 は 日 本 と は 比 較 に な ら な い く ら い に 高いと見受けられる。 その善し悪しの判断は性急にはできないものの, 韓 国 と 台 湾 は , 戦 後 間 も な い 頃 の 日 本 の 詰 め 込 み 型 の 授 業 を 受 け , か つ 教 師 の 指 示 を 素 直 に 聞 い て 熱 心 に 学 習 に 勤 し ん で い る 。 ま た , 教 師 の 力 量 は 日 本 の 教 師 の そ れ と 比 し て 高 い と は 言 え な い が , 教 師 を 尊 敬 す る 風 土 が 色 濃 く 残 っ て い る 。 写真⑪台湾訪問団 【韓国・台湾調査のまとめ】 台湾と韓国で訪問した学校は,それぞれの地区にあって先進校扱いされている学校であ り,その授業者は,いずれも学位取得者であったり,その学校で最も信頼されている教師 であったりした。誤解を恐れずに述べるならば,その授業を拝見するにあたり,授業の質 が日本の授業と比べてはるかに高いというわけではなかった。ほんの 1 部の授業参観で, その国のすべての教育に一般化するのは随分と乱暴な論理であることは承知のうえで述べ ると,学校が子どもたちに提供する授業の質で言えば,韓国,台湾,日本には差違は見ら れないと感じられた。 ただし,児童や生徒の学習量は相当なものであり,殊に授業外での学習量には大きな差 違が見られた。ここに,昨今の国際学力調査で韓国,台湾が高い学力成果を収めている最 も大きな要因があると推測された。