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智山學報 第63 - 015大谷 由香「智積院新文庫所蔵 志玉口述・道瑜筆録『梵網古迹下巻聞書』について」

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(1)

智積 院新 文黶所蔵 志 玉口述 ・道 瑜筆録迹 下巻聞 書』 につ い て (大 谷

 

つ い

 

 

 

 

で あ る

一 志 玉 ( 以 下 志 玉 と 記 す、 一 三 八 三 〜 一 四 六 三 ) は 、

じ て そ の

野 に 広 め た 人 物 で あ る が 、 し か し そ の

は 、 江 戸

に よ っ て 大 ま か な と こ ろ が 明 ら か に さ れ る

で 、 い ま だ 問 時 代

料 に よ る

に な さ れ て い る と は い

な い 。 ま た そ の 講

は 、 彼 が

壇 院 の

上 、

の み な ら

、 戒 ・

に も

ん だ も の と 推 測 さ れ る が 、

に 関

容 は 、 現

に 至 る ま で

く 明 ら か に さ れ て こ な か っ た 。 と い

の も 、

の 戒 ・

に 関

な ら び に

は 、 現 在 ま で

見 さ れ て お ら

、 現

し て い な い と

ら れ て

た か ら で

る 。   し か し

画 、

か ら 、 志 玉 が 文

2

四 四 七 ) 二

二 日 か ら

院 で 行 っ た 『

記 』 下

の 講

で あ る 『

下 巻 聞 書 』 (一 二 + 九 函 + 七 号 ) が 新 し

出 さ れ た 。 こ れ に よ っ て 志 玉 の

績 を

し 、

ま で 金 く 繕 く こ と が で き な か っ た

玉 の 戒 思

の 一

ら か に す る こ と が 可

で あ る 。   し か し こ の

は 講

で 、 筆 録

で あ る 道 瑜 二 四 二 二 〜 一 四 九 三 ) を 通 じ て 成 立 し た も の で あ る こ と に は

意 が 必

で あ る 。 現 代 に 至 っ て

、 リ ア ル タ イ ム で 進 め ら れ る

録 し た 時 に は 、 そ の ノ ー ト の

が キ ー ワ ー ド の

ま る よ

に 、 室 町

の 当

っ て も も ち ろ ん 、

は 、

に 、 そ の

に よ っ て

さ れ る と 考 え ら れ る 。 す な わ ち こ の

も ま た 、

く は

問 的 基

の 上 に

立 し て い る の で あ っ て こ こ か ら 志 玉 の 思 想 を 読 み 解 く た め に は 、 ま

者 の 選

分 け を

が あ る 。   本 稿 で は 、 『 梵 網

下 巻

』 の

要 を

し た

容 か ら 講

成 立

の 道 瑜 の

問 的 基 盤 を 明 ら か に し 、

193

(2)

NII-Electronic Library Service 智 由 学 報 第 六 十三輯 そ れ に よ っ て

ら か に さ れ る

玉 の

思 想 の 一 端 を 報

し た い 。 一

 

』 に つ い て ( 一 )

  『

下 巻 聞 書 』 ( 以 下 『 古 迹 聞 書 』 と 略 す ) は 、 本

二 骰 か ら な る

本 で 、

紙 は 楮

、 綴 葉 装 に 仕 立 て ら れ て い る 。 表 紙 は

で 、 以 下 に 挙

る 丁

紙 を

ん だ も の で

る 。   タ イ ト ル か ら 分 か る 通 り

の 太

に よ る 『

網 経 』 の 注

る 『

迹 記 』 ( 以 下 『 古 迹 記 』 と 略 す ) 下 巻 部 分 の

で あ る 。 『 梵 網 経 』 は 上 下 二 巻 で 、 下 巻 部

に は 十 重 四 十 八 軽 の

思 想 に 基 づ い た

さ れ て お り 、 最 澄 が 比

山 に

壇 の 開

る に あ た っ て 、 そ の 思 想 的 根 拠 と し た こ と か ら 、 叡 山 ・

に さ か ん                  

 

   

 

   

 

   

 

                             

 

   

 

   

 

    ( 1 ) に 研 究 さ れ た 。

る 『

ち 『 古

記 』 は

慶 が 特 に 重 用 し た こ と も

ら れ て お り 、

統 的 に

で 使 用 さ れ て き た 歴

つ 。

  本 巻 の 首 題 下 に は 「

安 四

〈 丁

〉 潤 二 月 二 日 始 之

 

道 瑜 」 と

、 同 じ く

に は 「

二 月 十 二 日 一 巻 畢

 

壇 院

 

普 一

 

聴 聞 也

 

廿

三 才 」 、

に は 「

云 /

壇 院

 

一 長 老

 

也  

」 と

る こ と か ら 、 文 安 霞

二 月 二 日 か ら 東

戒 壇

で 行 わ れ た 志 玉 の 講

を 、 二 十 三 歳 の 正

−ー 道

講 し て い た こ と が わ か る 。   智 積 院

に は 、 隅 じ く

玉 の 講

め た 『 五

』 ( 三 牽 九 函 隱 号 〉 、 簡 五

』 ( 四 + 二 匿 一 号 が 収 め ら れ て お

、 『 五 教 章

』 上 本

( 第 一 帖 ) 首

下 識 語 か ら 、 こ れ ら が

安 四 年 二

二 日 か ら 始 め ら れ た 講

194

N工工一Eleotronlo  Llbrary  

(3)

智積院新文庫所蔵

 

志玉口述 ・道瑜梵網古迹巻 聞書』 につ いて (大谷) 基 づ く も の で

る こ と が わ か る 。 つ ま り 志 玉 は 『

』 の

と も

B

ほ ど で

了 し 、 そ の 後 、 あ ま り 問 を

に 唐 の

の 『

』 ( 以 下 『 五 教 章 』 と 略 ) の 講 義 を 始 め た こ と が わ か る 。   な お 前 に

認 し た よ

に 、 『

』 本

に は 、 「

丁 卯

十 二 日

 

一 巻

」 の 識

る の で 、 道 瑜 の 述 作 は 志 玉 が 『

記 』 の

て 、 『 五

』 の 講 義 を 始 め て

な お 、 前

部 分 し か

ん で い な か っ た よ

る 。

の 執

は 、 志 玉 の 『 五 教

』 の 講

と 並

し て か 、 あ る い は 講

終 了

め ら れ た こ と が わ か る 。   『

巻 の

に は 無

色 に 関

る 問

さ れ て い る が 、 そ の 前 に 一 旦 「 巳 上

ノ 下 巻 次 ノ 巻 ノ 分 処 々

之 扁 と し て 注 釈 の 終 了 を

わ れ る

記 と 、 そ の 後 に 「 文

丁 卵 三 月 廿 一 β 」 と

さ れ て い る 。 こ の こ と か ら み て 、

分 の 成 立 は

二 十 … 欝 と

て よ い で あ ろ

。 ( 三 )

  末

に は 道 瑜 に よ る

に 「

亀 三 年 正 月

 

写 了

 

 

頓 証

提 也 /              

 

   

 

   

 

   

 

                             

 

   

 

    ( 2 )

盛 」 と あ

の 『

』 が 、

亀 三

( } 五 ( ) 三 ) 一

九 臼 に 家 原

の 亮 盛 に よ っ て

写 さ れ た こ と が わ か る 。   本 末 両 滞

に 、

の 右 下 隅 に 「

盛 」 、 そ の 左 に 門

/ 玄 宥

正 」 と 別

さ れ て い る こ と か ら 、

が 、

か ら

の 玄

へ と 移 っ た こ と が

ら か で あ る 。 そ の ま ま 現 代 に 至 る ま で 、 智

院 に

管 さ れ る こ と と な っ た 。

195

(4)

NII-Electronic Library Service 智 山学報策六十三輯             二

 

つ い て                   ( 】 )

 

 

 

一 志 玉 の

に つ い て の 同 時

料 は 乏 し く 、

の ま と ま っ た

記 の

の は 、 江 戸 時 代 成

の 『

律 図 源

』 ( 一 六 八 四 年 成 立 ) 、 『

苑 僧

伝 』

2

六 八 九 年 成 立 ) な ら び に 『 本

』 二 七 〇 二 年 成 立 ) 、 『

記 』                                                                                                     ( 3 ∀ ( 一 八 二 二 年 成 立 ) の み で あ る 。

が 、 こ の

に い

つ か の 志 玉 に 関 す る 同 時 代

し て お

、 ま た 管

に 入 っ た そ の 他 の 史 料 を 時 系 列 に 並 べ て 、 可

な 限

の 事

れ ば 、 以 下 【 図

の よ

に な る 。 【 図 表

1

】   志 玉 の 事 績 遣  

                              [ 康 応 元

六 永

i

  } 北

1

)      i

i

=      [ 一

1

西

1

1

一 

1

  歳

i

東 大 …

帝 王 諱 は

i

寺 を 寺 の 志

1

細 笹

壇戒 末 裔

i

聚 浄 戒 を 受 け る 」

1

戒 を 受 け る 院

師 と し て 称 名 寺 、  に

王 御

し と し て 誕 生 字 は

且 国

事 績 …        

                                   

1

き 『 『 『 『 『

1

伝 』 ・

i      7

1

『 本 』

』   ,

』  1

』 典 拠 , ,

』 翁 本 歪

1

i

196

一 N工工一Eleotronlo  Llbrary  

(5)

智積院新文庫所 蔵

 

志 玉口述 ・道 瑜録 『梵網古迹下巻 聞書』 につ い て (大谷) 晒卍一闇冨「r 永 享 八

ご』  、_ ’)        、

 

ズ .

尿

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五 四 、瞳 , く._三 囁 ∵ ∴ 三囁 三 三 四 七 .て 〇 一 亠 ’  、.ノ丶 ∴ 仁 丑 コ、i ヒmげr「○ 一 二 月 ÷ 四 日 足 利 義 教 の 白 毫 院 へ 八 月 二 十 四

q

足 利 義 教 の 甫 都 巡 称 光

ら 国

つ す 東 る 大 寺 戒 壇 院 に 住

常 に 遮 那 殿 多こ・ ∫く の 乙. 経・・ 書 \や“ ∫法

i

目・、 7 寸   ゴ を▽ 弔. 『 彳尋:.、 .で :ト・ 、て ド ・帰・ 倒 比 ・ :F 義 端

1

厨 講

∴. ・る:颪 : 辞 、都 ・,

1

一 囁 ( ・

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1

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厳 1 ∴

将   講 囁一   入 ∵ 。 の

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ジる ,   囁

i

1

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i

 

iiiii

自 性 上 人 我 宝 作 の

法 律 三 大 部

、 華 厳 を 研 究 し ’

i

の 御 成 に 相 伴 す る 礼 の 際 に 義 教 に 授

( 大 告 仏

で 華 ↑ 八  ・ 十

華 ド 囁r   P囁F、P

 

  :て 内   ’  、 / 厳 ゴ

激   濃:

  P内 葦    , ご ノ ・一 .、院. 「   ζ血 ’ 囁囁  5厂ド  . ゴ

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、  ∴ 

i

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II

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写   … す 

i

 

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i

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録   … 』

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后 日

1

記 』

i

I 律 野

 

i

i

・本 , 隠

『 蟹 内  . 夢 .  籌五・〜 , 卩 口

 

  .   『    囁,   内本 、 隔   巨 ∵  刊 \ 、伝 ・ ・  』 い

. 律1 ・   』   ・     ?

1

代 束 々 過 寺 現 麟 名 書 帳 館 』 蔵

法 東 気 大 一 七   図 _  童 日 函 館 五 蔵 亠 / 丶   『 八  八

 

 

』 碗

嚇  ド 1 招 』     , 集 囁 ’ 晦 ご ’

li

、   『 」 召 臨 i. 『 、 招 』 防 国 吏 務 ・ 号 幡

197

(6)

NII-Electronic Library Service 智 山学報 第六 十三輯 永 享 十 二 一 四 四 〇 五 八 三 月 六 日 義 教 の 白 毫 院 へ の 御 成 に 相 伴 す る 三 月 入 日 白 毫 院 と と も に 義 教 の も と を 訪 れ る 四 月 八 日 よ り 十 二 回 に わ た っ て 『 蔭 涼 軒 日 録 』 永 享 十 二 一 四 四 〇 五 八 三 時 知 恩 院 で 『 華 厳 経 』 普 賢 行 願 品 の 講 義 を 行 う 、 義 教 も 聴 講 し 百 貫 文 の 布 施 を 行 う 『 蔭 涼 軒 日 録 』 文 安 元 一 四 四 四 六 二 『 六 輪 釈 』 ( 西 教 寺 正 教 蔵 所 蔵 ) を 上 梓 『 六 輪 釈 』 識 語 文 安 四 ] 四 四 七 六 五 二 月 二 日 よ り 戒 壇 院 に お い て 古 迹 記 ・ 五 教 章 の 講 義 を 行 う 。 道 瑜 が 聴 講 智 積 院 蔵 『 古 迹 聞 書 』 な ど の 識 語 九 月 七 日 上 洛 し て 、 綸 旨 に つ い て の 申 し 入 れ を 行 う 『 建 内 記 』 称 名 寺 、 極 楽 寺、 阿 弥 陀 寺 、 大 華 厳 寺 、 高 山 寺、 屋 島 寺 な ど を 再 興 ( 住 持 を 勤 め る ) 『 伝 』 ・ ( 『 律 』 ・ 『 本 』 ・ 『 招 』 ) 西 国 を 巡 化 し て 讃 岐 の 屋 島 寺 を 復 興 し 、 上 足 で あ る 善 開 律 師 に 付 属 す る 『 本 』 寛 正 四 一 四 六 三 八 一                     ( 5 )           ( 6 ) 九 月 六 日 高 山 寺 に て 示 寂 。 門 人 に は 普 開 相 国 寺 の 瑞 溪 鳳 公 ( ま た 宝 幢 寺 の 大 梁 梓 公 ) な ど が い た 『 伝 』 ・ 『 律 』 ( 『 本 』 ) ・ 『 招 』

198

N工工一Eleotronlo  Llbrary  Servloe

( 『 伝 』 11 『 伝 律 図 源 解 集 』、 『 律 』 11 『 律 苑 僧 宝 伝 』、 『 本 』 睡 『 本 朝 高 僧 伝 』、 『 招 』 11 『 招 提 千 歳 伝 記 』 )   さ て 、 以 上 の よ

に 時

列 に

績 を 並 べ て い っ た 時 、

問 と な る の が 江 戸 期 に 作 成 さ れ た 伝

全 て に 説 か れ る 、 応 永 二 十 四

一 四 一 七 ) か ら の 入 明 記

で あ る 。 こ れ ら 近 世 の 伝

類 で は 志 玉 は 入 明 中 に 太

厳 経 を 講

し て 普 一 国 師 号 を 賜

、 五

後 に は

く の 仏 典 な ど を 携 え て

国 し た と さ れ る 。

(7)

智積 院新文庫所蔵 志 玉口述 ・道 瑜録 『網 古 迹 下 巻 聞書』 につ い て (大谷)   し か し 入 明 中 で

る は

永 二

、 瑞 溪 周

一 三 九 一 〜 一 四 七 三 〉 は 、 興 福

か ら 五 教

な ど の 講 義 を

け た と

』 の 中 で 主 張 し て い て 、

記 の 記 述 と

い に 矛

し て い る の で

る 。   し か も

類 に

か れ る

二 十 四

の 渡

に は

上 の 問 題 が あ る 。 一 四 一 一

に 足 利

は 遣

使

を 停 止 さ せ 、 以

使

し て

追 い 返 し て い て 、

に よ っ て 遣 明 使 が 再 開 さ れ る 一 四 三 二

ま で

と の

し             〔 ヱ て い る の で

る 。

な わ

二 十 四

に は そ も そ も

明 が で き な い は ず で 、

な く と も こ の

に は 志 玉 の

明 は あ

え な い と い

こ と に な る 。   志 玉 の

明 に つ い て

る 同

料 は 、

の 雲

の 日 記 で

る 『

山 日

』 の み で

る が 、 そ の 長

2

四 六 〇 V 五

二 日

に は 、 次 の よ

に あ る 。    

戒 壇 院

四 教

。 日 不 一 、 日 覚 意 、 日 源

、 日

以 智

人 之 上 者

( 中 略 ) 。 又

一 附 国 使 入 中 州 、    

天 子

于 本 朝 後 、 派

諸 公

之 也 。 和 国 之

明 天 子 之

   

。     ( 書 き 下 し ) 南 京 戒 壇 院 に 曽 て 四 教 僧 有 り 。 曰 わ く 不 一 ( 11 普 一 ) 、 曰 わ く 覚 意 、 曰 わ く 源 才 、 曰 わ く 源 観 な り 。 皆 智 徳 を 以 て     入 の 上 に 出 る 者 な り ( 中 略 ) 。 又 不 一 は 国 使 に 附 い て 中 州 に 入 り 、 天 子 戒 律 の 純 清 な る を 聴 い て 親 し く 戒 法 を 受 く 。 本 朝 に     帰 り て 後 、

範 諸 公 は 頌 を 作 し て こ れ を 賀 す な り 。 和 国 の 僧 、 大 明 天 子 の 戒 和 尚 と 為 る は 、 誠 に 本 邦 の 美 事 な り 。 こ こ で は 、 入 明 中 の

玉 は

か れ る よ

に 明

の 講 義 を し た の で は な く 、 明

っ た と さ れ て                                                                                                         ( 8 ) い る 。 志 玉 は 戒 壇

の 長

る か ら 、

戒 の 行 為

体 は 不 思 議 で は な い が 、 し か し わ

か の

間 の み

る 日

人 か ら

帝 が 戒 を 受 け る と は

が た い 。  

は 志 玉 に

立 ち

際 に 入 明 し た こ と が 明 ら か な

に 「 志 玉 」 と い

同 名 の 者 が い る 。 こ の 人 は

2

三 〇 九 〜 一 三 入 入 ) の

弟 で 、

明 空 ( 〜 一 四 〇 三 ) と い い 、 仁 空 の 死

廬 山

い で い る 。

( 一 四 〇 二 ) に 明 の 恵

に よ っ て 遣 わ さ れ た

使

が 、 翌 十

国 す る

、 天

持 の 堅 中

な ど と と

に 、

遣 さ れ そ の

199

(8)

NII-Electronic Library Service 智山学報 第六 十 三 輯                       〔 皇 翌

に 明 で 亡 く な っ て い る 。   同 時 代 の 同

る こ と か ら 、 志 玉

空 と

一 志 玉 は 混 同 さ れ 、 さ ら に

玉 は

に 将 軍 足 利 義 教 に 授 戒 し て い る の で 、 そ の

俟 っ て 、

一 志 玉 は 明 に 渡 っ て 明 帝 に

戒 し た と

さ れ た と は

え ら れ な い だ ろ

か 。   以 上 の よ

か ら 、 伝

上 の 志 玉 入 明

に つ い て は 大 い に

問 が 残 る が 、 と は い え

者 で あ

く の

め た こ と に は

い が な い 。                                                                           ( 10 )   先 ほ ど の 『

山 日 録 』 の 叙 述 も

を 讃 え た も の で

っ た が 、 瑞 溪

鳳 の 『

雲 日

録 』

正 四

( 一 四 六 三 ) 十 二 月 十 六 日 条 に は 、 相 国

の 円

と 瑞 溪 周 鳳 が 、 志 玉 と 格 怡 の 五 教

の 評 判 に つ い て 語 っ た

さ れ て い る 。 志 玉 ら は 「 近 時 南

、 両

ら ぬ 者 無 し 」 と

さ れ て い て 、 当 時

厳 の 大 家 と し て

て お

、 そ の

都 に ま で 伝 わ っ て い た こ と を

る こ と が で き る 。   ま た

は 応 永 二

一 年

2

四 一 四 ) か ら 東

勧 進 の

に つ い て い る 。 文

2

四 四 六 ) 一

二 日 に

院 は

堂 な ど を 残 し て ほ と ん ど 全

し て し ま う が 、 こ の

建 を 実 際 に 担 っ た の も 志 玉 で あ っ た こ と が 、 翌 四

に 志 玉 が 上 京 し た こ と を 記

』 の 記 事 に 彼 が 「

進 上 人 」 と

称 さ れ て い る こ と か ら わ か る 。   大 勧

の 職 に

る 志 玉 は 興 行 を 通 じ て か 、 能

の 金 春

竹 と

交 が

り 、

の 世 阿 弥 能

る 『 六

一                           ( 11 ) 露 』 に 対 し て

注 を

っ て い る ( 注 の み の 『 六 輪 釈 』 は 一 四 四 四 年 に 成 立 禅 竹 が 『 六 輪 一 露 之 記 』 と し て こ の 注 を 含 め た 能 楽 書 を 世 に 出 し た の は そ の 十 一 年 後 で あ る ) 。   志 玉 は 大 勧 進 職 と 並

し て

く の 講

を 行 な っ た と 推 察 さ れ 、

く と も 智 積

の 『

』 な ら び に 『 五 教 章 聞

』 『 五

聴 書 』 が

成 さ れ た 一 四 四 七

ら い ま で は 、

玉 は

的 に

で 講

っ て い た と 考 え ら れ る 。 そ し て そ こ に は 、

軍 や 貴 族 た ち と 共 に 、

に 等 持

の 住 持 を

し 、

録 司 と も な る

溪 周 鳳 や

学 頭 と な る

き 道 瑜 な ど 、

世 、 仏 教

を 牽 引 し て い く 優

な 若 者 が

し て い た 。 こ の よ

に 彼 は 学

200

N工工一Eleotronlo  Llbrary  

(9)

智積院 新 文 庫 所 蔵 志 玉口述 ・道瑜録 『網古迹 下 つ い て 大谷)

と し て

と し て も 傑 出 し て お り 、 そ の た め に カ リ ス マ 化 さ れ て い っ た も の と 考

ら れ る 。   中 で も 時 の

者 で あ る 足 利

教 は

い に 志 玉 を

重 し て お り 、 前 に 述 べ た よ

に 永

に は

か ら

し 、 ま た                                                                             ( 12 ) 南

へ 赴 く

に は 彼 に

伴 さ せ 、

二 年 に は 義

の 子

が 入

し て い る 三

恩 院 で 『

願 品 の 連

わ せ て 、

も 聴 講 し 、 さ ら に 百 貫 文 の 布

っ て い る 。 他 に

准 后 日 記 』 に は 、

か ら 十 月 に か

て 、

教 が 志 玉 に 逆

み 、 料 足 と し て 百 貫

〜 千 貫 文 を た び た び 送 っ て い た

す る 。

壇 院 の

も 、 義 教 は

を 発 行 し て そ の 再

助 し た こ と が

ら れ て い る 。   こ の よ

玉 は 元 来 持 ち

な 学 問 的 才 能 に

て 、

進 し て

施 を 集 め る 能

け 、 さ ら に 当 時 の

で あ る

教 の 絶

な 庇

け て 、 「 戒 壇

志 玉 」 の

め て い っ た 。   『 本

』 で は 「 東

凝 然 之 後 、 興 大

、 玉 之 力 居

」 ( 『 日 仏 全 』 巻 一 〇 二 一 一 七 頁 上 ) と し て

期 の

院 中 興 第 二 世 の

( ] 二 四 〇 〜 = 二 二 } ) 以 来 の

献 者 と し て 志 玉 を

て い る が 、 こ

し た

は 志 玉

世 当

か ら あ っ た と み え 、

一 ( 」 五 六 八 )

一 月 四 日 の

つ 、 新 文 庫

祖 師 集 』 ( 二 + 函 二 + 四 号 ) の 「

〈 文 正 二 年

r

亥 / 二 月 七 日 始 之 > 」 に も 、 戒 律 教 学 の 相 承 が 以 下 の よ

に 示 さ れ て お

正 二 年 一 四 六 七 ) 時

に お い て 、

玉 は 日

学 を

け 継 ぐ 人 物 で あ っ た と 認 識 さ れ て い た こ と を 知 る こ と が で き る 。     鑑

大 和

〈 天 平 宝

五 月 六 日 卒 ・ + 六 〉

徳 如 宝 少

静 大 徳 思 託

   

 

 

 

俊 薇

褓 蛹 寺

 

 

戒 光

 

上 人 中 河

 

正 苙 ロ 提 院

 

正     坪 坂

上 人 戒

興 正

甌 卒 九 + 惣

律 師

信 空 律 師

   

浄 然 律 師

上 人 真 空 上 人 叔

心 又 云 禅

人 證 玄

然 大 徳 又

人    

同 院 住

西 大 寺 長 老   志 玉 の 直

さ れ て い る 禅 爾 ( 一 二 五 二 〜 一 三 二 五 ) は そ の

に 記 さ れ る 凝 然 の

り 、 凝 然 の 死

か 四

に 亡 く な っ て い る 。 ま た 両 人 と も 志 玉 の 生 ま れ る

以 上

に 没 し た

壇 院 住 持 で

る か ら 、 直 接 の 師

201

(10)

NII-Electronic Library Service 智 山 学 報 第 六 十 三 輯 は な い 。

な わ ち

禅 爾 以

、 志 玉 の 登 場 以

に お い て は 、 戒 律 研 究 を 担

な 人

は 現 れ る こ と な く 停 滞 し て お

そ の

興 の

と し て 志 玉 が 位 置 し て い た と

え ら れ て い た と 見 る こ と が で

る 。 ( 二 )

 

 

  と こ ろ が 現

玉 の

は 少 な く

蔵 の 『 五 教

』 『 五 教

』 と 同 内 容 の 『 五 教 章

聞 ( 五 教 章 聴 書 鈔 ) 』 十 巻 ( 承 応 八 年

2

六 五 四 ) お よ び 寛 政 七 年 ( } 七 九 五 ) 刊 本 ) 、 ま た 金 春 善 竹 の 『 六

一 露 之 記 』 の

記 で

る 『 六 輪

』                                             ( 13 ) 一

( 西 教 寺 正 教 蔵 ) だ け が 現 在

ら れ て い る

て で あ る 。 な お 、

四 郎 氏 は こ の

館 に

さ れ て い                                                                                       ( 14 ) る と し て 、 「 演 義

」 、 「 五 教

聞 書 」 、 「

厳 続

抄 」

収 の 「 理 々 円 融

」 を

げ て お ら れ る が 、 こ れ ら は

べ て

に 関 わ る 著 作 で あ る 。   こ の よ

に 、 志 玉 は 戒 壇 院

と い

分 で

な が ら 、

の 戒 律 関 係 の 著

在 は 現 在 ま で 知 ら れ て こ な か っ た 。

さ れ た 『 古 迹 聞 書 』 二

の み が

に お い て 、 志 玉 の 戒 思 想 を

か が

こ と の で き る 唯 一 の

で あ る 。

 

に つ い て

202

N工工一Eleotronlo  Llbrary  Servloe

( 一 )

 

 

  一

の 道 瑜 は 、 「 興 教 大 師 画 像 ( 月 上 累 代 御 影 ) 」 の

書 に よ っ て 、 長 享 二 年 ( 一 四 八 八 〉

に 活 躍 し た こ と が

ら れ る も の の 生 没 年 は

っ た 。

は 不 明 で あ る が 、 『 密 教

』 に は 生

を 応 永 二 十 九

( 一 四 二 二 ) と し て い る 。 し か し 『

』 本 巻 の

書 か ら 、 文 安 四

一 四 四 七 ) 時 点 で 二

三 歳 で あ る こ と が

ら か で

る か ら 、 こ れ に よ

、 道

の 生

は 一 四 二 五 年 で あ る こ と が

明 す る 。   房 号 は 玄

に 正

っ た こ と も 、 同 じ く 『 古 迹 聞 書 』 本 巻 奥 書 に 明 ら か で あ る 。 『 野

』 の 「

(11)

智積 院新文庫所 蔵  志玉口述 ・遵瑜筆録 『梵 網吉 迹下 巻聞書』 につ い て (大谷) 寺 教 相

」 の 記

か ら 、

院 左 学 頭 の 深 仙 房

房 長 盛 に

し て 教

げ 、

院 の

( 聖 誉 ) が い た こ と が わ か る ( 『 真 全 』 巻 三 九、 一 四 二 頁 下 ) 。   江

作 で あ る 鴨

臨 巻 中 ( 一 六

二 年 成 立 ) と 、 そ れ を 基 本 と し た 『 本

臨 巻 十 七 に 、 そ れ ぞ れ

記 が

さ れ る が 、 い

れ も

に お

る 一 つ の

る の み で

る 。   そ の

と は 、 以 下 の よ

な も の で

る 。 室 瞬 時 代 後

の 学 徒 に は 同

立 し た

学 侶 ) と 学

の た め に 諸

か ら

ま っ た

の 二 派 が あ り 、

瑜 は

っ た 。 し か し 聡

に 皆 感

は 十

院 に 来    

 

   

 

   

 

                             

 

   

 

   

 

   

 

                              ( 15 ) て か ら

っ た に も 関 わ ら

、 衆

に よ っ て 百 二

の 上 座 で あ る

擢 さ れ る こ と と な っ た 。

徒 は

を 「

」 と

び 、

ら を 「

化 」 と

ん だ 。 こ の

ま る こ と で

る 。 岡 じ

方 か ら 道

け た 頼

さ れ る よ

に な

、 両

と 、

し て い

こ と と な っ た 、 と い

も の で

る 。  

( 一 四 八 〇 ) 十 }

} 馨 、

瑜 は 浄 土

西 山

を 送

、 阿 弥 陀 仏 の

土 の

に つ い て

し て い る 。 こ れ に つ い て

秀 は 、 九 日

の 十 一 月

九 日 、 さ ら に

明 十 七

七 日 の 三

に    

 

   

 

   

 

                             

 

   

 

ハ ー6 ) わ た っ て 、

問 に 丁

て 、 西 山

瑜 に

て い る 。 初 め に

瑜 か ら 出 さ れ た

上 に は 「 就 レ

岩 屋 寺 へ 霜

、 出

之 至 リ 、 子 レ

二 難 ク レ 忘 レ

」 ( 『 西 全 』 別 冊 二 五 一 三 二 頁 上 ) と あ っ て 、 こ の 書 簡 の や

立 っ て 、 明

屋 寺 で 実 際 に

っ て い た こ と が

か が え る 。 こ の

、 明 秀 は 七 十 八 歳 、 道 瑜 は 五 十 五

っ た 。  

で に

顕 に な っ て い た か ど

か は 、

い た め に 判

が つ か な い 。 し か し

い 時

か ら 、 年

を 重 ね て

な お 、 宗

を 問 わ

に あ ら ゆ る

を 当 時 一 流 の

か ら

け よ

と い う 求 道 的 な

度 こ そ が 、

を し て 感 嘆 せ し め た も の と 推 察 さ れ る 。

203

(12)

NII-Electronic Library Service 智 山 学 報 第 六 十三輯 ( 二 )

 

 

  著

く 、 『

』 に は 『 大 疏 尋 求

』 八 巻 、 『

疏 縁

』 一 巻 、 『

日 経

』 一

、 『 五 教 章 見 聞 』

巻 、 『 薬 師

』 一

、 『 自 門 心 念 之 事 』 一 帖 、 『 即

』 一 帖 、 『

義 開 秘

』 一 帖

鈔 私 記 』 一

、 『

星 供 』 一 帖 、 『

白 』 一

、 『 十 八 道 口 決 』 一 帖 、 『

荼 羅 供

法 』 一 帖 が 紹 介 さ れ る 。 そ の 他 、 『 仏 書 解 説

辞 典 』 に は 『

土 』 『 理 趣

』 な ど が 紹 介 さ れ 、 『 国 史

辞 典 』 に は 『

』 が

さ れ て い る 。

く は 真 言

教 に 関 わ る も の で あ る か ら 、 現 存 す る も の の

く は 、 お そ ら く は

に な っ て か ら

く た め に

作 さ れ た も の で あ ろ

。   こ の

ち 『 五 教 章 見

は 、 志 玉 の 講 説 を

し た も の 、 『

土 』 は 妙

と の

の や

と り を 指 す の で あ ろ

。 そ

で あ る な ら ば 、 『 古 迹

聞 』 二 巻

同 様 に 道 瑜 の 著 作 と し て 紹 介 さ れ て し か る べ き で

る が 、

見 の 限

見 当 た ら な い 。 ま た 他 に

の 著 作 も 見 当 た ら な い よ

で あ る 。

 

』 の

( 一 )

に よ る 『

』 の

  以 上 の 二

が 出

っ た こ と に よ っ て 『

迹 聞 書 』 は 誕 生 し た 。 は じ め に 述 べ た よ

『 古 迹

』 は 、

に 志 玉 の

き 記 し た も の と

る こ と に 注

が 必

る 。 志 玉 が 『 古 迹 記 』 の

に 講 義 し た と い

『 五 教 章 』 の

は 、 『

迹 聞

』 と

、 道

に よ っ て

録 さ れ 、 『 五

聞 書 』 『 五 教

』 と し て

わ っ て い る が

を 研

さ れ た 野

は 、 こ れ ら が

聖 憲 『 五

』 か ら の 引 用 を

む も の で

志 玉

人 の

粋  

 

   

 

   

 

   

 

                    ( 17 ) に と ど め た

で は な い こ と を

ら か に さ れ て い る 。 同 じ

志 玉 の

を 道 瑜 が

し た 『

』 に も ま た 、

204

N工工一Eleotronlo  Llbrary  

(13)

智積 院新文庫所蔵 志玉 口述 ・道瑜筆録 『梵網古迹』 につ い て 聴 講 者 で あ る

瑜 の

問 的 下 地 が 反

さ れ て い る も の と

え ら れ る 。   実 は 、 『

』 上 巻 の 奥

に は 「

四 ハ

五 巻

 

此 ノ 巻 ノ

ナ ー

1

矣 」 と あ り

の 述

了 日 を

す と

え ら れ る 「 文

三 月

廿

一 日 」 の 識 語 の

に は 「 此 巻 ノ 分 二 補

開 四

ス 也 」 と い

一 文 が そ れ ぞ れ 見 ら れ る 。 こ れ は 道 瑜 に よ る 挿 入 と

え ら れ 、 『

書 』 が 道 瑜 に よ っ て 「

抄 」 を 参 照 し な が ら

さ れ た

の で あ る こ と を 示

え ら れ る 。   こ こ に

ら れ る 「

」 は 、 叡 尊 ( 一 二 〇 一 〜 一 二 九 〇 ) の

に も と つ い て 『

』 を

釈 し た 書 物 で

る 『

』 ( 以 下 『 補 忘 抄 』 と 略 す ) を

。 こ れ は 奥 書 等 か ら 叡

を 継 い で 西 大

第 二 世 と な っ た

空 ( 慈 真 和 尚 ) を

師 と し て 正 和 元

( 一 三 一 二 )

二 十 七 日 か ら 西

寺 で 行 わ れ た

を 、 弟 子 の 尭 戒

一 二 七 三 〜

=                                                                                                         ( 18 ) 二 ) が

講 し た

に 覆

し 、 そ れ を 定 泉 の

空 英 心 ( = 一 八 九 〜 ? ) が

し た も の で あ る こ と が わ か る 。

わ ば 西

に お け る 『

記 』 の

釈 を 示 し た

物 と 見 て よ い で あ ろ

。   そ し て

際 に 『

聞 書 』 に は そ の 全 編 に わ た っ て

を 明 記 し な い ま ま に 『

』 か ら の

用 が 見 ら れ る 。 以 下 に い く つ か を

し た い 。 図 表

2

『 補 忘 抄 』 巻 一 ( 『 日 蔵 』 巻 三 七 ) 『 古 迹 聞 書 』 本 巻 疏 云   鳩 摩 羅 什 此 云 童 寿 一 ト 持 菩 薩 戒 一 ヲ 偏 誦 此 品 一 与 義 学 沙 門 三 千             サ ゥ タ ウ 余 人 一 遂 於 ○ 草 堂 寺 一 翻 訳 経 論   五 十 余 部   最 後 因 秦 主 欲 受 禁 戒 一 別 二 誦 シ テ 訳 出 恵 融 等 筆 受 ス

O

具 訳 セ ハ 成 三 百 余 卷 此 経 序 云   可 有

二 +

恵 融 者 恵 観

也 云 々

代 ・ 訳 但 ・ 異 義 ア リ 何 レ 辺 此 経 ヲ ハ 秘 蔵 ナ ル ニ 依 テ 最 後 ノ 訳 云 々 付 其 一 レ ニ 於 テ 今 経 一 ニ                                               カ ウ 諸 宗 ノ 人 師 記 疏 ヲ 製 作 ス ル コ ト 其 ノ 数 是 多 シ 始 梁 ノ 恵 ・ 疏 ヲ 作 ス 疏 云 。 翻 訳 故 者 。 後 秦 有 西 域 三 蔵 鳩 摩 羅 什 。 此 云 童 寿 。 持 菩 薩 戒 。 偏 誦 戒 品 。 与 義 学 沙 門 三 千 余 人 遂 於 逍 遥 園 及 長 安 草 堂 寺 翻 訳 経 論 五 五 十 余 部 。 最 後 因

王 欲 受 禁 戒 別 誦 訳 出 。 慧

者 融

耀

等 筆 受 。                                     ( 以 上 二 Q 七 頁 下 〜 二 〇 八 頁 上 ) 於 今 経 梁 代 恵 ・ 始 製 疏 。 其 疏 不 見 于 今 。 次 隋 世 天 台 智 者 大 師 製 疏 。 其

205

(14)

NII-Electronic Library Service 智 山学報第六三輯 其 ノ 疏 ハ 不 見 今 三 次 二 隋 ノ 天 台 ノ 智 者 大 師 疏 ヲ 作 ス 等 云 々     天 台 宗 人 師 天 台 義 記 二

与 咸 注 三

〃 撒

明 曠 疏 一 巻

地 弟

撲 陽 疏 五 巻

創 嫡

    華 厳 宗 人 師 法 蔵 疏 三 巻 碯 噸 紀   法 銑 疏 四 巻 已 下 同 偈 頌   利 渉 疏 砂 瞭 鮪 腱 余   伝 奥 疏 二

元 暁 疏 一

    法 相 宗 人 師

太 賢 古 迹 二 巻 粃 下

鶴 .   セ ン           害 人   日. 止 外 猶 有 疏 記 道 塔 注 三

禅 鍬

7 大 安 寺 。 住 シ ア 西 塔 院 。 シ ア A7 ノ 六 巻 趾

ヲ 弘 入 也 云 々 開 題 一

調

助 釈 一 巻 已 上   師 ノ 義 二 依 テ 是 ヲ 録 一 ス 此 外 少 々 善 珠 ノ 疏 三 巻

魑     此 ノ 疏 ハ 多 ハ 天 台 二 依 ル 云 々

 

法 進 注 日 疋 レ モ 唐 僧   処 行 注 一 巻 楸 械 鉢 テ 鉾 知 腫 贓 好 卜 私 記 一 巻

          科 注 有 之 一 追 テ 可 尋 一 云 々                   ( 本 巻 二 丁 表 〜 三 丁 表 ) 後 盛 造 諸 疏 也 。 其 中 当 時 流 行 疏 記 等 具 可 注 之 。     天 台 宗 人 師 天 台 義 記 二 巻

与 咸 注 三 巻

煢 明 曠 疏 一

悌 撲 陽 疏 五 巻

蝋 畩     華 厳 宗 人 師 法 蔵 疏 三

疏 四

下 利 渉 疏 三 巻 鈔

之 . 伝 奥 疏 二 巻

元 暁 疏 一

不     法 相 宗 人 師 義 寂 疏 二 巻 舶

太 賢 古

. 勝 荘 疏 二

善 珠 疏 三

    是 外 猶 有 疏 記

注 三 巻

. 難

住 法 進 注 六

稚 魅 翻

汪 一 巻

当 時 助 釈 一 巻

唐 私 記 一

ボ 鮃

ボ 已 上 依 古 抄 等 録 出 之 。 此 外 少 々 科 注 有 之 。 後 追 可 尋 之 。                                       ( 以 上 二 一 一 頁 下 〜 二 一 二 頁 上 )

206

N工工一Eleotronio  Library  Servioe

  以 上 に

し た の は 『 梵 網 経 』 の

に つ い て

説 し 、 『

』 の 注

記 し た

で あ る が 『 古 迹 聞

』 の 該 当 箇 所 は 、 そ の ほ と ん ど が 『 補 忘

』 か ら の 転 載 に よ っ て 成

立 っ て い る こ と を

る こ と が で き る 。   特 に 注 目 し た い の は 、 「

」 に

ら れ て い る 「 勝

」 の

る 。 『

抄 』 で は 「 釈 上 下 巻 経 也 。

人 也 」 と 注 さ れ て い る と こ ろ が 、 『 古

聞 書 』 は 「 上 下 巻

 

 

是 外 猶 有

記 」 と な っ て い る 。 こ の

ち の 「 是 外 猶

記 」 は 、 『

』 で は 天 台 ・

の 人

し た

、 そ の 他 の

、 あ る い は 生 涯 に 宗 旨 を

じ た と

え ら れ て い る

な ど に よ る 注 疏 を 紹

る 意 味 合 い で

使

用 さ れ て い る 。 お そ ら

こ れ は 道 瑜 が

(15)

智積院新文庫所蔵 志玉 口述 ・道瑜筆録 『梵網古迹巻聞書』 にtO い て (大谷 『 補 忘 抄 』 の

る 際 に 誤 っ て 「

」 の 下 へ と 混 入 さ せ た も の と

ら れ 、

瑜 が ま さ に 座

に 『 補

』 を 置 い て 『 古 迹 聞 書 』 を

し た こ と を 示 す 証

と 考 え ら れ る 。 さ ら に 『 古

聞 書 』 に は 、 『

』 に は な い 空

撰 『

題 』 が

題 一

法 默 L と し て 掲 載 さ れ て い る の も 興

深 い 。 道 瑜 は 、 こ の 『

迹 聞 書 』 作

に は

と な る 真 言 の

で あ る か ら 、

が 『

』 を

照 し な が ら 、 こ れ に 空

を 追 加 し た も の と

え ら れ る 。  

に 紹 介 し た

は 、 『

聞 書 』 末 巻 に

さ れ る 箇 所 で

体 に つ い て の 問

る 部 分 で あ る 。

は 一

る と 、

を 成 仏 す る ま で の 問 継

し て

け る 必 要 が

る が 、 凡 夫 の 段

し た 者 が

行 を

ね 、

地 の

へ と

ん で 聖 者 と な っ た

は ど

な る の か 、 と い

疑 問 に 関

に 該 当 す る 。   【 図

3

】 に 見 ら れ る よ

に 、 『

書 』 は こ の 『 補 忘

』 の 問

く を

承 す る

開 さ れ て い る 。 図 表

3

『 古 迹 聞 書 』 末 巻 『 補 忘 抄 』 巻 七 ( 『 日 蔵 』 巻 三 七 V 問 其 ノ 無 漏 ノ 無 表 ノ 支 類 云 何 答 [ 圃 囚 辺 々 也 先 ハ 世 第 一 ノ 位 ニ テ ハ 四 万 也 ト モ 初 無 漏 ノ 上 ニ テ ハ 只 十 支 ナ ル ヘ キ 也

或 ハ 有 漏 増 上 縁 ト ナ テ 問 。 無 漏 新 得 ノ 無 表 ハ 支 類 云 何 。 答 。 有 漏 種 上 ノ 無 表 ハ 世 第 一 法 ノ 末 後 二 。 仮 令 二 万 四 万 支 レ ト モ 無 漏 種 上 ニ ハ 始 成 十 支 無 表 運 運 倍 増 也 。 引 キ 出 ス 故 二 有 漏 ノ 数 二 対 シ テ 倍 々 ス ベ キ 歟 是 レ ハ 作 リ 事 ノ 様 也 問 其 ノ 有 漏 ノ 無 表 モ 無 漏 ト 倶 二 運 々 増 上 シ テ 有 ル ヘ キ 歟 云 何 答 是 又 異 問 。 漏 無 漏 種 上 二 倶 倍 倍 増 長 セ ハ 何 云 捨 有 漏 戒 乎 。 答 。 顕 勝 隠 劣 故 云 義 也 或 ハ 〔 追 テ 云 倍 々 ノ 義 惜 宜 キ 歟 云 々 〕 爾 也 ト 云 或 ハ 本 数 ノ 任 マ マ 也 捨 。 如 転 識 得 智 ノ 例 。 無 漏 之 位 豈 無 心 王 。 今 亦 如 是 。 云 々 等 卜 云 云 々 ( 三 三 二 頁 上 〜 下 ) 問   何 故 宥 漏 ヲ 捨 ス ル ト 云 乎   答   隠 劣 顕 勝 也 云 々 問 見 道 ノ 妙 観 平 等 ノ ニ 智 ノ 中 二 何 レ ノ 智 ノ 上 二 立 ル 乎 答 妙 観 相 応 ノ 思 問 。 見 道 二 始 得 妙 観 平 等 二 智 。 二 智 中 由 何 立 之 乎 。 答 。 可 依 妙 観 察 ノ 心 所 ノ 種 子 二 立 也   有 漏 ノ 位 既 二 第 六 ノ 思 種 二 立 ル 故 云 々 智 相 応 ノ 思 心 所 種 子 立 也 。 転 識 得 智 之 時 。 妙 観 察 智 転 第 六 識 所 得 智 故 。 既 有 漏 位 二 第 六 識 相 応 思 種 二 仮 立 。 故 無 漏 位 可 転 彼 智 相 応 思 種 也 。

207

参照

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   ︵大阪讐學會雑誌第十五巻第七號︶

第四系更新統の段丘堆積物及び第 四系完新統の沖積層で構成されて おり、富岡層の下位には古第三系.

②立正大学所蔵本のうち、現状で未比定のパーリ語(?)文献については先述の『請来資料目録』に 掲載されているが

東京都公文書館所蔵「地方官会議々決書並筆記  

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