生物学の基礎
1 章 生物学の基礎
1章1-1 生物の特徴:生物と無生物の違い 生物学を学ぶ最初として,生物とは何かを考え てみよう.石や水と比べると,カビや乳酸菌,蚊 や雑草は増える.一般的にはこの自分自身で増え るという性質,すなわち自己増殖能が生物の基本 的性質といわれる.ただ,鍾乳洞の中の鍾乳石や 温泉の湯の花(温泉成分が沈殿したもの)は見か け上増え,また濃い食塩水から水が蒸発するとや がて塩の結晶ができ,それが増殖する.だから増 えることは生物を定義する十分条件ではないこと がわかる.生物の増え方には特徴がある.「瓜の ツルに茄ナ ス ビ子はならぬ」の諺ことわざが教えるように子は親 に似るが,この遺伝という現象は生物の増え方の 基本的性質である.ただ遺伝という現象は一定の 確率で必ず「変わり者」が出現することも暗示す るが,この突然変異という現象を示すことも生物 の増え方の特徴である(=>食塩の結晶の増殖で は変異は皆無である).
生物は見た目が柔らかい.表面の堅い貝やクル ミの種たねも内部は柔らかい.これは生物が細胞とい
う水分を多く含む小さな柔らかな袋を単位として いることと関係がある.細胞をもつことが生物の 必須要件である.細胞は膜で外界から隔離されて いるが,外部から物質を取り入れ,それを利用し てエネルギーを得たり,増えるために必要な成分 を合成するといった化学変化(=>代謝)を起こす.
また,細胞自身にも増殖・遺伝という生物の基本 的性質が備わっている.多くの生物には「動く」
という現象がみられるが,乾燥した種のように動 図 1-1 生物の条件
表 1・1 通常の細菌・偏性細胞内寄生細菌・ウイルスの違い 通常の細菌
(例:大腸菌)
偏性細胞内寄生細菌§ リケッチア クラミジア ウイルス
細胞 有(桿状) 有(桿状) 有(球状) 無
増殖形態 二分裂 二分裂
(動物細胞内) 二分裂
(動物細胞内) 素材ごとにつくられ,
のちに粒子として集合 核酸 DNAとRNA DNAとRNA DNAとRNA DNAかRNAのいずれか
人工培地での増殖 + -(一部+) - -
代謝系エネルギー産生系 + +〜± ±〜- -
特徴 ヒトの大腸の常在菌 で,通常非病原性.人 工培地でよく増える
ダニなどの節足動物によ り媒介されてヒトに感染 する
きわめて小さく(〜
0.3μm),ろ過性#.哺 乳類や鳥類に広く分布
生細胞内でのみ増える.
核酸のみでも感染する
病気を起こすもの
の例 病原性大腸菌
(例:Oオー157)
発疹チフスリケッチア
ツツガムシ病リケッチア トラコーマクラミジア
オウム病クラミジア アデノウイルス インフルエンザウイルス
§:細胞の内部でのみ増える細菌.#:ろ過性:細菌を通さないフィルターを通過する.
刺激に応答
遺伝現象 する
を示 す 変異
することがある
成長 る す 環境 適応 に る す
物質 の出入
りが ある 高度
に組織化
され てい
る
有機物を含み代謝がある
恒常性
を維持
する
細胞をもつ 増殖する
5
生物学の基礎
1章
コラム:生物進化と水
生物の進化は水と密接な関係にある.これは生命が水の中で誕生したことと無縁ではない.太 古の地球にはまだ酸素が少なく,DNA を傷める紫外線をさえぎるオゾン層もなかった.生物は 紫外線を避けるためにも水中で暮らす必要があったが,やがて酸素が増えて地上の紫外線が減 ると陸にあがることができるようになった.それでも水とは縁を切ることはできず,脊椎動物で も魚類まではもっぱら水中をすみかとしていた.両生類になりようやく陸にあがることができた が,オタマジャクシの頃はまだ水中で生活しなくてはならず,また成体になってからも皮膚は常 に水で濡れている必要がある(皮膚呼吸が呼吸のかなりの部分を占めるため).生殖方法に関し ても,脊椎動物の進化は水依存性の低下と相関していることが見てとれる.同様のことは植物に も当てはまる.植物ははじめ藻類として水中で生じたが,最初に陸に上がったコケ類は有性生殖 に水を必要とする精子を用いる.次に進化したシダ植物も有性生殖に精子を使うが,水を葉まで 吸い上げたり養分の通り道となるための維管束を発達させた.種子植物に進化し,受精に花粉を 使うことにより,ようやく生殖において水から解放された.しかし初期の種子植物である裸子植 物(種子がむきだしになっているもの)の中で最も古い種であるイチョウは,いまだに受精に精 子を用いている.
1-2 生物を分類する
脊椎動物 魚類
両生類
(幼生)
(成体) 爬虫類
鳥類
哺乳類
藻類
コケ類 維管束をもつ
シダ類
(イチョウ)
(マツ)
精子による受精 花粉による受精
変温動物 恒温動物
種子植物
裸子植物 被子植物 肺呼吸
胎生 卵生
えら呼吸
植物
水
図 1-3 水から出た生物
両生類成体撮影:阿部洋志博士
4 章 栄養と代謝
4-1 栄養の摂取 4-1-1 栄養素
生物は外部から種々の物質を取り込み,細胞成 分を合成しながら生命を維持するが,これらの活 動にはエネルギーも必要である.素材の合成とエ ネルギーの獲得,これが生物が栄養を必要とする 理由である.生物が代謝(下記参照)し生存する ために外から摂取する物質を栄養素という.主た る栄養素は糖質,脂質,タンパク質の3 大栄養 素で,糖質と脂質は主にエネルギーを得るために 用いられ,一部が細胞の素材(細胞膜,ヌクレオ チドなど)の合成や調節(ホルモン,調節因子など)
に用いられる.タンパク質は体内のタンパク質合 成や窒素化合物をつくるために用いられる.無機 塩類(ミネラルともいう)やビタミンなどは少量 の摂取でよいため微量栄養素といわれ,代謝調節 や細胞機能の調節に効いている.植物は消化器官 がないので,栄養素は無機塩類に限られる.栄養 素ではないが水と酸素も(植物では二酸化炭素や 光も)生命維持に必須であり,充分に摂らなくて はならない.
4-1-2 栄養素の消化
食物として摂るものの多くは高分子のため,栄 養素が吸収されやすいよう,消化器官にある酵素 で高分子を分解(加水分解:水分子が分解にあず かる)「消化」する必要がある.
a.糖の消化 ヒトは糖の大部分をデンプン(穀 物に多い)というグルコースの高分子として摂取 する.口ではデンプンが唾液アミラーゼにより適 当なサイズに切断される.十二指腸では膵すい臓アミ ラーゼによりマルトース(麦ばく芽が糖)になり,さら に小腸ではマルトースがマルターゼによりグル コースに切断される.スクロース(ショ糖),ラ クトース(乳糖)などもそれぞれに特異的な酵素 により単糖に切断される.
b.脂質の消化と吸収 中性脂肪は十二指腸/
小腸でリパーゼにより脂肪酸がグリセロールから 切り離されるが,胆汁は脂肪を乳化して消化を助 ける.分解された中性脂肪は小腸の細胞で再度中 性脂肪に組み立てられ,リンパ管に入った後血中 へ移行する(=>細胞で再度消化される).ある種 の脂肪酸(例:リノール酸,リノレン酸,DHA)
は体内で合成できず,栄養素として摂る必要があ る必須脂肪酸である.
c.タンパク質の消化 タンパク質は胃液にあ るペプシンで比較的長めのペプチドに分解され,
十二指腸では膵液中のトリプシンやキモトリプシ ンなどで短めのペプチドになる.ペプチドは小腸
疾患ノート 血中コレステロール
脂質-リポタンパク質粒子で比重の低いLDL(Low Density Lipoprotein)は肝臓コレステロールを組織に 運び,比重の大きなHDLはコレステロールを肝臓に 戻す働きがある(図4-2).これがLDL コレステロー ルが「悪玉」といわれる理由である.
解説 独立栄養生物と従属栄養生物
炭素源としての有機物を二酸化炭素からつくる生物 を独立栄養生物といい,光合成を行う植物やランソウ,
一部の細菌が含まれる.これに対し,有機化合物を食 物/餌として摂る生物を従属栄養生物という(例:動 物,原生動物,菌類,大部分の細菌).
図 4-1 ヒトが体内に取り入れる物質 3大栄養素 - 糖質,脂質,タンパク質 栄養素
それ以外
微量栄養素 - 無機塩類(ミネラル),ビタミン
水,酸素,その他
35
栄養と代謝
4章
にある種々のペプチダーゼによりアミノ酸
1
〜3
個にまで切断される.4-2 代 謝
4-2-1 代謝:異化と同化
生体内(主に細胞内)で起こる化学反応を代謝 という.便宜上物質代謝(=>物質の変換)とエ ネルギー代謝(=>エネルギーの取り出し)に分 けられるが,エネルギー代謝でも物質代謝を伴う.
代謝のうち有機物が分解される方向のものを異化
といい,エネルギーを取り出して
ATP
を合成す る反応と関連する.他方,より大きな有機物を合 成する代謝を同化といい,反応にはエネルギーが 必要である.4-2-2 化学反応におけるエネルギーの流れ 生体分子の合成にはエネルギーが要る.植物は 光合成により二酸化炭素と水からグルコースを合 成する.つまりグルコースには光エネルギーが取 り込まれており,エネルギーは共有結合という形
図 4-3 各種栄養素の消化 加水分解物(消化酵素名)
器官 糖質
[デンプン] 脂質
[中性脂肪] タンパク質
口 切断されたデンプン
(唾液アミラーゼ)
胃 *胃酸の分泌
長めのペプチド
(ペプシン)
十二
指腸 マルトース
(膵臓アミラーゼ) *胆汁の分泌
(膵臓リパーゼ) 短めのペプチド
(
キモトリプシントリプシン)
小腸 グルコース
(マルターゼ)
[スクロースにはスクラー ゼ,ラクトースにはラクタ ーゼが作用]
脂肪酸 グリセロール DG#,MG#
(活性化されたリパーゼ)
アミノ酸 1 ~ 3 個
(種々のペプチダーゼ)
#:中性脂肪(主にトリアシルグリセロール[TG])から脂肪酸が 1 個とれるとジアシル グリセロール(DG),2 個とれるとモノアシルグリセロール(MG)となる.
図 4-2 リポタンパク質による脂質輸送 胆汁酸塩はコレステロールから作られる.
4-2 代 謝
キロミクロン 食事中の脂肪
胆汁酸塩
肝 臓 内在コレステロール 食事由来コレステロール
コレステロール
血中 腸
VLDL
IDL
LDL 標的細胞
HDL
脂肪酸 エネルギー源
筋肉
備蓄 脂肪細胞
VLDL IDL LDL HDL
:超低密度リポタンパク質
:中間密度リポタンパク質
:低密度リポタンパク質
:高密度リポタンパク質
36 4 章 栄養と代謝
で蓄えられる.逆に異化により共有結合が切れる とエネルギーは放出される.細胞内ではこのエネ ルギーが熱となって逃げる場合もあるが,反応に
よっては
ATP
が合成される.エネルギーを取り 出すための物質としては,多数の水素が結合して いるものが重要である(解説参照).4-2-3 エネルギー通貨:ATP
細胞内で発生したエネルギーはATP(アデノシ ン三リン酸)合成に使われる.ATPのリン酸 - リ ン酸結合には大きなエネルギーが蓄えられてお 解説 酸化とエネルギー
一般に酸素との結合を酸化,水素との結合あるいは 酸素の離脱を還元といい,酸化と還元は必ずペアで起 こる(酸素と水素から水ができる場合,水素は酸化さ れ,酸素は還元される).化学的には電子を得ること を還元と定義するが,電子をどれだけ得やすいかは物 質固有であり,電子はより得やすいものの方に移動す る.酸素は電子を受けとりやすく,水素は離しやすい ので,水素を多くもつ化合物ほど多くのエネルギーを 含むことになる.導線を電池につなぐと電流が流れ て(電子が移動して)ランプが光るなどの形でエネル ギーを取り出せるが,生体でも電子が移動するとエネ ルギーが発生し,その量は電位差に比例する.
図 4-4 栄養と物質代謝の全体像
図 4-5 代謝とエネルギー
図 4-6 ATP の構造と性質 A
B
共有結合 同化(合成代謝) C
異化(分解代謝)
代謝
エネルギー
エネルギー
O O- P O
-O O
O- P O
O O- P O
P P P
P P P
P P
P P リボース
(a)ATPの構造 (b)ATP代謝での移動
リン酸
リン酸 ATP分子
<省略形> アデノシン
エネルギー 供給
高エネルギー結合
アデノシン一リン酸(AMP)
アデノシン二リン酸(ADP)
アデノシン三リン酸(ATP)
アデノシン アデニン
(c)高エネルギー物質の加水分解 により生まれるエネルギー
エネルギー 放出
ATP
ADP
物質 エネルギー
(kJ /モル)
クレアチンリン酸 43.0 ATP(ADP + Pi) 30.5 ATP(AMP + PPi) 45.6 アセチル CoA 31.4 Pi:無機リン酸
J:ジュール 栄養
グルコース 脂肪酸 アミノ酸 その他
タンパク質 核酸,脂質
多糖類など 水など 二酸化炭素 消化 尿素
合成
運搬,調節,運動など 分解
酸素
排出
吸収 糖質,脂質
タンパク質 ビタミン
その他
分解
[生体成分]
生体内/細胞内
エネルギー
[ATP 合成]
40 4 章 栄養と代謝
グルコース
6CH2OH HOOH
5 4
3 2
1
ピルビン酸
解糖系
五炭糖
三炭糖 七炭糖
四炭糖 六炭糖
乳酸 フルクトース 6ーリン酸
グリセルアルデヒド 3ーリン酸 2×
ペントースリン酸回路 NADPH
NADH 2×ATP
COOH C=O CH3
脂肪酸合成など
核酸の材料
OH
グルコース 6ーリン酸
OH O
グリセロール
グルコース 1ーリン酸 UDPーグルコース
グリコーゲン グリコーゲン合成経路
糖新生経路
スクシニル CoA コハク酸
フマル酸 オキサロ酢酸
クエン酸
2- オキソグルタル酸 アセチル CoA
ピルビン酸
NADHFADH2
FADNAD
[ATP 合成]
[エネルギー]
電子
水 二酸化炭素 H+
GTP(≒ATP)
酸素
細胞質
ミトコンドリア
電子伝達系 オキサロ酢酸
クエン酸回路
酸化的リン酸化
リンゴ酸
*
*:ミトコンドリアの内膜に存在する.
グルクロン酸経路 UDPー グルクロン酸 グロン酸
図 4-10 糖にかかわる物質代謝とエネルギー代謝の概要 →は糖新生経路
66 6 章 遺伝情報の発現
当てられていることを意味しており,事実,メチ オニンとトリプトファン以外のアミノ酸は複数の コドンをもつ.一つのアミノ酸をコードする複数 のコドンを同義コドンというが,同義コドンの多
くは
3
文字目の塩基が変化している.コード領域 に点突然変異が生じてもアミノ酸配列が変化しな いという現象は,同義コドンへの変異で説明でき る.メチオニンのコドンAUG
は翻訳の開始コドン図 6-11 mRNA,リボソーム,tRNA のかかわる翻訳機構の概要 指定アミノ酸 Met Lys Cys
リボソーム ペプチド結合 大亜粒子
アミノ末端
アミノ酸 アンチコドン
tRNA Ser
コドン A A A A U G C A
mRNA A C G
U C U A G A U G
5′
Met
Lys
Cys Ser
リボソ―ム 小亜粒子 表 6・4 遺伝暗号表#
第 1 字目 第 2 字目
第 3 字目
U C A G
U
UUU Phe UCU Ser UAU Tyr UGU Cys U UUC Phe UCC Ser UAC Tyr UGC Cys C
UUA Leu UCA Ser UAA 終止 UGA 終止 A
UUG Leu UCG Ser UAG 終止 UGG Trp G
C
CUU Leu CCU Pro CAU His CGU Arg U CUC Leu CCC Pro CAC His CGC Arg C CUA Leu CCA Pro CAA Gln CGA Arg A CUG Leu CCG Pro CAG Gln CGG Arg G
A
AUU Ile ACU Thr AAU Asn AGU Ser U AUC Ile ACC Thr AAC Asn AGC Ser C AUA Ile ACA Thr AAA Lys AGA Arg A AUG Met※1 ACG Thr AAG Lys AGG Arg G
G
GUU Val GCU Ala GAU Asp GGU Gly U GUC Val GCC Ala GAC Asp GGC Gly C GUA Val GCA Ala GAA Glu GGA Gly A GUG Val GCG Ala GAG Glu GGG Gly G
#:mRNAの5'側からの配列.※1:開始コドンとしても用いられる.大腸菌ではホ ルミルメチオニン.アミノ酸の3文字表記については,表3・2を参照
67
遺伝情報の発現
6章
としても機能する.UAG,UGA,UAAは指定する アミノ酸をもたず,翻訳の終了を指示する終止コド ンとして機能する.
6-4-2 リボソーム上でのタンパク質合成 リボソーム(mRNA結合能をもつ小亜粒子と,
触媒活性をもつ大亜粒子よりなる)は
mRNA
の
5′末端付近に結合したあと開始コドンである
AUG
まで移動し,その後,コドンに沿った(3 塩基ずつの)読み枠で翻訳を開始する.mRNA にはコドンを区切るカンマのようなものはなく,3
種類の読み枠のどれが使われるかは開始コドン が決まることにより自動的に決められる.アミノ 酸をペプチド結合でつなげる活性はリボソーム自 身がもつ.なお,リボソームの触媒活性はリボソー ム中のタンパク質ではなく,大亜粒子中のrRNA
にある(注:つまり
rRNA
はリボザイム[RNA
酵 素]
である).解説 大腸菌での翻訳開始
大腸菌のリボソームは,mRNA上の開始コドンの 少し5′側にある特殊な塩基配列(=> SD配列)を認 識して結合する.
解説 RNA 干渉
細胞内に二本鎖の短いRNA(例:siRNA,shRNA)を入れると,それと同じ塩基配列をもつRNAが分解され,
翻訳が阻止されるという現象(RNA 干渉[RNAi])が起こる.RNA干渉は人工的に遺伝子発現を抑制するための 技術として汎用されるが,生理的にも類似の機構で遺伝子発現の抑制に関与していることがわかっている(例:
マイクロRNAによる遺伝子発現抑制).
疾患ノート 細菌の翻訳を阻害する抗生物質 抗生物質は細菌類(主に放線菌類)や菌類の生産物 に由来する物質で,細菌の増殖を止めるが,中には真 核細胞の増殖を止めたり,癌細胞治療に用いられるも の(例:ブレオマイシン)もある.ペニシリンは細菌 の細胞壁形成を阻害するが,他のいくつかの抗生物質
(例:ストレプトマイシン,カナマイシン,テトラサ イクリン,クロラムフェニコール,エリスロマイシン)
は細菌のリボソームに結合し,翻訳を阻害することに よって薬理作用を現す.
mRNA
mRNA の分解
分解 Dicer
RISC 約 21 塩基対長
siRNA shRNA dsRNA
図 6-12 RNA 干渉(RNAi)のメカニズム
*:RNA 切断活性をもつが,リボソー ムの進行を阻止する働きもある.
6-4 タンパク質合成:翻訳
7 章 細胞の増殖と死
7-1 細胞周期とその制御 7-1-1 細胞増殖の周期性
真核生物の細胞増殖は
DNA
合成期(S 期)(S:synthesis[
合 成]) と 細 胞 分 裂 期(
M 期)(M:mitosis[
有糸分裂])を繰り返して進む.M
期とS
期の合間をG1期,S期とM
期の合間をG2期 というが,細胞増殖がG
1期→S
期→G
2期→M
期を経てG
1期に戻るこの周期性を細胞周期とい い,逆行することはない.図7-1
に示した細胞 周期の各所用時間は,細胞が違ってもG
1期以外 はほぼ一定である.増殖を止めているG
1期にあ る細胞のおかれた状態をとくにG0期という.G1期/
G
0期からS
期に進入するためには,一定以 上の細胞サイズと増殖因子の存在が必須である.S
期に入る前のある時期(制限点)を越えるとDNA
合成が始まり,その後G
1期に戻るまで細胞 周期が途中で止まることはない.S期ではDNA
合成が起こり,二倍体のゲノムは一時的に四倍体 状態になる.M期では凝集して太くなった染色 体が紡錘体微小管に引っ張られ,細胞質分裂が起 こって染色体が半分ずつ娘細胞に分配される.
7-1-2 細胞周期調節因子:細胞周期のエンジ ンとブレーキ
細胞には細胞周期を回すエンジン役の分子と,
それを抑えるブレーキ役の分子が多数存在してお 解説 卵成熟因子の発見
メスのカエルに性ホルモンであるプロゲステロンを 注射すると減数分裂中の卵母細胞が成熟するが,こ の現象の原因物質として発見されたのが卵成熟因子
(Maturation Promoting Factor:MPF) で あ る.MPF は通常細胞にもあってM-phase Promoting factor(M 期促進因子)といわれる.MPFはM期への進入とM 期進行に必須であるが,その実体はサイクリンBと CDK1の複合体である(次頁参照).
G1期
G2期 M 期
S 期 1 時間
4 時間 4 8 時間
2 栄養の枯渇 接触阻止など
制限点 G0期
増殖停止
細胞分裂 DNA 合成
染色体
DNAの相対量 進行方向
栄養の供給など
図 7-1 細胞周期
24時間の細胞周期を示す細胞の例.
M 期以外の時期をまとめて間期という,
69
細胞の増殖と死
7
章り,正常な細胞増殖は両者の適切なバランスの上 で実行される.エンジンはCDK(サイクリン依 存性キナーゼ)というタンパク質リン酸化酵素で,
複数種があるが,サイクリンといわれるタンパク 質と結合して活性を発揮する.サイクリンも複数 あるが,特定の細胞周期に存在するため,CDK が特定の時期に作用を発揮できる.細胞周期は 図
7-2
に示すような種類のサイクリン/CDK
の 作用を受けて進む.なおCDK
が働くためにはリ ン酸化(*)される必要がある.ブレーキを司る 分子には,CDKに結合して活性を抑えるCDK 阻 害因子(例:p21),サイクリン/CDK
を分解に 向かわせるユビキチン連結酵素(例:APC / C,SCF)(2
章),CDKの特定部位をリン酸化する酵素などがある(注:(*)と異なる部位.この部位 のリン酸除去は
CDK
の活性化につながる).図 7-2 細胞周期の各段階で働くサイクリン/ CDK 複合体 サイクリンB/CDK複合体はMPFともいわれる
図 7-3 CDK 活性の調節 疾患ノート 毛細血管拡張性運動失調症:AT 常染色体劣性の疾患で,運動失調,毛細血管拡張,
免疫不全,白血病,癌など多くの病態がみられる難病 の一つ.原因遺伝子ATMはDNAの傷を最初に見つ けてその情報をp53に伝えるタンパク質リン酸化酵 素をコードする.
疾患ノート 細胞分裂制御異常と癌
癌は細胞増殖が異常に亢進しているが,細胞周期抑 制因子の突然変異がかかわる場合が多い.CDK阻害 因子であるp21やその転写調節タンパク質のp53(下 記)は癌抑制タンパク質として作用する.Rbという 癌抑制タンパク質はDNA複製にかかわる転写調節タ ンパク質E2Fに結合してその作用を抑えている.
M 期
リン酸化
活性型 S 期
H/MO15 A/CDK2
A/CDK1
G1期 G2期
CDK
CDK
B/CDK1
D/CDK4・6 E/CDK2
サイクリン
・リン酸化*
・サイクリンとの 結合
・特定部位(X)の 脱リン酸化
*:Xとは異なる部位
・特定部位(X)の リン酸化
・ユビキチンープロテア ソーム系による サイクリンの分解
・CDK阻害因子 の結合 CDK
活性化 不活化 表 7・1 主なサイクリンと CDK
サイクリンの種類 複合体を形成する CDK サイクリンA
サイクリンB サイクリンC サイクリンD サイクリンE サイクリンF サイクリンG サイクリンH
CDK1,CDK2 CDK1 CDK8 CDK4,CDK6 CDK2
――
CDK5
CDK7(MO15)
CDK1はcdc2ともいう.
7-1 細胞周期とその制御
9 章 動物の組織
9-1 組織の形成と細胞 9-1-1 動物の組織
多細胞生物個体は特定の方向に分化した細胞集 団「組織」をいくつももつ.一つの組織は比較的 均一な細胞から構築され,共同して特定の目的に あたる.組織内の細胞は細胞接着タンパク質など の作用で安定な集合体となり,簡単にはばらばら にならない.本章では
4
種類の動物組織のうち上 皮組織,結合組織(血液を含む),筋組織につい て説明し,神経組織については12
章で扱う.9-1-2 上皮組織
組織の最も表層側にあって
1
層〜複層の細胞層 からなり,機能的に吸収上皮,保護上皮,腺上皮,感覚上皮に分けられる.細胞の形態は小腸上皮の ようにヒダをもった円柱状のものや,血管内皮の ように扁平なものまでさまざまである.皮膚の表 面には数層の上皮細胞からなる表皮があり,その 基底部には幹細胞があって常に上皮細胞を生み出 している.上皮細胞は表面に移動すると硬く扁平 な角化細胞となり,やがて死滅・脱落する.毛,
鱗うろこ
は表皮の変形したものである(=>表皮の深部
図 9-1 小腸断面の構造
図 9-2 種々の上皮組織 表 9・1 動物組織の種類
組織 例/要素 働き
上皮組織 表皮,毛,
腺,消化管内皮
表面の保護,分泌,
吸収,刺激の受容 結合組織 真皮(皮下の),骨,
脂肪組織
体や組織の支持,
組織の結合 筋(肉)組織 骨格筋,内臓筋,
立毛筋,血管平滑筋
体の運動,
内臓などの動き 神経組織 中枢神経,グリア細胞,
末梢神経
刺激・興奮の伝達
血液* 血球(赤血球など) 運搬,生体防御など
*:血液は組織学的には結合組織に分類される.
(a)保護上皮
表皮(形態的には扁平上皮) (b)分泌上皮
腺細胞から の分泌
微絨毛 感覚受容
細胞 神経
♯:末梢神経の末端をなす
(c)吸収上皮 (d)感覚上皮♯
物質 刺激
上皮 上皮細胞
結合組織
筋組織 結合組織 上皮
(管の内側)
(管の外側)
上皮細胞 コラーゲン繊維 細胞外マトリックス
繊維芽細胞 平滑筋細胞
87
動物の組織
9章
9-2 筋細胞と筋収縮
にある真皮は結合組織).酵素,汗,ホルモンな どを分泌する管状組織を腺といい(例:汗腺,唾 液腺),やはり上皮組織に由来する.
9-1-3 結合組織
上皮の下層にあるものを結合組織という.結合 組織には繊維芽細胞がまばらに存在し,その隙間 はコラーゲン繊維を含む細胞外マトリックスで埋 められており,部位によっては血管からしみ出し たリンパ球やマクロファージなどの血球系細胞も 含まれる.結合組織の特異な形態として軟骨があ る.軟骨は骨芽細胞と,コンドロイチン硫酸およ びコラーゲンを豊富に含む基質からなり,弾力の ある構造をつくる.この組織にリン酸カルシウム などが沈着して固化したものが骨(いわゆる硬骨)
である.脂肪組織は脂肪細胞を豊富に含む結合組 織である.
9-2 筋細胞と筋収縮 9-2-1 筋肉
筋肉は筋細胞からなる.筋細胞は
ATP
のエネ ルギーを力に変える細胞で,アクチンとミオシン というタンパク質を大量に含む.筋細胞は多核 の繊維状細胞で筋繊維ともよばれ,長いもので 図 9-3 種々の結合組織(a)繊維性結合組織
種々の繊維
繊維
脂肪細胞 軟骨細胞
コンドロイチン硫酸や コラーゲンを含む マトリックス(基質)
(b)脂肪組織 (c)軟骨組織
図 9-4 皮膚の組織構造 表皮
(上皮)
真皮
皮下の 脂肪組織
毛
表皮の拡大図
マクロファージ,
リンパ球などの白血球 汗腺
細胞の剥落 扁平な角化細胞 色素細胞 上皮幹細胞
基底膜 コラーゲン繊維
繊維芽細胞 神経 血管
脂肪細胞の集まり
結合組織 上へ移動する
はくらく
疾患ノート 骨は解体と形成を繰り返す
骨は骨を形成する骨芽細胞と吸収する破骨細胞の2 種類の細胞を含む.骨折部分がやがて接着するのもこ のためである.通常両細胞はバランスをとって働いて いるが,破骨細胞の機能が亢進すると骨密度が低下し て骨粗そしょう鬆症を招く(=>エストロゲン(女性ホルモン)
はそれを抑える).
103
動物の器官
10 章
10-6-2 耳
耳は外耳,中耳,内耳からなり,外耳と中耳は 鼓膜で区切られている.耳の働きの一つは聴覚の 認識である.音で鼓膜が振動するとそれが耳小骨 を介して内耳に伝わる.内耳には前庭,うずまき 管(蝸かぎゅう牛管ともいう),半規官からなる器官があ り,内部はリンパ液で満たされている.音の振動 はうずまき管内の液を振動させ,それが感覚毛を
もつ聴細胞を刺激し,神経を通じて脳で音として 認識される.内耳は聴覚以外に平衡感覚,回転感 覚の感覚器官も併せもつ.半規管には感覚毛をも つ細胞があり,回転により生まれるリンパ液の流 れで刺激される.内耳の前庭には感覚毛をもつ細 胞があり,その上には平衡石があり,体が傾くと 平衡石が動いて感覚毛を刺激し,平衡感覚が脳に 伝わる.
図 10-15 耳の構造 解説 光受容機構
視細胞は視物質としてオプシンというタンパク質を含む.オプシンはビタミン A類似物質のレチナールと結合し ており,光を受けるとレチナールが構造変化して解離し,複雑なシグナル伝達の結果,神経細胞に興奮が伝わる(注:
光のないところで,レチナールとオプシンは再結合する).錐体細胞は視物質として青,緑,赤の光に感受性のある 3種類のオプシンのいずれかをもち,それぞれの情報が脳で統合されて色が認識される.ヒトは波長380nm(紫)〜
750nm(赤)の光を認識するが,生物の中には紫外線や赤外線を見ることができるものもある.
光
視神経の 興奮 明
暗# タンパク質
(オプシン*)
ナトリウム チャネルの 閉口により,
過分極する G タンパク質である
トランスデューシンが 活性化される
シス形
レチナール§ トランス形 レチナール
@
(a)網膜にある細胞
視神経細胞 脳へ
双極細胞など 光の進む方向
視細胞 錐体細胞
色素細胞層 桿体細胞
(b)桿体細胞における光受容機構
図 10-14 視細胞と光受容機構
*:オプシンとレチナールの複合体はロドプシンといわれる.
§:ビタミンA(レチナール)の誘導体.
#:この反応には時間がかかる(数分間).
@:ホスホジエステラーゼの活性化
→ナトリウムチャネルに結合するcGMPの分解.
10-6 感覚系
回転感覚 平衡感覚
聴覚 外耳 中耳 内耳 感覚
外耳道鼓膜
耳小骨(左からつち骨,きぬた骨,あぶみ骨)
耳殻
半規管
聴神経 前 庭
うずまき管
104 10 章 動物の器官
10-6-3 その他の感覚器
舌には味細胞があり,受容体に化学物質が結合 することにより興奮が起こり,神経を通じて味を 感ずる.舌は場所により受容できる物質の種類が 異なる(=>味により感ずる部位が異なる).鼻腔 上部には,におい物質受容体をもつ嗅細胞がある.
皮膚には触覚,痛覚,圧,温度(冷たさ,熱さ)
を感ずる神経細胞終末が多数存在している.骨格 筋にも感覚神経が入っており,筋の緊張状態や重 さを感知する.
図 10-17 化学物質に対する感覚
図 10-18 皮膚にある感覚器
鼻孔
鼻腔 嗅細胞
舌
味孔 味らい
味細胞
痛み
熱さ
軽い接触
神経 強い圧力
冷たさ
真皮 表皮
感覚点の分布密度(ヒトの皮膚/ cm2)
額 鼻 腕 指腹
冷点 8 13 6 3
温点 0.6 1 0.4 16 触圧点 50 100 15 100
痛点 180 40 200 80
図 10-16 内耳にある感覚器
(a)うずまき管の内部
リンパ液 リンパ液 リンパ液の リンパ液
流れ
ゼリー状 物質
平衡石
クプラ
(ゼラチンのカバー)
前庭神経 感覚毛をもつ細胞
感覚毛
有毛細胞
コルチ器官
おおい膜
感覚毛
聴細胞 音により聴細胞が振動する
移動によりリンパ液が動き クプラを動かす
傾きによりゼリー状物質が 動く
(b)半規管の内部 (c)前庭の内部