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教育の中で日本語教育が果たす 役割についての基礎調査

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日 発 行 )

学部留学生への初年次

教育の中で日本語教育が果たす 役割についての基礎調査

― Can-do アンケートを媒介としたインタビューから ―

奥 山 貴 之

(2)

  要 旨

 日本の大学に在籍する留学生は、年々増加する傾向にある。留学生が大学の中 で学ぶために必要な日本語を、アカデミック・ジャパニーズという。アカデミック・

ジャパニーズを定義する試みは様々あるが(門倉2006、堀井2003)、言語知識を 独立したものと捉えず、スキルや思考力と結びつけて捉えていることは共通する。

このようなアカデミック・ジャパニーズを身に付けるためには、タスク中心の指 導(TBLTTask-based Language Teaching)が望ましい。本研究では、レポー トを書く、プレゼンテーションをする、というタスクを日本語で達成するための 授業を、学部初年次の留学生対象の日本語科目で行った。その、授業開始前、前 期終了後、後期終了後の計3回、授業内容に即したアカデミック・ジャパニーズ に関するCan-doアンケートを行った。大学で1年学び、その中でCan-doアンケー トに3回答えることで、留学生は何を考えるのか。そして、学部初年次教育の中 で日本語教育はどのように留学生の学びに貢献できるのか。本研究は、授業を受 けCan-doアンケートに回答した学生に、半構造化インタビューを行った。Can- doアンケートについて、また大学での日本語の授業についてインタビュー調査 をした結果、Can-doアンケートが学生の内省ためのツールとして機能していた こと、また、Can-doアンケートに即した授業を行い、日本語の学習・大学の専 門学習・その後の社会人としての生活が繋がっていると学生に認識させることで、

アカデミック・ジャパニーズの習得を促すことができることが、示唆された。

キーワード【アカデミック・ジャパニーズ、Can-do、初年次教育、予備教育、

      半構造化インタビュー】

学部留学生への初年次教育の中で

日本語教育が果たす役割についての基礎調査

― Can-do アンケートを媒介としたインタビューから ― 奥 山 貴 之 

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1.はじめに

 JASSO(2017)によると、日本における外国人留学生数は2011年の段階で、

163,697人であった。東日本大震災の影響で一時落ち込みを見せるものの、その 後回復して増加を続け、2017年には267,042人となっている。中でも、大学在籍 者は77,546人となっており、留学生の約30%を占める。日本政府が「留学生30万 人計画」を提唱していること、日本の少子化や、産業界における元留学生の需要1)

などを鑑みると、今後も日本の大学における留学生の在籍者数は増加が見込まれ る。「日本の大学に入学する留学生数は年々増加し、そのケアは大学にとっても 重要な課題」(花田2014)となっているのである。

 アカデミック・ジャパニーズという言葉は、2002年に日本留学試験2)の導入 に先立って発表された「日本留学のための新たな試験について-渡航前入学許可 の実現に向けて-」(2000)で使用されるようになり、議論されるようになった。

JASSOが公開している「日本留学試験(EJU)利用のご案内(外国人留学生の 入学選考のために)」では、アカデミック・ジャパニーズを「日本の大学等で教 育指導を受けるのに必要とされる日本語の能力」としている。

 アカデミック・ジャパニーズは日本の大学に在籍する留学生にとって必須のス キルだと考えられるが、入学前に留学生がそのトレーニングを十分に積んでいる とは言えないことが指摘されている(花田2014、京2016)。京(2016)は、日本 語学校での学習がEJU(日本留学試験)やJLPT(日本語能力試験)対策に偏り がちで、教師主導型での「読む」「聞く」などの受容技術中心の授業になってい ることを指摘している。

 筆者は、日本語学校、大学の別科における日本語予備教育、および学部留学生 に対する初年次教育に携わる中で、留学生がアカデミック・ジャパニーズの習得 を目標として授業を設計し実践してきた。しかし、試験対策や構造中心の指導法3)

に慣れた留学生が多く、レポートやプレゼンテーション、ディスカッションなど、

大学で学ぶ中で課されるタスクを日本語で達成する、というタスク中心の日本語 学習に取り組むことが難しい学生が見られることがあった。このような状況の中 で、筆者は学生の日本語学習の捉え方を広げる必要があると感じてきた。

 そこで、筆者は担当する都内A大学の学部留学生に対する初年次教育を行う授 業の中で、アカデミック・ジャパニーズに関するCan-do3)アンケートを2016年 4月、7月、2017年1月の合計3回行った。大学で1年学び、その中でCan-do

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アンケートに3回答えることで、留学生は何を考えるのか。そして、学部初年次 教育の中で日本語教育はどのように留学生の学びに貢献できるのか。本研究では、

学部留学生対象の初年次教育科目を1年間受講し、3回Can-doアンケートに回 答した留学生の内11名に半構造化インタビューを行った。インタビューを全て文 字化し、それをデータとして分析することで、学部留学生の日本語学習への意識 を明らかにし、どのようにすれば留学生がアカデミック・ジャパニーズを身に付 けていくことができるかを考察する。

 本稿は、まず、先行研究からアカデミック・ジャパニーズがどのように論じら れてきたかを整理する。その上で、本研究におけるアカデミック・ジャパニーズ の捉え方を示す。そして、学部初年次の日本語科目(留学生対象)を受講した学 生を対象に行った半構造化インタビューで得られたデータを分析、考察していく。

2.先行研究

2-1.アカデミック・ジャパニーズの概念

 アカデミック・ジャパニーズという言葉は、2002年に日本留学試験2)が導入 に先立って発表された『日本留学のための新たな試験について-渡航前入学許可 の実現に向けて』(2000)で使用されるようになった。そこでは、アカデミック・

ジャパニーズを「日本の大学等で教育指導を受けるのに必要とされる日本語の能 力」としている。しかし、門倉

(2006)は、その能力が詳細に記 述されているわけではないと指摘 している。

 門倉(2006)は図1のようにア カデミック・ジャパニーズを整理 した。「言葉の教育」「〈学び〉の 教育」「学習スキル教育」全てが 重なった部分がAJ(アカデミッ ク・ジャパニーズ)教育だとして いる。

 また、堀井(2003)は、図2の ようにアカデミック・ジャパニー

図1 AJ教育研究と関連領域との位置関係

(門倉2006)より 言葉の教育

〈学び〉の教育 学習スキル教育

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ズを整理している。堀井(2003)

は、大学での学習だけでなく、大 学のキャンパス内の生活に必要 な日本語や、大学の外の日本での 生活に必要な日本語も、アカデ ミック・ジャパニーズの一部をな すと捉えている。

 堀井(2003)は、学習をする場 や目的などまでより広く捉えて

いるが、アカデミック・ジャパニーズが単なる言語形式の理解を指すのではなく、

言語形式・スキル・思考力を含んだ概念であるということが両者に共通する。

2-2.アカデミック・ジャパニーズ研究

 堀井(2015)は、「学習者が外国語学習を効率よく進められるよう、連続性や 一貫性のある学習環境を構築する『アーティキュレーション』への注目が高まっ ている」としている。堀井(2015)は、留学生の日本語学習のゴールをグローバ ル人財とし、1)大学入学前の日本語教育、2)大学での日本語教育および専門 教育そしてビジネス日本語教育、3)グローバル人財として社会で活躍する、と いう一連の流れ(図3)の中で、日本語教育に一貫性を持たせることを目指して いる。その中で、堀井(2015)は、勤務する大学のアカデミック・ジャパニーズ 科目のCan-doリストを作成し公開している。基礎的な日本語教育と専門教育の 橋渡しをするのがアカデミック・ジャパニーズであり、Can-doで学生に行動目 標を示すことでアカデミック・ジャパニーズを意識させ習得を促すという試みで ある。堀井(2015)は、Can-doの開発過程と成果物は公開しているが、学生が Can-doを使用した効果や意義を実証的に示す研究はまだ公開されておらず、次 なる研究の発表が待たれる。

図2 アカデミック・ジャパニーズの構成要素

(堀井2003)より

図3 中日アーティキュレーションプロジェクトの全体像 (堀井2015)より アカデミック・ジャパニーズ

キャンパス・

ジャパニーズ

ライフ・

ジャパニーズ 知識 問題発見 スキル

解決能力

留学前 基礎的 日本語

専門教育 グローバル

AJ BJ 人財

留 学 中 卒業後

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 高橋(2016)は、日本語学校でのAJ能力の形成と課題について論じている。

その中で、日本語学校から大学進学を目指す留学生のAJ能力が不安視されるこ とを述べ、日本語学校で学んだことが大学で学ぶことにどの程度役に立っている のか、調査・分析をしている。調査対象とした学生は部分的にAJを習得してい たとしているが、大学入学前に日本語での産出活動に慣れておく必要があるとし ている。高橋(2016)は日本語学校での指導にフォーカスし、日本語予備教育と 大学での専門教育の橋渡しについて考察した。堀井(2015)が示したアーティキュ レーションは、大学卒業後のグローバル人財としての活躍まで見通しているが、

異なる教育課程を通しての言語教育の一貫性を探るという点で、高橋(2016)の 問題意識も共通すると言える。

 花田(2014)は、第二言語習得における、タスク中心の指導(TBLT:Task- based Language Teaching)がアカデミック・ジャパニーズ習得に有効だとし、

授業の実践と研究を行っている。TBLTは、Long(2000)によって提唱された もので、言語形式そのものを中心に指導するのではなく課題達成のために言語を 使用することが言語習得に効果的であることが指摘されている。花田(2014)は、

授業後のアンケート調査の結果、学生がTBLTに基づいた授業を肯定的に評価し、

学生たちが課題を達成するために「課題分析能力、能力行使能力、モニター能力」

「語彙的知識運用能力、文脈構成能力」「学習ストラテジー能力」を使ったとし ている。

 本研究は、門倉(2006)が示したようにアカデミック・ジャパニーズを、「言 葉の教育」「〈学び〉の教育」「学習スキル教育」が重なったものとして捉える。

その上で、学部初年次教育で行う留学生への日本語教育を、どのように大学の専 門教育に繋げていけるかという問題意識を持つ。堀井(2015)はアーティキュレー ションという概念を用い、学部の初年次教育だけでなく大学卒業後のグローバル 人財としての活躍をゴールとしていたが、本研究は飽くまで初年次教育の中での 日本語教育と学部の専門教育の橋渡しを意識したものである。大学に入る留学生 が増加する中、アカデミック・ジャパニーズについて、様々な研究が行われてき ているが、1)アカデミック・ジャパニーズの習得を目指した授業実践、2)授 業内容に即したCan-doアンケートへの回答、1)2)を前提に留学生がCan-do アンケートと日本語学習をどのように捉えているかを実証的に明らかにした研究 は、ほとんど見られない。本研究は、これらから大学の初年次教育の中で日本語 教育が果たす役割について考察する。

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 本研究では、アカデミック・ジャパニーズの習得を促す学習として、花田(2014)

と同様にTBLTを取り入れる。具体的なタスクとしては、レポートを書く、プレゼ ンテーションをする、という大学で学ぶ中で課されることが多いものを設定した。

3.調査

3-1.調査概要  3-1-1.調査対象

 2016年度に都内A私立大学に入学し、前期に「日本語Ⅰ」後期に「日本語Ⅱ」5)

を受講した留学生(10名クラス+17名クラス=全37名)の内、11名を調査対象と した。調査対象とした学生の属性は表1のとおりである。

 香港出身の学生G以外は、全員中国本土出身であり、日本語能力は概ね日本語 能力試験N2以上である。学生E、学生Fは、JLPTのN1、N2いずれも取得 していないが、N2程度の日本語能力を授業内で発揮していた。また、学生Hと 学生Kは年齢についてはノーコメントであったが、他の学生と同世代だと推定で きる。

表1 調査対象とした学生の属性 出身 性別 年齢 JLPT 学部学科 日 本 語

学 習 歴

日本滞在

大学入学前の 在 籍 機 関 学生A 中国 男 19 N2 経済学部経済学科 2年4カ月1年10カ月 国内高校 学生B 中国 女 21 N2 経済学部経営学科 2年6カ月2年6カ月 国内日本語学校 学生C 中国 男 21 N2 経済学部経営学科 3年9カ月2年9カ月 国内日本語学校 学生D 中国 男 23 N1 経済学部経済学科 3年 3年 国内日本語学校 学生E 中国 女 22 経済学部経済学科 3年 3年 国内日本語学校 学生F 中国 女 22 文学部心理学科 3年弱 2年6カ月 国内日本語学校 学生G 香港 男 21 N1 文学部心理学科 2年6カ月 1年 香港高校 学生H 中国 女 N2 経済学部経営 3年 3年 国内日本語学校 学生I 中国 男 27 N2 経済学部観光経営学科 2年 2年6カ月 国内日本語学校 学生J 中国 女 20 N1 文学部心理 3~4年 2年以上 国内高校 学生K 中国 女 N2 経済学部経済学科 2年6カ月2年6カ月 国内日本語学校

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 3-1-2.調査期間及び調査方法

 2016年度に都内A私立大学に入学し、学部初年次の留学生に対する日本語科目、

「日本語Ⅰ」「日本語Ⅱ」を受講した留学生(全37名)にアカデミック・ジャパニー ズに関するCan-doアンケートを3回行った。Can-doアンケートの項目は、当該 授業で学ぶ内容に即したものになっている。アンケート調査が行われたのは、授 業開始前の2016年4月、前期の授業の最終日である2016年7月、後期の授業の最 終日である2017年1月である。2回目、3回目にアンケートに回答する際は、前回、

前々回の回答を参照しなかった。「日本語Ⅰ」「日本語Ⅱ」を受講し、アンケート に回答した留学生(全37名)の内11名に、日本語の学習について、そしてCan- doアンケートについて、半構造化インタビューを行った。

 Can-doアンケートの項目は表2のとおりであり、留学生は「できる」「まあで きる」「あまりできない」「できない」の中から自らが当てはまると考えるものを 一つ選んで回答した。

表2 アカデミック・ジャパニーズに関するCan-doアンケート

項目 内     容

ろんせつぶんを読む時に、事じつと筆ひっしゃの考えを区別することができる。

文章を読んだ時に、文章の内容と自分がどのように関わるか、考えることができる。

スピーチや発表に相ふ さ わ応しい言葉で、発表することができる。

自分の意見を、そう考える理由とともに言うことができる。

グラフや表について、分かりやすい言葉で説明することができる。

ろんせつぶんを読んで、内容を分かりやすく要ようやくして話すことができる。

レポートや論文に相ふ さ わ応しい書き言葉で、文章を書くことができる。

自分の意見を、そう考える理由とともに日本語で書くことができる。

グラフや表について、分かりやすい言葉で説明を書くことができる。

ろんせつぶんを読んで、分かりやすい要ようやくを書くことができる。

じつやデータ(グラフや表)を見て、そうなった理由や原因を考えることができる。

自分の意見と他の人の意見の違ちがいを客きゃっかんてきに考えることができる。

グループなどで話し合いをする時に、他の人の意見を冷れいせいに聞くことができる。

グループなどで何かをする時に、他の人と協力して作業に取り組むことができる。

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 インタビューは、2017年1月都内A私立大学の教室で、1人40分~60分程度行 われた。調査対象者の同意を得た上で録音をし、音声データは全て文字化し、分 析対象とした。

 インタビューでは、概ね以下の点について質問した。

1)入学前のCan-doの各項目の経験について

2)大学で学ぶ中での経験について(Can-do項目、その他)

3)大学で学ぶ中で何が重要だと感じたか(Can-do項目、その他)

4)大学での日本語の授業について 5)Can-doアンケートに答えた感想

3-2.調査結果および考察

 留学生ごとにインタビューで得られたデータを、1)入学前のCan-doの各項 目の経験について、2)大学で学ぶ中での経験について(Can-do項目、その他)、

3)大学で学ぶ中で何が重要だと感じたか(Can-do項目、その他)、4)大学で の日本語の授業について、5)アンケートに答えた感想、の点からコメントを抜 粋して要約した。

 3-2-1-1.学生A 調査結果

1)大学入学前、日本の高校ではレポートや論文などについての学習は経験し なかった。

2)1年間大学で学ぶ中では、スピーチ以外はあまり経験しなかった。大学の 授業でスピーチを経験する中で、自分が物事をまとめて分かりやすく話す 力が不足していると認識するようになった。

3)レポートや論文、発表などについて重要性を感じる。これらは「日本語の 学習」ではないが、仕事では必ず使うことだから日本語でも日本語以外で も大切なことである。

4)大学入学前は、日本語の授業では、日本語能力試験N1対策の文法、単語、

読解、聴解などの勉強をすると思っていた。レポートやプレゼンについて の学習、日本語能力試験対策の勉強、どちらも大切だと捉え、どちらもし たいと考えている。日本語の授業で学んだことは、今は使わないものでも、

これから重要になると思う。

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5)Can-doアンケートに回答することで、一年間の学習の振り返りができた と感じる。

 3-2-1-2.学生A 考察

 大学入学前にレポートなどの形式について学んだことはなかった学生Aは、大 学の日本語の授業は文法や言葉についてだと考えていた。大学で一年学んだ後、

レポートや発表などの重要さは理解しているが、それを言語の学習とは捉えてお らず、別のものだと捉えていた。レポートやプレゼンの練習については、仕事に 役に立つ、今は使わなくてもこれから重要になる、と将来を見据えた考え方をし ていた。日本語の授業で学ぶ内容に前向きなため、Can-doアンケートも自分の 学習の振り返りの材料として有効に活用していた。

 3-2-2-1.学生B 調査結果

1)大学入学前にレポートや論文に相応しい書き言葉については学んだことが あったが、データからものを考える経験はなかった。また、日本語能力試 験の対策で論説文を読んだが、試験対策の中ではあまり考えて読んでいな かった。興味がある文章なら、自分のことと繋げて考えることができる。

2)大学で学ぶ中で、少人数の授業で意見を言う機会はあったが、文章を読む 必要がなく、その機会はなかった。

3)改めて考えるとCan-do項目の全てが将来の仕事に向けて大切なことだと 感じる。

4)入学前は、日本語の授業で日本人とコミュニケーションをとる練習をする と思っていた。実際の日本語の授業では、自分で調べることが多く、自ら 動いて学ばなければならないことに気が付けてよかった。

5)入学して一年たった今、Can-do項目の意味がよく分かるし、これによっ て自分がどれくらい勉強したか実感できる。

 3-2-2-2.学生B 考察

 学生Bは、大学入学前は、レポートや論文の文体の勉強はしていても、データ や文章からものごとを考える経験はしていなかった。大学入学前は、日本語能力 試験対策に多くの時間をとってきたからだと考えられる。学ぶこと自体には非 常に前向きで、Can-doの項目だけでなくその他のことも今は役に立たなくても、

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将来役に立つことがあると捉えていた。Can-doアンケートで目標を示されたり、

アンケートに回答して内省したり、アカデミック・ジャパニーズの習得を目指し た日本語の授業を受けたりする中で、学習についての新しい気づきを得られたの は、この前向きな姿勢の影響が大きい。前述の一連の過程を経て、学生Bは、自 ら主体的に動いて学ぶという新しい学びのスタイルを身に付けた。

 3-2-3-1.学生C 調査結果

1)大学入学前は日本語学校で文法の勉強はしたが、論説文、他人の意見、デー タ、などから深く考えるような学習はしたことがなかった。文章の要約も 経験がなかった。

2)大学に入ってから、要約の練習、グループワークを経験して、できるよう になったと感じる。大学では、授業で配布するプリント以外の文章は読ま なかった。

3)大学で学ぶ中で、グループの中でコミュニケーションがしっかりとれるこ とが大切だと考えるようになり、分かりやすく説明する力、客観的に考え る力が必要だと考えている。

4)大学での日本語の授業については、入学前はあまり考えていなかったが、

少人数でレポートやプレゼンテーションについて学べてよかった。大人数 だと一人一人の学生に教員が対応できない。

5)Can-doアンケートに回答したことは意味があると思えないが、日本語の 授業を受けて項目の内容がよく理解できるようになった。1月にはまじめ に考えて回答した。まじめに考えると自分の力不足を感じる。

 3-2-3-2.学生C 考察

 学生Cは、大学入学前は、文法を中心に日本語を学習し、何かを材料に「考え る」という勉強をしてこなかった。大学の授業での経験から、要約やグループワー クについては力がついたと感じている。これらの経験を通して、他人に分かりや すく伝えたり、客観的に考えたりする力が大切だと感じるようになった。これは、

日本語の学習の捉え方の変化の萌芽と考えられる。ただ、このような力を身に付 けるための教育は、学生Cが言うように大人数の授業では難しい。少人数で産出 の機会のある環境が必要である。

 Can-doアンケートに回答したことについては、意味がないと言っているが、

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その一方でアンケートに回答する時にまじめに考えて力不足を感じたと言ってい る。Can-doアンケートの答えることは、内省するための材料として機能してい るものの、本人にとっては、まだアンケートに回答したことと内省したことの意 味が繋がっていない。それでも、内省ができたことは学生Cにとって意味がある だろう。

3-2-4-1.学生D 調査結果

1)大学入学前に、同じ大学の別科6)でCan-doの項目の全てを経験していた。

2)大学に入ってから、様々な授業でレポートを書く機会があった。スピーチ はあまりなかった。

3)大学で学ぶ中で、レポートを書く、論文を読む、客観的に考える、などの 大切さを感じた。客観的に考える力は足りないと感じる。他人の意見を聞 くのは苦手だったが、別科の一年と大学の一年を合わせて本当に成長した。

その大切さに気が付いて異なる考えの人の話しも聞けるようになった。一 つのきっかけは教員の話しが納得できなかった時に、周りの人と教員が話 したことについて話し合ったり、自分で色々と調べたりしたら、納得がで きたこと。それから、考えが異なる人の話しも聞こうと思えるようになっ た。以前は意見が異なる人がいたら、関わらないようにしていた。本を読 んで知識を吸収することも大切だが、語彙が不足していることに気付いた。

自分の言いたいことを表現できない時もあり、そのような時も語彙の不足 を感じる。

4)大学入学前は、日本語の授業は、レポートの練習をしたり言葉を勉強した りすると思っていた。別科で勉強した時より難しいだろうと予想していた。

実際の日本語の授業は、自分で調べて書くことがよかった。レポートの課 題が他の授業で出たので、日本語の授業でやったことが役に立った。話し 合う、発表する、自分の考えをまとめて話すなどの経験は、今後のゼミや 就職活動で役に立つはずだ。

5)Can-doアンケートの意図は初めから理解できたが、一回目はあまりまじ めに考えていなかった。経験があることで、だいたいできると思っていた。

2回、3回、と応えるうちに深く考えるようになった。実際にやってみる と、力不足を感じることが多かった。アンケートに3回答えたことに意味 があった。

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 3-2-4-2.学生D 考察

 学生Dは、別科から内部試験を受けて大学に入学した学生である。別科では、

大学で学ぶことを念頭に、日本語の授業がアカデミック・ジャパニーズを意識し たものになっている。学生Dも、Can-do項目を全て別科で経験したと言っている。

学生Dは、本人の言う通り、他人の意見を聞くことが苦手な学生だったが、別科 で学ぶ中で、少しずつ変化が見られるようになっていた。そして、大学入学後の 経験をきっかけに、意見が異なる人の話しを聞くことの意味を知り、その力を身 に付けることができたと感じている。学生Dは、苦手とすることがあったが、教 育や、気づきを得るきっかけから、ある程度力をつけることができた。

 話し合ったり、発表したり、自分の考えをまとめて話したり、という能力が大 学だけでなく就職活動などでも役に立つと、現在だけでなく将来を見据えて日本 語の授業での学習を捉えていた。Can-doアンケートは、最初はあまり真剣に捉 えていなかったものの、授業が進んでからアンケートに応える中で、内省の材料 として有効に活用していた。学生Dが言うように1回ではなく時間をおいて3回 答えたことに内省を促す意味があったと考えらえる。

 3-2-5-1.学生E 調査結果

1)日本語学校で作文はよく書いたが、スピーチをしたり、データからものを 考えたりしたことはなかった。

2)大学に入ると、レポートを書いたり、発表したりする機会があっが、「読む」

に関わることはほとんどなかった。授業で何かを読むことがあまりなかっ たからだ。しかし、毎回リアクションペーパーを書く授業があって、文章 の内容と自分との関わりについて考えることができるようになった。

3)大学で学ぶ中でレポートを書く力が大切だと感じた。そして、グループ ワーク、スピーチなどは就職したらよくやるから大切だと思う。

4)大学で日本語の授業があるとは思っていなかったが、あると分かった時は レポートや発表の練習だと思っていた。実際の日本語の授業は、雰囲気が よくてよかった。日本語学校ではないからもう文法の勉強はしないのだと 思ったが、文法の勉強もすれば、レポートが深く書けるようになる。また、

深く書くためには、読むことも必要だから読む練習もしたほうがいい。

5)Can-doアンケートは、教師が学生の能力の確認のためにするのだと思っ ていたが、一年たった今では学生が自分の能力の伸びを確認することがで

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きるものだと思う。

 3-2-5-2.学生E 考察

 学生Eは、大学入学前は日本語学校で作文はよく書いたが、その他については あまり経験がなかった。大学に入ってから、レポートや発表する機会があって、

レポート、グループワーク、スピーチの大切さを感じている。特にグループワー クやスピーチなどは就職してからよくやると考えており、このように先を見据え た学習の捉え方ができると、積極的に学習に取り組むことができる。日本語の学 習については、「文法の勉強」をしたほうがいいと考えているが、日本語能力試 験の対策という捉え方ではなく、レポートを充実させるためのものとして捉えて いる。文法や表現が豊かになれば、レポートで自分の表現したいことがしっかり 表現できるという考え方である。また、レポートを深く書くためには読むことも 大切だと言っており、学習を言語とタスクと内容の統合的なものだと捉えている ことが分かる。

 Can-doアンケートは、初めは教師の確認用と捉えていたようだが、繰り返し 答えることで内省の道具になるものだと気が付いた。

 3-2-6-1.学生F 調査結果

1)大学入学前は、スピーチや発表をしたり、レポート(相応しい文体、要約、

データの解釈など)を書いたりしたことがなかった。グループで話し合う 機会はあったが、自分の意見は言わなかった。

2)大学で学ぶ中では、文章を読んで、その内容と自分の関わりについて考え る機会がよくあった。専門が心理学で、非行少年についての文章を読んで その原因を考えることが多かったからだ。自分も非行に走りそうだったこ とがあったので、よく考えた。

3)レポートや論文は卒業のためにも大切だと思う。ただ、話し言葉と書き言 葉の区別ができないし、要約をすることが難しい。特に長い文章を書くと きは、重要なポイントがまとまっていないと読みにくいのでまとめる力が 必要。聞いて、書いて、まとめて、発表する、ということが大切。語彙や 文法の重要性も感じた。辞書を使いながらでは時間がかかる。日本人の友 達がいれば、レポートの日本語の間違いなどを教えてもらえる。

4)大学の日本語の授業は、日本語学校と同じでN2やN1の文法や言葉など

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の勉強だと思っていたが、実際は違った。レポートや発表の練習は大学4 年間を考えると必要なことだと思う。書き言葉と話し言葉の区別の勉強が よかった。

5)Can-doアンケートを初めて見た時は、スピーチをしたことがないので緊 張すると思った。初めは「できない」「あまりできない」が多かったが、

一年勉強して「まあできる」「できる」が増えた。自分の進歩、学習の過 程が見えた。

 3-2-6-2.学生F 考察

 学生Fは、Can-do項目にあることは大学入学前にあまり経験してこなかった。

学部での専門が心理学ということから、入学後は文章の内容(非行少年について)

と自分の関わりを考えることをよく経験している。聞いて、書いて、まとめて、

発表する、が大切だと感じるというのは、アウトプットをする場面で相手にうま く伝えられなかったという経験に基づいていると考えられる。また、アウトプッ トやインプットをする上で、語彙や文法の重要性も感じている。学生Fは、大学 で学ぶ中で具体的なタスクを達成する上で、日本語が必要という考え方をしている。

 Can-doアンケートは、自分の進歩や学習の過程を見るものとして有効に活用 できた。

 3-2-7-1.学生G 調査結果

1)大学入学前に経験したことがない項目はなかった。

2)専門の心理学の授業で、文章を読んでグループで話し合うことが多かった。

文章を理解して、自分との関わりについて考えなければならなかった。グ ループでの話し合いや実験があるので人の意見をしっかり聞いた。そうし ないと作業が難しくなる。論文を読んで要約したり、レポートの中でグラ フの説明をしたりした。グラフの説明を口頭ですることはあまりなかった。

また、自他の意見を客観的に考えるという経験もあまりしなかった。

3)大学で一年学んで、自分の意見をまとめることと、人の意見を聞くことの 重要性を感じる。自分の考えをまとめて相応しい言葉で伝えないといけな い。そうしないと、自分が考えているという事実が伝わらない。そして、

コミュニケーションなので、一方的に話すのではなく、相手の話を聞いて いると感じさせなければならない。また、本をもっと読んで、読むスピー

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ドや理解力をあげ、事実と筆者の考えを区別するなどできるようにならな いといけない。

4)大学入学前は、日本語の授業で日本の文化や歴史について勉強すると思っ ていた。実際の日本語の授業を受けてお得だった、進歩ができたと感じる。

読む練習や書く練習がよかった。読むことについては、大学の勉強だけで なく、日常生活でも応用できることがあって役に立った。グループ分けに ついては、もう少しバリエーションがあると色々な人と知り合えたと思う。

5)Can-doアンケートに回答することで、振り返りができた。回答する時、

初めはあまり考えていなかったが、次にけっこう「これはできるようになっ た」と感じることができた。進歩を見ることができるのがうれしい。

 3-2-7-2.学生G 考察

 学生Gは、Can-doの項目については大学入学前に全て経験があった。専門の 心理学の授業では、文章を読んでグループで話し合うことが多く、自分との関わ りについて考えなければならなかった。グループでの話し合いや実験があるので 人と話し合うことが多かった。こうした経験を経て、自分の意見をまとめたり、

人の意見を聞いたりすることの重要性を感じている。学生Gは、大学での学習の 経験からCan-doの項目、特に人に何かを伝えたりグループワークを成立させた りすることの重要性を感じた。また、本を読むなどインプットのスピードや精度 の不足も感じたようだ。

 アカデミック・ジャパニーズの習得を目指した授業で学んだことが、大学の外 の日常生活でも応用ができたことは、堀井(2003)が示したようにアカデミック・

ジャパニーズがライフジャパニーズに繋がるものであることを示している。

 Can-doアンケートは、初回はあまり考えていなかったが、次第にその意味を 考えるようになり、内省の道具としていることが分かる。

 3-2-8-1.学生H 調査結果

1)Can-doの項目は、日本語学校で全て経験したことだった。

2)大学では、「ライフデザイン」7)という科目の中で、グループで一つの話 題について分析したり自分の考えを述べたりした。発表もした。日本語の 授業以外で、資料や本を読んだりする必要がなかったので、「読む」に関 することは経験しなかった。

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3)大学生なので学んだことをレポートや論文に書くことが多い。だから「書 く」項目は大切だと思う。また同じように「話す」項目も大切。日本社会 の中では日本語で表現できないと色々なことを伝えられない。グループ作 業をした時に、協調性がない人がいた。協調性を育てることも大切だ。ま た、中国人も日本人も、お互いに色々な人がいることを理解しなければな らない。ステレオタイプで悪く言われたくない。

4)大学入学前は、日本語の授業でレポートと論文に関することを勉強すると 思っていた。実際の日本語の授業では、グループでの話し合いがうまくい かず、それは時間の無駄だと感じた。プレゼンテーションはよかった。他 の人の発表を見て、自分ができないのではなく自分が頑張っていないとい うことに気付いた。論文とレポートの書き方をもっと学びたい。書き方が 分からないので、本当は自分でちゃんと書きたいのに図書館やネットで他 人のものをコピーしてしまう。

5)Can-doアンケートを初めて見た時は、どうしたら上手にできるようにな るか考えた。3回アンケートに回答することで、自分の日本語が上手になっ たか下手になったか分かった。

 3-2-8-2.学生H 考察

 学生Hは、Can-doの項目を全て日本語学校で経験済みだった。その影響もあっ てか、入学前から大学での日本語の授業は、日本語能力試験対策ではなくレポー トや論文に関することではないかと考えていた。学生Hは、大学入学前にある程 度大学での学習を見据えていたが、大学での学習を上手くできたわけではない。

日本語の授業では、グループでの話し合いは上手くいかず、その他の授業ではレ ポートの書き方が分からず「コピー&ペースト」をした。本当は自分で書きたい のに、書き方が分からないから「コピー&ペースト」をするのは、1)「コピー&ペー スト」を許さない、2)書き方の指導をする、3)書き上がるまで個別指導をする、

という教育の不足を示唆している。自力でレポートを書けない学生が入学してい る以上、初年次教育や専門教育の中で継続的に指導をしていく必要がある。また、

大学初年次教育と専門の学習の関係性を調整する必要もあるだろう。学生Hは前 向きに学習に取り組みたい気持ちと、現実とのギャップの中で苦しんでいるよう だった。他の学生のプレゼンテーションを見た事と、Can-doアンケートに応えた ことが、学生Hの内省を促していた。アンケートへの回答だけでなく、授業内容、

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他者のパフォーマンスを見る、などが組み合わさって、より内省が促せた。

 3-2-9-1.学生I 調査結果

1)日本語学校では、Can-doの項目については全く経験しなかった。簡単な 文法や漢字の勉強だけだった。

2)大学では「ライフデザイン」という科目で、グループで発表したりしたが、

他の授業は聞くだけだった。以前は、発表などは苦手だったが、経験して 少し自信がついた。その他、レポートの課題が出た授業があったが、ネッ トでコピペした。先生にも何も言われなかった。日本語の授業の課題は自 分で書いた。

3)会社に入ったらプレゼンテーションをする機会が多いと思う。この力がな いと会社でリーダーになれない。また、自分の意見を話す力も大切。自分 の好きな雰囲気で生活したり仕事をしたりするためには自分の考えを言わ なければならない。Can-doの項目は全て重要だと思った。

4)大学入学前は、日本語の授業が大学でもあると聞いてとても嬉しかった。

日本語学校と同じように文法や漢字を勉強すると思っていたが、実際に日 本語の授業を受けて、今回のような勉強をする中で、自分で文法や漢字も 勉強できるようになったと感じる。日本語の授業で練習をいろいろやって 自分の力がついたと思う。発表するのがよかった。

5)Can-doアンケートは、初めて見た時全部あまりできないと思った。3回 アンケートに回答して日本語がどれくらい進歩したか、どれくらいレベル が上がったか、そして今まで勉強したことが自分にとって役に立つことが 分かった。

 3-2-9-2.学生I 考察

 学生Iは、大学入学前は日本語学校で文法や漢字の学習をしただけで、Can- doの項目については全く経験がなかった。経験がなかったことも、大学の授業 の中で経験することで少し自信がついた。しかし、レポートの課題は自分でする ことができず「コピー&ペースト」をした。それでも教員に何も言われなかった。

授業で課している課題と学生の力にギャップがあること、「コピー&ペースト」

を許さない、という姿勢を教員が見せていないことに、問題があると考えられる。

日本語の授業に関しては前向きに取り組み、プレゼンテーションなどは将来会社

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で役に立つと捉えていた。

 大学に入る前から、日本語力に不安があり大学で日本語の授業があることを喜 んでいたが、イメージしていたのは文法や漢字の学習であった。TBLT形式の授 業を受けたことで、タスクに取り組みながら自分で文法や漢字を勉強できるよう になったと感じている。これは、学生Iの日本語学習に対する考え方の大きな変 化である。

 Can-doアンケートは、3回答えることで内省ができ、学習内容が自分にとっ て役に立つものだと感じることができたと言っている。

 3-2-10-1.学生J 調査結果

1)大学入学前は、グループで話し合う機会はあまりなかった。その他の Can-doの項目はだいたい経験していた。

2)1年大学で学ぶ中では、レポートやプレゼンテーションで、「書く」こと が多かった。その際、相応しい文体を使うことを意識した。試験の時など に文章を読む必要があり、文章の内容と自分がどのように関わるか考えた。

グループでプレゼンテーションをする授業はあったものの、日本人学生だ けのグループと、留学生だけのグループになったので、日本語で話し合う 機会は持てなかった。

3)レポートや論文に相応しい文体で文章を書くこと、そしてその中で自分の 意見とその根拠を書けることが大切だと思う。また、口頭でも自分の意見 とその根拠を表現することが大切だ。日本語でそれができない留学生もい る。自分の言いたいことを表現するためには、語彙や文法が重要になる。

4)大学入学前は、日本語の授業は高校と変わらず文法の勉強をするのだと 思っていた。大学なので日本語能力試験N1レベルのもの。実際に日本語 の授業を受けてみて、このような授業でよかった。大学に入るとレポート をよく書かされたから。N1の勉強をするよりよかった。自分はすでにN1 を取得済みだから。ただ、日本語のレベルが低い学生にとっては大変そう だった。だから日本語レベルでクラス分けをしたほうがいいと思う。やは り単語や文法の学習は大切だから。日本語のレベルが十分ではない学生に とっては、「レポートの書き方」と言われても分からない。

5)Can-doアンケートを初めて見た時は、特に何も思わなかった。教員が学 生の力を把握したいのだろうと思った。アンケートに回答している時は一

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応真剣に考えているが、3回合わせた結果を見ると適当だと感じる。

 3-2-10-2.学生J 考察

 学生Jは、大学入学前にグループで話し合うこと以外は、Can-doの項目を概 ね経験していた。大学に入ってから、レポートやプレゼンを経験し、場に相応し い文体や意見を根拠と共に述べることの大切さを感じている。学生Jは日本語の レベルがあまり高くない留学生に目を向け、その上で自分の言いたい事を表現す るためには語彙や文法の学習が重要だと述べている。さらに、自分は日本語能力 試験のN1を既に取得済みなので、レポートやプレゼンの練習をする授業がよ かったが、日本語力の低い学生にとっては難しいと言っていた。他者の様子を見 ながら大学の日本語の授業について考えていることが分かる。都内A私立大学で は、日本語の授業のクラスをレベル別で分けていない。そのため、クラスの中で 日本語レベルの差が出ることもある。学生Jのコメントは、TBLT形式の授業を 行う際の留意点を考える材料となる。

 Can-doアンケートについては、あまり積極的な意味を見いだせなかったよう だ。自分のレベルを正確に表せていないからと考えているようだが、回答する際 は真剣に考えたことを考えると一定の内省を促すことはできたと言える。

 3-2-11-1.学生K 調査結果

1)大学入学前、日本語学校ではCan-doの項目にあることは勉強したことが なかった。事実と筆者の考えを分けて読むというのは、特別なことではな く読む時に普通はしていると思う。

2)大学に入って、「ライフデザイン」や教育学部の授業で発表をよくしたので、

「相応しい表現で発表する」ことはよくやった。日本語学校で発表をして いたので、発表はできると思っていたが、大学では内容が違ってあまりで きなかった。授業でグループを作って話し合うことがあったが、あまり意 見は言わなかった。日本人も同じグループにいて、日本語を間違えたらと 思うと怖かった。1年大学で勉強したが、レポートの課題は出なかった。

3)人前で発表するのはいい経験になった。「書く」「読む」も大学での学習と いう場面に相応しい表現を使うことが大切だと思う。レポートや論文は大 学にいる間に書けるようになりたい。また、いろいろな人とコミュニケー ションをとる力も大切だと感じた。授業で分からないことがあっても、周

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りの人に聞けないと困るからだ。

4)大学入学前は、日本語の授業は日本語学校と同じように日本語能力試験の 勉強が中心で、文法や言葉について学ぶと思っていた。実際の日本語の授 業は、そのような内容ではなかったが楽しかった。内容がよく理解でき、

周りの友達ともよく話し合うことができた。全員が留学生で、同じくらい の日本語レベルなので、日本語を間違えても笑われないのがよかった。日 本人と話し合う時に日本語を間違えて笑われたことがあった。

5)Can-doアンケートは、最初はどうしてあるのか分からなかった。項目も 日本語学校では経験していないことだったのでよく分からなかった。2回 目やった時に、授業の内容と合っていると思った。役に立つと感じた。今 はアンケートの意味が分かる。

 3-2-11-2.学生K 考察

 学生Kは、大学入学前、日本語学校で日本語能力試験対策が中心の学習をして きた。そのため、あまりアカデミック・ジャパニーズのイメージは持っていなかっ た。大学の授業の中で、発表をしたりグループディスカッションをしたりする中 で、相応しい表現の大切さを感じるようになっている。また、内容的にも大学の 授業での発表は日本語学校の時のものと違っていて難しかったと感じている。形 式も内容も、徐々にアカデミック・ジャパニーズが何かを理解していっているの ではないだろうか。学生Kは、日本人学生を相手に日本語を使う不安感が強く、

留学生だけの日本語クラスの居心地がよかったと感じている。学生Kの事例は、

留学生が留学生の社会だけでなくその外の社会で活躍できるようになるための指 導が必要であることを示している。その一方で、留学生がどのようなことを感じ ているか理解できない日本人の学生にも問題があると考えられる。

 Can-doアンケートについては、日本語学校で経験がないことばかりだったの で、内容についてもアンケートに答える意味についても理解が不足していた。し かし、授業内容との繋がりを理解してからは、内省するためのツールとしてのア ンケートの意味を理解することができた。

3-3.全体の考察

 3-3-1.Can-doアンケートについて

 11名の留学生は、Can-doアンケートを概ね内省の材料として有効に使ってい

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た。内省のためのツールとして有効に機能する条件としては、やはり学期の節目 ごとに何回も回答すること、そしてアンケートの内容が授業内容とリンクしてい ることである。さらに、他の科目での学びが繋がっていることが求められるが、

日本語科目以外ではCan-doの項目を経験しない学生もいた。

 学生は、大学で学ぶ中での経験から何が重要か、自分にどんな力が不足してい るかを感じていた。その一方で、大学での学習の中で今は経験がないCan-do項 目でも、重要性を感じている学生もいた。彼らは、ゼミに入ると必要、レポート や論文は大学生だから課題に出る、就職活動や社会人になった時に必要、と先を 見据えてCan-doの項目を捉え、日本語の授業に取り組んでいた。

 Can-doアンケートに積極的な意味を見いだせない学生もいたが、それらの学 生に対しても内省のツールとして一定の効果があった。

 3-3-2.大学の初年次教育の中での日本語教育について

 日本語以外の科目の中では、Can-doの項目をあまり経験していない学生も見 られた。日本語以外の科目を学ぶ上で、Can-doの項目が必要にならないことは、

日本語教員とその他の科目の担当教員のコミュニケーションが不足していること を示す。さらには、学科や学部、大学全体としてどのような学生を育てるのか合 意が得られていない、または、合意を実際の授業に落とし込めていないことを示 す。大人数の授業が多いと言及する学生が何人かいたが、その中でグループ活動 をしたり、発表などアウトプットをする機会を作ったりすることは難しいだろう。

これは日本語教育の課題というよりは、大学全体の課題である。

 学部初年次の教育の中で日本語教育はどう留学生の学びに貢献できるか。今回 のインタビュー調査から得られたのは、以下のことが日本語教育はできるという 示唆である。

a)大学の授業で課されるタスクを達成するために日本語が必要ということを 示し、体験させる。

b)タスクに取り組むことで日本語の習得が進むことを示し、体験させる。

c)大学での学習だけでなく、その先の社会人として必要なことを示し、日本 語の学習と繋げる。

 大学での専門的な学習への橋渡しをし、その後、社会人として生きる上で必要

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な力を意識させる。このような橋渡しの役割を日本語教育は担うことができる。

しかし、そのためには他の科目の担当者とのコミュニケーションが欠かせない。

そして、日本語教員自らが、大学教育、そして社会について考え続けていくこと が必要になるだろう。

4.まとめと今後の課題

 本研究は、アカデミック・ジャパニーズの習得を目指した学部初年次の留学生 対象とした「日本語Ⅰ」「日本語Ⅱ」を受講した留学生(全37名)の内11名に半 構造化インタビューを行った。留学生は、4月、7月、1月とアカデミック・ジャ パニーズに関するCan-doアンケートに回答していた。インタビュー調査では、

Can-doアンケート、大学の日本語の授業、の二点について質問した。

 その結果、

1)Can-doアンケートが学生の内省ためのツールとして機能していた。

2)Can-doアンケートに3回答えること、Can-doの項目が授業内容に即した ものであること、日本語以外の科目でアンケートの項目を経験すること、

がより内省を促し項目の重要性を感じさせていた。

3)今後の大学の中での学びや、就職活動、会社での仕事、など先を見据えて いる学生は、Can-doアンケートの項目を大学の学習の中で経験していな くても、前向きに日本語の授業とCan-do項目を捉えていた。

4)a)大学の授業で課されるタスクを達成するために日本語が必要というこ とを示し、体験させる、b)タスクに取り組むことで日本語の習得が進む ことを示し、体験させる、c)大学での学習だけでなく、その先の社会人 として必要なことを示し、日本語の学習と繋げる、という点から日本語教 育は、日本語の学習と専門的な学習の橋渡しをすることができる。

ということが示唆された。

 留学生の日本語の学習についての意識が、試験対策や言語形式の学習に偏るこ とがあり、それがアカデミック・ジャパニーズを習得する上では問題になるとい う認識から本研究は始まった。しかし、学生Jのコメントから考えさせられたよ

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