連絡者 桑田 有(くわた たもつ)
人間総合科学大学人間総合科学部健康栄養学科 教授
〒3398539 埼玉県さいたま市岩槻区馬込原1288
(Tel0487496111,E-mailkuwata@human.ac.jp)
2012年7月1日 受付 2012年7月3日 受理
Milk Science Vol. 61, No. 2 2012
総 説
平成年度日本酪農科学会賞 受賞記念総説
ホエイからの各種有用成分の分離と栄養,機能食品への応用研究
桑 田 有
(人間総合科学大学人間総合科学部健康栄養学科)
Separation of the useful components from whey and application to the nutritional and functional foods
Tamotsu Kuwata
(University of Human arts and Sciences Graduate School and Department of Health and Nutrition, 1288 Magome, Iwatsuki-ku, Saitama, 3398539, Japan)
緒 言
チーズ,カゼイン製造の際に派生して出る黄緑色の液 体がホエイ(乳清)と称されている。
牛乳の新たな製品は古来より牛乳の構成成分を分離 し,分離した成分を主たる原料として新規な乳製品が生 み出されてきた。本格的な化学工業上の分離,分画の技 術が乳製品工業に適用される以前から,チーズ,カゼイ ン蛋白の分離はすでに行われており,チーズでは紀元前 の時代から製造されてきている。その当時は生産規模が 小さく派生するホエイの量も少なかったので,単純に液 体のまま,人の飲用,料理,家畜の餌としての用途でな んら問題を生じなかった。20世紀に入って以降,各種 の分離,分画技術が乳業分野で実用化され,いわゆる
「ミルクツリー」とも称される多様な乳製品が実用化さ れ,一気に人々の食卓を豊かなものに変えて行った。本 総説では,ホエイ画分に焦点を絞り,1950年以降現在 に至るまでにホエイに導入された加工技術でどのような ホエイ製品が創出されてきたか,またそれらの新規な素 材が栄養,機能食品へ適用されてきているかを紹介する。
ホエイから分離される各種のホエイ関連素材
ホエイの固形分は約70が乳糖,塩類が10,蛋白 質が15,脂肪が5前後含まれている。工業規模では
ホエイ粉,乳糖,ホエイバター,加熱凝固させた不溶解 性のラクトアルブミンが1950年以前でも製造されてき た。これら従来の生産物は生産者,ユーザーにとって魅 力的な製品群ではなかった。チーズは酪農先進国にとど まらず,酪農後進国においても生産量,消費量が着実に 増加しており,副生するホエイを有効利用の産業上の ニーズが高く,それらに答えて各種の新規ホエイ製品が 開発されてきた。図1にホエイを原料として製造され てきている各種のホエイ製品を例示した1)。各製品の特 性は項目別に記載する。
栄養食品領域に向けたホエイ成分の分離,分離物の特 性,適用
乳児栄養食品領域 調整粉乳を中心として
調整粉乳の蛋白質画分改良の歴史2)
ホエイ成分の中,最も付加価値を付けうるのはホエイ 蛋白画分である。ホエイ蛋白の構成アミノ酸は,食品蛋 白質中で卵蛋白にも引けを取らない良質の蛋白であり,
表1に示すように必須アミノ酸含量が高く,芳香族ア ミノ酸と分岐鎖アミノ酸の比率(フィシャー比)も高 い1)。そこで高品質なホエイ蛋白が最も必要な食品群と して,母乳代替食品の調整粉乳への展開を中心に紹介し たい。牛乳を主原料とする調整粉乳は,乳製品工業の技 術革新による牛乳成分の分離技術を駆使して改良が進め られてきた。母乳と牛乳では構成蛋白質組成が異なり,
牛乳ではカゼインとホエイ蛋白質は7822で母乳では 4060の比率であり,しかも母乳のホエイ蛋白質画分 には低分子の非蛋白態窒素が牛乳より多く含まれている。
そのため調整粉乳の蛋白質画分は母乳の比率までホエ
図 ホエイの分画方法及び主なホエイ関連原料
表 乳蛋白質,カゼインおよびホエイ蛋白質のアミノ酸組成 アミノ酸 含量(g/100・蛋白質)
全蛋白質 カゼイン 全ホエイ蛋白質
Tryptophan 1.4 1.4 2.1
Phenylalanine 5.2 5.1 3.8
Leucine 10.4 10.4 11.1
Isoleucine 6.4 5.7 6.8
Threonine 5.1 4.6 8.0
Methionine 2.7 2.8 2.4
Lysine 8.3 8.3 9.9
Valine 6.8 6.8 6.8
Histidine 2.8 2.9 2.2
Arginine 3.7 4.0 3.0
Cystine 0.9 0.3 2.4
Proline 10.1 11.2 5.2
Alanine 3.5 3.1 5.0
Aspertic acid 7.9 7.3 11.3
Serine 5.6 5.8 5.2
Glutamic acid 21.8 23.0 19.2
Glycine 2.1 2.1 2.2
Tyrosine 5.3 6.0 3.5
必須アミノ酸合計 46.3 45.1 50.9
BCAA 23.6 22.9 24.7
Fischcer Ratio 3.06 2.83 4.06
文献4) を1部改変
第巻
イ蛋白質の比率を高め,アミノ酸組成の改善と乳児の胃 での生理的カードテンションの低下を目的に改良され た。これを実現するためには工業的規模で良質なホエイ 蛋白質を製造する技術開発が必要であった。
最初に実用化された技術はイオン交換樹脂を用いての
ホエイから全てのミネラルを低減,除去する脱塩ホエイ の製造であった。ホエイはカゼインと結合しているリン 酸カルシュウムの一部を除く乳中のほぼ全てのミネラル を含有しているため,ホエイの脱塩が不可欠であった。
イオン交換樹脂による脱塩は樹脂の再生に多量の薬剤 を必要としたこともあり,それの引き続きイオン交換樹 脂膜を用いる電気透析による方法が急速に発展したた め,現在生産されている脱塩ホエイ製品の大部分は電気 透析法やその後発展した膜処理技術で脱塩されている。
調整粉乳に使用される脱塩ホエイは脱塩率90を超 えたものである。海外で一般市販されている調整粉乳で は,この技術で製造された脱塩ホエイが使用されている 製品がある。脱塩ホエイの場合,ミネラルは除去されて はいるが蛋白質と乳糖の比率は脱塩前後で大きく変化し ないので,調製粉乳の糖の画分を母乳に近似させるため に難消化性オリゴ糖を添加する場合は都合が悪い。その ようなニーズに答えるべくホエイ処理に適応されたのが ウルトラフィルトレイション(UF)技術である。
ウルトラフィルトレイション(UF)技術の ホエイ処理への適用
ホエイの処理に革新的な変革をもたらしたのが,UF を中心とした一連の膜処理技術である。膜処理技術が食 品産業で幅広く使用される以前は,工業用水やサニタ リー性にあまり考慮のいらない水処理技術の一つとして 発展してきたもので,繊維技術に強みのある日本企業の 競争力のある分野であった。対象が低分子量物質の分離 が中心であったため,海水の淡水化,工業用水の再利
図 牛乳,ホエイ系での分離対象粒子と膜の種類の関係
表 ホエー製品の一般成分組成()
水分 粗蛋白質 純蛋白質 乳糖 脂肪 灰分 ホエーパウダー 4.4 16.1 12.0 70.8 1.0 7.7
WPC34 4.6 36.2 29.7 47.5 2.1 7.8
WPC50 4.3 52.1 40.9 31.9 3.7 6.4
WPC65 4.2 64.0 60.4 21.1 5.6 3.9
WPC80 4.0 81.0 75.0 3.5 6.0 3.1
第号
用,濃縮技術として展開されていった。食品産業への膜 技術を適用していくには,膜そのもの,装置などの洗浄 性,衛生性,微生物の増殖抑制などより複雑な要求項目 が加わる。
そのような背景から,ホエイ処理の初期(1970年後 半)に実用化されたUF膜,UF装置は概ね欧米企業の ものであった。
ホエイ処理に使用される膜の種類
膜の種類として,低分子量のミネラル類の除去と濃縮 を目的とした逆浸透(RO)膜,ホエイ蛋白質の濃縮を 目的とした分画分子量18000ダルトン前後のUF膜,蛋 白質の濃縮に合わせホエイ中に残留する微生物の除菌を 目的としたMF(マイクロフィルトレーション)膜の大 まかに3種の膜が使用される。図2に乳業で用いられ る膜の特性を取りまとめ記載した。
膜分離法で製造されるホエイ蛋白質製品
膜分離法で製造されるホエイ蛋白質濃縮物(WPC)
は,膜による濃縮倍率と濃縮液に水を加え蛋白質の純度 を高める処理(ダイアフィルトレーション)の組み合わ せにより種々の蛋白質含量のものが生産可能である。脱 脂粉乳に近似した蛋白含量30前後のWPC,輸入自由 化品目に分類される蛋白質含量80以上のWPC,さら には原料のホエイからMF膜で脂肪を除き純度をさら に高めた脱脂高蛋白質WPC(ホエイ蛋白分離物WPI と称されることもある)まで生産されている。表2に 膜分離法で製造される各種WPCの組成を記載した。田
村3)らによる膜分離技術を用いたホエイ由来素材に関す る詳しい総説を参照されたい。脱塩ホエイに比べ,蛋白 質含量が80を超えるWPCは,調整粉乳のミネラル組 成,糖組成を容易に調整変更できるので,2000年前後 から世界で製造販売されているいわゆる母乳化を図った 調製粉乳の大部分に使用されてきている。
分画ホエイ蛋白質の開発と調整粉乳への使用
前述のように,同じホエイであっても母乳と牛乳では その構成蛋白質組成が異なる。母乳では,aラクトア ルブミン(以降aLa),ラクトフェリン(以降LF),免 疫グロブリン(以降IG)が主成分で,牛乳ではbラク トグロブリン(以降bLG)が60,aLaが20,血 清アルブミン(以降BSA),IGと続く。
調整粉乳の蛋白質画分の改良は,カゼイン対ホエイ蛋 白質の比率を母乳の比率に近似させ,製品のアミノ酸組 成や,乳幼児が摂取した際,胃内でのカードテンション の低下が図られてきた。しかしながら,牛乳のホエイ蛋 白質の主成分のbLGは母乳には含まれておらず抗原性 が強く強いアレルゲン性を呈する。
そこで,牛乳ホエイ蛋白質からbLGを除去すること や抗原性をいかに低下させるかの方向で技術開発が進め られた。
ホエイ蛋白の分離,分画技術
ホエイ中には微量ではあるが,生理活性の高い免疫グ ロブリン(IG),LF,ラクトペルオキシダーゼ(以降 LPO)などが含まれている。調整粉乳に使用するには,
現時点での技術では,経済性,加工上の課題がある事か ら微量蛋白成分を除く,実用性の高いbLG,とaLa の分離法について述べる。
溶解度差を利用した分離法
食品への適用を考慮して硫安,ヘキサメタリン酸,食 塩,塩化第二鉄4)などに対するホエイ蛋白質の溶解度差 の違いや,カルボキシメチルセルローズ(CMC)との 複合体の形成による分離は長年研究されてきたが,その 後の脱塩や精製が複雑になり産業化は容易ではない。
上述のような薬品類を使用せず,厳密にPHを調整し 比較的低温で加熱してbLGに富む各分とaLaに富む 各分に分離しうることが検討されてきた。
Pearce5)は,PH 2~7での加熱処理によるaLaとb
Lgの溶解度に違いがあることを見出し,溶解度の差が 最大となるPH 6.3で65°C 20分の加熱で,aLaを沈殿 させ,bLgを上清画分に分離出来ることを報告した
(図3)。その後,Moubois6)らはホエイの加熱前に塩化
カルシウムを添加するとホエイ中の脂肪を沈殿画分に移
図 等電点付近での加熱による分離
表 等電点付近での加熱により得られた各画分の組成 水分
() 脂肪
() 蛋白質
() 乳糖
() 灰分
() aLA画分 3.3 6.1 47.3 38.3 5.0 bLG画分 8.0 1.2 75.5 16.1 1.2
第巻
行させうることを示した。さらに,千原ら7)は,ホエイ を脱塩することにより,aLa,bLg画分の純度が高ま る事を見出した。
一方,Amundson8)らは,ホエイをUF濃縮,EDに よる脱塩,PH調節(PH 4.65)のみで加熱を行わずに aLaとbLgが分離できると報告している。この場合,
aLaは上清画分へ,bLgは沈殿画分へ移行する。脱塩 度をイオン交換樹脂で98まで高め,加熱とPH調整 で最適な分離条件を調べた結果,脱塩後PHを4.3に調 整後,60°Cで60分間加熱することにより,aLaの純度
93の製品が得られた。(表3)参照
ホエイ中の主要なbLgを高度利用するシステムがな いとaLa分画の価格が高くなる可能性が大きい。最近 ではbLgの加熱ゲル性の特性を訴求した製品に関心を 持たれているが,当初の目的はbLgの分離と抗原性の 低減であったので,分画されたbLg画分の酵素分解に よる抗原性の低下を検討した。
酵素分解によるbLgの抗原性の低下
ホエイ蛋白質中で最も抗原性の強いbLgの抗原性が 選択的に低下できれば,相対的に減アレルゲン化を図る ことができる。Kanekoら9)は,aLaがCa結合蛋白質 であることに着目し,Caを結合させたホロ型aLaが 金属フリーのアポ型より安定な高次構造をとる。一方,
bLgは弱アルカリ性領域で不可逆的に変性し,トリプ シン消化を受けやすい。ホロ型とアポ型のaLaのトリ プシン分解速度を解析したところ,ホロ型のミカエリス 定数はアポ型の300倍以上と大きく,トリプシンとの親 和性が著しく低い事が確認された。これらの結果をもと に,ホエイ蛋白分離物のPHを7~9に調整,30~40°C でトリプシン,キモトリプシンを作用させると,bLg 以外のホエイ蛋白質はいずれも分解を受けず,bLgの み特異的に低分子化出来ることを見出した。この処理を 施したホエイ蛋白質を原料として製造した調整粉乳で は,風味,物性に悪影響を及ぼすことなく,母乳に近似 した水準までホエイ蛋白を高めても,bLg含量は製品 あたり,0.6前後のとどまり,抗原性を低下させるこ とができた。bLgを選択的に分解したホエイ蛋白質の bLgに対する抗原性は,インヒビションELISAで測 定すると,図3に示すように1/104に低下した。通常の ホエイ蛋白質原料に置き換えて,bLg選択分解ホエイ 蛋白質(以降aWPI)を用いて製造した減bLg調整 粉乳には,同時に使用した脱脂粉乳由来のbLgが少な からず含まれている。インヒビションELISAで抗原量 を比較したところ,通常品の約1/5程度残留していた。
BALB/Cマウスでこの調整粉乳のアレルギー発症予
防効果を検討した結果,統計的に有意ではなかったが,
此の試作調整粉乳投与群の平均抗bLgIgG抗体は対照 乳投与群の1/2~1/4と低値であった(図4)。アレル ギー患児用のアミノ酸ミルクや高度に分解を進めた蛋白 質分解乳ではなく,消化機能や免疫機能の発育段階にあ る乳児に対して,強いアレルゲンに接触するリスクを低 減し,アレルギーの発症予防を図りながら,乳児の適応 力の発達を促す事が期待できる。
調整粉乳のアミノ酸組成を更に母乳のそれに近似させ るにはトリプトファン含量の高い蛋白質素材が必要であ る。表5に示すように,幸い分離したaLaはトリプト ファン含量が高いので,分離したaLaに富むホエイ蛋 白質画分を強化すればよい。
母乳中に多く含まれるラクトフェリン(LF)をホエ イから分離して調整粉乳に添加する試みがなされている が,牛乳由来のホエイ中のLF含量が低く,製品化され た蛋白質素材としては,高価になるため,調整粉乳に添 加されている例はあるが,乳児に実質的な栄養生理学上 の効果をもたらす量の添加は経済的に困難である。
イオン交換樹脂クロマト法によるホエイ蛋白の分離,
分画技術
ホエイの脱塩に使用されてきた樹脂ではなく,蛋白質 成分を個別に選択吸着させ,その後溶出後,UF膜で濃 縮と脱塩を図る技術が導入された10)。すべてのホエイ
図 bラクトグロブリンのトリプシン分解物の抗原性
の低下Inhibition assay
表 ホエイ蛋白質画分のアミノ酸組成
アミノ酸 含量(g/100・蛋白質)
Bovine serum albumin blactoglobulin alactalbumin Total globulin
Tryptophan 0.7 2.2 6.6 3.0
Phenylalanine 6.5 3.3 4.4 4.2
Leucine 12.1 13.3 11.6 10.2
Isoleucine 2.7 6.7 6.8 3.8
Threonine 5.7 5.4 5.5 9.9
Methionine 0.8 3.1 1.0 1.3
Lysine 12.6 11.7 11.4 6.5
Valine 5.8 5.9 4.8 9.6
Histidine 3.9 1.7 2.9 2.9
Arginine 5.8 2.8 1.1 4.1
Cystine 3.4 2.5 5.9 3.2
Proline 4.6 4.6 1.6 9.9
Alanine 3.9 7.0 2.1 5.0
Aspertic acid 10.9 11.2 18.6 9.7
Serine 4.1 4.5 5.0 7.5
Glutamic acid 16.1 19.2 12.8 12.7
Glycine 1.8 1.4 3.7 4.8
Tyrosine 5.0 3.8 3.2 6.1
必須アミノ酸合計 46.9 33.8 32.1 48.5
BCAA 20.6 27.9 23.2 23.6
Fischcer Ratio 2.42 5.17 3.28 3.19
第号
蛋白質の回収から,bLg,aLa,に続き免疫グロブリ ン,ラクトフェリン,ラクトペルオキシダーゼなどが産 業レベルで製品化されてきている。免疫グロブリン以降 の微量の蛋白類は高価になるため,用途が限定的である。
低分子量の含窒素成分の分離
ホエイ中には低分子量の含窒素成分が多く,母乳中で は,生理活性物質やホルモン類が数多く含まれており母 乳は「生理活性物質のカクテル」とも称される。牛乳由 来の低分子量含窒素成分を調製粉乳に添加した実例とし て,カルニチンがある。
カルニチンは図5に示すように不飽和脂肪酸の細胞 内取り込みに際して必要な成分であり,母乳中には潤沢 な量含有されているが,牛乳中では低濃度である。調整 粉乳の脂肪酸組成が母乳に近似されてくると必然的にカ ルニチンの要求量も高まる。食品添加物としてカルニチ ンは存在しないため,天然物から抽出してくることが必 要である。そこで,ホエイかイオン交換樹脂で濃縮分離 することを試み,ミネラルを増やす事無くカルニチン含 量を80倍まで高め,(表5)に示す高カルニチン成分を 分離し,調整粉乳に実用化した。
図 カルニチンの機能と構造
表 カルニチン濃縮液の乾物換算組成 UF透過液 カルニチン濃縮液
(溶出液) カルニチン [] 0.03 2.4
尿素 [] 0.2 5
NPN [] 2.1 50
ナトリウム [] 1.0 8 カリウム [] 2.6 16 マグネシウム [] 0.1 0 カルシウム [] 0.4 0
灰分 [] 8 32
乳糖 [] 83 9
第巻
その他の栄養食品への適応例
高齢者向け食品への適応
高齢化の進行する日本の人口構成からすると単に寿命 の延伸ではなく,健康寿命をいかに延ばすかが社会的な 大きな関心事である。とりわけ増加する後期高齢者の栄 養の関与が大きな,サルコペニア(加齢性筋肉減少症),
オステオペニア(加齢性骨減少症),認知症の発症予防,
発症の遅延に対するホエイ蛋白質の果たしうる役割は大 きい。筋肉は日々合成と分解を繰り返しており,慢性的 な低栄養状態が続くと合成より分解が亢進し,筋肉が減 少する。筋肉の合成を誘導するには筋肉へ適度な機械的 刺激を与える必要がある。蛋白合成を誘導するには蛋白 質摂取が必須であり,2010年版の日本人の食事摂取基 準11)によると,蛋白質の推定平均必要量は健常成人が 0.72 g/日,高齢者が0.85 g/日と多く摂取することが必 要とされている。蛋白質の生体利用性を考慮すると,カ ゼインとの比較でホエイ蛋白質は速やかに吸収され,蛋 白質合成の促進作用が注目を集めており12),高齢者用 食品に適した蛋白質と認識されている。
高齢者向けの飲料として,ホエイ蛋白質あるいはその 酵素分解物を蛋白質源とした飲料が市販されている。酸 性PHの3~4の範囲では加熱安定を改良した飲料向け
の新世代のWPIも開発されている。今後市場の成長が 期待される分野である。一方,術前術後や,咀嚼嚥下機 能に問題がある場合に使用される多くの濃厚流動食品の 蛋白質素材は牛乳蛋白質が中心であるが,常温で流通さ れるため,レトルト殺菌されるので,耐熱性の高いカゼ イン,トータルミルク蛋白質(脱脂乳をUF濃縮した蛋 白質)が使用される。ホエイ蛋白質はそのままでは中性 PHで加熱安定性が劣るので,酵素分解物として使用さ れることが多い。
山地13,14)らは,ホエイ蛋白質が単球による炎症性サイ
トカインの産生を抑制することを見出し,ガラクトサミ ン誘発肝炎モデルで経口摂取させたホエイ蛋白質または 酵素分解物の肝炎抑制作用を調べている。ガラクトサミ ンをラットに投与すると,肝細胞壊死,肝機能の指標で あるASTおよびATL活性の上昇が認められる。この 肝障害は,薬物やアルコールの連用の際に生じる肝障害 に近似している。
対照群の餌の蛋白質源はカゼイン50とホエイ蛋白 質50とし,試験群には全量ホエイ蛋白質もしくはそ の分解物とし,飼育開始時と2週間後にガラクトサミ ンを投与して肝機能を調べた。対照群では血中ASTと ALTが上昇したが,ホエイ蛋白質あるいはホエイペプ チド投与群では上昇が抑制され,肝臓の繊維化や,黄疸 の指標も抑制され,更に肝臓へのトリグリセライド,コ レステロールの蓄積も生じなかった。
これらのデータを基に,抗炎症を訴求した高機能の濃 厚流動食が設計され,ヒトでの有用性が確認されてい る15)。 ま た 前 述 の よ う に , ホ エ イ 蛋 白 質 は フ ィ ッ シ ャー比(BCAAのモル濃度総和を芳香族アミノ酸のモ ル濃度総和で除した値)が高いので,肝臓機能の低下し た患者へ負担を軽くして良質の蛋白質を投与できるので 好適な蛋白素材である。また,閉経後の肥満女性で継続 的なWPIの摂取が血圧を低下させ,心血管系病態の改 善効果があることが明らかにされている16)。
スポーツ栄養領域への展開
ホエイ蛋白質は風味がカゼインや大豆蛋白より良好で あり,水への溶解性が高い特性と共に,前述のように構 成アミノ酸組成が抜群であり,分岐鎖アミノ酸(BCAA)
のロイシン,イソロイシン,バリン含量が高い特徴があ る。BCAAは筋肉で代謝され,筋蛋白合成に重要であ り,ボデイービルダー向けの蛋白質粉末として愛好者が 多い。この種のアスリート向けの用途に加え,後期高齢 者のサルコペニア予防用に,筋肉量が低下し,筋蛋白質 合成能が低下した高齢者に一定の運動負荷を掛け,しか る後にホエイ蛋白質を投与すると,筋量,筋強度が高ま ることが確かめられており17),高齢者の健康寿命に役
第号
立つ商品提案のできる領域である。
精神的ストレスや安眠作用に着目した用途
最近の傾向として,健康機能に抗ストレス,安眠など ストレスの増加する社会生活に対して食事,食生活に栄 養機能以外の効果を期待する風潮がある。牛乳そのもの にも不定愁訴や月経前症候群に対して一定の緩和作用が あることが知られている。ムード,記憶,食欲,睡眠に 関係する神経伝達物質として,セロトニン(5ヒドロキ シトリプタミン)の脳内での作用が注目されているが,
セロトニンの前駆体はトリプトファンであり,脳内のセ ロトニン濃度を高めるには,血液中のトリプトファン濃 度を高め,血液脳関門の通過性を高めることが効果的で ある。通過性は血液中の中性アミノ酸に対するトリプト ファンの比率(Trp/LNAA)が増えたときにTrpの通 過性が増し,脳内セロトニン濃度が高まる。WPCでも 効果はあるが,表4に示すようにaLaが飛びぬけてト リプトファンの含量が高いことから,ヒトでの抗ストレ ス 作 用 はaLaを 用 い て 研 究 さ れ て い る 。Markus
ら18~20)は,aLa食(Trp/LNAAが9)とカゼイン食
(Trp/LNAAが4)を比較し,慢性ストレス状態にある 被験者では,ストレス負荷の際,うつ状態が軽減し,注 意力の向上効果を観察し,あわせて,aLa食摂取によ り血液中のプロラクチン(脳内セロトニン濃度の指標)
が有意に高まることを観察している。同じ研究グループ が睡眠改善効果についても報告している。この領域の研 究はまだ多くないので,更なるエビデンスの集積が必要 である。
胃粘膜保護作用,発達期消化管の成熟作用
aLaの胃粘膜保護作用と発達期消化管の成熟作用に ついては詳細な報告が本誌に紹介されているので割愛す る21~23)。
その他の生理活性蛋白質
免疫グロブリンは初乳中では全蛋白質の80近くを 占めており,受動免疫の視点から初乳は仔牛に投与され る。分娩後,一週間以降になると急激に免疫グロブリン 濃度は低下するが,母牛に特定の抗原で免疫し,その抗 原に高い抗体価を持った免疫グロブリンを分泌させ,免 疫ミルクと称して商品化24)しており,すでに20年近い 歴史がある。免疫グロブリンは分子量が大きいので,カ ゼインを沈殿させた後,UF膜で他のホエイ蛋白質から 分離が容易で,WPCの形態で市販されており,ヒトと 家畜の疾病予防用を中心に展開している。その他の主要 な蛋白質として,ラクトフェリン,牛血清アルブミン,
ラクトペルオキシダーゼなどがホエイにはふくまれてい る。これまで,ラクトフェリンに関しては,島崎25), 森永乳業の研究所26),雪印乳業の研究所27)から多数の
論文,特許が出ており,本誌でも複数回詳細な報告がな されているので割愛する。ラクトペルオキシダーゼにつ いても,島崎や,吉瀬28)らが詳しい作用機序,用途に 言及しているので割愛する。
栄養価に着目した用途では,これらの生理活性を有す る蛋白質を製造コストの点から実用に供することは容易 ではないが,免疫機能の低下した超高齢者や,未熟児,
その他のハイリスク状況にあるヒト向けのサプリメン ト,高機能な栄養補助食品として今後展開していくこと は可能なので,引き続きこの分野の製造技術,生理機能 の解明など進めていくべきであろう。
ホエイ蛋白質以外の成分の分離
図1のホエイのUF処理で透過する低分子画分を濃 縮し,乳糖を結晶化して分離した結晶母液は未結晶の乳 糖,灰分,低分子の含窒素成分,わずかな脂肪成分を含 んでいる。そのまま更に濃縮,噴霧乾燥したものは乳清 ミネラルと称され,低ナトリウム食塩代替物としての用 途や,中和工程でCa塩を用いて,天然の牛乳由来の Ca塩としての用途開発も行われてきた。商品化,用途 開発が進められたが,生産物量は限定的である。
乳糖については,乳糖を原料として乳果オリゴ糖,ラ クチュロース,アロラクトース,ガラクトオリゴ糖など 難消化性オリゴ糖が数多く製造されてきているが,乳幼 児の腸内菌として重要なビフィズス菌の成長因子やCa などの吸収改善効果で突出した特性が打ち出せていない ため,競合する他の難消化性オリゴ糖との差別化の点で 課題がある。
各種の酵素を組み合わせ乳糖からのキシリトールやア ラビトールの開発が進行中であり,将来の実用化が期待 される29)。
おわりに
ホエイ蛋白質の調整粉乳,高齢者用の栄養食品への適 応を中心に記述した。これまでも頻繁に本誌で,ホエイ 成分の分離,加工法に関する総説や,微量の生理機能を 有する蛋白質,ペプチドの機能解析,用途についての解 説が取り上げられてきているので,重複する部分は極力 避けて,栄養機能,保健機能を訴求する商品群への適用 に絞り紹介した。栄養機能を訴求した商品開発は今後と も魅力的な研究領域である。
微量な蛋白質成分に新規な分離法がホエイに適応され ても,微量にしか含まれない機能性蛋白質の価格は高い ものになる。微量の添加で生理機能の発現が期待される 商品形体や栄養サプリメントへの展開が当面の用途にな るであろう。微量成分の分離抽出とあわせ,酵素処理に
第巻
よる新規な分解産物や安価なバイオリソースとして乳糖 の酵素による高機能糖質への変換などが今後関心事にな るであろう。
参考文献
1) 大友英生ホエイタンパク質の機能性とホエイ関 連原料の利用動向,ミルクサイエンス,55, 4555 (2005)
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