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近藤連一博士らによるセメント化学

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Academic year: 2021

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1. は じ め に  国内における「セメント化学」という学問の位置づけ や,国内におけるこれまでの「セメント化学」という学 問の発展の仕方を考えると,欧米諸国をはじめとした諸 外国と比べ,日本は現在まで独自の道を歩んできたと考 えられる。これは,欧米,特にヨーロッパ諸国において は,「セメント化学」という学問が純粋に「理学」の一 分野として発展してきたのに対し,日本では,土木・建 築分野と密接に結び付き,「工学」の一分野として発展 してきたことが大きく影響しているものと考えられる。 そのため,日本における「セメント化学」の学問体系は, 純粋にセメント化合物の水和やセメント水和物に対する 平衡論的解釈,水和物自体の構造や特性を化学的に分析 することよりも,水和反応における速度論的解釈に重き が置かれ,特にセメントそのものよりも,コンクリート 自体の空隙構造特性や,コンクリートの強度推定および 耐久性評価を論じる際の「根拠」として使用されること が多かった。  また,2000 年代に入ると,コンクリート(コンクリー ト構造物)の設計体系が,これまでの仕様規定型から性 能規定・性能照査型へと移行し,コンクリート構造物の 強度や耐久性および寸法安定性といった性能を時間軸に 沿って定量的かつ高精度に把握することが求められるよ うになると,今まで以上に,「根拠」としての「セメン ト化学」の重要性がクローズアップされるようになった。 加えて,コンクリートの耐久性と密接にかかわるイオン の高精度な移動予測や近年のコンクリートの収縮問題が 取り沙汰されると,セメント水和物に対する平衡論的解 釈や,ケイ酸カルシウム水和物(C-S-H)をはじめとし た水和物自体の構造や特性を化学的に分析しようとする 動きが活発となり,ヨーロッパ諸国における最新の研究 とあわせて,以前日本で活発に行われていた「セメント 化学」の研究に対する評価が再確認され,特に 1960 年 代から 1970 年代にかけて行われた国内における「セメ ント化学」の研究に対する評価が高まっている。  本稿は,上記背景を踏まえた上で,日本のセメント化 学の研究において中心的な役割を果たした,東京工業大 学工学部無機材料工学科の近藤連一先生らによる研究に 焦点を当て,いくつかの論文を取り上げてその動機や背 景を探ることで,今後の日本における「セメント化学」 の方向性を模索することを目的とした。 2. 近藤連一先生らによる論文の紹介と背景 2.1 多孔体としてのセメント硬化体(水銀圧入法に よるセメント硬化体の評価) (近藤連一編:多孔材料,技報堂,1973.1),M.Daimon,

S.Abo-El-Enein, G.Hosaka, S.Goto and R.Kondo: Pore Structure of Calcium Silicate Hydrate in Hydrated Tricalcium Silicate, Journal of the American Ceramic Society, Vol.60, No.3-4, pp.110-114, 1977.2)

 セメントは多成分系の粉末であるため,水和した硬化 体は複雑な組成や構造を有する。コンクリート構造物の 耐久性を評価するためには,コンクリートの構成要素で あるセメントペースト分の諸性状を把握することが必要 であるため,セメント硬化体の構造を明らかにすること が重要となる。  近藤研究室においても,セメント硬化体の構造を把握 する研究が盛んに行われており,特にセメント硬化体に 多孔体の概念を導入することで,多くの多孔構造研究手 法の確立がなされた。当時は,多孔体の構造と物性につ いても多くの分野で研究がなされており,セメント硬化 体に対しても,細孔容積,細孔径分布,比表面積および 細孔形状の 4 つの幾何学的性質を,セメント硬化体の構 造概念として導入する試みがなされている。またセメン ト硬化体の構造を測定する方法として,水銀圧入法やガ ス吸着法に着目し,国内においてもいち早く装置を導入 して,測定および測定方法の確立を行っている。  水銀圧入法においては,水銀の加圧時および減圧時の 曲線によって生じるヒステリシスに着目し,それらを用 いてインクボトル型の細孔(ink-bottle pore)量や,細 孔構造内で物質移動の場となる貫通細孔(cylindrical pore)量の抽出を試みている(図-1)。水銀圧入法を用 いたこれらの細孔評価手法は,国内の多くの研究者に よって参照されて発展し,セメント硬化体の諸性状の把 握やイオンの移動性状,ひいてはコンクリートの耐久性 評価手法として応用されている。  また,水銀圧入法や,さまざまな吸着法による測定か 特集/我が国のコンクリートの研究史と技術の発展/4.今日的な耐久性問題に対する先駆的研究

近藤連一博士らによるセメント化学

斎 藤   豪

* * さいとう・つよし/新潟大学工学部建設学科社会基盤工学コース 准教授(正会員)

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ら,セメント硬化体,特に C-S-H のナノ構造モデルの 提案が,近藤連一先生,大門正機先生らによってなされ ている(図-2)。

 これまでにも,Powers3)(セメント水和物は水分が吸

脱着できるゲル空隙を有したセメントゲルからなるとし たモデル,図-3)や Feldman & Serada4)(C-S-H は低

結晶性で層状の構造を持ち,層間に吸着水を有するとし たモデル,図-4)により,C-S-H を 2 層あるいは 3 層 の厚みをもつ層構造の水和物とするモデルが提案されて いたが,大門正機先生らは,硬化セメントペーストから グリセロールとエタノールの混合溶液で Ca(OH)2を除去 して得た C-S-H を用い,水蒸気および窒素の吸脱着試 験による吸着量の違いに着目し,吸着等温線を比較した 37.5 75 240 750 0.24 0.75 2.4 7.5 50 140 430 0.14 0.43 1.4 4.3 μ Å Pore Radii 0.15 0.10 0.05 0 Pore Volume(×10 -2 ml/g) W/C=0.5 7 d T.P.V 0.1837 Retention 0.0829 37.5 75 240 750 0.24 0.75 2.4 7.5 50 140 430 0.14 0.43 1.4 4.3 μ Å Pore Radii 5 4 3 2 1 0 Pore Volume(×10 -2 ml/g) W/C=0.5 7 d T.P.V 0.1837 Retention 0.0113 ascending descending cylindrical pore (注)図中 T.P.V は全空隙量,C.P.V は Cylindrical Pore の全量を示す 図-1 普通ポルトランドセメントペースト硬化体の水銀圧入法によるヒステリシス曲線の一例と細孔径分布 Gel particle Inter crystallite pore Mono-layer water Narrow entrance Narrow entrance Intergel particle pore Intra-crystallite pore 図-2 Daimon らの C-S-H モデル2) C 図-3 Powers の C-S-H モデル3)の模式図 (セメント・ゲル粒子を針状または板状で示し,C は毛細管空隙を 示している。Ca(OH)2,未水和セメント,他のセメント水和物は 示していない。) B A A - Interparticle Bonds - Interlayer Hydrate Water B - Tobermorite Sheets   - Physically Adsorbed Water 図-4 Feldman & Serada の C-S-H モデル4)

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結果から,C-S-H の空隙が C-S-H の層間の水分が吸着 し得る,近似半径 0.6 nm 以下の空隙(intra-crystallite pore)と,粒子内部の結晶間にある 0.6~1.6 nm の空 隙(inter crystallite pore)および C-S-H のゲル粒子間

にある 1.6~100 nm の空隙(inter gel particle pore)に 大別できることを示している。また,Feldman らが定 義した C-S-H ゲル粒子の粒子間結合と同様なゲル粒子 の間を “Narrow entrance” と定義し,Feldman のモデ ルに基づき,水蒸気は C-S-H の粒子内部の結晶間の空 隙および層間空隙のみ侵入することが可能であることを 示している。特に,Feldman らと同様に C-S-H は,モ ンモリロナイトやバーミキュライトのような層間が重な り合った単純な構造ではなく,層が不規則に配列した構 造を有していることを報告している。これらのモデルは, その後の Jennings5)(図-5)の globule を用いた C-S-H 構造の提案の礎となっているものと考えられる。 2.2 C-S-H の内部水和物と外部水和物(顕微鏡観察 による C-S-H の構造評価)

(Seishi Goto, Masaki Daimon, Giko Hosaka, Renichi Kondo:Composition and Morphology of Hydrated Tricalcium Silicate, Journal of the American Ceramic Society, Vol.59, No.7-8, pp.281-284, 1976.6)

 当時の近藤研究室における研究の流れを見ると,近藤 連一先生らが顕微鏡観察によって得られる「視覚的情報」 を重要視していたことが予想される。確かに,顕微鏡観 察は,定性的かつ主観が入り込む余地が多いものと考え られるが,「見える」ことは他に得難い「証拠」となる ばかりでなく,顕微鏡観察によって得られる全体像の把 握は,研究の方向性を決める重要な指標となり得たため であろうと推察される。  2.1 の中でも紹介させていただいたが,水銀圧入法や 吸着法による測定から,セメント硬化体中の C-S-H の 構造モデルを提案する研究が盛んに行われていた当時 は,ナノレベルの C-S-H の構造よりも大きな空隙域で, 水和による C-S-H の生成場所や形態に関する議論もな されていた。本節では,おそらく世界初であろうと考え られるが,C-S-H の内部水和物と外部水和物の存在お よび形態を顕微鏡写真で明確に示した,後藤誠史先生ら の研究6)を紹介させていただく。  材齢 1 年の C3S 水和硬化体を硝酸アルコールでエッチ ング処理を行った後,走査型電子顕微鏡(SEM)や電 子線マイクロアナライザ(EPMA)を使って形態観察や 得られた水和物の Ca/Si の測定を行った本論文では, C3S 粒子の周りの明瞭な inner C-S-H の存在や(図-6), さらに inner C-S-H の内側には,帯状の生成物が存在 する(Hadley 粒子)が存在することを顕微鏡写真を使っ て示している。また,outer C-S-H の生成量は inner C-S-H に比べて少なく,inner C-S-H は直径 0.1~0.2 μm の小さなコロイド粒子であること,グリセリンアルコール で CH を抽出した後,C-S-H を観察(図-7(A))すると, Ca/Si 比が大きい表面の滑らかな生成物(図-7(B))と, Ca/Si 比が 1.5~2.3 程度の針状の生成物(図-7(C)) が確認され,前者は水和初期に析出する CH 粒子に囲ま Basic unit 1 000 m2/g Globule 460 m2/g Empty at 20% rh Globule

Full at 11% rh N2 inaccessible pore

LD C-S-H N2 accessible pore Full at 90% rh Empty at 40% rh a c b HD C-S-H 20 nm 図-5 Jennings の C-S-H モデル5) outer product inner product core (A) inner product (B) 2 μm 0.5 μm 図-6 C3S 粒子の内外に形成する水和物の形態6) (C-S-H の外部水和物は,繊維状あるいはしわ44のある箔状4 4を有する。 内部水和物は直径 0.1~0.2 μm の小さなコロイド粒子であり,コ ロイド粒子は厚さ数十Å,拡がり数百Åのクリスタリットから なる。)

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れて針状の外部 C-S-H が成長できない場合に,後者は 逆に CH 粒子の成長がない時に認められることを示して いる。  なお本論文は,加熱養生したセメントペーストの反応 停滞現象を解明する際に得られた,副次的な成果であっ たということを,後に伺った(セメントペーストを加熱養 生すると,初期で反応が大きく,その後反応が停滞し圧 縮強度の停滞が起こるという現象,セメントの水和に及 ぼす加熱養生の影響,セメント技術年報,27,pp.45~ 50,1973.を参照されたい)。本成果は,inner C-S-H の 存在によって,圧縮強度の停滞が説明可能となった工学 的価値にとどまらず,その後の Jander 式をベースとし た速度論的な展開において大変重要なものであったと考 図-8 論文「鉄鋼スラグの化学」7) 図-9 スラグのセメントへの利用(近藤先生直筆) ─近藤連一先生追悼記念誌より─ (A) 10 μm (B) 2 μm (C) 2 μm 図-7  グリセリンアルコールでエッチングして現れる C3S 水和物の 2種類の形態6) ((B)は表面の滑らかな粒子であり,Ca/Si 比が大きく,水和初期 に析出する Ca(OH)2粒子に囲まれて針状の outer C-S-H が成長で きなかったことを示している。(C)は針状の outer C-S-H に囲ま れた粒子であり,Ca/Si 比は 1.5~2.3 で,これらの粒子の近傍で Ca(OH)2粒子の成長がないときに認められる。)

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えられる。本論文が世界的に引用され,活用されること を願うばかりである。 2.3 高炉スラグの利用に関して (近藤連一:鉄鋼スラグの化学,石膏と石灰,No.147, pp.71~79,1977.,近藤連一:セメント化学のシーズと ニーズ,コンクリート工学,17(2),pp.1~11,1979.,近 藤連一:ポルトランドセメントおよび高炉セメントの欠点 とその改良について,セメント技術年報,14,pp.206~ 219,1960.)  近藤連一先生らの研究というと,やはり,高炉スラグ に関する研究が代表的である。  当時は,セメントとして利用される高炉スラグの量は, 今と比べるとごくわずかであったが,高炉スラグの化学 的有用性にいち早く着目し,溶融状態,硫化物の挙動, スラグの性質を支配する冷却条件と相組成,さらに水和 反応と水熱(オートクレーブ)反応,定量方法,セメン トクリンカーの生成反応など,非常に多岐にわたって研 究を進め,成果を発表している(図-8,図-9)。  また,産業副産物の有効利用や省エネルギーの観点か ら,高炉スラグを用いたセメント系材料を環境に配慮し た「低環境負荷型セメント」と捉え,当時から利用を推 進していたことは特筆に値するものと考える。また,近 藤連一先生によって指摘されている多くの事柄は,現在 のセメント業界において,今まさに問題となっているこ とが数多く,例えば,徐冷スラグの骨材としての利用 (硫化物(CaS の量と結晶の大きさ)や,高炉スラグ微 粉末と無水せっこうとの反応良好性等が当時から指摘さ れている。加えて,近藤連一先生らによって提唱された, 高硫酸塩スラグセメントは,現在の ECM セメント(エ ネルギー・CO2ミニマムセメント)の礎となり,今後の 「環境に配慮したセメントの在り方」を考える上で,大 変大きな成果であったと考えられる。 3. ま と め  ─近藤研究室における研究の流れからみる「工学」と してのセメント化学の重要性─  本稿をまとめるにあたり,近藤連一先生らによって行 われた研究を整理してみると,セメントの水和反応を平 衡論的あるいは速度論的に解釈し,また,セメント硬化 体を多孔体として捉え,その構造特性から物質移動との 関連性を評価するなど,「セメント化学の体系化」が行 われていることがわかる。しかし,それらがすべて順序 だてて行われていたかというとそうではなく,「セメン ト化学を体系化する」という目的よりも,各先生方の興 味の下で研究活動が進んでいった結果が,「セメント化 学を体系化」につながったと考える方が自然である。  当時の近藤研究室には,たくさんの社会人ドクターが 集まり,各セメント会社における,「工学的なニーズ」 にいち早く取組み,研究活動がなされていたことがわか る。また,近藤研究室における輝かしい Scientific な功 績は,「工学」を出発点とした他の研究から派生したも のも多い。近藤連一先生の研究方針や研究のポリシーも 垣間見えた。  今後も工学(産業)を常に意識した「セメント化学」 の役割が期待されているものと考えられる。 参考文献 1) 近藤連一編:多孔材料,技報堂,1973

2) M. Daimon, S. Abo-El-Enein, G. Hosaka, S. Goto and R. Kondo: Pore Structure of Calcium Silicate Hydrate in Hydrated Tricalcium Silicate, Journal of the American Ceramic Society, Vol.60, No.3-4, pp.110-114, 1977

3) T. C. Powers:Structure and Physical Properties of Hardened Portland Cement Paste, Journal of the American Ceramic Society, Vol.41, No.1, pp.1-6, 1958

4) R. F. Feldman & P. J. Serada:A Model for Hydrated Portland Cement Paste as Deduced from Sorption-Length Change and Mechanical Properties, Materials and Structures, Vol.1, No.6, pp.509-520, 1968

5) H. M. Jennings:A Model for the Microstructure of Calcium Silicate Hydrate in Cement Paste, Cement and Concrete Research, Vol.30, pp.101-116, 2000

6) Seishi Goto, Masaki Daimon, Giko Hosaka, Renichi Kondo: Composition and Morphology of Hydrated Tricalcium Silicate, Journal of the American Ceramic Society, Vol.59, No.7-8, pp.281-284, 1976

7) 近藤連一:鉄鋼スラグの化学,石膏と石灰,No.147,pp.71~79, 1977

8) 近藤連一:セメント化学のシーズとニーズ,コンクリート工学, 17(2),pp.1~11,1979

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