prajā
́
kāma-
と
putrákāma-西 村 直 子
ヴェーダ祭式の中でも早い時期
(紀元前800年頃以降)に整備が着手された祭式
は,血縁を基盤とする部族全体の繁栄を主な目的の
1つとする.それらの祭式
は,後に
Śrauta祭式と呼ばれるようになる
1).
Śrauta祭式の目的は宇宙秩序の維
持と部族全体の繁栄
(家畜の繁殖と子孫繁栄)にある.特に,子孫繁栄については
家系の断絶を避ける跡継ぎの誕生を意味する文脈が目立つ.家系の継続への意識
は,婆羅門または人一般が子孫に関して父祖達に債務を負うという
Taittirīya-Saṁhitā及び
Śatapatha-Brāhmaṇaの伝承に明確に現れ,後の法典類では祖霊祭継
続の為に息子を得よという議論へと展開する
2).また,所属家系や出自の問題が
Gotraや
Varṇaとして制度化される動きの中にも,家系の継続への意識は れよ
う.かかる社会的枠組みに関する議論の一方で,息子の誕生が自分の死後の在り
方に影響を与えるという,宗教的枠組みでの議論も発達する
3).このような観点
から,「息子が生まれない」という事態を発端とする神話や説話に込められた切
実さも改めて問い直される必要があろう
4).息子がいない場合の解決策として想
起されるのは養子縁組である.しかし,祭官達はそのような実効性のある手段で
はなく,祭式によって事態の改善を企図したものと考えられる
5).その実態を解
明するための端緒として,本稿では
Veda文献に現れる
prajākā́
ma-「子孫を欲する
[者]」と
putrákāma-「息子を欲する[者]」という
2つの複合語
6)の用例を検討し,
当時の家族及び部族の在り方を含めた社会制度と,その中で宗教が果たした役割
とを解明する為の手がかりとなる資料を提示したい
.1.
prajā
́
kāma-及 び
putrákāma-の 用 例 分 布 概 観
Ved.W.Conc.の
Saṁhitā巻 及 び
Brāhmaṇa
巻 に よ る と,
prajā́
kāma-は
105例,
putrákāma-は
13例 あ る.
RV,
Khila,
AV及び
AVPの用例合計数は,前者
5例
7),後者
8例であり大きな差は見られな
い
8).一方,
YS以降は
prajā́
kāma-の例が飛躍的に多くなる
9).特に,黒
YVの諸
る.多くは個別的祭式行作の意義づけとして言及するものであるが,
YVには子孫
獲得を目的とする祭式を願望祭
Kāmyā Iṣṭiに組み込んで整備する動きが見られる
.2.
Kāmyā Iṣṭi
における用例
2.1.概観
11)Kāmyā Iṣṭi
は祭主の個別的な願望に応じて,特定の神格,供物,
mantra(yājyā及びanuvākyā)を組み合わせて行われる.一般に,新月満月祭の変化
形 と し て 理 解 さ れ る
12). 願 望 の 対 象 を
Calandは
21に 分 類 す る,
e.g. prajākāmasyeṣṭi(I 子孫),
paśukāma˚(II家畜),
puṣṭikāma˚(III繁栄),
brahmavarcasakāma˚ (IV 祭官の効力),
hiraṇyakāma˚(V 黄金),
purodhākāma˚(VI Purohita職),
abhicāra(X呪法)
.具体的現世利益を目的とする性格が強く
13),王族祭主を想定するものも
少なくない.黒
YV学派は独立した章を伝えるが,白
YV学派は対応する章を持
たない.更に,
Kāmyapaśu(個別的願望成就の為の動物犠牲祭)も整備される
.2.2.
Prajākāmasyeṣṭi
は子孫を欲する祭主のために整備された願望祭である.
表1 prajā́kāma- 用例一覧(全105例)
RV Khila KhiSā AV AVP MS KS KapS TS TB ŚB ŚBK AB KB JB PB GB
V 3,2 III 6 VII 17(18), 3 III 39,2 I 6,12 VII 15 VI 5 II 1,1,2 III 11,8,6 I 8,1,7 I 1,2,3 III 7 VIII 4 I 81 II 3,2 I 2,15 VI 10,1 I 6,13 VIII 15 VIII 3 II 1,1,4 I 8,1,10 I 3,4,1 IV 11 VIII 5 I 90 II 10,3 II 2,1 XX 3,810)I 7,2 IX 2 VIII 5 II 1,2,7 II 1,2,6 I 4,3,5 XI 5 I 186 VI 9,4 II 3,3 I 7,4 IX 17 XLVI 3 II 1,5,3 II 4,4,1 II 7,3,5 I 323 VIII 2,3 II 3,11 I 9,6 X 11 II 1,7,4 II 5,1,7 III 1,12,7 II 93 XVIII 5,9 I 9,8 XI 5 II 2,1,1 III 9,1,4 II 151 XIX 3,2 TĀ I 26,3 II 1,1 XI 6 II 2,5,1 IV 6,9,23 II 205 XIX 15,1 II 1,12 XII 5 II 2,10,3 XI 1,6,7 II 235 XX 4,2 II 5,2 XII 8 II 4,4,1 II 238 XX 11,5 KaṭhUp LVIII:1 II 5,4 XII 13 III 3,11,3 II 289 XXIII 9,1 II 5,5 XIII 4 III 4,9,1 II 310 XXIII 20,1 III 6,1 XIII 7 V 6,5,3 IV 3,5 XIII 8 VI 2,10,6 IV 12,6 XXII 3 VI 3,3,6 XXII 13 VII 2,6,1 XXIX 10 VII 4,3,1 XXXVI 3 VII 4,7,3 0 1 1 1 3 14 17 4 17 1 8 5 2 3 11 11
太枠はKāmyā Iṣṭi章,■はmantra.
表2 putrákāma- 用例一覧(全13例)
RV Khila AV AVP MS KS KapS TS TB ŚB ŚBK AB KB JB PB GB TĀ X 183,1 IV 13,1 XI 1,1 III 39,3 IX 14 VI 5,6,1 I 1,9,1 VII 18
X 183,2 III 39,4 VII 1,8,1 XVI 89,1
XIX 40,15
Caland
が挙げる
5種の中,各学派の伝承は
: MS 1種
(Nr. 1),
KS 2(Nr. 1, 45),
TS 5(Nr. 1, 28, 29, 45, 91)
である
14).ここでは黒
YVの
3学派が唯一共有する
Nr. 1を検討
する
15).議論の大筋は,
3学派の間で共有されている
: Prajāpatiが創出した
prajā (MS: sg.,KS及びTS: pl.16))を
Indraと
Agniとが隠したので,
Prajāpatiは彼らに供物
を捧げて返してもらったという神話に基づき,
prajā(sg.→ n. 16)を得る条件が
整っているのに得られない祭主は,同じ供物を
Indraと
Agniとに捧げると,
(子 孫を)得る.祭主の状況を説明する
yó laṃ prajā́
yai sán prajā́
ṃ ná vindéta/vindáteの
表現は
3学派に共有され,同じ
Prajākāmasyeṣṭiの
Nr. 28,また子孫獲得を目的と
する
Kāmyapaśuにも現れる
(MS II 5,4:51,16p∼TS II 1,5,3p)17).現実的に可能な手段を
講じて尚も息子が得られないという場合が問題となっており,当該表現のない
ケースも同様であると推測される.
Nr. 1以外については紙幅の都合により割愛
するが,神話的因縁譚を欠き,比較的簡素な説明に終始する
. 2.3. Prajākāmasyeṣṭi以外の願望祭では,
Bhūtikāmasyeṣṭi(Nr. 96 MS II 1,12:13,18–14,7p; 97 KS XI 6:151,3–6p),
Paśukāma˚(109 KS X 11:137,23–138,14p∼TS II 4,4,2–3p),
Sarvaprṣṭheṣṭi(175 KS XII 5:167,13–19p)
に
prajā́
kāma-の語が現れる
.3.
Kāmyā Iṣṭi
以 外 の 用 例 は
Kāmyā Iṣṭi全 体 よ り 更 に 多 い.
M及 び
T派 が
prajā́
kāma-を
AV VII 17,3と同一の
mantra中に伝持する
1例
(cf. n. 8)を除き,すべ
て
br.及び
Brにおける神話または神学議論である
18).
Devikāhaviṣ,
Caturhotr19)等
の複数学派に共通するものと,単一の学派に現れる孤立例とが混在する.
Kāmyapaśu
,祭火設置祭,
Soma祭など多岐に亘る文脈で
prajā́
kāma-への言及が見
られる
. 4.brāhmaṇa
における議論は,文脈に応じて以下のとおり分類できる:
4.1.神話
20);
4.2.祭式に関する議論:
4.2.1. paśukāma-「家畜を欲する[祭主]」と併記される議
論
21),
4.2.2. paśukāma-を含まない議論
22).
4.1.は願望成就を述べる帰結部分が明確
である.個々の儀礼や
mantra,行作等の由来を挙げてその有効性を示す為であると
考えられる
(n. 20).
4.2.に分類した議論では帰結部分が不明瞭な例も散見する
.省
略の可能性もあるが,帰結の有無が祭式整備の点で示唆するものについては更なる
検討を要する.
paśukāma-と併記されるケースは
Śrauta祭の目的を明確に示す典型
例であると考えられる.これに関し,
TSは
MS及び
KSの平行箇所が子孫と家畜と
を併記する場合でも,家畜への言及を欠く傾向がある.
TS編集当時の経済活動の
在り方を何らかの形で反映している可能性について,吟味する必要がある
. 5.結語 子孫を獲得する為の祭式は,毎月新月時の祖霊祭
(Piṇḍapitryajña,明確な言及はTS以降)
より優先的に整備された.息子を欲する理由は種々想定される
が,祭式整備の段階で
putrákāma-ではなく
prajā́
kāma-が選択された背後には,個
人的な息子の獲得より部族全体の趨勢を重視する,
Ārya人の父系社会という枠
組みが関与していたと考えられる
.願望祭で獲得が祈願される「子孫」とは,部
族全体の子々孫々に亘る継続的繁栄を謂うものであり,現前の祭主が次代を託す
べき息子について論じる場合でも,部族全体に及ぶ影響力を意識して「子孫」と
いう表現を意図的に選択していたと推測される.個人的な息子の獲得について
は,後の
Grhya祭式における出産儀礼整備との関係が今後解明されるべき点とし
て指摘される.凡そ願望祭には呪術的性格が観察され,
Atharvaveda学派の伝承
や
Grhya祭式全体の整備を促した事情との関係も考慮して検討する必要がある
.1)śrautá-はśrutí-のVrddhi派生形であり,「学習によって伝承された聖典に属する」を謂
う形容詞.Śrutiは伝統的に「天啓聖典」と説明されることがあるが,動詞śru「聞く」に り,「学習によって伝承された聖典」と理解するのが妥当.Cf. Scharfe pp. 13f., 西村2006 n. 4. 「天啓」にあたる概念があるとすれば,Vedaにおいては「見る」という動詞で表される. 2)Cf. TS VI 3,10,5p [Agniṣṭoma]及びŚB I 7,2,1.4 (∼ŚBK II 6,4,1.4) [新月満月祭].特に後者は子 孫の継続の重要性を明言する.更に,例えばManu-Smrti IV 257; VI 35–37; IX 106; XI 66参照. 3)これが後の輪 説の基盤形成に関与した可能性については,cf. 西村2009及び2015. 4)「息子を持たない者」aputrá-の語は,例えばŚunaḥśepaの物語の発端部分に登場する.
Hariścandra王がaputra-であること,また王から息子を得る意義を問われたNārada仙が,
aputra-な者には(死後の)世界はない,と答えたことが伝えられている,cf. AB VII 13,1. (∼ŚāṅkhŚrSū XV 17–27).また,PB VIII 9,21に息子や子孫がいないために諸世界が分断
され,観得したSāmanも引き継ぐ者がないので用いられないと恐れる.Aṣṭādaṁṣṭra
Vairūpaのエピソードが伝えられる.
5)後の法典類では,養子縁組制度が整備されるに至る,e.g. Manu-Smrti IX 158ff.
6)kāma-を後分とする複合語についてはcf. AiG II–1 218f. P III 2,1に対するKāty V 7及び8は, 前分にアクセントを持ち動詞の意味をそのまま受け継ぐ名詞を後分とする限定複合語の例と して,-īkṣa-, -śīla-等と共に-kāma-を挙げる.PatañjaliはV 8に対してBahuvrīhiであるとする. 7)Khi Ed. Sātavalekar III 6の1例を含めると6例である.
8)RV及びAV学派の伝承では,prajā́kāma-がRVに在証されないこと,AV及びAVPの用
例はすべて女性形であり,息子を欲するのが母親であること,更に,両例ともAVより
AVPの方が多いこと等の諸点が特徴的である.RV X 183,1 ápaśyaṃ tvā mánasā cékitānaṃ tá-paso jātáṃ tátá-paso víbhūtam | ihá prajā́m ihá rayíṃ rárāṇaḥ prá jāyasva prajáyā putrakāma ||「私は 君(夫)を思考によって見た,気づいている[君]を,苦行から生じた[君]を,苦行か ら現れた[君]を.ここに子孫を,ここに富を自らに与えつつ,君は子孫によって繁殖せ よ, 息 子 を 欲 す る[夫] よ」;2 ápaśyaṃ tvā mánasā dī́dhyānāṃ svā́yāṃ tanū́ ŕtvye nā́dhamānām | úpa mā́m uccā́ yuvatír babhūyāḥ prá jāyasva prajáyā putrakāme ||「私は君(妻)を 思考によって見た,自分の体について思慮している[君]を,妊娠可能期に苦しんでいる [君を].[志]高く,きみは若妻となって私を助けてほしい.君は子孫によって繁殖せよ,
している:AV XI 1,1 [Brahmaudana]∼AVP XVI 89,1 ágne jā́yasvā́ditir nāthitéyáṃ brahmaudanáṃ pacati putrákāmā | saptarṣáyo bhūtakŕtas té tvā manthantu prajáyā sahéha ||「Agniよ,君は生ま
れよ.Aditiは助けを求めている.今,彼女はBrahmaudanaを調理する,息子を欲して.7
人のRṣiたちは諸存在を形作る者たちである.彼らは君を攪拌せよ,子孫と共にここ
で」.これを含むAVPにおける例はすべて女性形であり,P派では母が息子の出産を祈願
するという,後のGrhya祭式における出産儀礼のスタイルが想定されていた可能性が示唆
される.AVとAVPに共通する唯一のprajā́kāma-の例は,YVの献供用mantraとしても伝
承されている:AV VII 17(18),3∼AVP XX 3,8∼MS IV 12,6:195,14f.m=TS III 3,11,3m.
9)putrákāma-はYS以降の男女比が3 : 2,fem.の2例は何れもAditiを指す(TS VI 5,6,1; TB I 1,9,1).全体の男女比は4 : 9で男性形はRV, KS, TS, ABに各1例現れる.
10)Ved.W.Conc.ではXX 2,5. Dipak Bhattacharya ed.に従う. 11)Caland 1908.
12)Cf. Caland op.cit. p. iv. 挙行時期,新月満月祭基本形との相違点等については,cf. 同1ff.
13)子孫繁栄と家畜繁殖とを目的の根幹の一部とするŚrauta祭式にあって,個別的な願望 を考慮する祭式が整備された背後には,移住遊牧生活から定住生活へと移行する生活様 式の変化の中で,部族社会の在り方も変化し,これに伴う祭主の立場の多様化が何らか の形で関与していると推測される. 14)Nr.1: n.15; 28: TS II 2,5,1ff.p; 29: TS II 2,5,3.4p; 45: KS XI 5:150,21ff.p∼TS II 2,10,3.4p; 91: TS II 2,4,4p. Nr. 29は息子誕生後のPutreṣṭiとされ性質を異にする.
15)MS II 1,1:1,4ff.p aindrāgnám ékādaśakapālaṃ nírvapet prajā́kāmo yó laṃ prajā́yai sán prajā́ṃ
ná vindéta. prajā́pater vā́ indrāgnī́ prajā́m ápāgūhatāṃ. tā́ eténa bhāgadhéyenópādhāvat. tā́ asmai prajā́ṃ púnar adattām. indrāgnī́ khálu vā́ etásya prajā́m úpagūhato yó laṃ prajā́yai sán prajā́ṃ ná vindáte. tā́ evá bhāgadhéyenópāsarat. tā́ asmai prajā́ṃ púnar dattaḥ. vindádvatī yājyānuvākyè bhavataḥ. víttyā evá「子孫をつくる準備が整っているのに子孫を得ることができない場合,
子孫を欲する者はIndraとAgniとに捧げられる11皿分の[puroḍāśa]を準備して捧げる
べきである.Prajāpatiの子孫をIndraとAgniとは隠し遠ざけたのだ.彼ら両者にこの分
け前と引き替えに[Prajāpati]は助けを求めて走った.彼ら両者は当人へ子孫を返し与
えた.子孫をつくる準備が整っているのに子孫を得ない者があれば,IndraとAgniとは,
周知の如く,この者の子孫を隠し遠ざけているのだ.他ならぬ彼ら両者に分け前と引き
替えに助けを求めて走ったことになる.彼ら両者は当人に子孫を返し与える.
vindat-(動詞vid, vinda-ti)の語を含むyājyāとanuvākyāとが用いられる.他ならぬ得ることのた
めにである」∼KS IX 17:120,10ff.p∼TS II 2,1,1.2p.
16)prajā́-は一般的にsg.で子孫を,pl.で諸生物を謂うと理解される.3学派が伝える神話
部分では単/複は統一されていないが,現前の祭式に関する説明部分はsg.で一致し,
因縁譚と祭式議論との間に若干の齟齬のあったことが看取される.
17)対応するKS XIII 4:184,12ff.pには当該表現なし.更に,cf. PB XVIII 5,8–10.
18)RājasūyaまたはAgniṣṭomaにおけるDevikāhaviṣのmantra.Cf. Caland-Henry 408f., Heester-man 41ff. 当該儀礼に関するbr.にもprajā́kāma-が現れる:MS IV 3,5:44,14p∼KS XII
8:170,13ff.p∼TS III 4,9,1p,cf. BaudhŚrSū XIV 19.
19)MS I 9,6:137,16p∼KS IX 14:116,3ff.p (putrákāma-); MS I 9,8:140,3p[Caturhotr, Pātnīvata(MS
のみ)].Caturhotrについてはcf. Rolland, Mylius, Amano.
20)「○○が子孫を欲して△△すると子孫が得られた±子孫を欲する者は△△すべきである」 というスタイルを基本とし,何れも祭式の有効性を示す:4.1.1. Aditi MS I 6,12∼KS VII
15:78,15ff.p, MS II 1,12:13,18ff.p及びKS XI 6:151,3ff.p (cf. 2.3.1.), TS VI 5,6,1p, TB I 1,9,1p (Cf. AV XI
5,1,7; XI 1,6,7; JB II 93(以上すべてprajā́kāma-).4.1.3. Manu MS I 6,13:106,15p, ŚB I 8,1,7(Cf. I
8,1,10).4.1.4. Atri/Aurva TS VII 1,8,1p (息子を授ける祭式/呪法が実際に行われていたことを
示す例: átrir adadād áurvāya prajā́m putrákāmāya「Atriは息子を欲するAuruvaに子孫を与え た」.Cf. PB XXI 9,2∼JB II 281, Jamison 253 n.197). 4.1.5. Para Āṅnāra/Āṭnāra, Kakṣīvant Auśija,
Trasadasyu Paurukutsa KS XXII 3:59,10–12p∼TS V 6,5,3p. 4.1.6. Rtu(季節)たち TS VII 2,6,1p.
21)MS I 7,4:113,4p∼KS IX 2:105,13ff.p; MS II 5,2:48,17p; MS II 5,5:54,13p∼KS XIII 7:189,13ff.p; KS
X 11:137,23ff.p (cf. 2.3.2.)∼TS II 4,4,2.3p (paśukāma- なし); KS XI 5:150,21ff.p (Nr.45, cf. 2.2.);
KS XII 5:167,13ff.p (2.3.2.); KS XII 13:175,17ff.p; KS XXII 13:68,12ff.p; KS XXIX 10:179,13ff.p; KS
XXXVI 3:70,13ff.p; TS II 1,1,4.5p (cf. 4.1.2.); TS VII 4,7,3p; TS VII 4,3,1p; AB III 7; IV 11; JB I 90;
JB II 151; PB II 3,2; XVIII 5,9; XIX 15,1.
22)MS III 6,1:60,11f.p; KS XIII 8:190,14ff.p∼TS II 1,7,4.5p; TS II 1,1,2p; II 1,2,7p; V 6,5,3p; VI 2,10,6p;
VI 3,3,6p; ŚB III 9,1,4; IV 6,9,23; KB VIII 4; 5; XI 5; JB I 81; 186; 323; II 205; 235; 238; 289; 310;
PB II 10,3; VI 9,4; VIII 2,3; XIX 3,2; XX 4,2; PB XX 11,5.
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(本研究は科学研究費補助金基盤研究(C) 16K02164の助成を受けたものである.)
〈キーワード〉 prajākāma-,putrakāma-,Kāmyā Iṣṭi,父系社会,家系の継続