ヤニス・クセナキス研究 -建築と音楽をつなぐパラメータ設定についての考察- [ PDF
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(2) それを選択することになる。音列は、さらに4つの異. 2-2.《Metastaseis》におけるモデュロール 《 C o u v e n t d e l a. なった形態、すなわち、基礎形態(G)、逆行形(K)、. Tourette》 の 設 計 と 同. 反行形(U)、反行の逆行形(KU)を持ちうる。 (図 5). 時 期、 ク セ ナ キ ス は、. 十二音技法では、これら音列の組合せにより、一つの. オ ー ケ ス ト ラ の た め の、. 楽曲を作曲するのである。これは、波動ガラス面の設. 《Metastaseis》( メ タ ス タ シ. 計における、モデュロールに基づく順列の設定、さら. ス)という約8分の曲を作. に、その後の「対称」などの操作と、重なるものである。. 曲 し て い る。 タ イ ト ル の 《Metastaseis》 は、 ク セ ナキスの他の楽曲と同様、 (のちの) 造語であり〈Meta〉 8. 5. 3. 図 3. 《Metastaseis》317-333 小節. と〈Staseis〉(定常状態) と い う 二 つ の 単 語 を、 組 み. 反復. 合わせたものである。この曲は、一般的な五線譜以外. 図 4.FLC2547 一部. に、グラフとしても記されている。( 図 3) このグラフ. 反転. G. K. U. KU. において、横軸は、時間の進行、縦軸は音の高さの高低、 すなわち音高を表す。グラフ上の斜めの直線は、連続 的な音程の変化であるグリッサンドを示している。グ リッサンドとは、弦楽器の奏法の一つで、同じ弦の上. 図 5.アルノルト・シェーンベルグの十二音技法による楽譜. で、押さえている指をすべらせることにより、音程の. 3. 表現の中のパラメータ. 上昇や下降を連続的に行い、不連続だった音階をつな. 3-1.《Philips Pavilion》の壁面とグリッサンド. ぐ奏法のことである。この楽曲において、クセナキス. 1956 年、コルビュジェは Philips 社より、ブリュッ. は、音の継続時間、すなわち音価を、モデュロール的. セル万博の為のパビリオンの設計を依頼され、設計. 6). な発想によって決定している。 《Metastaseis》の楽. 担当者として、クセナキスを指名する。この《Philips. 譜の 317-333 小節までのグラフを読むと、音価の変. Pavilion》(フィリップス・パビリオン) は、〈電子詩〉(le. 化の間隔が、8,5,3 となっていることが確認できる。. poeme electronique)と呼ばれる、約8分間の、映像と音. これは、隣合う 3 項の関係が、モデュロールと同様. 楽が複合した作品の、上映施設として計画された。建. の変化を示すフィボナッチ数. 7). 築は、複数の双曲放物面が組み合わされた、彫塑的な. と一致する。. 2-3. 小結. 形態をしている。(図 6)これは、先述の《Metastaseis》. 前節で示したように《Metastaseis》の音価の設定. のグリッサンドが集積したグラフとの類似性を見. には、フィボナッチ数が使われていた。モデュロール. て と れ る。 こ れ に つ い て、 ク セ ナ キ ス は、 後 に、 《Metastaseis》が、《Philips Pavilion》の着想源となっ. も、基本的に、このフィボナッチ数の考えに倣って. たことを、語っている。10). いるため、両者の関係は明白である。このことは、音 楽家としての活動以前の、コルビュジェ事務所での 5 年間の経験が関係していることを、クセナキスと親交 のあった作家のノウリッツァ・マトッシャン(Nouritza 8). Matossian). は、指摘している。また、波動ガラス面. の設計については、十二音技法との関係を指摘したい。 十二音技法とは、アルノルト・シェーンベルク(Arnold. 図 6. 《Philips Pavilion》外観パース. 図 7. 《Metastaseis》グラフ. Schönberg)の「五つのピアノ曲」(1921)を嚆矢とす. 3-2. 3次元形態の作図. る、それまでの伝統的な音楽が持っていた調性の排除. 《Philips Pavilion》は形態の複雑さのため、「建物本. を試みた技法である。これは、1 オクターブ内にある. 体にかかわるスケッチの多くが形態をいかに決定す. という素材を、繰り返し無く用い、音. るかという点に費やされて」いた。11) 通常の平面/. 列と呼ばれる一つのまとまりを設定する。その可能性. 断面図では、3次元形態の記述として不十分なもので. は、12 != 479001600 通りあり、作曲家は、まず、. あったと思われる。そこで、クセナキスは、3 次元形. 12 の半音階. 9). 19-2.
(3) 3-4. 小結 《Philips Pavilion》 に お け る 3 次 元 形 態 の 記 述 と、 UPIC による作曲ついて、同一平面上で、複数のパラ メータを扱うという点について、類同性が指摘できる。 これは、クセナキスの経歴に起因する、数学・幾何学 に対する理解及び、図形的な表現能力の基礎があった 図 8.五つのパラメータの定義. ことが、推察できる。 4. 空間の音楽化. 準線 A''. 4-1. 音と光のイベント《Polytope》. 準線 B'. 1967 年、クセナキスは、モントリオール万博のフ ランス館のための、音と光のイベント、 《Polytope》(ポ. 基準線(GL). リトープ) を手がける。これは、フランス館中央の階. 平面(GL 上) 準線 B''. 段部分の吹き抜けを用いたもので、《Philips Pavilion》. 準線 A'. の壁面を構成していたような、鋼鉄製のケーブルが 張り巡らされた。(図 13)ケーブル上には、1200 個. 図 9.双曲放物面の作図. のライトが取り付けられており、電子制御によって、. 態を厳密に記述するため、以下の五つのパラメータに. 光源が明滅し、同時に、分散的に配置されたスピー. よって規定した。(1)2本の棒 A と B の距離(2)棒. カーによって、約 6 分間の曲が流された。クセナキ. A と B にそれぞれ、等間隔の点を打ったときの間隔 a. スが、 「私の音楽作曲経験すべてをここでは光のため. と b(3) 棒 A と 棒 B の な す 角、 φ と ω。(図 8) 双. につかった。 」13)と語るように、ここでは、空間的な要. 曲放物面の壁面は、これら、五つの変数を同時に動か. 素である光に焦点があてられていたものと考えられる。. し、曲率が定まり次第、スケッチを描いて幾何学的に. (多数の等)と〈tope〉 (場 《Polytope》という言葉は、 〈poly〉. 定着させるこで決定された。図面では、基本となる平. 所等)の2つの単語が組み合わされた造語であり、多. 面に、双曲放物面を与える準線が引かれていることが. 義性を含むものである。《Polytope》は、その後、フ. 分かる。(図 9). ランスのクリュニーにおいて、再演され、1978 年に. 3-3.UPIC による作曲. は、《Diatope》と名付けられた、《Polytope》の派生. 図 10.UPIC とクセナキス. 1977 年 に、 ク セ ナ. 形と呼べるイベントが行われている。(図 13). キスは、UPIC(ユーピッ. 4-2.「時間内」と「時間外」の概念. ク) と、呼ばれる電子. 《Polytope》の試みに対する理解のためには、クセ. 音響作成用のシステム. ナキス独自の概念である「時間内」「時間外」の理解. を 開 発 する。これ は、. が必要不可欠である。これついて、クセナキスは以下. ボードと、それに接続. のように述べている。「時間とは構造であるというこ. されたコンピュータからなるシステムで、ボード上に、. とでした。そして構造である以上、数えることが出来、. 線形を描くことで、縦軸を音高、横軸を時間とする、2. 実数を使った式にすることが出来、直線上の点で示す. 次元平面上で解析し、音響を作り出すというものであっ. ことが出来るはずだということでした。(中略)音楽は. た。音高、音の長さ以外のパラメータ(音色、強さ). 基本的に時間外であって、時間は単に音楽表現を助け. の図示については、クセナキス自身が、以下のように. ているのです。私達が考えていることは明らかに時間. 述べている。 「強さを表すためには、同じボード上に強. 外のことです。」14)音楽表現のなかで、「時間内」に該. さの包絡線を引かなければなりません。 (中略)次に音. 当するものとして、クセナキスは、音高、音の強さな. 色はどうするのでしょうか。もちろん、音色も決めなけ. どを挙げているが、これらの要素は、順序構造があり、. ればなりません。 同様にある種の曲線を1 楽節に引けば、. 物理的に厳密に計測し得るものである。つまり、クセ. それによって電子の正弦波音が得られます。 」 このよ. ナキスの「時間内」とは、人間の知覚における物理的. うに、クセナキスの UPIC における試みは、音楽上の様々. に計測し得る一種のパラメータを表し、 「時間外」とは、. なパラメータを視覚的に、同一平面上に表現すること. それらによって構築される作品自体を表すものであっ. であった。. たと考えられる。. 12). 19-3.
(4) 図 11. 《Polytope》展示. 図 12. 《Polytope》模型. 図 13. 《Diatope》外観. 4-3. 小結. メータについての 「時間内」 の概念であった。これにより、. 水野は、《Polytope》における空間と、音楽の関係. 建築と音楽を同次元において思考することができたと. について、先述の「時間内」 「時間外」の概念を用いて、. 考えられる。. 次のように説明している。「《ポリトープ》は、音楽構. 表 1.クセナキス作品の建築と音楽の関係. 造の時間原理に対して、新たに、〈空間〉を加えたと いうことになる。音楽構造における空間という次元は. 関係性の段階. 時間外原理であり、それが計測可能な時間次元に移し 替えられる」 これは、 「時間外」の概念である、 「空間」 を、物理的に計測可能な、光の位置や移動など「時間 内」の形で扱うことで、音楽表現のなかに、補完的に 「空間」を導入したものである。《Polytope》における. 音楽. 波動ガラス面. 《Metastaseis》の音価. 〈設計 / 作曲〉. モデュロール. 十二音技法. 表現. 3次元形態の作図. 創作手法. 15). 建築(空間). UPIC の楽譜. 〈図面 / 楽譜〉. 《Polytope》. 空間的要素の閃光は、発光時間や、強さなど、そのま. 作品. ま、音楽表現における、音価や、強さの設定と同様の 扱いが可能なものがあったためと考えられる。また、 《Polytope》は、知覚における視覚と聴覚の体験上の 違いを埋める試みであったと言えるかもしれない。す なわち、ある一定方向から、時間において不可逆的に 知覚される音楽に対して、様々な視点による、時間的 にも可逆的な知覚要素である、空間を、補完的に導入 したということである。 5. 結 本論における結論を、以下の三点にまとめる。 (1)《Metastaseis》の音価の決定に、モデュロール的 な発想が用いられているが、これは、クセナキスの経 歴における、コルビュジェとの恊働の影響が考えられ る。また、《Couvent de la Tourette》の波動ガラス面 の設計においては、十二音技法と類似する手法がとら れている。これらのことより、パラメータ設定におい て、建築と音楽の間の手法上の交差があった可能性が 指摘できる。 (2)UPIC による作曲と、《Philips Pavilion》の3次元 形態の作図法について、同一平面上で、複数のパラメー タを扱うという点について、類同性が認められる。 (3) 《Polytope》における試みは、 「空間」を、物理的 に計測可能な、光の位置や移動などの形で扱うことで、. 〈空間 / 音楽〉. 光の位置・移動. 時間内. 音高・音価等. 【註釈】 (1)参考文献 c)p210 より(2)参考文献 k) より(3)参考文献 l) より (4)本研究におけるパラメータとは、音楽における、音高(音の高さ)、 音価(音の長さ)、音色、音の強さ等の音を構成する要素の数値、建築 おいては、部材の寸法、角度等の要素を第一義とする。(5)参考文献 g) p92 より(6)参考文献 e) より(7)フィボナッチ数とは、F(0)=0、F(1) =1、F(n+2)=F(n+1)+F(n)で定義される数列。最初の 10 項までを示すと、 0,1,1,2,3,5,8,13,21,34,55,89…となる。n= ∞のとき、隣合う項の関係は、 黄金比による等比数列になる。(8)参考文献 d) より(9)半音階とは、隣 あう音程関係が、すべて半音で構成される音階で、オクターブを均等な周 波数比で、12 等分した 12 平均律によってつくられる音階(10)参考文献 b) より(11)参考文献 j)(12)参考文献 l)(13)参考文献 l)(14)参考文 献 m)より(15)参考文献 l)より 【図版出典】 図 1. 筆者撮影、図 2,4. 参考文献(b)より、図 3,10,13. 参考文献(d)より、 図 5. 参考文献(f)、図 6,8. 参考文献(a)より、図 7. 参考文献(h)より、 図 9. 参考文献図 i) より 11,12. 参考文献(j)より 【参考文献】 a) Iannis Xenakis 著、高橋悠治訳 : 音楽と建築 , 全音楽譜出版社 , 1975 b)H.Allen Brooks: The Le Corbusier Archive, Geland Publishing, Inc. and Fondation Le Corbusier, 1984 c) 五十嵐太郎、菅野裕子 : 音楽と建築 , NTT 出版社株式会社 , 2008 d) Nouritza Matossian: XENAKIS, TAPLINGER PUBLISHING CO., ING., 1986 e)Le Corbusier 著、吉阪隆正訳 : モデュロールⅡ , 鹿島出版会 , 1976 f)Walter Gieseler 著、佐野光司 訳 : 20 世紀の作曲 - 現代音楽の理論的展望 -, 音楽之友社 , 1988 g) セルジオ・フェロ、シェリフ・ケバル、フィリップ・ポティエ、シリ ル・シモネ共著、青山マミ訳 : ル・コルビュジェ ラ・トゥーレット修道院 , TOTO 出版 , 1997 h)Marc Treib : space calculated in seconds、Princeton Univ Pr、1996 i)Jean Petit: Le poème électronique Le Corbusier, Les Editions de Minuit, 1958 j) Olivier Revault D'allonnes 著、高橋悠司訳 : クセナキスのポリトープ , 朝日出版者 , 1978 k) 浜田邦裕、浜田ひとみ : フィリップス・パビリオンの設計プロセス , 日 本建築学会近畿支部研究報告集 , 1997 l) 水野みか子 : クセナキスの音楽と建築 , 建築雑誌 No.1480, 2001. 音楽表現のなかに、補完的に「空間」を導入したもの である。これを可能にしたのが、クセナキス独自のパラ 19-4. m)Iannis Xenakis: 我が道( クセナキス京都賞受賞記念ワークショップ講 演テキスト), 稲盛財団提供 , 1997.
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