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浪江町常福寺ボランティア活動記録
平成25年(2013年)5月2日~5日 中仏通信同窓会関東支部 田中頼子 はじめに 2011年3月11日の大地震発災後の4月2日に、車で浦和より仙台入り して以来、私は主に仙台でボランティア活動をしたが、2012年8月,9月 には、中仏通信同窓会関東支部有志と共に、南相馬市小高区光慶寺で、ボラン ティア活動を行った。 そのとき、浪江町も2013年4月には入れるようになるようなので、そう なったら、皆でまた浪江町常福寺で活動しようと話し合っていた。 今年(2013年)4月2日(3日?)、京都の本山の災害対策本部の桂正道 師より電話があり、「仙台の災害ボランティアセンターから人を出し、浪江町常 福寺でボランティア活動をする」と知らせていただいた。さっそく中仏の仲間 に浪江町のボランティアについて知らせたら、第1回目の5月3日~5日の活 動には、神谷伊勢男、久志東海、久志律、熊谷幸子、田中頼子の5名が参加す ることになった。 今回の参加者は、我われ以外に3名(高橋愛実、本多千代、木目伊知郎)、そ れにボランティアセンターの横田氏、合わせて9名での参加ということだった。 浪江常福寺の住職広畑恵順師とは、佐賀願正寺前住職の兄たち佐賀真宗伝道 懇話会の2012年11月の支援旅行のとき、相馬組のご住職たちとの懇談会 でお会いしていた。 今年(2013年)3月1日、佐賀真宗伝道懇話会主催の佐賀願正寺で開催 された震災3回忌法要とチャリティ法話会に、広畑師をお招きして、被災状況 をお話しいただいている。 事前準備 ボランティア活動するときに、事前の準備が重要なのは言うまでもない。浪 江町は、今年(2013年)4月1日に避難指示解除準備区域になり、やっと 朝9時から夕方4時まで、許可された人、車が入れるようになったほとんど無 人の地域で、他の地域のようにコンビニで昼食を買うことはできない。 食料は、すべて9名全員分持参することにして、ボランティアセンターの横 田氏とも打ち合わせをした。 ボランティアセンターのカセットコンロとやかんを借りることにした。お湯 さえ沸けば、いろいろできる。 仙台の災害ボランティアセンターのホームページに載っていた日程表だと、 作業が終わってから、風呂屋に行き、宿舎の勝縁寺会館に着くのは17時302 / 7 分ということで、買い物をしている時間はない。そこで仙台で、食料を買って 持参することにした。 いつもお世話いただいている寺田章次さんに相談したら、仙台別院近くのス ーパーに案内してくださることになった。 食料では、いつも我われのボランティア活動のために、同窓生の静岡の渡邊 昌則さんから、大量の生卵を送っていただいている。今回も快く送ってくださ ると言われ、宿舎の勝縁寺会館に5月2日着で送っていただくことになった。 また、実家の佐賀願正寺の兄嫁熊谷昭美から、総代の「北島」のお菓子を大 量に送ってくれることになった。 前回好評だった、日経新聞のレトルトカレーランキング1位のタイカレーも 用意した。作業で疲れて帰ってくるので、そんなに手をかけた料理はできない。 レトルト食品は大いに助けになる。タイカレーは成城石井で買って送ることに した。 今回の活動は、片付け、清掃だと思われたので、雑巾を大量に用意する必要 があった。しかも2年以上、人手が入っていないところなので、雑巾もゆすい でいられないくらい真っ黒になると容易に想像できた。使い捨て雑巾を大量に 用意することにして、近所の友人たちに声をかけたら、ダンボール1杯分の古 タオル、古タオルケット、古Tシャツが集まった。初日に使う分と思い、古タ オルを20cm四方に切って、スーパーの買い物袋1杯分用意して、スーツケ ースに入れて持参し、残りは宿舎に送った。このダンボールの中に、自宅で生 った甘夏みかん7個も入れた。 中仏の仲間5人とは、何度もメールのやり取りをして、打ち合わせし、団体 装備は神谷さんが用意することになった。 5月2日 朝、庭のさくらんぼを枝ごと切り、近所の友人が作ってくれた夕食4人分の 弁当を受け取り、新幹線で仙台に13時30分に着き、別院に14時ごろ到着 した。 ボランティアセンターで前田さんに受け付けていただき、申込書の原本を渡 し、首から提げる名札を受け取った。 荷物を2階の女性用の部屋に置き、別院の事務所に挨拶に行ったら、御輪番 はお留守だったが、松本さんに会うことができた。 14時30分に寺田章次さんご夫妻と久しぶりに会うことができ、自宅に生 っていたさくらんぼや土産をお渡しして、いろいろお話しした。 16時に約束していた熊谷幸子さんが到着して、一緒に寺田さんの案内で、 スーパーMORIYAに行き、カップ麺、缶詰、チーズ、インスタント味噌汁、 インスタントコーンスープ、カットわかめ、おにぎり用ふりかけ、梅干、漬物
3 / 7 類、野菜類、ジュース、牛乳、菓子パン、ベーコン、ウインナーソーセージ、 鰹節パック等々、9人分の大量の買い物をした。ローソンにも寄って、クレラ ップ大小、味塩コショウなどを購入した。ラップはおにぎりを作るとき必要だ が、前回の南相馬市小高区光慶寺でのボランティアのとき、質の悪いラップで 苦労したので、今回はクレラップと決めていた。 寺田さんに荷物を持っていただき、買い物袋まで貸していただいた。 横田さんと打ち合わせ通り、カセットコンロ2台とやかん2個、カセットボン ベの予備6本、米10kg、調味料、コーヒー、紅茶、砂糖なども用意していた だいた。 久志東海夫妻も訪問していた専能寺より到着し、18時からミーティングが 始まり、一緒に行く3名(高橋、本多、木目)の方々と顔合わせをした。 その後、友人が作ってくれた4人分の弁当や、専能寺でくださった稲荷寿司、 ずんだ餅などのお菓子も加わり、高橋、木目のお二人も一緒に夕食を摂った。 夜は2階の女性の部屋で、ウクライナから来たセーニャさんと、戦国武将の 話で盛り上がった。伊達政宗が好きという彼女の知識には驚かされた。 22時過ぎに就寝。 5月3日 5時半起床。身支度したあと、菓子パン、ジュース、牛乳、昨夜の残りなど で朝食の用意をし、6時半より久志夫妻、熊谷、田中、高橋、木目で、一緒に 朝食を摂った。 7時より、別院のお朝事にお参りした。お正信偈、御和讃は八十一丁左の『南 無阿弥陀仏ヲトナフレバ』。 お朝事の途中で、昨夜遅く仙台に着き、ホテルに泊まった神谷伊勢男さんが 到着した。 トヨタのハイエースに、荷物を積み込み、総勢9人で別院を出発した。 仙台の東部道路の山元町インターを降りたあたりで、浪江町には検問がある かと聞いたら、横田さんは許可証を忘れてきたと言い出し、ファックスで浪江 町役場から許可証を勝縁寺に送ってもらった。勝縁寺に立ち寄り、ファックス された許可証を受け取ることができて、事なきを得た。 浪江町に入り、知命寺の交差点を曲がったところに検問所があった。ファッ クスの許可証を見せて、通行した。 常福寺では、広畑住職が待っていてくださった。荷物を降ろす前に、広畑住 職より本堂、客僧部屋などを案内していただいた。土足で寺の本堂の畳の上を 歩くのは、心苦しかった。 本堂の壁は崩れ、柱は土台石からずれていたし、サッシの戸ははずれてブル ーシートでかろうじて止めてある状態だった。
4 / 7 大きな梁のある庫裡もゆがんで、大きな棒で支えてあった。水場も壊れて、 屋根が地面に崩れ落ちていた。 作業はまず、本堂の畳を上げてあるところを、埃が立たないように、新聞紙 をちぎって水につけたものを撒いて箒で掃いた。そこにブルーシートを敷いて、 外陣にあった椅子を使い捨て雑巾で拭いて積み上げた。埃で真っ黒になり、使 い捨て雑巾がどんどん無くなった。 座布団もほとんど捨てることになり、袋につめた。 本堂で目に付いたのは、『ご本山志箱』と書いてある縦長の賽銭箱だった。相 馬のお寺の多くが、江戸時代に富山からの移民で、富山から相馬に来るために、 本山から多くの支援があったのに対するご恩返しの賽銭箱のように思われた。 昼食は、カセットコンロでお湯を沸かし、カップラーメンを作った。それと 菓子パン、コーヒー、紅茶。 午後は、本堂の左側を掃除するグループと客僧部屋を掃除するグループに分 かれた。 客僧部屋の壁の漆喰が落ちていたのを、丁寧に取り除いた。ガラスも落ちて いて、薄手のゴム手袋では、危険だった。 ほこりも舞うので、マスクは離せない。 15時30分作業が終わり、帰途、 東京電力のスクリーニングを受けた。 スクリーニングとは、靴の底の放射線 量と、車のタイヤの放射線量を測るこ とで、我われ一行は大丈夫だった。南 相馬の道の駅の斜め前のホテル「高見」 で入浴。車で30分ほどで、勝縁寺会 館に帰着。到着していた静岡の渡邊さ んからの生卵と土産の佐賀の丸芳露を 勝縁寺さん、常福寺さんに差し上げた。 夕食は、タイカレー、生卵、チーズ入りオムレツ、新たまねぎのスライス、 福神漬け、らっきょう、甘夏みかんなど。野菜用のバッグが見当たらず、野菜 料理を変更した。御飯の水加減が難しいガス釜で、今ひとつ御飯がよく炊けな かった。明日の昼食用の味玉(半熟卵を麺つゆに漬けたもの)を作った。 5月4日 5時起床、御飯を炊き、湯を沸かした。昼食用のおにぎりを作り、昼食用の スープその他の用意をした。 6時半朝食。卵かけ御飯、味噌汁、オムレツ、漬物その他。 7時お朝事。勝縁寺ご住職の調声による讃仏偈、浄土真宗の生活信条。横田
5 / 7 さんが、住職に急に言われて感話を話した。 8時過ぎ出発したら、早く着きすぎて、検問所が開いていなくて,しばらく 待つことになった。検問所は9時に開く。 午前中に私が行った作業は、昨日の続き、客僧部屋の清掃、 後ろ堂の片付け、棚の整理、清掃。使い捨て雑巾がすぐ真っ 黒になるので、いくらあっても足りないくらいだった。 休憩時に、佐賀からのケーキが好評だった。昨年、7,8, 9月にボランティアに行った南相馬市小高区光慶寺住職白江 順昭師が、我われが来ていると聞いて、会いに来て下さった。 昼食は、おにぎり、コーンスープ、ミニトマト、味玉、コ ーヒー、紅茶など。 午後の作業も午前中の続き。 15時30分作業を終えて、帰途、昨日と同じく東京電力のスクリーニング を受けた。勝縁寺住職より券をいただいた「ゆっさ」で入浴。 夜は、浪江常福寺のご住職に、勝縁寺近くの清寿司に招待していただいた。 勝縁寺、原町常福寺の住職方、勝縁寺坊守さんも参加された。寿司屋なのに、 餃子、スパゲティも出るおもしろい食堂だった。住職方、坊守さんと多くのこ とを話し、楽しい夕食会だった。 本多さんが、おじいさんが危篤ということで、急遽、東京に戻った。広畑住 職が福島経由で仙台まで、浪江常福寺の坊守さんの運転で送り、夜行バスに間 に合ったそうだ。 勝縁寺会館に帰宅後、明日の昼食用の味玉を作った。 5月5日 5時半起床。御飯を炊き、味噌汁用のお湯を沸かした。おにぎりを作り、昼 食の用意をした。 7時お朝事。昨日と同じように、勝縁寺住職の調声で讃仏偈を一緒におつと めし、浄土真宗の生活信条を称えた。横田さんが、今日は法話をした。 今日はお朝事後に朝食を摂った。朝食は、卵かけ御飯、味噌汁、エリンギとベ ーコンのマヨネーズ炒め、ウインナ炒め、オムレツ、漬物他。 8時30分勝縁寺発、浪江常福寺に9時15分着。 午前中の作業は後ろ堂の続き。外陣に置いてある祠堂札やソファーなどを動 かし、清掃。経机、香炉などの清掃。使い捨て雑巾作り。 昼食は、カップ麺の残り、おにぎり、味噌汁、漬物、味玉、きゅうりの味噌 付けなど。常福寺住職、坊守さん、御門徒のおじさんも加わった。 浪江町役場の仮設のトイレに行った時、役場の広場にクレーン2基でワイヤ ーを張り、鯉のぼりが高々と上がっていた。こどもの日に、浪江町を離れた浪
6 / 7 江の子供たちをはげますためのもので、人々の気持ちを考えたら、涙が出てき た。 午後の作業は、午前中の続き、早め に切り上げて、広畑住職が浪江町の中 心部や海岸に案内してくださることに なった。 浪江町は、福島第一原発から10k m圏内なので、原発事故直後に全町民 に避難命令が出た所だ。 町民は、2,3日の避難だろうと思 っていたそうだが、避難した日から、 2年以上、町には入れなかった。 案内していただいた町の中心部の商店街は、無人のまま、日常生活がそのま ま凍結されているようだった。 荒物屋さんでは、竹かごが店の中に転がっていて、広畑住職が「ここの主人 は竹細工が上手だったですよ」と言われた。 浪江駅には、自転車が何台も停めてあった。 中心部の商店街では、倒壊した家屋も あちこちに見られた。道も割れていた。 海岸部では、車や船がひっくり返ったま まで、2年前に、仙台市宮城野区の、津 波に襲われた専能寺に行った時のこと を思い出した。 無人の街を歩いていたら、40年ほど 前のアメリカ映画「渚にて」を思い出し、 核戦争後、無人となったニューヨークや ロサンゼルスの町並みに浪江町が重なった。 海岸部では、大津波で100人くらい亡くなったと広畑住職に伺い、粛然と した気持ちになった。いたるところに、 津波の引き浪で、家屋が持っていかれ、 土台だけになった家々が見られた。 海岸部は福島第一原発から5kmの ところで、はるかに原発のある場所が視 認できた。大災害を起こした原発と思う と、平静ではいられなかった。海風が強 く、海岸では、放射線量はそれほど高く なかった。
7 / 7 海岸部から帰途、また東京電力のスクリーニングを受け、熊谷さんと一緒に 広畑住職の車に乗せていただいて、約2時間後、仙台に戻った。 18時からのミーティングに出て、浪江の感想など話した。広畑住職もミー ティングに参加されて、いろいろ話された。 久志家の車に乗せていただいて、仙台駅に行き、20時7分発の新幹線で帰 宅した。 反省点、気づいた点 ①食料の箱をキープし、食料はすべてその箱に入れること。 寺田さんに借りた袋で、野菜を行方不明にさせて、予定の献立ができなかった。 ②使い捨て雑巾をもっと持ってくるべきだった。 全然足りなかった。常福寺で出してくださったタオル類をせっせとはさみで切 って、急遽作った。 ③祠堂札を扱うときは、ゴム手袋ではなく、布の手袋を使うようにする。 ④自分用のシーツ、枕カバーは、必要なかった。ボランティアセンターから持 ち込んであった ⑤ゴミ袋は、特に指定のものを使う必要はない。無人に近い浪江町は、分別し てゴミ収集できる状態ではない。 ⑥はさみ、スライサー、ゆで卵用道具、タイマー、大小タッパー、マジックペ ン等、普段使っているものを持っていった。 ⑦食事の後片付けは、男性たちがしてくれたのがよかった。 ⑧朝食は、お朝事の前に摂った方がよいと思った。お朝事の後、後片付けをし、 昼食の支度を整え、出発準備をした方が、時間的に余裕ができる。 以上