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日本手話話者と中国語話者の日本語リテラシー ―表記と文法に着目して―

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全文

(1)

要 旨

 本稿では、孤立語あるいは孤立語的側面をもつ言語を母語とする日本語学習者の日本語 学習における課題を明らかにすることを目的とする。具体的には、中国語を母語とする成 人日本語学習者と、日本手話を第一言語とする小学校6年生および中学生のろう生徒のリ テラシーを取り上げる。両グループの日本語の手書き作文を比較対照し、表記と文法上の 誤用例を各100例収集した。両者の表記上の誤用は、文字混同、造字、送り仮名、順番混同、

清濁記号、語中文字、ひとます詰め、に分類され、その点では共通性が見られた。しかし、

第一言語が音声言語か否か、漢字が共有されるかどうかに起因する差異が存在した。一方、

文法誤用に関しては、多くが助詞と動詞の活用に見られる点は両グループとも一致した。

しかし、ろう生徒には見られるが中国語話者には見られない誤用がある一方、成人中国語 話者には高度な文型の中での誤用が多いなどの差が見られた。最後に、表層に表れた誤用 例を分析するとともに、より根幹に留意することの重要性に触れた。学習者の言語と文化 に根付いた学習過程を視野に置いた言語教育の重要性が示唆される。

 

【キーワード】

 ろう者、中国人、ろう生徒、リテラシー、表記、文法

1.はじめに

 本稿では、日本手話話者(以下、ろう者)と、中国語母語話者(以下、中国人)とによって 書かれた日本語作文を対照させることによって、両者の日本語習得の一端を解明すること を目的とする。なぜこの両グループの人々の対照かという点については、ふたつの理由が ある。第一に、両者ともに、漢字が得意分野であるという点がある。第二に、中国語は類型 論的に見れば孤立語であり、日本手話にも孤立語的な側面があるため、膠着語である日本 語を学習する上で、文法面の誤用に共通性が起きやすいとみなされているという点がある。

 本稿では中国人とろう者による日本語の手書き作文から誤用例を収集し、その比較対照 をおこなう。誤用の要因は必ずしも、第一言語(以下、L1)である中国語/日本手話と対照 言語である第二言語(以下、L2)の日本語との構造的差異だけによるものではなく、日本 語の構造自体の複雑さや教材、教授法などがからまっている。しかし、教師の訂正を経る 前の手書き作文を見ることで、実際に両者による、どのような日本語使用が起きているか の一端を捉えることは可能である。中国人データは、国立国語研究所作成の「日本語学習 者による日本語作文と、その母語訳との対訳データベース(ver.2)」の中の手書き作文から 得た。

―研究論文―

日本手話話者と中国語話者の日本語リテラシー

―表記と文法に着目して―

佐々木 倫子・岡 典栄

(2)

 L1の中国語が十分に発達したうえで外国語としての日本語を学ぶ中国人グループに対 して、ろう者グループは、ろう学校の小学部6年生から中学部の生徒たちである。以後、彼 らをろう生徒と呼ぶ。ろう生徒の本来のL1である日本手話を授業言語とするろう学校は、

2014年現在の日本において1校しかない。他の学校は日本語を主たる授業言語とする。そ の日本語は、必ずしも音声言語ではなく、書記言語は無論のこと、指文字、口形、手話単語 などが使用されるが、いずれも日本語である。しかし、唯一日本手話と書記日本語のバイ リンガルろう教育を行う、小中一貫校の私立ろう学校があり、本研究では、その学校の上 級生である、小学部6年生および中学部の生徒の手書き作文を用いる。最初に生徒が手書 きした作文からデータ収集する方法をとった。ろう生徒は聴覚に重度の障害を持ち、音声 言語を耳から聞いて自然習得することはできない。彼らは、年齢相応のL1である日本手話 能力を持つが、将来の日本社会への十全たる参加を考えて、日本語の読み書き能力の育成 は必須である。従って、中国人グループは成人の日本非居住者、ろう者グループは12歳か ら15歳の日本居住者と、年齢も言語環境も異なるグループの対照となる。しかし、L2とし ての日本語の書記を見るという点では同一条件となっている。

2.表記

2.1 ろう者にとっての日本語表記

 最初に、リテラシーの基本である表記を取り上げる。日本語の表記システムは、(点字を 別として)ローマ字、平仮名、片仮名という表音文字と、漢字という表語文字の4種類の文 字体系がそれぞれ異なる特徴と機能をもって組み合わせて使用される。そのためどの母語 を持つ学習者にとっても複雑で困難であるとされ、わけても複数の読みを持つ漢字は最難 関とされている。そんな中で漢字を得意とするとみなされるのがろう者と中国人である。

両者が漢字を得意とする理由は異なっており、ろう者はビジュアル・リテラシーの高さ、

中国人は母語が漢字系であることが理由として挙げられる。

 それでは、ビジュアル・リテラシーの高いろう者にとっては、漢字は学習しやすい言語 項目なのだろうか。ろう者は、視覚言語である日本手話という、通常の言語類型論の枠組 を超えた言語をL1とする。手話には書記言語がなく、二次的に考案された表記システムに 決定打はない。つまり、日本手話の使い手であるろう者は、表記システムのないL1を持つ 人々である。

 さて、大北(2005:410)はL2としての漢字学習において、「漢字圏、非漢字圏を問わず 漢字の読みに注意を払わない学習者は漢字学習成績が良くなかったという報告があり、漢 字学習には読みの学習も重要であることがわかっている」とする。漢字は表語文字といわ れている通り、実験心理学では「中国語でも日本語でも漢字認知には字形および音韻の双 方が必要であることがわかってきている」としている。

 しかし、上記は聴力のある人々の言語習得の流れである。生まれながらに音のない世界 で育つろう生徒の場合、音韻なしの習得は当然のことである。ただ、漢字の90%以上が形 声文字である中で、音のない中での習得というハンディは大きいだろう。視覚に集中する

(3)

ので、象形文字に強いことは確かだが、象形文字が漢字全体に占める割合はあまりに小さ い。ろう者は表記システムのないL1を持っているのに、L2である日本語の表記を学びつ つ、それを通して語彙・文法を理解し、表出し、文化を理解していくことを身につけなけれ ばならない。そして表音文字については、拠り所となる音声がない上での学習である。無論、

指文字などを駆使して、五十音図を覚えることはできるし、それは母音の口形の定着、辞 書の使用、動詞の活用などに必要である。しかし、音を伴わない五十音図であることは常 に認識されている必要がある。では、次節において、具体的な誤用データに入っていきたい。

2.2 表記誤用の採取手順

 最初に、本論での「表記上の」誤用に含まれないものを挙げておく。すなわち、「×は誤 用例、〇は正答」だが、「×緊張な生活←〇緊張した生活」「×続いて←〇続けて」のような 文法上の誤用例は除外する。ろう生徒作文は6年生の作文から、中国人作文は最初の作文 から順々に誤用を採取した。採取誤用例は両グループとも100例に達した時点で止めた。

その時点で、ある程度の傾向がつかめたという感触を得たためである。作文の書き手は異 なり人数で、ろう生徒は20人、中国人は86人である。

2.3 表記誤用の要因分類

 得た100例を、表記上の誤用の要因から分類したのが下記のふたつの一覧表である。ろ う生徒データが、計103例、中国人データが計104例となるのは、「来末←未来」(文字混同

+順番混同)などの複合要因例があるためである。

表1 ろう生徒に見られる日本語誤用の要因

(網掛けは、頻度数の高い項目)

文字混同 30

数 例1 例2 例3

  片仮名 4 バッツ

←バケツ

フィルピン

←フィリピン

コミューンケーション

←コミュニケーション   平仮名 3 大活かつ

←大活やく

かんそく

←かんとく

  漢字 22 眼る←眠る 尼←足 文北←文化

  片仮名・平仮名 1 ダマされる

←だまされる

造字 17

  片仮名 1 ミチコのミが鏡文字   漢字 16 赤(上部が「土」で

はなく1画多)

物語(「語」のつくり の第一画無)

金 閣 寺( 閣 の 各 が

「名」)

送り仮名 22

  仮名欠落 18 助て←助けて 恐しさ←恐ろしさ 周に←周りに

(4)

  仮名過剰 4 怒こった←怒った 来きました

←来ました 別かれ←別れ

順番混同 14

  片仮名 3 テホル←ホテル ラメーン

←ラーメン   平仮名 5 わした←わたし ずっーと

←ずーっと たんかん←かんたん   漢字 6 幹新線←新幹線 馬絵←絵馬

清濁記号 13

  片仮名 10 ペット←ベッド チャレンシ

←チャレンジ ドランプ←トランプ   平仮名 3 ひまづし

←ひまつぶし がんはれ←がんばれ きにしずきる

←きにしすぎる

語中文字 4

  仮名欠落 3 コミュケーション

←コミュニケーション   仮名過剰 1 どうこ←どこ

ひとます詰め 3

  数字 3「1000」を1ますに 「1:00」1ます 「1.2」1ます

表2 中国人に見られる日本語誤用の要因

文字混同 57

数 例1 例2 例3

  片仮名 5 ストリス←ストレス ニクチン←ニコチン スマーキング

←スモーキング   平仮名 3 わろいものか

←わるいものか

鳴がして←鳴らして

(発音要因大)

  漢字 43 吸煙者←喫煙者 説したい←話したい 社会間題←社会問題   漢字・平仮名 3 曽って←かって 非道い←ひどい

  平仮名・片仮名 1 リンご←リンゴ

  片仮名・漢字 2 セビロ←背広 木テル

←ホテル(字形要因)

送り仮名 20

  仮名欠落 14 確に←確かに 訪る←訪ねる 祈←祈り   仮名過剰 6 削ずった←削った 振り返えって

←振り返って 帰えって←帰って

語中文字 1

  仮名欠落 5 ター←タール ちょちん

←ちょうちん

スモキング

←スモーキング

(5)

  仮名過剰 6 ギョーザー

←ギョーザ 含ふむ←含む ウェーディング

←ウェディング

清濁記号 9

  片仮名 2 ごタハコ←おタバコ

(注)接頭辞はここで は扱わない

アニメ―ジョン

←アニメーション   平仮名 7 おおせい←おおぜい できるたけ

←できるだけ

子供をづれて

←つれて

順番混同 4

  片仮名 1 テブール←テーブル   平仮名 1 かこっいい

←かっこいい

  漢字 2 毒害←害毒 介紹←紹介

ひとます詰め 2

  平仮名 1 大みそか

(「みそか」1ます)

  片仮名 1 ギョーザ

(「ギョ」が1ます)

造字 1

  漢字 1(親が偏のみ)友

←親友

2.4 表記誤用の特徴

(1)漢字の混同

 表1と表2を見比べて、まず目につくのが文字混同、わけても、漢字の混同の頻度の高さ である。ろう生徒データには表中の例示以外に、「×心酸←〇心配、×人らなく←〇入らな く、×北野袖社←〇北野神社、×矢敗←〇失敗」などと続く。これを見ると、当然のことで はあるが、読みも意味もまったく関係がない漢字を書いていることがわかる。混同要因は、

形の類似性にしぼられ、それがかなり基本的な漢字にまで及んでいる。さらに、漢字の造 字の多さもろう生徒の特徴である。1画多い、少ないといった例が多く、細部まで正確に 覚えていない、あるいは、表現しないことが露呈している。漢語を大ざっぱな画像でとら えている様子が想像される。ここに手話のコミュニケーション・ストラテジーの応用を見 ることができるのではないか。ろう者はお互いの自然な手話運用において、ひとつひとつ の手指単語の文法要素をすべてきちんと示すというより、表示すべき主要な要素以外は流 れるようなくずし方をおこなう。それが漢字使用においても出現していると思われるので ある。

 一方、中国人データはどうか。漢字の混同は実に多いが、「×欧美←〇欧米、×机会←〇

(6)

機会、×若物←〇若者、×限制する←〇規制する」など、中国語からの転移によるものが大 半である。中国人学習者には、中国語漢字と日本語漢字の違いに注意を喚起する必要性が 高いことを示唆している。

(2)仮名欠落

 両者ともに漢字混同に続くのが、送り仮名の仮名欠落の問題である。仮名を過剰使用す るよりも欠落が多い点が両グループに共通している。その要因であるが、両グループの話 者ともに、漢字があれば意味が伝わる、せいぜい最初に出現する漢字と最後に出現する平 仮名は押さえておくという感覚が払しょくできないのではないだろうか。これはろう者の 指文字使用などとも共通するコミュニケーション・ストラテジーでもある。例えば、手話 単語ではなく、指文字で「コミュニケーション・ストラテジー」と15字・記号すべてを示す ことは、きわめて長ったらしく、スムーズなコミュニケーションの流れに水を差す。お互 いに文脈が共有されているときには、始めの文字や最後の文字はしっかりと示しても、あ とは流れるように軽く示せばよいと考えられることも多い。それらが、仮名欠落につながっ ていると思われる。

(3)表示の厳密性のずれ

 清濁記号の混乱であるが、ろう生徒の場合は中国人と異なり、発音の影響はまったく考 えられない。フールとプールの発音の違いを実感しない場合、その差は印刷の傷にも見え るような小さな丸の有無に過ぎない。そこに大きな意味の違いが生じることを実感するこ とは難しい。手話を知らない聴者が、手話の文法において、目の見開きがあるかないかで 意味がかわってくる(岡ほか 2011:27)ことを実感するのが難しいのに近い。そして中 国人の誤用には、音声言語という側面を共有するがゆえのL1からの転移が清濁記号の混 乱に見られる。

 以上、表記誤用を見てきた。ろう生徒、中国人、ともに、L1の転移が見られるが、決して 同様の教授法によって、苦手分野が克服できるわけではない。

3.文法

 文法に関しては誤用のうち、多くの部分を占める助詞(特に「が」、「を」、「に」)および用 言の活用の誤用をとりあげる。助詞の欠落は孤立語である中国語母語話者に特徴的な誤用 であると見られている。程(1999:41)では「孤立語(isolating language)である中国語を 母語(native language)とする中国語話者にとって、膠着語 agglutinating language)で ある日本語の格助詞の習得はとくに困難である。」と述べられている。また格助詞の中では 学習歴7年のグループと2年のグループに「共通した誤用は、[に][を][が]の3つの格助 詞である。これは、これら3つの格助詞の習得が、学習レベルの高低を問わず、中国語話者 とって(ママ)難度の高いものであることを示していると言えよう。」(程1999:43)との 指摘がある。同様に日本手話においても助詞(あるいはそれに相当するような名詞の格変

(7)

化形)は存在しないため、その欠落および誤用は多い。

 活用においても、ろう生徒は日常生活の中で活用形を聞いて身につけるということは不 可能なので、すべて意図的に学習することによって身につけて行くしかない。音を利用し ない(できない)ということからは、音便形の誤用が多いことが予想される。例えば、「歩っ て」のような形(彼らは「あるって」という言い方を聞いたことはない)や、「見って」のよ うに促音が不要な活用形への促音の挿入などが実際に見られるが、中国人学習者は実際に 活用形を音声で聞くことができるので、音便形の活用の誤用は特に多くはみられないので はないかと予想された。以下に実際の誤用例を見ていく。

3.1 助詞の誤用

 誤用全体における助詞の誤用は以下のとおりである。助詞の欠落も多く見られるのでは ないかと予想していたが、分析に足るほどの数が見られなかったため、本稿では助詞の誤 用のみを取り上げる。

表3 助詞の誤用

  誤用総数 助詞の

誤用総数

「が」の 誤用

「を」の 誤用

「に」の 誤用

助詞の誤用における

「がをに」率 ろう生徒 122 39(31.9%) 5 10 7 56.41%

中国人 115 20(17.4%) 7 4 4 75.00%

 ろう生徒の誤用の中では助詞の誤用は30%を越えており、誤用の中で目立つことがわか る。中国人の誤用における助詞の誤用率は20%以下であるので、ろう生徒の方が助詞の誤 用が多いことはあきらかである。その中で、認知的にももっとも基本的な格標識である主 格、目的格(直接目的:もの)、および目的格(間接目的:人)をあらわす「が」「を」「に」に 注目すると、それらの誤用率はろう生徒で、56.4%、中国人では75%と助詞の誤用の大半 を占めていることが分かる。つまり、助詞に関して言えば、「が、を、に」が正しく使えるよ うになると、誤用が大幅に減少できることになる。

(1)ろう生徒の誤用の特徴

 ろう生徒の誤用の中では「を」の誤用が最も多い(10例)。続いて「に」(7例)で、「が」が 一番少なく5例である。

表4-1 ろう生徒の誤用(を)

ろう生徒「を」の誤用(10) 正用 誤用の原因 サンセットを見えなかった が 自発の主体

見学を行きました に 移動の目的

障害者のきもちをわかったと思う が 状態述語の対象

(8)

間違えたところを置くと に 帰着点

妹はおかしをすきです が 状態述語の対象

剣道をきびしい稽古しました の 所有格

数学をむずかしい。 は 状態述語の主体

広島をついて に 複合辞

意見できかずをやる に 動詞否定形の付帯

車に行って船を乗りました に 帰着点

 「を」の誤用の中には、「サンセットを見えなかった」「障害者のきもちをわかったと思う」

「妹はおかしをすきです」および「船を乗りました」のように日本語において述語が目的語 に「を」をとらない例がまとまってある。その他の「を」の誤用は「見学を行きました」「間 違えたところを置くと」「剣道をきびしい稽古しました」「数学をむずかしい」「広島をつい て」で、それらに通底するような誤用の法則は見つけることができない。

「に」、および「が」の誤用例は以下のとおりである。「に」の誤用は、場所をあらわす「で」

との誤用が数例あるが、それだけに特定されるわけではない。

  表4-2 ろう生徒の誤用(に)        表4-3 ろう生徒の誤用(が)

「に」の誤用(7) 正用 「が」の誤用(5) 正用 家に出かけた時 から 〇〇ちゃんはAKB ダンスをします。 の

ともだちに増えました。 が 目 さまして時、 を

ぼくにマネしないほうがいい の 楽しさ もうすぐにわすれてしまうだろう を

プールに、遊んで で ミス やってしまった を

車に行って船を乗りました で もう一つ あります ー

海に遊びました で

お兄ちゃんと私にWii一緒に

しました は

また、「が」の誤用の多くは本来「を」を使うべきところに「が」を使っている。基本的に文 中の一番初めの語の後では「が」を使っているように思われる。

  

(2)中国人の誤用の特徴

 中国人の助詞の誤用の中で最も多いのは「が」である。これは杉村(2010)の結果とも一 致している。「が」の誤用には難易度が高い文例における誤用と単純な誤用が混在してい る。ア、イは名詞修飾部の中にある「が」である。ウとキは述語が「に」を要求する例である。

エはもともと「病気にかかりやすい」の「かかりやすい」という語が習得できていないとい う要因があるようである。オとカでは目的格の「を」を「が」と間違っている。オとカは同 一人物による誤用ではないが、同じ「が」の誤用でも習熟度による差が見られる。例えば、

(9)

オの筆者には「が」自体が誤用であるとは認められないとしても、「が」を含む表現の中に、

他の誤用も多い(たばこの歴史は何百年 あった、肝癌 かけやすい、権利はだれにもあっ て 、たばこの吸う人 たくさんいる)。それに対し、正用は2例にとどまる(たばこ 発現 されてから、人 疲れたときは)。カの筆者は基本的に「吸殻 勝手に投げて」の例を除いて、

「が」を含む誤用はもう1例しかない(いま、世界で毎年たばこによって死んだ人 ずっと 増える)。これも「が」の誤用と言うよりは、「死んだ」の時制の間違いと言えよう。それに 対し、正用は7例ある。そうであれば、目的格に「が」を用いたという同じ誤用であっても、

その修正のしかたの指導は異なるものになるべきだろう。

 

表5-1 中国人の誤用(が)

  中国人の「が」の誤用(7)

ア たばこが吸わない人に対する悪影響は吸う人の倍以上だと分かった。

イ 日本人女性がたばこに対する平気さも不思議に思った ウ たばこの匂いが吸う人が慣れているので、

エ 肝癌がかけやすい オ たばこが禁止する カ 吸殻が勝手に投げて キ 考え方が贊成する

  表5-2 中国人の誤用(に)       表5-3 中国人の誤用(を)

「に」の誤用(4) 正用 「を」の誤用(4) 正用

親友に訪ねる日 を お金をかかります が

家に訪ねに行く を 意見を賛同します に

心の中にお正月 の 意見を贊成する に

生命にあぶなくなる が 悪いことを言われている と(引用)

「に」および「を」に関しては「訪ねる」の目的語は日本語では他の動詞同様「を」を取るが 到着地点のように「に」と間違える、また「賛同する」では目的語に「に」を取るので、その ために誤用が発生しやすいと考えられる。それは異なる筆者に同じ誤りが複数例みられる ことから推測される。

3.2 活用の誤用

(1)ろう生徒の誤用

 まず、想定された音便形の誤りを調べてみた。採取されたのは「迷んで、見って、食って

(「くって」ではなく「たべって」と推測される)、歩って、着いました」の5例である。活用 の誤用は36例あったので、全体の13.8%である。他に複数例あったのは、否定辞に接続す る際の活用の誤用で、「おかしをあげくない、行くない、失敗しせずに、行なく、許しない」

(10)

の5例がある。形容詞の活用の誤用として、「つまんないでした、きれかった、面白いかっ ました、楽しかっました」の4例がある。 

 ろう生徒に特徴的な誤用として、「です・ます」への接続形式の誤用がある。動詞の述語 は「ます」に、名詞・形容詞の述語は「です」に接続することによって文末の形式が達成さ れるが、ろう生徒の誤りの中には、その選択が正しく行われていないものが多い。それは 彼らの動詞/名詞・形容詞という品詞の区分が不明瞭であることに起因するのかもしれな い。日本語母語話者も小学校段階ではあまり品詞の別に注意して書くことは求められない が、日本語の母語話者であれば、終止形にもっていく文の終わり方は日常生活の中で繰り 返し聞いている。しかし、ろう生徒の場合は耳から入ることはないので、品詞の区別がつ いていないと「です・ます」のいずれの形式と結びつけたらいいのかはそう容易に判断で きない可能性がある。誤用例は以下のとおりである。

表6 ろう生徒の誤用

誤用 正用(です) 誤用 正用(ます)

つまんないでした つまらなかったです

/つまりませんでした つかれたでした つかれました きれかったです きれいでした もらったです もらいました

ゆれるだなぁ ゆれるなぁ 行くです 行きます

ひどいだ ひどいです ちがうです ちがいます

わるいだわ わるいです ゆれるです ゆれます

まだねるです まだねます

(2)中国人の誤用

 中国人の誤用にも音便形の誤用はかなり存在した。「降って(〇降りて)、着っている、捨っ てしまいました(〇捨ててしまいました)、吸いている、継いて(〇続けて)、吸いている(前 出とは別の筆者)」の6例でこれは活用の誤り総数34例の中で17.6%を占める。その率はろ う生徒の誤用よりも多く、予想外であった。音便形の誤りはその正しい形をどのくらい聞 いたことがあるかないかに拘わらず、学習者の誤用として多く存在すると言えよう。

表7 中国人の誤用(音便形活用)

中国人の活用の誤用(文法) 正用 誤用の原因

吸い始まっても 吸い始めても 自他動詞

見されている 見られている 受け身 

吸れば 吸えば 活用形

吸わないべき 吸わないようにするべき 動詞否定形+べき

作ったので 作られたので 受け身 

(11)

作り出しました 作られました 受け身 

聞かれば 聞かれれば 受け身 

死なれてしまった 死なせてしまった 使役 

権利はあってが 権利はあるが 接続活用

言わられる 言われる 受け身の活用形

吸わなくて 吸わずに、吸わないで 否定形

守りべきだ 守るべきだ 動詞+べき 

金を学校の施設を増しいけば 増やせば 活用の誤用

学校に入られない 入れない 可能動詞 

伝えた 伝わる 自他動詞 

見える 見られる 可能動詞 

覆っている 覆われている 受け身

批判られるべきだ 批判されるべきだ 受け身の活用形

 中国人の誤用の中にはろう生徒の誤用に見られなかった高度な文型の中での誤用が多 い。すなわち、受け身、使役、可能動詞、およびモダリティ表現である「べき」につなげる形、

およびそれらの組み合わせにおける誤用である。このレベルの誤用はろう生徒ではあまり 見られない。他方、「悪い結果にたる」「元気をかける」等活用の誤りではないが、動詞の意 味自体がよく理解できない誤用もあった。

4.文法関係の誤用に関する考察

 中国人・ろう生徒の双方において、助詞および活用の誤用は多い。助詞の誤用はろう生 徒においてより顕著である。ただし、助詞の中で中核的な役割を担っている「が、を、に」

の誤用を修正することができれば、助詞の誤用は大幅に減ると考えられる。したがって「が、

を、に」の中心的な意味範囲とその使用をしっかりと習得できるようにする指導は効果的 であると考えられる。

 動詞の活用形の中で「テ形」の音便形の誤用がろう生徒、中国人ともに同程度存在する ことがわかった。ろう生徒の場合は、聞いて覚えることができないので、動詞の原形から 音に頼らずに正しい音便の形式が導ける指導が必要となろう。中国人学習者にとっても同 様の方略が可能かもしれない。

 ろう生徒には頻発するが、中国人にはない特徴的な誤用として、「です・ます」につなぐ 形の誤りがある。これについては述語の品詞がなんであるかを把握し、それに見合う形を 作っていくという意識的な練習が必要かもしれない。それに先立って、母語である日本手 話の品詞の区分を学び、それと対照するかたちで日本語の品詞の区分を学ぶというような 学習が有効かもしれない。

 ともに母語に日本語のような格関係を表す後置型の接辞(助詞)を持たないことから、

(12)

中国人とろう生徒の双方に助詞の誤用が発生することは確かだが、中国人には「が」の誤 用が多く、ろう生徒には「を」の誤用が多いというような違いがある。必ずしも双方に共通 に使える指導法があるわけではない。

 明示的、意図的な日本語学習は小学校高学年以上の認知レベルに達していなければ、不 可能あるいは妥当ではないかもしれないが、ろう生徒たちがそれまでにL1における言語 意識を十分に発達させておけば、対照言語学的な方法を含め、意識的な日本語学習がより 効果的に進められると思われる。

5.まとめ

 本稿では、表記と文法の誤用に注目して、手話話者と中国語話者の日本語リテラシーを 考えた。しかし、表層に表れた誤用例を分析するとともに、より根幹に留意することを忘 れてはならない。

 表記システムのない音声言語をL1とする、かつてのアイヌの人々は口承文学を発展さ せた。オング(1991)は声の文化と文字の文化を対比し、数々の興味深い分析を行っている。

「およそことばによる表現の根底には声としてのことばがひそんでいる」(p.26)にも関わ らず「読み書きができる人は、読み書きを知らない純粋に声の文化に属する人びとにとっ てことばがどういうものであるかということを、十分に想像することができなくなってい る。」(p.34)と指摘する。つまり、読み書きを知ることで、口頭で物語をつくりあげる過程 が邪魔されるようになるというのである。確かに、文字の文化を持つ者から見ると、オン グが指摘するように、一次的な声の文化では、「思考と表現が (1)累加的であり、従属的で はない、(2)累積的であり、分析的ではない、(3)冗長ないし「多弁的」、である」と感じさ せられることがある。

 そして、上記はろう文化にもあい通じる共通性ではないか。手話語りには、「それから、・・・

それから、・・・」「そして、・・・そして」と、次々とエピソードを加えていく語りが多い傾 向があるように感じられる。「Aであった。」と聞いて、「なぜAなのか?」「なぜならば・・・」

という分析的な流れではなく、「Aであった。」と語る相手の手話に、「そうか、Aであった のだ」と手話で返し、「そしてBであった。」と続ける相手に、「そうか、Bであったのだ」と 累積的に続けていくことが手話会話の自然の流れであることも多いのではないだろうか。

繰り返しが多用され、短文の積み重ねが多用されるときに、主要な要素以外は適当に崩さ れたり省略されたりするのは自然な成り行きだろう。それが表記や助詞の誤用や欠落、活 用の誤用として出現するのではないだろうか。

 一方、L1が孤立語である中国語話者にとって、助詞や活用形にまで留意することが言語 の根幹に関わることとは実感できないのではないだろうか。言語の根幹は、内容語の選択 にあると感じられるのではないか。日本手話話者、中国語話者の両グループのデータは、日 本語教育における、学習者のL1言語と文化に留意することの重要性を改めて示している。

L2である日本語の構造の正確な定着のみを究極の目的とする一方的態度を捨て、学習者の 言語と文化に根付いた学習過程を視野に置いたプログラムのさらなる開発が望まれる。

(13)

付記

 本稿は2014年11月15日に行われた第10回国際日本語教育・日本研究シンポジウム(香 港大学)での口頭発表に大幅に加筆したものである。

 本論文の執筆は著者2人の討議のもとに進めたが、佐々木が1節、2節、5節、岡が3節、

4節の主担当となっている。

 

謝辞

 本研究は、科学研究費助成事業(学術研究助成基金助成金 基盤研究(C)「ろう児の書 記日本語教育におけるマルチリテラシーズ概念の有用性」平成24年度-26年度 研究代表 者:佐々木倫子)の研究成果の一部である。

参考文献

大北葉子(2005)「文字教育と学習者の意識」『新版日本語教育事典』大修館書店,410-411 岡典栄・赤堀仁美(2011)『日本手話のしくみ』大修館書店

オング, W・J(1991)『声の文化と文字の文化』藤原書店

木村晴美・市田泰弘(2014)『改訂新版 はじめての手話』生活書院

杉村泰(2010)「コーパスから見た中国人日本語学習者の格助詞に関する問題点について」

『言語文化研究叢書』9(名古屋大学大学院国際言語文化研究科),137-152 鳥越隆士(2008)「手話の獲得」『新・子どもたちの言語獲得』大修館書店,231-258

程 远巍

(1999)「第二言語としての日本語の習得に関する考察:格助詞の誤用を中心とし て」『人間文化学研究集録. 1999, 8』大阪府立大学,41-52

参考サイト

(2015.1.10最終検索)

市田泰弘 手話文法研究室 http://slling.net/intro/intro1.htm 厚生労働省平成18年身体障害児・者実態調査結果

http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/shintai/06/index.html

参照

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