「イノベーターのジレンマに関する一考察」
―日本の事例研究による検証を中心にして―
牧 浦 健 二 ・ 牧 浦 昭 夫
概要 本稿は,Christensen が主張する「イノベーターのジレンマ」について,炊飯器と オーブントースターを経験的基礎として,検証する。2
つの家電品は日本の日常生活では馴 染みのあるものであり,国内メーカーにより技術革新が繰り返されてきた。 このイノベー ションが,最終使用者のニーズに対応した,企業による製品開発の過程であったことを明ら かにする。
キーワード クリステンセン,イノベーターのジレンマ,革新と改革 原稿受理日 2014年6月15日
Abstract In this paper, we inspect the Christensen’s theory of innovator’s dilemma for weakpoints according to Japannise experiments. We learn these experiments from rice-cooker industry and toaster oven industry. We use often these household electric appliances. These electric appliances made different versions through tech- nological renovations. We confirm that these renovation attempt the solutions of the job of end users by new product developments.
Key words Christensen, innovator’s dilemma, innovation and renovation
※ 本稿は,牧浦昭夫が作成し,牧浦健二が図表を校正した。2
人は,目下,米国の Christensen,
ドイツの Nicklisch を経営学説史として研究しているが,彼らが「生産プロセス」を検討したと いう共通点に気づいた。そこで,共著として,本稿を公開することにした。
序 章
1 問題意識
日本の企業は,1991年のバブル経済の崩壊後から一貫して低迷している。日本の企業の 低迷の原因の1つに日本の企業の技術がある。日本の企業が,第二次世界大戦後,「モノ づくり大国」と高く評価されていたが,その内容は,海外で発見された基礎技術を用いて,
機能性や利便性を改善して,日常生活でより簡単に使用できる製品にする,応用技術や工 程技術にあった。しかし,現在では,海外の企業と比べて,応用技術や工程技術において,
顕著な格差が認められないものが増加しているため,製品を低価格で販売せざるをえない 状況になっている。この点,日本の企業が低迷から脱却する選択肢の1つとして製品の独 自性や新規性を高めるイノベーションの促進が考えられる。
Christensen は,1960~1970年代の日本の驚異的な経済成長を支えてきた産業のほとん どが,欧米の競争相手には破壊的技術であったと主張し,現在,日本の企業は,世界の大 企業と同様に,市場のハイエンドまで到達し,行き場をなくしていると指摘する。また,
このような現在の日本の企業の行き詰まりは,「イノベーターのジレンマ( innovator’s dilemma )」という概念で説明できると主張し,イノベーターのジレンマを, 最も簡潔に は,「持続的技術と破壊的技術についての相反する欲求によりイノベーターに課せられる ジレンマである」 と定義する。そして,日本の産業では,イノベーターとして新しい企業 が参入することが難しく,企業の低迷を解消する手段は存在しないとみなす。
本稿では,Christensen の「イノベーターのジレンマ」という概念で説明された現象は,
1990年代以降,現在でも,多くの日本の産業や業界を襲い続けており, 個別の企業だけ ではなくて,企業間分業・協業を行う「企業の連携」でも生ずるが, たとえば, 企業を
この点,Christensen は,「技術(technology)」を,エンジニアリングと製造を上回り,マー ケティング,投資, マネジメントのプロセスと広く解し( see.Christensen, C. M. 1997 p.xvi.
参照。玉田俊平太監修,伊豆原弓訳,2001年,6
頁),「技術は,組織が労働力,資本,原材料,
情報を,価値の高い製品やサービスに変えるプロセスである」(Christensen, C. M. 1997 p.xvi.
参照。玉田俊平太監修,伊豆原弓訳,2001年,6
頁:see.Christensen, C. M. 1992a p.394. 参照。
青島矢一監修,岡真由美他訳,2007年,228229頁:Christensen, C. M., Horn, M. B. and Johnson, C. W. 2011 p.11.)と定義する。
see.Christensen, C. M. and Raynor, M. E. 2003a p.48. 参照。玉田俊平太監修,櫻井祐子訳,
2003年,62頁:Christensen, C. M. and Hart, S. L. 2002 p.52.:参照。丹羽清,2006年,141頁 Christensen, C. M. 1997 p.261. 参照。玉田俊平太監修,伊豆原弓訳,2001年,297頁 参照。近能善範,2011年,71頁
see.Christensen, C. M. and Raynor, M. E. 2003a p.21 NOTE.4. 参照。玉田俊平太監修,櫻 井祐子訳,2003年,6
頁
複数のビジネスユニットなどに分割し,企業内ベンチャーを編成すれば,解決できると考 える。しかも,企業内ベンチャーには,新たに起業することに比べて,コアコンピテン シーを有する人材を探す手間や,チームワークの条件や参加者の評価軸を統一するための コストを節約できるメリットがある。 また, ベンチャー起業が事業計画を説明してベン チャーキャピタルから資本を調達するよりも,信用のある会社が,企業内ベンチャーを編 成するために銀行から資本の提供を受けるか,あるいは,企業間提携により共同出資をす る方が,より少ない資本コストで資本を調達できる。すなわち,日本の社会・経済システ ムに適合したものを構築すれば解決できるため,必ずしも,Christensen の主張するアメ リカ型の産業構造を採用する必要性はない。むしろ,Christensen の主張するようにベン チャー起業が創設されにくい日本の社会・経済システムでは, 既存の大企業がイノベー ションの担い手となる以外に選択肢は少ない。この点,大企業は,通常では,従業員間で 競争させるために,生産拠点を分散したり,消費地に隣接させてリードタイムを短縮する ために,組織を分割したり,複数の川上の供給業者や川下の流通業者を活用するために,
組織を柔軟に変更して,受け身的に淘汰されることを回避しようと努めている。このよう な企業の努力を,Christensen が主張するように社会・経済システムが変更されない限り,
むなしいあがき(無駄な抵抗)と考えるならば,今後も,景気は低迷し,企業は技術の継 承を放棄し,国民は社会の発展の基盤が失われることに耐える以外にない。
2 アプローチ
本稿では,まず,Christensen のように,クライアント(持続的イノベーションを繰り 返した企業)が受け入れざるを得ない社会・経済現象の原因(影響要因)と結果の関係を 説明することではなくて,クライアントの立場から考えて,課題を発生させている原因 を,状況に関連させて解明し,クライアントが主体的に克服できる方策があれば,実施し てきたことを例示する。また,Christensen は,競争の基盤,すなわち,顧客が製品を選 択する評価軸が,機能性,信頼性,利便性,価格へ順に移行すると主張するが,最終使
この点,Christensen and Raynor は,成果分配の原資を安定して確保するために,多様なク ラスの顧客の集団に,同時に,対応する企業は,しばしば,複数のビジネスユニットを要求され ると主張する(see.Christensen, C. M. and Raynor, M. E. 2003 p.142. 参照。玉田俊平太監修,
櫻井祐子訳,2003年,180頁)。
see.Christensen, C. M., Anthony, S. D. and Roth, E. A. 2004 p.212. 参照。 宮本喜一訳,
2005年,373374頁
see.Christensen, C. M. and Raynor, M. E. 2003a pp.1718. 参照。玉田俊平太監修,櫻井祐 子訳,2003年,32頁
see.Christensen, C. M. 1997 p.xxviii. 参照。玉田俊平太監修,伊豆原弓訳,2001年,19頁
用者は,価格と比較して,機能性,利便性や信頼性が適切であると評価する時,購入する と考える。更に,Moore や Rogers が主張する, イノベーションの普及とともに, 購買 者層が変化することや,製品ライフサイクルの後半では需要の多様化が進展する現象につ いて考慮する。そして,Christensen のように,顧客と投資家が企業のプロセスと戦略 を決めているとみなすのではなくて, 顧客は, 企業が供給する製品を見て, 購入を決定 すると考える。
なお,製品企画,製品仕様,製品設計の基本姿勢という3つの異なるレベルで製品の改 善が行われるが,製品企画,製品仕様,製品設計の基本姿勢の変更の順で,通常では,た とえば,顧客の選択による,需要の増減,製品の変更などの影響の範囲は,競合する,製 品,個別の企業,企業の連携,企業の集団,企業層,企業群に及ぶとみなす。また,企 業の集団や企業の連携は,目的ブランドを付けて, 製品のグレードを差別化するが,ブ ランドの意味が,最終使用者が片付けるべき用件に一致しているならば,彼らは,自らの 用件からブランドを思い出し, 製品を用い,用件をうまく片付けるブランドに対してか なりのプレミアムを支払う。
3 論文の構成
第1章「炊飯器を具体例とするイノベーターのジレンマの検証」では,炊飯器業界の全 see.Moore, G. A. 1995 pp.910 & pp.1318. 参照。中山宥訳,2011年,23頁,2633頁:Moore,
G. A. 1999 pp.5253. 参照。川又政治訳,2002年,8485頁:Rogers, E. M. 2003 pp.279285. 参 照。三藤利雄訳,2007年,228235頁
see.Christensen, C. M. 1997 pp.117118. 参照。玉田俊平太監修,伊豆原弓訳,2001年,147 148頁
参照。丹羽清,2010年,132133頁,134頁
本稿では,イノベーターのジレンマは,競合する,製品,個別の企業,企業の連携,企業の集 団,企業層や企業群という異なるレベルで発生すると想定する。また,「製品設計の基本姿勢」
に関心を有する顧客を「顧客群」,「製品設計の基本姿勢」に対して同一の関心を有するが,「製 品仕様」に対する関心に相違が存在する顧客を「顧客層」,「製品設計の基本姿勢」と「製品仕様」
に対して同一の関心を有するが,「製品企画」に対する関心に相違を有する顧客を「顧客の集団」
と呼ぶ。なお,本稿では,イノベーターのジレンマが,消費と生産の分離に根源があるため,顧 客群と企業群,顧客層と企業層,顧客の集団と企業の集団,特に,企業間分業・協業を行う企業 の連携の組み合わせで,検討する。
see.Christensen, C. M. and Raynor, M. E. 2003a pp.9293. 参照。玉田俊平太監修,櫻井祐 子訳,2003年,119120頁
Leonard ,Hippel ,Thomke などは,自らの言葉を用いて,片付けられるべき用件の見通し
(a job-to-be-done perspective)が,将来,顧客が価値を認める,製品とサービスと原因を正確 に理解する唯一の方法であることを積極的に記述してきた(see.Christensen, C. M. and Raynor, M. E. 2003a p.86. 参照。玉田俊平太監修,櫻井祐子訳,2003年,109頁:Leonard, D. 1995 pp.194 195. 参照。阿部孝太郎・田畑暁生訳,2001年,283284頁:Hippel, E. 1988 pp.106107. 参照。
榊原清則訳,1991年,175177頁:Thomke, S. and Hippel, E. 2002 p.77. 参照。 スコフィール ド素子訳,2002年,119120頁)。
see.Christensen, C. M. and Raynor, M. E. 2003a p.91. 参照。玉田俊平太監修,櫻井祐子訳,
2003年,117頁
体に共通した状況の変化,つまり,米食の慣習での変化を背景にした顧客のニーズの動向 に対応するため,企業の集団,特に,企業の連携により,「製品企画」,「製品仕様」や「製 品設計の基本姿勢」を変更した新製品が供給されたが,最終使用者のニーズと充足の間で のアンバランスが絶えず生じ,これを克服する過程が繰り返されてきた状況を検討する。
また,第2章「オーブントースターを具体例とするイノベーターのジレンマの検証」では,
オーブントースターに対する最終使用者のニーズの水準が向上したため, 企業の集団,
特に, 企業の連携は,同様に,「製品企画」,「製品仕様」や「製品設計の基本姿勢」を変 更した新製品を提供してきたが,これにより目標とする顧客が限定されてきた過程を図示 する。
第1章 炊飯器を具体例とするイノベーターのジレンマの検証
1 日本における炊飯器の開発の歴史
炊飯器は,日本で発明された数少ない電気製品の1つである。 炊飯は, お米の成分で あるでんぷんに熱と水分を与え,うまみを引き出すことである。日本では,縄文時代から
「かまど」で炊飯していたが,途中で蒸す方法に変更された。しかし,中世に,釜につば を巻いた日本特有の「羽釜」が考案され, 炊飯が再開され,江戸時代には,「始めチョロ チョロ,中パッパ,赤子泣いてもふた取るな……」という「かまど炊きのおいしさを実現 する」ための共通認識が生まれた。この点,かまど炊きの共通認識では,①加熱力が強く,
②羽釜の底全体を加熱し,③羽釜の厚さと燠火の効果により加熱力が継続し,④重い蓋に よる加圧が重視された。このため,炊飯器の目標は,①加熱力の向上,②全周囲からの過 熱,③加熱力の継続,④圧力の利用に置かれた。また,炊飯器には,たとえば,安全性 から日本工業規格に代表される「基本的機能」を充足しなければ,購入されないという特 徴が認められる。
ところで,炊飯器の歴史は,1920年代から始まる。1921年に,東京の鈴木商会が,鍋に ヒーター(電熱器)を組み込んだ「炊飯電熱器」を発売したが,2
升炊飯器が当時の価格 この点,Christensen and Raynor によれば,資源配分プロセスに影響を与え,企業の戦略を 決定する者は最終使用者と投資家であるため,特定の業務がコアコンピテンシー(core competence)
であるのか,つまり,将来儲けられるのかは,企業が決定するのではない(see.Christensen, C.
M. and Raynor, M. E. 2003 p.161. 参照。玉田俊平太監修,櫻井祐子訳,2003年,199頁)。 参照。大西正幸,2006年,頁:清水慶一,2007年,66頁
参照。 遠藤ケイ,2006年,3539頁:川上朝栄,2006年,208頁:共同通信社 編集委員室,
2005年,9497頁:大西正幸,2006年,150151頁:大西正幸,2010年,7374頁 参照。大西正幸,2006年,4345頁
で60円,3
升炊飯器が70円(現在の100万円に相当)であった。1922年に,芝浦製作所(現 在の東芝)は,電気釜の量産を始め,1927年に,芝浦電気カマドと万能電気カマド,1932 年に,三菱電気が電気釜,1954年に,松下電器が軽便炊事器を販売したが,いずれも鍋に ヒーター(電熱器)を組み込んだ単純な構造で,スイッチが「手動式」であったため,主 婦の労働時間を短縮できず,ほとんど普及しなかった。
しかし,1955年に,東芝は,バイメタル式サーモスタットと呼ばれるスイッチにより,
世界初の「自動式電気釜」を発明し, 販売を開始したが,「間接加熱式」と呼ばれる「製 品設計の基本姿勢」を採用した。このような電気釜は,①スイッチを押すと,ランプがつ き,ヒーターに通電し,②外釜が加熱され,その水が外水と内鍋,更に,内鍋の水とお米 に伝わり,③しばらくすると,外水と内鍋の水が沸騰し始め,お米は給水して急速に膨ら み,④内鍋の水が熱くなり,続いて外水が蒸発すると, 外釜の底の温度が上昇し, ⑤100 度を超えると,サーモスタットが感知し,スイッチとランプが切れる仕組みであった。こ のような電気釜は,使いやすさ(利便性),具体的には,①藁や薪を燃やし続けるために,
時間拘束される必要がない,②火力調節のような面倒な工夫が必要でない,③焦げや生煮 えのような失敗がない,④炊飯時間中でも拘束されない,⑤煙や煤が出ないため,台所が 清潔に保たれるという特徴を有した。しかし,このような電気釜の普及は,1962年頃に,
50%に到達したが,競合するガス釜により,1970年に,電気釜は抜かれた。
1972年に,三菱電機が初めて「ジャー炊飯器(保温釜)」を発売した。このジャー炊飯 器(保温釜)は,電気釜と電子ジャーを組み合わせた構造により,炊飯後,ほぼ73度で12 時間の保温ができた。この点,ご飯は,67度以下になると, 枯 草 菌 の繁殖により,無害でこ そう きん あるが,味と匂いが悪化するが,電子ジャーは,サーミスタと呼ばれる電子部品を用いて,
微小電流をコントロールして,ご飯を保温できた。発売直後では,ジャー炊飯器(保温釜)
は従来の電気釜(炊飯器)と併行して販売されたが,保温機能のない電気釜は次第に市場 から姿を消した。なお,1996年頃に,ジャー炊飯器は24時間の保温ができるようになった が, 冷凍冷蔵庫,電子レンジとラップを用いて,「冷凍ご飯をチンする方法」が普及する につれて,24時間以上の長期間保温の必要性はなくなった。
ところで,1955年に, 東芝が始めて自動式電気釜を販売したが,「間接加熱式」と呼ば 参照。大西正幸,2006年,6
9頁:大西正幸,2010年,7475頁:山田正吾・森彰英,1983年,
1617頁
参照。中野嘉子・王向華,2005年,2627頁:大西正幸,2006年,1013頁:清水慶一,2007年,
49頁:山田正吾・森彰英,1983年,140143頁
参照。大西正幸,2010年,75頁:清水慶一,2007年,66頁
参照。大西正幸,2006年,1516頁,1826頁:清水慶一,2007年,6768頁
れる「製品設計の基本姿勢」を採用していたが, 後続の各メーカーは,「直接加熱式」の 自動式電気釜を販売した。しかし,「間接加熱式」と「直接加熱式」には, 釜の底から熱 せられるため,水の循環が悪く,炊きあがったご飯は,内鍋の底では柔らかく,上部では 少し硬くなるという欠点があったため,1978年に, 東芝は,「幅射加熱式」の炊飯器を発 売した。これは,熱エネルギーが,内鍋の底だけではなく,内鍋の側面でも,熱水が激し い対流を引き起こし,上昇するため,水温が上昇するにつれて,上層部から,中層部を経 て,下層部でお米が炊きあがる特徴を有した。1978年以降,炊飯器は「幅射加熱式」と
「直接加熱式」に2分されたが, 主に, おいしさを重視した顧客層のニーズに応えるもの であった。
1979年に,松下電器から「マイコンジャー炊飯器」が発売された。マイコンジャー炊飯 器は,マイコンに記憶させた実験データに基づいた多くの加熱パターンから,鍋センサー,
蓋センサー,保温センサーなどが感知した情報により,主に,加熱量と加熱時間を選択す るという特徴を有する。 初期のマイコンジャー炊飯器は, ひたしの自動化とおこげ調整
(加熱量の調整)ができる程度であったが,現在では,白米コースだけではなく,玄米コー ス,炊きこみ・おこわコース,おかゆコースなどの多機能化が進んでいる。このような多 機能化は,センサーとマイコンにより,感知した炊飯中の温度により,予め設定した過熱 パターンを選択する仕組みによる。この点,たとえば,1980年に,東芝は,通常,ご飯 を炊く電気釜として用い,おかゆを炊くときには,内鍋に小さな鍋をはめ込み,その間に 少量の水を入れて炊く「製品企画」を採用して,日本で初めてタイマーを用いずに,おか ゆを自動で炊ける炊飯器,「おかゆさん」を販売したが, 現在では, マイコンジャー炊飯 器は,「おかゆさん」のような付属品がなくても,おかゆを炊ける。
1988年に,松下電器は「IH(Induction Heating:電磁誘導加熱式)釜」を発売した。
IH 釜は,1971年に,アメリカのウエスティングハウス社が世界で初めて開発した電磁調 理器具を応用して,内鍋全体を均一加熱する。特に,松下電器が発売した IH 釜は,パワー 素子 IGBT( Insulated Gate Bipolar Transistor )と, 内鍋にステンレス鋼とアルミニ ウム合金を物理的に接合したクラッド材(Clad Metals)を採用した。この点,パワー素 子 IGBT は,誘導加熱回路の小型化,軽量化と低コストを実現し,クラッド材は,熱伝導 の効率を増加させた。しかし,「昔のかまどで炊いたような,香りの良いご飯が炊けるこ
参照。大西正幸,2006年,2930頁:大西正幸,2010年,80頁 参照。大西正幸,2006年,3235頁
参照。大西正幸,2006年,110113頁
と」をキャッチフレーズにし,保温機能付きで2万円代が主流である時に,5
万円で販売 したが,ご飯のおいしさでは従来品と大差がないとみなされ,普及しなかった。その後,
10数年の技術開発競争により,IH 釜によりおいしいご飯を炊けるようになり,2000年に,
IH 釜は炊飯器全体の販売個数で50%を越えた。IH 釜は,①加熱量を増加させ,②内鍋の 形状を大きな湾形状にし,③内鍋の板厚を厚くし,熱容量を増加させ,④微小な温度のコ ントロールを可能にした。1994年に,東芝は,おいしいご飯を炊くために必要な厚めの椀 状に内鍋を成型した,IH 釜「溶湯鍛造厚なべ」を発売した。東芝の IH 釜「溶湯鍛造厚な べ」の販売以降,企業は,特に,②内鍋の形状と③厚さに注目し,創意工夫してきたが,
現在では,「製品仕様」として, 表面に銅メッキ,セラミック溶射, 内蓋部分に丸い凹凸 を付ける「ディンプル加工」などの工夫を凝らしている。また,1991年に, 東洋精米機 製作所が,BG 精米製法により,無洗米を販売したが,2000年に,日立は,初めて無洗米 コース付きの「 IH 釜」を発売し,翌2001年には, 他の企業の集団が一斉に追随した。こ れには,「製品企画」として, 内鍋に無洗米用の水位線を追加する方式と,水位線を変化 させず,無洗米専用カップを付属させることで対応する方式が存在する。
ところで,ガス火対応の圧力鍋が販売されていた,1980年代後半に,三洋電機などが,
ヒーター(電熱器)とタイマーを組み合わせた「圧力電気釜」を販売したが,1990年代に 入ると,販売を中止した。中止の理由は,圧力電気釜でご飯を炊くと,少し柔らかいご飯 になることと,圧力に耐えうる構造に高いコストが掛かることである。しかし,1992年に,
三洋電機は,日本初の「圧力 IH 釜」を発売した。同社は,1.1気圧まで加圧することによ り, 釜内の温度を103度まで上昇させ,炊飯時間を短縮できることをキャッチフレーズに したが,実際には,お米の粘りと甘みを引き出すα化のための時間が必要であるため,炊 飯時間では従来品と大差がなかった。しかし,健康食品としての玄米に注目が集まったた め,2003年に, 松下電器は, 高温スチームを使うことで, 温度を上げる機能を搭載した
「スチーム IH 炊飯器」を発売した。その後,2004年に,東芝,2005年に,日立と三菱電機 が,圧力 IH 釜に参入した。そして,2006年に,象印が発売した「NP-FS」は炊飯器とし て初めて人工知能を採用した。これは,外気温,水温や容量などのデータを計測して記憶 し,これらデータにより加熱力や炊飯時間を自動的に修正できた。
なお,1995年に,東芝が「小容量電気釜」の高級機種を販売した。背景には,高齢者の
参照。大西正幸,2006年,126127頁,130141頁 参照。大西正幸,2006年,114116頁
参照。川上朝栄,2006年,213頁:松嵜剛・井上岳則,2005年,81頁:大西正幸,2006年,144 147頁:大西正幸,2010年,8586頁
一人暮らしや核家族世帯の増加などにより, 炊飯容量で0.54~0.63の小容量が占める割 合の増加がある。
このように,炊飯器は最終使用者のニーズに対応して改善されてきた。ここで,蓋の改 善に絞って補足すると,1955年に,東芝が,世界初の「自動式電気釜」を発売した時の蓋 は,金属製のただの蓋であり,「間接加熱式」の特徴である二重構造を採用していたため,
外鍋により,内釜で吹きこぼれても,吹きこぼれなかった。しかし,その後に販売された
「直接加熱式」の炊飯器では,吹きこぼれると逃げ場がないため,常時, 蒸気を排出する 小さな穴が蓋に開いていた。1972年に,三菱電機が「ジャー炊飯器(保温釜)」を発売し たが,この製品の蓋は,二重構造で,厚い断熱材に覆われており,蒸気口も蓋の厚みの分 だけ長いパイプ状のものであった。1979年に,松下電器から「マイコンジャー炊飯器」が 発売されたが,マイコンジャー炊飯器では,沸騰が始まり,吹きこぼれそうになると加熱 力を下げて調節していたが,このような調節ではご飯のおいしさを損なうことになる。ま た,企業は,炊飯時に出るおねば(ノリ状のもの)を,ジャー炊飯器自体の清潔さの保持 と置き場所の自由さを確保するため,あるいは,おねばに含まれるご飯のおいしさを逃が さないため,炊飯器の外に排出したくなかった。1988年に, 松下電器は「 IH 釜」を発売 したが,初期の IH 釜では,従来品よりも加熱力を増加させて,炊飯の性能を向上させよ うとした。しかし,沸騰すると,おねばの吹き出しを防ぐために,加熱力を抑制したため,
理想のおいしさを実現できなかった。1994年に, 東芝は, IH 釜「溶湯鍛造厚なべ」を発 売した時,蒸気口を従来品のほぼ3倍の面積に変えた。1995年には,更に蒸気口をほぼ2 倍の面積に変更し,「一気強火加熱方式」を採用し,沸騰時に, 加熱力を抑制せず,蒸気 口に排出されるおねばを確保し,沸騰が終わると,確保していたおねばを内鍋に戻す構造 を開発した。2009年に,三菱電機は,蒸気の出ない「蒸気レス IH ジャー炊飯器」を販 売した。これは,炊飯器から排出される蒸気が,水タンク内で凝縮され,水に戻る仕組み である。また,同年,パナソニックは,ファンを内蔵し,蒸気に風を当てることにより,
排気温度を約50度に下げる炊飯器を販売した。
電気釜では,「製品設計の基本姿勢」が,「手動式」の「炊飯電熱器」(1921年),「間接 加熱式」と「直接加熱式」の「自動式電気釜」(1955年),「ジャー炊飯器(保温釜)」(1972 年),「幅射加熱式」の自動式電気釜(1978年),「マイコンジャー炊飯器」(1979年), IH
参照。大西正幸,2006年,5053頁 参照。大西正幸,2006年,4649頁 参照。大西正幸,2010年,8687頁
釜(1988年)に変更されてきた。また,たとえば,IH 釜では,IH 釜「溶湯鍛造厚なべ」,
「圧力 IH 釜」,「スチーム IH 炊飯器」などの目的ブランドで「製品仕様」の相違が強調さ れたが,「製品設計の基本姿勢」の変更により,内蓋も改善されてきた。そして,24時間 以上の保温,おかゆ,玄米や無洗米,炊飯の小量化などの限定された顧客の集団のニーズ に対応する「製品企画」も行われてきた。なお,炊飯器業界では,主に,使いやすさ(利 便性),保温, おいしさと多機能化, 炊飯時間,小型化,置き場所(利便性)の順で顧客 のニーズを充足してきた。
2 炊飯器を経験的基礎とするイノベーターのジレンマの検証
既に述べたが,かまど炊きの共通認識に基づいた,①加熱力の向上,②全周囲からの過 熱,③加熱力の継続,④圧力の利用という共通した認識が炊飯器業界には存在する。また,
炊飯器業界には,メーカーと呼ばれる,「組み立て企業」だけではなくて, 部品供給業者 や販売業者などにより,たとえば,東芝グループ,三菱電機グループや日立グループなど と呼ばれる「企業の連携」が編成され,各企業の連携には,リーダー企業が存在し,顧客 群が有する複数のニーズ(顧客の評価軸)から,自ら選択した「製品設計の基本姿勢」,
「製品仕様」と「製品企画」により, 供給する製品が応えられるニーズを有する顧客の集 団を選択して,目標とする。本節では,このような状況を踏まえて,年代順に,炊飯器の
「製品イノベーション」を列挙し,ジレンマとその原因について考察する。
第1に,1921年に,東京の鈴木商会が「炊飯電熱器」を初めて発売した後,1927年に,
芝浦製作所が,芝浦電気カマドと万能電気カマド,1932年に,三菱電気が,手動式電気釜,
1954年に,松下電器が軽便炊事器を発売した。しかし,「製品設計の基本姿勢」としては,
いずれも,鍋にヒーター(電熱器)を組み込んだ単純な構造で,スイッチが「手動式」で あったため,主婦の労働時間を短縮できず, ほとんど普及しなかった。なお,「手動式の 炊飯電熱器の供給」により,価格に比べて,利便性がない状況でも,炊飯の熱源を,電力 にするか,その他を選択するかという「最終使用者でのジレンマ」が発生した。
第2に,1955年に,東芝が,「間接加熱式」の「自動式電気釜」を販売した後,企業の この点,Christensen and Raynor によれば,最終使用者ではなくて,状況に応じて,製品を 開発する必要があるのと同様に,最終使用者とのコミュニケーションは,「状況を伝えるコミュ ニケーション(communicate to the circumstance)」であるべきである。この点,バリューネッ トワークで正しいブランド戦略が用いられれば,「ブランド」で状況を伝えることができる。そ して,もしバリューネットワークがこのようなことをできるならば,最終使用者はどのような状 況の中に自らがあるのかを見付けると,彼らは,ブランドについて考え,用件を片付けるために,
購入される製品が何であるのかを判断できるようになる(see.Christensen, C. M. and Raynor, M. E. 2003 p.91. 参照。玉田俊平太監修,櫻井祐子訳,2003年,117頁)。
連携は,「直接加熱式」の「自動式電気釜」を発売した。これにより, 炊飯の状態を考慮 して,人がスイッチを切るという「手動式」の欠点は解決された。このような自動式電気 釜の利便性から, その普及は,1962年頃には,50%に達した。なお,「自動式電気釜」は
「手動式電熱釜」に対する破壊的技術であったが,「自動式電気釜」では,1978年まで,「直 接加熱式」と「間接加熱式」のいずれを採用するのかという「製品仕様」に係わる「企業 の連携でのジレンマ」が存在した。
第3に,1970年代に,多くの最終使用者は,ガス釜には手動で熱源を取り除く必要性が あったが,加熱力の強さと熱源の利用代金で,自動式電気釜を上回る評価を行い,自動式 電気釜から手動式ガス釜へ移行した。 背景では,「間接加熱式」と「直接加熱式」の自動 式電気釜では,水の循環が悪くて,炊きあがったご飯は,内鍋の底では柔らかく,上部で は少し硬くなるという欠点が広く認識された。また,「間接加熱式」では,二重構造の採 用により,「吹きこぼれ」は生じないが,「直接加熱式」では,吹きこぼれると逃げ場がな いため,常時,蒸気を排出するために,小さな穴が蓋に開いていたため,吹きこぼれの解 消とご飯のおいしさの間で背反的な課題(製品仕様でのジレンマ)が存在した。
第4に,1972年に,三菱電機が「ジャー炊飯器(保温釜)」を発売した。ジャー炊飯器
(保温釜)の保温機能の改善という特定の評価軸に沿った,持続的技術は, 保温機能のな い電気釜(炊飯器)の最終使用者を奪う「破壊的技術」であった。しかし,ジャー炊飯器 は,1996年頃に,24時間保温ができるように改善されたが,主婦の間では,冷凍冷蔵庫,
電子レンジとラップを組み合わせた「冷凍ご飯をチンする方法」が普及するにつれて,24 時間以上の保温をする必要性は薄れた。この点,主婦による「冷凍ご飯をチンする方法」
という企業外部要因により,企業による保温時間の延長を目指す持続的技術は,最終使用 者が,自らのニーズの水準と比較して,新製品による性能の改善が対応しておらないと評 価したり,改善に対して支払う対価が上回っていると評価したりする,「オーバーシュー ト」を発生させた。
第5に,1978年に,東芝が「幅射加熱式」炊飯器を発売したため,電気釜は「幅射加熱 式」と「直接加熱式」に2分化された。この「幅射加熱式」炊飯器は,ご飯のおいしさを 重視する顧客の集団に対して,加熱方式の改善によるご飯のおいしさを企業の連携が訴え るというバリューネットワークを明確にし,炊飯器業界では,おいしい炊飯の主な要素が,
①内鍋の厚さ,②内鍋の底の角の丸みが大きいこと,③底と側面から内鍋全体を包み込む
see.Christensen, C. M. and Raynor, M. E. 2003 p.130. 参照。玉田俊平太監修,櫻井祐子訳,
2003年,161162頁:Christensen, C. M. 1999 p.121.
ように加熱することであるという「製品設計の基本的姿勢」が確認された。
第6に,1979年に,松下電器が「マイコンジャー炊飯器」を販売した後,「製品仕様」
として,白米コースだけではなく,玄米コース,炊きこみ・おこわコース,おかゆコース などの多機能化が進んだ。しかし,マイコンジャー炊飯器は,ご飯のおいしさを犠牲にし て,吹きこぼれそうになると加熱力を調節した。この状況は,温度センサーとマイコンに より加熱力と加熱時間を調節するという「製品設計の基本姿勢」の変更をもたらしたが,
上記の吹きこぼれの解消とご飯のおいしさの間で背反的な課題(製品仕様でのジレンマ)
は未解決であることを示唆している。
第7に,1988年に,松下電器が「IH 釜」を発売した。松下電器が発売した IH 釜は,パ ワー素子 IGBT で誘導加熱回路の小型化,軽量化と低コストを実現し,内鍋のクラッド材
(Clad Metals)で熱伝導の効率を増加させた反面,初期の IH 釜は,おねばの吹き出しを 防ぐために,加熱力を抑制したため,狙い通りのおいしさを実現できなかった。しかし,
ご飯のおいしさと吹きこぼれの可能性の防止という背反的な課題(製品仕様でのジレンマ)
は未解決であったが,おいしいご飯を炊くことを目指した企業の連携間での10数年の技術 開発競争により,IH 釜の機能が向上したため,2000年に,IH 釜の普及が50%を越えた。
この点,「製品設計の基本姿勢」では, 幅射加熱式と直接加熱式の炊飯器が, 主に,ご飯 のおいしさを重視する顧客の集団のニーズに応えたものであったが,マイコンジャー炊飯 器により,主に,多機能さを重視する顧客の集団のニーズに応えることに焦点は移行した が,IH 釜は, ご飯のおいしさを重視する顧客の集団のニーズに応えることに焦点を戻し た。この状況は,Christensen が,競争の基盤,すなわち,顧客が製品を選択する評価軸 が,機能性,信頼性,利便性,価格へ順に移行するという主張とは矛盾しており,既に 述べたが,最終使用者は,企業が供給する製品を見て,価格に比べて,利便性,機能性や 信頼性が適切であると評価する状況を示唆している。
第8に,1992年に,三洋電機が「圧力 IH 釜」を発売した。この点,1980年代後半に,
圧力ガス鍋の販売に対抗して,三洋電機などが,圧力電気釜を市場に投入したが,1990年 代に,圧力電気釜でご飯を炊くと,少し柔らかいご飯になることと,圧力に耐えうる構造 に高いコストが掛かるため,撤退した。この点,「圧力 IH 釜」は,ご飯のおいしさとコス トの間でのジレンマを解決して,潜在的顧客や非消費者に対して目的ブランドで「製品仕 様」の相違を訴えた。
see.Christensen, C. M. 1997 p.xxviii. 参照。玉田俊平太監修,伊豆原弓訳,2001年,19頁
第9に,1994年に,東芝が IH 釜「溶湯鍛造厚なべ」を販売した。東芝は,内鍋の形状 と厚さに注目し,創意工夫して,おいしいご飯を炊くために必要な厚めの椀状に内鍋を成 型できたことを潜在的顧客や非消費者に対して目的ブランドで訴えた。 この状況は,「製 品仕様」では,加熱方式の改善から内鍋の改善に目標が変更されたことを意味する。しか し,東芝は,IH 釜「溶湯鍛造厚なべ」では蒸気口を従来のほぼ3倍の面積に変え,1995 年に,更に蒸気口をほぼ2倍の面積に変更して,「一気強火加熱方式」を採用した。この 点,「一気強火加熱方式」の採用は,沸騰時に,加熱力を抑制せず,蒸気口に排出される おねばを確保し,沸騰が終わると,確保していたおねばを内鍋に戻す構造という「製品仕 様」の変更を伴っていた。
第10に,1995年に,高齢者や核家族を中心とする顧客のニーズに注目して,東芝が「小 容量電気釜」の高級機種を発売した。しかし,1995年の東芝による小容量電気釜の高級機 種の発売以降,現在でも,大容量の炊飯器と小容量の炊飯器が併行して販売されていると いう事実は,必ずしも,Christensen が主張する顧客のニーズの一方通行の移行は存在せ ず,企業が,既存の製品に対して複数のニーズ(顧客の評価軸)を有する顧客の集団の内 から,恣意的に顧客を選択していることを示唆する。
第11に,2003年に,健康食品としての玄米に対して注目が集まったことから,松下電器 が「スチーム IH 炊飯器」を発売した後,2004年に,東芝,2005年に,日立と三菱電機が それぞれ「圧力 IH 釜」に参入した。この状況は,健康ブームと「玄米の炊飯は圧力鍋で」
という顧客のニーズが堅固であったことを示している。そして,2006年に,象印が,炊飯 器として初めて人工知能を採用した「NP-FS」を発売した。これは,異なる業界に属する 企業が,手元の資源の転用が可能であれば,炊飯器業界に参入できることを示唆している。
第12に,2009年に,三菱電機が「蒸気レス IH ジャー炊飯器」を販売した。これは,蒸 気を出さないことで,炊飯器の設置場所の選択を自由にして,利便性を向上させる試みで ある。また,吹きこぼれの解消(このための蒸気の排出)とご飯のおいしさの間で背反的 な課題(製品仕様でのジレンマ)を解消する1つの「製品仕様」が開発されたことを意味
この点,Christensen and Raynor は,資源は,測定可能で,非常に柔軟で,組織の境界を跨 いで,移転すると主張するが(see.Christensen, C. M. and Raynor, M. E. 2003a p.178. 参照。
玉田俊平太監修,櫻井祐子訳,2003年,217頁),「組織特殊的なスキルと知識」は,「汎用的なス キルと知識」に比べて,組織の境界を跨いで,移転することはより困難である。また,Christensen and Raynor は,資源配分プロセスについて,「組織のケイパビリティは,資源と,単なる資源 を上回る要素,すなわち,プロセスと評価軸の機能である」(Christensen, C. M. and Raynor, M. E. 2003a p.183. 参照。玉田俊平太監修,櫻井祐子訳,2003年,225頁)と説明するが,本稿で は,組織のケイパビリティとしては資源とプロセスが重要で,評価軸は選択基準に過ぎないとみ なす。
する。
なお, 炊飯器を熱源から概観すると,電気釜の普及は,1962年頃に,「自動式電気釜」
により,50%に達したが,1970年に,「手動式の圧力ガス釜」に抜かれたが,2010年代に,
「 IH 釜」により,炊飯器市場の大半を占めている。反面,2011年でも,たとえば,大阪 ガスは,13種類のガス炊飯器を販売しているが,炊飯の熱源の選択に係わる「最終使用者 でのジレンマ」が存在し,電力代金の増加などにより,天然ガスが評価されると,製品に 対する顧客の選好の変更が発生する可能性がある。 また,1996年頃に,「ジャー炊飯器」
では,持続的技術により24時間保温が可能になったが,主婦の間で「冷凍ご飯をチンする 方法」つまり,企業の外部要因により,ジャー炊飯器(保温釜)の保温機能の改善という 特定の評価軸に沿った持続的技術の向上はかなり意義を喪失した。更に,電気釜では,
たとえば,高齢者や核家族を中心とする顧客のニーズに注目して,1995年に,東芝が「小 容量電気釜の高級機種」を販売し,健康食品としての玄米に対して注目が集まったことか ら,2003年に,松下電器が「スチーム IH 炊飯器」,2004年に,東芝,2005年に,日立と三 菱電機が「圧力 IH 釜」を販売した。これは,潜在的な非使用者ではなくて,顕在化した 顧客のニーズに注目して,企業が,「製品設計の基本姿勢」と「製品仕様」,「製品企画」
を決定して,「製品イノベーション」を実施してきたことを示唆している。そして,IH 釜 や温度センサーという「製品設計の基本姿勢」は踏襲されても,ご飯のおいしさの追求の ための内釜(機能)の改善や,蒸気の排出の回避 (利便性) の問題が一貫して課題とさ れ,「製品仕様」が変更されてきた。
Christensen のイノベーターのジレンマは,ある原因aが特定の結果bを発生させるが,
また,この特定の結果bが,新たな原因となり,後続する結果cをもたらす,複数段階で のいわゆる因果関係の連鎖により発生するとみなされた。また,「イノベーターのジレン マ」が,一般には,「既存の企業が,特定の顧客のニーズに沿って, 持続的イノベーショ ンを繰り返して実施し,高品質の製品を供給しても,破壊的イノベーションにより新規企
参照。大西正幸,2010年,75頁
なお,東芝は,2011年現在,発売している炊飯器で,真空ポンプを活用した40時間の保温時間 やお米の密封パックを可能にさせる機能を追加することで,顧客の集団のニーズに応えている。
この点,主婦による「冷凍ご飯をチンする方法」を東芝は当然理解している。それでもなお,東 芝がこのような機能を付加し,顧客のニーズに訴えかける理由として,たとえば,冷凍食品を始 めとする加工食品を大量に購入し保存することにより大容量化した冷蔵庫でも,庫内の規模が不 足していると考える共働き世代のニーズが存在する。つまり,炊飯器でご飯の保存をしたい顧客 の集団が存在すると東芝が想定していると考える。
see.Christensen, C. M., Anthony, S. D. and Roth, E. A. 2004. p.xv & p.xxxvii NOTE.4.
参照。宮本喜一訳,2005年,2021頁,頁:Christensen, C. M. and Raynor, M. E. 2003b p.72. 参照。野口みどり訳,2004年,2829頁
業が参入して,顧客のニーズ(基本的性能)を充足できる製品を供給するようになると,
顧客は新規参入企業の製品を選択するようになる」現象であると解釈されている。しかし,
この解釈では, 既存の企業と新規参入企業の2つの主体が存在し,「イノベーターのジレ ンマ」が,必然的に,「企業の交代」という不回避的な結果をもたらす。 しかし, 日本の 炊飯器では, 家電品以外の魔法瓶を製造する企業が新規参入したが,「企業の交代」が発 生したとはみなせない。また,かまど炊きの共通認識に基づいて,炊飯器の目標はかなり 強固に確定されたが,米食の慣習の変化とともに,最終利用者が既存の製品の利用により 充たされない課題を克服する新製品を発売することにより,その機能性や利便性が,価格 に比べて,適切であると最終利用者に評価されることにより,ディファクト・スタンダー ドが形成され, 業界のレベルでの「製品設計の基本姿勢」が確定された。そして, IH 釜 では,「製品設計の基本姿勢」が確定された後でも, 最終利用者のご飯のおいしさに係わ る要求水準が向上してきたため, 企業ではご飯のおいしさを追求して,「製品仕様」が変 更され,企業の連携の間で競争する状況が続いている。現在では,顧客は,企業が供給す る製品を少数の統一された評価軸で比較できる状況にあるため,製品の相違をもたらすの は,主に,価格差であり,価格差をもたらすのは,企業のイノベーターの技術力であると いう状況が続いている。
第2 章 オーブントースターを具体例とするイノベーターのジレンマの検証
1 日本におけるオーブントースターの開発の歴史
本節では,経験的基礎として用いる,電気トースター(electric toaster)の一種である オーブントースター(toaster oven)の歴史について概観する。トースターは,2
枚の食 パンを短時間で焼くことができる小型の調理器具であるが,「製品設計の基本姿勢」から,
ポップアップ型とオーブン型に分類できるが,通常,ポップアップ型のトースターを「トー スター」と呼び,オーブン型のトースターを「オーブントースター」と呼ぶ。 この点,
電気トースターには,機器本体の内部に独自の熱源を持たず,ガスレンジや IH クッキン グヒーターなど外部の熱源で調理する「ホットサンドメーカー」,「レンジ・トースター」
や「Wサンド・トースター」と呼ばれる製品もある。
ところで,前者の「ポップアップ型トースター」は,1956年に,日本では発売されたが,
参照。向坊隆他編,1986年,772頁
4
年前の1952年に,「ターンオーバー式トースター」が東芝とタニタの共同開発で発売さ れている。ターンオーバー式トースターには,ヒーターがトースターの中央に1枚付いて おり, のぞき窓から庫内の様子を確認し, レバーを手動で引き上げると, 蓋が開き, レ バーの仕組みで,パンがひっくり返り,残りの片面を焼くが,焼くために必要時間が長い こととパンの焼きにムラができることから改良が望まれていた。 このため,1956年に,
ターンオーバー式トースターの「製品仕様」を改良した,「手動式ポップアップトースター」
が発売されたが,のぞき窓から焼き具合を確認し,手動でパンを上げる方式であった。東 芝の技術者,望月武夫氏が手動式ポップアップトースターの「製品仕様」の改良に取り組 んだ1965年頃には,異なる「製品設計の基本姿勢」に基づく,オーブントースターが市場 に投入され始めていたが,庫内が広く,長い時間を使ってパンを焼くため,オーブントー スターで焼くパンはまずいと評価され,食パンをポップアップトースターで焼くことが一 般的であった。このため,望月氏は,発熱体の大きさや配線を変更し,バイメタルを採用 して,パンを焼く時間を自動的にコントロールする,「自動式ポップアップトースター」
を開発した。また,1967年に,望月氏は,単身赴任者のために,食パンの1枚を自動で上 げて,残りの1枚を余熱で加熱し,1
枚目の食パンを食べ終わる頃に手動で上げるという
「製品仕様」で,「保温付きトースター」を開発した。
ところで,オーブントースターが普及し始めると,食パンの主流は,8
枚切りから,6 枚切りを経て, 4
枚切りに変化した。 このため, 望月氏は, このような改善したポップ アップ型トースターで,食パンの厚さに合わせて利用者が手動で切り替えていた仕組みを 自動で切り替えようと考えて,バネを受けるバーを設計し,予備のバーと連動させること で,4
枚切りの食パンを受け止められる「製品仕様」に改善して,食パンの飛び出しを防 ぎ,焼きムラを出さないことに成功した。また,ポップアップ型トースターは,庫内で 熱い空気が上昇するため,低い位置では,ヒーターを高密度に,高い位置では,ヒーター を低密度に配置する工夫をして,食パンの焼きムラを防いでいる。最近のポップアップ型 トースターは,まず,庫内の温度を一定に近づける機能を搭載し,食パンを投入し,ポッ プアップレバーを下げると,スロット部分が食パンを包み込み,蓋をするような構造で,
熱を逃がさず, 水分の蒸発を防ぎ, おいしい食パンの条件である「外はサクサク, 中は 熱々」という食感を実現する「製品仕様」に改善されている。
他方,後者の「オーブントースター」の最近の「製品仕様」では,調理物の焼き加減を
参照。レトロ商品研究所編,2004年,1013頁:山田正吾・森彰英,1983年,17頁,132134頁 参照。日本化学会編,2008年,65頁
確認できる透明の耐熱ガラスで製造された開き戸を有する箱形をしており,内部には簡単 な網が設置され,庫内に赤熱するセラミックパイプヒーターがつけられている。しかし,
棚の面積は,一般に,2
枚の食パンを並べられる程度である。また,調理物の焼き加減は,
機械式(ゼンマイ式)タイマーか,電子式タイマーで調節されるが, 後者の電子式タイ マーでは,焼く時間が自動的に修正され,連続して焼いても,同じ焼き具合に調整できる。
なお,オーブントースターは,食パンを焼くトースターが改良されたものであるため,食 パンを焼くことが基本機能であるが,技術上の改善により,その他のパン,たとえば,ク ロワッサンやバターロールを暖め,ピザやモチを焼くなどのような,複数のニーズに対応 することが要求されたため,「製品設計の基本姿勢」として,前開きの(中が見える)扉,
温度調整機構とタイマーを標準装備とみなす,共通のコンセンサスが最終利用者と企業に は存在する。また,価格は,特殊な5段階の火力の切り替え,はずせる扉,奥行きが最も 広い製品には,12,000円強の値段が設定されているが, 上記の標準装備された製品では,
奥行きにより,上限は1万円で,下限は6,000円弱である。
なお,本節で,オーブントースターの業界を選択した理由の1つは, Christensen が ハードディスク業界を選択した状況と反対の状況,つまり,日本の現在の状況では,①企 業の交代が短期間で行われなくなっていること,②「製品設計の基本姿勢」がほぼ確定さ れていること,③価格の急激な低下が発生していないこと,④新規参入者が少ないことで ある。
2 オーブントースターを経験的基礎とするイノベーターのジレンマの検証
ここで,図表1について説明すれば,細線で囲まれた箱の中の言葉は,特定段階の結果 であり,同時に後続段階での原因となる,重要な要因を表わし, 箱を結ぶ矢印は,「原因 とみなせる状況」と「結果とみなせる状況」の間での関係を示す。
第1に,既存の市場には,供給される製品の機能に対して,複数のニーズを有する顧客 群が存在する。この点,Christensen and Raynor は,「バリューネットワーク」を,「企 業が,コスト構造と操業プロセスを確定し,特定のクラスの顧客の共通のニーズに対して,
一定の売上高と粗利益を獲得することをめざして行動する,供給業者とチャネルのパート ナー(channel partner)と機能する,コンテクストである」 と定義しているのとは異な
see.Christensen, C. M. 1997 p.16. 参照。玉田俊平太監修,伊豆原弓訳,2001年,43頁 Christensen, C. M. 1997 p.xxviii. 参照。玉田俊平太監修,伊豆原弓訳,2001年,19頁:see.
Christensen, C. M. and Raynor, M. E. 2003a pp.4344. 参照。玉田俊平太監修,櫻井祐子訳,
2003年,5556頁:Hill, C. W. L. and Rothaermel, F. T. 2003 p.261.; Isaksen, S. and Tidd, J. 2006 p.63.: 参照。山口栄一,2006年,7677頁
り,本稿では,特定の製品に対して複数のニーズを有する顧客群を想定する。なお,図表 1では,この状況を「第1段階 全体のバリューネットワークの存在」で図示する。
第2に,全体のバリューネットワークは,既存のバリューネットワークと潜在的なバリュー ネットワークから構成され,前者の既存のバリューネットワークは,顧客のニーズにより 区分できるとみなす。 具体例では, オーブントースターに対する顧客群には,「使いやす さ(利便性)」を重視する顧客群と,「おいしさ(性能性)」を重視する顧客群が既存のバ リューネットワークに存在すると考える。また,潜在的なバリューネットワークは,現在,
企業に新製品の供給により充足することは行われていない,たとえば,干物,油揚や目玉 焼きなどの「簡単な調理」をオーブントースターで行いたい顧客群などが存在することを 示唆する。このため,図表1では,この状況を「第2段階 既存のバリューネットワーク Xの存在」,「第2段階 既存のバリューネットワークYの存在」と,「第2段階 潜在的 なバリューネットワークZの存在」で図示する。なお,第1段階から第2段階の移行の条 件として,1
)バリューネットワークが,顧客のニーズに対応した製品が供給されている のか否かにより,既存のバリューネットワークと潜在的なバリューネットワークに区分さ れること,2
)既存のバリューネットワークでは,更に,顧客が重視する既存の製品の利 便性や機能性により,特定のバリューネットワークに区分できることをあげる。
第3に,この特定のバリューネットワークには,顧客群のニーズを分け,この分けられ たニーズの内,特定の顧客層のニーズの充足をめざす企業層が存在し,それぞれ,創意工 夫しているが,このような創意工夫は「製品設計の基本姿勢」により確認できるとみなす。
具体例では,特定のバリューネットワークYに属する企業層が目標とする,パンの焼き加 減を調節して,「おいしさ(機能性)」を重視する顧客層では,焼く対象が,食パンに限定 されず,フランスパンや総菜パンなどのように顧客群の好みが多様であるため,企業層は,
製品の差別化を図るために,「製品仕様」として, 加熱機能とオーブン機能を継続して改 善してきた。 結果として,「製品設計の基本姿勢」と「製品仕様」から,特定のバリュー ネットワークYに属する企業層は,ロールパンの暖め(250W),総菜パンの暖め(500W), 食パンの加熱(1,000W)を重視する,3
つの顧客層に区分できる。この状況を,図表1で Christensen には,上記のサプライチェーンや企業間分業・協業を意識した「バリューネット ワーク」の定義と,競合製品や企業間競争を意識した「バリューネットワーク」の定義があり,
後者によれば,たとえば,「バリューネットワークという概念を,企業が,顧客のニ―ズを特定 化し,対応し,問題を解決し,インプット( input )を入手し,競争相手に反応し,粗利益を追 求する状況である」( Christensen, C. M. 1997 p.36. 参照。玉田俊平太監修,伊豆原弓訳,2001 年,63頁:see.Christensen, C. M., Anthony, S. D. and Roth, E. A. 2004 p.63. 参照。宮本喜 一訳,2005年,153頁:Christensen, C. M., Horn, M. B. and Johnson, C. W. 2011 p.124.)と 定義される。
図表1 オーブントースターを経験的基礎にしたイノベーターイノベーターのジレンマ
は,「第3段階 企業層αと目標とする顧客層L」,「第3段階 企業層βと目標とする顧 客層M」と「第3段階 企業層γと目標とする顧客層N」で図示する。なお,第2段階か ら第3段階への移行の条件として,1
)特定のバリューネットワークでは,顧客群のニー ズは,多様で,個別の企業が有する資源により,すべての顧客群のニーズを充足できない こと,2
)「製品設計の基本姿勢」と「製品仕様」により区分できる,企業層と目標とす る顧客層の組み合わせが複数存在することをあげる。 以下では,「食パンの加熱をメイン の用途とする顧客層Mを目標とする企業層β」に限定して,考察する。
第4に,「食パンのおいしさ」を重視する顧客層 M のニーズに対応する企業層βは,顧 客層 M の多様なニーズを細分して,特定の顧客の集団を目標として, この顧客の集団の ニーズに対応できる「製品仕様」の内,特定の「製品仕様」を選択する。この点,食パン の加熱の「製品仕様」として,たとえば,特定の企業集団は,細かな火力調節により,適 当な焦げ目を付けることにより,焼き上がりの香りを重視する顧客の集団を目標として,
「製品仕様 A 」を選択し, 他の企業の集団は,赤外線のヒーターの加熱により外はサクサ ク,中は熱々の食パンの食感を重視する顧客の集団を目標として,「製品仕様B」を選択す る。このため,図表1では,この状況を「第4段階 製品仕様Aを選択する企業の集団と 目標とする顧客の集団」と「第4段階 製品仕様Bを選択する企業の集団と目標とする顧 客の集団」で図示する。なお,第3段階から第4段階への移行の条件として,特定の既存 のバリューネットワークにおいて, 1
)目標とする顧客層の特定のニーズに対応できる
「製品仕様」には,相違が認められる複数の「製品仕様」が存在すること,2
)選択する
「製品仕様」により企業の集団と顧客の集団の組み合わせが区分できることをあげる。以 下では,「製品仕様Bを選択する企業の集団と目標とする顧客の集団」に限定して,考察す る。
第5に,目標とする顧客の集団を設定した後で,企業の集団が解決すべき課題について 考えると,材料の調達・製品の製造・販売を単独で行うことは,日本の現在の状況では,
不可能である。このため,企業間分業・協業が行われるが,選択される「製品企画」によ り,企業間分業・協業に参加する企業と参加しない企業に区分される。また,選択される
「製品企画」により,企業間分業・協業を行う,企業の連携が複数形成され, 互いに競争 する。また,各企業の連携では,参加する企業の資源と競争状況などから,生産・販売プ ロセスを恣意的に区切り,各企業は,特定の分野で経営活動する。この点,食パンの加熱 の代表的な製品仕様 B として,赤外線のヒーターの加熱により,外はサクサク,中は熱々 の食パンの食感を重視する企業の集団には,「製品企画」として, 遠赤外線と近赤外線の
2つの赤外線のヒーターの加熱により,このような食パンの食感を獲得しようとする「製 品企画α」を選択する,企業の集団と,単独の赤外線のヒーターの加熱により,同様の食 パンの食感を獲得しようとする「製品企画β」を選択する,企業の集団が存在すると想定 する。このため,図表1では,この状況を「第5段階 製品企画αを選択する企業の集団 と目標とする顧客の集団」と「第5段階 製品企画βを選択する企業の集団と目標とする 顧客の集団」で図示する。なお,第4段階から第5段階への移行の条件として,1
)個々 の企業の集団では,特定の目標とする顧客の集団のニーズに対応するために,企業間分業・
協業が行われること,2
)このような企業の集団は選択される「製品企画」により区分さ れることをあげる。
ところで,第3段階で「製品設計の基本姿勢」と「製品仕様」,第4段階で「製品仕様」, 第5段階で「製品企画」により企業群,企業層と企業の集団に区分できる根拠について考 えると,選択される「製品設計の基本姿勢」,「製品仕様」と「製品企画」が類似している からである。この点,Christensen は,「良い企業( good company )は,他の企業に所 属する多くのマネジャーにより,イノベーションを実施する能力があると認められ,他の 企業が模倣しようとする,企業である」 と説明する。このように,企業には,良い企業が 選択する,「製品設計の基本姿勢」,「製品仕様」,「製品企画」を模倣する性向があるため,
次第に,「製品設計の基本姿勢」,「製品仕様」と「製品企画」は特定のタイプに集合する。
第6に,個別の企業には,自社の資源に限界があるため,資源を効率良く活用して,競 争力を高めるため,企業間分業・協業をする企業の連携に参加する必要があることを認識 している。 その際,企業の連携により選択される,「製品設計の基本姿勢」,「製品仕様」
と「製品企画」の組み合わせは異なるが,このような組み合わせにより資本利益率が高く なると予想できなければ,企業は企業の連携に参加しない。また,企業の連携では,参加 する企業が有する資源などから,人為的に生産・販売のプロセスが区分され,参加する企 業に特定の分野での経営活動が割り当てられる。そして,企業の連携には,製品仕様と製 品企画,利益の分配,リスクの負担などで指導的な役割を果たし,製造のノウハウやブラ ンドなどで不可欠な資源を有する企業,いわゆるリーダー企業が存在し,このリーダー企 業に統率されて,特定の評価軸に沿った持続的イノベーションを繰り返す。この点,具体 例では,選択される特定の「製品設計の基本姿勢」,「製品仕様」と「製品企画」の組み合 わせに従って,企業間分業・協業を行う,企業の連携には,力関係の優劣が存在し,リー
Christensen, C. M. 1997 p.xi. 参照。玉田俊平太監修,伊豆原弓訳,2001年,1 頁