• 検索結果がありません。

大 有 田焼 振 興協 同組 合 の事 業 展 開

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "大 有 田焼 振 興協 同組 合 の事 業 展 開"

Copied!
26
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

商 経 学 叢 第59巻 第3号2013年3月

[資 料]

大 有 田焼 振 興協 同組 合 の事 業 展 開

1980年 代 の有 田焼 産 地 に お け る役 割 を 中 心 に

山 田雄 久 ・筒 井 孝 司 ・吉 田忠 彦 ・東 郷 寛

は じめ に

1研 究 開 発 ・新 商 品 開 発 事 業 2需 要開拓事業

3人 材育成事業 4そ の 他 の 事 業 5組 織 の マ ネ ジ メ ン ト お わ りに

は じ め に

(2)

安 定 成 長 期 に お け る陶 磁 器 産 地 の 着 実 な 発 展 を実 現 した1980年 代 の 大 有 田焼 に よ る各 種 事 業 と,組 合 の 会 員 メ ンバ ー とな る窯 元 ・商 社 の 参 加 事 業 につ いて,経 営 学 的 な 観 点 か ら検 証 を試 み た い。

戦 後 日本 の 伝 統 産 業 に お いて,販 路 開 拓 や 新 商 品 開 発,さ らに は後 継 者 や 工 場 労 働 者 の 育 成 や 能 力 向上 に対 す る様 々な 取 り組 み が な され るな か で,有 田焼 産 地 で も美 術 陶 磁 器 生 産,さ らに は量 産 に対 応 した高 級 割 烹 食 器,日 用 陶 磁 器 の 開 発 や 都 市 部 を 中心 とす る新 た な 販 路 の 開 拓 が 必 要 と され,と りわ け東 京 を は じめ とす る都 市 部 で の 有 田焼 に対 す る認 知 度 ア ップ,ニ ー ズの 拡 大 が 急 務 の 課 題 とな って い た。 本 稿 で は都 市 向 けの 商 品 開 発 を 進 め る上 で 重 要 な 機 会 とな っ た大 有 田焼 展,京 王 プ ラザ に お け る 「大 有 田 プ ラザ 市 」 の 役 割 を 評 価 し,1980年 代 に お け る家 庭 用 食 器 の 需 要 拡 大 と高 級 陶 磁 器 で あ る有 田焼 の 製 品 開 発 に ス ポ ッ トを 当て な が ら,産 業 構 造 の 変 化 に対 応 し続 け た大 有 田焼 の 活 動 につ いて 検 討 を 加 え た い。

ま た,大 有 田焼 振 興 協 同組 合 は,肥 前 陶 磁 器 商 工 協 同組 合(産 地 で は窯 元 と商 社 との 共 同参 加 に よ る組 織 で あ り,産 地 に お け る 中心 的 な 業 界 調 整 機 能 を担 って きた)を は じめ, 工 業 協 同組 合 や 卸 商 業 組 合,直 売 組 合 な どの 各 組 合 が 共 同参 加 す る連 合 体 的 組 織 で あ り, 理 事 長 や 副 理 事 長 に は各 組 合 の 代 表 が 就 任 す る形 を と っ た。 大 有 田焼 の 組 合 構 成 員 は,同 時 に業 種 ご との 組 合 の メ ンバ ーで も あ り,有 田焼 産 地 の 主 だ っ た業 者 を 包 括 す る組 織 と し て 本 格 的 に活 動 を 展 開 す る こ とが で き た。 本 稿 で は組 合 組 織 の マネ ジ メ ン トにつ いて 取 り 上 げ,各 種 事 業 を 支 え た経 営 的 側 面 につ いて 検 証 を 加 え,有 田焼 産 地 の 発 展 と と も に歩 ん で き た大 有 田焼 の 成 果 と役 割 につ いて 明 らか に した い。

1研 究開発 ・新商品開発事業

有 田焼 産 地 で は美 術 陶 磁 器 を は じめ 日用 食 器,料 亭 用 割 烹 食 器 の 代 表 的 産 地 と して 戦 後 発 展 を続 け,と りわ け戦 後 日本 の 観 光 ブー ム,さ らに は ホ テル ・旅 館 で の 宴 会 な どの 人 気 に よ り,有 田焼 直 売 商 人 に よ る各 地 市 場 の 開 拓 が 進 み,割 烹 食 器 の 分 野 で 有 田焼 が 独 占的 な 地 位 を 占 め る に至 っ た。 この よ うな 高 度 経 済 成 長 の 時 代 はオ イル シ ョ ックの 影 響 で 終 焉 を迎 え,よ り付 加 価 値 の 高 い 日用 陶 磁 器 や 家 庭 用 食 器 の 需 要 が 高 ま る一 方,旅 館 や ホ テル も団 体 客 か ら個 人 客 へ と主 力 の ター ゲ ッ トを 変 化 させ,よ り個 性 的 な 食 器 を 業 務 用 と して 需 要 す る状 態 へ と変 化 した。 戦 前 よ り高 品 質 で 割 れ に く く,価 格 も手 頃 感 の 強 い商 品 を 供 給 し続 け た有 田焼 産 地 で は,1980年 代 以 降 デザ イ ンや 品 質 に加 え て,新 しい素 材 や 新 分 野

一232(1358)一

(3)

大 有 田焼 振 興 協 同 組 合 の 事 業 展 開(山 田 ・筒 井 ・吉 田 ・東 郷)

表1大 有 田 焼 振 興 協 同 組 合 の 動 き(昭 和54〜63年 度)

年度 昭 和54年 55年 56年 57年 58年

主な 実施事業

・大 有 田焼 会 館 建 設 着 工

・大 有 田焼 振 興 会 事 業 引 継

・三 越 大 有 田焼 展 開 催 開 始

・大 有 田 焼 会 館 落 成,事 務 所

・イ ン ドネ シ ア移 転 陶 磁 器 原 料 調 査(カ オ リン)

・ニ ュー ヨー ク 大 有 田 焼 展 開 催(NY三

・京 王 プ ラザ ホ他) テ ル 「大 有 田 ぷ ら ざ市 」 開 催 開 始

・大 丸 ビバ ン プ ロ ジ ェ ク ト商 品 開 発

・パ リ大 有 田焼 展(オ ・プ ラ ンタ ン百 貨店)

・ニ ュー ヨー ク 大 有 田焼 展 開 催(NY三 越)

・「有 田 陶 芸 協 会 」 発 足,事 務 局 設 置

・フ ロ リダ デ ィ ズ ニ ー ワー ル ド日本 館 常 設 コー ナ ー設 置 特 別 研 修 生 派

・大 丸 と共 同 開 発 「有 雅 」 シ リー ズ 商 品 化

・パ リ大 有 田 焼 展(オ ・プ ラ ンタ ン百 貨店)

・ニ ュー ヨー ク 大 有 田 焼 展 開 催(NY三 越)

・「有 田 ニ ュー セ ラ ミッ クス 研 究 会 」発 足 事 務 局 設 置

・中国 広 東 省 窯 業 減 量 調 査 (カ オ リ ン ・

・そ ご う グル ー長 石) プ名 窯 展 開 催

・「世 界 の コー開 始 ヒーカ ップ展 」 開 催 誘 致

・中 小 企 業 集 団 育 成 事 業 実 施 (3ケ 年継 続事

・農 協 ネ ッ ト販業) 促 事 業 開 始

年度 昭 和59年 60年 61年 62年 63年

主な 実施事業

・強 化 磁 器 製 給 食 用 食 器 開 発

・立 食 パ ー テ ィ着 手 用 オ リジナ ル 和食 器(ビ ュツ フ ェ会 席)開

・「世 界 の テ ー ブル ウ ェア展 」 有 田 誘 致

・「佐賀県 陶芸協 会 」 事 務 局 設

・泉 山 陶 石 有 効 利 用 開 発 事 業

・JETRO海 展 示 会 開 催 (ロ サ ン ゼ ル ス)

・「つ くば国際科 学 博 」 出 展

・デ ザ イ ン高 度 化 開 発 事 業 (パ ッケ ー ジ ・

ホームパーティ 用 食 器)

・西 武 ・西 友 グ ル ー プ有 田 焼 展 開 始

・低 品 位 陶 石 高 品 化 ・実 用 化 事 業(5ケ 継 続 事 業)

・テ レ ビ ・マ ス コ ミ と の タ イ ア ッ プ 展 示 会 開 催 開 始

(NHKな ど)

・デ ザ イ ン 高 度 化 事 業(パ ケ ー ジ ・ ラ ッ

ピ ン グ)

・組 合 情 報 ネ ッ ト ワ ー ク 化 事 業(継 続 事 業)

・ア ンテナ ショッ プ(長 崎 オ ラ ンダ 村 ・佐 賀 厚 生 年 金 休 暇 セ ン ター)業 務 委 託 事 業 開

・「海 鮮 華 席 」 オ リジナ ル 食 器 開発(京 王)

・地 域 シ ステ ム 技 術 開 発 事 業 (5ケ 年継 続事 業)

・有 田 マ イ セ ン 姉 妹 都 市10周 年 記 念 交 流 文 化 展 開 催(国 内7会 場)

・CAD/CAM 成 形 自動 化 ・ 絵 付 け ロボ ッ

ト開 発

・イ ンター ナショ ナルハ ウスウェ ア シ ョー 出 展

・中小 企 業 団 体 能 力 開 発 推 進 事 業(3ケ 事 業)

(注)筒 井 孝 司 作 成 資 料 。

で の 製 品 開 発 に も積極 的 に乗 り出 しつ つ あ った。製 造 業 者 で あ る窯 焼(と りわ け有 田 で は, 伝 統 的 製 品 を長 年 製 造 して き た メー カー や 窯 元 を一 般 に窯 焼 と呼 称 して きた)を 中心 と し て,新 商 品 の 開 発 な らび に新 規 の 技 術 導 入 や 素 材 開 発 を 進 め る動 きが,オ イル シ ョ ック以 降 の 技 術 革 新 に お いて 急 速 に広 が っ たの で あ る。

大 有 田焼 の 開 発 事 業 につ いて は,開 発 委 員 会 が その 推 進 主 体 とな り,佐 賀 県 陶 磁 器 工 業 協 同組 合 の 理 事 長 が 委 員 長 に就 任 した。 開 発 事 業 は,研 究 開 発 事 業 と新 商 品 開 発 事 業 に大

一233(1359)一

(4)

別 され,大 有 田焼 最 初 の10年 間 に,前 者 で は主 に,配 合 陶 土 研 究,ニ ュー セ ラ ミ ック ス研 究,泉 山陶 石 有 効 利 用 事 業,無 鉛 絵 具 の 開 発 等 が 行 わ れ,後 者 で は主 に,強 化 磁 器 製 給 食 用 食 器 開 発,そ して デ ザ イ ン高 度 化 開 発 事 業(パ ッケー ジ デザ イ ン ・ホー ムパ ー テ ィ用 食 器 の 開 発)な ど に取 り組 ん だ 。 大 有 田焼 の 開 発 事 業 で は,有 田町 に設 置 され た 佐 賀 県 窯 業 試 験 場(後 に佐 賀 県 窯 業 技 術 セ ン ター へ と改 組)か ら技 術 的 な 支 援 を 受 け,上 記 の 研 究 開 発 や 製 品 開 発 を強 力 に推 進 した。

(1)研 究 開 発 事 業

大 有 田焼 が 発 足 した1979年 に は,天 草 陶 土 の 枯 渇 に備 え た人 工 陶 土 の 開 発 や 洋 風 食 器 の 量 産 と海 外 輸 出 を 見 据 え て,カ オ リ ンを基 調 とす る配 合 陶 土 の 開 発 が 提 議 さ れ た。 「ゆ が み の 文 化 」 を持 つ 有 田 は和 食 器 に その 強 み を 発 揮 して き たが,そ の 一 方 で 一 定 の 精 度 が 求 め られ る規 格 品 の 量 産 で は遅 れ を と って い た。 この 点 に お いて,国 内で 洋 食 器 規 格 品 の 量 産 で 成 功 して い た名 古 屋 系 企 業(㈱ ノ リタケ カ ンパ ニ ー リ ミテ ッ ドや 鳴 海 製 陶 ㈱ な ど)と

は全 く異 な っ た生 産 方 法 に基 づ くもの で あ り,都 市 向 け商 品 を開 発 す る上 で も,た とえ ば 食 器 洗 浄 機 に対 応 で き る 精 度 を持 つ 食 器 の量 産 技 術 を 有 田 で率 先 して修 得 す る こ とが, 1980年 代 の 有 田焼 生 産 に お いて 緊 急 の 課 題 とな って い た。

と りわ け,ロ ー ラ ー マ シ ー ン に よ る生 地 の 伸 延 に適 し,か つ,高 温 度 焼 成 に耐 え う る配 合 陶 土 の 開 発 が 重 要 な 課 題 とな っ た。 大 有 田焼 は,先 の 提 議 を 受 けて,発 足 の 年 に補 助 事 業 の 一 つ と して 新 商 品 開 発 能 力 育 成 事 業 を 開 始 した。 新 商 品 開 発 専 門 研 究 グル ー プの メ ン バ ーが 中心 とな って,佐 賀 県 窯 業 試 験 場 や 九 州 工 業 技 術 研 究 所 な どか ら技 術 指 導 を 仰 ぎつ つ,配 合 陶土 の 調 整 研 究 や 異 質 材 との 組 み合 わ せ 研 究 な ど を積 極 的 に行 った。 当研 究 グ ル ー プ に は,産 地 に ゆ らぎを 与 え る場 と して,生 産 者 の 意 識 改 革 を 促 進 す る役 割 も 同時 に 期 待 され たの で あ る。 その 背 景 に は,第 一 に,そ れ まで 有 田生 産 地 は陶 石 や 陶 土 に恵 まれ て い た だ け に,良 質 な 陶 土 を 自明 視 して き た こ と,第 二 に,規 格 品 洋 食 器 が 要 求 す る寸 法 の 誤 差 に対 す る認 識 が 薄 か っ た こ とが 挙 げ られ る。

最 初 の3年 間(1979〜1981年)は,佐 賀 県 窯 業 試 験 場 と共 同で,天 草 を 主 体 と した 陶 土 に輸 入 カオ リ ン(2)を添 加 した配 合 陶 土 に よ って,有 田焼 の 特 徴 で あ る透 光 性 ・白色 度 ・堅

(2)カ オ リン は,洋 食 器 生 産 に 必 要 と され る高 温 度 焼 成 に耐 え う る配 合 陶 土 の 開 発 に不 可 欠 な 成 分 で あ る。 通 常 の 天 草 陶 石 はカ オ リンが 不 足 して い た た め,カ オ リンを 配 合 す る こ とに よ って そ の 含 有 密 度 を高 め る こ とが必 須 と され た 。 配 合 陶 土 研 究 開 発 の経 過 や結 果 の詳 細 につ いて は,「 大 有 田 焼 だ よ り」 第4号,4‑6頁 を 参 照 。

(5)

大有 田焼振興協同組合の事業展開(山 田 ・筒井 ・吉 田 ・東郷)

牢 性 を生 か した製 品 の 開発 に 向 け た研 究 を行 った(3)。具 体 的 に は,国 内外 原料 調 査 お よ び 調 査 収 集 試 験 に基 づ いて,酸 化 鉄 や 酸 化 チ タ ンの 含 有 密 度 が 低 く,原 料 入 荷 が 可 能 で,安 価 な 材 料 を選 択 し,配 合 陶 土 の 原 料 基 礎 試 験,配 合 陶 土 調 整 試 験,鋳 込 用 陶 土 に よ る試 験 が 行 わ れ た。 これ らの 基 礎 試 験 に よ って,肥 前 地 区 に お いて は,天 草 陶 土 に代 わ る陶 土 は 現 在 の と こ ろ不 可 能 に近 い こ とが 判 明 したが,そ れ に近 い もの と して 中国 広 東 省 湛 江 地 区 の カオ リ ンが 有 力 視 され た。

その 後,大 有 田焼 は,1983年 に通 産 省(現 経 済 産 業 省)の 「海 外 投 資 及 び開 発 輸 入 促 進 費 補 助 金 」 の 交 付 を 受 けて,そ の 年 の11月 に調 査 団 ④ を 中国 広 東 省 湛 江 地 区 に派 遣 した 。 この 調 査 は,カ オ リンの 埋 蔵 量 の 確 認 と開 発 輸 入 の 促 進 を 目的 と し,12日 間 に亘 って 実 施 され た。 現 地 に派 遣 され た調 査 グル ー プ は,現 地 の カオ リンの 埋 蔵 量 や 精 製 され た カオ リ ンの 質 の み な らず 現 地 企 業 の 生 産 体 制 や物 流 の イ ンフ ラ整 備状 況 を丹 念 に調 査 し,そ の後, 中国 か らカオ リン を輸 入 す る まで に至 っ た。 しか しな が ら,中 国 か ら調 達 した カオ リンの 品 質 は極 めて 不 安 定 で あ り,後 の 調 査 で 現 地 の 品 質 管 理 が 十 分 に行 き届 いて いな い こ とが 判 明 した。 そ こで,生 産 工 程 を管 理 す る会 社 を現 地 で 持 つ 意 見 が 出 され た が,大 企 業 化 し

た在 名 企 業 と は異 な り群 雄 割 拠 の 様 相 を 呈 した有 田で は,参 加 企 業 の 共 同 出資 に よ る カオ リ ン生 成 工 場 設 立 の 動 き に繋 が らな か っ た。

洋 食 器 の 量 産 に向 け た配 合 陶 土 研 究 と並 行 して,生 産 工 程 管 理 の 導 入 に向 けた 能 力 開 発 が 行 わ れ た。 大 有 田焼 で は,規 格 品 の 量 産 を 可 能 にす る今 一 つ の 課 題 と して 生 産 管 理 の 導 入 が 提 起 され,具 体 的 に は,1)生 地 含 水 量 の絞 込 み,2)型 取 り,3)厚 み,4)鋳 込 み な どの 生 産 工 程 の 管 理 を 通 して 歩 留 ま りを 統 制 す る こ とが 求 め られ た 。 そ こで,工 程

(3)そ の 間 イ ン ドネ シ アの ビル トン島 の 陶 石 が 有 力 視 され,大 有 田 焼 は 昭 和56年2月 に 調 査 団 を 現 地 に派 遣 した 。 調 査 団 に よ る詳 細 な 原 材 料 調 査 に よれ ば,ビ ル トン島 は イ ン ドネ シア で 最 も重 要 な カオ リン資 源 の 原 産 地 で あ り,そ の 埋 蔵 量 は8,000万立 法 メ ー トル以 上 と推 定 され,カ オ リン含 有 密 度 は 天 草 陶 石 の4倍 以 上 に あた る80%で あ る。 加 え て,ビ リ トンカ オ リンの 価 格 は 最 良 の も の と して わ が 国 の 陶 磁 器 業 界 に輸 入 され て い るニ ュー ジー ラ ン ドカオ リンの 半 分 以 下 で あ る こ と か ら,大 有 田焼 は,有 田 窯 業 界 の希 望 す る配 合 陶土 の 有 力 な原 材 料 と して十 分 使 用 で き る もの と判 断 した 。 そ の 一 方 で,ビ リ トン カオ リンの チ タ ン含 有 密 度 は,天 草 陶 石 の20〜30倍 に あ た る 0。2〜0。4%で あ り,チ タ ンの 除 去 が 実 用 化 に 向 けた 課 題 と され た 。 そ こで,新 商 品 開 発 専 門 研 究 グル ー プ は,1981年4月 よ り,九 州 工 業 技 術 研 究 所 の 技 術 指 導 の も と,高 勾 配 磁 器 分 離 装 置 を 用 いて チ タ ン除 去 の 実 験 な どを 行 った が,良 好 な 結 果 が 出 ず,最 終 的 に ビ リ トンカ オ リンの 使 用 を 断 念 して い る(「 大 有 田焼 だ よ り」 第2号,7頁)。 事 業 の 概 要 に つ い て は,大 有 田焼 振 興 協 同 組 合(1981)を 参 照 。

(4)徳 久 信 夫 氏(佐 賀 県 陶磁 器 原 料 ㈱ 社 長)が 調 査 団長 を 務 め た。 団 員 は 次 の 通 りで あ る。 岩 尾 煕 氏(岩 尾 磁 器 工 業 ㈱ 社 長),伊 東 国 男 氏(佐 賀 県 陶 磁 器 工 業 協 同 組 合 専 務 理 事),坂 本 宣 行 氏 (塩 田 陶土 協 業 組 合 専 務 理 事),河 口純 一 氏(佐 賀 県 窯 業 試 験 場(嘱 託)),金 子 渡 氏(㈱ 香 蘭 第 一 工 場),中 村 招 平 氏(大 有 田 焼 振 興 協 同組 合 専 務 理 事)(「 大 有 田焼 だ よ り」 第9号,

4頁)。 中 国 窯 業 原 料 調 査 結 果 の 詳 細 につ いて は,「 大 有 田焼 だ よ り」 第9号,4頁,「 大 有 田焼 だ よ り」 第10号,4頁 を 参 照 。

‑235(1361)一

(6)

管 理 を 中心 と した研 修 が 行 わ れ,各 分 野 に精 通 す る人 材 が 講 師 と して 招 か れ た 。 研 修 の 講 師 は,佐 賀 県 窯 業 試 験 場 や 九 州 工 業 技 術 研 究 所 な どの 公 的 機 関 の み な らず,㈱ 香 蘭 社 や 岩 尾 磁 器 工 業 ㈱ を始 め とす る有 田の リー デ ィ ン グ カ ンパ ニ ー か らス タ ッフが 講 師 と して 派 遣 され た。 こ う した規 格 品 洋 食 器 の 量 産 に向 け た研 究 や 研 修 を 契 機 と して,1982年 にニ ュー セ ラ ミ ック ス研 究 会 が 立 ち上 が っ た。

大 有 田焼 は,配 合 陶 土 研 究 開 発 に加 え て,新 しい素 材 で あ るニ ュー セ ラ ミ ック スの 開 発 に 向 け た取 り組 み を 当時 積 極 的 に推 進 して い た。 ニ ュー セ ラ ミ ック ス あ る い は フ ァ イ ンセ ラ ッ ミク スが 新 しい産 業 素 材 と して 多 方 面 の 分 野 で 実 用 化 を 進 めつ つ あ った 現 状(5)と,成 形 や 焼 成 技 術 な どの 面 に お いて 陶 磁 器 産 業 と密 接 な 関 連 が あ る こ とを ふ まえ,他 産 地 との 競 争 の な か で,窯 業 産 地 の 発 展 が 大 い に期 待 で き る分 野 で あ る との 認 識 が 合 致 した た め, 1982年 にニ ュ ーセ ラ ミ ック ス研 究 会(以 下 ニ ュ ーセ ラ研 究 会 と略 す)が 設 立 され た 。 本 研 究 会 は,大 有 田焼 と佐 賀 県 陶 磁 器 工 業 協 同組 合 の 賛 同の も と に,そ して,佐 賀 県 窯 業 試 験 場 な らび に有 田町 の 後 援 の も と に,岩 尾 煕 氏(岩 尾 磁 器 工 業 ㈱ 社 長)を そ の 設 立 発 起 人 代 表 と して 設 立 され た。 ま た,本 研 究 会 設 立 は 当時 ニ ュー セ ラ ミ ック ス開 発 を 企 業 戦 略 に据 え た香 蘭 社 社 長 ・深 川 正 氏 の 意 向 を 強 く反 映 す る もの で あ り,深 川 氏 は産 地 一 体 とな った 研 究 体 制 を敷 くこ と に よ って,自 社 だ けで な く関 係 他 社 との 切 磋 琢 磨 を 通 じた ニ ュー セ ラ ミ ック ス研 究 の推 進 を企 図 した(6)。1982年10月 に大 有 田焼 会 館 で 設 立 総 会 を 開 催 し,総 会 終 了 後 に は,佐 賀 エ レク トロニ ク ス㈱ の 工 場 視 察,及 び九 州 工 業 技 術 研 究 所 で 第 一 回 研 究 会 を実 施 した。 ニ ュ ーセ ラ研 究 会 に は,㈱ 香 蘭 社,岩 尾 磁 器 工 業 ㈱,深 川 製 磁 ㈱,共 立 製 磁 ㈱(現 共 立 エ レ ック ス㈱)に 加 え て,材 料 開 発 に従 事 す る企 業 が 参 加 した 。 設 立 当 初 の 参 加 企 業 は約20社 で あ っ た が,ニ ュ ー セ ラ ミ ック ス 開発 の 重 要 性 が 業 界 に認 知 さ れ る に 従 って 会 員 数 が 増 加 し,翌 年 に は57名 とな っ た。

ニ ュ ー セ ラ ミ ック スや フ ァ イ ンセ ラ ミ ック ス を,既 存 の オ ー ル ドセ ラ ミ ック スの 延 長 線

(5)フ ァイ ンセ ラ ミ ックス は,高 純 度 酸 化 アル ミニ ウ ム,酸 化 けい 素,酸 化 ジル コニ ウム 等 の 物 質 又 は これ らの 物 質 に化 学 反 応 を 起 こ させ る こ とに よ り得 られ る高 純 度 の 物 質 を 原 料 と して,温 度 や 圧 力 等 を 精 密 に制 御 した セ ラ ミ ックス の こ とを 指 す 。 昭 和57年 当 時,わ が 国 に お い て も,既 に 電 子 材 料(IC基 盤 等),パ ル プ,耐 摩 耗 部 品 等 の 用 途 に向 けて 工 業 生 産 され て お り,ま た 今 後, 原 子 力,宇 宙 開 発 等 の 先 端 技 術 産 業 にお いて 必 要 不 可 欠 な 材 料 と して,そ の 需 要 の 急 速 な 拡 大 が 期 待 され て いた 。 通 産 省(現 経 済 産 業 省)は,フ ァイ ンセ ラ ミッ クス 産 業 の 基 盤 整 備 と振 興 を 図 るた め の 施 策 を 総 合 的 に推 進 す るた め に,ニ ュー セ ラ研 設 立 の 年 に生 活 産 業 局 内 に フ ァイ ンセ ラ ミ ックス 室 を 新 設 して い る(「 大 有 田焼 だ よ り」 第4号,6‑7頁)。

(6)フ ァイ ンセ ラ ミ ックス 産 業 は成 長 産 業 で あ るが,従 来 の 成 長 産 業 とは 異 な り,広 汎 な 産 業 分 野 (化学 工 業,窯 業,機 械 工 業,電 子 ・電 気 機 器 産 業,医 療 関 連 産 業 等)に また が る ため に,業 界 組 織 が 未 成 熟 で あ り,メ ー カ ー 間,メ ー カー ・ユ ー ザ ー 間 に お け る情 報 交 換 が 不 十 分 で あ り,効 率 的 か つ早 急 な技 術 開発 及 び工 業 化 の 推 進体 制 も不 備 な状 況 にあ る等 の 問 題 点 を抱 え て い た(「大 有 田 焼 だ よ り」 第4号,7頁)。

(7)

大有 田焼振興協同組合の事業展開(山 田 ・筒井 ・吉 田 ・東郷)

上 に はな く,む しろ全 く別 の 産 業 と して 捉 え て い た深 川 正 氏 は,新 しい産 業 を 創 造 す る気 構 え を持 って 研 究 開 発 に取 り組 む 必 要 が あ り,そ の た めの 設 備 投 資 が 必 要 で あ る こ とを 力 説 した。 深 川 氏 は,自 ら研 究 会 の 講 師 を務 め た り自身 が 社 長 を務 め る香 蘭 社 か ら講 師 を 派 遣 す る だ けで な く,研 究 会 の 講 師 と して ニ ュ ーセ ラ ミ ック スの 碩 学 の 招 聰,フ ァ イ ンセ ラ ミ ック ス 国 際 セ ミナ ー の 有 田へ の 招 致(1986年11月 開催),さ らに は,中 小 企 業 庁 が 実 施 す る 「地 域 フ ロ ンテ ィア技 術 開発 事 業」(7)の取 り組 み を通 して,産 地 一 体 とな った 研 究 開 発 の 推 進 に お いて,そ の リー ダー シ ップを 遺 憾 な く発 揮 した。

当時 はニ ュ ーセ ラ ミ ック スや フ ァ イ ンセ ラ ミ ック スの 開 発 競 争 の 時 代 に あた り,企 業 秘 密 に関 わ る もの で あ っ た た め,共 同開 発 で はな く共 通 基 盤 とな る知 識 獲 得 の た めの 勉 強 会 と い う形 式 を採 用 した。 したが って,各 企 業 は研 究 会 で 共 有 した素 材 に関 す る知 識 や 先 端 の 研 究 成 果 に基 づ き,独 自 に研 究 開 発 を 進 めて い っ た。 香 蘭 社 は ジル コニ ア系 素 材 を 使 用 した エ ン ジ ンセ ラ ミッ クス を トヨタ 自動 車 と共 同 開 発 し,共 立 製 磁 はIC基 盤 の開 発 に よ っ て 事 業 を軌 道 に乗 せ,岩 尾 磁 器 工 業 は環 境 に配 慮 した素 材 の 開 発 に成 功 す るな ど,有 田 は フ ァイ ンセ ラ ミ ック スの 分 野 に お いて,他 産 地 に先 駆 け た各 種 取 り組 み を 進 めた こ とが こ れ らの 事 例 か らも窺 え る。 それ らの 研 究 開 発 が 可 能 で あ っ た背 景 と して,有 田の リー デ ィ ング カ ンパ ニ ーで は研 究 部 門 を持 て るだ けの 財 力 が あ り,研 究 開 発 の 面 で 公 的 な 技 術 研 究 機 関 の そ れ を 凌駕 す るだ け の設 備 と人 材(研 究 ス タ ッ フ)を 擁 して いた こ とが挙 げ られ る。

続 いて,有 田窯 業 産 業 誕 生 以 来 陶 石 を 供 給 して き た泉 山の 存 在 を 見 直 す べ く,そ の 有 効 利 用 に 向 け た開 発 事 業 が 昭 和59年 度 に開 始 され た。 本 事 業 は,翌 年 度 か ら5ヶ 年 継 続 事 業 と して,「 低 品位 陶石 高 品位 化 ・実 用 化 事 業 」 とな った。 泉 山 陶石 は400年 か けて 採 掘 され る 中で,次 第 に硫 化 鉄 分 の 含 まれ た陶 石 が 採 取 され る に至 っ た。 そ の ま まで は生 地 に使 え な い た め,硫 化 鉄 分 に含 まれ る鉄 分 を 除 去 す る作 業(脱 鉄)が 必 要 とな った 。 脱 鉄 コ ス ト が 問 題 にな る 中,明 治 か ら大 正 期 にか けて,天 草 で 良 質 な 鉱 石 が 発 見 され,そ れ と軌 を 一

に して,天 草 の 陶 石 が 使 用 され る よ う にな り,香 蘭 社 は早 い時 期 か ら窯 業 原 料 に天 草 陶 石 を使 用 す る よ う にな っ た。 明 治 大 正 期 に は泉 山陶 石 を使 用 しな けれ ば有 田焼 と は呼 べ な い

(7)本 事 業 は,拡 大 しつ つ あ る大 企 業 との 技 術 格 差 を 克 服 す るた め,地 域 中小 企 業 の 技 術 開 発 力 の 強 化 を 図 り,既 存 産 業 の 高 度 化 及 び 新 規 産 業 の 育 成 等 を 強 力 に推 進 す る こ とを 目的 と し,昭 和58 年 度 か ら開 始 され,昭 和59年 度 の 新 規 採 択 地 域 と して 佐 賀 県 が 指 定 され た 。 佐 賀 県 は 「ニ ュー セ ラ ミ ック ス の 素 材 及 び 製 品 開 発 」 を テ ー マ に据 え て,伝 統 的 陶 磁 器 の 成 形 技 術 や 焼 成 技 術 に, ニ ュー セ ラ ミ ックス 関 連 の 先 端 技 術 を 導 入 して 地 場 産 業 の 活 性 化 を 企 図 した 。 中 小 企 業 庁 の 指 定 を 受 けて 佐 賀 県 は推 進 母 体 と して 産,官,学 に よ る委 員 会 を 設 置 した 。 委 員 会 は,佐 賀 大 学,九 州 工 業 技 術 試 験 所,佐 賀 県 窯 業 試 験 場,有 田 ニ ュー セ ラ ミッ クス 研 究 会 な どか ら構 成 され る。 昭 和59年 度 お よび 昭 和60年 度 で は,ニ ュー セ ラ ミッ ク スの 研 削 や 切 削 な どの 基 礎 研 究,そ して,昭 和61年 度 に は応 用 か ら試 作 品 の 開 発 が 構 想 され た(「 大 有 田 焼 だ よ り」 第9号,5頁)。

‑237(1363)一

(8)

と い う認 識 が 一 般 的 で あ っ たが,昭 和 期 に入 って 天 草 陶 土 の 使 用 が 容 認 され る よ う にな っ た。

と りわ け戦 後 に は,有 田焼 生 産 量 の 急 増 に伴 う泉 山陶 石 枯 渇 化 の 恐 れ か ら,ま た,広 く 天 草 陶 石 が 定 評 を 得 る よ う にな っ た こ とか ら,そ の 使 用 が 奨 励 され る よ う にな った 。 一 方 で,鉄 分 を含 ん だ 泉 山陶 石 は粕 薬 の 原 料 と して 使 用 され た。 そ こで,泉 山の 未 利 用 部 分 を 有 効 活 用 し,外 装 な どの 建 築 用 素 材 に仕 上 げ る案 が 出 され た。 大 有 田焼 ・開 発 委 員 会 の も とで は,そ の 案 に呼 応 して,い くつ か の 窯 元 が 集 い泉 山陶 石 の 利 用 を 促 進 す る動 きが 起 こ り,本 事 業 開 始 の 運 び とな っ たの で あ る。 現 在 に お いて も,2016年 に開 催 を 予 定 して い る

「有 田焼400年 祭 」 に向 け,そ の 原 点 た る泉 山陶 石 の 利 用 を 再 検 討 す る時 期 に来 て い る。 か つ て 泉 山陶 石 か ら陶 土 を 生 成 す る専 門 企 業(㈱ 泉 山精 土 な ど)が 存 在 して いた が,天 草 陶 石 の 台 頭 と,そ の 躍 進 に よ って 廃 業 が 続 い た。

1986年 に は,安 全 対 策(鉛 規 制)へ の取 り組 み が本 格 的 に 開始 され た(8)。本 事 業 は,1986 年4月 の 食 品 衛 生 法 一 部 改 正(同 年10月1日 施 行)(9>に伴 い,鉛 溶 出防 止 にむ けた 対 策 を 目 的 と して い る。 大 有 田焼 は 同年6月4日 に,伊 万 里 保 健 所 や 佐 賀 県 窯 業 試 験 場 か ら行 政 指 導 を受 け る機 会 を 設 け た。 大 有 田焼 は,鉛 害 が 直 接 鉛 を 使 用 して 上 絵 付 す る錦 付 業 者 だ け の 問 題 で はな く,肥 前 地 区 窯 業 界 全 体 の 立 場 か ら,単 位 組 合 の リー ダー が 認 識 を 新 た に し て 対 応 策 を講 じる見 解 を 示 し,錦 付,窯 元,商 社 な どの 各 組 合 で 対 応 策 を 協 議 す る動 きが 始 ま っ た。 窯 積 み を減 ら して,内 絵 用 の絵 具 は お お む ね 焼 成 温 度 を760度 以 上 と して,焼 成 時 間5〜6時 間 以 上,最 高 温 度 キ ー プ30分 〜1時 間 の 条 件 で 焼 成 す れ ば,鉛 害 基 準 値 を 抑 え る こ とが で き るが,そ の 一 方 で,窯 元 や 上 絵 付 業 者 の 経 済 負 担 の 増 加 が 懸 念 され る と と も に,検 査 厳 格 化 に と もな う佐 賀 県 窯 業 試 験 場 の 大 幅 な 設 備 投 資⑩ が 喫 緊 の 課 題 とな っ た。翌 年 に は 窯 業 界 か らの 強 い 要 望 に 応 え,佐 賀 県 は新 しい検 査 法 に対 応 す べ く1,020万 円 の 予 算 を計 上 して,検 査 施 設 建 物(ド ラ フ トお よ び蒸 溜 水 装 置)の 建 設 を進 め る と と もに,

(8)大 有 田 焼 は,1982年 に大 阪 府 消 費 者 生 活 セ ン ター の 市 販 テ ス トで 有 田 焼 の 錦 内 絵 書 きの 食 器 か ら多 量 の 鉛 が 検 出 され,厳 しい 指 導 を 受 けた こ とを 機 に,鉛 溶 出 に対 す る注 意 の 換 気 お よ び そ の 防 止 策 の 周 知 に留 ま らず,人 材 養 成 事 業 の 一 貫 と して 鉛 害 防 止 の た め の 絵 具 の 調 合 や 加 飾 法 につ

いて 研 修 を 行 って きた(「 大 有 田焼 だ よ り」 第15号)。

(9)食 品 衛 生 法 は,食 品 だ けで な く食 品 に よ って 引 き起 こ され る食 中 毒 な どの 事 故 の 未 然 防 止 を 目 的 とす る。 同 法 の 七 条 お よび 十 条 で は公 衆 衛 生 の 見 地 か ら,食 品 の 容 器 包 装 につ い て 陶 磁 器 製 な

ど基 準 値 が 設 け られ て い る。 例 え ば 鉛 害 の 基 準 値 は 次 の とお りで あ る。① 深型(深 さ が25mm以 上)の 器 で 容 量 が1.1リ ッ トル以 上 の器 は2.5mg/リ ッ トル以 下,容 量 が1.1リ ッ トル 未 満 の 器 は 5.Omg/リ ッ トル 以下,② 浅型(深 さ が25mm未 満)の 器 は1。7×10‑2mg/cm2,① 及 び ② 以 外 の 器 は,1.7×10‑2mg/cm2。1986年 の 同 法 一 部 改 正 で は,国 際 基 準 に近 付 け るた あ 食 品 衛 生 検 査 方 法 の 厳 格 化 が 盛 り込 まれ た(「 大 有 田焼 だ よ り」 第15号)。

当 時 佐 賀 県 窯 業 試 験 場 は検 査 に必 要 な 原 子 吸 光 器 を 保 有 して い た もの の,今 回 の 法 改 正 に よ る 検 査 の 精 密 化 に対 応 した 検 査 器 具 が 必 要 とな った(「 大 有 田 焼 だ よ り」 第15号)。

(9)

大 有 田焼 振 興 協 同 組 合 の 事 業 展 開(山 田 ・筒 井 ・吉 田 ・東 郷)

専 門 の 検 査 職 員 を1名 増 員 して い る。 そ して 平 成 に入 り,佐 賀 県 窯 業 試 験 場 は大 有 田焼 ・ 開 発 委 員 会 の 協 力 の 下 で 鉛 を 使 わ な い陶 磁 器 の 上 絵 具 を 開 発 し,そ の 実 用 化 に対 す る取 り 組 み が 本 格 化 し た(11)。

(2)商 品 開 発 事 業

大 有 田焼 創 立 後 最 初 の10年 間 で,商 品 開 発 事 業 に お いて 様 々な 挑 戦 を 試 み て きた 。 そ の 最 大 の 成 果 は 「脱 和 食 器 」 で あ る。 消 費 地 市 場 に お いて 割 烹 食 器 の 需 要 が 飽 和 状 態 に近 付 きつ つ あ っ た状 況 下 で,消 費 市 場 の 高 度 化 や ラ イ フ ス タ イル の 変 化 に基 づ くニ ー ズの 多 様 化 に対 応 す べ く,「 脱 食 器 」 と い う合 い言 葉 の も と,大 有 田焼 内 に デザ イ ン開発 研 究 会 を は じめ とす る様 々な 研 究 会 が 立 ち あが っ た。 これ らの 研 究 会 を 通 じて,和 食 器 以 外 の 食 器 開 発 に と ど ま らず イ ンテ リアや エ ク ス テ リア に係 る磁 器 製 商 品 の 開 発(洗 面 器 や シ ャ ンデ

リアな ど)に 成 功 す る こ とで,有 田窯 業 界 に お いて 事 業 の 多 角 化 が 進 行 した 。

第 一 に,給 食 用 食 器 の 開 発 が 挙 げ られ る。1980年 代 以 降 小 中学 生 の 給 食 時 の マ ナー が 全 国 的 に問 題 とな り,食 器 改 善 に伴 う マ ナー 向 上 の た めの 取 り組 み が 全 国 的 に展 開 され つ つ あ っ た。 こ う した状 況 の 中,佐 賀 県 教 育 委 員 会 は1984年 に学 校 給 食 用 食 器 改 善 研 究 会 を 設 立 し,3力 年 の 継 続 事 業 と して,給 食 に適 した 有 田焼 の 食 器 開 発 を手 が け た⑫。 そ れ と並 行 して,同 年3月 に は大 有 田焼 内 に学 校 給 食 用 食 器 改 善 研 究 会 が 設 置⑬ され,そ の も と に 食器 改善研究 部会(会 長 伊 東国男 ・佐賀 県陶磁器 工業協 同組合 専務)と 普 及啓蒙部 会

(ll)佐 賀 県 窯 業 試 験 場 で は1988年9月 か ら河 口純 一 試 験 部 長 を 中 心 に4人 の ス タ ッ フで 構 成 され る 研 究 グ ル ー プ が,無 鉛 上 絵 具 の 開発 に む け た研 究 を 重 ね て き た。 従 来,上 絵 具 の 材 料 と な る ブ リ ッ ト(顔 料 を 加 え て 発 色 させ るガ ラス の 粉 末)に は30%〜70%の 鉛 が 含 まれ て い た が,鉛 溶 出 機 構 を 完 全 に解 明 す る まで に は相 当 の 時 間 を 要 す るゆ え に,当 時 の 厳 し い状 況 と新 しい 局 面 に対 応 す る こ と は困 難 で あ った 。 そ こで,他 の 方 法 で この 問 題 を 解 決 す る方 が 得 策 で あ る と考 え た 本 研 究 グル ー プ は,鉛 や カ ドニ ウ ム等 の 有 害 な 成 分 を 一 切 使 用 せ ず に,優 れ た 耐 酸 性 と耐 ア ル カ リ 性 を 持 つ と と も に,素 地 等 と適 合 す る熱 膨 張 率 と適 当 な 焼 成 温 度 な らび に そ の 範 囲 を 持 った ブ リ ッ トの 開 発 に成 功 した 。 そ して,そ の ブ リッ トを 使 った 顔 料 と金 属 酸 化 物 等 の 発 色 剤 を 配 合 す る こ とに よ って,無 鉛 上 絵 具 の 開 発 を 可 能 に した の で あ る(「 大 有 田焼 だ よ り」 第28号)。

ω 吉 浦 栄 子 氏(佐 賀 県 教 育 委 員 会 体 育 保 健 課 主 任 栄 養 士)の 提 案 が 有 田 焼 に よ る給 食 食 器 導 入 の 契 機 とな った 。 彼 女 は,当 時 使 用 され て いた ア ル マ イ トや プ ラス チ ッ ク製 の 食 器 は丈 夫 で あ った た め,生 徒 の 食 器 の 取 り扱 い が 粗 末 で あ った こ と,ま た,熱 い 汁 物 は 手 に持 て な い こ と もあ って 口を 近 づ けて 食 べ る(い わ ゆ る犬 食 い)行 為 が 散 見 され た こ とか ら,給 食 マ ナ ー の 改 善 の 必 要 性 を 以 前 か ら指 摘 して いた 。 そ して,あ え て 「割 れ る有 田 焼 」 を 使 用 す る こ と に よ って,丁 寧 に食 器 を 取 り扱 う意 識 が 生 徒 に芽 生 え,食 事 マ ナ ー の 改 善 に もな る と主 張 し有 田 焼 給 食 用 食 器 の 導 入 を 提 案 した 。 同 時 に,有 田焼 の 給 食 食 器 の 普 及 は 地 場 産 業 の 新 規 需 要 創 出が 期 待 で き る とい う こ

とで,こ の 提 案 は焼 物 業 界 か ら注 目 され て い た(「 大 有 田焼 だ よ り」 第21号)。

本 研 究 会 は,大 有 田焼 の ほか,佐 賀 県,佐 賀 県 教 育 委 員 会,佐 賀 県 立 窯 業 試 験 場,有 田 町,有 田町 教 育 委 員 会 や 学 識 経 験 者 か ら構 成 され た 。 本 研 究 会 で は,こ れ か らの 子 供 た ちに 佐 賀 の 味 と 心 を 伝 え,物 を 大 事 に扱 う心 を 育 て る こ とを 目的 に学 校 給 食 用 食 器 の 改 善 を はか り,も って 佐 賀 県 の や き もの文 化 の 伝 承 と地 場 産 業 の 振 興 に資 す る(目 的 の 第 一 条)こ と を企 図 して い た(「 大 有 田 焼 だ よ り」 第21号)。

一239(1365)一

(10)

(会長:北 村 祥 造 ・有 田焼 卸 商 業 協 同組 合 専 務)が そ れ ぞ れ の立 場 で 検 討 を進 め て きた 。 初 年 度 は55万5千 円の 予 算 を 計 上 し,最 初 に佐 賀 県 窯 業 試 験 場 に委 託 して 素 地 や 形 状 の 研 究 を行 い,試 作 品 を開 発 した。 学 校 給 食 用 食 器 改 善 研 究 会 の メ ンバ ー で あ った 安 楽 窯 社 長 の 末 村 氏 は,い ち早 くアル ミナ(ニ ュ ーセ ラ ミ ック スの 原 料)を 配 合 した 強 化 磁 器 を 開 発 した。 末 村 氏 は,改 善 研 究 会 が 発 足 す る約5年 前 か ら独 自 に給 食 食 器 開 発 に取 り組 ん で い た こ と も あ り,試 作 品 開 発 過 程 で 重 要 な 役 割 を 果 た した。

翌 年 に は有 田小 学 校 を 研 究 指 定 校 に して 全 面 導 入 した ほか,背 振 小 学 校,佐 賀 県 立 盲 学 校,塩 田小 学 校,有 田 中学 校 の 四 校 を 協 力 校 と して,給 食 食 器 の 一 部 を 有 田焼 に切 りか え て 施 行 した。 その 後,佐 賀 県 県 立 病 院 な ど に呼 びか けて 有 田焼 給 食 食 器 の 普 及 を 促 進 して い る。1986年 に県 教 育 委 員 会 が 行 っ た学 校 給 食 モ デル 校 の 生 徒 ・児 童 を 対 象 とす る調 査 で は有 田焼 給 食 食 器 が 既 存 の アル マ イ ト食 器 以 上 の 評 価 を 得 て お り,ま た,食 事 マ ナー の 改 善 の 点 で,教 育 効 果 につ いて も評 価 され た。 しか し,そ の 一 方 で,食 器 洗 浄 機 な どの 給 食 附 属 設 備 の 改 善 コ ス トや 破 損 率 の 高 さ と い っ た問 題 が 指 摘 され,そ の 後,食 器 デ ザ イ ン, 精 度,強 度,機 能(使 いや す さ,軽 量 化 な ど)の 改 善 や,生 産 コ ス ト低 減 に向 けた 研 究 が 精 力 的 に 行 わ れ る よ う に な った。 そ の 後,給 食 用 食 器 の 普 及 の 試 み が全 国 的 に広 ま り, 1987年 に は,東 京 都 荒 川 区 で 有 田焼 給 食 用 食 器 の 導 入 ω が 決 定 し,昭 和62年 度 か ら平 成 元 年 度 まで の3力 年 計 画 に基 づ いて,荒 川 区 内の 小 学 校27校 と 中学 校15校(対 象 児 童 生 徒 数 は1万6千 人)す べ て に有 田焼 給 食 用 食 器 を 導 入 した。 給 食 用 食 器 は大 有 田焼 を 通 じて 仕 入 れ,そ の 売 り上 げ は総 額5〜6千 万 円 にの ぼ っ た。

しか しな が ら,全 国 的 に陶 器 の 導 入 が 図 られ る過 程 で 大 手 を 含 めた 参 入 業 者 が 増 加 した た め,有 田焼 が 給 食 用 食 器 の 全 国 シ ェ アで 上 位 を 占 め る まで に は至 らな か った 。 有 田 にお いて も,そ の 当時 それ ほ ど精 度 が 求 め られ な い割 烹 食 器 や 業 務 用 食 器 で 賄 って いた せ い も あ り,給 食 用 食 器 の 開 発 ・生 産 に従 事 す る窯 元 の 数 は限 られ て いた 。 そ の 結 果,有 田焼 給 食 用 食 器 の 普 及 は,主 に佐 賀 県 内 に留 ま っ た。 さ らに,食 洗 機 を 使 用 す る給 食 セ ン ター で は食 器 の 軽 量 化,強 度,精 度 それ ぞ れ に お いて 要 求 水 準 が 高 か った た め,食 洗 機 を 使 用 し な い 自校 方 式 を採 用 す る公 立 小 中学 校 を 中心 に納 入 され た。 それ で も佐 賀 県 内 にお いて,

ω 以 前 は ア ル マ イ ト食 器 を 使 用 して いた が,給 食 献 立 の 多 様 化,米 飯 給 食 の 週 二 回 実 施,メ ラ ミ ン製 食 器 の 発 が ん 性 問題 な ど で,PTAか ら食 器 改 善 の 要 請 が あ っ た。 そ の 要 請 を 受 けて,荒 区 教 育 委 員 会 は有 田 や 美 濃 な どの 窯 業 産 地 を 視 察 し,シ ン プル な デ ザ イ ン,強 度,耐 熱 性 な どが 決 め 手 とな って,都 内 で 初 め て 有 田 焼 給 食 用 食 器 を 全 面 的 に 導 入 す る運 び とな った 。 そ の 後,有

田焼 給 食 用 食 器 は好 評 を 得 て,教 師 や 父 母 か ら 「割 れ 物 の た め に 扱 い が 慎 重 にな り,食 事 マ ナ ー も向 上 した 」 と歓 迎 され た(「 大 有 田焼 だ よ り」 第24号)。

(11)

大有 田焼振興協同組合の事業展開(山 田 ・筒井 ・吉 田 ・東郷)

有 田焼 給 食 用 食 器 の 普 及 率 は80%に 達 して お り,現 在 で も有 田焼 の 食 器 が 積 極 的 に使 用 さ れ て い る。

次 に,大 有 田 焼 は,有 田焼 の デ ザ イ ン高 度 化 を 図 る た あ 「デ ザ イ ン高 度 化 開 発 事 業 」 (パ ッケ ー ジ ・ホ ー ム パ ー テ ィー用 食 器)を 開始 した 。 昭 和60年 度 に 通 産 省 主 催 の 「地 場 産 業 デ ザ イ ン高 度化 特 定 事 業 」⑮の採 択 を受 けて,大 有 田焼 は 開発 委 員 会 の下 に デザ イ ン開 発 研 究 会 を設 置 した。 本 研 究 会 は,通 産 省 交 付 の 補 助 金(402万2千 円,う ち 佐 賀 県 補 助 金240万 円)を 使 用 して,パ ッケ ー ジデ ザ イ ン と ホ ー ムパ ー テ ィー用 食 器 群 の シス テ ム デ ザ イ ンの 開 発 を テ ー マ と し,共 同研 究 に取 り組 ん だ 。 本 研 究 会 は,テ ー マ 別 にパ ッケ ー ジ デザ イ ン部 会(会 長:本 土 武 夫 ・一 心 堂社 長)と シス テ ムデ ザ イ ン部 会(会 長:森 田茂 文 ・ 岩 徳 窯 専 務)に 分 け られ,前 者 は商 品 性 を 高 め るパ ッケ ー ジの 開 発 に従 事 し,後 者 は和 食 器 中心 の 現 状 を見 直 し,生 活 の フ ァ ッシ ョ ン化,ニ ー ズの 多 様 化,洋 風 化 に応 用 で き る よ うな 家 庭 用 及 び ホ テル の パ ー テ ィー 用 食 器 の 開 発 を進 め,有 田焼 の 販 売 拡 大 を 目指 した 。 1985年9月 の デザ イ ン開 発 研 究 会 設 立 以 降,各 研 究 部 会 で はデ パ ー トや 専 門 店 で 市 場 調 査,そ れ に基 づ く基 本 計 画 の 策 定,パ イ ロ ッ トデザ イ ンの 試 作 の 開 発 に取 り組 ん だ 。 各 研 究 部 会 は,会 員 の 持 つ 問 題 意 識 や 情 報 を 共 有 す る に留 ま らず,企 画 力 洒 養 の 場 と して も機 能 した。 翌 年4月 に は 各 部 会 の 開 発 成 果 発 表 が 大 有 田焼 会 館 で 開 催 され,ユ ー ザ ー か ら

「生 の 声」 を 聞 くこ と に よ って,実 用 化 に 向 けた 取 り組 み が促 進 され た 。 パ ッケ ー ジデ ザ イ ン部 会 で は,窯 元 や 商社 か らの注 文 に応 じて 焼 物 包装 を納 入 して きた 木 箱 ・紙箱 業 者 が, 本 事 業 へ の 参 加 を 機 に,商 品 性 を 高 め る包 装 デザ イ ンの 企 画 ・開 発 に関 わ る機 会 を 得 た 。 宮 本 慧 子 ・九 州 産 業 大 学 助 教 授 と デザ イ ナー で あ る古 賀 唯 夫 ・九 州 芸 術 工 科 助 教 授 の 指 導 を仰 ぎな が ら,ラ イ フ ス タ イル の 変 化 や それ に基 づ くニ ー ズの 多 様 化 に対 応 した 木 箱 ・紙 箱 の 開 発 へ と意 欲 的 に取 り組 ん だ 。

シ ス テ ム デザ イ ン部 会 で は,お も に,佐 賀 県 陶 磁 器 工 業 協 同組 合 青 年 部 の メ ンバ ー で 有 田窯 焼 の 後 継 者 を 中心 に結 成 され た有 田陶 交 会 の メ ンバ ー⑯ が 開 発 段 階 で 係 わ った 。 客 層 の 絞 りこみ や 絞 り込 ん だ 客 層 の ニ ー ズの 分 析 をふ まえ て,当 時 は コ ン ピ ュー タ グ ラ フ ィ ッ

クで は な く,紙 を 使 っ た食 器 デザ イ ンを 行 う こ と に よ って,企 画 か ら製 作 まで の 開 発 過 程 を経 験 す る こ とが で き た。 その 間,デ ザ イ ンの ノ ウハ ウ を習 得 す るた め に有 田の み な らず

本 事 業 の 活 動 と成 果 の詳 細 に つ い て は,「 大 有 田焼 だ よ り」 第13号,第14号,第19号,お よび 大 有 田焼 振 興 協 同 組 合(1986),宮 本 慧 子 「佐 賀 県 有 田地 区 に お け るパ ッケ ー ジ デ ザ イ ン開 発 研 究 」(『九 州 産 業 大 学 芸 術 学 部 研 究 報 告 」 第18巻 第1号,1987年)を 参 照 。

開 発 に参 加 した 主 な 窯 元 は 次 の とお りで あ る。 しん 窯,岩 徳 窯,ヤ マ トク,畢 山,観 山,天 狗 谷 窯,貞 山窯,福 寿 窯 な ど(「 大 有 田焼 だ よ り」 第13号)。

‑241(1367)一

(12)

洋 食 器 分 野 の 先 端 地 域 で あ っ た名 古 屋 か ら数 多 くの 専 門 家 を講 師 に招 いた 。 と りわ け,当 時 の 有 田の 事 業 活 動 や デザ イ ンを 含 め た商 品 開 発 に対 して 非 常 に斬 新 な 提 言 を 行 って いた

デザ イ ナ ーの 森 正 洋 氏 は,当 時 和 食 器 で 潤 って い た窯 焼 レベ ル で の 意 識 改 革 にお いて 多 大 な る影 響 を与 え た。

その 結 果,割 烹 食 器 を始 め とす る高 級 和 食 器 の 生 産 を得 意 と した 有 田窯 業 界 は,さ ら に 事 業 の 多 角化 を推 進 す る こ と に よ り,時 代 変 化 に と もな う リス ク に も備 え る こ とが で き た。

その 一 方 で,わ が 国 随 一 の 洋 食 器 産 地 で あ っ た 中京 地 区 は,事 業 多 角 化 な どの リス ク分 散 を十 分 に行 わ な か っ た こ と も あ り,1980年 代 以 降 進 展 した 円高 に よ る市 場 競 争 力 の 低 下 を 通 じて,昨 今 で は産 地 と して の 機 能 を 喪 失 しつ つ あ る。 そ の 意 味 に お い て,大 有 田焼 の リー ダ ー達 は,「 既 存 の 焼 物 を 作 れ ば売 れ る」 とい う現 状 を 自 明視 し,か つ戦 時 ・戦 後 の 不 況 期 を経 験 して 来 な か っ た 当時 の 若 手 経 営 者 や 窯 元 経 営 者 に対 して 危 機 感 を 与 え,将 来 に備 え た新 分 野 開 拓 の 機 運 を高 め る こ と に成 功 した と いえ よ う。 す な わ ち,彼 ら は有 田窯 業 産 地 の 知 識 集 約 化 を 通 じて,若 い組 合 員 に対 して 時 代 に対 応 した もの づ く りへ と シ フ ト す る た めの 機 会 を積 極 的 に提 供 したの で あ る。

2需 要 開 拓 事 業

上 記 の 新 商 品 開 発 の 動 き は,販 売 面 で の 情 報 収 集 に よ って も補 完 され,流 通 と開 発 が あ い ま って,都 市 部 で の 需 要 に対 応 した製 品 開 発 の 動 きへ とつ な が った 。 有 田焼 の 市 場 は都 市 部 を 中心 に全 国 各 地 へ と広 が って い たが,と りわ け首 都 圏 へ の 一 極 集 中の 動 きが 進 む な か で,東 京 を 中心 と した市 場 開 発 の 取 り組 み が 本格 的 に議 論 され始 め た。戦 後 の有 田 で は, 生 産 量 の 約 半 数 が 九 州 地 方 を 中心 と した市 場 で 流 通 して い たが,割 烹 食 器 や 日用 食 器 の 都 市 部 に お け る需 要 が 拡 大 す る 中で,消 費 地 問 屋 や 百 貨 店 を通 じた卸 売 が 重 要 な 地 位 を 占 め る よ う に な っ た。 地 方 の 旅 館 や 料 亭 へ の 割 烹 食 器 に加 え て,都 市 部 の ホ テル や 料 亭 向 け に 用 い られ る業 務 用 食 器,さ らに は家 庭 で 使 わ れ る高 級 和 食 器 へ と有 田焼 の 需 要 は さ ら に拡 大 を続 け た。 と りわ け東 京 で 有 田の 作 家 や 窯 元 の 作 品 ・食 器 類 を 売 り込 む べ く実 施 され た 京 王 プ ラザ ホ テル に お け る 「大 有 田ぷ らざ市 」 な ど に焦 点 を 当て,都 市 向 け割 烹 食 器 ・ホ

テル 向 け和 食 器 の 開 発 につ いて 考 察 を 進 め る。

(1)大 有 田プ ラザ 市 の 開 催

有 田 の 窯元 が 一 体 と な った販 路 開 拓 へ の取 り組 み と して 「大 有 田 プ ラザ 市 」(以 下 プ ラ ー242(1368)一

(13)

大有 田焼振興協同組合の事業展開(山 田 ・筒井 ・吉 田 ・東郷)

ザ 市 と略 す)が 毎 年 開 催 され て き た。 この 事 業 は京 王 プ ラザ ホ テル(東 京 ・新 宿)の 全 面 協 力 の も と,1982年 か ら今 日 まで 継 続 して 行 わ れ て い る イベ ン トで あ り,当 初 開 業 間 もな い京 王 プ ラザ 側 の 大 有 田焼 に対 す る積 極 的 な 働 きが 奏 功 した形 で⑰ 実 現 の 運 び とな った 。 その 背 景 と して,京 王 プ ラザ ホ テル は,当 時 閑 散 期 ⑱ で あ っ たお 盆 時 期 の 集 客 対 策 が 必 要 と され て い た こ と,そ して,そ の 当時,新 宿 の 副 都 心 の 各 所 で,岐 阜,美 濃,京 都 な どの 陶 磁 器 産 地 に よ る展 示 会 が 開 催 され て い た こ とな どが 挙 げ られ る。

プ ラザ 市 の 意 義 は,陶 磁 器 の 販 売 に その 主 眼 を 置 く従 来 の 形 態 を 取 るの で はな く,も の づ く りの 前 に窯 元 が 企 画 を 出 し合 って 展 示 内容 を 決 め る と こ ろ に あ る。 つ ま り,窯 元 が 市 場 に直 接 触 れ な が ら,焼 き物 の コ ンセ プ トを 練 り上 げて い くプ ロセ スを 学 ぶ 場 と して 機 能 して い る。 と りわ け,有 田陶 交 会 が 主 導 的 な 役 割 を 果 た して きた 。 そ の 意 味 にお いて,こ の 事 業 は商 品 開 発 と人 材 育 成 の 両 側 面 を 持 ち合 わ せ て い た。 その 当 時,商 社 は窯 元 が 商 社

を通 さず 百 貨 店 な どで 展 示 会 を開 催 す る こ と を許 さな か っ たが,プ ラザ 市 は研 究 会 の 事 業 で あ り,窯 元 単 独 に よ る直 接 販 売 が 目的 で はな く,市 場 の 声 を 直 に聞 くこ とが そ の 目的 で あ る 旨 を大 有 田焼 が 説 得 し,商 社 側 か らその 了 承 を得 た点 に特 徴 が あ った 。 つ ま り,大 有 田焼 が 商社 の 了解 を得 て,窯 元 が参 加 す る形 で の 展 示 会 を 開催 す る こ とを 積 極 的 に推 進 し, 商 社 サ イ ドか らの 批 判 が あ っ た場 合 に も,そ の 矢 面 に立 つ こ とで 会 員 相 互 の 紛 争 を 回 避 で

き たの で あ る⑲。

プ ラザ 市 で の 最 初 の 取 り組 み は,当 時 宴 会 の 主 流 にな りつ つ あ った ビ ュ ッフ ェ方 式 に対 応 す る宴 会 用 食 器 の 開 発 で あ っ た。 当時 の 有 田 は懐 石 用 食 器 を 供 給 して いた こ とか ら,懐 石 か ら立 食 パ ー テ ィへ の 移 行 に向 け た方 向 が 模 索 され た。 例 え ば,器 を 高 い台 に置 いて き れ い に飾 りつ け る視 覚 的 な 仕 掛 けを 考 案 す る際 に,ホ テル の シ ェ フを 招 き,ホ テル の 現 場 に お け る特 徴 に応 じた食 器 の 用 途 と使 い方 に関 す る指 導 を 受 けな が ら,1年 間 か けて そ の 年 の 展 示 テ ー マ に基 づ い た食 器 開 発 プ ロセ ス を企 画 書 と い う形 で 表 現 して い くの で あ る。

京 王 プ ラザ ホテ ル の 奥 田勝 利 氏(ホ テ ル 事 業 支 配 人 ・当 時)ら が 当 時 大 有 田焼 で 流 通 委 員 長 を 務 め て い た 深 川 正 氏 を 訪 ね,大 有 田 プ ラザ 市 構 想 を 提 示 した 。 この 構 想 を 受 け入 れ た 深 川 氏 は大 有 田 焼 に 持 ち帰 り,京 王 プ ラザ ホテ ル の 全 面 的 な 協 力 を 得 て,大 有 田 プ ラザ 市 を 実 施 す る運 び と な った 。

そ の 後,東 京 デ ィズ ニ ー ラ ン ドの 開 業 に よ って,閑 散 期 が 一 転 して 繁 忙 期 とな った 。

当 時 大 有 田焼 の 理 事 長 で あ った 山 口秀 市 氏 が 社 長 を 務 め た ヤ マ ト陶 磁 器 は 窯 元 を 出 自 と して お り,商 社 で あ りな が ら窯 元 の 考 え 方 や 視 点 も持 ち合 わ せ て い た こ とが 大 きか った と考 え られ る。

そ の 当 時,製 販 一 貫 体 制 を と る香 蘭 社,深 川 製 磁,岩 尾 磁 器 とい った リー デ ィ ン グカ ンパ ニ ー と 有 田 の 名 門 窯 元 で あ る柿 右 衛 門,今 右 衛 門,源 右 衛 門 を 除 けば,商 社 が 窯 元 を 使 って 独 自 ブ ラ ン ドの 商 品 を 開 発 ・販 売 す る こ と はあ りえ て も,逆 に窯 元 が 自社 ブ ラ ン ドを 展 示 会 や 直 接 市 場 を 通 して 流 通 させ る こ と は容 認 され な か った の で あ る。 当 時 は,春 や 秋 に 毎 年 開 催 され る有 田 陶 器 市 も また 然 りで あ り,窯 焼 が 出品 す るの で はな く,商 社 が在 庫 を一 掃 す る場 と して 利 用 され て いた 。

‑243(1369)一

(14)

有 田陶 交 会 は,毎 月 定 例 会 議 を開 催 し,展 示 会 に 出品 す る新 作 オ リジ ナル 食 器 の 開 発 を 進 めて い っ た。 プ ラザ 市 は 当初 陶 器 市 の イ メ ー ジで 行 って い たが,ホ テル 内で は文 化 催 事 扱 い とな るの で,有 田陶 芸 協 会 会 員 に よ る展 示 会 を行 う ほか,知 識 人 や 文 化 人 を 招 いた シ ン ポ ジ ウ ムや オ ー プニ ングパ ー テ ィを 開 催 した。 大 有 田焼 に所 属 す る窯 元⑳ や 作 家 が 積 極 的 に参 加 し,1988年 に は ホ テル の レス トラ ン担 当者 と共 同で,格 調 高 い文 様 を 基 調 と した オ リジ ナル 洋 食 器 を 開 発 して い る。 加 え て,ホ テル の 地 下 通 路 に あた る プ ラザ ナー ドで は, 最 大30店 舗 が 出店 したオ ー ク シ ョンや,有 田商 社 に よ る ミニ 陶 器 市 を 開 催 した 。

(2)大 有 田焼 展 の 役 割

次 に,大 有 田焼 の 副 理 事 長 で あ り,か つ 流 通 委 員 長 で あ っ た深 川 正 氏 の 人 脈 を 積 極 的 に 活 か して,三 越 や 高 島屋 を は じめ とす る大 手 百 貨 店 で の 有 田焼 展 示 会 を 頻 繁 に開 催 した 。 これ に よ り,産 地 商 社 の 参 加 が 容 易 とな り,産 地 が 一 体 とな って 百 貨 店 で の 商 業 活 動 の 促 進 が 可 能 と な っ た。 その 際 に,大 有 田焼 は マ ス コ ミを 通 じた広 報 活 動 を 積 極 的 に展 開 す る と と もに,消 費 地 商 社 の 参 加 ス ペ ー ス を 提 供 す るな ど して,消 費 地 商 社 との 利 害 調 整 も 行 っ た。

さ らに深 川 氏 の イニ シ ア チ ブ に よ って 海 外 へ と進 出 し,1981年 に はニ ュー ヨー クや パ リ で 大 有 田焼 展 を開 催 す る こ とで 海 外 で の 有 田焼 展 示 会 を 実 現 し,盛 況 を 得 た 。 深 川 氏 は, 陶 芸 実 演 に よ る需 要 開 拓 と品 質 啓 発 に も努 め,自 社(香 蘭 社)の 職 人 を パ リに派 遣 させ る

と と も に,有 田の 名 工 で あ っ た作 家 の 井 上 萬 二 氏 に も弟 子 を ニ ュー ヨー クで 実 演 させ る よ う要 請 した。 こ う した 内外 で の 展 示 会 は有 田焼 消 費 者 の 動 向 を 探 る上 で の 起 点 とな り,大 有 田焼 で は ア ンケ ー ト調 査 の 分 析 結 果 を 公 表 し各 組 合 員 に対 して 事 業 に よ る フ ィー ドバ ッ

ク を促 した。 その 他,1984年 に大 有 田焼 は新 流 通 市 場 の 開 拓 と産 地 の 活 性 化 を 目指 し,全 国 約4,200組 合 か らな る農 協 の ネ ッ トワー クを通 じて,ギ フ ト ・記 念 品 等 の 商 品 提 供 を 基 本

と した販 売 促 進 事 業 ⑫1)を開 始 した 。1986年 に は,各 商 社 が 取 り扱 う商 品 以 外 に も,産 地 で 取 り扱 わ れ る数 多 くの 有 田焼 を網 羅 した商 品 カ タ ロ グ を作 成 して ほ しい と い う希 望 が 農 協 担 当者 か ら殺 到 した こ と も あ り,有 田焼 の 歴 史 紹 介 や 有 田の 地 図 な どを 掲 載 した 商 品 カ タ

本 グル ー プ は主 に有 田 陶 交 会 の 有 志27社 か ら成 り,共 同研 鎖 して 食 器 を開 発 した(「 大 有 田 焼 だ よ り」 第13号)。

⑳1984年4月 に大 有 田焼 会 館 で 全 国 農 協 ネ ッ ト販 売 促 進 協 議 会 の 発 足 総 会 が 開 催 され,会 長 には 有 田 焼 直 売 協 同 組 合 の 牟 田穣 理 事 長 が 選 出 され た ほか,副 会 長2名,運 営 委 員 に 各 組 合 お よび 有 田町 農 協 の 代 表17名,監 事2名,顧 問8名 の 役 員 が 決 定 し,大 有 田焼 に事 務 局 が 置 か れ た 。 昭 和 59年 度 の 予 算 は400万 円を 計 上 し,事 業 登 録 を 希 望 す る組 合 員 商 社 は70を 超 え た(「 大 有 田 焼 だ よ

り」 第9号,3頁)。

(15)

大 有 田焼 振 興 協 同 組 合 の 事 業 展 開(山 田 ・筒 井 ・吉 田 ・東 郷)

表2大 有 田 焼 振 興 協 同 組 合 の 役 員(昭 和54〜63年 度)

年 理事長 副理事長

昭 和54(1979)年 杉本 覚二 金 ヶ江 繁 男 ・中 島 政 司 ・深 川 正 ・山 口 秀 市 ・山本 義 幸

昭 和55(1980)年 杉本 覚二 金 ヶ江 繁 男 ・中 島 政 司 ・深 川 正 ・山 口 秀 市 ・山本 義 幸

昭 和56(1981)年 杉本 覚二 金 ヶ江 繁 男 ・中 島 政 司 ・深 川 正 ・山 口 秀 市 ・山本 義 幸

昭 和57(1982)年 山 口 秀 市 金 ヶ江 繁 男 ・中 島 政 司 ・深 川 正 ・牟 田 穣 ・山本 義 幸

昭 和58(1983)年 山 口 秀 市 金 ヶ江 繁 男 ・中 島 政 司 ・深 川 正 ・牟 田 穣 ・山本 義 幸

昭 和59(1984)年 山 口 秀 市 金 ヶ江 繁 男 ・中 島 政 司 ・深 川 正 ・牟 田 穣 ・山本 義 幸

昭 和60(1985)年 山 口 秀 市 金 ヶ江 繁 男 ・篠 原 文 雄 ・中 島 政 司 ・深 川 正 ・牟 田

昭 和61(1986)年 岩永 浩美 金 ヶ江 繁 男 ・篠 原 文 雄 ・中 島 政 司 ・深 川 正 ・牟 田

昭 和62(1987)年 岩永 浩美 金 ヶ江 繁 男 ・篠 原 文 雄 ・中 島 政 司 ・深 川 正 ・牟 田

昭 和63(1988)年 岩永 浩美 篠 原 文 雄 ・中 島 政 司 ・牟 田

(注)筒 井 孝 司 作 成 資 料 。

ロ グ を農 協 ル ー トで 配 布 した。

プ ラザ 市 や 百 貨 店 で の 展 示 会 で は,家 庭 向 け割 烹 食 器 の 開 発 とそ れ らの 販 路 開 拓 が 目指 され た。1970年 代 の 古 伊 万 里 ブ ー ム に よ る有 田焼 の 評 価 を 受 けて,そ れ まで 高 級 料 亭 を 対 象 と した業 務 用 割 烹 食 器 を家 庭 で も楽 しめ る食 器 へ と転 換 したの で あ る。 家 庭 用 食 器 の 販 売 方 法 は,大 きな 百 貨 店 な どを 通 じて 広 めて い き,ホ テル で 行 う と き は広 い スペ ー ス使 っ て 新 作 割 烹 食 器 展 を 行 い,ホ テ ル に 入 居 して い る高 級 料 亭 の協 力 の も と新 作 割 烹 食 器 を 使 って 実 際 に料 理 を 試 食 して も らう体 験 型 の 展 示 会 を 行 っ た。 その 後,ホ テル で の 展 示 方 法 を百 貨 店(三 越,高 島屋 な ど)が 導 入 す る よ う にな り,百 貨 店 は展 示 スペ ー ス に限 りが あ る為,客 層 を絞 らざ る を得 ず,百 貨 店 のバ イ ヤ ーが 抽 出 した もの を 展示 す る形 を と った。

その 一 方 で ホ テル の 展 示 会 で は,百 貨 店 で はで きな い イベ ン ト(例 え ば雑 誌 や テ レビな ど マ ス コ ミへ の 積 極 的 な 露 出や 有 名 タ レン トの 起 用 に よ る食 器 の 説 明 な ど)を 展 開 した 。 そ う した 中,中 小 窯 元 の 製 造 技 術 が 格 段 に進 歩 した。 と りわ け,パ リや ニ ュー ヨー クの 展 示 会 で の 出品 とな れ ば,窯 焼 の 技 術 力 向 上 に対 す る意 識 が 強 くな った 。 そ れ らの 新 しい販 路 の 開 拓 に成 功 す る た め に は,食 器 の 精 度 を 高 め る こ とが 必 要 とな り,生 地 の 含 水 量 を 下 げ

る際 に使 用 され る ロー ラー マ シー ン に適 した配 合 陶 土 の 開 発 が 必 要 と され た 。

(3)海 外 販 路 開 拓 促 進 事 業

海 外 に 向 け た 販 路 開 拓 へ の 取 り組 み と して,1982年10月 に 米 国 フ ロ リ ダ 州 オ ー ラ ン ド市 の ウ ォ ル ト ・デ ィ ズ ニ ー ワ ー ル ドに て,ワ ー ル ドシ ョー ケ ー ス 日 本 館 が 開 業 した こ と を 機

一245(1371)一

(16)

に開 始 され た。 この ワー ル ドシ ョー ケー ス は,世 界 各 国 の 習 慣 ・伝 統 ・歴 史 な どの 文 化 の 紹 介 な らび に商 品 販 売 を 行 う こ とを 目的 と した恒 久 的 な 国 際 博 覧 会 場 で あ り,開 業 当 時 の 参 加 国 は 日本 を含 めて10力 国 で あ っ た。 深 川 氏 が 日本 館 の 商 品 仕 入 れ を 担 当 す る三 越 と懇 意 の 関 係 に あ った こ とか ら,日 本 館 で は 有 田焼 が 主 な商 品 と して 陳列 され た。 開 業 に先 立 って ワ ール ドシ ョー ケー ス特 別 研 修 制 度 が 新 設 され た際 に,有 田か ら㈲ 篠 原 商 店(現 丸 文)篠 原 賢 治 氏 を研 修 生 と して1年 間現 地 に 派遣 した⑳。 篠 原 氏 は,現 地 で の 有 田焼 の 宣 伝 や 販 売 活 動 を通 じて,米 国 の 消 費 動 向 を 探 る役 割 を 果 た した。

その 後,海 外 輸 出 向 け事 業 と して,大 有 田焼 は1985〜86年 に 日本 貿 易 振 興 会(ジ ェ トロ) の 商 業 展 示 事 業 を利 用 して,「 ロサ ンゼ ル ス有 田焼 展 示 会 」 を 開 催 した 。 この 事 業 は,当 時 現 地 と代 理 店 契 約 を 結 ん で い た香 蘭 社 や ヤ マ ト陶 磁 器 を 経 由せ ず に,大 有 田焼 が 独 自 に 企 画 して 行 っ た展 示 会 ㈱ で あ り,基 本 的 に は買 い付 け人(バ イ ヤー)を 対 象 と して いた 。 当時 の 有 田焼 生 産 地 は和 食 器 が 中心 で あ り,主 要 輸 出品 は 中近 東 向 けの 工 業 用 品(タ イル や 碍 子 な ど)で あ った。 海 外 輸 出額 は8億9,830万 円(昭 和59年 度)で あ り,売 上 比 率 か ら 見 れ ば全 体 の2%に 過 ぎな か っ た。 ま た,美 術 工 芸 品 だ け挙 げ る とそ の 割 合 はわ ず か な 状 況 で(1%未 満),柿 右 衛 門 窯 な ど高 額 の 作 家 作 品 が1個 単 位 で 売 られ て い る状 況 で あ っ

た。 換 言 す る と,有 田焼 生 産 地 は国 内市 場 だ けで 事 業 が 十 分 に成 立 して いた と いえ る。

海 外 市 場 が全 く未 開 拓 で あ った有 田 で は,「 地 場 産 業 等 小 規 模 展 示 事 業 」 と して 有 田焼 の 展 示 を 始 め と して,ろ くろや 絵 付 な どの 実 演 を行 う こ とで,米 国 へ の販 路 を 開拓 す べ く, 流 通 関 係 者 に 向 けて 有 田焼 の 文 化 的 特 性 や 機 能 性 に優 れ た製 品 を 継 続 的 に紹 介 した 。 しか し,当 時 は 日米 貿 易 摩 擦 や そ れ に 起 因 した 円 高 に よ る厳 しい状 況 に置 か れ て い た こ と も あ って,端 的 に は米 国 バ イ ヤ ー との 商 談 に は結 びつ か な か っ た。 そ の 他 の 原 因 と して,ア メ リカ の生 活 様 式 や住 宅 事 情 に 関 す る情 報 の不 足⑳,高 い 価 格 設 定,マ ス コ ミへ の 働 きか

篠 原 氏 の 派 遣 費 用 の 一 部 を 大 有 田 焼 が 負 担 し,篠 原 氏 は 「大 有 田焼 だ よ り」 紙 面 に て 数 回 にわ た って 現 地 報 告 を 行 って い る(「 大 有 田 焼 だ よ り」 第4号 〜 第8号)。 また,1982年4月 に 大 有 田 焼 専 務 理 事 の 中 村 招 平 氏 は,篠 原 文 雄 氏(篠 原 商 店 社 長)と と も に産 地 代 表 と して 現 地 を 訪 れ, 視 察 調 査 を 行 った 。 詳 細 につ い て は,「 大 有 田 焼 だ よ り」 第7号 を 参 照 。

展 示 品 の 送 料 は大 有 田 焼 と ジ ェ トロが 負 担 し,諸 経 費(旅 費 や 展 示)は 参 加 会 員 の 負 担 とな っ て い る。 深 川 正 氏(香 蘭 社)を 団長 に,永 石 孝 之 氏(香 蘭 社 ・第 二 営 業部),篠 原 賢治 氏(篠 原 商 店 貿 易 部),蒲 池 孝 典 氏(賞 美 堂 本 店 常 務),江 口実 氏(陶 元社 長),深 海 孝 氏(深 海 三 龍 堂 販 売 促 進 部),山 口雅 巳氏(ヤ マ ト陶磁 器販 売 部 長),筒 井 孝 司 氏(大 有 田焼 振 興 協 同 組 合 総 務), 長 友 薫 徳 氏(し ん 窯 商 品 企 画 室)の 九 氏 が 渡 米 した(「 大 有 田 焼 だ よ り」 第15号)。

日本 の よ う に何 気 な い 場 所 に さ り げな く物 を 置 い て 楽 しむ の で はな く,広 い 空 間 で 目立 た な け れ ば な らず,そ の 点 日本 で 考 え る花 瓶 や 置 物 類 は 小 さす ぎて ア クセ ン トにな らな い 。 ビバ リー ヒ ル ズ の パ シ フ ィ ッ クデ ザ イ ンセ ン ター の 各 シ ョー ル ー ム で は,陶 磁 器 に限 らず 置 物 が 他 を 圧 倒 す

る ほ どの 大 き さで あ った(「 大 有 田 焼 だ よ り」 第16号)。

参照

関連したドキュメント

関西鍼灸柔整協同組合定款 第1章 総 則 (目 的) 第1条

(6)組合員のためにする生命保険の代理業務 (7)組合員のためにする自動車損害賠償保障法に基づく保険代理業務 (8)組合員の福利厚生に関する事業

[r]

従来はともすれば安易に行われていた計画変更の事 後承認は行わない とされた。また,

長野県中小企業団体中央会 http://www.alps.or.jp/ (昭和38年7月20日 法律第154号 最終改正

企業共済会と消費生活協同組合

(1) 所有権理論の欧米における位置づけ 各種協同組合は、協同組合の価値や原則を、組 合員所有権を方向づけるものとして共有している

農業・農村基本法」が制定されたが,その なかに,「効率的かつ安定的な経営体を育 成し,これらの農業経営が農業生産の相当 部分を担う農業構造を確立する」という条