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『吾輩は猫である』における諸問題

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Academic year: 2021

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ホフマン評、

“I

t was inev

ita

ble that this p

ainst

ak

ing obse

rver of

his own moods an

d of the external peculiaritie s, more especiall y the oddities, of other

men, should care li

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オフタ―ディ ンゲン』 (第一 部 一八〇〇、 第 二部は未完 ) で は 、 過 去と 未来 と は 記憶や予言的直感 というかた ち をと っ て現 在の 一 部 に な っ て いる 。 一 般に ロマ ン 派 は 、 「 自 己 ( Eg o 」 を複数の断片に分割し、それを時間の中に引 き延ば すばかりか、空間 に も 拡張するの で ある。 こ れは ある種の 自意識、ある いは 自己 の 凝 視 と いう 過程か ら 生まれるが 、 この 過 程 に 深 入 り し す ぎ る と、 人 は 絶 え ず 観 察者 の 眼 で自 己を見詰 めるようにな る。こ の 過程が更に 深 刻化 すれば 、 人は、常に自 分を 監視し て い る 看守を絶 え ず 意識する 独房の囚人の ような恐怖感 を 味 わ う に至 る。こ のよう な 状 況が 続く と 、 人は 狂気 の瀬戸際 にま で 追 い詰 められる。 と ころがロマン派が固執する のは、実はこ のような 状 況な の で あ り、 これが “ D oppergä n ger” というロマン派特有の観 念 を生むことになる 19 。ホ フ マ ン の 場 合 、こ の 観 念 は ほ と ん ど 全 て の 作 品に 見いだされる が、 これが頂 点に達するのは、 恐怖に満ち た 長編 『悪 魔の霊液 (

Die Elixere des T

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きわ めて 妥当 な 見 解と いう べき だろ う 。「 漱 石は (中略) ホフ マン的な 方法をと った」 と いう 主張 は、 牽 強 付 会 の謗り を免れない。 (四 )ホ フマ ン と スターン 更に、 『 猫』 と 『 ムル』 と の関係に関する限り、 「内的証 拠 」 に頼りす ぎる論法には別の 陥穽 もあ る。ホフマン自身 が ス タ ー ン の 影 響 を 強 く 受 け て お り 、漱 石 の 『 猫 』に ス タ ー ン の 影 響 が あ る と す れ ば 、結 果 と し て ホ フ マ ン の『 ム ル 』 との間 に い くつかの 類似点が見出さ れ る の は当 然だから であ る。こ の 問題と の 関 連 で 看 過すること が で き な い のは、 Steven P . Sche rの論文 “Hoffmann and S ter

ne: Unmediated Par

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『吾輩は猫である』における諸問題 か い て到底物に な らん と思つ て そこらに 抛 つ て 置 た 」 というふうに、 「 僕」を用 いている。 「 金縁眼鏡の美学者」迷 亭 も、 「 僕 の 向 ふに坐 つ て居 る知 らん と云 つた 事の ない先生 」 と い う ふうに、 同じ く 「 僕 」 を使 う。 これは 、 常 識 的 な 表 現で あ ろ う 。「 主 人 の 旧 門 下 生 」 寒 月 は 、 旧 師 の 前で は 目 下 ら し く 「 私 」 と 言 い 、 寒 月が 紹介 し た 越 智 東 風 も 、 同 じ く 「私」 を 使う 。 つ まり漱石は 、 意識的に人 称 代名詞を 使い分けて い ると 言えよう 。 と ころ が、 名 前 もつけられないほ ど 粗末に 扱 われている、 薄汚く 痩 せ こ けた牡猫だ け が、 「吾輩 」 という 仰 々し い一人称 を使 うの で あ る。 ここ から生 ま れる効果 は 無 論漱石の意 図 した ところ で 、こ の感 覚 が 掴 め な け れ ば 『 猫 』 の 理 解 は 不 可 能 に 近 い 。 だ が 漱 石自 身は 、きわ め て 効 果 的 なこ の一 人称について は特別な 発言 を し て い ない ようで あ る。 間接的な がら こ の 問題 に触れて いる のは、 昭 和 四 十二年版 『漱 石全集』 第十 六巻に 「 補遺」 と し て 採録 され た 「 〔自著 を 贈る言葉〕 ― ヤ ン グ へ贈れる『吾 輩は猫 で ある 』の 上巻見返 しに―」だ ろ う。 こ の 本文 は、以下の 通 り で ある。 Herein, a ca t s peaks in the firs t pers on plural, we. Wh ether re

gal or editorial, it is beyond t

h e ken of the au th or to see. Gar gan tu a, Qu ix ote an d T ristr am S h an dy , ea ch ha s ha d his da y. It is

high time this

feline

King lay in peace upon the shelf in Mr Y

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『吾輩は猫である』における諸問題 (六 ) “regal we” とシェイクスピアの歴史劇 『新英和大辞典』 第五版 ( 研究社) で “we” の項を 見 ると 、「 2 a [国王が公 式に自己を表示 し て ] ★ roya l “ we” といわれる ( cf. ourself ) : We ar e n ot amu sed. 朕は面白うない ( 誰かが真 面目な席上で し ゃ れを 飛ば した とき Quee n Vi ct or ia が不興気に言った言葉と し て有 名) / Know th at we

have divided in three

our kingdom. わし が 王 国 を三 分 した ことを知 っ て もらいたい ( S h ak., Lear I, 1.38-39 ) 」 とある。 すなわち 、 こ の “we” の再帰代 名詞は “our sel ves” では なく “our self” で あ り、 用例に示したように、 こ の “we” は日本語で は 「朕」 ま たは「わ し」 に相当する、とい うの である。 この 特 殊 用 法 を指 すの に漱石は “r eg al” を用 いた が、 『新英 和大辞典』 に あるよ うに、 “r oy al” を用 い る のが より 一般 的で あ る 。 『 オ ッ ク スフォード英語 辞 典』 (一九八八) で は 、こ の意味におけ る “we” の最も 古 い 用 例 は 一四二 五 年 ご ろであ り、 最も 新しい 用 例は一八七二年で ある 。 後者はテニ ソ ン 作 Gar eth and L ynette の三 六二 行 、 “But Arthur , ‘W e s it King, to help t h e wrong’d Thro’ all our realm.’ で、 漱 石 が こ の 作 品 を 読 ん でい る こ とは 確 実 であ る。 ま た 、『 新 英 和 大辞典』第五 版が言及した “W

e are not amused.”

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である。冒頭 の場面は ウ イ ンザー城 で 、 リチャ ー ド二 世がラ ン カスターの公爵ガ ン ト の ジ ョ ン 、 そ の 他の貴 族 や従者 を従 えて 登 場 する 。こ こで 交わ され る 会 話 は 、以下 の 通 り で あ る 。 KING RIHARD Old John of Ga unt, time-honour ed Lanc aster , Has t tho u ac co rd ing to thy

oath and bond

Brought hither Henry Hereford, thy bold son, Her e to make g

ood the boist’

ro us la te appeal, W h ic h th en our leis ure

would not let

us hear , Against the D u ke of Norfolk , Thomas Mowbray? JOHN OF GAUNT I hav e, my liege. KING RICHARD Te ll me moreover , has t thou s ounded him

If he appeal the Duke in an ancient

malice Or worth ily , as a good subject s h ould, On some known

ground of treachery in him?

JOHN OF GAUNT As near as I could s

ift him on that argument,

On s

ome apparent dang

er s een in him Aimed a t your high nes s, no in vetera te ma lice. KING RICH ARD Then call them to our presence 34 . 以上の部分で 、イタリックで 示 した部分、す なわち 、 “Whic h then our leis ure

would not let

us

hea

r,”

にお

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『吾輩は猫である』における諸問題 「バーレス ク 」 で は主題 と そ れ を扱う手法と の 途 方 も な い 不調 和を利 用 する傾向があり、 一 般 にそ の 効 果は 「パロ デ ィ 」 より も広くかつ粗野 で ある 。 ホ メロスの 「バーレス ク 」 に Batra chomyoma china ( 『 蛙 と 鼠 と の 戦 い 』 ) が あ り 45 、中 世に流行した騎士 道物語の 「バーレスク」 に チョーサー(一 三 四〇頃‐一四〇〇 )の The T

ale of Sir Thop

as (c .1387-14 00) がある。 十五 世 紀 のイタリ ア で は、中産 階級が滅び行 く貴族 文 化を 攻撃するのに「バーレス ク 」を 利 用した。 これ が、 セ ル バンテス (一五四七‐一六一六 ) の 『ドン ・ キ ホ ーテ』 ( 第一部 一六〇五 、 第 二部 一六 一 五 ) 執筆にある種 の 刺 激 を 与 え ている。 『ブリタニカ』 は 、 更 にスカロン ( 一六一〇‐六〇) の V irg ile tr av esti (1 64 8) そ の 他 多くの 例 を挙げ て いるが、 ここ で は 、漱石が『文 学評論』 で言及したス ウィフトの 『 書籍 戦争』 ( 一 七 〇 四 ) も 、 この 系列に 属 し て いる と さ れ て いる こと を付け加えるに と どめ て お こう 46 。 ある文学用語 辞典は、アリ ストファネス (紀 元前四四 八頃 ‐三八〇 )も 時にこ の 形式を利用し た と し、古代 ギリシ アで 悲劇 の 後 に 演 じら れ た 「 サ テュ ロ ス 劇 ( saty r play s ) は、 「バ ーレス ク 」 の 一形式 で ある とする 。 英文学 で は、 『夏の 夜 の夢』 ( 一五九五頃)にお い て 演じられる劇中 劇 、す なわち 、 ピ ラ マス と シ スビー と の物語が「バー レ ス ク 」 の 最 も早 い例である。 その後 の よ く 知 ら れた 例 を 挙 げ れば 、 前 記 フ ィー ル デ ィング や ス タ ー ン の 他 、 サ ミ ュ エル ・ バ トラー(一六 一二‐八〇) 、ドライデン( 一 六三一‐一七〇〇) 、 ス ウ ィフト、ジ ョ ン ・ ゲイ(一 六八五‐一七 三二) 、 ポープ ( 一六 八八‐一七四 四) 等は、 そ れぞれの やり 方 で こ の 手法を活用し てい ると述べる 47 。「 バーレス ク」 の語 源 がイ タリ ア語 の “bur la (=moc ker y) ” と さ れ て いること 等を考 え れば 、アリストフ ァ ネ ス や 「サテュロス劇 」 に溯る について は、ある種 の 留保 条件が必要 で あろう 。 だが 現在から見れ ば、こ れ ら の 作 品 も ま た「 バーレス ク」 の先駆だ と言っ て も牽 強 付 会 と は 言 え な い で あ ろ う。 また、別の 文 学用語辞典は、 「 バーレス ク 」 を「特別な 種 類の喜劇的作品 」 と し 、「 作品の主題 を 故意に辻褄のあ わ ないやり方 で 扱うことで 、 厳粛なる内容や文体 を 笑いも の にする も の 」 と定 義す る。 こ の 辞典は「バーレスク」に 三 種類 の下位区分を設け、 ( 一 ) PARODY 、 ( 二 )

the mock poem

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ルデ ィン グが サミュエル ・ リチ ャー ドソ ン(一六八 九 ‐一 七六一) の Pamel a (1 740) を笑 いも の に した Sh amela (174 1) で あ り、 (二) の 例は 『文学評論』 で 漱 石が論じ たポープの 『 髪盗 人』 (一七一二‐一四) で あり、 ( 三) の例は バイロン (一 七八八‐一八二四) が ロバー ト ・ サ ウ ジ ー ( 一 七 四四 ‐一八四 三) の A V ision of Judgement (1 821) を 戯画化した The V ision of Judgement (182 2) である。ジェイムズ ・ ジョイス、 フ ロ イ ト、 トロツキー を 滑稽化 し た トム ・ ス トッパー ド ( 一九三 七 ‐ ) の Tr avestie s (19 74) は、 第三の区分に属する と いう。 な お こ の辞典は、 ア メリ カ で は 音 楽 、 コ メ デ ィ ア ン、 スト リ ッ プを 呼 び 物に する 「 バ ラ エ ティ ショ ー」 を 「 バ ー レ ス ク 」 と い う 、 と し て い る 48 。 以上の よ う に 、 論者 によっ て ある程度の相違は ある も の の、 「バーレ ス ク 」 が 一 つ の 文 学的伝 統 を形成し てい る こ と 自体は、 定説と言っ て よかろう。 漱 石は、 こ の 伝 統に 属 す る文学者の中 でも、 ス ウ ィ フト、 フ ィ ー ルデ ィン グ 、 ス タ ー ン 、 ポ ー プと い っ た十 八 世 紀 イ ギリ ス の 作 家 ・ 詩 人に深 い 造 詣 をも って い た 。「 狆野苦 沙 弥」 、「 金田鼻 子 」 、「 立 町 老 梅 」、 「理野陶然」 、「 (牧山) 迷亭」 、「八木独仙」 とい った 「類型名 ( ty pe-name ) 」 も 、 あ る 程 度 ま で は こ れ ら の 作 家 と の 関 係 で 説 明 することが で きる 。 こ のように見 て く れば、 「 不対 法」 とは 「バーレス ク 」 の 伝統、 特 に十八世 紀英文学にお ける「バーレ ス ク 」の 伝統を踏ま え てい る と 結論せざるを得 な いの である。 『猫』は、紛れもな く 「不対法」による傑 作 で あ る。 『猫 』における笑い の 本 質 は「 不対法」にあ る と 認めるこ とに よっ て 、 我が 国には殆 ど類 の な いこの 作 品 を 広大 な文 学的系列の 中 に位置 づ けることも可能 で は な か ろうか 。 (十) 「 アン ド レ ア、デル、 サ ルト」 の 背景 漱石が 「 アン ドレア、 デル、 サル ト」 の 名 を知ったのは、 ロ バー ト ・ ブ ラ ウニン グ (一八一 二‐八 九 ) の 詩 “ANDR E A DEL SARTO” を通し て であ る。 こ の 作品 は、 漱石文庫所蔵の The Poetical W

orks of Robert Browning

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『吾輩は猫である』における諸問題 PA IN T E R ’)” というタイトルの前に、か な り 大きな×印が付けられ て い る 49 。 漱 石 が こ の 作 品 に注 目 し たこ と は 明ら かだが、 こ の 作品の内容は 、 少 なく とも直 接 的には、 『猫』 に 反映 し て はいないと 思 われる。 そ の 理由は、 こ の 作品を 読むことで 自 ずから明ら か にな る。 ただ 、こ の詩に は 非常 に難 解なところがある の で 、漱石自 身 も 利用したと思われ る

The Browning Cyclopedia

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『吾輩は猫である』における諸問題 巻にあたる The Em igra nt Lit era tu re (1 901) である。 この研 究 書は 十五章か ら成 り、 そ れ ぞれ

“I. Chateaubriand, II.

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But it i s long befor e Obermann att ains to this c alm .

Many and impassioned are his

arguments i

n

justifica

tio

n

of suicide; and this i

s not

surprising

, for the suicide-e

pidemic in li

te

ratu

re is one of those symptoms of the

emancipation of the individual to which I have already re

fe rred. It is one form , t h e m os t ra dica l a n d definit e, of the individual’

s rejection of and release from

the whole s

ocial order into which

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5 同書 、 一 〇 六 ‐ 一 一八 頁参 照。 6 同書 、 二 〇 頁 。 7 「浪漫古 典」第六輯 ( 昭和九年九月 ) 所 収。 『夏目 漱 石全集』別巻、 筑 摩 書 房(昭和四八 年)に再 録 。 8 同右 『 夏 目漱 石 全 集』 別巻 、一 一八 頁 。 9 ギュ イ ヤ ー ル 著 福 田 陸 太 郎 訳 『 比 較 文学』 、 白 水 社 ( 一九五三 年 ) 九四 頁 参 照 。 引 用 文 中 、「 ( モ ー ガ ン の ) 小 説 『 旅』 」 と は、 The Vo yage ( 1940 )の こ と 。 な お 、 L a littérature compa rée (Si xième edition mise à jour) QUE SA IS -JE? (19 78) では 、 こ の 部 分が 削 除 さ れ 、 “Q ua nt a u x sou rces pro pre me nt d ite s (po u r no us le s s ource s é trangè re s), no us avo n s v u ( cha p. I I ) co mbie n il é tait diffi cile de le s dis ting u er de s co ïnci de nc es , de s re nco n tr es de pe ns ée o u mê me d’e xp re ss io n .”(p. 80.) とい う一般 論 に 書き改めら れ て い る 。 10 板垣 直 子 『漱石文 学 の背景』鱒書房(昭和 三 一 年) 。五四‐五六 頁参照。 11 同書 、 三 二 頁 。 12 同書 、 三 九 ‐ 四 六 頁。 13 同書 、 五 二 頁 。 14 同書 、 五 四 頁 。 15 同右。 16 大 村 喜吉 『 漱 石 と英 語』 、 本 の 友 社 ( 平 成 一二 年) 所収 。「 出 典 一 覧 」 に よれ ば 、 初 出 は 「 『 英 語 と 英文 学』 第 87号 4‐ 5 頁 ( 196 3.6 ) 」 となって い る 。 17 同 右 『漱石と英 語』 、一二 一 ‐ 一 二二頁 参 照。 18 Bran des, Main Curre nts in Ni

neteenth Century Literature

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『吾輩は猫である』における諸問題 43 この 「学 者 」 の名前は “Phut ato riu s” とされて い る 。 こ れは 、“copulator , lech er” の意 であ る ( Cf. Ste rne, The Li fe a nd O pin ions of T ristram Sh an dy , edited b y J ames A. W

ork, The Odyssey Pr

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