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オスカー・ワイルドの社交界劇における「新しい女 」 : 衣裳と女性の可能性

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(1)

オスカー・ワイルドの社交界劇における「新しい女

」 : 衣裳と女性の可能性

著者 須田 久美子

雑誌名 主流

号 68‑69

ページ 41‑55

発行年 2007‑11‑15

権利 同志社大学英文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000015208

(2)

オスカー・ワイルドの社交界劇における「新しい女」

衣裳と女性の可能性一一

須 田 久 美 子

ワイルドと衣裳

41 

オスカー・ワイルド (OscarWilde, 18541900)と衣裳と言えば,ファー のついたコート,ベルベットの上着,ボタンホールにさした花といった格好 を思い浮かべるかもしれない.生活に美しいものを,をモットーに,審美主 義者として有名なワイルドらしい姿である.しかし,これまでのワイルド研 究において,衣裳に焦点を当てたものはほとんどなかった.その一因は,ワ イルドが同性愛者であったこと,そしてそれを作品の中に読み取ろうとした これまでの批評傾向にあるだろう.リチヤード・エルマン (Richard Ellmann)の伝記1にはサロメに女装したワイルドと思しい人物の写真が載 せられており,それは全くの別人であったのだが,波乱に満ちた人生を歩ん だ彼のイメージから,衣裳の話題はもっぱら作家自身のセクシュアリティの 問題と結び付けられ,いかにもワイルドらしい逸脱ぶりを象徴するもの,と されたきらいがあるのは否めない。

ワイルドは,

r

女の世界j(Womαn's 

TorldFの仕事や,当時の女性著名 人との交流,その他著作において,女性文化と関わってきており,その中で も服飾文化に彼は関心を示しているJ たしかに,ワイルドの女性文化への 共感は,彼のセクシュアリティの問題としばしば結び付けられ,彼は「柔弱 な男性

J

(an effeminate man)として受け取られ,そのホモセクシュアリ ティを暗に示されてきた.女性のものであるとされたフリルやレース,派手 な宝石を,男性であるワイルドが身につけるのである.しかし,当時,

I

(3)

42  オスカー・ワイルドの社交界劇における[新しい女j一一衣裳と女性の可能性一 弱な

J

(effeminate)という言葉は,貴族やダンデイを指すものであり,そ れは必ずしも同性愛の傾向を示すものではなかったJ ワイルドの衣裳への 興味を性的な意味合いのみで解釈するのは安易であり,それでは彼が衣裳に 込めた真意を量ることはできないだろう彼の女性丈化への親近感と衣裳 への傾倒を,作家自身の閉じられた,個人的な噌好の問題に帰してしまって は,衣裳がワイルドの思想、を表す劇的手段であるという認識は生まれ得ない.

女性の服飾文化を男性にも取り入れたワイルドであるが,ここで確認したい のは,彼の意図が,衣服によって性的倒錯を連想させることよりも,ヴィク トリア朝の硬直した男女観,それに付随して柔軟さを失った衣裳観を聞い直 したところにあったということである.

ワイルドは,男女の衣服について考察した記事,

I

衣裳改革についての急 進的な見解

J

(More Radical Ideas upon Dress Reform")で,次のように 書いている.

I

あらゆる衣裳の部分は両方の性に平等に属するものであり,

これが完全に女性の衣服だ,と決められるものはない

J

(Miscellanies 61‑62).  彼は,衣服は男性専用,女性専用と最初から決まってはいないとし,その垣 根を取り除くことを提案している.ヴィクトリア朝は,

I

別個の領域」

(separate spheres),すなわち男は外,女は家庭とした,男女役割分担が推 し進められた時代であり,この住み分けと区別は衣服にも反映され,男女の 衣服は別個で独自のものであるとされてきた男性服がかつての華やかさ を失い地味なものになり,装飾を排する傾向にある中で,ワイルドはこれま では女性のものとされたもの,シルクなどの素材,レースやフリルなどの飾 りを男性服に復活させた.それはまた,決められた男女の役割は,実は社会 的に作り出されたものであり,衣服がそのひとつの媒体である,との指摘で もある.男女の役割は,衣服ひとつでもって意図的に演じられ操作できるも のである,ということだ.したがって,ワイルドの作品中の衣裳については,

単にセクシュアリティに属するものとして見るのではなくそれがヴイク トリア朝後期の両極化し狭められた男女のカテゴリーに対して広がりと創造

(4)

オスカー・ワイルドの社交界劇における「新しい女J‑衣裳と女性の可能性‑ 43  性を問う手段になっているということ,特に女性の衣裳にそのような機能を 見出していたというところに関心を払って読んで、いく必要があるだろう.

彼の著作には,衣裳に対するコメントがふんだんに散りばめられているが,

中でも,衣裳への言及が効果的に用いられているものは,彼が1890年代に 書いた社交界劇 (SocietyDrama)である.社交界劇とは主に上流階級の社 交界の風俗を描いた劇であり, 19世紀末に盛んに上演された.その中で,

観客がひときわ熱心に見つめたものが衣裳である.劇が上演されると,役者 が着ていた衣裳のスケッチが女性雑誌に載せられ,記事となった.人々は

「衣裳を注文する前に舞台を見に行く

J

のである (Kaplanand Stowell 6).  舞台衣裳は大きな反響を呼ぶ関心ごとであり,社交界劇は当時の流行の一端

を担っていた。またワイルドは,劇を出版する際にト書きを付け加え,登場 人物の衣裳の詳細を書き記しており,彼の衣裳へのこだわりが窺える.ワイ ルドの劇で使われる衣裳は,時代の要求に応えていたと共に,人物造形にお ける重要な要素となっているのだ@

ワ イ ル ド は3つの社交界劇,

r

ウインダミア卿夫人の扇.1(Lαdy  Windermere's Fαn,初 演 1891),

r

つまらぬ女.1(A Womαn of No  lmportαnce,初演1893),

r

理想の夫.1(An ldeal Husbαnd,初演1895)を 書いた.彼がこれらの劇を書いた時代は,女性解放の発展を背景に,

I

新し い」生き方を模索する女1'生を扱った作品が数多く書かれた時代である.その 象徴といえる人物が,

I

新しい女

J

(New Woman) 8と呼ばれた女性たちで ある.ワイルドもまた,彼女たちを劇の中に積極的に取り込んで、いる.そこ で注目したいのは,彼が,女性解放の問題と衣裳の問題を絡めて提示してい るという点である.衣裳は,作品の中で些細な扱いしか受けていないように 見えても,しばしば重要な意味を持って繰り返し言及される.したがって,

本稿では,衣裳に関する言及の中でも,特に女性登場人物に関するものに注 目しつつ,ワイルドが衣裳という素材を通じて,どのように「新しい女」た ちの葛藤と問題を浮き彫りにし,衣裳に女性の可能性をいかに見出していた

(5)

44  オスカー・ワイルドの社交界劇における「新しい女J‑衣裳と女性の可能性←

か,ということを読み解いてみたい.

E  ワ イ ル ド の 劇 に お け る 「 新 し い 女j像

「新しい

J

(new)という言葉は,古い因習からの脱皮や次の世紀への期 待感を表し,肯定的な意味を持った,時代のキーワードとなっていた.そし て,

r

新しい女

J

は,新たな役割を模索する女性の典型として多くの小説や 劇に登場する.

r

新しい女」たちへの態度は,皮肉めいたものから共感的な ものまで,作家によってまちまちであり,彼女たちは知的で活発な進歩的女 性として肯定的に描かれることもあれば,既存の価値観を脅かす恐ろしい人 物として描かれることもある.

「新しい女」の形は様々であるが,ひとつの有名な当時の典型は,

f

パン チj(Punch)に描かれた,イプセンの本を片手に,もう一方の手には女性 解放を意味する鍵を振り上げた,暗く地味な服に身をつつんだ女性としてよ く知られている.また,ヴイクトリア朝における最も重要な雑誌のひとつ,

『コーンヒル・マガジンj(Cornhill Mαgazine)に載せられた「キャラク ター覚書

J

(Character Note")に,

r

新しい女」の特徴が次のように描かれ ている.

r

彼女は簡素な,ぴっちりとした衣服を身に着けている.常にぴっ たりとしており,常に男のようで,全くシンプルである.ほとんど宝石を身 に着けず,ひきつめの髪型をしている

J

(The fin de siecle:αReαder in  Cultural History 80). 

r

シンプル」という言葉は,衣服の装飾を排した簡素 な様子を表し,衣服に伝統的な女性らしさが欠如していることを示している.

それは,女性の衣裳というより,むしろ「男のよう」であり男性服に近い,

と書かれている.装飾的で華やかな衣裳には保守的で、古い女性像が刻み込ま れていると考え,衣裳と共に女性らしさを脱ぎ去り,男性と肩を並べよう,

というのが,

r

新しい女」のひとつの特徴であったといえる

また,当時の劇の中に,典型的な「新しい女」像を見ることができる.ワ

(6)

オスカ}・ワイルドの社交界劇における「新しい女j衣裳と女性の可能性一 45  イルドと同時代の大衆的な劇作家,シドニー・グランデイ(SidneyGrundy)  の『新しい女j(The New Womαn)という劇に登場するある二人の人物の 会話に,

r

新しい女」の特徴が端的に描かれている.彼女たちは,現代の女 性はどうあるべきか,ということについて意見を交わしている.

VICTORIA.  1 want to be allowed to do as men do. 

ENID. And 1 say that a man, reeking with infamy, ought not to be  allowed to marry a pure girl‑‑

VICTORIA. What is the difference between man and woman? 

ENID.  There is no difference.  (The New Woman 16) 

一人は,女性も男性と同じくらいふしだらを許されるべきだと主張するのに 対して,もう一人は,男も,女と釣り合うように,同じくらい「純潔」

(pure")であるべきだ,と言う.女性が男性のレベルに降りていくべきか,

あるいは男性が女性と同じ基準に高められるべきか,という違いこそあれ,

男女に違いを認めず,男女共に同じ基準を守るべきだと,平等に強調点を置 くのが,

r

新しい女」のイメージのひとつであった。ワイルドが描いた「新 しい女」は,後者の方,男性も女性と同様に謙虚で純潔であるべきだとし,

これまでの女性の厳しい規範を男性に当てはめようとする人物である.

彼の劇では,

r

つまらぬ女』の,アメリカからやってきた正義感溢れる少 女へスター,

r

理想、の夫』の主人公である国会議員の妻,チルターン卿夫人 が,先ほど述べた「新しい女」として登場する.ヘスターは「男にはこの法 で,女には別な法を,とはしないで

J

(45)と主張する。チルターン卿夫人 は「女性高等教育

J

(75)の普及に熱心で、,

r

婦人自由連盟

J

(61)のメン バーであり,過去に過ちを犯した人聞は,男女の区別なく裁かれるべきだ,

と考え,自分の夫に「純潔

J

(84)であってほしい,と望む.劇全体を通し て見ると,

r

新しい女」の扱いは手厳しく,ヘスターもチルターン卿夫人も

(7)

46  オスカー・ワイルドの社交界劇における「新しい女J一衣裳と女性の可能性一 新しくはなかった,特にチルターン卿夫人は男女平等論を撤回するだけでな

I

男性の人生は女性の人生よりも価値があります

J

(138)等といった文 句を唱えさせられ,実は古かった,との結論が与えられる.

r

新しい女」に 対してよくある始末のつけ方になっており10彼女たちは結婚生活を脅かす存 在であり,その価値観は修正すべきものとして描かれる.しかし,ワイルド は,彼女たち「新しい女」に苦渋を呑ませはするものの,排除すべき対象と して一方的に描くのではなく,彼なりの描き方でもって彼女たちの葛藤と問 題点を提示する.

m  r

新 し い 女 」 と 衣 裳 に 対 す る 葛 藤

ワイルドの劇において,

I

新しい女」の描かれ方で共通して興味深いのは,

彼女たちが男女同権を訴える言動を示すときに,彼女たちの厳格な意見より も,その外見の可愛らしさや衣服の着こなしぶりの方が大事である,と他の 登場人物から賓められたり,からかわれたりすることである.

r

つまらぬ女』

のヘスターは,イギリス社交界に滞在しているのだが,パリでしつらえた服 を「大変うまく着こなしている」と,周囲の人間に盛んに指摘される.

LADY HUNSTANTON. 

. . . 1 have a great esteem for Miss Worsley.  She dresses exceed‑ ingly well. All Americans do dress well.  They get their clothes in  Paris. 

MRS ALLONBY. 

They say. . . that when good Americans die they go to Paris.  (17) 

19世紀を通じてパリはファッションの殿堂であったが,ハンスタントン 卿夫人は,一際周りと異なる空気をかもし出すヘスターの特長を,彼女の価 値観にではなく,彼女の衣服に認める.彼女の「善良なアメリカ人

J

(17) 

としてのプライドも,パリ仕立てとしてすり替えられ,否定されるような皮

(8)

オスカー・ワイルドの社交界劇jにおける「新しい女jー衣裳と女性の可能性‑ 47  肉を浴びる.また,彼女が周りの女性達の軽薄なお喋りに憤慨し,イギリス 社交界の人々の上辺だけの美しさに対して弾劾のスピーチを披露すると,次 のように軽く受け流される.

LADY HUNSTANTON. 

My dear young lady, there was a great deal of truth, 1 dare say, in  what you said, and you looked very pretty while you said it, which  is much more important. . ..  (46‑47) (下線筆者)

「可愛い

J

(pretty")という言葉は,装いの美しさを含み,

I

新しい女j が嫌う言葉とされてきた。11ヘスターにとっても決して褒め言葉ではないの だ.伝統的な女性らしさを,実は自分もしっかり所有していることを確認さ せられるからである.外見の美を思い切り軽蔑したヘスターにとって,自分 の考えを一蹴されるような言葉となり,彼女は黙り込む.

『理想の夫jでは,

I

婦人自由連盟jから帰ったばかりのチルターン卿夫 人は,その「可愛い帽子」と彼女が参加する活動と,どちらが大事なのかと 冗談めかして尋ねられる.

LORD GORING. 

Please don't.  It is so pretty.  One of the prettiest hats 1 ever saw.  1 hope the Woman's Liberal Association received it  with loud  applause. 

LADY CHILTERN. 

We have much more important work to do than to look at each  other's bonnets. . 

LORD GORING. 

And never bonnets? 

(9)

48  オスカー・ワイルドの社交界庫jにおける[新しい女Jー衣裳と女性の可能性一

LADY CHILTERN. (With mock indignation)  Never bonnets, never! (62) (下線筆者)

社会活動とボンネットへの興味を等価のものとして扱われたくないチル ターン卿夫人に対して,ゴーリング卿はボンネットばかりを褒める.ゴーリ ング卿はまるで,女性は「可愛らしい

J

ボンネットをかぶっていればよい,

女性の本分は所詮は衣服への興味に尽き,チルターン卿夫人のように公の場 で女性の立場の向上を訴えることにはない,と言わんばかりである.

ワイルドは意図的に衣裳の話題でもって「新しい女」たちの気勢を挫き,

彼女らが美しい服を着ることに葛藤を見出す様子を見せている.彼女たちが 外見を指摘されて気詰まりを感ずるのは,進歩的な「新しい女」たるもの衣 裳などに精力を費やしてはいけないという思いからくるのだろうか.しかし,

「新しい女」は衣裳に関心を払うべきか否かは,ワイルドの劇では問題にさ れてはいない.彼の意図は,彼女たちの美服を賞賛しこそすれ,これを非難 するところにはない.ここで問題になるのは,彼女たちが本当は,衣裳を肯 定してそれに積極的な意味を見出せずにいるということである.

彼女たちは,外見の美,特に女性の装飾美に対して厳しい見解を持つ.

『つまらぬ女』のへスターは,イギリス上流階級の女性たちの華やかさを批 判し,地味な「黒い

J

(56)服をまとった慎ましい女性,アーパスノット夫 人のみを友人として認める.また,

r

理想の夫』のチルターン卿夫人は,義 理の妹メイベルに「ダイヤモンド」などの宝石を装身具として認めず,見掛 けを「地味

J

にする「真珠

J

のみを許す (41). 

このように,ヘスターやチルターン卿夫人は装身の華美を警戒する傾向が あるのだが,彼女たちの衣裳に対する批判的な眼は,表層に対する疑惑の眼 差しと結びっく.次のヘスターの台詞に,彼女の表面の美に対する考え方が 表れる.

HESTER. (Stαnding 

. b

ッαbtle)

(10)

オスカー・ワイルドの社交界劇における「新しい女J衣裳と女性の可能性‑ 49  . . . You love the beauty that you can see and touch and handle .・・3

but of the unseen beauty of life, of the unseen beauty of a higher life,  you know nothing.  You have lost life's  secret.  Oh, your English  society seems to me shallow, selfish, foolish. . . . It likes like a leper  in purple. It sits like a dead thing smeared with gold.  (44) 

彼女は,社交界の女性たちの上辺の美しさを「紫の衣のライ病

J

I

金で塗 られた死んだもの」と表現し,外面の美を非難する.美は自に見えないとこ ろにあり,物事の表層には存在しないと述べる.外見の美に対して懐疑的な ヘスター,チルターン卿夫人は,共に表層に見えるものを信じない.つまり,

人間の実体は外見でなく中身にある,と考えるのだ.また,チルターン卿夫 人は,夫が昔汚職に手を染めたことを知り,彼の外見を「恐ろしく塗りたく

られた仮面

J

(84) と述べる.彼女にとっての「仮面

J

は,本当の姿を隠す ための偽りに満ちた覆いであり,はがされるべき化けの皮であるにすぎな

このように,表層に対する見解は,彼女たちの衣裳観と対応し,外面への 疑いを抱く故に,衣裳を虚飾あるいは欺騎と捉える視線が生まれる.もっと も,衣裳は伝統的に女性の堕落と結び付けられ,ヴィクトリア朝においては 影響力を持つ社会的言説となって女性抑圧に一役買っており,女性の立場を 支持するはずの彼女たち自身が,女性蔑視の価値観を拭いきれずにいると考 えることもできる.進歩的に見える彼女たちが,女性を縛る道徳の枠から一 歩も踏み出していないのだ 12しかしそれ以上に,ワイルドが劇の中で示す のは,衣裳と表層の観念が表裏一体となり,他者の装いの美,そして自分自 身の装いに対する否認の感情を

i

参ませる様である.外見を虚飾あるいは欺踊 と捉えるのであれば,彼女たちが衣裳という表面的なものに対して軽蔑や警 戒の念を抱くのは当然で、ある.そして,衣裳を特に価値のないもの,むしろ 真実を隠す偽りと捉える眼差しからは,衣裳は女性のためのものであり,女

(11)

50  オスカー・ワイルドの社交界劇における「新しい女」ー衣裳と女性の可能性 性の可能性を含むという見方は生まれない.

N 衣裳と女性の可能性

ワイルドは,

r

新しい女」の葛藤と限界の要因を衣裳に焦点を当てて浮き 彫りにする一方で,美服に女性の生き方の可能性を見出す人物を『ウインダ ミア卿夫人の扇』に登場させている.かつて家庭を見捨てた「過去ある女

J

, アーリン夫人は,社交界への復帰を願い,実の娘の夫であるウィンダミア卿 に接近する.彼女は娘が恥辱に苦しまぬよう9 正体は明かさずに社交界に出 入りしていたのだが,最後には,自分の名誉や結婚の望み,社交界復帰の夢 も全てを犠牲にして,家出を図った娘の窮地を救い出す.劇の結末部分で,

何も知らないウインダミア卿によって,

r

邪悪な女

J

(78)の熔印を押され不 品行を責められると,彼女は次のように述べる.アーリン夫人とウインダミ ア卿が激しく対立する,この劇最大の見所である.

MRS ERL YNNE. 

. . 1 lost one illusion last night.  1 thought 1 had no heart. 1 find 1  have

, 

and a heart doesn't suit me

, 

Windermere.  Somehow it does‑ n't go with modern dress.  It makes one look old. 

LORD WINDEMERE. 

You fill me with horror ‑ with absolute horror.  MRS ERL YNNE. 

. . you would like me to retire into a convent or become a hospital  nurse, or someingof.atkind....τ'hat is stupid of you, Ar仕1ur.... 

And besides

, 

if a woman really repents

, 

she has to go to a bad  dressmaker, otherwise no one believes in her. And nothing in thβ  world would induce me to do that.  (80‑81)  (下線筆者)

アーリン夫人は,母が娘を思う[心」と「流行の服

J

を同列に置き,似合

(12)

オスカー・ワイルドの社交界劇における「新しい女」一衣裳と女性の可能性‑ 51  う,似合わない,という問題にして語ることで,衣裳を人間の尺度として押 し出し,自分の姿を表層に定める.そして自分が自由に生きるには,モダン で美しい服を着続けることが肝心だと言う.ウインダミア卿が望むような格 好,つまり「下手な婦人服屋

J

でしつらえた服を着た瞬間,自分の人生はお しまいだという.ここでアーリン夫人の発言が示唆するのは,ウインダミア 卿が望むような悔い改めた女性像は,

I

下手な婦人服屋」で作られるという ことだ.そのような像を自ら受け入れているのは,

r

つまらぬ女jの「過去 ある女

J

,アーパスノット夫人である.彼女もまた,かつて結婚の規範を破 り,人知れぬ過去を持つ女性であるが,アーリン夫人と異なり,己の罪を認 め社会的制裁を受け入れる。その証として地味で「黒い

J

(56)を身に着け,

現在の自分を表す.地味な服と共に,押し付けの女性観と抑圧を纏わされて いるのだ.たかが衣服であっても,そこには社会コードが貼り付けられる.

アーリン夫人は,締麗な服を着続けると宣言することで,裁かれ,抑圧され ることに甘んじる女性として自らを表象することを拒否する.自分を窮屈な 道徳に縛られ色縫せた存在に収縮させはしないのだ.

アーリン夫人は,自己像とは彩り豊かな衣裳でもって己の意思で創り上げ られるものだということを示す.ワイルドの措いた「新しい女

J

たちとアー リン夫人は同じように美しく装っていても,衣裳に対する姿勢はずいぶんと 異なっており,その違いは表層の認識の仕方,そして人間観の違いとして表 れる.

I

新しい女」たちが,男女共に「純潔」であるべきと定め相対性や多 様性を排し,人間像を一律に捉える傾向を持つのに対し,アーリン夫人は,

衣裳の上に,意図的な選択と自己表現の多様さ,そして様々な生き方が表れ ることを示唆する。衣裳は人を作る.衣裳を纏い,己を表面的存在として操 作し続けることによって,女性が自分の望む自己として存在できるというこ とだ.衣裳はより自由な生き方を是認するものなのである.己の姿勢を崩さ ず楓爽と振る舞うアーリン夫人に対し,彼女の発言をおぞましいものと感じ ほとんど言葉を失くして立ち尽くすウインダミア卿は,未知で受け容れ難い

(13)

52  オスカー・ワイルドの社交界劇における「新しい女J衣裳と女性の可能性一

「新しい」女性に怯える男性の姿である.

V  多様な表層

一連の社交界劇に描かれた衣裳,そして装い続けることで自分のあり方を 示したアーリン夫人の生き様は,劇作家ワイルドの「表層の哲学

J

(the  philosophy of the superficiaI)ヘ表層にあるものを認識の根本とする物の 見方と結びついている.ワイルドは,エッセイ『嘘の衰退.1(The Decαy of  Lying)に次のように書く.

What is interesting about people in good society . . . is the mask that  each one of them wears, not the reality that lies behind the mask. It  is a humiliating confession, but we are all of us made out of the same  stuff.  In Falstaff there is  something of Hamlet, in Hamlet there is  not a little of Falstaff.  The fat knight has his moods of melancholy,  and the young prince his moments of coarse humour. Where we diι  fer from each other is purely in accidentals: in dre自民manner

tone of  voice, religious opinions, personal appearance, tricks ofhabit and the  like.  The more one analyses people, the more all reasons for analy‑ sis disappear.  Sooner or later one comes ωthat dreadful universal  thing called human nature.  (Complete Works 1075‑76) 

ワイルドは,人聞を分析すると「人間性と呼ばれるあの恐るべき普遍なも の

J

に行き当たるという.人間の「仮面

J

を剥いだ、後には,

I

人間性」とい う人聞が共通して持っている普遍的要素があるのみだと考える.ハムレット もフォルスタッフも共通要素があると言う.つまり,人聞は「同じ素材

J

か ら作られており,

I

衣裳」やその他もろもろのことによって他者と異なる.

普遍な素材から各人を個別化するのは,一人ひとりが身に着けている「仮面

J

なのだ.ゆえに,人々の仮面のつけ方こそが重要になる.ワイルドが言うに

(14)

オスカー・ワイルドの社交界劇における「新しい女」 衣裳と女性の可能性‑53  は,人は社会の中で生きる上で,たとえ実際に仮面をつけていなくても,必 然的に仮面をつけて生きている.つまり,人が見るものは仮面という人工的 かっ外的事物なのである.そこでは,人は視覚的表象として存在することの みを通して,人として認識されるのだ.そしてその仮面を構成する要素とし て,ワイルドは衣裳を挙げている.つまり,

r

恐るべき

J

普遍的な有象無象 のものから,人間にヴァリエーションを与えるものの一つが,衣裳なのだ¥

仮面はもはや欺臓ではなく,真実として受け入れられる.装うからこそ人間 は個別の人物として存在し,そして纏う衣裳の数だけ,様々な人間像がある のだ.

人間の多様性を仮面そして衣裳に認めたワイルドの「表層の哲学

J

を, 我々は社交界劇に見る.多様な表層と衣裳に,多様な生き方がある.これは また,己のイメージを意図的に作り出し続けるワイルドのダンデイズムの精 神である.その点でワイルドが掲げるダンデイズムは男性に限定されるもの ではない.衣裳に対するアーリシ夫人の意気込みには,幅の狭い人間観を柔 軟にして覆す力があるのだ.劇作家ワイルドは,人間の多様性を女性の衣裳 に描き出し,その受容を提起しているのである.

*本稿は,同志社大学英文学会2006年度年次大会 (1029日)における口頭発表の 原稿に加筆修正を施したものである.

*本稿におけるワイルドの劇作品からの引用は使用の版における頁番号のみ記載す る.

1 その写真の人物は.1906年にケルンにおいてリチヤード・シュトラウスのオペラ

『サロメ』に出演したソプラノ歌手AliceGuszalewiczであったことが判明してい る.

2 ワイルドが1887年から1889年まで編集長を勤めた女性雑誌である.

ワイルドは女性の衣服に対しでも多大な関心を寄せ,いくつかの記事を書いてい る.また,女性解放運動と結びついた衣裳改革運動 (thedress reform)にも共感 し,女性に健康的な服装を推奨する目的で創設された合理服協会 (theRational 

(15)

54  オスカー・ワイルドの社交界劇における「新しい女」 衣裳と女性の可能性 Dress Society)1883年の会合にはワイルドも出席している.アン・クラーク・

アモール『オスカー・ワイルドの妻』を参照.

4  Sinfieldは,ダンデイであったワイルドについてホモセクシュアルとしてのイメ ージが先行していたこと,そして「柔弱な」という言葉を再確認する必要性を指摘 する (3452). 

5  Schaffer はその著で,審美主義の基盤は女性文化にあるとし,ワイルドの衣裳を 含む女性文化への傾倒を,彼のホモセクシュアリティに帰すことは不適当であると 指摘している.

6  18世紀中頃までの,男性が着飾った時代から, 19世紀に向かつて華美な装いは 女性に限定され,男性服はシンプルで暗い色の服へと移行していく様子については Philippe PerrotValerieSteeleを参考にした.

7  Dellamoraは『理想の夫』に出てくる衣裳や装飾品を分析するにあたり,チェヴ エリー夫人の衣裳は「性的倒錯J,そしてゴーリング卿が身に着ける宝石は「男色」

を表すと指摘している (Dellamora130). 

I新しい女」の誕生と演劇への広がりについてはTheNeω Womαnαnd Her  Sisters: Feminism αndTheαtre, 18501914を参照.

このような「地味Jな[新しい女Jのステレオタイプは,演劇ではBernardShaw  の『ウオレン夫人の職業j(Mrs Warren's Profession), Sidney Grundyの『新し い女j(The New Womαn), Arthur Wing Pineroの『悪名高いエブスミス夫人j

(The Notorious Mrs Ebbsmith)等に見られる.

10  Grundyの『新しい女』では, I新しい女Jは「あなたはちっとも新しくなんか ない.あなたはイブと同じくらい古いのよ」と言われ,舞台から退場する (51). 

11  Iキャラクター覚書」に「可愛らしさは彼女の大嫌いなものの一つであるJとあ (Thefin de siecle:αReαder in Cultural History 80) . 

12  ヴイクトリア朝では,女性の墜落と美服を結びつけた言説が流布しており,社会 浄化運動 (thesocial purity movement)と衣裳改革 (thedress reform)に熱心で あったフェミニスト達が,しばしば同じような見解を持っていた (Valverde169 88). 

13 

r

つまらぬ女Jのダンデイ,イリングワース卿の台詞にある(17). 

引用文献

Dellamora, Richard. Oscar Wilde, Social Purity, and An IdeαlHusbαnd." Modern  Drαmα37 ( 1994): 12038. 

Ellmann, Richard. Oscαr Wilde.  London: Penguin Books, 1988. 

Gardner, Viv, and Susan Rutherford, eds. The New Womαnαnd Her Sisters: 

(16)

オスカー・ワイルドの社交界劇における f新しい女」ー衣裳と女性の可能性 55  Feminismαnd Theatre, 18501914. New York: Harvester Wheatsheaf, 1992.  Grundy, Sydney. The New Womαn.  The New Womαnαnd Other Emαncipαted 

WomαPlays. Ed. Jean Chothia. Oxford: Oxford UP, 2000.160. 

Kaplan, Joel H., and Sheila Stowell. Theαtreαnd Fαshion: OscαWilde to  the  Suffrα:gettes. Cambridge; New York: Cambridge University Prss1994  Ledger, Sally, and Roger Luckhurst, eds. The Fin de Sicle:αReαderin Culturαl 

History, c.18801900.Oxford: Oxford UP, 2000.160. 

Perrot, Philippe. Fαshioning the Bourgeoisie:αHistory of Clothing in the  Nineteenth Centu1JTrans.Richard Bienvenu.  PrinctonN.J.: Princeton  UP1994. 

Pinero, Wing Arthur. The Notorious Mrs Ebbsmith. The New Womαnαnd Other  EmαnapαtedWomαPlays. 61134. 

Schaffer, Talia. The Forgotten Femαle Aesthetes; Literαry Culture in LαteVictorαn ι Englαnd. Charlottesville, Va.: UP ofVirginia, 2000. 

Shaw, Bernard. Plays Unpleαsαnt; Widowers' Houses; The Philαnderer; Mrs  Wαrren's Profession. Ed. Dan H. Laurence. Harmondsworth: Penguin, cl967.  Sinfield, Alan.  "'Effeminacy' and Femininity': Sexual Politics in Wilde's 

Comedies." Modern Dramα37 (1994): 3452. 

Steele, Valerie. Fαshionαnd Eroticism: Ideαls  of Feminine Beαuty fomthe  VictoriαnEnαto the Jα

zzAge. New York: Oxford UP

, 

1985 

Valverde, Mariana. ThLove of Fineηr:  Fashion and the Fallen Woman in 19th  Century Social Discourse." VictoriαStudies 32 (1989): 1698.

Wilde, Oscar. A Womαof No Importance. Ed. Ian Small. London: A Black,  cl983. 

.AnldeαHusbαnd. Ed. Russell Jackson. London: A & C Black, cl983. 

一•Complete Works ofOscαWilde. Glasgow: Harpercollins, 1989. 

.Lαdy Windermere's Fαn:αPlαyαboutαGood Womαn.  Ed. Ian Small.  London: 

A & C Black, cl980. 

一.Miscellαnies.  Ed. Robert Ross.  London: Dawsons ofPall Mal, 1969. 

アン・クラ}ク固アモール『オスカー・ワイルドの妻j角田信恵訳東京:彩流社,

2000. 

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