内藤湖南と内藤伯健の書 : 内藤文庫特別展観から
著者 奥村 郁三
雑誌名 阡陵 : 関西大学考古学等資料室彙報
巻 11
ページ 8‑9
発行年 1985‑05‑31
URL http://hdl.handle.net/10112/00024341
内藤湖南と内藤伯健の書ー内藤文庫特別展観から 一
奥 村 郁
内 藤 湖 南 書
「少見多怪」
この四字はもともと「牟子」(後漢・牟融の撰。
隋 書 経 籍 志 は 儒 家 に 、 旧 唐 書 経 籍 志 、 新 唐 書 芸 文 志 は 道 家 に 入 れ る ) の 語 で 「見 る 所 少 な く 、 怪 し む 所 多 し 。 ら く だ を 見 て 馬 の 背 中 に 腫 れ る も の が あ る と い う 」 と い っ て い る 。 知 る こ と の 少 な い 人 は 間 違 っ た こ と を い う も の だ 、 と い う こ と で 痛 烈 な椰楡ととれる。湖南は「多怪」どころか「見る 所 少 な く 」 し か も 「 断 ず る ( 偏 見 と 独 断 ) 所 が 多
い」学人がいると手きびしい。
湖 南 の 書 は 多 言 を 要 し な い が 、 学 者 ま た 書 人 で あ り 、 書 人 ま た 学 者 で あ っ た 時 代 ( こ の よ う な 時 代 は ほ ぼ 明 治 で 終 り を 告 げ る ) の 中 で も 名 筆 の一 人 で あ る 。 そ の 方 向 は 北 碑 を 好 ま ず 、 ひ た す ら 南 朝 か ら 隋 唐 の 書 を 追 究 し た 。 こ れ は 湖 南 の 学 問 か ら く る の で あ っ て 、 中 国 全 文 化 史 に お け る 南 朝 文 化 の 位 置 に 対 す る 評 価 と 、 書 の 発 達 の 歴 史 を 通 じ て 、 正 統 は 王 毅 之 ・ 王 献 之 を 頂 点 と す る 書 法 に あ る、とすることからくる。湖 南 の 書 は こ の 書 法 の
研究の実践であった。
唐 代 の 製 法 を 模 し て 作
~
られた雀頭筆を中国へ 持 多 し 、 羅 振 玉 に 書 か
見
せてみた、などはこう
し た 書 法 の 分 析 的 研 究 ij
の 挿 話であ る 。 事 実 晩 ぷ
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年 の 傑 作 「 諸 臨 蘭 亭 序 祓 」 は 雀 頭 筆 で 書 い て
いる。硯などを集める
怪:
興 味 は な か っ た 。 伯 健 によると京都時代から
特にすぐれているが、 少見多怪(湖南書)
書は天性うまい。天性の芸術的感覚が現れるので、
そ う 苦 労 し な く て も う ま い 字 が 書 け る 何 か が あ る という。掲出の「少見多怪」はわずか四字である が 、 竪 法 や 見 の 字 に み え る 勾 法 な ど 、 特 に 智 水 の 影 響 を 思 わ せ る も の が あ り 、 上 の よ う な 湖 南の書 の 特 徴 が よ く 示 さ れ て い る 。 湖 南 の 書 は 二王に典 型 を 求 め な が ら 独 自 の 境 地 を 開 いた書である。
昭 和2年新築当時の恭仁山荘(内腹文庫より)
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内 藤 伯 健 書 「 宇 治 橋 擬 宝 珠 銘 」 拓 本
こ の 拓 本 は 京 都 府 宇 治 市 、 宇 治 橋 の 擬 宝 珠 の 新 銘 で 、 昭 和 二 十 六 年 ( 一 九 五 ー ) の 作 。 撰 文 は 吉 JI l幸 次 郎 博 土 、 彫 金 は 大 久 保 鼎 湖 氏 で あ る 。 昭 和 の 金 石 と し て 屈 指 の も の と な ろ う 。 文 の 内 容 は 宇 治 川 の 情 景 に 歴 史 を 盛 り 込 み 、 あ た か も 対 日 平 和 条 約 の 年 に あ た り 、 芙 は し い 山 河 を 後 世 に 残 し た い と 感 慨 を こ め て い る 。 銘 の 通 例 で 一 句 置 き に 韻 を踏んだ美文(文は吉川博士の全集に収録)。宇治 橋 に は 同 時 に 作 ら れ た 橋 川 時 雄 博 士 の 撰 な ら び に 害 の 擬 宝 珠 銘 が あ る 。 す ぐ れ た 三 人 の 中 国 学 者 と 一人 の 彫 金 家 の 鍍 骨 の 作 で あ る 。 書 は 直 接 書 丹 さ れた。
伯 健 の 書 は 湖 南 に 似 て い る こ と は 一 見 し て わ か る 。 そ れ は 両 先 生 の 用 筆 法 が 南 朝 で 正 統 と さ れ た 指 掌 法 に あ る こ と が 原 因 の 第 ー で 独 得 の 丸 味 を 帯 び る の は そ こ か ら く る 。 智 永 を 習 い こ ん だ の も そ
う で あ る 。 書 を 学 究 の 対 象 と し た こ と は 徹 底 し て お り 、 例 え ば 敦 煙 法 律 文 害 に あ る 形 態 か ら だ け で は 判 断 の つ か ぬ 難 読 の 草 体 字 な ど を 、 当 時 の 筆 法 か ら 帰 納 ( し て 断 案 ) を 下 し て い る な ど 、 書 法 の 精 通 を 直 接 活 用 し て い る 好 例 で あ る 。 正 倉 院 文 書 の研究(神田喜一郎博士らと正倉院倉内で調査)
で も 同 様 で あ る が 、 い ず れ も 書 法 の 徹 底 的 分 析 と 実 際 に 筆 で 試 し て み な い と わ か ら な い 結 果 で あ る。
晩 年 の 書 は 湖 南 と 区 別 が つ か な い も の が あ る が 、 両 者 を よ く 比 較 し て み る と 、 同 じ く 南 朝 風 の 洗 練 さ が あ る が 湖 南 の 書 は そ の 中 に も 剛 気 が あ り、伯健の書はより理詰めで精緻な洗練美を求め て い る 風 が あ る 。 い ず れ に せ よ 指 掌 法 を 追 究 し た 書で強いていえば学風の違いという他ない。
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宇治橋擬宝珠銘(伯健書)
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