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<補完代替医療>を利用するがん患者に活力を与えたのはなにか

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社会学研究科年報 2016 №23

- 67 -

修士(2015 年度)

<補完代替医療>を利用するがん患者に活力を与えたのはなにか

――S会に参加する患者たちの語りから――

齋藤 公子

私には胃がんの罹患経験がある。術後の再発不安から複数の補完代替医療を利用するこ とになり、中国式運動療法を学ぶグループS会に参加した。そこで知り合ったがん患者た ちが、本研究の協力者である。彼らはがん患者とは思えないほど活力に満ちていた。それ を目にした私の「彼らの活力のもとはなんなのか」という思いが、本研究の出発点である。

がんは

1981

年から連続して、日本人の死因第

1

位である。それに対する国家的政策は、

2007

年の「がん対策基本法」の施行により本格化した。かねて課題であった「がん医療の 均てん化の促進」が明文化され、診療ガイドラインが整備され、標準治療が普及した。

一方、がん患者の

44.6

%が補完代替医療を利用していることが明らかになっていた( 「が んの代替療法の科学的検証と臨床応用に関する研究」班 2012) 。だが、補完代替医療の定 義を明示するのは容易でない。よって本研究ではそれを操作的に用い、<補完代替医療>

とする場合「この研究の協力者であるがん患者たちが、主治医が勧める標準治療以外で、

自らの健康を取り戻すのに効果があると考えるすべての治療法や実践」を指すこととした。

先行研究は、補完代替医療に関する医学・看護学的研究群と、病いの経験に関する社会 学的研究群を検討した。結果、研究目的を「これまで研究の対象となることが多くなかっ た<補完代替医療>の利用というがん患者たちの経験を、それらのうちのなにが彼らに活 力を与えたかという視点から明らかにし、そうすることで、がん患者たちが「病人役割」

を超え、 「生」を充実させるのに必要なものを探る議論に資する知見を提示する」とした。

協力者は男女各

4

名の計

8

名であった。彼らのがん患者としての経験を聞き取り、解釈 し、記述するについては、ライフストーリー研究の方法を用いた。

まず、S会の活動を考察した。S会のウェブサイトや設立者の著書にもとづき、設立か らの経緯を追い、私自身の経験にもとづき、S会の現在の活動を詳述した。くわえてS会 の活動を、 「実践コミュニティ」 (Lave and Wenger, 1991=1993)の概念に照らして検討した。

結果、参加者に活力を与えるものとして、S会における「知」のやりとり、S会における

「多層的レベルでの参加」 、S会の「明確に表現されない連帯感」の

3

点を把握した。

つづいて、協力者たちの語りから、彼らを<補完代替医療>の利用に向かわせたのはな にかを探った。協力者たちは現代医学の限界を認識し、それでも「生」の存続を希求する がゆえに、 「がんの進行抑制」や「治療」を目的として<補完代替医療>を利用したことが 捉えられた。また、協力者たちがどんな<補完代替医療>を利用したかについて検討した。

彼らが利用した<補完代替医療>52 種を、利用形態別に分類した。52 種中、18 種は「医 師の関与があるもの」 、9 種は「伝統的中国医学の影響を受けたもの」だった。

このように<補完代替医療>を利用する協力者たちは、多元的医療システムの利用者と して理解可能であった。現代医学においては治療対象という「客体」であった彼らが、多 元的医療システムの利用者としては治療法を選ぶ「主体」となる。こうした「客体」から

「主体」への「転換」が、また協力者たちに活力を与えた。

(2)

- 68 -

くわえて、協力者

3

名による多元的医療システム利用の実際を詳述した。彼らの語りは インタビューの当初の目的に限定されず、がんの罹患経験を超えるものとなった。そうし た語りを彼らの「生」の全体のなかに位置づけ、彼らのライフストーリーを記述した。

しめくくりに、Beck と

Giddens

のリスク社会論を援用し、協力者たちのがんの罹患経験 を近代社会に生きる人々の経験として捉え、検討した。まずは、彼らの罹患経験のうちに、

数値化された病状と向き合うための「リスク選別分析」 (

Giddens 1991=2005

)と、その分 析に必要な「健康のリスクの定期的かつ詳細なモニタリング」 (

Giddens 1991=2005

)があ ることが把握された。そうした行動に起因する彼らの「生」の慌ただしさのため、彼らの 活力は現出するとの理解が可能であった。くわえて、後期近代における「科学の専門細分 化」の影響により「科学の利用者」が「自律性」を獲得する過程を描いた

Beck

の論考(

Beck

1986=1998

)を援用し、協力者たちが活力を得た経緯を説明した。

協力者たちは、現代医学にもとづく医療や多種多様な<補完代替医療>のなかから、特 定の治療法を選択することにより自律性を高めることで活力を得た。その解釈にふたたび

Giddens

の論考を援用すれば、近代社会における「選択」は多くの場合、専門知識の主張に

もとづいて演じられる「意思決定」と呼ぶべきものである(

Beck, Giddens and Lash

1994=1997)

。であるなら、協力者たちの「選択」も「意思決定」と呼ぶことができよう。

Giddens

が指摘するとおり、 「意思決定」であるところの「選択」には、つねに権力の問

題がからむ(

Beck, Giddens and Lash 1994=1997

) 。コストがかさむ<補完代替医療>の利用 という協力者たちの「意思決定」にも、同様に権力の問題がからむ。そうした彼らの行動 の検討に意義を見出すには、Hさんのライフストーリーが不可欠だった。

Hさんの乳がんは初発診断後の

5

10

カ月で

5

回再発・転移し、その間にHさんの意思 はくり返し主治医の見解と対立した。そこからは、本研究の協力者の経験のうちでさえ、

患者の意思が医療に反映されるのに困難が生じる状況があることが明らかになる。しかし 患者の「意思決定」が、本研究が示したように患者に活力を与え、その「生」の充実に資 するものなら、それを尊重する意義は認められよう。その点を改めて強調することの必要 を喚起するHさんのライフストーリーの存在に再度言及し、本研究の結論とした。

引用文献

Beck, Ulrich, 1986, Risikogesellschaft: Auf dem Weg in eine andere Moderne, Suhrkamp Verlag.(=1998, 東 廉・伊藤美登里訳『危険社会』法政大学出版局.

Beck, Ulrich, Anthony Giddens and Scott Lash, 1994, Reflexive Modernization: Politics, Tradition and Aesthetics in the Modern Social Order, Cambridge, UK: Polity Press.(=1997, 松尾精文・小幡正敏・叶 堂隆三訳『再帰的近代化』而立書房.

「がんの代替療法の科学的検証と臨床応用に関する研究」班, 2012,『がんの補完代替医療ガイドブッ ク』第3.

Giddens, Anthony, 1991, Modernity and Self-Identity: Self and Society in the Late Modern Age, Blackwell

Publishing.(=2005, 秋吉美都・安藤太郎・筒井淳也訳『モダニティと自己アイデンティティ』

ハーベスト社.

Lave, Jean, and Etienne Wenger, 1991, Situated Learning: Legitimate Peripheral Participation, Cambridge:

Cambridge University Press.(=1993, 佐伯胖訳『状況に埋め込まれた学習』産業図書株式会社.)

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