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1 教育行政研究についての概要と魅力

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黒崎 勲

講義のはじめに

1 教育行政研究についての概要と魅力

 どのような教育の理想や思想も教育の制度とならなければ実際に力をもっも

のとはなりません。教育制度はそこに関係する人々の数,運営に費やされる公

費の額をみただけでも,今日きわあて大きな社会制度を形成していることがわ

かります。これは教育の営みが子どもの学習に対する専門的系統的働きかけと

いうだけでなく,一人一人の価値観に関わり,社会のあり方に関わっているか

らです。また,教育は国家によって,あるいは政治的に,直接に,また一方的

に決定できるものではありません。教育は社会の諸関係が生み出すメカニズム

に支配され,また社会の人々の意識によって媒介されながら,有機的に生きて

いるというべきでしょう。こうした制度として教育の問題を研究するのが教育

行政研究です。教育は理想を目指す意図的な営みであるということは多くの教

育の定義が教えるところですが,そうした理想をただ繰り返し唱えるというこ

とによって教育の制度のあり方が明らかになるわけではありません。子どもが

学習し(大人の学習も教育学の対象となっていますが),教師が働きかける相

互交渉の内実,あるいは特定の意図と目的をもった教育政策や行政施策がさま

ざまな諸条件のなかで,ときには思わざる結果をも引き起こす制度化のメカニ

ズムという,複雑で,複合的な社会過程や社会関係を理論的に解明しなければ

なりません。公立学校でのエリート主義を否定した教育政策・教育制度改革が

私立学校ブームを呼び,公立学校離れを引き起こしたことなどは,ここでいう

制度化のメカニズムの実例の一つです。また,制度というと,これを類型化し

て,民主的なものとか,良い制度であるとか評価する,あるいは逆にどのよう

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な制度を作っても結局は運用次第だといって制度のあり方を軽視するような傾 向があります。しかし,どちらの態度も制度を研究する正しい態度ではないと 思います。それぞれの制度はそこで働く人々の意識に,それぞれ特有の方向を もって働きかけ,誘導するものと考えるのが良いのではないでしょうか。です から,どのような環境においても普遍的に「良い」あるいは「民主的」な制度 があると考えるのも,逆に,どのような制度も運用次第で良くも悪くもなると 言うのも,どちらも教育制度を理論的に研究することにはならないでしょう。

教育のあり方を探求し,具体的な社会環境のなかでそうした教育のあり方を生 み出すよう人々の意識を誘導する仕組みとして教育制度のあり方を研究すると いうのが教育行政学だといえるでしょう。

2 私自身の研究テーマ

 教育制度における市場原理の意義と限界を考えるというのが私の研究関心で す。具体的には「学校選択の自由」を認める公立学校制度の制度構想,および 社会原理としての能力主義の理念の批判と能力主義に替わる教育理念の原理的 探求という二っをテーマとして研究しています。現在,いわゆる先進諸国の教 育改革の指導原理として,市場原理の教育制度への導入が叫ばれています。公 共的な規制を最小限にし,もっぱら需要と供給の自律した関係によって教育制 度を運営することを目指すこうした教育政策は,教育の管理制度の発達が教育 行政を官僚化させ,さらには教育の専門家の独善を許してきたという批判を出 発点にしています。しかし,同時にこうした市場原理の乱暴な導入は教育を利 己主義の手段とするような意識を喚起する危険をもっています。単純な市場原 理の適用は教育における不平等を結果します。学校選択の自由を認める公立学 校というアイデアは,教育の管理の権限が行政当局や専門家の手に独占される ことを防ぐための抑制と均衡の機能を果たすために,家庭に学校選択の自由を 認めようとするものです。っまり市場原理を適切な枠組みのもとに規制するこ

とによって,教育の事業に対して社会の広範な人々の積極的な参加を促すとと

もに,専門家に自らの責任を自覚させ,教育の自由,専門的自治の質を高める

よう誘導することになる仕組みを考えているといっていいでしょう。

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3 学び方のアドバイス

 理想を掲げ,特定の目的を自覚的に追求するという教育の営みの特質から,

教育行政の研究は社会の観察,社会過程の事実を説明するだけに止まるわけに はいかず,あるべき教育の姿を求めるといった規範理論という性格を本質的に 帯びるものとなります。この事実説明的理論と規範的理論という二っの要素の 様々な統合の態様が教育学を時に豊かにし,時には混迷させることになります。

とくに教育制度の原理を考えるというと,どうしても主観的に教育のあり方を 論じて終わりということになりやすいので,そうならないために,現代社会の 構成原理(たとえば基本的人権の問題)にっいて,教育理論を越えて多様な領 域の(社会)科学的な視角から理解するように試みることと,教育をいたずら に細分化せず,社会の基本的機能として全体像を掴むことに努めている教育理 論・思想の古典を読むことを薦めたい。

4 教育学へすすんだきっかけ

 大学入学当初は歴史学に関心がありました。教育学部に進学したのはまった くの偶然でした。しかし,質の高い公立学校制度が戦後日本社会の背骨をなす 制度であり,民主主義社会を形成する不可欠の社会制度であるという関心は,

早くから抱いていました。それは戦前,強い知的関心をもちながら,まったく 経済的事情から義務教育より上級の学校への進学を断念せざるをえなかった父 親の人生から,私が自然のうちに学んだものだといえるでしょう。卒業論文の テーマには迷わず教育の機会均等というテーマを選びました。そのころから目 的意識的な,能動的な働きかけのなかで客観的な原理というものにもアプロー

チしていくという教育学研究のおもしろさを知るようになりました。社会によっ て規定されながら社会を創造していく人間の歴史のダイナミックな過程が,一 人の個人の行為としては教育というものの営みのなかにあるという感覚を得た

ことが,教育学を選んだ理由だったように思います。

  *AERA Mook 13『教育学がわかる』から。同書22頁に掲載されている

  写真は誤りで,35頁の写真と入れ替えられるべきものである。

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1 教育行政の定義と教育行政研究の意義 1 教育行政の定義

 教育行政の対象を定義して,「教育にっいての行政」とすることは常識的な ことだが,この講義を進めるにあたっては,あまり意味のあることとは思えな い。たとえば,「教育行政とは教育政策として定立された法の下に,その法の 定めに従って,具体的に教育政策を実現する公権力の作用(である)」(木田宏

『教育行政法』良書普及会,1957年・全訂版1968年,12頁)など。

 今後も言及するけれど木田宏『教育行政法』は教育行政の理論と実践にとっ て決定的に重要な意義を有する著作ではあり,この定義も間違ってはいないけ れど,われわれにとっては,それは単に形式的に教育行政を説明するにすぎな い。現代社会において教育に関する行政がなぜこのように大きな位置を占める のか,国家あるいは政治はなぜ教育にこれほどまでに関心を示すのかという点 を解明するものでなければ,この講義において教育行政を定義したとはいえな いと思う。

 かって宗像誠也は次のように教育行政を定義したが,そこには,このような 教育行政の存在意義を解明しようとする志向がある。すなわち,「教育政策と

は権力の支持する教育理念であり,教育行政とは権力の機関が教育政策を現実 化することである」,そして,「教育理念というのは,教育の目的と手段と,内 容と方法との総体を意味し,そこにはなんらかのイデオロギーが貫いている」

と(宗像誠也『教育行政学序説(増補版)』有斐閣,1969年)。この定義は,教 育行政の存在を事実として解明する理論の基礎をなすものである。権力が支持 する教育理念に対して,これとは違った教育理念が民間の社会的な力によって 支持され,種々の手段でその実現をはかることを教育運動と呼ぶというのが,

宗像の用語法である。

 なお,最近の教育行政学の研究動向を踏まえてテキストを著した平原春好は,

宗像の定義を論評して,「野党の教育政策とか在野団体の教育政策というよう

ないい方があるように,教育政策の概念を権力の側だけに限定して使うべきも

のではないという異論(たとえば伊ケ崎暁生の批判)や,現代社会における行

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政の政策立案機能の拡充を考えると,行政と政策の概念を峻別し,行政を政策 の実現に限るのは実態に合わないという指摘(たとえば持田栄一の批判)があ るが,教育行政を教育政策の実現とする定義の仕方そのものは,その後の多く の論者によって引き継がれている」と述べて(()内は引用者),前記の木田 宏の定義を引用している(平原春好『教育行政学』東京大学出版会,1993年)。

しかし,これでは宗像の定義の意義を把握できていないといわざるをえない。

平原は宗像の定義を「教育行政を教育政策との関連でとらえ,教育行政を教育 政策の実現だとする定義」と特徴づけ,「教育行政の内容を積極的に明らかに

しようとする定義」であるとしている。しかし,宗像の定義の固有の意義は,

教育行政を教育政策に関連づけたところにあるのではなく,教育政策を権力行 為に関連づけ,「権力に支持された教育理念」とした点にあったのである。平 原の著作をアエラのムックの著者は「定評ある教育行政学のテキスト」と評価

しているが,必ずしもこれには同意できない。

 このような参照は,諸君にはまだ退屈な言葉の詮索と感じられるだろう。今 後はいちいち言及することを止めたい。ただ,一見単なる形式的な説明あるい

は退屈な言葉の詮索と見える部分にも,目を凝らしてみると大きな理論的対立 がはらまれていることが分かるということの実例になればと思う。

2 「教育政策」対「教育運動」

 1954年の『教育行政学序説』に示された宗像の定義は,「文部省」対「日教 組」という対立図式の中で教育政策が実施されていく事態を反映するものでも あった。教育政策と教育運動を対比させるこの定義にも導かれて,教育行政学 は教育政策批判のための学問という性格を帯びていく。すでに紹介したような 宗像の「教育運動」にっいての定義が上記の言葉として示されるのは1960年の 岩波講座『現代教育学』第3巻においてであった。宗像の学問は自ら「反教育 行政学」と呼ぶものとなった。

 1960年代以降,教育行政学の支配的枠組みは教育法解釈の論理によってもっ

ぱら規定されることになった。そしてその場合,法解釈の対象となる教育法の

根幹は戦後教育改革の初発の精神を体現するものであり,事実としての教育行

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政の過程はその歪曲と把握された。この結果,教育行政研究は現代社会の教育 の諸問題を戦後改革理念との距離を測る以上のものではなくなっていく。それ は教育政策が教育を全面的に規定し,教育問題を教育政策の結果とみる「反教 育行政学」の枠組みとして固定され,教育をめぐって市民社会に働く現代的メ

カニズムを分析する力を失っているといわざるをえない。たとえば,公立学校 でのエリート主義を否定した教育政策・教育制度改革が私立学校ブームを呼び,

公立学校離れを引き起こしたことなどは,ここでいう制度化のメカニズムの実 例の一っである。

 教育政策が教育を全面的に規定しているという想定に立てば,これを支持す るか,あるいはこれに反対するかという二者択一が教育行政研究に迫られるこ とになる。こうして教育行政研究の中心的で,ある場合にはほとんど唯一の主 題は教育の国家統制の是非をめぐる問題となったといってよい。そして,理想

とする教育の理念を語り,これと異なる理念を批判することが教育行政研究の 名前で行われてきた。それは社会意識を変え,理想とするところを実現しよう

とする社会運動には,意義のあることだとしても,それ以上でも,それ以外で もないだろう。

3 教育の自由の消極的規定の限界

 次のような一節を読んで,諸君はどのように感じるだろうか。「教育内容に は行政権の統制が及ばない,とくに人々の価値観は,権力作用としての教育行 政が決して立ち入らないオフ・リミッッである。とすることこそ,条件整備の 教育行政観の本質である。このことをさして,教育の自由ということができよ

う。教育の自由ということは,これを積極的に規定しようとすれば多くのこと を考えなければならないが,消極的には,教育内容の権力統制がなされてはい けないという意味であることは明白である」(宗像誠也『教育と教育政策」岩 波新書,1961年,82頁)。

 ここでは教育問題の主要な原因が教育内容の権力統制にあるとされ,他方,

教師の自由な教育活動に対する絶対的ともいえる信頼が表明されていた。これ

が今日に至るまで,わが国の学問研究のレベルにおける教育行政理論の主流と

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なっているものである。

 しかし,いじめ・体罰・不登校などの諸問題 さらには学歴社会・受験競争 の問題でさえも,これを教育の権力統制の結果とすることは,相当に無理があ るだろう。学校不信がいわれ,公立学校離れや私学ブームが取りざたされる今 日では,教師の「自由な」活動が,むしろ教育問題の原因であるとする考えが 広がっているといっても言い過ぎではないだろう。問題のある教師,問題のあ

る教師の行為に対して親と子どもの側の絶望的な無力状態という図式で教育が 語られることももはや希ではない。こうした不信をもたれる学校に対して適切

な管理,対応を行うことが教育行政の役割として期待されるという事態も生じ

ている。

 かってこうした教育行政の責任と役割の強調は教育行政当局のイデオロギー 的な主張とみなされていた。教科書検定制度は適切な教育内容の保障のたあ

(「教育的配慮」という言葉が使われることも多い)の制度であるという主張は,

厳しく疑いの目で見っめられてきた。法規や行政の監督行為によって教育のあ り方を保障しようとすれば,教育は本来の力を失って,形式化し,また,政治 の手段となる危機をはらむことになる。しかし,現在の状況に照らして言えば,

教育を学校と教師の自由にゆだねることにもまた,それが教育を職業とするも のの恣意に教育を放置することになるという危険を指摘せざるをえない。今日 のほとんどの教育問題は,前述の想定にいうように,教育政策によって,ある いは国家による教育の自由が抑制されたことによって,直接に引き起こされて いるのではない。とすれば,今日の教育行政研究においては,教育の自由にっ いて,もっと多くのことを考えなければならないのではないだろうか。

 こうして,一気にわれわれは教育行政研究の中心的な主題に進むことになる。

アカウンタビリティという言葉で主題化される問題の検討は,こうした事態に おける教育行政の役割をめぐる議論である。教育と教育行政との関係は,かっ て宗像が教育行政学を論じたそれとは異なる状況と文脈において問題になって

いるのである。

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II 国家と教育

1 教育の社会的機能

 教育行政研究に進む前に,教育にっいて考える際に,なぜ教育行政の理論が 問題になるのかということを説明しておかなければならないかもしれない。教 育の問題の中に,どうして教育行政の問題が含まれてくるのか。そもそも教育 行政というものが必要とされ,必然となるのは何故か。教育行政の問題を制度 としての教育の問題だと広くとらえるとしても,それではなぜ教育が制度の問 題となるのか,ということを考えておく必要がある。

 すべての社会において,教育はそれらの社会の基本的機能の一っに数えられ る。これは平明な事実ではあるが,どうしてそうなのか。一定の説明と了解が 必要となるだろう。教育行政研究の前提として,教育行政の理論の問題の所在 を明らかにするために,教育の社会的機能に考えておきたい。

1・1 教育の概念:社会と教育

 教育を専ら,学習に対する系統的な指導ととらえるならば,それは,きわめ て高度な専門的知見を必要とする過程であり,学校の運営も専門家教職員の自 由に委ねられるべきものとなる。しかし,教育の過程はそれだけには止まらな い。教育は価値観に深くかかわり,社会のあり方に関係している。こうして教 育に対しては様々な立場,階層,領域から,多様な要求が向けられることにな

る。

 宮原誠一の教育の本質にっいての論究は,戦後の教育学研究のなかで,教育 の本質を明快に論じたものとして,大きな影響を与えたものである。

 「人間は誰でも生まれ落ちて以来の社会的生活によってかたちつくられてき  たものであり,またっねに現在の社会生活によってかたちつくられてゆくも  のであるが,この社会的生活による人間の形成の過程には,1社会的環境,

 2自然的環境,3個人の生得的性質,4教育という四っの力がはたらいてい  る。前の三っの力は自然成長的な力であって,これらの力は人間の発達にとっ  て望ましいはたらきもすれば,望ましくないはたらきもする…これが人間形

成の基礎的な過程である。しかし,人間の形成には,もう一っの力が加わる。

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 それはこの自然成長的な形成の過程を望ましい方向にむかって目的意識的に  統御しようとするいとなみであって,このいとなみをわれわれは教育と名づ  ける…形成が自然成長的な過程であるのにたいして,教育は目的意識的な過  程である。人間が人間の形成のために目的的に努力するということが,教育  の本質である」(宮原誠一「教育の本質」[1949],「宮原誠一教育論集』第1  巻,国土社,1976)。

 教育とは人間形成のための努力である。しかし,事実において人間は,自己 およびすべての人々の意識とは独立に進行する社会的生活の全過程によって形 成される。したがって,人間の教育にとって,っねに第一義的な問題は,人間 がどのような社会的生活をいとなんでいるかということである。これは平明な 事実である。しかし,一般に教育関係者は,この事実をおそろしいまでに無視

していると宮原は論じていた。

1・1・2 自然環境・社会環境と教育

 教育もまた社会環境なのではないか,という疑問があるかもしれない。この 点を補足しておきたい。

 宮原氏によれば,形成の力としての社会環境と自然環境とは,次のようなも

のである。

 「自然環境は人間生活の一般的な基礎であり,人間の形成に重要な影響をお  よぼす。しかし…自然環境というものは,人間に直接に対しうるものではな  い。自然的環境と人間とのあいだには,必ず社会的環境がはさまっている。

 人間はある時代のある社会集団のなかに生まれ落ちるやいなや,社会の『被  服』にっっまれてしまう。…われわれはいかにしても自然的環境と自然のま  まに相対することはできない。孤島に漂着したロビンソン・クルーソーが原  始人とは異なっていたように,われわれは雨にうたれようと,風に吹かれよ  うと,身にしみこんでいる社会の『被服』の上からである。

  自然にはたらきかける人間の労働の仕方こそは,人間が,いかなる自然に

 ぞくするかをではなく,いかなる社会にぞくするかを,もっとも特徴的に物

 語るものである。…人間にとって,環境とは本質的に社会的なものであって,

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 自然的環境は社会的環境の媒介をくぐることなしには,人間にとって環境と  しての意味をもちえない。」

 さて,社会的環境がこのようなものであったとして,この概念規定において,

それが教育と区別される意義はどこにあるのか。宮原氏は,それを次のように 説明している。

 「人間が社会的生活そのものによってかたちつくられる過程を,形成と名づ  けるか教育と名づけるかは,言葉の上のあらそいではない。第一には,社会  的生活そのものによる人間の形成を,教育と名づけることによって,人間の  形成のための目的的な努力であるところの教育という社会現象の本質がみう  しなわれてしまう。第二には,教育は社会化であり,社会生活の全過程が教  育するという考え方には,しばしば,あたえられた社会秩序を肯定する気分,

 態度,思想がひそんでいる。/社会生活そのものは,人間の成長を助けもす  れば,妨げもする。望ましい影響をあたえもすれば,望ましくない影響をあ  たえもする。プラス・マイナス無数の力が相互に矛盾・相殺・結合しあいっ  っ,しかも,個人の素質とのあいだに相互作用をいとなむ。これがあるがま  まの人間の形成の過程である。しかるに人間はこの人間の形成の過程を批判  し,選択し,助長し,抑止する。人間の形成の過程を統御しようとするこの  目的意識性が,教育の立場である。形成と教育という二概念は,区別されな

 ければならない。」

1・1・3 教育の目的意識性:形成と教育

 人間の発達と成長の過程に働く諸力のなかで教育という営みの特質を「目的 意識性」に見いだすのが,この定義のもう一っの特徴である。学校が近代社会 において教育のための特別の専門的機関として成立してきたことを考えてみれ ば,形成と教育とを区別するこの定義は理解しやすいものであろう。しかし,

「目的意識性」ということの意味内容は必ずしも十分に明瞭ではない。

 ところで,目的意識性の強調は,人間形成の過程を学習主体に対する強制で

あるかのようにイメージさせてしまうのではないかという疑念も存在するだろ

う。教育を(学習の)主体の学習活動に対する援助と考えようとする発想がそ

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こにある。教育の営みをそのような消極的なものと規定しようとする立場は,

いわゆる自由教育とよばれる一っの伝統として存在する。消極教育と言葉もあ る。そのような立場からすれば,教育の営みもまた,一人の主体の人間形成に とっての環境ということになろう。

 宮原の教育の本質についての概念的究明は,教育の理想や目的は,教育者が ほしいままにこれを立てることができるという考え方,適切な方法さえ講じら れるならば,どのような人間でもっくりだせると考える考え方,学校が全能の 機関であるかのように思い込む学校教育への過信などに対する批判(基礎過程 としての形成)と,教育を単なる社会化と同一視することの保守性への批判と 教育の可能性への期待(教育の特質としての目的意識性)とを自覚させるもの

であったことを確認することが重要である。

1・1・4 教育の再分肢説

 ところで,形成と教育を区別し,教育の本質を目的意識性に見いだす宮原の 教育の本質論は,教育の社会的機能について,一つの明瞭な主張に行き着く。

教育はしばしば社会にとって基本的な機能であるとされるが,教育という機能 は,社会の他の基本的な機能  政治・経済・文化  とならぶものではなく,

それらの基本的な諸機能の再分肢にほかならないというのである。教育はそれ が独自に目的をもっというよりは,政治の必要を,経済の必要を,あるいは文 化の必要を人間化し,主体化するための目的意識的な営みであるとされる。こ

うした宮原氏の教育の本質規定は,教育の再分肢説と呼ばれている。

 「教育とは政治の教育化,経済の教育化,文化の教育化のことであって,そ  れ以外のなにものでもない」(同上書)。

1・2 教育の制度:基本的要求と派生的要求

 教育の基礎に形成の過程があることを明快に指摘したことが,宮原氏の教育

の本質についての規定の特質であることは,すでに述べた通りである。すなわ

ち,人間の形成は社会的生活の中でおこなわれる。教育にとって第一義的な問

題は,人間がどのような社会生活を営んでいるかということである,と。こう

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した立場は「教育の科学」の創始者とも目されるデュルケムの教育科学論の立 脚点でもあった。

 デュルケムは,「教育事業を導く準拠点は社会である」と指摘して,早くか ら教育の社会的機能について明快な主張を行っていた。

 「教育は何よりもまず集合的機能を有しており,教育は,子どもが生活する  ことが予定されている社会環境に子どもを適応させることを目的としている」

 (『教育と社会学』1922年,佐々木交賢訳,誠信書房,1976年,69頁)。

 「人間においては社会生活が予想するあらゆる種類の資質はあまりにも複雑  で,われわれの身体組織内に具象化したり,有機的素質の形態に有形化する  ことはできない。その結果,かかる資質は遺伝の方法によっては一つの世代  から他の世代に伝達することはできない。この伝達が行われるのは教育によっ  てである」(同上書)。

 これが社会が教育事業に無関心でいることが不可能な理由である,とデュル ケムは述べている。知性や肉体的な資質の向上といった,個人に自然に備わっ ている変えられる欲求や人間の本性に直接に根ざしていると思われるものに関

しても,いずれにせよその発達は社会に関わるものであるというのがデュルケ ムの理論の骨格であった。そうした資質も,それを理解する社会の態度は歴史 によって,また民族によって,大きく異なってきたのである。

 「知性に関する資質に関して…さえ,教育が何よりもまず社会の必要に応え  ていることを明らかに示している事実がある。…人間は社会が自身で知識に  目覚めた時にのみ知識への渇望を覚えたのである。」「肉体的資質にっいても  同様である。…騎士の時代には人は敏捷軽快な戦士を養成することを体育に  要求し,現在は体育はもはや衛生的目的以上のものはもたず,とくに過重の  知育から生じる危険な効果を防止することに専心している。かくして,一見  極めて自発的に望まれたごとく考えられる資質ですら,社会がそれを促す時  にのみ個人はそれを追求し,社会が個人に規定する様式によってそれを追求  するのである」(デュルケム,前掲書,64頁)。

 しかし,社会環境に子どもを適応させることを目的とする教育といっても,

それは,個人を社会の耐え難い圧制に服従させるということを意味するもので

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はない。それは「人間は実際,社会生活を営むことによってのみ人間たりうる」

ということを意味しているのである。

 宮原がロビンソン・クルーソーの例を出して,人間は社会の「被服」にっっ まれて自然環境と相対すると述べていたように,われわれは,その基本的・生 理的な諸要求を文化を媒介にして,あるいは文化というフィルターを通して,

はじめて充足する。「人間は実際社会生活を営むことによってのみ人間たり うる」というデュルケムの言葉もこのことを指していると考えることが出来る。

そうした文化的フィルターは,社会的な制度として具体化している。それは個 人は集団のうちでなければ,その必要や要求を満たすことができず,いかなる 効果的な行為も行なうことができないという個人と社会の関係に由来している。

成長・発達についての要求もまた例外ではない。生殖の要求に結婚制度が対応 するように,成長・発達の要求に対応して教育制度が用意される。

 また,人間が集団に組織され,社会的存在として生活する(「どのような目 的を達成するにも,どのような目標に到達するにも,人間は組織をっくらなけ ればならない」マリノフスキー)ことから,その集団の組織を再生産するとい う要求,社会の文化的要求というものが派生する。なぜなら,「社会はそれと 結びっいた文化がある一定の条件をみたさない限り,長い間存続することも,

一時点において十分に機能を発揮するすることもできない…即ち,そのような 文化は,新しく入ってきた個人にその社会の価値体系を教えこみ,又,社会構 造の中の特定の位置を占めるように彼を訓練する技術をその中に含んでいなけ ればならない」(ラルフ・リントン『文化人類学入門』東京創元社)からであ る。ここで教育制度は,文化の維持者たる人的素材を更新・形成・訓練し,社 会の伝統の完全な知識を与えなければならないという派生的な要求に対応する

ことが期待される。

1・2・2 教育制度の機能:社会的分業と個性

 教育制度は,個人の成長・発達という基本的・生理的要求に対応すると同時

に,諸個人を社会的分業に分化させるという社会の派生的要求にも二重に対応

することになる。この過程は,個人の成長・発達という基本的要求が社会的分

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業のなかで,固有の分担ないし特定の位置,役割を得るというかたちではじめ て実現し,充足されるということを意味している。

 デュルケムは,近現代社会の人間観について,次のように述べている。

 「なにごとにたいしても没頭するなどということはせず,万事に興味を示し,

 何でも愛好し,すべてを理解できる人物,文明のうちですぐれたものはこれ  を一身に集め,みずからに凝縮するすべをみいだした人物,こういう人物を  完全な人間であると考えた時代は,すでに過去のものとなってしまっている。

 かってあれほど称賛されたこの一般的教養は,こんにちでは,しまりのない  印象しか与えぬ訓練という効果しか,もっていない」(田原音和訳『社会分  業論』青木書店,1971年,43−44頁)。

 教育を社会の機能の一っとみていたデュルケムは,教育の理念が歴史的に形 成されるものであり,社会の発展とともに,教育の理想もまた変化し,社会の 多様性の中で,その理想は総合的に発達してきたと述べ,教育が目的とする人 間像もかっての「教養人」といった抽象的な人間像から,社会の分業の要請に 対応する,具体的な人間像になっていると論じたのである。

 「子どもは,やがて充足すべき機能の見地から準備されなければならないの  であるから,教育は一定の年齢以降は,教育が適用されるすべての主体に対  してもはや一様ではあり得ない。このような理由によって,あらゆる文明国  においては,教育が一層多様化し,専門化する傾向をとりっっあるのである」

 (デュルケム)。

 こうした考え方は1960年代以降のわが国の教育政策の基調として採用され,

「教育の多様化」と呼ばれた。その理念は激しい論争の的ともなったが(黒崎

『現代日本の教育と能力主義』参照),教育が社会的要請の下にあり,教育の理 想が社会の課題の解決を内容とするものであるという考え方は,必ずしも特定

の政治的立場からのみ肯定されるといったものではない。あえてこれを資本主 義社会のなかで,この社会の体制を維持するための特定の教育観であるとする

のは,理論的に正しいものとはいえない。例えば,資本主義社会の根本的な批 判理論であるマルクス主義においても,次のように言われているからである。

 「人間は文字どおりの意味で社会的動物である…ばかりでなく,社会のなか

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 でだけ自分を個別化できる動物である」(マルクス『経済学批判』)。

 教育の多様化の理念による1960年代以降の教育政策を批判して,個人の発達 の保障を教育の固有の価値と主張し,その観点から,社会の現実的な諸関係の 如何にかかわらず教育制度の独自の理想を求める傾向が,今日とくに教育関係 者のなかで強いが,それは,これまで検討してきたような教育の本質あるいは 教育の社会的機能にっいての十分な把握を踏まえていないもののように思われ る。そうした立場からの教育の理想にっいての提言を代表するものは,おそら

く日教組・教育制度検討委員会の報告書であろう。その内容は,次の一言に要

約される。

 「私たちの理想は希望するものすべてに,その要求にふさわしい教育の機会  を現実に保障することである」(梅根悟・日教組教育制度検討委員会最終報  告書『日本の教育改革を求めて」勤草書房,1974年)。

 しかし,こうした理想の追求は,人間の形成の過程が具体的な社会生活のな かで,その生活を通してしか実現し得ないという観点を十分に自覚したものと はいえず,現実に存在する社会的分業への準備を教育の課題から排除すること になってしまうという誤りを冒すものであるといわざるをえない。

 こうした教育の理想は全面的な発達を抽象的に望むとともに,個性的な人間 のあり方を目指すとされる場合も多いが,そうした個性的人間のイメージにも,

また観念性がっきまとっている。これまで論じてきたような教育の把握に立て ば,個性というものも,単に人間が個別的な存在としてあるというような抽象 的なレベルで論じられるべきではないだろう。個性とは,少なくとも教育の理 想としてそれが問題になる限り,社会的存在としての人間の社会的関係の問題 として考えるべきものではないか。っまり,マルクスの言葉そのままに,個性 とは人間が社会的存在として,社会の関係の中でその意義を確認しようとする 時に,初めて意識され,問題となるものだということである。それは,具体的

には,社会的分業の中で,どのような固有の社会的役割を担うかという問題と

して理解されるべきものである。教育の理想としての個性的人間の形成という

イメージは,しばしば抽象的に個性的な人間の発達を想定し,その個性に社会

のあり方をあわせることを求める。社会の体制を人間の諸能力の多様かっ十全

(16)

の開花を促すことを目指すのは,たしかに理想には違いないが,そうした抽象 的な個性というものの内容をもって社会的分業の形態を構成することは,著し

く観念的な社会理論にたどりっくだけであろう。事実,多くの場合,こうした 立場の教育論には,社会構成の原理にっいての,真剣で,分節的な論究はない のである。こうした事態をみれば,かって宮原誠一が憂慮した教育理論の観念 性という問題点は,いまだに克服されていないということになろう。

2 教育における国家の役割

 人間は,自己およびすべての個々人の意識とは独立に進行する社会的生活の 全過程によって形成される。したがって,人間の教育にとって,っねに第一義 的な問題は,人間がどのような社会的生活をいとなんでいるかということであ る。こうした教育の本質についての理解からは,国家の教育における役割とい う問題が生じてくる。この問題に本格的に応えようとしたのはデュルケムであっ た。デュルケムは,近代社会の教育における国家の役割にっいての,二つの見 解を提示し,自らの主張の立場を明瞭に示している。「人は国家の義務および 権利と家族の権利とを対立させる。すなわち人は,子どもはもともと親に属す るものであり,したがって親は子どもの知的および道徳的発達をみずから欲す る通りに導く権限をもっているという。そのさい教育は,元来私的で家庭的な 事象として認識されている。人がこうした見地に身をおく時には,教育に関す

る国家の干渉をできうる限り最小限にしようとするのは当然であり,国家は家 庭の補助者,家庭の代理者として努めるようにみずからを制限すべきであると

いう」と。これが第一の立場である。ここでは,国家は「青少年の精神に一つ

の確定的な方向を刻みっけるようなあらゆる積極的作用をさし控えなければな

らない」(前掲書,68頁)とされる。これに対して,デュルケムは,「国家の役

割は断じてこのような消極的なものであるべきではない」と主張する。第二の

立場である。すでに述べたように,「教育事業を導くべき準拠点が社会である

以上,どうして社会が教育に関与しないことができよう」という立脚点に立っ

デュルケムからすれば,「もし社会が不断に関与してっねに教育事業を社会的

方向において行使するように周到に義務づけるのでなければ,教育事業は必然

(17)

的に個々人の信念に奉仕することになり,祖国愛という偉大な精神は相互に拮 抗する無数の一致しない断片的精神に分裂し,分解しさるであろう。…教育は 市民間に,それを欠如するとき,あらゆる社会の存立を不可能ならしめる充分 に共通な観念と感情とを確保しなければならない。そして教育がかかる結果を うみだしうるためには,教育が個々人の恣意に全面的に委ねられてはならない のである」(『教育と社会学』63頁)。教育が本質的に一つの社会的機能である

ということから「国家は教育に無関心ではいられなくなる」というのがデュル ケムの理解である。しかし,デュルケム自身が認めるように,国家と教育との 関係は「あまりに複雑」な問題である。教育を社会的機能とさせる,「それを 欠如しては社会が存在しえない共通の観念と感情」とを創造することは国家の 権限ではない。それは社会自らが形成すべき事柄である。国家の役割は,そう した共通の観念や感情(デュルケムは理性・科学・民主的道徳の基礎をなす観 念や感情とに対する尊重を例に挙げている)を明らかにし,個々人に一層よく 意識させうるだけである。具体的には国家の役割とは,「教師が職権を利用し て自己の私的な断案の轍に生徒を誘導する」ことを防ぎ,「それを欠如しては 社会が存在しえない共通の観念と感情」を「学校で教えさせ,どこでも子ども がそれを無視しないよう,また子どもがそれを当然尊敬すべきものとして語る ように注意すること」ことに留まる。

 こうした教育における国家の役割は控え目なものに留まれば留まるほど効果 的であるということもデュルケムは指摘している。しかし,自らが身をおくフ

ランス社会における「精神の分立の現状」は国家の役割を重要ならしあている と強調したのである。問題の状況は現代のわれわれのそれとかなり似ているよ うに思われる。すぐ後で述べるように,デュルケムが自らの立場と対比させて 提示した,家庭の権利の延長にのみ国家の役割を説く教育制度論こそ今日の教 育行政理論の主流をなすものである。また,文部行政の立脚する理論的立場は しばしばデュルケムの教育理論を参照しながら,教育における国家の積極的役 割を主張するものであった。

 諸君にとって,教育行政研究の問題の所在は明らかになったといえるだろう

か。

(18)

ll 教育権論争と教育行政の理論 1 国民の教育権の理論

1・1 教育権とはなにか

 教育行政の理論は,今日では教育権をめぐる理論を土台として,その上に現 行教育制度を説明し,あるいは改革の方途を提示するものとして,探求されて

いる。

 「教育権」とは,次のように定義される。広義には,教育の当事者である子 ども,親,教師,国民,国家等の,教育に関する権利・義務,責任と権限の関 係の総体をいう。狭義では,教育する権利(権能ないし権限)という意味に限 定される。この権利の所在と根拠が問題とされる場合に,親の教育権・教師の 教育権・国家の教育権等の用語が使われる。

 堀尾輝久は,教育権の概念をそれ自体論争的概念であるとして,次のように 整理している。

 「わが国の現行法制のもとでは,国民の思想・信条の自由,表現の自由,学  問の自由(憲法19条,21条,23条)を前提とし,第26条の国民の教育を受け  る権利と義務教育の規定を軸として,親権者(親)のその子への教育的配慮  の責任(民法820条の親権規定),教育行政の教育条件整備の権限とその限界  の規定(教育基本法10条1項,学校教育法28条6項),さらにそれらに基づ  く関連法規をどう統一的に把握し,説明するかの問題である。そのとらえ方  いかんによって,教育内容,行政のあり方,教師の研修権,職員会議の任務  とその権限,PTAの任務と権限等,具体的な教育諸活動の根拠やその責任

 の内容が大きく変わってくる」(『人権としての教育」122頁)。

1・2 文部行政の教育権の解釈

文部省による教育権の解釈は,次のような見解に示されている。

 「公教育制度を必要とするにいたったのは,個々の国民が子どもを理想的に

教育することは不可能になったことによるものであるとするならば…公教育

制度は国家が単に公教育としての学校教育の施設を提供し,その中において

(19)

個々の国民が教育の自由を行使するといった趣旨のものと解することは不合 理である。すなわち国民はみずから行なうことのできなくなった教育の一部 を他の者に付託し,その付託された者を介して公教育を実施するのである。

そして,この教育を付託されたものは,まさに国家であるといわなければな らない」(教科書検定違憲訴訟における被告・国,文部省の控訴理由書,197 1年1月18日)。

「憲法26条は国民の教育を受ける権利を保障し,これを法律の定めるところ により十全に実現すべく求めているのであって,国はこの権利を積極的に保 障する責務を負い,この責務を果たすたあに,…教育課程の基準を定め,教 科書の検定を行っているのである」(文部省通知,1970年8月7日)。「公教 育は,国家が国民からその固有の教育権の付託を受けて,国民の意思に基づ き国民のために行われるべきものであり,…国民の一般的教育意思を適法的 な手続的保障をもって反映し得るものは,議会制民主主義のもとにおいては 国会のみでありそこで制定された法律こそ国民の一般的教育意思が表明され ているものというべく,したがって,右法律に基づいて運営される教育行政 機関が国民の教育意思を実現できる唯一の存在であって,他にこれに代るべ きものはないのであり,他方,教育実施に当る者は,かかる教育行政の管理 に服することによって,国民に対し責任を負うことができるからである」

(仙台高裁学テ判決,1969年2月19日)。

1・3 国民の教育権論の構造

 こうした見解に対抗して,教育法学の主流となっている国民の教育権論と呼 ばれる法論理の構造は,次のようなものである。

①国民主権と国民(子ども・青年)の学習権国民の学習権とは,子ども・青 年にとっては,人間的に成長・発達の権利と不可分に結びっいた探求の自由を

中心にし,成人にとっては,国民主権を担い,幸福追求の主体としての不断の 自己教育の権利である。

②親の教育責務とその信託 子どもの発達保障の責務は,誰よりもまず父母に

あり,それは両親の自然的な責務に属するものだといってよい。両親の親権は

(20)

民法的にも,子に対する権利ではなく,義務として,自然的責務であるとの解 釈が定着している。親権は,子に対する義務性を根幹とし,第三者に対しては 不当な介入を排除する権利性を併せもっと考えられる。父母は教師や保母の専 門性に対して,自らの責務の一部を信託する。

③教師の教育権 父母がその教育の責務を信託したのは,教育の専門家として の教師に対してであるが,それは直接的に個々の教師に信託したのではなく,

その学校の教職員集団に対してであり,教育的環境としての学校に対してであ る。教師は,教育科学の創造の担い手であり,同時に,その知見に裏づけられ た教育の創造的な実践者でなければならない。

④教育行政の責任と住民自治の原則 教育行政は住民の意思を反映させた公選 教育委員会の権限のもとで行われるべきは当然だが,その任務は,教育条件の 整備(外的事項)に限定さるべきである。同時に教師の仕事(内的事項)が不 当な支配に服することなく,その自律性が保障されるように努めなければなら

ない。

1・4 最高裁「学テ判決」の法論理

 いわゆる教育権についての最高裁の判例としては,学力テスト旭川事件最高 裁判決と呼ばれる1976年5月21日の最高裁大法廷判決がある。

 「(憲法26条)は,福祉国家の理念に基づき,国が積極的に教育に関する諸  施設を設けて国民の利用に供する責務を負うことを明らかにするとともに,

 子どもに対する基礎的教育である普通教育の絶対的必要性にかんがみ,親に  対し,その子女に普通教育を受けさせる義務を課し,かっ,その費用を国に  おいて負担すべきことを宣言したものであるが,この規定の背後には,国民 各自が,一個の人間としての,また,一市民として,成長,発達し,自己の 人格を完成,実現するために必要な学習をする固有の権利を有すること,特  に,みずから学習することのできない子どもは,その学習要求を充足するた  めの教育を自己に施すことを大人一般に対して要求する権利を有するとの観

念が存在していると考えられる。*

  しかしながら,このように,子どもの教育が,専ら子どもの利益のために,

(21)

教育を与える者の責務として行われるべきものであるということからは,こ のような教育の内容及び方法を,いかにして決定すべく,また,決定するこ

とができるかという問題に対する一定の結論は,当然には導き出されない。…

子どもの教育に対する…親の教育の自由は,主として家庭教育等学校外にお ける教育や学校選択の自由にあらわれるものと考えられるし,また私学教育 における自由や前述した教師の教授の自由も,それぞれ限られた一定の範囲  においてこれを肯定するのが相当であるけれども,それ以外の領域において  は,一般に社会公共的な問題にっいて国民全体の意思を組織的に決定,実現 すべき立場にある国は,国政の一部として広く適切な教育政策を樹立,実施 すべく,また,しうる者として,憲法上は,…必要かっ相当と認められる範  囲において,教育内容についてもこれを決定する権能を有すると解さざるを  えず,これを否定すべき理由…はみいだせない」。

 これは木田宏の著書のなかでの引用である。この引用には不十分なところが ある。*の部分にはなお文章が続いている。平原春好は,みずからの議論を根 拠づける判例として同判決のこの箇所(木田の引用においては欠落している部 分)を引用している。それは,次の部分である。

 「換言すれば,子どもの教育は,教育を施す者の支配的な権能ではなく,何  よりもまず,子どもの学習する権利に対応し,その充足をはかりうる立場に  ある者の責務に属するものとしてとらえられているのである」。

 逆に平原による同判決の引用では,「学習指導要領…を大綱的基準として是 認し得ると判示した」という部分以外は,木田が指摘したような,教育行政の 権限を外的事項にのみ限界づける教育基本法の第10条の解釈を否定している部 分に言及するところがない。

 このように同判決は教育権論争の様々な争点に配慮した,複雑な内容と構成 をもっものだが,教育権論争が教育行政の限界を画することをめぐるものであっ たとすれば,同判決はこれまでの文部行政の諸施策を追認するものとなってい

ることは疑えない。教育内容に教育行政がいかに関わりうるかを直接争ってい

る家永三郎の教科書検定違憲訴訟における判決においても,同判決以後の諸判

決はいずれもこれを基準とすべき判例としている。

(22)

2 教育行政の意義と限界についての基本問題:教育基本法第10条と内的事項 外的事項区分論をめぐって

 教育権をあぐる理論的分岐は,そのまま教育行政の役割にっいての根本的な 理解の相違となる。教育権論争を教育行政理論により即した形で検討しておこ

う。教育基本法の第10条には,次のように(教育行政)という表題がついてお り,この条文の解釈が教育行政の理論を大きく分けることになっている。

 第10条  (教育行政)教育は,不当な支配に服することなく,国民全体に対  し直接に責任を負って行われるべきものである。

 ②教育行政は,この自覚のもとに,教育の目的を遂行するに必要な諸条件  の整備確立を目標として行われなければならない。

 「不当な支配」とはなにか。「国民全体に対し直接に責任を負う」とはどう いうことか。「諸条件の整備」とはなにを指すか。これらの点が,この条文の 解釈を分かれさせている。木田宏『教育行政法〈新版〉』(良書普及会,1983 年)と平原春好『教育行政学』(東京大学出版会,1993年)とを対比してみれ ば,次のようになる。

2・1 不当な支配

木田宏:「不当な支配に服することなく,」というのは,その「教育」の主体 性が立法上,行政上尊重され,保護さるべき趣旨を述べたものである。…立法 や行政の当局が,その運営において不当な支配を行うべきでないことは,いう までもないが,立法や行政の当局は,正当な権限に基づいて教育に秩序を与え,

その管理を行うものであるから,その具体的な措置を不当な支配として否定す べきではない。この規定は,立法や行政の当局者に対する指針ではあっても,

当局に対する不服従を是認したものではなく,公の機関の行為は,順法精神に 則り尊重されなければならない(68−69頁)。

平原春好:そもそも,同条項が教育にたいする不当な支配を禁止したのは,教

育と政治との間には本質的な相違がある,と立法者たちが考えたからにほかな

らない。…立法過程で強調された教育の本質に立って判断するならば,「政治

(23)

的・社会的勢力が教育支配をすることはすべてよろしくないが,とりわけ教育 行政が法的拘束力をもって教育活動をしばることは,定型的に『不当な支配』

にあたる」からである(41頁)。

2・2 国民全体への直接責任

木田:(教育基本法第10条第1項は,)教育権の独立を宣明したものであると されている。…教育委員会制度をとり入れ,教育を他の一般地方行政とは別個 に,教育委員会が独立して処理しうることとしたのは,初等中等教育に関して も,戦前の体制に比して教育の優位を進めたものであって,(学問の自由を承 けた大学自治の制度とならんで)右の趣旨に則ったものである。…これは教育 界の絶対性を意味するものではない。教育は「国民全体に対し直接責任を負っ て行われるべきものである。」と,謳われるのもこの趣旨であって,教育権の 独立も国民主権の民主政治に立脚すべきことを示すものである。

平原:国民の意思と教育とを直結させるということであり,言い換えれば,国 民の意思と教育との間に…現実的な利害にもとつくいかなる意思も介入させて はならないことをいい,このような組織として教育委員会制度を採用する価値 がある,としていた。

2・3 教育の条件整備

木田:「教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標とする」とは,

制度を整え,組織を設けて,必要な人々を配置し,経費を投入し,行うべき教 育内容,教育目的を明示して,教育活動の効果を高あ,また,その成果を評価 する等の要件を,目的達成のために整えることをいうのである。諸条件が施設 設備などの物的諸条件に限られるなどの説を為すむきもあるが,到底首肯する ことはできない。なお,教育行政の事務配分に関して内的事項,外的事項の区 分があるとのアメリカの学者の説明が,外的事項がすなわち物的諸条件である

と解説され,しかも,教育行政はこの外的事項のみを取扱うべきものであると しているのは,紹介者の勝手な誤用であるというのほかはない。

平原:これにっいての立法者の意思は,きわめて明快であり,教育の条件整備

(24)

は,「教育行政の特殊性からして,それは教育内容に介入すべきものではなく,

教育の外にあって,教育を守り育てるための諸条件を整えることにその目標を 置く」ことであった。…(内外区分論の)提唱者は,キャンデルを引き合いに 出しながらもキャンデル自身の主張として内的・外的事項論を展開したのでは なく,自らの主張として展開したのであるから,誤読だとする反論は失当であ

る。

2・4 内的事項外的事項区分論

 木田宏『教育行政法』の叙述は現在の文部行政による法解釈の内容をあらわ しており,他方,平原春好『教育行政学』の叙述はいわゆる教育法学の主流を なす見解である。後者の理論的見解は内的事項外的事項区別論と呼ばれ,宗像 誠也によって提唱され,その後,法解釈学の発展とともに精緻になっていった ものとされる。内的事項外的事項区分論のエッセンスを紹介すれば,次のよう

になる。

 「教育基本法は,教育行政は教育の諸条件を整備確立することだといってい  る。この思想は,教育行政における内的事項(ainterna)と外的事項  (externa)とを分かち,外的事項(たとえば施設,設備など)にっいては  行政権の関与は当然だが,内的事項(教育内容とか教育方法とか)にっいて  は権力統制がなるべく  といっておこう  及ぶべきではない,とする,

 イギリス・アメリカに顕著な教育行政思想の流れに属する。…教育行政には  オフ・リミッツがある。教育行政権が踏み込んではならない聖所(sanctu−

 ary)がある。それは国民一人ひとりの内奥の価値観であり,思想・良心の  自由の領域である」(r宗像誠也教育学著作集』第四巻,青木書店,1975年,

 32頁)。

 いうまでもなく,木田が誤用と断じている理論がこれであり,平原が提唱者 としているのがこの宗像の所説である。

 内外区分論の理論的前提は教育と教育行政との区別にある。すなわち,ここ

で教育と教育行政との関係は教育にとって内的なものと外的なものとされ,外

的な教育行政は内的な教育の,条件を整備するべきものと定義されたのである。

(25)

この教育と教育行政の関係こそ,内外区分論の核心的な理論主張に他ならない。

3 国民の教育権論批判

3・1 親の教育権と教師の教育権の予定調和

 今日の教育行政研究の支配的枠組みを提供しているのは,くりかえし述べる ように,教育権論の理論である。しかし,教育権論は一っの大きな試練に立っ ているといってもよいだろう。この理論を代表するともいえる堀尾輝久の最近 の著書は,そのあとがきで,教育権論が厳しい批判にさらされていることを認 め,同書がこれに対する総括的な反論となることを期待するとまで述べていた。

 「近年,国民の教育権・学習権論をめぐっては,それが1960年代の運動論と  結びついた理論であり,国民の教育権論は国民教育運動の行きづまりととも  に破たんしたかの如き論調があり,あるいは学習権論に対しても,それが人  権論に対立するかの如き批判が目立つ。あるいはまた,父母の教育権と国民  の教育権を対立させる見解もある。子どもの権利と子どもの人権を対立的に  とらえるとらえ方もある。子どもの権利や人権を口にすることに拒否反応を  示す超近代主義的潮流もある。批判の対象とその論拠が明示されない抽象的  批判や印象批評もめだっ。これらはいずれも国民の学習権・教育権,あるい  は子どもの権利と人権についての無理解に由るものといわざるをえない」

 (『人権としての教育』361−362頁)。

 そこで意識されている批判のなかには,いわば教育権理論の内部的な論争と いうべきものも含まれているが,全体として,それは,この理論がかってのよ

うには,必ずしも十分な説得力を持ちえなくなっていることを示したものとい

えよう。

 教育権論は,すでに紹介したように,子どもの学習権を基底にすえ,これに

対する義務としての親の教育権を認め,これが教師に信託されるという論理構

成をとるものであった。そこでは,教師の教育権が,専門家の教育の自由とし

て内外区分論によって絶対的ともいえる実質をもつのに対して,親の教育権は

教師の教育権を正当化するための論理的な媒介としてのみ位置づけられ,名目

化している。すでに指摘した教育権論における教育の自由の消極的規定という

(26)

特質は,こうした事態のいわば積極的な承認なのであった。そこでは,教師の 教育権と親の教育権との間の予定調和ともいえる関係が前提になっており,あ るいは,両者の間に対立葛藤が想定される場合にも,教育の専門家としての教 師の見識が尊重されるべきであるとする態度がみられるのであった。

 こうした問題視角から教育権論を鋭く批判したのは今橋盛勝である。それは,

教育権論による国・文部省の教育内容統制からの自由の法理としての教師の教 育の自由の一面的主張は,むしろ子どもの学習権・一般人権の非保障・侵害に っながるとまで結論するものであった。今橋の批判は,正確に言えば,教師の 教育権の一面強調に対する批判であり,父母の教育権および住民の教育権を,

これに並ぶものとして評価しようとするものであった。

 しかし,今橋の言うように父母の教育権を教師の教育権と並ぶ権利として具 体的に規定することは不可能なのではないか。今橋のこの試みはいわば教育の 自由を法解釈学の方法によって積極的に規定しようとするものと把握できる。

ところで教育の営みは,それを構成するさまざまなメンバーの多様な働きの有 機的な結合から成り立っている。それは法の執行として行い得るものではない。

この点から見れば,教育権論が教育の自由の消極的規定に留まるのは必然的な ことであった。もし,教育の事実を法解釈の方法によって全面的に規定し,規 律しようとするならば,そこには教育活動の形式化と官僚化という結果がまっ ているだけであろう。教師と父母,子どもとのパートナーシップによる教育と いう理念を提唱しているシーリーは,親の教育権を具体化するという発想をもっ て教育活動を積極的に教育法規によって規定しようとする試みの問題点を,次 のように指摘している。

 「教育者達は教育問題が法的な問題として扱われるならば,その決定が論争  的であるということによってばかりではなく,対立的な価値が導き入れられ  るということに困惑することになるであろう。学校での規律がデュープロセ  スの問題になり,学校の規則が言論の自由と宗教的自由の憲法的保障の問題  となり,子どもに対する個別的な指導が法的に禁止された差別の問題となっ

 てしまう」(Seeley, David, Educαtion through Partnership, Cambridge, MA,

 Ballinger Publishing Co.,1981, PP.75−76)。

(27)

 ここには教育活動について法解釈学の方法がどこまで有効なのかという深刻 な問題が含まれている。今日,教育行政の研究は教育法学の方法,すなわち法 解釈論理によってほぼ独占されたかたちであるが,そうした法解釈論理による 教育行政理論へのアプローチは教師の教育権を排他的に導き出す教育の自由の 消極規定という,特定の論理とのみ調和するということが明らかにされるから である。教育権論は国家の教育権か国民(実質は教師)の教育権かという二者 択一的状況のなかでの問題にのみ応える,特定の研究の枠組みであるという限 界が明らかになっていると思うのである。

3・2 私事の組織化としての公教育

教育権論は,これもすでに述べたように,私事の組織化としての公教育とい う発想を基本としていた。その典型は共同保育所づくり運動のなかに見出され

ていた。

 「『親権の共同化』としての保育所や学校は,『家庭の延長』として自分たち  ひとりひとりのものであると同時に,みんなのもの=公的なものとしてとら  えなおされる。いわゆる共同保育所づくりの運動のなかには,この意味で,

 まさしく『私事の組織化』としての公教育の今日的原型があるといってよい。

 公立学校もまた,この精神によってとらえなおされねばならない」(堀尾輝  久『人権としての教育』135頁)。

 私事の組織化という理念が具体的イメージをもって語られるのはこの一節だ

けである。そして,共同保育所づくり運動の何が私事の組織化の理念の具体化

であるのかにっいては理論的に究明されてはいない。課題として明示されたは

ずの公立学校のとらえ直しにっいては,その後,ほとんど努力の影も見えなかっ

た。あえてこのように言うのは,この理念に関わって親の教育を選択する優先

的権利に言及しながら,市町村の教育委員会に通学区指定を義務づけている現

行法制に寄り掛かり,「学校格差を是正し,どの学区を選んでも内容的に大差

はない」(同上書,136頁)という条件が確保される限りは,教育を選ぶ権利は

意義をもたないと断定する態度に疑問をもたざるを得ないからである。ここで

は民主的な教育と反動的な教育という二分法的な枠組みが暗黙の内に前提され,

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