九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
金融革新の源流
坂本, 正
https://doi.org/10.11501/3147778
出版情報:Kyushu University, 1998, 博士(経済学), 論文博士 バージョン:
権利関係:
①
金融革新の源流
坂本 正著
文真堂
はじめに
本井では193 0年代までのアメリカの金融革新をrf'心に伝刑制度の展開を考 察する。 それは現代の金融革新を考える際に, そのj点砲をなすアメリカのイIÎ m制度の特質がここに形成されていることを明らかにするためであり, その アメリ力的信用制度の特質がどのような形で現代の金融革新へとつながるか の道筋をつけるために避けて通れない作業だと思うからである。 つまり, 現 代の金融革新へと展開する伝丹j制度の諸関係を理論的に研究し検討するため の序論として本書が肘意されたのである。 本書の題名を『金融革新の源流j とした所以である。
本島は人-きく2 つの行rs分から構成されている 「第I部 金融革新と銀行 法」では1933年グラス=スティーガル法の成\1..と1935年銀行法の関係を中心 に考察する。 これは金融市新と銀行恐慌のlドで銀行法がどのような役割を果 たしたかというすぐれて現代的な課題にかかわる問題でもある。
グラス=スティーガル法は実質的にはアメリカにおいて空洞化が進んでい るとはいえ, 現在もなおアメリカの金融制度を法的には拘束しているもので あり, グラス=スティーガル法の再検討が重要な理論的な課題のひとつであ ることに変わりはなし」実際これに関しては実に多くの研究がなされている し, そのrjlでグラス法案の成立過程についてもしばしば言及がなされている。
しかし, その成立過程をめぐる研究や解釈はそれほど多くはないし, 必ずし
もその全体像は明らかではない。 例えば, グラス上院議員が構想し, 提出し
たグラス法案とはどのようなものであり これが成立するまでの過程におい
てどのような議論がなされたのか。 グラス=スティーガル法の第 16条, 第
20条, 第21条, 第32条のいわゆる4つの証券分離条項がどのように位置づけ
られ, それらはいつどのような背景のもとで提出されたのか。 こうした疑問
点について論者の間でかなりの相違がみられるのである。
11 はじめに
そこで本1fi:では, このグラス法案の形成過科をH\米るだけ汁念に追跡する ように努めた これによってグラス法案による4つの証券分離規定の内容が 依間づけられるとともに. Jllir;5GでしEわれているようなグラスがれ奉するよl�jE 子形周諭とグラス=スティーガル法との関係についても うじの評価をドすこ とができたと考えている
通説では, グラスが真l王子形理論を信奉していたために兵正予形P世論に法 づしEて証券分離規定が提起されたのだといわれている しかし, 私はこの通 説的な457え)Iには賛成ではない ここでいわれている点IF_ r形瑚論とは, 実 質的には点j王子形理論が前提としている山典的で純粋な|拘業銀行をモデルに した場合, 商業銀行は他の業務との兼常化を排除しているという立味での絞 営排除の珂論にすぎないからである そもそもそうしたJtj語法に問題がある が, そのような通説的な理解にιったとしても. 1933年1 Jj I時点で、グラス法 案として明確な形をなしていたのは第 16条, 第20条の2つの証券分離条項で あって, 第21条, 第32条についていえば, それらはルーズベルト政権ドにお いてオールドリッチ提案のほ)IJという形でグラス111'末(19321ド1 J j )などか ら改めて復止された追加胤定なのであった また, 第20条はグラス似案で従 山されていたとの見解が多数を,Ijめるが, グラスJJ以l日以;江('�奈己で、はa第,1η�2羽0条はJ提赴J山lハiされ ていなかつた こうした点をとど.うF刊i日!引jfJ科平するカか、カfグラスj法t�案朱!桝1併平引|印川り引jの司恥i_:�泣製I4;なlí'論命命,1りI となつている口 このように4メJTではグラス=スティーガlレd.Jj-IJj主n与のlí命争点 の整理と明確化に最大の努)Jを払ったつもりである
ところで, グラス=スティーガル法の成ιを考察するにあたっては, その 前提となる1920年代後、1':のいわゆる金融市新の進以カ{IIiJ組となる。Irff業銀行 の業務多様化と兼常化という形で進行した金融革新を促進したのは1927イドマ クファデン法であるから, その|則述でマクファデン法を検li、Iしているι
また1935年銀行法の日的のひとつは, 銀行恐慌によってけi場性を喪失した 凍結資産を抱えた商業銀行をj女流するために, それまでの述邦準備銀行の機 能を転換し新たな機能強化を12<]ることを怠|刈するものであった。 その内科が ーー般には述邦準備銀行がこれによってそれまでの子)I�の適桁'1ゾtflft論(点IE r
形舟論)を放棄して転嫁流動性理論を採用することになったといわれている
はじめに iii
ものである。これは1935年銀行法の審議過程においてエクルズ=ド院の「健 全な資産j規定に対するグラス=[_院の「満足な担保J規定として論争ーされ たものである。エクルズの根端な改革提案に対してグラスが勝利するのだが そのグラス案こそが適格性の理論を放棄させ, 転嫁流動性の理論を採HJさせ ることになったのであるο この「満足な担保J(連銀にとって満足のゆく利 保)規定は1932年グラス=スティーガル法から1933年緊急銀行法へと緋J止さ れた臨時ι法ドでの規定を基本的に受け継いだものである グラスは受動的 ではあったが, これらに関わってきたのである この系譜においてグラスは 決して点正予Jf�理論の1r�奉者としては行動しなかったのであるふ
!疋に, 1935年銀行法の審議過粍においてグラスは実現こそしなかったもの の卜j民法案において商業銀行による証券引受拡大条項を提案しているのであ る つまり, グラスは口ら捉ー案した証券分離脱定の最初の修王を試みた人物 なのであった これをどのように珂解すべきか これはグラス法案の再検討 にとっても瓶めて重要な論点であろう、
1935年銀行法は管理通貨制度ドにおける現代的な中央銀行の機能を確立し たものであるが, 本当:はその考察の性格から1935午銀行法がもっ現代的な広 義を分析するための珂論的な枠組みを設定したにすぎなし30
しかし, 1935iF-銀行法以後アメリカの商業銀行によるターム ・ ローンの供 与という新たな金融市新が推し進められることになった この論点は, 第E 部「金融不新の珂論と民間」において考察される
第E百1$では, 第I部の考察において用しEられていた分析視角から伝川市IIJ支 の民間が体系的に構成されている。 これはまだイ古川:fllt論研究にとって未開拓 に近い飢j或を射程に入れることによって信川分析の現代への具体化をI�Iろう とするものである。 いいかえれば, これは1960年代以降の知期金融市場の民 間を制lに進反する金融市新の検討に161けた伝m理l論の体系化の試みなのであ る。
その|際商業銀行の業務の多様化をどのように伝川理論の範時で把握し 伝
川制度の民間のrflに位置づけるかが本書の用論的な課題である。 まずここで
は. 商業銀行の巾期信mを資本111 ftj範時として抱t屈する 資本伝川はヒルフア
I\' はじめに
デイングがf令融資本論jで提起した概念でいわばドイツ刑のい川範時とし ての側面が濃い。 しかし. 本J2では資本1,;;丹lを -般的な銀行口川の展開形態 としてi'1[.え, アメリカをモデルにその具体的な適m化を試みている そして 資本信flJの展開を絶えず擬制資本との関係で:F-l!.解するように努めた しfこカfっ て金融市新の分析にあたってその視角は〈資本伝川と挺制資本〉の法制l的な 関係概念として提起きれている また, 金融革新のql肢となる|拘業銀行の只 体的な展開のrj!で特に長悦しているのは〈商業銀行と市場〉との関係である 商業銀行の業務の進展にとって市場との関わりは密接不可分なものであり,
そのようにして牛.み,lfl,された相五関係こそが金融革新として現れる1,111J制度 発展の新たな}r0而を特徴づけるものだと考えているd 以卜.の法本的な分析悦 角は第I部での考察においても基礎視角として何えられているが, 第II {flSで はこの悦点から特に資本信丹jに焦点を絞った形で1r'1JlJfEH論の体系化をぶ|白jし ているJ
さて, アメリカの第 e次金融革新として'1=.まれた特徴的な金融機関は, 19 i吐紀末の 4時期に急成長をとげた伝託会社で、ある 本井ではい託会社の!商業 銀行化の現象にj主日し その商業銀行化の内作が, 咋|昨のI��業銀行で、は業務 として認知されていなかった有価証券担保貸付ーなどの資本伝川を軸に先行的 に業務展開していたことに注意を喚起している これは資本伝川の金融市新一 性を示すものとみてよいだろう。 理論的にもiljlJ度的にも資本伝川範時の怠義 をここに見出すことカfできる。
ところで, 資本信JTJというII'WJ貸付mの形態は2つある。 ひとつは知則貸付 を更新して中期貸付化する方法と 月初から契約によって,�qg]貸付をおこな う万法である。 前者の資本信川の第 A形態はイf価証券十11保貸付ーと常持な関連 をもつが, これはアメリカでは19世紀末から慣行的におこなわれていた資本 信用形態である。 これに対して資本信川の第二形態は1935年銀行法以後 均支 化されてくる新たな中期貸付形態である。 そこで資本信用の第 ー形態、と第‘:
形態の相違を明確にし, その関連を理論的に体系化することが課題となる。
資本信川の第;形態の相違として念頭においているのは, ターム ・ ローンで ある。 ターム ・ ローン は当初からの契約による中期信用であるが, それは
は!こめに V
1935イド銀行法以後, J主邦W'備銀行伝川に立;えられてうた現可能となったもので ある ターム ・ ローンは)1=流動的社債ーとでもいうべき性格をもっ全融市新(19 なじ川形態であるので, 特にその伝川形態の特質の摘IUに努めた
主?こ、 レベニュー依という社債引の地点債にもj七十lしている レベニュー f立は1期業銀行による引受をめぐってグラスニスティーガル法改正のひとつの 焦点をなすものであったが. これもまたひとつの金融市新的な千法として民 閉されてきたものである 本書では. ターム ・ ローンとレベニュー依を2つ の金融不新として取り扱うが, それはこの2つのもn日形態の検討が銀行とdlE 券または1tHと引受という問題を与える1-.でイ吉川理論Lの重要な論点を構成 するものだからである 特に!商業銀行によるレベニュー債の引受は融資形態 の変形としての中期j貸付化現象11IJち公的部耐におけるターム ・ ローン化とも みることカfできる つまり, 伝川形態、の類似性からターム ・ ローンとの対),ê_;
関係においてレベニュー依の引受問題を:tJEえようとしたのである
このように資本灯刷の民間形態を軸に第E部のい用用論の検討と構築を試 みているが, 第I部はこの体系においてはターム ・ ローンの前提をなすもの として位前づけられるべきものである 4:芹全体の構成としては::'�5 I r"iISはこ のような位ìrî:づけのもとに民間され叙述されている つまり第I部は独立し た市として構}反されているが, 本liF全体のFP:論的な体系のなかでは, 商業銀 行と証券業務の分離問題および現代的な中央銀行の機能と役割に関わる'11判l 的な?ilS分としての位慣を,Jîめるものなのである
かくして, 本芹では第I i�,lsと第H部の総令化を通じてターム ・ ローンとレ ベニュー依までを金融革新の源流とみなしているが, 現代まではそう遠くは ないG これはまさに激動する現代の金融市新という大和Iへと流れ込みつつあ るj風流なのである。
1997年3月
坂本 正
Vll
目 次
はじめに
第I部 金融革新と銀行法 -
第1章 金融革新の経済学…・…・・………・…...・H・-……H・H・... 3
l.
グラス法案の課題 …・・・……・・・・・…・・・・………・・・…・・・・………・・ 3 2. 銀行制度改革への試論………...・H・..……… 5
一一一グラス試案の構図一一
3. 金融革新とマクフアデン法………8
一一真正手形理論の修正一一一
4 . 金融革新の理論構造………...・H・-………14
一一商業銀行の構造変化と擬制資本一一
5 . 金融革新への批判と規制…...・H・..…...・H・..………1 9
一一一グラス試案の基礎視角一一ー
6. 金融革新批判の理論構造………ー……H・H・.. .…………...・H・23
一一商業銀行と擬制資本の分離一一
第2章 規制と分離の経済学………H・H・-………...・H・...42 1 . 証券業務への規制と分離…………・・………...・H・..………4 2
一一グラス法案の2つの争点一一
2. グラス原案と「分離」論争………52 3. グラス原案と証券「分離」規定の検討………63 第3章 グラス法案と証券「分離」規定 ・……・…………・………77
一一グラス法案の展開と特質一一
\'lli 11 二欠
1 . グラス新法案(S.111 5) と分離胤広のmí格論議-…・・・・・・・・・…....一・・ 77 2. S. 4 11 5法案の公聴会と,;11:券r会社分離規定 ……… 80 3. S. /1112法案と2つの証券分離規定 -…・・・・・…・…・・・…・・・…・・・…一...82 4. 銀行改lIt論議と証券分離規定 ...…・・・・・・一...91
S. 4412法案のl二院通過へlílJけてーー
5. S.44 12法案修正案の1-.院通過 ・・・・…・…ー・・・・…・・・…・・・………...97 6. U見通過のS. 4412 it京:と証券分脈規定…・・・・・・………・ー…・…・・1 00
フーパ一政相;末期のグラス法案の特質
第4章 ニューデイールとグラス法案………120 1 . グラス法案への衝� .…・・・・・・・・・…・ー・・・・・・…・・・・・・・・・…・・・・……一...120
フーハ一政権からニューデイールへ
2. グラスと緊急銀行法・…・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…・・・・・・・・・・・・…...…123 3. オールドリッチのdlE券分離挺I�...……・・・・・・・・・・…………・・・…・. 126 4. 信託分離論争とニューデイール銀行改革計11可...…ー・…・・・…...1 31 5.イふH:分離計酬と金融界の弁j- ),j:.�. .………ー……・・1 35 6. 銀行改本への胎動………137
S. 245法案の修".: ,�命日正からS. 1631 法案へ
第5章 グラス法案の立法化 ・………-…...・H・-………・…・… 1 54 証券分離脱山の成ι-
1 . オールドリッチとグラス法案・…・ー・・・・……・・・…・・・・…一・…・・・…...1 54 2. グラス=スティーガルはーへの途・…・…・・・・・…・・・・…・・・・・・・・・…・・…・.1 56
一一証券分離規定への合立と強化
3. グラス=スティーガルj去の成ιと 証券分離Jihl.í主……… 1 63 4. 証券分離条項の規定と構造………1 67 5. グラス法案と真正予形理論・・・・・・・・…・一一... .…-…・・・・・・…・・・・・・・…・・1 73
一証券分離規定の意義
一
第6章 1935年銀行法と転嫁流動性理論・……… …・・…184
日 次 lX
1 . 転嫁流動性理論と連邦準備j去の改正………1 84 2. I健全な資苑」対「満足な判保」 ………190 3. グラス修正案と「満足な十[1保J規定...・H・-…...・H・..………195
4. 1 93 2年グラス=スティーガjレ法と「満足な担保」規定…・……・・198 5. 1'rF-P通貨制度ドのqr央銀行機能………200
第7章 1935年銀行法と商業銀行の証券引受拡大法案………207
1 .
グラスの証券業務復活案とJ. P.モルガン商会・・………・…207 2. 1935年銀行法-とエクルズ提案・…・………・・・・…・………・…………・208 3. 両業銀行による証券引受拡大条項………211
4. グラス案の審議と論争…………・…・・…………・………・・…一…….2 19 5. ルーズベルトの反対 と証券引受条項の削除...・H・..………2 25 6. グラスによる証券引受禁止条項の修正とその評価………2 27 7. グラス=!&JE手形主義の再検討………23 1
グラスと証券分離規定
第II部 金融革新の理論と展開…・………245
第8章 金融革新と資本信用 -
1
. 問題の所布………-…・・…ー・…一…・………・・・……..…・・…ー247 2. イ言則論体系と擬制資本信則………249 3. 資本信用の二重性とその展開構造………259 4. 結びにかえてー・・・・・…・・・………・・・…・・…・・・…………・・…・・……・…・263
第9章 第一次金融革新と信託会社………
一一資本信用と信託会社一一
1 . 問題の所在……一…・…………ー……...……・・…・…・………...268
2. 金融革新と信託会社………270
x fJ 次
3. 信託会社の商業銀行化……… 276 4. 結びにかえて・・・・・・ー・・・…..………・・………・・・・・…・ー…・……... 295 第10章 資本信用とターム ・ ローン… ・
1
. 問題の所庄…・…・・一一・……・・・・…・・…・ ・・・・・・・・・・・・ー…-…ー・・・……一..306 2. 資本信川の2つの形態………307 3. 商業銀行とターム・ローンー…・・・…...…一・・・….... ...317
第11章 ターム ・ ローンと信用論体系………326 一一資本イ古川範時の展開
一1
. 問題の所花 ・・・・・・…・・・・…・・・………...…・…・・・・・…・・・・・・・……-…・・・・・・326 2. 資本信月jの第 a形態と転嫁流動性理論………328 3. ターム・ローンの特質と伝m制!支の構造変化………3 34 4. 結びにかえて……一…・・・…・・…...………・・・・・・・ー……・…...…... 342
第12章 ターム ・ ローンの流動性と証券市場………350 資本信用と{古川;�IJJ支
1
. 問題の所在…-一…-一…・・・・・・・ …・・ー…...…・・・・・・…・ー…...350 2. ターム・ローンの流動性問題・一…・・・・・・・・・・…・・・・・・…・・・・・・・・・・・・・・・・・351 3. ターム・ローンと証券市場・・・…・・・・…・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…・・・・・・359 4. 結びにかえて…...………・・・…・・・・・・・・・・…-一一....…・…...363 第13章 レベニュー債の商業銀行引受と信崩理論問題………370
一レベニュー債と公伝川の多線化
1
. 問題の所在一・・・・・・・・………・・・…・・・…・・・・・・・・・・……・・・・・・・…・・・…...370 2. レベニュー債と公イ訂Ij・・・……・…...…・・・・…ー・…・・・…...372 3. 商業銀行の地点偵引受・保イfとr11付」………376
4. 商業銀行によるレベニュー債引受問題の展開………一.379
5. 結びにかえて・・…・・ . 386
[1 次 Xl
;:k�引…・・・・・・……・・・・・・・・…・ー…-一-……・一一………・・・……・…・・・………...395
あとがき
第I部
金融革新と銀行法
3
第1章
金融革新の経済学
1 . グラス法案の課題
19331ド銀hi去(Banking Act
of1933) は通称グラス=スティーガルj去 (Glass-Steagall Act) と呼ばれるが, それは特に銀行と証券の分離を定め た4つの条項, 日[1ち第16条, 第20条, 第21条, 第32条を指すものとしてFIJしE られることが多し」
この4つの条項とは白木仁氏の要約によれば次のようなものであるr 1(1 )第16条の規定(十司法銀行法の規定としては12 USC 24に編人) :商業 銀行の証券リ|受禁止
一一一|司法銀行は 作|偵ー 州または地点政府が発行する -般j吋源的, および連邦機関債を除き 証券の発行引受けをしてはならな い ただし, 顧客の計算と注文に基づい て 証券フーローカ一業務 に従事す ることは許される 。また, 通貨監将ア?のレギュレーション に従って, 株式 以外の証券をf'l己のrn算に基づき 証券投資として購入 しても構わない なお, この規定は州法加盟銀行 にも適用される(以ドでも|行]じ) 。
(2)第20条の規定(連邦準備法の規定として12 lJSC 377 に編入) :商業 銀行による証券f会社保イfの紫J卜
-1JI1盟銀行は本法が成立してl.irを経 過した後は, -Ì:として証券の発1i, 引受け , 公募 , 公光などの業務を行な う会社と , 系!iiJ I弘j係を持つてはならなし'0
(3)第21条の規定(連邦準備法の規定として12 USC 378 に制人) :投資 銀行の預金受入 れ禁止一一ー証券の発行 引受け 公募 公光などの業務を 行なう個人または会社は 同時 に預金を受け入 れてはならない
(4)第32条の規定(連邦準備法の規定として12 USC 78に編入) 商業銀
第I部 金融午新と銀行iL
行と投資銀行の役Li萩-任の然J1.. 1934 1j'. 1 } J 1 11以降 川開銀行の役Llな いし取締役は, 証券の先行, 引受け, 公募 公光などの業務をfrなう法人会 社, パートナーシップ, またはJI:法人会社で, 役L1. 取締役, あるいはよ配 人の地伏に就いてはならない し」
さて, グラスが銀行改革を構忽した時, 彼が念民においていた用品(()な規 範がf�J王子形珂論であったことは これまで繰り返し強調されてきた だと すれば, 銀-証分離を定めた 4つの条項は真JE千形周諭とどのような関係に あるのであろうか
これはI�(ちに浮かぶ法本的な疑問jであるが, ここで改めてこのようにl没1Iり するのは, 信用�J命の見地からこの}.I�についてこれまで必ずしも卜分な検討 カ切日えられているとは,思えないからである。
というのも, 真正予形理論は銀行の流動性理論の原瑚的な位i�l:を,'îめるも のであるが, グラス=スティーガル法にt�,I� r形珂!論がどのように反映され,
その結果, 商業銀行の流動性の構造がどのように変化したのか, あるいはま た融資形態にどのような変化がおきたのか, といった点にまでιち人った考 察はなされていないからであるn つまりょ\J王子)f�則論の惣定しているモデル は8典的商業銀行の業務内科であるから, グラス=スティーガル法は点|王子 形理論を採用することで, アメリカの商業銀行の業務内科に対して, そのよ うなI古典的商業銀行モデルへのIlq帰をどの程度まで、安治するものであったの か, という問題がここに挺IJミされた核心部分である。
このような観点からグラス=スティーガル法の内容をグラス法-業の成立過 程をrjl心に検討することにしたい。 これは, グラスニスティーガル法との関 連でいわれる真正手形理論という問請が決してどのようなな味で、!とflいられて いるのか, を明らかにするための試みである2 )。
1933年にグラス=スティーガル法が成立するまでに k院においてグラス の提起した銀行改革案は, 幾度となく挫折した円 このfI�Jのグラス法案は少な くとも 6 段階に区分される。
(1
)1930年6月17R, Senate 4723 (71st Congress, 2 nd Session), (2)1932 年1月, S. 3215, (3)1932年 3月, S. 4115, (4)1932年4 n, S. 4412 (以r_,
第1.章 金融革新の経済学
72 nd Congress, 1 st Session), (5)1933年 3月9 1=1, S.245, (6)1933年5月 1日, S. 1631 (以仁73 rd Congress, 1 st Session)。 この最後に提出され た S. 1631 (May 1, 1933)が, 1933年銀行法になるものであった3)D
それではおのおののグラス案はどのような特徴をもつものなのであろうか。
特に銀行と証券の分離に関わる規定はどのように形成されてきたのであろう か。 こうした点に注意を払いながらグラス案をみていくことにしよう。
2. 銀行制度改革への試論
一一
グラス試案の構図一一
1930年 6月17日にグラスによって提出された法案(S.4723) は1930年銀 行法と題されたものであったが, グラスによれば, それはまだ銀行委員会の 小委員会が予定している公聴会のための. いわば試論的なものにすぎなかっ た4 )。 したがって, この1930年のグラス法案にはまだ1933年銀行法の原型に もほど遠い内容しか示されてはいない口 けれどもこの法案はグラスが銀行改 革を構想し, 最初にその具体化を試みた指針でもあるから, グラスがこの段 階で銀行改革の手がかりをどこに求めようとしていたかを知ることは意味あ ることであろう。
バーンズ(Helen M. Burns)は1930年銀行法について「同法銀行の証券 業務の制限, 支白銀行制度の拡大 証券子会社の規制, 連邦準備株の配ヨの 分配, そして連月準備局からの財務省の排除」を準備したものと紹介してい る5 )。
ケリー(E.
J.Kelly皿)はこの法案について次のように述べている。
「この法案は最終的にグラスニスティーガル法となったものとほとんど類 似点がなかったが, 16条に多少類似する規定が含まれていたo この法案はま た加盟銀行にそれらの各子会社についての報背書を連邦規制当局へ提出する ことを求めるという証券子会社に対する規制を定めた。6) J
パトリック(Sue C. Patrick)は, このグラス案 が ウィリス(H.Parker
Willis)の協力で出来たことを指摘した上で, グラスとウイリスの狙いが連
6 前I部 金融苧析とS!HnJ、
rl� �V�怖の資金をJ定機に!ljv)ることを防ぐことにIÎ'Jけられていたこと, そのた めの4つの瓜11がこの京:の特徴であると秩J111する 第1は, 1司法鋲hのフロー カーや株式取引所会11なとごへの1r什をfUf J:の剰余金と払込資本令の10%まで に制限すること 第2に, 出l.券r会十1:や投資r会十1:などの|司法銀行のr会社 におjして, J並行監行yçに財務状似の?とWJ矧:ltを送ること 第 3 ,ニナトW2銀f J:で の}JIl1�t.銀行のf会社に対しては述手I�不備JII]に報;ltをおこなうこと, 以後に,
第11条ではj主主líi\l� 1精鋭行の加111銀行への貸付-についてそれを受けるとIliJ叫に 証券十I!保でフ ローカーや株式取引所会lJに融資をしている}JII日H1HJ:へのit什 を|坊ぐことカら!とめられている7
以1',間ìjí,にグラス法案の概要をみてきたが, ここで取りあげるべきl命点 2つである
第 1は釘�h本体による証券業務のj乱�JIJの内科である 的2は日E券r会社の 規制)hl�についてである
パトリックは, 1930イドのグラス'奈の1tr;itに触れて, その拠出動機のひとつ としてまず前初にグラスが加間銀行を投資銀行業務と投機市場から分離ーさせ ょうとしたことを挙tt'ているカ山 第lのI命.',I,C
しE
銀行本体によるrüE券業務の胤:ljlJは, パーンズがただ11司法銀行の社券業務 の制限」とだけ述べ, ケリーがわずかに116条に多少矧似する胤定」とパー及 したものにすぎないが, この脱?とは第2条で提,'I'tされている
第2条は改定法作(The Revised Statutes) ( fl多IEされたIlq iL fl� -1 J:υ2 J 第5136条の第 7s.ri (Paragraph Sevcn th)の修正として従,1/',されたものであ る。 そしてこの第7rSiは1927年のマクファデン法(The McFadden Act) の第2条(b)で、追加修正されていて, ここでの規定は第 7パラグラフのこの 追加l条項に関わるものであったから, |勾作的には クファデンwのfl多l卜とし て提起されたものであった引。
マクファデン 法第2条(b)は, 1 dfi扮I�l:のあるイ�IU先,ìJEhJ ( marketable obligation)の光口をl寸法銀行に認可したものである10)u そこでは, 1投資 証券の完ti業務は, 今後, 完. ro足し条件なし(wi thou t recourse)でのdi
第1市 金融.'("新のH消/i
場'1"1:のあるw務社:1j-のッt己nにla�íじされる」と胤?とされた11
これに対して1930年のグラス案第2条はこの証券光氏のやり)jを制限しょ うとするものであった その'r'ì"rは次のようなものである
「投資証券の先口業務は, 今後, 先・!'l)j,iし条件なしで, かつ顧容の?ì:文 とIf!'trに法づく'/énにla�íとされ, いかなる場介も1'] L.のIn-}}:でなされてはな らない 121 J
ここには2つの特徴がみられる 脱捺していること 第2 ,こ,
ひとつは, df場'I'lのある依務,;il:)i:規定が この規定は, 銀行のI'jし:勘定での証券売口を然
|卜.したもので. 後のグラスニスティーガル法第16条の 司郎 なるものだ , という点である
グラスド!身の1&1りjによれば, この第2条 の胤定は次のような玄凶をもつも のであった Illtr論は今や全ての銀行にliîJじ権限を与えることを認めかつ,
危険であることが分かつてきた. 」くはそのように分かりかけている銀行の怜 IU�の行他をílìlJI出することを認めているようにみえる 131J この銀行業務の危 険な付'äl山の行使ílII日以が, 銀行本体の証券業務市Ij�l�に関わる初期の指針として のmíじなのであった
第2の証券r会社の胤;11IJは財務状況のディスクロージャーとして舵起きれ た
第7条は, |司法銀行f会社に対してllil i去銀行が通貨!ffif.'t十f; ,こ!日-務:1犬況の報
;lt fl?を�)f: 11',しなければならないこと また証券r会社の関係する11司法銀行
の財務状川についてより完全な知識を伴るために通貨'i}:i'l'子'r'çが必t;:と認めた
/1\は, このような証券f会社の特別報行の提!I�,が求められうると規定してい
る
第 9条では, 連):ßi�i�備制度に加盟を許されている州法銀行のf会社に対し て財務状例報告書を述):1)準備}C1Jに提出することがぶめられた11
このように, 証券[-会ネ1=か凶IJへの指針はまず財務状況のディスクロージャー という形で提起されたのであるJ
この2つの似点がグラスが最初に構怨した銀行改市の指針ーとなるものであっ
た しかしこの指針は、11時の銀行と証券の基本問題に対して岐本的な変不を
8 第I部 金融革新と銀行法
迫るものではなかった。そこでわれわれは, この指針に基づいてグラス案の 条項が整備されてゆく過程の次のステップとして, 1930年から31年にかけて おこなわれた銀行制度改革案がどのように準備されたのか, の検討-に人らね ばならないが, その前に, あらかじめ次のような疑問点に応えておく必要が あるだろう。
それはグラスが銀行改革案を提起するにあたって, さしあたり抵抗の大き い急激な改革案を意識的に同避したであろうという推測は成り立つとしても,
なぜこのように実に緩やかな形でしか銀行と証券の問題がとりあげられなかっ たのか, という疑問である。というのもグラスとウイリスは確問とした兵正 予形理論の信奉者として知られているのだから, その見地に立てばここで提 案された指針は真正手形理論に照らしてみる限り, 後のグラス=スティーガ ル法と比べてその隔たりがあまりにも大きすぎるからであるn なぜこのよう な隔たりがうまれたのかを, いくらか明らかにしておくことは. 金融革新の 展開の中で真正手形理論がどの程度の牝置とイi効性をもっていたかを採るう えでも重要な意味をもつで、あろう。
そこで急激な金融革新の過程で提起されたマクフアデン法案をrl'心にこの Z命点をみておくことにしよう。
3. 金融革新とマクフアデン法
一一
真正手形舟.論の修正
マクフアデン法(1927年2 n)は1920年代後'1':に 1支化していた尚業銀行 による証券業務の来営化傾向を容認し, そのことによって尚業銀行本体によ る債券部を通じた証券業務と証券f会社設立による証券業務を�に促進させ ることになった。こうして, 商業銀行の本来の業務範13�を泣えた新たな業務 の展開は, 典型的には証券業務の兼営化となって現れた。これは当時の金融 革新の潮流を代表するものであった。そして史に注flすべきことは, この規 制緩和と兼常化の存認を明確にうち出したのが通貨監督円であり15\この政 策に基づいてマクフアデン法案が提出されてきた, という点であろう16)D
第l章 金融革新の符済学 9
金融規制当防として通貨監督同〔通貨監督官事務所J(the Comptroller's office, the Office of Comptroller of Currency) は, 1920年代に金融京 新を容認する政策へと規制の姿勢を根本的に変化させた。 ピーチ(William elson Peach)によれば それは州法銀行と信託会社との競争において,
|司法銀行がこのままの規制下では国法銀行制度から離脱する恐れがあったか らである。そこで通貨監督官はt司法銀行の権限に対して規制を強化せず, 同 法銀行法の大幅な緩和を示唆した。1923年から1927年にかけて通貨監特局は,
同法銀行に限定的な証券業務に従事する権限を与えようとする立法化の動き の背後で, その推進力としての役割を果したのである17lo
つまり, マクファデン法 の事実上の提起者は通貨監督局であり, 通貨監 杵局は, 同法銀行を州法銀行および信託会社との競争から保護するためには,
金融革新の動きにあわせて州法並みに同法銀行法を緩和していくという立場 を選択したのである口 したがって通貨監督官の政策は, 真正予形理論を真つ IÍlJから否定するものであった。
マクファデン法案の審議中にコリンズ(通貨監督官代理)は次のように議 論を民間しt.:.o
今, 何らかの理I-ÜでI[司法銀行の業務は商業銀行業に限定されるべきであ ると主張する人達もいるu 彼らは議会が同法銀行に信託権限を与えたことは 誤りだったと考えている。彼らは同法銀行が貯蓄預金を受け入れたり, 投資 証券を売買したり, あるいは不動産担保で、貸付をすることを考えたくないの である。18)J
マクファデン法は|司法銀行に貯蓄部門の維持を権限として与え191, 貯蓄預 金取扱の権限を第15条で規定した20)。またマクフアデン法は 同法銀行に不 動産十L!保貸付をする権限を拡大し それを第15条で規定した2110 そして第2 条(b)でl司法銀行による投資証券の売買規定を与えた22)。
このようにマクファデン法は通貨監督官による同法銀行法の解釈によって
それまで国法銀行がおこなってきた投資証券の売買や 通貨監督官が定めた
規則とその運用によってl司法銀行が貯蓄預金の受入れをおこなうなど23) い
わば慣行化していた商業銀行業務の拡大を法律的に認可することで, 伝統的
10 第I剤; 金融市新と銀行11:
な商業銀行業務の枠組みを打破しようとするものであ ったA したがってマク フアデン法'奈の推進行述は伝統的なl存j業貸付即論やnl王子}f�}'H"ì命に士、jしてす こぶる挑戦(!りであるが, このような:f%ii命�ki兄に対して, パーキンズ( Edwin J. Perkins)は次のような体ーめて興味深しV白山を提1'1',している
「ウイリスは1920年代のIlUIj " 銀行界に過度の投機の危険を詳;i;していた とはいえ, 私はウイリスが後で1I11臥してみると彼にとってはっきりとイ〈健全 な政策であったものから銀行制度を'.j:ることに卜分にJrJ心深くなかったから,
彼は後悔の気持を抱いていたと佳いしている マクフアデン法の公聴会のIIU , 彼i'I身は, 証券r会社の増大を, それがアメリカ粁怖の別の1H1J ,íliで‘起ってい たサービスの拡大の動きに対応するものであるから, 不llJ避で、あるとみなし たのである24
_J
つまりパーキンズは ウィリスがマクファデン法案の'辞議のために1mかれ た公聴会で、証券f会社の増大を経済の党以に十ドうサービスJ広大には不IIJ避な 必然的なものとして存認、した, と指摘しているのである したがってウイリ スは後にこのことを怜tいたのだとf:.rJlえする
われわれは. コリンズズ、の批1判:可司lリlは、l竹i黙然、ウイリスなとにIドílJμ;けfられたものだだ、とj いカがfちでで、あるカが{ パ一キンズによれば' この付与WJにはウイリスは,:JI:券r会社 作認のI工場に何円、ていたことになる これは前大な桁摘で、あるから, パーキ ンズが依拠したドーフマン(Joseph Dorfman)のtlF物でその、1111京の筒IYí'を 時めてみると次のようにl記述されている
ウイリスはマクフアデン法が通過した|町後に祁;つをおこなったが. それに よれば「マクフアデン法は 1i_ )�f銀行;jjlJf主への潮流と, アメリカの杭凶作i,�' の他の}"J lóiでの大規模な巾.伎での発反, 日IJち, チLーン ・ ストア, デパート,
製造業等々の明大にみられるような大脱模な:/�nの経消, の比地からみれば 不可避的な段|併なのであったJ 25) J
確 か に ウイリス はマクファデンj去を「イくllJ避(j{Jな段I�符(an inevi table stcp)Jと位置づ‘けているが, それはマクファデン法が支),t;銀行制度の拡大 を「司法銀行に認IIJした/.(についてであった。 したがってウイリスが証券子会 社の増大について「小IIJ避」であると符認したわけで、はないのであるからパー
第1 t;'í: 金融�,:$írの粍i汚学 11
キンス、の指摘は不正確だといわねばならない
実際, ドーフマンが典拠とした1928il�のウイリスl命文では証券f会社は取 扱われておらず, ウイリスは左前銀行制度について論じている ここで彼は アメリカの銀行制度の転換を, 小規模銀行から)i)占をもっ大脱模銀行への転 換と捉え, 小光業で展開されているチェーン ・ ストアの什頭に対Lじさせて文 )�;銀行t!JIJ皮の汗及を位置づけようとした その限りでは銀行制度の新しい変 化を促進したものとしてマクファデン法に う主のたlê{Jl[jがらえられている26
Iこのようにパーキンズの論拠は崩れたのであるが ウィリスが後悔したで あろうと彼が硲1, tしたことそれ自体は, 必ずしもそれほど的はずれではなかっ たようにみえる
確かにウィリスはマクファデン法案の公聴会( J二院銀行委μ会)では法案:
に反対した, とその内容がμえられているし日 その公聴会でおこなったマ クファデン法案への彼の励行では J並行歌作J:rJ]の廃l卜.が主張されているか ら28) , ウイリスがマクファデン法案に対する子強い批判者であったことは忽 像に難くない。 しかし, 彼の勧計の|人l科をみてみると, 後に彼が厳しく批判 するような制点から主張がなされているわけではなかったのである
彼は次のように勧:りしたぺ
il五Id��Nhにおけるデノ守一ト化の傾向Lì, 1-f111�銀行法において認可される べきであり, 適切に保護されるべきである》 これを効果あるものにするため には, I司法銀行の所要資本が増大され さまざまな部門に書IJりあてられるべ きこと, 述):1;準11fH fnJからの特別の許可は, 純粋な商業銀行業に付け加わると ィ号えられるおのおのの機能に111来して伴られるべきこと, そして史に, f竹善 Íf!全は分割され, (投資の�11)ムーい権ー限が与えられている)不動産や, いくつ かの認、IIJされている純類の債券に投資されるべきこと, がノJ�II変される J
「多くのl司法銀行によって行使されている証券の分先(distribution)の 機能は, 合法化されるべきであり, 資本明大の条項を通じて適切に保護され るべきである。29) J
みられるようにウイリスは, 吋時の金融革新の現状を符認し, 積傾的にそ
れを促進させる法律の制定を提í îしている。 したがって. この内特は先のコ
12 第I部 金融箪新と銀行法
リンズの批判をJ正面から受けて也つ伝統的な兵JT-:手形理論からのものである どころか, コリンズの提案を更に具体化したものとさえいってよいであろ う30)口 この九時, ウイリスは支j百銀行制度の展開による銀行組織の大規模化 を尚業銀行が発展をとげていく上での避け難い近代化と捉え, 証券業務の兼 営化についても商業銀行の展開に不可避な業務多様化, デパート化の ・環と して積傾的な位置づけを与えていたのであった。
このようにウイリスは, 経済発展に対応する商業銀行の業務多様化を必然 的な傾向として捉えていたのであり, それを合法化するにあたって, 伝統的 な商業銀行に付加される機能に対してはそれにみあった資本の増大を要請し ている。 この議論は真正予形理論の見地から導きだされるものではないから その現状容認の理論的態度から, この時点でのウイリスは点」王子形理論を放 棄したといっていいほどまでに立正予形flM論の修正を試みていたといってよ いであろう。
しかし, ここで、理論的に注r�すべきことは, 彼が商業銀行業務と非尚業銀 行業務を明確にほ別し, 証券業務などの非同業銀行業務に資本の増大が必安 である点を提言していることであるの これは, ウイリスが伝統的な|街業銀行 業務をモデルとする真」王子形理論にそれまでι脚していたが故に, 伝統的な 商業銀行業務を基準にして新たな尚業銀行業務の多様化を担保するという 銀行制度分析の基軸的な悦角がここに明確に提示されたことを意味する口 彼 はこの分析視角によって, 不動産担保貸付, 証券業務に対する資本の明大の 必要性, 即ちn己資本問題の意義を提起したのである
しかし, こうした 彼の新たな 理論展開への姿勢は長くは統かなかった。
1929年の大恐慌が彼に改めて商業銀行業の多様化と兼併化を符認する理論構 成に再検討を迫ることになったからである。
ところでグラスはどうであったであろうか グラスはマクフアデン法案の 証券業務の条項に異義を唱えてはいたが, その抵抗は比較的おだやかなもの であった31 )。 実際, 1926年5月段階でのグラスの議論では第2条(b)に関わ る証券業務についての言及はみられなし,32)。 このような背景について パー キンズは当時, 商業銀行による投資銀行分野への参入の科度のf小さかったこ
第l章 金融革新の経済学 13
とをあげている33)。 確かにそれは事実であるにしても, 商業銀行による「投 資証券の売買」業務は広く認識されていた慣行である 議会において金融 ・ 銀行分野の権威であったグラスがそのことを知らないはずはない。 グラスは 商業銀行が証券業務を営むという業務の多様化あるいは兼営化を, 商業銀行 業務の質の変化に関わる問題としては十分に理解してはいなかったのではな かろうか。 むしろ急激に進む金融革新の中ではそうした動向をある程度は容 認する他はなく, 証券業務を伝統的な商業銀行業務の質に関わる問題として は重大視していなかった, ということであろうっ 少なくともマクファデン法 案当時, グラスもまた兼営化傾向については真正予形理論に基づく厳格な商 業銀行業務のあり方を追求していたのではなかったのである。
このように, ウイリスはマクフアデン法案の審議の過程で金融革新の現状 と動向を基本的に存認する理論的態度をとっていたから, 1930年のグラスの 指針案は, 金融I革新を批判する銀行制度再建案であると同時に , ウイリス自 身の理論的見地の大幅な兄1I3::しを意味するものであったc 1930年当時の政治 的状況や政策的配慮は当然、あったとしても, 1930年のグラス指針案が真正手 形理論の比地からみてゆるやかで規制中心の提bとなっていることについて は, ウイリスのこうした理論的な背景をも考慮にいれるべきであろう。
つまり. 1930年のグラス指針案は, 真正予形理論の枠組を大幅に超えた商 業銀行の構造変化と兼営化を容認するウイリスの見地を修正し, これらを規 制するという姿勢で、真正予形理論に基づく商業銀行業務再建への)i�11を理論 的, 政策的に提ぷしようとするものであった。
これはウイリスにとっては金融革新の容認のために大きく最離していた真
正子形理論へIÎ1Jけて大幅な軌道修正をして規範的な理論へとい]帰する, その
転換点となるものであったが, 規制中心の指針案からも明らかなように, 銀
行制度の再建はその基準とする真正手形理論が全面的に妥�Iíする純粋で伝統
的な商業銀行への復帰を示すものではなかった。 したがって論点は, 商業銀
行の構造変化と兼営化という多層的な変化に対して, 真正手形理論が主とし
てどの部分を改革論議の対象とするのか, という点に絞られる。 これは, 19
33年銀行法において真正予j修理論がアメリカの銀行制度にどのような影響を
14 都I部 金融市新と銀行iJ:
lj-えたのか, の立誌をIliJう|付千五と術岐に関わるものであるから, ここで予め 1 ì:怠を払っておきたい
と ころで, グラスやウイリスが]930年の指針案を綻ぶするのは, マクフア デン法以後の金融市新の進民が彼らのfiI!リを必え. もはや行過できないよう な金融
rlñ で‘の 投機 やバブルといった社 会的な 弊 芹 をうみ 川 し たからに他なら ない つまり. 金融革新の民間の中に彼らはその銀行制度の法盤を抗がしか ねない問題点を見山したのである そこでつぎにマクフアデンU�}戊_\'l以後の 金融市新をrt'心にそのflU論的特質を有í'iUし, 彼らがそのうちのどの部分にì�
として批判的論点を求めたのかを1\Î� íìi( づけ て お くことに し よ う
4. 金融革新の理論構造 一I�有業飢行の構造変化と撮;むIJ資本
マクフアデンj去の成立以降, I{有業銀行による業務の多係化と証券業務の状 常化は イ付加速されることになった
マクフアデン法成\'/までは, )並行lZγft'r'\・がfU行l人jの証券業務をr Jlõ公式に」
認 可 していたとはいえ, ほと ん ど の 業務はな お 「 越 権行為 」 と し て 分 刻され ていたから, マクフアデンリ;以降は銀行本体による証券業務がi�\ 1:企庁1)門を泊 じて積制的におし進められることになった しかし, そこではii千通株の取引 は祭じられていたので, それはf会社によって取り扱われたのである34 )
マクフアデン法によるこうした|商業銀行業務の変化については, 銀行関係 fí'のIItJではマクフアデン法成ι、lí u、?にすでに卜分子組されていたことであっ たり
それによれば, この新法によって銀行の投資業務はそれまで以1',に大きな 法的な認nJを受ける ことになったが, その変化は次の2つのなfましい・Jï態を もたらすであろう そ の第1 は 「銀行1
'1身の 投 資保イfの大規ぬな明 大 Jであ り, 第2は, r銀行の顧客 に販売す るた め に証券を 購 入す る債 券部門の設立」
である3510
つまり, 証券業務は商業銀行にとって利潤獲得の新しい収任源であり, 11i1
第1 1'1 -:'Ji.融革新の粁済学 15
U�銀行の投資ì�ISjI'Jのぷ川こよって銀行は, 投資をする人達の要望を満たす特 日
Ijのサ
ービス をお こ なうことにな る であ ろ うお
このように尚業銀f j'によるl証券業務の萩'日化は 1927年時点ですでに予測 されていたが, 事実これ以降, 1指業銀行の金融市新は二,',}î:Ë 1111をとげてゆくの である
1920年代に進反してきた商業銀行の業務多様化は, Ir�業銀行への胤制緩和 として推進されてきたが, その先導(1<] f文;則を果たしたのがナ|、|法銀行であり11 j 託会社であった I司法銀行の業務多様化と兼'f;�.化は, これらの州法銀行及び 信託会社との競争ーにおいて迂1111的な形で逆行されてきたc 1924年以降の通貨 I�'fヂf'�'の止i針はそのために[司法銀行への規制を緩和lし, 同法銀行法を(lrj-,化 することであった託、 その)f針に基づく新しい立法化を計l同し, 推進すると Ilí]時に, 現実には「非公式」に業務の1']由化を存iiEしてきたF マクファデン 法は こうした令融革新を『汗価し総-11有するための\'l.法であり, 新たな民間にIÎJj けて金融,下新のは-的な恨拠を提供するものであった38 )
その後, この金融不新は I同業銀行の3つの存IS I而で更に重照的に民間され た
第1は, 1荷業銀行における証券-tl[保貸付\不動j宅担保貸付の明大で、あるおん これは|同業銀行の融資構造の新たな民間であり 擬制資本の運動領域に関わ る貸付形態の拡大であった口
第2は, 尚業銀行による投資証券の先日業務の展開である40 0 r市場性の ある債務言lL'Uの光汽はf古巣ì�ISを通じて遂行され, 銀行の顧存への証券版光 がこの業務のf � (1<]であった 引受シンジケートに参加し 引受け た証券( 購 入した品E券)を顧'容に版先する形をとüば, この証券:/c!'i業務はtp,なる銀行 間のデ ィ
ーリ ン グでは な く, 発行d
i場に お ける 証券 の最終的な購 入 芥 ( 投資 家)への版光を11的とした. 発行業務を分担!するものとなろう、 つまり, こ の投資証券の光目業務は流通di場における光買のみならず, 発行rlî場におけ る光氏をも特認しうるものであった。
これは商業銀行本体による 証券業務日IJち擬制資本領域への業務拡大であ
る
16 第I部 金融革新と銀行法
第3は, 証券子会社を通じた証券業務の展開で、ある。 ここでは商業銀行の 債券部では取り扱えない株式(普通株)が先日されるコ 本稿的な証券業務の 推進である。
第2, 第3は擬制資本と商業銀行の関係を緊密にノ示すもので, 擬制資本の 領域への商業銀行の業務拡大, 兼営化として制度的には現われてくる。
これらは商業銀行の構造変化を示すものであるが, その特徴はすべて商業 銀行と擬制資本の関係として展開されていることであろう。
商業銀行の構造変化を規定する関係概念は, ひとつは銀行信J+1から擬制資 本への上向を縦軸に展開される銀行信用の発展形態としての資本信mであり,
もうひとつは擬制資本の展開そのものを仲介する証券業務, 即ち証券業資本 の兼常化=包県化である。 商業銀行が証券市場の発展の中で, 銀行信用を擬 制資本の領域へと拡大させ, 銀行業として資本信川と証券業資本を包摂する ことが, アメリカにおける商業銀行の近代化であった
なお信託業務はすで、に認可されているので41 ) アメリカの商業銀行デ‘パー ト化は, 兼営銀行としての近代化でもあった 伝統的な商業銀行業務に基づ くイギリス型に対して, アメリカの|商業銀行の金融革新はJ正常・化を特徴とす るドイツ型なのであった( そしてその兼常化を文える法軸となるものは商業 銀行本体の銀行イ古川の展開, 即ち構造変化のJjl核としての資本灯j目だ-ったの である。
このような金融革新の進展について1929年にマン(Glenn G. Munn)は,
商業銀行と証券業務との関係について総括的な報行を発点したっ
彼は I片い, 保守的, かつ伝統的な与えでは商業銀行の業務は「創期jの商 業貸付への投資Jに限定されるべきであるが, ここ101rの商業銀行の業務で は証券投資や証券担保貸付が急増していて, I商業銀行は内皮に発展した f投資信託jになりつつあるといっても過, ïではなしリと行う。
商業銀行の本来的な厳格な概念では, 貸付は千五)4ケ}j (30けから18011 ) の短期のものに限定され, I商業取引に基づくn己流動的なものであったo と ころが, 突然の変化でコマーシヤル・ペーパーが削減され. 政府債券jll保貸 付も急速に減少してきた。 他}j, 近年の銀行の資産のliJで急激な伸びを示し
第1 �賃 金融革新の経済学 17
ているのは, 貸付では, 株式および債券担保貸付であり, 投資では, 債券お よび証券(政府債を除く)投資であるJ 株式および偵ー券担保貸付は資産の中 では他の資産よりも急速な伸びをぶしているが, バランス ・ シート全体でみ ると, 伸び率は定期預金の増加lよりもなお低い 債券および証券(政府証券 以外)への投資は, 商業貸付や貸付全体の仲びと比べると増加が著しいが,
株式および債券担保貸付ほど急速ではないr これらが近年の銀行の発展の顕 著な特徴である。
他方, 大企業の剰余は蓄積され続け, 巨額の利潤は留保されて配、月として 支払われない。 運転資本の状況は良好で, かつ証券発行を通じて長期の資金 も自己で調達できる口 かくて大企業は, かつてのような規模で銀行からの ・ 時借入れに依存することはなくなった それどころか大企業の流動資産の膨 張によって大企業は借り手よりもむしろ貸し手となっている。 この流動資産 に更に証券が加わっている口 直接必要とされない巨額の資金がコール・マネー 市場で、貸しIll',されているのである こうして, 大企業の銀行からの自立化傾 向が続いているのである42
)円これに対して商業銀行は長期投資への傾向を強めているc 銀行の資産のrl1 で急速に増大しているのは担保貸付(ブローカーへのコール・ローンを合む) であるが, その主たるものは証券判保貸付で、ある。 凶法銀行の資産の3分の
lが厳衝にいう商業fJ的に使月jされるが, 資産のほぼ下分をIJjめるのは, 証 券投資と証券利保貸付を合計したものである。
商業信Jtj需要の減退の背景には, 小先商品の販売と在庫の1111転を迅速にす る手段の発展があった。 チェーン・ストア, チェーン・デパート, 通信販売 組織, 輸送手段の整備による配達の迅速化 連邦準備機構によるより迅速な 小切手の取立等々であるコ これらによって -定額の運転資本でこれまでより も大きな量の貨幣を必要とする仕事ができるようになったからである
大企業はI?î]定資本の増大の要請に対しては社債とりわけ株式によって大企
業自身で資金を調達できるが, これは資本調達ばかりではなく当座の資金ポ
ジションを改善するものであった。 つまり 社債や株式発行は長期金融で、あ
るが, 企業に流動資本を与えることになり, 銀行への依存度を減少させるの
18 第I訓; 1:融'1',ーがrと銀行i}、
である といl時lこ新脱資本発行は鉛f
J"に
|吸収された というのもこのような 証券は1"(:践. fl�hからの 併 人れのtlti足としてIIJ し、られたり
,フ ロ ーカーへの
l
iJ
I:拠令勘定の 維持に使川 さ れたからである
以,ìíjはコマーシャル ・ ペーパーで間二人れたり. ,�(按にI荷業11"1、Iを交けてい た全業が株式発行で、nし」の資金をl'分に,ilMj主で、きることになった口L!IJち企業 はIjI
'(接に銀行から併 人れるかわりに, そのfHItを株式似イf{í-に転嫁 してき たのであるロJ192 6年以降, 株式i��イ1
・行は企業に JJ}}JIl株式をt!梓人する「 権利」
を 与えられ
, この 「村I利」をh他するための資金を も たない株式似イJ ?í-は 銀行から借入れをしたのであり, この株式がフローカーの,lil:拠合勘定に{以イf されてし寸Lば, その権利はブローカース ・ ローンを通じて佐科されたお金で 行使されたであろう口 こうして十11.保貸付のit;ーは明大してきたのである
さて, 銀行の長期 投資 への似 イjー はか つてなし、ほと大きいが
. ]924イrから
1928年の問の増加率でみると. -f!l:,',;îし、保イ{ d,l:券は外|五|企業依券であり. 次
がI�lの公益企業債券. �� 3が「その他の 全依券J. l!IJちì�として応業全業の もII券で、ある そして釘H,:の投資ポートフォリオの'1'で ー許1"1び中が111いのず 政府債券と鉄道依であったわ そして政J{H�'t券が銀行の1�1fIjJl:�;-に,1 iめる;別介 も1924{f.の48,3%から1928イ1:の40,5%へと減少しているが, この傾lí'Jは将米 もほぼIrij様に続くことになろう13
マンはこうした分析から医に商業銀行と投資銀行業とのl則係を号察する マンによれば. 1 �人-銀行は,fij業銀行というよりはIflHi業, 投資および金 融機関」といった)jがよい riJf-_券保イf. 株式および11.1atl[似i刻、Jと比べてI�百 業銀行機 能の地位は低 ド している ノ?では似行 は 投資金 融の分好において防 相i的に多面的な発民をとげている 大都市ì'fl�の銀行で、は「よ11:券会社J (securi ties companies)設屯の動きがjよがり, ニューヨーク, シカゴ, ボストンな どの 大都市ではかなりの大銀行が 「税機関と完全に結び、 ついたIlij J,;R; r証券会 社J (allied “securiLies corporations")Jを似イfしている。 このような銀行 と証券会社の結合は「投資銀行業と|荷業銀行業の問の境界線をげjし去る」こ とになった 親銀行とIlij属証券会社の間の「法人のIlij
-性J (corporate idcn ti ties)は維持され, 経常と役11は官接で, 村 1 //-,に助けあう関係にあった
約1 f衣 金融市新の粁i?í:j!" 19
ÄIE券会社は税fl� f i'に絶えずイペIIj枠を求め. m行は,ÌlE券会十1:をj泊じて貸付lげ能 な資金を有利にj主川したう
,lil:券会札は証券のオリジネー卜と引受をおこなうが, この業務は独'/�した 投資銀行家の業務をはるかに引き離している しかも. I証券会社の業務は 必ずしも仏券発行やオ')ジネーションに限〉じされていなしづ 数午前からは ひとつの大証券会社によって小ゾ己の胤特に株A1S1J:を勧める業務が始まり,
Mフロックかの鉄道株が公開I↑îl易に允りlBされたのである 「かくして,
r rflt券会社jの業務は, オリジネート, 引r1そして年IJッピと小先での分配から 新鋭ファイナンスをぶさない先行のディーリングと証券のトレーデインクに まで及ぶものといってよい」
そして次に投資銀行業の業務内科を利介した後で, マンは商業銀行業と投 資銀行業の関係を3つの1H1J I(IÎで;&fVjする
抗日ム|荷業銀行が司王券の投資家であることである 第2は. I{百業銀行が証券Jll1�111.j-をすることである
的3は. II
,ij 加; r,iJi:券会社jの発反によって. Irij業銀行がI�{接に投資銀行
業の分野へ参入してきた」ことである1-1
以1-,の11,義論は. )í
JrYおかれていた尚業銀行と投資銀行業との 関係をÍ!0慌 に 摘/]J,したものといえようu 1荷業銀行は, 証券投資と証券保イf. 証券 十Il保1f1
‘J
.証券(-会中1:によって市E券市場および証券業務と千七:接な関係をもつことになっ た これは[{有業銀行と擬制資本巡動との関係性と依存性をぷすものであった そしてまさにこの;YJSlfriにおける銀行業務の多様化と兼'jz-化こそが尚業銀行に とって金融革新の主安部分を構成するものであったのである
5 . 金融革新への批判と規制 グラス試案の基礎悦f[J
-それではこのような特徴をもっ金融革新に対して, グラスとウイリスはど のような批判点に立脚して銀行制度ーのi1f建をt試みたのであろうか
グラスとウィリスが証券投機を厳しく批判していたことはよく知られてい
20 第I部 金融革新と銀行法
る。
グラスは1927年に上院で「投機の増大」に警告を発し, その規制として60 日以内の保有で、の株式の売却に課税をする立法を検討するなど投機の規制に 取り組んでいる45)
í1928年に聞かれたブローカーズ・ローンに関する公聴会において, グラ スは連邦準備法の立案有は, rわれわれが有すべきは, 正、ljな産業および尚 業の要求に答える制度であり, われわれの多くが非生産的な株式取引および 商品賭博と考えているようなものに役立つ制度であってはならないjと考え ていたと述べている。46)J
グラスは1928年にブローカーズ・ ローンの急激な増大を問題にし. そのこ とは連邦準備制度が過度な投機を防ぐことができなかったことを証明するも のだと指摘した。 そして1929年8日に「株式賭博Jを競争に 性産的である と弁護することを批判し, そのような弁護論はír知的乱視j の犯した罪で ある」と述べた その!こで、彼は次のように吾う。 í私の関心、は述flSi供備制度 の経済的な高潔さを求めることであった。47)J
これに対してウイリスは, ブローカーズ・ ローンの増大を批判し憂慮しな がらも1929年の夏頃までは, I開業銀行による証券市場・証券業務への参入に 対して比較的許容的であった それまで彼は尚業銀行による業務の多係化と 兼常化をいわば必然、的な傾向とみなして, 客観的に考察していたから, その 頃彼が著した投資銀行の教科洋においても証券了ー会社の業務について特に批 判的な立場をとっていなし」パーキンズによれば, íウイリスは銀行業の最 新の改革に照らして, 彼の教科芹の理論を修正していたJのである。 ここで いう珂白命とは, いうまでもなく, I荷業貸付Jll�論文は点正予形理論のことであ るu そのためウイリスは投機についても人々に貯蓄を推焚し, 証券を購入す る宵慣をつけさせるものとして ー定の経済的な効果をさえ認めていたのであ る48)。
すでに述べたように, ウイリスは, マクフアデン法案の帯議JVJ問巾に, 尚 業銀行の業務多様化と兼営化を容認した勧告を提言していた。 1927年の論文 で彼は「アメリカの銀行業の大変化」を論じたが49) そこでまず銀行資産の
第l章 金融革新の経i斉学 21