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論文 新市場創造プロセスにおける不確実性と意思決定 日本マーケティング学会 MJ148 03

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Ⅰ. 不確実性下での新市場創造の実践

1. 環境の不確実性に対する処方箋としての「予測」  企業現場におけるマーケティング実務者(以 下,マーケター)の実践は,しばしば大きな環 境の不確実性への対処を伴う。例えば,革新的 な製品・サービスの導入段階では,消費者ニー ズは明確ではない。そのため,株式会社伊藤園 が初めて緑茶飲料を発売した際,社内・流通と もに「お茶に 100 円も出すやつなんていない」 と評価されたように(吉田 2010),今日では市 場が確立されている製品でも,その導入時点で 成功するか否かを把握することは不可能だ。ま

た,製品自体は新規でなくとも,市場の成熟化 に伴い,従来とは異なるターゲット顧客にビジ ネスを拡張しようとする際には,やはり直面す る不確実性はきわめて高いものとなるだろう。 さらには,自社は既存のビジネスを安定して続 けているつもりが,競合企業や顧客の予期せぬ 行動によって環境前提が大きく変化し,市場で のポジションを失ってしまうことあり得る。  こうした「不確実性」とは,一般に,正確 に予測をできない意思決定の主体が経験する 問題であり (Milliken 1987),「職務を完遂す るために必要とされる情報量と,すでに組織 によって獲得されている情報量とのギャップ」 (Galbraith 1973, 邦訳 p.9) として定義されてき

不確実性と意思決定

要約

 本研究の目的は,不確実性の高い市場環境に直面したマーケターが,いかに課題解決を行うのかを分 析し,近年アントレプレナーシップ研究を中心に注目されている「エフェクチュエーション」(Sarasvathy 2001, 2008)の論理のマーケティング課題への適用可能性を明らかにすることにある。具体的には,マー ケターを対象に,マーケティング実践における8つの意思決定課題への回答を,シンクアラウド法によ る発話プロトコルデータとして収集する調査を実施した。分析の結果,第一に,市場創造の経験を持つマー ケターが課題解決においてエフェクチュエーションに基づく意思決定を行っていること,第二に,起業 家ではなくマーケターの文脈における,エフェクチュエーションに基づく意思決定の様式が明らかになっ た。以上から,起業家の論理としてのエフェクチュエーションを,大企業におけるマーケティングや新 規事業開発にも有用な知識として精緻化し,既存のマーケティング理論を補完する知識開発に寄与でき る可能性が示された。

キーワード

エフェクチュエーション,不確実性,意思決定,マーケター,プロトコル分析

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た。こうした不確実性がある場合には,目的達 成のための選択した行為が,事前に期待した結 果をもたらすとは限らない。

 それゆえ経営学では,不確実な状況下でいか に意思決定を行うのか,あるいは,そうした不 確実性ゆえに事業が失敗したり,製品が売れ 残ったりするリスク,及びそれに対処するため のコストをどのように負担するのか,といった 課題について,環境に対応した組織構造や管理 システムの問題,あるいはサプライヤーやチャ ネル,行政や競合といった具体的な環境に対す るマネジメントの問題を含む,様々な研究蓄積 を行ってきた。とりわけ不確実な環境における 意思決定の問題は,意思決定を行う経営者や 組織のメンバーの合理性が,本質的に限定さ れたものであることが認識されて以来(Simon 1957),不断の環境変化の中で長期な成長を志 向する組織にとって,必然的に対応すべき課題 とみなされてきた。

 こうした不確実性への対処に共通する基本的 な方針としては,「追加的な情報を収集・分析す ることによって,不確実性を削減させる」 (e.g., Galbraith 1973, Tushman and Nadler 1978)こ とが目指されてきたと言える。Wiltbank et al. (2006)は,経営学における10の主要なジャー

ナルに掲載された187本の論文のメタ分析から, 環境の不確実性に直面する企業の戦略策定につ いて,戦略的マネジメントの主流の研究が,主 に2つの処方箋を提供してきたことを整理して いる。一つは,とりわけプランニング学派によっ て主張されてきた,「より良く予測するために 努力すべし」という方向性であり,もう一つは, とりわけラーニング学派によって支持されてき た,「より良く適応するために素早く動くべし」

という方向性である。

 前者のAnsof(1979)やPorter(1980)など に代表されるプランニング学派は,体系的な分 析と統合的な計画の重要性を強調する。より詳 細な状況への注意,より頻繁な分析,より多く の代案の評価を重視するこのアプローチでは, 環境の不確実性が高い場合,より念入りに分析 を行い,より正確に変化する環境を予測できる ほど,成果が高くなると考えている。実際に, 合理的な予測が企業成果に結びつくことを示し た多くの研究成果も存在する。

 一方,後者のラーニング学派は,プランニン グ学派とは対照的に,予測的合理性を追求する 代わりに,環境からのフィードバックから,何 をなすべきかを漸進的に学習していくことを重 視する立場である。未来の不確実性に直面する 企業は,事前の予測ではなく,実験を通じて新 たな機会をとらえ,変化する環境に対して柔軟 に適応しながら,戦略自体をその都度修正して いく組織学習が重要だとする。行動を通じて 事後的に見出される,当初の計画段階では意 図されていなかった秩序としての「創発戦略 (emergent strategy)」(Mintzberg and Water

1985; Mintzberg, 1978)もまた,ラーニング学 派に位置付けられる。

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を否定しているわけではない。例えば,状況の 中で事後的に見出された創発戦略もまた,選択 される際には,それが未来の望ましい成果を生 み出すだろうことを見据えて選択されるのに違 いはないと言える。さらには,計画と適応とい う2つのアプローチは必ずしも代替的なもので はなく,合理的な計画と新たな機会の追及を両 立させるようないくつかのアプローチも提案さ れている。これらのアプローチは,最初の段階 から,将来における柔軟な意思決定の修正をあ らかじめ織り込み,予測外の事態に素早く適応 するために,慎重な計画を立てようとするもの で あ る(e.g., Bourgeois and Eisenhardt 1988, Eisenhardt 1989, Teece, Pisano, and Shuen 1997, McGrath 1999)。

 このように,戦略策定において予測が有効だ と考えられてきた背景には,「結果を予測する ことができれば,それをコントロールできる」 という信念がある (Wiltbank et al. 2006)。こ うした信念は一見自明のようだが,実際には, 予測によってコントロールが可能となるか否か は,環境の不確実性の種類によって異なると言 える。

 

2. 真の不確実性下での予測の不可能性

 環境の不確実性に関して,概念的にはこれま で様々な分類がなされてきたが(e.g., Stirling 1998; 2010, 平川2002, 竹村他 2004),広く見ら れるのは,「リスク」を含む用法としての広義 の不確実性と,狭義の不確実性を区別する分類 である。現実の広義の用法では,リスクと不確 実性はしばしば同義とみなされ,代替的に用い られることがあるが,厳密には,「リスク」と は事象の発生確率を何らかの形で数量化できる

ものを指すのに対し,「不確実性」とは,事象 の発生を数量的な確率としては表現できないよ うな状態を指す。この区別の嚆矢は,Knight (1921)のRisk, Uncertainty and Profit(奥隅榮

喜 訳『危険・不確実性および利潤』,1959 年) における,次のような3種類の確率の区別であ る。

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まったく不可能である。

 Knight(1921)は,まず,第一の先験的確率 のタイプは,ビジネスの現場では決して見られ ないものだとした上で,個別には不確実でも大 数法則的に数量表現できる第二の統計的確率の タイプを「リスク」と定義し,計測不可能な第 三の推定のタイプを,「真の不確実性」と呼ん だ。この区別が重要なのは,リスクの場合には, 典型的には火災の発生に備えて支払う保険料の ように,それは企業にとっての費用とみなされ るのに対して,それを含む諸費用以上の余剰に よって生み出される利潤というのは,計測不可 能な不確実性によってのみもたらされる,と考 えられるためである(和田 2015, pp92-93)。  実際に,マーケターが不確実性に直面する状 況として冒頭に例示した,新規事業開発や新製 品開発,新市場開拓などは,いずれもある企業 が自らの利益を極大化するために差異化され た新たな市場を創造しようとする試みである (Chamberlin 1962)。こうした試みは,それぞ れが本質的にユニークであり,先験的確率を計 算したり,全く同類の経験を数多く集めて研究 したところで,成功確率を判断できるわけでは ない。

 しかし Knight はまた,このような数量的な 予測が不可能な状況でも,企業者自身は,彼の 諸行動の結果から,形成しうる限りの最もよい 推定を形成するのみでなく,自らの推定が正 確であるという確率を主観的に見積もってい るだろうこと,そして,推定が結論に達すれ ば,不確実な未来に対して,一定の自信や確か らしささえ見出すだろうことに注目する。そし て,こうした計測不可能な真の不確実性への対 応こそが,企業者が利潤を手にすることができ

る源泉である,と主張する(Knight 1921, 邦訳 pp.297-303)。

 

.

不確実性に対する

エフェクチュエーションの論理

1. 不確実性への2種類の対処:コーゼーション とエフェクチュエーション

 それでは,予測が不可能な真の不確実性へ の対処を通じて利潤を生み出す企業者は,実 際にどのように意思決定を行うのだろうか。 Sarasvathy(2001)は,27 名のエキスパート の起業家に対する意思決定の実験から,この問 題に対する答えを直接導いた。具体的には,米 国の起業家リストから「創業者・起業家として フルタイムで10年以上働き,最低でも1社を株 式公開した人物」を基準にエキスパートの起業 家を選出し,スタートアップにおいて直面す る10の典型的な意思決定課題への回答を求め, その思考内容を分析したのである。その結果か らは,明確なパターンが発見された。例えば, 彼らには「市場調査を信用しない」,「過去の経 験に基づいて意思決定をする」など,複数の明 らかな傾向があった。そしてこれらの発見が示 唆していたのは,経験ある起業家は,スタート アップという極めて不確定性の高い環境下で, 問題解決のために共通の論理・思考プロセスを 活用している,ということだった。実験を通じ て発見されたパターンは,総体として「エフェ クチュエーション」と名付けられた。

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れた造語である。実際,エフェクチュエーショ ンの論理は,戦略論やマーケティング論を含む, 経営学で正当だと考えられてきた意思決定のプ ロセスとは対照的な内容から構成されていたた め,極めて新しい発見として受け止められた。  例えば,伝統的なマーケティング論のアプ ローチでは,ターゲット市場の設定と,消費 者をはじめとする自社を取り巻く環境の十分 な理解を出発点としている(Kelley and Lazer 1958, 嶋口・石井 1995)。そのプロセスでは, 新しい市場機会を特定することから始まり,さ らに消費者調査や競争分析を通じて,期待利益 を予測しつつ,まず明確な事業計画を策定する ことが重視される。そうして目標が明確化され れば,それを実行するために必要な資源を獲得 し,さらに意図せざる結果からのフィードバッ クを受けて計画を修正しつつ,時間とともに変 化する環境に適応していくことを志向するもの となる(図表−1参照)。

 これに対して,Sarasvathy が明らかにした エフェクチュエーションの論理では,コーゼー ションとは対照的な,大きく5つの意思決定の 原則が見出された。

 第一に,プロセスの出発点において,所与と されるのは,達成するべき目的ではなく,手持

ちの手段の集合である(「手の中の鳥(bird-in-hand)」の原則)。なぜならば,極めて不確実性 の高い,変化する環境の中で誰がターゲット顧 客になるのかは,実際にそれを誰が購入したの かを通じて事後的にのみ定義されうるためであ り,目標もまた変更されたり,時間をかけて形 成されたり,あるいは偶然見出されたりするた めである(Fisher 2012)。そのプロセスでは, 自らが(1)誰なのか(アイデンティティ,選 好,能力),(2)何を知っているのか(教育, 訓練,経験から得た知識),そして(3)誰を知っ ているのか(社会的ネットワーク)を含む,起 業家個人に固有の手持ちの資源をもとに,それ を用いて「何ができるか」が模索される。  第二に,起業家がそれを実行に移す際には, どれくらいの利益が見込めるか(期待利益の最 大化)ではなく,仮にうまく行かなかったとし ても損失が許容できるか(損失の最小化),に 基づいてコミットメントを行う傾向がある(「許 容可能な損失(afordable loss)」の原則)。コー ゼーションの論理では,最適な戦略を選ぶこと により,リターンを最大化することが重視さ れてきた。それに対して,エフェクチュエー ションの論理にもとづくエキスパートの起業家 は,はじめに期待利益を設定する代わりに,仮 に失敗した場合でも「どれだけの損失なら許容 できるか」をまず決定し,その上で,手持ちの

• • •

図表 —— 1 コーゼーションのプロセス 

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手段を創造的に活用するべく行動を始める。新 たな事業を起こすことには大きな不確実性が伴 うため,それを遂行する起業家には,高いリス ク選好を持つ人々というステレオタイプが存在 しているが,実際の起業家はそうではなく,む しろリスク回避傾向を持つことが,近年の研究 によって明らかにされている(Miner & Raju, 2004)。

 「手の中の鳥」の原則と,「許容可能な損失」 の原則は,起業家が失敗するリスクを十分に受 け容れた場合でも,取り組みを継続することを 可能にするような意思決定の論理である。自分 が自由に使うことのできる資源と,限定的な範 囲のみのリスクテイクを足場とすることで,仮 に最悪の事態に陥っても致命的な損失を被るこ となく,学習経験を蓄積しながらチャレンジを 継続することを可能にする。

 実際には,こうした手持ちの資源と許容可 能な損失に基づく新たな行動は,多くの場合, 当初予想しなかった結果や,偶然の出来事と いった意図せざる結果をもたらす(Mintzberg

1978,沼上2000)。その際,第三の原則として, エフェクチュエーションの論理に基づく起業家 は,一見不利なものも含む,こうした意図せざ る結果を無視したり回避したりする代わりに, 梃子として積極的に活用しようとする(「レモ ネード(lemonade)」の原則)。

 第四に起業家は,その過程で自発的に参加し てくれる人々とのパートナーシップを志向す る傾向がある(「クレイジー・キルト(crazy quilt)」の原則)。パートナーシップの構築は, 手持ちの資源の集合を拡張するだけではなく, それぞれが独自の選好・ビジョンを持つパート ナーとの相互作用を通じて,「何ができるか」 を変換し,事業のビジョン自体を共に形作るこ とを可能にする。こうしたエフェクチュエー ションのプロセスは,新たな製品や市場の創出 へと収束するまで,幾度も繰り返される。  最後に,こうしたエフェクチュエーションに 基づく意思決定の論理は,予測によって不確実 性を減らす代わりに,コントロール可能な活動 に集中し,結果として望ましい状態を帰結させ

• • •

!

図表 —— 2 エフェクチュエーションのプロセス

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ようとする世界観に基づいている(「飛行機の パイロット(pilot-in-the-plain)」の原則)。そ のため,予測が不可能な真の不確実性下でも, 可能な行為を一歩ずつ生み出すことを可能にす るのである。

 

2. エフェクチュエーションの論理の一般化可能性  エフェクチュエーションの論理は,熟達した 起業家が好んで用いる意思決定のヒューリス ティクスとして抽出されたものであるが,環境 の不確実性への対処についても,予測を代替す るアプローチとなりうるため,起業家研究以外 のマネジメント研究にとっても示唆に富むもの だった。実際,2000 年代に Sarasvathy とその 共同研究者らによる一連の成果が経営学の主要 ジャーナルで紹介されて以来,それを踏まえた 理論あるいは経験的調査の論文が300近く展開 され(Read et al. 2016),また一部のマーケティ ング研究にも影響を及ぼしている (Read et al. 2009; 吉田 2010)。

 Sarasvathy は,Simon(1996) の Sciences of the Artiicial(邦訳『システムの科学』)に おける非予測的なデザインの原則や,March (1978, 1982) が 主 張 し た「technology of

foolishness(愚かさの技術)」の議論に依拠し ながら,エフェクチュエーションの論理を支え ている起業家の前提を,次のように説明する。 起業家が直面する問題が,Knight のいう真の 不確実性に関するものであるならば,予測は有 効なアプローチとはなり得ず,不完全な情報し か持たない起業家の意思決定は,極めて困難な ものになる。ただ,それが問題となるのは,環 境を人々の行為に対して完全に外生的なものと して想定する場合に限られる。もし,環境を内

生的なものとして,つまり人々の行為自体に よって作り出されるものと仮定するのならば, 予測は望ましい結果を実現する唯一のアプロー チではなくなる。

 実際に企業の外部環境としての市場は,様々 な組織や制度,取引パターンといった複数の人 工物から構成されており,買い手の選好もまた, 現実に入手可能な製品や,広告等の影響を受け て変化することが知られている(Aversi et al. 1999)。特定の製品の使用価値やそれに対する 欲望もまた,企業間の価値実現競争や消費者と の相互作用を通じて形成されることが指摘され てきた(石原 1982,石井 2004)。こうした企業 にとっての環境を構成する要素に何らか働きか けることが可能と仮定するならば,環境が変化 する可能性に開かれた不確実なものであること は,起業家自らがそれを構築できる可能性を意 味するものとなる。これは,プランニング学派, ラーニング学派が主張するアプローチに加え て,不確実性に対処するための第3のアプロー チとしてのエフェクチュエーション,すなわち 「環境を自らの行為によってコントロールする ことで,予測を不要にするべし」という方向性 が存在することを示している。

 実際に,提唱者である Sarasvathy 自身は, エフェクチュエーションの論理を,起業家に 固有の意思決定に限定されるものではなく, 「不確定な状況における意思決定の一般理論」 (Sarasvathy 2008, 邦訳 p.340)であると位置付

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示唆されている。  

3. マーケティング論との接合における課題  しかし,エフェクチュエーションの論理を, 既存の経営学理論に対してどのように接合すべ きかは,十分明確であるとは言えない。実際,

Academy of Management Review誌に掲載され,

エフェクチュエーションをめぐる論争のきっか けとなった Arend et al. (2015)では,エフェ クチュエーションの論理に対する批判として, 先行する議論と関係性が十分に示されていない こと,エフェクチュエーションが適合的なコン テキストが不明確であること,を含むいくつか の課題が指摘されている。

 とりわけ,エフェクチュエーションの比較概 念であるコーゼーションの理念型とされたの は,フィリップ・コトラー流のマーケティング・ マネジメントのプロセスモデル(Kotler 1991) である(Sarasvathy 2008)。そのためエフェク チュエーションは,市場環境分析に基づき予測 を重視する伝統的マーケティング理論とは,逆 のアプローチであることが強調されてきた。  確かに,伝統的なマーケティング理論は,消 費者,競合企業,取引相手といった,自社を取 り巻く環境の理解を出発点とする点で,コー ゼーションに適合的であるように思われる。 マーケティング意思決定の問題は,統制不可能 な要因(競争,需要,流通機構,法律,企業のマー ケティング以外のコストなど)から,統制可能 な要因(製品,価格,チャネル,プロモーショ ン,立地)を区別することを基本とし,後者に 対してマネジメントを行うために,前者の十 分な理解が必要とされるためである(Howard 1957, McCarthy 1960)。また,エキスパートの

起業家に見出された,「市場調査を信用しない」 という意思決定パターンなどは,マーケターに 当てはまるとは考えにくい。

 ただし,マーケターの職務が,変化する環 境に対する一方向的な適応ではなく,「創造的 適応」(Howard 1957)であると言われるよう に,エフェクチュエーションの中核的アイデア も,マーケティング研究において古くから共有 されてきたと考えられる。実際に,エフェク チュエーションは,未来の結果について確率 計算が不可能な「Knight の不確実性」だけで はなく,行為の主体自身が何をすべきかについ て,明確な目的,順序だった選好を持っていな い「目的の曖昧性(goal ambiguity)」や,ど の情報が注目に値しどの情報がそうでないか が,必ずしも事前には分からないことを示す「等 方性(isotropy)」といった特徴を伴う問題空 間において有効であることが指摘されているが (Sarasvathy 2008, 邦訳p.90),これらの特徴は,

新市場の創造に携わるマーケターにも当てはま ると考えられる。こうした状況では,環境をむ しろ「作られつつあるもの(in-the-making)」 と捉え,自らの持つ資源の価値を最大化するよ うな場の創造自体をマネジメントの対象とする ことが有効でありうる(石井 2003)。

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クチュエーションの論理に基づく意思決定を行 うのか,第二に,もしそうであれば,エフェク チュエーションに基づくマーケターの意思決定 の様式は,起業家のそれとはどのように異なる のか,を検討する。

 

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経験的研究の概要と結果

1. 調査概要

 本研究では,不確実性下におけるマーケティ ング課題に対するエフェクチュエーションの論 理の適用可能性を検討するために,マーケター の意思決定に関するプトロコルデータを分析対 象とした。これは,市場創造経験のあるマーケ ターを調査対象者として選定し,彼/彼女が マーケターとして直面しうる課題にどのように 対処するかを,一連の意思決定問題に対する発 話データの分析によって明らかにするものであ る。分析対象となる発話プロトコルデータは, 調査対象者が実験問題を考え,意思決定をする 際に,頭に思い浮かんだ言葉を継続的に発話し てもらう,「シンクアラウド(think-aloud)」と 呼ばれる方法で収集された。こうした意思決定 と同時に発話されたデータを用いることは,意 思決定後に振返って発話を求める回顧的なプロ トコルデータよりも,最終的な決断に至るまで の意思決定段階について,より多くの洞察を もたらすことが指摘されている(Kuusela and Paul 2000, p.387)。

 調査対象者の発話は,録音した上でコーディ ングを行い,それが「コーゼーション(伝統的 なマーケティング・マネジメント)に基づく意 思決定」,「エフェクチュエーションに基づく意 思決定」,あるいは「それ以外」のいずれに該

当するかを分析した。さらに発話の内容を質的 にも分析することで,マーケターに固有のエ フェクチュエーションに基づく意思決定の様式 を検討した。

 

2. 調査対象の選定

 調査対象者の選定基準としては,第一に,マー

ケターとしての優れた実績を持つこと1),第二

に,マーケティング責任者として新市場創造の 経験を持つこと,を条件とした。新市場創造は, 新ブランドの導入,あるいは既存ブランドのリ ポジショニングのいずれかによって,新規顧客 を獲得したこと,と定義した。

 本研究で用いるデータは,条件を満たす3名 のマーケターを対象としたパイロット調査から 収集されたものである(調査期間:2017 年 10 月 13 日~ 23 日)。調査対象者は,いずれも大 手消費財メーカーのマーケティング責任者とし て,新市場創造の実績を持つ人物であり,マー ケターとしての経験年数は平均 20.3 年であっ た。調査対象者には,1 人あたり 1.5 ~ 2 時間 の調査に協力をいただき,架空の企業にマーケ ティング部長として就任した,という設定で, 8つの実験問題に対する意思決定を依頼した。  

3. 実験資料

 意思決定の問題群は,先行研究(Sarasvathy et al . 1998, Sarasvathy 2001)で用いられた実 験資料を,マーケターの問題領域に合わせて一 部修正したものを用いる。まず調査対象者には, 「株式会社マーケティング・ファースト」とい

う名の,経営学に関する学術書及びビジネス書

の出版事業から創業した会社が発売する,「マー

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のマーケティング責任者に就任した,という立 場を想定してもらった。その上で合計8つの意 思決定課題への回答を求めた。「マーケターズ・ ディシジョン」という製品は,実際には存在し ない,マーティングに関するコンピュータゲー ムである。こうした設定は,いずれの調査対象 者にとっても実務上の経験を伴わず,かつ,製 品特性自体はイメージしやすいため,適切であ ると考えた。

 実験資料における意思決定課題は,「1.市場 の確認」,「2. 市場の定義」,「3. 追加予算の確保」, 「4.ブランドのビジョン」,「5. 製品の再開発」,「6. マーケターの採用」,「7. 社会的な活動」,「8. キャ リアの転機」の合計8つのセクションに分かれ ており,それぞれが複数の項目の意思決定問題

から構成されている2)。意思決定問題の開発に

あたって,内容がマーケターの直面する現実的 課題として妥当なものであることは,調査対象 以外の経験あるマーケターにより確認された。  

4. コーディングの実施

 収集された3名の調査対象者の発話プロトコ ルデータは,すべて文字起こしをした上で分析 に用いた。合計 42 ページ,約 40,000 字のデー タを,意思決定において「1つの意味」をなす 文もしくは文章へと分割したものを,コーディ ングの対象とした。分析対象となる,そうした 「意味的かたまり」は合計66あった。次に,66 の意思決定を,「コーゼーションに基づく意思 決定」,「エフェクチュエーションに基づく意思 決定」,「それ以外」,のいずれかのカテゴリー に振り分けるためのコーディング作業を実施し た。その結果,「コーゼーションに基づく意思

決定」には19(約29%),「エフェクチュエーショ

ンに基づく意思決定」には31(約51%)のデー タが該当した。

 コーゼーションに基づく意思決定だとみなさ れたデータには,例えば,「今考えうる競合に 対して,どれくらい優位なサービスが提供でき るかなので,やはり競合の教えている内容は知 りたい(A氏)」,「どちらが競合優位性があり, 新しい切り口があり,かつ,ある程度のビジネ スサイズが取れるのか(B 氏)」といった,市 場調査や競合分析,売上予測など,分析に基づ く合理的な意思決定が含まれている。一方,エ フェクチュエーションに基づく意思決定だとみ なされたデータには,次節で説明するような, エフェクチュエーションの5つの原則に対応す る意思決定が含まれている。いずれにも該当し ないものは「それ以外」とした。

 

5. 分析結果

 まず,3 名の調査対象者による意思決定結果 の概要を確認する。それぞれのマーケターが ターゲットとして想定した顧客は,「人事部の ような企業の研修担当」,「MBAの学生など, マーケティングに関心のある大人」,「人件費投 資を最適化したい経営者」と三者三様であり, 最終的に発売すべき商品として想定されたもの

も,「セミナー講師と共に一般的知識としてマー

ケティングを学ぶBtoBの研修」,「ゲームでマー

ケティングを学べるオンラインで購入可能な ツール」,「ブランドマネージャーを育てるため の訓練プログラム」と一様ではなかった。した がって販売価格として設定された金額も,最も 低い 5,000 円から高いものでは 200 万円という 幅があった。

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のデータを見るよりも先に,「潜在顧客」,「潜 在的な競合」,「成果の見込み」について判断し てもらい,設問2で,市場調査のデータを読ん

だ上で,「ターゲット・セグメント」,「販売価格」,

「販売方法」についての意思決定を依頼した。 各調査対象者が最終的に選択したターゲット顧 客は上述の通りだが,これらはいずれも市場調 査のデータを見る前から,調査対象者の選択肢 として想定されていた。このことから,経験あ るマーケターによってなされた意思決定は,一 つの共通解が導かれるというようなではなく, 共通の初期条件を所与としながら,どのような 意思決定を行うのかによって,多様な結果が導 かれるような性質のものであると考えられる。  さらにコーディング結果から,調査対象者で ある市場創造経験のあるマーケターの意思決定 においても,エフェクチュエーションの論理に 基づくパターンが観察された。以下では,5つ の原則と対応する意思決定の内容について,順 番に確認していく。

 

(1)目的ではなく手段主導の意思決定

 本研究の調査対象者の回答からも,意思決定 における「手持ちの手段」の活用が観察された。 すなわち,調査対象の3名のマーケターはいず れも,ターゲット顧客が設定されておらず,市 場調査のデータも示されていない設問1の段階

から,彼らが「誰なのか」「何を知っているのか」

「誰を知っているのか」に基づき,見込み顧客 や可能な行為のオプションを生み出すことが可 能であった。その中でも,1人のマーケター(C 氏)はこの製品の想定ユーザーとして,経営者 やブランドマネージャー候補に加えて,「マー ケティング部門にフラストレーションを感じが

ちな他部門の人材」や「実務経験のないマーケ ティングの教授」など,合計10以上のオプショ ンを挙げることができたが,そのように発想さ れた多様なオプションの多くは,調査対象者自 身に固有の経験からの課題認識に基づくものだ と考えられた。事後のヒアリングにおいてC氏 は,このように拡張的な視点を持つことができ るのは,それが自らが活用可能な「資源の拡大 につながり,ひいては競争優位につながる,と いう理解によるものでもある」,とコメントを した。

 

(2) 期待利益の最大化ではなくリスク(コスト) の最小化

 さらに,自らが許容可能な損失を意識し,リ スクを最小化しようとする意思決定も,3名の それぞれに観察された。こうした傾向は,例え ば,チャネルを選択する問題に対する,「E コ マースを。一番立ち上げるのに,時間もお金も かからないので。(B氏)」という回答や,追加 的な予算が必要な改良版の新商品開発に関す る,「この事業の中で吸収できないマーケティ ング費用が必要だとすると,ちょっとそこには 踏み込めない(A 氏)」という判断などに見る ことができる。これらは,今すぐに必要な資源 を最小化すること,および,自由になる資源の 範囲で行うことによって,万が一失敗した場合 にも,開発自体が止められてしまったり,事業 が継続可能でなくなったりする最悪の事態に備 える思考であると考えられる。

 

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る代わりに,賛同してくれる可能性のある人た ちと交渉し,様々なパートナーシップの構築を 志向することが発見された。実際にこうした傾 向は,1名の調査対象者(A氏)に顕著に見ら れた。例えば,設問1のはじめに潜在的な競争 相手を問われると,「社会人向けのマーケティ

ングのセミナーや講座」や,「(そうしたセミナー

で)講師を務めるプロのマーケター」を挙げた が,それに続く設問で具体的な販売方法を検討 する段階になると,「それを競合とするのか, それともパートナーとするのか。取り組みとし て新しいものだとすると,そういうお墨付きな りを得て外販に出たい。逆にいうと,そっちに 先に売りに行くのかもしれませんね。(A 氏)」 と述べ,競合可能性のある事業者を,外販のた めのパートナー,あるいは最初の顧客として定 義し直したのである。

 さらに,「マーケターズ・ディシジョン」と, 創業以来の中心事業である出版事業とのカニバ リゼーションが懸念された状況(設問5)では, むしろこの新製品が既存の出版事業にも好まし い影響をもたらすことを強調し,出版物とコン ピュータゲームをインタラクティブに組み合わ せた講座を開くなど,社内競合をパートナーと して巻き込む発想を展開した。

 代替関係にある製品・サービスを提供する他 の事業者は,一般には競合関係にあると考えら れるが,見方を変えればそれらは,自分と同様 の目的を持つ人々であると言える。したがって, 見込み顧客に先んじてアプローチをしている他 事業者が,自身にない資源を持つ場合には,む しろ望ましいパートナーへと変換される可能性 がある。

 

(4) 偶然の出来事を自らに資するものへと変換 する

 このように,競合をパートナーへ,脅威を機 会へと変換するような思考様式は,「レモネー ド」の原則と呼ばれる,もう一つの意思決定の 原則とも関係している。レモネードの原則とは, 「When life gives you lemons, make lemonade. (人生がレモンを与えるなら,レモネードを作 れ)」という諺のように,不都合な出来事が起 こった場合にでも,むしろその偶然を梃子とし て活用し,好ましいものを生み出すような思考 様式である。

 こうした傾向は,3名のマーケターの意思決 定において全般的に観察されたが,意思決定課 題では,地域の学校の校長から「マーケターズ・ ディシジョン」を活用した教育プログラム開発 への協力依頼があった際の対応(設問7)にお いて,典型的に観察できた。直接の売上に貢献 するわけでもなく,製品の仕様変更も要求され るこのオファーに対して,許容可能な損失の範 囲内であることを前提に,学習機会として積極 的に取り組む次のような発言な見られたのだっ た。「教員とも連携しながら,彼らのエキスパ ティーズをうまく使うことができれば,今の商 品に欠けている点をうまく補完できるかもしれ ないですよね。…ラーニングのプロセスだと考 えれば,大きな投資ではないと思います。(B 氏)」

 

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ング部長としてインタビューを受けた,新商品 についての掲載記事の見出しを選択する意思決 定(設問4)に対する,「この商品の魅力はイ ンタビューでは伝わりにくいんじゃないかと思 う…もしこれ(製品のプロモーション)を目的 にするなら,私が自分で出てはダメだ(B氏)」 という対応や,キャリアの転機が訪れ,将来の 役員昇進を見据えた管理部門への異動と,他企 業の最高マーケティング責任者(CMO)とし ての転職の,いずれかを選択する意思決定(設 問8)に対する,「マーケティング部門の位置 づけを変えるべきであって…組織を変更すると いうオプションも考えるべき(B 氏)」という 対応などがそうである。いずれも,実験資料で 提示された選択肢を所与とすることなく,本質 的な課題解決のために,自ら選択肢を作り出す ような行動であった。

 このように,与えられた状況と課題に対し, 「うまくいくか」否かではなく,「どうしたらう

まくいくか」に基づいて,課題自体を再定義し ようとする思考様式は,予測ではなくコント ロールを重視する起業家の思考様式に対応して いると言える。

 

(6)市場調査を鵜呑みにしない

 さらに,起業家を対象とした先行研究で確認 された,「市場調査を信用しない」という意思 決定パターンに関しては,マーケターには当て はまらないだろう,と当初は想定していた。し かし調査結果では,同様のパターンが部分的に 観察された。

 具体的には,「潜在顧客や競争相手について, どのような情報を収集したいと考えますか?」 「どのような市場調査を実施しますか?」とい

う質問(設問1)に対して,フォーカス・グルー プ・インタビューやサーベイ・リサーチといっ た伝統的な市場調査方法を挙げる調査対象者は 1人もいなかった。ただし,自らが想定したター ゲットやマーケティング施策が妥当であるかを 検証するためのテストマーケティングの必要性 には,それぞれが言及していた。その理由とし て,例えば次のような説明がなされた。「こう いうものがあったら欲しいですか?と顧客に聞 けば,『あったら欲しい』という話になると思 うのですけど,具体的に導入したときにそれを 購入するかどうか,は分からないですね。…調 査ではなかなか出ないので,もし自分がこれを ローンチするのであれば,チャネルか地域を限 定して,実際に違う価格帯で販売してみて,ど の価格帯に引っかかるのか,を見たいと思いま す。(B氏)」

 加えて,過去にマーケティング部門が収集し た1次データによる市場調査のデータを読んだ 上で意思決定を依頼した際(設問2)には,年 齢別のセグメントの特徴に関するデータを見 て,「選好が年齢に基づくというのは,ものす ごい具合の悪い悪癖で,高度経済成長の時の マーケティングだよ…この時点でもう30年マー ケティングが古い(C氏)」と述べ,市場調査デー タ自体の問題性を指摘した。

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結論

1. 経験的研究からの発見

 本研究の成果によって,次の2点が明らかに できたと考えている。第一に,エフェクチュエー ションの論理のマーケティング実践への適用可 能性である。先述の通り,3 名の調査対象者そ れぞれの意思決定において,エフェクチェー ションの5つの原則と対応するような意思決定 パターンが確認された。市場創造の経験を持つ マーケターが一定の割合でエフェクチュエー ションに基づく意思決定を行っていることか ら,マーケターが直面する不確実性の高い新市 場創造プロセスにおいても,エフェクチュエー ションの論理が有効に機能することが示唆され た。

 第二に,マーケターの意思決定の様式として のエフェクチュエーションとコーゼーション は,必ずしも排他的な関係にないことである。 本研究では,エフェクチュエーションに基づく マーケターの意思決定の様式は,起業家のそれ とはどのように異なるのか,についても,質的 な分析による検討を行った。とりわけ注目した のは,伝統的なマーケティング・マネジメント が市場環境分析に基づく顧客ニーズの捕捉から 始まるとされるのに対して,エフェクチュエー ションに基づく起業家は「市場調査を信用しな い」とされたことを,どのように説明すべきか, という問題だった。実際には,グループインタ ビューやサーベイ調査といった顧客のニーズ分 析の伝統的手法は,経験あるマーケターによっ ても,必須でもなければ鵜呑みにすべきもない と考えられていることが,本研究においても確

認された。 

 ただし実際には,マーケターの実践において 市場環境分析は極めて重要な機能を果たしてい る。それは,社内・社外のステークホルダーに 対して意思決定の妥当性を説明し,様々なサ ポートを得るためにも,マーケター自身が複数 の行動のオプションから妥当な方略を選択する ためにも不可欠である。シリアル・イノベーター を対象とした研究(Griin at al. 2012)におい ても,市場調査を専門の部署や外部企業に任せ ず,深いデータによって課題を理解し,自らそ れを解釈しようとする,社内イノベーターの行 動が報告されているが,本研究の調査対象者に も同様の傾向が確認された。

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やステークホルダー)の反応を観察することに よって,不確実性を減らそうとする行動を取っ ていた。

 ただし,分析データでも約3割を占めたコー ゼーションに基づく意思決定と,エフェクチュ エーションに基づく意思決定を,マーケター自 身がどのように使い分けているのか,について, 本研究では十分な検討を行うことはできなかっ た。今後さらなる考察が必要である。

 

2. 本研究によって可能な貢献

 エフェクチュエーションの論理をマーケター の実践へと一般化する本研究の成果は,先行研 究で課題として指摘されたエフェクチュエー ションが適合的なコンテキストが不明確である という問題(Arend et al. 2015)の部分的な解 決に貢献しうる。

 加えて,市場創造を担うマーケターの意思決 定の様式を直接分析した点において,独自性が あると考えている。従来のマーケティング研究 においては,実践者であるマーケターが組織の なかで果たす役割については,一般化された マーケティング・コンセプトのもとで,表面 的に理解されるにとどまってきたと,Jaworski (2011)は指摘する。その背景には,アカデミッ

クなマーケティング研究の多くが概念間の関係 性を検証することを重視しがちであり,多様な マーケターの実践のコンテキストを踏まえた貢 献を軽視してきたことがあるという。こうした 研究領域の課題に対して,本研究は,マーケター の実践知を抽出し,マーケターが果たすべき機 能や職務をより現場に即した意思決定や行動様 式の水準で探求することにより,貢献できると 考えている。

 例えば,本研究の分析を通じて,先述のよう に,市場環境分析に基づくセグメンテーション ではなく,提供価値の定義(ポジショニング) を先行させ,データに基づく検証作業を行うア プローチや,競合を自らの顧客やパートナーと して位置付け直すような思考,企業として所有 している経営資源だけではなく,マーケターが 個人として利用可能な資源に基づいた戦略の発 想など,従来のマーケティング理論では十分に 捉えられないいくつかの行動パターンが観察さ れた。これらの探索的に導かれた分析結果をよ り精査した上で,先行する理論との関係性を丁 寧に検討することで,より現場のマーケターの 実践に対して示唆のある理論構築が目指される だけでなく,従来のマーケティング研究を補完 する新たな理論開発に寄与することも期待でき る。

 

謝辞: ご多忙な中調査協力を賜りましたマー ケターの方々に,この場を借りて厚く御礼を 申し上げます。また,本研究は JSPS 科研費 15K13053の助成を受けたものです。

 

1)調査対象者の候補を選出する3つの情報源として, (a)マーケティング学会理事の実務者,(b)マーケ

ティング協会マスターコース修了者の実務者,(c) (a)もしくは(b)が推薦するマーケティングの実

務者,のいずれかに当てはまることを条件とした。 2)起業家を対象に先行研究が用いた実験資料の中で,

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吉田 満梨 (よしだ まり)

 立命館大学 経営学部 准教授

参照

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