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生体分子構造学

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生体分子構造学

講義ノート

part1

2016 年夏学期

北里大学理学部

米田茂隆

syoneda@kitasato-u.ac.jp

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生体分子構造学 1 立体構造と生命現象 生命科学の発見 = 生命に関して知らなかったことを知る (原子レベル、分子レベル、細胞レベル、組織レベル,器官レベル、...で) 生命現象を理解する = 自然法則と論理(物理学・化学・数学)を持ちいて、生命活動を説明する (おもに原子レベルで) 例:酵素の場合 酵素の立体構造を原子レベルで決定する。 反応物が結合する部位の構造と原子間相互作用を決定する(Fischer の鍵と鍵穴モデル)。 遷移状態の自由エネルギーを決定する(統計力学と反応速度論)。 化学反応が酵素によりどれだけ加速されるかを理解する(機能を理解)。 生命とはタンパク質により制御された複雑で精妙な化学反応である(構造生物学)。 タンパク質の構造はアミノ酸配列により決定される(Anfinsen のドグマ)。 アミノ酸配列は核酸遺伝子の配列に保存されている(セントラル・ドグマ)。 核酸遺伝子は生命現象を規定する。 生命現象を理解するための研究方法 1)タンパク質(やその他の生体分子)の立体構造を原子レベルで決定する。 X 線結晶構造解析、NMR、電子顕微鏡(クライオ電子線トモグラフィー)、... 2)その立体構造をもとに機能を解析して、生命現象を理解する。また、医療や製薬に役立てる。 分子動力学シミュレーション、ドッキング計算、立体構造予測、立体構造データベース、...

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生体分子構造学 2 タンパク質構造決定と機能解析のための日本の施設

(左上)SACLA :第3世代X線放射光源。Spring-8 の隣に作られている。(右上)J-PARC:大強度陽子加速施 設。第 4 世代放射光源(X 線自由電子レーザー、XFEL)(世界4大 XFEL の1つ)。(左)タンパク質構造機能の 解析のため(など)に作られたコンピュータ施設「京」。どれも 1000 億円程度の建築費である。普通の生命科学の研究とは異なり、国 家の存亡をかけて作られた大規模な研究設備を利用できること、 その成果にアクセスできることが不可欠である。したがって、素 粒子物理学、天文学、原子力ほどではないが、豊かな国家が存在 していないと実行できないような研究分野となりつつある。(もち ろん、NMR、電子線トモグラフィー、4軸型 X 線解析装置は高価 だが研究室レベルの装置であり、上記ほど大規模ではない。コン ピュータも同様に研究室レベルの装置で十分有用な場合が多い。)

Protein Data Bank

最近はますます大きなタンパク質の立体構造が進められている。例えば、図のようなア セチルコリンレセプターなどの巨大分子複合体の原子座標が次々と決定されつつある。そ の座標は PDB(Protein Databank)に保存・公開されており、様々なグラフィックスソフ ト、ユーティリティにより描画・解析することができる。

RCSB PDB: RCSB Protein Data Bank http://www.rcsb.org/pdb/home/home.do

日本蛋白質構造データバンク - PDB Japan - PDBj

http://pdbj.org/

Protein Data Bank in Europe

http://www.ebi.ac.uk/pdbe/

PyMol

タンパク質の構造はさまざまなグラフィックス・ソフトを用いて描画できる。例えば、最近、広く使用され ている PyMol というソフトがある。情報科学演習室の iMac には、すでに PyMol がインストールされている。

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生体分子構造学 3 課題 1.Protein DataBank から,タンパク質構造ファイルを検索する 1)RCSB PDB を表示する(PDBj でも同じ作業をすることができ るので、PDBj でも良い。PDBj なら英語でなく日本語の説明が表 示される)

2)左の列の中にある「PDB-101」の「Molecule of the Month」 をクリックして、その中の「Acetylcholine Receptor」をクリッ クする。そのウィンドウから「Read More」を選んで、説明を読 む。

3)search 欄に「acetylcholine receptor」と入力して、最近は 多数のアセチルコリンレセプターの構造が決定されていること を確認する。

4)search 欄に「2bg9」と入力して、多数ある構造のうち Molecule of the Month の説明に使用されていた構 造 2bg9 を選んで表示する。 問1.2bg9 は何本のペプチド鎖から構成されるか?(ペプチド鎖に A からアルファベット順で名前を付ける と、どのように名称が付けられるか?同じアミノ酸配列のペプチド鎖は何本あるか?) 問2.アミノ酸配列のどの部分がαヘリックスでどの部分がβストランドか? 2.そのうち1ファイルをダウンロードして、Pymol で表示する 1)RCSB PDB の 2bg9 のページから、右側の「Download Files」 を選び「PDB File (Text)」をクリックして、pdb ファイルをダウ ンロードする。 2)右図のように画面下側の MacPyMol をクリックして起動し、メニューバー の「File」から「Open」を選択して、ダウンロードフォルダの中の 2BG9.PDB を選ぶ。 問3.MacPyMol 以下を入力するとどのような画面になるか? 右側のメニューから 「all」→「H」→「everything」 「all」→「A」→「ribon」 「all」→「C」→「by ss」→どれでも キーボード入力で 「show surface」 上部の「Display」メニューから 「Background」→「white」 上部の「Setting」メニューから 「Transparency」→「Surface」→「80 %」 問4.上記スクリプトの意味を理解せよ。(ウェブ「PyMOL 基本操作」を読んで理解する)

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生体分子構造学 4 ペプチド主鎖のねじれ角 ペプチド主鎖のねじれ角φ、ψ、を左上図のように定義する。 φ :C-N-C-C ψ:N-C-C-N :N-C-C-C 右上図(ネットより)のような、φ を横軸、ψ を縦軸にしたペプチド主鎖のねじれ角の表示図を Ramachandran Plot と呼ぶ。 水素結合 2次構造は水素結合のトポロジー(結合の図式)を使って定義されるので、まず水素結合について説明した い。水素結合とは、O や N などが H を仲介にして形成する相互作用で、図のように、H と共有結合している 原子をドナー、そうでない原子をアクセプターとよぶ。 ドナーとアクセプターの間の距離 3.2Å以内 H とドナーとアクセプターのなす角 30°以内 という条件が、しばしば水素結合形成の判断基準とされる。水素結合が形成されるこ とにより、ドナーとH の間の共有結合の距離はかならず伸びるし、さらに切断されて H がアクセプターと共 有結合しまうこともある。 βストランド 主鎖のねじれ各φとψがどちらも180°に近いと主鎖の原子たちはおおむね平面上に位置する。この構造を extended structure(φとψが180°に等しいとき)、あるいは、より広く考えて、βストランド(φとψがや や180°からずれたとき)と言う。2 本のβストランドが逆平行、または、平行にならんで、主鎖の N と O が ストランド間で水素結合を形成した構造をβシートと呼ぶ。 図.逆平行βシート(左)と平行βシート(右)の水素結合

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生体分子構造学 5 逆平行βシートでは、残基 i のNとOが向かいの鎖の残基 j のOとNに水素結合する。平行βシートでは、 残基 i のNとOが向かい合った残基 j の隣の残基 j -1のOと残基 j+1のNに水素結合する(1残基分、 またいでいる)。 図.逆平行βシート(左)と平行βシート(右)の水素結合の模式図(+は側鎖が紙面より手前、-は側鎖が 紙面の奥に向かっている) βシートの主鎖は完全な平面ではなく、ヒダができるのが普通なので、β pleated sheet と呼ばれることも ある。左下図は逆平行βシートのヒダを見えやすくした画像である。平行βシートも同様にヒダをもつ。βシ ートについてはヘアピン型(右下左)とクロスオーバー型(右下右)という用語がある。クロスオーバー型に は右巻きと左巻きの2種類がある 。 へリックス ヘリックスは1本のペプチド鎖が水素結合によってつくるらせん様の構造である。αへリックス、左巻きα へリックス、310 へリックス、πヘリックス、左巻きαヘリックスなどの分類がある。 2次構造 ピッチ リングの大きさ αヘリックス 5.4Å 3.6 残基(13 原子) 310へリックス 6.0Å 3.0 残基(10 原子) πヘリックス 5.1Å 4.3 残基(16 原子) 左巻きαヘリックス 5.4Å 3.6 残基(13 原子)

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生体分子構造学 6 図.へリックスの構造.左から順に、310ヘリックス、αヘリックス、πヘリックス 図.ヘリックス内の水素結合 ターン ペプチド鎖が曲がった部分をターン(turn、折れ曲がり構造)と呼ぶ。I 残基の O と i+3 残基の N が水素結 合をしたものをβターンと呼ぶ。i残基とi+1 残基の側鎖はどれも紙面手前に向く。βターンは I 型、II 型、 I’型、II’型に分類される。I’型はI型の、II’型は II 型の鏡像体である。下図のように、I 型βターンはi 残基とi+1 残基のカルボニルが紙面向こう側に出ている。II 型βターンはi残基のカルボニルが紙面向こう側 に、i+1 残基のカルボニルが紙面から手前に出ている。I'型βターンはi残基と i+1 残基のカルボニルが紙面 から手前に出ている。II'型βターンはi残基のカルボニルが紙面から手前に、i+1 残基のカルボニルが紙面向 こう側に出ている。

図.左から順に、I 型βターン、II 型βターン、I'型βターン、II'型βターン

出現確率 は I 型が一番多く、I > II > II' > I'の順で小さくなる。I型以外は、側鎖と主鎖の立体障害(原 子の衝突)のため、2つの残基のどちらかがグリシンなのが普通である。βターン以外にも、γターン、イン バースγターンなどがある。下図のように、γターンはβターンより残基が1つ少ない。インバースγターン はγターンの鏡像体である。特に、i+1 残基のCαの向きが異なる。水素結合はβターンより弱い。

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生体分子構造学 7 コンピューター・グラフィックスの用語

○分子表面(molecular surface、Connolly surface) 分子に接する半径 0.14 nm 程度の球の内接面

○溶媒接触表面(solvent accessible surface) 分子に接する半径 0.14 nm 程度の球の中心点が作る面 ○slab mode(clipping)クリッピング z軸方向に垂直な平面(clipping plane)を考える。それより手前(あるいは奥)だと画像が切り取られる ○depth que デプスキュー z軸方向に奥だと、雲がかかったように画像が薄れていく ○画面の x、y、z 軸の定義 画面の面内の水平方向右側が x 軸方向 画面の面内の垂直方向上側が y 軸方向 画面の面に垂直で手前側が z 軸方向

○CPK カラー(Corey, Pauling and later improved by Kultun)

通称 CPK モデルと呼ばれるプラスチック製の分子模型で採用されている色分け C が黒(または灰色)、 O が赤、N が緑、H が白、P が黄色、S が暗い黄色である Pymol の使用方法は、下記のウェブにあり。 BioKids Wiki:PyMOL を使ってみよう (上記タイトルで検索) PyMOL 基本操作(大阪大学 蛋白質研究所) http://www.protein.osaka-u.ac.jp/rcsfp/supracryst/suzuki/jpxtal/Katsutani/operation.php

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生体分子構造学 8 演習課題:セリンプロテアーゼ(トリプシン)の活性部位 1.PDBj→全サービスを表示→今月の分子→50 音順→た→トリプシン:説明をしっかり読む。特に「構造を見る」の描 かれている画像をしっかり見ておこう。 2.PDBj で PDB ファイル 2PTC をダウンロードして MacPyMol で表示。 File→Open→pdb2ptc.ent 3.シークエンス・ウィンドウを表示する。 問.どのようなアミノ酸配列か?どのような低分子があるか? 4.all→H→everything をクリックした後、all→S→cartoon をクリックして、カートーン表示にする。 色 C は by chain にする(by chain 色なら詳細は問わない)。

5.シークエンス・ウィンドウでキモトリプシン残基をクリックして選択する(シフトキーを押しながらクリックする と、範囲内の残基を選択できる)。以下のように、その選択した残基に trypsin という名称を付ける。

select trypsin, (sele)

上記のコマンドの意味:(sele)は選択した原子のこと。「選択した原子たちをまとめて trypsin という名称を付ける」と いう意味である。trypsin という名称は自由に決めて良く、例えば aaa でも abc でも構わない。

同様にシークエンス・ウィンドウで阻害剤残基を選択し、次のように inhibit という名前にする。 select inhibit, (sele)

6.次のように入力して、カタリティック・トライアドを表示する。(それぞれに対して、S→sticks としてスティック で表示する。カラー(色)は by element(原子色)とする)

select asp, resn asp and resi 102、select his, resn his and resi 57、select ser, resn ser and resi 195 問.Wizard→Measurement→Distance を用いて、次の距離を測定せよ。(測定をやめるには右下の Done をクリックす る) His57 の NE2 と Ser195 の OG、His57 の ND1 と Asp102 の OD1 、His57 の ND1 と Asp102 の OD2

7.オキシアニオン・ホールを表示するために、次のように選択して、S→sticks を選ぶ。色は by element にする。 select gly193, resn gly and resi 193 <== オキシアニオンホール

select gln192, resn gln and resi 192 <== その1つ手前の残基 select asp194, resn asp and resi 194 <== オキシアニオンホール select lys15, resn lys and resi 15 <== これが切断されるペプチド部位 select ala16, resn ala and resi 16 <== その1つ先の残基

問.Wizard→Measurement→Distance を用いて、次の距離を測定せよ。 Gly193 の N と阻害剤 Lys15 の O Asp194 の N と阻害剤 Lys15 の O Ser195 の N と阻害剤 Lys15 の O 8.キモトリプシンの分子表面 surface を描き、トランスペアレンシー60%で表示する:シーケンスウィンドウでキモト リプシンを選択→(sele)→S→surface:さらに、Setting→Transperency→Surface→60 % キモトリプシンの側鎖を非表示にするために、(sele)→H→lines 9.活性部位が見やすい方向に回転、拡大縮小、並進、遠近などを操作 10:背景を白にする:Display→Background→white

11.保存:File→Save Session As...→ファイル名は自分の学籍番号にする(sp16199 など) guest ユーザーの場合はログアウト後に消えてしまうので、Yahoo Box にアップロードする。 12.レポート提出(MacPyMol の画像を保存)

アップルマーク+shift+4→分子表示部分のみを選択→ファイル「スクリーンショット 2016...」が出来るので、ファイル 名を自分の学籍番号にする。

登録ユーザーはそのファイルをデスクトップ上に置いておく。guest ユーザーは教員が USB ディスクで回収する。また、 後日、自分で見るために、Yahoo Box にアップロードしておく。

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生体分子構造学 9 セリンプロテアーゼ セリンプロテアーゼは、アミノ酸の1つセリンを触媒部位 にもつ一群のタンパク質分解酵素(プロテアーゼ)の総称 で、キモトリプシンなど動物由来の酵素とサブチリシンなど 微生物由来のものが良く知られている。 特にキモトリプシ ンを代表とする一群には、キモトリプシンやトリプシンやエ ラスターゼなどの消化酵素のほかトロンビンなど血液凝固関 連の酵素が知られている。 キモトリプシンのアミノ酸配列の中で、His57 と Asp102 と Ser195 が特に重要な触媒トライアード(triad)である。右図 はX線解析で決定されたその立体構造の触媒部位付近の拡大 図である。描画には PDB ファイルの 1T8L を使用した。水素原 子はX線解析では決定できないので、表示してない。アミノ 酸配列にほとんど相同性のないセリンプロテアーゼでも、こ のトライアードは必ず共通してて、図に示された相対位置に 配置している。 また、この他、Gly193 と Asp194 のN原子はオキシアニオン ホールと呼ばれる重要な部位である。 セリンプロテアーゼの触媒機構 (1)アシル1中間体の形成(酸塩基触媒)2 (2)アシル中間体の脱アシル化 1 アシル基とは R-CO-という化学構造のこと。R は炭素と水素のこと。 2 (1)のアシル化の段階について、「電荷リレー(charge relay)システム」という仮説があり、今は否定されてい

る。これは下図のように「Asp に水素結合を通して His の水素が引き抜かれる。その His に対して Ser の水素が引き抜か れ、結局、ペプチドは Ser の O-により攻撃され、His の水素をもらって切断される。His がプロトン化されず、かわりに

Asp がプロトン授受をする。」と主張するものである。なお、His が一度 Ser の H をうけとって、それをペプチドの N にリ

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生体分子構造学 10

セリンプロテアーゼの特徴

1.Asp、His、Ser の触媒トライアド(catalytic triad)が存在する。

2.オキシアニオンホール(oxyanion hole)と呼ばれるポケット状の構造から四面体遷移状態のOが水素結 合を受ける 。

3.基質(切断されるペプチド)とセリンプロテアーゼはおもに主鎖間に水素結合が形成される。 4.側鎖は特異性ポケット(specificity pocket)の中におさまる。

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生体分子構造学 11 ウイルス外殻蛋白質 ウイルスは、そのライフサイクルのほとんどの時期において宿主細胞中に生息する。しかし、宿主細胞を脱出 して外界を移動して感染増殖する時期も必要であり、ウイルスは直径数十ナノメートルかそれ以上の大きさの ウイルス粒子(Virion)と呼ばれる形態をとる。ウイルス粒子は、基本的には、ウイルス核酸遺伝子(RNA か DNA のどちらか1種)、それを保護するための外殻タンパク質(capsid)、さらにその外側の脂質エンベロープ (envelope、外套膜)からなる。エンベロープ中には様々な機能をもつスパイクタンパク質が混入している。 脂質でへだてられた2重の外殻タンパク質をもつウイルス粒子もある。逆に、エンベロープをもたず外殻タン パク質と核酸遺伝子だけからなるもっと簡単なウイルス粒子も多い。ウイルスは多様であり、ウイルス粒子の 共通した特徴を述べるのは簡単ではない。

ウイルス外殻タンパク質の対称性についての Crick and Watson の数学的予測

ウイルス粒子のエンベロープは宿主細胞の膜をウイルスがまとっているものだが、外殻タンパク質はウイル ス遺伝子中の遺伝情報を宿主のタンパク質合成機構が翻訳したものである。一般にウイルスの核酸遺伝子は小 さく、その遺伝情報の大きさも限られているので、ウイルスは同一の小さな単位タンパク質を多数産生し、そ れらの集合体として外殻タンパク質を作るという戦略を採用している。多数の同一のタンパク質単位から効率 的かつ正確に外殻タンパク質全体が構成されるためには、タンパク質単位間の接触様式も同一であるはずであ り、外殻タンパク質全体は対称性をもつはずである。このことに Crick and Watson が最初に気づいた(1956 年)。彼らは、「内部が空洞の対称的な分子集合体には、どのようなものが可能か?」という問題を数学的に検 討して、外殻タンパク質が、らせん対称性か立方対称性のどちらかに分類され、立方対称性はさらに正 4 面体 対称性、正6面体対称性、正 20 面体対称性のどれかであると予測した3 らせん対称性 らせん対称性は回転とその回転軸方向への並進の合成により分子集合した集合体の対称性である4。簡単に らせん対称性の分子集合体の模式図を作る には、図のように、平行移動(並進対称性) により分子を多数複製して平たい紙の表面 を埋める。つぎに、右図のようにその紙を円 筒状に折り曲げ、ややずらして紙の両端をつ なげばよい。図の隣接分子間の結合(接触面) は、A-D、B-E、C-F であって、すべての分子 で共通である。 3 もっとも、これらのすべての対称性が実際のウイルスに見られるわけではなく、これまで発見された外殻タンパク質対 称性は、らせん対称性と正 20 面体対称性、およびその変形や組み合わせのみである。 4 長いらせん対称性外殻タンパク質は実際には直線ではなく、曲がって丸まったりする。したがって、比較的大きめのら せん対称性の外殻タンパク質は、電子顕微鏡では、しばしばエンベロープも含めた全体の外形が丸っぽく見えることがあ る。

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生体分子構造学 12 正 20 面体対称性 正 20 面体は、下図のように正3角形が 20 面あつまってできた立体である。正 20 面体には、5回回転軸 (図の正3角形の頂点を通る)が 12 本、3回回転軸(図の正3 角形の頂点を通る)が 20 本、2回回転軸(図の正三角形の辺の 中点を通る)が 30 本存在する。このような対称性を正 20 面体対 称性(icosahedral symmetry)と呼ぶ。1つ の正3角形の3つの頂点 は互いに同一の環境にあ る。したがって、1つの 正3角形は3つの同一の 図形5から構成することができる。正3角形は 20 枚あるから、60 個の 同一の図形で全体が構成される。その図形を非対称単位6と呼ぶ。非 対称単位たちは完全に同一の構造をもち、回転されていて向きと位置 が異なるだけである。 正 20 面体とよく似た立体に正 12 面体というのもあって、これは正5角形が 12 面あつまってできた立体で ある。正 12 面体にも5回回転軸が 12 本、3回回転軸が 20 本、2回回転軸が 30 本存在する。したがって、対 称性ということに関しては、正 20 面体も正 12 面体も同じ正 20 面体対称性であり、両者の違いは表面の形状 が異なっているということだけである。一般に、5 回回転軸、3回回転軸、2回回転軸が正 20 面体と同様に配 置されてさえいれば正 20 面体対称性であり、ウイルス外殻タンパク質のように表面が凸凹していてもかまわ ない。 準等価仮説 20 世紀の半ば頃から電子顕微鏡の進歩により正 20 面対称性のウイルス外殻タンパク質が多数見つかった。 対称性から、それら正 20 面体対称性ウイルス外殻タンパク質は必ず非対称単位 60 個の集合体でなければなら ない。しかし、同時に、生化学的実験により1つの外殻タンパク質を構成するタンパク質が 60 個ではなく、 その倍数であることが多いということも発見された。したがって、正 20 面体対称性ウイルス外殻タンパク質 の非対称単位1つは、しばしば同じタンパク質複数個から構成されているということである。 しかし、非対称単位 1つの中に複数の同じタンパク質を配置するのは簡単ではない。一見、外殻タン パク質を構成するタンパク質たちは非対称単位の中の場所に応じて大きく変形しなければならないと思われ る。ところが、Caspar and Klug は、準等価(quasi-equivalence)仮説を提案し(1962 年)、タンパク質の構

5 例えば、 のような四角形(立体的には四角錐)にとることもできる。 非対称単位は正 3 角形を等しい同じ形状

で 3 分割するものでありさえすればよく、以外の形にも設定できる。

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生体分子構造学 13 造が変化せず、また、タンパク質間の接触の様式がたいして変化しなくても、一つの非対称単位中に複数のタ ンパク質を配置することができると主張した。 準等価仮説を具体的に説明するために、まず、下図のように正3角形(黒い正3角形ではなく、細い線で 囲まれた大きな正3角形)で区分された平坦な紙を考えよう。1つの正3角形の中には3個の等価な分子が 存在し、3つの分子は 120°の回転により互いに関連づけられている。分子たちは完全に同一構造であり、 また隣接分子間の相互作用(ボンド)はすべての分子に対して同一である。図の場合、分子たちは A-E、B-C、D-D のボンドをもっている。正3角形の中心は3回 回転軸、辺の中点は2回回転軸になる。3回回転軸をつ ないでいくと分子6個からなる太線の正6角形ができ る。図の太線は正3角形の辺の垂直2等分線たちであ る。正6角形の中心は6回回転軸となる。 この平面を正 20 面体対称性の構造に折りたたむため には、下図のように均等に配置された 12 個の6回回転 軸に切れ目を入れて、60°の開きをもつ2直線にはさま れた部分を切り取るか、重ねるかして、5回回転軸にす ればよい。このように作成した立体は 12 個の5回回転 軸をもつので、正 20 面体対称性となる。 分子の位置関係をはっきりさせたいので、別の図を使って分子1 つ1つをもっとはっきりあらわすことにする。下図では、点線で描

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生体分子構造学 14 かれた小さな正3角形で平面が区分されている7。この小正3角形は上図の正3角形の3分の1の大きさで、分 子1個に相当している。小正3角形6個で正6角形が作られ、その正6角形で紙面がうめつくされる。上図と まったく同様にして、12 個の正6角形の中心に切れ目を入れて紙を切って折り曲げれば、正 20 面体対称性の 模型が作れる。どこに切れ目を入れるかによって模型の形は当然異なるので、切れ目の相対的な位置関係を明 確に把握しなければならない。そこで、ある1つの切れ目の頂点を原点 O として、O から下図のように2本の 座標軸 h と k を伸ばす。ただし、h と k は 90°でなく 60°傾いている。隣りあう正6角形の中心点間の距離 を1とする。したがって、当然、どの正6角形についても、その中心の位置座標 h とkは整数である。下図の 展開図では、(h, k) = (1, 1)なる点に切れ目の頂点を入れている。切れ目の頂点は均等に配置するので、他 にも、(h, k) = (-1, 1), (1, 1), (3, 0)などが切れ目の頂点である。これらの切れ目の頂点は 5 回軸(5 回 回転軸)になる。5回軸を結ぶ大きな正3角形を考えると、その中に小正3角形が3×T個収まる8。ただし、 T = h2 + hk + k2である。5回軸を結ぶ大きな正3角形の中に小正3角形が3×T個収まる以上、紙モデル全 体には 60×T個の小正3角形が収まる。この T のことを、T ナンバー(T-number、triangulation number、三 角分割数)と呼ぶ。下図は、T = 3 の図である。T = 3 のとき、作られる紙モデルはもっとも単純な表面をも ち、正20面体そのものである。 Tナンバーの定義式から、下の表のように、T ナンバーのとりうる値は、1,3,4、7...のとびとびの整数に 限られる。hかkのどちらかがゼロの場合は「P=1 型」、hとkの値が等しいときは「P=3 型」、それ以外の場 合を「ねじれ型」と表記する。ねじれはさらに右回りと左回りの2種類に分けられる。これらの分類に応じて 全体の表面の凸凹の分布が異なっている。この分類は紙モデルだけでなく実際のウイルス外殻タンパク質の表 面を明確に特徴づけるものでもある。 表:T ナンバーと正 20 面対称性の分類 P=1 1 4 9 16 25 P=3 3 12 27 ねじれ 7 13 19 21 a) 正 20 面体対称性中の60個のタンパク質。各タンパク質は完全同一構造、完全同一相互作用。 b) 正 20 面体に 180 個のタンパク質を入れたもの。各オタマジャクシは完全同一構造だが、微妙に相互作用 が異なり(あるいは構造も)、A, B, C の3つに分類される。正二十面体対称性には6回回転軸はありえない ことなどに留意して、A, B, C のタンパク質を区別せよ。これは T=3 である。 c) この図のみ平面図形である.同一のタンパク質3つをくっつけて正三角形を作っていった。各タンパク 質は構造相互作用とも完全同一である。 d)と e) c に切れ目を入れて、T=4 で折り畳んだもの。各タンパク質の相互作用は微妙に異なる。 7 「図. T=3 の紙モデルの作成」の中の点線で書かれた小さな正3角形は、「図. 正3角形で区分された平面」の黒く塗り つぶされた正3角形に相当する。 8 簡単な幾何学の計算である。時間があれば、自分で計算してみよう。

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生体分子構造学 15 上述したように、正 20 面対 称性ウイルス外殻タンパク質 を構成するタンパク質が準等 価な場合、全体はタンパク質 60×T 個からなる。各タンパク 質はほぼ同じ構造でありえる が、タンパク質間の結合の様式 が各タンパク質間で微妙に異 なる。また、疑似6回軸やそれ 以外の疑似対称軸が多数でき る。5回軸だけでなく擬似6回 軸のまわりも、準等価性からほ ぼ同じ形状を示しているよう に見え、出っ張りとしてウイル ス外殻タンパク質の外形に現 れる。そのウイルス外殻タンパ ク質の形態的な単位をキャプ ソメア(capsomer)と言う。キ ャプソメアの形状と分布はウ イルスを特徴づけるものであ り、電子顕微鏡写真のようなおおざっぱな画像からでも、キャプソメアの分布を調べて T ナンバーを決定する ことができる。

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生体分子構造学 16 問題 1. 次のウイルス外殻タンパク質の画像について、5回回転軸や6回回転軸たちはどこにあるか? 2.hとkの値はいくつか? 3. Tナンバーはいくつか?9 (1) (2) (3) (4) ヒント)右下の(4)の画像でキャプソメアがはっきりみえないのは、きわめて簡単な構造でキャプソメアの 個数が少ないから。まず、どこに5回回転軸があるかをはっきり考えると分かりやすい。ちいさな凸凹をキャ プソメアと誤解して難しく考えすぎないように。 9 解答は次ページ

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生体分子構造学 17

ピコルナウイルス(picornavirus family)

pico は「小さな」という意味、rna は核酸の RNA である。ピコルナウイルスは「RNA 遺伝子を持つ小さなウイ ルス」の1つの科を指す。ピコルナウイルスは、RNA1本鎖の遺伝子と外殻タンパク質からなるエンベロープ なしの小さなウイルス粒子を形成する。下のリストのようにポリオウイルス、ライノウイルス、口蹄疫ウイル ス、エコウイルスなどがピコルナウイルス科に属し、どれもあまり致死的ではない疾病を発病する。10

ピコルナウイルス科の属(genus)

apthovirus 属 口蹄疫ウイルス(血清型7つ)など

cardiovirus 属 mengovirus, encephalomycarditis viurs など

enterovirus 属 poliovirus, coxsackievirus, echovirus, enterovirus など rhinovirus 属 rhinovirus など

その他 equine rhinovirus, cricket paralysis virus など

ピコルナウイルスの外殻タンパク質は、4本のペプチド鎖(VP1、VP2、VP3、VP4)からなるが、そのうちの特 に短い VP4 は VP2 から切断されたものである(VP4 が切断される前の VP2 を VP0 と呼ぶ)。 ウイルス粒子は、 自発的に自己集合(assembly, morphogenesis)して形成される。意思をもたないタンパク質や核酸がどのよ うにして自発的に集合するかということは、生命科学の大きな謎である。これまでのところ、 ピコルナウイ ルス外殻タンパク質の自発的分子集合は次の段階に分かれることが知られている。 1-0)ウイルスのポリプロテイン P1 が2回切断されて、VP0、VP1、VP3 ができる 1-1)VP0、VP1、VP3 からプロトマー11(I-protomer)が形成される(5S 蛋白、S 抗原) 1-2)5つのプロトマーが集合してペンタマーが形成される(14S 蛋白、N,H 抗原)

1-3)12 個のペンタマーが集合して空洞外殻タンパク質(natural empty capsid、NEC)が形成される(70S 蛋 白、N 抗原)

1-4)1-2)のペンタマーと RNA が直接に集合して、あるいは、1-3) の NEC の中に RNA が進入して、ウイルス粒子前駆体(provirion) が形成される(N 抗原) 1-5)大部分の(下図のように、すべてではないかも知れない)VP0 が加水分解して、VP2 と VP4 に切断され、感染性をもつウイルス粒 子(virion)が完成する(155S 蛋白、N 抗原) 図.4つのタンパク質 VP1、VP2、VP3、VP4 からできているピコル ナウイルス外殻タンパク質表面。この図では、右上のプロトマーの VP0 が VP2 と VP4 に切断されてないので 031 と表されている。 10 前ページの問題の答:(1 ページ前の問題の解答)(1)T=13,(2)T=4,(3)T=3,(4)T=1 11 プロトマー(protomer)とは、ウイルスなどの分子集合体の対称性の基本となるサブユニットの分子のこと。今の場 合、1つのサブユニットは4本のペプチド鎖からなるので、1プロトマーはその4本のペプチド鎖のことである。サブユ ニットという言葉はX線解析などの幾何学的な用語なのに対して、プロトマーは物質的性質の立場からの用語である。

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生体分子構造学 18

外殻タンパク質の前駆体仮説(Procapsid hypothesis)

ピコルナウイルスの外殻タンパク質中に RNA が入る仕組みは次の2つのどちらかであると思われる。

1)threading model(糸通し仮説)

空洞の外殻タンパク質(natural empty capsid, NEC)の穴から RNA が入り込む

2)transfiguration model(構造変化仮説)

RNA が procapsid を取り巻いている。この構造はなにかのチャネルにフィットしていて、そこを通過

することにより、部分単位の協調的再配向が引き起こされ、RNA が内部に入り、最後の VP2 と VP4 の

切断がおきて成熟する。

図.ライノウイルスと宿主細胞表面のレセプターとの結合と感染メカニズム

図.ライノウイルスのキャニオン(渓谷)仮説。

「宿主細胞のレセプターに結合するライノウイルス

の部位は、外殻タンパク質表面のくぼんだキャニオンにある。そのため、宿主の抗体が直接には結

合することができない。そのため、重要なキャニオン以外のアミノ酸残基が突然変異すれば、抗体

からの攻撃から逃れることができるし、宿主レセプターとの結合は維持される」

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生体分子構造学 19

図.ライノウイルスのポケット因子。ライノウイルス外

殻タンパク質にはキャニオンの下にポケット(空洞)が

あって、ライノウイルスが宿主細胞を脱出する際に宿主

細胞の生体膜の分子の断片がポケットの中にはまり込

む。これをポケット因子という。ポケット因子をはめ込

んだ外殻タンパク質は安定化する。別の宿主細胞に吸着

した際に、ポケット因子は放出され、外殻タンパク質が

不安定化し、内部 RNA が宿主細胞の中に放出される。

準 等価仮説が成り立たないウイルス パポバウイルス(papovavirus)はポリオーマウイルス、 SV40、パピローマウイルスなどを含む。その外殻タンパク質 は電子顕微鏡では、一見、T=7 型であり、12 個の5回回転 軸、および、60 個の擬似 6 回回転軸をもち、キャプソメ アの数は 72 個である12。しかし、下図のbのように、粗 いX線解析で、6回回転軸の中心にタンパク質単位5量体 からなる5回対称性をつキャプソマーが存在するという異 常が発見された。 下図はそれを分かりやすく示したもので、5回回転軸上 だ け で な く 6 回 回 転軸の上にも5量体が存在し、したがって、準等価性が壊れている。必 然的にパポバウイルスのプロトマーは隣接したプロトマーと状況に応 じて複数の種類の接触の切り替えをしなければならない。SV40 とポリ オーマウイルスの精度の高いX線解析から、下図のように各タンパク質 単位から伸びているアームがタンパク質単位の位置に応じて構造変化 を起こし、対称的でない様々な相互作用をすることが示された。タンパ ク質単位は長い C 末端のアームをもち、それが隣接したタンパク質単位 の方に遠く伸びて、その β シートと水素結合をして実質的にその β ストランドを1本増やしている。そのアームは侵入先のタンパク質単 位のN末端により固定される。 下図は SV40 の外殻タンパク質全体構造の中で5量体を構成した部 分を抜き出したものであるが、その C 末端が長く伸びて、似たような 構造をしていることが分かる。この5量体が、右上図のように集合し て、まわりの6個の5量体と相互作用する。すなわち、他のウイルス 外殻タンパク質とは異なり、パポーバウイルス外殻タンパク質はタン パク質単位間の相補的な接触面間のボンドで構成されるというより、 各タンパク質単位の C 末端のアームでしばられたものといえる。 12 7×6012×560×6 図. ポリオーマウイルスの電子顕微鏡写 真と模型。a と b は見た方向が異なる。

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生体分子構造学 20

参照

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