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日本 の 入管 法制創 成 と外 国人 労働 者問題

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Academic year: 2022

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(1)日本 の 入管 法制創 成 と外 国人 労働 者問題. 日本 の入管 法 制創 成 と外 国人労 働 者 問題 首 藤(杉 田〉佳 世. 目. 次. 1.問 題 提 起 2.入 管 法 制 の 定 義 3.入 管 法 制 の 歴 史(江. 戸 時 代 末 期 か ら第 二 次 世界 大 戦 ま で). 4,朝 鮮 「.外 地人 」労働者 問題 5.日 本 か らの 移 出 民 6.戦 後 の 入 管 法 制 7.ま. とめ と 今 後 の 課 題. 1..問 題 提 起. 現ft、 月本 に は200万. 人 以 上 の 外 国 人 が 居 住 し、 「単.一民 族(一{1家 」 と言 わ れ る 日本 社 会 の. マ イ ノ リテ ィ と して 注 目 を 集 め て い る1。 日本 社 会 に お い て. 搬 に 「外 国 人 労 働 者 問 題 」 が. 広 く認.識 され る よ うに な っ た の は、1980年 代 の こ とで あ る。 当 時 は 、 「興 行 」 ビザ で就 労 す る ア ジ ア 系 女 性 外 国 人 労 働 者 と、 プ ラザ 合 意 以 降 の!!7高に よ る ア ジア 系 男 性 単 純 労 働 者 の 増 加 が 社 会 的 な注 目 を集 め 、 戦 後 の 経 済 成 長 を背 景 に 、 日本 社 会 が初 め て 外 国 人 労 働 者 問 題 に 1面. した か の よ うな様 相 で あ っ たz。. しか し、 日本 に 外 国 人 が 労 働 者 と して 移 入 した歴 史 を振 り返 れ ば 、 それ は 外 国 人 崖 留 地 を 設 け た 明治 初 期.に遡 り、さ らに 日本 社 会 が 初 め て 多 数 の 外 国 人 労働 者 の 移 人 を 経 験 した の は、 1910年 の 日韓 併 合 か ら1945'Fの. 太 平 洋 戦 争 敗 戦 に.かけ て の こ とで あ る 。 こ の 時 期 の 外 国 人. 労 働 者 と は、 多 様 な 国 籍 か ら構 成 され る現 在 の 外 国 人 労 働 者 とは 異 な り、 主 に は 「大 日本 帝 国Jが 植 民 地 と し た朝 鮮 半 島 か ら、 日本 「内 地 」 に渡 航 した 朝鮮 「外 地 人.」で あ.った3。 「 外 地 人 」 は建 前 ヒは 「大 日本 帝 国 臣 民 .1で あ っ た か も しれ な い が 、 実 情 は、 言 語 ・習慣 を異 に した外 国 か ら、 渡 航 許 可 書 又 は 国 籍 証 明 書4を 取 得 して 渡 航 し た人 々 で あ っ た。1.910年 代 の 目本 経 済 は 、 第 一・ 次 世 界 大 戦 に よ る好 況 で 、 海 運 業 ・重 化 学 工 業 ・紡 績 業 が 飛 躍 的 に 発展 し、 1920年 代 は そ の 反 動 で 戦 後 不 況 に 陥 り、 大 手 財 閥 へ の 資 本 集 中 が 進 行 す る 。1920年 代 は官 業 ・財 閥 大 企 業 と そ れ に 従 属 す る中 小 ・零 細 企 業 が 甥 個 に 労働 市 場 を形 成 す る 「目本 型 労 働. 一189一.

(2) 1二iの 入 管 法 制 創 成 と外 国 人 労 働.rsi題. 市場 」 の創 成 期 で あ り、 朝鮮 「外 地 人」 は その.大多 数 が 低 貸 金 ・重 労 働 分 野 に就 労 し、 下 層 労 働 市場 に 組 み 込 まれ て い た。 戦 後 、 「在 日朝 鮮 .人問 題 一iが語 られ る際 、 軍 事 体 制 下 の 強 制 労 働 が強 調 され る傾 向 が あ り、 そ の 事実 を舎 定 す る意 図 は な い が、 か か る 事情 か らか 、1910 年 の 日韓 併 合 か ら移 人 が加 速 し た朝 鮮 「外 地 人 」 労 働 者 の.存在 が、 労 働 市 場 の 中 の 外 国 .人労 働 者 と して 認 識 され て い な い よ うに 思 わ れ る5。 1910年 か ら1945年. まで は 、n本. 「外 地 ..iから 「内sibJへ の 労 働 者 移 入 だ けで な く、 「大 日. 本 帝 国 」 植 民 地 支 配 を背 景 と した 日本 か らの 資 本 移 出 、 朝 鮮 か ら満 州 へ な ど植 民 地 聞 の 労 働 者 移 動 、 また 日 本 人 の 植 民 地 「外 地Jを. 含 む 外 国 移 出 も200.万 人 を超 え 、 か つ て な い 多 くの. 労 働 者 の 移 出 入 を経 験 し た時 代 で あ っ た 。 現 在 まで 残 る 「在 日韓 国 ・朝 鮮 人 問 題 」、199(}年 の 入 管 法 改 正 以 降 日本 に還 流 して きた 「日系 南 米 人 問 題 」 も、 ル ー ツ は この 時 期 に 始 ま る。 そ の 一 方 で 、 戦 前 は、 地 理 的 に 近 く人 口 大 国 で あ る 中 国 か ら の 労 働 者 移 入 は 限 られ て い た。 そ こに は 、 明 治 初 期 か らの 日本 の 入 管 法 制 が大 き く影 響 して い る と思 わ れ る。 以.上の 問 題 意 識 を踏 ま え、 本 論 文 の 目 的 は 、 第 一 に、 日本 の 入 管 法 制 の歴 史 とそ の 社 会 的 背 景 を検 証 す る こ と 、 第 』 「に、 戦 前e本. に移 入 した 外 閨 人 労 働 者 の 存 在 が 日本 の 入 管 法 制 に. 与 え た 影 響 を明 らか にす る こ と とす る。. 2.入. 管 法 翻 の定 義. ま ず は 本 論 文 に お け る入 管 法 制 の 定 義 を した い 。 国 際 法 を専 門.とす る 大 沼(1978:)は 管 法 を そ の 範 囲 の 違 い で 四 つ に定 義 して い る 。 まず 最 狭 義 は 、(a)個. 人(お. 、入. よ び 貨 物)の 入. 国 、 そ れ に 引 き続 く在 留 な らび に 出 国 を規 制 す る 法 規 則 の 総 体 。.現行 国 内法 で は 「出 入 国 管 理 及 び 難 民 認 定 法 」 で あ る 。 次 に、 狭 義 は、(b)外u入. の 活 動 を直 接 規 制 す る(a)と. 、人. 管 行 政 に 必 要 な 資 料 、 情 報 を杷 握 し、 問 接 的 に活 動 の 規 制 に 奉 琵 す るr外 国 人登 録 法 .1を あ わせ た もの で あ る。 次.に、 広 義 は 、(c)uaを. 根 拠 と して 外 睡 .人に 自 国民 と異 な る 処 遇 を規. 定 す る明 示 の 法 規 定 の 総 体 。 一 定 の 財 産 権 、 職 業 を 自 国 民 の み に 留 保 す る私 法 上 の 諸 規 定 、 徴 兵 義 務 、 参 政 権 、 一 定 の 公 務 .員就 任 要 件 を国 籍 に か か ら しめ る公 法 上 の 諸規 定 、 年 金 等 の 享 有 主 体 を 自国 民 に 限 る あ る種 の 社 会 保 障 等 が こ の 意 昧 で の 入 管 法 制 に 含 ま れ る。 最 後 に 、 最 広 義 で(d)た. と え明 示 の 差 別 規 定 が な くて も、 現 実 の 社 会 関 係 に. 一fitす る差 別 を立 法 に. よ り禁 止 せ ず 、 そ れ に よ り体 制 の 中 で 法 が 容 認 す る 関 係 と して 差 別 を是 認 して い る場 合 、 そ れ らの現 実 に存 在 す る差 別 構 造 は消 極 的 法 制 度 と して の 入 管 法 制 と表 象 さ.れる。 そ して 、 現 実 に 入 管 の 対 象 と さ れ る.人々 は 、 しば しば(の(a>の. レベ ル で 入 管 を と ら えて い る と指 摘. して い るE。 大 沼 の 指 摘 す る、 管 理 され る側 で あ る外 国 人 の 受 け 取 り方 は 見逃 せ な い 論 点 で は あ る もの の 、 本 論 文 は 入 管 法 制 の歴 史 と そ0)社.会的 背 景 を 検 証 す る こ と を 目 的 と して い る. 190一.

(3) 日本の.人管法 制創 成 と外 国.入労働:者問題.. の.で、(b)の. 定 義 に 則 り、 現 行 法 で は 、 「出 人 国 管 理 .及び 難 民 認 定 法 」 と 「外 国 人 登 録 法 」. を あわ せ た もの を入 管 法 制 と定 義 す る ア 、 、. 3.入. 管 法制 の 歴 史(江 戸 時代 末 期 か ら第;次 世 界 大 戦 まで). 日本 の 入 管 法 制 は い つ 頃 成 .立した の で あ ろ うか 。rt:戸時 代 、 幕 府 は 「 海禁 」政策 による限 定 的 開 国 の 状 態 を続 け て い た 。1641年 の 鎖 国 の 完 成 か ら7858年 され る ま で の 約220年. 間 、 「四u」. に 日米 修 好 通 商 条 約 が 締 結. と呼 ば れ る.、長 崎 ・薩 摩 ・対 馬 ・松 前 が そ の 貿 易 の 中 心. で あ っ た 。 長 崎 で は 中 国 ・オ ラ ン ダ との 官 営 貿 易 、 薩 摩 で は 島 津 氏 に よ る琉 球 との 通 商 、 対 馬 で は宋 氏 を介 して の 朝 鮮 国 との 通 商 、 松 前 で は松 前氏 に よ る ア イ ヌ との 交 易 が そ れ ぞ れ 行 わ れ て い た が、 国境 を越 え て の 人 の 移 動 は厳 し く制 限 され て い た 。 日本 が 限 定 的 開 国 政 策 を と っ て い た 間 の 欧 米 諸 国 に 目 を 向 け て み る と、15世 紀 末 に は 大 髄 海 時 代 を迎 え 、17世 紀 初 頭 に は、 一 部 の 冒 険 家 や 商 人 に 限 らな い 、 定 期 的 、 か つ 一 定 量 の 労 働 者 の 国 際 移 動 が 実 現 して い た。 近IIIで. は 、 疲 弊 し た 清 国 か らの 労 働 者 の 海 外 移 住 が. 1840年 代 に 始 ま り、19世 紀 後 半 に は 中 国 人 労 働 者 排 斥 法 が豪 州 ・米 国 な どで 施 行 され て い るx労. 働 者 の 国 際 移 動 と い う観 点 か ら国 境 を越 え る 人 の 移 動 を と ら え た場.合、19世 紀 後.半. の江 戸 時 代 末 期 か ら 目本 の 入管 法 制 創 成 期 が始 ま っ た と考 え る.べき で あ ろ う。 江 戸 時 代 末 期 に 新 た な 開 港 を求 め られ た 日本 は 、1858年 に 安 政 五 力 国 条 約 を締 結 した 。 こ れ は ア メ リカ、 オ ラ ン ダ 、 ロ シア 、 イ ギ リス 、 フ ラ ン ス の5力 国 と結 ば れ た 通 商 条 約 で 、 横 浜 ・長 崎 ・函 館 ・神 戸 ・新 潟 の5港 tr外. 開 港 を決 め 、 藝本 は 関税 白主 権 を持 たず 、 条 約 相 手 国 の. 国 人 に はa本 の 法 令 を適 応 せ ず 、[本. に滞 在 す る そ の 本 国 領 事 が 本 国 の 法 律 に 則 り裁. 判 を す る権 利 を有 す る治 外 法 権 を 認 め た。 翌1859年. に は 外G人. 居 留 地 が 設 け られ 、 一 廓 の. お雇 い 外 国 人 が 居 留 地 外 に住 ん だの は例 外 措 置 と して 、 外 国 人 の 居 住 地 域 、 旅 行 な ど は制 限 され た 。 当時 は治 外 法 権 の 有 無 が 外 国 人 の"{、. 就 労 制 限 と密 接 に 関 わ っ て お り、 清 国 人 も. 187ユ 年 の 目清 修 好 条 規 よ り治 外 法 権 を有 して い た 。 そ の後 、 条約 改 正 に よ り治 外 法 権 の撤 廃 が 決 ま る と、1899年. 「勅 令 第 三 百 五 卜二 号」 に よ. り外 陶 人 の 内 地 雑 居 が 認 め られ た。 しか し、 そ れ まで 居 留 地 に 制 隈 され て い た外 国 人 の 居 住 と営 業 を 許 可 す る に あ た っ.て、.内務 省 と外 務 省 が激 し く対 立 す る。 対 立 の 論 点 は 、 清 国 人 を どの よ うに 取 り扱 うか で あ っ た 。 内 務 大 臣 西郷 従 道 と外 務 大 臣 青 木 周 蔵 が それ ぞれ 内 閣 総 理 大 臣 山 縣 有 朋 に あ て た意 見 書9の 主 張 を 整 理 す る と、 まず 内 務 省 は.,.....・ 、 清 国 人 は在 日外 国 人 の 半 数 以.r.を既 に 占 め て お り、 米 国 、 豪 州 の 経 験 が示 す よ うに 、 移 人 制 限 を しな け れ ば 国 内 労 働 者 と激 烈 な衝 突 を起 こ す で あ ろ う。 二 、 清 国 入 の 賃 金 は 低 廉 で 、 目本 で 工 業 を興 そ う とす る 欧米 人 は 清 国 人 を雇 うで あ ろ う。 三、 外 国 企 業 との 競 争 の 中 で 日本 企 業 も賃 金 の低 廉. ̲191一.

(4) 目本 の 入管法 制創 成 と外国.人労働 者 問題. な 清 国 人 を雇 い、 人 口 が 増 加 して い る折 、 労 働 者 問 題 を 引 き起 こす で あ ろ う。ew.清. 国人 は. 労 働 者 問 題 だ け で な く..警 察.上の 問 題 も起 こす で あ ろ う。 貨 幣 偽 造 、 偽 古 物 商 売 、 ギ ャ ン ブ. ル 、 幼 女 誘 拐 、 人 身 売 買 、 衛 生 問 題 、 ア ヘ ン吸 引 な どの 問題 が あ り、 秩 序 あ る生 活 を送 るの は 到 底 望 め な い 。 以 上 の 考 えか ら、 移 入 制 限 を 強 く主 張 した 。 こ れ に対 して 外 務 省 は 、..・ 、 明 治27年. 「 勅 令 第.一・ 三 七 号」 で 定 め た清 国 人 の 入 国 ・居 住 の 制 限 は 日清 戦 争 開 戦 時 の 勅P. で あ り 、領 事 裁 判 権 を持 た な い外 国 人 に 内 地 雑 居 を許 す の は 国 際 的 な慣 習 で あ る。 二 、 下 関 条 約 に よ り清 国 が 口本 に 対 して 持 っ て い た領 事 裁 判 権 は放 棄 され て い る 。 二 、 労 働 市 場 問 題 に お い て は 、 清 国 人 は 熟 練 労 働 者 と して は競 争 相 手 の レ ベ ル で は な く、 社 会 的 問 題 と は な ら な い 。 四 、 商 売 に長 け た 清 国 人 に 内 地 雑 居 を許 せ ば 、 経 済.界に 良 好 な刺 激 を5え 、 日 本 人 商 業 者 の 手 腕 を上 げ る こ とに も な る。 五 、 多 数 の 日本 人 と雑 居 す るの で、 風 俗 衛 生 問 題 を も た らす と は 思 え な い。 清 国 人 の 全 て に風 俗 衛 生 問 題 が あ る わ け で は な い。 六 、 清 国 は 四 億 の 人 口 が い る 巨 大 市 場 で あ り、 日本 の 商 品 を買 う顧 客 とす べ.きで あ る。 七、 清 国 人 の 感 情 を 害 す るだ け で な く、 今 後 の 外 国 に お け る 排 日移 民 運 動 に も影 響 す る。 以 上 の 理 由 を挙 げ て 、 清 国 人 に対 す る移 入 制 限 に 反 対 して い る。 双 方 の 主 張 か ら勅 令 案 が数 回 訂 正 され 、 最 終 的 に は 、 「(略)特 定 ノ職 業 ヲ有 スル 者 二限 リ之 レカ雑 居 を 禁 ス ル ノ制 ヲ採 ル ノ妥 当 ナ ル ヲ認 ム」 と い う内 務 省 の 主 張 が 通 り、....一 、 前 科 者 。 二 、 公 安 若.しく は風 俗 を害 す る者..三 、 生 計 の 立 て ら れ な い 者 、 又 は帯 同 家 族 を扶 養 す る能 力 の な い 者 。.四、 家 事 に 使 役 す る:者を除 く外 職 工 そ の 他 労 働.者。 五 、ii'物商 、 質商 、 茶 商 、 旅 館 ・飲 食 店ca場. そ.の他 客 の来 集 を 目的 とす る営 業 、. 雇 用 に か か わ る 間接 業 、 両 替 業 。 六 、 前 各 種 に該 当 しな い 、 日本 居 住 二 年 に 満 た な い者 。 以 .上の 外 国 人 は労 働 許 可 が 必 要 と され た。 この 「 勅 令 第 三百 五 〇.二号一1の対 象 は 「条 約 者 ハ 慣 .行二 依 リ居 住 ノ自 由 ヲ有 セサ ル 者 ト従 前 ノ居 留 地 及 雑 居 地 以 外 二於 テ 居 住 、 移 転 、 営 業 其 ノ 他 ノ 行 為 ヲ 為 ス コ トヲ得 但 シ労 働 者 ハ 特 二 行 政 官 庁 ノ許 可 ヲ受 クル ニ 非 サ レバ(略)」. とあ. り、 条 約 ・慣 行 に よ り居 住 の 自 由 を有 して い た朝 鮮 人 は 対 象 外 で あ り、 清 国 人 の 規 制 を 目的 とす る 勅 令 で あ っ た 。 特 に、 家 事 労 働 以 外 の 外 職 工 ・そ の 他 労 働 者 の 制 限 は、 欧 米 が 経 験 し た 中 国 人 労 働 者大 量 移 入 が 日本 で は 起 き な か っ た 大 きな 理 由 で あ ろ う。 不 法 就 労 す る 中 国 人 労 働.者は 存 在 した もの の 、 日 中戦 争 以 前 で もitで. 合 法 就 労 す る中 国 人 が 少 な か っ た の は 、. 「 勅 令 第 三ufi十1.二 号 」 に よ る制 限 が 大 き く影 響 して い る。 外 務 省 意 見 書 に は 、 ユ899「一4月 末 に[本. に 居 住 して い た清 田 人 は6,30A人 で 、 他 の 国 籍 の. 外 国 人 総 数 の....二 倍 以 上 と あ る こ と か ら、7899rP4f3N$点. で の 外 国 人 数 は一 一万人程 度 で あ っ た. と思 わ れ るi。。 この 時 期 、 日本 に と っ て のr外iii人 労 働 者 」 と は 、地 理 的 に近 く4億 の 人1..」 を持 つ 中 国 人 、 そ して 、 や は り地 理 的 に 近 くe本 に村 して 領 事 裁 判 権 を有 す る こ と が な か っ た た め 、 居 住 と就 労 の 自 由 を 有 して い た朝 鮮 人 で あ っ た こ と が 「 勅 令 第 三百 五.卜二 号 」 か ら 読 み 取 れ る。 中 国.人労 働 者移 人 規 制 の 中 で 、1910年 の 日韓 併 合 以 降 、 日本 に渡 航 す る朝 鮮 「外 地 人 」 が 急 増 す る こ とに な る。. 一=9̀L一.

(5) 日本 の 人管法 制創 成 と.外国 人労 働者 問題. 現 在 の旅 券 、 査 証 制 度 と い っ た.入国 管 理 シ ス テ ム は 第 一 次 世界 大 戦 期 に 各 国 で 整 備 され.、 日本 で は 、1918年.、 近 代 日本 が 初 め て 設 け た 出 入 国 管 理 令 で あ る 「内 務 省 令 第 一.ー;外国 人 入 国 二 関 ス ル 件Jが. 定 め られ た。 そ の 要 旨 は 、.一、旅 券 又 は 国 籍 証 明書 を 持 っ て い ない 者 。 二 、. 帝 国 の 利 益 に 反 す る行 為 をす る 者 、 又 は 敵 国 の 利 便 を 図 る 者 。 三 、 公 安 を害 し又 は風 俗 を害 す る恐 れ の あ る煮 、四 、 浮 浪 又 は乞 食 の 常 習 あ る者 。.1L、伝 染 病 患 者 其 の 他 公 衆 衛 生 上 危 険 な る疾 患 の あ る者 。 六 、 心 神 喪 失者 、 心 神 薄 弱 者 、 貧 困 者 で 救 助 を要 す る者 。 これ ら に 該 当 す る者 は 上 陸 を禁 止 す る 、 とい う内 容 で あ っ.た11。本 省 令 に よ り、 警 察 機 能 を 有 す る 内 務 省 が 主 導 す る、 人 国 管 理 と外 国 人管 理 は 治 安 維 持 の.fと. 位 置づ け る法 制 が確 立 した。[本. の. 入 管 法 制 創 成 期 に お け る 「外 国 人 .」とは 主 に は植 民 地 山 身 者 で あ り、 外 国 人 を治 安 維 持 の 対 象 とみ な す 体 制 は敗 戦 まで 続 き、 戦 後 の 日本 人 の 外 国 人 観 に まで 影 響 を 及 ぼ して い る。. 4.朝. 鮮 「 外 地 人 」 労働 者 問題. [本 に お い て初 め て 「 外 国 人 労 働 者 問 題1が 現 れ た の は 、 第...一 次 世.界大 戦 後 の 不 況 期 で あ る。 中 国 人 の 渡 航 が制 限 され る..一.一 方 で 、1910年 は 増 加 し、 在 日朝 鮮 人 は1910年 に は41万9,009人. の 日韓 併 合 以 来 、 朝 鮮 人 の 日本 「内 地 」 渡 航. に2,6〔〕O人で あ っ た の が 、wzo年. 、 強 制 労 働 が 始 ま る1939年. に は98万7〔X)人. に は4万755人. 、1930年. に達 して い た12(第6節. 表2). 併.合直 後 の 朝 鮮 経 済 の 状 況 は、 人 口7,37.3万 人 、 総 人 口 に 占 め る 農 牧 林 業 人 口 の 比 率 は 82.9%と 、 圧 倒 的 に農 業 人 口 が 多か っ たis。 そ して 、 西成ii7(1997)の. 研 究 に よれ ば 、 朝 鮮. の 南 部 と北 部 で は農 業 構 造 が根 本 的 に異 な り、 南部 は 農 業 人 口 密 度 が高 く、 田 と畑 が相 半 ば す る小 作 小 農 経 営 の 高 生 産 力地 帯 、 北 部 は 農 業 人 口 密 度 が低 く、 田作 中 心 の 自作 大 農 経 営 の. 低 生 産 力 地 帯 で あ り、 南 部の 方 が 地fi制 度 が 発 達 し、 商 品 ・貨 幣 経 済 が相 対 的 に進 ん で い た 11 。1910年 代 か ら1930年. 代 に 日本 に 渡 航 した 朝 鮮 人 は 、 圧 倒 的 に この 南 部 の 出 身 者 で あ っ. た.大 蔵 省 管 理 局 資 料(1946>に. は 「支 那 事 変 発 イ1揃に於 け る朝 鮮 の労 務 は、 中南 鮮 地 方 は. 過 剰 人 口 を擁 して豊 富低 廉 な る労働 市 場 と して 、 電 力 の 豊 富 低 廉 と相 挨 って 工 業 の 勃 興 に 寄 .与す る こ とが 大 きか った の で あ るが 、 其 の 余 剰 は之 を人 口 希 薄 な 西 北 鮮 地 方 に集 団 的 に 移 住 せ しめ て 、 同 地 方 の 農 業 開 発 に振 り向 け る方 策 が 講 ぜ ら れ た の で あ るが、 多数 の 労 働 力 は 内 地 に 殺 到 して 内 地 人 労 務 者 及先i1朝 鮮 人 労 務.者の 職 業 を圧 迫 す る と共 に、 治 安 .」.二 社 会..1二 種々 の 困 難 な 問 題 を 惹 起 した15と. あ り、 日本 政 府 は朝 鮮 半 島 内 で 労 働 力 を人[希. 薄 な北 部 に 移. 動 さ.せよ う と し たが 、 南 部 の 労働 者 は 日本 「内 地 」 に 渡 航 して い た こ とが わ か る。 1910年 代 か ら1930年 代 の 在 日 朝鮮 人 労 働 者 の 就 業 構 造 は 年 代 と共 に変 化 す る,,ま ず1910 年 代 は 、 紡 績 業 、 製 糸 業 、 織 物 業 、 石 炭 鉱 業 、 重..1二 .業(造 船 業 ・鉄 鋼 業)に. 集 中 し、 第.・次. 世 界.大戦 に よ る好 況 で 飛 躍 的 に 発 展 した 産 業 及 び 石 炭 鉱 業 に 朝 鮮 人 労 働 者 は 吸 収 され て い. 一193一.

(6) 日本 の 入管 法制 創成 と外国 人労働 者問題. た。 大 阪 府 に お け る 朝 鮮 人 労 働.者と 日本 人 労 働 者の 目給 賃 金 差 は、 「土 工 」 で1Al.、 「仲 仕 」 で4割 で あ り、 こ の賃.金格 差 は 民 族 差 別 の 他 に 、 企 業 規 模 で 見れ ば よ り零 細 な 、職 種 で 見れ ば よ り周 辺 的 な 雑 務 に 従 事 して い た と い う点 が 指 摘 され て い る16。 ま た、 日給 は 日本 人 労 働 者 よ り安 価 で あ る に も関 わ らず 、 「土 木 」 「 伸 仕 」 な ど 、 日雇 い 傾 向 の 強 い 職種 で は 、 一 か 月 の稼 働 口数 が 日本 人 労 働.者の23日. 問 と比 べ て18日. 間 と少 な く 、 よ り労 働,;給 に 左 右 され る. 立 場 に 置 か れ て い た と 考 え られ る.192⑪ 年代 に な る と、 戦 後 不 況 の 時代 に 入 り、T場 で の 就 労 機 会 が 減 少 し、 道 路 や 橋 な どの 地 方 公 共..「 事 、 鉄 道 業 と電 力業 に 必 要 な イ ンフ ラ整 備 の た め の 土 木 建 築 労 働 者 の 需 要 が 急 増 した 。 朝鮮 人 労 働 者 は 日本 人 労 働 者 よ り低 賃 金 な 労 働 力 と して 、 土 木 建 築 業 に就 労 す る労 働 者 が 増 加 し、1929年 に は在 日朝 鮮 人 労 働 者 の 約 半 数 に あ た る11万4,142人. の 職 業 は 日雇 い 人 夫 で あ り、1930年. 朝 鮮 人 で あ っ たu。1923年. に は 全 国 の 土 木 労 働 者 総 数 の35.3%は. の 関 東 大 震 災 後 に起 こ った 朝 鮮 人 虐 殺 事 件 は 、 民 族 的 差 別 感 情 の. 他 に 、 労 働 市場 にお け る 競 争 が そ の 心 理 背 景 に あ っ た こ とが 指 摘 さ れ て い る18。 全 国 的 に は 土 木 労 働 者 が急 増 す る 中 で 、 愛 知 、 京 都 、 兵 庫 、 大 阪 で は 中 小 ・零 細 企 業 や 伝 統 産 業 で 就 労 す る ガ ラ ス エ 、 ゴ ムエ 、 金 属 工:、陶 器 工 、 製 糸 女.r.、織 物T.が30〜45%を 福 岡 で は 鉱 坑 夫 の 割nが32‑48%と. 占め、北海 道、. 高 く、19̀LO年 代 に は 、 在 目朝 鮮 人 の 中 に 、 居 住 地 域 、. 就 業 産 業 の違 い に よ る階 層 化 が 起 こ っ て い た。issa年 代 に な る と 日本 は 不 況 期 を脱 し、 在 日 朝 鮮 人 労 働 者 の 就 業 構 造 も工 業 ・商業 中 心 へ と移 行 して 行 く。 1920年 代 か ら1930fi代. に か けて 、 在 日朝 鮮 人 に 占 め る 女 子 比 率 及 び[本. で 出 生 した朝 鮮. 人 の 比 率 が 増 加 す るが19、 こ れ は 男 性 単 身 労 働 者 の 出 稼 ぎか ら、 家 族 を呼 び 寄 せ る、 も し く は家 族 帯 同 の 移 人 が 始 ま っ て い た こ と を示 して い る.在 1930年 代 、 目本 の.r.化 込 ま れ な が ら、a本. ・都 市 化 が 進 展 す る 中 で 、 低 賃 金 労 働 者 と して 下 層 労 働 市 場 に 組 み. 「内 地 」 へ の定 住 化 が確 実 に 進 んで い た 。. 5.臼. 口本 へ 多数 の朝 鮮 増 焼 し て い る 。 表1の 国/地. 日朝 鮮 人 労 働 者 は 、1910年 代 か ら. 本;か ら の 移 謹1民. 「外 地 人 」 が 移 人 し た の と 並 行 し て 、1900年 在 外 人 口 数 を 見 る と 、isoo年. 以 降 は 日本 人 の海 外 移 山 が. に は 総 数 ユ6万1,365人. 域 は 、 ハ ワ イ(5万7,486人)、ii/(3万7,954人)、. で、人数 の 多い. ア メ リ カ 本 上(3万'L,493入). の 順 で 、 ハ ワ イ ・ア メ リ カ へ の 農 業 移 民 と 、 早 期 に 植 民 地 と な っ て い た 台 湾 が 主 要 な 移 出 先 で あ っ た 。 こ れ が 、1913年 鮮(24万3,729人. に は 、 在 外 人 口 総 数 が75T5375人. 〉、 台 湾(13.万3,937人)、. 域 は、 朝. 満 州 ・関 東 州 ・中 国(10万7,704人)と. 植 民 地 に 移 出 す る 日 本 人 が 急 増 し て い る 、,1935年 に 増 加 し 、 朝 鮮(58万3,417人)、. 、 人 数 の 多 い 国/地. に な る と 、 在 外 人 口 総 数{3231万3,444人. 満 州 ・関 東 州 ・中 国(53T6,335人)、. 一194一. な り、. 樺 太(31万3,115.

(7) 〕本 の 入管法 制創成 と外 国.人労働.者問題. 人)を. 最 多 に 、 在 外 人 ロ の75%が. 数 も22.万64人. 植 民 地 に 集 中 した、 、1935年. に 増 加 し て い る 。fi!<か. に始 ま り、そ の 後 は. ら の 移 出 民 の 傾 向 は 、 ま ず は ハ ワ イ ・ア メ リ カ 本 土. 「 大 日 本 帝 国 」 の 植 民 地 へ 多 数 が 移 出 し、 そ の 後 に 南 米 移 民 が 増 加 し た 。. 表9在 年度. 外 日本 人 数. 790C. 総数. 1913 755,375. 15,829. 243,729. 一...... ...一 一. 日 植 民地. 台湾 関東州. 37,954 「. 一. …満州. 3,243. 1. 中国. 1935. 161,365. 朝鮮 ;樺 太. に は 、 南 米 に お け る在 外 人 口. 2,313,444 583,417. 42,538. 313,115. 133,937. 269,798. 47,354. 157,836. 43,403. 322,394. 16,947. ♂. 56,10fi. 南洋群島. 50,657. ==口. 十. 57,02fi. ハ ワイ. ヲ 苅 ・杜. 527,908. 57,486. 88,526. 151,285. 32,493. n,sss. 112,418. s 5 9. ブフ ン. 4. 9 6. 南. ペルー. 米1ア. ル ゼ ンチ ン. 樹1眠. 野(2(100>Rio1‑1よ. 14,990 181,212 i1,893. 25,653 289,35fi 192,823. 4,858. 21,550. 642. [loot. 1L巳 興;小. 1,753,322. 7C3. 17,393. 5,691 220,064. り抜 粋 作成. の 渡 航 先 で の 就 業 産 業 は 、.北.米・南 米 な どの 非 植 民 地 に お い て は 、 移 出 第一 世 代 の. 大 多数 は 農 業 でa、 そ れ は 、 旨本 移 民 の 安 価 な 労 働 力 が 、 移 住 先 の 生 活.水準 の 高 い 農 業 者 に 対 して 優 位 性 を 持 って い た か らで あ る.し か し、 旧 植 民 地 で は 、 例 え ば1939年 け る 口本 人 職.業別 人 口 で は 、総 数65万 業 が38%、. 商 業 が22%、. 人 中 、 農 林 水 産 業 人 口 は 僅 か に6,5%で. の朝 鮮 にお 、 公務 及 自 由. 工 業 が ユ7%で 、 都 市 に お け る 上 層 労 働 に従.事 した者 が 多 か っ た'21.. これ は植 民 地 支 配 と い う国 家 権 力 を背.景に 、 日本 資 本 が植 民 地 に進 己.hし 、 多 くの 目本 人 は そ こ に吸 収 され た た め で 、 ハ ワ イ ・北 米 へ の 移 出 と は状 況 が 異 な っ て.いた。 日本 の 朝 鮮 開 発 は1905年. か らの 金 融 制 度 整 備 と鉄 道 ・道 路 ・港 湾 ・電 気 な どの イ ン フ ラ. 整 備 か ら始 ま り、1.920年 代 の 食 料 供 給 地 と して の 産 米 増 殖 計 画 、1932年 満 州 建 国 以 降 の 工 業 化 へ と展 開 さ れ る。 しか し、 朝 鮮 総 督 府 が 在 鮮 日.本人 と朝 鮮 入 の 一..一 戸 当 た りの 所 得 を比 較. 一195一.

(8) 日本 の 人管法 制 創成 と外 国人 労働 者 問題. した調 査 に よ れ ば 、1936年 在 鮮 日本 人 の80%の. に お い て も朝 鮮 人 の 平 均 所 得 額 は在 鮮11本 人 の16%弱. に過 ぎず 、. 所 得 が1,2001..[:1以 上 で あ るの に対 して 、 朝 鮮 人 は93%が6001.tl未. 満 とい. う貧 窮 状 態 で あ り22、 朝 鮮 人 が 農 業 と都 市 下 層 労 働 に お か れ て い た こ とが 日本 「内 地 」 へ の 渡 航 につ な が っ て い た。 敗 戦 後 、植 民 地 へ の 移 出 民 は 大 多 数 が 目本 「内 地 」 に帰 国 して い る。 人 口減 政 策 と して の 南 米 官 選 移 民 は1973年. 6.戦. 戦 後 、GHQ占. 領 下 の1947年5月2日. まで続 い た。. 後 の.入管 法 制. 、 戦 後 初 の 外 国 人 管 理 法 で あ る 「ポ ツ ダ ム勅 令 第. 二 百 七 号 外 国 人 登 録 令 」 が 施 行 され るL?。 その 第 十 一 条 で 「台 湾 人 の うち 内 務 大 臣 の 定 め る ものza及 び 朝 鮮 人 は 、 この 勅 令 の適 用 につ い て は 、 当分 の 間 、 これ を外 国.人とみ なす 」 と規 定 され 、 旧 植 民 地 出 身 者 で あ る 在 日台 湾 人 と朝 鮮 人 に外 国 人 と して のs務. が 課 され た。. 同勅 令 第.二条 で は、 この 勅.令の 適 用 外 の 外 国 人 と して 、 「連 合 国 軍 の 将 兵 及 び これ に 付 随 し .又は 随 伴 す る 者 並 び に 家 族 」 「連 合 国 最 高 司 令官 の 任 命 又 は 承 認 した 使 節 団 の 構 成 員 、使 用 人 、 家 族 」 「外 国 政 府 の 公務 を帯 び て 駐 在 す る者 及 び こ の 使 用 人 と家 族 」 と あ り、 ま た第 三 条 で 「外 国 人 は、 当 分 の 間 、 本 邦 に 入 る こ とが で き な い.」と外 国 人 の 入nを 連 合 国 最 高 司 令 官 の 承 認 を 受 け た 者 だ け に制 限 して い る 文 脈 か ら見 て 、 「外 国 人 登 録 令Jは. 旧 植 民 地 出 身者. を想 定 して 制 定 され て い る。 そ もそ も、 日本 政 府 は植 民 地 出 身 者 の 国籍 を どの よ うに 考 え て い た の で あ ろ う か。 台湾 を A9さ. せ た1ss5fiの. 「日清lllll国 講 利 条 約 」 第 五 条zは. 、 住 民 が 台 湾 を去 る こ と を認 め な が. ら、 「(略)本 約 批 准 交換 ノ 日 ヨ リ.二個 年 ヲ 猶 豫 スベ シ但 シ右 年 限 ノ満 チ タル トキハ 未 ダ該 地 方 ヲ去 ラ ケ ル住 民 ヲ 日本 国 ノ都 合 二 因 リ 日本 国 臣 民 ト視 為 ス コ トア ル ベ シ..1と曖 昧 な 表 現 を して い る。 朝 鮮 人 に対 して は 、 「韓 国 併 合 条 約 .t第 六 条 で 「(略〉 同 地 二施 行 スル 法 規 ヲ遵守 スル 韓 人 ノ身 体 及 財 産 二 封 シ十 分 ナル 保 護 ヲ興 へn.ノ で あ っ た.併 合 か ら15年. 福 利 ノ増 進 ヲ図 ル ベ シ」 と記 す の み. を経 た1925年 一 の朝 鮮 総 督 府 帝 國 議 会 説 明 資 料 で は、 朝 鮮 が.占来 よ. り国 籍 離 脱 を 認 め ず 、 ま た他 国.人の 朝 鮮 へ の 帰 化 を 認 め て い な か っ た こ と を理 由 に 挙 げ 、 当 時 ロ シ ア と米 国 が 二 重 園 籍 を認 め 始 め た こ と に留 意 しつ つ も、 国 籍 問題 は 今後...層の 検 討 の 必 要 が あ る と保 留 して い る。 戦 況 が 拡 大 す る につ れ て 、 植 民 地 出 身.者の 同 化 政 策 に よ り 「皇 RJで. あ る こ と が 強 調 され た が 、 そ もそ も 目本 政 府 は 植h地. 出 身 者 を法 文F.で. 「日本 人 」 と. 定 義 した こ と は な か っ た。 敗 戦 後 、 日本 が.正式 に朝 鮮 の 独 立 を承 認 し、 台 湾 σ)権利 を放 棄 す る サ ンフ ラ ン シ ス コ講 和 条 約 発 効 まで は 、 在 目朝 鮮 入.と在[台. 湾 人 は 原 則 日本 国 籍 を有 す る. と した こ とが 、 戦 前 政 策 か らの 一 時 的 な 方 向 転 換 で あ り、 実 際 に は 台 湾 人 と朝 鮮 人 は 外 国 人 とみ な され て い た と見 るべ きで あ ろ う。 さ らに 、1899年 に 公布 され た 国 籍 法 は 父 系fits義. 一196一.

(9) !l本 の 入 管 法i1;9創成 と外 国 人 労 働 者問 題. .であ り、 そ れ は 戦 後 の 国 籍 法 に も引 き継 が れ 、 生 ま れ たf供. に 出 生 国 の 国 籍 がfj.え られ る出. 生 地.主義 で は な か っ た 。 在 日 朝 鮮 人 ・台 湾 人 の 法 的 地 位 は 、 南 北 朝 鮮 に 分 か れ た 対 立 、 国 民 党 と 共 産 党 の 内 戦 、 cxR占. 領 下 日本 の 共 産 化 防.止の 重 要 性 な ど、 当 時 の 国 際 関 係 に も影 響 を受 け 、 戦 後 も外 国. 人 管 理 イ コ ール 治 安 管 理 と い う戦 前の 体 制 が継 続 され た,戦 後 、 日本 に 定 住 した朝 鮮 人 は60 万 か ら90万 人 と言 わ れ 、1966年 に 日韓 法 的 地 位 協 定 に よ り 「協 定 永 住 者 」、1991年. に 「特. 別 永 住 者 」 資格 が 認 め られ た が、 日本 へ の 掃 化 を しな い 限 り、 法 的 義 務 は 課 す が参 政 権 は認 め な い とい う構 図 が 今 に 至 っ て い る。 1951年 、 現 行 法 の 「出 人 国 管 理 及 び 難 民 認定 法 」 の 前身 で あ る 「出 人 国 管 理 令Jが 施 行 さ れ 、 日本 の 入 管 法 制 は 第2節. で 定 義 した 、 「外 国 人 登 録 洗 」.と 「串 入 国 管 理 令 」 の 二 本 柱 と. な っ た25。 しか し、 現 行 法 で は 「外 国 人 登 録 法 」 で あ る 「外 国 人 登 録 令 」 は1947年. に施行. され て お り、 外 国 人 に 登 録 証 の 常 時携 帯 と提 示 義 務 を課 す な ど、 外 国 人 を治 安 維 持 の 対 象 と して 扱 う側 面 を強 く持 って い る。 今 後 さ ら に 多 くの 外 国 人 が 移 入 す るで あ ろ う 日本 社 会 が 認 識 す べ き 問 題 で あ る。. 表2入. 閣. 歴史事項. 管法制 の変遷 と主 な国籍の在 日外 国人数推移 在 日外国 人数 入管法制 総数ell. 朝鮮人. 中国:清 国/.人. ドイ ツA. 安政. 国悶 同團. 外国人居留地 設置. 6,903人. 日清戦争. 2=AO9人. zsr人. 1.26.ア人. 47人. zza人. 丁.985人. 11人. 51E入. 2.CE .8人. 130人. ア75入. z、aoa人. 687人. 641人. 勅令第一三七 号. 台湾割譲. 明治. 勅令第三五二 号 内務省令第四.←二号. 11561人. 18]A. 6.S59人1,、279.L ユ …. 】7、335人. t923. 匿 ン ア人. 安政五 力国条 約. ]90/. 日$#1No. 1918. イ ギ リス 人. 頻国の完成. 日露戦争. 9.85E人. 人. 一一 一 内務省令第一 号 「 外国人入国二関スル件」. 歪. …1.62ア. soロ 人. 窮一次世界大戦. 1916. .ア メリ力人. 19,500人. 3gae2A,X2139Al103U. 関東大震 災. 193C. 3EO2E人. 1992. 満州国建国. 193]. 日中戦争. /999. 第二 次世界大戦. ose人12、zo人. 雪、527人. 1、095人. 1.345人. 1、959人. … 30,BJP人. 2,347人. …2、3fiC人. 軍事体制下 で強制労働 が始 まる. R[ k[1905 敗戦. 外国 人登録令. 19J] iosi. サ ン フ ラ ン シ ス コ講 祁条約. 196E. 出入国管理令 日韓法的地位 協定. 忍1990. 出入国管理法 大改正. M4DV」Ir.1外 圏 人総k{1戸 国 〔 宿 「嶋 人,ア メ リ カ 人 、 イギ.」 ス人 、 ロ シア 人 敏 は 「1ξ ζ帝li」統 計fF蹴 よ り引 川 〔『)総 敗に.外/LA〔Pr地llih.YI」 は 含 まれ ない. 朝麺羊人 数:よ.GyY.旧 り4f1モ 度 はll本 帝11⊂ 「 統」 雪1.年 躍[よ り、L910年 か ら1945年 は1唖成 出1:1} }}了;,.hU‑1よ り、 正i〕4ア 年rよ̀÷1〔Q!SCAPHeuりrds〔19A619dP)よ り 引用.. 197一.

(10) Li本の 入管法 制創 成 と外 国.人労 働者 問題. 7.ま. とめ と 今 後 の 課 題. 本 論 文 で 明 らか に した こ と を ま.とめ、 今 後 の 研 究 課 題 を提Tし. た い。. 汕:戸時 代 末 期 に 開 国 の 度 合 い を 広 げ た 日本 に 移 入 す る 「外 国 人 労 働 者 」 を想 定 した場 合 、 そ の 送 り出 し国 は ど こで あ っ た の か 。 それ は地 理 的 に近 い 中 国(清. 国)と 朝 鮮 で あ っ た 。 そ. して 、 明 治 以 降 の 人 管 法 制 は、 欧 米 の 経 験 か ら、 人 「.1大 国 で 賃 金 低 廉 な 中 国 か らの 労 働 者 移 入 を規 制 す る一 方 で 、 日本 に対 して 領 事 裁 判 権 を・ 持 つ こ とが なか っ た朝 鮮 人 労 働 者 は 受 け人 れ て い た.在. 日朝 鮮 人 労 働 者 は 韓 国 併 合 の19/0年. か ら増 加 し、 就 業 構 造 に は地 域 差 が あ っ. た が、1910年 代 は 中 小 ・零 細 な紡 績 業 、 製 糸 業 、 織 物 業 、 石 炭 鉱 業 、1920年 代 は 社 会 イ ン フ ラ整 備 に 必 要 な土 木 工 、1930年 代 に は 工 業 ・商 業 で そ の 多 くが 就 労 し、 日本 の工 業 化 と都 市 化 で勃 興 した産 業 下 層 労 働 市 場 に低 賃 金 労 働 者 と して 組 み 込 まれ て い た 。 日本 「内 地 」 に 渡 航 す る朝 鮮 人 労働 者 が増 加 した 理 由 は、 朝 鮮 は 李 朝 時代 よ り小 作 農 の 比 率 が 高 く、 南 部 に 潜 在 的 余 剰 労 働 力 が 存 在 して い た.上に、 日本 の植 民 地 支 配 下 で 朝 鮮 人 が 貧 窮 した た め で 、 日 本 の 資 本 進 出 が 朝 鮮 の 農 業 生 産 力 を...t.げ 、1930年 代 以 降 は 工 業 化 を促 し た に もか か わ ら ず 、 都 市 上 層 労 働 に は 日本 か ら移 出 した在 鮮[本. 人 が 吸 収 され 、 戦 前 ・戦 中 は 多 くの 朝鮮 人 の 経. 済 的 恩 恵 と は な らな か っ た こ と を物 語 る。 比 較 的 早 期 に 日本 に渡 航 した 朝 鮮 人 は 、 日本 に生 活 基 盤 が 移 り、 定 住 志 向 を 持 って い た こ と は想 像 に難 くな い 。 目本 社.会が 多数 の 外 国 人 労 働 者 移 入 を 経 験 し たの は 、1980年 以 降 だ け で は な い 。1910年 以 降 多数 の 植 民 地 出 身 者 が 移 入 し、1947年 に制 定 され た 「 外 国 人 登 録 法 .」は 旧 植 民 地 出 身 者 を想 定 して お り、 外 国 人 管 理.イ コ ー ル 治 安 維 持 の側 面 を強 く持 つ 入 管 法 制 が現 在 ま で継 続 され る理 由 とな っ て い る、 以..ヒ が 第3節. か ら第6節. .まず 第 一 に 、 第5節. で 明 らか に した こ とで あ る が 、 最 後 に/;後 の 課 題 を提 示 した い 。. のrl本 か らの 移 出 民 とそ の 子 孫 が 戦 後 の 入 管 法 制 に 与 えた 影 響 を 本 論. 文 で は 検 証 で きな か っ た.梶 田(1999)に. よれ ば 、?990年 の 入 管 法 大 改 正 にお い て 、 在 目韓. ({1・朝 鮮 人 の21ほ 及 び31.uの 法 的 地 位 と の兼 ね.合い か ら、 日本 人 の 子Z(で あ る 日系2世. 及び. 3世 が 「定 住 」 資 格.を得 た と して い る。 仮 に そ う で あれ ば 、 日本 の 入 管 法 制 は一 般 的 に 考 え られ て い る 「血 統 主 義.1の 大 原 則 か ら転 換 方 向 に あ る と.r.えられ 、 よ り慎 重 な実 証 が 必 要 で あ る,日 本 か ら移 出 した 日本 人 の 子 孫 が 、 戦 後 の 入 管 法 制 、 特 に1990年. の入管法大 改 正 に. 与 え た影 響 を明 らか に す る こ とは 、 現 在 の 日本 社.会に お け る 外 国 人 労 働 者 問題 に つ な が る重 要 な 論 点 で あ る と思 わ れ る. 第 二 に 、 戦 前 の 日本 に お け る外 国.人労 働.者 「移 入 」 を 説 明 す る..1二 で 、 ①a本. か らの 資 本 移. 出 との 関 連 と② 日本 人 移 出民 との 関 連 とい う視 点 か らの ア プ ロ ーチ を挙 げ た い。 統 計 資 料 数 値 か ら晃 たa本 統 治 下0)朝 鮮 は、 対 目本ran易量 ・Lip易額 、 日本 政 府 か らの 国庫 補 助/i、. 在. 鮮 会 社 数 ・工 場 数 、 投 ド資 本.金額 、 日本 か ら の 移 出 民 数 、[本 へ の 移 入民 数 な どの 指 標 か ら. 138一.

(11) 日本 の入管 法制 創成 と外国 人労 働 者 問.題. 見 て、 日本 に と り最 も重 要 な 植 民 地 拠 点 で あ っ た こ とは 間 違 い な い 。 第4節 、 第5節 返 し とな るが 、 在[朝. 鮮 人 労 働 者 は低 賃 金 ・重 労 働 の 職 種 で 就 労 し、 そ の.一方 で 、 在 鮮 日本. 人 は都 市 の 上 層 労 働 に そ の 多 く が就 労 して い た 。 併.合か ら25年 数 はsi万5,869.人. の繰 り. 、 同 年 の 在 鮮 口本 人 数 は58万3,477人. を経 た1935年. の 在 日朝 鮮 人. と ほ ぼ 同 数 で あ る。 植 民 地 支 配 に. お け る 資 本 移 動 、 労 働 移 動 は 強 大 な 帝 国 主 義 国 家 のfi(時. に は 強 制)で. あ る傾 向 が 強 い 。. しか し、 国 家 主 導 と い う大 きな 流 れ の 中 に あ り な が ら、 目本i..内 地 」 と朝 鮮 「外 地 」 の 労 働 力 構 造 が 労 働 移 動 を 生 み 出 し た の で は な い だ ろ う か。 資 料 的 な制 約 が あ るか も しれ な い が 、 資 本 移 出 と労 働 力 構 造 の 視 点 か ら戦 前 の 労働 力 移 動 を 明 らか に す る こ とを試 み た い 。. 【注 】 1「. 単 一 民 族 国 家 」 とい う呼称 に は異 論 も あ る と思 わ れ る が. 、 ここ で は 、 多民 族 国 家 と呼 ば れ る 国 と比 較. して 、相 対的 に均 一 で あ る とい う意味 で 使 用す る。 2日. 本 に お け る外 国 人労 働 者 研 究 関連 の 出 版物 を概 観 す ると. 、1989年 か ら1992年 に か け て、朝 日、 毎 日、. 読売 な ど大 手 新 聞 社 か らの 出版 物 が 集 中 して い る 。 こ れ らは 新 聞 紙 上 で の特 集 や 掲 載 記.事を ま とめ た も の で 、isao年 代 後'トに 外 国人 労 働 者 に関 す る 記事 が数 多 く掲 載 され、 社 会 的注 目 を 集 め て い た 事が う か が え る,、 3本. 論文では. 、H本 を 「 内 地1.口. 本 が 植民 地.支配 した 国 ・地 域 を 「外地 」 と呼 び 、 内 地 出 身 者 を 「ri本. 人」、 外 地 出 身者 を 「 外 地 人 」 と呼 ぶ 。比 較 的遅 く 口本 に統nさ れ た沖 縄 県や 北 海 道 で は現 在 で も県 道 外 の 日本 を 「 内 地 」 と呼 ぶ 習 慣 が あ る が 、 こ こで は 沖縄 県 、 北 海 道 も内 地 に.含め る.な お 、 「外 地 人 」 に は い くつ か の 呼 称 が あ り、歴 史的 資料 には 「1人. 」「 本 地 入 」 等 の呼 称 が 見 られ るが 、こ こで は1..外. 地人 」 に続..・ する。 9渡. 航 証 明 書 、国 籍 証 明 書 は、 朝 鮮 総 督 府 も し く は労 働 者 が 出 港 す る.都市 の 地 元 警 察 が 発 行 して いた 。 1918年 に制 定 され た1.内 務 省令 第 一一号 外 国 人 入 国 二関 スル 件 」 で は 、 「.一,旅券 又は 国 籍 証 明 書 を持 っ て い な い者 」 の 入 国 を禁 止 して お り、IrW!i地出 身 者 の旅 券の 役 割 を果 た して い た と考 え られ る。. 5在. 日朝 鮮 人史 研 究 の分 野 は. 、 戦 後 も朝鮮 人 へ の差 別 が続 く中 で 、 関 東 大震 災 時 の虐 殺 や いわ ゆ る 「 強t9. 連行 」 に代 表 され.る在H朝 鮮 人 へ の抑 圧 の 歴 史、 あ るい は 逆 に 在[..嘲鮮 人 に よ る抵 抗 の 歴 史 や運 動 史 に 甫 きが 置 か れ て研 究 され て:来た(高 野,2009).個 証 的研 究 は1990年. 代 か ら現 れ 、 山 脇(1994>、. 究 と して 高 野(2009)が. 人 の 体験 に 依 拠 した研 究 が 多い の が 特徴 で あ る。 実 西 成 田(/997)、. ま た 京 都 市 の在 日朝 鮮 人 に特 化 した研. 挙 げ られ る。 本 論文 は これ らの 先行 研 究 に 着 想 を得 て い る、,. 昏. k4;(1978)pp.'L58‑L59 7. 「出 人 困 管 理 及 び 難 民 認 定 法 」 は 外 事 法 で 、 効.力 と して は 法 律 と 同 等 、 形 式 は 政 令 と い う特 殊 な 形 式 を と る,.「 外 国 人 登 録 法 」 は 公 法 で あ る.、 Y. 中 国 人 労 働 者 の 本 格 的 な 海 外 移 住 は184〔}年 代 に 女 台 ま り 、 】.}咽人 労 働 者 排 斥 法 が 、 豪 州(1555年}、 ワ.イ(1875W).ニ. ュ ー ジ ー ラ ン ド 〔1881年)、. 米 国(issz年}. 、 カ ナ ダ(isss年)で. ハ. そ れ ぞ れ 施.行 さ. れ 、 そ の 後 の 移 住 先 の 中 心 は 東 南 ア ジ ア 諸 国 に 移 っ た. 辱. 1ご1. 「 条 約rク. ハ 慣 行 二 依 リ居 住 ノf=1山 ヲ 有 セ サ ル 外 国 人 ノ居 住 及 営 業 等 二 関 ス ル 件 ヲ定 ム 』(1899)。. 日 本 帝 国 統 計 年 鑑 で はisss年:未 人 、%Klrl人1,279人. 11. の 在 日 外 国 人 総 数 は11,561人. で 、 朝 鮮 人 は1S7人. 「支 那 労 働 者 人 国 禁 止 二 関 ス ル 件. と され て い る(第6節. 米[.],;移 民 法 トノ 相 違 』(1924>. /99. 、 う ち 中 国 人 が6,359人 表2>、,. 、.英 国 人7,9fl5.

(12) 日本 の 入管法 制 創成 と外国人Ji働 者問題. 1と. 在 日 朝 鮮 人.人 「1は統 計 資 料 の 達 い で 数 値 に#;=i'の ば ら つ き が あ り 、 そ の 点 は 先 行 研 究 で も 認 識 さ れ て い る。 本 論文 で は 、 西成 田 れ ば 、1910年. 【5. の 在H朝. 〔1997>p42表H‑1か. ら数 値 を91N/し. 鮮 人 数 は2,246人.1939年. 大 蔵 省 管 理 局(1946))『. は361,597人. た 。 高 野(2009)p12の. 表 序 一1に. よ. で あ る。. 日本 人 の 海 外 活 動 に 関 す る 歴 史 的 調 査. 通 巻 第.卜.冊. 朝鮮 編 第十 分揖』. pp.72‑75 4. 西 成 「1.1(1997)第. ・章. 「梅 く地 朝 鮮 農 業 の 構 造 と 動 態ipp」.1‑37. 5. 大 蔵 省 管 理 局(1946))『. 日本 人 の 溝 外 活 動 に関 す る歴 史的 調 査. 通 巻 第i..冊. 朝 鮮 編 第 九 分 珊 』pp.65‑. 66 1G. 例 え ば 、 重 ⊥二業 で 就 業 し て い る 男 性 労 働xで. も,「 職.i.1.1で は な く、 運 搬 ・t:工 と い っ た 非 熟 練 労 働 に. 従 事 し て い た 。 西 成 田(1997)PP.89‑90 17. 西 成 「n〔1997)p94. 1f. L1」 脇(1994)pp,273‑281. IS. 1920年. 代 か ら1930年. 代 に お け る 在 日 朝 鮮 人 女 子 人 口 比 率 は 、 ほ ぼ 全 て の 地 域 で 上 昇 して い く が 、 相 対. 的 に 愛知 、 兵 庫 、 大 阪 で高 く、 東京 が最 も低 い。 女性 が就 労す る製 糸 業 、織 物 業 が 発 達 した地 域 で は 女 子 比 率 が 高 く 、 逆 に 土 木 業 に 就 業 す る 男 性 グ 多 い 地 域 で は 女 子 比 率 は 低 く な っ て い る.,西 成 田 p57の. 各 市 自 治 体 に よ る 調 査 結 果 に よ れ ば 、 日本 で 出 生 し た 在 日朝 鮮 人 の 割 合 は 、 横 浜 市 で30%(1935. 年)、 大 阪 市(15歳 zr. 〔1997). 以 下)で47%(1932年)、. 拓 務 統 計(1925;に. よ れ ば 、1920年. 南 米 邦 人 の75%が. 神P.市(15歳. 以 下)で60%〔1935年)と. 驚 くほ ど高 い。. に お け る 在 ア メ リ カ 合一 衆 国 邦 人 の47%.在. ハ ワ イ 邦 人 の56%、. 在. 農 ・林 ・水 産 業 に 従 事 し て い る.. 〜. 拓 務 統 計(1939)7.職 ?一. 大1.1管. 業別人口. 哩 局(194fi)'iH4人. ウ帝. tツ. ダ ム 勅 令 と は.大. 20口. に 公 布 ・施 行 され た. の 海 外 活 動 に 関 す る謄 史 的 調 杏. 日 本 帝 国 憲 法 第8条. 第1項. の. 通巻 第 十 一 冊. 朝 鮮 編 第1.分. 朋 』p、89. 「法 律 に 代 わ る 勅 令 」 規 定 に 基 づ き 、1945年9月. 「ポ ツ ダ ム 宣 言 ノ受 託 二 伴 ヒJEス ル 命 令 二 関 ス ル 件 、1(勅 令 第542号)の. で あ る 、 連 合 国 軍 の 占 領 トに あ っ たtiで. 通称. 、 連 合 国 最 高 司 令官 の発 す る要 求事 項 の 実 施 につ き、帝 国 議. 会 が そ の成 立 に 関 与 すべ き こ とに な っ て い る法 律 事項 で あ って も、 政 府 が 命 令 で定 め ら れ る と した。 「外 国 人 登 録 令 」 は 瓢 憲 法 公 布 の 前 日 に 施 行 さ れ た 最 後 の ポ ツ ダ ム 勅 令 で 、 国 立 公 .文書 館 に 残 る 内 閣 総 t'1'k臣 及 びnr,大. 臣 の .承認 讃:欄外 に は 、1一本 件 は 五 月.一f{以 前 に 公 布 し て 頂 き た い 」 と の メ モ 書 き が 残. り、 解 体fillの内 務 省 の 意 向 が.う か が え る 、, 乙.1. 附記 に. 「台 湾 人 で 本 邦 外 に 在 る も の 及 び 本 邦 に 在 る 台 湾 人 で 中 華 民 國 中t:{代 表 團 か ら 登 録 証 明 書 の 発 給. を 受 け て い る も の 」 と;eさ れ て い 風, ,.. ….出人 国 管 理 令 」 は 日 本 の 難 民 条 約 ・難 民 議 定 書 へ の 加 入 に 伴 い 、1982年. に 題.名 が 現 在 の. 「iii入国 管 理. 及 び 難 民 認 定 法 」 に 改 め られ た.. 惨 考文酬 1.外. 務 省 外 交 資 料館 所 蔵(1932;亜. 細 亜 局1.資 料...こ 号. 日露 戦役 以 後韓 国 併合 迄二 於 ケル 日韓 條 約 関係.ノ. 考 察 』ReCCodeBO2130033200 鼠 代H本. 市 民riの 変 容 と 地 域 ・社 会 問 題 」 「乖 離 す る ナ シ ョ ナ リズ ム とエ ス ニ シ テ ィー. 旧 家 の 労 働 者 統.合』 青 木 書 店. 3. 林 博 史(正986)c近 梶 田 孝 道(1.999)『. 「口系. 人 」 に お け る 法 的 資 格 と 社 会 学 的 現 実 と の 間 一.」 梓 出 版 社 4. 金 森 久 雄 ・喬 酉 泰 ・大 守 隆 編(2〔 〕 〔}4)1「日 本 経 済 読 本[第AFPIX東. 5. 金 太 基0993)『. 洋 経 済 祈 報 ネt. 米 国 の 対 在 目朝 鮮 人 占 領 政 策 一 政 策 形 成 過 程 をL}監心 に 一...工 富kゼ. 一200一. ロ ッ ク ス 小 林 節.太郎.

(13) 日本の 入管 法制創 成 と外 国入 労働 者 問題. rr2念 基 金 6 同 立 公 文 書 館 所 所 蔵(]895.「. 御 署 名 原 木 ・明 治ll.=.}.』 八 年 ・条 約 配 月.i.・ 日 ・ 日清 両 国 講 言 占条 約 及 別 約 」I. lie[.CodeAO3020212100 7 国 立 公.文 書 館 所 蔵(1899)『. 条 約 若 ク ハ 慣 行 二 依 リ居 住 ノ 自 由 ヲ 有 セ サ ル 外 国 人 ノ居 住 及 営 業 等 二 関 ス. ル 件 ヲ 定 ム 」2ef.CodeZA一. 〔111‑UO類0085‑‑OC. 8.. 国 立 公.文 書 館 所 蔵(1921)『. 帝 国.ノ 委 任 統 治 二 属 ス ル 南 洋 二L人 ノ国 籍 ヲ 決 定 ス 』Ref.Code'LA‑011‑00. 類01414100 9 国 立 公 文.書 館 所 蔵(19'L41)i.支. 那 労働 者 入 国 禁 止 二 関 スル件. 米n移. 氏 ト ノ相 違 』Ref.Code.2A‑039‑06. 類00002100 10.. 1.ildL.公文 書 館 所 蔵(1925)】. 11.. 国 立 公 文 書 館 所 蔵(.1945)「. 朝 鮮 人 ノ国 籍 二 関 ス ル 件 』Ret.Code2A‑0:34‑07×02351100 昭 和....二 十 年 勅 令 第ft百. 四.卜 二 号 ポ ツ ダ ムH.pの. 受 諾 に伴 い 発す る命 令 に 関. す る 件 に 基 く外 国 人 登 録 令 を 定 め る/Ref.Code2A‑027‑11類03081100 2 1 内 閣 統 計 局(1882…1939)『. 日本帝 国統 計 年 鑑』. 90 1 4 1. 西 成 田 豊(1997)r在. 日朝 鮮 人 の. 「世 界 」 と 「帝 国 」 国 家i東. 京 大 学 出版 会. 小 野.一.一 一郎(2000;『. 資 本 輸 出 ・開 発 と 移 民 間 題 』 ミネ ル ヴ ァ 書 房. r D 1. 日 本 人 の 海 外 活 動 に 関 す る歴 .史的 調 査. 通 巻 第 十朋. 大 蔵 省 管 理 局(1946)『. 日本 人 の 海 外 活 動 に 関 す る 歴 史 的 調 査. 通 巻 第 十.一一珊. 朝鮮 編 第 九分腿 』. 6 1. 大 蔵 省 管 理 局(1946)『. 朝 鮮 編 第 十5}Pof』. 7 1 大 沼 保 昭(】978)r国. 際法 学 の 再構 築. 下 』 「冊. 出 人 国 管 理 法 制 の 成 立 過 稗...一 九 五...=年体 制 の 前 史 ..1. 東 京大 学 出 版会 8 1. 大 沼 保 昭(20〔}4)r在. 日 韓 国 ・朝 鮮 人 の 国 籍 と 人 権 』 東 信 社. 9 1. 坂 中 秀 徳 ・斉 藤 利 男(2008)「. 出 入iEi管 理 及 び 難 民 認 定 法. 逐 条 解 説(改. 定 第 三 版)』. 日本加 除 出 版 株 式. 会社 O 2 高 野 昭 雄(zoos)『. 近 代 都 市の 形成 と在 日朝 鮮 入』 佛 教 大学. 1 2 拓 務 省 大 臣 官 房 文.書 課(1928‑1939)『. 揖1務 統 計 』. 2 2 内 田 直 作(1949)『1:;1本. 華 僑 社 会 の 研 究.ll司 文 館. 3 2 iii脇 啓 造(1994)「. 近 代H本. と 外 国 人 労 働 者....り.U.LO年. 代 後 半 と....・ 九 一.C#代. 前 半 に お け るi人. 朝 鮮 人労 働 者問 題 」 明 石書 店 4 2. 『在 日朝 鮮 人 管 理 甫 要 文 書 集1945‑1950』. 現 代 卜i本 ・朝 鮮 関 係 史 資 料 第6〔1978>湖. 5 2. GHQ/SCAPRecords(RG331,NaGonxlArchivesandRecordsService),194(1…1947,Clarificaflooofthe StatusoCKoreans,FormosansandChineseinJapao. 26.. KristnSurak,ConvergenceinForeigners'RightsandCilizcnshinPolicies?LookatJapan,IMRVolume42 Number3(Au[umu2008)pp.560‑575,CenterforYfigratlonStudiesofNewYork. 27.. MichaelJ.Piore,/979,Birdsofpassage,Migrantlaborandindustrialsocietles,CambridgeUniversity Proms. 2R.. SaskittSassen,1988,'lheMobiGryofLaborandCapital,AstudyinlnternafionallnvestrnentandLabor Flow,CambridgeUniversityPress. 一201一. 北tr. ・.

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