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Supranationalism と外国人労働者問題

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Supranationalismと 外国人労働者問題

自販機荒 らしか ら強盗殺人まで,全 国各地で起 きる外国人犯罪は今や 日常 茶飯事である。中国をは じめ,他 のアジア諸国から日本 を目ざして来る密航 者は,減 るどころか増加する一方である。昨年は検挙数だけで千人を超えた。 経済不況か ら脱出する方策 も見つか らず,零 細中小企業がバ タバ タつぶれて いる日本 に,何 を期待するとい うのか。 目的は一つ,そ れは金である。密航 者の中には,「日本では,道 端や空 き地 にカラーテレビや大型冷蔵庫が捨 て てある」 と蛇頭か ら煽 られてやって来る者 も多い。標準賃金の格差 を考えて も,彼 らにとって,日 本はあ くまで も 「黄金の国」 なのである。 しか し,日 本 に来て初めてわかることだが,現 実は厳 しい。就労先がなければ,犯 罪に 手 を染めてで も金 を手 に入れ ようとす る者が出て くる。…… ―吾妻博勝 『新宿歌舞伎町 マ フイアの棲む町』よリー `まじ め に 1 9 9 3 年のE U 設 立 を経 て,1999年 か らの通貨 同盟お よび単一通貨ユーロの発 足 を日前 に して,ヨ ーロ ッパの統合 はます ます強国なもの となって来ている。 市場統合か ら始 まって,通 貨統合,政 治統合 に至 るまで,「一つの ヨーロッパ」 を目指す動 きは着実 に歩 を進めている。あのナポ レオンや ヒ トラーさえ果たせ なかった 「ローマ帝国」再現の夢が,別 の形で実現 されそ うな勢いである。 さ て,日 を他 の世界各地 に転ずれば同様 の地域統合の動 きとして,北 米大陸の N A F T A や 東南 アジア諸 国のA S E A N が 浮かんで来 よう。 これ らはいずれ も従 来の 「国民 国家」の枠組み を越 える動 きであ り,そ の意味でこれを 「脱国家主 義S u p r a n a t i o n a l i s m 」と総称することもで きる。あるいは従来の国家主権 を制 限 し,そ の一部 を地域統合機関に委ねる試み と言って もよい。 とはいえ,こ れ ら三つの地域統合の完成度 については,そ れぞれが置かれた 仁 正 木 鈴

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国際環境や歴史的条件 のちがい もあって同一だ とは決 して言 えない。統合の度 合い に濃淡の差があるのである。 もちろんE U の 完成度が もっ とも高 く, 他 は まだ まだ初歩的段階にあるのは言 うまで もないだろう。 さて, 本 書の趣 旨に し たがい ここでは, E U と A S E A N そ れぞれをめ く`る 「脱国家主義」の潮流 を比較 ・検討 し,そ の問題点を浮かび上が らせることにしたい。 しか し,同 時にこれ が現代 日本社会論 をも兼ねる とい う本論文の性質上, 「脱国家主義」一般 につ いてE U と A S E A N そ の ものの比較 を論ず るのではな く, む しろ 「脱国家主義」 につ なが るある特定の問題 について, しか もE U と 日本の比較 を論ず ることに したい。 というのは, 日本を含む東アジア全域の地域統合 というのはまだまだ 遠い未来の課題に過ぎず,ASEANを 背景として日本 とEUを 比較するのが, もっ とも現実的な分析だからである (環太平洋全域にわたるAPECで はあまりに広 漠 としてお り,東 アジア固有の地域統合たるマレーシアのマハテイール首相の EAECは いまだ構想にとどまる)。 具体的には,外 国人労働者問題をめぐる日欧比較をここでは論 じることにし たい。外国人労働者問題こそは,一 方でヒ トの 「国際化」 をつうじて 「ボーダ レス化」現象を押 し進め,ひ いては国家主権を空洞化 してゆ く可能性 をはらん でいるからである。いわば 「脱国家主義」へ至る一里塚 という色彩を色濃 くもっ ているのである。また他方でそれは,逆 に 「脱国家主義」の進展への足かせ と もなる。 というのは,EUの 「域外人」問題についてのちに詳 しくみるように, それは国家主権に残 された最後の保塁 となって 「脱国家主義」を阻害する要因 とな りうるからである。このように 「外国人労働者問題」 こそは,「脱国家主 義」の消長を決する分岐点 となりうるものなのである。以下,わ れわれはまず EUに おける外国人労働者問題をとりあげ,そ れが 「脱国家主義」の展開にとっ て臨路 となっているのを分析 しよう。つ ぎにASEANや 東アジアを背景にした 日本の外国人労働者問題 をとりあげ,そ れが日本社会にとつて 「国際化」ひい ては 「脱国家主義」の展開にむけた圧力 となっているのを分析 しよう。そ して 最後に,こ れら日欧の 「外国人労働者問題」の比較分析の中からなにが見えて くるかを明らかにしよう。

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S u p r a n a t i o n a l i s m と外国人労働者問題 1 9 1 ヨ ー 回 ッパ統合 と外 国人労働者問題 EUの 発足 とその問題点 ヨ ーロ ッパの統合 については,大 戦への反省 か ら 1952年の独仏 とベネルクス三国によるECSC(欧 州石炭鉄鋼共同体)の 結成か ら始 ま り,1958年 のいわゆる 「インナー 6」 によるEEC(欧 州経済共同体) の発足 ,そ して1967年のそれ らのEC(欧 州共同体)へ の統合 を経 て,1993年 にはつい にEU(欧 州連合)が 成立す るに至 った。 この間,関 税 同盟や共通農 業政策か ら市場統合へ,ま た共通外交政策や安全保障政策か ら政治統合へ,あ るいはブリュッセルの欧州理事会や欧州委員会や欧州議会の強化など,ョ ーロッ パの統合は着々とその実 をあげて きている。実際にヨーロッパ を旅すると,さ まざまな場面で 「ヨーロッパ はひとつ」 と実感 させ られることが多い。 とりわ け空港でEU市 民がパスポー ト ・チェ ックな しで 自由に往来 しているの を見 る とき,わ れわれは域外人 としてその感 を深 くする。 こうして順調 に進 むヨーロッパの統合のなかで,他 方でそれにともなうさま ざまな問題 も生 じて きている。 ここでそのい くつかをあげてみれば,た とえば 「グローバ リズム とリージ ョナ リズムの対立」の問題がある。EUの 統合が強 国 になるにつれそれが地域 ブロ ック化 して,グ ローバルな自由貿易 を標榜する ヽ明FOと飢艦 を来たす例のように。あるいは,「脱国家主義 と政府間主義の対立」 の問題。独仏 に代表 されるようにEUの 超国家的な中央集権体制 を強めるのか, あるいは逆 に英 に代表 されるようにそれを政府間の調整組織 にとどめるのか, 端的 にいえば,決 定 に多数決原理 をとるのか全会一致の原則 をとるのかの問題 である。あるいはまた,「統合 と分離」の問題 もある。つ ま り,EUの 統合の進 展 につれて,ス コッ トラン ドやバスクなど欧州内少数民族が国家 を越 えて直接 EUへ の統合 を望 む とともに,自 立性 を高めて国家か ら分離 してゆ くとい う問 題である。EUと 地域の興隆の狭間で国民国家が没落する問題 と言 って もよい。 さらには,つ ぎに詳 しくとりあげる 「域外出身外国人労働者問題」 もある。 こ れ らはいずれ も,欧 州統合が進 んだがゆえに新 たに出現 した問題 なのである。

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E U 統 合 と域外外国人労働者問題 さ てEUに とっての 「外 国人労働者問題」 とは, どの ような ものなのだろ うか。そ してそれは,「脱国家主義」 の展 開に とって どの ように降路 となっているのだろうか。実はこの問題 はさらに二つの 問題か らなる。一つは 「定住外 国人労働者問題」であ り,い ま一つは 「外国人 労働者流入問題」である。 まず,「定住外 国人労働者問題」 について。EU構 成諸国はそれぞれ,国 内に 約一害J 前後の定住外 国人 を抱 えている。 フランスではアルジェリア人, ドイツ では トルコ人,イ ギ リスではカリブ人などが代表的であ り,彼 らは主 に60年代 の高度成長の時期 に,労 働力不足 を補 うために非熟練労働者 として正式 に導入 されたのが定住化 した ものである。当初,期 限つ きの出稼 ぎ労働者であったが, 7 0 年代 中葉の石油危機 にともなう受 け入れ停止 に際 して,再 入国が不可能なこ とか ら帰国の途 を選ばず,む しろ家族 を呼び寄せて定住の途 を選んだ ものであ る。現在では二世 も育 ち,実 質的には受け入れ国が母国化 している。が,送 り 出 し国 ・受 け入れ国双方の政策 と本人 自身の文化 ・意識の面か ら,「定住外 国 人」 として一定地域 に集住す るに至 っている (ムス リムが圧倒的に多 く,同 化 を拒 むことが多い)。彼 らが 「脱国家主義」 との関係で問題 となるのは,「EU 市民権」 を定めた1 9 9 2 年のマース トリヒ ト条約 と域内国境管理の廃止 を定めた 1 9 9 3 年の シェ ンゲ ン条約の発効 によって,「非EU市 民」 と 「E U 市 民」の間に 格差 が生 じ,そ れがEU統 合の足かせ となっているか らである。つ ま り,「EU 市民」 には与 え られる域内 自由移動の権利 と欧州議会への参政権が, 国 籍のな い彼 ら 「非EU市 民」 には与 え られず,そ こに不利益が生ず る問題である。 と りわけ移動の制限に関 しては,こ れ らの条約は域外人にたいする外囲国境の管 理 と非EU人 滞在者 にたいす る管理 として,む しろ強化の方向に作用 している のである。いずれに しろ,「外 国人労働者受け入れの義務 はないが,受 け入れ た以上は国民 と同等の扱いを しなければならぬ」 とい う原則 をタテマエ とする 近代民主国家が,そ の原則 に背反 しているわけであ り,域 外 にたい してはこう した旧来の国民国家の枠組みを残 さざるをえない という点 において,地 域統合 に とどまる 「脱国家主義」が本来 もつ限界が現 われていると言えよう。

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S u p r a n a t i o n a l i s m と外国人労働者問題 2 1 つ ぎに,「外 国人労働者流入問題」 について。EU諸 国では石油危機 を境 に し て外 国人労働 者 の受 け入 れ を停止 したが,マ グ レブ諸 国や トル コや ア フ リカを 中心 とす る移民送 り出 し国 との経 済水準 の格差 は大 き く,彼 らの入 国圧力 は依 然 と して大 きい。彼 らはい わゆる 「経 済難民」 と しての実質 を 「政治難民」 の 装 い に覆 い隠 しなが ら合法 的入 国 を試 み,そ の審査 が厳 しくなった近年 は比較 的 出入 国管理 が未確 立 なイ タ リアな ど南 欧諸 国か らの不法入 国 を試 み る ように な った。 しか し南 欧諸 国 は彼 らに とって 中継 地 に過 ぎず ,一 度入域す れ ばEU 諸 国 間の往 来 は比較 的 自由で彼 らは よ り豊 か な地域 をめ ざす。 これ にたい して E U 諸 国は 「再受 け入れ制度」 を創 り,不 法入国 を最初 に許 した国が彼 らを域 外 に追い出す責任 を負 うとい う形で取 り締 ま りを強化 している。 また,1989年 の社会主義体制の崩壊以降は,こ れにロシア ・東欧諸国か らの新たな経済難民 の流入が加わっている。多 くのばあい民族的 ・宗教的少数者か らなる彼 らは表 向 きは政治難民 として入国を試み,同 じヨーロッパ人 とい う身内意識 もあって 外 国人労働者の新 たな貯水池 とな りつつある。が,折 か らの失業者の増大のな かで,歓 迎 されているわけではない。 こうしたいずれの不法入国者 も追放 と再 入国のいたちごっこのなかで事実上の定住化が進んでお り,こ こにも先 に述べ た地域統合 としての 「脱国家主義」の限界が現 われていると言 えよう。 Ⅱ 日 本の国際化 と外国人労働者問題 A S E A N の 発展 と日本の国際化 さ て,こ うした ヨーロッパ における地域統 合の動 きに対応す るアジア地域の動 きといえば,言 うまで もな くASEANの 発 展であろ う。1 9 6 7 年激化す る東西冷戦のなかで,東 南 アジアの反共国家の地域 同盟 として成立 したA S E A N は ,そ の後のイン ドシナ全域の共産化で この地域 を三分す る片方の勢力 となった。が,さ らに1989年の冷戦構造の崩壊 と相つ く` イ ン ドシナ諸国の加盟 によって反共色 を失い,東 南 アジアー帯の平和 と繁栄 を め ざす事実上唯一の地域統合機関 となった。そ して,2000年 までに東南 アジア 共同体 としての 「A S E A N 1 0 」 の達成 をめ ざしている。現在の ところ,カ ンボ ジアの加盟 を残すのみ とな り,「ASEAN 9」 とい う完成一歩手前の地点 まで来

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ている。EUに 比べ れば統合の形態 は きわめて緩やかな ものであ り,ま たその 度合い も初期 の段 階の ものに過 ぎない。が,そ れで も東 アジアの近年のめ ざま しい経済成長 を背景 に して,徐 々に統合の実 をあげて来ている。 す なわち,反 共同盟SEATOの 愧偏 として成立 したASEANは ,イ ン ドシナ全 域が共産化 した翌年の1976年 「東南 アジア友好協力条約」 を結 び,自 らが中核 となって相互信頼の醸成 ・友好善隣 ・地域秩序の形成 を図るとい う合意 に達 し た。そ して,1989年 の冷戦崩壊 を受けて加盟国は一挙に拡大 し,年 次閣僚会議 を最高意志決定機関 として東南 アジア全域 をカバーする地域統合機関 となった。 他 方 で ,1979年 か ら制 度化 され た拡 大外 相 会議 を経 て,1994年 にはARF (ASEAN地 域 フォーラム)を 発足 させ,日 ・米 ・中 ・豪など域外大国を含み, 自らをサブシステム とす る政治安全保障協力制度 を作 り上げるに至 ったのであ る。 また,そ れ は発足 当初 よ り域 内経 済協 力 を最大 の 目的 とし,1976年 の ASEAN経 済閣僚会議の制度化やそれ以降のASEAN工 業化協力 を経て,1992年 には15年間で域内の 自由貿易地域化 をめ ざすAFTAを 創設 した。他方で,日 本 ASEANフ ォー ラムや先 の拡大外相会議 を経 て,1989年 にはAPEC(ア ジア太 平洋経済協力会議)を 発足 させ,や は り環太平洋全域 をカバー し,自 らをサブ システム とする経済協力制度 を作 り出す に至 ったのである (図1参 照)。 図 1 ア ジア太平洋における国際的枠組み ′″―― ‐ C S C A P 十 一 十一 十 一 十一 一- 1 注 : P I N の 参加国 : パプア ・ニューギニア フィージー, 西 サモア ソロモ ン諸島, バ ヌアツ トンガ, ナ ウル, キ リバス ッバル, ク ック諸島 エウル, ミ クロネシア連邦 マーシャル諸島

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S u p r a n a d o n a l i s m と外国人労働者問題 2 3 しか し,こ うした域内 ・域外 をにらんだ政治 ・経済協力の機構 は,EUの それ とは対照的に,全 会一致 を原則 とする緩やかな協議機関にとどま り,事 務局の 権限 もきわめて弱い もの となっている。地域統合機関 としては,ま だまだ初歩 の段階にあると言わねばならないだろう。 さて,こ うしたASEANの 発展 の背後 には,つ ねに隣接大国 としての 日 ・米 ・中の存在が大 きく関わつていた。 とりわけ,歴 史的関わ りも深い世界第二の 経済大 国 日本 の存在 は大 きく,ASEAN構 成 メ ンバ ーで こそない ものの,ARF やAPECあ るいは直接協議制度 をつ うじて,あ るいは太い経済パ イプをつ うじ て一体不可分の関係 にある と言 って よい。 とくにASEANと 日本 の経済的なつ なが りは深 く,た とえば双方の危機が運動するこの間のアジア通貨危機のなか に もそれは如実 に示 されている。 この経済関係 はつ ぎのように して形成 された ものである。すなわち,ま ずは戦後賠償か ら出発 した日本 と東南 アジアの経済 的結 びつ きは,そ の後 も原材料 を輸入 し完成品を輸出す る日本の市場 としての 東南 アジア とい う,「垂直分業」 のかたちで順調 に発展 していつた。そ して70 年代半ば頃か らは,円 高による日本国内の生産 コス ト増大 と黒字削減政策によっ て, 日本か らのアジアNIESと ASEAN諸 国への産業 と技術 の移転,お よび投資 の増大が急速 に進 んだ。 さらに80年代初めか らは,中 国の改革開放政策の深化 によって中国への 日本企業の進出 も急速 に進み,こ れ らの国々の経済は 日本 と の関係 を緊密化 しつつ急速 な発展 を遂げた (図2参 照)。そ して 日本か らの技 ( 図2 ) 日本 田N A F T A ・E U ・E A の 貿易 フ回一 (1995年) ( 単位 : 億 ドル) 日本 ・NAFTA・ EU口EAの 貿易 フ回― (1995年) (単位 :億 ドル) 2052 (注)EAと はNIES,ASEAN諸 国,中 国を指す。 数字は輸出入合計

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術 移転 を背景 に して, そ こで はかつての 「垂 直分業」 か ら日本 との新 たな 「水 平分 業」 へ と質 的 な転換 が進 んだので あ る。 日本の国際化 と定住外国人間題 こ うしたASEANあ るいは東アジアと日本 の緊密な関係は, もちろんEUの ような強固な地域統合 とは比べるべ くもなく, ましてそこにEUに 見たような 「脱国家主義」 に固有の問題が生 じているわけ で もない。それらの問題は,「脱国家主義」が十分に発展 したあと初めて生ず るものだからである。ただ,そ のうち 「外国人労働者問題」だけは国家主権の あり方にも関わることから,こ うした低い発達段階にある 「脱国家主義」にとっ ても大 きな問題 となり,ま た 「脱国家主義」の帰趨を決するものとなりうる。 そ して事実,「脱国家主義」の発達をめ ぐるASEAN。 東アジアと日本のせめぎ 合いの一つは,こ の 「日本の国際化 と外国人労働者問題」の中にある。つまり, 後ほど詳 しくみるようにそれは,EUの ばあいとは逆に国家主権の縮小 をつ う じて,「脱国家主義」 を押 し進める働 きをもつ ものとして立ち現われているの である。 すなわち,ヒ トのボーダレス化 という意味での日本の 「国際化」が,80年代 に入つて急速に進んだ。1993年末で,外 国人登録者数は約132万人を数え,そ の数は年々増えつづけている (図3参 照。これ以外に,許 可在留期限を過 ぎて も就労をつづける約30万人の不法超過滞在者がいる。)だ が実は,日 本への外 図 3 外 国人登録数の推移 (各年末現在) 法務省 『出入国管理統計年報』(各年)より。

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S u p r a n a t i o n a l i s m と外国人労働者問題 2 5 国 人 労 働 者 流 入 の 歴 史 は そ れ 以 前 か ら始 ま っ て お り, や は りE U の ば あ い と同 じくここで も,「定住外 国人問題」 と 「外 国人労働者流入問題」 の二つの問題 を区別す る必要がある。 まず,「定住外国人問題」か ら始めよう。 朝鮮半島が 日本の植民地 となった1910年以降,実 は半島か ら大量の労働者が 流入あるいは導入 され,多 くは 日本 に定住 して現在その数は約60万人強に上 っ ている。彼 らはすでに三世 ・四世の時代 をむかえ, 日本語が母語化 して生活の 基盤 も日本社会 にもち, 日本人 との結婚が過半数 を占めるなど事実上の同化 も 進 んでいる。 しか しなが ら,他 方でこれ ら 「オール ド・カマー」 たちはさまざ まな歴史的経緯のなかで,「在 日韓国 ・朝鮮人」 として 「韓国」「朝鮮」籍 と固 有 の 「民族名」 をもち, 日本 における定住外国人の過半 を占める存在 となって いる。 これ らの人び とのあいだで現在,「国籍」 と区別 されるかたちで,教 育 ・福祉サービス,公 務員試験,参 政権などの 「市民権」 について,日 本国民 と 同様 の権利 を要求す る運動が盛 んである。 ち ょうど現在EUで 盛 んな,国 籍か ら市民権 を切 り離 しそれを拡充することによって国籍 に近づけようとい う,い わゆる 「新 しい市民権」の運動 と軌 を一に している。そ して,1979年 の国際人 権条約の批准,1982年 の難民条約への加盟,1990年 の出入国管理法の改正など をつ うじて,順 次 こうした彼 らの 「市民権」 は拡充 されて きた。そ して現在, 地方参政権の獲得が現実の 日程 に上 るところまで来ている。 これは 日本国内で とい う限定はあるものの,明 らかに旧来型の国家主権の縮小 につながる動 きで あ り,そ の意味で 「脱 国家主義」への歩みを促す ものだ と言えよう。 こうした流れのなかで, 日本社会で生活 して きたいわゆる 「在 日」たちの均 一的民族 コミュニテイや彼 らのアイデンティティが, とりわけ三世など若い世 代 において多様化 ・変質 して きている。福 岡安則 によれば彼 らはつ ぎの四つの タイプ,つ まり民族的 自覚は強いが生活の場 を日本 に求めて 日本人 との共生 を め ざす 「共生志向」 タイプ,民 族的意識は弱 くむ しろ平等 を求めて能力主義 に 頼 る 「個人志向」 タイプ,日 本への帰化 を求める 「帰化志向」 タイプ,朝 鮮学 校 に通い 自らを在外公民 と位置づ ける北朝鮮系の 「祖国志向」 タイプなどに分 化 し,必 ず しも従来の ような強い民族 コミュニティを形成 していない と言 う。

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彼 らの多 くは日本語 を母国語 とし,日 本社会 を故郷 としてお り,「国籍」 と 「名前」を除けば民族性が薄い。それはいわば 「シンボリックな民族性」にと どまっている。そして,実 は80年代中葉以降の日本への他のアジア人の大量流 入にともなって,韓 国からも新たに労働者が流入 し,彼 ら 「新々一世」たちと 従来の 「在 日」をめぐって新たな問題が生 じている。それはシンボリックな民 族性 しかもたない 「オール ド・カマー」たちと,文 字 どお りのハー ドな固有の 民族性 をもちこむ 「ニュー ・カマー」たちとの摩擦 ・車し礫の問題である。つま り,定 住者たちが自分をこれら 「ニュー ・カマー」から区別 しようとした り, あるいは両者がとりわけ職業面などで競合関係に陥ってしまうのである。こう した問題は,比 較的外国人労働者定住の歴史の浅い西欧社会では未体験のもの であ り,こ こでの 「脱国家主義」の展開という文脈にどう関わつてくるのか, 今後の問題であると言えよう。 皿 日 本の国際化 と外国人労働者流入問題 高度成長 と外国人労働者 さ てつ ぎに,近 年増 えつづける 「ニューカマー」 たちの問題つ まり 「外 国人労働者流入問題」 に移 ろう。実は西欧社会 とは違 っ て,こ の問題が 日本社会でクローズァップされたのは80年代後半以降のことで あ り,西 欧か ら約20年遅れてのことである。いいかえれば,日 本 は高度成長の 時代 には外 国人労働者の導入な しに経済成長 を遂げたのであ り,外 国人労働者 に成長 を大 きく依拠 した西欧社会 とはこの点で異 なっている。なぜそ うなった のだろうか,少 し寄 り道 になるが,こ れを梶田孝道の説によって論 じてみ よう。 日本が外 国人単純労働者の入国を禁止 し,そ の経済成長 を,西 欧 と違 って外 国人労働者の導入な しに達成 した理由 としては,つ ぎの九つの理由が考 えられ る。第一は,大 量の農業人日の存在である。高度成長期 これ らの農民が離村向 都 し,都 市労働者 になることによって 日本の工業化は進展 したのである。第二 は,企 業合理化の進展である。企業 も労働者 も,積 極的に省力化のための技術 革新や オー トメ化 に取 り組むことによって, 日本は労働力不足の解消 を図つた のである。第三は,外 部労働市場の存在である。企業は主婦パー トや学生アル

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S u p r a n a t i o n a l i s m と外国人労働者問題 2 7 バ イ トを,安 価 な限界労働力 として活用 したのである。第四は,「長時 間労働」 「残業」の活用である。 これにたい して,労 使協調路線 をとる企業内労働組合 や残業代 に頼 る低賃金労働者の抵抗 は弱 く,労 働力不足の解消 に役立 ったので ある。第五は,高 齢者の高い労働力化率である。 これは欧米 と違 って定年後 も 職業生活の継続 を望 む国民性 と,老 後の生活 を十分 に保証 しない福祉の立ち遅 れに基づ くが,結 果的に労働力不足 を防 く`効果 をもつのである。 こうした構造 的要因はいずれ も高度成長期の 日本の労働力不足 を緩和 し,外 国人労働者の導 入 によらない成長 を可能に したのである。 さらにこうした構造的要因に加 えて, 高度成長以降はつ ぎの歴史的要因が働 いた。第一 は,石 油危機の影響である。 西欧 と同 じく, 日本経済 もこれによって大 きく減速 し,外 国人労働者の導入の 可能性 は当面遠のいたのである。第二は,円 高 にともなう生産拠点の海外移転 である。労働力 を国内に呼び込 むよりむ しろそれを外 に求めて,コ ス トの削減 を追求する企業は,東 アジア ・東南 アジアなどの海外へ進出 したのである。第 三は,外 国人労働者導入 にたいする国民的論争の存在である。旧来型の国民国 家 として外 国人労働者 を導入 し,そ の後 さまざまな問題 に直面する ドイツや フ ランスなど西欧社会の経験 に学んで,日 本 はその導入 に慎重 になったのである。 第四は,「在 日」の問題化である。先 に述べ たように,「在 日韓国 ・朝鮮人」 た ちの市民権獲得 をめ ざす運動が盛 んであるが,こ れによつて外国人労働者導入 にたいす る日本の姿勢 は,ど うして も消極的になった と言わざるをえない。以 上,さ まざまな要因によって 日本社会 は,後 のバブル経済 に至 るまでは西欧社 会 と違 って,高 度成長 にともなう外国人労働者の導入 を回避することがで きた のである。 / 外国人労働者流入問題の発生 し か しなが ら,80年 代 に入 ってか ら様 々な形 で外 国人労働者の流入が始 ま り,年 を追 うに したが ってその数は急激 に増加 し ていった。それはまず,80年 代前半の風俗産業へのアジア人女性の参入,い わ ゆる 「ジャパゆ きさん」現象 として始 まった。最初はフイリピン人や タイ人が, そ して現在では中国人や コロンビア人女性が大量 にそ うした職場 に働いている。 この延長上 には,「アジア人花嫁」や 「メイル ・オーダー ・ブライ ド」の存在

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28 彦 根論叢 第 316号 がある。そ して,80年 代後半 になると折か らのバブル経済 による極端な人手不 足 にともなって,製 造業や建設業で働 く 「外 国人労働者」が急激 に増 えた。韓 国,タ イ, フィリピン,パ キス タン,バ ングラデシュ,イ ラン,中 国,ブ ラジ ル,ベ ルーなどか ら合法的,非 合法的に流入 した男性の単純労働者たちがそれ で,1988年 にはこれ ら男性労働者の数が初めて外国人女性の数 を上回つた。そ して現在では,こ れ らの非熟練労働者たちが,「資格外就労」「就学生のアルバ イ ト」 「日系人の利用」「研修生」 といった形で,約 44万人ほど国内で働 いてい る (これ以外 に,約 7万人の主 に欧米系の正規の専 門職 ・技術職の ビジネスマ ンが,国 内の 日本企業で働 いている)。現在の不況 にもかかわらず,日 本 との 数十倍 に上 る賃金格差 を背景 に して,こ れ らの国々か らの労働者の流入圧力は いっこうに表 えを見せていない。 では, どうしてこの ような外国人労働者の流入が,80年 代後半以降急激 に進 んだのだろうか。それは基本的には,受 け入れ国 日本のがわにおける,バ ブル 期 をは さんだ従来のや り方では対応 しきれない労働力不足の発生 と,こ れ ら送 り出 し国のがわにおける,過 剰人口の圧力お よび 日本 との極端 な賃金格差の存 在 に よる と考 え られる (図4参 照)。ここではこれ を主 として受 け入れ国 日本 のがわに焦点 を合わせ,さ らに国家 レベルの外国人労働者政策の変質の問題 と, 図 4 1 人 当 りG N P の 国際比較 (米ドル) o 5,000 1o,ooo 15,Olltl 日 本 韓 国 マ レ ー シ ア フ イ リ ピ ン インドネシア ス リ ラ ン カ パ キ ス タン 中 国 イ ン ド ビ ル マ バングラデシュ (資 料 )И ttι】 (注 )( )内 は , βa % た,フレ千θγ脇 免力J θs , 1 9 8 7 年版 による1986年値, 日本 を100.0とした場合の比率. 2,370(18.4) 1,850(14.4) 8 1 0 ( 6 . 3 ) 570(44) 5∞ (3.9) 400C.1) 350(2.7) 3 0 0 ( 2 . 3 ) 270(2.1) 2 ∞ ( 1 . 6 ) 1 6 0 ( 1 . 2 )

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Supranationalismと外国人労働者問題 29 企 業 レベルの労働雇用 の戦略 の問題 と,労 働 者 レベ ルの外 国人労働者 の定住化 の問題 の三つ に分 けて論 じてい くこ とに しよう。 バブル経済と外国人労働者 (1):外 国人労働者政策の変質 ま ず,国 家の外 国人労働者政策の変質についてから始めよう。梶田孝道の説によって結論から 先にいえば,「日本政府は 『公式』には外国人単純労働者を受け入れていない が,『非公式』には彼 らを受け入れている」 ということになる。伊豫谷登士翁 の用語を用いれば, 日本政府は 「バ ック ・ドア」政策と 「サイド・ドア」政策 と 「フロント・ドア」政策の三つの政策を使い分けて,い わば 「ダブル ・スタ ンダー ド」による外国人労働者の導入を図つているのだと言えよう。 ① 「フロント・ドア」政策 すなわち,1990年 の出入国管理法改正によって,国 内で就労を認可される外 国人労働は,「外交」「公用」「教授」「芸術」「宗教」「報道」「投資経営」「法律 ・会計業務」「医療」「研究」「教育」「技術」「人文知識 。国際業務」「企業内転 勤」「興業」「技能」の16の専門 ・技術職 となった。これらの職種については正 式の就労 ビザが交付 され,正 規の外国人労働者 としてむしろ歓迎 される存在で ある。いわば 「フロント・ドア」からの外国人労働者の導入 といってよい。こ の部分については,弁 護士や会計士など職業資格の相互承認が じょじょに進み つつあ り,今 後はアジア諸国とのあいだでそれを進める必要があろう。 ② 「バ ツク ・ドア」政策 つ ぎに,「非公式」の単純労働者の受け入れである 「バ ック ・ドア」政策に ついて。これは必ず しも日本政府が歓迎 したり奨励 したりしているわけではな く,む しろその取 り締 まりの間隙をぬって流入 して くる,と いうのが実状であ る。そ して,取 り締 まり体制の不備 と中小零細企業の一定のエーズとの合致か ら,政 府がやむをえず黙認 しているものである。これは具体的には,さ らにつ ぎの四つ くらいのサブ ・カテゴリーに分かれる。一つ目は,約 36万人を数える 「不法就労者」である。これには観光目的で入国 して外国人登録をせずに就労 するばあいや,在 留期限が過 ぎても就労するオーバーステイや,無 断で資格外 の活動をする者が含まれる。このうち,オ ーバーステイが最大多数を占めてい

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図 5 主 要国籍別,超 過滞在外国人 (推移) 1988年6月 は,内 訳不明,出 典 :法務省発表. る (図5参 照)。二つ目は,先 にも述べた 「ジヤパゆきさん」である。表向 き 正規の 「興業」 ビザを使用 して入国するが,実 際には風俗産業で働 く女性たち であ り,東 南アジアや中国さらには中南米出身者が大多数を占める。三つ目は, 入国のために使宜的に使われる 「国際結婚」である。これには,永 住 して就労 資格 を得るための形だけの 「偽装結婚」 も多 くみられ問題化 している。四つ目 は,「密入国者」である。これは高い賃金を求めて貨物船や漁船で密入国を図 り,偽 造パスポー トなどを用いて就労するものである。近年,中 国とりわけ福 建省からの密入国者の増加が激 しく,そ の手日はますます巧妙化 している。 し ばしば蛇頭や日本の暴力団がこれに関与 し,い わゆる犯罪を犯す 「流眠」に転 落することが多い。 ③ 「サイ ド・ドア」政策 さて,最 後に 「サイ ド・ドア」からの入国について。こうして増えつづける 「不法就労者」に手を焼 く一方で,賃 金高騰と人手不足それに高齢化に悩む中 1988年 6月 は,内 訳不明,

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S u p r a n a t i o n a l i s m と外国人労働者問題 3 1 小零細企業 の実状 を無視 す る こ ともで きず ,日 本 政府 は単純労働者 の入 国禁止 の タテマエ を守 りつつ,妥 協 の産物 として特殊 な形 での外 国人単純労働 者 の導 入 を合法化す るに至 った。それが これか ら述べ る 「サイ ド ・ドアJ政 策で,つ ぎの三つか らなる。一つ 日は,1983年 当時の中曽根首相の 「留学生10万人計画」 の提唱で始 ま り,1992年 で計10万人 を越 えるに至 った 「留学生」 「就学生」の ルー トである。大学や専 門学校 に学ぶ 「留学生」 に しろ,各 種学校 (主として 日本語学校)や 高校 に学ぶ 「就学生」 に しろ,届 け出によって許可 される週20 時間の枠 を越 えて就労 し,学 業 とアルバ イ ト労働が主客転倒 しているケースで ある。近年,特 に中国か らの留学生 ・就学生の増加が激 しく,か つなかには実 質的 に学業 につかない名前だけの 「偽装就学」 も見 られるため,就 学 ビザの発 給条件が厳 しくなっている。二つ 日は1993年に発足 し,そ の後 じよじよに増加 している約2万人の 「研修生」 のルー トである。 これは中級技能の習得 を目標 に期 間を区切 つて不熟練労働者 を受け入れ,賃 金 を払 って労働するなかで技能 を習得 させ,帰 国後の本国での職業生活 に役立てようとい うものである。'こう した研修制度 は,研 修 ゆえの低賃金が中小零細企業 にとって魅力的で,研 修 は 形のみで実質的には低賃金の単純労働力 として利用す る とい う,制 度の悪用が 目立つ。その後 い くつかの改善 も行 われたが,派 遣国お よび労働者 じしん もほ とんどが 「研修」 より 「就労」 を目的としていると言われている。三つ目は1990 年の出入国管理法の改正 によつて合法化 された,約 20万人 を数 える南米か らの 「日系人」の出稼 ぎのルー トである。1990年の出入国管理法改正 によって,か つて 日本か ら南米 に移民 として渡 つた人たちの子孫が,日 本 との10数倍の賃金 格差 と中南米の経済の停滞 を背景 に して,「出稼 ぎ」労働者 として逆流 して来 ることになった。配偶者 を含 むブラジルやベルーか らの 日系人二世 ・三世が中 心で,他 の外国人 と違 って単純労働への就労 もこの法改正で合法化 された。同 じ改正 によつて,不 法就労者への雇用主の罰則規定が制定 されたことか ら,そ れに抵触 しない合法的な単純労働者 としてその後急増 した。1993年で約20万人 を数えているが,た だ中南米全体で 日系人の数が百数十万人 とその母数 に限界 があ り,他 のルー トの十分 な代替物 とはな りえない。

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以 上 ,正 規 の形 での欧米系専 門職 ・技術 職労働 者 の公 式受 け入 れ (「フロ ン ト ・ドア」政策)と ,裏 口か らのアジア系単純労働者 の非公式受 け入れ (「バ ッ ク ・ドア」 政策)の 組 み合 わせ を,単 純労働者 の入 国禁止 の タテマエ を崩 さな いように,グ レイ ・ゾーン (研修制度などの 「サイ ド・ドア」政策)を 設けな がら運用することによって, 日本政府はバブル経済期の極端な人手不足を切 り 抜けることができたのである。 しか し,そ の後のバブル崩壊 とデフレ不況のな かで失業率 も上が り,ア ジア系単純労働者や日系人労働者にそれが しわ寄せさ れ,彼 らの失業 も増えている。が他方で,期 限つきで 「サイ ド・ドア」から受 け入れられた労働者たちも含めて,母 国との極瑞な賃金格差ゆえに,彼 らは西 欧の経験からすれば今後 日本に定住化する可能性をはらんでいる。 バブル経済 と外国人労働者 (2):企業と外国人労働者の雇用 こ うした外国 人労働者の受け入れを,企 業 レベルで考えればどのように説明されるのだろう か。おなじく梶田孝道によればこれはさらに,企 業内の労働 を構成する労働分 野にかんするレベルと,二 種の外国人労働者導入政策のレベルに分けて考える ことができる。 ①企業内労働分野 と外国人労働者 まず,企 業内労働分野 と外国人労働者について。梶田によれば,企 業内の労 働は 「特別な能力を要する労働」「熟練労働 と未熟練労働 とで構成 される一般 労働」「非熟練労働」の三分野から構成 される。このうち最初の専門労働のレ ベルでは,一 定の枠内で語学や外国事情や特殊技能など,キ ャリアをもった外 国人専門職が増えつづけている。彼 らは外部労働市場から年限を定めて採用 さ れ,一 般管理職や幹部への登用はなく,本 人 じしんも自分のキャリア形成の一 通過点 として働 くのである。 もちろん労働 ビザをもつ正規の労働者であ り,い わば 「フロント・ドア」から採用 される労働者である。 つぎに一般労働のレベルでは,外 国人労働者の採用はほとんどみられず,こ れはいわゆる 「日本的経営」の中核をなす部分である。つまり, 日本企業のば あいこれまで,新 卒採用 ・企業内養成 。内部昇進 ・終身雇用 という形で未熟練 労働者から熟練労TSJ者へ と 「正社員」が純粋培養されてきた。この部分は経営

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S u p r a n a t i o n a l i s m と外国人労働者問題 3 3 の中核 として どうして も日本語能力が要求 され,ま た 日本企業のエスノセン ト リズム もあって,ほ とんど外国人労働者の雇用がみ られない。ただ近年の 日本 企業のアジア進出を受けて,日 本で学んだ留学生の中か ら 「横滑 り」的に日本 企業 に就職する例が増 えたことや,こ の間の不況 によるリス トラで 日本企業の 長期 間雇用慣行 (企業内育成 ・内部昇進 ・終身雇用)が 大 きく崩れつつあるこ とか ら,今 後 はこの部分への外国人労働者の参入 もあ りえないことではない。 さて,外 国人労働者企業への導入で もっとも問題 となるのは, もちろん最後 の非熟練労働の分野である。 これは企業で正社員の枠外 に,パ ー ト,ア ルバイ ト,嘱 託,出 稼 ぎ,外 注,下 請けの形で存在 し,全 体の労働市場の約二害Jを占 める。 リス トラの中で人件費の圧縮 と雇用調整 を進める企業は近年,正 社員 を 圧縮 しこの部分 を増や している。そ してその一部 に格安の労働力 として,ア ジ ア人 ・日系人の単純労働者 を導入 している。部品メーカーや一次下請けでは, 合法的な 日系人や研修生がいわば 「サ イ ド ・ドア」か ら導入 され,二 次下請け 以下の小規模 ・零細企業では,ア ジア人不法就労者がいわば 「バ ック ・ドア」 か ら導入 されているのである。就労資格の合法性か ら不法性の軸 にそって,時 給 を下げなが ら彼 らは働 き, もちろんその境 目で両者は重 なっている。底辺 に 行 くほど就労条件 も悪 く 「3K労働」力S主流 とな り,日 本人労働者がこれを嫌 うぶんだけ彼 らの導入が多 くなるのである。 ②外国人労働者政策の二種 つぎに,二 種の外国人労働者政策について。伊藤るりによれば,企 業による こうした外国人労働者の導入を,「『成長』への戦略」 と 「『衰退』への対応」 という二種に分類することもで きる。「成長への戦略」 とは,大 企業において グローバ リゼーションに積極的に対応するために,欧 米系の専門職外国人を雇 用する戦略である。彼 らじしんは自己のキャリアを高めるために一時的に就労 する。未来を見据えた企業戦略であ り,政 府からも許可 ・奨励 され,定 住の可 能性 も薄いことから国民からも歓迎される。もう一つの 「衰退への対応」 とは, 省力化投資の余力をもたない中小 ・零細企業において,労 働力不足 と高齢化を 避け若い低賃金労働力を確保するために,賃 金格差を利用 してアジアからの不

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熟練労働力を導入する戦略である。労働者 じしんは不法就労ゆえに低賃金に甘 んじ, しかも出身国との極端な賃金格差ゆえに長期滞在化する傾向にある。い わば取 り残 されつつある産業部門の後ろ向きの企業戦略であ り,政 府からは拒 否されるが必要悪 として存在 し,か つ国民からその定住化を不安視されるもの である。 外国人労働者 と定住化 さ て,こ うした主 としてアジア人からなる 「ニュー ・カマー」たちの日本への定住化は起こるのだろうか。そして,日 本は現在の EU諸 国と同 じ問題に直面することになるのだろうか。まだ始まって間もなく, 西欧諸国に比べれば小規模にとどまる現象であるが,最 後にその将来を予測 し てみることにしよう。 A.サイヤー ドによれば,途 上国から先進国に流入 した外国人労働者は,流 入 先がアメリカなどの移民国家でなく西欧などの国民国家であるばあい,時 間の 経過にしたがつて,「一時的出稼 ぎ」か ら 「定住型移民」へ移行するという形 をとることが多い。最初は送 り出 し国の農村共同体 との絆が太 く,単 身の出稼 ぎと母国への送金 と交代 システムからなる,「共同体の論理」が優先するもの である。 ところが,時 間の経過 とともに個人的な企図が勝るようになって送金 も途絶え,受 け入れ国に生活基盤 を移 してそこで家庭生活を営む,「個人の論 理」力ざ優先するものとなるのである。配偶者や家族の呼び寄せ と二世の誕生が この移行の決定的な転機 となり,最 終的には移民先に 「在外居留民社会」が形 成されることになる。ただ注意すべ きは,こ うした移行にもかかわらず心理面 では依然 として彼 らは 「一時的滞在者」の意識 をもち,「一時的出稼 ぎ」 とい う集団的幻想の背後で事実上の定住化が進むということである。 しかし,世 代 交代の進行 とともにその意識 も薄れ,名 実 ともに定住化が進むことになる。こ の移行を促進する要因としては,家 族の再生産,劣 悪な出身国の社会条件,口 ‐ テーションを嫌 う経営者のエーズ,人 権思想の普及などがある。 では,こ うした西欧社会の経験をふまえたうえで日本の現状を眺めたばあい, そこにどのような未来像が浮かび上がって くるのだろうか。まず最初にいえる ことは,欧 米系の専門技術職の労働者については,そ の定住化はすでにみたと

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S u p r a n a t i o n a l i s m と外国人労働者問題 3 5 お りほ とん ど考 え られ ない。 そ して, 問 題 はアジアか ら流入 をつづ ける単純労 働 者 た ち にあ る。彼 らはサ イヤー ドの理論枠組みでは,基 本 的には現在の とこ

ろ 「

共同体」に縛られた 「

一時的出稼ぎ」の段階にとどまっている。が,将 来

ともそうである保証はない。むしろ結論からいえば将来,彼 らの日本社会への

定住化はありえないことではないのである。その理由としては,つ ぎの四つが

上げられる。第一は,先 進国の一員として日本は,人 権思想を無視できないと

いうことである。一度入国を許した以上,家 族の呼び寄せなど人権にかかわる

要求を拒絶することは困難であり,ど うしても定住化の方向に流れざるをえな

いのである。第二は,日 本と送 り出し国との間のどうしようもない経済格差で

ある。 この格差 による人の流れ を押 しとどめがたいのは, 西 欧の経験 に待つ ま で もない。現在の ところ,一 度入国を許せ ば彼 らの帰国に向けた逆の流れは考 えに くいのである。第二は,研 修制度 など 「サ イ ド ・ドア」政策の もつ本来的 性格である。技術 や知識の獲得 をめ ざす就労 は彼 らの職業への関心 を強め, 熟 練者 を求める経営者のエーズ とあいまって,ど うしても定住へ至る可能性 をは らんでいるのである。第四は,日 本社会の少子化の進行である。 これは将来 に わたって若年人口つ ま り労働人口の減少 を招 き,こ れによる国力の表退 を避 け るために,一 部では真剣に外国人労働者の導入を考えるむきもあるのである。 ただ,こ うしたい くつかの促進要因の作用はあるものの,究 極のところ外国人 労働者の定住化を左右するのは,今 後の日本政府の出入国管理政策のあ り方そ の ものである。これによつて,「ニュー ・カマー」たちの定住化如何は決定さ れるのである。いずれにしろ,も し入国を果たした彼 らが現在の 「在 日」たち と同じく定住化の道をたどるならば,い ずれは市民権拡大の要求をつうじて, それは相対的に国家主権の縮小 を促す動 きへ とつながつて行かざるをえない。 その意味でこうした 「ニユー ・カマー」たちの流入は,「脱国家主義」を押 し 進める圧力 となる可能性をはらんでいるのである。

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む す び 以上,「脱国家主義」 とのかかわ りで,EUと 日本それぞれの外国人労働者問 題 を検討 してきた。「定住外国人問題」 と 「外国人労働者流入問題」のいずれ においても,EUで はそれは地域統合からの防御反応 をさそう 「脱国家主義」 への足かせ として立ち現れ,逆 に日本ではむしろ国家間のボーダレス化ひいて は 「脱国家主義」 を進める圧力 として立ち現れている。あるいは別の言い方を すれば,外 国人労働者問題は 「脱国家主義」の進展の度合いに応 じて,そ れを 阻害するものにも促進するものにもなりうるのだ, と言 うことができよう。い ずれにしろ,そ れは 「脱国家主義」の将来を左右する問題のひとつであること に間違いない。 ところで,い ま一度整理 しておけば,日 本にとってこの問題が 「脱国家主義」 への圧力 として働 くというのは,つ ぎの三つの意味においてである。すなわち, 一つには 「在 日」の問題に典型的にみられるように,定 住外国人の市民権を拡 大することをつうじて,そ れが国籍のもつ意味 を相対化 し,「脱国家主義」の 基盤であるヒ トのボーダレス化を押 し進めるという意味においてである。いま 一つには,多 様な国籍 ・人種の人間の流入がつづ くことによつて,「多文化」 化が押 し進められ,将 来の 「脱国家主義」の展開にたいする国民の心理的抵抗 が取 り除かれやすいという意味においてである。そ して最後は,現 在の極端な 経済格差がいつか埋 まった暁には,上 記二つの上壌の上に 「脱国家主義」が花 開 く可能性が著 しく高 まるという意味においてである。それは,EUに おいて かつて経済水準が低 く,労 働力の送 り出 し国として 「脱国家主義」展開の脆弱 な輪であったイタリアやスペインが,そ の後の日覚ましい経済発展によってむ しろ労働力受け入れ国に転 じ,い まやEUの 中核に位置するようになってEU 統合が飛躍的に進んだという事実からも,類 推することができよう。その意味 において, 日本における外国人労働者問題が今後 どのように展開 してい くか, アジアにおける 「脱国家主義」の未来にとつて,日 が離せない問題であるのは 間違いない。

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参 考 文 献 梶 田孝道 『外 国人労働者 と日本』NHKブ ックス 1994年 梶 口孝道 『新 しい民族 問題』 中公新書 1993々 島田晴雄 『外 国人労働者問題 の解決策」東洋経済新報社 1993年 田中宏 『在 日外 国人』岩波新書 1995年 田久保 ・新井 。平松編著 『戦略的 日本外交のすすめ』時事通信社 1998年 山影進 「ASEANパ ワー』東京大学出版会 1997年 瀬島 ・古賀 ・池 田・山本 F激動するヨーロツパ』晃洋書房 1998年 宮 島喬編 『現代 ヨーロ ツパ社会論」人文書院 1998年 西川長夫 ・宮 島喬編 『ヨーロ ツパ統合 と分化 ・民族問題」人文書院 1995年 梶 口孝道編 『国際社会学』名古屋大学出版会 1992年 総務庁行政監察局 『外 国人 に も住 み よい 日本 をめ ざ して』大蔵省 印刷局 1997年

Hiromi MIOri,r?物?物を9γoけあ0%Pο ↓tCグa%α Fογθあθ句 '材OγんθγS t%」 apa物 , Macmlllan, London, 1997.

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Supranatlonalism and Foreign Workers in Japan

MasahitO Suzuki

ln this paper l will mention about the comparison Of the EU and Japan On the problem of their immigrant workerS.On the One hand,it is this problem that promotes ig10bahzation Of people' and makes nation states borderless. Thus, it has a posSibility of reducing nation powers. We can

regard it as a Step Onto isupranationalism.' On the other hand, we can regard thiS problenl, cOntrarily, as a fetters against 'Supranationalism。

l For

it may become the last fOrd that a natiOn state settles for the Sake of keep― ing nation power aS We will see later in the problern of'lrnnligrants from the out…Of―boundary of EU.' ′rherefore, ithe problem of fOreign workerst is the very issue that may doHlinate the future of 'supranationahsm.' In the following sectiOn I Will analyze the problern of fOreign workers in EU,and show that it cOmes tO be fetterS against supranationalisrn in the beginning. Next, I will analyze the problem of」apanls guest WOrkers in the background Of ASEAN or East Asia, and shOw that it appears tO be a pressure towards globallzation or Supranationalism. Finally I Will make it Clear what we can find frorn the comparison of foreign worker problems in the EU and in 」apan.

図 5 主 要国籍別,超 過滞在外国人 (推移) 1988年6月 は,内 訳不明,出 典 :法務省発表. る (図5参 照)。二つ目は,先 にも述べた 「ジヤパゆきさん」である。表向 き 正規の 「 興業」 ビザを使用 して入国するが,実 際には風俗産業で働 く女性たち であ り,東 南アジアや中国さらには中南米出身者が大多数を占める。三つ目は, 入国のために使宜的に使われる 「 国際結婚」である。これには,永 住 して就労 資格 を得るための形だけの 「 偽装結婚」 も多 くみられ問題化 している。四つ目

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