第7章 総括
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総 括
7.1 論文概要
自動車の技術開発は,より早くより快適にといった性能向上にあわせ,燃費向上,排ガ ス浄化,リサイクルの促進と廃棄物の低減といった地球環境への負荷低減を両立させるこ とが大きな課題となっている.特に自動車の燃費向上は,自動車の販売に直接つながるた め,ここ数年は毎年向上している.燃費の向上はエンジンの技術革新や,新タイプのトラ ンスミッションの開発が支えており,その多くはトライボロジーに関係する技術と密接に 関連している.各タイプの自動車用トランスミッションにおいても,さらなる燃費の向上 や,機械寿命の延長がトランスミッションの競争力を保持する上で大きな課題となってお り,トランスミッションの設計,材料,制御といった様々な面より向上が検討されている.
その多くは,トライボロジー技術と親密な関係にある.
一方トランスミッションに使用される潤滑油においても,燃費の向上や,機械寿命の延 長におおいに貢献できることから,基油の製造技術の進歩と添加剤技術の進展を両輪とし て,新しい潤滑油の開発に取り組んでいる.自動車用トランスミッションにおけるトライ ボロジー技術の進展とそこに使用される潤滑油の性能向上に関する研究について潤滑油添 加剤が摩擦面に形成する境界潤滑膜の観点よりまとめた.
7.2 各章のまとめ
第1章の序論では自動車用トランスミッションについて手動変速機(MT),多段自動変 速機(AT),無段変速機(CVT)に分類し,機械および潤滑油の進歩についてまとめた.
ATではクラッチの材料の進歩,CVTでは摩擦面の微細構造制御技術について示した.最新 の8速ATではクラッチ間の引きずり抵抗低減のため,約26%低粘度化したATFが使用さ れている.またCVTでは伝達効率向上のためのプーリ表面に微細構造制御技術を適用する
ことで約 10%の摩擦係数向上が確認されている.これら技術を活用するに材料や設計手法
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の改良だけでなく,使用される潤滑油の摩擦摩耗特性や耐疲労寿命の改良が必須であり潤 滑油の役割が大きいことを確認した.
第 2 章では自動車用トランスミッションに用いられる潤滑油とその課題についてまとめ た.自動車用トランスミッションに用いられる潤滑油はそれぞれ,ミッションギヤ油(MTF),
自動変速機油(ATF),無段変速機油(CVT油)と呼ばれ,それぞれのトランスミッション に最適な専用油となっている.これら潤滑油の基油には主に高度に精製された鉱油が用い られ,使用するトランスミッションの機能を最大限に発揮するため粘度指数向上剤,分散 剤,清浄剤など各種添加剤を配合し,目的とする粘度特性や摩擦特性を付与している.ATF,
CVT油の課題は省燃費のための低粘度化やロングライフ化,CVT油ではさらに伝達トルク 容量を向上させるための高摩擦化である.
一般には低粘度化することにより,境界潤滑領域での作動頻度が高まり,摩耗の増大や,
疲労寿命の低下が懸念されている.しかしながら境界潤滑領域での疲労寿命に対する潤滑 油添加剤の影響は殆ど解明されていないことがわかった.摩耗の増大や疲労寿命の低下を 招かないような低粘度化技術の構築に先立ち,潤滑油添加剤が疲労寿命に与える影響を評 価条件との関係で明確化することが重要であると認識された.また,CVT 油では高摩擦化 が効率向上につながることから,高摩擦化と耐摩耗性の両立が重要な課題となっているこ とがわかった.これらの課題は境界潤滑膜を制御することで達成可能である.
第 3 章では自動変速機用歯車の転動疲労強度に及ぼす潤滑油添加剤の影響と効果を検証 した.AT用歯車の転動疲労強度に及ぼす潤滑油添加剤の影響をFZGピッチング試験機およ び実機ATで検討した.
(1) 潤滑油の実機ピッチング寿命を FZG ピッチング試験で再現するには,実機相当の片当 たり条件を設定する必要がある.歯すじ形状を変え,さらにオフセット条件を設定し,
実機と近似したピッチング損傷および疲労寿命を再現した.
(2) FZG試験条件により,潤滑油のピッチング寿命の相対的長短が逆転するのは,摩擦面で
作用する添加剤が摩擦条件により変わるためであり,接触面圧1.7GPaの標準条件ではリ ン系添加剤が,2.8Gpaのオフセット条件では硫黄系極圧剤が観察された.
(3) 添加剤システムで歯車ピッチング寿命の延長が可能であり,低面圧条件ではリン系添加 剤の選定により,高面圧条件では硫黄系添加剤の配合により2~3倍となる.高面圧下で は硫黄系添加剤に疲労寿命の低下を緩和する作用があることを解明した.
第 4 章では自動変速機用転がり軸受けの転動疲労強度に及ぼす潤滑油添加剤の影響と効 果について検討した.実用に供されるラジアルニードルベアリングとスラストニードルベ アリングを用い,添加剤はリン系耐摩耗剤,硫黄系極圧剤,カルシウム系清浄剤の単体お よび組み合わせ油について実施した.
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(1) 添加剤はニードルベアリングの転走面に20~150nm程度の境界潤滑膜を生成し,その境 界潤滑膜の特性がピッチング寿命の長短に影響を与え,ラジアルニードルベアリングで は2倍程度,スラストニードルベアリングでは30倍の寿命差となる.
(2) ラジアルニードルベアリングの転走面はほぼ転がりと考えられ,ピッチング発生場所も 端面接触圧力と片当たりの影響のでる外輪の上部外側端部である.スラストニードルベ アリングの場合は転がりに加え軸方向に作動すべり分布が生じるため,ピッチング発生 場所も大多数はニードルベアリングの中心部より外側のしゅう動距離の長くなる部分で ある.
(3) ピッチング寿命の長い添加剤で形成される境界潤滑膜はラジアルおよびスラストニー ドルベアリングとも柔らかい傾向にあり,リン系添加剤と硫黄系添加剤を組合せたもの であった.
(4) スラストニードルベアリングでは,すべり摩擦で影響を受けやすい表面因子を加味する 必要があり,ピッチング寿命の長短は境界潤滑膜の,[硬さ×粗さ(Ra)×(摩耗量)1/3] を指標とした.
(5) AT用転がり軸受の転動疲労強度を向上するには,リン系に硫黄系添加剤を組み合わせ,
境界潤滑膜を柔らかく,かつ微細な粗さを平滑にし,摩耗を防止する.
第 5 章ではベルト式無段変速装置の動力伝達性能に及ぼす潤滑油添加剤の影響とその効 果について検討した.自動車の燃費向上と耐久性向上を目的として,ベルトCVT用の潤滑 油には,ベルトとプーリの間の高い摩擦係数と耐摩耗性の両立が求められる.ベルト CVT 用の新しい潤滑油を開発するために,4章と同様の添加剤を用い摩擦面における境界潤滑膜 の特性を界面化学に基づき詳細に検討しベルトCVT油を開発した.
(1) 摩擦試験によりカルシウム系添加剤にリン系添加剤を配合することで,高摩擦で耐摩耗 性に優れる境界潤滑膜を形成することが分かった.
(2) 境界潤滑膜の化学構造を FIB-TEM,XPS,及び TOF-SIMS で分析した結果,カリシウ ム系添加剤は80nmのCaOの被膜を,リン系添加剤では160nm程度のFe3(PO4)2の被膜 を,硫黄系添加剤では不均一な 80nmのFeSの被膜を形成した.カルシウム系添加剤に リン系添加剤を配合するとFe3(PO4)2とCaOの混合状態に変化する.
(3) 境界潤滑膜の硬さをナノインデンターで測定した結果,摩擦係数の高いものは相対的に 硬い傾向にあった.
(4) この結果に基づき,耐摩耗性に優れる高摩擦係数の CVT 油を開発した.摩擦係数は現 行市販油に比較し10%高く,耐摩耗性も良好であった.実機試験で,開発CVT油の最大 トルク容量(Tmax)は現行市販油と比較して 14%高く,耐久試験後のプーリの摩耗深さ は現行市販油の1/2以下となった.
(5)さらに,ベルトCVTにおけるベルト-プーリ間の接触モデルと境界潤滑膜の化学モデル
を提案し,境界潤滑膜を制御することで高摩擦化と耐摩耗性の両立が可能であることを
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示した.
第6章では 3章から 5章で開発した新潤滑油添加剤の自動車用トランスミッションの潤 滑油としての実用化についてまとめた.
(1) ATFでは疲労寿命に対する潤滑油添加剤の効果が明確となったことから,前輪駆動用AT
および後輪駆動用ATが必要とする疲労寿命とクラッチ特性の最適な両立が可能となり,
ATFとして大手自動車メーカに採用され,年間100万台以上の乗用車に充填されている.
(2) CVT油では耐摩耗性と高摩擦を両立させたCVT油に,さらにクラッチに対する摩擦特
性を付与し,実機試験において現行油対比約13%の高摩擦係数と摩耗量の半減を達成し,
さらに必要なクラッチ摩擦特性を有することを確認した.本油を実車に適用した場合伝 達効率向上とポンプの駆動損失低減により 1%程度の燃費向上が見込まれCO2削減に貢 献できることから,本油は2008年度トライボロジー学会技術賞を受賞した.
第 7 章では今後,境界潤滑膜の積極的な制御・活用による,自動車トランスミッション のさらなる性能向上についての可能性を示し,総括とした.
7.3 今後の課題
自動車トランスミッションの機械寿命(耐久性)と動力伝達効率向上の市場ニーズを満 たすために,使用する潤滑油添加剤の摩擦面での反応性を考慮し,摩擦面に形成される境 界潤滑膜を積極的に制御することで,金属疲労寿命や摩擦摩耗特性の向上を実現する潤滑 油が開発できた.
今後は境界潤滑膜の摩擦特性に対する作用をより明確にし,境界潤滑膜の性状と機械的 性質を示す指標が,境界潤滑領域での機械設計に役立つ指標となるよう発展させることが 今後の課題と考える.