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駒澤大学佛教学部論集 25 016片山 一良「伝統仏教の比丘戒律 : 序篇」

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(1)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty 駒 澤 大學佛 教學 部 論 集第25 號

 

平 成

6

10月

27

伝 統 仏 教

 

仏 教に お ける戒 律 研 究の

礎 資

と し て , 以下に 『 パ ー ィ モ ヅ カ 』

P

timokkha

, お よ び そ の 註 釈 『カ ン カ ー タ ラ ニ ー

κ纏 肋σ碗 α7

と くに 「

Nidana

につ い て,

訳に よ り紹

したい と思 う。

 

『パ ー ィ モ ッ カ』 とは , 『律

y

伽 αッα

如 肋

の 「経

別」 の 「

」 (sutta )を指して お り, 比丘 の 場 合は

227

戒を含む, 一 戒 本』 と 波 羅

叉』 と も呼ばれる根 本 戒 律 をい 。 これは , 伝

統仏

教の , すな わ ち原 始 仏 教 か ら

接の 流 れを汲むパ ー 仏 教の , な い し上 座 部 仏 教の 国々 に お い て, 現 在 も なお, 毎 月二 度の

薩 (

Uposatha

に サ ソ ガ で唱え られて い る 「戒

」で ある。 その

で は 生 きた , と りわ け 「誦 唱 」 (uddesa )に意 義がお かれた , 実 践の

として の

を もっ て い る。

 

戒 律 研 究に は , 二 つ の 大 きな流 れが

え られ て よい 。 一 は , 従 来 行なわれて い る

律の

研 究る。 これ は

諸 部 派

に 伝え られ る種々 の 戒

律文

献を 歴史 的 に 比 較

討し, そ の 原 形 と

遷を明らか に し よ うとする もの で あ り, すで に優 れ た 成 果が知られる とこ ろ で ある。 他の 一 , 一

け る

綿

とし た 伝

戒 律の

釈 研 究 , 仏

教実

践の

拠を 明 らか に しよ う と

るも の で あ る。 前 者はい わ ゆ る学問的に は

度な もの ,

や か な もの と な り うるが , 実 践的 に は意

を もた ぬ もの に な りやすい 。 これ に対 し て , 後 老は

践 的に は

な もの とな りう るが,

学 問的

に は

偏 狭

な もの , 色 あせ た もの にな りや すい 。 こ こ で は ,

者 の 流 れ に お い て戒

を見 よ うと す る もの で ある。 それ は, 仏 教を

と して学 ぶ趣

か らす れ ば,

者が 正

統的

で ある か らに ほ か な らない 匚拙 稿 「十 事 (

dasa

 vatthani に っ い て」 『パ ー

学 』

3

1990

参 照 ]。 以 下の 和 訳に おい て は , 次を

本 とする。

  

Be

, 

P

翩 初 o ん々肱 一

P

σ〃,

1977

(ビル マ [ミ ャ ン マ ー

集 版 ) 一

412

(2)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty (

28

         

伝統仏 教の比丘戒 律 一序 篇 一 (片 山)

   

Be

, κ 碗 肋   ”α7 岬

i

・・

4

ξ

α々α’

1977

(ビル マ

六 結 集 版 ) [略 号

Be

 

本 文に お け る補足説 明 (カ コ [ ] 説 明部 分 )は , 次の復 註に よ る。

   

B

・ , κ 齲 肋 副 吻   笹 ∠

4

δ配%α砌

σ,

1961

ビル マ

結集版 )

 

随 時,次を

考に し た 。

   

Re

, ・

K

盈 肋 σ扼 ’α7α瓶

1956

(P ン ドン

PTS

版 ) 匚略号

Re

   

Be

, κ伽 肋

4

〃”α7α

P

〃勉 抛 ≠」航 ,

1961

ビル マ

六 結 集 版 )

     

The

P

観 吻 o た肋 α

, 

tr.

 

by

 

Ven

. 

NA

ロamoli ,

1966

Maha

 

Makut

     

Academy

, 

Bangkok

 

なお , 本 文 中の 引用

献 とそ の 略 号は

PTS

版に 基づ い て示 して い る こ と,

 

文に おける註は こ こで は

を避 け るため最 小 限 (カ コ 〔*

部 分 )に とどめた  こ と を お り してお きた い 。

      

〈 目次

比丘

戒律

BHIKKHU

PATIMOKKHA

) [序 章 ] 比丘

戒律註

KANKHAVITARANI

章]

  1

.パ ー カ の種 類  

2

.誦唱の 種 類  

3

.僧 団の 種 類  

4

.布 薩 日の 種 類  

5

.布 薩 成 立の 条 件

  

i

 

布 薩 日

  

ii

 

境 界

= 結 界

   

iii

) 不共 犯    

iv

)  回 避

 

6

.布

の 内容  

7

.布 薩の 事前の 「作 務」 と 「義 務」

  

i

)  委

任 ・ 清 浄 な ど    

ii

) 比丘 尼へ の誦 唱  

8

. パ ー ィモ ッ カ の 誦 唱  

9

. 通 告  

10

,告 白 一

411

(3)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty 伝統仏教の比丘戒 律一序篇一 (片山) (

29

) 比丘戒 律 (

BHIKKHU

PATIMOKKHA

) [序 章 ] 〔序の 唱〕 尊者方よ, 僧団 は私 の 言 うこ とを聞い て くだ さい。

口 は

15

日の

布薩

で す。 もし僧 団に機が熟せ ぽ,

団は

i

ない , パ ー ィ モ ッ カ を唱え るべ き です。

 

何が

団の 事 前義 務で し ょ うか。   皆さん は , 清 浄を告 げて くだ さい 。

 

私はパ ー ィ モ ッ カを唱え ます。 (我々 )出席 者はすべ て , そ れ を よ く聞 ぎ 意に と どめ る こ とに し ます。 罪が ある者は , 告 白しな ければ な りま せ ん 。

が なけれ ば,

沈 黙

し て お くべ ぎで

。 沈 黙し て い る こ とに よっ て , 私は 皆さ ん が清 浄で ある と判 断 し ます。 ま た , そ れ ぞ れ 質 問され た者に は 返 答が あ る よ に , その よ うに こ の よ うな衆に お い て は , 三度 までが通

に な り ます。 し か し比丘 が, 三度 まで 通 告 されて い る とき, 存 在 する罪を思い 出し て い な が ら告 白しない 場 合, か れは 故 意の 妄 語の 者に な ります。

 

皆 さん, 故

妄 語

障害

の 法で ある, と

世 尊

に よっ て

かれ て い ます。 そ れ ゆ え, 思 い 出 し, 清 浄を 望 む , 犯 した 比 丘 は ,存 在 す る罪を告 白 しな け れぽ な り ませ ん。 な ぜ な ら, 告 白 が そ の 者に安 らぎと な る か らで す。       [皆さん, 序は唱 え られ ま し た 。

       

そ こ で ,皆さん に お 尋ね し ます。

        

こ の に つ い て 清

で し ょ うか。       再 び ま た , お尋ね し ます。        こ の に つ い て 清浄で し ょ うか 。       三 たび また, お尋ね します。

        

こ の

に つ い て

清浄

で し ょ うか 。

        

こ こ に お い て ,皆さん は

浄で

       

それゆ え, 沈 黙 して い るの で す。

        

こ の よ うに,

は こ の こ とを了

い た し ます ]

        [

序終

わ る

      ー

410

(4)

Komazawa University KomazawaUniversity

(30)

tXffthwt`DL[

.EE}llere-JiFee-

(H-LLI)

NIDANUDDESA

surpatu me

bhante

safigho. ajjhuposatho

parprparaso.

yadi

safighassa

pattakallark,

safigho uposatharb

kareyya,

patimokkharh

uddiseyya.

kirb

safighassa

pubbakiccath.

parisuddhim

ayasmanto

arocetha.

patimokkhath

uddisissarbi.

tarb

sabbeva santa sadhukarb sunoma,

manasikaroma.

yassa

siya

apatti,

so

avikareyya.

asantiya

apattiya

tuohibhavitabbarb.

tunhibhavena

kho

pan'

ayasmante

parisuddha

ti

vedissami.

yatha

kho

pana

paccekaputthassa

veyyakaranath

hoti,

evam evafu evarttpaya

parisaya

yavatatiyarb

anusavitafu

hoti.

yo

pana

bhikkhu

yavatatiyark

anusaviyamane saramano santirh

apattirb

navikareyya, sampajanamusavad' assa

hoti.

sampajanamusavado

kho

pan'

ayasmanto

antarayiko

dhammo

vut-to

bhagavata.

tasma

saramanena

bhikkhuna

apannena

visud-dhfipekkhena

santi

apatti

avikatabba.

avikata

hi

'ssa

phasu

hoti.

[udditthath

kho

ayasmanto

nidanath.

tatth'

ayasmante

pucchami.

kaccittha

parisuddha.

dutiyam

pi

pucchami.

kaccittha

parisuddha.

tatiyam

pi

pucchami.

kaccittha

parisuddha.

parisuddh'

etth'

ayasmanto.

tasma

tunhi.

evam etarb

dharayami]

[Nidanarh

ni#hitarh]

(5)

-Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Unlverslty 伝 統仏教の 比 丘戒 律一序 篇一 (片山 ) (

31

) 比 丘 戒 律 註 釈 (

KANKHAVITARANi

) [序 章 ]

       

厂きわ め て

れ た

の (= 戒 )」 (

pa

−ati −mokkha 洫

, ati −

pamokkha

痂, ati ・settha 血, ati −uttamalh )

とい う意 味で る。 以 上に よれ ば, こ の 語 義は 一 る が , 「戒 本 ( = 戒の 書 )」(s1la ・

gantha )

と区 別 す れ ば二 と な る。 すな わち,

   

「かれ は , パ ーテ ィ モ ヅ カ

護に よ り, 防

さ れ て 住 む」 (

patimokkhasa

   

血vara .sa 血 vuto  viharati

, 

D

1

63

) とか ,

   

「諸

法の, これ は初 め で あ り, こ れは入 口 で あ り, これ は最上 の もの であ

   

る。 そ れ ゆ え,

パ ー

ィ モ ッ カ と 言 わ れ る」 (

adim

 etam  r[iukham  etam

   

pamukham

 eta 血

kusa1

且na 血

dhammanarh

 

tena

 vuccati  

patimo

   

kkharh

, 

Vin

1

103

な どに お い て は, 「戒」(sila

が 「パ ーテ ィ モ ッ カ」 と言わ れる。

  

「か れに は , 両

パ ー が 詳 し く理

(記 憶 )されてい る」 (ubha ・

   

yani

 

kho

 

pan

’ assa  

patimokkh

巨ni vitth2rena   sv 訌

gat

巨ni 

honti

   

Vin

. 

IV

51

A

. 

IV

279

) な どに お い て は , 「本」

(gantha

) が 「パ ー t モ 」 と言 わ れ る。

  

その ち, 「戒」 とは , そ れを守 る (

pati

  = rakkhati

)者

処 な ど

か ら, ある い は , 自責の 念 などか ら解放 する

mokkheti = mocayati

の で , 「パ ー

patimokkha

る。 ま た, 「

」 とは , パ ー / モ ッ カ (戒 )を説 明 する もの であ る か ら, 『パ ー ィ モ ッ カ』 (

Patimokkha

)と言 わ れ る。 しか し, 始ま りに お い て [「 パ ー ィ モ ヅ カ を唱え る こ とがで

」 な どと

]述

られ語 義 , 両 者に 共 通 して い る。

 

その

[戒

と本 との パ ー ィ モ ッ カの

うち, こ の 註 釈 (varprpana )は, 戒の パ ー ィ モ ッ カ に も, 本の パ ー a ッ カ に も相応 する。 な ぜ な ら, 本が註 釈され た な らば, その 匸本の

意 味

も その ま ま

釈される か らで ある。

 

ま た , 本の パ ーテ ィ モ ヅ カ に は, 『比 丘 戒 本』 (

Bhikkhu

patimokkha

       

〔序の 註 釈]           

1

.パ ー テ ィ モ ッ カの種 類 パ ー 4 モ ッ カ

Re

. 

P

1

, 

Be

. 

P

84

 

その うち,

 

「パ ーテ n ッ カ」 (

patimokkha

) と は, 一

408

(6)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 University (

32

         

伝 統 仏教の比丘戒律 一序篇 一 (片山) 『比丘尼 戒 本』 (

Bhikkhuni

patimokkha

)の 二

る。

R

・ . 

P

2

  

者 方 よ, 僧 団は

の 言 うこ とを聞い て くだ さい 」

supatu  me  

bhante

   

sahgho  

Vin

1

102

な ど五種の 唱 区 分 (uddesa ・

pariccheda

に よ っ て決め られた もの が 『比丘戒 本』 で

る。

  

尼 方 よ,

団は 私の 言 うこ とを 聞い て く だ さ い 」 (supatu  me  ayye     sahgho , 

Vin

. 

II

272

) な ど四種の 誦 唱 区分に よ っ て 決め られた もの が 『比 丘尼 戒 本』 であ る。                

2

. 誦 唱の種 類 そ の 合 ,

   

(1

   

(2

    (3     (

4

    (

5)

『比 丘 戒 本』 に お け る 五 種の 誦 唱 とは , ニ ダー

序 )

誦 唱

Nidana

・uddesa ) , パ ー

波 羅

Parajika

u ° ), サ ン ガ ー ディ セ ーサ (僧 残

誦 唱

Sahghadisesa

−u ° ), ア ニ (不 定 ) 誦 唱 (

Aniyata

−u °) , ヴ ィ ッ タ ー ラ

詳細)

の 誦唱 (

Vitthara

・u ° ) で ある。 そ の うち , ま

 

1) 序

唱 とは ,

  

よ. 僧団は

の 言 うこ と を聞い て くだ さい 。 … …

  

なぜな ら,

白 が, そ の

と なる か らで す。

  

そ こ で ,

さん に お 尋 ね し ます。 こ の 点につ い て

清浄

で し ょ うか 。     再び また, お 尋ね し ます。 こ の 点につ い て 清 浄で し ょ うか。     三 た び ま た , お 尋ね し ます。 こ の 点に つ い て清 浄で しょ うか。     こ こ に お い て , 皆さん は 清 浄で す。 そ れ ゆえ, 沈 黙 し てい る の です。 この

   

よ うに , 私は こ の こ とを 了

い た し ます」

   

sunatu  me  

bhante

 sahgho ,

… …

avikata

 

hi

ssa  

phasu

 

hoti

   

tatth

ayasmante

 

pucchami

, 

kaccittha

 

parisuddha

    

dutiyam

 

pi

 

pucchami

 

kaccittha

 

parisuddha

    

tatiyam

 

pi

 

pucchami

, 

kaccittha

 

parisuddha

   

parisuddh

etth ’

ayasmanto

, 

tasma

 

tuphi

,  evam   eta 山

    

dharayami

 

ti)

と言っ て か ら,

(7)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Unlverslty

      

伝 統仏 教の比 丘戒 律 一序 篇 一 (片山)

      

(33 )

  

さん , 序は唱え られ ま した」 (uddittharh  

kho

 

ayasmanto

 nidanarb )

な どの

仕 方

で , 残 りが 「聞かれ ま し た 」(suta ) とい うこ とで

げ られ, 誦 唱 さ れ るもの で ある。

 

2

4

パ ー カ の 誦 唱な どの 区分につ い て は , 序 の最 初か ら始め て, パ ー ど が

た あ と ,用 さ れ

 

5)

ヴィ ッ タ ー ラ (誦 唱 )は ,詳 細その もの (全体の 誦 唱

る。 た だ し,

Be

. 

P

85

  

「残 りは ,

聞か れ ま し た 〉 とい うこ とで

げ る こ と がで きる」 (avasesa 血

  

sutena  savetabba 血 , 

Vin

1

112

と言わ れ てい る か ら, パ ー ラー ジ カ誦 唱な どの 際に 災

生し た な ら ば, そ れ

した

部分]

と ともに , 残 りを

聞かれま し た

とい うこ とで 聞かせ る (告 げ る) こ とがで き る。 しか し, ニ ダ ー わ ら な う ち , 〈 聞か れ ま し た

とい うこ とで

か せ る こ とは で きない お, 『比丘 尼

本 』に は ア ニ ヤ タ 誦 唱は欠 けて お り, その 他は述べ られた

法の 通 りで ある。 こ の よ うに ,本 註 釈 は , これ ら五 種 と 四 種 との 誦 唱 区分 に よっ て決め られ た二 種の 『戒 本』

つ ま り, 比丘 と比丘尼 の 戒 本 )につ い て の もの とな るで

ろ う。 ま た , こ こ で は , 『比 丘 戒 本 』が

初で あるか ら, まず その

釈の ため に , 次の こ と が 言われ る。

  

「〈わ が 言 を 聞 け〉 (su ロ

atu

 me な ど も ろ も ろ

  

語 句の

意味

attha と決 定 (vinicchaya

に つ ぎ

  

学を め る sikkhakama

silasampanna ) 比丘 らは ,

  

私の 言 を 聞 くが よい 」 と。 聞い て だ さい

 

こ の 場 合, 「聞い て くだ さい 」

sunatu ) とは,

くこ とを

じる言

で ある。 私の 言 うこ と を

 

の 言 うこ とを 」

me

とは , 聞か せ る者が 白分を説 明する言

る。

者 方 よ

 

者 方 よ」 (

bhante

) とは,

重 ・ 尊 敬の 言 葉で あ る 。      

3

.僧団 の種 類

団は

 

「僧団 は」 (sahgho とは, 個 人の 集 ま り

puggala

samUha

。 これ はい ず れ も, パ ー ィ モ ヅ カ を 唱え る者が最 初に

げね ば な ら ない 言葉で あ 一

406

(8)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Unlverslty (

34

)         伝統 仏教の 比 丘戒 律一序篇一 (片 山 ) る。 な ぜ な ら, 世

に よっ て , パ ーテ ィ モ ッ カ の 誦唱が 許可 され る際に , ラ ー ジ ャ ガ ハ で 言わ れ た

Vin

1

102

3

か らである 。 し たが っ て, パ ー ィ モ ッ カを 唱 える者が, もし僧 団の 長老 (sahghathera )で あるな らば, 「友 らよ」

avuso

) と告 げるべ 。 もし若い 者で あるな ら ば, 聖 典 (

Pali

)(

Vin

1

103

に述べ られた 仕 方で

者 方 よ」 と告 げるべ る。 また ,

  

「パ ー

ィ モ ッ カ は長 老に依 存 す る」(

theradhikalh

 

patimokkharb

, 

Vin

1

  

116

と言われて い るか ら, 僧 団の 長老 は パ ー ィ モ ッ カを 唱 え る こ とがで き, ま た ,

  

「比丘 た ち よ, パ ー ィ モ ッ カ は , そ こ [僧 団 ]に お い て, 聡 明で , 才

があ

    り

, 唱 える こ とがで きる比丘 に依 存 し うるこ とを認め ま す」 (anujanami

    

bhikkhave

 

yo

 

tattha

 

bhikkhu

 

vyatto

 

patibalo

 

tass

adheyyarh

  

patimokkha

由, 

Vin

1

116

と言わ れ て い るの で ,

も唱え て よい 。

 

僧 団 」 とい うこ の 語は , 一 般 的 は個 人の 集ま りを さすが , その 場 合 そ れ

は, 供 養されるぺ き僧 団 (

dakkhi

ロeyya −sahgha

と認 定 さ れ た

制 度 化 され た)

sammuti −sahgha の こ

。 その

ち , 「供

され るべ き僧 団 」は , 八 種の 聖 者の 集ま り (ariyapuggala ・samUha )をい う。 「認 定 された 僧 団」 とは,一 般 的な比丘 の ま りを い が , こ こで は , これが意 趣 さ れ て い る。

Re

. 

P

3

ま た, これ は , 儀

式 (

kamma

)に よ っ て, 四 人

, 五 人

, 十人

, 二 十 人

, 超二 十 人 衆 とい う五 種が ある。 そ の うち,

 

四人 衆に よっ て, 入 団 (upasampada ) ・自恣 (= 要 請

pavara

a

) ・ 復 帰

      

(abbhana )を除 くすべ

儀式

を行 うこ とがで

る。

 

五人衆に よっ て, 中 部の 諸地 方に お け る入 団 ・復 帰を 除 い て, 他の す べ て の 僧

      

団儀 式を行 うことが で きる。 [

B

°

p

86

 

十 人 衆に よ っ て , 復 帰の 儀 式の み を除 ぎ, すべ ての

式を行 うこ と がで き         る。  二 十 人 衆に よ っ て は , い か な る僧 団 儀 式 も行え ない もの が ない 。  超 二 人 衆同 様で あ る。 た だ , 超 二 十人 衆 とい うの は , 四 人衆な どに よっ て 行わ れ るぺ

, 定 数の 満た ない場 合は

え ない が , 定 数を超えて い る場 合 は行 うこ と がで きる とい こ とを示 すた め に , 言わ れた もの で ある。 なお , こ こ で は , 四人

以 下い ずれ も認 定 僧 団が

趣 されてい る。       −

405

(9)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Unlverslty

             

伝統 仏 教の 比 丘戒 律一 序 篇 一 (片 山)

         

(35 )      

4

布 薩 日 の 種 類 今日は布

です

  

「今日は

薩です」 (ajj’

uposatho

布薩

uposatha −

divasa

る, とい うこ とで ある。 これ に よっ て , 布 薩 日 で ない 臼を 退 けて い る。

15

日の

 

5

日の 」(

parp4araso

)とい こ とに よっ て,

薩 日を退 けて い る。 な ぜ な らぽ, 日 (

divasa

)に よ っ て,

14

日の 布

(catuddasika ),

15

日 の 布 薩

papParasika

), 和 合の 布

薩 (

samaggi −uposatha )とい う三 の 布 薩が あ るか ら

で あ る。

 

こ の よ うに , 三 の

薩が説かれて い るが , そ の うち, 冬 期 (

hemanta

)・

夏期

gimha

)・雨

期 (

vassana の 三 季節に おける ,

第 3

と第

7

の 半 月 (

pakkha

それ ぞ

2

回 , すな わ ち

D

6

回が 「

14

日の 布

」であ り, 残 り18回 は 「

15

日の

る。 こ の よ うに ,

1

年に

24

回 の 布 薩が ある。 まず, これ が普 通 の

行事 (

pakati

−caritta で ある。

   

「比 丘た ち よ,

月に

1

回,

14

日あるい は

15

日に , パ ー ィ モ ッ カ を 唱 える

    

こ とを許 可 し ます」 (anujanami  

bhikkhave

 sakifU  

pakkhassa

 catud −

  

dase

 va  

pa

arase  va  

patimokkhalh

 uddisiturh

, 

Vin

1

104

とい う言 葉か ら, ま た ,

   

比 丘)は, 常 住

比丘 )に

わ な け れ ば な ら な い 」 (

agantukehi

    avasikana

山 anuvattitabbarh , 

Vin

1

132

な どとい う言 葉か ら, それに相 応 し い 理 由があ れば, 他の

14

日に 布

な っ て よい 。 ま た, (

1

)前雨

purima

−vassa )

ア ーサ ー リ月 黒 分 (

7

月後 半 )か ら ア サ ユ ジ 月 白分

10月 前半 ) ま

で の

3

を終えた 者たちに は

カ ッ テ ィ カ 月

ッ サ ユ ジ ャ 月;

10

満 月 日 (

pubbakattika

pupmama

が , あ るい は,   もし も諍 論 者に妨

された者 が

恣 ( = 要 請 )を

き延 ぽ す 場 合 , か れ らに は前 カ ッ テ ィ カ月の

分 半 月の

14

日 日か , 後 カ ッ テ ィ ヵ 月 [= カ ッ テ ィ カ 月=

11

月 ] の 満 月の 日 (

pacchimakattika

pupPama

が , また , (3)

後 雨 安

居 (

pacchilna

・vassa )[サ ー ヴァ ナ 月黒 分 (

8

月 後 半 )か らカ ッ テ ィ カ 刀 白

11

月 前 半 ) ま で の

3

ヵ月 ]を終えた者た ち に は後 カ ッ テ ィ ヵ 月の 満刀の 日が , とい よ うに , これ ら三 が 自恣の 日 (

pavara

a

divasa

ある。 これ もま た, 普 通の 行

で ある。 なお , そ れに

応 しい 理 由が あ れ ば, 二 の カ ッ テ ィ ヵ 月 一

404

(10)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Unlverslty

36

          伝 統 仏教の 比丘戒律一序 篇 一 (片山 )

14

日に も , 自恣 を行な っ て よい 。

 

ま た, 『コ ーサ ソ バ カ 章』 (

Kosambaka

khandha

 

Vin

. 

L

 

337

. 

f

に 述べ ら れ た 仕 方に よっ て , 分 裂 し た 僧 団に その [罪を挙 げ ら れた

比 丘 が

復 権

し た と き, 僧 団が その

事件

め る ため に ,

団の 和

な う場 合,

  

「た だ ちに

布薩

を行ない , パ ー ィ モ ッ カを唱 える こ と がで きる」(

tavadeva

  

uposatho  

katabbo

, 

patimokkhalh

 uddisitabba 函, 

Vin

1

357

と言わ れて い るか ら,

14

日,

15

日を除

他の 日は, い ず れ も 「和 合

薩 の 日」

(s議maggi 。uposatha −

divasa

) と呼ばれ る。

 

なお,

安居 (

purima

・vassa

を出た 者た ちに は , カ ッ テ ィ ヵ月の 間 [

カ ッ テ ィ ヵ 月の 黒 分

日以

の カ ッ テ ィ カ満 月の 日(aparakattika −

pu

pama

) まで の

29

日間 ]は, そ れ こそ [どの 日も], 和 合 自恣の 日 (samaggi ・

pavara

a

divasa

ぼれ る。 この よ うに, これ ら三 の 日の うち, 「

15

日 」 とい うこ とに よっ て, 他の

薩 日を退 けるの で ある。 そ れゆ え, [

Re

, 

p

4

日は

薩で す」 とい 言葉に よっ て

Be

. 

p

87

退 け られ た 布 薩で ない 日 に, け っ し て布 薩を行 なっ ては な ら ない 。 こ の 他の

布薩

日に ,

薩は行なわ れ るべ きで ある。 行なお う とする場 合, もし

14

日布 薩 (catuddasika

で ある な らば , 「今 日は

14

日布

で す」 と言わ ね ぽな らない 。 もし

15

日布 薩 (

papoarasika

)で あるな ら ば, 「今日 は

15

日布

です」 と言わ ねば なら ない 。 もし和 合

布薩

(samaggi )で あ る な ら ば , 「

日 は 和 合 布 薩で す」 と言わ ね ば な ら ない 。

                      

5

.布 薩の条 件 もし

団に せ ば

 

「もし僧 団に 機が

せば 」 (

yadi

 safighassa  

pattakallarb

, こ の 場 合, こ の 儀 式 (

kamma

に 時が適 して い る とい うこ とで , 適 時に (

pattakala

血), 適 時 に の み(

pattakalam

 eva

せ ば

pattakallalh

), とい うこ とで あ る。 そ れ は,

たち が

べ て い る よ うに , こ こ で, 四種の

条件

とし て ま とめ られる。

  

布 薩日, 比丘 らが儀

する ,

       

uposatho  

yavatika

 ca 

bhikkhU

 

kammappatta

   ま た 共 犯 も 見 られ な い ,

       

sabhagapattiyo  ca na  vijjanti

  

けられる人 もそ こ にい い ,

                 

vajjaniya  ca 

pug9ala

 

tasmim

 na  

honti

(11)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Unlverslty 伝統仏 教 の比 丘戒 律一序篇一 (片山 )

 

これ が 「

機熱

」と

, と。

              

‘‘

pattakallan

ti

 vuccati

VinA

. 

V

1063

i

) 布 薩日 その ち ,

〈布 薩

〉 (

uposatha

とは, (

37

) 三 の

布薩

日の うち の い

れ かの

布薩

日 である。 なぜ な ら, そ の 日 で

れ ば, 僧 団 の こ の

は 機が熟す る もの と な る か らである。 その 日 で な け れば,    「比丘 た ち よ, 布 薩 日で ない 日に 布 薩を行な っ て は な らない 。 行な えば , ド

  

ゥ ッ カ タ

とな る」(na  ca 

bhikkhave

 anuposathe  uposatho  

katabbo

. *

   

yo

 

kareyya

, 

apatti

 

dukkatassa

. *

Vin

1

136

) と, 言われ た 通 りで

る。

 

ii

 

境 界=

結 界

 

〈 比丘 らが

式に

す る〉 (

yAvatika

 ca 

bhikkhu

 

kammapPatta

) と は

そ の

に相 応 し い

patta

, 

yutta

,  anurttpa

最少

四 人の 潔 白な

pa

katatta

) 比丘 が , ハ ヅ タ パ ー * を

れず , 一

, とい うこ と で ある。 [・

hatthapasa

.約

1.

2m

, あるい は 約

6m

の 距 離, との 説 あ り]。

 

こ こ に い う 「境

sima

とは , 「

ばれた

境界

」(

baddha

−sima )と 「結ば れない

」 (abaddha ・sima

の 二

で ある。 そ の うち, 十

不 成 境 界 立

vi−

patti

・sima を克服 し , 三 種の 成 立 相 応 (

tividha

−sampattiyutta ) の , 標 識

nimitta

標 識

んで 定め られ た

界 が, 「

ばれ た

境 界

」 と呼ば れ る。

   

過 小な もの

atikhuddaka

   

過 大な もの

atimahati ),

  

標 識

け た もの

kha

da

,nimitta

   

影を

識 とした もの

chaya −nimitta

   

標 識の ない もの animitta ),

    境 界外

に い て 定め られ た もの

bahisime

 

thita

 sammata

    川

で 定め られた もの

nadiya  sammata

   

海の 中で 定め ら れた もの (samudde  sammata

   

自然 湖の で定め られた もの (

jatassare

 sammata

   

境 界 と

界を結ん で 定め られた もの

simaya   simalh   sambhindantena

      sammata

   

境 界の

界 を 含め て 定め られた

simaya   simarb   ajjhottharan 一

(12)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty (

38

         

伝 統 仏 教の 比 丘 戒律一序 篇一 (片 山)

    

tena

 sammata , 以上 こ らは ,

   

一 の 理 由に よ つ

界か らもろ もろの 儀 式が欠

する 」(ekadaSahi

   

akarehi

 simato  

kammani

 vipajjanti

, 

Vin

. 

V

221

とい う言 葉か ら, 十 一 不 成 立境 界 と 呼 ぼ 。 その うち,

  

な もの 」 とは , そ こ に 二 十 一 比丘 が 坐 るこ との で ない もの で     る。

 

「過 大な もの 」 とは , それが三 ヨ ー ジャ ナ * を

の 毛 先で も超えて 定め られた

  

もの で

る。

yojana

.一 ヨ ージ ャ ナ は , 約

12kln

コ。

 

「標 識が欠けた もの 」 とは , 標 識が連 結されて い ない もの と 言 わ れ る。 標 識

  

を , 東 の 方 角に

げた

kittetva

), 順に , 南, 西, 北の 方

げ, 再

  

び東の

に ,

Re

. 

p

. 

5

]先

告 げ

られた もの に対 し, 告 げて お くと よい 。

  

こ の よ うにす れば, 標 識 の 欠 け ない もの と な る。 しか し, 順 に

い て来 て,

 

北の方 角に標 識を告 げた後, そ の ま まに して お くな らば, 標 識の 欠 けた もの

  

となる。 他に また,

識が欠 けた もの とし て,

識に

相応

ない 樹

の み

 

堅 い 木 (

tacasara

・rukkha )匚ター ラ , ヤ シな ど

とか , 切 り

khapuka

),

 

塵の山 (

parhsu

pufija

), 砂 の 山

valuka −

pufija

の い ずれ かを , そ の

 

応 しい

標識

] 間

に 一つ の

と して , 定め られた もの が

る。

 

「影を標 識と し た もの とは, 山の 影 な どの い ずれ かの 影 を標 識 と して定め ら   れ た もの で あ る。

 

標 識

の ない もの 」 とは , い か な る

識 も

告 げず

に定め られた もの である。

 

に い て め られ た もの 」 とは , もろ も ろの 標 識を

げた後, 標 識の 外

 

に い る

に よ っ て

儀 式 文が唱 え られ コ

め られた もの で ある。

 

「川の で 定め られた もの

で 定め られた もの

自然湖

で 定め

 

られた もの 」 とは, これ ら川 な どに お い て 定め られ た もの で ある。 なぜな ら

 

ば, そ れは, そ の よ うに して [儀 式 文に よっ てコ

め られて も,

    

「比 丘 た ち よ, どの よ うな川 も境 界に は な ら ない 。 どの よ うな海も境 界に

   

は な らな い 。 どの よ うな 自然 湖 も境 界に は な ら な い 」 (sabba  

bhik

   

khave

  nadi   asima

,  sabbo   samuddo   asimo ,  sabbo  

jatassaro

    

aslmo , 

Vin

1

111

 

とい う言

か ら, 定め られ ない もの で し か ない か らで ある。 一

401

(13)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty

                 

伝 統 仏 教の比丘戒 律一序 篇一 (片山)

         

39

 

界 と

界 を

ん で 定め られた もの 」 とは ,

自分

界 と他の

界をつ な ぎ

   

合わせ て 定め られ た もの で ある。 もし も, 古い寺 (vihara )の 東 方で , マ ソ

   

ゴ ー ン プの 二 が互い に交 差し, その うち, マ ン ゴ ー 西

方部分

   

に ジ ソ ブが あ り, また

の 境

は ジ ャ ソ ブを

に して マ ソ ゴ ー を

げ, 結

   

ば れ てい る場 合,

に , その

方に

しい

)寺

が建て ら れ る際,

   

ぶ 比丘 らが , そ の マ ン ゴ ー を 内に し て ジ ン プ を

げ ,

ぶ なら ぽ, 境

   

界 と境

をつ な ぎ合わ せた もの と な る。

 

「境

を含め て 定め られ た もの とは , 自分の

界の 中に他の 者の

   境 界

め て 定め られた もの で

る。 もし も, 他の 者の

ばれた

界を, そ

   

全 体で あれ, 部 分で あれ , 内に し て境 界を結ぶ な らぽ,

界の 中に境 界を

   含

む もの と呼ぼれ る。 以上 , これ ら十 一

克服 す れ , 定 め られ た もの (sammata )と な る。 「三 種の 立 相応」 とは , (

1)

標 識の成立 相応,  

の 成立

応, (3)

式 文の 成立 相 応で ある。 そ の うち,

1

) 標 識の 立 相 応 (nimitta −sampatti ・

yutta

とは,

   

山の

標識 (

pabbata

−nimitta

標 識 (

pasapa

n °

標 識(

vana −n

°

   

の 標 識 (rukkha −n °),

の 標 識 (magga −n つ, 蟻 塚 の標 識 (vammika −

   

n° ), 川 の 標 識 (nadi −n ° ), 水 の 標 識 (udaka ・n ° ), こ の よ うに述べ られた

   

標識

の うち, そ れぞれ の

方 角

に おい て ,

Be

. 

P

89

]得

られた通 りの ,

   標 識

相 応 しい も ろ も ろ の 標 識を ,

   

「東の 方 角は , 何が標 識に な りますか 」 「山で す,

師 よ」 「こ の

11

亅が

標 識

   

」 な ど仕 方で 正 し く告 げて , 定め られ た もの で ある。 その 場

, 次の

   

通 り,

略に 標 識に 相応 しい もの が知 られ ね ば な ら ない 。

   

「山」 とは, 土 ばか りの もの ,

ぼか りの もの , 両者の 混 じっ た もの , とい

     

う三

る。 い

れ も,

の 大

上 の もの は

標 識

に 相 応 しい が , そ      れ 以 下の の は適 切で ない 。

   

「岩の 標 識 に お い て は , 鉄の 塊 (ayo −

gula

)で あっ て も岩 と呼ぽ れ る。 そ

     

れ ゆえ, どの よ うな 岩で も, 最 大が

の 大 きさ よ り小さい もの に始 ま り,

     

Re

. 

P

6

最 小

十二 ・{ラ の

砂 糖

gula

pipda

さ迄

     

は, 標 識に 相 応 しい 。 そ れ よ り小さい もの は

切で な い 。 し か し 岩

400

(14)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty (

40

)           伝 統仏教の比丘 律一序篇一 (片山)

   

pitthi

pasapa

)の 場 合は, 大 き過 ぎて もか まわ ない 。

  

標 識」

に お い て は,

マ ン ゴ ー , ジ ャ ン プ, パ ナ サ      な どコが , あ るい は 内に核の ある樹 木の 混 じっ た樹 木が, 四 , 五 本だけで

    

あっ て も, 林の 標 識 と して 相 応 しい もの で あ る。 そ れ よ り少ない もの は

      切で い 。

  

樹 木 は , 生 きてい る もの の み で あり, 内に核の ある, 地 上 に立 っ て い る

    

もの である。 た とえ 高さ が八 指ほ どで あっ て も, 周 囲が鉄

柄 (

sUci ・

    

dapda

)ほ どで て も, 標 識に 相応 しい もの で ある。 そ れ 以 下の もの は       適 切で ない。     「道」 は, 人 道で あれ, 車 道であ れ, 二 , 三 の村の 田畑を突 き抜 けて通 じて

   

い る, その よ うな

歩 の 隊 商 (

jahgha

・sattha ), 車 の 隊 商 (sakata −      sattha )に 利用 さ れる もの の み ,標 識に 相 応 しい もの で ある。 利 用され な      い もの は , 適切 で ない 。

  

蟻塚」

は,

低 限

と して, その 日に

じ,

さが八

で ,

ほ どの

    

塚 で あ っ て も,

識に 相 応 しい もの で ある。そ れ 以下の もの は

切 で ない 。

  

「川 」 に つ い て は ,

ばれ ない 境

の 相に お い て述べ る こ とに したい 。 その

    標識

相応

しい

適切

で ない 。     「水」 は, 流れ て い な い 井 戸, 蓮 池, 沼, 自然 湖, 入江, 海 な どにある水を

    

初め とし て, た とえ そ の 時だ け, 地 に 掘 られ た穴に ,

で運び, 満た され      た もの で あっ て も, 儀 式 文が終わ る まで残 っ てい れば , 標 識に 相 応 しい も      の で ある。 その 他の 流 れて い る もの , あるい は述べ られた制 限 時 間に残っ

    

てい ない もの , 容器に 入 っ て い る もの は ,

切で ない 。

2

衆の成 立 相 応 (

parisa

−sampatti ・

yutta

    最 小 限四 人の 比丘 が, 集ま り, そ の 村の 地 で 結ば れ た境 界に , あ るい は 川 や

  

海,

然 湖に入 らずに い る限 りの 比丘 全 員を , ハ ヅ タ パ ーサ に するか ,

委任

    を 運ん で来て, 定めた もの で ある。

3

) 儀 式 文の 立 相 応 (

kammavaca

−sampatti −

yutta

Be

. 

p

90

    

者 方 よ, 僧 団は , 私の 言 うこ と を 聞い て くだ さい 。 周 囲 の 標 識 は , で

    

る限 り

告 げ

られ ま し た 」 (surpatu   me  

bhante

  sahgho

, 

yavata

      

samanta  nimitta  

kittita

 

Vin

1

108

  

などの

仕方

られ

清浄

な 白二 の

儀式 文(

fiattidutiya

kammav2ca

(15)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Unlverslty       伝 統仏 教の比丘戒 律 一 序 篇一 (片山)          (

41

  

に よっ て定め られた もの で ある。

 

こ の よ うに , 十 一 成 立 境 界克 服 , 三種の 成立 相 応の ,

識 と標 識を 結 んで られた境 界が, 「結 ばれた境

界」

で ある と

られ ね ば な ら ない 。 それ

に の み , 「部 分

界」 (

kha

qa

−sima ), 「同 一共 住 境

」(samanasa 由vasa ・

sima , 「不 離 衣 境 界」 (avippavasa ・sima ) とい う区 分 が ある。

 

つ ぎに , 「

ばれない

界」 は,

1

村 落 境

gama

−sima

2)

七 ア ッ

パ ソ タ ラ

sattabbhantara ・sima

3

散 水

界 (udakukkhepa

sima

3

ある。 その うち ,

1

) 一 つ の

の 地 (

gama

khetta

)が ある な らば, こ れは 村 落 境 界 と呼ばれ る。

 

 

で ない

に おけ る, 周 囲七 ア ッ バ ン タ ラ に わ た る もの は, 七 ア ッ バ ン タ ラ

  

と呼 ばれ る。 そ の 場合,

  

で な い

森」

agamakarb  arafifiarb ) とは ン ジ ャ の 森 (

Vifijha

    

atavi

な どに お い て , あるい は 海の 真 中の

師 も

け ない航

に あ る諸       島に お い て , 得 ら れ る。

  

「周 囲七 ア ッ パ ン タ ラ にわ た るもの 」 (samanta  sattabbhantara )とは ,

   

中に い る者に とっ て

Re

. 

p

7

あ らゆ る方

に 七 ア ッ バ ン タ ラとい う

    

こ とで り, 直 径 (vinibbedha )で は十 四 ア ッ バ ソ タ ラ に な る。 そこ に い

    

う, 一 ッ バ ン タ ラ とは , 二 十八 肘

hattha

の 長 さで

る。 た だ し, こ

    

境 界

に よっ て 拡 大 す るか ら,

の 周 辺 か ら周囲に ア ッ バ ン タ ラ の 制

    

限が設 け られねぽな らない 。 ま た, もし二 つ の

団が別々 に布 薩 を 行 な う

    

な らば, 二 つ の 七ア ッ パ ン タ ラの 間に 別の 一つ の 七ア ッ バ ソ タ ラを,

[境

    

接 近の た め に置か なけれ ば な ら ない

3

 

に ,

    

「比丘 た ち よ, どの よ うな川 も境 界に は な ら な い 」 (sabba  

bhikkhave

     

nadi  asima , 

Vin

1

111

  

な どの 仕 方に よっ て 川な どが

界に なるこ とを退 けて か ら, さ らに       「比丘 た ち よ, 川 に お い て , ある い は 海に お い て, あるい は 自然 湖に お い

     

て , 平均

性 が周 囲 に 散水 した とこ ろ, これ が そ の 場 合の 同

共 住

     

の とこ ろ, 同

nadiya  va  

bhikkhave

 samudde

    

va  

jatassare

 va  

yarb

 majjhimassa  

purisassa

 samanta  udakuk ・

     

khepa

, ayalh  

tattha

 samanasarbvasa  ekUposatha , 

Vin

1

111

(16)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty (

42

        

伝 統仏教の比 丘戒律 一序 篇 一 (片山)

   

と言わ れた もの , これ は 散 水境界 と呼 ば れ る。

  

その に 適っ た王た ちの

時代

に,

月毎に, 十 日毎に , 五 日

に, 間

  

違い な く雨が

りな が ら,

れただけで , その 流 れが断たれて しま う

  

の は , 川 とは呼ぼれ な い 。 し か し, こ の よ うな雨が よ く

る とき, 雨

の 四

   

月 間, その 流 れが断たれ ない もの , そ こ の

し 場 か らで

れ ,

し場で な

  

い とこ ろ か らで れ , 戒 律 箇 条 (sikkhakaraniya )に述べ られた

1ak

   

kha

ロa, 

VinJV

230

に よっ て, 三 点 (

tima

η

dala

)を覆い , 内衣を持ち上

   

に ,

っ て い る比丘 尼の

衣 が一 , 二

で も濡 れ る もの , これは , 海に    流れ込 も う と, 源流 か ら, 「川」 と呼ば れ る。 「海」 に つ い て は , ま っ た く    明らか で ある。 ま た , 誰か が掘 っ て作っ た もの で は な い 自然に で きた窪みに

  

周 囲か ら来た

Be

. 

P

91

]水ちて い る もの ’ 川に つ い て

通 り

   期

に 水がそこ に た ま っ て い るもの , これ は 「

然 湖」 と呼ばれる。 なお , 川

   

を破 壊して

れ 出る水 で られ た

み も, こ の 規 定を満たすか ら, もち

   

ろ ん

自然 湖

る。

   

平均 的

男性

が周 囲に

水した とこ ろ」 とは, 平

的 な 力の

性が周

   

囲に散 水 し て制 限された 場 所で あ り, そ こ で は, ち ょ う どサ イ コ ロ

賭事

師が

   木

球 を 投 げる よ うに , 平 均 的な

性が 水,

るい は砂を手に し て 全

で撒か

   

ね ぽ な ら ない 。 こ の よ うに して 撒か れ た水, あるい は 砂が落ち る とこ ろ , こ   れ が 「散 水 し た とこ ろ」 と呼ばれ る。

  

「こがその 場 合同 等 共 住の とこ ろ, 同 一

」 とは , そ

   

川 な どに お い て 散 水に よ り制 限された

界は ,

共 住

る とこ ろで

   り, 一 布 薩 ろ で もあ , とい うこ とで ある。 し か し, これは

  

そ の な どの

で の み 可

な こ とで , 外で は不 可能で ある。 そ れ ゆ え,

 

川 や 自然 湖に おい て は 普通 の 雨 期四 ケ 月 間に水が

うま で の 地 域, 海に お い

  

て は普 通 の が覆い

る地 域, そ こ か ら内が, 相

の 地

kappiya

bhUmi

 

で ある。 そ こ に とどまれ ぽ,

布 薩

な どの

儀式

を行な うこ とが で

る。

Re

  p

8

コ 雨 とか ,

とか, 川 や

自然

湖が干上 が っ た時に も, そこ の   みが相応の 地 で る。 し か し, 干 上 が っ た 自然湖に , もし池 を 掘 っ た り, 種

 

きを す るな らば, その 場

は村の 地 (

gama

khetta

となる。 ま た, これ

 

応の 地 であ る, と言われる とこ ろの

境 界

に は な ら

の みが

 

な る。 そ れ ゆ え, そ れ らの 内で, 衆の 周 辺か ら周 囲に 散水 の 制限 が な され な 一

397

(17)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty

       

伝 統 仏 教の 丘戒 律 一序篇 一 (片 山)

         

(43 )

  

け れば な ら ない 。 なお, もし二 つ の 僧 団が別 ・≒に

薩な どの

式を行な うな

  

らぽ, 二 つ の 散水の 問 に 別の 一 散 水接 近 た め に

な けれ ば な

  

な い 。 なぜな ら こ の 七 ア ッ バ ン タ ラ

界 と散 水 境 界 とは, 比丘 た ちの と どま

  

っ て い る場 所か らは じめ て 可

と な る もの であ り, 制 限 域 内でバ ッ タ パ ー

  

を放 棄し て と どまっ てい る者 も, 制 限域外で 別 の そ れ だ け の 制 限 域 を越え

  

に とどま っ てい る者 も,

儀 式

を乱 す こ とに な る か らで

る。 これは, すべ て

  

に お ける

論で ある。

 

以上の よ うに , こ の 「

ぽれ た

界」 と 「結ばれない 境 界」 の 二 種の 境

し て , 「かれ らはバ ッ タ パ ーサ を放 棄せず, 一

」 と 言われた の で る。 な ぜ な ら, その 四人の 比丘 が 一 つ の

界 内で バ ッ タパ ーサ を 放 棄せ

, と ど まっ て い る時に の み ,[

Be

. 

p

92

]「僧 団の こ の

薩 儀 式は ,

が 熟 す る もの と な る か ら」で ある。 他の 場 合に は , その よ うに な らない 。 それ は ,

   

丘 たち よ, 四 人で パ ー カ を 唱え こ とを 許可 します」 (an ・

    

ujanami  

bhikkhave

 catunna 血

patimokkharb

 uddisiturii  

Vin

    

1

124

と, 説かれた 通 りで ある。  

iii

) 不 共 犯

 

く また 共 犯 も見 られない 〉 (sabhagapattiyo  ca na  vijjanti ) こ の 場 合

全 員 が 非 事

食 (

vikalabhojana

どの

に よっ て

罪を犯 す, その よ うな事の 共 通が 「共」(sabh2ga )と言 わ れ る。 しか し, 非 時

に よっ て犯 し た 罪の 通部 分を, 非 残

食 (

anatiritta −

bhojana

)に よ っ て 犯し た 者の も とで , 懺

す る

deseti

の は よい 。 また , 共 犯がある な ら ば, その 比丘 らは ,

   

「友よ, 行 き な さい 。 そ の 罪を 処 して (

patikaritva

) 帰っ て きな さい 。         我々 は あなた の とで , 罪を処 すこ とに し ます」 とい っ て , 一 丘 を , 周 辺 の 住

居 (

avasa

ちに遣わ さな ければ な らな い 。 こ の よ うに , も し そ れがで きる な ら ぽ, それ は よい こ とで ある。 も しで きな い な らば,

明で 有

な 比 丘 が,

団に

げな け れ ばな ら ない 。

   

尊 者方

は私 の 言 うこ とを聞い て くだ い 。 こ の

団の 全

は ,

    

共通 の

を犯 し て い ます。 他の

清浄

無 罪

の 比 丘 を見つ け た時に , その         者の とで その を処 す こ とに します」 と。 こ の よ うに 言 っ て,

薩 が 行な わ れ るべ きで ある。 しか し,

い が生 じた な 一

396

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