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博 士 ( 農 学 ) 矢 部 恒 晶

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Academic year: 2021

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博 士 ( 農 学 ) 矢 部 恒 晶

学 位 論 文 題 名

野 生 動 物 の 生 息 地 管 理 に 関 す る 基 礎 的 研 究

一 知 床半 島 に おけ る エ ゾシ カ の生 息 地 利用 形 態と 植 生 変化 一

学 位 論 文 内 容 の 要旨

  森林環境 の保全と資 源の持続 可能な利 用は今日きわめて重要な課題であり、資 源の再生 産とともに 生物群集 の多様性 や流域の保全などを含む包括的視点から森 林管理を 行うことが 急務とな っている 。このような中で野生生物管理を森林管理 の中に位 置づけるこ とは、対 象個体群 の維持のみならず生息環境の維持・形成を 通じて、 多様な森林 生態系の 保全およ び森林の諸機能の調整に寄与すると考えら れる。特 に大型動物 を「代表 」として 生息域の保全を考慮することは、行動圏が 比較的大きいため生息域内部の生物群集の保全対策上の効果が大きな場合があり、

さらに人 間による森 林利用行 為と類似 したスケールオーダーで森林管理目標に関 する判断材料を提 出することにもなるため、より総合的な管理方式の構築の端緒 となり得 ると考えら れる。し かし現状 では、その基礎となる大型野生動物の生息 地利用に関する情報や研究の蓄積は少ない。

  本研究で は代表的な 大型草食 獣である エゾシカ(ニホンジカの北海道亜種)を とりあげ、シカによる生息環境の基本的な利用様式と地域個体群の現況を把握し、

生息地管 理の方向性 を考察す ることを 目的とした。そのためシカの行動に対する 直接の人 為的影響が 小さく多 様な植生 が分布する、知床国立公園岩尾別川流域を 調査地域とした。またシカの年周期行動と植物および積雪等との関連をみるため、

季節を春 期・夏期・ 秋期・積 雪期に区 分し調査した。得られた結果は次のように 要約される。

1.食性分 析の結果、 当地域の シカは積 雪期を中 心にクマ イザサな どのグラミノ イドに大 きく依存し ているこ とが認め られ、冬期の餌としてクマイザサの重要性 が推察された。

2.季 節的 な 個 体分 布 の特 性を把握す るため、 踏査路上 の痕跡の 記録およ び固定 プロット における糞 塊カウン トにより 、標高帯別の痕跡頻度指標を求めた。また 調査地域 で捕獲した メス5個体 ・オス6個 体(いずれも性成熟個体)に電波発信器 を装着し 、1989年から1993年 にかけて テレメトリ一法による追跡を行った。その 結果、積 雪期の痕跡 分布は400m以 下の標高 帯に限られ、夏期でも高山植生を含む 標高400−1500mの区域より低い標高帯で痕跡頻度が高かった。また全ての電波追跡 個体は季 節を通じて 標高400m以下 の区域で 行動し、本州で報告されている季節的 な高度移 動は行わな かった。 これらの ことから低標高域が個体分布または利用頻 度の中心 であると判 断され、 当地域で は隠れ場としての植被および良質な餌を供

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給する針広混交林や二次植生が隣接またtま混合して低標高域に分布していること や、 冬期 には 積雪 深が標高に対応して増加しシカが行動制限を受けることから、

この よう な低 標高 域の森林環境が生存可能な条件を提供する機能を持っと考えら れた。

3. 電波追 跡し たメ ス個 体の 季節 的行 動域 は互 いに重複する部分が大きく、越冬 域は 毎年 同じ 区域 (岩尾別川下流部の斜面や山間地の林内)が利用された。春期 から 秋期 にか けて メスは越冬域に隣接する区域に行動域を拡大したが、地理的に 離れ た場 所へ の移 動は行わなかった。これに対しオス個体の季節的行動域は散在 する 傾向 があ り、 メスと同様に定着的なもの、定着的であるが行動域がメスの場 合よ り大 きな もの 、さらには岩尾別川流域と約llkm離れた区域との間で季節的移 動(migration)を行ったものがあった。しかし秋期にはオスに共通して前年度と同 じ区 域に 帰還 する 傾向があり、これは交尾活動を反映したものであると考えられ た。オスの1個体は年度間で異なる流域で越冬した。また同じ岩尾別川流域で越冬 した雌雄の間では、越冬域のずれ(sexual segregation)が生じていることが推察 された。

4. 追跡個 体の 行動 域内の植生・林縁環境の有無・地形・標高帯の4つの環境要因 をと りあ げ、 季節 ごとの選択性について検討した。その結果、春期から秋期にか けて は、 植生 では 草原や二次林(針葉樹・広葉樹を含む)、また林縁部、地形で は平坦地、標高帯では100−200mを多く利用する個体の割合が高かった。積雪期に は、 植生 では 二次 林が多く利用され、林縁環境の有無については選択性がみられ ず、地形では積雪が少ない南または西向き斜面、標高帯では0ー100mが多く利用さ れた。

5.上 記の 環境 要因 がシ カの 利用 頻度分 布に 及ぼ す影 響の 程度 を考 察す るた め、

追跡 個体 の利 用頻 度分 布を 目的 変数、 各環 境要 因を説明変数として数量化I類に よる 分析 を行 った 。その結果、春期から秋期にかけては主に植生が利用頻度と関 連し 、積 雪期 には 主に地形が積雪と餌の利用可能度を通じて利用頻度と関連して いるものと考えられた。

6. 1980年 から1992年ま での スポ ット ライ トセ ンサスの結果から、調査地域の個 体群 は近 年高 密度 化が進行中であると判断されたが、洞爺湖中島で報告されたよ う な 個 体 群 崩 壊 が 起 き る レ ペ ル に は ま だ 達 し て い な い と 考 え ら れ た 。 7.越 冬域 内で はシ カが 採食 や休 息のた め滞 在す る場 所や それ らを 結ぷ 通路 が存 在し た。 シカ の利 用頻度が高い越冬域の中心部と、利用頻度が相対的に低い周縁 部、 およ び越 冬域 外でプロットを設定し、1989年から1992年にかけてクマイザサ と樹 皮の 被食 率を 求めた。その結果、越冬域の中心部では周縁部より被食率が高 く、 クマ イザ サが 雪から露出する場所で採食圧による稈高の低下が認められた。

また 広葉 樹を 中心 として採食可能な樹皮の現存量や小径木の本数が減少し、特に 選好 され る樹 種で は大径木への剥皮も増加した。さらに稚幼樹の成長が採食圧に より 阻害 され てい た。このような場所では個体群の高密度化の過程で個体群自体 への直接的影響が現れる時期よりも早い時期に植生の変化が起きると考えられた。

8.知 床半 島基 部に おけ るハ ンタ ーの情 報お よび 阿寒 地区 での テレ メト リー 調査 報告 によ れば 、内 陸部では季節的移動を行う個体の割合が比較的高いが、調査地 域( 知床 半島 中部 )では内陸部に比べて定着的な個体の割合が高いことが推定さ れた 。こ れは 知床 半島の低標高域ではより狭い区域に生息に必要な資源がまとま

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って存在しているためと推察された。

9.以上の 結果 から エゾ シカ の生 息地 管理 への 示唆 とし て、@積雪地帯において は低標高地や河川沿いの森林の質が環境収容カを規定する要因として重要であり、

成熟した自然林とともに二次的植生の配置の考慮が必要であること、◎個体の季 節的行動圏や移動経路を通じて把握される地域個体群の生息地利用特性は、森林 管理のユニットや管理目標を策定する上での根拠のーっとなり得ること、◎生息 地内で利用頻度の高い場所における主要な餌植物を鍵として植生変化をモニター することはエゾシカ個体群の動態把握の手法として有効であること、@知床国立 公園内のエゾシカ個体群と植生の推移を自然に委ねる場合には、当地域における 生息域の規模が比較的小さいことから個体群密度や越冬域の植生が大きく変動す る可能性があり、生態系保全のためには内陸部方面の隣接地域における個体群お よび生息地管理を含めた総合的な管理計画が必要であること、などのことが重要 と考えられた。

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学 位論文審査の要旨

学 位 論 文 題 名

野生動 物の生息 地管理に関する基礎的研究

― 知 床半 島 にお け る エゾ シ カの 生 息 地利 用 形態 と 植 生変 化 ―

  本論文 は、7章で構成され、図24、表17、写真8、弓I用・参考文献97を含む総頁数 123の 和 文 論 文 で あ る 。 別 に 参 考 論 文 6編 が 添 え ら れ て い る 。   森 林 環境 の 保 全と資源 の持続可 能な利用 を図るため 、現在、 資源の再 生産とと も に生 物 群集 の 多様性 や流域の 保全など を含む総合 的祝点か らの森林 管理方式 の 構 築が 求 めら れ ている が、野生 動物、と くに行動圏 が比較的 広域にわ たり、ま た 他 の生 物 群集 へ の影霤 も大きい 大型動物 の特性を把 握するこ とは森林 管理目標 を 定 める 上 での 重 要な判 断材料と なる。し かし、これ に関する 研究の蓄 積は少な い のが現 状である 。

  本 研 究倣 代 表 的な大型 草食獣で あるエゾ シカ(ニホ ンジカの 北海道亜 種)をと り あげ 、 シカ に よる生 息環境の 基本的な 利用様式と 地域個体 群の現況 を把握し 、 生 息地 管 理の 方 向性を 考察する ことを目 的としてい る。その ためシカ の行動に 対 す る直 接 の人 為 的影馨 が小さく 多様な植 生が分布す る、知床 国立公園 岩尾別川 流 域 を調 査 地域 と した。 またシカ の年周期 行動を分析 するため 、季節を 春期・亶 期

・ 秋 期 ・ 積 雪 期 に 区 分 し 調 査 し た 。 得 ら れ た 結 果 は 次 の よう に 要約 さ れ る。

1. 食 性分 析 の結 果 、 当地 域 のシ カ は 積雪 期 を中心 にクマイ ザサなど のグラミ ノ イ ドに 大 きく 依 存して おり、冬 期の餌と してクマイ ザサの重 要性が餌 められた 。 2. 季 節的 な 個体 分 布 の特 性 を把 握 す るた め 、糞塊 カウント により、 標高帯別 の 痕 跡頻 度 を求 め た。ま た調査地 域で捕獲 したメス5個 体・オス6個体に電 波発信器 を 装着 し 、1989年 から1993年に かけてテ レメトリ ー法による 追跡を行 った。そ の 結 果、 積 書期 の 痕跡分 布は400m以下 の標高帯 に限られ、 憂期でも 低い標高 帯で痕 跡 頻度 が 高く 、 本州で 報告され ている季 節的な高度 移動弦認 められな かった。 こ れ につ い て当 地 域で弦 隠れ場と してのカ バーおよび 良質な餌 を供給す る針広混 交 林 や二 次 植生 が 隣接ま た誼混合 して低標 高域に分布 しており 、こうし た森林環 境 が生存 可能な条 件を提供し ているも のと推論 した。

3.電波 追跡した メス個体の 季節的行 動域は互 いに重複 する部分 が大きく、越冬域 と して 毎 年同 じ 区域( 岩尾易IJ川 下流部の 斜面や山間 地の林内 )が利用 された。

ま た春 期 から 秋 期にか けてメス 強越冬域 に隣接する 区域に行 動域を拡 大したが 、

雄 夫

孝 恒

   

   

嵐 部

   

   

和 五

授 授

教 教

査 査

主 副

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地理的に離れた場所への移動は行わなかった。これに対しオス個体弦それぞれの 季節的行動域は散在する傾向を示したが、秋期には一前年度と同じ区域に帰還する 傾 向 が あり 、こ れは交 尾活 動を 反映 し.ナ こも ので ある と推論 して いる 。 4 .追跡個体の行動域内の植生・林縁環境の有無・地形・標高帯の4 つの環境要因 をとりあげ、季節ごとの選択性について検討した。その結果、春期から秋期にか けては、植生では草原や二次林、また林縁部、地形では平坦地、標高帯では100 ‑ 200m を利用する個体の割合が高かった。積雪期には、植生では二次林が多く利用 され、林縁環境の有無については選択性がみられず、地形では積雪が少ない南ま たは西向き斜面、標高帯では O‑100m が多く利用された。また環境要因とシカの利 用頻度との関係を検討した結果、春期から秋期にかけては主に植生が利用頻度と 関連し、積雪期には積雪深や餌の表出に影響する地形が主に利用頻度と関連して いることが判った。

5 .1980 年から1992 年までのスボットライトセンサスの結果から、調査地域の個 体群は近年高密度化が進行中であるが、洞爺湖中島で報告されたような個体群崩 壊 が 起 き る レ ベ ル に 誼 未 だ 達 し て い な い こ と を 論 証 し た 。 6 .1989 年から1992 年にかけてクマイザサと樹皮の被食率を求めた。その結果、

越冬域の中心部では周縁部より被食串が高く、また広葉樹を中心として採食可能 な樹皮の現存量や小径木の本数が減少し、特に選好される樹穐で強大径木への剥 皮も増加した。さらに稚幼樹の成長が採食圧により阻害されていた。このことか ら 個 体 群 が 高 密 度 化 す る過 程 で 植 生 に 変 化 を 起 こ す可 能 性 を 指 摘 し た 。 7 .知床半島基部におけるハンターの情報および阿寒地区でのテレメトリー調査 との比較検討により調査地域(知床半島中部)は内陸部に比べて定着的な個体の 割合が高いことを示したが、これについて知床半島の低標高域ではより狭い区域 に 生息 に必 要な資 源がまとまって存在していることによると推論している。

8 .以上の結果からエゾシカの生息地管理への示唆として、積雪地帯においては 低標高地や河川沿いの森林の質が環境収容カを規定する要因として重要であり、

成熟した自然林とともに二次的植生を配置するなどの考慮が必要であると指摘す る一方、知床国立公園内のエゾシカ個体群と植生を自然の推移に委ねるとすれぱ、

当地域における生息域の規模が比較的小さいことから個体群密度や越冬域の植生 が大きく変動する可能性が強く、生態系保全のためには内陸部方面の隣接地域に おける個体群および生息地管理を含めた総合的な管理計画が必要であると指摘し ている。

   以上のように本研究|ま、知床半島におけるエゾシカの生息地利用形態と植生の 変化について明らかにしたものであり、大型野生動物の生態学的研究に新たな知 見を加えるとともに現在求められている総合的な森林管理方式の祷築に寄与する ところが大きい。

   よって審査員一同は最終試験の結果と合わせて本論文の提出者・矢部恒晶は博士

( 農 学 ) の 学 位 を 受 け る の に 十 分 な 資 格 が あ る も の と 認 定 し た 。

参照

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