『不安定な経済』によせて
著者
松田 弘三
著者別名
Matsuda Kozo
雑誌名
経営論集
巻
3
ページ
47-78
発行年
1975-12-30
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00005909/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja慌
金 融 帝 国変 革 の 展望
ヴ ィ ク タ ー ・ パ ー ロ 『 不 安 定 な 経 済 』 に よ せ て松
田
弘
本稿 はさ き の「金融 帝 国に 対 す る告 発状 一 一 一一 47 戦 後 ア メ リ カ の 独 占 と 恐 」( 上 )( 中 )(『 経済経営 論集』第75,76 号所載)の 継 続 で は あ る が , 上 記 『 論集』が分 割 さ れ て『経 営論 集 』が 独立 した機 会に, 上 記論 文 と は別箇 の 論 文とし て発 表 す るも のであ る。 そ れは 内容的に い って も無 理 では ない。 と い う弔)は本稿 で 取扱 う第K 章 「政 府 , 景気 循環お よび経 済成長」 の後 半 か ら 第X 章寸 軍事化 ,経 済成 長お よび 景気循 環」 第XI 章 「不 均 等発 展 と国 際 通貨 危 機」第M 章 「 景気循 環 の 世界的 傾向 とそ の政治的 背景 」 の うちに は ,上 記 既 発表 の2 論文 で取扱 っ た第1 章 か ら第K 章 の前半 まで よりも一 層は っき り と,最後 の第 刈 章「国 民 経 済計 画 の展望」 の提唱を 裏づ け ると ころ の現状 分 析 と理論 が展 開さ れ てい るか らであ る。 I パーp 氏 は 『不 安定 な経 済 』第K 章 「政 府, 景気 循環 お よび経 済成 長」 の 「§政府 の経 済規制 が も た らす諸 結果 の 評価」に おい てい う。 「第二 次世 界大 戦以 後, 景気 循環 は5 回 存在 した。 最初 の4 回 は比 較的短 い 不 況期と かな り急速 な 回復 に よっ て特 徴づ け られてい た。 とこ ろ が,1969 年 に 始 まった下 降 は比 較的 長 期に わ た る不 況を 伴 っ てい た が, そ れは政 府の 刺 戟 策が先 の4 つ の恐慌 一 不 況 期に おけ る よりもは るかに 積 極的 に と られたに もかかわ らず , 持続 した のであ る。 こ れは ……。体 制 内の 矛盾 が激化 す ること に よっ て, 景気対 策を 目的 とす る経 済 規制 の伝統 方法 が, そ の効 果を 減 少さ せ ているこ とを 示 してい る。」「 資 本家 は深 刻な 過乗U生産 恐 慌に 対 し て最大 の 恐 怖を抱 い てい る。 した が っ てこ こで5 年間 は経 済 の抑 制 より も刺 戟を 強 め る傾向にあ っ た。 だ か ら,経 済 規制 の 他の 目標 の遂行 よ りも深 刻 な恐 慌を 避 け ることに,多 くの成 功 が み られた 。」「 政府 の経 済規制 は イ ンフレ ーシ ョンを 阻 止す る のに 完全に 失敗 した 。む しろ, そ の 規制 の全 内容 は イン フレ ーシ ョンを 激 し くさせた。」(VictorPerlo,The びnsta銀zEconomy ,p.153,島弘監訳 『不安定な終済』181頁)日本 でも全 く同 様 であ る。 過去15 年 間超 高度成長 が 政 府に よっ て行わ れ, 同時に 猛烈 な イ ン フレ ーシ ョン が勤 労人民 大衆を おそ った。 そ れば か りでは ない 。今 や,1973 年恐 慌 と呼 ば れるか,74 年恐 慌 と呼 ば れ るか知 らな いが ,1929 年型 恐慌 と 悪性 イ ン フ レ ーシ ョン と の結 合(私は 「 スタ グフレ ーシa ン」 とい うブ ルジ ョア的 用語 を 排 し て,科 学的 な「 クリ シ ス フレ ーシ ョソ」 とい う言葉を 使い たい と思 う。 ブル ジ ョ アの辞書には恐 慌(Crisis)と い う言葉は ない ようで, ただ 停 滞 ない し不 況(stagnation)とい う言葉 か お るだけ らしい。 こ れは恐 らくCrisis とい う言葉 は資 本主 義 体制 の 危 機を 心意 味 し てい るか らであ ろ う。) が , わ れわ れを お そ っ て餓 死寸 前 に まで追 いつ め てい る。 これを 解決 す る道 はた だ一 つ , ア メリカ帝 国主 義に 従 属す る日 本 の金融 ・独 占資 本 の政府 を 打倒 し て,民 主 連 合政 府を 樹立す る 他は ない , と考 え る。 て 経 済生 活ぐこおけ る政府 の役割は 今 後 も ます ます 増 大す ることは 確か であ る。 そ し て, こ れに と もない 政府 が経 済 規制を お こな う領域 も拡大 す るであ ろ う。 しか し, これを 行使 す る権限 が金融 寡 頭 制 の手 中 にあ るか ぎりでは, 決 して, 完全に も,保 証に もな りえ ず,資 本主 義 体 制を掘 りくず しっっ あ る社会 的 ,経 済的 お よび政 治的 矛盾を 減 少 させ る の では な く て,む しろそ れを 増加 さ せ る であ ろ う。」(Ibid.,p.155, 訳183頁)こ れも 日本 に も当 ては まると思 う。 n 次は「X 軍事化,経済成長お よび景気循環」 であ る。そしてその章の最 初の節は「§軍事支出 の相対的大 きさ」 であ る。 にL969会計年度においては,国民総生産統計に占める財およびサ ーヴィス に対す る『国防』支出は786億ドルであった。 ところ が, 予算に 占める実際 の国防支出は812億ドルであり, し かも予算に占める軍事支出と関連支出総 数は1,126億 ドルにも達したのである。」(Ibid.,p.159,訳189頁) 「大 言かにいえば,合衆国の財源に占める軍事支出 の負担は,実際的には 過去15年間一定 であった。このことは,税負担 が資本 から労働に恒常的に移 転していることを 考えるならば,労働者の財布か ら相対的に より多額のドル
金融帝国変革の展望49 が取 り立 て られ てきた ことを 意 味す る。」(Ibid・,160, 訳190頁) 次の節は「 §軍 国主 義 と技術 進 歩」 であ る。「 第二 次 世 界大 戦の終 りには, 科 学・技 術 の進 歩 は軍事 力 の均 衡を 決 め るに当 っ ての第 一 の ,決定 的 な重要 性を 持つ に 至 った。戦 争に よっ て被 害 も受げ ず ,貧 しく もな らなか った合 衆 国 は進 んだ武 器 の開発に はあ らゆ る他 の参 戦国 より 乱 は るかに多 額の資金 を 投入す ること がで きた。 原子 爆 弾, レ ーダ ー, 自動 発 射指 揮シ ス テ ムな ど がい くっ か の顕著 な成果 であ る。 これ らの成 果は 広範 囲に わ た る科 学 ・技術 の粋を 含 んでお り, 民間 生産に 大 いに 適 用 さ れ てきた。 そ れに は, ただ 原子 力 ,コン ピ ュータヴ, エ レ クト ロ ニ クス等を 例と し て挙げ さえ す れば よい。」 「 第二 次世 界大 戦後,合 衆 国は ソ連 に対 す る軍事上 の 優位を 獲 得し, かっ そ れを保持 し ようと し て軍 事的 ,科学 的 そ し て技 術的 な研 究に多 額の 下ルを注 ぎ込 んだ。 このこ とは合 衆 国では じめ て,工業 進歩 のた めに研 究 と開 発 が重 要 で あ るとい う認 識を 一 般に つ く りだ し た。 同 様に , 諸会 社 も利潤 を 確保 し ,かつ 増 加させ るた めに は研 究 と開 発 が重 要 であ る と認 め てお り, そ のた めに,民 間 の会社は 急 速に これ らの 目的に多 額 の資 金を 投入 してきた。 しか し,民間 の会社 は依然 とし て, 研 究 と開 発に 自 らが投入 す る よりも多 くを 軍 事 予算か ら期待 す ること がで き る。」Qbid.,pp.161 ∼162, 訳192∼193頁) 「世界最 初 の社 会主 義国 であ る ソ連 は ,そ の樹立 当初 か ら, 民 間お よび 軍 事 部門で の進歩 の原 則 とし て,科 学 ・ 技術 開 発に 高い 優 先順 位を 与え た。 ソ 連 は この 目的 のために 中 央集 権化 さ れ た社 会主 義 計 画経 済に よっ て,諸 資源 を 配分しかつ 動 員す る こと がで きた。 研 究 と開 発に おけ る資本主 義 に対 す る 社 会主義の 決定的 な優 位性 は, 戦後 , 科 学的 ・技術的 成 果の主 要 な戦略 部門 で 合衆国の レベ ルに 近づ い た, 否,む しろ合 衆 国を 凌駕 した ソ連 の能力に よ っ て事実上 立証 さ れた 。」(Ibid.,p.162, 訳193頁) 次 は「§軍 国主 義 と景気 循環」 であ る。「戦争 と軍国 主 義は 周期的 な 経済 変 動を増進 させ る傾 向 かお る。」「第 二 次 大 戦後 に は,資 本主義 諸 国はかつ て ない 程の大 きなブ ー ムを 享受 した が,1929 年 の恐 慌に匹 敵 し う るよ うな 世界 恐 慌 は起 らな か った。」(lbid.,p.163, 訳194頁) しかし パ ー1==・氏 が未だ知 ら な か った1973 年 ∼恐 慌は ど うであ ろ うか。 そ れは確 かに 国 家独 占資 本主 義 のj カ ニズムに よって29 年 恐 慌 の ような 劇的 な 暴落 は なか った。そ の代 りに29 年 恐 慌 の場 合 とは逆 に物 価 の暴騰を 伴 っ てい る。 日本に か んす るか ぎり この ク
リシ ス フレ ーシ ョソは 未だ 何年 か続 くであ ろ う。 民 主 連 合政 府 の樹 立 の日ま で。 「長 期的に み れば ,軍 事 増強に よる 刺戟は, 税 金や 物価 が高 くな るこ とを 通 じ て民間 の購 買 力 が減 殺 され るの で均 衡が とれ てい る。 軍事 増強 が終 りに 近づ い たと き, この 否定 的 な要 因は ピ ー クに 達す る傾 向にあ る。 そ して, 直 接に マイ ナス の影 響を 及 ぼす の であ る。 この よ うに , 軍事 支 出 と軍事 活動 は 景気 循環 に大 いに 作 用 す る。」(Ibid.,p.164, 訳196頁) 「ベ ト ナ ム戦 争 は, 合 衆 国 がこれ までに 関 係した ど の戦争 より も長 く続 い てき た。 経 済的 見地 か らす れば, ベ トナ ム戦争 は 『余 りに も長 く』続 きす ぎ た。ベ ト ナ ム戦 争 は マイ ナスの要 因が きわ めて支 配的 に な った た めに, 戦争 中 に 過 剰生 産に よる経 済恐 慌 が 爆発 した は じめて(?)戦争 であ った 。」(Ibid.,p.165, 訳196頁)。 昨 年4 月 のベ ト ナ ム人 民に よる アフ リ カ帝国 主義 と カイ ライ 政 権 の軍隊 の 完全一 掃 ・全土 の解放 は,10 月革命 お よび人 民 中 国 の生誕 とな らぶ全 世 界の人 民 の歴 史的 勝利 であ る とい って よかろ う。 第2 次大 戦中 日本 に 投下 さ れた 爆 弾 そ れ に よっ て 日 本 は 無 条 件 降 伏 し た の10 倍以上 の 爆 弾を投 下 さ れて もい ささか の動 揺 もせ ず, 逆に 自力 解放を な し遂げ た こと は民主 民 族革 命 の偉力を 示 す も のであ る。 そ の影 響は , まず 南 朝鮮 と台湾 の 解放 につ な が り, や がて 日本 の民主 主 義革 命の 勝利を 導 くであ ろ う。 パ ーロ氏 に もど ろ う。「経 済活動 の大 きな低下 と金融 恐 慌 が1970 年 に勃 発 した が, 軍 需契 約 は一 定 の水 準を 保った。1971 年後 半 に 軍 需発 注 が 増加した に もか かわ らず , そ の年 に は 目立 った 経済 回復 は起 らな か っ た 。」(Ibid.,p.167, 訳199頁) 「要 約 す れ ば, 軍事 支 出は多 くの手段 のな か の一 つ と して,あ らゆる景気 循 環 のな かで 景気対 策的 な 経済 目的 のた めに 操作 され て き た。そ の意味 では, 軍 事支 出 はい くっ か の経 済 下降を ,そ の初 期 の段 階 で 終 らせ るのに 貢献 して きた とい え よ う。」(Ibid・,P-167, 訳199∼200頁)「過 去20 年 間 に わた る 諸結 果 を 評価 し てみ ると, 次 の ように 結論づ け て も よかろ う。 す な わ ち, 経済抑 制 の た めに 軍事 支 出を 操 作す るこ とか らもた らさ れた経 済 安定 効 果は ,戦 争や 軍 備 増強 か ら生 じた 軍事 支 出 の変動 ㈹ よって もた らさ れ た不 安定 効 果 を相殺 す るに は不 充 分 で あ った と。 か くして ,差 し引 きす れば ,経 済 の軍 事化 は 周期 的 な不 安定 性を 増 加させ る傾向に あ った。」(Ibid.,pp.167∼168, 訳200頁)「国
金融帝国変革の展望51 民経 済に 占 め る軍 備 の相対的 な ウェ イ トを 著 し く,かつ 継続的 に 減 少 させ る よ うな政 治勢 力 へ均 衡を 移行 させ る ことは 可能 であ り, また 実 際に , こ のこ と こそがす べ て の進 歩 的 勢力 の主 要 な闘争 目標 でなけ れ ば な らない 。 こ のこ とは 国家 独 占資 本主 義 の景 気対 策的 な経 済 規制に終 止符 を うつ も のでは ない が 軍事的 要 素 の減 少を 強 制 し,そ し て勤労大 衆に 利益 と な る 目標を 含む 刺戟 の 方法へ の移 行を 促 進す る であ ろ う。 そ れは また, 軍国主 義が 全体 に 及ぼす 不 安定な経 済 効果を 減 少さ せ るであ ろ う。」(lbid.,p.168,訳200頁) 日本につ い てい え ば, たに よ りも 日米 安全保 障条 約の 破 棄 と 自衛 隊 の民主 的 改革であ ろ う。15 年 間に わ た る大 侵略 戦争に対 す る罰 と して30 年間 もア メ り 力帝国主 義 の軍 隊に 占領 ・半 占領 さ れてい てた まるも のか。 日本人 の民族 的 誇 りにかけ て, 今 こそ 米 軍 とそ の軍事 基地を一 掃 すべ き時 で あ る。 次は「 §経 済成 長に 与 え る諸 影響」 で あ る。「戦争 が 経 済成 長を 促進 した … …のは過 去 の こ とであ る。 現 在で は, 戦争お よび 軍国主 義は , と くに 合 衆 国や イギリ スに おい て は, 過去15 年 間に わた って,あ き らかに 経 済成 長に対 す るブレ ーキの 役 割を 果 してい る。」(Ibid.,p.170, 訳203頁) 「この期(1951年∼1970年)を 通 じて 軍事化 と経 済成長 率 との間 に は丿 逆 の 強い 相関関 係 が存 在 した。 最 小 限の軍 事的 なか かお りし が ちだ ない 資本主 義 諸 国は, も っと もす ばや く発 達 した が, 最大 限 の軍事的 か かお り合 い 参有す る資本主 義 諸国 の成 長 は 緩慢 であ った 。」(Ibid.,p.170, 訳203∼4頁) そ の実 例と して , パ ー ロ氏 が, 日本 が経 済成長 率 が第1 位で 軍 事化 の順位 が 最下位で , ア メリ カが経 済成長 率 がイ ギ リスに 次い で 低 く軍 事化 の順 位 で は トップであ るこ とを 図示 され る場合 に, まさ か 日本 が アメ リ カ帝国主 義 の 従 属国でそ のい わ ゆ る「核 の傘」 の下にあ ることをお 忘 れでは あ るまい 。そ してその 高い 成 長 率 が, 資 本 の労働力 に対す る無比 の搾 取 率 のた めであ るこ とも見逃 さ れて はい まい。 今 は ,世 界恐慌 のた めにご こ の成 長 率 も止 った。 我 々は, この ア ノリ カベ の 従属を 断 ち切 り,金融 ・独 占 資 本本 位 の経 済政策 の勤労人 民 大 衆本 位 のそ れ へ の180 度 の転換を 要 求して 闘 うも のであ る。 m 第XI章はT 不均等発展と国際通貨危機」と題されてい るが 約して述べ よう。 こ の部 分は 要
「第二 次世 界大 戦 の終 結時 に は, 合 衆 国だけ が 本当 に強力 といえ る唯一 の 資 本主 義 国 であ り,生産 能力 のほ と んど と金 準備 の大 半を 有し てい た。」「 ド ルは 金 と同 じほ ど強い と みな さ れてい た。」(Ibid.,p.174, 訳207頁)これを 背 景に して ブ レ トン ウ ッズ協定 が 結ば れ,金 に対 す る ドル の平 価は1 オン ス35 ドルに 固定 さ れ, 各国通 貨 の平 価は この ドル に換 算 し て設定 さ れた , 国際通 貨 基金は こ の 規制 の体現 であ る。 「種 々 の国に おい て不 均 等に 発展 してい る全般 的 イ ン フレ ーシ ョンは ,現 行 の平 価に対 して大 きな圧力 を 加え た 。 金 の価 格は 他 のす べて の ものの価 格 が実 質的 に2 倍ない し3 倍に 騰 貴 した 後 もしば らく,1 オン ス35 ドルに すえ 置 か れた 。」(Ibid.,p.175, 訳209頁) 次は 「§経 済の不 均等 発展」 であ る。 「 さ まざ まな不 均等 発展 ……力^存 在 す る」が,「本 章 の 目的 と しては ……帝国 主 義諸 国 間 の不 均等 発展 が もっ と も重要 であ る。」(μid.,p.177, 訳210∼211頁) 第 二 次世 界大戦 後, 日本 の成長 は めざ まし く, そ の工業 生 産は16 年 間 に約8 倍 に も増 大 した。 年 間成長 率では , 日本 は 前 例のな い1 年 当 り13.6 パ ーセ ン トを 達成 したc 「 日本 は資 本主義 世 界第2 番 目 の大 きな生 産 国と し て 登場 して きた 。」(Ibid.,p.177, 訳211頁)しか しそ れは世 界 無 比の 高度 の 乗q余 価値 率 に よること前 述 のとお りであ る。 合 衆国 は第 二 次世 界大 戦 後に 享受 してい た圧 倒的な 工業 支 配力を 喪失 し, 世 界の輸 出 に占 め る占有 率は ,1948 年 の23.7 パ ーセン トか ら1969年 の15.5 パ ーセン トへ と低 下 した。 しか しそ れは アノ リ カ資 本 の海 外進 出, すなわ ち多 国 籍化 に よって,な にほ どか 補わ れた 。1968 年 には つい に非 農産物 輸 入 がわ ず かな が らも非 農業 生 産物輸 出を上 回 った。1971 年に は 非農産物 貿 易に お い て40 億 ドル 以上 , すな わち10 パー セン トの膨 大 な輸 入超 過が生 じた。 海 外 貿 易全 体 では結 局20ft ドル以上 の巨 額な 赤 字に 終 った。 づ800 億 ドルに のぼ る直 接的 な軍 事 予 算の ほか , 新 植民 地主 義 の現代 世界 で は 合 衆 国に 基地を 提供 してい る被 占 領国 や 従 属国 の政 府 と軍 隊に 巨 額 の支 払 いを しなけ ればな らぬ。 こ れ らすべ て の活動 費は1970 年 に は80 億 ドルに 達 し た 。 ノ1971 年 に は , 国際収 支 の赤字 は流 動 性 ベ ー スで220 億 ドル , 公 的準 備決算
金 融 帝 国 変 革 の 展 望53 ベ ー ス で は300 億 ド ル と い う 驚 く べ き 巨 額 に 達 し た 。「 こ れ は ド ル の 平 価 切 下 げ と 古 い 貨 幣 協 定 の 実 質 的 な 破 綻 を 強 制 し た 最 後 の 一 撃 で あ っ た 。」(^Ibid.,p.183, 訳217 頁 ) 次 は 「 § ド ル 危 機 と 平 価 切 り 下 げ 」 で あ る 。1971 年8 月14 日 , ニブ ソ ン 大 統 領 は 正 式 に 金 と ド ル と の 交 換 性 を 廃 止 し た 。 数 力 月 の 交 渉 の 後 , 他 国 通 貨 に 対 し て ド ル の 平 価 を12 パ ー セ ン ト 切 り 下 げ る 協 定 が 結 ば れ ,1 オ ン ス 当 り の 「 公 定 」 金 価 格 を38 ド ル ヘ 引 上 げ る 声 明 を 発 表 し た 。 「 合 衆 国 は こ の 危 機 に と も な う す べ て の 犠 牲 を 他 国 に 背 負 わ せコ (Ibid.,p.187, 訳223 頁 ) さ ら に 賃 銀 凍 結 を お こ な っ て , す べ て の 犠 牲 を ア メ リ カ の 労 働 者 に 負 担 さ せ た 。y し か し12 パ ー セ ン ト の 平 価 切 り 下 げ は , ブ ハ リ カ の 当 面 す る 困 難 を 克 服 す る に は 不 充 分 で あ っ て,1972 年5 月 に は 金 価 格 は50 ド ル の 線 を 突 破 七 た 。・ か く し て ,「 危 機 の よ り い っ モ ダう の 深 化 と 戦 後 の 資 本 主 義 世 界 通 貨 制 度 の 部 分 的 崩 壊 は , 必 然 的 に 資 本 主 義 世 界 全 体 の 経 済 活 動 過 程 に 否 定 的 な 影 響 を も た ら し た 。」Qbid.,p.188 レ 訳224 頁 ) そ の あ ら わ れ が 現 在 我 々 が 直 面 し て い る ク リ シ ス フ レ ー シ ョ ソ で あ る 。 私 は も と よ り こ の 恐 慌 と イ ン フ レ ー シ ョ ン と の 結 合 が , 資 本 主 義 世 界 を 崩 壊 さ せ る 最 後 の 危 機 だ な ど と 考 え る 者 で は な い 。 し か し そ れ は , 世 界 の 労 働 者 階 級 と 被 圧 迫 民 族 と に 決 起 を う な が す 作 用 は あ る で あ ろ う 。 … ……l・ 。・’。 ’。 ’ ・’ ・゛ ≒ン .I.・ Ⅳ ダ ’.XD 章 は て 景 気 循 環 の 世 界 的 傾 向 と そ の 政 治 的 背 景 」 と 題 さ れ て い る 。 な る べ く 要 約 的 に 紹 介 し よ う 。‘ 。’j … … 「 第 二 次 世 界 大 戦 以 来 , 資 本 主 義 全 体 の 景 気 循 環 に 形 態 上 の 重 大 な 変 化 が 生 じ て き た 。 同 時 に , こ れ と 同 じ 位 の 期 間 で , 生 産 が こ れ 程 ず ば 抜 け て 急 速 に 成 長 し た こ と は , 未 だ か つ て な い 。 … … 部 分 的 に は , そ れ ら の 形 態 の 変 化 は 主 要 資 本 主 義 諸 国 の 金 融 寡 頭 制 に よ っ て 鼓 舞 さ れ; 主 と し て 政 府 行 動 を 通 じ て 実 行 さ れ る 合 目 的 的 な 変 化 で あ っ た 。」(lbid.,p.189 , 訳225 頁 ) 「 資 本 主 義 世 界 経 済 に 生 じ る あ ら ゆ る 変 化 は , 多 か れ 少 か れ 資 本 主 義 は も は や 単 一 の , 閉 鎖 的 な 制 度 で は な い と い う 事 実 に よ っ て 影 響 さ れ て い る 。 資 本 主 義 は , 強 力 で , 成 長 過 程 に あ る 社 会 主 義 経 済 制 度 を 含 む 世 界 と 共 存 す る
こ とを 余 儀 な くさ れてい る。 資本主 義 内に 生 じるす べ ての変 化は ,全体的 に し ろ 部分的 に し ろ,共 産主 義 と革命 的 な労 働者 の階 級 運動 とに対 す る恐怖 に よって, 押 し進 め られる。 西 ヨー ロ ッパ諸国や 日本は ,社 会主 義社 会や そ の 経 済 と の接 触に よって ,合 衆国 が うけ る よ りも もっ と直 接 的な 影 響を うけ て い る。 西 ヨ ーロ ッパや 日本 では, 合 衆国 よりもず っ と 強い 共 産主義 運動 が存 在 し てお り, 革命 の可 能性 ももっ と差 し迫 っ てい る よ うで あ る。」(Ibid.,p.190 ,訳226∼227頁) 次 は「 § 景気 循環 コース の変 化」 であ る。 「 第二 次 世界 大 戦以降 のほ と んど の景気 循環 は ,大 戦前 のそ れ より もな め らかであ った。 恐 慌は突 然 の瓦落 か らは じ ま るの では な く, そ の前に一定 の 安定 期間 かお り,そ れ か ら比較的 徐 々に 現 わ れ てき た 。下 落 は比 較的浅 かっ たし ,そ んなに 永続的 では なか った 。」「 し かし 他 で もない この下 落 の穏や か さ こそ が, 結 局下 落を 引き 起した 矛盾を 排除 で きた い よ うに して きた のであ る。 そ の 結果 , 最近 の恐 慌が終 った 直後 に,新しい 恐 慌, あ るいは 景気後 退勃 発 の脅威 が生 じた 訳であ る。 また 矛盾 が累 積 す る こ とに より,恐 慌を比 較的 穏 や かに し て きたい くつ かの条 件 が掘 り くず さ れて い くの で あ る。」(lbid.,P.191 ,訳227瓦) 「 一 国 か ら他国に波 及 す る時 期 的相 違 が, 戦後 の景 気 循環 の も う一 つ の重 要 な特 徴 であ った。」1961 年 の合 衆 国の 景気 後 退,1962,65 年 の日本の軽い 景気 後 退,1966 ∼67 年り 西 ドイ ツの 激しい 下 落 ,お よび1969 ∼70 年 の合 衆国 の恐 慌 は他 国に 波 及 しな かった。「 景気 循 環 運動 が資 本主 義世 界に 同時 に 発 生 し ない 理 由 は, 部分 的に は, 第二 次世 界 大戦 後 の種 々の 国 の特 殊 な条 件に 起因 し , また 部分 的に は, 国に よって 異 るが, 周期 的 な, 政府 の経 済規制 の 時 期に 対す る影 響に 起因 し, さ らに また部 分的 に は 経 済 の極 端な不 均等発 展 に 起 因 してい る。(Ibid.,p.191, 訳228頁) 「1971 年 に 合 衆国を 襲 った , 根深い 不 況は , ドル危 機 の影 響 と相 まって, あ や うく資 本主 義 の世 界経 済恐 慌につ な が ると ころ であ っ た。」(ルd ・,p.192 訳228頁)合 衆 国以 外 の主要 資 本主 義5 力国 の うち4 力国( イタリア,日本,西 ドイツを含む) まで が,工業 生産 が下 降 ない し 停滞 し た。 現 在 我 々 が体験 しつっ あ る1973 年 ∼恐 慌 は第 二 次 世 界大 戦以後 最大 の世 界 恐 慌 であ るa1929 ∼32 年 恐 慌は, ニ ューデ ィールと ナチ ズ ムと ミリ タリ ズ ム
金融帝国変革の展望55 を もたら した が , この1973 年 ∼恐 慌はな にを もたらすか 未だ 分 らな い。 希望 的 観測だ と云 わ れ るか も し れな い が, イ タリ アとフ ラン スそ して 日本 の革新 統一戦 線 の勝利 を もた ら しので はない だろ うか。 次は 「§ より速い 経 済成長 」 であ る。「第 二 次世 界大 戦以 前 では , 主 要 資 本主義 諸国 で の国民1 人 当 り のGNP 成長 率は ,年 間1 ∼2 パ ーセン トであ った。」「こ こ20 年 間 , こ れ らの国 の国 民1 人 当 りの年 間成 長 率は ,2 パ ー セントを 越え て きた。 フ ラン ス,イ タ リア,西 ドイ ツでは , 成長 率は4 パ ー セ ントを 越 え , 日本 では8 ∼10 パ ーセン トとい う驚 異的 な 率 に 達 し た。土 (lろid.,p.192, 訳229頁)因 みに アノリ カの成 長 率は,1.8 ∼3.2 パ ー セン トで あ る。 日本 の場 合こ の 驚異的 な 成長 率は , 労働 者に対 す る世 界無 比 の高率 の 搾取と反 勤 労人民 的 な政 策に よっ て達 成 された こ とを 銘 記 す べ きであ る。 「こ の〔独占資本主義の〕矛 盾 の尖 鋭化 は資 本家 支配に 致命 的 な 危険を もた らし, さ らに 資 本主義 諸国 の金 融支 配 者 が恐 慌を 縮小 し て経 済成 長を スピ ー ド・ア ップす るた め に, あ らゆ る手段を 利 用 す る推 進 力 と して作 用 す る。」 (lbid.,p.194√∇訳231頁) 「そ れ らの変 化 〔世界の景気循環形態の変化,世界的規模の経済成長の変化,そ してそれらに必要とされた政府規制法の変化〕は ,あ る程 度 , 急 速 な独 占 の強化 に よる ものであ り, さ らにそ れと結び つい た 国家に よる経 済規制 の多 元的 な 利 用に 起因 した 。」(乃id.,p.195, 訳232頁)こ れこそ 正に 国家 独 占資 本主義 そ の もの であ る。 次は 「§政 府 に よる計 画化」 であ る。 ここで パーロ 氏 が, 資 本主義 諸 国 におけ る「 プ ロ グラ ミン グ」 を社 会主 義諸 国 におけ る 「 プ ラン ニン グ」 と 峻別してい るこ とは当 然 な が ら重要 であ る。「社会主 義 諸 国に おい て は, プ ランは 包 括的 であ り, そ れは実 際上 , 経済 全体に わた っ てい る。 プ ランは す べての経 済単 位に 課 せ られた 義 務 であ り,経 済 全体に おけ る社 会主 義部 門に おいて 完全に 実 行 さ れ てい る。 い い かえ れば , プラン の 遂行 は ,基 本的に は, そ の起草 者の手 中 にあ るわけ で あ る。」「資 本主 義 諸国 で は, 政府 に よるプ ロ グラ ミン グは 包 括的 とい え る ような もの ではない 。 すな わ ち , プ ロ ダラ ミン グは義務 では な くて, 単に 政府 の望 んでい るもの の指示 に す ぎな い。 プ ロ グ ラ ミン グの遂 行は ,主 と して私 的 企業 の掌中 に握 られ てい るが, そ の私的企 業 の多 くは プ ロ グラ ムと は一 致 しない ような方 法で 行動 せ ざ るをえ な い 。土
(Ibid・,p.195,訳232頁) そ れではプログラミングの意義はどこにあ るのか。 パーロ氏はい う。「政 府に よるプμダラミソダの基本的な要素は資本投資の計画を立てることであ る。すなわち,それは経済におけ るもっとも変動しやすい要素で,長期成長 の主要決定 因でもあ る。それゆえに,政府に よるプロ ダラ ミソダの主要な 目 標は,投資資 金の動員であ る。」(Ibid・,P.196,訳234頁) 次は「§科学・技術本命の影響」である。パーロ氏はいう。「急速な科学・ 技術の発達は,それだけをとりだしてみれば,景気循環 傾向を悪化さえする だろ う。有 名な経済学者であ るジョセフ・。シ ュムペータ ーは,大きな景気循環 を一国 の重要な技術革新 と結びつけた。 しかしな がら。この影響は次の二つ の考えに より部分的に否定されてい る。」「第一に,研究 と開発に対する継続 的な大量の支出は,根本的な科学上 の発見とは区別された,新しい応用や技 術が比較的 ・継続的に生れるのを保証す る。経済にお よぼす科学技術革命の 影 響が印象づけ られるのは,直接に傑出した ドラマチ ックな発見を 通して よ り 乱 む しろこれらの新しい応用や技術を通してであ る。」「第二に,資本の 集積 が増大しており,これに よって,た とえば合衆国 の工業生産高の少なく とも半分が,海外に多くの工場や事業所を有す る会社に よって実現されてい る。そのような独占的な会社は,あ れこれの工場 の製 品市場が変動するにも かかわ らず,予算化された投資計画に うまく密着することができるのである。 そ れらは新技術 の導入を調整することに よって,そ の過程から最大利潤を 引 きだすことができるのである。」(Ibid.,p.198,訳236頁)と。 これは確かに一部のマルクス経済学者に さえみ られる,技術革新を景気循 環 の原動力とみなす見解に対する根底的な批判であろ う。 次は「§国際的な資本移動」であるが,ここではその結論だけを 引用する に とど める。「 無政府 的 な貨 幣資 本 の国 際 的な 流 れは とは 無関 係に 毎年 数 百億 ド ル の 規模で一 生産に使用される資本の流 れに平行してはい るが,大部分はそれ 悪性 イ ン フレ ーシ ョンお よびあ らゆ る 過熱投 機 の元 凶とな つてい る。それは,将来予想さ れる大きな国際的金融 ・産業恐慌の条件をつ くりだしてい る。」(Ibid.,p.200,訳238頁) 次は「§労働者階級の闘争激化」 である。 パーp 氏 によれば,1963 ∼69 年 の間に製造業労働者の実質賃銀は大幅に増加し, そ の結果資本主 義 史 上
金融帝国変革の展望57 未 だ か つ てな か っ た 大 衆 消費 力 の 成 長 を もた らし た 。 そ の ト ッ プ は 日 本 で 「 平 均労 働 者 の実 質 賃 銀 〔名 目賃 銀でないこ とを注意されたい〕 は , 過 去10 年 で ほ と ん ど2 倍 に 増 加 した 。」(Ibid.p.200, 訳239 頁) と い う の で あ る( そ の統 計 の出所を示さ れていない) が , こ れ は 我 々 の 生 活 実 感 と し て は 到 底 承 服 し が た い 。 確 か に 第 二 次 世 界 大 戦 以 前 の 日 本 の 労 働 賃 銀 は 「 印 度 以 下 的 労 働 賃 銀 」 ( 山田盛太 郎『 日本資 本主義 分析 』) で あ り , こ れ に 比 べ れ ば1970 年 頃 の労 働 賃 銀 は い く ら か ま し に な っ て い る か も し れな い 。 し か し パ ー ロ 氏 もい っ て い る 第 二 次 世 界 大 戦 後 の 日 本 経 済 の 資 本 主 義 世 界 第 一 の超 高 度 成 長 は , 明 ら か 陽 資 本 力 労 働 力 に 対 す る 世 界 随 一 の 搾 取 率 と 勤 労 人 民 大 衆 に 対 す る 苛 酷 な 収 奪 に も とづ く も の であ り , こ の チ ー フ ・ レ ーメ ー こ そ が 日 本 の 独 占 資 本 の 国 内 は も と よ り海 外 へ の進 出 の 最 大 の 武 器 に な っ て い る こ と は 明 らか で あ る 。 パ ― ロ氏 と もあ ろ う優 れ た マ ル ク ス学 者 が 日 本 政 府 な い し そ れ に 準 ず る 公 的 機 関 の公 表 し た 統 計 を う呑 みに さ れ て い る と す れば , 甚 だ 心 外 で あ る 。 こ の 節 の結 語 を 引 用 し て お こ う。「 独 占 資 本主 義 の状 況 下 で は , こ め よ う な 動 き 〔労働者 の状 態を たえ まな く長期にわた って向上させ, 資本主義を安 定させ, 恐 慌を排除す るこ と〕は 必 ず し 乱 経 済 法 則 に 対 し て 自 動 的 に 反 応 す る とい う の で は な く , と に か く , 労 働 者 階 級 と 闘 うた め に , こ れ ら の 経 済 的 ・ 金融 的 手 段 を 利 用 す る 金 融 寡 頭 制 め ト ップ 腸 君 臨 す る人 々 の 意 識 的 な 決 定 に よ っ て 補 わ れ て い る の で あ る。 そ め 上 , そ の よ うな 経 済 的 階 級 闘 争 は 政 治 的 闘 争 に 対 応 し て お り フ ァシ ス ト 行 動 な い し 軍 事 上 の 冒 険 を 通 七 七力 の均 衡 し よ うと す る企 て な の 七あ る 。」(Ibid.,p.202, 訳241 頁y ……… ` 次は 「 § 経 済 自立 を め ざ す 闘 争 め 影 響 」 で あ る。 と こ で は 先 ず 最 近 に な っ て 植 民 地 主 義 か ら解 放 さ れ た ア ジ ア , アフ リ カ な ら び に ラ テ ン ・ ア メ リ カ 諸 国 が , 先 進 資 本 主 義 諸 国 よ り も工 業 生 産 の 増 加 が 著 し い こ と(1955 と1970 年 との間に工業生 産の増 加が先 進資本主義諸国 で,113 パ ーセントであった のに 対し て 発展途上国では198 パ ーセントであ った), お よ び 帝 国 主 義 的 銀 行 よ り も ソ連 そ の 他0 社 会 主 義 諸 国 の 経 済 的 援 助 が は る か に 有 利 で あ る( 典型的には2.5 パ ー セントとい う低利子率) こ と が 述 べ ら れ て い る 。 そ し て さ らに い う。「 た と え 制 限 さ れ て お り, か つ 不 完 全 な も の で あ っ て 乱 発 展 途 上 国 の 経 済 的 利 益 な らび に 経 済 自立 化 に 向 か っ て の 歩 み は , 資 本 主 義 世 界 経 済 に 影 響 を 与 え る の で あ る。 そ の利 益 は , 帝 国 主 義 諸 国 に 生 じた 恐 慌 が ,発 展 途 上 国 に 波 及 す る
影響を緩和し,しかも世界経済恐慌の深化を防 止するのに役立つのである。 また,その利益は帝国主義諸国で生産された工業 製品 の市場の拡大に,あ る 程度役立つ。」(Ibid.,pp.203∼204, 訳243頁)と。 次は「§東西貿易」であ る。「国際連合の不 完全な統 計数字によれ ば, 社 会主義諸国と資本主 義諸国との貿易額は1954年 の35億 ドルから,年額にして1971 年上半 期め250億 ドルヘ と7 倍に も増加した。 その ような 「東西貿易」 が世界貿易全体に占める割合は,同期間内に,4 パーセントから!Oパーセン ト強へと増大した。」(lbid.,p.204,訳224頁) ソ連と資本主義諸国との貿易は,ロシア革命後何年間 乱 世界資本主義の 経済封鎖に よって√ないに等しい状態であ った。そ0 後も資本主義諸国が政 治的な理由から東西貿易を推進することに難色を示したために第二次世界大 戦前には発展しなかった。第二次世界大戦後,社会主義圏 が大いに拡大され るにつ れて,「東西貿易」 の発展可能性は拡大されたが, とくに アメリカが とった「 冷戦」政策に よって大いに制限された。 その後 ようやく社会主義諸国は資本主義諸国との間に,双方にとって有利 な長期輸出入協定を 締結することができるようになった。たとえば ソ連はい くつかの西ヨーl=・ツぷ諸国との間に,大量 の鋼管お よび関連設備と引きかえ に莫大な量の天然ガスを供給するとい う協定を 結んだ。 ソ連と日本との間に は,シベ リアの林業 の発達を促進することの見返 りに 大量の木材を 日本に供 給するとい う協定が結ば れ,さらに莫大な 量の石油協定の交渉もはじまった。 しかしアy リカは東西貿易に関しては,他の資本主義 諸国の後塵を 拝したの みならず,一般的に東西貿易の発展にブレーキをかけ たり,あるいは遅 らせ ようと努めてきた。婦人用ブラジ ャーから商業 用トラ ックに至るすべてに軍 事的可能性を みい だしているペンタゴンの将軍たちが,東西貿易反対 の急先 鋒であ った。世界市場における ソ連石油との競争に恐 れを抱いてい る強力な 石油トラストは,東西貿易にとくに強く反対 した。さ らに コV ピ ューター独 占体のIBM は, コンピ ューター製造上の関連技術が社会主義諸国の手に わ たらない ようにした。 しかし, 丁現実の利益に関心を もう ほ とんどの合衆国の製造業者, と りわ げ機械工業や金属加工業に属する製造業 者は,数百万人もの労働者と一緒に なって社会主 義諸国との貿易拡大に対・して支持を表明した。そのような貿易
金融帝国変革の展望59 拡 大を 求め る圧 力は , 機械工業 の生産 が低 水準に まで 落 ち こ んだ1970 ∼71 年 の恐 慌や不 況 期に , と くに 強 くな った。 これ らの圧 力を 反 映 して モ ーリス・ スタンス 商務 長 官は ,東 西貿 易 の障害 緩和 を提 唱 し, さ らに1972 年 には ,合 衆 国と社 会主 義 諸国 と の貿易 額 は,間 もな く年 間数 十 万 ドルに 達す る筈 であ る,と の見 解を 表 明した 。」(Ibid.,pp.205∼206, 訳245∼246頁) しか 七 ア ノリ カと社 会主 義諸 国 との貿 易ぱ 微 々た る も ので,1971 年に わず か6億1,300 万 ドルに 達 したに す ぎず, これ は東西 貿 易総 額 の2.5 パ ーセン トで しかな く,また ア ノリ カの海外 貿易 全体 の1.5 パ ーセントに も満 たな かった 。と くに中 華人 民共 和 国 との間 の 貿易は, ア メリ カば か りで は な く 日本も, ない に 等 しい 程 度であ る。し かしな が ら,こ の東西 貿易を 社 会 体 制 の相 違を 超え て大 幅に 増大 させ ること は, 資 本主 義諸国 に とっ て も大い に 利 益 かお るであ ろ う。 次は本論 文 の テ ーマであ る 丁金融 帝 国変 革の 展望」‥に とっ て, きわ めて重 要 な「経 済的 お よび 政 治的危 機一 資 本主 義 の全 般的 危 機」 であ る。 「 景気 循 環は ,資 本主 義に 対 す る闘争に 影 響を 及ぼ す と同時 に ,そ の発展 に も影 響を 与え てい る多 くの要 因 の うち の重要 な もの であ る。資 本主義 の諸 矛盾一 経 済的 ,政 治 的,社 会 的, 国家的 , 軍事 的諸 矛 盾 は 今や治 癒不 能なほ どに 深化 して しま った。」「数 千万 人 の労 働者を 組 織す る 労働組合 と, 革命的 闘争 の 前線に 立 ち,そ れを 指導 す る多数 の共産 党 の大 部 隊とを も って い る先進 資 本主 義 諸国 の労 働者 階級 は, 資本家 の支配 に対 して, ます ます不 吉な脅威 を 与 え てい る。」 確か にイ タ リ アや フ ラソ ス は, そ して まだ まだ不 充分 ではあ る(とくに総評が社会党一党支持を改めていない点て) が 日本 乱 そ うい え る だろ う。 し か し パ ーa 氏 の祖 国 ア メリカは ど うか。AFL-CIO は巨 大 ではあ る が階 級協 調的 で大 体に おい て民主 党を 支 持 してい る よ うだ。共 産 党 の勢 力 は 微々た るも ので, 労働 党なしヽし社 会 民主 党 さえ 存 在しない 。 イギ リスで も トレ ード ・ ユニ オンは巨 大 だが これ又 階 級協 調的 だ し 現 在 労働党 が政 権を 握 ってい る が, 共 産党 の勢力 は 微々 た るも の だ。 だ か ら先進 資本主 義諸 国の ほ と んどす べ てに おい て,巨 大 な プ ロレ タ リ ア的 労 働 組合 と強大 な 共産 党 が存在 してい るかの ように 受け と れ るパ ーpi 氏 の言葉 は誇 張 であ る。 「民族 解 放闘 争は , 世 界の旧 植民 地な らび に半 植 民地 全域 に わ たっ て, 帝国 主義 の支 配を 弱 め てい る」(Ibid.,p.206, 訳246∼7 頁)。こ れは 正 しい 。第二 次 世 界大 戦後東 ヨ ーロ ッパ諸国 が社会主 義 国に な り, 中華 人 民共 和 国(そのソ
連 敵 視 政 策 は 世 界 の 社 会 主 義 勢 力 の 団 結 を 破 壊 し , 日 本 共 産 党 に 対 し て 武 力 解 放 主 義 を 強 要 して い る こ と は 不 当 な 内 政 干 渉 だ が ) と 朝 鮮 民 主 主 義 人 民 共 党 国 が 成 立 し , 印 度 が 独 立 し ( パ キ ス タ ン と バ ン グ ラ デ ィ シ ュ とに 三 分 裂 し て し ま っ た が ) , マ レ ー シ ア , イ ン ド ネ シ ア ( こ こ で は 進 歩 的 な ス カ ル ノ政 権 が ク ー デ タ ーに よ っ て 倒 さ れ て 反 動 的 な ス ハ ル ト 政 権 に と っ て 替 わ ら れ た が ) が 独 立 し レ タ イ で も 事 実 上 の 植 民 地 状 態 か ら 脱 却 し 。 ベ ト ナ ム , カ ン ボ ジ ア お よ び ラ オ ス で は フ ラ ン ス は も と よ り ア 犬 リ カ と そ の カ イ ラ イ 政 権 を 倒 し た 。▽ こ れ は 世 界 人 民 の 最 近 の 最 大 力 勝 利 で あ る 。犬ま た ア ラ ブ 諸 国 も 独 立 し , キ ュ ー バ で は 独 力 で カ ス ト ロ 社 会 主 義 政 権 が 成 立 し , 事 実 上 ア メ リ カ の 半 植 民 地 で あ っ た 中 南 米 諸 国 亀 次 第 に 独 立 に 向 い , 最 後 の 植 民 地 大 陸 と い わ れ た ア フ リ カ で 乱 ア ル ジ ェ リ ア の フ ラ ン ス か ら の 独 立 と ガ ー ナ の 独 立 に つ づ い て , コ ン ゴ ・ ケ ニ ア ・ ア ン ゴ ラ ・ モ ザ ソ ビ ー ク モ の 他 ほ と ん ど の 植 民 地 が 独 立 し , 残 る と こ ろ は 少 数 の 白 人 が 黒 人 を 支 配 し て い る ロ ― デ シ ア と 南 ア フ リ カ 共 和 国 の み と な っ た 。 こ う し て 今 や ア メ リ カ 帝 国 主 義 が 軍 事 基 地 を も っ て い る 半 植 民 地 は , ほ と ん ど 台 湾 と 韓 国 の み に な っ た と い っ て よ い だ ろ づう ( 尤 っ と も ア ノリ カ 帝 国 主 義 は 西 ド イ ツを は じ め 西 欧 諸 国 と 日 本 と そ の 他 の 地 域 に も な お 軍 隊 と 軍 事 基 地 を も っ て い る か )。 パ ーtコ氏 に か え ろ う07 ダ ・; て 社 会 主 義 世 界 は 資 本 主 義 と 併 存 し て い る 。 しそ れ は 経 済 的 に 乱 ……さ ら に そ の 他 の あ ら ゆ る 面 で 乱 年 々 強 力 に な う て い る 。 そ れ は , ま す ま す 多 く の 国 民 が , 彼 ら の 資 本 家 と 帝 国 主 義 支 配 と を 打 倒 し て い く に っ れ て , ま た 前 社 会 主 義 的 あ る い は 社 会 主 義 的 発 展 の 道 を た ど る に つ れ て , 勢 力 を 得 る の で あ る 。 社 会 主 義 世 界 は , 依 然 と し て 資 本 主 義 世 界 に と ど ま っ て い る 国 の 反 資 本 主 義 ・ 反 帝 国 主 義 勢 力 の 指 導 的 役 割 と し て 作 用 し で い 名 。」(Ibid. ,pp.206 ∼207, 訳247 頁 ) 今 や 世 界 の 陸 地 の 約3 分 の1 , 世 界 の 人 口 の 約2 分 の1 が 社 会 主 義 圏 に 入 っ て い る 。 そ 七 て ア ジ ア , ア ラ ブ , ア フ リ カ , 中 南 米 の い く つ か の 国 々 は , 前 社 会 主 義 的 発 展 の 道 を た ど ぅ て い る 。 社 会 主 義 国 の 現 実 が 資 本 主 義 国 め 労 働 者 を 中 心 と す る 勤 労 人 民 大 衆 に 指 導 的 役 割 を は た し て い る と い う こ と に つ い て は , 最 先 進 社 会 主 義 国 た る ソ 連 邦 の 現 実 に う い て の み 簡 単 に 述 べ よ う よ ソ 連 邦 で は 工 場 労 働 者 の 労 働 時 間 か 極 度 に 短 縮 さ れ , 労 働 条 件 が 徹 底 的 に 改 善 さ れ た 。 も ち ろ ん 失 業 者 は1 人 も い な い 。5 ヵ 年 計 画 は す べ て3 年 な い し4 年 で 達 成 さ れ , そ の 生 産 力 は 今 や ブ メ リ カ を 凌 ご う と し て い
金融帝国変革。の展望61 る。 だか らもちろ ん恐 慌 は ない 。 イ ン フレ ーシ ョンど ころ か 消費 財 の価格 は 計 画的に 年 々 引下げ られてい る。 コル ホーズ も ソホー ズ もます ます 発展 し て い る。大学や 研 究所 に 勤 め でい る学 者 たち は最 高の頭 脳 労 働者 と して, 熟 練労 働 者の何倍 も の給 与を え てい る。国 営 住宅 はす べて の国 民に 完全に 提 供さ れ, 充 分な広 さを もっ てい る。所 得税や 地 方税 は全然 ない 。医 療 は す べて 無料 で あ る。60 歳 以上に な れば, い く ら職場 を 転 々と してい て 乱 退職 時 と同 額 の終 生年金 が与 え られ てい る。 大 学は 入学 試 験はあ るが,入 学す れば 親 の収入 は 問わずに学 費 は もちろ ん独立 して生 活で きる だけ の奨学 金 が全 学 生に 支給 さ れ る。 革命後60 年 を 経た ソ連邦 は, 今や 勤 労人民 大衆 に と って は 世 界中で 最 も「富かな国」であ る と断 言 して よか ろ う。 ガル ブレイ スは 『 豊か な社 会 』と い う本を 書い て ア メ リカ帝国 主 義を 讃美 してい るが,そ れは 億万 長 者 が資本 主 義諸国 の中 で一 番多 い とい うこ とであ って ,労 働者を は じめ勤 労人 民大 衆 に とっては「 貧 しい 社会 」 であ るこ とに変 りは ない 。 社 会主 義 が資 本主 義 よ りも,勤 労者 に と ってず っと 豊かな 社 会を 実 現 してい るこ とが 解 れば, アノ リカや西 ヨー ロ ッパや 日本 な どの人 口のせい ぜい1 パ ーセ ン トぐ らい の巨 大 金融・独 占資 本家 = 億万 長 者 とそ の 高給召 使い人共 とブ ルジ ョ ア政 治屋 共− そ の合計 はせい ぜい 人 口の2 パ ーセ ント ぐ らい だろ う一 以 外 の勤 労人 民 大衆 が社会主 義へ の道を 歩 む ことを 希望 す る のは 当然 であ ろ う。 但 し ソ連邦 で も 大十月革 命か ら社 会主 義 的生 産 様式 の成立 までに は約15 年 かか っ てお り,そ の後ナチ ス ドイ ツの 侵略戦 争 に よっ て大 きな破 壊を うけ ,上 述 の ような豊 か な 社会主 義社 会 がっ ぐりあげ られ た のは, おそ らく1955 年 ない し60 年 ごろ で あ るうと推 測 す る。そ の うえ 現在 で も昨年は ,数百 万 トソ もの小 麦や ト ウモ ロ コシを ア メリ カそ の他 か ら買い 付け ねば な らぬ程 の農 業 部門 の不 振 もあ る。 もちろ ん今後 社 会主 義 へ の道 を歩 も うとす る高度資 本主 義 諸国 は, ソ連邦 の 場 合 よりはず っと早 く人 民 に と っ て豊か な社会 主義 社会 を実 現 し うるであ ろ うが,そ れで も社会 主 義 革 命後 数 年は かか るであろ う。 パー-a氏 はっ づげ てい う。「こ の ことは す べて, そ の体 制を 崩 壊 させ る以 外には解 決 されえ ない , 資 本主 義世 界 の致命 的な 危機を 物 語 っ てい る。 ロシ ア革命以 来 継続 し, か つ深 化 して きた この危 機 は, マル クス・ レ ー ニy 主l 義者に は資 本主 義 の全 般的 危 機 と して認 識さ れてい る。 資 本主 義 の全 般的危 機 の一 側面を 制 御 す る企 て が, た とえ一 時 的に成 功 した とし て 乱 そ れは た
だ他の側面の,もっとはげしい危機の爆 発につな がるだけである。」 そ の よ うな企ての最も代表的な もの鶴 さきにパーロ氏が批判した ケイン ズ理論の 適 用であ る。そ れはい わ ゆ る「 完全 雇 傭」 実は資本制生産に とって必要 の達 成 の だ で あ る が,資 本主 義体 制 の危 機を 招 かない 程 度 の失 業 率( パーロ氏によれば4 パ ー セ ン ト だ と の こ と で あ る 。 後 掲 参 照o ) に 抑 え る に す ぎ な い め に , イ ン フ レ ーシ ョ ン 政 策を 公 然 と 支 持 し , さ らに 軍 需 産 業 の 拡 大 と戦 争 さ え も 擁 護 す る に 至 っ て い る 。 パ ーp 氏 は い う 。「 こ の よ うに し て , 独 占 資 本 の た め に 経 済 を 刺 戟 し , 景 気 後 退 を 防 止 し よ う と す る 政 府 の経 済 規 制は , … ‥・・必 然 的 に い つ も イ ン フ レ ー シ ョ ン に つ な が る の で あ る。 イ ン フ レ ーシ ョ ンは , 過 剰 生 産 恐 慌 と 同 様 , き わ め て 社 会 的 な 緊 張 を 強 くす る 。 そ の 治療 は 病 気 〔癌 とい うべきだ〕 と 同 様 に , な か な か 困 難 で あ る 。 軍 国 主 義 と対 外 投 資 は , 大 企 業 の 経 済 規 制 や 経 済 促 進 計 画 の 中 で 大 き な 役 割 を 果 し て い る 。 し か し , 軍 国 主 義 は そ れに 関 連 す る す べ て の 悪 を 引 き 起 し , 対 外 投 資 は 海 外 の搾 取 さ れ て い る 人 々 か らそ の 投 資 を 守 る た め に , 戦 争 に つ な が る の であ る。 き び しい 経 済 恐 慌 よ り 乱 ベ ト ナ ム戦 争 の 方 が 資 本 主 義 国 内 の政 治 に 対 し て , よ り 少 な い 損 害 し か 与 え な か っ た と誰 が断 言 で き よ う か 。」(Ibid.,p.207, 訳247 頁 )ベ ト ナ ム戦 争 は 昨 年4 月 末 に ベ ト ナ ム民 族 の ア メ リ カ 帝 国 主 義 に 対 す る 完 全 勝 利 に 終 っ た 。 今 や ア メ リ カ 帝 国 主 義 の 堡 塁 と し て 残 さ れ て い る の は 極 東 で は 台 湾 と 韓 国 と そ し て 日 本 だ け で あ る 。 そ の 内 で も 最 も 決 定 的 な の は , ア タ リ カ 帝 国 主 義 とモ の 手 先 で あ る 朴 フ ァ シ ス ト 政 権 か ら の 南 朝 鮮 人 民 の 解 放 で あ る と 思 う。 「 経 済 上 の 後 退 や 恐 慌 を 含 め た す べ て こ れ ら の 要 素 は , ア メ リ カ 国民 を ま す ます 独 占 資 本 に 対 す る 積 極 的 な 闘 争 に 引 き ず り 込 ん で い る 。 同時 に ベ ト ナ ム と チ リ〔ここでは まことに残 念なが ら一昨年9 月11 日CIA の手先 とな った 軍部 の クーデタ ーに よって√選 挙に よっ て成立した アジ ェン デ社会主義 政権は 打倒された。] に 至 る ま で の 発 展 途 上 国 に お い て は , ア メ リ カ 帝 国 主 義 の利 益 や 行 動 に 対 し て 鋭 い 打 撃 が 加 え られ てい る 。」(lbid.,p.207, 訳248頁 ) 「 私 は , た び た び 過 激主 義 者 が 次 の よ う に 主 張 す る のを 耳 に し て き た 。 即 ち 『 次 の 不 況 ま で しば らく 待 て ! 』 と。 こ の 意 見 の 背 後 に 潜 む 考 え は , き び し い 経 済 恐 慌 は 労 働 者 階 級を 真 に 革 命 的 な 闘 争 水 準 に ま で 高 め る だ ろ うと い う こ と で あ る。」「 し か し こ の ス=t − ガ ン は 受 身 的 な 文 句 であ る。 経 済 の 歴 史
金融帝国変革の展望63 は1929 ∼32 年 の恐 慌 と まっ た く同 じ形 で 繰 り返 す ことは ない であ ろ う。 革命 は,た だ経 済恐 慌 の場 合に のみ勃 発す ると一 般に 信 じ られ てい る。 しか し事 実 におい て は ,現 在 まで成功 した14 の社会主 義革 命 の うち ど れ一 つ と して, 過 剰生 産恐 慌 の 間に 生 じた も のはな か っ た 。」(Ibid・,pp.207∼2C8, 訳248頁) ここで一 言 せ ねば な らぬ。 第 一は , 他な らぬ カ ール ・ マ ル クス 自身 が恐 慌 と 革 命とを 結び つ け て考 え てい た のだ とい うこ と, 第二 に 今 ま でに 成功 した社 会 主義革 命 はほ と んどす べて 第一 次 と第二 次 の世 界大 戦 の結果 成 立 した とい うこと, し か し第三 次世界 大 戦が万一 起 ればそ れは全面 的 な核 戦 争 とな り人 類を 滅亡 させ るこ とは 必至 だ か ら,そ れだけ はな ん と して も絶対 に 阻 止せ ね ば な らぬとい うこ とであ る。 ト資本主 義 の全 般的 危 機に と もな う新 しい恐 慌 の兆 候 と新 しい 矛盾 は, 労 働 者階 級 とそ の 同盟 者に 対 して 社会主 義を 建設 す るた めに 革 命を 起 七権 力を 握 る ように 拍 車を かけ るだ ろ う。 確 かに ,過剰 生産恐 慌 は, 常に 社 会的 な緊 張 を 増大 させ る。 そ し て,労 働 者階 級に よる革命 の準 備 とそ の 遂行 は, 他 の時 よりもそ の過 剰 生産恐 慌 の時 期に ,より多 く発 生す る可 能 性 かお る。」(Ibid.,p.208, 訳248∼249頁)パ ーpt 氏は ほ んの さっ きい った こ とと全 く反対 の こ と をい ってい る。 私 は 後 の方 の見 解が正 しい と思 う。 但 し, 高度資 本主 義国 と くに ア タリ カ帝国主 義 に 半ば 占領 さ れそ の軍隊 と軍事 基 地 が未 だた くさ んあ る ばか りか,そ の手 先 の カイ ライ軍 であ る 自衛 隊 が太平 洋戦 争 の 初 期 の 頃 (中国全土侵略戦争の段階)以上 の 戦力を 持 ってい る 日本 で は, こ の革命 は民 主 主義革 命 日米 安 全保 障条 約 の破棄 と自衛 隊の民主 的改 革 お よび現 在 の 金融・独占資本家本位の経済・財政政策を180度転換させて 勤労人民本位 の 政 策に切り替ることだけで,現行の「 日本国憲法」はい ささかも変更しない であ るば か りか, そ の革 命 は平 和 的に 国民 の過半 数 の支 持を え て行 われ わ が 国 では 一昨年 の春闘 では31 ∼33 パ ーセン トの,昨年 の春 闘で ね ばな らない の であ る。 「1929 ∼32 年 恐 慌 と全 く同 じ形 で繰 り返す こ とはない であ ろ うが,今 日拡 大 しつつ あ る経 済的 矛盾 は, 戦後 期 のど の恐 慌 より もは る かに きび しい 恐慌 万が発生す る可 能 性を ます ます大 き くしてい る。」 パ ーロ氏 の予 言は 的中 し た。 本 書が 書か れた1973 年9 月か ら僅 か3 ヵ月後 め1973 年12 月に オイ ルシ ョ ック を契 機とし て現 在進 行中 の クリシ スフ レ ーシ ョソ が始 ま った 。物 価 は 暴騰 し て い る
は16 パーセy ト以上のベ ースアップを 呑まざるをえな かった程の,否そ れで も消費財に対する需要が大幅に減少していることから解るように実質賃銀は 低 下 し てい る のに,約25 年 間 超 高 度成 長を 続け て きたGNP (国民総生産) は昨年度は ゼl==・成長,今年度はおそ らくマイ ナス成長 とい う異常な事態とな った。中小企業は もとより大企業にもすでに 倒産がは じまってい る。株価は 下落 しつづけ てい る。国庫も地方 自治体の財政 も赤宇になり,給料遅配が始 まってい る。やがて欠配 も起るかもしれない。そしていずれは民間企業で も 給料 の遅配・欠配が起るであろ う。 需要の減少のために生産が縮小してい る の で, 失業者は 増大しつつある 希望退職者の募集や企業合理化 の名のもとに,事実上大規模な解雇も行 な わ れ,そ し て新規 採 用はす でに 減 少し てい た 昨年 度 に比 べ て,今 年 度は一 切 せぬ 企業 が約 半数 ,採 用す る企業 で も大学 卒 で43 パ ーセン ト,中 高 校卒 で54 パー セン トとい う有様 であ る。 そ のた めに大学 の4 年 生が多 数 自殺 し , 高校3 年 生 や中 学3 年 生 も同様 で あ るば か りか,そ れ以 下 の中 学 生や 小 学 生 に さえ多 数 の 自殺 者が で てい る。 し か もそ れが鍵他 産業 であ る金 属 ・機 械工 業 で 最 も深 刻な のだ か ら事 態は まこ とに重 大 であ る。 こ の よ うな 事 態 の もと で, 勤労 者 のさ さや かな マイ ホ ー ムの夢を ほ んのち ょっぴ り満た す た め の住 宅金融 公 庫 の融 資を , 日本一 の マン モ ス企業 新 日鉄 がこ れ また 日本一 の マソ モ ス金融 機関 た る第一 勧銀を 通 じ て幹部 社 員の社宅 用に 先取 りし てい た こ と が発 覚し た こと は, 金融 ・独占 資 本の 国家 との癒 着 とそ の手段を 選 ばぬ 人 民 大衆 か ら の最大 限 の収奪 ぶ りを 示 す 氷 山 の一 角 であ るとい え よう。 ト こ れは正に 戦後 最 大の恐 慌 であ るど ころ か, 資 本主 義 がかつ て経 験 した最 大 の恐 慌であ った1929 ∼32 年 恐 慌 以上 に 悪 質 な もので あ る。29 ∼32 年恐 慌 で は物 価 が暴 落しだ のに ,73 年 ∼恐 慌 では 物 価 が暴 騰 しつづけ てい る。 一昨 年 か ら昨 年半 ば 頃 まであ まりに ひ どい イ ン フ レ ーシ ョンに, しぶし ぶ 公 定 歩合 の引上げ な ど僅か な イン フ レ対 策を と らざ るを え なか った 自民 党政 府 は まだ まだイン フレ ー シ ョン の速 度は 変お ってい な い どこ ろか, 石 油や 鉄 鋼 な どの値上 が りに よって さ らに 加 速さ れ てい る のに ,早 速公定 歩 合を 引き 下 げ ,公 共 料金(酒・煙草・郵便・電信電話・国鉄料金等々)を 大 幅に 引上 げ , さ らに 赤 字国債を 発 行 し,財 政投 融 資を 大 幅に 増 大 し てい わゆ る公 共 土木 事
金融帝国変革の展望65 業 費な どに投 下 し,そ の うえ 金融 ・独 占資 本へ の減 免税 はそ のま まに してお いて ,勤 労人民 大衆 に対 す る 課 税は さ らに苛 酷に し よ うとし てい る とい う, 正 に反人 民的 な政策を 実 施 しつっ あ る。 しか し, も し 屯政府が こ れ らの政 策 を 実行 した と して 乱 決し て こ の クリシ ス フレ ーシ ョソ を 止め るこ とは でき な いであ ろ う。 私は ここ まで 日本経 済の現 況 の こと だけ を 書い てきた 。し かし アメ リカや 西 ヨーロ ッパ諸国 で も事 態は 大 体にお い て同 様であ ろ う。 現在 の クリシ ス フ レ ーシ ョンは 明 らかに 資 本主 義 世 界全 体を 襲 っ てい る。 昨年9 月5 日, フ ォ ード大統 領暗 殺 未遂 事件 が 起 った 。私 は もち ろ ん, テ ロリ ズ ムには 絶対 反対 で ある。 しか しそ の犯 人 リネ ット・ フ=i ムが ロ走 った とい う「こ んな 男は大 統領じ ゃな い よ。 アy リ カは 目茶 苦茶 じゃない か上 とい う言葉 は, クリシ ス・ フレーシ ョソ下 にあ る ア ノリ カ人 民 の 真情を 吐 露 した も の では ない か。 フ ォード大 統領 は ウ ォータ ー ゲー ト事件 で失脚 した フ ァシ ス ト・ ニ クソン 前 大統領 そ っく りそ の ままとい うより 乱 最 高 の金融寡 頭た る ロ ックフェラ ーを 副大統領に すえ た こ とだけ を 見 て 乱 一 層 悪質 な フ ァシ ス トだ と思 う。 彼女 の ボス, チ ャ ール ズ・ マン ソン が 「やが て米 国は 人 種戦争 に よって 滅 亡 する」 と予言 し てい るこ と も,黒 人 の就 職 率は白人 の約2 分 の1, 就 職 し て も給与 は白人 の約2 分 の1 とい う現状 の もと では, た わ ご ととはい え ない と思 う。 しか しこ のマ ン ソン ・ フ ァ ミリ づ ま, 方法を 間 違え て い る。か つ て19 世 紀 の7,80 年 代に ツァ ーを 暗 殺 した ナy-Jード ユキたち の よ うに 。そ の一 人 であ っ た レーニン の兄 が ツァ ー暗 殺 未遂 で 死刑 に処 せ られた と 乱 若き レ ーニッ が い った と伝え られてい る「 この 仇は 必ず 討 つ。 但 し違 った 方法 で」 とい う有 名な言葉を 想起 された い。 レ ー ニンは, こ の 言葉を見事 に実 行 した。 大十月 社 会主 義革命に よっ て。 い うまで もな くレ ーニンは プ ロ レタV アー トを 結集 してボルシ ェ ヴ ィキを 結成 し,そ れが労 農 兵 ソ ヴィエ トで 過半数を 制 す るこ とに よって, こ の勝 利を 得 た の であ る。「違 った 方法」 とい うのは正 に こ の こ となの であ る。 テロリ ズムに よっては 絶対 に 体 制変 革は で きない。 階 級闘争 の勝 利 の みが そ れをな し うる のであ る。 「共 産主 義者 のと るべ き 態度 は恐 慌 の発生 を 喜ぶ ので はな くて, 労働者 階
級に 対 す る恐 慌 の有 害な 結果 と闘 うことであ る。 そ の よ うな 直接 的な 譲歩や 改 良のた め の闘争 は , 革命的 闘争 と不 可分に 結 びつ く こと で,あ らゆ る矛 盾 と諸 悪 の根 源であ る資 本主義に 終 止符を 打 ち, さ らに は社会 主 義を 樹立す る こ とにな る であろ う。」(Ibid・,p.208,訳249頁)正に 然 り。 こ れは 決 して構造 改 革論 で はな い。 た だ 日本で は上記 した 事 情で 当面 は 民主 主 義 革命が 目標で あ り,金融 ・独 占資 本 の廃絶 では な くてそ の規 制が 課 題 な のであ る。 V 最後の章Xi は「国民経済計画の展望」と題されてい る。 パ ―ロ氏はい う。 「景気循環や経済成長に及ぼす労働者とその他の[勤労者] との反独占集団 の プ ロ グ ラ ム に対 す る合 衆国 の勤 労大 衆に よ る最大 の努力 は,第二 次 世 界大 戦 の終 り頃主 だった 労働組 合 の中央 部に よっ て提 案 さ れた完 全雇傭 法 の中 に表 現 さ れた。 そ の法 案は, 民 間産業に 雇 傭さ れない す べて め労働者 に 仕 事を 与 え る とい う政府 の責 任を 明確に した 。1945 年 上 院に上 程 さ れた後 , そ れは 政策 と し て次 の ように 宣 言さ れた。『働 く能 力か お り, か つ 仕事を 求 め てい るす べ てのヱ メ リカ人 は ,有用 で充 分な 報 酬か お り, 正 規で 常傭い の 仕 事を もつ 権 利を 有 し てい る。 そ して教 育を 終 え, さ らに 一 日中 家事に 専 念 す る義 務 もな く, 自由に 働 く権利を 行使 す るす べ ての ア メリ カ人 は,い つ も 充 分 な 雇傭機 械 の存 在を 保証 す るこ とが,合 衆 国 の方 針 であ る。」]」 「 完全 雇傭 法 案は, 民 間産業 ,州 な らび に 〔連邦政 府〕 が 雇傭を 最大 限に 促 進す る ような政 策を 必 要 とした。 しか しな が らそ れ はモ の他に, 次 の よう な条 件を 規 定 した。『継 続的 な 完全 雇傭を 確 実に 達 成す るた めに は, そ れ ら がなけ れば 達成 さ れえ ない 程度 まで巨 額 の連邦 政 府投 資 や支 出を な すこ とが, 連 邦 政 府投 資や 支 出を な す,ニとが連邦 政府 の より大 き な責 任であ る。 そ して, 連 邦政 府 に よ るこ の よ うな投 資や支 出は, 国富や 福 祉に 寄与 し, さ らに 民間企 業 の 雇 傭機 会を 増大 さ せ る よ うに 企 画さ れ るだろ う。』」(Ibid・,p.209, 訳250 ∼251頁) 「 そ の法 案 は 『自 由競争 企業 』に対 す る忠 誠 ,な ら びに一 見 した ところ , 社会 のあ らゆ る階 級 の相互 の利 益 と思わ れる 事柄 につ い て の主張 で満 たされ てい た。 しか し, 明 らかに こ れ らの『諸原 則 』]は 法 案に 述 べ られ てい る完全 雇 傭 目標一 根本 的に は, こ れは資 本に 対 す る労 働者 の階 級闘争 の目 標であ
る 金 融帝 国変 革 の展 望67 と は 基 本 的 に 矛 盾 し て い る 。 完 全 雇 傭 法 案 の 立 法 化 は , モ の 推 進 者 だ ちが目論 んだような調和 のとれた進歩につながることなく,労 働者たちに と っては,今まで よりもいっそ う有利な立場か らの, より高い 闘争のための舞 台を設定することになった。丁「そのような根本的な対策は,労働者に好まし い方法で,いいかえれば,政府生産を通して民間生産め不振を埋め合わせる ことに よって,下降傾向を できるだけ 少くする効果を もってい る。 もし労働 者が重大な影響を もつ政府によって統治されるな らば,その根本的な対策は 大会社の経営者の力を 弱める方向へ向っての大きな一歩とな り,国民の社会 的要求を 供給する方向で,より広範となる国家経済部門の成長を 促進する傾 向をもつ だろ う。」「これは ファシ ズムに対する戦争,すなわち社会主義ソ連 邦と同盟を結んで戦った戦争の時期であ った。そ れは進歩的 な影響が比較的 大きい時期であ り,もらとも反動的な財界の影響が最小化された時 期であ っ た。かくして,その提案は推進されることができ,現在かなりの進歩を示し ている。」(Ibid.,p.210,訳251頁) 「完全雇用とい う考えに対 してはその反対者でさえ, 口先だけ でも賛成せ ざ るをえなかった。 しかし,資本は, 議会および政府を支配し続け た。労働 組合の指導者たちは 反資本主義者ではなかったし,又わざわざ大企業を打倒 しようとい う意思ももっていなかった。し彼らぱ,独占資本が戦後 の国内な ら びに国際的な攻勢に乗りだす手段である冷戦とい う反共イデオ巨ギーと結託 七だ。完全雇傭法は葬 り去 られた。そ れに代うて,議会は1946年雇傭法を通 過させた。『完全』 という 文字がタイ トルから削られた だけ ではない。 それ は考え方そのものか らも削除 されてしまった。目標は,完全 雇傭を達成する こ とから『高水準よ の雇傭を 達成することに切換え られた。・・…・しかも『高 水準』の雇傭を実現するとい う限 られた目標でさえ条件つきであ った す なわち民間 企業 を 保 護 す るこ と と矛盾 し ない 方法 に よっ て追 求 さ れ るとい う ものであ った。 こ の制 限 は,利 潤を 減少さ せた り,あ るい は労 働 者 の搾 取 率 を 低下 させ ると思え る政 策に 反対 し, 通常は そ れを 阻 止 す るた めに 資 本家 が 利 用できた し,又 よ く利 用 さ れた も のであ る。」「1946 年 雇 傭法 の 本当 の性格 は,自由主 義的 な擁 護論者 た ちが , そ れを 『 労働 者の 大憲 章』, つ まり完全 雇 傭の 真の保証 であ ると賞 讃す るこ とを妨げ なか った。 今 で も擁 護論 者は, この法 律の ことを 『 完全 』 雇傭 法 だ と称 し てい るが, ニそ れは 失業 率 が4 パ ー
セン ト もあ る のに ,『完全 』 雇傭法 と呼 ぶ よ うに , 極 め てい か さ まな , ご ま か し の用語 な のであ る。」(Ibid.,pp.210∼211, 訳251∼252頁) こ れか らパ ー ロ氏 の提 言が展 開 され る。「 有意 義 なプ ロ グラ ムを 実 質的 に 実 現す るた め の前提 は, 賃労 働者や 給料 労 働者 は もち ろ ん農 民や 小事業家 た ちを も含 ん だ勤 労大 衆に よって監 督さ れ る と同時に , 明 らかに 彼 らを 代表す る一 つ の党 〔パーロ氏もそのy ムバ ―であるアタリカ共産党〕な い し 連合〔革新 統一戦線〕とい う政治 権力を 獲 得す るこ とで あ る。 そ う し て設 立さ れた政府 な らば ,現 在 の 雇傭法 の下 で も何 らか の 規制 力を 行 使す るこ とがで き るであ ろ うしレ さ らに 必然的 に, 闘争 の過 程に おい て, 自 らの 壮 大な 計 画を 形成す るであ ろ う。」(lbid.,p.211, 訳252頁)ここ で予 め断 わ っ てお きたい ことが あ る.以下に展開されるパーロ氏のプログラ ム 産党の行動綱領の反映であろ う そ れは おそ らく ア メリカ共 は , 確かに 正確 であ る。 な るほ ど農民や 会 社 員や 中 小 商工業 者 の ことを 考 え てい る こ とは評 価 し ていい 。革 新統一 戦 線 は確 かに 彼 らを 主 とす る民 主諸 団体を 包摂 せ ねば な る まい。 しか し政党 の レベ ルで は ど うか。 パ ー ロ氏 自身 も認 めてい る ように , ア メ リカ共 産党 め力 は 現在 なお 微々た る もの であ り,労 働党な い し社会民 主 党 も存 在 しない 。AFL-CIO は巨大 で はあ るが,AFL の幹部 は階 級協 調主 義 者であ る。 第二 次世 界大戦 前の フラ ン スお よび ス ペイ ンの人 民 戦線政 府 の経験 乱 大 戦 中に フラン ス,イ タV ア 等に お い て展 開 さ れた レジ スタ ンスの経 験 乱 ア メリ カ人民 は知 らない 。進 歩 的な 動 向は 唯一 つ1929 ∼32 年 恐 慌後 の ニ ュー ・テ ィ ール( パーロ氏もかつ七 はそれに参画していたとのことだ)だけ で あ り, そ れ も明 らかに資 本主 義の枠 内に おけ る部 分 的改 良に す ぎなか った こ とは ,そ れに 統 い て1937 年に恐 慌 が 起 り, そ れを 喰 止めた のは 皮 肉な こ とに 第二 次世 界 大戦 の勃 発 であ った とい う事実 が証 明し てい る。「 連合 」 に つ い て語 る のな ら, そ の相手 方の ことを 考え ねば な る ま い 。 私 は(場合に よっては,共産党もその中に発展的に解消しう るような),CIO を主 な 母 胎と し他 の民主 的 諸 団体を 含む 幅 の広い 「 ア」リ カ 労働 者 農民 党」 ない し「 ア メリ カ人民 党」( この方が良いと思う)の 結 成 が 急, 務 であ ると考 え る。 パ ーロ 氏は 続け てい う。「い うまで もな く,本質 的 な構 成要 素は平 和 であ る。, そのことは, アj リカ帝国主義が推進ないしは支援しTてい るすべての戦争の