臨床講義
急性膵臓壊死(Akute Pankreasnekrose)
東京女子懲學專門學校外科教室教授欝魁三藤寛
急性膵臓壌死の記載は遠くユ672年George, Greise1に幾ってるて,其後欧米に於 ては次々と多数の磯表がある。著聞するものはSchmieden s・Sebening等1510例 (1927年)の報告例である。從來我が國では本症は稀有の疾患であるかのやうに見徹さ れてみたが,近時症例は盆々増加する傾向があり,腹部の急性疾患診療に當っては一 度は考慮の中に入れねぼならぬ位になって來た。 現 病 歴 本日の患者は28歳,屋外警働者,男性,酒客,今月(昭和11年11月)7日朝は 元氣よく仕事場に出で,常食も普通に搦つたが,午後三時筆軸胃部膨満感あり、。次で 上腹部より膀部特に背部に放散する激痛が起り,鎭痛剤の注射をう.けたが輕快せす, 「ヒマシ」油を服用したが吐出してしまった。彊吐は四,五方あって始めは食物の淺澄 を,次いで苦い液を吐出したと云ふ。便通なく腰痛を訴へて居る。 以上の如くで,上腹部激痛を主訴として,褒症の翌日今月八日に來院したものであ る。 家族歴,父は腸「チフス」で死亡し,母は健在,同胞四人あり。患者の外は皆健康で ある。遺傳的關係は認められない。 翫往歴,生來健康で,肝臓の疹痛,腹部の外傷,癒痛獲作,黄疸,胃腸病等,共に 経験したことがなく,27歳で結婚し,子供はない。非常な酒客である。喫煙はな o ob6
現症,顔貌は苦悶朕を呈し,皮膚は蒼白で貧血性,膿格申等大,榮養佳良,皮下脂 肪組織は寧ろ過剰の程度である。瞳孔に異常はなく,舌は白苔を被ってみるが繍閏 である。 呼吸一分時22,胸型,脹搏約100,整調であるが,緊張は弱い。艦温撮 ____第 7 着≧ 381 一58 三藤一寓急・性膵臓窒死Akttte PankreasnekrOSe 氏37度,咳漱喀辱なく胸部臓器には理學的に異常を認めない。腹部は中等度に膨満 し,到る虞,鼓音を呈してみる。上腹部及び膀周園に座痛があり,腹壁が租々緊張し てみる。蠕動不穏,「グル」音等は讃明しない。四肢には異常を認めない。 以上の所見から急性腹部症(acute Abdomen)であることは違ひないが,尚診断を 確めるため次の諸検査を行った。その結果は次の通りである。 先づ腹門馬純撮影像によると,胃底部は野々上方に潭i排され,+二野七二蹄は瓦斯 を質して著明に見ることが中学,胃,十二指腸の聞隙は握大してみるので膵腫脹と云 ふ「レ」線診噺を下したe 血液所見,血液型AB型,血色素量85%(ザーり一氏法),赤血球激570萬,白血球 数17200,白血球種類,中性嗜好多核白血球93%(二丁型13%多核型80%),「エ オジンA嗜好性多核白血球0%,鞭基性嗜好性多核白血球0%,淋巴球7%(大淋巴球 3%,小淋巴球4%),大箪核細胞及移行型0%。 赤血球沈降蓮度中等憤3, 尿所見,辞色,門々三下,酸性,比重1038,蛋白窮陽性(ヘルレル氏法),糖弱 陽性,沈渣に盛i類はあったが管柱は認められない。ウオールゲムート氏80分法に:よる {一 aアスターゼ」定量値は實に2048軍位である。 之までの雪見を綜合し,急性膵臓壌死なる臨床診賭の下に二時手術を施行した。 開腹術所見,盤酸「ト・パコカイン.伽「ヌペルカイン.高位腰椎麻酔に「ツトカインj 液局所浸潤麻醇併用の下に,右側下腹部斜切開。皮下脂肪組織,筋肉共に稜肯良 好腹膜は多少浮腫状を呈し,瀦溜液を透見する。腹膜を旧くと同時に多量の血液性 漿液性液が盗出し,電氣吸引器を以て杢:量約1500ccを吸引排除した。轟様突起は小 さく,炎症はない。之を法め如く切除して「ヨ e一ドブオルムガーゼ」を挿入し,次 で,上腹部正中皮切。此庭でも滲出液を充分に梯拭した上,精査すると,:大網胃結 腸靱帯に粟粒大め黄色脂肪壊死斑が到る庭に認められ,「レ」線爲眞所見と同じく,胃 底部は少しく上方へ座排され,十二指腸係蹄は瓦斯を含有し,膨満丁張してみる。胃 前壁に鳩卵大,塊i避状となれる浮腫性脂肪組織の腫瘤があり,肝臓謄嚢には異常を認 め得なV・。膵前壁を露出し,被膜を切開することなく;膵前面,脾臓に近V,XB位に到 る迄,「ヨードフォルムガーゼ」を挿入,一一部腹壁を縫合して術を絡る。術後直ちに リンゲル氏液1000cc並に強心剤の皮下注射を行った。 術後の経過 野洲:後鰹濫撮氏37度2分,判型激105,呼吸数21であった。本日は第二 日目であるが罐温36度8分,脹搏数92,呼吸数24,嘔吐があったが,胃三二後落若い 一蹴 7 巻382一
三三藤=急性膵臓壊死 Akute Pankreasnekrose 59 てるるやうである。 腹腔内浸出液:の「ヂアスターゼ」値は1024であった。 原 因、 次に本症に就いての一般的事項を申述べることSする。 先づ本症の難生原因については今際いろいろの疑義があり從って,急性膵臓壊疽, 急性膵臓炎,急性壊疽性膵臓炎,急性出血性膵臓炎,脂肪壌死叉は膵臓自家溝化症等 の種々なる名穗が附けられてみるが,要するに膵臓の生艦内沿化作用に基づく疾患で あるごとは疑ひなく,急性膵臓壌死の名筆で統』するのが正し.いと思ふ。 蓬田脾禮質,酒客等が誘因的關係を有するとされて居り,此の患者に於てもそれと 一致してはみるが,必ずしも斯様な髄質の者のみを襲ふものでもないのである。
病 理 解 剖
本症の開腹時には,皮下,腹膜,大綱,腸髄膜,腸の表面に存する脂肪組織に多数 の友白黄色の斑鮎を認めることが多く,叉常に腹腔内には多量の血液性漿液性の浸出 液がある。 膵臓自己の攣化としては,軍に膵臓浮腫と呼ばれる程度のものから,出血を主とす るもの,組織壊死を示すもの等種々あり,本患者に於ては膵頭部は浮腫歌を呈し,鰹 部より尾部にかけて壊死竈を認めたのである。腸内細菌の感染が起れば化膿性膵臓炎 となり,膵夢中に膿瘍を形成する。 浸出液は膵臓周園特に網膜嚢に催事し,化膿すれ,ば網膜嚢膿腫をつくる。更に横隔 膜下膿瘍,後腹膜膿瘍を形成することもある。温
低斤、 上腹部に突聾した激痛,鼓腸,膵臓腫瘤をふれ,或は膵臓部の抵抗,尿及び血清の 「ヂアスタ ・一ゼJ値,糖尿,「レ」線検査等によって診断される。殊に本例に於ける様に 肥月孚者であり,酒客である場合には條件が揃ってみるが,必ずしも之等に重きを置く ことの出來ない事は前にも申述べた庭である。 膵臓の機能的診断法には種々のものがあるが,急性期に於て意義のあるのは「ヂア スターゼ」値測定であって,通常ウt一ルゲムート氏38度30分法によって,尿では 16−64を生理的限界とされてみるが,本症の場合には500一一一一1000一一2000と云ふ 一鶴 7 巻383 一・60 三.藤・=・∫濠i生膵臓壊死 Akutc PankrごaSnekrOse やうに増加することが多く,此の程度は豫後にも關係するものNやうでめる。 血溝に於ける同値は尿に於ける値よりも低く,其D動揺の朕態も鈍であるから,尿 で槍査する方が宜しい。 要之,臨床所見,,血液所見,尿の「ヂアスターゼ」値,腹部「レ」線輩純撮影の結果を 綜合して,急性膵臓壊死であること,及び病勢の進行程度を診噺しなければならぬ。 鑑別すべきものを墨げると,「胃十二指腸潰瘍穿孔,謄石症による舗石痛痛等がある。 豫 後 化膿性腹膜炎に移行することが多く,それでなくても途には自家中毒症の朕態に移 行するので,豫後は一般に悪v・とされてみるが,病攣の程度によっては良好なる経過 をとる時もあり,此の際は手術的治療によって幸ひに杢身状態・局所症状共に次第に 輕快して居る。