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日本細菌学雑誌 62( 4 ): , 日本細菌学会 平成 19 年浅川賞受賞論文 ヘリコバクター ピロリの VacA 毒素受容体と毒性発現に関する研究 平山壽哉 長崎大学熱帯医学研究所病原因子機能解析分野 長崎市坂本 細菌毒素は宿主の代謝

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日本細菌学雑誌 62( 4 ):387–396,2007 ©2007 日本細菌学会

平成 19 年浅川賞受賞論文

ヘリコバクター・ピロリの VacA 毒素受容体と

毒性発現に関する研究

平 山 壽 哉

長崎大学熱帯医学研究所病原因子機能解析分野 〒 852–8523 長崎市坂本 1–12–4 細菌毒素は宿主の代謝異常を引き起こし細菌感染成立と病態形成に寄与する。ヘリコバクター・ピロリには,細 胞を空胞変性させて死に至らしめる蛋白毒素,空胞化毒素(vacuolating cytotoxin A, VacA)が知られている。この 毒素の発見当初,本毒素の著明な生物活性である空胞形成能に基づき上記のように空胞化毒素 VacA と命名された。 しかし,最近の研究成果から VacA は空胞形成とは独立した宿主転写機能の撹乱を介した広範多岐な生物活性を示 すことが明らかになってきた。VacA が胃粘膜上皮の受容体と特異的に結合することによって引き起こされる胃粘 膜障害の詳細な機序の解明が進むとともに,除菌によって改善される疾患と VacA との関係が指摘されるなど,今 後明らかにしなくてはならない新たな課題も生じている。

はじめに

ヘリコバクター・ピロリ(

Helicobacter pylori

)は 1983 年に

発見され,胃炎,消化性潰瘍,MALT リンパ腫,胃癌など

の各種消化器疾患の原因とされている。一方,本邦のヘリ

コバクター・ピロリ感染者は,5,000 万人以上と推定され

ているが,消化性潰瘍の患者数は約 100 万人,胃癌総患者

数は数 10 万人にすぎず,感染者のほとんどは無症候性の

胃炎を起こすのみである。したがって発症とその後の臨床

経過には本菌の病原因子とそれに対する宿主側の生体防御

反応がどのように関わってくるかが重要であり,疾患の病

態生理の理解に基づく適切な治療が必要な感染症である。

1997

年に本菌のゲノム解析が完了し,本菌がゲノムレベル

できわめて多型性に富むことが明らかにされ,この多型性

が菌株間の病原性の差として反映される可能性が大きい。

とくに 4 型分泌装置を介して直接宿主細胞に注入されるエ

フェクター分子 CagA と細胞に空胞変性を引き起こす空胞

化毒素(VacA)を産生する菌株は病原性が高いとされてい

る。事実,CagA には幾つかの多型が存在し,東アジア型

CagA

は西洋型 CagA に比べ胃発癌性が高いことが指摘され

ている。したがって本菌の病原因子の中で,生体に種々の

症状を呈するために重要であるとされる VacA や CagA が担

う感染時の役割を究明し,毒素病態学的に理解することが

本菌感染症の治療法や予防法の立案に必須であると考えて

いる。ここでは,本菌の病原性と病原因子を概説するとと

もに,VacA の毒性発現メカニズム,特に宿主に対する初期

効果の発現の場である受容体の同定およびその機能を中心

として毒性発現の機序を著者らのこれまでの研究を中心に

紹介する。

1.ヘリコバクター・ピロリと病原性

1893

年に Giulio Bizzozero がイヌ胃粘膜にスピロヘータ

が存在することを発見し,1906 年にはヒト胃切除および剖

検標本にらせん菌の生息が示された。その後,ヒトの胃に

生息するらせん菌が胃・十二指腸疾患の原因菌ではないか

と論じられた。しかし,1954 年消化器病学の大家であった

Palmer

が胃内には常在菌は生息しないといい切ったので,

1983

年になって Warren と Marshall らが胃炎患者の生検標

本にヘリコバクター・ピロリの生息と病原性を証明するま

では胃内の細菌の研究は空白の時期を過ごした (1,2)。

Warren

と Marshall らが上記の功績により 2005 年のノーベ

ル生理学・医学賞を受賞したことは記憶に新しい。現在で

はヘリコバクター属に分類される細菌は 20 種を越える。ヘ

リコバクター・ピロリは報告当初,形態や代謝などの特徴

からキャンピロバクター属に分類された。しかし,脂肪酸

組成やリボタイピングの解析結果などから 1989 年にヘリ

コバクター属が新しい菌種として独立して提唱されて,そ

れまでの名称であったキャンピロバクター・ピロリはヘリ

Toshiya HIRAYAMA

Virulence mechanism of Helicobacter pylori VacA

Department of Bacteriology, Institute of Tropical Medicine, Nagasaki University

(2)

は本菌は消化性潰瘍の主な病因として,米国の国立衛生研

究所(NIH)が「消化性潰瘍患者は初発,再発例にかかわ

らず酸分泌抑制剤に加えてヘリコバクター・ピロリの除菌

治療を受けるべきである」との勧告を発表した。同年,WHO

は喫煙と肺癌の関連と同様に本菌感染と胃癌との明確な関

わり合いを認め,さらに国際癌研究機関(IARC)はヘリコ

バクター・ピロリを発がん性があるとするグループ 1 に分

類した。非ステロイド系抗炎症剤による潰瘍を除く大部分

の消化性潰瘍や慢性胃炎は本菌の感染によると考えられ,

今日でも胃癌の病因論の鍵を握る病原体として注目されて

いる。

本菌の病原性に関与する因子として,まず細菌表層の付

着因子(AlpA, AlpB, BabA, HpaA, HopZ, SabA)や胃酸の中

和に働くウレアーゼなどが挙げられる。さらに本菌の外膜

にあるリポ多糖体(LPS)は,内毒素としての多様な毒性

を発揮することが考えられるが,大腸菌やサルモネラの

LPS

と比較してその毒性は低い。また,本菌の LPS の O 抗

原側鎖にヒトのルイス血液型の抗原決定基である Lewis x

や Lewis y と類似の構造がある場合にはこれらの抗原に対

する抗体が産生されて,胃粘膜上皮細胞や胃壁細胞と反応

して障害する。加えて Lewis x 抗原をもつ LPS には付着因

子としての機能が示唆されている。

本菌の菌体成分や分泌蛋白の刺激によって胃粘膜上皮細

胞およびマクロファージなどから IL-8 や MCP-1 などのケ

モカインおよび IL-1β,IL-6,TNFα などの炎症性サイトカ

インの分泌が促される。その結果,免疫細胞が活性化され,

分化や増殖が促され,過剰の活性酸素やサイトカインが生

じて粘膜障害を起こす。

好中球活性化蛋白(neutrophil activating protein: NAP)は

好中球,マクロファージ,マスト細胞に作用する。HP-NAP

は好中球の p38MAP キナーゼを活性化して β-2 インテグリ

ンの構造変化をもたらし,上皮細胞への接着を促すととも

に,IL-8 などのサイトカインの発現を促進する (3)。菌体外

に分泌するムチナーゼなどのプロテアーゼ,リパーゼ,ホ

スホリパーゼといった種々の水解酵素は粘液層を破壊し,

その結果プロトンの逆拡散が起こり胃粘膜障害を引き起こ

す。γ-glutamyl transpeptidase(γ-GTP)にはアポトーシス誘

導作用があり,COX-2 の発現誘導や T 細胞の増殖阻害も報

告されている (4)。熱ショック蛋白質(HSP60)は本菌の胃

上皮細胞への付着に関与するほか,IL-8 の産生を誘導し,

さらにはそれ自体の疑似抗原性による自己免疫障害を引き

起こす。一方,本菌の感染病巣に浸潤した好中球が産生す

る活性酸素からはモノクロラミンが生じて強い細胞毒性を

示す。さらに,マクロファージなど炎症細胞で発現してい

る誘導型一酸化窒素合成酵素(iNOS)活性は感染病巣の胃

粘膜で高く,一酸化窒素(NO)あるいは NO とスーパーオ

キシド(O

2−

)が反応して生成するペロオキシナイトライト

(ONOO

)も胃粘膜障害に関与する。

最近の特筆すべき研究成果として,本菌感染を契機とし

deaminase: AID

)が異常発現し,癌関連遺伝子変異に関与

することが報告された (5)。すなわち,1)ヒト胃上皮細胞

において CagPAI 陽性菌の感染により NF-κB 依存的に AID

が誘導されること,2)ヒト胃上皮細胞において AID 依存

的に p53 遺伝子に変異が誘導されることから,本菌感染に

よる発癌には DNA/RNA 編集酵素である AID が癌関連遺伝

子変異の生成に機能することを示している。

本菌の感染初期には急性胃炎が引き起こされるが,感染

の持続によりリンパ球を主体とする慢性(活動性)胃炎に

移行する(図 1)。このとき本来免疫組織ではない胃粘膜に

IFN-

γ,TNF-α や IL-12 といったサイトカインが産生されて

いることから 1 型ヘルパー T 細胞(Th1)が優位な免疫状

態にあることがわかる (6)。さらに多くの場合には萎縮性胃

炎像の形成へと進み,この様な状態を背景に腸上皮化生の

発生が促進されると考えられている。慢性活動性胃炎の粘

膜は胃潰瘍,胃 MALT リンパ腫および胃癌の発生の母地と

なり,十二指腸におこった胃上皮化生粘膜には十二指腸潰

瘍の発生の素地となる。興味深いことに C57BL/6 および

BALB/C

マウスはそれぞれ Th1 と Th2 の免疫を主としてお

り,これらに本菌を感染させても胃潰瘍を発症するのは

C57BL/6

であり,胸腺切除により胃潰瘍発症が逆転する。

さらに,パイエル板欠損マウスに本菌を感染させると胃炎

が発症しないことなどから T 細胞の胃へのホーミングが障

害されている (7)。ヘリコバクター・ピロリは小腸で球状体

に変わり,腸管粘膜の主要な免疫誘導組織であるパイエル

板内の樹状細胞に取り込まれ,CD4

+

T

細胞へと抗原提示が

なされる。本菌による胃粘膜障害には小腸パイエル板と本

菌の球状体の形成が重要であることが示されている (8)。

本菌の病原因子の中では CagA と VacA の機能究明が特に

行われている。興味深いことにこれら 2 つの病原因子はい

ずれも宿主のチロシンリン酸化蛋白の脱制御と密接に関連

する。我が国で分離される臨床分離株のほぼ 100%が CagA

をコードする病原遺伝子群 cagPAI を有し,VacA の産生は

胃潰瘍患者から分離されたヘリコバクター・ピロリの約 7

図 1.ヘリコバクター・ピロリの感染経過に伴い発症する疾患

(3)

日本細菌学雑誌 62( 4 ),2007

割,胃炎患者の約 3 割に認められる。

2.VacA 毒素と毒性発現機序

1)VacA 毒素

ヘリコバクター・ピロリの培養液中に,種々の株化細胞

に空胞を形成して死に至らしめる毒性物質の存在が示され

ていたが,1992 年に Cover と Blaser によって VacA が精製

され,急速に VacA の構造と機能が明らかにされた (9)。VacA

の遺伝子(3.8–3.9 kbp)は,病原遺伝子群とは独立してヘ

リコバクター・ピロリの染色体に存在し,33 アミノ酸残基

のリーダー配列を含む約 139–140 kDa のプレトキシンを

コードしている。生合成されたプレトキシンは外膜を通過

して分泌される際にプロテアーゼによって切断を受け,

87–95 kDa

の生物活性を有する成熟毒素となる。この他に

vacA

遺伝子には 2 つの異なる型のシグナル配列(s1 と s2)

及び 2 つの中間領域部分(m1 と m2)があり,s1 部分は更

に s1a,s1b,s1c とに,また m2 部分は m2a と m2b とに分

けられる。中間領域の約 300 アミノ酸残基には,m1 と m2

の間で約 55%の相同性があり,特に m2 には 20 アミノ酸

残基の欠損及び 23 アミノ酸残基の挿入が認められる。臨

床分離株はこの VacA 遺伝子型の違いから s1/m1(強毒株),

s1/m2

(弱毒株),s2/m2(無毒株)に分けられるが,s2/m1

の報告はない(図 2)。通常,ヘリコバクター・ピロリが産

生している VacA の多くは中間領域部分が m1 を有している

ので,m1VacA を VacA として呼んでいる。はじめ VacA の

中間領域部分の違いにより受容体が異なることが示唆され

た。しかし,我々は,m1 と m2 の中間領域をもつ VacA で

は受容体糖鎖への親和性に差があるものの結合する受容体

は同一であることを明らかにした (10)。

菌体外に分泌された VacA は直径が約 30 nm,厚さが~

12 nm

の 6 ~ 7 量体を形成している。VacA を酸あるいはア

ルカリに曝すことで,空胞化活性の亢進とペプシンに対す

る耐性を獲得する。この活性化は,酸あるいはアルカリに

より単量体に解離した VacA が,中和により再び会合する

際に VacA 受容体への結合能が増すような高次構造へと変

化するためであることを我々は明らかにした (11)。VacA が

標的細胞に作用する時にはその C- 末端部分(58 kDa)を標

的細胞に結合させ,N- 末端側の働きで細胞内に多くの空胞

が生じて,やがて細胞は死滅すると考えられている。特に

この空胞形成には N 末端側の 422 残基のアミノ酸が必須で

あり,9 番目のプロリンと 14 番目のグリシンが活性に重要

なアミノ酸である。とくに 14 番目のグリシンは 18 番目の

グリシンとともに GxxxG モチーフと呼ばれる構造を形成

し,他の 2 つの GxxxG モチーフとともに螺旋構造を作っ

て,陰イオン特異チャネルを構築する。さらに最近の研究

によれば,21 番目,25 番目,121 番目,246 番目にそれぞ

れあるバリン,セリン,グリシン,セリンが VacA の空胞

活性に重要なアミノ酸であることが明らかにされている

(図 2)。

2)VacA 毒素の受容体

VacA

受容体として epidermal growth factor receptor,

heparan sulfate

および脂質などが示唆されている (12)。著

者らは,VacA による胃粘膜障害の仕組みを理解する目的

で,まず VacA を精製した。そして VacA の初期効果を知る

図 2.A,VacA によって引き起こされるヒト胃由来株化細胞 AZ-521 の空胞形成,B,生合成された約 140 kDa の VacA は,N 末端のシグ ナル配列が除かれて 87–98 kDa の成熟毒素とし分泌された後に約 1,000 kDa のオリゴマーを形成する。C,VacA のシグナル配列(S1 と S2)および空胞活性を示す領域と受容体結合領域(m1 と m2)。C,空胞活性に必要なアミノ酸に下線を引いて示す。

(4)

ために VacA の宿主受容体を同定することにした。この研

究には,当時,長崎大学大学院修士で,現在 NIH でポスド

クをしている八尋錦之助君とフィリピンからの国費留学生

Padilla, P.I.

(通称フィリップ,現フィリピン大学助教授)が

努力してくれた。すなわち,前述のように 1992 年に Cover

と Blaser によってわずかな量の VacA が精製され,1994 年

にはその一部のアミノ酸配列の情報を元に VacA 遺伝子の

クローニングと 1 次構造が報告された。そこで八尋君はそ

の 1 次構造の情報を元にペプチド抗体を作製するなどし

て,本菌の培養液から本邦で初めて VacA を精製し,さら

に Full の VacA を認識する抗体を作製した。こうして得ら

れた VacA とその抗体を用いて VacA 結合蛋白の高感度検出

法 (13) を確立し,胃由来株化細胞である AZ-521 細胞から,

VacA

と結合して空胞活性を伝える 2種の受容体型チロシン

ホスファターゼ,RPTPβ (11,14) と RPTPα (15) を明らか

にした(図 3–5)。こうした細胞レベルでの研究を発展させ

て,岡崎基礎生命研究所の野田昌晴教授と共に,動物実験

で,RPTPβ が VacA による胃粘膜障害に必須であることを

が,受容体型プロテインフォスファターゼ β(RPTPβ)のそれと一致し,さらに RPTPβ の抗体とも反応した。VacA を作用させた 細胞の RPTPβ を抗体で免疫沈降すると沈降した RPTPβ には VacA が共沈する。しかし失活した VacA は RPTPβ と共沈しない。(A) AZ-521細胞から精製した p250 の銀染色。(B)p250 の抗 RPTPβ 抗体を用いたウェスタンブロット。(C)VacA を作用させた細胞 のRPTPβを抗RPTPβ抗体で免疫沈降後,抗RPTPβ抗体でRPTPβを検出。(D)抗RPTPβ抗体で免疫沈降後,抗VacA抗体でVacAを検出。

図 4.HL-60 細胞の RPTPβ 発現誘導とそれによる VacA との結合能獲得。(A)HL-60 細胞の各試薬における RPTPβ 発現誘導を RNAase protection法で解析。(B)PMA で RPTPβ を発現誘導した HL-60 細胞における VacA との共局在を免疫染色後,共焦点レーザー顕 微鏡で解析,a:VacA,b:RPTPβ,c:RPTPβ と VacA の共局在,d:PMA 処理をしない細胞の RPTPβ と VacA の染色。

(5)

日本細菌学雑誌 62( 4 ),2007

証明した。すなわち,通常の Wild type のマウスでは,VacA

の経口投与により 48 時間後に,ヒトの場合にも多く認め

られる胃体部と幽門部との境に胃炎や胃潰瘍を生じる。し

かし,RPTPβ 欠損マウスではこうした胃粘膜障害が認めら

れなかったことなどから,VacA の胃粘膜障害には RPTPβ

が宿主側の重要な担い手であることが分かった(図 6,16)。

図 5.BHK-21 細胞への RPTPβ 遺伝子の導入と VacA 感受性獲得。(A)フローサイトメーターによる RPTPβ 遺伝子導入 BHK-21 細胞の RPTPβ 発現の確認,a:BHK-21 細胞,b:空ベクター導入 BHK-21 細胞,c:RPTPβ 遺伝子導入 BHK-21 細胞,(B)RPTPβ 遺伝子 導入 BHK-21 細胞に対する VacA の空胞化活性。

図 6.VacA 経口投与による野生型および RPTPβ 欠損型マウスの胃粘膜障害。a, b, d,および f:RPTPβ 野生型マウスへの VacA(500 µg/ kg,48 時間)の経口投与。c, e,および g:RPTPβ 欠損型マウスへの VacA(500 µg/kg,48 時間)の経口投与。野生型マウス(a, b, d,および f)の VacA による胃粘膜障害が欠損型マウス(c, e,および g)では認められなかった。

(6)

VacA

との結合には RPTPβ の 747 位から 751 位にあるアミ

ノ酸 QTTQP とシアル酸を含む糖鎖構造が重要であり(図

7

,17),同様な構造 KTSNP が RPTPα にも存在する。

3)VacA 毒素の毒性発現

a)細胞接着機能に及ぼす毒性

VacA

は胃粘膜上皮の RPTPβ と結合する。その結果,

RPTP

β のチロシンホスファターゼ活性は阻害され,その基

質であるリン酸化 G-protein coupled receptor kinase

(7)

日本細菌学雑誌 62( 4 ),2007

tor

(Git)1 が増加する。細胞内でのリン酸化 Git1 の増加

は細胞接着の阻害をもたらし胃上皮細胞は基底膜から剥離

する。剥離した箇所は容易にプロトンなどが逆拡散して粘

膜障害を引き起こし,潰瘍が生じると考えられる (16,18)。

興味深いことに RPTPβ の本来の結合物質であり,RPTPβ

結合増殖因子の一つであるプレイオトロフィン(PTN)を

マウスに経口投与すると胃潰瘍を発症する。しかし,この

発症マウスの胃病巣には空胞の形成は認められない。この

ように本菌の胃粘膜障害の全てを説明できるものではない

としても,特に急性胃炎や胃潰瘍の発症には RPTPβ と結

合した VacA が深く関与していると思われる。一方,RPTPβ

と結合する Midkine や PTN が,肝癌,胃癌,大腸癌,前立

腺癌などで増加して居り,発癌や癌の進行に関係すること

が知られている (19)。VacA に同じ作用があるのかどうかに

ついては,今後の重要な課題と考えている。

b)空胞形成

VacA

により形成される空胞には,後期エンドソームの

マーカー蛋白質である低分子量 GTP 結合蛋白質 Rab7 とリ

ソソームのマーカー蛋白質である膜糖蛋白質 Lgp110 とが

存在しているので,エンドソームとリソソームが融合した

ものであると考えられている (20)。VacA の細胞内への移行

と空胞形成には,細胞膜の脂質ラフトの機能が必須である

ことを大学院生だった中山真彰君が示すとともに (21),ま

た GTP 結合蛋白である Rac1 (22) や dynamin 2,syntaxin 7

が関与する (23,24) ことを東大消化器内科の鈴木順子先生

達と明らかにした。エンドサイトーシスにより細胞質に移

行した VacA は,上記の後期エンドソームとリソソームが

融合した小胞に輸送されて V-ATPase(空胞型プロトンポン

プ)を活性化し,大きな空胞に変化させる。したがって,

VacA

が受容体へ結合した後,空胞形成に至る情報伝達,とく

に脂質ラフトを介した細胞内への移行とそれに伴う細胞骨

格や細胞内小胞輸送の異常が空胞形成を引き起こしている。

c)ミトコンドリア障害

VacA

が空胞形成とは無関係にミトコンドリアの膜電位

を低下させ,細胞の酸素消費を阻害し,ついには細胞の

ATP

の著明な減少を引き起こし (25),グルタチオン代謝系

を阻害 (26) することを大学院生だった木村美幸さん(現岡

山大学)が明らかにした。Galmiche ら (27) は HEp-2 細胞

内に発現させた VacA の p34 がミトコンドリア内へと移行

し,チトクローム c の遊離とカスパーゼ 3 の活性化を引き

起こしてアポトシスさせることを示した。ポスドクであっ

た山崎栄樹君(現 NIH)らはこの事実を引き続き究明し,

VacA

による Bax 及び Bak の活性化がミトコンドリア障害

を引き起こす原因であることを最近明らかにした (28)。

d)転写因子の機能障害

VacA

の陰イオンチャネル形成が VacA の多様な毒性をす

べて説明するものではないが,VacA が T 細胞の不活化に

関わる研究報告が Jurkat T 細胞を用いて示された (29,30)。

加えて初代培養の T 細胞でも VacA による増殖抑制が認め

られるが,この場合は細胞周期を撹乱する機序が考えられ

ている (31)。著者らも VacA が胃由来株化細胞の p38MAP

キナーゼを活性化し,転写因子である ATF-2 の核内活性化

を誘導することを中山真彰君の研究を中心として示した

(図 8,32)。この成績は VacA が T 細胞の NFAT の核移行

を阻害する前述の論文 (29,30) とともに VacA が宿主の転

写因子の機能を撹乱することを示した先駆的な研究であ

り,引き続いて現在大学院生である久恒順三君が VacA に

よる p38/ATF-2 経路の活性化がプロスタグランディン産生

などに関わるCOX-2の発現亢進を引き起こす事実を突き止

めた(図 9,31)。加えてこの発現亢進に VacA が脂質ラフ

図 8.VacA による p38 MAP kinase/ATF-2 経路の活性化。(A)VacA を作用させた AZ-521 細胞の p38 MAP Kinase と ATF-2 のリン酸化の 経時的増加。(B)VacA による AZ-521 細胞のリン酸化 ATF-2 の免疫蛍光染色。VacA(+):VacA を添加,VacA(−):VacA を未添加。

(8)

トに集積することが必須であることも明らかにした (21)。

また,VacA が CagA の NFAT 活性化に抑制的に働くこと

(34)

を北海道大学畠山昌則教授らのグループと共に明らか

にした。

おわりに

上記の話題の中で我々が関与した研究は,東京大学医科

学研究所で師事した加藤巌先生,竹田美文先生から教示さ

れた「細菌感染における毒素の役割を明らかにすることが

毒素産生細菌に因る感染症の制圧に必須な研究課題であ

る」という考えに基づいている。また,毒素の毒性発現に

関わる受容体の研究は,微量,且つ特異的に生体反応を撹

乱する最初の段階を“間違いなく”理解するための基盤と

なるものであり,毒素のしたたかさを知る重要な研究の骨

組みとなるものであり,先駆け,率先して取り組むべき課

題と考え,多くの共同研究者と共に苦しみ,そして楽しん

で行ってきた。VacA が空胞化致死毒素という観点から,受

容体の機能と細胞死の仕組みを究明してきた。しかし,

VacA

とその受容体の特性を反映して,VacA の細胞内への

侵入によって引き起こされる生体反応と侵入を必要としな

いで惹起する反応,さらには致死作用と増殖促進といった

全く逆の反応を示すことも明らかになり,VacA の毒性の多

様さ,さらにはヘリコバクター・ピロリ感染症の複雑さに

改めて驚かされている。

これまで,そして今も,一緒に研究を進めている国内外

の仲間に,今回の名誉を分ち合うとともに心から感謝する。

特に細菌学とは全く無縁だった長崎大学工学部青柳東彦名

誉教授には,赴任当初に優秀な大学院生を派遣していただ

き,深謝している。また,異例にも,本稿が浅川賞受賞論

文であるにもかかわらず,本菌の複雑な病原性を議論する

に,VacA のみを取り上げ且つ我々の研究成果を強調して論

ずるのはあまりに片手落ちと考え,あえて本文中に本菌の

他の病原因子などの知見も加えて現在の胃粘膜障機序を概

説して VacA の研究を位置づけた。他に優れた総説 (35–40)

があることを紹介してお許し願いたい。

文   献

1) Warren, J.R. (1983): Unidentified curved bacilli in the stomach of patients with gastritis and peptic ulceration. Lancet i, 1273. 2) Marshall, B.J. (1983): Unidentified curved bacilli in the stomach

of patients with gastritis and peptic ulceration. Lancet i, 1273– 1274.

3) Polenghi, A., Bossi, F., Fischetti, F., Durigutto, P., Cabrelle, A., Tamassia, N., Cassatella, M.A., Montecucco, C., Tedesco, F., de Bernard, M. (2007): The neutrophil-activating protein of Helicobacter pylori crosses endothelia to promote neutrophil adhesion in vivo. J. Immunol. 178, 1312–1320.

4) Schmees, C., Prinz, C., Treptau, T., Rad, R., Hengst, L., Voland, 図 9.VacA による COX-2 mRNA 発現量の増加と p38 および ATF-2 経路の関与。(A)VacA 処理にともなう COX-2 mRNA 発現量の増加 (i)とドミナントネガティブ変異体 p38 を発現の影響(ii)。(B)siRNA による ATF-2 の発現減少(i)が及ぼす VacA による COX-2

(9)

日本細菌学雑誌 62( 4 ),2007

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図 2 . A , VacA によって引き起こされるヒト胃由来株化細胞 AZ-521 の空胞形成, B ,生合成された約 140 kDa の VacA は, N 末端のシグ ナル配列が除かれて 87–98 kDa の成熟毒素とし分泌された後に約 1,000 kDa のオリゴマーを形成する。 C , VacA のシグナル配列( S1 と S2 )および空胞活性を示す領域と受容体結合領域( m1 と m2 )。 C ,空胞活性に必要なアミノ酸に下線を引いて示す。
図 8 . VacA による p38 MAP kinase/ATF-2 経路の活性化。( A ) VacA を作用させた AZ-521 細胞の p38 MAP Kinase と ATF-2 のリン酸化の 経時的増加。 ( B ) VacA による AZ-521 細胞のリン酸化 ATF-2 の免疫蛍光染色。 VacA ( + ): VacA を添加, VacA (−): VacA を未添加。

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