日本仏教
著者名(日)
井上 円了
雑誌名
井上円了選集
巻
6
ページ
21-178
発行年
1990-04-10
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00002898/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja文學壁工井よ園寸著
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(巻頭) 4.刊行年月日 底本:初版 大正元年9月10日 5.句読点 あり 6.その他 (1)原本の図表目次は省略し た。 1.冊数1冊
2.サイズ(タテxヨコ) 227×155血n 3.ページ 総数:346序言:4
目次:17 本文:325日本仏教 序 言 今回南半球周遊の際、出会わしたる日本人より、素人が師に就かずして了解し得るようなる仏書を編述せよと の勧告を受けたるが動機となりて、ここに本書を起草することになった。その述ぶる仏教はインド仏教にあらず、 シナ仏教にあらず、わが日本にていにしえより講じきたりし仏教なれば、これを題して﹃日本仏教﹄と名付くる ことに定めた。 すでに本書の緒論中に述べしがごとく、海外におる同胞は、外国人より日本の仏教につきてときどき尋問を受 くるも、答弁することができぬから、仏教を研究してみたいと思い、日本より仏書を取り寄せて見ても、あまり 術語多くして了解し難いのに困っておらるるということである。英文や独語にて書いた仏書は多少あるけれども、 日本の仏教とは大いに相違しておるから、答弁の益にたたぬということも聞いておる。ここにおいて余は日本仏 教をなるべく術語を用いずして、編述するの必要を感じたる次第である。 また日本におる同胞中にても、たとえば官海にあるものや、実業に従事するものなどは、従来一般に仏教を目 して愚夫愚婦の玩弄物のごとくにみなしたりしが、近年に至り仏教の教理の深遠なることを聞き、その一端を知 りたいとの希望を起こし、仏書をのぞいて見ても、やはり難解の文字の多きのに閉口しておらるるとのことであ る。 近頃は神儒仏三教会合の結果、宗教家と教育家と握手するようになりたれば、わが国の教育家も仏教の大要を 知る必要あることになってきた。西洋にありて教育に従事するものが、ヤソ教のなんたるを知らずして、その職 21
を尽くすことあたわざるがごとく、わが国の教育家も全く仏教を知らずして、いずくんそよく責任を満たし得ん やとは、余の年来の疑問であった。もとよりわが社会における仏教の勢力は、西洋社会におけるヤソ教のごとく はなはだしからざるも、とにかく仏教が千数百年間、世道人心を維持しきたり、維新前なかんずく徳川以前の教 育は、ほとんど全く仏教によりて支配せられたること明らかなれば、今日といえども家庭においては積年の習慣 により、無意識的に仏教の感化を受けておることが多い。されば教育家が教育の実績を挙げんとするには、仏教 の大体を知るを要すること当然であろうと思う。 余はここに教育家は仏教を知るを要すというのは、決して教育家は仏教を信ずるを要すとの意ではない。知る ということと、信ずるということとは別問題である。しかるに従来は仏教を学ぶをもってただちに仏教を信ずる ことのように考え、教育家は宗教の外に立たねばならぬということを誤解して、仏書を読むことすらも避ける傾 向であったが、今日に至りてはかかる傾向は自然になくなり、教育家一般に仏教のなんたるを知らんとする志望 を起こすようになりたるは、余輩の大いに歓迎するところである。ことに今日教育家が仏教家と提携せんとする においては、一層その勢いを助長することになりたるに相違ない。しかるに仏書をひもとくに及んで、難解の文 字多きために差し控えるものの多きは、教育社会の現状のごとくにみえておる。 右様の次第なるをもって、余は浅学ながら時代の要求に応ぜんと思い、速やかに腹案を作り、日本仏教を広く 世間に紹介することに着手するに至った。これすなわち本書である。余はさきに年を重ねて仏教を研究せしこと あるも、その後久しく種々の事情のために、中絶の姿になりたるにもかかわらず、その教理の大要のごときは、 今なお脳裏に印象しおることなれば、今春帰国以来、長途の疲労を医せんと欲し、箱根温泉に入浴せるを好機と 22
し、早々禿筆を走らせて、本書を編述することになった。なにぶん客居中にては参考書類に乏しきために、記憶 に存するものを土台として書き綴りたることなれば、多少の誤謬なきを保し難きも、日本仏教の梗概を世間に紹 介するの端緒を開くことだけは、これにて足ると信じておるところである。 それ故に本書のごときは、もとより仏教の入門に過ぎざれば、到底これによりて仏教の全斑をうかがい知るこ と難けれども、ひとたび大体の系統が分かれば、その上に一歩を進むることは至って容易である。かつ余がもっ ぱら注意したる点は、だれにても本書を一読すれば、師に就かずして仏教の大要を会得し得るように、殊更に言 文一致的語調により、なるべく術語の代わりに普通語を用いたる次第なれば、世間一般の人々に試みに一読せら れんことを望み、なかんずく教育家諸氏の一覧を煩わさんことを切に望むところである。本書編述の由来と所望 とを一言すること、くだんのごとし。 明治四五年黄梅まさに熟せんとするとき 著 者 誌 日本仏教 23
第一講緒論
第一節 講述の主旨 今より三〇〇〇年を隔つる大むかしにありて、インド、ガンジス河畔に発源したる仏教は、なんびとによりて 開説せられたかというに、申すまでもなく釈迦仏である。その仏の時代は諸説紛々として一定し難きも、西洋に てはセイロン島、ビルマ国等の所伝に考証して、およそ西暦紀元前五、六百年代と定めてあるが、わが日本にて は異説の多きにもかかわらず、一般にとるところの年代は、西暦紀元前一〇二七年に降誕せられ、同じく紀元前 九九八年に成道せられ、同じく紀元前九四九年に入滅せられ、その寿約八〇歳とする説である。その説の真偽は 別問題としてさしおき、これよりまさしく述べんとするところはもっぱら日本伝来の仏教にあれば、年代もまた わが国の伝説による方が適当であろうと思う。ただし釈迦仏一代の伝記のごときは、他書に譲りてここに略し、 ただ日本に相伝せる仏教につきてその教義の大綱を略説するつもりである。しかしてその目的とするところは全 く仏教を知らざる初学初心の人々に、要領概略を知らしめんとするに外ならざれば、なるべく術語を避け、細径 に入らず、根本の筋道のみをたどることに定めておく。 右様の次第なればここに講述するところはその程度至って低くして、仏教入門の階梯に過ぎぬ。もし専門の仏 書に至りては、その多きこと汗牛充棟もただならず、ほとんど幾万冊あるかを知らぬほどなれば、更に進んで仏 教の奥義を究めんとする志あるものは、漸々順序を追うて研修することは、必ずしも困難というわけではない。 24日本仏教 ただ従来の研究法が今日の事情に適せずして、初歩と称する書物においてすらも、多く難解の術語を用い、実に 初学者をして苦しましむることはなはだしき有様である。故に余は今日の初学者に仏教入門の便利を与えんため に、浅学ながら講述を試みることに定めた。もしこれを学校の系統に対照するならば、本講述のごときはその程 度小学校初等科の教科書ぐらいに当たるであろうかと思う。 インドに起こりし仏教の源流が世の移るに従い、多少の盛衰を経て、一方は次第に南地に弘まり、他方はよう やく北地に伝わり、南部派、北部派の別を生ずるに至った。今日現存するセイロン、ビルマ、シャム、安南諸邦 および東インド諸島の仏教のごときはそのいわゆる南部派に属し、西蔵︹チベット︺、シナ、蒙古、満州、朝鮮、 日本の仏教は北部派に属することになる。この南部派は北部派のいわゆる小乗に当たり、北部派はおおむね大乗 である。しかして古代は、大乗小乗共に北地に流伝し、日本へも、小乗宗を伝えたことあるも、今日のわが宗と しては大乗のみである。ただし、現今といえども大乗を学ぶの階梯としては、必ず小乗を兼修することになって おる。 第二節 大乗小乗の名義 文字どおりの意味にては小乗は小さき乗物、大乗は大きな乗物の義にして、古来前者は小人の乗物、後者は大 人の乗物と解しきたった。つまりこの乗物に乗りて目的地に至るの義であるから、釈迦仏の説かれたる教を指し てただちに乗と呼び、その教の深浅高下に従って、浅薄なる方を小乗といい、深遠なる方を大乗というのである。 しかして大乗が北方に伝わり、小乗が南方に栄えしは、草木が風土気候に応じて生育を異にするがごとく、宗教 も国俗民情に応じて弘通を異にする故であろう。 25
従来北部派の仏教にて伝うるところによれば、釈迦仏は初め永き年月の間は小乗ばかりを説き、終わりに大乗 を説かれたる次第なれば、大乗こそは出世の本懐を顕示せられたる真実教にして、小乗などはここに引き入れん とする階段に過ぎぬ、いわゆる随機開導の方便教に外ならぬものと定めてある。実際上両乗を照合するに、小乗 は浅薄にして、大乗は深遠なるのみならず、種々の点において多大の相違がある。小乗は実行的にして、大乗は 理論的である。小乗は悲観的にして、大乗は楽観的である。小乗は自利的、個人的にして、大乗は自利兼利他的 である。それらの区別はのちに至れば自然に分かることなれば、ここに詳述せぬ。右様の相違あるために、大乗 の方にては小乗を按斥して外道と申しておる。外道に内外二種を分かちて、仏教の対敵たる婆羅門教を外の外道 と呼び、小乗を内の外道と名付けておく。 しかし南部派に属する小乗方面にては、北部派の大乗をみて非仏教とし、釈迦仏の説にあらずして、後世の偽 造なりと論じておる。その果たして仏説なるか非仏教なるかは最後において一言するつもりである。ただしわが 日本にては大乗を真実の仏説なりとして伝えきたりし故に、日本仏教を講ずるには、もとよりその見地に立ちて 観察しなければならぬ。これに反して近時西洋に入りし仏教は、南部派たるセイロンやビルマの系統に属するを もって、その源がすでに小乗なれば、欧米人はいまだ大乗を知らず、したがって大乗の名を聞きてただちに非仏 教と速断するがごとき有様である。これ余が年来大いに遺憾とするところなれば、ここに日本仏教を講ずるも他 日、西洋に日本の大乗教を紹介するの端を開かんとする微意なることをあらかじめ断りおかねばならぬ。 第三節 日本仏教の事情 わが日本の大乗仏教はシナ、朝鮮を経て今より=二六〇年前︵西暦五五二年︶初めてここに入りきたり。これ 26
日本仏教 より次第に弘通し、シナより直接に宗派を伝えたるもあり。また日本別開の宗派も起こりて、現今存在せるその 主なる宗名を挙ぐれば、天台宗、真言宗、禅宗、浄土宗、真宗、日蓮宗等にして、これを細別すれば四十余派と なる。そのいちいちにつきて詳しく説くことはできぬけれども、大体につきては後に述ぶる考えである。これら の諸宗はみな大乗宗なるが、これに更に権大乗、実大乗の二種を分かつ。すなわち権とは権仮と続きて、カリの 義、実とは真実と熟してマコトの義である。前に掲げたる天台宗、真言宗等はみな実大乗に属しておる。その外、 華厳宗と名付くる一宗がある。これも実大乗である。ただわが日本に法相宗と名付くる一宗が現存しておるが、 これだけは権大乗である。 わが仏教はシナ、朝鮮より伝わりしにもかかわらず、その本家たる両国にては現今廃頽を極め、ほとんど活気 を失って死物同様になっておる。故にその国の僧侶に尋ねても、大乗小乗のなにものにしていかなる相違あるか ですらも知ることが難しかろうと思わる。これに反して日本にては仏教大いに衰微せりと申しても、なお僧侶は 小乗も大乗も共に研究しておるから、その区別を知らぬほどの愚僧は至ってすくない。故に大乗仏教を知るには 広き世界、多くの国々の中にて、日本に限ると申さねばならぬ。果たしてしからば大乗教を世界万国に紹介する 責任は、われわれ日本人にありと断言してよろしい。 日本人の欧米およびその他の海外諸邦にあるものに対して、かの地の人がときどき仏教の質問をするというこ とだ。けだしかの人達は日本に仏教の盛んなることを聞いておるから、いずれの日本人も仏教の大要を心得てお るという考えである。しかるに海外に寄留せる日本人は、大抵みな仏教のなんたるを知らぬ故、質問に答弁する ことができぬ。己の家は仏教を奉じ、己の父母は仏教中の某宗を信じておることを知りても、それ自身は全く仏 27
教に対し、盲目同様であるのがわが国の常態である。余思うにこれは知らざる人の罪にあらずして、教えざる人 の罪であろう。一体わが国の仏教は習慣仏教にして、各自の家に伝われる宗旨のなんたるを知らず、ただ名前だ け某宗の信徒なりと自称しておる。また僧侶はその教えのなんたるを説かずして、ただ葬祭の儀式を行うのみを 本務としておる。かかる有様なれば、余はもっぱら大乗仏教の深遠高大にして、小乗教とは雲泥の相違あること を、近くは一般の日本人に知らしめ、遠くは海外万国の人に伝えたいと思う。これ余が講述を企てたる原動力で ある。 小乗は悲観教、厭世教にして、大乗は楽観教、世間教なるも、古来シナおよび日本に伝えきたりし大乗教がな んとなく厭世的語気を帯びおることは事実である。これ教理そのものの果たしてしかるにあらずして、当時にお ける社会の風潮の影響なることは疑いない。これをわが数千年間の歴史に考うるに、古来全く国際競争場裏に国 家の独立を維持するの必要なかりしはその主要なる原因である。しかるに今日に至りては農工商を問わず、一般 に海外万国と共に競争し、互いに奮闘せざるを得ざる時機となり、進取的気風、活動的精神を宗教上より養成す るの急要を感ずることになりたれば、大乗の真面目たる楽観的活動主義を大いに鼓舞しなければならぬ。余は大 乗の教理を講ずると同時に、その中に含まれる活動主義をも述ぶる予定である。 第四節 仏教教義の多端 仏教はヤソ教に比するに哲学的理論を基礎とし、その上に建設したる宗教なれば、局外の人が了解するに必ず 困難を感ずるであろう。なかんずく大乗をもって特にはなはだしとすることは余も承知しておる。けだし西洋哲 学中ドイツ哲学が最も深遠にして難解と称せらるるも、大乗はそれ以上であるかと思う。ことに実大乗のごとき 28
日本仏教 は、独国哲学者カントやへーゲルなどのいまだ論到せざりし点にまで進入し、理想の秘密を開示せるものである。 故に昔時は専門家の外は仏理の妙旨をうかがい知ることはできぬと考えて、ついにこれを度外に置くようになっ た。しかし今日の進歩せる知識の目より見れば、決して難解にあらずして、その教理の深遠なるは、ヤソ教の浅 薄なるよりも、かえって人の智欲に満足を与うることを得るわけである。 教理の深遠なる外に宗旨の多岐多端に分かるる点も、ヤソ教より仏教の方の了解するに困難なる理由中に数え ねばならぬ。ヤソ教は経典も﹃バイブル﹄のみにして、教理が至って単純である。したがい宗派の異なるに応じ て、多少の見解を異にすることあるも、決して仏教のごとくはなはだしくない。これに反して仏教は小乗、権大 乗、実大乗、おのおの全く異なりたる教義を有し、もしこれを細別すれば、幾とおりの異説に分かるるかほとん ど数え難きほどである。畢寛するに釈迦仏は世間雑多の人々を済度するには、多岐多端の教義を説かなければな らぬと考え、あたかも病に応じて薬を与うるがごとく、人々の病根一ならざれば、一とおりや二とおりの薬方に ては無効であるとの主意より多様に説き示されたものである。 かくその所説は多岐多端にわたるも、一株の樹木にあまたの枝葉を分出せるごとく、その根本に至りては一大 原理が存するから、もしその原理を尋ねて枝末に及ぼすに至らば、決して難解を訴うるに及ばぬ。古来の仏教を 解説したる人は、みな枝葉のみに着眼して、根本を示さざる余習があった。故に余はその弊を避けて、根本の原 理のみをたどりて解説する心算である。 第五節 仏教の起点および目的 仏教はその根基として哲学の道理を包含すというときは、釈迦仏所説の目的は哲学にあるか宗教にあるかの疑 29
問ありて起こるであろう。もし余の所見をもって論ずれば、仏の本意は宗教にあること明らかである。しかして 哲理をこれに加えたるは、その当時の事情のしからしむるところなるに相違ない。すなわち釈迦仏在世の日は、 インドにて諸派の哲学の競起せし時代なれば、これを大別してあるいは六大学派、あるいは九六派あったと申し ておる。かかる学派を相手として哲理を闘わすにあらざれば、人をして仏教を信ぜしむることができぬ。よって 一種独創の哲学を説きて、その基礎の上に宗教を建設するに至った次第である。 哲学と宗教との別は古来異説ありて、細かに論究しきたらば、判然たる分界を定むることもできぬ。ただここ に仏教につきて試みに哲学と宗教とを類別せんに、人の智力によりて天地万有の本源実体を推究する方を哲学と いい、すでにその実在を認め、信念の力によりてこれに接触融合せんことを求むる方を宗教というのである。こ の定義によりて仏教を一瞥するに、大乗小乗共に一半は哲学、一半は宗教なるを知り、あわせて哲学を階梯とし て宗教の目的地に至らしむる本意なることが分かる。これまた仏教のヤソ教に異なる点である。故に余はかつて 仏教を指して哲学的宗教と名付けておいた。 もし小乗と大乗とを対照するときは、小乗の説くところの哲学は世界の表面上の観察にして、その論理はすこ ぶる浅薄である。これを哲学といわんよりも、むしろインド古代の理学︵理化学︶という方が適切と思う。ある いは哲学中の自然哲学に属するものであろう。しからざれば経験哲学に当たるとみてよろしい。これに反して大 乗は純然たる哲学にして、すこぶる哲理の高妙深遠を究めたるものである。そのうち権大乗は心理哲学、実大乗 は理想哲学と定めて差し支えない。なお詳細のことは本論に入りて述ぶることにしようと思う。 30
日本仏教 第六節 術語の解釈 仏教に関する従来の著書は、ひとり釈迦仏所説の本経のみならず、後世および現今の解釈書に至るまで、あま り多く術語を用い、門外漢をしてその意を了解するに苦しましむる有様なれば、余は全く日用の普通語のみをと りて詳説を試むる予想なれども、仏教中の主眼となりおる文字だけは、いくぶんか引用しなければならぬ。たと えば真如、万法、浬藥、菩提のごとき術語である。これらの術語までを除くときは、更にその講義が仏教らしく 感じられぬようになるから、多少の術語は必要と思う。ついてはあらかじめその略解を示さねばならぬ。 仏教の哲学上にては宇宙の本体を指して真如という。真如とは真実不変の義にしてその本体の変化なく生滅な く、永住実在するの意味である。これに対して宇宙間に現見せる物心万象を万法という。その法の字はすべて有 形無形の物柄を指したる語にて、一切の物質のみならず精神までも総括し、有形無形を合して万法と申すのであ る。この真如と万法とを合称するときに事理という場合もある。事は事相ともいい、現象の義にして万法に当た り、理は理性と熟して真如のことである。念のために左にその配合を示しておく。
宇☆酬籠封
この真如と万法との関係を究明する理論的方面は哲学にして、万法の世界にある吾人が真如の本体に接触融合 する実行的方面は宗教である。しかしてこの両面にわたり、すべて真如の実在を証見する場合において、その智 慧の方を菩提と名付け、かくして証見せられたる対境の理体の方を浬葉と名付く。浬築はあるいは万法の世界の 生滅あるに対し不生不滅と訳解することあるも、つまり真如の体をいうのである。また菩提の智を覆いて浬藥の 31理をみることを得ざらしむる障擬物を煩悩と名付く。あたかも月光を遮る雲にひとしきものである。この煩悩の 迷雲を払い去りて真如浬薬に合体するに至れば、これすなわち成仏にして、そのいわゆる仏とは吾人が煩悩を断 尽して、浬磐を証得するに至りたる境涯をいうに外ならぬ。この仏をあるいは如来ともいう。如来とは真如より 来現の意味なりと伝えておる。この如来の境涯に至るをもって仏教における究寛の目的としてある。 その他にも全仏教共通の術語と各宗派特殊の術語とありて、随時引用せざるを得ざることあるも、のちにその 場合において解釈を添うる方が便利ならんと思う。また説明の都合上、哲学の術語たる絶対相対、客観主観、一 元二元等を仮用することあるも、これらは普通に慣用しおる語なれば、格別解釈の必要なかるべきも、もし解し 難き恐れある語は、その都度略解を付することにし、ただ左に講述の順序だけを示しおくつもりである。 第七節 講述の順序 仏教は真如を本境とし成仏を目的とするをもって、吾人がこの人間界より進みて向上する道を説く方を出世間 道という。すなわち世間を出離するの義である。これと同時に吾人がこの世界に生存する間に、自他のために尽 くすべき種々の心得を説く、その方を世間道という。しかして余の講述はこの二道の中、初めに出世間道を説き、 終わりに世間道に及ぼす順序である。その出世間道の中に哲学の理論に重きを置く宗旨と宗教の実際を主とする 宗旨との二種ありて、おのずから相分かれておる。これに便宜上、理論宗、実際宗の名目を付し、理論宗より説 き始めて、実際宗に及ぼす予定である。 つぎに理論宗は哲理に重きを置くと申したれども、その実、哲学宗教の両面を有し、しかも宗教をもって目的 としておる。ただ実際宗に対比して仮に理論宗と名付けたるまでである。故に、その理論宗中に哲学門と宗教門 32
日本仏教 との二部門を分かちて置くの必要がある。従来の仏教にて用うる智目門、行足門の語はまさしく哲学門と宗教門 に当たる。智目とは智慧の眼にて宇宙の真理を達観する方なれば、哲学門である。行足とは実際の修行によりて 目的地に到着する方なれば、宗教門である。しかし余は智目門、行足門の代わりに、哲学門、宗教門の語を用う ることにした。 大体かく分科を定めて、哲学宗教両門の下に更に小乗、権大乗、実大乗を分かち、そのいちいちにつきて順次 講述することに定めておる。しかしてその教理はもとよりわが日本において現に講究せるところによるから、こ れを題して﹃日本仏教﹄と称し、左のごとく表示する考案である。
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w門︷バぎ
第1図表
日
本
仏
教
世間 道出
世
間
道
実 際 宗豊
禦
△不教門︷ぎ
そのうち最初に小乗の哲学門を説きて、 に及ぼす順序をとることにしておる。 権大乗、実大乗に及ぼし、つぎに小乗の宗教門を講じて、同じく大乗 33第二講 小乗哲学門O
第八節 婆羅門教の大意 小乗を講ずるには婆羅門教の大意を述べなければならぬ。婆羅門教はインド固有の宗教にして、仏教もその中 より生まれて、新たに一機軸を出したるものなれば両教の間に大いなる関係がある。ことに小乗のごときはその 一部分は婆羅門教と申してもよろしいほどによく似ておる。さなくとも釈迦仏は婆羅門信者を相手にして仏教を 説かれたから、所々にその教説を引用しておる。故にここにざっと同教の立て方を略述する必要があると思う。 婆羅門教は﹃ヴェーダ﹄と名付くる経典に基づきて自然に起こりたる宗教である。しかしてその経典は四部よ り成り、共にインド民族の最古の神話伝説を集めたるものにして、別に一定の教祖ありて開説せるものではない。 その経典の初めの部は多神教のごとくみゆるが、次第に一神教に変遷しておる。その一神はすなわち大梵王であ る。この神が世界を創造せしことを説く点は、ややユダヤ教やヤソ教に似ておる。しかしてそのいわゆる梵王は 天界の最上天に住しておるといい、その所在の天国に至るを吾人の目的と説く点もよく似ておる。これを要する に婆羅門教は造物主宰を立つる有神教の最古のものである。 インドは古代にありてすでに哲学思想の大いに発達せる国なれば、婆羅門教説が後に分派して、各派の間に種々 の異論を生じ、あるいは大梵王は人身の中に住すといい、あるいは万物の中に住すとも説きて、有神教以外の諸 説も出でたれども、これもとより余波にして、造物主宰を立つる方が正統の教説である。故に仏教が哲学上にて 34日本仏教 婆羅門教に反対を唱えたる主なる点は、その造物・王宰を否定するにありと申してよろしい。すなわち釈迦仏は小 乗において天界を説きながら、すでに梵王の造物主宰を否定し、独特の新見をもって世界の起源を立証するに至 った。これ両教が原理の上において相違せるゆえんである。 婆羅門教は外界における一切万物の実在を既定し、その上に天界の実在を説示するものにして、物界を本とす る方である。すなわち哲学上のいわゆる客観論である。かの梵王もやはり客観的実在にして、吾人の精神より生 じたるものではない。これに反して仏教は心界を本とするところの主観論である。たとえ小乗は大乗のごとく純 然たる主観論にあらざるも、いくぶんか主観論に傾いておる。しかるに小乗が一見客観論のごとくなるために、 大乗より駈せられて外道の一種とみなさるることもある。 第九節 客観主観の説明 世間普通に用うる哲学の術語は説明の必要なきも、全く哲学の用語を知らざるものに対し、念のために簡単な る解釈を添うるに、吾人が目を開きて現前するところの物象の境域は、これを外界または物界または客観界とい い、目を閉じて自知するところの精神の世界はこれを内界または心界または主観界という。この客観界を本とし て説く方を客観論といい、物質の外に精神なく、心界は全く物界の所産に過ぎずと断定する方を唯物論といい、 これに反して主観界を本として説く方を主観論といい、心界を離れて物界なきを主唱する方を唯心論という。ま た物心両界の対立並存をとる方をば二元論といい、これに対すれば唯物論も唯心論も一元論となる。この物心二 元の外に更にその本体の実在を立つる方を絶対論といい、これに対する物心二元論は相対論となるわけである。 絶対の本体を単に理または理体と名付くるときは、宇宙は物心理の三者となり、その三者につきていずれが真 35
物 に実在するかは、古今を通じて西洋哲学の大問題なるが、インド哲学においても古来の大疑
理△騨鷲⑪竃蜷ゴ竃︰霞溺治翼詩竃︰
したる観察なれば、その梵王も客観的造物主にして、真の理体にあらず。したがって客観論というべきものにし て、絶対論ということはできぬ。この点において仏教の小乗はたしかに一段進みたる見解を有する論なることが 分かる。 小乗の所立は大体において物心二元論にして、その二元の実在を客観の方面より証明せる点は客観的二元論な れども、そのうちにおのずから主観論の意を漏らし、主観的二元論の趣向を有 するは、婆羅門教に異なるところである。また梵王そのものをば現象界に属す臓 癖 るものと:にそれ以上に不生不滅の浬磐界を⊥立つ藁婆羅門教を離れて
第 浬 大乗に合するわけである。今これを表示すれば上図のごとく、万法の事界を物 心両界に分かち、更にその外に物心を否定せる浬築界あることを説く。これが 小乗の立て方である。 第一〇節 小乗の人身観 小乗の哲学はまず人身観によりて吾人の成来するゆえんを説き、つぎに世界観によりて世界の生起するゆえん を説いたものである。その人身観にありては吾人の身体を分析して、元来なにものより成りたるかを究め、つい に無我の理を達観するに至った。およそ吾人はだれにても己の身体の中に一個固定せる自己すなわち我の本体あ 36日本仏教 りて、永く実在せるものと信じ、ために我慢、我情、我見、我執をつのり、その結果罪悪を醸するに至るも、つ らつら身体を分析して考察しきたらば、たちまちかくのごとき固定せる自我の本体の永存実在せざることを発見 し、我慢、我情等の執着は全く迷妄なることを自覚するに至るに相違ない。したがって無我の理を達観すれば、 自然に罪悪の原因を断滅するを得るというのが人身観の結論である。 わが身体中にかくのごとき固定せる我体実在すと立つる方を実我説と名付け、その実在を否定する方を無我説、 または我空説と名付けておる。しかるに婆羅門教は実我説をとり、各自の我体が永く実在して、梵王所住の天界 に至るべしと説き、あるいは実我はすなわち梵王なりと解する一派もあるほどなるに、仏教はこれに反対して無 我説を主唱したるものである。ことに小乗の人身観はこの無我の理を証明するに外ならずと申してよろしい。し かしてそのいわゆる我とは常一主宰を義とすと解しきたり、吾人の身体中に常在せる一物ありて、一切の動作を 主宰すと信ずる俗説につきて与えたる名目である。通俗のいわゆる霊魂およびヤソ教のいわゆる霊魂もこの我に 当たることになる。 かかる無我の理を証明するにいかなる論式を用いしかを考うるに、小乗は全く分析的方法によりたるものであ る。まず吾人の身体を分析して果たして我の実体常在せるかを考察するに、肉体の方は物質的元素より成り、精 神の方は精神的元素より成り、この物心二元があるいは集合しあるいは離散し、新陳代謝して種々の変化生滅を 起こすのみにして、一物一法たりとも固定永存せるものはない。たとえば河水の新陳代謝して一刻もとどまざる がごとく、わが身体は身心共に種々の元素が新陳代謝して休止することはない。もし遠く河水を望むときは固定 不変の水あるがごとく見ゆると同様に、わが身体中にも実我あるがごとくに考えらるるも、これ全く妄見なりと 37
論決するのが小乗の無我観である。 第一一節 人身の成立 小乗中にも昔インドにおいて種々の宗派分出し、あるいは二〇部となり、後に五〇〇部となりて、互いに異見 を競い、正邪を争いたる由なるが、そのうち有部宗と名付くる宗義を伝えたるものに﹃倶舎論﹄と名付くる書物 がある。この書物は釈迦仏所説の小乗経に基づきインドにて作られ、シナにて訳されたるものなるが、この論を 所拠として開きたる宗旨を倶舎宗と申しておる。わが日本の各宗共にこれを小乗の標本として研究しおることな れば、余もその所説をかりて小乗教を代表せしむるつもりである。よって以下単に小乗と申しても、倶舎宗の所 説に基づきたるものと承知ありたし。 小乗の人身観にては人身を分析して色受想行識の五種となし、更にこれを総括して色心二法と定めておる。そ のいわゆる色法は物質のことであるから、その所立は物心二元論に当たる。しかして受想行識の四種は心法にし て、精神の分類である。受とは感受の義にして、心理学の感情に当たり、想とは取像の義にして想像の語に当た るも、外物の形象を心面に写出して、その影像を浮かぶる作用なれば、知覚作用を帯びておる。行とは行動の義 にして、意志動作に関する作用の総名である。識とは了別思量の義にして、感覚および思想に当たる。これを合 称して五緬と申しておるが、猛は積集の義にして、これらの諸元が積集して、人身を合成する故にかく名付けた るものである。すなわち五種の元素とみてよろしい。 38
日本仏教 この五種の中、色法すなわち気体を組成せる物元につきては、これを五根五境に分けておるが、五根とは五官 のことにて、眼耳鼻舌身である。つぎに五境とはその五根の対向する境遇の意味にて、色声香味触である。すな わち色境は眼官の対象、声境は耳官の対象ないし触境は身官の対象なることは説明を待たぬ。
͡点 三 晶
その各境につきて詳細の分類あり。その分類の外に別種の名目等あれども、ここに略しておく。 この対境の分類より一歩を進むれば主観論となりて、外界万象は精神作用に帰することになるけれども、小乗 はいまだこの点までに論到せずしてとどまり、これをして純然たる主観論に帰せしむるは全く大乗を待たねばな らぬ。もしその物質を分析して分子元素となし、その物質元素の由来を説く方は、人身観より一歩を進めて世界 観に属する問題なれば、のちに述ぶることにしようと思う。 39第一二節 精神の分析 つぎに精神の方は先述のごとく受想行識の四種に分けておるが、更にこれを心王、心所の二類に総括しておく。 心王とは心界の王者の義にして、精神の主作用に名付けたる名目であり、心所とは心所有法の略称にして、心王 の臣属の義であり、心王に随従して起こる作用をいうのである。これを受想行識に配当すれば、受想行は心所に して、識は心王のことになる。けだし仏教にて識というときは感覚と思想とを意味し、これを精神の本位と定め てあるから、心界の王者に当たることになる。更にこれを表示すれば左のとおりである。
議上⋮鋪封、想行
まず識の分類より述ぶるに、これを六種に分かち、眼識、耳識、鼻識、舌識、身識、意識としてある。そのう ち前五者は眼にて色を識別し、耳にて声を識別し、ないし身にて物の形質を識別する作用なれば、心理学のいわ ゆる感覚に当たる。最後の意識は感覚の上に位する作用にして、推理作用、思想作用を総称する名目である。た とえば垣を隔てて煙の上がるを見、かしこに火あるべしと推定するは、眼識にあらずして意識である。煙の上が るを見たるは眼識なれども、火そのものを見たるにあらず。しかるに火あ 表 ー 想 りと断定するは意識作用のしからしむるところとする。故に意識は推理思㌔醐受識行想鷲霞群る⋮れに付随して誓る諸作用を総括し
たる名目なれば、大体につきてこれを受想行の三種に分かつも、細別する 40ときは数十種の多きに及び、ここにいちいち弁明するの余地なければ略しておく。これを要するに小乗にありて は、人身を分析して色受想行識の五種より成り、この五種相集まりて仮に和合する間はわが身あり、わが生あり、 彼我自他の差別あるをみるも、ひとたび解散すればそのいわゆる我なるものはない。あたかも木や石や瓦が集ま りて家屋を成すがごとく、この木石を分散すれば家屋もなくなると同様である。故に吾人の一生は五葱仮和合の 境涯であると論定しきたり、実我説に対して無我説を主唱するに至った。かく実我を否定するも、五慈仮和合の 我を否定するのではない。これを仮我として、実我とせざるだけである。以上、小乗の人身観の大略を述べ終わ った。
第三講 小乗哲学門⇔
日本仏教第=二節小乗の世界観
すでに小乗の人身観は無我の理を証明するに至りしを述べたれば、更に一歩を進めて世界観の端緒を説かねば ならぬ。前述のごとく小乗にては世界万象を分類して、色心二法すなわち物心二元となしたるも、更に細別する ときは七二法となる。この諸元があるいは相合しあるいは相離れて、変化生滅を現ずる故に、これを有為法と名 付けておる。有為とは転変の義にして、生滅変遷を有する状態を意味する語である。すべてこの世界の万象は人 類動植、山川日月、そのなんたるを問わず、時々刻々、生滅変遷を継続して休止することなき有様なれば、これ を指して有為の世界と申すのである。その万象を分類して、七二種とし、その諸法が離合集散して種々無量の変 41化を現すというのが、小乗の世界観の要旨である。 つぎにこの有為の諸法に対して別に全く生滅変遷なきものがある。これを無為法という。たとえば虚空のごと き、または浬薬のごときは生滅なきものなれば、無為法中に帰することになる。その無為法に更に三種を分かち、 これを有為法の七二法に合して、七十五法と定むるのが、小乗中倶舎宗の分析論である。畢寛するに一切万法を 包容せる宇宙を分析するに、七五とおりの法体あるのみにて、その他に一事一物なしとの結論である。今七十五 法いちいちの説明はこれを略し、ただ宇宙の分類表だけを掲げておこう。
͡宇宙籠籠︶︷き
この七五種の法体につきては、無為法はもちろんのこと、有為法といえども、その本体には生滅なく変遷なく、 常住実在せるものと説いておる。しかして吾人が生滅変遷をみるのは、諸法の本体のしかるにあらずして、その 本体の集散離合するに外ならずという。これを法体恒有説と名付けておく。言い換うれば、七十五法の本体は常 に存して生滅することなしとの説である。これが小乗諸派中の有部宗の説にして、その宗を有部と名付けたるも、 ﹁法の体はつねにあり。﹂︵法体恒有︶を立つる故なることは問わずして分かる。しかして倶舎宗はこの有部の宗義 に基づきたるものなれば、やはり法体恒有説を唱えておる。故にこれらの小乗宗にては、人身観において無我す なわち我空を説き、世界観において法有を説くから、これを我空法有宗とも名付けておく。なおそのことはのち に一層詳しく述ぶるであろう。 42日本仏教 第一四節 色法の分析 前節に掲げたる宇宙の分類表中の色法は、さきにすでに五根五境と分かちたるも、これ人身につきての観察に 過ぎぬ。もし物質そのものにつきては、小乗の所説は現今の理化学の所見と大体において異なることなく、ギリ シア哲学の分子学派と同一の見解を有するものである。すなわち物質を再三再四分析を重ぬるの極は、必ずまた 分析すべからざる点に達するに相違ない。この最小至微の物元を極微と名付けておる。その極微は化学のいわゆ る元素に当たる。その元素があるいは集まりあるいは散じて、物体に種々の変化生滅を現すに至り、吾人の肉体 に生死あるも、禽獣草木に栄枯あるも、山河大地に変動あるも、帰するところはこの諸元の集散の作用に外なら ずとなすのが、小乗の物質観である。これを極微所成説と申しておる。 更にその物質的極微はなにより成来せるかと問うに、これ分析の終極なれば、分析法をもって知ることはでき ぬ。ただ一切の極微はみな地水火風の四大によりて造出せられたと説くのみである。これを大と名付くるはその 作用の大なる故ということだ。更にその義解をみるに、地は堅性を義とし、水は湿性を義とし、火は暖性を義と し、風は動性を義とすとありて、物質の性質を指すのである。これを例すれば物理学の固体、液体、気体という に似たれども違うておる。この堅湿暖動の四性は一切の物質に普遍し、いかなる一小物にてもこの四性を兼備せ ざるはない。ただ四性中の一性だけが比較的多く加わると少なく加わるとの異同あるのみと説いておる。もしこ の四大を除き去らば、物体も極微も全くその形を失うものと考え、いちいちの極微はみな四大によりて造出せら れたものと立つる。故にこれを四大所造説と申すのである。 吾人の肉体を組成せる物質を分析して極微に達し、更に極微を究明して四大所造となし、これを物界説明の終 43
点と断定し、更にそれ以上にさかのぼらざるは、小乗の所見の浅薄にして大乗に及ばざる点なれども、この四大 説中に大乗の主観論を暗示せることを忘れてはならぬ。四大は物質にあらずして性質である。しかもその作用大 にして一切の物質を造出すと説く。もしこの性質はなにより生じきたるかと推究しきたらば、必ず吾人の感覚に 属するものなるを知ること自然の勢いであろう。ただ小乗はこの理を暗示したるのみにて明示せず、しかしてこ れを明示したるものは大乗の主観論である。 第一五節 世界の無数無量 仰ぎて天を見、伏して地を察するに、日月山川草木等の諸象の羅列するを知るが、これを総括して世界という。 その世界が無数無量なるを唱うるのは仏教の所談である。さきにも述べしごとく、小乗は婆羅門教の説を受けて、 人界の上に天界あることを説き、その天界は人界と同じく有為転変の世界にして、生滅変遷あることを示し、国 土山川はもちろん、日月星辰よりあらゆる梵天梵王に至るまで、みな生滅あるものと定めておる。まず世界の種 別より述ぶることにしよう。 世界を大別して欲界、色界、無色界の三類とし、欲界とは飲食睡眠等の諸欲を有する境涯にして、この地球上 における人類動物の世界をいい、色界とは吾人のごとき粗悪なる形体にあらずして、清浄にしてかつ精妙なる形 体を有する境涯をいい、無色界とは全く肉体を有せずして精神のみの境涯をいう。この色界、無色界の中に婆羅 門教の天界を収め尽くし、総じて三界と説いておるが、その実、無数無量の世界ありとの説である。 仏教にては普通に大地と日月とを合してこれを一世界と定めておくも、その実これを一小世界と申しておる。 この小世界が多数集まりて中世界となり、中世界が多数集まりて大世界となり、これを合して三千大千世界あり 44
日本仏教 とも、また一〇〇億の世界ありとも説き、更に一〇〇億に幾万倍する世界あるを示し、帰するところ無量無数の 世界ありとの説である。数千年前の古代にありては、いずれの宗教にても学説にても、このようなる広大無辺の 世界観を立てたるものはなかろう。これ実に仏教独特の活眼である。 ただに世界が無数なるのみならず、その無数の世界中に無数の人獣あり、また無数の人間以上の生類あること を説いておる。従来はかかる広大の説を聞きて、空想妄談とのみ考え、釈迦仏は大法螺を吹いたものであるなど と批評しておったが、近世に至り天文学の進歩によりて、天空に羅列せる無数の星はみな世界にして、その中に は地球と同じく生物の住する世界あるに相違ないという説が起こり、仏教の世界説は法螺にあらずして実談であ ると申すようになりたるは不思議である。この一点だけをあげて比考してみても、仏教とヤソ教との深浅広狭の 大差あることが分かる。 第一六節 世界の生滅変遷 宇宙間に散在せる無数無量の世界は、みな変遷生滅を免れぬ。これらの世界はある時代においてその形を現成 し、ある時代の間これを持続し、ある時代に至りて壊滅す。あたかも人類動物に生滅あると同様であるが、ただ 年月に非常なる長短あるのみだ。その非常に長き年月を指して劫という。劫とは詳しくは劫波といい、梵語より 出でたる名称であって、地質学上の世紀と同じく、年月をもって算定することのできない長久の時代に与えたる 仮名である。 世界に生滅ありとするときは、ただちに世界のいまだ生ぜざりし前はいかん、またその生ずるに至りし原因い かんの問いありて起こるであろう。この疑問に答弁せんとするには、必ずまず仏教の時間空間説を考えなければ 45
第8図表
、空ノ
成 壊
/住\
するに時間に始なしと同時に、 世界の変遷につきては、これを四段に分かちて成住壊空の四劫とし、 るが、成劫は世界の生じたる時をいい、 劫は破壊し尽くして空となりたる時をいうのである。 にして、壊劫、空劫は退化の時代である。 ある。すなわち進化の後に退化あり、 なしという説である。その状態を表示すれば第8図表のごとくとなる。 第一七節 生滅循環の状態 前表のごとく世界は成住壊空、進化退化を反覆して、その始もなくその終もなしと説く以上は、開端の起源あ るべき理なく、したがって世界を創造せる天帝を立つるに及ばぬ。この点はまさしく婆羅門教の造物主宰の梵王 を立つる説に反対したるのである。よってこれに準じて仏教とヤソ教との世界観の相違を知ることができる。す なわち仏教は全く無神論である。 ならぬ。その説によるに空間は無限無辺にして、時間は無始無 終と定めておる。しかしてその無始無終の時間の中に世界が生 成住11進化 滅するのであるが、その生滅もまた無数回反覆して際限なしと 壊空11退化 いう説である。すなわち世界が生じては滅し、滅してはまた生 じ、生滅生滅を循環相続して尽くる時なしというのである。要 世界にも真の開端の起源なしというのが仏教の宇宙観である。 この四劫を経て生滅するものと説いてお 住劫はその形体を持続する間をいい、壊劫はその破壊する時をいい、空 これを今日の進化論に対するに、成劫、住劫は進化の時代 故に仏教は進化説にもあらず、退化説にもあらず、進化退化交替説で 退化の後に更に進化あり、進化の後に更にまた退化ありて、反覆循環際限 46日本仏教 更に論歩を進めて空劫より成劫を生ずる間の状態を述ぶるに、世界が漸々徐々破壊して空となるも、その実は 真の空になるわけではない。ただ世界がその形象を失えるまでである。すでに小乗の所説は法体恒有にして、万 物万法の本体は常に存して滅するにあらずと説く以上は、世界の生滅するのは、その元素たる法体のあるいは集 まりあるいは散ずるに過ぎぬ。よってそのいわゆる空劫は諸元の解散して形象を失える状態に帰したるをいうの でありて、決して法体そのものの空となりたるわけではない。それ故にひとたび空に帰したる世界も、もし解散 せる元素が再び集合しきたらば、たちまち成劫となりて世界を現出するに至る道理である。 更にまた世界の壊劫より空劫に移る間の状態いかんを示せるところをみるに、大火によりて一切の形体を有す るものを焼尽し、終わりに全世界ことごとく空となるに至ると説いておる。すなわち世界の終極は熱に化し去る ことになるが、その熱中に万法の本体は依然として存するに相違ない。よって熱中に風を起こし、再び世界を現 出して成劫となるという。その風とは動性を義とすとありて、運動のことであるから、熱力が運動に変じて世界 を再現するとの説である。この説はまさしく今日の物理学、天文学のいわゆる星雲説に符合しておる。ただし星 雲説にては星雲の前に世界あることを示さぬけれども、仏教にては世界の前にも世界あり、世界の後にも世界あ りて、空劫が成劫となり、成劫が空劫となり、更にその空劫が成劫となりて、循環窮まりなしとの所説なれば、 世界の前に無限の世界あり、世界の後にも無限の世界あることになる。故にこれを名付けて世界にも吾人にも無 始無終の生滅ありと説いておる。 47
48
第四講 小乗哲学門日
第一八節 因果の説明 前講の世界観を約言すれば、時間は無限にして、空間もまた無限である。この無限なる時間空間の間に存する 世界が無数無量なるのみならず、その各世界がことごとくみな無限の生滅を反覆継続して、実に無始無終である。 その間に万法の本体たる法体は常住永存し、ただその集散離合によりて世界の生滅をみるのみとの説に帰す。こ こに至りて更に一問ありて起こるであろう。すなわちその法体の集散離合する原因いかんの問題である。仏教は 無神論であるから、その原因を天帝に帰することはできぬ。その代わりに仏教は因果教と称して、集散離合の変 化はみな因果の作用によりて起こると立ててある。つまり天帝が世界を造るにあらずして、因果の理法が世界を 造るとの説である。ここにおいて因果のなにものたるを説明しなければならぬ。 因果の作用は大乗小乗相通じて説き、その理法は実に仏教に貫通せる血脈神髄である。しかしてこれひとり仏 教に限るにあらず、西洋の哲学にても理学にても、一般に因果の規則を説き、しかもこれをもって論理の原則、 実験の基礎と定めておくが、ただその仏教と異なる点は、今日のいわゆる科学にては主として物理的因果をとり、 仏教の方にては主として精神的因果を説くに帰す。語を換えていえば、一方は客観的因果論にして、他方は主観 的因果論なるの相違がある。そのわけをこれより次第に説明しようと思う。 仏教にてはあるいは因縁と説き、あるいは縁起という。因縁の因は親因にして、親しく果を生ずる方をいい、日本仏教 縁は助縁にして、親因を助けて果を生ぜしむる方をいうのである。たとえば草木の種子は因にして、雨露日光は 縁というの類いである。この因と縁とによりて果を生起するに至るを縁起という。その因にも縁にも果にも数様 の分類あれども、あまり錯雑に過ぎて、解し難き恐れあれば略することにする。かくのごとく小乗にて種々の因 果を説くも、いずれも物理的にあらずして精神的である、客観的にあらずして主観的である。これによりて小乗 は物心二元論でありながら、その根底に主観論を有することが知れる。 第一九節 主観的因果 因果の説明はここにとどめて更に前に戻り、成劫が空劫に変じ、空劫が成劫に移るは、全くこの主観的因果の 作用なることを述べなければならぬ。すでに大火の熱力により、世界の形体を破壊し終わりて空となりたるとき に、再び空中に風を生じて、熱力が運動に変ずるに至りたるは、有情の業力のしからしむるところと説いておる。 有情とは心あり情あるものの総称にして、その業力とは有情の意なり口なりに発したる精神的諸因が、その果を 引き起こすに至れる力のことである。この力によりて世界を生起すと立つる説を名付けて業感縁起説という。小 乗はすなわち業感縁起説である。すでに小乗において業感縁起を立つる以上は、たとえ心界の外に物界の実在を 許すにもせよ、その二元論中に主観的一元論、すなわち唯心論を胚胎しておることは明らかに知られるであろう。 ひとり空中に風を生ずるのみが有情の業力なるにあらず、世界の成住壊空の変遷より人獣の生老病死に至るま で、みな業カ所感、因縁所熟にあらざるはなく、天地万物一切の変化、ことごとく主観的因果の作用より起こる というのが、小乗大乗相通じて仏教の所立である。ただ小乗にては業感縁起を説くも、いまだその因果の作用の いずれより生じきたるかの本源を示さぬ。しかるに大乗にてはその本源を明示するの別がある。畢寛するに仏教 49
は婆羅門教やヤソ教において造物主宰の梵王や天帝を立つる代わりに、因果をもって一切の変化を説明したるも のなれば、因果の作用が天地を創造し、因果の理法が万物を主宰することになる。これすなわち仏教が天地万物 を創造・王宰する原因を、宇宙の外に立てずして、世界の内に立つる万有即神論といわるるわけである。 かくのごとき偉大なる勢力を有する因果の作用なれば、一般の科学にて説くところの因果とはただに主観的客 観的の異同あるのみならず、具体的抽象的の相違あり、活動的静止的の不同あることが分かる。換言すれば仏教 の因果は認識上の規範というよりも、むしろ宇宙の精神的大勢力と解してよろしい。それ故に仏書中にはあるい は業力と説き、あるいは因力または因縁力と説いておる。吾人の一生一死、一苦一楽はもちろん、毎日の一挙一 動に至るまで、この因力の作用によらざるはない。故に仏教の世界観には因果が実にその中心となることを知ら なければならぬ。もし仏教中より因果を除き去らば、あたかもヤソ教中よりゴッドの意志を除き去ると同じく、 また仏教にあらざるに至るに相違ない。 第一一〇節 小乗の浬薬界 上来述べたるところによりて、小乗の人身観は我空に帰し、世界観は法有に帰することを知り、あわせてその 哲学上の所立は物心二元論にして、しかも多元の実在を説くをもって、多元的二元論なることを明示し得たりと 思う。またかかる結論に達したる証明の過程は、分析的方法なることも分かったであろう。これらの点はたしか に婆羅門教より数等向上したるものなることは明らかである。同教が神話古伝を妄信するに反して、小乗は哲学 的論究により、また同教が常識的なるに反して、小乗は分析的方法を用い、また同教が客観的なるに反して、小 乗は一半主観論を交え、また同教が実我説を唱うるに反して、小乗は我空説をとりたるがごときは、二教の大い 50
日本仏教 なる相違である。これに加うるに婆羅門教の造物主宰の梵王の代わりに、因果の理法を用いたるがごときは、論 理上の大進歩といわねばならぬ。 しかりしこうしてこの人身観も世界観も、二元論も因果説も、みな現象界相対界の沙汰にして、絶対界の説明 にあらず。故に更に小乗における絶対界の観察を述べなければならぬ。仏教の用語にて相対界を万法界または事 界といい、絶対界を真如界、浬薬界または理界というから、この術語によりて表示すれば左のごとくとなる。
⋮宇宙鷲㍉界等二癖
すなわち小乗の哲学門においては、事界の上に物心二元を立てたる外に真如浬藥の理界あるを説き、更にその 宗教門にありては、吾人の目的は万法の事界を脱して、浬漿界に入るにありと説いておる。これまた小乗が婆羅 門教の上に高く頭角を抜きたる点にして、同教の諸天界を事界の中に摂入し、更にその外に浬磐界あることを開 示し、この浬築界ひとり不生不滅の境涯なることを証立するに至ったのが小乗の達観である。 浬葉界は不生不滅の世界なるが故に、さきに述べたる万法の分類に照合すれば無為法中に入ることとなる。今 ここに浬磐の状態いかんを考うるに、小乗にて立つるところはただ生滅せざる境涯というまでにして、別に実体 あるにあらず、また活動を有するにもあらず。畢寛するに消極的にして積極的にあらず、無意識的にして意識的 にあらず、暗黒的にして光明的にあらざる真に空寂虚無の浬薬である。これ小乗がそのみるところなお卑しくか つ浅く、大乗と雲泥の相違あるゆえんにして、古来大乗より仏教内の外道と擦斥せられしも無理ならぬことと思 51わる。その次第はつぎに述ぶるつもりである。 第一一一節 小乗的浬薬の真相 小乗の教うるところによれば、吾人がこの有為の世界、すなわち万法の事界を離れて浬磐界に入るときは、灰 身滅智あるいは身心都滅と説き、吾人の死すると同時に身はもとより灰となりて滅し、心もまた滅して空々寂々 に帰し去り、あたかも灯の滅するがごとく、智慧の灯も意識の光明も共に滅して、無知覚、無精神の暗黒状態に 帰し終わると説いておる。故に浬磐界は苦もなく楽もなく、苦楽の感覚の滅無したる境涯であると考えねばなら ぬ。何故に人はかかる世界に至ることを願うか、むしろ人間界の感覚あり意識ある境涯こそ望ましいではないか と。なんびとも怪しみかつ疑うであろう。その疑いを解くにはインド人の宗教信仰の状態を説かねばならぬ。 インド人の宗教を信ずる本心を考うるに、人間界は患難苦痛多ければ、一日も早くこの苦界を去りて、不苦の 境涯に至りたいとの一念より起こっておる。婆羅門教には天界に昇進することを勧むるも、人界の苦を逃れしめ んとするに外ならぬのである。インドの宗教が一体に厭世風を帯びておるのは、その国民が一般に厭世的なるに よる。よって仏教において彼らを導くにも、もっぱら人界の諸苦を脱離することを説いたものである。なかんず く小乗はインド人の気風に適合するように釈迦仏が工夫して説かれた方便教であるから、徹頭徹尾厭世である。 大乗の真意は楽天教なれども、なお厭世の語気を帯びておるのも、その本はインド人に対して説かれた故であろ う。とにかく厭世はインド人の特性とみてよろしい。 さて仏教において人界の諸苦は帰するところ生滅無常なるによるとなし、浬磐界ひとり生滅なきゆえんを示し、 また諸苦を感ずるは吾人に感覚意識の存するによるをみて、浬藥界は不生不滅なるのみならず、感覚意識の滅無 52
日本仏教 なる境涯にして、すこしも苦を感ずることなしと教えたものである。つまり真の楽は苦のなきところに存し、そ の苦をなくするには生滅なきところに至らねばならぬということから、小乗の浬藥説が起こったものである。も し吾人にいやしくも生ずるということがあらば、必ず死するということが起こる。もし死のなきようにしたいと 思わば、生のなき状態に帰せねばならぬ道理である。また苦を感ずるは感覚意識の存する故であるから、その苦 をなくするには無意識、無感覚の境涯に入らなければならぬわけである。故に小乗の浬磐は消極的にして無精神 的となるに至った。人もし死してかかる浬藥に帰するというときは、唯物論者の死の説明と同一なるように思わ るるも、唯物論とは大いなる相違がある。そのわけも一言しておきたいと思う。 第二一一節 輪廻説およびその帰結 唯物論者はすべての人が死するときに精神意識は絶滅すと説くけれども、小乗にては吾人がひとたび死しても、 己の修めたる因に応じて必ず再生するに至ると説き、死しては生まれ、生まれては死し、また死しては生まれ、 幾回となく生死を反覆して窮まりなきものという。あたかも前に述べたる世界の生滅を反覆して、循環相続する と同様である。すでに人生は苦なり、生存そのものが苦なりとするときは、生死を反覆継続する間は永く苦境に 岬吟するわけに当たる。故にもしその苦を離れんとするには、死後再生せざる道を求めねばならぬ。その生死を 反覆することを輪廻といい、吾人が輪廻するのは輪廻すべき悪因を修むるによるというから、かかる悪因を修め ずして別に向上の善因を修め、もって吾人の心中に相続する輪廻の縄を断ち切るに至らば、始めて不生不滅の浬 藥界に入るを得という説である。 かかる説き方はインド人のごとき厭世を特性とするものには有力なるべきも、人生を楽観して空寂浬薬を好ま 53
ぬものに対しては、なんらの功能のないことは明らかである。小乗の所説の日本に行われぬ理由もこれによりて おのずから分かる。しかるに大乗に至りてはその浬薬は積極的活動的、光明的歓楽的なるのみならず、事界と理 界とを一致せしめ、此土、此身、此生において浬磐常楽の境涯を実現せんことを期するほどであるから、小乗の 所立とは氷炭相いれざるの相違がある。その説明はのちに大乗を述ぶるときに譲ることにしよう。 上述のごとく小乗にては物心二元の外に浬薬の絶対界あることを示せるも、消極暗黒の空寂界なれば、万法界 を否定したるまでのものとみなければならぬ。これを図をもって示さば第10図表のごとくとなる。小乗において かかる暗黒界を立つるに至りたるは、全く客観の方面より絶対を観察したる故である。その説くところが唯物論 に似たる点あるもこの観察による。しかして小乗が大乗に比して客観の方に重きを置く風あるは、婆羅門教の影 響とみてよろしい。さきにも述べしがごとく、釈迦仏が小乗の説法においては、婆羅門信者の注意を引くために 随機開導の方便を用いられたるものなれば、仏教の浬藥を開示するに婆羅門の客観的見解を用いられしは明らか である。もしこれに反し主観の方面より絶対を観察しきたらば、必ずたちどころに大乗の所説に論到するに相違 ない。 第10図表 ︵第2図表の世界図 を上のごとくに改変 して小乗浬薬の状態 を示すことにした。︶ これを要するに小乗は婆羅門教と大乗との中間に位 し、両者の橋梁となり階段となるものである。すなわち 婆羅門が向上すれば小乗となり、小乗が向上すれば大乗 となるわけである。故に小乗中には婆羅門の教理を帯ぶ ると同時に、大乗の教理をも含んでおる。たとえば主観 54
論のごとき唯心論のごときは大乗の特色とするところなるも、小乗の二元論中の各所にその理を胚胎せるをみて、 小乗と大乗との親密なる関係が分かる。すでに小乗の教理につきては、その標本たる有部宗に属する倶舎宗に基 づきて大要だけを述べ終わった。もとよりその所説はインド古代における原始仏教に比するに多少の相違あるを 免れ難きも、これ全く仏教がシナに入りて発達したるゆえんでありて、余はその発達したる仏教につき、しかも わが日本に流伝せる教説につきて述べたるのである。しかしその根底における原理のごときは、決して原始仏教 と今日現存せる仏教との間に二途あるわけではない。