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亜硝酸ナトリウム持続投与がメトヘモグロビン維持に有用だった重症硫化水素中毒の1例

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Academic year: 2021

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はじめに

硫化水素は非常に毒性の強いガスであり,自然界で 発生することもあればいろいろな産業の副産物として 発生することもある。事故および自殺での中毒症例が 散発的に報告されている。硫化水素は細胞内ミトコン ドリアのチトクローム・オキシダーゼの Fe3+と結合 し,酵素を失活させることで細胞内呼吸(好気代謝) を停止させて毒性を発現する 1)。治療としては高濃度 酸素投与を用いた支持療法のほか,特異治療として亜 硝酸塩(亜硝酸アミル,亜硝酸ナトリウム)の投与が 試みられるが,疾患頻度が少ないことから,その効果 については十分な検討が行われておらず,確立した治 療法はない。また,硫化水素は吸入により速やかに体 内へ吸収されることから,救助者,医療者への二次被 害が起こりやすい中毒であり,対応には注意が必要で ある。 今回われわれは亜硝酸ナトリウムの投与を行った硫 化水素中毒の 1 生存例を経験した。二次被害への対応 を要した症例でもあり,報告する。

症  例

患 者:37 歳,男性。 既往歴:慢性副鼻腔炎。 現病歴:職業は農家。160 × 180 × 140 cm の農薬タ ンク(石灰硫黄合剤,第一リン酸カルシウムを保存し ていた)の清掃作業を行っていた。タンク内の農薬を 取り除いた後,タンク内に入って清掃を開始した。数 分後にタンク内で大きな音がしたために近くで作業を していた人が駆けつけたところ,腹臥位で倒れている 患者を発見した。救出しようとタンク内に入った 70 歳の男性も同様に倒れたため,もう一人が救急要請し た。 救急隊は覚知 10 分後に現場到着し,その 4 分後, 硫黄臭を認めたためガス検知器による測定を行ったと ころ 200 ppm の硫化水素を確認した。タンク下部 2 カ A case of severe hydrogen sulfide poisoning treated with 

continuous  sodium  nitrite  to  introduce  appropriate  methemoglobinemia Kyohei MIYAMOTO, Seiya KATO Department of Emergency and Critical Care Medicine,  Wakayama Medical University 和歌山県立医科大学救急集中治療医学講座 〔原稿受付日:2016 年 6 月 8 日 原稿受理日:2017 年 2 月 7 日〕 【要旨】 硫化水素はさまざまな産業の副産物として生じ,しばしば中毒症例が報告されている。 今回われわれは農薬タンク内で硫化水素が発生し中毒を発症した症例を経験したので報告す る。症例は 37 歳男性。農薬タンク内の洗浄のため中に入ったところ意識消失し,救急要請と なった。現場周辺は硫黄臭があり,ガス検知器で硫化水素が 200ppm であった。タンク下部を 切断して内部の換気を行ったのち,救助した。石灰硫黄合剤と第一リン酸カルシウムの混合に より硫化水素が発生したことが判明した。当院到着時は Glasgow Coma Scale で E2V2M5 と 意識障害があり,気管挿管による純酸素投与,亜硝酸ナトリウム投与を行った。亜硝酸ナトリ ウムは間欠投与より持続投与でメトヘモグロビンの良好な調整が得られた。どちらの投与法で も明らかな副作用は生じなかった。入院 3 日目に意識状態が改善し,入院 6 日目に神経学的症 状を残さず自宅に退院となった。 索引用語:硫化水素,亜硝酸ナトリウム

亜硝酸ナトリウム持続投与が

メトヘモグロビン維持に有用だった

重症硫化水素中毒の 1 例

宮本 恭兵  加藤 正哉 症例・事例報告

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所をエンジンカッターで切断して内部を換気した後, 覚知後 29 分,2 人同時に救出を行った(図 1)。患者 は Japan Coma Scale 100 の意識障害を認めた。収縮 期血圧は触診で 100 mmHg,リザーバーマスク 15 L/ 分の酸素投与下で SpO2は 93% だった。脱衣を行った 後,救急車内の換気を行いながら重症中毒患者として 当院へ搬送された。後から倒れた救助者は心肺停止状 態でほかの直近医療機関へ搬送され,後に死亡が確認 された。 現 症:意識 Glasgow Coma Scale(GCS)E2V2M5 で不隠状態,呼吸数 30 回 / 分,血圧 133/105 mmHg, 心拍数 160 回 / 分,体温 36.9 ℃,SpO2 97%(O2 10L/ 分 バッグバルブマスク換気)。頭頸部,胸腹部に特記す べき身体所見なし。 検査所見:血液検査所見を表 1 に示す。白血球増 多,血液濃縮,高カリウム血症を認めた。動脈血液ガ ス所見は O2 10L/ 分のバッグバルブマスク換気で pH 

6.958,PaO2 188 mmHg,PaCO2 33.8 mmHg,HCO3 7.9 

mmol/L,BE −22.2 mEq/L,乳酸値 23 mmol/L と著 明な代謝性アシドーシスを認めた。十二誘導心電図で は心拍数 160 回 / 分の洞性頻拍を認めたが,明らかな ST 変化などは認めなかった。胸部レントゲンでは両 肺野の透過性低下を認め(図 2a),胸部 CT にて両背 側無気肺と診断した(図 2b)。 経 過:救急隊からの第一報は「硫黄臭のする中毒 患者」であり,硫化水素中毒を念頭に換気の行える陰 圧室に患者を受け入れた。医療スタッフの防護策に関 して日本中毒情報センターと相談を行ったが,救急隊 は通常装備で搬送を行えていたことから,防毒マスク の装着は行わずに帽子,マスク,ゴーグル,ガウンを 装着して診察を開始した。到着時患者は不隠状態で意 識障害があり,動脈血液ガス分析で著明な代謝性アシ ドーシスを認めたことから,重症の硫化水素中毒とし てミダゾラム,ロクロニウムを投与のうえ気管挿管を 行い,純酸素の投与を開始した。挿管時,呼気から硫 黄臭があり,挿管を施行した医師 1 名に一過性の気分 不良,眼の痛み,頭痛が出現したため,二次被害の発 生と判断した。この医師の症状は経過観察のみで翌日 に軽快した。人員を交代し防毒マスクを装着しての診 察(図 3)に切り替えるとともに,脱衣に加え二次除 染として全身の洗浄を追加した。 病院到着 88 分後,3 %亜硝酸ナトリウム 10 mL の 投与を行った。救急外来診察室においてガス探知機で 患者周囲の硫化水素濃度が 0 ppm であることを確認 し,防毒マスクでの診療を終了して ICU へ入室とし た。ICU 入室後は鎮静を行いながら純酸素による人 図 1 発生現場シェーマ タンク切断部位 タンク切断部位 救助者 傷病者 表 1 入院時検査所見 白血球数 18,290 /μL 赤血球数 586 × 104/μL Hb 18.6 g/dL Ht 55.8 % 血小板数 34.2 × 104/μL PT-INR 1.16 Fibrinogen 475 mg/dL FDP 43.1 μg/dL 総蛋白量 9.0 g/dL アルブミン 5.1 g/dL AST 76 IU/L ALT 53 IU/L LDH 890 IU/L 総ビリルビン量 0.9 mg/dL アミラーゼ 82 IU/L CK 260 IU/L BUN 13 mg/dL クレアチニン 1.09 mg/dL 血糖 303 mg/dL Na 146 mEq/L K 6.6 mEq/L Cl 104 mEq/L CRP 0.04 mg/dL

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工呼吸管理を継続した。メトヘモグロビン 20%を目 標として 5 〜 10 mL の 3 %亜硝酸ナトリウムの投与を 繰り返して行ったが,メトヘモグロビンは 7%程度まで しか上昇しないため,病院到着 19 時間後より 5 mL/hr の持続投与を開始した(図 4)。以後は 10 〜 15%の メトヘモグロビンを維持することができた。病院到着 24 時間後,鎮静薬を中止したところ,GCS E4VTM6 と意識状態の改善を認め,同 26 時間後に 3%亜硝酸 ナトリウムの投与を終了,同 48 時間後に純酸素の投 与を終了した。酸素化の悪化もなく胸部レントゲンで も透過性の改善を認めたため,病院到着 52 時間後に 人工呼吸器を離脱した。以後も良好な経過をたどり, 入院 5 日目に ICU を退室,その翌日に明らかな神経 症状,肝障害,腎傷害を残さず,自宅へ退院した。

考  察

硫化水素は,少量であれば速やかに毒性の低い物質 に代謝されて排出されるため臓器障害は生じない 2) 一方,大量に吸収され解毒が追いつかなくなると,ミ トコンドリア内のチトクローム・オキシダーゼに結合 し同酵素を失活させることで好気代謝を阻害し,おも にエネルギー代謝が活発な脳と心臓において症状が出 現する 1)。また,解糖系による嫌気代謝が促進するこ とで乳酸産生量が増加する 1)。よって重症例では意識 障害,代謝性アシドーシスが出現する。 治療は全身管理による呼吸状態,循環動態の維持が 中心となる 1, 3)。チトクローム・オキシダーゼを介さな い好気性代謝を促すために,純酸素を投与する。必要 に応じて気管挿管および人口呼吸管理を施行する。ま た,痙攣発作に対してはジアゼパムやプロポフォール などによる痙鎮を行う。特異的治療としては意見が分 かれるものの,シアン,シアン化合物での治療に準じ て亜硝酸塩の投与が試みられることがある。亜硝酸塩 の投与方法には亜硝酸アミルの吸入と亜硝酸ナトリウ ムの静注があり,いずれも赤血球のヘモグロビンを酸 化してメトヘモグロビンを生成することで治療効果を 発揮する。メトヘモグロビンは硫化水素との親和性が 高く,チトクローム・オキシダーゼに結合した硫化水 素を解離させることで酵素活性を取り戻すことができ る。マウスに対し曝露前より亜硝酸塩を投与しておく ことで硫化水素の毒性が低下することが報告されてい る 4)が,人においては硫化水素中毒の頻度が少ないこ とから大規模な観察研究が行われておらず,いくつか の症例報告で有用性が示唆されているにとどまる 5, 6) Hoidal ら 7)は硫化水素中毒の 2 例のうち,亜硝酸塩 で治療された 1 例は完全に回復したのに対し,亜硝酸 塩で治療されなかった 1 例は神経学的後遺症を残して しまったことを報告している。一方で,硫化水素の代 謝は生体内で速やかに行われるのに対し,亜硝酸塩に 図 3 防毒マスク装着例 図 2b 初診時胸部 CT 両背側の無気肺を認める 図 2a 初診時胸部レントゲン 両側の透過性低下を認める

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よるメトヘモグロビン生成は緩やかな反応なので,亜 硝酸塩による治療は無効であるという意見もある 2) このように,効果については意見が分かれるものの, 作用機序からはより早期の投与が望ましいと考えられ る。Kamijo ら 8)は,日本の硫化水素中毒 19 例では, 来院から亜硝酸塩投与までの平均時間は 24 〜 43 分と 報告している。本症例での亜硝酸塩投与は来院 88 分 後と時間を要した。亜硝酸ナトリウムは院内製剤であ り,投与までの手順が医薬品と異なることが時間を要 した一因であり,平時から投与手順を確認しておく必 要があった。亜硝酸ナトリウムはメトヘモグロビン 20%程度を目標として間欠的 5)もしくは持続的 6)に投 与した報告があるが,その優劣は定まっていない。本 症例では,間欠投与より持続投与のほうがメトヘモグ ロビン濃度を調整しやすく,どちらの方法でも低血圧 など明らかな副作用を生じることがなかった。硫化水 素中毒やシアン中毒で用いられる亜硝酸ナトリウムは 医薬品に含まれていないが,救命救急センターなど重 症中毒症例を受け入れている施設では常備が望まれ る。しかしながら,医薬品ではなく院内製剤になるた め,倫理委員会での承認など施設全体でのコンセンサ スを得ることに加え,品質試験や無菌試験などの品質 管理が必要である 9)。常備に際してはこれらの点につ いて薬局などとの調整を行う必要がある。 硫化水素は呼吸により速やかに体内へ吸収されるた め,二次被害を生じやすい中毒である。高濃度硫化水 素に曝露しやすい救助者の二次被害だけでなく,医療 機関の医療者への二次被害も報告されており,Ruder ら 10)は適切な個人防護具の装着で二次被害を防止で きたと報告している。曝露リスクの高い手技にあたっ ては防毒マスクの装着を検討する必要があった。 本報告で死亡した救助者の 1 例は他院へ搬送された ため詳細は不明であるが,高齢のため同程度の硫化水 素濃度曝露にもかかわらず心肺停止に至ったものと推 察された。

結  論

重症の硫化水素中毒の 1 例を経験した。亜硝酸ナト リウムは間欠投与より持続投与の方がメトヘモグロビ ンの維持が容易であった。気管挿管の際に医療者の二 次被害を生じてしまったことから,曝露リスクの高い 手技の際は防毒マスクの装着を検討する必要があっ た。 本稿のすべての著者には規定された COI はない。 25 20 15 10 5 0 600 500 400 300 200 100 0 0 12 24 到着後時間 36 48 (hr) PaO2(mmHg) MetHb(%) Lactate(mmol/L) 10 mL 5 mL 10 mL 5 mL/hr 3%亜硝酸ナトリウム PaO2 Lactate MetHb 図 4 治療経過 亜硝酸ナトリウムの持続投与を開始してからメトヘモグロビンの上昇を認めた MetHb: Methemoglobin

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文 献

  1)  上條吉人: 臨床中毒学. 医学書院, 東京, 2009, p 386-93.   2)  Hall  AH,  Rumack  BH:  Hydrogen  sulfide  poisoning:  an 

antidotal role for sodium nitrite?. Vet Hum Toxicol 1997;  39: 152-4.

  3)  日本中毒情報センター : 医師向け中毒情報概要 硫化水素.  http://www.j-poison-ic.or.jp/ippan/O16200_0106_3.pdf (2016年11月10日参照)

  4)  Smith  RP,  Gosselin  RE:  On  the  mechanism  of  sulfide  inactivation by methemoglobin. Toxicol Appl Pharmacol  1966; 8: 159-72.

  5)  藤野靖久, 井上義博, 小野寺誠, 他: 硫化水素曝露後に遅発性 の意識障害を生じ亜硝酸ナトリウムの間欠投与にて治療し た1例. 中毒研究 2010; 23: 297-302.

  6)  Komiyama  T,  Nishida  M,  Karima  R,  et  al:  Hydrogen  sulfide intoxication a report of two cases with discussion  of NaNO2 therapy from the point of tissue metabolism  and regional cerebral blood flow. 中毒研究 1990; 3: 145-50.   7)  Hoidal CR, Hall AH, Robinson MD, et al: Hydrogen sulfide  poisoning from toxic inhalations of roofing asphalt fumes.  Ann Emerg Med 1986; 15: 826-30.

  8)  Kamijo  Y,  Takai  M,  Fujita  Y,  et  al:  A  multicenter  retrospective survey on a suicide trend using hydrogen  sulfide in Japan. Clin Toxicol (Phila) 2013; 51: 425-8.   9)  日本病院薬剤師会. 院内製剤の調整及び使用に関する指針 (Version 1.0)について.    http://www.jshp.or.jp/cont/12/0731-1.html(2016年9月7日 参照)

 10)  Ruder  JB,  Ward  JG,  Taylor  S,  et  al:  Hydrogen  sulfide  suicide; a new trend and threat to healthcare providers. J  Burn Care Res 2015; 36: e23-5.

参照

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