140-144,2016
癌の進行は緩徐なことが多く,RAI不応な患者の中でも適 切な治療対象の見極めが重要である。このため,使用する 分子標的薬に特徴的な副作用が患者の日常生活に与える影 響も十分に考慮した総合的な判断が必要となる。本稿では, 分化型甲状腺癌(diff erentiated thyroid cancer,DTC)に おける分子標的薬の現状と適正使用について解説する。
DTC
に対する分子標的治療薬 DTCの予後は一般的に良好であり,外科的治療と再発 リスクに応じたRAIが治療の主役である。しかし,RAI不 応なDTCの10年生存割合は10%とRAI感受性のDTCの56 %と比較して予後は不良であり[5],有効な薬物療法も永 らく存在しなかった。そのような状況の中,m-TKIであ るSORおよびLENのRAI不応分化型甲状腺癌に対する有効 性 が 相 次 い で ラ ン ダ ム 化 第 Ⅲ 相 試 験 に お い て 示 さ れ はじめに これまで放射性ヨウ素治療(RAI)に不応な転移・再発 分化型甲状腺癌に対する薬物療法はドキソルビシンが治療 選択肢の一つであったが,その有効性は不十分なものであ った[1]。しかし,2014年にmulti-target kinase inhibitor (m-TKI)であるソラフェニブの有効性が証明され[2], レンバチニブも第Ⅲ相試験において明らかな有効性が示さ れ[3, 4],RAI不応転移・再発分化型甲状腺癌の治療オ プションが充実することとなった。一方で,分化型甲状腺 別冊請求先:〒650-0017 兵庫県神戸市中央区楠町7-5-1 神戸大学医学部附属病院腫瘍・血液内科 清田尚臣 E-mail address:[email protected]分化型甲状腺癌に対する分子標的治療の現状と展望
神戸大学医学部附属病院腫瘍・血液内科
清田 尚臣
Current status and future perspective of molecular targeting treatment for differentiated
thyroid cancer
Department of Medical Oncology and Hematology, Kobe University Hospital Naomi Kiyota
これまで放射性ヨウ素治療(RAI)に不応な転移・再発分化型甲状腺癌に対する薬物療法はドキソル ビシンが治療選択肢の一つであったが,その有効性は不十分なものであった[1]。しかし,2014年に multi-target kinase inhibitor(m-TKI)であるソラフェニブ(sorafenib:SOR)の有効性が証明され, 新たな治療オプションとして日本でも使用できるようになった[2]。さらに,レンバチニブ(lenvatinib: LEN)も第Ⅲ相試験において明らかな有効性が示され[3, 4],RAI不応転移・再発分化型甲状腺癌の治 療オプションがさらに充実することとなった。一方で,その使用にあたっては適応の慎重な判断と適切 な管理が非常に重要な課題である。本稿では,このような分化型甲状腺癌(diff erentiated thyroid can-cer,DTC)における分子標的薬の適正使用と今後の展望について解説する。
Key words: 分化型甲状腺癌(differentiated thyroid cancer),放射性ヨウ素治療(radioactive iodine
treatment),ソラフェニブ(sorafenib),レンバチニブ(lenvatinib)
甲状腺癌の薬物療法について
特集1
た[2, 3]。SORはVEGFR-1,2,3,RET,RAF,PDGF-β を阻害することでその効果を発揮する薬剤であり,肝細胞 癌や腎細胞癌においても有効性が示されている[6, 7]。 LENはVEGFR-1,2,3,FGFR-1,2,3,4,RET,KIT,PDGF-αを阻害することでその効果を発揮する[3, 8, 9]。この ようなm-TKIがDTCに有効である理由としては,DTCに おいてVEGFの発現と予後が相関するという報告と[10], 後述するような乳頭癌(papillary thyroid carcinoma,PTC) の40%程度に認めるとされる
BRAF
V600E変異に代表されるMAPキナーゼ経路の活性化や濾胞癌(follicular thyroid carcinoma,FTC)における
RAS
変異やPTEN
欠失に伴う PI3K/AKT経路の活性化など,治療標的となりえる腫瘍 増殖のメカニズムが存在することが挙げられる[10,11]。 このため,SORやLEN以外にもDTCに対して有効性が示 唆されるm-TKIが多く開発されてきた(表1
)[12~19]。 この中でもSORは,DECISION試験において,LENはSE-LECT試験においてRAI不応DTCを対象にプライマリーエ ンドポイントである無増悪生存期間(PFS)の有意な改善 を認めた(表2
)[2~4]。DTC
に対するSOR
およびLEN
の適正使用について DECISION試験およびSELECT試験において,RAI不応 DTCに対するSORとLENの有効性が示されたが,両試験 におけるRAI不応の定義を示す(表3
)。適切な前処置を 行った上でRAIを行いこれらの定義を満たす場合には,予 後が不良であること,治療継続しても腫瘍の縮小が期待で きないこと,そして累積投与量が600mCiを超えると二次 癌の発生が増加することなどが示されている[5,20]。実 際に,SLECT試験のRAI不応の定義別サブ解析において も,RAI不応の3つの定義のいずれを満たした場合(重複 あり)でもプラセボ群のPFS(中央値)は3.6~3.7カ月と 予後不良であり,いずれの場合でもLENによる有意なPFS 改善効果が示されている[21]。一方で,RAIに対して感受 性があるDTCについては,RAIで長期生存が得られる可 能性がある[5]。このためRAIが施行可能な患者に対して はそちらを優先すべきである。また,RAI不応でないDTC DECISION試験 プラセボ ソラフェニブ Hazard Ratio P-value奏効割合 0.5% 12.2% - <0.0001
無増悪生存期間(中央値) 5.8カ月 10.8カ月 0.59(0.45~0.76) <0.0001 全生存期間(中央値) Not reached Not reached 0.80(0.54~1.19) 0.138 SELECT試験 プラセボ レンバチニブ Hazard Ratio P-value
奏効割合 1.5% 64.8% - <0.001
無増悪生存期間(中央値) 3.6カ月 18.3カ月 0.21(0.14~0.31) <0.001 全生存期間(中央値) Not reached Not reached 0.73(0.50~1.07) 0.10 表 2 . DECISION試験およびSELECT試験の結果
表 1 . 分化型甲状腺で有効性が示唆された分子標的薬
薬品名 VEGF-R1 VEGF-R2 VEGF-R3 PDGFR標的分子FGFR KIT RET Others
Vandetanib ● ● EGFR Sunitinib ● ● ● ● ● ● FLT3 Axitinib ● ● ● Sorafenib ● ● ● ● ● ● RAF,FLT3 Motesanib ● ● ● ● ● ● Pazopanib ● ● ● ● ● Lenvatinib ● ● ● ● ● ● ● 表 3 . DECISION試験とSELECT試験におけるRAI不応の定義 DECISION試験 SELECT試験 登録前14カ月以内にRECISTによる増悪が確認 登録前13カ月以内に独立画像判定(RECIST)による増 悪が確認 上記かつ以下のうち1つ以上を満たす ・ 放射性ヨウ素取り込みのない標的病変を有する ・ 放射性ヨウ素取り込みのある病変であっても, ✓ 登録前16カ月以内のRAI後に増悪が確認されて いる ✓ 登録前16カ月以上前の場合,2回以上のRAI歴 と直近のRAI後16カ月以内に増悪が確認 ・ RAIの累積線量で600mCi以上の治療を受けている 上記かつ以下のうち1つ以上を満たす ・放射性ヨウ素取り込みのない標的病変を有する ・放射性ヨウ素取り込みのある病変であっても, ✓ 登録前12カ月以内のRAI後に増悪が確認されて いる ・RAIの累積線量で600mCi以上の治療を受けている
に対するSORやLENの有効性および安全性は確立してお らず,安易な使用は控えるべきである。 実際に両試験の結果から,どのような患者にSORおよび LENなどのm-TKIの投与を考えるかが臨床の現場では最 も重要なポイントである。RAI不応の定義は両試験で若干 異なるものの,前述のような理由からRAI不応であるDTC 患者は治療の候補となりえる。しかし,単に放射性ヨウ素 取り込みがないだけであれば,10年生存割合は70%との報 告[22]もあり,予後の良い患者が含まれていることに注意 が必要である。このため,単にRAI不応の定義を満たすだ けでm-TKIを開始するのではなく,「この約1年の間に明 らかな病勢の進行を認めていること」という条件も満たす こと重要である。さらに注意すべきことは,RAI不応転移・ 再発DTCの患者は,このような状況であっても必ずしも 有症状ではなく通常の日常生活を送っていることも多いこ とである。このため,後述するような予想される副作用が 患者の日常生活に与える影響,臨床的な病勢の増悪速度や それに伴う症状の程度,そして他の治療選択肢(救済手術 や放射線治療(外照射)など)の可能性など,いくつもの 条件を考慮したうえで最終的なm-TKIによる治療開始時 時期を見極めるべきである。また,一旦治療を開始すれば 適切な副作用管理を行いつつ可能な限り適切な治療強度を 維持して長期間継続する工夫も必要となる。十分な支持療 法を行えなければ不十分な治療となり,結果として期待さ れる効果が得られなければ,患者にとっては辛いだけの治 療になりえる。以上のことから,これからの甲状腺癌の診 療は,甲状腺外科医・耳鼻科医・放射線科医・腫瘍内科 医・看護師・薬剤師などで構成される多職種診療チームで の対応が必須といえる。
SOR
およびLEN
に特徴的な有害事象 DECISION試験においてSOR群で,SELECT試験におい てLEN群に認められた頻度の高い有害事象を表4
に示し た。SORとLENで頻度に差があるものの,手足症候群・ 下痢・皮疹・倦怠感・体重減少・高血圧・たんぱく尿など は共通して注意すべき有害事象であり適切な対処が必要と なる。SORに特に頻度が高い手足症候群は患者の日常生活 への影響も大きく,その対策は非常に重要である。尿素配 合クリームの予防投与の有用性はランダム化試験で示され ており[23],処方例(表5
)のような対応を積極的に行う と共に,日常生活における注意点の指導も重要である。ま た,高血圧・たんぱく尿はLENに特に頻度が高く注意す べき有害事象である。高血圧とたんぱく尿の両方への効果 を期待して,アンギオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)・ DECISION試験 SELECT試験 ソラフェニブ レンバチニブAny grade Grade 3/4 Any grade Grade 3/4
手足症候群 76% 20% 32% 3% 下痢 69% 6% 60% 8% 脱毛 67% - 11% -皮疹 50% 5% 16% 0% 倦怠感 50% 6% 59% 9% 体重減少 47% 6% 46% 10% 高血圧 41% 10% 68% 42% 食欲不振 32% 2% 50% 5% 粘膜炎 23% 2% 36% 4% 嘔気 21% 0% 41% 2% たんぱく尿 0% 0% 31% 10% 減量が必要となった有害事象 64% 68% 休薬が必要となった有害事象 66% 82% 有害事象による中止 19% 14% 治療関連死亡 0.5% 2% 表 4 . ソラフェニブとレンバチニブに特徴的な有害事象 目的 処方例 皮膚の保湿,ベースのスキンケア 尿素配合薬 ヘパリン類似物質 ケラチナミンコーワクリーム20%® ウレパール® ヒルドイドソフト® 皮膚の発赤・疼痛の緩和 ステロイド軟膏・クリーム Very strong:マイザー®,リンデロン® Strongest:デルモベート® 痛み・かゆみの軽減 NSAIDs 抗ヒスタミン薬 ロキソニン® アレロック® 表 5 . 手足症候群に対する処方例
ACE阻害薬を中心にカルシウム拮抗薬なども組み合わせ た降圧薬による管理を積極的に行う[24,25]。その他にも 低カルシウム血症やTSHの上昇,頻度は低いもののSOR のBRAF阻害作用に関連したケラトアカントーマ/皮膚有 棘細胞癌など多岐に亘る有害事象に気を配る必要がある。 さらに,血管新生阻害薬や分子標的薬に共通する注意すべ き重篤な有害事象(高血圧クリーゼ,ネフローゼ,可逆性 白質脳症,消化管穿孔,出血,血栓症など)が存在する。 これらの重篤な有害事象発現頻度は高くないものの,万一 生じた場合には致命的となることもあるため,両薬剤共に 慎重に適応を判断し治療を進める必要がある。 甲状腺癌における今後の治療開発について DTCにおいては,腫瘍の発生・増殖・進行に関わると 考えられるような遺伝子異常がいくつか知られている (表
6
)[26,27]。RET
/PTC
rearrangement,BRAF
遺伝 子変異,NTRK
(neurotrophic receptor-tyrosine
kinase
) rearrangement,RAS
遺 伝 子 変 異,PPAR-γ
rearrange-ment,TP53
遺伝子変異,TERT promoter
遺伝子変異な どがそれにあたる。このような遺伝子異常は,PTCにお けるMAP kinase pathwayの活性化やFTCにおけるRAS
変 異やPTEN
欠失に伴うPI3K/AKT経路の活性化など,治療 標的となりえる腫瘍増殖のメカニズムと関係しているとも いえる[10,11]。しかし,現時点でRAI不応DTCに有効 性を示しているSORやLENの主な標的はVEGFRであり, 上記のような遺伝子異常を直接的に標的とする分子標的薬 の報告は少ない。ただし,BRAF
V600E遺伝子変異を有する PTCについてはいくつかの報告がある。MD Anderson Cancer CenterのBRAF阻害薬であるvemurafenibのoff la-bel experienceにおいて,15例中7例(47%)にPRが得ら れており[28],同じBRAF阻害薬のdabrafenibのPhase Ⅰ 試験に登録されたBRAF
V600E遺伝子変異を有するPTCおい て も 9 例 中 3 例(33 %) のPRを 得 て い る[29]。 現 在, TKI不応かつRAI不応のDTCに対してもBRAF阻害薬は単 独またはMEK阻害薬との併用で開発が進められており結 果が待たれる。また,RAI不応DTCに対してMEK阻害薬 のselumetinibやBRAF阻害薬のdabrafenibを投与すること で放射性ヨウ素取り込みを回復させる試みも検討されてい る[30,31]。これが実現すれば,分子標的薬を長期間内服 する必要がなくなるため非常に需要な研究といえる。 おわりに 本稿で解説したような分子標的薬の特徴を理解して適正 かつ安全に使用するには,がん薬物療法に関して十分な知 識と経験を有する医師が中心となり施設での多職種診療体 制の整備を行うことが必須である。また施設内での体制整 備だけでなく,施設間での連携体制の構築も重要であり, 日本甲状腺外科学会・日本内分泌外科学会・日本甲状腺学 会・日本頭頸部外科学会・日本臨床腫瘍学会が協力して甲 状腺癌診療連携プログラムを立ち上げている(http:// www.jsmo.or.jp/thyroid-chemo/)。今後,甲状腺癌に対す る診療体制が整備され,本稿で紹介したような新規薬剤の 開発が進むことで,さらにより良い治療が甲状腺癌患者さ んに届けられることを期待したい。 【文 献】1. Gottlieb JA, Hill CS Jr : Chemotherapy of thyroid cancer with adriamycin. Experience with 30 patients. N Engl J Med 290 : 193-197, 1974
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TERTpromoter mutation 11% 17% 43% 40% 表 6 . 甲状腺癌に特徴的な遺伝子異常[26,27]
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