高齢者向けテクノロジーの役割
特集
超高齢社会の潜在力
Ⅲ章
高齢者
Tech
の
動向分析
団塊世代がすべて後期高齢者となる2025
年に向 けて、社会保障費用の増加や医療・介護人材不足へ の対処が課題となっている。こうした中、高齢者はで きるだけ自宅や住み慣れた地域で過ごしたいという 希望を持つ。その際、生活不活発病(廃用症候群) のリスクを避けるためには、保有する能力をできるだ け活かした自立した生活が望ましい。 近年さまざまな分野でテクノロジーの発展が加速 している。テクノロジーの活用が、高齢者の課題や期 待に応える可能性が高まっている<図1
>。 特にテクノロジーの貢献が期待できるのが、「住・ 介護」「食」「医療・健康」「外出」の4
領域である。 「住・介護」領域では、日本の制約ある住環境下で、 今後増加する独居高齢者や高齢者二人暮らし世帯の 自立を支援するとともに、介護施設において介護職 の負担を軽減する役割が期待されている。さまざま な福祉用具や介護機器(ロボット)・見守りセンサー などがこれに応える。「食」の領域では、高齢者の食 の質を高め、健康寿命を延ばすことが求められる。 高齢者向けの食品や食事指導サービスの貢献が期待 される。「医療・健康」は、今後急速な進歩が予想さ れる領域である。さまざまな革新的医療技術の登場 が、高齢者の寿命と健康寿命の両方を伸ばす。さら に、在宅高齢者の増加に備え、在宅医療インフラの 整備が必要となってくる。「外出」領域では、自動運 転技術やオンデマンド交通(ライドシェアリング)な どが高齢者の自由な外出を可能にし、高齢者の社会 とのつながりや生きがいを支えるであろう。 これら高齢者向けの新しいテクノロジー活用市場 は、高齢者数の増加に伴って、今後大きく拡大する。4
領域の市場規模を推計したところ、2030
年には合 計で約18
兆円になるという結果が得られた<図2
>。EY
総合研究所
未来社会・産業研究部
主任研究員
吉識 宗佳
Feature
図1 高齢者の課題とテクノロジーの貢献の全体像 出典:EY総合研究所作成厚生労働省予測によると、
2025
年には、介護職の需要
253
万人に対し、
約
38
万人が不足する。特に、大都市圏での医療・介護のリソース確保や
在宅医療・介護体制の確立が課題となる。
38
万人
医療・健康
住・介護
外出
食
生きがい
仕事
高齢者向けサービス • 車いすツアー • 字の大きい新聞 • バリアフリー旅館 • 見やすい店舗展示 美食 調理の負担減 アンチ エイジング 旅行 買い物 家族や友人 との交流 共同体の維持 収入増加 自由な外出 自立した生活 健康維持 慢性疾患増加 高齢者世帯増加 地域包括ケア 高齢者向け食品・食事提供 • 介護食 • 食事宅配 • テーラーメイド食品、他 高齢者向け医療 • 新しい医療技術 • 在宅医療、他 高齢者向け住・介護 • 福祉用具 • 見守り • スマートホーム、他 高齢者向け交通 • 自動運転 • オンデマンド交通、他サプライ
デマンド
• 分身ロボット・VR • 作業補助ツール高齢者Techの動向分析 1. 「住・介護」領域∼介護へIT・ロボット活用∼
2025
年に向け、高齢者の住宅や介護の在り方が 課題となっている。介護・医療リソース不足のため、 介護施設は要介護度の高い高齢者が中心となり、在 宅高齢 者(含む高齢 者向け賃貸住宅)が増加する。 現在でも介護職は腰痛の罹り か ん患率が高く人手不足も深 刻だが、要介護度の高い入居者増加による負担増が さらに加わる。このため、介護職の負担軽減が課題 となる。 介護施設の介護職の負担が重い業務は、ベッドから 車いすなどへの移乗、移動、トイレやオムツ交換など の排泄ケア、入浴、夜間の見守りなどである。これま でも介助を補助する介護機器が使用されているが、例 えば移乗用リフトの市場規模は年数十億円程度にとど まるなど、広く普及しているとは言い難い状況にある。 普及伸び悩みの一因は、直接人を対象とする介助業 務の難しさにある。安全性や快適性、柔軟性を持つ、 現場を深く理解した機器の開発が必要である。一方 で、介護職側の意識改革も課題である。機器使用に 関する教育や使用体制の確立が必要とされている。 現在、ロボット技術やIT
技術を用いた介護機器の 開発が進められ、実用化されつつある。高齢者と直 接接する移乗や入浴などの作業は難易度が高いため、 単独で介助作業を行うロボットの普及は少し先にな る。まずは、人が操作しロボット技術で高度制御する 介助機器、高齢者の歩行を支えるロボット歩行器な どが登場する。ロボット技術による高度な制御と簡単 な操作を兼ね備える機器が求められている。 領域別に含まれる具体的なテクノロジー(製品、 サービス)を<表1
>にまとめた。次に、領域ごとに、 テクノロジーへの期待、テクノロジーの動向、普及に 向けた課題をとりまとめる。 領域別の動向 図2 高齢者向けテクノロジーの市場規模 0 20,000 40,000 60,000 80,000 100,000 120,000 140,000 160,000 180,000 200,000市場規模(億円) 2015年 2020年 2030年 外出 医療・健康 食 住・介護 パーソナルモビリティ オンデマンドモビリティ 自動運転 健康管理、遺伝子診断、セルフメディケーション 在宅医療基盤 医薬品(新しい医療技術) 医療機器(新しい医療技術) 食事指導サービス、テーラーメイド食 給食 食事・食材宅配 高齢者向け食品 ホームセキュリティ、高齢者犯罪被害予防 介護予防サービス(運動機能、認知機能) スマートホーム・家事ロボット 介護機器・ロボット・福祉用具(含む消耗品) 出典:EY総合研究所作成 (注) 市場規模推計については、近日詳細レポートを公開予定Feature
表1 高齢者向けの主要なテクノロジー(製品・サービス)例 一方、今後期待したいのが高齢者の犯罪被害予防 分野である。在宅高齢者、特に認知症患者が特殊詐 欺や犯罪的な訪問販売のターゲットとなる例が多発 している。被害を防止する新しい製品やサービスが必 要とされている。2015
年から2025
年に向けて、介 護 給付費は約10
兆円から約20
兆円に倍増する。すでに普及してい る介護機器や福祉用具の市場も同様に拡大するのに 加え、IoT
やロボット技術を用いた新しい機器が、見 守り、排泄、コミュニケーションなどいくつかの分野 で上乗せされると予想される。「住・介護」全体では、 約1
兆円の市場が2030
年には2
.
7
兆円程度まで拡大 すると考えられる。 介護職にとって、高齢者の居室での事故を防止する 夜間の見守りも負担が大きい業務である。そこで、セ ンサー等のIT
技術を用いた見守りシステム開発が進め られている。このような見守りシステムは、在宅の高 齢者にとっても有用である。他に、レクリエーション やセラピー、リハビリを補助するロボットやIT
機器の 開発、介護施設のバックヤード業務の省力化、公的 保険外サービスでのテクノロジー活用も期待される。 また、家庭での生活の利便性を高める機器も登場 しつつある。いわゆるスマートホーム分野において、 音声でコミュニケーションできるデバイスやロボット、 そこから制御できる住宅設備機器などが登場してい る。他に、掃除や洗濯物畳みなどの家事をこなすロ ボットの開発や普及も進んでいる。将来的にはこれら が連携することで、家事の負担を軽減し、高齢者の 自立に貢献すると考えられる。 領域 分類 例 ①住・介護 介護機器・ロボット・福祉用具(含む消耗品) 介護ロボット、歩行器、移乗リフト、介護ベッド、車いす、義肢、かつら、パーソナルケア、コミュニケーション機器 スマートホーム・家事ロボット 音声クライアント、掃除ロボット、洗濯物畳みロボット 介護予防サービス(運動機能、認知機能) 介護予防サービス、運動機能診断機器、レクリエーション機器、認知症判定機器 ホームセキュリティ、高齢者犯罪被害予防 見守り機器、警備サービス、特殊詐欺警告機能付き電話、警告機能付きクレジットカード ②食 高齢者向け食品 介護食、栄養補助食品、機能性食品・食材、サプリメント 食事・食材宅配 自宅への食事・食材宅配、高齢者施設向け宅配 給食 高齢者施設向けの給食アウトソーシング 食事指導サービス、テーラーメイド食 広範な栄養指導、高度な食事指導による慢性疾患管理 ③医療・健康 医療機器(新しい医療技術) 人工知能を用いた画像診断機器、再生医療、ゲノム・個別 化医療、低侵襲性検査、手術ロボット 医薬品(新しい医療技術) 在宅医療基盤 多職種連携情報システム、在宅向け医療機器 健康管理、遺伝子診断、セルフメディケーション ウェアラブルデバイス、健康管理サービス、査、OTC医薬品 DTC遺伝子検 ④外出 自動運転 自動運転車 オンデマンドモビリティ 自動運転による公共交通(バス、タクシー)、オンデマンド交通(介護タクシー) パーソナルモビリティ 超小型モビリティ、シニアカー、一人乗りモビリティ 出典:EY総合研究所作成3. 「医療・健康」領域∼革新的な医療技術の発展∼ 高齢者Techの動向分析 伴って、市場規模は