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好きですまえばし

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Academic year: 2021

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(1)

http://www2.wind.ne.jp/sukidesu/

1 2 3 4 5 上毛電鉄中央前橋駅(昭和3年) 前橋警察署・田中町(大正14年)現在の表町、大正11年に曲輪町から移転 渋川行電車発着所(大正11年) 小柳町通り・柳座入口(大正14年)現在の住吉町二丁目付近 竪町通り(大正11年)現在の国道17号 バック写真/大和劇場(昭和2年)現在の千代田町ミヤマ会館付近 1 2 3 4 5

(2)

老舗

し に せ

三俣

み つ ま た

せんべい

三俣の地は江戸時代から東山道の宿場町前橋と北東の農村

地帯大胡を結ぶ商人や旅人の通り道であり、香ばしい醤油

の匂いを漂わせながら焼く煎餅は、旅人の口から広まり遠

くから買い求めに来る人もいたほどの評判になった。5代

目吉田泰彦は、昔から伝わる黒砂糖をまぶした「三俣せん

べい」を残しつつも、今では50種類ほどの煎餅やあられ

をつくり、伝統漂う店構えの本店舗で前橋の老舗として暖

簾を守っている。

前橋大間々・桐生線 (大胡県道) 東 部 バ イ パ ス 上毛電気鉄道 城東駅 三俣町 N

創業

安政2年

(1855年) DATA □所前橋市三俣 町1-19-20 1027-231-3838 □営9:00 ∼19:00 □休年中無休 http://www.f5.dion .ne.jp/~m-senbei/

原嶋

は ら し ま

総本

そ う ほ ん

今や前橋のみならず、上州名物となっている焼きまんじゅう。その

老舗である原嶋屋は安政4年に創業した。初代がお祭りや縁日で行

商していた事から端を発する。当時は甘い味付けでなく、しょっぱ

い味噌を塗ったものだった。明治に入り、今の甘じょっぱい味噌味

となり、広域に知れ渡ったという。「味噌の甘さは、時代により変

わりますが、麹を使った素

まんじゅうは昔の製法のままです。焼き

まんじゅうは、万人にうけるものではないかもしれない。しかし、

故郷の味として伝え、残していきたい。」と店主は語る。100年以

上の歴史には、初代から伝わる、広くて温かな気持ちがある。

石川橋 中央大橋 臨江閣 るなぱあく 大手町 平和町 一丁目 広瀬川 至 17 号 N

創業

安政4年

(1857年) DATA □所前橋市平和 町2-5-20 1027-231-2439 □営10:30 ∼17:30 □休火曜定 休(祝日の場合は翌日)

本誌を手にしたら、とりあえず、すべて広げてみて欲しい。

裏面は、今から86年前、大正8年の地図になっている。

ここには、口語詩体を確立したことでも有名なあの萩原朔太郎や萩原恭次郎、平井晩村、高橋元吉等が

歩いた「前橋」

、昭和20年8月5日の空襲で焼かれてしまう以前の「前橋」がそのままある。

これと併せて、前橋の「まちなか」で100年以上続く食の老舗を取材させて頂いた。

貴重な写真の数々は必見だ。現在のまちと比較してみると、何か新しい発見が出来るかも?!

昭和9年 前橋市全景 手前は不動銀行(現協和銀行跡) 昭和9年 前橋市全景 手前は不動銀行(現協和銀行跡) 昭和9年 前橋市全景 手前は不動銀行(現協和銀行跡) 昭和9年 前橋市全景 手前は不動銀行(現協和銀行跡) 昭和9年 前橋市全景 手前は不動銀行(現協和銀行跡) 昭和9年 前橋市全景 手前は不動銀行(現協和銀行跡) 昭和9年 前橋市全景 手前は不動銀行(現協和銀行跡) 昭和9年 前橋市全景 手前は不動銀行(現協和銀行跡) 昭和9年 前橋市全景 手前は不動銀行(現協和銀行跡) 昭和9年 前橋市全景 手前は不動銀行(現協和銀行跡) 昭和9年 前橋市全景 手前は不動銀行(現協和銀行跡) 昭和9年 前橋市全景 手前は不動銀行(現協和銀行跡) 昭和9年 前橋市全景 手前は不動銀行(現協和銀行跡) 昭和9年 前橋市全景 手前は不動銀行(現協和銀行跡) 昭和9年 前橋市全景 手前は不動銀行(現協和銀行跡) 昭和9年 前橋市全景 手前は不動銀行(現協和銀行跡) 昭和9年 前橋市全景 手前は不動銀行(現協和銀行跡) 大正11年 広瀬川 帽子とエプロン姿は 当時の群大附属小の正装 大正11年 広瀬川 帽子とエプロン姿は 当時の群大附属小の正装 大正11年 広瀬川 帽子とエプロン姿は 当時の群大附属小の正装 大正11年 広瀬川 帽子とエプロン姿は 当時の群大附属小の正装 大正11年 広瀬川 帽子とエプロン姿は 当時の群大附属小の正装 大正11年 広瀬川 帽子とエプロン姿は 当時の群大附属小の正装 大正11年 広瀬川 帽子とエプロン姿は 当時の群大附属小の正装 大正11年 広瀬川 帽子とエプロン姿は 当時の群大附属小の正装 大正11年 広瀬川 帽子とエプロン姿は 当時の群大附属小の正装 大正11年 広瀬川 帽子とエプロン姿は 当時の群大附属小の正装 大正11年 広瀬川 帽子とエプロン姿は 当時の群大附属小の正装 大正11年 広瀬川 帽子とエプロン姿は 当時の群大附属小の正装 大正11年 広瀬川 帽子とエプロン姿は 当時の群大附属小の正装 大正11年 広瀬川 帽子とエプロン姿は 当時の群大附属小の正装 大正11年 広瀬川 帽子とエプロン姿は 当時の群大附属小の正装 大正11年 広瀬川 帽子とエプロン姿は 当時の群大附属小の正装 大正11年 広瀬川 帽子とエプロン姿は 当時の群大附属小の正装

(3)

青柳本店

あ お や ぎ ほ ん て ん 明治3年、初代長谷川権六が本町において創業。当時は製糸工場の 工女さんが里帰りのお土産によく買ったそうだ。現社長で5代目の 基雄さんは「昭和18年、戦争時は粉や砂糖が配給でしか手に入らず、 少ない。そこで何件かの菓子屋が合同で『丸菓組製菓』を設立し、 配給された材料を集めて乾パンや加工品を製造した。その合同企業 の社長は3代目政太郎。昭和22年、終戦により丸菓組製菓は解散し、 青柳本店に戻った。あの当時は大変だったらしい」と歴史を語る。 伝統の味を伝える腕前は一級品で、和菓子の後継者を育てるために 製菓学校の講師も受け持つ。「糸ぐるま」や前橋初市の時期のみ限定 販売の「福おこし」などが逸品。 50 東急イン 至 県 庁 至 高 崎 至 桐 生 前 橋 停 車 場 線 至前橋駅 N

創業

明治3年

(1870年) DATA □所前橋市本町 2-15-2 1 027-224-3769 □営9:00 ∼18:00 □休水曜定休

清香園

せ い か え ん 創業時はお餅の専門店で、戦後おせんべいも販売するようになった。 現在はおせんべいを中心に、京菓子、酒まんじゅう、つきたてのき び餅などを扱っている。この他、冬場限定であるが、生かき餅など も販売しているそうだ。おすすめなのは、先代が名付けたという 「貴婦人巻」。手焼きのおせんべいに国産の上質のりを巻き付けてあ るのだが、手作りのやさしい風合いが出ていてとてもおいしい。特 徴的なのは、今では珍しく、おせんべいが昔ながらの丸ビンやガラ スケースの中はいっており、量り売りを楽しむことが出来ることで ある。一切宣伝していないそうだが、老舗の味を求めてくるお客さ んがしっかりと根付いている店である。 1 7 1 7 N 50 至 高 崎 前 橋 停 車 場 線 至前橋駅 至県庁

創業

明治8年

(1875年) DATA □所前橋市本町 2 8 1 2 1 0 2 7 -221-5683 FAX.027-223-2090 □営9:30 ∼19:00 □休水曜定休

一才

いっさい

小路

こ じ

あん

す み

田屋

だ や

本店

ほ ん て ん 才川通りは昔、一才小路と呼ばれ、松平の下級武士の侍長屋が建っ ていたが、明治になり武士が農民商人に転業した。広瀬川と桃木川 に挟まれ、水を必要とする製糸業が必然的に発達した。才川通りは その中心にあり、繭取引の農民と仲買人、生糸取引の買付商人で賑 わった。30数件の製糸工場に働く工女は15,000人とも言われる。 当初、初代臼田藤次郎は東京からの行商で乾物や餅、だんご等を売 っていた。やがて結婚し、明治12年、自分と妻の姓を合わせ「住田 屋」を開店させた。また、2代目金太郎は郷土の詩人、萩原朔太郎 と師範学校で同期生だったという。現在で4代目である敏明さんは 「すべてのお客さんを大切にする」とのこだわりのもと、古き伝統の 味を守り続けている。 群大教育学部 附属小学校 セブンイレブン 第一ほるもん 漬物処 たむらや 若宮町 主 要 地 方 道 赤 城 線 ︵ 赤 城 県 道 ︶ ︵ 旧 才 川 通 り ︶ N

創業

明治12年

(1879年) DATA □所前橋市若宮 町2-12-23 1027-231-5594 □営11:00 ∼20:00 □休水曜日 定休

大川

お お か わ

本店

ほ ん て ん もともとは人力車の元締め。近代化と共に需要が減りつつあった折 り、初代藤蔵氏の奥様がそばを打てた事がきっかけとなり創業。当 時は、芝居小屋「敷島座」(現前橋文学館)の入口に位置し、一階は 製糸工場の工女さん向け、二階は糸繭商や文人達の会合用で賑わっ ていた。朔太郎氏も度々訪れたとのこと。工女さん達がお金を倹約 するため毎日かけそばだったのを初代が見かね、サービスで時沢の 大根おろしをのせたのが好評を博した。レンゲで二山のせた形が繭 まゆ に似ていた事から「絹おろし」(商標登録)と呼ばれるようになり、 現在の5代目まで引き継がれている。現在、4店舗に暖簾 の れ ん 分けし、 3店舗は前橋近郊、1店舗は新潟市にある。 立川町大通り 前橋文学館 城東P 諏訪橋 至 17 号 N

創業

明治1

4年

(1881年) DATA □所前橋市千代 田町3-6-11 1027-231-5644 □営10:30 ∼19:30 □休水曜日・ 第3火曜定休

(4)

新妻

に い づ ま

や 創業明治15年、今も変わらぬ味で親しまれている銘菓「下馬 将軍」。先代が群馬特産の小麦を使用し、前橋のお土産が出来 ないものかと苦心し、完成させたものである。名前の由来は、 江戸時代上州厩橋城主であった大老酒井雅楽頭忠清にある。そ の由来豊かな風味と風雅なかたちは人の心に深く残る格調高い 銘菓である。「名物は、買ってくれる人が思うものです。変わ らぬ味と品質を守り、地元や県外の方に、これを食べると前橋 や子供の頃を思い起こす。そんな御菓子を造り続けたい。」と 4代目主人は語る。いにしえの味を守る一方で、今後も老舗な らではのチャレンジが、まだまだ続く。 ゆ∼ゆ ロータリー JR前橋駅 イトー ヨーカドー N

創業

明治1

5年

(1882年) DATA 本店 □所前橋市表町 2 1 9 9 1 0 2 7 2 2 1 -5222 □営9:00∼19:00 □休水曜定休 青柳大師店 □所前橋市北代 田町290-5 1027-237-0027

こ ま

え ん

明治20年、初代駒井國太郎が現在の埼玉県狭山市から前

橋市に日本茶の専門店を開いたのが始まり。茶の販売一筋

に二代目重郎、三代目榮吉、四代目健一郎と118年間お

客様に育てられ今日に至っている。その間、戦

せん

で店と先

祖からの品々が消失し、土地だけ残された中から戦後立ち

上がった。商売の基本は良い品物を仕入れること。茶畑を

見て農薬のことや畑の立地など、店主自ら選んだ良品を販

売することを心掛けている。

50 東急イン 群馬銀行 前橋支店 東和銀行本店 至 県 庁 至 桐 生 本町 郵便局 八幡宮 富士スバル N

創業

明治20年

(1887年) DATA □所前橋市本町 2-10-5 1 027-221-3644 □営平日 9:00∼19:00/土、 日 、祭 日 1 0 : 0 0 ∼ 18:00 □休第1、第 3、第5日曜日定休

香り処

かおりどころ

日野屋

ひ の や

(藤岡商店

ふじおかしょうてん

もともとは雑貨を扱う商人だったが、戦時中は砂糖問屋だ

った。砂糖がとても貴重な時代だったため、かなり栄えて

いた。戦後、ビニール袋の普及により、砂糖の量り売りは

だんだんすたれていき、日用雑貨全般を取り扱うようにな

る。そして昨年、結納品と線香・ろうそくの専門店として、

リニューアルオープン。美しい花柄のろうそく、はちみつ

を原材料にしたろうそく、京都松榮堂の線香や匂い袋など、

伝統的な中に新しさを感じさせるものばかりである。特に

ダイエット・肩こり・不眠症・花粉症等に効果のある、漢

方薬配合のお香がお薦め。

1 7 50 テルサ 至 桐 生 至 県 庁 馬場川 中 央 通 り ︵ ア ー ケ ー ド 街 ︶ N

創業

明治20年

(1887年) DATA □所前橋市千代 田町2-12-1 1027-231-4088□営10:00 ∼18:00 □休日曜日 定休

ゆ う

城屋

き や

本店

ほ ん て ん 初代は茨城県水海道で小麦粉など を商いしていたが、前橋に来て明 治17年そば屋を創業し現在4代目(尾崎努社長)になる。水海 道市は昔結城郡であったため『結城屋』を屋号とした。当時前橋 は多くの製糸工場があり、工女さんたちが作業の合間に一杯一銭 で食べられるそばを楽しんだということで、当時大変賑わったと いう。結城屋本店のそば粉は高品質で均質のものが安定的に供給 される北海道産、特に粉の中でもそばにしたとき甘みと腰が出る 一番粉にこだわっている。新しい感覚を取り入れながら老舗のの れんの味を守っている。お薦めの逸品は、天おろしそば。 50 東急イン 魚仙商店 至 桐 生 前 橋 停 車 場 線 至前橋駅 N

創業

明治1

7年

(1884年) DATA □所 前橋市本町3-1-15 1027-224-5174 □営 11:00∼15:00/17:00 ∼20:00 □休水曜定休 P 有り

(5)

水本園

み ず も と え ん 明治24年、狭山茶の行商を営んでいた初代吉蔵氏が竪町(現 在の千代田町2丁目と3丁目の境辺り)にて「水本園茶舗」を 創業。後に桑町(現在の千代田町2丁目)に移転。同氏は大変 な商売熱心で、中でも宣伝には力を入れていた。自ら宣伝歌を 創り料亭で歌い、俳句の募集をし、句集を作るなど、当時とし ては奇抜なアイデアで身代を大きくしていった。初売りの際に 「お茶を年賀に」と売り始めたのも同店。その景品としてきゅ うすをサービスで付けるなどの独自手法で「茶=水本園」のイ メージを広めた。ほうじ茶を売り出したのも日本ではしりであ る。同店は現在でも昔からの教えを守り、「良いものをお客様 に」と言う方針を貫いている。「御茶屋は甚句もうたわず、へ も垂れず」(遊ばず、大きなことも言わないでコツコツと仕事 をしろの意)と現社長の光一氏が 教えてくれた。 銀座通り 1 7 中 央 通 り ︵ ア ー ケ ー ド 街 ︶ N

創業

明治24年

(1891年) DATA □所前橋市千代田町 2 7 1 3 1 0 2 7 2 3 1 -2 0 0 6( 代 ) □営 9 : 0 0 ∼ 18:30 □休水曜定休

ご存知の方もいると思うが、江戸時代末期から大正時

代にかけての「前橋」はとても華やかな都会(まち)だ

った。それというのも、その時期、前橋に訪れた「生糸

景気」の影響だ。

古くから、赤城山麓は水利に乏しく、畑作地帯だった。

その畑作を利用して内職的に行われていた養蚕が次第に

広がり、江戸末期にはかなり盛んに行われていた。

この生糸が、横浜港が開港されたことを期に世界で脚

光を浴びた。当時、ロンドンでは下げ糸のことを「マエ

バシ」と言っていたほどだそうだ。

この好景気に支えられ、前橋の文化・経済は飛躍的に

発展した。全国でもまだ数えるほどしかなかった水道施

設もいち早く敷設(昭和4年)され、市制施行(明治14

年2月)も関東で4番目という早さだった。西洋風の建

物の間を路面電車や老若男女が行き交う街並みは北関東

では類を見ない景色だったに違いない。

特に市

いち

(本町・立川町・細ヶ沢・才川

※1

の4ヶ所)が

立つ時期には雑踏を極めたという。

「本町の市」は、主に遠方からの生糸仲買人で占めら

れ、横浜・東京の大商人の手代が泊まり込みで生糸の買

い付けに来ていた。その他の三ヶ所では生糸・繭・屑糸

の仲買人が場を張った。当時の勢多郡(広瀬川以北)の

人の多くは、これらの市で内職の生糸を売ったようだ。

この買い付けで得たお金も持って「まち」に入り、内職

用の材料や荒物(ざる、ほうき、鍋などの日用品)、小

間物(くし、化粧品など)、衣類などを買いそろえたと

いう。

本町あたりに宿や銀行が多かったり、千代田町界隈に

荒物や小間物、洋品などを扱う店が多く残っているのは

そのせいなのだろう。

このころの「前橋」というのは、日用品から舶来の時

計や万年筆まで買いそろえ、正装して写真をとったり、

映画を見たり、牛肉やうなぎなどの高級品を食したりす

る場所だった。都会ではないが都会のにおいがする「ま

ち」だったのだろう。

大正8年の地図を眺めていると、現在の前橋の市街地

がその当時にできあがったものだということが見て取れ

るように思う。

さて、今から100年後の「前橋」はどう変わっている

のだろう。

※1 立川町 現在の千代田町 細ヶ沢 現在の住吉町一丁目・二丁目 才 川 現在の若宮町・日吉町界隈 広瀬川沿いには、製糸工場 が立ち並んでいた。工場の排水で、川が白くにごるほど であったという。また、繭や生糸を保管する倉庫も数多 く建てられていた。 注) 記事中の戦争に関する記述はすべて第二次世界大戦(1939∼ 1945)を示す。

その他の江戸時代から続く老舗

森本酒造

も り も と し ゅ ぞ う DATA □前橋市駒形町1111-1 1027-266-1113 前橋に残る最も古い造り酒屋。主な銘柄は「黒松正 泉」「赤城の寒梅」など。辛口の酒を扱う。

創業

元禄6年

福岡石材店

ふ く お か せ き ざ い て ん DATA □前橋市総社町総社 3-13-1 1027-253-2020 石工事全般、墓石の販売なども行っている。前橋の 石の老舗だ。

創業

天明8年

鈴半

す ず は ん

商店

しょうてん DATA □ 前橋市千代田町2-11-5 1027-231-2372 古くはキセル、現在では吉田カバンなどのブランド 品も取り揃えている。

創業

弘化3年

く ら

計店

け い て ん DATA □前橋市本町1-3-5 1027-221-5668 初代は前橋藩出入りの時計技師。4代目の店主は修理・ 販売個数ともに時計メーカーから一目置かれる存在。

創業

弘化3年

丸大

まるだい

オヲツヤ商店

しょうてんDATA □前橋市東片貝町 472-1 1027-261-1377 伝統的な味を守りつつ、こんにゃくパスタなど新しい商 品にも力を入れている。店主はこんにゃくマイスター。

創業

嘉永3年

(6)

利 根 川 虎姫観音 広瀬川 馬場川 交番 県民会館 臨江閣 東照宮 さちの池 前橋公園 北口 前橋駅 八幡宮 中央前橋駅 市営パーク城東 前橋文学館 国道17号 県庁前通り 前橋市役所 市立図書館 群馬県庁 群馬会館 前橋城跡 グリーンドーム 前橋 中央公民館 裁判所 るなぱあく 萩原朔太郎 生家跡地 け や き 並 木 日本最初の 器械製糸所跡 龍海院 長昌寺 群馬大橋 イトー ヨーカドー 国道50号 大蓮寺 熊野神社 広瀬川河畔緑道 妙安寺 上 毛 電鉄 10 1 8 6 5 4 7 9 3 2 17 17 50 親 水 ・ 水 上 ス テ ー ジ ゾ ー ン 原嶋屋総本家 住田屋本店 大川屋本店 老舗三俣 せんべい 結城屋本店 青柳本店 新妻屋 清香園 日野屋(藤岡商店) 水本園 駒井園

隆興寺

りゅうこうじ 曹洞宗の寺。寛永13年(1636) 龍海院の隠居寺として創建。 幕末より群馬県の産婆界の発 展のために多くの功績を残した 津久井つ く い磯いそ(1829∼1910)の 墓がある。 明治期に境内に建立された豊 川稲荷は、現在でも信徒が多い。 ( 所 在 地 / 前 橋 市 三 河 町 1 − 17−1)

JR前橋駅から

 の旧跡めぐり

養行寺

ようぎょうじ 県内唯一の法華宗の寺。前橋藩初代藩主酒井重忠が、母と亡き父の供養 のために建立した。西高浜曲輪にあったが、城拡張と利根川の浸食により 現在の地に移った。境内には重忠の母「雪姫」が崇拝したという「鬼子母 神」(オメコサマ)が祭られており、子育て、子宝、安産の御利益がある と言われている。また、市内では珍しく、縁結びの御利益もあるそうだ。 この他、境内には前橋に二つある「静御前」の墓のひとつ、厩橋城から移 築された静御前の塔がある。(所在地/前橋市三河町1−18−13)

現在の三河町、本町三丁目界隈、国道50号を挟んだ

両側の地域は、前橋城下の寺町として多くの寺院が

置かれた場所だ。これは、城防御の役割もあったそ

うだ。寺院の並ぶ馬場川沿いの細い細い路は、古き

良き時代の前橋を彷彿とさせる、心和む散歩道だ。

是非自転車か徒歩で出掛けていただきたい。

正幸寺

しょうこうじ 浄土宗の寺。文亀元年(1501)、城外に念仏道場として創建された。 境内には、前橋藩主酒井氏の家老であった高須隼人の墓(市指定文化財) がある。このお寺では、毎朝7時と夕方6時「時を知らせる鐘」を鳴らし ており、「前橋の音風景」にも選ばれている。大晦日には「除夜の鐘」も 聞けるそうだ。(所在地/前橋市三河町1−19−39)

4

3

5

永寿寺

え い じ ゅ じ 日蓮宗の寺。松平大和守が姫路で寛文 10年(1670)に創建され、松平氏とと もに各地を移転し、明治4年に川越より現 在地に移った。(所在地/前橋市本町3− 14−12)

松竹院

しょうちくいん 曹洞宗の寺。高浜山梅林 寺が号で、高浜山の山号は、 松竹院が元々城内の高浜曲 輪にあったことによる。創 建 は 永 禄 元 年 ( 1 5 5 8 )。 太平洋戦争の9軍神の一 人、岩佐直治中佐(1915 ∼1941享年26才)の墓 所 や 遺 書 碑 な ど が あ る 。 (所在地/前橋市本町3− 17−12)

2

レンタサイクル 1台1日200円 8:00∼17:00 駅レンタカー事務所 本堂 鐘楼 本堂 鬼子母神堂

(7)

東福寺

と う ふ く じ 東福寺は、永禄2年 (1559)に創建され、 酒井忠世の代に現在地 に移ったという。真言 宗のお寺で、鰐口 わにぐち ※1 は市の重要文化財に指 定されている。 現在の本堂はアジア 風の建物が特徴的であ る。(所在地/前橋市 三河町1−9−18) 竣工は明治36年。戦前は勧業銀行 の担保倉庫として生糸を保管してい たが、戦争の後、この地に移転した ようだ。現在は「のみくい蔵 仁」 (居酒屋)として利用されている。 店舗として活用されている数少ない 建物のひとつである。(所在地/前 橋本町2−3−5 電話/027− 226−7366 営業時間/17:00∼ 24:00 定休日/日曜祝日)

安田担保倉庫

や す だ た ん ぽ そ う こ

(国登録文化財)

明治43年に前橋市で開催された「1府14県連合共進会」にあわせて 建築された建物である。当初は安田銀行が所有し、「担保物件としての繭 と生糸」を保管するための倉庫として使われていた。二棟あったが、昭 和20年の空襲で一棟消失したそうだ。構造は煉瓦造2階建て、建坪は 180坪。全て当時のまま改造はほとんどしていない。オリジナルのまま 現存する数少ない倉庫の一 つである。事前に問い合わ せれば、中を見学すること が で き る そ う だ 。 問 い 合 わ せは、前橋商品市場 0027−231−5782まで。 ( 所 在 地 / 前 橋 市 住 吉 町 2−10−2)

立石の鳥追い

伝統行事

を訪ねて

シリーズ23

〈総社町 1月15日(日)〉

鳥追いとは、米を食い荒らす鳥を追い払って、豊作を願う行事で ある。 立石の鳥追いも一時期行われない時期があったが、現在は総社立 石子供会を中心に、成人の日に行われている。 太鼓を竹の棒につるし、打ち鳴らす。ほかの子は、鳥追い歌を歌 いながら町内を一戸ずつお払いをしながらまわる。 鳥追いの歌は「鳥追いだ、鳥追いだ、ありゃだが鳥追いだ、じろ どんの鳥追いだ、頭切って尻切って、しおざねさらいこんで、佐渡 島につんながせ、オーホンヤ、オーホンヤ、悪魔払いー」という。

7

前橋

まえばし

カトリック教会

きょうかい

(国登録文化財)

6

8

9

上毛倉庫㈱

じ ょ う も う そ う こお

表町

 も て ち ょ う

2号

ごう

・3号

ごう

倉庫

そ う こ 前橋駅の目の前に見える煉瓦倉庫。上毛倉庫株式会社は、繭の一大集 積地となり保管倉庫の必要性が高まった明治29年に設立された。当時は このような煉瓦倉庫がいくつも建っていたが、戦災や老朽化などにより 多くの倉庫が姿 を消してしまっ た。現在も倉庫 として使用して いるため中の見 学 は で き な い 。 (所在地/前橋市 表 町 2 − 2 5 − 17)

10

きゅう

・勧業銀行担保倉庫

かんぎょうぎんこうたんぽそうこ

(のみくい蔵 仁)

前橋カトリック教会は、明治37年「前 橋天公主教会」として誕生したのを始めと する。現在の建物は昭和7年(1932)に 完成したもので、第二次世界大戦の前橋空 襲で焼け残った、数少ない建物のひとつだ。 (写真参照)建物は、ゴシック式を基調と する。祭事が行われている時以外、中は自 由に見学できるそうだ。この他、12月24 日と25日の20時からクリスマスミサも行 っている。(所在地/前橋市大手町2− 14−6 電話/027−221−2746) ※1鰐口 神社や寺の軒下につるし、願いごとをするときに鳴らすもの

豆知識

小正月に農作の害鳥を追い払う所作を模擬的に演ずる行事。東日 本に多く分布し、子供の行事とする例が多い。板・棒・拍子木・太 鼓などを叩いて音を出し、定まった唱え言を叫ぶ。 福島県南会津郡下郷町白岩では、「雀の頭八つ割って佐渡ケ島さシ ーヤホーヤドー」と拍子木を叩きながら唱えた。また新潟県新発田 市滝谷で、子供たちが数人連れだって村内の各戸を訪れ唱え言を述 べると、家人が「ホーイホーイ」と応えるというように、問答形式 をとって追う例もみられた。いずれにしても、音とことばで鳥を追 おうとした点に特徴がある。群馬県内では中之条の鳥追い祭も有名 だ。

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企 画 ・ 監 修 / 前 橋 市 観 光 協 会 〒 三 七 一 -八 六 ○ 一 前 橋 市 大 手 町 二 | 一 二 | 一 0 ○ 二 七 ︵ 八 九 ○ ︶ 六 六 ○ 六 編 集 ・ 印 刷 / 朝 日 印 刷 工 業 1 〒 三 七 一 -○ 八 四 六 前 橋 市 元 総 社 町 六 七       0 ○ 二 七 ︵ 二 五 一 ︶ 一 二 一 二

問い合わせ先

(市外局番027) ○前橋市観光協会事務局 0890-6606 前橋市大手町二丁目12-1 ●大 胡 支 部 0283-0115 前橋市堀越町1115 ●宮 城 支 部 0283-2131 前橋市鼻毛石町1426−3 ●粕 川 支 部 0285-6752 前橋市粕川町西田面216−1 ●前橋商工会議所業務部 0234-5111 前橋市日吉町一丁目8-1 ○JR前橋駅観光案内所 0221-0167 前橋市表町二丁目29-16 ○前橋旅館ホテル協同組合 0231-8693 前橋市大手町三丁目5-13 前橋市ホームページアドレス http://www.city.maebashi.gunma.jp/ 「好きですまえばし」ホームページアドレス http://www2.wind.ne.jp/sukidesu/ ニューヨークスタイルフレンチっ て何ですか? 「多国籍なニューヨークティスト に、伝統的なフランス料理を融合さ せた、新しい感覚のライブ感があふ れるフランス料理」とシェフ嶋田は 語る。17歳のときフランスに渡り、 フランス料理の輝きに魅せられ、19 歳で料理の世界に飛び込む。東京・横浜・軽井沢の有名店で旬の食材の 活かし方を学び、2005年8月よりモンドォールのシェフをつとめる。 「料理はパンからデザートまで手作り」と語るシェフのこだわりの 逸品は『牛ほほ肉の赤ワイン煮込み』。口の中で肉がとろけるといっ たおいしさ! 夜はオリジナルカクテル(アルコール入りorノンアル コール)などもあり、大人の雰囲気で食事を楽しみたい方にはお薦め! ランチ990円∼ ディナー3,000円∼ 本誌お持ちの方  ランチタイム ソフトドリンク1杯サービス ディナータイム オリジナルカクテル1杯サービス 前橋陸橋 群馬大橋 群馬大橋 群馬大橋 利 根 川 前橋高崎線 新前橋駅 至前橋IC N 1 7 12 石倉町3 前橋ロングサンドホテル内 モンドォール

ニューヨークスタイル

フレンチ

モンドォール

所 在 地 前橋市石倉町2-4-1 ロングサンドホテル 1F T E L 0120−038391 営業時間 11:30∼14:00(オーダーストップ) 17:30∼20:30(オーダーストップ) 定 休 日 月曜日

アジアン料理・アジアン

麺料理

クロス麺

めん

バー

所 在 地 前橋市荒口町756-16 T E L 027-268-5775 営業時間 ランチ11:30∼14:00(ラストオーダー) ディナー17:30∼21:00(ラストオーダー) 定 休 日 火曜日 アンケートによる読者おすすめのお店です。

第26回前橋広域観光百景写真コンテスト

12月∼平成18年1月中旬 前橋市観光協会事務局

全日本実業団駅伝競走大会(ニューイヤー駅伝)

1日(日)元旦 発着点 群馬県庁県民ひろば 群馬県総務課 Tel.027-226-2032

消防出初め式 

8日(日)13:00∼ 県庁前通り 前橋市消防本部 Tel.027-220-4511

前橋初市まつり 

9日(月) 前橋中心市街地

前橋演劇祭2006

21日(土)、22日(日)、28日(土)、 29日(日)、2月25日(土)、26日(日) 群馬県生涯学習センター多目的ホール(前橋市文京町二丁目) 前橋市文化政策課 Tel.027-890-6522

上州空っ風凧揚げ大会 

12日(日) 敷島河川緑地  前橋商工会議所青年部 Tel.027-234-5111

前橋アートコンペ“ライブ”

5日(日) 国際交流広場(前橋市千代田町) 前橋市文化政策課 Tel.027-890-6522

さくらまつり 

中旬 大胡ぐりーんふらわー牧場  前橋市観光協会大胡支部

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赤城南面千本桜まつり 

中旬 赤城南面千本桜 前橋市観光協会宮城支部 

敷島公園まつり 

29日(土) 敷島公園 群馬県公園緑地協会 Tel.027-234-9011

敷島浄水場開放 

3日(水)∼5日(金) 敷島浄水場 前橋市水道局浄水課 Tel.027-231-3075

ばら園まつり 

5月中旬∼6月初旬 敷島公園内ばら園 前橋市公園緑地課 Tel.027-890-6843

田口町ほたる祭り

中旬 前橋市田口町「ほたるの里」周辺 詳しくはホームページをご覧ください。(検索キーワードは 「田口町ほたるの里」)

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前橋イベントカレンダー冬春

※各行事予定は変更になる場合があります ※特記のないものは、下記までお問い合わせください。 前橋市観光協会(前橋市役所商業観光課内)Tel.027-890-6606

飲食店・雑貨屋さんなど、あなたのおすすめのお店を教えてくだ

さい。店名・種類・所在地など明記の上、下記の問い合わせ先ま

でEメール(「好きですまえばし」ホームページより)や、ハガ

キにてお寄せください。

○問 ○問 ○問 ○問 ○問 ○問 ○問 ○問 ○問 ○問 ○問 前橋総合運動公園北側の田園地帯 に今年4月29日にオープンしたアジ アン料理・アジアン麺料理店。新築 の店はどちらかというと欧風で、店 内は清潔感があり落ち着いた雰囲気 だ。客席は40席あり個室も完備。 この店のコンセプトはスパイスや 香 草 を 日 本 人 向 け に ア レ ン ジ し た (大葉や水菜等を使った)料理。料理人は広東料理を経験し、食べや すく馴染みの味付けになっている。おすすめは生春巻き、フォー、ト ム・ヤン・クン・ラーメンなど多彩だ。フォーはスパイス加減が絶妙 なスープがとても美味い。生春巻きはモチモチして点心のようでいて、 香草たっぷりなところはやはりアジアの香りがする。ベトナムプリン や杏仁豆腐などデザートも人気。満喫するならコース料理がおすすめ だ。上品な無国籍イタリアンとい った感じで値段も手頃。また是非、 行きたい隠れ家的な店である。 夜のプチコース 2,000円  おまかせコース 3,000円 本誌お持ちの方 ソフトドリンク (300円相当)1杯サービス 前橋赤堀線 前橋総合運動公園 N 50 76 今井町 クロス麺バー 荒 砥 川

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参照

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