﹃源氏物語﹄の衣装論
︱︱
﹁玉鬘﹂
・﹁初音﹂巻を通して
︱︱
有
田
祐
子
一 はじめに ﹃源氏物語﹄ ﹁玉鬘﹂巻の衣くばりといえば、豪華な衣裳と、また その衣裳と女君たちの取り合わせを描き出した場面として知られて いる。女君たちへの衣裳の見立てはもちろん、その女君にこの衣と その衣といった衣裳の取り合わせも興味深い。 しかし、こうした衣への注目が、贈られた女君の人柄や、物語の 中での女君のありように注目するのは当然とはいえ、衣くばりで女 君一人一人に選び取られ贈られる衣が、そもそもは源氏からの贈り 物であり、それを女君たちが身に纏うのであるから、そこに注目し たい。 衣くばりは、六条院や二条東院に住まう女君たちに正月用の衣裳 を贈ることを前提としながら、源氏と紫の上とにより衣裳選ぶ基準 が加えられ、それが一趣向とされたのであった。そのようにして行 われた衣くばりであったから、贈る衣にはそれを着用するべき日を 指定する手紙が添えられ、衣を受け取った女君たちも、指定された 日に贈られた衣を身に纏い源氏と対面する。源氏もそれを自身の目 で見て感想を披瀝するのである。いわば、衣くばりは衣裳を仲立ち とした源氏と女君との対話であり、心の交流を描き出しているので ある。 本論では、以上の点に留意しつつ、正月用の衣裳を贈る源氏と紫 の上の会話に注目し、衣くばりから見えてくるものを探りたい。 二 衣くばりの背景 ﹁玉鬘﹂巻で衣くばりが重要視された理由は 、玉鬘が新たに六条 院に参入したことが挙げられよう。というのも、六条院が成立する 以前の、二 1 条院と二条東院の段階でも、女君たちを集めて住まわせ る点は六条院のそれと一応は同じだから、歳暮には衣くばりが行わ れていたと想像されるが 、﹁玉鬘﹂巻以前では 、衣くばりが語られ ることがなかった。それだけに、ここで衣くばりが行なわれ、かつ、 語られたということは、いよいよその重要性を示しているといえよ う。 衣くばりの記事の語り出しは、 年の暮に御しつらひのこと、人々の御装束など、やむごとなき御列に思しおきてたる、かかりとも田舎びたることなどやと、 山がつの方に侮り推しはかりきこえたまひて調じたるも、奉り たまふついでに、⋮⋮︵後略︶ ︵﹁玉鬘﹂一三四頁︶ とある。玉鬘の参入が、衣くばりの発端であった。玉鬘が田舎育ち であり、そのために源氏は彼女の趣味を﹁山がつの方に侮り推しは か﹂って、衣裳を整えたのであった。しかし、振り返ってみると、 玉鬘が六条院へ参入する以前にも、源氏から玉鬘へ衣裳が贈られて いる。つまり、衣裳への注目は、玉鬘の登場と深く関わっていると いえるのである。 源氏が最初に玉鬘へ衣裳を贈ったのは 、最初に玉鬘への消息を 贈った時である。その時は、 御装束、人々の料などさまざまあり。上にも語らひ聞こえたま へるなるべし、御匣殿などにも、設けの物召し集めて、色あひ、 しざまなどことなるをと選らせたまへれば、田舎びたる目ども には、ましてめづらしきまでなむ思ひける。 ︵﹁玉鬘﹂一二三頁︶ とあり、衣くばりの時と同様に玉鬘のために特別に用意した様子が 語られる。この玉鬘への特別な配慮は、前出の﹁山がつの方に侮り 推しはかりきこえたまひて調じたる﹂と根底は通じていよう。玉鬘 が六条院へ参入していく時にも、その準備のために源氏から﹁綾何 くれ﹂と贈られており、度重なる衣裳の贈与は、玉鬘が六条院の一 員となるために必要だったといえる。源 2 氏が玉鬘に衣裳を贈り、玉 鬘が源氏から贈られた衣裳を着ることが重要なのである。 玉鬘の六条院への参入が衣くばりを呼び起こすのは、玉鬘の物語 が語り始められる時点から、玉鬘の存在が必要なものとして扱われ ていることと密接に係わっていよう。そこで、玉鬘がどのように物 語にとって必要とされていたのかを考えてみたい。 ﹁玉鬘﹂巻の冒頭では、 年月隔たりぬれど、飽かざりし夕顔をつゆ忘れたまはず、心々 なる人のありさまどもを見たまひ重ぬるにつけても、あらまし かばとあはれに口惜しくのみ思し出づ。 ︵﹁玉鬘﹂八七頁︶ とあり、これは﹁末摘花﹂巻の冒頭、 思へどもなほあかざりし夕顔の露に後れし心地を、年月経れど 思し忘れず、ここもかしこも、うちとけぬかぎりの、気色ばみ 心深き方の御いどましさに、け近くうちとけたりし、あはれに 似るものなう恋しく思ほえたまふ。 ︵﹁末摘花﹂二六五頁︶ と 、よく似た書き出しである 。﹁末摘花﹂巻では 、新たなヒロイン を導き出すための準備として、 ﹁思へどもなほあかざりし夕顔の露﹂ が必要とされたのであるが 、﹁玉鬘﹂巻では ﹁飽かざりし夕顔をつ ゆ忘れたまはず﹂が玉鬘を導き出すのである。新たなヒロインが、 ﹁末摘花﹂巻で要求された夕顔に似た新たな女君から、 ﹁玉鬘﹂巻で は夕顔の血を受け継ぐ女君へと変化していることに注目されよう。 そして、その変化には、夕顔の女房であった右近の存在が関係して いる。 右近については、前出の﹁玉鬘﹂巻の冒頭で、源氏が夕顔を思い 出すのに続き 、﹁右近は 、何の人数ならねど 、なほその形見と見た
まひて﹂と、源氏が右近を夕顔の形見としているとされ、夕顔亡き 後の右近の消息が源氏と紫の上を通して語られると、右近の心中が 途端に明かされ始める。右近は、夕顔が存命であれば明石の君程度 には扱われただろうことが残念であり、夕顔が亡くなってしまった ことを﹁飽かず悲しくなむ思﹂っているという。物語は、こうした 右近の心情に寄り添うかのように玉鬘の物語を語りだしてゆく。そ して、右近によって玉鬘は見い出され、源氏のもとへと引き寄せら れるのである。つまり、物語の必要性から玉鬘が登場するためには、 右近の存在が不可欠なのである。そして、右近によって夕顔の遺児 である玉鬘が、新造の六条院の新たなヒロインとして導き出された のであった。 玉鬘の側から衣くばりを眺めると以上のようになるが、六条院自 体の物語の展開からも観察しなければなるまい。それは、衣くばり が単に玉鬘だけでなく、六条院・二条東院の女君たちまでをも巻き 込んでいるからである。発端は玉鬘だけのものであったのが、源氏 の女君たちにまで波及したからには、それは六条院の持つ役割、雅 な遊びごとのできる空間としての六条院が機能しているといえよう。 六条院の完成は 、源氏三十五歳の秋であった 。﹁少女﹂巻の締め くくりを飾っている。そこでは、女君たちの住まいの様子、また、 女 3 君たちの殿移りの様子が語られる。そうして行われたのが、秋の 殿から持ち込まれた春秋の争いであった。 六条院創造の最大の注目点である春 4 秋の争いは、季節に合わせた 遊びが ﹁初音﹂巻から語り始められる以前の 、﹁少女﹂の巻から開 始されていたといえる 。しかし 、ここで注意されるのは 、﹁少女﹂ 巻の春秋の争いは、秋の殿の主である秋好中宮と春の殿の主である 紫の上との間で私的に行われていることである。 そして、この春秋の争いに続き、衣くばりが行われた。この衣く ばりは、新造の六条院で初めて迎える正月のためのものであった。 だからこそ、六条院と二条東院の女君が揃って登場するのである。 これは、次巻の﹁初音﹂巻のためにも用意されたのであることは間 違いない 。四季をめぐる六条院の様子を描き出す目的もある ﹁ 音﹂巻から﹁野分﹂巻までの始発点として、だからこそ一度すべて の女君たちを登場させる必要があったと考えられる 。﹁初音﹂巻に は、新築の六条院で迎える初の正月が語られる。その中にあって、 源氏のもとに集う女君を総動員したのである。これは、玉鬘が新た なヒロインとして物語に要求された理由と同じである。そして、女 君たちが源氏から衣裳を贈られるというのも玉鬘のそれと同じなの である。 衣裳を贈られた女君は、六条院に住まう女君では、紫の上、明石 の姫君、花散里、玉鬘、明石の君であり、二条東院に住まう女君で は、末摘花と空蝉であった。 六条院の住人でありながらも衣くばりに登場しなかった秋好中宮 である。彼女は正月であるため宮中にいなければならず、正月の準 備である衣くばりに登場せずとも不思議はない。しかも、源氏が中 宮のために用意する衣裳は特別に誂えているか、完成した衣裳の中 から特に優れたものを先取りしているはずである。六条院内で用い
る正月用の衣裳の中に中宮の衣裳がある方が不自然だといえよう。 六条院で初めて迎える正月に衣くばりが行われたのは、源氏が女 君にただ年頭の挨拶に巡るのではなく、新春に似つかわしい何かを 作者が加えたかったのだろう。そこで、源氏の女君たちを一度に登 場させ、かつ、源氏の与える衣を女君たちに着せ、読者にとっては 興味深い話題として選び取られたのが衣くばりであったといえよう。 玉鬘という女君の登場と、六条院が創造されことの両面から、衣 くばりを捉えると、このどちらもが必要不可欠の要素となって絡み 合っていることがわかる 。そして 、﹁初音﹂巻で六条院の正月の一 コマとなる舞台を作り上げていくのである。 三 歳暮の衣くばり ︱︱ ﹁容貌﹂への注目 ﹁玉鬘﹂巻で 、歳暮の衣くばりが行われたのは 、玉鬘が六条院で の新たなヒロインとして登場してきたこと、六条院が新たな世界と して動き始めるに際して、物語が改めて源氏のもとに集う女君たち を一挙に登場させる必要があったことを右に述べてきた。 では、そうした必要性の中で語られた衣くばりを細かに見てゆき たい。物語が、新たなヒロインとして玉鬘を必要としたこと、また、 六条院世界が動きは始めるにあたり、源氏の全ての女君の登場を必 要したこと、その要求は、どのように満たれていくのであろうか。 ここで改めて衣くばりの記述を追ってみたい。玉鬘のために贈る 衣裳を選んでいた源氏は 、﹁織物どもの 、我も我もと 、手を尽くし て織りつつ持﹂ってきた﹁細長、小袿のいろいろさまざまなる﹂を 見て、 いと多かりける物どもかな。方々に、うらやみなくこそものす べかりけれ ︵﹁玉鬘﹂百三十四頁︶ と、あまりにも衣の多さに、女 5 君たちへ平等に配ろうとする。そこ で、御匣殿や紫の上に作らせた衣も全て取り出し、これはこの方、 あれはあの方と振り分けていくのだが、それを見ていた紫の上が、 いづれも、劣りまさるけぢめも見えぬ物どもなめるを、着たま はん人の御容貌に思ひよそへつつ奉れたまへかし。着たる物の さまに似ぬは、ひがひがしくもありかし ︵﹁玉鬘﹂一三五頁︶ と 、提案した 。紫の上の提案は 、源氏が彼女の心情を見透かして ﹁つれなくて 、人の御容貌推しはからむの御心なめりな﹂と言うよ うに、紫の上の心の内では、会ったことのない女君たちを少しでも 知りたいという欲求があったことであろう。しかし、紫の上の提案 は、源氏が﹁うらやみなく﹂ということから、また一歩進んだ価値 観を生み出したとはいえまいか 。それは 、﹁着たまはん人の御容貌 に思ひよそへ﹂るという価値観である。 源氏の言う﹁うらやみなく﹂とは、調 5 和性を大切にする六条院な らではの価値観であろう。源氏も、女君たちが﹁なぜ私にこの衣裳 が贈られたのか﹂という理由を知った時、一番穏当な理由を考えた のだろう。それはそれでよいのだが、別の面からみれば無頓着とも 言えなくない 。だからこそ 、紫の上が 、﹁着たまはん人の御容貌に 思ひよそへ﹂るようにと助言するのである。もちろんそこには、彼
女が知りようもない女君や、その女君に対する源氏の心を知りたい 欲求はあるだろうが、それと同時に源氏から贈られる衣裳を着るこ との喜びをも考えたのだと思う。紫の上は、源氏が選び取る衣裳に、 源氏の心を添わせたのだ。贈られた女君は、衣裳から源氏の心を読 み取るであろうし、その点が大事であるからこそ、あえて助言した といえよう。 では、紫の上の提案はどういうことなのだろうか。再び、衣くば りの場面に戻ろう。源氏と紫の上の目前に広げられている様々の衣 裳は 、染め 、織り 、仕立てのそのどれもが素晴らしい出来映えで あったようだ 。そうしたどれもこれも ﹁劣りまさるけぢめも見え﹂ ない衣裳に囲まれて、紫の上は着る人の﹁御容貌に思ひよそへ﹂る ことを提案する。つまり、それは単に贈られる女君たちを推量する だけの行為ではなく、衣裳と女君とを密着に接着させることなので ある。そして、衣裳と女君とを密着させるということは、個人を見 つめるという行為である。個人に注目しなければ、それぞれの女君 に合う衣は選べまい。衣裳と女君たちの密着は、後続の﹁着たる物 のさまに似ぬは、ひがひがしくもありかし﹂にも表れている。 紫の上は、どれもこれも﹁劣りまさるけぢめも見え﹂ない衣ばか りだから、すなわち、誰にとっても﹁うらやみなく﹂するのはもう できているから、女君たちの﹁御容貌に思ひよそ﹂えて衣裳を選ぶ ように言ったのである。この流れを読むならば、紫の上の主体は女 君の ﹁御容貌﹂ではなく 、むしろ衣にあるのだろう 。そして 、﹁ 着 たる物のさまに似ぬはひがひがしくもありかし﹂というのは、着て いるものの様子と似ていなかったら、言い換えれば、女君が着てい るものと合致していなかったら、みっともなく見える、と言ってい るのである。この紫の上の主張は、現代でいうところの〝似合う〟 という感覚と合致するものではあるまいか。 近 6 藤富枝氏によれば、当時の衣裳の選び方はとにかく身分が大事 で、それが﹁当時の衣装への対応の仕方﹂と指摘し、 そういう時代に 、﹁似合うものを着るべきだ﹂といった紫式部 は、だからユニークなのである。 と述べる。確かに氏の指摘通りであろう。しかし、この場面の紫の 上の言葉は 、それ以上の重みをもっている 。﹁紫式部は 、だからユ ニークなのである﹂と簡単に言い切れるものではない。確かに、身 分に合わせて⋮⋮、という話は衣くばりでは見られない。それより も、物語は、個人に注目し、ひいては女君と衣裳の合致ということ に注目するのである。 この紫の上の言葉から 、現 7 代の着物を着る上でも大切にされる 〝似合う〟ということを考えたい 。似合うというのはどういうこと か、何が似合うということであるかを考えた場合、まずは顔と着物 の相性が挙げられる。着物を身にあて、顔と着物の相性を探るので ある。これは感覚でしかないかもしれないが、面白いことに似合わ ないものは、やはり﹁ひがひがし﹂く感じるし、周囲の人からもそ う見える。ただし、それだけがすべてではない。顔と合っていれば 似合うというだけのものではないのである。実は、顔の奥に着物を 着る人の持っている性格や資質、考え方ひいては生き方などがにじ
み出るのである。この点をまとめたのが、紫の上の言葉の中にある ﹁容貌﹂に表れていよう 。紫の上が主張する ﹁着たまはん人の御容 貌に思ひよそへつつた奉れたまへかし。着たる物のさまに似ぬはひ がひがしくもありかし﹂というのは、前述した全てを、この一言に 凝縮させているのである。 そもそも﹁容貌﹂は、 小学館の﹃古 11 語大辞典﹄ ﹁かた ︱ ち﹂の項に、 ① ︵内面を外に現しているものとして︶外形 。外観 。姿 。さ ま。 とあり、その項の﹁語誌﹂によれば、 ﹁かたち﹂の古義が単なる形象の意味以上のものを有して 、人 間の内面にある精神的なものの顕現として形象を捕えているの は、この語構成に関連しよう。 とある。いわば、容貌=顔であるが、容貌という語の中に、単に顔 を指すだけではなく、その人の内面を表す窓のような役目を果たす 顔という認識が、語の中に含められているのである。だからこそ、 顔が大事なのであり、顔はその人を表すためのものとしても機能し てくるのである。 そうした衣裳と﹁御容貌﹂に注目しつつ、物語は実際に衣を選ぶ 場面へと展開されてゆく。似合うということはどういうことかの実 践を意味していよう 。源氏が最初に選んだのは 、紫の上の衣裳で あった。紫の上にはどれがいいかと尋ねるが、彼女は﹁それも鏡に てはいかでか﹂と、鏡を見ただけでどうして選べるでしょう、と答 える。紫の上はそう答えることによって、源氏の助言者という立場 から一歩下がり、他の女君と同様に源氏の思いを受けることになる。 それと同時に、作者は読者のために紫の上をほかの女君と同じく並 べたのであろう。なぜなら、紫の上にしても源氏に選んでほしいは ずであるし、読者も源氏が紫の上にどんなものを選ぶか見たいから である。 紫の上の次には、明石の姫君の衣裳、続いて花散里の衣裳が選ば れた。源氏が衣裳を選んでいくのを紫の上は横から黙って眺めてい たが、玉鬘の番になると、 曇りなく赤きに、山吹の花の細長は、かの西の対に奉れたまふ を、上は見ぬやうにて思しあはす。内大臣のはなやかにあなき よげとは見えながら、なまめかしう見えたる方のまじらぬに似 たるなめりと、げに推しはからるるを、色には出だしたまはね ど、殿見やりたまへるに、ただならず。 ︵﹁玉鬘﹂一三五∼六頁︶ とあり、紫の上が並々ならぬ関心を持って玉鬘の衣裳を見つめてい る様子が描かれる 。しかし 、その食い入るような視線は 、源氏に ﹁げに推しはからるる﹂と 、衣裳から玉鬘を想像していると読み取 られる。そして、その視線は源氏に﹁ただならず﹂と感じられてし まうのである。紫の上は自分の視線がそう物語っていたとは気づい ていまい 。﹁見ぬやうにて思しあは﹂していたのだから 。しかし 、 内心に﹁内大臣の⋮⋮﹂と言葉があふれていたように、それは視線 に現れ、源氏に﹁ただならず﹂と感じさせてしまったのである。 そうした紫の上に注意するかのように、
いで、この容貌のよそへは、人腹立ちぬべきことなり。よきと ても物の色は限りあり、人の容貌は、後れたるも、また、なほ 底ひあるものを ︵﹁玉鬘﹂一三六頁︶ と、源氏は言う。玉鬘の衣装を見つめる紫の上の熱心さから出てき た言葉としては、あまりに重いものである。衣を選び取っていく際 の基準として、紫の上は﹁着たまはん人の御容貌に思ひよそへ﹂る ことを提案した。源氏は他の方々の﹁御容貌﹂を推量するつもりだ ね、と軽口のように言いながらも、それを認めたのであるが、ここ では﹁この容貌のよそへは、人腹立ちぬべきこと﹂と、その危うさ を指摘するのである。その理由が、どんな良いものといっても、色 での表現は限界があり 、﹁人の容貌﹂は劣っていようとも 、その人 の持っている﹁底ひ﹂があるというのである。 ここで再び﹁容貌﹂の語が現れることに注目したい。先の源氏と 紫の上の対話において ﹁容貌﹂は 、﹁御容貌﹂と ﹁御﹂が付いてい た。女君たちへ贈る衣裳を選ぶための会話の中にあったのだから、 紫の上が﹁御﹂を付けたのだし、源氏もそれは同じだろう。だが、 こちらの源氏の言葉の中では﹁容貌﹂とあるに過ぎない。その差異 は、衣裳と容貌の重なりに対する質の変化といえようか、源氏の言 う﹁いで、この容貌のよそへは、⋮⋮﹂と紫の上が言った﹁いづれ も、劣りまさるけぢめも見えぬ物どもなめるを、⋮⋮﹂とは容貌の 指す内容が少し異なるのである 。それが 、﹁御﹂の有無によって明 らかにされているのである。 先ほどの紫の上の言葉では、衣裳と女君が密着して個人への注目 を深化させた。だが、ここでの源氏の言葉は﹁いで、この容貌のよ そへは、人腹立ちぬべきことなり﹂と切り出すことによって、衣裳 と女君の接着を弱めるのと同時に、着る人がいて初めて衣裳は映え るものであることを論証するのである。紫の上が玉鬘の衣装から受 けた印象は、彼女が知 9 っている玉鬘の父・内大臣へと転化され、そ れが玉鬘へと戻って当てはめられている。紫の上は衣裳から受けた 印象を内大臣と摺合せ、その上で玉鬘を知ろうとしたことが源氏の 注意を引いたのである。それだからこそ、源氏は衣裳と人との関係 を、衣裳は人を表現するものから、衣裳は着る人あってのものと相 対化させたのである。 実は、この点は、紫の上の発言の段階から密かに示されている。 それを指し示すのが、 ﹁容貌﹂に対応するかのように出現する﹁物﹂ である。繰り返しになるが、紫の上の言葉をもう一度取り上げたい。 いづれも、劣りまさるけぢめも見えぬ物どもなめるを、着たま はん人の御容貌に思ひよそへつつ奉れたまへかし。着たる物の さまに似ぬは、ひがひがしくもありかし ︵﹁玉鬘﹂一三五頁︶ どれもこれも劣り勝りがない﹁物ども﹂の衣裳が、着る人の﹁御 容貌﹂を導き出し 、 その ﹁御容貌﹂によそえて衣裳を選ぶことに なった。その理由が、着ている﹁物﹂と着る人の関係である。ここ では﹁物﹂と﹁御容貌﹂が互いに絡み合うような状態に置かれてい ることが読み取れよう。続いて、源氏の言葉も取り上げたい。 よきとても物の色は限りあり、人の容貌は、後れたるも、また、 なほ底ひあるものを ︵﹁玉鬘﹂一三六頁︶
ここでも 、﹁物﹂と ﹁容貌﹂が相対的に置かれているのがわかる 。 明確にしたいのは、紫の上の発言の意図である。何よりも紫の上が 重要視したのは、似合うということである。紫の上が提示した、似 合うという感覚は 、衣裳が玉鬘の人柄にまで及んでしまう状況に なった時、源氏が再び着る人があっての衣裳であり、衣裳は人に着 られて初めて映えるという立場を取り戻したといえるのである。 こうして調和を取り戻し、源氏は末摘花の衣装を選ぶが、 かの末摘花の御料に、柳の織物の、よしある唐草を乱れ織れる も、いとなまめきたれば、人知れずほほ笑まれたまふ。 ︵﹁玉鬘﹂一三六頁︶ と、直前の言葉とは正反対のものという意図のもとで、末摘花への 衣裳が選らばれていよう。 続く 、明石の君の衣裳には 、梅の折枝 ・蝶 ・鳥の柄で 、﹁唐めい たる白き小袿﹂に﹁濃きが艶やかなる﹂ものであった。それを目に する紫の上は、 ﹁思ひやり気高きを、上はめざましと見たまふ。 ﹂と、 明石の君が気高い人と想像して面白くなさそうな様子を見せている。 相手が明石の君であるから、紫の上は冷静ではいられまい。源氏も それを感じてか何の反応もない。まるで、先ほどからの衣裳と女君 のかかわりが切り捨てられたかのようである。 また、明石の君の衣裳に関してよく取り上げられるのは、その衣 裳が大変豪華なものであり 、高貴な感じのするもので 、紫の上が ﹁めざまし﹂と見ることである。 ﹁めざまし﹂にはそれだけではなく、 それを選んだのが源氏であり、明石の君がそれら衣を着こなせるも のとして選んだことにあるだろう。そして、最後に源氏は空蝉への 衣裳を決め 、﹁同じ日着たまふべき御消息聞こえめぐらし﹂と 、正 月に﹁げに似ついたる見むの御心﹂が源氏にあることを語りつつ終 わるのである。 四 源氏の視線と衣裳 ︱︱ ﹁初音﹂巻に向けて ﹁初音﹂巻の記述に立ち入る前に 、源氏が選んだ衣裳を確認して おきたい。というのも、 ﹁玉鬘﹂巻で選ばれた衣裳が、 ﹁初音﹂巻で どの様に源氏に見られたのかを知るためである。衣裳を見ていく上 での立場として 、色や柄などの衣についての言葉は 、あくまでも キーワードとして取り上げたい。それは、色は言葉にできないから で、また、柄も必ずこれはこうだといえるものではないからである。 また、読者一人一人が想像するイメージがある。それを無視して、 こうだと提示すると、提示したものと、各個人のイメージに齟齬が 生じてしまう。その点を回避するためにも、キーワードとして取り 上げる必要があるのである。 女君と衣裳を簡略にまとめたものを次に挙げる。 紫の上⋮ ﹁紅梅のいと紋浮きたる葡萄染の御小袿﹂ ・﹁今様色の いとすぐれたる﹂ 明石の姫君⋮﹁桜の細長﹂ ・﹁艶やかなる掻練﹂ 花散里⋮ ﹁浅縹の海賦の織物、織りざまなまめきたれどにほひ やかならぬ﹂ ・﹁いと濃き掻練﹂ 玉鬘⋮﹁雲りなく赤き﹂ ・﹁山吹の花の細長﹂
末摘花⋮﹁柳の織物の、よしある唐草を乱れ織れる﹂ 明石の君⋮ ﹁梅の折枝、蝶、鳥飛びちがひ、唐めいたる白き小 袿﹂ ・﹁濃きが艶やかなる﹂ 空蝉⋮ ﹁鈍色の織物、いと心ばせある﹂ ・﹁御料にある梔子の御 衣、聴色なる﹂ 源氏が女君たちに選んだ衣裳には、個人差があるとはいえ、衣裳 の形状、柄、色、などが詳細に記されている。たとえば、紫の上は、 紅梅の柄で葡萄染の小袿と今様色の衣である。これを、紫の上はど のように着こなし、源氏は紫の上をどう見るのであろうか。それぞ れの女君たちに衣裳はどう着こなされているか 。それを楽しみに ﹁初音﹂巻に移ると 、予想と異なったことが起こるのである 。﹁初 音﹂巻で、贈られた衣裳を見せたのは、花散里、玉鬘、明石の君、 末摘花、空蝉で、紫の上と明石の姫君の記述は一切ない。 では 、記述がある女君たちはどうか 。花散里は 、﹁縹はげににほ ひ多からぬあはひにて﹂だけで終わってしまう。玉鬘は、 正身も、あなをかしげとふと見えて、山吹にもてはやしたまへ る御容貌など、いとはなやかに、ここぞ曇れると見ゆるところ なく、隈なくにほひきらきらしく、見まほしきさまぞしたまへ る。 ︵﹁初音﹂一四八頁︶ と、花散里とは違い、衣裳の似合うさまが言葉を尽くして称賛され ている。また、ここで描かれる玉鬘の姿は、紫の上が﹁内大臣のは なやかにあなきよげとは見えながら、なまめかしう見えたる方のま じらぬに似たるなめり﹂と想像したのと、幾分合致しているのが興 味深い。明石の君に至っては、 白きに、けざやかなる髪のかかりのすこしさはらかなるほどに 薄らぎにけるも、いとどなまめかしさ添ひてなつかしければ、 ︵﹁初音﹂一五〇頁︶ と、黒髪の美しさが重点的に語られているのみである。 これに続くのが、二条東院の女君たちである。末摘花の描写は、 柳はげにこそすさまじかりけれと見ゆるも、着なしたまへる人 からなるべし。光もなく黒き掻練のさゐさゐしく張りたる一襲、 さる織物の袿を着たまへる、いと寒げに心苦し。襲の袿などは、 いかにしなしたるにかあらん。 ︵﹁初音﹂一五三頁︶ と二段構えの構造で語られる。まずは、柳の織物の似合わなさがあ り 、末摘花が共に合わせた袿を着ておらず 、﹁黒き掻練﹂を着てい ることが取り上げられる。これを受けて、源氏と末摘花の衣裳に関 する対応が語られる仕組みとなっている。最後の空蝉は、尼となっ た人なので姿を見るわけにもいかず﹁袖口ばかりぞ色ことなるしも なつかしければ﹂とあるのみである。 ﹁玉鬘﹂巻の衣くばりの最後に ﹁げに似ついたる見む﹂と思った 源氏が見たものは、衣裳に映える女君たちの姿ではなく、幾分さみ しいものであったことは否めない。それより注目されるのは、源氏 の視線の先にあるものである。花散里は﹁縹はげににほひ多からぬ あはひ﹂ 、玉鬘は ﹁山吹にもてはやしたまへる御容貌など 、いとは なやかに 、ここぞ曇れると見ゆるところなく﹂ 、明石の君は ﹁白き に﹂ 、末摘花は﹁柳はげにこそすさまじかりけれ﹂ 、空蝉は﹁袖口ば
かりぞ色ことなるしもなつかしければ﹂というように、贈った衣裳 の一番上の衣︵空蝉の場合は源氏用の衣裳から贈ったもの︶である ことが分かる。 この点は 、﹁よきとても物の色は限りあり﹂と呼応しているので はないだろうか。どんなに良い衣裳でも色には限界があるという源 氏の言葉の中に、衣裳の大事な点として取り上げられたのが色であ ることが見て取れよう 。﹁物の色は限りあり﹂と衣の色が選び取ら れたように 、似合っているかの確認は色でされたといえよう 。﹁ 玉 鬘﹂巻で描かれた衣裳は、衣裳の形状や柄までに及んでいた。だが、 源氏がそれを身に着けた女君を見るときには、そうした面をすべて 切り捨てて、色にしか追及しないのである。それは、似合う、とい う一番の判断基準は色でされる、ということの証である。 色と女君の取り合わせで、予想通り﹁げに﹂似合わないのは、花 散里・末摘花であり、似合うのは玉鬘・明石の君であった。これは、 女君たちが源氏の思いのこもった衣裳をどう着こなしたかをも表し ていよう。源氏の想像を、着た姿として合致させて見せているから である。だからこそ、映えないとされた女君では源氏の予想通りと され、似合う玉鬘と明石の君は源氏の予想を上回る姿を見せるので ある。玉鬘の場合、予想を超える様子に、再度﹁御容貌﹂の語が現 れている。これは、紫の上が示した衣裳と女君の融合を示す言葉で あるに他ならない 。一方 、明石の君の場合は 、﹁白きに﹂で留まっ てしまうことが重要である。玉鬘は、その素晴らしさが言葉を尽く して語られたのと反対に、明石の君では、言葉もなく彼女に惹かれ る源氏の姿が浮かび上がる 。明石の君への言葉のなさは 、﹁ 初音﹂ 巻における紫の上と明石の姫君の記述がないのと通じていよう。そ れでも、明石の君には、衣裳への言及があったことが重要なのであ る。 こうした、衣裳への視線は、単に正月のための準備という行事や、 女君と衣裳を合わせるという遊びごと、また女君たちを見るという 読者へのサービスのような記述の枠を超え、衣装論としても成立し ていよう。というのも、似合うとはどういうことかを考えることか ら始まり、衣裳は着る人があってのものという考え方があり、最後 に、衣裳が似合うという判断は色でされる、という構成になってい ることからも見て取れよう。そして、遊びごとから論への展開は、 ﹁蛍﹂巻の物語論と同じ趣であり 、衣装論として十分に成り立ちえ ているのである。 最後に、柄について少し取り上げたい。歳暮の折に見ていた衣裳 には、柄についてまで記されていた。あの時は、目の前に広げられ た衣裳が主体となり、選び取られていたから重要であったのかもし れない。だが、女君たちの着こなしを見る時に、柄と女君の調和を 見てもよかったはずでもあるし、結局色にしか注目しないのであれ ば 、柄を書く必要はなかったはずである 。また 、﹃源氏物語﹄の中 で、衣裳の記述は多々あるものの、ここまで柄 10 について書くという のは非常に珍しいことである。そうした点から見ても、衣の描写に あえて用いたというのには、何か理由があってのことと推測できる のである。
まずは、紫の上である。紫の上の衣は、 ﹁紅梅のいと紋浮きたる﹂ ものだった 。梅ではなく ﹁紅梅﹂とされるのは 、﹁葡萄染﹂に梅の 柄が織られていたからであろうか。三 11 田村雅子氏によれば ﹃源氏物語﹄の前半の巻々では 、梅にも紅梅にきわめて冷淡で あり、素材としてとりあげても、美的対象として設定されるこ とはまずなかったのに対し、後半の巻々では、紫の上のイメー ジと結びつくことにより、紅梅は華やかさと品格を兼ね備えた 最高の花として繰り返しとりあげられるのである。 という。三田村氏の指摘より少し早い例となるが、ここで紫の上の 衣の柄が紅梅とされたのは 、﹁華やかさと品格を兼ね備えた最高の 花﹂であるからだろう 。そして 、この紅梅は 、﹁初音﹂巻冒頭の ﹁春の殿の御前 、とりわきて 、梅の香も御簾の内の匂ひに吹き紛ひ て 、生ける仏の御国とおぼゆ 。﹂という表現と響きあっているよう に思われる。 また 、花散里の ﹁織物﹂には 、﹁海賦﹂が織られていた 。海 12 賦と は 、 上条耿之介氏によると 、﹁ 平安時代を中心に展開された文様﹂ で 、﹁大波 ・海松 ・州浜 ・磯馴松 ・水鳥などで海辺を構成﹂したも のという。しかし、単なる海辺の風景ではなく、 自然景観の描写的文様にとどめずに、生活化されしかも、東洋 的理想郷たる蓬莱︵ほうらい︶と須弥山︵しゅみせん︶の世界 に通ずる象徴的文様として造形されたところに、日本人の自然 観に基づく文様の深さがあろう。 と指摘する。 末摘花の﹁唐草﹂も、 こ 13 の人びとの間に最もよく親しまれている唐草文の特徴には、 ふたつのものが考えられよう。その第一はある単位文の曲線に よるくりかえしであり、反覆である。第二はくりかえしと反覆 によって、連続性が保たれるということだ。無限にも似た線の 連続性。それは永遠なるもの、無限なるものの象徴である。 という。末摘花は、石 14 長比売の影響が指摘される女君である。その 末摘花に永遠を象徴する﹁唐草﹂が選び取られているのは、すこぶ る象徴的である。 明石の君の柄にあった蝶も、上 15 條氏によれば、 蝶文様は、けむしやいもむしの羽化した姿に興味をもち、さら に羽化登仙の道教的思索にもとづいて文様化されたものであろ う。 とあり、また、山 16 内麻衣子氏は、蝶鳥文様の実作例などを取り上げ て検証し、 文様の配されたもの自体を含めて、あらゆるものや世界を繋ぐ、 或いは区切るといった境界的な性質を持つことが確認できた。 としている 。このように 、衣裳の柄にはどこかしら浄土や仙境と いった異郷的な様子が読み取れる。それは、二条東院に住まう末摘 花にさえ、記紀神話の面影のある柄が選び取られるのである。これ は、六条院という世界が要求しているのであろう。玉鬘が源氏から 贈られた衣を身に纏う必要があったように、六 17 条院に住まう女君や 二条東院の末摘花にもそれが要求されたのである。だからこそ、い
ずれ六条院から出ていく玉鬘や明石の姫君には、柄が与えられるこ とがなかったと言えよう。 五 終わりに ﹁玉鬘﹂巻で 、玉鬘が新たなヒロインとして登場してきたのは 、 物語からの要求によるものであった。そして、九州へと流離してい た玉鬘が六条院へ迎えとられようとする時、源氏から衣が贈られる のである。それを受けて、歳暮の六条院では大々的な衣くばりが行 われた。しかし、衣くばりは、それと同時に源氏のものとに集めら れた女君たち全てを衣裳によって描き出すことにも使われていたの である。六条院で迎える初めての歳暮から正月にかけての記事に、 全ての女君を登場させることに意義があるのであった。 また、衣くばりは、単に正月用の衣裳をそれぞれの女君に贈り、 続く﹁初音﹂の巻で衣裳を身に纏った女君を見るという、優雅な遊 びごとではなく 、﹁玉鬘﹂巻に始まり ﹁初音﹂巻で終わる衣装論と して成り立っていることが分かった。そこで重要となるのが、衣く ばりで衣裳を選ぶ時に交わされた源氏と紫の上の会話であった。衣 くばりで交わされた二人の会話を読み解くと、ここでの意識が衣装 論として準備されたものであることが判るのである。 また、衣くばりは六条院に女君たちが殿移りしてすぐに行われた 春秋優劣論に続くものであり、また同時に、六条院、ひいては二条 東院をも巻き込んで、これから動き出す六条院世界の最初の取りま とめ的な行事ともなっているのである。 注 1 ﹃源氏物語﹄ ﹁松風﹂の巻では、 ﹁東の院造りたてて﹂と二条東院が造営 され、 ﹁北の対はことに広く造らせたまひて、かりにてもあはれと思して、 行く末かけて契り頼めたまひし人々住むべきさまに 、隔て隔てしつらは せたまへるしも、なつかしう見どろありてこまかなり。 ﹂と、女君たちを 集めて住まわせる意図あった。 また 、﹃源氏物語﹄の引用は 、すべて新編日本古典文学全集 ﹃源氏物語﹄ ①∼⑥ ︵阿部秋生 ・秋山虔 ・今井源衛 ・鈴木日出男校注 ・訳 小学館 一九九四年∼一九九八年︶に拠り、波線等を付した。 2 折口信夫氏は衣の贈与を ﹁みたまのふゆ﹂として魂分与を指摘する 。 ︵﹁ ほうとする話﹂ ﹃折口信夫全集﹄第二集 中央公論社 一九六五年 、 ﹁神道に現れた民族論理﹂ ﹃折口信夫全集﹄中央公論社 一九六六年 、な ど︶また 、松井健児 ﹁贈与と饗宴﹂ ︵﹃源氏物語の生活世界﹄翰林書房 二〇〇〇年︶に詳しい。 3 明石の君だけは、 ﹁数ならぬ人はいつとなく紛らはさむと思して、神無 月になん渡りたまひける。 ﹂とあり、春秋の争い後、冬になってから六条 院入りをした。 4 ﹃源氏物語﹄ ﹁薄雲﹂の巻には、 ﹁女御の、秋に心を寄せたまへりしもあ はれに 、君の春の曙に心しめたまへるもことわりにこそあれ 。時々につ けたる木草の花に寄せても 、御心とまるばかりの遊びなどしてしがな﹂ とあり、六条院の構想の一つになっている。 5 ﹃源氏物語﹄ ﹁梅が枝﹂の巻では 、蛍兵部卿宮を判者として薫物合せが 行われたが、 ﹁いづれをも無徳ならず定めたまふ﹂と平等性がみられる。 6 近藤富枝﹃服装から見た源氏物語﹄ 文化出版局 一九八二年 7 着物については、染色家・玉村咏氏︵アトリエ攸主宰︶ 、株式会社ゑり 善、青山きもの学院の皆様に多々ご教授戴いた。厚く御礼申し上げる。 8 ﹃古語大辞典﹄中田祝夫・和田利政・北原保雄編 小学館 一九五八年 9 紫の上が内大臣を見たことがあるかどうかは、 ﹁内大臣のはなやかにあ なきよげとは見えながら、 ﹂とあるのに注目したい。紫の上にしても内大 臣を認識できていなければ 、玉鬘は内大臣に ﹁似たるなめり﹂とは考え られまい 。また 、内大臣の人となりも源氏から聞いていることは 、想像
に難くない。 10 ﹃源氏物語﹄の中で衣裳の柄についての記述はあまり見られない。女君 たちと衣裳の関わりが注目される ﹁若菜下﹂巻の女楽の場面さえ 、衣裳 の柄の記述はない。 11 三田村雅子﹁梅花の美﹂ ﹃講座 源氏物語の世界﹄第六集 有斐閣 一 九八一年 12 上條耿之介﹃日本文様事典﹄雄山閣出版 一九八一年 13 吉田光邦﹃文様の博物誌﹄同朋舎出版 一九八五年 14 鈴木日出男 ﹁夕顔から末摘花へ﹂ ﹃源氏物語虚構論﹄東京大学出版会 二〇〇三年 。また 、末摘花 ﹁唐草﹂文様へは 、河添房江氏が ﹁末摘花に は、 ﹁黒貂の皮衣﹂や﹁秘色﹂青磁といった舶来品がまつわるイメージが ある﹂と指摘する 。︵ ﹃光源氏が愛した王朝ブランド品﹄角川学芸出版 二〇〇八年︶ 15 注 14に同じ 16 山内麻衣子 ﹁境界の装置としての蝶鳥文様﹂ ﹃王朝文学と服飾 ・容飾﹄ 竹林舎 二〇一〇年 17 ﹁初音﹂の巻では、春の殿を﹁生ける仏の御国﹂と頂点として、女君た ちの住む場所によって差異を与える表現が九品浄土の思想によってなさ れていたことと合致しよう。 付記 本稿は 、青山きもの学院 ・吉祥寺ゼミ ︵二〇〇九年度︶の ﹁源氏物語 の色﹂として行った講義の一部から完成させたものである。 ︵ありた・ゆうこ 二〇〇六年度満期退学︶