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企業活動とマーケット : 財務上の意思決定と企業のステークホルダ(<特集>ビジネスが創発する人工知能と人工社会)

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1.は じ め に

企業は,その活動において,研究開発,生産,マーケティ ング,組織マネジメントをはじめとした,さまざまな活 動に取り組んでいる(図 1).マーケットの市場参加者は, 企業活動や,それら活動により生み出されるキャッシュ フローに強い関心を寄せており,そのような市場参加者 の評価は,市場参加者の取引を通じ,マーケットの価格 に反映される.このように,株式市場などのマーケット は,企業活動の鏡のような側面を有しており,企業活動 とマーケットに関する研究は,経営学およびファイナン スにおける主要な関心事の一つとなっている. 企業活動において財務上の意思決定の果たす役割は大 きい.例えば,資金調達手段の選択や,どのような企業 を買収するかといった投資の選択は財務上の主要な意思 決定の一つにあげられる(図 2).財務上の意思決定に 際し,マーケットは重要な役割を果たしており,企業は その活動を通じ,マーケットと直接的・間接的に向き合っ ていく必要がある. マーケットや財務上の意思決定に関する議論は,主に ファイナンス分野において盛んに研究されてきた.ファ イナンスは,主に 1950 年代より盛んに研究が行われて おり,企業の株式や負債など資本構成に関する理論や, 資産の価格形成に関する理論,派生証券(デリバティ ブ)などの価格付けに関する理論など,数多くの優れた 理論が提案されており,20 世紀後半において最も飛躍 した学術分野の一つにあげられる [Black 73, Brealey 06, Ingersoll 87, Luenberger 98]. 日本経済新聞の記事(2015 年 3 月 8 日)は,金融と IT(情報技術)との融合による新しい技術革新を指す言 葉「ファイナンステクノロジー」が使われるようになっ てきたと述べている.すでに,現実のビジネスにおいて も行動履歴などのデータに基づいた金融商品の評価やシ ミュレーションによる経営意思決定の支援などの試みが 行われている.人工知能のアプローチは,金融ビジネス において,今後ますます大きな役割を果たしていくと期 待される.ファイナンスに関する研究は,これまで,実 証分析のフィードバックを受けて理論的研究が進展する など,理論および実証といった両者のアプローチが相互 に刺激し,関連し合いながら発展してきた.このような 中,近年の情報通信技術の発展,および計算処理能力の 飛躍的向上に伴い分析手法の高度化,多様化も急速に進 んでおり,それら新たな手法が,今後ファイナンス研究 および金融実務にどのような影響を与えていくのか興味 深い. これらを背景として,本稿では,企業活動とマーケッ トに関する近年の研究事例について紹介する.はじめに, 次章において,マーケットデータを用いた分析事例(企 業の主要なステークホルダである株主と債権者に焦点を 当てた事例)を紹介する.次いで,3 章で計算機を活用

企業活動とマーケット

─財務上の意思決定と企業のステークホルダ─

Analyzing the Relationship between Corporate Activities and Financial Markets

 ─ Financial Decision Makings and Stakeholders ─

高橋 大志

慶應義塾大学ビジネススクール

Hiroshi Takahashi Graduate School of Business Administration, Keio University.

[email protected], http://www.kbs.keio.ac.jp/htakalab/

Keywords:

business administration, corporate finance, asset pricing, behavioral economics, social simulation, agent-based modeling, business game, stakeholder, decision making, conflict of interest.

「ビジネスが創発する人工知能と人工社会」

図 1 企業活動とマーケット

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した分析事例として,社会シミュレーション・エージェ ントベースモデルを用いた事例について紹介する.さら に,4 章では,人間参加型シミュレーション(ビジネスゲー ム・シリアスゲーム)の事例について紹介する.これら の分析事例は,それぞれアプローチは異なるものの,い ずれにおいてもステークホルダの意思決定が重要な役割 を果たす.5 章はまとめである.

2.企業のステークホルダとマーケット

2・1 株 主 と 債 権 者 企業活動においては,経営陣,株主,債権者,従業員, 顧客といった多様なステークホルダが存在する.資金調 達および投資などにおいて資金の流れが生じるが,その 背後には,必ずステークホルダの意思決定が存在する. 各ステークホルダは,それぞれの視点をもちながら企業 と向き合っており,互いの利害が一致する場合もあれば, 反対に利害が対立する場合も発生する.多様なステーク ホルダが存在する中で,企業が行う活動に最も関心を寄 せるステークホルダの一つに,企業に資金を提供する投 資家が存在する. 投資家には,銀行などの債権者やリスクを引き受ける 株主などが存在する.債権者は,あらかじめ定められた 利子,元本を受け取れるか否かという点に強い関心があ るのに対し,株主は,企業がより大きく成長し,リスク に見合った(もしくはそれ以上の)成果を受け取れるか 否かといった点に関心がある.このように同じ投資家で あっても,株主と債権者では視点が異なるため,置かれ た状況によっては,利害の対立が発生する.とりわけ, 企業価値に大きな影響をもたらす意思決定の際に,その ような利害の対立が顕在化してくる可能性がある.本章 では,マーケットデータをひもとくことで,これら利害 の対立の可能性を示した分析事例を紹介する. 2・2 マーケットデータの分析:株式と債券 § 1 自社株買いと利害の対立(株主と債権者) 自社株買いは,配当と並び株主への利益還元政策の主 要な手段の一つである.とりわけ近年,マーケットにお ける自己資本利益率(ROE)の向上への関心の高まりな どから,自社株買いの規模も大きくなる傾向にある.自 社株買いを通じ,企業が保有する資金は株主へと渡され るが,企業の資金繰りの状況によっては,必ずしも好ま しくない影響が企業にもたらされる可能性がある.この ようなコーポレートアクションに対する評価は,マー ケットの価格を通じ見いだすことができる. 図 3 は,自社株買いのアナウンスを行った際の株式 マーケットの反応を示したものである [上瀧 13].図中 には三つのラインがある.各ラインは,それぞれ,企業 の信用リスクを示す格付けを基に企業を分類し,各分類 の株式価格の推移を示したものである.各分類は,安全 性の高い順に,AA 格以上,A 格,BBB 格以下である. 図中の横軸は時間であり,目盛り 0 の時点が自社株買い のアナウンスがあった日を示している.縦軸は,株価累 積超過リターンであり,株式マーケットの反応を示した ものである(数値が大きいほど,株価が上昇しているこ とを示す).いずれの格付けにおいても,自社株買いの アナウンスを受けて株式価格が上昇していることを確認 できる.これらの結果は,株主は自社株買いのアナウン スを平均的にポジティブに評価していることを示してい る. 一方,図 4 は,債券価格の反応の推移を示したもので ある.比較的格付けの高い,A 格および AA 格以上の企 業に関しては,債券価格の変動は限定的であるのに対し, BBB格以下の企業に関しては,相対的に大きな債券価 格の下落を確認できる. これらの結果から,相対的に格付けの低い企業(BBB 格以下)においては,株主と債券でマーケットの反応が 異なることを確認できる.つまり,株式マーケットは, 企業の自社株買いのアナウンスを好意的に受け止めてい るのに対し,債券マーケットは,企業から現金の流出す る自社株買いに対し,ネガティブな評価を与えている. 当結果は,自社株買いのアナウンスによって債権者か 図 3 自社株買い時の株式マーケットの反応 図 4 自社株買い時の債券マーケットの反応

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ら株主に価値が移転している可能性を示すものであり, マーケットデータを通じ株主と債権者の利害の対立が顕 在化している可能性を示唆するものである [上瀧 13]. このようにマーケットデータを一つ一つ地道に読み解 くことで,ステークホルダに関する興味深い示唆を得る ことができる. § 2 企業の合併・買収(M&A)と債権者 自社株買いにおいて見られた利害の対立は,企業の合 併・買収(M&A)時においても認められる.図 5 は, 株式公開買付け(TOB)において,買収企業が支払う 買収プレミアムの水準(横軸)と債券価格の関連性(縦 軸:超過スプレッドが上昇すると債券価格は下落)を分 析した結果である [上瀧 12].買収プレミアムが高い場合, 債券超過スプレッドが上昇(債券価格は下落)する傾向 にあることがわかる.買収プレミアムの水準が高い場合 (プレミアム 50%以上),多額の資金が企業から流出するこ とから,債券マーケットは,そのような経営陣の意思決定 をネガティブに評価をしている可能性がある. 2・3 考   察 マーケットは市場参加者に情報を伝える役割を担って いる.マーケットデータを丹念に分析することで,企業 の意思決定がステークホルダにもたらす影響を見いだす ことが可能である.本章で紹介した分析を通じて,ステー クホルダ間の対立の顕在化が確認されている点は興味深 い.このようなステークホルダ間の利害の対立は,ファイ ナンス研究における主要な関心事の一つとなっている* 1

3. 社会シミュレーションによるマーケット

メカニズムの解明

3・1 ファイナンスと社会シミュレーション 株主同士など同じステークホルダ内であっても利害が 一致しない状況は数多く発生する.本章では,複数の株 式投資家に焦点を当てた事例について紹介する. 複数の投資家を想定した議論は,従来より広く行われ ている.例えば,最も広く用いられている資産価格理論 の一つである資本資産価格理論(CAPM:Capital Asset Pricing Model)においては,平均と分散に基づき意思 決定を行う複数の投資家を想定したうえで,解析的手法 によりマーケットにおける価格付けについて議論を行っ ている [Sharpe 64].解析的なアプローチを用いた研究 はこれまで数多く報告されており,ファイナンス研究に おける貢献は大きい.一方,解析的なアプローチの多く は,解析解を導出するために,例えば,合理的な意思決 定を行う投資家や摩擦のない市場などの,理想的な前提 条件を仮定したうえで議論を進めており,その意味で, 規範的な理論となっている傾向がある. 一方,現実のマーケットを眺めてみると,気分やムー ドといったものがマーケットに影響を与えるなど,合理 的な意思決定では説明が困難な実証分析の報告などもあ り,必ずしもすべての投資家が合理的であるということ ではなさそうである [加藤 04, Shiller 00, Shleifer 00]. 規範的議論からより一歩現実に近づいた分析は,解析的 手法で取り扱うことが困難な場合が多いが,そのような 中で,社会シミュレーション・エージェントベースモデ ルは,有効な分析手法の一つにあげられる [Axelrod 97]. これまで,社会シミュレーションを用いた分析を通じ, 行動経済学において指摘されるバイアスを有する投資家 が生き残るメカニズムのあること [Takahashi 03],金融 上の制約と意思決定のバイアスの複合効果により取引価 格に悪影響がもたらされること [Takahashi 12],などと いった分析事例も報告されている.情報と価格に関する 議論に加え,行動経済学を背景とした分析など,興味深 い研究が行われている. 3・2 モ デ ル の 概 略 図 6 は,コンピュータ上に構築したファイナンシャル マーケットモデルの概略を示したものである.マーケッ トには,複数のタイプの投資家が存在する.企業の生み 出すキャッシュフローは,確率過程に従い毎期発生して おり,投資家は,キャッシュフローに関する情報,過去 図 5 買収プレミアムと社債スプレッド 図 6 ファイナンシャルマーケットモデルの概略 *1 本章では,株式価格などの数値データを用いた分析の試みを紹介 したが,分析対象を拡張し,テキスト分析などを通じたより興味深 い分析なども行われている [五島 15,内山 15, Yamashita 13].

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の価格変動に関する情報などを基に,各自のルールに基 づき投資の意思決定を行う [O’Brien 88].マーケット価 格は,マーケット内の投資家行動の結果,決定される. 現実のマーケットにおける投資家の投資戦略は大きく パッシブ運用とアクティブ運用の二つに分類できる.ア クティブ運用は,投資環境や企業活動などを分析し,今 後良いパフォーマンスを期待できる投資対象を探すこと を試みる投資戦略である.一方,パッシブ運用は市場全 体の動きと同様のパフォーマンスを追及する運用手法で ある. アクティブ投資家は,平均と分散に基づき自らの効 用が最も高くなるように意思決定を行う*2[Black 92, Markowitz 52](図 7).アクティブ運用を行う投資家の 中にも,いくつかのタイプの投資家が存在する.例えば, 企業のファンダメンタルズを基に株式価格を見積もる投資 家(ファンダメンタリスト)や過去の価格トレンドや過去平 均などを基に価格を見積もる投資家などが存在する. 一方,パッシブ運用を行う投資家は,株式に投資し, その後保有を継続するバイアンドホールド戦略を採用す るものとした.伝統的資産価格理論に基づけばマーケッ トの価格は利用可能な情報を速く正確に反映しており, パッシブ運用が最も有効な投資手法と捉えられる [Fama 70].その一方で,そのような投資戦略は価格に影響を 与えないことからマーケットに対して必ずしも好ましく ない影響を与えるとの議論も行われている* 3.本分析で は,このような議論を背景とし,多様な投資家が取引を 行うマーケットにて分析を行う. 本市場においては,過去のパフォーマンスの良い投資 家が生き残る確率が高くなるとの自然選択のルールが働 くものとした [Goldberg 89]. 3・3 社会シミュレーションによる分析事例 § 1 投資家の多様性とマーケット 現実の市場参加者の行動は多様である.このような 現実のマーケットの状況を反映し,多様な投資家行動が マーケットに与える影響について分析を行った結果が, 図 8 および図 9 である*4[Takahashi 14]. 図 8 は,投資家の多様性が相対的に低い場合の株式価 格の推移を示したものである* 5.図中には,二つの株 式価格の推移が示されている.一つは株式価格の本来あ るべき水準であるファンダメンタルバリューの推移であ り,一つはマーケット価格の推移である.ファンダメン タルバリューは企業の利益を基に算出されるのに対し, マーケット価格は投資家行動の結果として決定される. 両者の値の水準は期間中概ね一致しており,適正な水準 で取引が行われていることを確認できる. 図 9 は,各投資家数の推移を示したものである.図よ 図 7 アクティブ投資家の意思決定モデル(平均分散モデル) 図 8 価格推移(マーケット価格,ファンダメンタルバリュー) 図 9 投資家数推移 *2 平均分散モデルは,資産価格理論において最も広く知られた モデルの一つである. *3 パッシブ運用の価格に与える影響は限定的であるため,す べての投資家がパッシブ運用を採用した場合,取引価格はファ ンダメンタルバリューを反映しなくなる [Takahashi 14].この ような結果は,「価格が情報効率的ならば,誰も私的情報を用 いて取引はしないはずであるが,そのような場合に価格はいか にして効率的になるのか?」ということを指摘した Grossman Paradoxや,「価格が情報効率的ならば情報収集のインセンティ ブが存在しないが,誰も情報を収集しなければ市場は情報効率 的にはならず,情報効率的な市場は存在しないのでは?」と指 摘した Grossman/Stiglitz Paradox などとも整合的なものであ る [Brunnermeier 01, Grossman 76].情報と価格に関する議論 は,膨大な研究の蓄積があり,今なお盛んに議論が行われており, 古く,新しい分野となっている. *4 投資家の多様性を表現するため,毎期一定の比率の投資家が ランダムに投資戦略を変更するものとした.当モデル化は,遺 伝的アルゴリズムの突然変異に相当する [Goldberg 89]. *5 ランダムに投資戦略を変更する投資家の割合を 1%とした.

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り,時間の経過とともにパッシブ運用を行う投資家数が 増加していることを確認できる.当結果は,投資戦略と してのパッシブ運用の有効性を示すものである.さらに, 図より一定数のファンダメンタリストが市場に生き残っ ていることを確認できる.市場にパッシブ運用とファン ダメンタリストの 2 種類しか存在しない状況において は,ファンダメンタリストは生き残ることができない*6 [Takahashi 14].一方,本分析のように多様な投資家が マーケットに存在する状況では,ファンダメンタリスト は投資行動を通じ,より良いパフォーマンスを達成し, マーケットに生き残ることが可能となっている. 図 10 は,投資家の多様性が増加した場合の結果を示 したものである*7.図より,ファンダメンタリストの数 が相対的に増加していることを確認できる.これらの結 果は,多様な投資家が存在することにより,ファンダメ ンタリストの生き残りが可能になることを支持するもの である. 近年,資産運用実務において,パッシブ運用を採用す る投資家数が増加している.日本経済新聞社が発行する 日経ヴェリタス(2015 年 3 月 22 日号)においても,「個々 の企業の収益力や成長性を見て銘柄を選びぬくのではな く,指数に連動する銘柄を根こそぎ買う─.こうしたパッ シブ運用が今,株式市場を席巻している」と伝えている. パッシブ運用は,投資手法として高い有効性を有する反 面,価格に対する影響力は限定的である.そのような 中,本分析では,市場の多様性が保たれることで,ファ ンダメンタリストが生き残ることが可能となり,その結 果,マーケットにおけるファンダメンタルバリューを反 映した価格付けがなされることを示している.本分析は, 投資家の多様性が,市場の効率性に貢献する可能性を示 すものであり,実務的にも興味深い結果を示したものと なっている. § 2 投資戦略の多様性とスマートベータ 資産運用ビジネスにおいて,マーケットの動きを示す 指数は重要な役割を果たしている.例えば,日本の株式 市場においては,東京証券取引所一部上場企業全体の動 きを示す TOPIX などが,最も広く用いられている株式 指数の一つにあげられる.一般に,TOPIX などの株式 指数は,多くの場合,各個別銘柄のマーケット価格を基 に算出される.そのような中,近年,新しい株価指数と してスマートベータと呼ばれる指数が提案されており, 資産運用分野において関心を集めている.このスマート ベータは,価格以外の情報などを用い算出される指数で あり,数多くの指数が提案されている. スマートベータの中で,最も知られたものの一つに 企業のファンダメンタルバリューに基づき算出される 指数─ファンダメンタルインデックス─が存在する. ファンダメンタルインデックスを取り上げ,スマート ベータの有効性について分析した結果を,図 11 に示す [Takahashi 15].時間の経過とともにスマートベータに 基づく投資家数が増加していることを確認できる.当結 果は,スマートベータの有効性を示す結果である. 図 12 は,投資家の多様性が増加した際の投資家数の 推移を示したものである.多様性が増加することにより, ファンダメンタリストの数が相対的に増加していること を確認できる.本結果も,多様な投資家がファンダメンタ リストの生き残りに寄与することを支持するものである. 図 10 投資家数推移(多様性大) 図 11 投資家数推移(スマートベータ) 図 12 投資家数推移(多様性大) *6 ファンダメンタリストとパッシブ運用の投資家は,平均的 に見ると同じ投資行動となるが,ファンダメンタリストの見 積りに誤差が含まれる場合やコストを考慮した場合などにお いて,長期的にはパッシブ運用を行う投資家の数が多くなる [Takahashi 10]. *7 ランダムに投資戦略を変更する投資家の割合を 5%とした.

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このように,社会シミュレーションは,資産運用実務 が直面する課題に対する分析手法の有力な選択肢の一つ を提示するものである. § 3 企業の資金調達とリレーションシップバンキング 銀行融資も企業の主要な資金調達手段の一つにあげら れる.とりわけ近年重要な政策課題となっている地域活 性化実現のために,中小企業金融・地域金融の円滑化が 強く求められているが,有効な手段になり得るものとし て,リレーションシップバンキングが重要視されている [金融審議会 03].リレーションシップバンキングは,「間 柄重視の地域密着型金融」であり,金融機関が顧客との 間で親密な関係を長く維持することにより顧客に関する 情報を蓄積し,この情報を基に貸出などの金融サービス の提供を行うことで展開するビジネスモデルである.金 融機関と借手である企業の間の親密な取引関係を通じて 金融機関に蓄積される情報は,リレーションシップバン キングを特徴付ける要素となっている. 一方,対照的なビジネスモデルとしてトランザクショ ンバンキングがある.トランザクションバンキングとは, 一人の顧客との 1 回限りの取引,さまざまな顧客との複 数回の同一の取引であり,貸手は財務諸表などの定量的 な情報(以下ハード情報)を重視して貸出の意思決定を 行う取引である [Boot 00].トランザクションバンキン グの特徴としては,審査の自動化が可能であり貸出実施 までの流れがスピーディであること,個別債権にリスク が集中するのを防ぐために個別の貸出金額に上限が設け られていること,審査基準が緩めであること,貸出金利 が高めに設定されている点などがあげられる. 図 13 は,このような地域金融の課題を社会シミュレー ションを通じ取り組んだ分析実行画面の例である [錦戸 12].地域内に資金を必要とする複数の企業が存在し, それら企業に対し資金を提供する金融機関が存在する. 分析を通じ,トランザクションバンキングと比較して リレーションシップバンキングは,資金供給の速度は緩 やかになる傾向にあること,貸手(銀行)の競争激化に より市場に非効率性がもたらされる可能性があることな どの興味深い結論を見いだしている.資金供給速度に関 する分析などは,従来の手法では取り扱うことは相対的 に困難であり,社会シミュレーション手法の優位性の一 つにあげられる. 3・4 考   察 現実の市場参加者は多様である.シミュレーション分 析は,マーケットメカニズムに関し興味深い示唆を与え てくれる.資産価格理論において,複数の主体を考慮し た議論は数多い.それら当領域における研究成果に加え, 行動経済学および実験経済学などといった関連分野の成 果を取り込むことで,興味深い数多くの分析が行われる ことが期待される. また,現実の企業活動においては,直接金融,間接金 融,それぞれが重要な役割を果たす.本章では,マーケッ ト(直接金融)に関する分析事例,銀行などの間接金融 に関する分析事例をそれぞれ紹介した.経済,社会全体 の資金の流れを対象とした分析は,今後,より重要性を 増していくと考えられる.

4. 参加型シミュレーション

4・1 実行・開発環境 シミュレーションの中に現実の人間が参加し意思決 定を行う研究も行われている.このような参加型シミュ レーションにおいては,コンピュータ上に構築された仮 想の経済,マーケット上において,現実の人間が意思決 定を行い,シミュレーションに参加する. 図 14 は,参加型シミュレーションの実行時の様子を 示したものである.各参加者は,WWW ブラウザを通じ 必要な情報の獲得を行い,各ステージにおいて計算機端 末に自らの意思決定結果を入力する.図の手前に見える 画面は,ファシリテータ用の画面である.ファシリテー タも WWW ブラウザを通じ,シミュレーションの実行, 進行状況の確認を行う. 4・2 企業の資本構成の意思決定 企業の資金調達方法は,大きく株式による調達,負債 による調達の 2 種類に分けられる.資金調達手段に関す る資本構成の意思決定の議論は,ファイナンスにおける 主要なトピックの一つであり,理想的な市場を想定した 図 13 リレーションシップバンキングモデル実行画面 図 14 参加型シミュレーション実行時の様子

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議論や情報の非対称性を考慮した議論など,いくつかの 考え方が提案されている.それらの中で,最も広く知ら れた考え方の一つに,トレードオフ理論があげられる. トレードオフ理論に基づけば,企業の節税効果および倒 産コストなどを考慮することで企業の最適な資本構成が 存在する(図 15). 参 加 型 シ ミ ュ レ ー シ ョ ン を 通 じ, 資 本 構 成 の 意 思決定の学習に関し分析した事例について紹介する [Yamashita 10].参加者は,プロジェクトの採否および 資金調達の割合(資本構成)についての意思決定を各ラ ウンドごとに実施する.1 回のゲームは 8 ラウンドより 構成され,トータルで 2 回のゲームを実施した.図 16 および図 17 は,それぞれ,1 回目および 2 回目のゲー ムの各参加者の最適比率からの乖離の推移を示したもの である.図より,1 回目と比較すると 2 回目のゲームに おいて,最適比率からの乖離率がゼロに近づいているこ とを確認できる.本結果は,本参加型シミュレーション を通じ資本構成に関する意思決定を効果的に学習してい る可能性を示すものである. 本章では,参加型シミュレーションに焦点を当て事 例を紹介したが,ケース教材などを交えることでより効 果的な教育手法を構築できる可能性がある(図 18).今 後数多くの報告および実践が期待される分野の一つであ る.

5.ま  と  め

計算処理能力飛躍的向上などを背景とし,企業活動と マーケットに関する課題に対して,さまざまなアプロー チを通じ,取り組むことが可能になってきた.本稿では, 企業のステークホルダに焦点を当て,三つの異なるアプ ローチからの分析事例を紹介した*8 ファイナンスに関する伝統的理論の多くは,市場の効 率性や合理的な意思決定などを前提とし,提案されてき たものであり,これらの理論の貢献により金融に関する 理論,金融システムは大きく進歩してきた.一方,近年, このような伝統的理論の前提条件に対し,行動経済学は 疑問を投げかけており,ファイナンスの分野も新たな展 開を見せつつあり,手法のさらなる高度化も図られてい る [Kahneman 79].このように,ファイナンスの分野は, 現在も進展を遂げている興味深い分野である. 映画「スタートレックファーストコンタクト」にお いて,「24 世紀の経済は異なったものとなっており,お 金は存在しない」と述べられているが,今後のファイナ ンス分野におけるブレークスルーを予感させるものなの かもしれない.人工知能とファイナンス,いずれも意思 決定が重要な役割を果たす [de Finetti 37, Ramsey 26, Savage 54, Simon 55, von Neuman 47].両分野,それ ぞれ , 数多くの研究の蓄積がある.それら成果を取り込 みつつ,関連分野の研究が有機的に結び付くことで,今 後,興味深い研究が数多く行われることを期待したい. 謝 辞 本研究は JSPS 科研費 23310106,24653088 の助成 を受けたものです. 図 18 ケース教材の事例(著者作成) 図 16 企業の最適資本構成に関する実験結果(1 回目) 図 17 企業の最適資本構成に関する実験結果(2 回目) 図 15 企業の最適資本構成の事例 *8 誌面の関係上,今回紹介することができなかったが,テキス トを対象とした分析も,興味深い研究事例の一つである.

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2015年 5 月 3 日 受理

◇ 参 考 文 献 ◇

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著 者 紹 介

高橋 大志(正会員) 慶應義塾大学大学院経営管理研究科・慶應義塾大学 ビジネススクール教授.1994 年東京大学工学部応用 物理学部門物理工学科卒業.1994 ∼ 97 年富士写真 フイルム株式会社(現 富士フイルムホールディング ス株式会社)研究員.1997 ∼ 2005 年三井信託銀行(現 三井住友信託銀行)シニアリサーチャー.2002 年 筑波大学大学院経営・政策科学研究科修士課程修了. 2004年同大学院ビジネス科学研究科博士課程修了.2005 年岡山大学大 学院社会文化科学研究科准教授.2007 年キール大学客員研究員.2008 年慶應義塾大学大学院経営管理研究科准教授.2014 年より現職.博士(経 営学).ファイナンス,コンピュータサイエンスなどの研究に従事.日本 ファイナンス学会,日本証券アナリスト協会,計測自動制御学会などの 各会員.経営情報学会誌編集委員.

図 1 企業活動とマーケット

参照

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