租税条約における無差別原則と担税力基準
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(2) 横浜国際経済法学第 19 巻第1号(2010 年9月). 序説 M. Bennet は、 「租税条約に興味を有する者にとって、無差別規定は租税条 約上のすべての規定のなかでも最も興味ぶかい規定であり、また、最も不可 解な規定でもある。当該無差別規定は、課税権の配分を扱う規定と手続に関 する規定との間に目立たないように位置しているため、他の規定との関係が分 明ではない」1)という。そのためか、当該無差別規定が租税条約に必要とされ る構成要素であるか否か、といったことが疑問視される 2)。また、先進国間の 租税条約のひな型であるOECDモデル条約 3)の 24 条(無差別取扱い〔NONDISCRIMINATION〕 )に関するコメンタリーの 2008 年度改訂に先立ち公表さ れた、論点草案( 「24 条の適用と解釈(無差別取扱い) 」 )4)に寄せられた意見 においては、同 24 条はそこにおける概念や文言の含意を遂行するための効率 的な仕組みになっておらず、租税に関する討議及び租税条約上の紛争解決おい て引き合いとされることがほとんどない、との指摘も存する 5)。租税条約の法 条全体の構成からみた無差別条項の位置付け(例えば、現行のOECDモデル 条約における第 6 章雑則としての位置付け)の不明瞭さ及び同条項の文言に内 在する多義的な概念はまた、通商法、或いは共同体法(EC条約)上の無差別 原則との交錯、又は相互作用に係る論争を惹起する 6)。上記草案においては、 とりわけ共同体法について、それと租税条約との間でありうる相互作用を認識 する一方で、ヨーロッパ法が 24 条に与える影響は不明瞭であるとし 7)、2008 年改訂コメンタリーは最終的に、 欧州司法裁判所(ECJ)の判例法にみられる、 EC条約上の無差別原則における間接的無差別については、 「本条(24 条)の 無差別取扱い規定は、不当な差別を防止する必要と(納税義務又は担税力の差 異に基づく)これらの正当な区別を考慮する必要との均衡を図る(ため) 」 、同 条の適用対象とはならない旨を明記した 8)。この点、後述の間接的無差別禁止 条項とされる支払先無差別条項(24 条 4 項)又は資本無差別条項(同条 5 項)9) との整合性の問題もあるが、ここで特筆すべきは、当該コメンタリーが、すべ 42.
(3) 租税条約における無差別原則と担税力規準. ての租税制度が内包するところの正当な区別の規準として、担税力(ability to pay)に言及している点である。かかる規準への言及は、租税条約上の無差別 原則の意義を考察するに当たっての鍵概念となり得ようし、また、他の法圏に みられる無差別原則との関係について示唆するところもあろう。 そこで、本稿では、国家間における税源配賦のあり方に関する研究の一貫と して、かかる担税力ないし支払能力を鍵概念とし、租税条約上の無差別原則の 意義について、当該原則を定める法条の史的形成経緯及びその適用解釈を踏ま えつつ、また、それとの相互作用がありうるEC条約上の無差別原則のあり方 について検討を加えることにより包括的に考察し、紐解いてみたい。. Ⅰ 租税条約 1 概念と役割 租税条約上の無差別の概念をいまいちど検討することは、当該条約の果し得 る役割に対する一つの根源的な問いかけとなろう 10)。現存する二国間租税条 約の大部分がその法条に採用する無差別取扱いの意味を考察するに当たって は、それらの法条がOECDモデル条約の規定と同一又は実質的に類似する限 りにおいて、当該モデル条約 24 条 ( 以下において「24 条」という。) がかか る考察の出発点となる 11)。現行の 24 条は主として、国籍無差別、恒久的施設 無差別、経費控除無差別(支払先無差別)及び資本無差別から成る。もっとも ここにおいては、無差別(又は差別)の用語それ自体の定義は存しない。これ らの用語の一般的な意味については、例えば差別の語源は不明瞭かつ多義的で あり、それは区別(distinction)及び差異(differentiation)と言及されるのだ が、時の経過とともに、その今日的意味は、 「差別される者がより不利に取り 扱われる場合に限定さ(れ) 」 、それはまた、 「問題となる取り扱いの性質から みて、異なる取り扱いが行われることの理由が不合理、恣意的、或いは関連性 がないということを示唆する」とされる 12)。一方、無差別の用語の一般的な 43.
(4) 横浜国際経済法学第 19 巻第1号(2010 年9月). 意味については、平等な取り扱い若しくはこれに準ずる取り扱い又は中立的な 取り扱いをいうとされる 13)。これらの用語の意味について、それらに共通に みてとれることの一つは比較をその概念の前提としているということであろう が、いずれにせよ、抽象的である。こうした用語の一般的な意味は、人権保障 に係る国際人権法規又は国際通商を規律する通商法、等の国際法、或いは超国 家法である欧州共同体法、さらには国内法に包摂される。K.Vogel は、24 条の 側面を「差別に対する保護を規定する国際法上の特別な準則(a special rule of international law)である」としつつ 14)、その適用射程範囲については、 「同 24 条はとりわけ、国際法又は国内法の下ですでに存在する無差別準則及び平 等取り扱いに係る規範を補う」とする 15)。このことは例えば、国籍無差別(24 条 1 項)に関するコメンタリーが同項の歴史的展開に触れ、友好通商条約、等 の平等取り扱い条項が「後に租税条約に含まれるに至ったという事実は、決し てその元来の正当性及び適用範囲に影響を及ぼすものではなかった」( 第 6 パ ラグラフ第三文 ) としている点、或いは古典的な無差別原則に係る観察が大部 分の国において憲法の明文によって採択されている平等原則若しくは近代民主 国家においてその法文化及び法社会に内在する当該原則の執行の表れとされる 点、等々に象徴される 16)。 このように、無差別又は差別の概念の内包が貧しいが故にその外延は広くな る、といった内包と外延の反比例により 24 条の評価や法的価値判断が多様化 するなか、同条に関する 2008 年改訂コメンタリーは、上述の通り、 「すべての 租税制度は、例えば納税義務または担税力(ability to pay)の差異に基づく正 当な区別を内包している」( 第 1 パラグラフ第二文 ) とし、当該 24 条が扱う課 税上の無差別取扱いに係る評価規準に言及する。担税力一般については、上 述の憲法上の平等原則から抽出され得る課税原則であり、成文憲法をもたな い英国においてさえ、それは慣習法の一部を成すとされる 17)。かかる担税力 は、近代租税理論における課税ベースの規範論ともいうべきシャンツ=ヘイグ =サイモンズの包括的所得概念のなかに見出され、或いは当該概念の探究の原 44.
(5) 租税条約における無差別原則と担税力規準. 点とされる 18)。しかしながら、このような包括的所得概念は閉鎖経済を前提 した分析であり、国際的局面には馴染まないと評される 19)。N. Kaufman によ れば、サイモンズの所得定義(通常、Y(所得)= C(消費)+ Δ W (純資産 増)と定義される。 )は所得の地理的源泉及び課税管轄区を問うておらず、単 一の国家における租税負担の個人間の公平な配分に資するかかる包括的所得課 税ベースを基礎付ける担税力によっては国家間において割り当てられる国際 的な所得に係る権益の配分を問う現存する国際租税制度の構造は説明し得え ない 20)。さらに Kaufman は、国際連盟財政委員会経済学者報告書(1923 年国 際連盟財政委員会経済学者報告書「国際的二重課税に関する調査報告書」 )が 租税を国際政府間に配分する上での原則として提唱した、 「個人の能力若しく はその支払能力(ability to pay)を課税の基礎とする経済的従属(economic allegiance)の原則」に敷衍し、ここでいう支払能力説ないし担税力説(ability to pay theory)は「 『利益説(benefit theory)中 に 含 ま れ る 真理(value)を 包含(し) 』21)、今日において慣習的に述べられるところの支払能力説には当 てはまらない」とする 22)。このことは、政府が納税者に与えるサービス及び 保護のいずれもが上述のサイモンズの定式の右辺の項目を構成しないことから も、明らかである。しかし、上記経済学者報告書は「富の獲得に関し政府が与 える便益が個人の支払能力を高める」と説くとともに、このような便益が当該 能力の消費の側面を可能にならしめ又は円滑にならしめるとし、支払能力説が 当利益説を包含することを根拠付けている 23)。かかる支払能力説については、. R.Musgrave and P.Musgrave により議論の展開をみせた納税者間の衡平と国 家間の衡平という国際租税法における理論的枠組みのなかで、経済的従属の概 念を当該国家間の衡平から観察する場合に当該経済的従属の文脈において意味 をなす、と Kaufman はいう 24)。 では、上述の 24 条に関するコメンタリーが言及する担税力は、どのような 意味を有するのであろうか。換伝すれば、24 条が無差別取扱いの評価規準を 担税力に求める理由は何か、ということである。もっとも、当該コメンタリー 45.
(6) 横浜国際経済法学第 19 巻第1号(2010 年9月). においてかかる規準が明らかにされるまえから、租税条約上の無差別原則それ 自体の意義については、種々の説が存する。R.Musgrave が、国家間における 税収の公正な取り分という観点から、無差別原則は第一次的課税権を主張する 源泉地国に認められる差別的な割合での課税に関し最も魅力的な解決を提供す るように思われる、と考える 25)のに対し、P.Musgrave によれば、無差別原則 はこのような課税上の取り分における、国家間の衡平の立場に立ったやむを得 ない原則ではない 26)。これは、源泉地国は租税条約おける相互主義によりそ の源泉徴収税を課すことを制限されるため、当該国が無差別原則により外国の 投資所得に係る税率を放棄することになれば、同国にとってはその補填を源泉 徴収税に求める道が閉ざされる結果となるからである 27)。かかる P.Musgrave の観察の視座は、国家間の衡平は源泉地国による取極を要請し、国際的な効率 性は居住地国による取極を要請する、という考えにあるとされる 28)。観察視 座の設定如何によっては、とりわけ国家間の衡平を主眼とした接近においては、 こうした衡平と効率との相互被制約関係が生じ、上述の 2 つの担税力の対話は 困難となってくる。 R.Green は主として租税中立性の促進、故に、全世界的経済効率性の促進に おける租税条約上の無差別準則の役割に焦点を当て、無差別準則は資本輸出中 立性(CEN)を促進しない、という 29)。Green によれば、CENは、国内に おける投資からの所得と外国への投資からの所得とを差別しない、投資立地無 差別(locational nondiscrimination)を要請するのだが、租税条約上の無差別 準則は減価償却や投資税額控除にみられるように諸国が自国への投資を外国投 資よりも有利に租税を課することを禁止していない 30)。さらには、このCE Nを担保する外国税額控除との関係において、完全税額控除は、差別か無差別 かを問わず、ホスト国(源泉地国)による外国企業及び外国所有の企業に対す る課税はホーム国(居住地国)の租税制度により当該CENは中立化され、 また、 控除枠が設けられた普通税額控除は状況によっては、租税条約上の無差別準則 に反するであろう、外国の低課税国が自国企業の税率(rate of taxation)を変 46.
(7) 租税条約における無差別原則と担税力規準. 更することなくホーム国の一般的な税率まで当該国の企業に対する税率を引き 上げる措置が、ホーム国企業の外国への投資に係る租税誘因を排除し、CEN を促進するであろう、と Green は指摘する 31)。もっとも、R.Musgrave は、無 差別への支持は外国税額控除採用国に還付金の支払いを要請するであろう源泉 地国の懲罰的な税率を抑止し、資本の全世界的効率性を確実とするにあたって の有益な条件となる、と説く 32)。CENとの関係についていえば、いずれの 所見もその考察において税率の格差をどう設定するかにかかわってくるといえ る。一方、Green によれば、租税条約上の無差別準則はいま一つの国際租税法 固有の原則である資本輸入中立性(CIN)と調和する 33)。これは、税引き 後の資本収益率が等しくなるまで国家間において資本が移動する、すなわち、 いずれかの国内市場への国内外の資本提供者が当該市場における類似の投資 に対して同じ実効税率に直面することにより効率的な全世界的貯蓄の国際的配 分を生み出すCINの下では、資本の提供者の居所や資本の所在地は問われな いからである 34)。しかしながら、Green は、かかるCINの伝統的な議論は、 自国企業の国外(ホスト国)における競争力を支持し、全世界的効率性の促進 というよりもむしろ、国益の促進を求める自国の企業の自国における課税に係 る議論であって、無差別準則を与件とする外国の多国籍企業に対するホスト国 の課税に焦点を当てているものではない、 とする 35)。そこで、Green は、 クルー グマンやケイブスらによる多国籍企業の存在理由を問う産業組織論(価格理論) を拠り所とし、国際租税制度が所定の国において資本を保有し、支配する企業 を選別することに関し中立であるとする所有中立性(Ownership Neutrality) が全世界的経済効率性を促進し、租税条約上の無差別準則はかかる中立性を助 長する、と結論する 36)。敷衍すれば、所有又は支配に基づく多国籍企業の海 外直接投資における市場の内部化は取引コストの低減をもたらし、かかる状況 の下、アームズレングスの市場取引を通じては効率的に使用され得ない特許権、 差別化された製品又はユニークなノウハウといった当該企業固有の優位性、す なわち所有の優位性を有する企業による資本の所有又は支配は国内企業により 47.
(8) 横浜国際経済法学第 19 巻第1号(2010 年9月). 当該資本が所有又は支配されている場合よりも所定の場所に所在する資本や資 産の生産性をより高め、これにより促進される全世界的経済効率性はホーム国 の居住者が所有又は保有する企業に対するホスト国による差別的な取り扱いを 禁止する租税条約上の無差別準則により達成される、ということである 37)。 尤も、Green は、 所有中立性においてはホーム国(居住地国)とホスト国(源 泉地国)の双方の国が適当な法人所得税制を採用することが求められる、とす る 38)。そうだとすれば、およそホスト国における態様のみを問題とする租税 条約上の無差別準則においては、かかる要請は充足し難い。しかし、24 条の 国籍無差別規定に関するOECDモデル条約コメンタリーにいう相互主義(第 5 パラグラフ)の解釈及び理論的構築の洗練発展の下 39)、あたかも当該租税条 約上の無差別準則が反射効的な適用効果又は相互作用効果を有するとしたなら ば、それは Green がいう上述の要請の下での所有中立性に資するといえよう。 同時にこのことは、ホーム国とホスト国の双方国を比較の視野に置くという意 味で、単一の国家における個人間の公平な税負担の配分の文脈における担税力 と国家間の衡平から観察される経済的従属原則の文脈において意味をなす担税 力とを同一平面で論じることを可能とする。. 2 法条の史的展開と位置付け 現行のOECDモデル租税条約にみる無差別規定は、1977 年モデル条約に おける経費控除無差別の追加(同条約 24 条 5 項)を以て、ほぼ現在のかたち となったのであるが、その出発点は国際連盟時代末期に策定された 1943 年メ キシコモデル条約草案(15 条)及び 1946 年ロンドンモデル条約草案(16 条) にみることができる。両草案は、以下の通り、同一の旨定める。 . 「一方の締約国に課税上の住所を有する納税者は、他方の締約国において、当該納 税者が当該他方の締約国から取得する所得に関し、これと同一の所得について当該 他方の締約国に住所又は国籍を有する納税者に適用され得る租税よりも高い租税又は その他の租税を課されることはない。 」 48.
(9) 租税条約における無差別原則と担税力規準. 国際取引に対する制限的な効果を有する課税上の措置に単に焦点が当てられ ていたに過ぎなかったためか 40)、かかる規定の適用射程範囲は、非居住者に とっては如何なる点においても居住者に係る課税上の取り扱いよりも不利では なく、現行のOECDモデル条約に比してかなり広範なものであった。これに 対し、1963 年条約草案の基礎を構築した欧州経済開発機構(OEEC)租税 委員会(第 4 作業部会)による無差別規定に関する起案は、配分準則に関連す る問題と並行し、段階的に発展していったとされる 41)。1957 年 1 月の仏蘭第 4 作業部会の報告書( 「国籍その他これに類する理由に基づく課税上の差別に 関する報告書」42))は先ず、他の国際条約(ローマ条約、友好通商条約等)が 包含する国籍無差別を慣習に従って承認することを重視し、ついで、そこでは 考慮されなかった住所(domicile)の差異に基因する取り扱いの不平等に焦点 を当て企業の所在地(suits)に基づく差別を問題視した。報告書は、この検討 に当たり、住所を有する者とそれを有しない者との間における事業遂行の際に 生ずる費用の控除又は損失の救済に係る取り扱いの差異を認識するものの、か かる住所に基づく取り扱いの差異の排除の是非とその程度に関し判断すること は当該作業部会の意図するところではない、と結論付けた 43)。もっとも、こ の報告書では、特に一方の国に課税上の住所を有する企業が他方の国内にある 恒久的施設(P. E. )を通じて実現する利得の算定については、その例外とす ることを欲した。これは、商業上及び産業上の企業の利得に対する課税に関し、 二重課税回避のための条約の大部分が租税賦課に関し、P.E.を独立した企 業として扱う規定を含んでいることに鑑みれば、当該企業が当該P.E.の所 在地国外に課税上の住所を有するという理由のみで当該P.E.の利得がその 所在地国内の企業の利得とは異なって算定されるべきか否かといった疑義が生 じたからであった 44)。付伝すれば、ここにおいて、配分準則である事業所得 条項と無差別条項との整合性の確保をみてとれる。 このような配分準則との整合性がより鮮明にみてとれるのが、1960 年 9 月 のOEEC租税委員会第 20 回会議報告書 45)である。同報告書においては、経 49.
(10) 横浜国際経済法学第 19 巻第1号(2010 年9月). 費控除に関する無差別取扱い(支払先無差別)が利子条項及び使用料条項の配 分準則の文脈において最初に討議された。これは、使用料その他類似の支払金 に係る直接税を検討する独ルクセンブルク第 8 作業部会においてスイスの代表 が提起した、一方の締約国の居住者による他方の締約国の居住者への支払使用 料に係るその支払者側での所得控除の草案(使用料条項)挿入の是非 46)が非 居住者の受領者を有利に取り扱い、居住者の受領者を差別する結果となる、と 一部問題視されたからである(支払利子も、また、然り)47)。この検討成果は、 1963 年条約草案 11 条(利子)と 12 条(使用料)の各コメンタリーに盛り込 まれ、OEEC租税委員会は、利子又は使用料の受領者により支払われうる租 税が源泉地国において所得控除される又は租税を課されないという理由のみで 当該支払者の租税に係る当該所得控除は禁止されるべきではない、との考えを そこに示すにとどまった 48)。かかる所得控除の問題は、その後、1977 モデル 条約上の 24 条 5 項(支払先無差別)の追加により、そこで扱われることとなっ た。同 5 項(現 4 項)は、9 条 1 項(独立企業原則) 、11 条 6 項(独立企業間 価格を超える利子の支払額に係る適用除外)又は 12 条 4 項(独立企業間価格 を超える使用料の支払額に係る適用除外)の適用がある場合を支払先無差別の 例外とする旨を規定する。ここにおいてもまた、モデル条約上の配分準則との 整合性の確保に配慮しつつ、上述の所得控除の差別の是非が検討されてきたと いうことが観察できよう 49)。 では、資本無差別(1963 年条約草案 24 条 5 項)についても、このようなモ デル条約上の配分準則との整合性が観察できるであろうか。この点、国籍無差 別及び恒久的施設無差別と同様に、無差別規定の起案の早い段階から議論が行 われたが、当該配分準則との関わりはここでは観察できない。もっとも、2008 年改訂コメンタリーは、1992 年改訂コメンタリーにおいて過少資本税制に係 る支払先無差別条項の適用例外規定であると位置付けられた 9 条 1 項又は 11 条 6 項が同様に、資本無差別条項の適用の場合においても重要である、と認識 する(第 79 パラグラフ)50)。 50.
(11) 租税条約における無差別原則と担税力規準. Ⅱ 解釈適用 K.Vogel は、租税条約 の 解釈 は 国境 を 跨 ぐ 取引 に 係 る 課税 に 関 し 重要 な 結果を有し、統一の解釈が二重課税の排除及び締約国間における税収の配 分、或いは締約国間における衡平な課税権の配分をその趣旨目的とする租税 条約の効率的及び公平な適用を保障するであろうとし、共通解釈(common interpretation)の意義を説く 51)。その意味で、租税条約上の無差別条項につ いてもまた、その適用解釈に関し、我が国においては顕著な事例が見当たらな いこともあり、諸国にみられる類似の事例を数多くみていくことが大切である。 以下では、当該無差別条項の解釈適用に関し、昨今、類似する事案が比較的散 見する米英の事例及びそのような事案を包括的に比較検証したインドの事例を 概観する。. 1 米英の事例 (米国) (1)UnionBanCal Corp. 事件 52) この事件では、同一関連グループのメン バーである関連当事者間における財産の売却又は交換により生ずる損失の認識 時期の繰り延べに係る特例(当該財産が関連グループ外に譲渡され、かつ、連 結納税申告原則の下で損失が認識される時点まで、又は規則が定める時点まで 当該損失の繰り延べを認める旨を規定する内国歳入法 267 条(f) (2) )及び 損失が繰り延べられている財産の売却側メンバーの関連グループからの脱退 時における当該売却側メンバーによる当該繰延損失の戻入れ(restoration)を 他のメンバーにより当該財産がなお所有されている場合にはそれを認めない と す る 措置(1984 年暫定規則 §1.267-1T(f) )が、1975 年米英租税条約 の 資 本無差別規定(24 条 5 項)に反する否かが問題となった(同条項は現行のO ECDモデル条約 24 条 5 項と同じ旨を規定する-筆者補注) 。英国法人を親会 社(Standard 社)とする関連グループのメンバーである在米子会社の原告(控 51.
(12) 横浜国際経済法学第 19 巻第1号(2010 年9月). 訴人)UB社は、1984 年に 4 億 2300 万ドル余を対価として額面価額 4 億 3460 万ドル余のローン・ポートフォリオを Standard 社に売却し、その連邦所得税 申告において 1160 万ドル余の損失を主張した。UB社が当該関連グループを 脱退した 1 年後の 1989 年、Standard 社は当該ローン・ポートフォリオを関連 グループ外に売却した。1994 年、内国歳入庁(IRS)は、1984 年度のUB 社の税務申告に関し税務調査を行った結果、実際のところローン・ポートフォ リオの価額は 3 億 5050 万ドル余に過ぎず、その損失は 8410 万ドル余(4 億 3460 万ドル余- 3 億 5050 万ドル余)であった、と査定した。翌年、UB社は IRSとの一部和解により、1984 年度の損失につき 230 万ドル余の損金算入 が認められた。同年、 IRSはUB社が 267 条(f)に基づき上記ローン・ポー トフォリオ売却からの損失を繰り延べた当社の 1988 年度の連邦所得税申告を 調査し、当該繰り延べを否認した。1996 年、UB社は 1975 年米英租税条約に 基づく相互協議の申立てを行い、その結果、米英両国の権限のある当局は、ロー ン・ポートフォリオの公正な市場価額は 3 億 4660 万ドル余であり、その損失 は 8800 万ドル余であったとの決定を下した。しかしながら、両締約国の権限 のある当局はこの損失の課税上の取り扱いについて合意しなかったため、米国 の権限のある当局は、上記暫定規則に従って、UB社の上記 1988 年度の連邦 所得税申告における損失の繰り延べを否認した。もっとも、Standard 社(買手) 側においても、英国租税法の下、取得価額の調整(売却側メンバーにより戻し 入れがなされていない繰り延べ損失の額まで買手側でその財産の取得価額を増 加させる調整-筆者補注)が認められなかったため、UB社と Standard 社と の双方においてあたかも 8800 万ドル余の損失が存しなかったように租税の支 払いが求められた結果となった。そのため、UB社は米国親会社を有する米国 子会社よりも重い要件を課されているとして、英米租税条約に反すると主張し た。 原審租税裁判所【Thornton 裁判官の意見】は、 「267 条(f)及び暫定規則 のいずれの運用も納税者の親会社が組織された国如何により決定されるのでは 52.
(13) 租税条約における無差別原則と担税力規準. なく、むしろ、それは、関連当事者が組織され得る国に言及することなく、納 税者の同一被従属グループのメンバーへの額面額未満での財産の売却如何によ り決定される」とし、また、米国の租税法令及び英国の租税法令の下での首尾 一貫しない取り扱いを解決ための権限のある当局による相互協議が合意に至 らなかったことについては、 「 (これは、 )不運なことではあるが、267 条(f) 又は暫定規則のいずれかの法的有効性に影響を及ぼすものではない」と判示し、 原告US社の主張を排斥した。US社はこれを不服として上訴したが、第九巡 回区控訴裁判所【Kleinfeld 裁判官の意見】は、英米租税条約 24 条 5 項の規定 を引用し、 「故に、英国法人の米国子会社は米国法人の米国子会社よりも重い 租税を課されることはない」とし、さらに、 「 (控訴人)UB社は、当該租税条 約が問題とする、米国が英国所有の子会社に対して米国所有の子会社『よりも 重い』租税若しくは要件を課したということを立証していない」と述べ、原審 判決を支持した。また、相互協議の不合意についても、当裁判所は「英国と米 国の権限のある当局が繰り延べ損失の認識のあり方について合意しなかったた めに、 (控訴人)UB社と Standard 社は両社がそろって一方の国又は他方の国 の存した場合よりも不利であったということは、単なる不運に過ぎない」とし、 原審判決を支持した。当裁判所は最後に、かかる米英租税条約上の資本無差別 規定に関し、 「外国所有の子会社に対する差別は、問題となる当該無差別規定 が保護したすべて差別である」と結論付けた。 (2)Square D Co. 事件 5 3 ) この事件では、控訴審において、外国の関連 者への支払いについての会計方法に係る対応原則(matching principle) (内国 歳入法 267 条(a) (3)の行政裁量権限の授権規定)の下、かかる支払いにつ いては、原則、現金主義会計方法が適用される措置(規則 §1.267(a)-3(b) ) が、1967 年米仏租税条約 24 条 3 項(同条項は、現行のOECDモデル条約 24 条 5 項とほぼ同じ旨を規定する 54)-筆者補注)の資本無差別に反するか否か が問題となった。米国法人である原告(控訴人)Square D 社は、発生主義会 53.
(14) 横浜国際経済法学第 19 巻第1号(2010 年9月). 計方法を採用する納税者であり、1991 年 5 月 30 日にフランス法人 Schneider 社により買収された。当該 Schneider 社は、それが設立した買収子会社を通じ て Square D 社の株式購入の資金(22 億 5 千ドル)を調達した。同買収子会社 は Schneider 社及びフランスの居住者であるその関連会社から 3 億 2800 万ド ルを借り入れた。当該買収子会社は、Square D 社の株式購入した後、Square D 社に合併され、その結果、当該借入の弁済履行の責は Square D 社に移った。 1992 年、Square D 社は Schneider 社から 8000 万ドルの融資を受けた。これら の借入に係る利息のうち、1991 年に 2 千 100 万ドル余の利息が Square D 社に 発生し、1992 年には 3 千 800 万ドル余の利息が同社に発生した。Square D 社 は各年度の税務申告においてこれらの利子の金額を控除しようとしなかった が、その後、修正申告によりこれを控除した。同社は、1995 年と 1996 年にお いて、これらの借入に係る利息を完済した。1996 年の税務調査において、I RSは、1991 年及び 1992 年における Square D 社の租税が過少であると決定 した。控訴人 Square D 社は、 「フランス法人により所有される納税者は、当 該フランス法人への利子の支払金の控除に関し、 (現金主義会計方法)より有 利な発生主義会計方法ではなく、当該現金主義会計方法を用いることを求めら れるため、 (1967 年米仏租税条約 24 条 3 項の)規定に抵触する」と主張した。 第七巡回区控訴裁判所【Manion 裁判官の意見】は、 先ず同 24 条 3 項を引用し、 「当該条項は、単に『 (フランスの)米国子会社が米国法人の米国子会社よりも 重い租税を課されることはない』ということを意味するに過ぎない」と述べた。 かかる控訴人 Square D 社の主張に対し、当裁判所は、以下のとおり判示し、 当該控訴人の主張を排斥した。いわく、 「ある条約上のある無差別規定に反するためには、追加的負担が国籍に向け られていなければならない。……ここでは、かかる差別は存しない。当該規則 (§1.267(a)-3(b)) は、所有者の国籍に関係なく、ある外国の関連当事者へ のすべての利子の支払金は現金主義会計方法を用いなければならないというこ 54.
(15) 租税条約における無差別原則と担税力規準. とを要件する。同規則は、単に外国の所有者ということを理由として、現金主 義会計方法を課しているのではなく、むしろ、妨げられるべき国外関連当事者 への支払金ということを理由として、当該現金主義会計方法を課している。法 人が米国の親会社により所有されているとしても、一の国外の関連当事者への 利子の支払金のすべてについては、現金主義会計方法が用いられることになろ う。故に、当該要件は、支払先の関連当事者の国籍に基づき決まるのであって、 最終の所有者の国籍に基づき変わることはない。本件の場合、当該支払いが行 われた外国の関連者がまた、たまたまその所有であった、ということは単なる 不運に過ぎない。 」 (3)American Air Liquide Inc. 事件 55) こ の 事件 で は、外国税額 の 控除 限度額(一般限度額所得 (general limitation income) と 受動的所得 (passive income) との所得類型別限度額方式)の適用上、 外国子会社が従属外国法人(C FC)である場合には、透視準則(look-through rule)により当該CFCから 収受する配当、利子、賃料及び使用料の受動的所得を一般限度額所得として分 類する、かかる一般限度額所得条項(内国歳入法 904 条(d) (1) (I) )及び その特例である上記透視準則(内国歳入法 903 条(d) (3) (C) )が資本無差 別を定める 1967 年米仏租税条約 24 条 3 項 56)に反するか否かが問題となった。 フランス法人である L’Air 社により所有された在米子会社である原告(控訴人) AAL社は、L’Air 社とP社の間のAAL社所有の財産に関する実施許諾契約 に基づき L’Air 社から使用料を収受した。P社は、問題となる 1989 年、1990 年及び 1991 年の各年度に収受した使用料を当該各年度の税務申告において外 国税額控除に係る一般限度額所得として性質決定した。これに対し、内国歳入 庁長官は、当該使用料を 904 条(d) (1) (A)が掲げる受動的所得として再 性質決定した。原告AAL社は、904 条に基づく使用料の性質決定においては 外国の親会社からその米国の子会社が収受する使用料と従属外国法人から内国 法人が収受するそれとでは同じでなければならなく、L’Air 社からの使用料所 55.
(16) 横浜国際経済法学第 19 巻第1号(2010 年9月). 得を 904 条(d) (1) (I)の一般限度額所得として性質決定しないことは上 記米仏租税条約 24 条 3 項に反する、と主張した。 原審租税裁判所【Laro 裁判官の意見】は、先ず、 「アメリカ合衆国憲法の下、 条約は連邦議会制定法と対等の法的地位にある。条約の規定が公正に 2 つの解 釈(一方は限定解釈、他方は拡大解釈)を認めている場合には、より厳格でな い解釈が望まれる。条約の解釈に当たっては、より限定された意味が意図され ていない限りにおいて、当裁判所は当該条約の文脈によりその文言に通常の意 味を与える」としたうえで、上記透視準則に基づく 904 条(d) (1) (I)の 取り扱いが米仏租税条約上の資本無差別規定に反する否かという点に関して は、 「 (米仏租税条約)24 条 3 項は、最近のOECDモデル条約 24 条 5 項に対 応し、当該モデル条約の同項に関するコメンタリーにいう『同じ国に居住す る納税者間での平等取り扱いを確保する』 (1977 年OECDモデル条約 24 条 6 項に関するコメンタリーの第 57 パラグラフ末文)ことを意味する。原告は内 国法人であって、その国外源泉の使用料所得の課税上の取り扱いは非従属外国 法人から使用料所得を収受するその他一切の内国法人とまさに同じ方法で決定 される。……原告の最終親会社がフランス法人であるという事実は当該原告の 使用料所得の性質決定とは関係がない」と判示し、 原告の主張を排斥した。もっ とも、控訴審判決(第九巡回区控訴裁判所判決)は、租税条約の解釈に踏み込 むことなく、時間的に後の連邦法が米国の租税条約上の義務に優先するため、 上記 24 条 3 項違反は問題とならないとし、原審判決を支持した。 (英国) (4)Boake Allen Ltd.(NEC Semi-Conductors Ltd.)事 件 こ の 事 件 で は、 英国のインピュテーション制度(1973 年乃至 1999 年施行)の下、英国居住者 法人(子会社)によるその親会社への支払い配当に係る前払い法人税(AC T)の納付について、当該親会社が英国居住者法人である場合には、Group Income Election(GIE)の 選択制(1988 年法人・所得税法 247 条)に よ り 56.
(17) 租税条約における無差別原則と担税力規準. その納付を不要とすることを認める措置が、1969 年英日租税条約 25 条 3 項(同 条項は現行のOECDモデル条約 24 条 5 項と同一の規定である-筆者補注) 及び 1975 年英米租税条約 24 条 5 項に定める資本無差別に反する否かが問題と なった。これら各条約の資本無差別規定が、英国が英国子会社の親会社が日本 及び米国の親会社である場合におけるGIEの行使権利を禁ずる、という効 果を有していたか否かについて、第一審高等法院判決 57) 【Park 裁判官の意見】 は、先ず、当該インピュテーション制度の導入時期と当該英日租税条約及び英 米租税条約の締結時期との時系列的な観察において、これら条約締結当時の交 渉担当者の意思を推測する。Park 裁判官は、英日租税条約の合意がインピュ テーション制度開始前であること、及び、英米租税条約の合意はインピュテー ション制度開始後であるが、米国の裁判所において重要性な影響力を有し、か つ、米国の条約交渉担当者が寄与したと推認される、当時の同条約の解説書 (technical explanation)には米国親会社によるGIE行使の可能性が何ら言及 されていないこと、を理由とし、日米両国の当時の租税条約交渉担当者のいず れもGIEの下でのACT支払いの不要が英日及び英米の双方の租税条約に反 するとは考えてはいなかったとみてとれる、 とした(パラ 25) 。Park 裁判官は、 かかる条約の歴史的解釈、或いは意思主義的解釈(主観的解釈)を行った後、 英日租税条約及び英米租税条約上の 「類似の他の企業」の文言の意味、 すなわち、 より重い租税若しくはこれに関連する要件が課されているか否かという点に関 し、本件において実存する英国子会社に係る課税と比較されうる対象企業は何 か、について審議した。同裁判官は、理論上ありうる比較対象企業(英国の類 似の他の企業)として、 (ⅰ)他方の締約国の居住者であるその他の親会社の 英国子会社、 (ⅱ)第三国の居住者であるその他の親会社の英国子会社、 (ⅲ) 英国居住者である親会社の英国子会社、その他(ⅳ)類似の他の企業の不存在 の 4 つ可能性を吟味し、 文法的に最も正しい読み方は(ⅰ)であると考えた(パ ラ 25) 。しかし、 「それ( (ⅰ) )は意図されるところではないということが明 らかであり、かつ、本件において当事者のいずれもそれに関し争っていない」 57.
(18) 横浜国際経済法学第 19 巻第1号(2010 年9月). として、 (ⅲ)が正しい解釈である、と Park 裁判官は判示した(パラ 27) 。こ の(ⅲ)に関し、被告(被控訴人、被上告人)である歳入関税庁は、本件にお け る 英国子会社 の 日本親会社(NEC Semi-Conductors Ltd. の 日本親会社)と 仮想上の英国居住者である親会社とでは、それら自身が配当を受領し、かつ、 支払う配当に係る英国の課税上の取り扱いが異なるため、 (ⅳ)の立場を主張 したのに対し、Park 裁判官は「実存する会社がもう一方の会社の子会社であ るならば、仮想上の比較対象企業もまた、もう一方の会社の子会社である」 (パ ラ 28)とし、これを容認せず、歳入関税庁のかかる主張は 1977 年OECDモ デル租税条約 24 条に関するコメンタリー( 「この(24 条 6 項の)規定及びこ の規定が禁止する差別は、企業の課税にだけ関連するものであり、その資本を 所有又は支配している者の課税には関連しない。 」 (第 57 パラグラフ第二文) ) を充たし難いと指摘し(同パラ 28) 、上記GIEの下でACTに係る英国の措 置が 1969 年英日租税条約 25 条 3 項及び 1975 年英米租税条約 24 条 5 項に反す る、と判示した。 これに対し、貴族院判決 58) 【Hoffman 卿の意見】は、原審控訴院判決 59) 【LIoyd 裁判官】においても支持されたかかる判断を否認した(5 人全会一致) 。第一 審判決及び原審判決にみられる親会社とその子会社のポジションの分離に関 し、Hoffman 卿は、先ず、1963 年OECDモデル条約草案 24 条に関するコメ ンタリーの第 18 パラグラフの第三文( 「それ故、その目的は、同じ国に居住す る納税者の間での平等取り扱いを確保することであり、 外国資本を、 パートナー 又は株主の手中において、国内資本に適用されるのと同じ取り扱いに服せしめ ることではない。 」 )に言及した後、独自の理論を展開し、以下のとおり判示し た。いわく、 「かかる言及は無差別規定の適用の制限に考慮を払い、当該規定は居住者納 税者についてのみ規定し、ある国が外国の株主の所得の取り扱いを差別するこ とを妨げるものではない(例えば、源泉徴収税) 。親である地位が一関連性を 58.
(19) 租税条約における無差別原則と担税力規準. 有する居住者納税者の属性であり得ない、ということは述べていない。 」 (パラ 15) 「問題は、……247 条が英国居住者法人のその資本が日本、米国その他外国 の居住者により『その全部又は一部が直接又は間接に所有され、又は支配され ている』という理由で当該英国居住者を差別したのか否か、ということである と思われる。国籍を理由とする居住者間の差別を禁止するOECDモデル租税 条約 24 条 1 項に関連し、そのコメンタリーは『前提となる問題』は、 『異なる 国籍を有することを唯一の理由として』 、二の居住者が異なって取り扱われて いるか否かである、と述べる。このことは、24 条 5 項に関する言及(コメン タリー)はこのことを繰り返し述べてはいなが、原則は同じでなければならな い。247 条は当該子会社の資本が非居住者法人により支配されているというこ とを理由として差別しているのか。 」 (パラ 16) かかる自問に対し、Hoffman 卿は、247 条の選択が子会社単独で行われるも のではなく親子が共同して行われるものであり、かつ、子会社におけるACT の不納という利点が親会社からの配当に係る税額控除の剥奪という犠牲の上 で得られるとの旨を判示した 2004 年 Pirelli Cable Holding NV 事件貴族院判決 【Nicholls of Birkenhead 卿の意見】を引用し、親会社とその子会社のポジショ ンを分離することは不可能であると述べ、 さらに、 ACTが他の欧州加盟国(ド イツ)に本店を有する親会社のEC条約上の開業の自由に反すると判示した欧 州司法裁判(ECJ)Metallgesellschaft Ltd 事件及 び Hoechst UK Ltd. 事件判 決[Joined Cases C-397/98 and C-410/98]を踏まえ、 「247 条の下での選択権の 否認は、外国法人の支配を理由としてではなく、当該親会社がACTに係る義 務がない場合には当該 247 条は適用し得ないということを理由としていた」と し、同 247 条は米国の親会社と日本の親会社の各子会社を差別し、故に、それ ぞれの租税条約上の資本無差別規定に反する、と判示した。. 59.
(20) 横浜国際経済法学第 19 巻第1号(2010 年9月). 2 インドの事例 租税条約締約国間における条約解釈の相剋が当該条約の趣旨目的の達成に 幾ばくかの障碍をもたらすであろうということは、推知され得るところであ る。例えばインド・プネ所得税上訴審判所(Income Tax Appellate Tribunal) Daimler Chrysler India Private Lit. 事件行政決定(ITA No. 968/PN/03)60)は、 問題となる租税条約上の無差別規定の解釈に係る事案に関しインドの法廷にお いて先例が存せず、外国の裁判所にかかる事案に関する判決が幾つか存する場 合には、以下の通り、租税条約の解釈の調和と統一の視座において、それらに みられる指針を参照し、習得することは有益でありうる、と判示した。いわく、 「二国間租税条約の規定の多くは広く等質であり、それらの大部分はOEC D モデ ル租税条約及びそのコメンタリーに由来するため、A国の裁判所が当該A国とB国 との間の租税条約を解釈するに当たっては、C国とB国との間の租税条約、さらに はC国とD国との間の租税条約が問題となる租税条約の規定と実質的に同じである 場合に、これらの租税条約を解釈するC国における裁判所の判決にみられる指針を 参照し、習得することは有益であり得る。 」 (パラ 56). この事件では、インド所得税法(ITA)79 条における、所定の要件を充 たす法人に対する過年度の欠損金の繰り越し及び当該欠損金の前年度所得との 通算の制限措置が 1995 年印独租税条約 24 条 4 項の資本無差別に反するか否か が問題となった(同条項は、現行のOECDモデル条約 24 条 5 項と同一の規 定である。筆者補注) 。79 条は、 「実質的に一般株主(public)に所有されてい る 法人」 (1956 年証券契約規制法(Securities Contract (Regulation) Act, 1956) に従ってインドにおける公認の有価証券市場に上場されている株式を有する公 開会社[ITA 18 条(2) (b) (A) ] )ではない法人については、前年度に先 立ついずれかの年度に生じた欠損金の繰り越し及び当該欠損金と前年度の所 得との通算を、前年度末に欠損金が生じた年度末又は当該年度の当該法人の議 決権の 51%以上が保有されていた場合に限り、認める旨を規定していた。原 60.
(21) 租税条約における無差別原則と担税力規準. 告 Daimler Chrysler イ ン ド 支社 は ド イ ツ 法人 Daimler Benz 社(DB-AG)が その株式の 81.33%を保有するインド子会社であった。DB-AG と米国法人で ある Chrysler 社とは各々の事業を合併することを決定し、ドイツに Daimler Chrysler 社(DC-AG)を新設した。DC-AG は DB-AG を合併し、Chrysler 社 は DC-AG の 100%子会社となった。この合併過程において、DB-AG のすべて 資産と負債は DC-AG に移転された。その結果、DB-AG 保有の株式は DC-AG に移転され、原告の Daimler Chrysler インド支社の株主は DB-AG(81.33% 保有)から DC-AG にかわった。税務当局が DC-AG はインドにおける公認の 有価証券市場に上場されていないため累積欠損金の繰り越しは認められないと するのに対し、原告はそのような 79 条の解釈は印独租税条約 24 条 4 項に反す ると主張した。 当上訴審判所 は、同 24 条 4 項 の 適用可能性 に 関 し、同項 に い う「類似 の 他の企業」を特定するにあたり、上述した解釈の調和と統一の視座におい て、次の外国の関連判例を精査した。 (ⅰ)国内の親子間(外国親会社の在独 支店を含む。 )の損益移転に係る連結納税制度(Organschaft)が 1989 年独米 租税条約上の無差別規定に反しない旨を判示した 2004 年ドイツ連邦財政裁判 所 Delaware 事件判決(パラ 61 乃至パラ 67) 、 (ⅱ)前述の米国の 2002 年控訴 裁判所 UnionBanCal Corp. 事件判決(パラ 68 乃至パラ 70)及び(ⅲ)英国の 2007 年貴族院 Boake Allen Ltd. 事件判決(パラ 77 乃至パラ 81) 、さらに、 (ⅳ) フランスにおいて通常の税率で法人所得税に服する親会社であって他方の法人 の議決権のある発行済株式の 5 パーセント以上を有する者(フランスの資本参 加免税の適格性を有するフランスの親会社 - 筆者補注)への支払利子を過少資 本準則の適用除外とする同国の措置が 1959 年仏墺租税条約上の資本無差別規 定に反する旨を判示した、フランスのコンセイユ・デタ SA Andritz 事件判決 (パラ 71 乃至パラ 74) 。当上訴審判所は、 (ⅰ) 、 (ⅱ)及び(ⅳ)のいずれの判 決も「類似の他の企業」を内国法人の子会社としている点で一致し、これらは 同意しうるものと考えるが、 (ⅲ)の判決はかかるアプローチとは一致せず、こ 61.
(22) 横浜国際経済法学第 19 巻第1号(2010 年9月). れには同意し難いと判断した(パラ 89) 。前述の通り、当該(ⅲ)の判決におい ては、OECDモデル条約 24 条 5 項(資本無差別)と同条 1 項(国籍無差別) とは関連を有すると考えたのであるが、当上訴審判所は、当該 5 項が比較の規 準を居住者における外国資本対国内資本に置いているために、1 項の国籍規準 は 5 項とは無関係であるとし、同(ⅲ)の判決は正当化されないと述べた(パ ラ 89) 。かかる知見に基づき、当上訴審判所は上記国内法をいま一度考察し、印 独租税条約 24 条 4 項違反については、ドイツの親会社がその国内法令の下で同 国の公認の有価証券市場に上場している限り、そのインドの子会社についてま で 79 条の適用を認めることはできないとし、 「この限りにおいて、当該 79 条の 執行は条約蹂躙のため、ゆるやかでなければならない」と判示した(パラ 94) 。 もっとも、ここにおいて興味ぶかいのは、これら外国の関連判例を商業デー タ・ベース(IBFD tax treaty case law database)から引照しているという点 である。この点、K.Vogel が、 「共通解釈に関し生ずる重要な問題は、情報に 係る実際上の問題である。裁判官は、外国の裁判所の判決、少なくとも、当事 者が配慮を求めた問題となる条約に関する外国の判決を考慮する義務がある。 ……さらに、当該裁判官は独力で、関連する外国の裁判所の事案を見出すため に、あらゆる利用可能な手段を使用しなければならない」61)と指摘しているよ うに、ここに共通解釈のあり方の一例をみることができる。. Ⅲ 欧州共同体条約 1 差別と制限 (1)直接的差別と間接的差別 欧州共同体条約(EC条約)の下、共同体における自由移動はおよそ、市 場アクセスの原則(3 条 1 項(a)及び(c) [形式的には削除、実質的には現 3 条乃至 6 条に置換〔付属文書条文対照表注 26〕 ]62))や無差別原則により保障 されている 63)。この無差別原則について、 たとえばEC条約 12 条(旧 6 条[現 62.
(23) 租税条約における無差別原則と担税力規準. 18 条] )は、国籍に基づく差別(直接的差別)の禁止を定める。しかし、かか る法条は一般規定である 64)。故に、無差別原則を包摂するEC条約上の基本 的自由に係る各規定との関係においては、通常、これらの規定が当該 12 条に 優先する 65)。ヒトの移動自由を定める 39 条(旧 48 条[現 45 条] )は、国籍 に基づく差別の禁止(直接的差別)に直裁的に言及する(同条 2 項) 。しかし、 欧州司法裁判所(ECJ)に お け る Sotgiu 事件判決(Case 152/73)は、共同 体の基本原則の一つである労働の効率性の観点から、当該規定は国籍以外の基 準(例えば、住居や出生)に基づく差別の潜在的な形態(間接的差別)をも禁 ずる、と判示した 66)。なぜなら、それらの規準が国籍規準の適用の場合と同じ 差別的な結果をもたらすからである 67)。 このような間接的差別の禁止の適用は、 開業の自由についても及ぶ。これは、他の加盟国における開業にはヒトの移動 を伴う場合も多いからである。勿論、これらの経済活動が法人(company)に より行われる場合もある。EC条約は当該法人についても、その自由を保障す るために、第一次開業及び第二次開業 68)の自由を認める(43 条 ( 旧 52 条 )[現 49 条] ) 。同時に、それらの自由を担保すべく、ヒトの場合の国籍に準じる差 別の要件となる規準を設ける(48 条[現 54 条] ) 。この国籍に準ずるものとし て、同条は法人の定款上の本店(registered office) 、等に言及している 69)。こ れは、同 48 条が掲げるこれらの規準が国籍と同様に、それらがある加盟国の 法制度の連結要因として働くからである(Avoir fiscal 事件判決 (270/83))70)。 しかしながら、かかる規準は第二次開業の自由の局面においては、充分に機 能しない。そのため、ECJはこれら以外の規準に基づく措置についても、 ヒトの場合と同様にそれが結果的に差別をもたらすとして法人の開業の自由 に対する間接的差別の禁止を認めている。その典型といえる事案が、上述の Sotgiu 事件判決 に 直接言及 し た Commerzbank 事件判決(Case C-330/91)71) や当該 Commerzbank 事件判決に言及した Halliburton Services 事件判決(Case C-1/93)72)である。いずれの事案も進出先加盟国おける法人と支店とに係る税 制上(直接税)の取り扱いの差異が問題となった事案である 73)。前者の事案 63.
(24) 横浜国際経済法学第 19 巻第1号(2010 年9月). では、間接的差別の規準を法人の本店(seat)規準とは無関係に適用される課 税上の居所に求め、そのような規準を定める国内法が他の加盟国に本店を有す る法人に不利になるとの判断が示された 74)。他方、後者の事案は、設立準拠 法に基づく課税上の取り扱いの差異が、他の加盟国へ進出する事業者のその事 業形態の選択の点において不利をもたらすという理由により、それが間接的差 別を構成する旨判示された 75)。 かかるヒト及び開業の自由は、勿論、サービス提供の自由と有機的に連動す る。EC条約におけるサービス提供の自由に係る法条は、開業地又は国籍及び 居所による差別を禁止している(49 条 ( 旧 59 条 )[現 56 条]及び 54 条 ( 旧 65 条 )[現 61 条] ) 。これらの規準は、サービス提供の起点となる物的所在やサー ビス提供の行為主体に着目した比較的 visible な差別規準といえる 76)。もっと も、サービス取引はその経済活動の射程が広範なため、サービス提供の自由に ついてもこれらの規準ではカバーできない差別が生じうる。差別はそもそも、 比較し得る類似する状態に係る取り扱いの差異、或いは比較し得る異なる状態 を同一視する取り扱いにより構成される。そのため、このサービス提供の自由 の場合には、当該サービスそれ自体が無形の特性を有することもあり、比較し 得る状態を見出すことが困難であると予測される。このような場合、問題とな る国内法令上の措置のいずれの要件に比較の結果としての差別を帰着させるか が問題である。この点、ECJの事案をみてみると、間接的差別を構成するも のとして要件の二重負担があげられる 77)。これは、例えば開業国(ホーム国) の法令の下でサービス提供の資格要件を充たした当該提供者が、サービスの受 入国(ホスト国)においてもそれと同じ要件を課されるということである。し たがって、ここにおいては、法令上の定めそれ自体には差別の要素は含まれて いない。結局のところ、ホスト国からみた市場アクセスの程度を比較という尺 度を用いて、その査定がそこで行われているといえる。これを裏からみれば、 比較要素が存しないかかる間接的差別における比較は、上述の市場アクセスの 原則を担保する結果、そこに生じた副産物ともみてとれる。このような自由移 64.
(25) 租税条約における無差別原則と担税力規準. 動の対象の性質に基因する比較の困難さについては、資本の自由移動について も同じことがいえる。このことは、当該資本の自由移動に係るECJの事案の ほとんどが直接的差別に係る措置に関するものであることからも察せられうる 78)。 (2)制限 差別それ自体については、勿論、それがEC条約における基本的自由の障 碍となり得るから、禁止される。しかし、ヒトの移動自由を定める 39 条を除 き、その他のモノ、開業、サービス及び資本の自由移動の各規定の文言をみて みると、それらは制限(restrictions)の禁止についても規定する 79)。この制限 の禁止に関し、例えばモノの輸入自由(28 条 ( 旧 30 条 )[現 34 条] )が争われ た Dassonville 事件判決(Case 8/74)は、その輸入に係る加盟国の措置が「直 接又は間接的に、現実又は潜在的に」共同体域内の通商を妨げ得る効果を有す る場合には、それが禁止の対象となる制限に当たると判示した 80)。自国での 雇用や事業設立につき、他の加盟国で取得した学位行使に対する規制が争われ た Kraus 事件判決(Case C-19/92)は、この考えをヒトの自由移動及び開業の 自由に適用した 81)。これらの判決は、措置に差別的要素を求めてはいない 82)。 しかし、これらの事案においては、差別のコンセプトである比較により、結 果としての差別が生じていることが示唆されているとも評される 83)。その意 味で、純粋に非差別制限(non-discriminatory restrictions)の禁止を認めた事 案といえるのが、Cassis de Dijon 事件判決(Case 120/78)である 84)。本件は、 モノの輸入について、相互承認の原則を確立した事案である 85)。この原則は、 モノのみならず、金融サービス及び情報通信の自由化にも採用されている 86)。 そのためか、同原則に準ずる無差別制限の禁止の考えをサービス提供の自由を 定める 49 条についても適用している事案が見受けられる 87)。これらの事案に おいては、サービスの仕向け地国(the State of destination:ホスト国)の措 置が差別的ではないとしても、それがその他の加盟国のサービス提供者による 当該ホスト国での活動を阻害するという理由により、当該措置に無差別制限の 65.
(26) 横浜国際経済法学第 19 巻第1号(2010 年9月). 禁止の考えを適用している 88)。しかし、同 49 条におけるこの考えの適用を確 認した Alpine Investments 事件判決(Case C-384/93)は、生産要素の市場ア クセスへの影響の観点から、サービスの起点地国(the State of origin{ホーム 国 })の措置につても、それが無差別制限の禁止の射程にあることを認めてい る 89)。この点、Kraus 事件判決においても、上述のとおり純粋な適用とまで はいえないが、非差別制限の禁止をホーム国の措置に適用している。その結果、 生産要素の自国から他の加盟国の市場への移動が容易となる。これにより、差 別の禁止による国境を跨ぐ生産要素の移動に係る国内市場の開放はより効果的 となり得る。それはすなわち、単一市場の確立という共同体の目的に裏付けら れた基本的自由の意義でもある 90)。 しかしながら、モノの輸出自由を定める 29 条(旧 34 条[現 35 条] )は、差 別の禁止がその原産地国(ホーム国)の措置に適用され得ることを定める 91)。 これと同じく、資本の自由移動における租税関連規定の取り扱いについて定め る 58 条 1 項(a)( 旧 73 D 条 1 項(a) [現 65 条 1 項(a) ]) はその文理解釈上、 潜在的な差別の禁止がホーム国の措置に適用されうるとされる 92)。そうする と、市場アクセスの観点から適用され得る非差別制限の禁止のホーム国の措置 への適用との関係において、ホーム国の措置に対する差別の禁止の適用をど のように理解することができるのだろうか。上述の 29 条について、Groenveld 事件判決(Case 15/79)は、同条は他の加盟国における生産又は貿易を犠牲に して自国の産品に有利となる取り扱いをするような国内貿易と輸出貿易との間 での差別を禁止する、と判示した 93)。本件は、自国の輸出業者の他の加盟国 への市場参加を保護する措置が皮肉にも、国内貿易を有利に取り扱うという結 果をもたらした事案ともいえる。かかる事案から読み取れることは、差別の禁 止のホーム国の措置への適用はちょうど、ホスト国(輸入国)の措置に対する 4 4 4 4 4 4 4. 差別の禁止の適用を鏡に映した関係(傍点部分強調 - 筆者補注)にあるという ことである。これは、ホーム国とホスト国との間での均等な資源の配分を意味 する。同時に、この事案においては、結局のところ、生産要素が自国市場から 66.
(27) 租税条約における無差別原則と担税力規準. 外に出て行くことに対する阻害要因を排除しているともいえる。しかし、かか る判断にみられる比較には、上述の通り、輸出相手国の市場情報を要する。経 済活動の変化に伴う市場変化の速さを考えれば、そのような比較要素を見出す のは容易ではいない。そのためか、近年にみるECJの事案のなかには、非差 別制限がモノの輸入と輸出の双方に違反すると判示しているものも存する(例 えば、Monsees 事件判決(Case C-350/97)94)) 。 他方、上述の 58 条 1 項(a)については、それが加盟国間(及び加盟国と 第三国間)の資本移動の制限の禁止を定める 56 条(旧 73B 条[現 63 条] )の 例外として位置付けられる、とする見解も存する 95)。これは、同 58 条はマー ストリヒト条約によりそれが効力を発生する前のECJにおける居住者や非 居住者に基づく課税上の取り扱いの差異に係る正当化事由(例えば、Avoir Fiscal 事件判決、Bachmann 事件判決及 び Schumacker 事件判決、等。 )を 確 認した規定に過ぎない、という見解である 96)。マーストリヒト条約以後のE CJにおける資本の移動自由に係る租税(直接税)事案をみてみると、そこで はホーム国の措置に対して非差別制限の禁止が適用されている事案が比較的 多く見受けられる。したがって、58 条 1 項(a)は差別の禁止の局面ではな く、上述の 56 条の非差別制限の禁止を正当化する局面においてのみ発動され うるとみることができる。同 56 条についていえば、非差別制限の禁止がホス ト国の措置のみならず、 ホーム国の措置についても適用されている 97)。例えば、 他の加盟国の通貨で支払われる金銭債権を担保とする抵当権設定に係る規制が 問題 と なった Manfred Trummer and Peter Mayer 事件判決(Case C-222/97) は、むしろ対外投資の観点から、そのような規制により関連当事者がかかる行 為を躊躇する、と判示している 98)。 こうしたホーム国の措置にその適用もありうる差別の禁止のかかる意義や局 面をみるに、それはホーム国とホスト国とにおいて市場アクセスに対する障碍 の排除という同一の視点からアプローチされる無差別制限の禁止の適用のかか る整合性を撹乱すものではないといえる。しかし、このようにECJにおいて 67.
(28) 横浜国際経済法学第 19 巻第1号(2010 年9月). 基本的自由に対する非差別制限ベースでのアプローチが適用されるようになっ てくると、無差別原則の意義が不分明となってくるように思われる。差別と制 限との違いは、基本的自由に対する障碍を査定する過程においてそこに比較要 素が存するか否かに見出されうる。しかしながら、先に見たような一瞥して比 較の要素がみてとれない間接的差別と評される差別も存する。これは、差別と (非差別)制限との間には、それらを正当化する事由に違いが存するからであ る 99)。したがって、差別と制限との違いは、正当化事由に係る議論の帰結に 過ぎないということもできる。一般に、差別の結果として生じる障碍は無条件 に禁止されるのだが、それはEC条約が掲げる事由(例えば、公衆道徳、公共 政策等の公共的事由)やそこにおける明文の規定を基礎として構成される均衡 の原則 100)に基づいて正当化される。これに対し、制限は、通常、ECJにお ける判例により形成された合理性の基準(rule of reason)により正当化される とされる 101)。かかる基準を具体的なかたちで示した上述の Cassis de Dijon 事 件判決は、加盟国の制限が「とりわけ税制監督の効率性、国民の健康、商取引 の公平及び消費者保護に関する不可避的な要件を充たすために必要と認められ うる限りにおいて容認されなければならない」と判示した(para.8) 。しかし、 この基準が適用される局面を見出すことは難しい。同じことは、前者の条約上 の正当化理由についてもいえる。なぜなら、制限又は差別が禁止の対象とする 基本的自由のベースとなる私的経済活動が多岐に亘るからである。. 2 直接税に係る差別と制限 (1)差別から制限への規制手法の変化 差別は比較をそのコンセプトとする。比較しえ得ない状態に対する取り扱い の差異は、差別とはならない 102)。租税の領域外のECJの事案における無差 別原則の適用に当たっては、国民及び非国民並びに居住者及び非居住者の現状 は類似しないという事実の抽出が、常に行われているとされる 103)。租税(直 接税)の文脈において、国内準則の下での差異の規準は、通常、居住者と非 68.
(29) 租税条約における無差別原則と担税力規準. 居住者に求められる。Avoir fiscal 事件判決は、支店と子会社との法形式の選 択の中立性の観点から 104)、こうした租税法上の居住者と非居住者との状態が 比較し得る類似する状態であることを顕在化し 105)、このことはその後の開業 の自由に係る一連のECJの判決(Commerzbank 事件判決及び Halliburton Services 事件判決)により踏襲されている。しかし、これらの判決はおよそ、 租税法上の準則が他の加盟国にその本店(seat)を有する企業の支店形態によ る一方の加盟国への進出の障碍となっているのか否かを判断しているに過ぎ ず、かかる規準(例えば、課税上の居所)の何を以て比較しうる状況にあるの かを示していない 106)。この点、個人に係る課税事案であるが、ドイツ所得税 法上の非居住者に人的控除・扶養控除等を認めない措置が労働者の移動自由に 反するか否かが争われた Schumacker 事件判決 107)は、居住者(又は非居住者) が居住地国(又は源泉地国)において稼得する所得の割合と支払能力(ability to pay)の見地からは、原則として、居住者と非居住者との状態は比較しえ得 ない状態であると判示した 108)。もっとも、本判決は、本件における居住者と 非居住者とではその所得の多寡が逆転していたため、かかる居住者と非居住者 とが比較し得る状態にあるとして、上述のドイツ所得税法が労働者の自由移動 に反すると判示した 109)。このような居住者と非居住者とが比較し得る状態に はないという判断それ自体(Schumacker 規準)は、 その後の個人の課税を扱っ た事案においても、およそ引き継がれている。たとえば、オランダでその所得 の全てを受領していたベルギーの居住者個人(事業者)に関し、オランダ所得 税法がその租税目的上、居住者のみに所得控除を認めていることが開業の自由 に反するか否かが争われた Wielocky 事件判決 110)は、 当該者の支払能力に加え、 所得の源泉(source of the income)の見地から、居住者と非居住者とは比較 しうる状況にないとしつつも 111)、受領所得の多寡により、本件における居住 者と非居住者とは比較し得る状態にあるとして、当該オランダ法が開業の自由 の反すると判示した 112)。稼得所得の多寡、支払能力又は所得の源泉の見地か ら考察されるこの Schumacker 規準は、その後のECJにおける Gerritse 事件 69.
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