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取締役の監査責任と経営者の投資インセンティブに関する保守主義会計を通じた考察

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論 文

取締役の監査責任と経営者の投資インセンティブに関する

保守主義会計を通じた考察

花 村 信 也

* 要旨  本稿は,会計操作を抑制する取締役会の能力が,最適な保守主義会計の水準, 会計操作水準,そして企業価値に対してどのような影響を与えるかの理論的な分 析を行った。その結果は次のとおりである。会計報告は,経済的利益についての 不完全情報を提供し,企業の投資案件決定を是認するか否決するかの取締役会の 決定に情報を与える。他を一定とすれば,取締役会が成功する投資案件を棄却す るリスクよりも失敗する投資案件を採択するリスクにより大きな関心をもつ場合 には,保守主義会計が望ましい。しかし,保守主義会計によって取締役会がより 積極的に投資案件決定に介入できるようになることが,会計システムを歪めるイ ンセンティブを経営者に与えることになる。  保守主義会計の最適水準は,会計システムの歪曲に失敗したときにより良い投 資案件決定がもたらす便益と,会計操作のインセンティブを高めることの損失を バランスさせる点となる。会計操作の抑制に関して,より有効な取締役会は,保 守主義会計がもたらすコストよりもそれのもつ便益をより良く引き出すことが示 された。すなわち,過大投資案件が過小投資案件よりも懸念される企業では,監 視強度の高い能力を有する取締役会が,より保守的な会計システムをもつことに なる。  本稿の分析の現実的な実務への含意は,監査等委員会設置会社における取締役 の役割について示唆を与える。コーポレートガバナンスの一層の強化を狙い,監 査等委員会設置会社に移行し従来の監査役を取締役とするのであれば,本稿のモ デルで示されるように,経営者のインセンティブと会計規則(本稿では保守主義会 計),さらに会計操作の3 つの観点から,取締役,特に監査委員会の取締役が会社 統治を行う必要がある。そうでなければ,真の意味で株主を代表して会社を統治 するコーポレートガバナンスが機能せず,単なる制度目的を記すに過ぎないこと となる。 キーワード 保守主義会計,インセンティブ,監査等委員会設置会社,取締役の業務,取締役 の監査責任 * 立命館大学専門職大学院経営管理研究科 教授

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目   次 1.はじめに 2.先行研究 2.1 保守主義会計と投資インセンティブ 2.2 監査等委員会の役割 2.3 監査等委員会が担う監査機能と監督機能 3.モデル 3.1 情報 3.2 会計報告と利益操作 3.3 投資の実行 3.4 経営者の選好 4.取締役会による保守主義会計の選択 4.1 保守主義会計の直接効果 4.2 保守主義会計の間接効果 4.3 最適会計システム 5.比較静学 5.1 会計報告を監視する強度 6.総括と課題

1.はじめに

 平成26 年発効の改正会社法により,株式会社の新たな機関設計として監査等委員会設置会 社制度が創設された。監査の範囲については,監査役会設置会社における監査役の監査は,適 法性監査が原則であるとされている。一方,監査等委員会設置会社における監査は,取締役が 担い手であるため,適法性監査に止どまらず,妥当性監査にも範囲は及ぶものと解されてい る。従って,監査役よりもより広範な経営全般に渡り監督機能を発揮することが期待されてい ると捉えられている。監査等委員会設置会社は,モニタリング型のガバナンス体制であること から,従前よりも内部監査部門と連携,協働を強めた形の活動が株主から要求されて委員会を 運営していく必要が出てくるのである。  本稿は,取締役会によるガバナンスが,財務報告に関わる選択と会計報告を操作しようとす る経営者のインセンティブに如何なる影響を及ぼすかについてモデルを構築して分析する。

2.先行研究

2.1 保守主義会計と投資インセンティブ  わが国の企業会計原則は,一般原則の1 つに「保守主義の原則」を挙げ,「企業の財政に不 利な影響を及ぼす可能性がある場合には,これに備えて適当に健全な会計処理をしなければな

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らない」と規定している。しかし他方,「企業会計は,予測される将来の危険に備えて慎重な 判断にもとづく会計処理を行わなければならないが,過度に保守的な会計処理を行うことによ

り,企業の財政状態及び経営成績の真実な報告をゆがめてはならない」(注解4)と規定してお

り,過度に保守的な会計処理をいましめている。

 このため,各企業の採用する会計基準の在り方が,企業業績や投資効率にどのように影響す

るかは,LaFond and Watts(2008)やJ. Manuel, G. Lara, B.G. Osma and F. Penalva(2016),

我が国では中野誠・大坪史尚・高須悠介(2015)など,これまで多くの研究がなされている。

例えば,G. Lara, G. Osma, and F. Penalva(2016)は,(条件付)保守主義の程度が高まるほ

ど,過剰投資企業では投資が抑制される一方,過小投資企業では投資が促進されることを発見 している。中野誠・大坪史尚・高須悠介(2015)では条件付保守主義に関しては,その程度が 高い企業ほど,投資水準が抑制されることが示唆され,また,無条件保守主義に関しては,そ の程度が高い企業ほど,より多くの投資を行うほか,投資を実行する際にはリスクの高いタイ プの投資を行う可能性があることが確認された。1)  また,どのような企業がどのような会計基準を採用するかという会計基準の内生性の問題に ついても様々な研究がなされており,たとえば,Ahmed et al.(2002)は,配当政策を巡る株 主・債権者間の利害対立(エージェンシー問題)が深刻な企業ほど,保守主義の程度が高いこと

を発見している。また,G. Lara, G. Osma, and F. Penalva(2016)は,意思決定において非

対称情報をより多くもつ企業は保守主義会計の投資への効果が大きいことを示している。その 結果として企業が取り入れる保守主義会計の程度は年々高まっていると指摘する論者もいる

(Lobo and Zhou(2006))。

 以上のように,保守主義の会計基準の企業業績への影響と,また,どのような企業がどの程 度の保守主義基準を採用するかについては主として実証の観点からではあるが,検討されてき た。しかし,コーポレートガバナンスのなかでどのように会計基準が決定され,それがどのよ うな業績をもたらすかというガバナンス構造を明らかにした研究は少ない。  本稿では,コーポレートガバナンスの在り方について,保守主義的な会計基準の採用および 経営者の会計操作の内生的決定問題を取り扱い,それがもたらす投資効率への影響を理論的に 検討する。なお,首藤昭信・岩崎拓也(2009),浅野敬志・古市峰子(2015)もコーポレート ガバンナンスと会計上の保守主義との関係について議論している。  本稿では,他を一定とすれば,保守主義会計は,取締役会が企業の投資決定をより良く監視 できるようにするという点で望ましい手法であるという結果が導出されることを示す。しか し,保守主義会計のもつこの特性は,会計システムを操作し,投資決定を歪めるように取締役 会をミスリードしようとする動機を経営者にもたらす。財務報告に対する監視が有効に行われ るならば,会計操作をする経営者の力を弱め,保守主義会計の利便を高めるということが導か

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れる。本稿のモデルは,財務報告に対する取締役会の監視の強化が,保守主義会計の水準を引 上げ,会計操作を拡大しつつも,投資効率を改善することを示す。 2.2 監査等委員会の役割  本稿のモデルで想定している取締役会は,まず会計政策を決定する。この意味で,ここでの 取締役会は監査に重要な役割を持つものとしている。日本のこれまでの典型的な取締役会の役 割は,通常,代表取締役の監視と取締役相互の監視で,会社の重要な経営方針を決定すること にある。これは日本の会社法だけでなく英米の場合も同様である。ただし,英国は一元的な ボードのなかに監査委員会があり,過半数以上の社外取締役がいる形で事実上モニタリング ボード化している。これに対して日本では,従来より,取締役会と監査役会が典型的であり, 経営者の監査に関してはもっぱら監査委員会で,経営政策の決定については取締役会で行わ れ,取締役会はマネージメントボードとして経営者の意思決定を共同で支援していく役割を 担っていた。したがって,監査機能が限定的であることが問われてきた。しかし,昨今,コー ポレートガバナンス改革によって,取締役会のモニタリングボード化が進み,独立社外取締役 の導入,監査等委員会設置会社の導入,また,コーポレートガバンス・コードの策定が確立さ れてきた。また,2003 年に導入された委員会等設置会社を見ると,現在採用する上場企業は 数こそ少ないが,米国流のモニタリングボードの普及によるものがある。その意味で,本稿で 取り扱う取締役会は,昨今のこうした監査に重要な役割をもつものとして位置付けることがで きる。監査等委員会設置会社の数は2016 年に 676 社,2017 年に 831 社,2018 年に 927 社 とその数を増やし続けている。図1 は監査役設置会社と監査等委員会設置会社の体制につい て示したものである。  監査等委員会設置会社の機能,ガバナンスについては多くの先行研究がある。本稿に関係す る論点は,監査等委員会設置会社での取締役の業務とモニタリングモデルとしてのコーポレー トガバナンスの有効性である。監査等委員会設置会社に関して,総括的な説明,役割,機関設 図 1 監査役会設置会社と監査等委員会設置会社 監査役会 取締役会 取締役 監査役会設置会社 会計 監査人 監査    監督 会計監査 取締役会 取締役 監査等委員会設置会社 会計 監査人    監査・監督    監督 会計監査 監査等 委員会

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計としての問題点を指摘した先行研究では,青木康一(2018),青木康一(2017),荻野昭一 (2015),鈴木千佳子(2016),村田敏一(2015),浜辺陽一郎(2014)があげられる。これらの 先行研究の内容をまとめると以下となる。  監査等委員会設置会社の取締役会は,次の業務執行の決定を行わねばならない。1. 経営の基 本方針,2. 監査等委員会の職務執行に必要であると法務省令に定められた事項,3. 取締役の職 務執行が法令・定款に適合することを確保するための体制ならびに企業集団の適正を確保する ために必要であると法務省令で定められた体制の整備(会社法第399 条の 13 第 1 項)さらに,取 締役の職務執行の監督を行わねばならない(会社法第399 条の 13 第 2 項)。1. の経営の基本方針 を決定することについては,取締役会および代表取締役が業務の内容を決定するとともに,取 締役会が取締役の職務執行の状況を監督するにあたっての基本方針と解される。従って,業務 の執行を担う代表取締役に対する監督を中心とする取締役会,いわゆるモニタリング・モデル を採用する取締役会として機能することが求められている監査等委員会設置会社の取締役会で は,取締役会として経営の基本方針を決定することが必要とされている。監査等委員会設置会 社の取締役会には,代表取締役をはじめとする業務執行を行なう取締役を監督する機能の強化 が求められる。すなわち,モニタリング・モデルとしての取締役会機能が期待されている。  一般に,監査等委員会設置会社は,取締役会による監督機能を強化することで,コーポレー ト・ガバナンスの実効性を高めること,また,経営効率を目的とする機関構成であるとされ る。すなわち,取締役会の構成員である監査等委員に監査という職務を担わせると同時に,取 締役としての議決権を行使させることで,業務執行者である代表取締役等を監督することが期 待されているのである。さらに,監査等委員会を構成する監査等委員は,その過半数を社外取 締役とすることが会社法上求められており,監査および監督を実施するための組織的な基盤が 機関設計されている。  ここで,監査等委員(会)の監査の範囲は妥当性監査にも及ぶか否かが問題とされる。これ までも通説は,監査役設置会社における取締役会の監督は取締役の行為の違法性のほか妥当性 にも及ぶが,監査役は違法性監査権限を有するのみであると解釈してきた。その議論を踏襲す ると,取締役でもある監査等委員・監査委員の監査の範囲は,業務執行の妥当性にも及ぶと考 えられることになる。  一方で監査役の監査が妥当性監査に及ぶか否かについては,非常に難しい問題であり,最近 の論調を参考にすると,妥当性に関する問題は取締役会で議論されるべき事柄であり,監査報 告の内容にするには不適切であっても,少なくとも日常の情報収集活動においては監査役も妥 当性について考慮する必要があることを認める状況にある。学説は,原則として適法性監査に 限られるとする適法性監査限定説が有力であるのに対し,実務上,特に監査役経験者の間では 妥当性監査包含説が有力なようである。

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 学説では,業務執行の適法性を確保すること(違法・不正行為を防止すること)を主眼とする ものが監査,業務執行の効率性を確保することを主眼とするものが監督という説,人事権の行 使を伴う監視が監督であり,人事権の行使を伴わない監視が監査であるとする説,などが唱え られている。  適法性と妥当性の議論の対立にかかわらず,監査等委員会又は監査委員会が担う監査は,現 実には業務執行者による業務執行の妥当性という観点からも行われることとなる。すなわち, 監査等委員会又は監査委員会は,適法性監査の権限のみならず,当然に妥当性監査の権限も有 すると考えられることから,業務執行の合目的性の評価,換言すれば効率性の観点からも監査 が求められる。つまり,監査等委員会が担う監査機能は,併せて監督機能をも含有したものと 評価することができ,監査と監督又は適法性と妥当性をそれぞれ融合した議論の現実的な終着 型としての統治機能とも捉えることができるのである。 2.3 監査等委員会が担う監査機能と監督機能  会社法は,取締役に対する監視について,「監督」と「監査」の用語を使い分けているが, それぞれの定義は定めていない。取締役会は,取締役の職務の執行の「監督」をその職務とす る(法362 条 2 項 2 号,39 条の 13 第 1 項 2 号,416 条 1 項 2 号)。ここで,「取締役の職務の執行」 とは,取締役が取締役としての地位に基づいて行うすべての行為を意味し,業務の執行には限 定されないと解される。そのため,取締役の職務として,業務執行の決定(法362 条 2 項 1 号), 業務の執行(法363 条 1 項)及び他の取締役の職務執行の監督(法362 条 1 項 2 号)のすべてが その対象となる。その上で,職務の執行の「監督」の主たるものは,取締役会で決定された事 項が適切に業務執行されているか否かについて監督することであり,その対象は,直接的には 代表取締役及びそれ以外の業務執行取締役であるが,現実にはこの業務執行取締役が会社内の 使用人を指揮命令して業務執行を行うのであるから,取締役会による監督は,使用人も含めた 会社の事業全体が対象となり得る。具体的には,決定を実行するこれら業務執行者に対し,執 行計画等により必要な報告・資料の提示等を求め,取締役会において審議・検討し,その適否 を判断することによって実施される。  会社法は,具体的な監査方法については法定せず,取締役に対する報告徴求権や会社の業 務・財産調査権限等を行使の上,監査を実施することと定めている。すなわち,「監督」は, 取締役の業績を評価し,業務執行の効率性を確保することを主眼とし,「監査」は,業務執行 の適法性を確保することを主眼とするものといえる。このように会社法は,取締役に対する監 視のうち,取締役会が行うものを「監督」,監査役,監査等委員会及び監査委員会かが行うも のを「監査」と呼んで,文言を使い分けているが,そのいずれもが取締役を監視する機能を果 たしていることに変わりはない。

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 指名委員会等設置会社も置かれていない当時の学説ではあるが,倉澤(2007)は,監査役の 監査を「監督」と「検査」の合成語であるという説を唱え,「監督」は取締役の行う業務執行 行為を事前にチェックし,コントロールすることで,取締役会が行う監督がこれにあたり, 「検査」は取締役の行った業務執行行為を調査,検証し,その判定結果について意見を表明す ることにあると説明し,監査役は議決権のない取締役であるとの理解のもと,監督と検査に関 するすべての権能が監査役には属すると主張した。この議論を監査等委員会設置会社の取締役 に敷衍するのであれば,監査等委員(会)の監査の範囲は妥当性監査にも及ぶと解釈される。

3.モデル

3.1 情報

 本稿は,Laux and Stocken(2018)に基づき分析する。2) リスク中立の経営者が,リスク中

立の株主によって所有され,株主に忠実な取締役会によって代表される企業の運営を任されて いるモデルを検討する。モデルには3 つの時点が存在する。  時点0 で,経営者は投資案件を検討する。投資により,投資の経済的利益,キャッシュフ ローを見込むこととなる。取締役会は会計政策(保守主義会計の水準)を決定し,経営者はコス トを負担して財務報告システムを歪める行動を選択することができる。経営者の負担するコス トとは,投資案件を取締役会で通すにあたってのコストであり,財務報告システムを歪めるだ けにとどまらず,取締役会で案件を通す手続に関係する費用等も含まれる。時点1 で,会計 システムが,投資案件を行うことでの収益状況を知らせる財務報告を出力する。この報告に基 づいて,取締役会は投資案件を承認するか否かを決定する。時点2 で,最終ペイオフが,実 現して株主に分配される。  投資は,時点1 から 2 を通じて経済的利益θ ∈ {θh, θl} を発生させる(θhθl)。θ は時点 1 で確定するが,時点2 までに実現しないため,θ についてノイズのないシグナルを入手するこ とはできない。θ = θhが生じる事前確率はa < 1 で与えられる。企業の情報システムは,θ を 知らせる(不完全な)会計シグナルS ∈ {Sh, Sl} を産出する。しかし,経営者はシグナルを操 作して,S とは異なる公的な報告 R を行うことができる。θjのもとでSi i, j ∈ {h, l })を報 告する確率をPr (Siθj; c)とする。c は保守主義会計の水準を表し,取締役会は時点 0 で c ∈[0, 1]を決定する。経営者は取締役会が決定する c を観察できる。それを踏まえて会計操 作の程度m を決定する。取締役会によって選択された c の値は共通知である。この情報シス テムをつぎのように具体化しよう。 p shθh = 1 - (1 - p) c p (shθl = (1 - p) (1 - c) p (slθh = (1 - p) c p slθl = p + (1 - p) c

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ここで,c = 1 のとき p shθh = p p (shθl = 0 p (slθh = 1 - p p (slθl) = 1 となることに注意する。したがって,1 - p は会計システムの誤差を表す。 c は保守主義会計の程度を表し,c が小さくなるとPr (Shθh)は 増 加 し て い き, ま た, Pr (Slθl)は減少していく。すなわち,c が小さくなるにつれてよいシグナルが発生する可能 性が増加し,悪いシグナルの発生する可能性は減少していく。したがってc が減少していくこ とは保守主義からの逸脱を意味する(図2 の右がこれを示している)。逆にc = 1 は完全保守主義 という(図2 の真ん中がこれを示している)。ここから,シグナルSiがでたときの事後確率を求め ると, p θhsh) =       =       ≥ a (1) p θlsl) =      = (1 - a)       ≥ 1 - a (2) 他の2 つの事後確率も同様に算出できる。この情報システムはいくつかのことを含意してお り,(1), (2) よりいずれも簡単な計算より導出される。 (A1)任意の c を所与として,尤度比      はシグナル S に関して増加する:       >1 >      ⇒ Pr (Shθh),Pr (Slθl) > 0.5 dp θhsh /dp > 0 dp (θlsl /dp > 0 より,まず,会計システムの精度 p が増加すれば,高 いシグナルも低いシグナルも利益について情報をより持つこととなる。もし,p = 1 であれば, p (θhsh = 1,p (θlsl) = 1 となるので,保守主義会計はなんら問題とならない。つまり, 実際の利益とシグナルがずれる事前確率は0 となる。一方,p = 0(会計システムが全く機能しな い)であるとするとp (θhsh = a p (θlsl = 1 - a であるので,事前確率は,事後確率と 同じになる。 (A2)各状態θ において,会計報告が S(bad)になる確率は c に関して増加する:l        >0        > 0 p θh p (shθhp θh p (shθh + p (θl p (shθla (1 - (1 - p) c) ap + (1 - p) (1 - c) p θl p (slθlp θl p (slθl + p (θh p (slθhp + (1 - p) c (1 - a) p + (1 - p) c Pr (S│θhPr (S│θlPr (ShθhPr (ShθlPr (SlθhPr (SlθldPr (Slθhdc dPr (Slθldc 図 2 情報システム θh θl Sh Sl a 1-a (1-p)c 1-(1-p)c p+(1-p)c 1-{p+(1-p)c} θh θl Sh Sl a 1-a 1-p p 1 θh θl Sh Sl a 1-a (1-p)c 1 p c=0の時 c=1の時 1-p

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 保守主義会計はシグナルShよりもシグナルSlの発生確率を高める。保守主義会計の程度が 増加すれば,高いシグナルは情報をより持つこととなる。完全保守主義会計では,c = 1 であ るから,p (θhsh = 1 p (θlsl) =     となる。つまり,c を極度に大きくして c = 1 と するとPr (θhSh = 1 となる。この場合,Shθhの生起を確実に予測する完全情報になる。 逆に,c を極度に小さくして c = 0 とすると Pr (Slθl = 1 となる。この場合,Slθlの生起 を確実に予測する完全情報になる。 (A3)各シグナル S において,尤度比      は c に関して増加する:         >0         > 0 保守主義会計の程度が強まるほど,Shの情報内容(θ の予測能力)は高まり,Slの予測能力は 低下する(      >0,      <0)。 (A4)c が及ぼす影響は状態θ に依存しない:       = 3.2 会計報告と利益操作  経営者は,観察したシグナルS とは異なる会計報告 R ∈ {Rh, Rl} をすることができる。時 点1 で,Slを観察した後で,経営者は会計操作水準m ∈ [0, 1]を選択する。良いニュースを 歪めることはないから,会計操作がなされるのはSlを観察したときに限られる。確率m で会 計操作が成功し,SlRhと報告される(1 - m で失敗し,R = Rlとなる)。ここで会計操作が成 功したとは報告内容が取締役会に了承される水準になる水準操作ができたということと同義で ある。  したがって,会計操作にはコストが発生する。このコストは会計操作の成功確率に依存し, その成功確率を上げるためにコストは逓増的に増加する。ここで簡単化のためにそのコスト関 数を  km2で表す。k (k > 0)は会計報告に対する取締役会の監視の強度を表す所与のパラ メータである。監視の強度が上がる場合は,経営委員会,取締役会と複数回の説明をして会計 操作がわからないように潜り抜けることのコストも含まれる。監視の強度は,取締役会などで の取締役の監視努力,独立社外取締役の採用割合,また,専門性をもつ監査担当取締役の採用 割合に依存する3)。また,内部統制システムの水準や会社法上の取締役の権限の位置づけにも 依存するであろう。なお,情報システムと会計操作との図は以下となる。投資から発生する経 済的利益から会計システムによりシグナルが出て報告するというフローになる。 1 - a 1 - ap Pr (S│θhPr (S│θlPr (ShθhPr (Shθld dc d dc Pr (SlθhPr (SlθldPr θhShdc dPr θlSldc dPr Slθldc dPr Slθhdc 1 2

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θhのときに,Rhと報告される確率は,θhのもとでシグナルshとなりRhが報告される経路とθh のもとでシグナルslとなりRhが報告される経路の合計となるので,p Rhθh = p (shθh) + mp slθh),同様にp Rhθl = p (shθl + mp (slθl)となる。 3.3 投資の実行  投資の決定は,取締役会の承認が必要となるほど重要であると仮定する。また,投資コスト は一定値I (> 0)とする。経済的利益θ は投資がもたらす期待収益に関する情報を伝えるが, 取締役会は経営者の報告R しか観察することができない。報告 R を取締役会が観察した後, 事業投資をするかどうかを決定する。ここでθ = θhならば,投資が成功して,期待キャッシュ フローX をもたらすが,θ = θlならば,投資は失敗し,期待キャッシュフローはゼロとなると する。したがって,θ = θlならば,投資をしないことが正しい決定となる。また,経済的利益 θ が θhとなる事前確率はa であるので,追加情報が全くないのであれば期待 NPV は aX - I となるが,負になるものとする。したがって,この状態だけであれば取締役会は事業投資を承 認しない。事前にNPV が負となることは保守主義会計を誘発し,同時に,経営者と株主(取 締役会)との利益相反を生み出す。取締役会はNPV が正とならない限り投資投資は承認しな い。経営者は報告利益を悪くすることはないので,低い報告利益はシグナルが低いことを意味 する。つまり事前確率は,p (θhRl = p (θhsl) ≤ a となる。Rlを報告した時の期待利得は aX - I よりも小さく負となる。この時,取締役会は投資を承認しない。高い数値報告がされ たときは,p (θhRh x - I ≥ 0 と仮定する。この時取締役会は投資を承認する。ここで確認し て お く べ き は,p (θhRh は,m が増加すると減少し,p (θhRh は a よりも大きいが, m = 1 の時 p θhRh = a であり p (θhRh x - I < 0 となり報告は会計操作されているので取 締役会にとって意味を持たないということである。 3.4 経営者の選好  経営者は投資から私的便益を得る。ここで,投資が成功したときにのみ,投資のなかから私 的便益B ( >0)が得られるとする。よくない見込みであった場合には収益が期待できないた 図 3 情報システムと会計操作 経済利益 シグナル 報告 θh θl Sh Sl (1-p)c 1-(1-p)c p+(1-p)c Rh Rl m 1 1-m 1-{p+(1-p)c}

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めに経営者が私的便益を享受する余地がないということとなる。この私的便益の存在が経営者 のエージェンシー問題の象徴であり,会計操作をしてまで事業に投資したいという動機を生む という設定である。経営者の選好は,この私的便益を獲得することにあると仮定する。経営者 は投資I に関する費用を効用関数に入れていない。従って,投資が失敗しないのであれば,彼 らはいくらでも投資をする。4)

4.取締役会による保守主義会計の選択

 以上の設定のもとで,取締役会による保守主義会計の選択が,経営者のインセンティブにど のように影響を及ぼし,投資行動を通じて企業価値にどのように反映されるのかを分析する。 まず,投資案件の期待企業価値は次式になる。      U = m aX - I) + (1 - m) Q (c) (3)      ただし,Q (c) = Pr (Sh (Pr (θhSh X - I) (4) (m の確率で)経営者の会計操作が成功する場合,(SlShのいずれが観察されてもRhが報告され), 会計報告は無情報になり,S に関係なく拡張が選択されるから,NPV は aX - I になる。他方, 1 - m の確率で会計操作が失敗するから,Rhならば状態Shが生起したことを誤りなく伝え (つまり,Shが観察されたときRhが報告され,Slが観察されたときはRlが報告されて投資案件案が拒否 されるから),その場合の期待NPV は Pr (θhSh X - I になる。保護主義会計の程度 c に関す る (3) の 1 階条件は次式となる。      (1 - m) ∂Q /∂c + (aX - I - Q (c))   = 0 (5) 第1 項は保守主義会計の程度が企業価値 U に及ぼす直接効果を表し,第 2 項は保守会計が会 計操作m に与える影響を通じて企業価値に及ぼす間接効果を表す。 4.1 保守主義会計の直接効果  (5) の直接効果を分析するため,会計操作の水準を所与として m を定数に固定化する。保 守主義会計の水準の変化が企業価値に及ぼす影響は次式に表される。        = (1 - m)   = (1 - m) I - aX )      (6) Q = Pr (Sh)(Pr (θhSh X - I) は,会計操作に失敗するときの期待 NPV であるから 確率Pr (Sh, θh)でX が生じ,確率Pr (Sh)で投資案件が承認されI が支出される。 これより,以下の補題が導かれる。 ∂U / ∂c︱⎱︱

⎱︱

∂U / ∂m

⎱︱︱

⎱︱︱

∂m∂c ∂U ∂c ∂Q∂c dPr (Slθhdc

(12)

補題 会計操作水準m が外生的に固定されている場合,保守主義会計を強めると企業価値を高める (   >0)。 証明は注  保守主義会計の程度が強くなりc が増加すると,Shの情報内容の質を高め,一方でSlの情 報内容を低めるので((A3) より),保守主義会計により,取締役会は失敗に終わる可能性の高 い投資案件案をより正確に棄却できるようになる。ただし,成功する見込みのある投資案件案 を棄却してしまうコストも伴う。なぜなら,取締役会で棄却すべき投資案件は事前NPV が負 であるから,(Rhに基づく過大投資案件の可能性を低めるという)保守主義会計の長所が(Rlに基 づく過少投資案件の可能性を高めるという)保守主義会計の短所を優越して,投資案件決定の効率 性を改善するからである。つまり,事前NPV が負であることが保守主義会計に対する需要を 作り出しているのである。このように会計システムの特性が取締役会の投資決定に影響を与え るのは,固定された1 - m の確率で経営者が会計システムの操作に失敗する場合に限られる。 4.2 保守主義会計の間接効果  次に,(5) の保守主義会計の程度の間接効果に関して分析する。会計操作の水準と企業価値 の関係は以下の命題が導かれる。 命題 1 他を一定とすれば,会計操作m は過大な投資案件と企業価値 U の低下をもたらす。(  < 0) 証明は注  経営者による会計操作の程度が大きくなると,Slの情報内容のレベルを高くして取締役会 に報告するために,投資が過大になると同時に企業価値も低下する。そして,会計操作の水準 に対して影響を与える要因(保守主義会計の程度c,取締役会による監視強度 k,経営者の私的便益 B) と会計操作の水準m との関係について以下が導出される。 命題 2 経営者が選択する会計操作水準m が大きくなる場合は, (ⅰ)会計システムがより保守的になる(c が高くなる  >0) ∂U ∂c ∂U ∂m dm dc

(13)

(ⅱ)会計報告に対する監視が緩やかになる(k が低くなる   < 0) (ⅲ)経営者の私的便益が大きくなる(B が増加する  >0) 証明は注  保守主義会計はRlになる確率(ゆえに,取締役会が投資案件案を拒否する確率)を高めるから (その場合利得の機会を失うため),経営者はそれを避けるべく確率を低める会計操作を行う。経 営者の関心は取締役会が投資案件を拒絶することではなく,成功する見込みのある投資案件案 を棄却することにある(投資に失敗した時はB = 0 だから,失敗する投資案件案は拒否されても構わ ない)。ゆえに,この場合にはSlの情報内容が決め手になる。例えば,Rlが確実にSlの生起 を予測する極端な会計方針が選択される場合には,経営者はSlRhに操作する誘因をもた ない。投資案件は確実に失敗し便益がゼロになることが分かっているからである。しかし,会 計方針が保守的になると,ShRlに変換される可能性が生じる。つまり過少投資案件によっ てもB を得る機会を増やすべく,会計操作をする誘因が生まれる。 4.3 最適会計システム  株主にとっての最適な会計システムを分析しよう。まず,経営者の会計操作戦略について考 える。取締役会が決定する最適な保守主義会計の程度を命題3 で示すために,経営者の利得 と株主の利得の両方を最大にする会計操作の水準と保守主義会計の水準を調べる。  経営者は会計操作をして自分の利得を最大化する。この時の条件を求めよう。経営者の利得 Umから,m に関する 1 階条件より経営者の期待利得を最大にする会計操作の程度 m は経営 者の効用最大化の1 階条件から    = (1 - p) caB - km = 0 ⇒ m =       。従って,保守主義会計の程度が会計操 作に与える限界的な寄与は∂m / ∂c =      となる。5)  次に,株主の利得と会計操作を考えよう。取締役会は株主の利益を代表して株主の利得(企 業価値)を最大にする会計方針c を決定する。株主の利得 UsUsa (X - I) - (p (Rh, θl I + p (Rl, θh (X - I) となる。6) これより,   =-       - (X - I)       = 0 として,企業価値を 最大にするc を求めると,c =      

   -p      

となる。以上より命題3 が dm dk dm dB ∂Um ∂m (1 - p) caB k (1 - p) aB k ∂Us ∂c I∂p (Rh , θl∂c I∂p (Rl , θh∂c 1 2 (1 - p) k aB (1 - a) I I - aX

(14)

導かれる。7) 命題 3 取締役会が保守主義会計の内点を選択する監視レベルの閾値k が存在する。保守主義会計の 最適水準c*は会計操作m*∈ (0, 0.5) を誘導する。 証明は注  株主の利得(企業価値)を最大にする保守主義会計の水準c は,取締役会の監視レベルによ り決定され,このときの会計操作の水準k には上限が存在することを命題 3 は示している。 つまり取締役会は,企業価値を最大にするために経営者の監視レベルを際限なく引き上げるわ けではない。株主の利得を最大にする保守主義会計の水準では,経営者が会計操作を行って成 功する確率は50% 以下となる。8)

5.比較静学

 保守主義会計の程度が企業価値に影響を与える直接効果と間接効果の両方の効果を踏まえ て,取締役会の監視の強度が,保守主義会計の水準にどのように影響し,経営者の会計操作の 程度にどのように関係して企業価値に反映されるかを分析する。 5.1 会計報告を監視する強度  命題1 では,その他の条件を一定として会計操作の程度 m が大きくなると企業価値は減少 することを見た。しかしながら,保守主義会計の程度が企業価値に与える直接効果と間接効果 の両方を踏まえると,監査強度k を強めると会計操作の程度 m が増加し,企業価値が増加す ることになる。以下の命題はそれを主張する。 命題4 会計報告を監視する強度k が高まるほど, (ⅰ)取締役会が選択する保守主義会計の水準c が増加し, (ⅱ)経営者が選択する会計操作水準m が増加し, (ⅲ)企業価値U が増加する。

(15)

証明は注 命題4(ⅰ)(  > 0)は,監視強度 k が高まり操作コストが大きくなるほど,最適な保守 主義会計の水準c が高くなることを示す。この結果は,監視の強化が保守主義会計の直接効果 (好ましい効果)と,会計操作を通じた間接効果(好ましくない効果)から生じる。他を一定とす れば,監視が有効になるほど会計操作の誘因が下がる(  <0)。経営者が報告の改竄に失 敗したときにのみ,保守的会計報告が意思決定有用性を改善するから,m が小さくなるほど, 保守主義会計が企業価値に及ぼすプラスの効果(  >0)が増加する。次に,保守主義会計 の程度が高まるほど,監視の強化が会計操作の意欲を減退させる(   <0)。どちらの効果 も取締役会により保守的な会計を選択させる。 命題4(ⅱ)(  > 0)は,監視強度 k が高まり操作コストが大きくなるほど,会計操作の 均衡水準m が高くなることを示す。監視は会計操作の誘因を直接削減する(  < 0)が, 取締役会はより大きなc を選択して,この変化に反応するのが経営者にとって最適となる。これm を高めようする欲求を経営者に与える。これら 2 つの要因は m に相反する影響を与える が,c の増加を通じた間接効果が優越する結果,m が増加する。なぜ,後者が前者を優越するの であろうか。c の増加を緩やかにすれば,m を不変に維持することができるが,c が m を上昇 させる限界効果(  >0)を k の高まりが弱める(   < 0)ので,m を一定に保つ水準 を超えてc を増やす圧力が生じる。c の増加が m を増加させる結果,(直感に反して)   >0 をもたらすのである。 命題4(ⅲ)(  > 0)は c を一定に保つと,k の増加は直接 m を低下させるから,会計報告 の情報内容を高め,投資案件の効率を改善する。  >0 であるから,取締役会は k が増加す るとc を高めて,m の増加を招くが,間接効果  は無視されるから  > 0 となる。

6.総括と課題

 会計操作を抑制する取締役会の能力が,最適な保守主義会計の水準,会計操作水準,そして 企業価値にどのような影響を与えるか分析を行った。会計報告は,経済的利益についての不完 全情報を提供し,企業の投資案件決定を是認するか否決するかの取締役会の決定に影響を与え る。他を一定とすれば,取締役会が成功する投資案件を棄却するリスクよりも失敗する投資案 件を採択するリスクにより大きな関心をもつ場合には,保守主義会計が望ましい。しかし,保 守主義会計によって取締役会がより積極的に投資案件決定に介入できるようになることが,会 計システムを歪めるインセンティブを経営者に与えることになる。  保守主義会計の最適水準は,会計システムの歪曲に失敗としたときに,より良い投資案件決 dc dk ∂m ∂k ∂U ∂c 2m ∂c∂k dm dk ∂m ∂k ∂m ∂c 2m ∂c∂k dm dk dU dk dc dk dU dc dU dk

(16)

定がもたらす便益と,会計操作のインセンティブを高めることの損失をバランスさせる点とな る。会計操作の抑制に関して,より有効な取締役会は,保守主義会計がもたらすコストよりも それのもつ便益をより良く引き出すことが示された。その結果,過大投資案件が過小投資案件 よりも懸念される企業では,監視強度の高い取締役会がより保守的な会計システムをもつこと になる。  逆説的に言えば,本稿のモデルは,会計報告に対するより有効な監視は,より多くの会計操 作を生みだす可能性があることを示唆する。なぜならば,より強力な取締役会は直接的には会 計操作を抑制するが,同時に,より強度の保守主義を選択させ,それにより会計操作を誘発さ せるという間接効果が直接効果を上回るからである。ただし,取締役会の監視体制の強化が, より効率的な投資案件決定をもたらし,企業価値を高める。  本稿の分析の含意は,コーポレートガバナンスの一層の強化のために監査等委員会設置会社 に移行し従来の監査役を取締役とするのであれば,本稿のモデルが示すように,経営者のイン センティブと会計規則(本稿では保守主義会計),さらに会計操作の三項目を考慮し,会社統治 を取締役,特に監査委員会の取締役が行う必要があるというものである。そうでなければ,真 の意味で株主を代表して会社を統治するコーポレートガバナンスが機能せず,企業は単なる制 度目的を掲げたに過ぎないこととなる。  本稿の課題は多々ある。本稿の設定では,経営者と取締役会の間で情報の非対称性が存在す ることを前提としており,完全情報の場合のファーストベストを導出しているわけではない。 つまり,取締役会は情報が非対称である状況で企業価値を最大にすることを目標としている。 しかしながら,会計操作のコストが発生して企業価値が増加しているので,必ずしも社会的厚 生が最大化されているわけではない点は留意が必要である。また,モデルの含意として監査等 委員会設置会社での取締役の業務を取り上げたが,現在の機関設計で,監査(等)委員が,会 計規則について保守主義会計を採用すべきということを主張できるか否かは,監査(等)委員 の権限,取締役会での決定事項であるのか否かを含めて,法解釈の観点から検討する必要があ る。逆に,妥当性監査権限の延長として,会社の財産を保持することが取締役の役目であると とらえると,会計規則についての提言が取締役の権限外とする場合,株主の立場に立った真の ガバナンスは,制度上実現されていないこととなる。これらは更なる検討を必要とする。 注 証明 補題の証明 Q = Pr (Sh, θhh X - [aPr (Shθh + (1 - a) Pr (Shθl)] I

  =∂Q∂c a       X -       (a + 1 - a)dPr (Shθh I (∵       =       )

dc dPr (Shθhdc dPr (Shθhdc dPr (Shθldc

(17)

=-      aX +       I = (I - aX)       > 0 ゆえに,  > 0 (A2)より       > 0 であり,   は aX - I の符号に依存するから,  > 0 となる。 命題 1 の証明 会計操作は投資案件決定の効率性を低め,企業価値を低下させる。    =Pr (Sl (Pr (θhSl X - I) < 0 (7) 導出は   =aX - I -Q (c) = [Pr (θh - Pr (Sh Pr (θhSh)] X - [1 - Pr (Sh)] I = [Pr (θh - Pr (Sh, θh)] X - Pr (Sh I = Pr (Sl, θh)] X - Pr (Sl IPr (Sl)(Pr (θhSl X - I) < 0  ∵ Pr (θhSl < a    =       X -     Ia       X-   a      + (1-a)          I =      [aX - I] <0 □ 命題 2 の証明  経営者は会計操作水準の決定に際して,期待ペイオフを最大にするm を選択する(次式)。 期待ペイオフは m aßh+(1 - a) ßl + (1 - m) [Pr (Sh)(Pr (θhSh ßh + Pr (θlSh ßl - 0.5km2 (8) maB + (1 - m) [Pr (Sh) (Pr (θhSh B - km2/2 また B a - Pr θh, Sh ) = B (a - Pr (Shθh ) = BaPr (Slθh) から,m に関する 1 階条件より m =      =         (9) これより,F = mk - Pr (SlθhaB = 0 を得る。   =-aB         = m   =- aPr (Slθh) 陰関数定理より, dPr Slθhdc dPr Slθhdc dPr Slθhdc ∂U ∂c dPr Slθhdc ∂Q ∂c ∂Q∂c ∂U ∂m ∂U ∂m 2m ∂m∂c dPr Sl, θhdc dPr Sldc dPr Slθhdc dPr Slθhdc dPr Slθhdc dPr SlθhdcaB -Pr (Sh) Pr (Shθh B] k Pr (Slθh aB k ∂F ∂c dPr (Slθ) dc ∂F ∂k ∂B∂F

(18)

   =-   =         >0   =-    =-m/k < 0    =-     =Pr (Slθh a/k > 0 □ 命題 3 の証明 p     ) <  < p     + 2 (1 - p)となる。なぜならば, c =     (  - p     ) > 0 ⇒   > p      c =     (  - p     ) < 1 ⇒   > p     + 2 (1 - p) 内点解のうち,最適な保守主義会計の水準は c*=     (   -p     ) このとき,会計操作の程度は m*=       (   -p     ) =  (1 - p       ) <  □ 命題 4 の証明 (ⅰ)   m = aßh (1 - a) ßl-Pr (Sh (Pr (θhSh ßh Pr (θlSh ßl)]/k より    =       となり,   =aX - I -Q (c) を   = (1 - m)I -aX)       +     に代入すると,企業価値 U を最大にする c に関する 1 階条件 UcUc=    (1-m)(I-aX) +Pr (Sl)(Pr (θhSl X - I)                 =0 とな る。これに陰関数定理を適用すると,   =-     となる。一方で, dm dc ∂F ∂c ∂F ∂m dPr Slθ) dc │ aB k dm dk ∂F/∂k ∂F/∂m dm dßh ∂F/∂ßh ∂F/∂m1 - a) I I - ax k aB1 - a) I I - ax 1 2 (1 - p) aBk1 - a) I I - ax k aB1 - a) I I - ax 1 2 (1 - p) aBk1 - a) I I - ax k aB1 - a) I I - ax 1 2 (1 - p) aBk1 - a) I I - ax1 - p) aB k 1 2 (1 - p) aBk1 - a) I I - ax 1 2 aB k1 - a) I I - ax 1 2 ∂m ∂c aßh (1 - a) ßl k dPr (Slθhdc ∂U ∂m dU dc

positive direct effect

⎱︱︱︱︱︱

⎱︱︱︱︱︱

dPr ( Slθhdc indirect effct

∂m∂c ∂U dm aßh (1 - a) ßl k dPr (Slθhdc dc dk ∂Uc/∂k ∂Uc/∂c

(19)

   =    (1 - m)(I - aX) + P (Sl (Pr (θhSl X - I)                    -2 (I - aX)                       2 <0 であるから 2 階微分∂Uc/∂c が負となり,    の符号は   の符号は同一になる。(10)より,   > 0 となる。 (ⅱ)   =- (I -∂X)          Pr (Sl (Pr (θhSl X - I)       > 0 (10)    =-      =-  <0    =-        (aßh (1 - a) ßl) < 0      □    <0 は,    < 0(c の増加が,m を高め,企業価値を引下げる)とともに,k の増加が m を引下げる直接効果によって,c が増加する余地を生み出すことを意味する。   < 0,   0 であるから,k の増加は c が m を高める効果を弱める(  > 0 →   < 0)ことを通 じて,c の増加に貢献する。   を導くために,まず陰関数定理に従って,   を求めてお くと次のようになる。    =-     =         (A) (9)より求めた   を代入すると次式を得る。 Pr (Sl (Pr (θhSl X - I)       =          これを(10)に代入すると,   = (I -∂X)        を得る。また,    =-2 (I -aX)                     2 =-2 (I - aX)          ∂Uc dc =0 when Uc=0

⎱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱

⎱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱

aßh (1 - a) ßl k d2Pr (Slθhdc2 +

aßh (1 - a) ßl k dPr Slθhdc dc dk ∂Uc ∂k dkdc ∂Uc ∂k

dPr Slθh∂m∂k dc

⎱⎱⎱

dPr Slθhdc aßh+ (1 - a) ßlk2 -

∂m ∂k Pr (Slθh aßh+ Pr (Slθl (1 - a) ßl k2 m k 2m ∂k∂c 1 k2 dPr Slθhdc ∂m ∂k 2U ∂m∂c ∂U ∂m 2m ∂k∂c dm dc 2m ∂k∂c dm dk dc dk dc dk ∂Uc/∂k ∂Uc/∂c 1 ∂m/∂c 1 2k ∂m ∂c dPr (Slθhdc aßh (1 - a) ßlk2 (1 -m) I -aX) k ∂Uc ∂k 1 k dPr (Slθhdc ∂Uc ∂c aßh (1 - a) ßl k dPr (Slθhdc ∂m ∂c dPr (Slθhdc

(20)

を得る(∵   =       )。ゆえに,上式(A)を得る。□ したがって,   =   +     =-  +  =     >0(∵ m*<1/2)を得る。 ∂m/∂k < 0 に対して,(直観に反して)dm/dk > 0 となることに留意。 (ⅲ)包絡線定理より,   の符号は      の符号に一致する。   と   はいずれも 負であるから,   >0 となる。 □ <注> 1) 条件付保守主義とは,「ニュース依存的」あるいは「事後的」保守主義であり,会計利益には良い ニュースよりも悪いニュースの方が早く織り込まれることを言う。棚卸資産の低価法,固定資産の減 損がそれにあたる。一方,無条件保守主義とは,「ニュース独立的」あるいは「事前的」保守主義で ある。無形資産の即時費用化や固定資産の加速償却があげられる。

2) Laux and Stocken(2018)は企業の会計基準と経営者による裁量の問題を外部監査の観点から取り 扱っている。 3) 社外役員の独立性と企業業績に関する実証分析は入江・野間(2008),また,取締役会などの独立性 と財務報告の質に関する実証分析は岩崎(2010)などがある。 4) このモデルは,経営者の報酬を株式か,ストックオプションを得るモデルとして解釈できる。過大に 投資を行うことで株式価値を高め,自らの保有するストックオプションの価値を高めることができる からである。契約理論では,株主が経営者に努力をさせるための条件として誘因両立制約を課す。こ のとき,経営者が努力を怠り企業価値を毀損して得る利得を私的便益という。本稿の私的便益はこの 意味での私的便益ではなく,株主の意向に反した行動により得る便益を意味する。 5) Ump Rh)(p θhRh B -   = aB - p (Rl, θh B -    ∵ a - p (Rl, θh = p (θh - p Rl, θh = p (θh - p (θh (p (Rlθh = p (θh (1 - p (Rlθh)) = p (θh (p (Rhθh = p (Rh (p (θhRh

6)    =-      - (X -I)       =- p (1 - a) I - (1 - p) c (I

7) ∂m/∂c =      であるから , p (Rh, θl = p (θl p (Rhθl) = (1 -a) p shθl + mp (slθl)) より, = (1 - a) ((1 - p) (1 - c) + m (p + (1 - p) c)       =- (1 - a) (1 - p) +∂m / ∂c (1 - p) =- (1 - a) 1 - p) +       また,p (Rl, θh = p (θh p (Rlθh = a (1 - m) p (slθh = a (1 - m) 1 - p) c より, ∂p (Rl, θh) /∂c = a (1 - ∂m/∂c) (1 - p) = a (1 -      ) (1 - p) これらを 1 階条件に代入して整理すると c が導出される。 8) この結果は命題 4 が成立するための必要条件となる。 ∂m ∂c dPr Slθhdc aßh (1 - a) ßl k dm dk ∂m ∂k ∂m∂c dkdc m k 1 2k 1 - 2m 2k dU dk ∂U ∂m ∂m∂k ∂m∂U ∂m∂k dU dk km2 2 km2 2 ∂Us ∂m I∂p (Rh, θl∂m I∂p (Rh, θh∂m1 - p) aß k ∂p (Rh, θl∂c (1 - p) aß k (1 - p) aß k

(21)

<参考文献>

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(22)

An Analysis on Management’s Accountability

and Investment Incentives

through Conservatism Accounting

Shinya Hanamura

Abstract

 This paper theoretically analyzes how the board’s ability to control accounting affects the level of optimal conservatism, accounting operation, and corporate value. Accounting reports provide incomplete information about economic benefits and provide the board with definitive information on whether to approve a company’s investment case decisions.

 Conservatism accounting is desirable where the board of directors has a greater interest in the risk of adopting a failing transaction than the risk of rejecting a successful investment, given the other. But conservatism allows the board to be more proactive in making investment decisions, which gives managements an incentive to distort the accounting system.

 The optimal level of conservatism accounting is the balance between the benefit of better investment case decisions and the loss of enhancing the accounting incentives when accounting system distortion fails.

 In terms of curbing accounting operations, the fact has been shown that a more effective board would better bring out its benefits than the costs of conservatism.

 As a result, in companies where overinvestment projects are expected more than underinvestment projects, the board of directors with high monitoring strength will have a more conservative accounting system.

 The implication of the analysis in this paper to the practical practice gives an indication as to the role of the director in a company with an Audit and Supervisory Committee. From the perspective of strengthening corporate governance, when a company moves to a company with an Audit and Supervisory Committee, and a former corporate auditor becomes a director, as shown in the model in this paper, it is necessary for directors, especially directors of the Audit Committee, to conduct corporate governance In consideration of the management incentives, accounting rules and accounting operations.

(23)

 Otherwise, corporate governance that governs the company on behalf of the shareholders in a true sense does not function, and the company merely describes the purpose of the system.

Keywords:

Conservative accounting, Incentive, Audit accountability of Board members, Audit and Supervisory Committee

(24)

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