ソウル・ベロウの「宙ぶらりんの男」に於けるユダヤ的順応性について
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(2) . 第 20 巻 第 2 号. 北海道教育大学紀要(第一部A). 昭和45年1月. ソウ ル・ ベ ロウ の 「宙ぶ らりん の 男」. に於けるュダャ的順応性に ついて 外 山 定 男・木 村 雅 次 北海道教育大学函館分校英語科教室. sadao T( i K1n 7YAD ian -△; Masaj IURA : 〇1 1 1ud ‘Dan l l ity of‘ adaptabi nan “ ging l. 現 代 アメ リ カ文 学 の 疎 外 か ら 順 応 へ の 傾 向 に つ い て は 多 く の 人 々 に よ て 論 ぜ ら れ て い る こ と っ で は あ る が, こ こ で は ソ ウ ル ・ ベ ロ ウ, Sau I Be l l ow の 「宙 ぶ ら り ん の 男」, Dangl ing Man を. とりあげて, この一 般的傾向をユ ダヤ的な観点からとらえようとするものである , . ソ ウ ル・ ベ ロ ウ は J・ D ・ サ リ ン ジ ャ ー, B ・ マ ラ マ ッ ド, フ イ リ ッ プ・ ロ ス , J・ アッ プダ イ ク,. ハ ー バ ー ト・ ゴ. ル ド等 の現代アメ リカ文学におけるいわゆるュダャ系作家と呼ばれるも. のの中で, 最も目立った活躍を しているひとりである, ュダヤ系作家が現代アメ リカ文学に重要 な位地をしめ 「失われた世代」 以後の空白を埋 めて行く先峰を任っ ていることについては異論の ないところであろう. 彼らが現在の大きな勢力 を得るに至った理由は色々あり文学論の重要なテ ーマになるが, 第一に揚げられることは, 彼らが被抑圧民族と してのュダャの統一 した思想と共 通の民族意識 を通 じて現代アメ リカの土壌に根付こうとする強 い肯定の意志 を持 て いることで っ ある, 彼らの作品が多くの読者 を獲得していることは現代アメ リカ社会に自らの存在理由をみ つ けだそうと苦悩する ュダャ人の心理的葛藤 の過程が現代人の心に 感動を呼び起こす普遍的なも の を も っ て い る か ら で あ る. ュ ダヤ 系 作 家 が 活 躍 す る 舞 台 は, 主 に, アメ リ カ の 都 会 で あ る 彼 ら に は ヘ ミ ン グウ ェ イ を は , じめ多くの 「失われた世代」 の 作 家 が 求 め た パ リ や ス ペ イ ン は な く シ カ ゴや ニ ュ ー , ヨ ー ク の よ. うな大都会の閉鎖的で陰気で不健康な, しかし, 人間存在 の追いつめられた真の姿が求められる 非 常 に 限定 さ れ た 領 地 が あ る, ソ ウ ル ・ ベ ロ ウ の ヘ ン ダ ー ソ ン は ア フ リ カ へ 行 く が , それ はヘミ. ングウェイが求めた野性と血と無知のアフリカではなく都会 の影と執念深し・知的な 分析のついて ま わ る 理 性 の ア フ リ カ, つ ま り都 会 の ア レ ゴ リ ー と して の ア フ リ カ な の で あ る そ こ に は 必 ず 執 ,. 勘な自我の追求と内面的な深層心理への沈潜の方向づけがある 心理分析による内面化と限定が , 「失われた世代」 と大きく異なる新 しい文学の方向づけを行なった , ソウル・ベ ロウの小説, 「宙ぶらりん の男」(1 944 ) は徴兵命令のく るのを待つ男の日記である との観点からは戦争小説と言えるかも知れない, そ して, 実際, 30年代の政治参加小説 の傾向を 反映している, しか しヘミングウェイの描く戦争, あるいは同じく第2次大戦を克明 に描く典型 -12 9.
(3) . 外山定男・木村雅次 理 ・ d・説 「裸者 と死者」 とは全く情況を異にする. 「宙ぶらりんの男」 の戦場は自己の心 的な戦争 である 縛との戦い 自由と束 . にある. そしてそこには自我との戦いがある. 合理性と非合理性, 参 ば 戦争に 言え 簡単に ごとは世界大戦である 来 , て象徴的な出 , 「失われた世 代」 の作家に とっ づけになっ た. 文学的土壌 加 し戦場を描き, あるいは軍隊から逃亡するこ とが作家としての動機 う で あ っ た か. も材 料 も ヨ ー p ッ パ の 伝 統 に 求 め ら れ た. し か し べ p ゥ に 与 え ら れ た 状 況 は ど. The Mid‐Century と呼ばれる世界大戦後の アメ リカ大学の時代は 「失われた世代」 以後の文 i te evaporated hd ti G 学 的 空 白 期 で あ る, マ ー カ ス ・ ク レイ ン の 言 う The Lost enera on a qu ベ ロ ウ に 与 え ら れ た 状 況 は 戦 後 で あ る, そ れ は 核 into i ts own success . の よ う な 時 期 で あ る,. 爆弾で象徴 される完全破滅の可能性と福 祉国家の繁 栄と過剰な物質文明によっ て 均衡を保たれる うな決断 アクロハ プィッ クな状況と言える. そしてこれ は個人の無力化, 「宙ぶらりんの男」のよ 力を失った人間, あり余る自由の中での自由の喪失, 行動範囲と選択の本質的な束縛をもたらし 新しい た. それは果 しない自我追求と解決の 得られない パラノイ アとヒステリーの時代である. 文学の誕生には 「失われた世 代」 に限らず, 必ず, 不安, 危機, 疎外, 衰亡等の概念がつきまと 理由を うものであるが, ベ ロウの場合, 精神支柱のヒスティ リッ クな不安定さの中に自らの存在 The 探求するために, 心理的世界へ内向して行っ たことが時代精神を直接反映 したのである. 徴 Mid‐Century の 小 説 は 心 理 世 界 に 内 向 し アメ リ カ 土 壌 に ア イ デ ン ティ ティ を 求 め る と こ ろ に 特 うと 「宙ぶらりんの男」 ジ ョ ー ゼ フ も ベ ロ ウ の 次 の 秀 れ た 作 品 「犠 牲 者」,. がある, 端的に言 , The Vi im(194 t 8) の しヴァンサルもノイロー ゼ患者で ある. 自由と束縛,決断と不決断,犠牲者 c と加害者, 合理主 義と非合理主 義との間の往復. 個人の日常生活の心理に 起こるわずかな不安. 疑 惑の間隙をぬっ て自我の腐植現象が広がり, 合理主義思想では解決できない深い ジレンマの谷 ion の現象と規 nodat 1 1 l マ ー カ ス ・ ク レイ ンは 大 戦 後 の アメ リ カ 文 学 の 方 向 を accol 底 へ落込 む .. 定し て い る が (After. ion, p A1 ienat ,29),. こ れ は 結 局, 反 抗 精 神 が 消 耗 し つ く さ れ た 後 の 虚 脱. 状態の時代, 絶対の権威を政治に 求め得ず社 会の倫理が粉砕された時代, 個人の 自由を規定でき るだけの精 神支柱を喪失した時代に於いては, 文学が個人的内面性へと視 点を堀りさげて行く傾 向に あるものであるこ とを指摘 するものである, 「宙ぶらりんの男」 ジョ ー ゼフの場合内面的深 層心理への 降下は与えられた自由と社会帰 属という二律背 反の命題を往復することにより 深めら れる, 彼には大胆さや雄々 しさはなく 優柔不断と消化能力の弱い都会人としての露質がそなえら が れる. 消化能力の 衰弱は過剰な 物質文明の影響 によるもので, 彼の啓蒙 思想家としての合理性 過剰な非合理性の中で溺れてしまう. ソウル, ベロウの小説家としての出発 点は30年代の 知識人の政治的離 反の 一般的傾向の時代ま ペイ でさかの ぼることができる. マルクス主義への 幻滅感が内的心理への逃避を うながした. ス ン内乱で経験したソ連共産党の裏切りが当時の左翼イ ンテリに与えた衝激は深い ものがあり, ヘ 共産党への批 ロウの政 治的離反と自我 追求への沈潜はこ うした時 代背景を持つ ものと思われる, バ 難めいた発言は12月22日の日記で, 昔の同志 で熱烈な党 員の ジミー・ ーンズに存在を無視され 滅 いだ た こ とに よ り, あ て こ す り に 悪 口 を つ く 様 子 に 現 わ れ て い る. ジ ョ ー ゼ フ に も 政 治 に 幻 を. く典 型的な知識人の影がついてまわる. 軍隊とか 戦争に真空状態に近い考えを 持っ ているのは幻 滅感の変形された ものだと 思う. この小説では徴兵に関する具体的 な表現は血液 検査に関する報 告と徴兵局の所在地ぐらいなもの であり, その他の事柄は抽象的 な心理 の世界へとじ 込 め ら れ る. ジョ ーゼフは徴兵命令が来た場 合, 抗議したり逃亡したりしない, 彼が問題にするのは内的 な自我に関することである. 徴兵されるという他律的過 程に自律的な自我の存在を合理的に位置 0- -13.
(4) . ソウル・ベロウの 「宙ぶらりんの男」 に於けるユダヤ的順応性について. づけようとす る, そこに彼の無理があり, こだわりすぎた自我が極端に肥大してジ ーゼフ自身 ョ の手では処理できなく なる. 小 説 家 と し て の ソ ウ ル ・ ベ ロ ウ の 立 場 は ュ ダ ャ 的 と い うよ り は む し ろ アメ リ カ 的 な も の に 立 脚 し て い る, ベ ロ ウ 自 身 は アメ リ カ 社 会 に 順 応 し て い る 典 型 的 な ュ ダ ャ 系 アメ リ カ 人 で あ り , 自由. な大学人であ る. 彼は両親が抱いた被抑圧民族としての屈辱感や罪意識に悩まされる こ と は な い. マ ンハ ッ タ ン・ ブ ロ ンク ス,. ブ ル ッ ク リ ン等 の 地 区は ュ ダ ヤ 系 アメ リ カ 人 に と. っ ては 経済 的. にも恵まれた状態にあり, 24年のュダャの歴史 で最も偉大な時期を形成しているのだとも言われ てい る, こ れ ら アメ リ カ 系 ュ ダ ヤ 人 が シ オ ニ ズ ム 運 動 等 に 抱 く 感 情 は オ ー ソ ド ク ス な ュ ダ ヤ 人 ッ. が閉 鎖的な宗教に支 えられて持つ感情とは異なっ ている 宗教的な習慣にも厳格に拘束 されるこ , とはなくなっ て来ている. しかしそれでもユダヤ民 族としての運命を背負う限り民族統一 の熱烈 な運動の影響か らまぬがれるものではない. そこにアメ リカ系ユダヤ人の特殊な立場が 生じる , ュダヤ系作家がニ ュー・ヨークのよ うな都会に執着する原 因には ユダヤ人の活気あ る生活がそ こ に あ る か らだ と い う こ と は 言 え よ う. Yiddi i ly Forward」 紙 は タイ ム ズ 紙 sh に よ る 新 聞 「Da 等 と 同 じ街 道 の ス タ ン ドで 売 られ る バ ス や 地 下 鉄 に は ヘ ブラ イ 語 に よ る 広 告 が 目 立 つ ニ ュ , . ・ ヨ ーク ・ ポ ス ト紙 は ュ ダ ャ 人 の た め の 広 告 や 記 事 に あ ふ れ た ュ ダ ャ 人 の た め の 日 刊 紙 と み な さ れ て い る. ュ ダ ヤ 文 化 の 浸 透 が 端 的 に 現 わ れ る の は 言 語 で あ る が S1 l tet e , ・ ,chutzpah, pogrom, beth din 等 のイ ディ ッ シュ だ け で も す で に 500 語 近 く が ウ ェ ブ ス タ ー に エ トリイ ン さ れ て い る,. ュダヤ人が生来持つ両向性と経済的繁栄による地位の向上及びアメ リカの 解放的な風土が 社会へ. の順 応 を 促 進 さ せ る こ と に な っ た , し か しそ れ で も 彼 らは マイ ノ リ ティ の 宿 命 か ら 逃 れ ら れ な い , そ し て マ イ ノ リ ティ で あ る こ と が普遍 的 な も のを 生みだ す 基盤 になっ てい る 彼 ら は ノ マイ リ テ ィ の ュ ダ ヤ 系 アメ リ カ 人 と し て , ュ ダヤ の エ キ ゾ チ ズ ム を 保 護 す る 天 性 に 恵 ま れ て い る , 逆 説 的 に 言 え ば, 現 代 ュ ダ ヤ 系 アメ リ カ. 人はュダヤ2千年 の習慣, 風俗等をエキゾチズムの視点からとらえることが できるほ ど 普 遍 的 な, つ ま り アメ リ カ ナ イ ズ され た 存 在 な の で あ る ソ ウ ル ・ ベ ロ ウ の 場 合 も ユ ダ ヤ的 な 犠 牲 を . ,. 単純に, 大多数の非ュダャ人の状況に置きかえることができる普遍性としてとらえる の で は な く, や は り ュ ダ ヤ 的 エ キ ゾ チ ズム と し て 把 握 さ れ ね ば な ら な い , マイ ノ リ テ ィ の ユ ダ ヤ 人 が 多 数 の 異 教徒 か らそ の エキ ゾ チ ズム の故 に の ぞき込 まれ る . そ してベ ロウはむ しろ異教 徒の立場 か ら マイ ノ リ ティ の ユ ダ ヤ 人 を 観 察 し て る と 言 え る つ ま り 重 要 な こ と は ュ ダ ヤ 的 エ キ ゾ チ ズム は 地 ,. 方的な孤立した特異性としてあるのではなく, アメ リカ的なものと並置されることによりそ の価 値が 生 ま れ る こ と で あ る. ュ ダャ の エ キ ゾ チ ズ ム が アメ リ カ 社 会 の 機 械 的 画 一 性 に 反 抗 す る ひ と つ の 精 神 的 支 柱 と な っ た. マイ ノ リ テ ィ の 特 異 性 が パ ラ ノ イ ア と ヒ ス テ リ ー の 状 況 か ら 一 種 の 逃. 避と人間性の回復 の道を示唆している少数派の自由, この意味で現代人に訴えるのはユダヤのエ キゾチズムであり, それだけ, また, それは普遍性を帯びる 小説家ソウル, ベロウの価値は豊 . かな知識, 柔軟な思索, 繊細な感受性, 陰影に富む文章表現, アイ ロニー等の要 素にあるわけだ が, ユダヤ民族の伝統を受け継ぐアメ リカ人としての両側面をもつ特異性にあることも忘れられ ない要素である, ベロウはュダヤ系アメ リカ人の特殊性を充分に意識しており また その立場 , , を 利 用 し て い る. 「宙 ぶ ら り ん の 男」, 「犠 牲 者」 の 後, 「オ ギ ー マ ー チ の 冒 険」 「雨 の 王 ヘ ン ダ ー ,. ソン」 へと大きな広がりを持つ, それまでとは全く逆の状況を呈する作品へとベロウは飛躍する が, こ れ は マイ ノ リ ティ と し て の ュ ダ ヤ 的 エ キ ゾ チ ズ ム が 彼 の 立 場 を 普遍 的 な も の と し て い る か 1 一13 .-.
(5) . E次 i 外山定男・木村牙 らである. 内向への偏夢v性は外向への 偏執性を 同時に備えるもの である. ュダャ系作家 が主要な作品を発 表するのは50年代から60年代にかけてのことである から 「宙ぶ 1944) は比較的早い時期に書 かれた作品である, ベロウは 「宙ぶらりんの男」 に らりんの男」( l 941年 パ ル テ ィ i M 先だち, 試作品と も言うべき 「二つの朝の独白」 , Two Morn ng onoogues を1 背 反の が ザ ソ , レ ヴ ュ ー (Partisan Review, May‐June) に 発 表 し て い る が そ の 後 の テ ー マ 二 律 命題の間を分裂状態で煩悶する二 人の男の独白として明確に されている. 文学的傾向を 全く逆に 8) が近接した時期に発表さ する 「宙ぶらりんの男」 とノーマン・メイラーの 「裸者と死者」(194 th opdahl は 「裸者と死者」 が第 れ て い る こ と は 興 味 あ る こ と で あ る ケ イ ス ・ オ プ ダ ル, Kei ,. 2次世界大戦を自然主 義の立場からつぶさに記録して30年代を回顧しているのに 反し,「宙ぶらり んの男」 は自律的自我を 追求する一市民の存 在理由を詳述することで50年代を予告していると述 べ る, さ ら に ヘ ミ ン グウ ェイ と の 比 較 に 於 い て も30年 代 と の 相 違 が 明 確 に さ れ る, つ ま り 「宙 ぶ. らりんの男」 はありきたりの英雄のように環境 との対決を挑んだり, ヘミングウ ェイの登場人物 が威厳を示すために行な う象徴的な行動を とることはせ ず, このような争いを無意味にしてしま l うようなリアリティを自己内に発 見しようと する (The Novels of sauI Below, p.28~29), ハ ワ ー ド, H , ハー バ ーはこの小説が 「失われた世代」 以後の文学的 基調になっ ていると次のよ うに述 べる. 「宙ぶらりんの男」 はめ ざましい新たな出発を画した小説である, それはこれ以前 のアメ リカ小 説の伝統とは きっ ぱり緑を切っ たものである, この作品は, それが書かれた当時, ベ ク 大 き な 名 声 を 誇 っ て い た ドス ・ パ ソ ス, ヘ ミ ン グウ ェイ, フ ァ レル, ウ ル フ, ス タイ ン ッ , そ の他 の 小 説 家 よ り も ドス トェ フ ス キ ー や カ フ カ に 近 い, の ち に わ が 国 の 小 説 が と り 悪 か れ る よ. うになった問題をすでに強調している点で, この小説はほとん ど予言的であったとさえ 思われる 「絶望からの文学」 のである ( . マーカス・ク レイ ンが示唆する戦後の , 渥美昭夫訳, 荒地出版) 順応への文学的傾向をすでに表現していたことで 「宙ぶらりんの男」 は ひ と つ の く ぎ り を つ け る ための指標となる作品であると言えよう,. l ing Man( 1944) は徴兵され ることを 予定しながら自宅待機でいるの 「宙 ぶ ら り ん の 男」, Dang. に当局 からの呼び出しが一向にかからず, 自らの行動を 決しか ねて宙ぶらりんの状態でいる男の 心理的世界の発展と行き詰まりの過程を日記形式で詳述する小説である. 物語は, すでに7ヵ月 h 近く宙ぶ らりん状態が続いている1942年12月 5 日から, 翌年4月 9 日 主 人 公 ジ ョ ー ゼ フ (Josep ) ゴ が自発的に徴兵局 へ出頭して志願兵になり宙ぶらりん状態に決着をつ ける数カ月間, シカ のァ ミー トの一室を中心に日常生活の 墳事の連続を詳述することで展開する. 回想, 過去と現在との 比較な どが織込まれているが, 形式上はこの短期間に物語は圧縮され ている, 小説の哲学的な主 題は主人公 ジョ ー ゼフの自我と実存の追求 にある, もて余し気味の 自由の中 で彼は現実社 会からの隔絶と異和感に悩み, また一方ではそれを 求める. あるいは逆に, 社会と の調和を求め自らの存在を合理化しようともする. 要するに現実社会と自我との間に 生じた亀裂 のなかで 行動を どのように決定す べきかの苦悩を掘りさげるところに主なテーマがある. ひ と り の 男 の 自 我 の 掘 穿 を 深 く 推 し進 め るた め に 日記 形 式を と った ソ ウ ル ・ ベロウ の 手法 は 正 下生 しい. 同 じ 系統 の 小 説, サ ル トル の 「1枢吐」 も 日 記 形 式 で あ る し, ドス トエ フ ス キ ー の 「地. 活者の手記」 もそれに近い 形式で, 内的苦悩の独白を綿綿と並 べたてていく ものである, 日記形 式は自我の心底を告白 しさらに内的 苦悩を 掘りさげる小説とはご必然的に結 びつくものであろう. 2- -13.
(6) . ソウル・ベロウの 「宙ぶらりんの男」 に於けるュダヤ的順応性について ベ ロ ウ は 日 記 の 冒 頭 で 現 代 は ハ ー ドボイ ル ドの 時 代 (hard-boi l eddon ) で 日 記 な どと い う も の は ・. f 一種 の自己陶酔 ( l indu l ‐ s e e) genc , 虚弱さ, 趣味の悪さを示すものだと白帆的に弁解している が, 都会の孤立したあ る部屋での日常生活の横事を日記に詳述することはひとりの男の意識の変 転 を 抑 制 の き い た 表 現 で 掘 り さ げ る の に 適 した 形 式 と な っ て い る , ジ ョ ー ゼ フ は ハ ー ドボイ ル ド. 派からみれば堕落者とみなされる自己を語る錠舌の義務に追られているわけだが むしろこの弁 , 解で注意すべきことは筋舌のための良き手段である日記形式を通じてハー ドボイ ル ド派にギ挑戦す る意識が明確にされていることである, 「現在の堕落 した状態では日記をつけること, つまり自己を語ることがぼくには必 要 と な っ た. それが自己陶酔などとは少しも思わない. ハー ドボイ ル ド派は沈黙を補うものがある 飛行 , 機を乗りまわしたり, 猛牛を相手にした り, ターボソ (大魚) を釣りあげたり ところがぼくは , i ) ほとんど自分の部屋からは 一歩も離れない,」 ケ イ ス・ オ プ ダ ル は ベ ロ ウ が 人 間 心 理 の よ う に 型 の な い 日 記 形 式 で 小 説 を 綴 る こ と に よ り 社 会. )と述べ, ジョ ーゼフの観察 者 批判者と し 洞察の複雑さに自らを従属させることを可能にした2 , ての資格を重視する見方も考えられる. また, ハー ドボイ ル ドの意味の裏に は現実社会の持つ威 嚇的なものとの関連性も考えられ る. 威嚇的なものとは, この場合, 具体的な 暴力ではなく 現 , 実社会がその構造に内在させる搾取機能のようなもので一般の人々が気づかずに 従属 してしまう l ものをさす, 正常さ (no rma cy) を主張する社会が内存させる腐 蝕f 生, 虚飾 (p t i r e ens on) 等は 威嚇的なものと してジョ ー ゼフには写る, あるいは各個人がもつ自虐的な奴隷根性 限りのない , 欲望は寄生虫のようにわれわれを消耗させ, ちっ 息さ せ生命を奪おうとす るものであ るから威嚇 的なものとなる, 自我を喪失した人間はこの寄生虫を絶えず求め, 血を献げ 肉を食い荒される , 3 )威嚇的 なものは支配的なもの 偉大なものと いう概念 ように望ん でいると ジョ ーゼフは考える, , と結びつく, そ して威嚇的で支配的なものの変形された偉大さにわれわれはとり囲まれ ている , 「ヴ ェ ル テ ル や ドン・ ジ ュ ア ソ の 偉 大 な 悲 しみ と 絶 望 か ら , ナ ポ レオ ン の 偉 大 な 支 配 のイ メ ー ジ. へ. そ して, 犠牲者よりも偉大 であるという理由から犠牲者を殺す権利 を持つ殺人者……」4 ,) ジ ョー ゼフはこの偉大な社会, ノーマルシイ を主張する社会の犠牲 者である, 日記形式により犠牲 者, ジョー ゼフが内的な心理世界へ沈 潜することは威嚇的な絶対の社会から身を守る 手 段 と な る. それは自らの救済に責任をと ることである. ジ ョ ー ゼ フ は7 ヵ月近く徴兵命令が来 るのを待ちかまえてい るが 血液検査の結 果報告 ( IA, , A A T 3 ) しか来ない. 彼はアメ リカ国内交通公社 onter‐ merican raveI BureaL ) に 勤 務 して い I たが アメ リカ陸軍 の徴募に応 じるべくその職を辞していた, 遅れの主な理由は 彼が友好国のカ ナ l i ダ人 (afrienbly a en) であるため個人調査が必要なことと妻帯者であること等 . 妻アイ ヴア l ( va) との二人暮して, 彼女が図書館に勤務 して生活を支える, 彼女との間にはなにかうちとげ ないものがあり宙ぶらりんの要素をつく りだす. アイ ヴァはさらにこの自由を利用 して読書なり 研究なりに打ち込むようにとジョ ー ゼフを宙ぶらりんの可能性のある 真空地帯へと追いたてる , ジ ョ ー ゼ フ は 啓 蒙 思想家( he philosophers ofthe Enl t ightenment) の 研 究 家 で あ り 一 年 程 前 ,. デイ ドロに関する伝記的エッセイを手がけたが, それも中途で中止され宙ぶ らりんの 状 態 に あ る, 啓蒙思想を引き出 した ベ ロウの意図は理性と合理主義をジョ ー ゼフにきずけようとしたこと にあると思う, したがっ てデイ ドロの研究が中断されている状態は 彼の理性と合理主義にによ る 行動決定に行き詰りのあることを暗示す るものである. ジョ ー ゼフはシカ ゴの友達とも疎緑になり, また, 会う気持も起こらない 彼の孤立と焦燥は . -133-.
(7) . 外山定男・木村雅次 日記が進むにつれて深まり, 彼は反抗的, 厭世的になっ ていく. 彼の生活の始まりは次の 一節に よく表現されている, 「ぼくは一日中なにもせずに部 屋に坐っ て過す. そしてその日の璃細な出来事を期 待 し て い る. 例 え ば, メ イ ドのノ ッ ク, 郵 便 配 達 人 が 来 る こ と, ラ ジ オ の 番 組, ま た, 確 実 に, 周 期 的 に. 5 ) まわっ て来て悩ませるある 想念等,」 再就職にたい しても ドス トエフスキー の 「地下生活者」 と同じく, 職業人の隷属 性を受け入れ ること ができない, そしてなによりもあたえられた 自由を意志通りに利用できないこ とを認める わけにはいかない. 「ぼくは仕事にもどるこ とを考えた. しかしぼくは自由のつかいかたを知らないとい うことを 認 め る わ け に は い か な い し, 職 業 に つ き も の の つ い しよ う 主 義 を 受 け 入 れ る こ と も 嫌 な こ と だ。. 6 ) しかもぼくには才能がない, つまり性格 がないということだけで.」 character の欠 除 を 嘆 く ジ ョ ー ゼ フ は ドス トエ フ ス キ ー の 「地 下 生 活 者」 と共通したものがあ る. ドス トエ フ ス キ ー の 場 合 は character の 喪 失 は 私 腹 を 肥 や す ロ シ ヤ 官 僚 主 義 者, つ ま り 性 格. のある個性的な活動家にたいする皮肉をこめた表現と関係があるのだが, ジョ 【 ゼフの立場も次 のように述 べる 「地下生活者」 のすね者としての立場と共通 したものがある. 「私は意地悪どころ か, ついにはなにものにもなれずにしまっ た--悪人に も, 善人にも, 卑 劣漢にも, 正直者にも, 英雄にも, 虫けらにもなれ ずにしまっ た, そ して, 今 ごろになっ て賢い 人間が本気でなにかになれるものか, なにかになれるのは 馬鹿だけだとすねたような, なんの役 にも立た ぬ慰めで我とわが身をからかいつつ片隅に余命をつないでいる ざまだ, ……性格をもっ ) 7 た人物, 活動家などとい うものは--人並はずれて浅薄な存 在でなけれ ばならぬ.」 ジョ ー ゼフの出発点は 「地下生活者」 のそれと酷似する, 「地下生活者」 が肝臓病であるよう に ジョ ー ゼフも宙ぶらりん状態が長びくにつれ自虐的になる, 堕落したという感覚と怒りっ ぽさ とがしたいに彼の寛大さと善 意とを酸のように蝕んで行く. ジョ ー ゼフの自虐的 な感覚は, この 7 カ月に 及ぶ延期がひとつの舞台で, それを背 景幕として宙吊りになっ ているところを皆からな )と 思 う と こ ろ に よ く 表 現 さ れ て い る, ジ ョ ー ゼ フ は 「地 下 生 活 者」 が め ら れ て い るよ う な も の だ8. u のように40年間も自己を幽閉することはないが 合理的宇宙 のために奴隷化された 人間のみ じめ さを解放 しようとする不条理人間 の性格をしだいに帯びてくる, 純粋思¥惟の文明社会, プラグマ チッ クな合理主 義社会の中で 非合理的生き方を合 理的に見つけ だそうとするスネ者である, ドス トエ フ ス キ ー が 言 う よ う に, ピ アノ の 鍵 盤 や オ ル ガ ン の 釘 に な る こ と を 拒 否 す る 人 間, つ ま り,. )を求める人間. こ 理性, 名誉, 安穏, 平和に逆らい, 自分にとっ てもっ と大切な 基本的な利益9 は自発的に社 「 地下生活者」 の 点で ジョ ー ゼフと 「地下生活者」 は出発点を同 じくする, ただ, 会から の断絶を求めた のに反 し, ジョ ー ゼフの場合, 徴兵延期という皮肉な偶然が彼の予定 した 行動を宙ぶらりんにして, 彼に余計者 の存在哲学の理 論をつくりだすように強いるのである, そ れだけ ジョ ー ゼフの立場は 苛立しいものになる, 世間が活動的になれ ばなる程ジョ ー ゼフは不活 l )の 状 態 が 極 端 に な る と タ バ コ 屋 へ 出 か o l l i t 発 に な り, 世 間 が 騒 げ ば 彼 の 孤 立 感 は つ の る, stocks バ け る 気 も 起 こ ら な い. 友 達 は 北 ア フ リ カ へ 旅 行 し,ア ル ジ ェ リ ア か オ ラ ソ に 到 着 し て 初 め て カ ス. i l lman) に踏込んだだろ うと彼は空想する. また,他の友人, 皮肉な名前の持主, ステイルマ ソ(St 知人に出会わない は ブラ ジルへ行くというのに彼は椅子に根かはえた状態. 食事 のための外出も ように遠出は 避け, 特に down-town へは行かない, 新聞は comic strip か ら死 亡 記 事 に 至 る ま で隅なく読む. 部屋で の日常の様子といえ ば, 他の部屋の戸 の開閉の音,蛇口からの水滴の音, 乱 -134-.
(8) . ソウル・ベロウの 「宙ぶらりんの男」 に於けるユダヤ的順応性について オーた ベ ッ ド, メ イ ドさ え が 彼 を 無 視 し た よ う に く わ え タ バ コ で 入 っ て く る , レス トラ ン で 空 腹 で な い の に 食 事, そ し て タ バ コ. ま た 部 屋 に も ど り 家 庭 の 主 婦 の よ う に ラ ジ オ に 聞 き 入 る 家 主 の ,. 母親で高齢のキーファー夫人は三ヵ月以上も病床にある. 彼女はひとつの基調になっ てジョ ー ゼ フの孤立の 過程と平行して行く. ジョ ー ゼフの立場が窮ると同時に彼女は死ぬ運命を持つ 主人 . 公の苛立ちの過程と平行して 死のi 里命をもつものとを併置す る手法は ベロウの次の作品, 「犠牲. 者」. に も と ら れ て い る, 宙 ぶ ら り ん の ジ ョ ー ゼ フ の 神 経 を 刺 激 す る も の に 隣 人 のコヴ ァ ナ カ ー (Vanaker) 氏 が い る, 一 人 暮 し の 彼 は ア ル コ ー ル と 神 経 症 か ら く る せ き 込 み が 激 し い 病 的 な ,. 盗癖 (アイ ヴァの香水を盗む) , 共同使用のトイ レの戸を開いたままで用 をたずこと, 非常 識なか っ こ う で 電 話 に 出 る こ り, 未 使 用 の 部 屋 に タ バ コ の 吸 い が ら を 捨 て る こ と 等 は 終 始 ジ ョ ー ゼ フ の. 神経を苛立たせ る, 彼の奇行は他人の注意を引くための孤独な人間の共通した行動な の で あ る が, この影響力の余りない男の存在は宙ぶらりんのジョ ー ゼフの無意識の世界には大きな 位置を し め る も の と 思 う, 12月17日 の 日 記 で ジ ョ ー ゼ フ は ゲー テ の 「詩 と 人 生」 の 読 後 感 を 述 べ る ,. ゲーテ は 地 上 の生 命. を駆り立てる主な要素は日夜の自然現 象の微妙な変化, 日常の墳事にたいする関心の度合にある と言う. 人生 .の憂うつは花とか果物, また日常のわずかな自 然の変化等にたいする興味の喪失と 共 に深 ま る と ゲー テ は 言 う. し か し ジ ョ ー ゼ フ は, す で に こ う し た 人 生 観 に 失 望 し て い る ジ ョ . ー ゼ フ が興 味 を 示 し た の は ゲー テ が 挿 話 と し て 入 れ た あ る イ ギ リ ス 人 の 話 で あ る の ギ リス こ イ ,. 人は日々の着替えに退屈の余 り自殺した, ゲーテの意図とは逆にジョ ー ゼフはこの訓話を死も生 も 拒 否 し た 「以 尺 報 尺」 の 死 刑 囚 バ ー ナ ー デ ソ (Barnardine) と 連 想 づ け る こ こ で は バ ー ナ ー ,. デソの次のセリフがジョ ー ゼフの立場を面白く暗示するものだと思う 死刑執行人に引き立てら , れようとすると 「……早急に覚悟す るわけにはいかないね, 奴らに脳天を 叩きつぶされるまでに は, 一 寸 暇 が か か る.」u)つ ま り, … … l wi l l have more t ime to prapare ine … … , 死にたい. する準備というのはバ ーナーデンが宗教的な儀式をするとか死を 恐れていることを言うのではな く彼にとっ て死ぬことは生きることと同じく退屈なのだということなのである 宙ぶらりんのジ . ョ ー ゼ フ と 生 も 死 も退 屈 の 余 り 拒 否 し て い る バ ー ナ ー デ ソ と が アイ ロ ニ カ ル に 比 較 さ れ て い る, バ ー ナ ー デ ソの 準 備 は ジ ョ ー ゼ フ の 徴 兵 に た い す る 準 備 へ と 発 展 す る . ジョ ー ゼ フ は 社 会 の 物 理 的優位性を認めてしまっ ている, 1月 4 日の日記にも表明している通り 「召集が来たら黙っ て出. かけ抗議はしない, 生きて帰 りたいが, 戦争でもうけるくらいなら死を選ぶ ぼくは戦争を支持 , しよう. でも多分そんな風に言っ てみたところで無駄なことだ,」彼の基本的な態度は肉体的に抗 議をしたり逃亡したりするところにはない. ジョーゼフの苦悩は束縛と規律の現実社会と自 由を 求める個人との二者択一にあるわけで, 召集を待ち, それが来た時に応ずるところに彼の選択の 意志が働くと彼は考えるのである. 徴兵される場合に自己の存在理由を自己内に規定しようとす る. そこに 「準備」 の哲学が生じる. 2月 2 日 の 日 記 で 友 人 の ス タ イ ドラ ー が 訪 ね て 来 て ジ ョ ー ゼフに自由をどのように使 っているかと質問する, ジョ ー ゼフは精神的な入隊の準備をしている と答え, さらに続けて, 軍隊の一員には進んでなるが, その一部にはなりたくないと答える こ , の答弁は彼の基本的な態度の思弁的な説明であり怠惰にたいす る弁解が感じられる 自由の中の . 立場を思弁的に合理化した表現は, 実は, 彼を宙ぶらりんにさせる大きな要素を無意識内に形成 してい るのである, 戦争に反対するとか賛成するとかはジョーゼフの苦悩の対象にならない 彼 , の苦悩は, 個人の理性と知力の範囲を越えた国家権力機構が徴兵に変形されて個人に及ぶ時, ジ ョーゼフはそれに順応するわけだが, それでもなおそこ に個人の自由の可能性があることを認め -13 5一.
(9) . 外山定男・木村雅次 ようとすることにあ る. した がっ て, 召集状が来ないことにより彼の苛立ちは刺激されるし, 与 えられた自由時間を処理できないことで彼の 思弁的合理性は破綻の道をた どる. 純粋な自由が究 極の目標である以 上, 志願することは啓蒙哲学研究家 ジョーゼフの理想を否定することになる. 召集を待ちそして参加することに 個人の意志決定の働きを認め, 権力機構と個人との両立を 計ろ うとする以上, 宙ぶらりん が続き自由時間に耐えられないことは ジョーゼフの 気持を 苛 立 さ せ メ.. 12月17日 と そ の 翌 日 の 日 記 で は 現 在 と 一 年 前 の ジ ョ ー ゼ フ と が 比 較 さ れ て い る, そ し て こ の 一. 年間で彼がいかに変 貌をとげたのかが示される. 一年前のジョ ーゼフは自己からつき離して客観 的立場に置き他人のように三人称で呼 びかける, これ は 「カラマゾフの兄 弟」 のイ ヴァソと神と が対話する形式と似ているが, つきつめた 自我を追求するものが最後につきあたるのは自己に内 存するもうひとりの自 己なのである以上, ジョ ーゼフがこのように他者としての自己を設定する 問答形式は日記に語りかける孤 独者のとる自然な成り行きなのである. ジョ ーゼフの変貌の結果 7日悪性の風邪 で病床に伏す義父のアームスタッ ド氏を訪れた時, 三階の窓から夕暮れの は12月1 シカ ゴをながめながら考えたことに示されている, 彼は常に, 義務的になる程くり返し自己に問 い か け る 定 っ た 疑 問 を 抱 い て い る.. 「……この大都会に見える広告板, 道路, 線路, それに醜く迷 路になっ ている家々 が人間の内 的生活と関係のあ ることは疑いのないことだ, しかしそれでも ぼくはそこになにか疑念をさしは さまなけれ ばおさまらない ものがあると自分に 語りかけて来た. 人間生活はこれらの 道路や家の 周囲に組織された. しかし家がその類似物 (アナロギ ー) であり, またそれが人間の創造物であ るとはどうしても認め難い意識が, なにか超絶的な ものを媒介としてわい てくる, 事物と人間, 2 ) 行 動 と 人 間 と の 間 に な に か し ら相 違 が あ る に ち が い な い, … …」1 彼 は, こ の な に か し ら超 絶 的 な も の を 媒 介 と し て (through some transcendent means) わ い. てくる疑念を 払いのけようと絶えず努めて来た. そしてその疑 念に打ち勝っ ていた. 自分は好む と好ま ざるとに拘らず社 会と世代に属し, 固定された将棋の 駒のようなものなのだから他の人々 あるいは 物質の存在が自分の存在を可能にするのだと言いきかせた. そして共通の人間性を求め t tout て 譲 歩 し て 来た. 啓 蒙 思 想 家 の 研 究 か ら 得 た お 気 に 入 り の 表 現 tout comprendre ごes 譲 崩 歩 れだす 今 は し の 1 3 )に 要 約 で き る ア ソ ビ バ ラ ソ ト な ジ ョ ー ゼフ で あ っ た. し か こ pardonner. の彼は, 調和と妥協を認めた処世術のうまい 一年前のジョ ー ゼフとはまっ たく異っ ているのに気 づく, 三人称 he で表現される一年前の ジョ ーゼフであれば自己をよく 把握し, 計画と動機をも l a r としての吟 特が日常頂事の行為, 例え cho っ て行動に出た. 学校を離れて も持ちつ づける s 機づけを必要とした, 妻も友達 も彼の計画や趣味に同調させる ば, 靴とか衣服の選 択に於ても動, 8日の日 記の後半に至り彼の確信は不確定なも だけの合理性と 知力に富んだ男であ った. そして1 のとなりだす. 現実社会との関係に異和感を 持ち始める, 「それにも拘 らず, ジョ ー ゼフはこの 世界に全く所属 しておらず, 雲の下に横たわりながら, それを 見あげているのではないかとの異 4 ) こ の 段 階 で は, 前 日, ア ー ム ス タ ッ ド家 か ら シ カ ゴ の 日 暮 れ を 見 お ろ し て 疑 和感を 悩み だ す.」1 念を抱いた ジョ 【 ゼフと一致する, なにかしら超絶的なものを通 じて人間と物質, 人間と部会と. の必然的な結びつきに疑 念を抱きはじめる, 顔つきは変らなくても彼はすでに一年前の彼ではな く な っ て い る, ア イ ヴ ァ を は じ め 他 の 人 々 と の 関 係 も 悪 化 し て 行 く.. ジョー ゼフの異和感は, しかしながら, 単に彼の哲学的 命題からくる ものばかりではなく, 都 会の灰 色の空, ネオン, 煙突, みすぼらしい倉 庫や家々, 葉のない樹木の影, 自動車, 地下水道 -136-.
(10) . ソウル・ベロウの 「宙ぶらりんの男」 に於けるユダヤ的順応性について. 等の中に自己の存在を定めようとする都会人に共通の 孤独と不安の概念 とも関連する また , ,ア ームスタッ ド夫妻 との関係の悪 化も彼の孤 立を深めるひとつの要素となる 病床の義父はすでに , 父親としての威 厳はなく, アームスタツ ド夫 人の誠意のない看病にも噂 虐的な快楽を 抱く人物 . 夫人もジョ ーゼフの好む女性でない, 小柄, 金髪, 女中のような物腰 50才にもなるのに厚化粧 , , 口紅, そしてなによりも電話狂でひっ きりなし にかかる電話に夫の病状をことこまか に 報 告 す る. l l a chi t i ld;she never . ア ー ム ス タ ッ ド氏 は こ ん な 場 合, 自 動 的 に つ ん ぼ に な り, Katyss 1 5 ) と 弁 解 grew up す ジ る ゼ , ョ ー フ の 反 抗 的 態 度 は し だ い に 表 面 に 出 て く る, 義 父 に た い し て ,. , How did you ever manage to s i t tout so l cki 1 6 )と は き だ す よ う に 言 う tads? ong, Mr . A1ms , t ick ou ア ー ム ス タ ッ ド氏 は s t(辛抱する) を知らないふりをするが 二人の関係は最 後まで気. ,. ま ず い も の と な る. ア ー ム ス タ ッ ド夫 人 の ジ ョ ー ゼ フ に た い す る 冷 淡 な と り あ つ か い は 彼 女 の オ レソ ヂ ジ ュ ー ス の す す め 方 に 現 わ れ て い る . 彼 女 が ジ ョ ー ゼ フ の た め に つ く っ た オ レソ ヂ ジ ュ ー. スは台所の流しの洗いたての鶏のそを に置かれてあった 硬直して色あせた鶏の足 折り曲げ ら , , れた首は自らの臓脇をのぞき見ている, その臓瞭は水切り台の上にのせられ したた り落ちる血 ,. が ホ ーローにはねかえ る , オ レ ソ ヂ ジ ュ ー ス に は 羽 根 が 一 本 浮 い て い る, ジ ョ ー ゼ フ が シカ ゴ の. 夕暮れを見ながら孤立感を深めるのはこのオ レソヂジ. ュースを 流しに捨てた直後のことである, 彼の孤立とジ レンマはこのような憂うつな 日常階事の出来ごとの積み重ねから強い影 響をうけて い る.. ジョー ゼフはかっ て共産党員だった 12月22日の日記で 昔一緒に仕事をした熱狂的党員ジ ミ . , ー・ バ ーンズから自分の存在を無視する軽蔑を受け, ジョー ゼフは共産党への批難を行なうが , ここには当時の知識人の肉声が聞かれ る. ジョーゼフは毒づく 思想は一種の伝達手段なのに共 , 産党は伝達も思考も禁じ規律 と命令を押しつけてくる 革命党とはいえそれは自 由の破壊と専制 , の助長を促すだけだと述べる, さらにつづけて 「……ぼくは共産党だけは別か と思 ていた , っ , 彼らはなにか壮大なたわごと, つまり人類, le genre hun in, ヘ の 奉 仕 に 身 を 捧 げ る も の だ と la 信じ込んでしまっ ていた自分を忘れられないところが離党してみると 党の全組織よりも便 器をあ つかう病院の看護 婦のほうがずっ と人類に貢献することがわか. 1 8 )これらの毒舌は, 革命日 った,」 の市街戦にそなえバ リケー ドの 位置や武 器を隠すための下水渠までもが暗 号で 記入されたある都 市の大地図をもつ狂信者ジミーにたいするあてこすり と同時に著者の声も 多少 混入されてい , , る も の だ と 思 う. こ の い ざ こ ざ は ジ ョ ー ゼ フ の 立 場 を 一 層 孤 立 さ せ 友 人 マイ ロ ン と 彼 が 世 話 し ,. よ うとした選挙 の世論調 査の仕事を失わせた , 同 じ日 の 日 記 で述 べ ら れ る ミ ソナ ・ サ ー ヴ ア テイ ア ス 家 で の パ ー テ ィ の 出 来 ご と は ジ ー ゼ フ ョ. の理想郷である 「魂の安住地」 t の崩壊を意味する 彼を土世界の野蛮性 , a colony ofthe spiri , ,. つ ま り ホ ッ プ ス の 言 う 「い や ら し い, 野 蛮 な は か な い」 も の は 恨 み 残 虐 残 忍 等 を 誓 約 に , , , ,. より禁止し合うグループにより回避できると信じている 彼は野蛮性のない合理的世界を 「魂の , 安住地」 と呼ぶわけだがこの夜のパーティ でのニ つの出来ごとが彼の信念を揺がす まず ホス , . テ ス の ミ ソ ナ が ジ ョ ー ゼ フ の 親 友 で あ り ラ イ バ ル で も あ る ア ブ トの 催 眠 術 に か け ら れ 侮 辱 を 加 え. られる, ジョ ーゼフは催眠術を通じて朕 鋼されるミソナに自分の分身を見たのである 妻のアイ , ヴ ア が 彼 の 制 止 に反 抗 し て 泥 酔 し て しま う , ま た, 客 の ひ と り で あ る ジ ャ ッ ク , ブ リ ル が, 犠 牲 だ 者 と 思 い 込 ん で い た ジ ョ ー ゼ フ は, 実 は 加 害 者 の 立 場 に い る の だ と 指 摘 す る こ と 等 , , 特 に,. ジャ ックとのわずかな会話から立場の逆転を知らされることは強い印象として残る 犠牲者だと , 思い込んでいた本人がいつの間にやら加害者になるという設定は 次の作品 「犠牲者」 の主要な , -137-.
(11) . 外山定男・木村雅次 ゼ テ ー マ と な っ て い く. 世 界 の 野 蛮 性, 残 忍 性 が, 再 び, そ の 夜 タ ク シー で 帰 る 途 中 の ジ ョ ー フ. の心に襲いかかる. ジャック・ ブリルに 指摘された立場の逆転が ジョ ー ゼフをひ どく動揺された の は, 彼 の 自 覚 を 越 え た 別 の 自 己 を 他 人 に 知 ら さ れ た こ と に よ る. こ の テ ー マ は 兄 の エイ モ ス 夫. 妻と一人娘エッ タとの衝突にも発展していく, エッ タとの墳細ない ざこざから兄夫妻が ジョ ー ゼ フにたいしていかに悪 意に満ちた考えを 抱いているのかをはじめ て認識させられる, ジョ ー ゼフ は, 常常, 自己の内部になに かしら退廃的なものを秘かに 持つという欺嚇性マご悩まされてい るの であるが, その秘密がすでにエイモス夫妻にもエッタにも見抜 かれていたのであ る. 秘密にして ある欺踊性は宙ぶらりんにさせ る要因となることは彼も理 解しているのだが, この事件の後, 彼 は, 再び, 自己の秘密にこ だわり, 従来から 持ちつ づける欺隔性に逆も どりしてしまう. また, ′ス と 呼を れ 偽善者として ジ ー ゼ フ は 少 年 の 頃 あ る ドイ ツ 人 の 友 人 の 母 親 か らメ フ ィ ス トフ ェ レ ョ. の欺蹄性を暴 露されて衝激を うけたことも 思い出す. 1月26日の日記に於ても, 夢の中で大虐殺 の犠牲者の多数が横たわる天井の低い部 屋で死の案内人と中 立性を認めあうこと が ジョ ー ゼフの が彼 自己 欲瞬性を刺激し彼に嫌悪感を抱かせることにな る, 自己欺嚇を 抱く偽善者 としての意識 ていると の疎外感を深める原因となっ ている, 偽善者としての罪意識は 「犠牲者」 のうまくやっ 作 て いうし ヴァンサルの 意識へと発展している, そして犠牲者に 疎外感を与える重大な要因を っ い る,. isen Au i を掲 げる合理主義者 ジョ ーゼフの気概も しだいに衰弱のきざしが明瞭に Tu AS Ra s s ゼ 対話 の中 で な り だ し て く る, 3 月16日 に は 自 由 を 処 理 で き な い ジ ョ ー ゼ フ が 影 の ジ ョ ー フ と の 9 )も彼によ て人生の選 択論へと曲解され て し ま ピノ ザの自己保存の美 徳論1. っ 浮彫りされる. ス 0 ) の 考 え と 共 に, 自 2 ’ l f i l k ‘i h h t e t mprisoning s h t s e t o c う, deal constnlction is e one a un ヴ と小切 手 由を支配することにたいする 恐怖の念が生じてくる, 3 月26日 に ジ ョ ー ゼ フ は アイ ァ 合い を 現金化すること で争い, それが焦燥感を駆り立てる ヴァナカー氏との激しい口 論とつかみ す の喧嘩に発展しそ うになる. 妻や家主に 責められる ジョ ー ゼフは雨の降る春の夜 へと逃げ出 . 水飲 水のあふれる 重苦しい 大気は街燈にてらし出された 彼の影にの しかかる, 水浸 しの野球場, め た, し か し 場. 重苦 し い 春 の 夜 の 雨 の 中 を 歩 き廻 り, 再 び 窓 の ブ ラ イ ン ドに アイ ヴ ァ の 姿 を 求. がよりか 彼女の姿は見えない, 芽をふきだしたばかりの 樹木が雨に打たれて騒々しい, その樹木 ベ ドに 入 っ て い る か ら で あ か る 柵 の と こ ろ で 顔 を め ぐ っ た 時, ア イ ヴ ァ が 見 え な い の は 彼 女 が ッ. 再び校庭の ることを悟る, 彼は最も 身近かなものとの間に深い断層のあることに気 づいた, 卿ま, 塀 に そ っ て 歩 く,ロ ー プ に つ い た 鉄 輸 が 旗 掲 揚 の ポ ー ル に あ た り 鳴 る. 自 動 車 の. ベ ッ ドラ イ トに 飛. 傘が泥沼に捨 びのき赤いテールラ ンプを見送る, 空かんと紙くずの中に どぶ鼠を見る, こわれ た 1 ) ジョ ー ゼフが 昨年 の 冬 以 来 置 かれ て い る 宙 ぶ ら りん の状 態 に け りを つけ る の は て られ て い る,2. 身に関する行動 このような重苦しい不潔な春の夜である. 卿ま自由を放 棄して志 願する. 自分自 ・すべて軍隊に委譲 してしまう, しかし自己を放棄したことからくる苦痛も屈辱 もない. の決定を だ志 彼のこの時点での感覚は決定を実行に 移す欲求と満足感だけなのだ, 数ヶ月 にわた っ て悩ん 願することの矛盾に関してもなんの弁解ら しきものもない. 4月 9 日 ジョ ー ゼフは白帆的に規則 づくめの生活と監視される魂と統制への賛 美を叫んで ジレンマの牢獄か らはい出 る. マ ー カ ス・ ク レイ ソは ジ ョ ー ゼ フ が 志 願 し て 行 っ た い き さ つ に つ い て,「恐 ろ し い 自. 由の試 練に. 立ち向わされた ジョー ゼフは苛立ち, 自己 陶酔的になり, 神経過 敏, 闘争的になった, そして多 )と 述 べ る, マ ー カ ス ・ ク レイ ン は さ ら に, 「彼 の 戦 い は 2 分 最 高 の 自 由 を 得 る こ と は な か っ た.」2. 死の 時点に於ても自我を保護するためのものだ, しかし自己の 卑劣さに失望 し共同社会の善の必 -138-.
(12) . ソウル・ベロウの 「宙ぶらりんの男」 に於けるユダヤ的順応性について. 要性を認 めた, 大切にしていた自我は, 実は, 監禁した自我 でしかない 排他的で利己 的なもの , への過度の執着が自我 を監禁した. 人生に於ける善は真空状態ではなく愛に支えられた共同社会 に於て達成 されるべきことを彼は無理矢理教え込まれた」 と述べている 2 ) ,2 最高の自由にたいする坐折の末, ジョ ーゼフが到達した選択の道が社会への順応 であるとする マ ー カ ス・ ク レイ ソ と は 異 り, ジ ョ ー ゼ フ に 同 情 的 な 見 解 を と る の は フ レデ リ ク ・ J , ホ フ マ ッ. ンである,「ジョ ー ゼフが入隊したのは自由にたいする欲望の坐折を示すも のではなく社会へ移動 す る 願 望 の あ ら わ れ と み る べ き だ 」2 3 )ホ フ マ ン に よ る と ジ ョ ー ゼ フ の 順 応 に は 積 極 的 な 肯 定 の 姿 ,. 勢がある. 自由を求めることとはいわゆ る正常な社会に軌道を逸脱した行動をとることである , 宙 ぶ ら りん の 状 態 は エ ク セ ン ト リ ッ ク な 行 動 の ひ と つ の変 形 さ れ た 型 と み な さ れ て い る .. ジョ ーゼフはわれわれすべ てはいずれかのかたちで戦争という 大殺城の恩敬にあづか ている っ のにその犠牲者には少しの憐みも寄せないという素朴な概念の持主である したが て志願する っ . 行為と彼の概念とは矛盾する, そして戦争にた いする真空状態の心境は不条理な現実に 行為を合 理化しようとする苦しいジレンマを示す」 志願することは不条理な戦争を認めることだから彼の 理性に反する. しかし彼ががん固に理性と合理性に執着すれば宙ぶらりん と自己分裂;が 深 ま っ た, 彼が, 結局, 志願した のは, 皮肉な調子でこうした日常的な非合理性のなかにこそ人間存在 の本質的なエネルギーのあることを認めたからだと思う , ジョーゼフの順応への過程には理 性と合理主義に反する矛盾はあ たが なおそれを のり越え っ , て行く アイ ロニーは楽天的な忍耐強さと生存への意志を示すも のである これはュダャ的なもの , だと思う, なにがュダャ的かを定め るのは重大なことで軽々しくは言えないが 少くともジ ー , ョ ゼフの矛盾を乗越える楽天性には瞬間の生を有効にするハシイ デ ズム的な要 素がある 「瞬間の ィ , 4 ) が根本的にはジョ ーゼフを自我と社会との ジ レンマから救 た 原理にな 2 無限な生活化」 っ っ てい ると思う, 相反する理論や理性が拒絶し合うことなくそれぞれの原理原則を引き継ぎ融合させ る ことにより深い ジ レンマと沈滞に 落込んだ意識を蘇生させる ジョ ーゼフは普遍妥当の合理主義 . を意識の上にもっ ているばかりでなく, 矛盾を融合させる実存の哲学をも無意識内に生来もちあ わせている. 彼の視点はあく までも現実の意志の瞬間にあるのであり 軍隊という固定された団 , 体にあるのではない, 彼の意志の高揚は決意の瞬 間にあった しかしそこには理性と無知が同居 , する奇妙な状 況が伴っ た. イ デ ィ ッ シュ 語 のみ で 作 品 を 書 く ュ ダ ャ の 秀 れ た 芸 術 家 アイ ザ ク・パ ア シ ヴイ ス,ジ ン ガー ッ ェ. は, 彼の楽天的人生 観に反し, 例えば 「馬鹿者ギンベル」 に出てくる悪意ある人間 偏屈者 詐 , , 欺師等との矛盾について言う, 「われわれは分裂した個性の持主だ 矛盾を信じます 」 「ュダャ , . 人は決っ してあきらめません. どんな ハンディ キャッ プや障害があ てもそこには必ず出口があ っ る と 感 じま す き ・ ・ ・ ・そ し て 就 中, 成 功 へ の 意 志 が あ り ま す . そ れ は 成 功 コ ン プ レッ ク ス と で も 言 う べ き も の な の です, 仕 立 屋 の 息 子 は ハ ー バ ー ト大 学 の プ ロ フ ッ サ ー に な ろ うと し ま す 」2 5 )ジ ェ .. ンガーの指摘する個性の分裂, 矛盾を合理化する哲学 そして生存への意志はあきらかにュダャ , 的なものであり, ジョ ーゼフの性格にも反映してい る 自由な自我の追求と失敗から自我を放棄 . する入隊への過程には絶望を絶望視しない可能性へ の道が絶えずついてまわる . ソ ウ ル ・ ベ ロ ウ の 生 い た ち は ジ ン ガ ー が 指 摘 した ユ ダ ヤ 的 成 功 コ ン プ レッ ク ス を 忠 実 に 実 行 し. た良い実例である. 彼の両親は ロ シヤ系ュダャ 人でエジプトから玉ね ぎを輸入する貧しい商ノ ご あ っ た, 1912年 彼 ら は ベ ト ロ グ ラ ー ドか ら は じ め カ ナ ダへ 移 住 す る そ こ は ケ ベ ク 州 ラ シ ー ヌ ッ , (Lacine , Quebec) の 貧 民窟. ソ ウ ル は 貧 し い 一 家 の 四 人 兄 弟 の 末 子 と し て こ の ラ シー ヌ で1915 9- 一13.
(13) . 外山定男・木村雅次 年に生れた, 彼が9才の時, 恐らくよりらくな生活を 求めてシカ ゴへ再び移住 した, その後はシ カ ゴ に 住み, シカ ゴ大学, ノ ースウェスタン大学等で文化人類学, 社会学等を学び学士号を取得 した (193 7), ウイ スコンシン大学から奨学金をうけ修士課程で文化人類学を専攻 した, シ カ ゴ の Teache s Co l l 8) や ブリタニカ百科辞典編集部 (1943) 等の職業を経て, 1946年ミネソ ege(193 l l owship に 選 ば れ て (1949) ヨ ー p ッ パ に I Fe タ大学の英文科助教授に就任する, Guggenhein 旅 行 した り, Ford Foundation から下賜金をも らったりする. 現在は シカ ゴ に住み, 社会思想委 員 会 のメ ン バ ー で あ る と 共 に プ リ ン ス トン 大 学 や ニ ュ ー ・ ヨ ー ク 大 学 の 客 員 講 師 で も あ る, ラ シ ー ヌ や シカ ゴ で の 苦 し い 生 活 の様 子 は 「オ ギ ー マ ー チ の 冒 険」 に よ く 描 か れ てい る が,「宙 ぶ. らりんの男」 にもその断面 が一部描かれている. 例えば1月 5 日 の 日 記 で 述 べ ら れ る モ ン トリ オ ールの セント, ドミニック街の情景描写が最も印象的だ. 倒れた馬を起そうとする駁者, 雪の中 の葬式行列, 兄弟を罵倒 するいざり, 薄暗い地下室, 不具の乞食. カーテンのない部屋のベッ ド で女の上に馬のりになっ た男, 金髪の女をひざにのせる黒人, 焚火の中に投 込まれる鼠, また, 喧嘩のあげく頭を割られた男が血を舗道上に緩慢な雨滴のように 曲線を描きな がらしたたり落し て行く様子等, スラム街の 「現実」 に子供を放置しなけれ ばならなかっ た父親の自 責の念にから れる様子も述 べら れるが, この凄惨な 「現実」 はソウルの実際の目撃と体験を反映しているもの と見 てかまわないであろ う,. 東欧からの貧 しいュダャ 移民者は独自の村落共同体を形成する 閉鎖的な 生活を送る傾向にあっ た. したがっ て移民先で順応して行く過程ではそれだけ複 雑な問題を生じること になる, 一方, 彼らはイ ディッ シュという独自の言語を有する文学的票質の豊かな民族でもある, アイ ザッ ク・ s Singer はイデッ シュのみで物話を書く が, 翻訳に パ ブ シ ュ ヴ イ ス , ジ ン ガ ー, lssacc Ba shevi lthe Fool を英訳し l l IPe ベ ロ ウ が ジ ン ガ ー の 「馬 鹿 者 ギ ンペ ル」, Gi よ て 広く 読ま れてい る っ. .. て紹介したこと は 彼がイ デッ シュの伝統に深い関心を 持つことを示 している結婚詐欺に始まり, ギンペルを欺くことを 生きがいにするような妻との生活に於ても 人生の肯定を信じるギンペ ルの 物話は民話的で陰影の濃い ものがある, こうしたイ デッ シュの伝統は, 当然, べpウの作品にも 影響を与えているだろう, 異教徒との結婚をあつかう物話は順応とためらいの苦 悩を示すュ ダャ が ュ 的 な テ 【 マ な の で あ る が, マ ラ マ ッ ド等 は こ の テ ー マ を 好 ん で 採 用 す る. 例 え ば, お た い に. ダャ人であることを隠 してし、たために 許されぬ結婚の 宿命にある 煩悶する 二人のュ ダャ人を皮肉 が考えられる. h Lk な調子で描く 「湖水の 女」 , The Lady oft e a e はイデッ シュ文学の影響 「宙ぶらりんの男」 では, アー ヴィ ング・マリンが指適するように家 族関係が重要な要素とな. 2 6 ) こ の 小 説 で は 主 人 公 ジ ョ 【 ゼフ が ュ ダ る, ュ ダ ャ の 文 学 は 家 族 の 緊 密 さ が 特 徴 と な っ て い る, 1e Natural に於ては天才 とは きり明示されない マラマッ ドも処女作 「天才」 , TI. ヤ人である. っ. ,. ぞれ 野 球 児 ロ イ を は っ き り と ュ ダ ヤ 人 で あ る と 明 示 し な い, そ し て, ベ ロ ウ も マ ラ マ ッ ドも そ れ. 徒との触れあいを強く 打ち 第二番目の作品, 「犠牲者」 , 「アシスタ ント」 に於てュ ダャ人と異教. ド 出 し て い る こ と は 興 味 あ る こ と だ. も っ と も, ベ ロ ウ は ュ ダ ャ 人 を 外 側 か ら 観 察 し, マ ラ マ ッ. すべ は内側 から観察する ものであるが, ベロウ もマラマッ ドも第 一作にュダャ人を 明確に打ち田 きか否かで遼巡するュ ダャ的不断決があっ た, ア ー ヴィ ソ グ, マ リ ン は 家 族 関 係 の 中 で は 父 系 と の 結 び つ き を 強 調 し て い る が, -140-. ジ ョ ー ゼフ と.
(14) . ソウル・ベロウの 「宙ぶらりんの男」 に於けるユダヤ的順応性について. の関係で一番面白い のは妻アイ ヴァとのつながりであると思う, ベロウの小説では女性の存在が 稀薄である, 一番身近かなアイ ヴァは個性も変貌も明確でない, 母親についても, ジョ ーゼフが 1 のことで祖母と争ったことが述 べられ, あとは母の死が冷 幼少の頃, 彼女が彼のまき毛 ( cur 胆 に 他 人 ごと の よ う に 表 現 き れ る だ け で あ る,「二 つ の 朝 の 告 白」 の マ ン デ ル バ ウ ム に と っ て も 母 親 は オ レソ ヂ ジ ュ ー ス を 与 え て く れ る だ け の 存 在 で し か な い,「犠 牲 者」 の し ヴァ ン サ ル の 妻 も 南 部 の実 家 へ 帰 っ た き り で, 最 後 の章 に な る ま で 登 場 し な い, アイ ヴ ァ の 唯 一 の 反 抗 と い え ば ミ ソ ナ・ サ ー ヴ ァ テイ ア ス 家 の パ ー テ ィ ー で ジ ョ ー ゼ フ の 制 止 を 無 視 し て 泥 酔 す る こ と で あ る, ジ ョ. ーゼフにとっ て女性は衣服, 容貌, 家具, 軽い娯楽, 推理小説, 流行雑誌, ラ ジオ, 楽しい夜等 がすべてであり, こうしたものに抵抗する訓練をうけつけないものと写る. 例えば, ソローの「ウ オ ル デ ン」 に 彼女 ら が 心 酔 し た と こ ろ で, 古 び た 着 物 を 着 る こ と は な い, ジ ョ ー ゼ フ の アイ ヴ ァ. にたいする態度は抑圧的, 支配的である, しかし, アイ ヴァの稀薄な存在と彼の支配的態度が宙 ぶらりんにさせる重要な要因になっ ていると思う, アイ ヴァのわずかな反抗が彼に与えた影響は ミソナに関する暴力的な事柄, 及びジャック・ ズリルに指摘された立場の逆転と等しい強いもの で あ っ た, さ ら に, ジ ョ ー ゼフ が 志 願 す る こ と を 決 心 す る 直 接 の 動 機 は ア イ ヴァ の 姿 が ブ ラ イ ン. ドになかっ たことにあっ た, 自分を犠牲者とみなす立場が彼女にたいする支配的態度と矛盾し, それが, また, 彼を宙ぶらりんにさせる. 支配の対象をアイ ヴァから肉体的関係で しか結ばれて し・な い キ テイ ・ ドゥ ム ラ ー に 移 し て 行 く の も 彼 を 宙 ぶ ら り ん に さ せ る 原 因 と な っ て い る, 結 局 ア イ ヴ ァ の稀 薄 な 存 在 も, レ ヴ ァ ン サ ル の 妻 の 不 在 も, そ れ ぞ れ ジ レ ン マ を 深 め る 二 人 の 男 の 悪 意 識 の 深 層 部 で は, 終 始, 大 き な 影 響 を も ち 続 け る も の な の で あ る, ジ ョ ー ゼ フ に と っ て も し ヴァ ン サ ル に と っ て も, 男 性 と の 関 係 は 外 的 な リ ア リ テ ィ に あ り, 女 性 と の 関 係 は 内 的 な リ ア リ テ ィ. にある, そして, ほとんど無意識内の存在でしかないアイ ヴァがジョ ー ゼフに与える心理的影響 は 強 い も の が あ る,. 心理描写を重視する 「宙ぶらりんの男」 は容貌についてあまりふれないが,12月18日の日記で, 一年前の2 7才の自分を客観点に描写しようとしている, 彼の容貌にはュダャの楽天性と矛盾をも 融合して順応する執念深さを現わす面とが奇妙なコ ントラストをもっ て示されている, 「……愛想が良く, 概して人に好かれる, ……長いまっすぐな鼻, 断固たる顔つき, ……髪は 黒い, あけっ ぴろげた様子はなく, 控え目で愛嬬のよさにも拘らず, ときどき近より難い抑制さ れたものをもつ, 自分の存在を意識し, その重要さを だれにも邪魔されず, 手つかずに自由にし ておくことになによりも関心を払う人間だ, しかし異常に冷胆でもなければ, エ ゴイ ストでもな い,. ……態度を崩さないのは自らに起りつつあることを敏感に察知しようとするからだ, なにひ. と つ と し て見 落 す こ と は した く な い の だ,」. 態度を崩さず, 自己の存在を冷静に観察する様子はュダャ的な特徴というべきものを持っ てい る, 「犠 牲 者」 の 中 で も, 非 ュ ダ ャ 人 で あ る オ ー ル ビ ー が ュ ダ ャ 人 の し ヴ ァ ン サ ル に た い し て 飲. 酒についての偏見を批難ずるところがあり, これも態度を崩すことのないュダャ人の特性を示す も の だ と 思 う, オ ー ル ビ ー は 言 う, 「… … き み た ち ュ ダ ヤ 人 は 飲 酒 に つ い て 妙 な 偏 見 を も っ て い る, 非 ュ ダ ャ 教 徒 が み ん な 酔 っ ぱ ら い だ と い う の は 特 に お か し い, そ の こ と を 歌 っ た 歌 も あ る ん だろ う, … …“ あ い つ は 酔 っ ぱ らい, 彼 は 飲 ま ず に い ら れ な い. な ぜ っ て, あ い つ は ユ ダ ヤ 人 で ′… …」 1 7 ) な い (Goy) か ら′ , ユ ダ ヤ 人 レ ヴ ァ ン サ ル の 柔 軟 さ の 中 に も な に か し ら 抑制 の き い た 厳 しさ が あ り, そ れ が オ ー ル 1- ー14.
(15) . 外山定男・木村雅次 ビ ー の 焦 燥 感 を 刺 激 し た の だ ろ う, ジ ョ ー ゼ フ は, 少 年 の 頃, ドイ ツ 人 の 友 達 の 母 親 か ら メ フ ィ. ス トフェ レスと呼ばれて衝激を受けるが, これは, 実は, 彼の容貌にュダャ人特有のものがある ことを見抜き, 彼女がそれに指摘したことによるのだろう. ベロウのもつュ ダャ的なもので大切なものは彼の抑 制された文章表現, 特に, 陰影の濃いュ‐ モアのセンスである, 例えば, なにげない街燈の描写にもそうしたものが現われてい る, The l she has ike a Woman Who Can. street lamp bent over the kerb ・ l l homewards unti ・ot tur. 2 8 ) 抑 制 さ れ た 文 章, アイ ロ ニ l found the r i t ing or the c。in dropped in the ice and gutter s ,. ー, メ タファーによる日常項事の正確な描写はュダャ系作家に共通した秀れた要素であるが, こ の 繊 細 な 描 写 を 可 能 に す る の も ュ ダ ャ 的 な ュ ー モ ア が 支 え に な っ て い る か ら で あ る, ュ ダ ブ的な ュ ‐ モ ア と アイ ロ ニ ー が 自 我 追 求 の 小 説 に あ り 勝 ち な 唯 我 論 と ナ ル チ シ ズ ム の 陥 穿 か ら ベ ロ ー を. 救った, 虐げられたギソベルを絶望から救ったのも, 侮辱と忍従にュダャ的ューモア が 混 入 さ れ, 一種奇妙な人間愛を生じさせたからである, 註 使用テキスト.. Sau l l in Book I Be l ing nqan ow : Dz 1g 1 ・ ,a Pengu ,1963 , in 1965 〃 ] : The Vi ct , .. 参考文献.. 公 4ar in : Af idian Books i i 【 cus K1 t e er er A1 enat on, M , Ke i i low, The Pennsy i l th OPdahl: The Nove l ty Pres e Uni vers s vani a St s of sauI Be at . l ion l ino i i da l in: SauI Be l low’ l t rving n t s es s s Fi c s Univer y Pr , , Southern l i ic 1 i 1Be l l t ty Pre$ : sau s ( Univer s s ow and the other Cr , , New Yor ト lar l ino i i i l i l t ry T, Moore 他 : Cont t s emporary An ・ er can Nove s s Uni vefs s y Pres , ,southern l ’ Morr i i l IBook Con t ユPany sn zer: Today can jew, MCGraw一Hi s Amer . Ker . ハワ ー ド・ M ・ ハ ー バ ー : 絶望からの文学, 荒地出版社. 渥美昭夫訳. ,. 引用文はすべて以上のテキスト, 文献からのものである. l ing Ma 1) Dang n ,p,7 l 2) The Novels of sauiBel ow,by K, opdahl ,32 ,p id 3)lb .73 , ,p id 4)lb ) 1 , , ,73 d, 5)lbi .9 ,p i d 6) lb p , , ,9~10. l 7)「地下生活者の手記」 l文庫, p .8 , ドストエフスキー, 中川融訳, 角i id 8) lb ) , ,10 ,1 id, 9) lb p , ,30~31. i d 10)lb ) , ,lo ,1. ll) Measurefor Measure 〕 eare )y shakes l , Aet , n′ ,Scene 皿. ,1 id 12)lb ) . .20 ,1 id, 13) lb .24 ,p d. i 14) l b ,24 ,p id 15) lb p . , .17 id 16) lb . .17 ,p id 17)lb . .27 ,p id 18)lb p , , , 28 id 19)lb ) .138 , ,1 id 20)lb . .127 ,p i d 21)lb p . , , 151~152 l i in,P 22) Af ter A enat on,by Marcus K1 e i .63 ・ H i l i 23) Conten・porary A1ner t s can Nove ,85 ,p , , T. Moore. 一142-.
(16) . ソウル・ベロウの 「宙ぶらりんの男」 に於けるュダヤ的順応性について 1 0~10 24 )「ノ ・シィディズム」 ,10 , ブーバー, 平石善司訳, みすず書店, p ’ i 2 0 3 25) Today zer p s Amer can Jew, M. N. Kert , , in p i l lbWS Fi 26) SauIBe t c on,1 ,56 , Ma im,a Penguin Book 27) The Vict ,34 ,p id 28)lb , .79 ,p. 追 記 本論文の内容については, 専ら, 木村が責任を負うものであるが, 執筆に際しては, 外山教授の指導と肋 廉 4年9月 3 日 昭和4 言 を 受 け た もの であ る.. -143-.
(17)
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