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環境経営の登場と進展における背景要因の検討

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Academic year: 2021

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(1)Title. 環境経営の登場と進展における背景要因の検討. Author(s). 淺木, 洋祐. Citation. 北海道教育大学紀要. 人文科学・社会科学編, 68(2): 49-62. Issue Date. 2018-02. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/9701. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) 北海道教育大学紀要(人文・社会科学編)第68巻 第2号 Journal of Hokkaido University of Education(Humanities and Social Sciences)Vol. 68. No.2. 平 成 30 年 2 月 February, 2018. 環境経営の登場と進展における背景要因の検討 淺 木 洋 祐 北海道教育大学函館校環境経済学研究室. Consideration on Background Factors of Emergence and Development of Environmental Management ASAKI Yosuke Department of environmental economics, Hakodate Campus, Hokkaido University of Education. 概 要 本研究では,環境経営という概念について,いくつか重要と考えられる論点別に検討した。 第1に,環境経営が登場した背景を,産業革命以降,現在に至る環境問題および企業経営,そ して環境政策などの展開にもとづいて検討した。第2に,なぜ環境経営を推進するのかという 理論的根拠について,持続可能な発展や,外部不経済論,企業の社会的責任論といった既存の 理論的枠組みを取り上げて考察した。第3に,先行研究における環境経営の定義について具体 的に考察した。これらの論点を検討することによって,環境経営概念についての論点の整理を 試みた。. 1.はじめに これまで多くの企業が環境問題に対するさまざまな取り組みを検討・実施しており,それによって環境経 営という用語が企業経営におけるキーワードの1つとして位置づけられ,一般にも受け入れられ始めている といってよい。この環境経営は,文字通り環境に配慮した企業経営であるが,その定義は研究者ごとに異なっ ており,いかなる取り組みについて,どこまで,そしてどのようにすれば環境経営といえるのか,その厳密 な定義は存在しないといってよい。 本研究では,環境経営を検討する際に重要と考えるいくつかの論点を取り上げ,環境経営という概念の考 察を試みる。本研究で取り上げる論点は以下の通りである。第1に環境問題の発生と環境経営という用語の 登場の関係性である。周知のように,環境問題の顕在化・深刻化と環境経営という用語の一般化との間には 時間的なズレがある。なぜ,このようなズレが生じたのか考察することによって,環境問題と企業経営,ひ いては環境政策などとの関係を検討する。第2には,なぜ環境経営を推進するのかについての理論的根拠で ある。環境問題の解決や,環境保全の推進に反対する人は少ないが,この点に関して,理論的枠組みに基づ. 49.

(3) 淺 木 洋 祐. く再検討を試みることが,環境経営概念の明確化に欠くことのできない論点であると考える。最後に,環境 経営の定義について,先行研究をいくつか取り上げて検討する。. 2.環境問題と環境経営 2.1.環境経営の登場 図1は日経テレコン21を用いて1,新聞紙上における環境経営,企業の社会的責任,持続可能な発展2,環境 問題,公害,地球温暖化の5つのキーワード登場の頻度を示したものである。これらは環境経営とそれに関 係が深いと考えられるキーワードを選択したものである。. 図1.環境経営などキーワードの紙面登場回数 出典:日経テレコン21より作成。 注:環境経営,企業の社会的責任,持続可能については第1軸を,他の4つは第2軸をそれぞれ参照。. この図によって見ると環境経営は,1990年以前は全く紙面に登場せず,1990年代後半から急増するが, 2004年以降は減少傾向にある。企業の社会的責任は,1975年頃から登場するが,急増したのは2000年以降で ある。持続可能な発展は1980年代後半から登場しており,その後は上下しつつも増加傾向にある。 他方,環境問題,公害,地球温暖化は上記の3つのキーワードよりも登場頻度が多い。公害は,上下しな がらも減少傾向にある。公害が減少したのは,環境問題が公害の代わりに使用され始めたことによるものと 考えられる。環境問題は1989年から急増し,1992年をピークに減少傾向にある。これは,1992年にリオの地 球サミットが開催されたこと,また,それまでの公害対策基本法に代わって1993年に環境基本法が新たに制 定されたことによるものと推測できる。地球温暖化は1980年代末から急増し,1997年と2008年に,それぞれ ピークに達している。これは,1988年に気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が設立されたこと,1997 年には第3回締約国会議(COP3)において気候変動に関する国際連合枠組条約の京都議定書が成立したこ. 1  日経テレコン21を用いて日本経済新聞,日本産業新聞,日経MJ(流通新聞),日本金融新聞,日経地方経済面,日経プ ラスワン,日経マガジンを対象に各語の紙面への登場回数を調べた。なお, 日経金融新聞と日経マガジンは現在休刊である。 2  持続可能な発展については,持続可能性,持続可能な社会,持続可能な開発など,類似の表現が複数あるため,本稿では, 持続可能で検索した。. 50.

(4) 環境経営の登場と進展における背景要因の検討. と,さらには京都議定書が2005年に発効し,2008年から2012年までは第一約束期間にあったことによるもの と推測できる。 これらのキーワードの分布傾向についての厳密な検討は行わないが,本研究で注目する環境経営について は,以下の3点の特徴が指摘できる。第1には,1990年代後半以降,環境経営という用語が広く用いられる ようになるが,1990年以前は全く使用されていなかったことである。第2は,環境経営が2004年をピークに 減少傾向にあることである。このことは,企業の社会的責任が対象とする領域は幅広く,企業の環境への配 慮が含まれているため,環境経営が企業の社会的責任に代替されたと推測できる。第3は,これらのキーワー ドが,公害を除いて1980年代後半から急増し,大きく上下しながらも,それ以前と比較して一貫して多数登 場していることである。このことは,環境問題が大きな社会問題として位置づけられたといってよく,環境 経営が2004年以降減少傾向にあるとはいえ,企業経営における重要なキーワードであり続けたと考えてよか ろう。 2.2.環境問題の展開と企業経営 環境問題の歴史は古く,例えば石(2010)は,すでに人類が文明を築いたことによって環境問題が発生し ており,人類史と環境問題は不可分であると指摘する。また,斉藤(2014)は日本の森林資源の保全につい て,国の政策と市場の機能に着目して歴史的に分析し,国際比較を通してその特徴を明らかにしている。こ うした環境史学や環境経済史の研究にみられるように,環境問題を人類の歴史に即して検討することが重要 な研究課題であるといってよかろう3。一方で,研究目的に即して検討の対象とする時代と地域を特定するこ とは,研究を進めていくうえで欠かせない問題設定である。本研究では産業革命以降の日本における環境問 題と企業の環境問題への取り組みを概観する。産業革命以降とするのは,企業による経済活動とそれによっ て発生した環境問題が,今日のそれらと連続的だと考えるからである。以下,産業革命期から現在に至るま でを大きく4期に分けて検討する4。 第1期は,明治時代後期から第二次世界大戦期までである。この時期,産業革命にともなって活発化した 経済活動によって,都市部や鉱山などを中心に大規模な環境問題が発生し始めた。この時期は有効な公害・ 環境法は存在しておらず,また,公害防止技術や問題に対する社会的な経験も不十分であったため,環境問 題に対してはケース・バイ・ケースで取り組まざるをえなかった。しかし,環境問題に対して十分な取り組 みが行われなかったケースがある一方で,例えば住友家によって経営された愛媛県の別子銅山や,久原房之 介によって開発された茨城県の日立鉱山などのように,発生した環境問題に対して積極的に取り組み,かつ 経済的にも成功したケースも存在した時期である5。環境経営という用語は用いられてないが,これらの取り 組みは,今日から考えても環境経営の先駆的なケースといってよい。 第2期は,第二次世界大戦後から1960年代後半までである。この時期は敗戦からの急速な復興を遂げる一 方で,四大公害病に代表される深刻な公害問題が全国的に発生し,激しい反対運動が展開された。この時期. 3  他にも,江戸時代の廃棄物処理システムが,当時の諸外国の都市と比較して優れていたという興味深い指摘もある。例 えば,石川(2013)を参照。 4  以下については,淺木(2015)を参照。環境問題の展開と,それに対する企業の取り組み,法制度の展開などを考慮し ていくつかの段階に区分して検討した先行研究は,他にも鈴木(2005),堀内・向井(2006)などがある。ただし,これら は戦前について取り上げておらず,また,環境経営が普及した背景についての具体的な検討は行われていない。 5  別子銅山や日立鉱山の取り組みについては,例えば,菅井(1977) ,住友金属鉱山株式会社・住友別子鉱山史編集委員会 (1991),ジャパンエナジー・日鉱金属株式会社編(1994) ,淺木(2013)など,多数の先行研究が存在している。鉱山ごと に環境問題への対応が異なった要因については,淺木(2016)で検討した。. 51.

(5) 淺 木 洋 祐. に,1958年の水質二法(公共用水域の水質の保全に関する法律と,工場排水等の規制に関する法律)や, 1962年のばい煙規制法(ばい煙の排出の規制等に関する法律)など,国レベルでの法制度が制定され始めた が,公害問題の解決には十分とはいい難かった。激しい公害問題の発生に対する企業の取り組みについては, 十分なものがみられなかったといえる6。この時期は環境と経済をトレードオフとしてとらえ,環境よりも経 済,すなわち,敗戦からの復興を優先した時期といってよかろう。ただし,欧米においても公害法制度が確 立し始めたのが日本と同様に1970年前後であり,この時期に有効な公害・環境法が存在しなかったのは,日 本だけではなかった。例えば,アメリカ合衆国では1969年に国家環境政策法が制定され,1970年にアメリカ 合衆国環境保護庁が設立された。イギリスや,フランス,西ドイツなども同様に,この時期に環境政策に取 り組んだのである7。. 図2.環境装置生産実績(億円) 出典:総 務省統計局の環境装置生産実績より作成。(総務省ホームページ,http://www.stat.go.jp/data/chouki/30. htm,2017年9月25日閲覧). 第3期は,1960年代後半から1980年代半ばまでである。1967年に公害対策基本法が制定され,1970年の国 会(通称公害国会)において,公害対策基本法の改正や水質汚濁防止法の制定など,14におよぶ公害関係の 法が制定・改正された。さらに翌1971年の環境庁設置によって,公害問題を専門に管理する官庁が設置され た。すなわち,公害問題への取り組みが確立した時期といってよいだろう。いわゆる4大公害訴訟が相次い で提起され,いずれも原告が勝訴となった。また,1972年に世界で初めて環境問題を主題とする国際会議, つまり国際連合人間環境会議(ストックホルム会議)が開催されるなど,環境問題への関心が世界的に高まっ た時期でもある。国内においては,公害法体系の確立と企業の法令遵守によって,激甚な公害問題が減少す るなどの成果を得ることができた。企業の取り組みは基本的に法令遵守であるが,図2に示すように,この 時期の企業の公害防止への投資が急増しており,その取り組みは大規模なものであったといえる。しかし, 70年代の二度のオイルショックによる高度経済成長の終焉にともなって,二酸化窒素の環境基準の緩和や, 環境影響評価法案の延期など,公害政策の停滞・後退ともいうべき時期があったことにも留意する必要があ. 6  ただし,個別企業の取り組みが皆無であったとは考えにくい。急速な経済成長にともなう環境負荷の増大による問題の 顕在化に対して,個別の取り組みが相対的に埋もれてしまっている可能性も指摘できる。これらについては,今後の検討課 題である。 7  宮本(1989)1-6ページ。この時期をもって,宮本は環境保全に対するコペルニクス的転回が発生したと指摘する。. 52.

(6) 環境経営の登場と進展における背景要因の検討. る。また,これまでのいわゆる産業公害とは異なる,自動車の排気ガス問題や廃棄物問題など,生産段階に 加えた消費,廃棄段階における環境問題が,この時期から顕在化し始めた。このような新しいタイプの環境 問題に対して十分な対応ができなかったことも停滞の要因である。 第4期は,1980年代後半から現在までである。1980年代後半から,地球温暖化問題やオゾン層の破壊,酸 性雨などをはじめとする地球環境問題が顕在化し,1984年には多数の犠牲者を出したインドのボパールでの 化学工場の事故や,1986年の旧ソビエト連邦におけるチェルノブイリ原子力発電所事故,1989年のアラスカ 湾沖で発生した大規模な原油流出事故である,いわゆるバルディーズ号事件など,多大な環境破壊をともな う事故が続発した。これに対して,1992年の環境と開発に関する国際連合会議(リオの地球サミット)を契 機として,世界的に環境問題への取り組みが進められるようになった。リオの地球サミットでは,環境と開 発に関するリオ宣言とアジェンダ21が合意され,また,気候変動に関する国際連合枠組み条約や生物の多様 性に関する条約が採択された。国内では1993年の環境基本法の制定をはじめ多数の環境関連法が制定,改正 された。これらによって汚染の防止に加えた自然環境の保全,地球環境問題に対応するための環境法体系の 形成が進んだ。さらに,1987年には国連の環境と開発に関する世界委員会(ブルントラント委員会)によっ て提唱された持続可能な発展の概念をはじめ,1994年に国連大学によって提唱されたゼロエミッション, 1997年にJ.エルキントンによって提唱されたトリプルボトムラインなど,環境経営に影響を与える概念が多 数提起された。1996年に発行されたISO14001に代表されるような,環境マネジメントツールの発達と普及 もこの時期である。 第4期のうち,環境経営というキーワードが一般的に普及し始めた1990年代後半については,以下の3点 が指摘できよう。第1は,ISO14000シリーズに代表される環境マネジメントツールの登場と世界的な発達・ 普及である。ISO14000シリーズでは,環境マネジメントシステム規格をはじめ,環境監査,環境ラベル, ライフサイクルアセスメント,環境コミュニケーション,環境適合設計などの規格が公表されている。また, GRI(Global Reporting Initiative)によって2000年に国際的な環境報告書のガイドラインであるGRIガイド ラインが公表された。 第2に, 行政の取り組みである。1993年の環境基本法の制定以降,それまでの公害対策基本法とは異なる, 新しい法体系が形成された。これにより,企業により高次のレベルでの環境への取り組みを推進するための, すなわち環境経営の推進の前提条件が形成されたと考えられる。また,環境マネジメントツールに関する行 政の次のような取り組みもあげられる。例えば,環境庁(現環境省)8は,1996年より日本独自の環境マネジ メントシステムであるエコアクション21を策定し,その普及を促進してきた。また,環境報告書のガイドラ インとして,1997年に『環境報告書作成ガイドライン~よくわかる環境報告書の作り方~』を公表し,同年 に優れた環境報告書に対する表彰制度である環境アクションプラン大賞(現環境コミュニケーション大賞) が環境庁の後援によって開始された。2000年には『環境会計システムの導入のためのガイドライン』を公表 した。これらは,その後も環境省によって数次の改定が行われて現在に至っている9。また,経済産業省は, 2002年に『環境管理会計手法ワークブック』を公刊している。このような行政の取り組みが,環境経営の普 及を後押したといってよいであろう。なお,環境白書に初めて環境経営という用語が登場したのは,平成11 8  2001年の省庁再編によって環境庁は環境省となった。 9  環境省は,その後,『環境報告書ガイドライン(2000年度版)~環境報告書作成のための手引き~』を2001年に公表し, その改訂版を2004年に,そして2007年に『環境報告ガイドライン~持続可能な社会を目指して~(2007年版)』を公表し, その改訂版を2012年に公表した。また,『環境会計ガイドライン』の改訂版も2002,2005年にそれぞれ公表した。さらに 2017年3月には,環境省から「環境報告ガイドライン及び環境会計ガイドライン改定に向けた論点整理」が公表されている。 環境省ホームページ,http://www.env.go.jp/press/103968.html,2017年9月29日閲覧。. 53.

(7) 淺 木 洋 祐. 年版の環境白書である10。 第3は,持続可能な発展の概念の登場と地球温暖化などの地球環境問題の登場である。周知のように,地 球温暖化問題は,特定の産業活動にとどまらず,生産・流通・消費・廃棄の全ての段階の経済活動がかかわ る問題であり,かつ長期的な取り組みが求められるものである。既存の環境問題と比較しても,対象とする 範囲も,時間的な視野も比較にならないほど大きく,長期的なものである。これによって,南北問題や世代 間の公平性の問題など,これまでの経済発展の経路を見直す必要が,世界的に生じたといってよい。持続可 能な発展の概念は,こうした地球環境問題をふまえて,新しく進むべき社会経済システムを指し示すもので ある。地球環境問題と持続可能な発展の登場は,これまでの社会経済のあり方の見直しを迫るものであった。 上記の検討から指摘できるのは,環境経営の本格的な展開は,地球環境問題が登場して,さらなる環境へ の配慮が世界的に,かつ長期的に求められるようになり,持続可能な発展が目指すべき新しい社会経済モデ ルとして位置づけられ,その持続可能な発展を目指す環境法制度が整い,環境マネジメントツールが発達・ 普及し,環境経営の推進に対する行政の積極的な支援の存在があってからだといえる。. 3.企業が環境経営を進める理論的根拠 以下,環境経営を推進する理論的根拠について,外部不経済論,社会的費用論,持続可能な発展,環境リ スク,企業の社会的責任について取り上げる。 3-1.外部不経済の内部化 経済学において,通常,市場は効率的な資源配分を達成すると考えられている。すなわち,市場は自律的 に需要と供給を調整して,社会にとって最も望ましい結果を導き出すというのである11。しかし,市場の失 敗が生じた場合,市場の資源配分メカニズムが十分に機能せず,非効率的なものとなったり,そもそも市場 の成立を困難にしたりする。市場の失敗をもたらす主な要因は,外部性,公共財,規模の経済性,不確実性 などである。環境問題は,市場の失敗における外部性の問題として把握される。 外部性は,A.マーシャルとA.C.ピグーの研究によって提唱された概念であり,環境経済学の基本的理論と 位置付けられる。通常,市場での取引は市場外の第三者に影響を与えないと仮定されているが,市場を通さ ないで他の経済主体に影響を与える場合がある。これが外部性であり,好ましい影響を与えるものを外部経 済,好ましくない影響を与えるものを外部不経済という。環境問題は外部不経済であり,したがって,その 存在は市場の失敗を引き起こし,最適な資源配分の達成を阻害する。 外部不経済の解決には,ピグーが提唱した課税による外部不経済の内部化(ピグー的課税)と,コースが 提唱した当事者間の自発的な交渉による解決(コースの定理)が代表的なアプローチである。ピグーは外部 不経済を発生させる財・サービスに対して外部不経済に等しく課税をすることによって,私的限界費用と社 会的限界費用の乖離をなくし,純便益を最大化する生産量を達成できるというのである。それに対して,コー スは,所有権が明確に設定されて,情報が完全であり,当事者間の交渉に要する費用(取引費用)が無視で きるといった条件が満たされている場合,当事者間の直接的な交渉によって最適な資源配分が達成できると. 10 鷲尾(2002)25ページ。 11 ここでいう市場は,いわゆる完全競争市場である。完全競争市場とは,情報が完全であり,市場の参入退出にコストがか からず,市場の参加者がプライステイカーであり,市場で取引される財・サービスが同質であるという条件を満たす市場で ある。. 54.

(8) 環境経営の登場と進展における背景要因の検討. 主張した。前者が問題の解決に政府による政策介入を前提としているのに対して,後者は政府の介入は不要 であり,当事者間の交渉のみで問題を解決できるというのである。 ピグー税とコースの定理は,環境経済学において重要な理論的枠組みを提供しているが,それらの理論の 現実の環境問題への適用は容易ではなく,いくつもの問題点が指摘されている。ピグー税を実施するには, 税率を決定しなければならないが,税率の決定には,まず社会的限界排出削減費用曲線と社会的限界損害費 用曲線の形状を特定しなければならない。これらを特定することは被害の正確な貨幣評価が必要になるなど 困難をともなう。コースの定理については,取引費用が無視できる,情報が完全であるといった条件が現実 には成立し難いことに加えて,所有権の配分のあり方にかかわる公平性の問題が指摘される。 環境経営が,環境問題の発生を抑制して環境保全を推進する企業経営,すなわち,外部不経済の発生の抑 制を目指す企業経営だとすれば,その推進によって社会全体からみて好ましい結果を引き起こすといってよ い。すなわち,環境経営の推進は社会的に好ましいといえるだろう。しかし,個別企業の環境経営の推進と, 外部不経済の内部化論およびコースの定理との関係については,更なる検討が必要である。 3-2.持続可能な発展 持続可能な発展の概念は1987年に国連の環境と開発に関する世界委員会によって提唱されて以降,世界的 に注目された概念である。同委員会の報告では,以下のように述べられている。 「人類は,発展を持続可能なものとする能力を有する。持続可能な発展とは,将来の世代が自らの欲求を充 足する能力を損なうことなく,今日の世代の欲求を満たすことである。持続可能な発展の概念には,いくつ かの限界が内包されている。それらは絶対的限界ではなく,今日の科学技術の発展の状況であるとか環境を めぐる社会組織の状況,あるいは生物圏が人間活動の影響を吸収する能力といったものである。しかし,経 12 」 済成長の新たな時代への道を開くために技術・社会組織を管理し,改良することは可能である。. 持続可能な発展の概念は,1992年のリオの地球サミットで取り上げられたほか,さまざまな国際環境条約 や各国の環境法などにも導入されており,地球規模から国・地域レベルまで様々な取り組みにおいて提唱さ れる概念となっている。持続可能な発展は多様に解釈されており,また議論されているが,おおむね以下の 3点について取り上げられている13。第1は自然環境の持続可能性である。自然環境の利用は,多様な生態 系の維持など,自然のもつ環境容量の範囲内で行う必要がある。また,あらゆる意思決定過程において環境 や資源への配慮が正当に位置付けられなければならない。第2は,世代間の衡平性である。現在世代の発展 権を行使することは,現在世代だけではなく将来世代の環境の状態や発展の可能性に大きな影響を及ぼすこ とになる。したがって,その行使にあたっては世代間衡平が満たされなければならない。第3は,社会的衡 平,とりわけ発展途上国と先進国の衡平性の確保と,貧困問題の撲滅を達成するための公正な国際社会の問 題である。 持続可能な発展が提唱された1980年代は,地球規模でのさまざまな矛盾が生じた時期でもある。すなわち, GNPで考えた場合,世界史上最も豊かな時代であったにもかかわらず,先進国と発展途上国の経済的格差 の拡大や,貧困問題の増大,地球規模での環境問題の顕在化などがそれである。こうした問題を背景に,こ れまでの経済発展のあり方を見直す機運が高まっていたといってよい。 2015年には,17の目標と169のターゲットを設定した持続可能な開発目標(SDGs)が公表された(表1参. 12 環境と開発に関する世界委員会(1987)28-29ページ。同書ではsustainable developmentを「持続可能な開発」と訳して いるが,本稿では「持続可能な発展」とした。 13 植田(1996)12-16ページ参照。. 55.

(9) 淺 木 洋 祐. 表1.持続可能な開発目標(SDGs) 目標1. あらゆる場所のあらゆる形態の貧困を終わらせる. 目標2. 飢餓を終わらせ,食料安全保障及び栄養改善を実現し,持続可能な農業を促進する. 目標3. あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し,福祉を促進する. 目標4. すべての人々への包摂的かつ公正な質の高い教育を提供し,生涯学習の機会を促進する. 目標5. ジェンダー平等を達成し,すべての女性及び女児のエンパワメントを行う. 目標6. すべての人々の水と衛生の利用可能性と持続可能な管理を確保する. 目標7. すべての人々の,安価かつ信頼できる持続可能な近代的エネルギーへのアクセスを確保する. 目標8. 包摂的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい 雇用(ディセント・ワーク)を促進する. 目標9. レジリエントなインフラ構築,包摂的かつ持続可能な産業化の促進及びイノベーションの推進を図る. 目標10. 各国内及び各国間の不平等を是正する. 目標11. 包摂的で安全かつレジリエントで持続可能な都市及び人間居住を実現する. 目標12. 持続可能な生産消費形態を確保する. 目標13. 気候変動及びその影響を軽減するための緊急対策を講じる. 目標14. 持続可能な開発のために海洋・海洋資源を保全し,持続可能な形で利用する. 目標15. 陸域生態系の保護,回復,持続可能な利用の推進,持続可能な森林の経営,砂漠化への対処,ならびに 土地の劣化の阻止・回復及び生物多様性の損失を阻止する. 目標16. 持続可能な開発のための平和で包摂的な社会を促進し,すべての人々に司法への アクセスを提供し,あ らゆるレベルにおいて効果的で説明責任のある包摂的な制度を構築する. 目標17. 持続可能な開発実施手段を強化し,グローバル・パートナーシップを活性化する. 出典:国際連合広報センターホームページより転載。 (http://www.unic.or.jp/news_press/features_backgrounders/ 15775/,2017年9月25日閲覧). 照) 。これは2000年のミレニアム開発目標(MDGs)の後継にあたるものである。このSDGsについての企業 の行動指針として,SDGs Compassが公表されている14。同書では,企業がSDGsを推進する理論的根拠とし て,①将来のビジネスチャンスの見極め,②企業の持続可能性に関わる価値の増強,③ステイクホルダーと の関係の強化・新たな政策展開との歩調合せ,④社会と市場の安定化,⑤共通言語の使用と目的の共有の5 点を挙げている。 持続可能な発展の概念の登場と展開は,企業経営にも影響を与える。持続可能性を高めるための試みが世 界中で目指されるのであれば,持続可能な発展と整合的な企業経営を行うことは,経営戦略上も有効である。 持続可能な発展の登場によって,環境経営の推進が社会的にも個別の企業の経営においても求められ始めた といってよいだろう。 3-3.カップの社会的費用論 K.W.カップは,その著書『私的企業と社会的費用』の序において,「社会的費用は企業家の支出の中には 算入せられず, 第三者または社会全体に転嫁され且つそれらによって負担される15」と定義した。カップは,. 14 SDGs Compassについては,グローバルコンパクトネットワークジャパンのホームページ上に公開されている。 (https:// sdgcompass.org/wp-content/uploads/2016/04/SDG_Compass_Japanese.pdf,2017年9月25日閲覧) 15 カップ(1959)ⅲページ。. 56.

(10) 環境経営の登場と進展における背景要因の検討. 同書において,大気や水の汚染,野生動物の減少や絶滅,エネルギーの枯渇や土壌,森林の破壊といった環 境問題だけではなく,独占や技術変化,そして労働問題,科学研究にともなう社会的費用など,幅広い問題 を取り上げて,それらを社会的費用の問題として捉えながら検討している。 カップの社会的費用とピグーの外部不経済との違いについては,以下の3点が指摘できる。第1に,ピグー は,外部不経済を市場の失敗,すなわち市場における例外的な現象であると捉えた。これに対して,カップ は私企業体制における経済活動が,費用不払いの傾向を普遍的に持つと指摘し,社会的費用そのものを経済 学における中心的な研究課題の一つとして確立しようとしたのである。第2に,外部不経済の内部化のため には,外部不経済の貨幣評価を暗黙の前提としていたが,カップの社会的費用論においては,貨幣評価でき ない社会的損失の存在が重要な理論的位置づけを得たことである。これらは主に,公害問題に取り組んだ日 本の研究者らによって展開された16。第3に,カップは過去150年間の歴史を,民衆による社会的費用の認識 の発展の歴史ととらえた上で,環境に代表される価値が付かない価値物に対する社会的評価とそのシステム の在り方を問題提起した。すなわち,その評価が困難な社会的費用の問題に対して,評価そのものを問題と するのではなく,その評価を行うシステムのあり方について問題提起したのである17。 カップの社会的費用論は,外部不経済と同様に,環境経営の推進によって社会にとって好ましからざる費 用,すなわち社会的費用の問題が解消可能であることを示唆している。また,利潤最大化を目指す私的企業 の経済活動が,不可避的に環境問題を引き起こすことに対しても目を向けることができる。さらに第1章で 検討したように,環境問題が多様化する一方で,そうした環境問題に対する社会認識が変化し,その変化が 今日の環境経営を推進する要因となったといってよいだろう。このような認識の変化は,環境問題に対する 反対運動や,科学的な知見および社会的経験の蓄積などによって生じたものであり,それらが新たな公害・ 環境法制度の制定や,企業による環境経営の推進へとつながっていったと考えられる。社会的費用の評価シ ステムのあり方をどのように考えるのかが論点となるが,CSRなどで議論されているように,株主や顧客, 地域住民といったステイクホルダーに対して,説明責任を果たすことが一つの方法だといえる。企業が説明 責任を果たすことが,環境問題に対する社会的な評価をくみとった環境経営の実践となるからである。 3-4.リスクの回避とベネフィットの獲得 個別企業の観点から考察した場合,環境経営の推進によって得られるメリットは,環境問題に関わるリス クの回避だといってよかろう18。グリーンコンシューマーや環境NGOなどの台頭,そして環境関連の法整備 の推進などによって,環境に配慮しない企業に対するリスク要因が企業経営に大きな影響を及ぼしている。 図3に示すように,環境への配慮不足が,環境問題のリスク要因を発生させ,法的リスク・市場リスク・ R&Dリスク,管理リスクを発生させる危険性がある。ただし,これらのリスクのうち,法的リスクを除く, 市場リスク,R&Dリスク,管理リスクについては,それらへの対処は単なるリスクの回避に留まらず,新 たなベネフィットの獲得に繋がるといってよい。 多くの環境問題では,事前対応の方が結果的に経済的であることを実証した先行研究は多い。例えば,4 大公害病について取り上げた地球環境経済研究会編著(1991),日本の大気汚染経験検討委員会(1997)が, その代表例である。地球環境経済研究会編著(1991)では,四日市(四日市ぜんそく),水俣地域(水俣病), 神通川流域(イタイイタイ病)について,それぞれ被害の大きさと公害防止対策の費用を検討した結果,い. 16 社会的損失をめぐる議論は,宮本(1989),寺西(1984) ,植田(1991)などを参照。 17 植田(1996)31-32ページ参照。 18 以下については,野村総合研究所(1991)を参照した。. 57.

(11) 淺 木 洋 祐. 図3.環境問題とリスク 出典:野村総合研究所(1991)53ページより転載。. ずれも対策費用が被害額を大きく下回っており,被害の未然の防止が経済的に好ましいことが明らかにされ た。また,日本の大気汚染経験検討委員会(1997)では,経済シミュレーションを用いて大気汚染対策の収 支勘定を分析している。その結果,排煙脱硫投資などの公害防止投資は,経済的に収支がプラスであったと 結論している。1989年にアラスカ沖で発生したバルディーズ号事件では,エクソン社の原油タンカーの座礁 にともなう原油の大量流出によって,数十万羽の海鳥や数千頭のラッコをはじめ,ニシンやサケなどの海洋 生物に大きな被害が発生した。その結果,エクソン社は,浄化費用25億ドル,生態系被害額11億ドルなどを 支払うこととなった。温暖化問題に関しては,英国財 表2.被害額と対策費用(1989年度価格) 対策費用. 被害額. 務省によって2006年に公表された,いわゆるスターン レビュー(The Economics of Climate Change)があ. 147億9,500万円. 210億700万円. り,そこでは,温暖化対策をしなかった場合,その損. 水俣地域. 1億2,300万円. 126億3,100万円. 失は世界のGDPの5〜20%に達すると指摘する。そ. 神通川流域. 6億2,000万円. 25億1,800万円. の一方で,温室効果ガスの対策をした場合の費用は,. 出典:地球環境経済研究会編著(1991)より作成。. 世界のGDPの1%にとどまると指摘し,温暖化対策. 四日市. の早期の実施による経済性を主張している。 今後も環境問題への規制が進展し,また,持続可能性を高めるための多様な取り組みの推進が予想される。 環境経営の推進は,企業にとってリスクの回避のみならず,新たなビジネスチャンスとなる可能性がある。 ただし,Walley and Whitehead(1994)のように環境への配慮が必ずしも企業の経営にとって好ましい結 果を引き起こすわけではないという指摘は,今後も無視できない検討課題であろう。. 58.

(12) 環境経営の登場と進展における背景要因の検討. 5.企業の社会的責任 企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility,SR)が登場したのは,1920年代のアメリカ合衆国 だとされる。CSRは企業の環境問題への対処から,労働問題・人権問題,消費者への対応,企業不祥事の防 止,慈善活動を始めとする社会貢献活動など,対象とする領域は広く,企業経営のありかたそのものを問う ものといってよい。 CSRが近年注目されている理由としては,持続可能な発展を求める世界的な流れや,情報化やグローバリ ゼーションの進展,CSRを企業に求めるNGOの影響力の拡大などが挙げられる。2000年のリスボン宣言に おいてCSRが取り上げられ,規制緩和やEUの財政問題を背景とした社会的統治手段の一つとして,CSRが EUにおいて位置付けられたことも重要である。また,国連グローバル・コンパクト(United Nations Global Compact,UNGC)や,ISO26000の存在も影響を与えているといってよい。1999年に提唱された UNGCの目的は,人権,労働,環境,腐敗防止の4つのテーマにおける10原則19について,企業・団体が署 名し,それぞれの原則について実践して,その実践の状況・成果を,毎年公開することである。2017年には, UNGCには約1万3000の企業・団体が署名しており,そのうち企業は約9000を占める。 また,2010年に発行された組織の社会的責任についてのISO26000の存在も大きい。ISO26000では,7つ の原則として説明責任,透明性,倫理的な行動,ステイクホルダーの利害の尊重,法の支配の尊重,国際行 動規範の尊重,人権の尊重を掲げている。さらに7つの中核主題として組織統治,人権,労働慣行,環境, 公正な事業慣行,消費者課題,コミュニティへの参画を掲げている。 表3.国連グローバル・コンパクト. 人権. 原則1:企業は,国際的に宣言されている人権の保護を支持,尊重すべきである 原則2:企業は,自らが人権侵害に加担しないよう確保すべきである 原則3:企業は,結社の自由と団体交渉の実効的な承認を支持すべきである. 労働. 原則4:企業は,あらゆる形態の強制労働の撤廃を支持すべきである 原則5:企業は,児童労働の実効的な廃止を支持すべきである 原則6:企業は,雇用と職業における差別の撤廃を支持すべきである 原則7:企業は,環境上の課題に対する予防原則的アプローチを支持すべきである. 環境. 原則8:企業は,環境に関するより大きな責任を率先して引き受けるべきである 原則9:企業は,環境に優しい技術の開発と普及を奨励すべきである. 腐敗防止. 原則10:企業は,強要や贈収賄を含むあらゆる形態の腐敗の防止に取り組むべきである. 出典:グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパンホームページより転載。(http://ungcjn.org/index.html, 2017年9月25日閲覧). CSRの定義は多くの研究者によって試みられているが,以下では,Carroll(1979)と,谷本(2004)を取 り上げる。 Carroll(1979)は,CSRを経済的責任,法的責任,倫理的責任,フィランソロフィー的責任の4つのパート に分け,これら4つが同時に満たされる時,企業は社会的責任を全うすると主張する。経済的責任とは,社 会の求める財・サービスを適切な価格で提供する責任である。法的責任とは,法律や規制といった制定され 19 2006年に腐敗防止が加わって,それまでの3分野9原則から,現行の4分野10原則となった。. 59.

(13) 淺 木 洋 祐. たルールの範囲内で企業が業務を遂行することである。倫理的責任とは,企業が,成文化されてはいないが, 社会のメンバーによって期待されている活動を行う,あるいは逆に禁止されている活動を行わない責任であ る。社会貢献責任とは,企業によるフィランソロピーである。フィランソロピーとは,寄付活動や慈善活動 のことである。 谷本(2004)は,国や地域,そして時代によって,企業と社会の関係は異なっており,株主,従業員,そ の他のステイクホルダーの立場によって企業に期待する役割が異なると指摘し,このような側面を踏まえ て,CSRを以下のように定義する。 「企業活動のプロセスに社会的公正性や環境への配慮などを組み込み,ステイクホルダー(株主,従業員, 顧客,環境,コミュニティなど)に対しアカウンタビリティを果たしていくこと。その結果,経済的・社会 的・環境的パフォーマンスの向上を目指すこと。」 具体的にCSRを推進するメリットについて,コトラー&リー(2007)では,下記のようなプラスの影響が 長期的に発生するというB.S.R.20の主張を引用している。 ・売上や市場シェアの増加 ・ブランドポジショニングの強化 ・企業イメージや評判の向上 ・従業員にとっての魅力度や労働意欲の向上と離職率の低下 ・コストの削減 ・投資家や金融アナリストに対するアピール力の強化 このような指摘は,CSRの取り組みが長期的な企業の利潤最大化につながる可能性を示唆しており,CSR が推進される背景についての有効な論拠を与えてくれる。 他方で,CSRそのものを否定する主張もみられる。そのような主張として代表的かつ古典的なものの一つ がFriedman(1970)である。Friedman(1970)の基本的な主張は明快である。すなわち,経営者の責任は, 企業の出資者(株主)のために企業利益を最大化することである。ただし,それは,詐欺,ごまかし,不正 手段を用いることなく,開かれた自由な競争の中で,それを実現することである。CSRは,このような企業 本来の目的から逸脱しており,不適切だというのである。このような批判とそれに対する反論については, 森本(1994)が網羅的に言及している21。. 6.環境経営の定義について 環境経営の定義については,多くの研究者によって試みられており,これらの網羅的な検討は興味深い示 唆を与えてくれると考えられるが,ここでは,國部他(2007),足達(2009),金原他(2011)を取り上げる。 國部他(2007)は,環境経営が提唱され始めた背景として,持続可能な発展の登場,環境マネジメントツー ルの発達,地球環境問題の登場の3点を指摘する。その上で,環境経営を「企業経営の隅々にまで環境の意 識を浸透させた経営」と定義する。さらに,環境経営を外部不経済の内部化を目指すものだと位置付けて, それが実現する条件として,①企業の環境経営理念,②環境経営を実行するマネジメント技術,③環境経営 企業を支援する市場メカニズムの成立が必要だと指摘する。. 20 B.S.R.は持続可能な発展の実現をめざして世界的に活動するNPOである。https://www.bsr.org/en/,2017年9月28日閲 覧。 21 森本(1994)31-49ページ。. 60.

(14) 環境経営の登場と進展における背景要因の検討. 足達(2009)は, 「事業活動の環境インパクトを勘案し,企業価値を最大化させようとする経営(もしく は経営意思決定) 」が環境経営だと定義する。足達(2009)は,環境経営が単なる環境への配慮ではなく, それによる企業価値の最大化であるとして,特にこの点を強調している。また,近年,環境規制が強化され, 企業の環境への配慮を市場が求めはじめたことによって,環境経営がより一層推進されるようになったと指 摘する。 金原他(2011)は, 「持続可能性の実現に向けて意識的に行われる経営活動のプロセスを環境経営」だと している。持続可能な発展の概念に基づき,環境経営を経済と環境の両立とした上で,さらにEUの環境政 策の4原則から,その特質を検討している。 他にも環境経営・戦略に関しては,いわゆる発展段階モデルが多数提起されている22が,この発展段階モ デルは,企業の環境経営が消極的から積極的へと,順次段階的に移行していくモデルとして捉えたものであ る。 これらの定義は,環境経営を推進する企業の進むべき方向性を捉えたものだといえる。そして,共通して いるのは,企業を取り巻く社会経済的状況について言及し,そこに環境経営を推進する意義と根拠を見出し ている点であろう。. おわりに 本研究では,筆者の問題関心から環境経営を考察するに際して重要と考える論点や,理論的枠組みをいく つか取り上げて考察した。環境問題とそれらに対する企業の取り組みの歴史は,産業革命以降大きく4段階 に分けて捉えることができる。そして,環境経営が普及し始めたのは,地球環境問題をはじめとした多様な 環境問題が顕在化し,それらの解決が世界的に模索される中で,持続可能な発展という新しい経済発展のモ デルが提唱され,それへ向けた行政の取り組みや,環境マネジメントツールの国際的な発達と普及,環境 NGOの台頭などの条件がそろったからだといってよいだろう。もちろん,個別企業の取り組みは,それ以 前から実施されていたのであるが,企業経営において環境経営が重要な地位を占め始めたのが,1990年代後 半だったのである。 外部不経済論と社会的費用論は,環境経営を推進することが社会的にみて望ましいことの理論的な根拠を 明らかにし,持続可能な発展の登場は,企業経営の進むべき新しい方向性を示したといってよい。環境経営 によるリスクの回避やベネフィットの獲得の可能性は,企業の利潤最大化行動と環境経営が整合的になった ことを示唆しており,CSRはより包括的な観点から環境経営を検討・推進する視点を与えてくれる。 先行研究におけるいくつかの環境経営の定義は,論者によって異なっているが,いずれも環境経営が求め られる企業の内外の時代背景を踏まえた諸条件を明示的に取り込んだものとなっている。 これらの論点については,今後,さらに検討課題として取り上げていく予定である。本稿では,環境金融 や社会的責任投資(SRI)や,環境経営格付けなどを取り上げることができなかった。前者は,環境経営の 展開に大きな影響を与えているものであり,後者は,企業の環境経営の評価に実際に使用されており,これ らの点についての考察は今後の課題とする。. 22 発展段階モデルについては,Kolk and Mauser(2002)がサーベイを行っている。. 61.

(15) 淺 木 洋 祐. 【参考文献】 淺木洋祐(2013)「日立鉱山における公害対策についての評価と課題」 『人文論究』第82号,61-78ページ。 淺木洋祐(2015)「環境経営の展開―明治時代後期から現代まで―」 『人文論究』第84号,91-99ページ。 淺木洋祐(2016)「足尾鉱山,別子銅山,日立鉱山における公害対策の実施要因についての検討」 『環境情報科学論文集』第30 号,1-6ページ,2016年12月。 足達英一郎(2009)『環境経営入門』日本経済新聞社。 石弘之(2010)『火山噴火・動物虐殺・人口爆発』洋泉社。 石川英輔(2013)『江戸時代はエコ時代』講談社。 植田和弘(1991)「社会的費用論アプローチ」植田和弘・北畠佳房・落合仁司・寺西俊一『環境経済学』有斐閣。 植田和弘(1996)『環境経済学』岩波書店。 小田康徳(2008)『公害・環境問題史を学ぶ人のために』世界思想社。 環境経済・政策学会編(2006)『環境経済・政策学の基礎知識』有斐閣ブックス。 國部克彦・伊坪徳宏・水口剛(2007)『環境経営・会計』有斐閣。 金原達夫・金子慎治・藤井秀道・川原博満(2011)『環境経営の日米比較』中央経済社。 斉藤修著(2014)『環境の経済史 森林・市場・国家』岩波現代全書。 菅井益郎(1977)「別子銅山煙害事件」『社會科學研究』第29巻,第3号,161-199ページ。 ジャパンエナジー・日鉱金属株式会社編(1994)『大煙突の記録―日立鉱山煙害対策史―』ジャパンエナジー・日鉱金属株式 会社。 鈴木幸殻(2005)「環境経営の史的考察」高橋由明・鈴木幸殻編著『環境問題の経営学』ミネルヴァ書房。 住友金属鉱山株式会社・住友別子鉱山史編集委員会(1991) 『住友別子鉱山史 上・下巻』住友金属鉱山株式会社。 谷本寛治(2004)『CSR経営―企業の社会的責任とステイクホルダー』中央経済社。 寺西俊一(1984)「“社会的損失”問題と社会的費用論: (続)公害・環境問題研究への一視角」 『一橋論叢』第91巻,第5号, 592-611ページ。 地球環境経済研究会編著(1991)『日本の公害経験―環境に配慮しない経済の不経済』合同出版。 日本の大気汚染経験検討委員会編(1997)『日本の大気汚染経験―持続可能な開発への挑戦』ジャパンタイムズ。 野村総合研究所(1991)『環境主義経営と環境ビジネス』野村総合研究所。 堀内行蔵・向井常雄(2006)『実践 環境経営論 戦略論的アプローチ』東洋経済新報社。 宮本憲一(1989)『環境経済学』岩波書店。 森本三男(1994)『企業社会的責任の経営学的研究』白桃書房。 鷲尾紀吉(2002) 「環境経営の概念に関する一考察」 『名古屋産業大学・名古屋経営短期大学環境経営研究所年報』第1号, 23-35ページ。 Kapp, K. W. (1950) The Social Costs of Private Enterprise, Harvard University Press, Cambridge, Massachusetts.(篠原泰 三訳(1959)『私的企業と社会的費用』岩波書店。) Kolk, A and A. Mauser(2002) The Evolution of Environmental Management : From stage models to performance evaluation, Business Strategy and Environment, Vol.11, No.1, pp.14-31. Kotler, P. & Lee, N.(2005) CORPORATE SOCIAL RESPONSIBILITY : Doing the Most Good for Your Company and Your Couse, John Wiley & Sons, New Jersey.(恩藏直人監訳(2007) 『社会的責任のマーケティング「事業の成功」と「CSR」 を両立する』東洋経済新報社) World Commission on Environment and Development (1987) Our Common Future, Oxford University Press.(大来佐武郎 監訳(1987)『地球の未来を守るために』福武書店) Friedman, M. (1970) The social responsibility of business is to increase its profits, New York Times Magazine, September 13, 32-33, 122-124. N. Walley and B. Whitehead (1994) It’s Not Easy Being Green, Harvard Business Review, Vol.72, No.3, 1994, pp.46-51.. (函館校准教授). 62.

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