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日独の中等教育課程における歴史教育の現状と課題

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(1)Title. 日独の中等教育課程における歴史教育の現状と課題. Author(s). 津田, 拓郎; フレンツェル, コンラート. Citation. 史流, 48: 59-84. Issue Date. 2021-03. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/11786. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) 日独の中等教育課程における 歴史教育の現状と課題 津田 拓郎・コンラート フレンツェル 本稿はドイツ・バイエルン州のギムナジウム1で教鞭を取るフレンツェルと、日 本の教育大学で社会科教員養成を任務としている津田が、日独双方の中等教育課程 の現状を分析・記述した上で、双方の比較を行い、新指導要領導入後の日本の中等 教育課程における歴史教育の展望と課題を明らかにすることを目的としたものであ る2。周知の通り日本では新指導要領の導入に伴い、中等教育課程における歴史教育 に大きな変化がもたらされることとなる。新指導要領導入にともなう改革の中で、 特に強調されているのがコンテンツ(知識)よりもコンピテンシー(資質・能力) を重視する方向性である3。そこではコンピテンシー重視の傾向が見られる「諸外国」 のあり方を模範とする形で、事項の暗記中心の授業から脱却し、生徒の「主体的・ 対話的で深い学び」を前面に押し出す形の授業の実現が求められているのである。 こうしたコンピテンシー重視を打ち出している「諸外国」の一つとして位置付け られているのがドイツの事例である。例えば、2015年5月25日に開かれた、中央教 育審議会の「教育課程部会教育課程企画特別部会(第8回)」の議事録及び配付資 料2を見ると、「様々な歴史の用語を覚えるということではなくて、主要な概念を 1.  ギムナジウムは、初等学校4年間の後に主として大学進学希望者が入学する学校であり、. 日本の小学校高学年・中学校・高等学校に対応している(図1) 。なお、ドイツの教育シス テムは州ごとに異なるため、本稿で「ドイツの事例」として紹介するものは、厳密にはバイ エルン州にのみ当てはまる点には注意が必要である。 2.  本稿においては、主として第1章の記述内容はフレンツェルに、それ以外の部分は津田に. よるものであるが、内容全体について両者の間で議論を行っているため、各章が厳密にいず れかの著者のみに割り当てられるわけではない。記述の日本語化は全て津田が行っている。 ギムナジウムの授業現場における教育実践に関わる部分では、 「著者」はフレンツェルのみ を指す。それ以外の記述において「著者」は津田及びフレツェルの双方を意味する。 3.  こうした状況の概要は、松尾知明「21世紀に求められるコンピテンシーと国内外の教育課. 程改革」 、 『国立教育政策研究所紀要』146、2017年、9-22頁で窺い知ることができる。. 59.

(3) 中心にカリキュラムを構成し、歴史の探究手法を習得させ、歴史的思考力を培うと いうことを重視する傾向」を有する「諸外国」として紹介されているのは、アメリ カ、英国、フランス、ドイツであり、ドイツが先進的事例を提示する国々の一つと して位置付けられていることが分かる4。 こうした状況を踏まえ本稿では、ドイツにおいて近年進められている「コンピテ ンシー(資質・能力)重視」5の改革がもたらす変化やドイツにおける歴史教育の現 状を分析し、それを踏まえて日本における状況との比較考察を行い、日本で進めら れている歴史教育改革を批判的に検討する作業を行う。分析対象は、ドイツについ てはバイエルン州のギムナジウム、日本については主として中学校及び高等学校で ある。ドイツにおける歴史教育のあり方を紹介・分析する邦語の研究はすでに一定 数存在するが、本稿は現場で授業を行っているドイツ人教師自身が現状を記述・分 析している点に特徴がある6。 以下に示すように、新指導要領導入にともない日本の歴史教育のあり方は、いく つかの点でドイツの仕組みに接近する方向性を有している。他方で、日独の間には 見落とすことのできない根本的な差違も存在している。日本においては、ドイツを はじめとした欧米の教育のあり方は、ある種の理想として紹介されることが多いが、 本稿においては「理想的なドイツのあり方を日本でも取り入れるべきである」とい う一面的な結論を下すことは行わず、日独のシステムの違いしっかりと認識した上. 4.  https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/053/giji_list/index.htm(2020年. 11月25日閲覧) 。 5.  ドイツ語表記では「コンペテンツ」Kompetenzであるが、本稿では日本の教育学関係の論. 文で一般的に用いられている英語表記の「コンピテンシー」を用いた。ドイツにおけるコン ピテンシー概念については、吉田成章「PISA後ドイツのカリキュラム改革におけるコンピ テンシー(Kompetenz)の位置」 、 『広島大学大学院教育学研究科紀要第3部』65、2016年、 29-38頁;坂野慎二「教育の目的・目標と教育課程に関する一考察──日本とドイツのコン ピテシー理解を中心に──」 、 『玉川大学教育学部紀要』18、2018年、33-57頁。 6.  本稿では特定の授業実践の紹介ではなく、ドイツにおける歴史教育のあり方一般について. 60. 現場教員の視点から分析を行う。具体的な授業実践の事例としては、 「米英独における評価 の高い歴史授業(平成24年度科学研究費助成事業・基盤研究B)ホームページ」でいくつか の事例が紹介されているhttps://www.nier.go.jp/history_lessons/(2020年11月20日閲覧) 。な お、日本でドイツにおける歴史教育のあり方が紹介される場合、戦争責任や歴史認識の問題 に関心が寄せられることが多いが、本稿ではこの問題は扱わない。.

(4) で、日本の改革について批判的に検討していくこととなる。. 1、ドイツのギムナジウムにおける歴史教育の現状と課題 1-⑴ コンピテンシー重視の歴史教育改革 現在、ドイツのギムナジウムにおいては、コンピテンシーを重視した新指導要領 が順次導入されており7、すでにギムナジウムの第8学年(日本の中学2年生に相当) までは新指導要領のもとで授業を受けている。しかし、バイエルン州のみならずド イツ連邦全土において、新指導要領が「歴史」の科目にもたらす変化はそれほど大 きなものではない。現職の教諭らがギムナジウムの生徒だった時代からすでに、事 項や概念の暗記を重視した授業は行われていなかった。ドイツにおいて典型的に行 われていたのは、図像や写真・文字史料、地図などに基づいた学習である。つまり すでに以前から、知識(事項や概念)の修得のみならず、歴史学研究のような作業 を伴う方法が、歴史の授業の中心を占めていたのである。生徒による小論文の執筆 もすでに一般的であった。バイエルンではさらに、上級学年(ギムナジウムの最後 の2年間)の段階における専門論文(大学における基礎ゼミナール論文と同等のも の)執筆もかなり前から定着している。ただし、こうした論文を執筆したのは、2 つの「重点コースLeistungskurse」のうち、歴史の授業をより多く学ぶコースに属 する生徒のみである。もちろんもう片方のコースに属する生徒もアビトゥア(大学 入学資格試験)の筆記試験は受けなくてはならないが8、全ての生徒が歴史の専門論. 7.  バイエルン州のギムナジウムに関するコンピテンシー志向の新指導要領及び従来の指導要. 領(現在でも第9学年─第12学年の授業はこの指導要領に準拠;以下「旧指導要領」と称す る)はそれぞれ以下のリンクから閲覧可能となっている。https://www.lehrplanplus.bayern. de/fachprofil/gymnasium/geschichte/12; http://www.isb.bayern.de/gymnasium/lehrplan/ gymnasium/fachprofil-ebene-2/geschichte/314/(2020年11月8日閲覧) 。 8.  アビトゥアは基本的に進学校であるギムナジウムの生徒が受験する大学入学資格試験で、. 所定の科目全てに合格していれば原則的にドイツ国内のどの大学にも入学することが可能と なる。 「歴史」においては史資料の解釈を伴う設問が出題され、小論文形式による解答が求 められる。ドイツにおけるアビトゥアの概要は、木戸裕「ドイツの歴史教育─アビトゥーア 試験『歴史科』の出題例と求められるコンピテンス─」 『 、教育思想』45、2018年、159-181頁; 寺本洋子「歴史科アビトゥーア試験と『過去の克服』─ベルリンを例に─」 、 『Brücke』30、 2017年、55-82頁を参照。. 61.

(5) 文を執筆するわけではない。 いずれにしても、かなり前からドイツの歴史の授業のキーワードは「活動重視」 ないし「成果物重視」であった。能動的・積極的に取り組んだときにこそ学びの成 果が上がるという考えが基盤となっているのである。例えば一つの史料から重要な 側面を抽出したり、自ら一つのテーマについて小論文を仕上げたりといった活動に 重きが置かれる(「活動重視」)。そして、学びのおわりに何らかの成果物が生まれ ていることがもっとも重要であると考えられてきた。そうすることで生徒たちは、 自分たちの力で何かを作り上げるという経験を積むことができるためである(「成 果物重視」)9。 バイエルンの8年制ギムナジウムの指導要領(2004年施行、2011年に初めてのア ビトゥア)は、すでに多くの点でコンピテンシー志向の兆しを見せていた。しかし、 すでに述べたように、歴史の授業の現場においてこれは大きな変化を意味しなかっ た。教師の話を一方的に聞き、提示されたデータや概念を暗記するタイプの授業は 遙か以前から姿を消していたのである。 この段階ですでに、指導要領の理念の達成度を明確な基準に則して評価するため の、3つの要求領域Anforderungsbereichが示されていた。生徒にはこの3つの領 域において能力を証明することが求められていた。 1)再現Reproduktion:学んだ知識を提示すること(上位の学年においては逐語的 な暗記ではなく、自分の言葉で筋道を立てて再現すること が求められる)。 2)再構成と伝達Reorganisation und Transfer:学んだ事項を新たな問題解決のた めに活用すること。例えば、一人の歴史上の人物の言葉を. 9.  こうした理念が示されているものの一例として、2007年8月にバイエルンのギムナジウム. で働く歴史の教師にあてた通達がある。なお、この段階ですでにギムナジウムの8年制への 転換が決定していたが、通達の対象となっている2008年のアビトゥアは9年制ギムナジウム の指導要領のもとで行われた(8年制ギムナジウムの初めてのアビトゥアは2011年に行われ. 62. た) 。Staatsinstitut für Schulqualität und Bildungsforschung, München (ISB): Kontaktbrief 2007 an die Lehrer/innen für das Fach Geschichte über den/die Fachbetreuer/in, August 2007, S. 1-3. 通達文は以下のリンクから閲覧可能である、https://www.isb.bayern.de/gymnasium/ faecher/gesellschaftswissenschaften/geschichte/kontaktbrief-geschichte/archiv/(2020年11 月8日閲覧) 。.

(6) その時代の政治の流れの中に位置付けて説明する作業や、 風刺画に込められたメッセージを抽出する作業。 3)省察と問題解決Reflexion und Problemlösung:例えば事実関係や価値判断に 基づいて問いに答える作業。その際には生徒自らが学んだ 知識に基づいて論を組み立て、根拠に基づいて結論(つま り問いに対する評価)を提示したり、ある風刺画について、 的を射ている、誤っている、一面的である、党派的である などの評価を下したりする。 こうした要求領域は筆記試験や課題、さらには口頭試問においてテストされるべ きものであった10。さらに、当時も今もアビトゥアや上級学年(第11学年と第12学年) に関しては、要求領域1の得点だけでは、「可」ausreichendに到達できない仕組み になっている。「可」を取るには、要求領域2に関する課題で70%程度の得点を獲 得する必要があり、「優」gutや「秀」sehr gutのためにはさらに要求領域3におい ても相応の成績が必要となる11。 こうしたありかたには、 「新しい課題文化」neue Aufgabenkulturの理念が明確に あらわれている。架空のものではあるが可能な限り現実的な、そして生徒の生活環 境に近い枠組みの中で、学んだ知識の活用・省察を行うことを重視した理念である。 この段階ですでにコンピテンシーが重視されていたと言って良い12。例えば、ワイ. 10.  Einheitliche Prüfungsanforderungen in der Abiturprüfung in Geschichte, Beschluss vom. 1.12.1989 in der Fassung vom 10.2.2005, S. 6-8; Staatsinstitut für Schulqualität und Bildungsforschung, München (ISB): Kontaktbrief 2006 an die Lehrer/innen für das Fach Geschichte über den/die Fachbetreuer/in, Juli 2006, S. 9-11. それぞれ以下のウェブサイトに お い て 閲 覧 可 能 で あ る、http://www.kmk.org/fileadmin/Dateien/veroeffentlichungen_ beschluesse/1989/1989_12_01-EPA-Geschichte.pdf(2020年11月8日閲覧) 。https://www.isb. bayern.de/gymnasium/faecher/gesellschaftswissenschaften/geschichte/kontaktbriefgeschichte/archiv/(2020年11月8日閲覧) 。 11.  Einheitliche Prüfungsanforderungen in der Abiturprüfung in Geschichte, S. 6.. 12.  事実そうしたことは通達の中で明示されていた、Staatsinstitut für Schulqualität und. Bildungsforschung, München (ISB): Kontaktbrief 2009 an die Lehrer/innen für das Fach Geschichte über den/die Fachbetreuer/in, September 2009, S. 1-2. この通達文は以下のウェ ブ サ イ ト で 閲 覧 可 能 で あ る、https://www.isb.bayern.de/gymnasium/faecher/ gesellschaftswissenschaften/ geschichte/kontaktbrief-geschichte/archiv/(2020年11月8日閲覧) 。. 63.

(7) マール共和国における政党ごとの立場の違いを検証する授業では、教室内で架空の 展示を行うという設定のもとで、与えられた選挙ポスターに解説文を付す作業が行 われる。 さて、旧指導要領においてもゼミナール論文の執筆は行われているが、上述の「重 点コース」はすでに廃止された。その代わりに、生徒たちは必ず1つの「Wゼミナー ル」 (「学術的準備研究ゼミナール」Wissenschaftspropädeutisches Seminarの略称) に所属する。そこでは大テーマについての学術的知識に加えて、学術研究の方法論 一般が、それぞれの専門分野ごとに学ばれる。このゼミナールの枠内で生徒たちは ゼミナール論文を仕上げるのである13(図2は著者の指導のもとで書かれたWゼミ ナール論文のテーマの例である)。 コンピテンシー重視の新指導要領は、「歴史」の科目について上述の3つの要求 領域に代えて、5つの基礎的コンピテンシーを設定している。事象コンピテンシー Sachkompetenz、方法コンピテンシー Methodenkompetenz、評価コンピテンシー Urteilskompetenz、叙述コンピテンシー narrative Kompetenz、定位コンピテンシー Orientierungskompetenz14である。すでに述べたように、ここで示されている能力 や態度は、基本的に従来の歴史の授業においても教授されていた。ただし、授業計 画や、成績評価のための基準のカタログとしては、これらは大いに有益である。全 てのコンピテンシーが実際に考慮されているかどうかを素早く検証することを可能 とするからである15。 大きな変化としては、指導要領自体が特定のコンピテンシーや方法を特定の内容. 13.  通常一人の教師が担当するWゼミナールの学生は15名である。Wゼミナールについて. は、Die Seminare in der gymnasialen Oberstufe. Erarbeitet im Auftrag des Bayerischen Staatsministeriums für Unterricht und Kultus vom Arbeitskreis „Schulversuch Seminare in der Oberstufe“ am Staatsinstitut für Schulqualität und Bildungsforschung (ISB), 2. Aufl., München 2008, S. 12-32. 以下のウェブサイトで閲覧可能である、https://www.isb.bayern.de/ schulartspezifisches/materialien/d/die-seminare-in-der-gymnasialen-oberstufe/(2020年11月 8日閲覧) 。. 64. 14.  Orientierungskompetenzとは、学んだことに基づいて、歴史及び現在における自身の位. 置づけをより深く自覚し、自らの進むべき道筋を決定することができる能力のことである。 https://www.lehrplanplus.bayern.de/fachprofil/textabsatz/44644(2020年11月13日閲覧) 。 15.  https://www.lehrplanplus.bayern.de/fachprofil/gymnasium/geschichte/12(2020年11月 9. 日閲覧) 。.

(8) に割り当てている事例が多いことを指摘できる。つまり、具体的にどういった事実 関係に基づいてどのコンピテンシーを習得させるのかについてが、完全に教師の裁 量に委ねられているわけではないということである。例えば、歴史地図の助けを借 りつつ上エジプト・下エジプトの地理的広がりを学ぶことで、方法コンピテンシー を習得させるといった具合である。 さて、バイエルンにおいて「歴史」の科目は第6学年以降すべての生徒が学ぶこ ととなっている。アビトゥアにおいても全員が歴史の科目を使用することが義務づ けられているが、新指導要領に基づいたアビトゥアは未だ行われていないため、コ ンピテンシー重視がアビトゥアにどのような影響を及ぼすのかについての実態を述 べることは出来ない。ここでも授業と試験は多くの点で現状と変わらないことが予 想できる。上述のとおり、旧指導要領においてもコンピテンシー重視の傾向はすで に見られるのである。新指導要領の強みとなることが予想されるのは、コンピテン シーが明確に示されていることで、何が要求されているのかを生徒がより包括的に 把握できるという点である。これにより、より合理的な試験対策を行うことが可能 となろう。 以上のように、コンピテンシー重視の授業による変化はそれほど大きな影響力を 持たないというのが著者の考えであり、ギムナジウムの同僚たちも同様の意見であ る。この改革は、以前から指導要領や授業を特徴づけていた観点を、より徹底的に 推し進めるものとみなすべきであろう。 なお、コンピテンシー重視のせいで歴史の中身が軽視されてしまうのではないか という懸念がしばしば示されているが、著者はそうは思わない。事実関係を知らず してコンピテンシーが機能することはあり得ないのであり、コンピテンシーは常に 明確な事実関係に即して提示されるのである。また、扱われるべきテーマも明示さ れている。それらは大まかにのみ提示されているため、教師自身が何を重視するか を決められるようになっている。この点においても、これまでの状況と大きくは変 わっていない。多くの教科書には簡潔な本文しか見られないが、これはコンピテン シー重視の動きとは無関係であろう。むしろ事実コンピテンシーと評価コンピテン シーが要求されているため、生徒は自力で事実関係を伝えられるようになり(事実 コンピテンシー)、それに基づいて事実の確定と価値判断を展開できるようになる (評価コンピテンシー)必要がある。 授業計画や成績評価のための基準として役立つ点は、コンピテンシーが明示され. 65.

(9) ていることの利点である。「歴史」の科目が教え・伸ばすべき能力や態度のすべて が含まれているおかげで、教師の負担軽減が実現している。. 1-⑵ ドイツのギムナジウムにおける「歴史」科目のカリキュラムと教科書 ドイツのギムナジウムの「歴史」科目で扱われるトピックは図3のとおりである。 全体の構成からは、ドイツ史・ヨーロッパ史及び近現代史重視の傾向が明確に見て 取れるだろう。前近代の非ヨーロッパ史で比較的扱いの大きなものとしては、第6 学年における古代エジプト史と第12学年における中東の歴史がある。それ以外の ヨーロッパ外の前近代史としては、古代イスラエル、古代ローマ、十字軍、オスマ ン帝国支配下の中東があるが、それら以外はすべてドイツ及びヨーロッパの歴史で ある。 ヨーロッパ外の歴史に対するバイエルンの生徒の関心が十分に大きいことは、著 者や同僚の経験からも明らかである。特に上級学年の生徒からは、なぜ他の地域(例 えばオスマン帝国や中国)の扱いがこれほど少ないのかとの問いを何度か突きつけ られた。ドイツにおいても日本のようにヨーロッパ外の扱いを増やすというアイ ディア自体は魅力的で、生徒にとっても刺激的だろうが、そのためには「歴史」の 授業時間の拡大か、日本のような「世界史」と「ドイツ・ヨーロッパ史」への2分 割が必要となろう。他の科目の時間を削ってまでこうしたことを行うのは、実際の ところ現実的ではない16。 さて、上述のとおり、旧指導要領(第9学年から第12学年)では、どの内容に基 づいてどのコンピテンシーを育成するのかは完全に教師にゆだねられている。コン ピテンシー重視の新指導要領は、こうしたことを部分的に規定している。重要なの は、拘束力を持つのが指導要領のみであり、教科書ではないという点である。学校 で用いられる教科書は、扱われるテーマや課題の点で、指導要領の規定に完全に準 拠しているが17、教師がどの程度教科書を用いるかは、今後も教師の裁量次第であ る。教師自身が追加で課題や資料を用意することも大いにありうる。 教科書は複数の出版社から発行されている(代表的なものとしてはBuchner社、 66 16.  なお中国については新指導要領のもとで以前よりは扱いが大きくなっている(図3の第. 12学年の部分を参照) 。 17.  日本と同じくドイツにも教科書検定があり、検定済み教科書のみが教室で使用される。.

(10) Cornelsen社、Westermann社など) 。学校内でどの教科書を使用するのかは教科会 議(学校内の科目担当教諭による会議)が決定する。著者の勤務するアルツェナウ・ ギムナジウムでは、新指導要領が導入されている学年ではBuchner社の教科書Das Waren Zeiten18を用いている。授業において他の出版社の教科書をコピーして用い ることは禁じられておらず、実際に多くの教師がそうしたことを行っている。教科 書以外の資料を用いることもある。 例えば、著者の同僚の間では、第6学年向けDas waren Zeitenの弱点として、い くつかの章で教科書本文の記述が少なすぎることが指摘されている。生徒たちが特 定の内容について自ら学ぶために十分な情報が与えられていないのである。そして、 章のテーマ理解のために本質的であるような展開が省略されてしまっている場合も 少なくない。他方で、この教科書に掲載されているほとんどの学習課題は極めて優 れたものであると評価されている。 著者自身はできるだけこの教科書に収録された史資料を使用して授業を行うよう にしている。それらが初めから生徒たちの手元にあり、大量のコピーの配布が不要 になるという経済的な理由もある。それでも、教科書の提案通りに授業を展開する のは、全体の半分程度であり、残りの50%についてはアレンジを加えている。教科 書内部の展開と自分の指導計画が合致しない場合にアレンジが加えられることが多 い。稀に、教科書において1時間の授業に対する要求が多すぎたり、または生徒の 発達段階に対して内容が抽象的すぎたりする場合もあり、その際にもアレンジが必 要となる。こうした事例としては、連邦共和国基本法からの抜粋を参照しつつ、ド イツ連邦の政治組織とギリシアにおける民主政を比較する課題が挙げられる19。こ のトピックは第6学年の生徒には全くなじみのないもので、大きな困難がもたらさ れることが多い。 著者が教科書以外の補助的資料を用いるのは、教科書に生徒の理解に必要ないく つかの観点が欠けていると思われる場合や、歴史的諸関係についての学術的イメー ジを十分に正しく伝えられない恐れがある場合である。例えば、ハンガリー人によ る東フランク王国攻撃や、カロリング朝末期の君主と有力者の間の争いについては、 67 18.  Das Waren Zeitenは、出版社のウェブサイト上で内容の閲覧が可能である、https://www.. ccbuchner.de/titel-28-28/band_1_fuer_die_jahrgangsstufe_6-3585/(2020年11月24日閲覧) 。 19.  Das waren Zeiten, Bayern 1, 2018, S. 76f..

(11) 教科書の記述よりも詳細に扱うようにしている20。東フランク王国がすでに崩壊寸 前だったことを生徒が理解しない限り、オットー朝の功績や、レヒフェルトでの勝 利がオットー1世とその後継者に正統性をもたらした理由の完全な把握は困難だか らである。ここでは同時代の叙述史料(プリュムのレギノ、フルダ年代記、クレモ ナのリウトプラント)を追加資料として(当然、ラテン語原文ではなく現代ドイツ 語訳で)用いている。生徒はこれらの歴史史料を用いながら、著者が作成した課題 に取り組むこととなる。 なお、こうした教科書の展開に対するアレンジは、旧指導要領のもとで作成され た教科書に対しても行われていたことであり、コンピテンシー重視の教科書になっ てこうした事例が増したわけではないことは強調しておきたい。. 1-⑶ 歴史学習に対する生徒の動機付け 上述のとおり、ドイツにおいては伝統的に、極めて多様な資料や方法を用いた主 体的な活動が生徒に求められてきた(文字史料、図像史料、地図、モデル、映像)。 それゆえコンピテンシー重視の授業が導入される前から、変化に富んだ授業を行う 余地が大いに存在しはていたといえる。こうした仕組みは生徒の動機付けにとって 極めて重要であると思われる。これは、コンピテンシー重視の授業においても変わ ることはないだろう。 ただし特定のテーマがより大きな動機付けをもたらす場合がある。例えばナチズ ムの歴史(第9学年)は、歴史の授業がそれほど好きではない生徒に対しても大き な関心を呼び覚ましており、主体的な学習が実現している。古代~中世初期を学ぶ 第6学年の生徒の多くは、教科書にあらわれるテーマ群全体に高い関心を示してい るが、中でも生活史に関わる質問が多く出る。ウィラで暮らすローマ時代の家族の 生活はどのようなものだったのか、古代エジプト人は何を食べていたのかといった ものである。中世を学ぶ第7学年では、騎士や中世都市における生活といったテー マが高い関心を集める傾向がみられる。ただし、クラスがどの程度思春期的思考に 支配されているかという点は常に問題となる。第6学年においてすでにこうした兆 68. 候は現れ始め、歴史の授業一般への関心が低くなる傾向がある。ただしこれは歴史 の授業に限られたことではない。. 20.  Das waren Zeiten, Bayern 2, 2019, S. 12f..

(12) 著者の個人的な経験に基づくなら、第8学年に対する授業が一番難しい。ここで 扱われるテーマは、この年齢の生徒には難しいものや抽象的なものが多い(啓蒙思 想における国家理念とその現実への転用、マルクス主義、ビスマルク主導のドイツ 統一など)。思春期のまっただ中にいる生徒にとって、何より大事なのは自分自身 や友人たち(特に異性)なのであり、自分たちの生活世界と切り離されたテーマに は関心が向きにくいのである。もう少し学年が上になると、多くの生徒が政治にも 高い関心を示すようになり、状況は一変する。 コンピテンシー重視の改革も、思春期特有の遠い過去の歴史への無関心を大きく 変えることはないものと思われる。こうした状況は学校という環境につきものなの であり、そういうものとして甘受するしかないだろう。生徒が歴史をしっかりと理 解しそれについて熟考すべきであるという理念は、ここでも利点を有している。単 なる暗記を目的とした授業が、思春期の若者により大きな困難をもたらすことは間 違いないのだから。. 2、日独の状況の比較─特にその「違い」に注目して 2-⑴ 日本における新指導要領がもたらすもの・失うもの 2022年度より施行される新指導要領において、日本の高等学校における社会科教 育のあり方は全面的な転換を経験することとなる。歴史教育の分野については、こ れまでの「世界史A」ないし「世界史B」を必修とする体制から、世界史と日本史 を融合しつつ近現代史のみに対象を限定した「歴史総合」を必修とするカリキュラ ムが動き出すこととなるのである21。そして、新指導要領が「主体的・対話的で深 い学び」を重視していることと対応して、「歴史総合」はこれまでの知識偏重の歴 史教育からの脱却を掲げ、技能や思考力育成を重視した科目として設計されてい る22。本稿執筆段階では「歴史総合」の教科書は公表されておらず、具体的な授業 展開がいかなるものになるのかを述べられる段階にはないが、現状の事項の暗記を 中心とした教育から、いわゆるアクティヴラーニングの要素を取り入れた教育への 転換が意図されていることは間違いない。多くの研究が指摘するのは、新指導要領. 21. 「   平成30年告示高等学校学習指導要領」 、10頁、58-68頁。. 22.  文部科学省「高等学校学習指導要領解説地理歴史編」 、2018年、21-23頁、122-125頁。. 69.

(13) が史資料の活用と「歴史の学び方」の学習を中心に据えた課題解決型の授業展開を 求めている点である23。 「歴史総合」必修化がもたらす変化は、教室での学び方のみに関わるのではない。 ここで特に指摘したいのは、現状のカリキュラムにおいては小学校・中学校が日本 史中心、高等学校において世界史が必修という形で扱う分野に関する棲み分けがな されているのに対し、新指導要領のもとでは、そうした棲み分けが消滅するという 点である(図4)。 特に注目すべきは、「歴史総合」が扱う近現代の(日本史も含めた)世界史が、 日本史中心に構成されている中学校社会科における歴史教育においても比較的手厚 く扱われている分野に属するという事実である。中学校学習指導要領が定めている 前近代部分の「世界史」的内容は「⑴古代までの日本」における「ア世界の古代文 明や宗教のおこり」24を例外として、すべて日本の歴史に直接的・間接的に関係す る事項のみである25のに対し、近代以降の部分では、「⑴近代の日本と世界」にお 26 27 、 「オ第一次世界大戦 いて「ア欧米における近代社会の成立とアジア諸国の動き」. 23.  例えば、君島和彦「新学習指導要領の構造と『歴史総合』 」 、 『学術の動向』2019年11月号、. 37-39頁。こうした要素を批判的に紹介するものとしては、井ノ口貴史「 『歴史総合』の批判 的な検討から創造的実践へ」 『 、歴史地理教育』888、2018年、54-61頁;新谷崇「新設科目『歴 史総合』における歴史教育の課題と展望─グローバル化の時代の外国史学習の意義」 、 『茨城 大学全学教職センター研究報告』2019年、67-80頁、75-76頁。 24.  身につけるべき知識の内容としては「世界の古代文明や宗教のおこりを基に、世界の各. 地で文明が築かれたことを理解すること」とあり、古代~近世部分で唯一日本史との関わり に言及しないトピックとして設定されている、 「平成29年告示中学校学習指導要領」49頁。 25.  日本史に関連付けられた「世界史」的内容はほぼすべてが東アジアに関わる事項である。. 東アジアの枠組みを超える内容としては、 「⑵中世の日本」のなかの「ア武家政治の成立とユー ラシアの交流」における「元寇がユーラシアの変化の中で起こったことを理解する」という 記述と、 「⑶近世の日本」のなかの「ア世界の動きと統一事業」における「ヨーロッパ人来 航の背景とその影響…を理解すること」という記述のみを見いだせるにすぎない、 「平成29 年告示中学校学習指導要領」49-51頁。. 70. 26.  身につけるべき知識として、 「欧米諸国における産業革命や市民革命、アジア諸国の動き. などを基に、欧米諸国が近代社会を成立させてアジアへ進出したことを理解すること」が述 べられている、 「平成29年告示中学校学習指導要領」51頁。 27.  身につけるべき知識として、 「第一次世界大戦の背景とその影響、民族運動の高まりと国. 際協調の動き、我が国の国民の政治的自覚の高まりと文化の大衆化などを基に、第一次世界.

(14) 前後の国際情勢と大衆の出現」27、「カ第二次世界大戦と人類への惨禍」28が扱われ、 「⑵現代の日本と世界」の部分ではそのすべてが日本と世界両方の歴史を扱う単元 として設定されている(「ア日本の民主化と冷戦下の国際社会」、「イ日本経済の発 「主体的・対話的で深い学び」と並んで「歴史総合」 展とグローバル化する世界」)29。 の特色とされている「日本史と世界史を融合した近現代史」という点については、 すでに中学校の歴史教育において(さらに言えば旧指導要領の時点ですでに)実現 しているのである。従って、「歴史総合」はすでに中学校で基盤となる知識を得て いる時代・地域についてより詳細に様々な角度から、そして異なる手法を用いて学 び直すという位置づけになるのであろう30。 いずれにしても、「世界史」が高等学校の必修科目から外されることにより、日 本の歴史教育の場から前近代の世界史を学ぶ機会が大幅に減少して、大多数の生徒 が主として日本史と近現代の世界史だけを学ぶ状況が生じることは確実である。確 かに、「歴史総合」必修化にあわせて行われた中学校における学習内容の見直しに 際して、「わが国の歴史の背景となる世界の歴史の扱いの一層の充実」31がうたわれ てはいるものの、その具体的内容としては「元寇をユーラシアの変化の中で捉える 学習」や「ムスリム商人などの役割と世界の結びつきに気づかせる学習」が示され るにとどまっており、 「世界史A」や「世界史B」で扱われていた前近代の世界史、 特に「わが国の歴史の背景」とみなされていない時代・地域の歴史については、高. 大戦前後の国際情勢及び我が国の動きと、大戦後に国際平和への努力がなされたことを理解 すること」が述べられている、 「平成29年告示中学校学習指導要領」51頁。 28.  身につけるべき知識として、 「経済の世界的な混乱と社会問題の発生、昭和初期から第二次世. 界大戦の終結までの我が国の政治・外交の動き、 中国などアジア諸国との関係、 欧米諸国の動き、 戦時下の国民の生活などを基に、軍部の台頭から戦争までの経過と、大戦が人類全体に惨禍を 及ぼしたことを理解すること」が述べられている、 「平成29年告示中学校学習指導要領」52頁。 29.  それぞれ「冷戦、我が国の民主化と再建の過程、国際社会への復帰などを基に、第二次世. 界大戦後の諸改革の特色や世界の動きの中で新しい日本の建設が進められたことを理解するこ と」 、 「高度経済成長、国際社会との関わり、冷戦の終結などを基に、我が国の経済や科学技術 の発展によって国民の生活が向上し、国際社会において我が国の役割が大きくなってきたこと を理解すること」 を身につけるべきとされている、 「平成29年告示中学校学習指導要領」52-53頁。 30. 「   歴史総合」においては、 「近代化」 、 「国際秩序の変化や大衆化」 、 「グローバル化」とい. うキーワードの元で、近現代史を学習することが求められている。 31. 「   中学校学習指導要領(平成29年告示)解説 社会編」 、19頁。. 71.

(15) 等学校で「世界史探究」を選択するごく少数の生徒を除いて一切学ぶことが出来な くなるのである32。今後の日本の歴史教育は、自国史+自国史に関係する限りの世 界史+近現代の世界史という構成で行われることとなる。 以上、新指導要領のもとでの日本の歴史教育における変化は、1)「主体的・対 話的で深い学び」(=アクティヴラーニング)志向と、2)前近代の世界史の切り 捨て・自国史及び近現代史重視の2点にまとめることができる。現行の「世界史」 では扱われる分量が多すぎるということで、前近代の世界史の知識を犠牲に捧げる 形で、1)の方向性を推し進めていくことがはかられているのだろう。 第1章で示したように、ドイツのギムナジウムでは、新指導要領の導入の遙か以 前から、事項の一方的な教えこみではなく、生徒自身の活動を重視する形の歴史教 育が行われており、そうした方法は生徒に対する動機付けにおいても一定の効果を 上げている。このことを踏まえるなら、日本でも「歴史総合」必修化とともに進め られる生徒の主体的な学びを中心に据えた改革は、正しい方向に進んでいるように 思える。日本の新指導要領が求めている思考力・判断力・表現力の修得は、ドイツ のギムナジウムにおける授業が重視してきたものに他ならない。また、ドイツにお いて(特に前近代について)自国及びその周辺の歴史を中心としたカリキュラムが 組まれていることを見ると、日本の新指導要領における教授内容の精選(=前近代 世界史の切り捨て)についても、生徒を暗記地獄から解放して主体的な学びを導入 するためであればやむを得ないことのようにも感じられる。だが、事態はそう単純 ではない。ドイツのギムナジウムにおいて主体的な学びが実現しているのは、授業 方法の工夫や教授内容の精選のみによるわけではないのである。以下では日独のシ ステムの根本的な違いを踏まえた上で、日本の新指導要領導入に伴う「改革」を批 判的に検証していく。. 2-⑵ 日独におけるシステム上の差違の問題 何よりもまず念頭に置くべきは、日独の中等教育課程における学校制度の違いで. 72. 32.  こうしたことを踏まえると、新指導要領のもとでは中学校教科書にごく少数のみ存在す. る前近代世界史に関する記述はその重要性を増すことになる。この問題については、 森悠人・ 津田拓郎「中学校歴史教科書における中世とルネサンスの扱いについて」 『史流』47、2020 年、63-86頁を参照。.

(16) ある。第1章で分析した事例は、主として大学進学を念頭に置いた生徒が通うエリー ト校に属するギムナジウムのものであり、基本的に大学進学(及びアビトゥア取得) を目標としない実科学校Realschuleや中等学校Mittelschuleなど他の校種の状況は 扱われていない33。これらの校種への分岐はすでに日本で言う小学校5年生に進学 する段階で行われるのである(図1を参照)。こうしたドイツの仕組みは、(公立の 場合)中学校まで多様な学力・進路の生徒が混在する日本とは大きく異なっている。 また、ドイツでは校種間で異なる学習指導要領が適用されており、教科書も校種ご とに別個に用意されているのに対し34、日本の高等学校については、進学校にも非 進学校にも同一の学習指導要領が適用されており、教科書においても(少なくとも 建前の上では)進学校向け・非進学校向けといった違いは存在しない。指導要領が 同一であっても、すべての学校で同一のスタイルでの授業が成り立つことは考えに くいため、日本の教師は状況に合わせて授業のあり方を大きく変化させる必要があ る。旧指導要領のもとでは、非進学校の生徒や世界史を入試で用いない生徒が「世 界史A」、世界史を入試で用いる生徒が「世界史B」を履修するというかたちで棲 み分けがなされる余地があったが、「歴史総合」必修化以降はこうした状況も消滅 する。 歴史教育のカリキュラムの一貫性においても日独では大きな違いがある。ドイツ のギムナジウムにおける歴史教育が一つのカリキュラムの中で一貫性を持って進め られるのに対し、2-⑴でも示したとおり、新指導要領導入後の日本の歴史教育は、 中学と高校で扱われる内容が重複することになる。新指導要領には「中学校までの 学習との連続性に留意して」や「中学校社会科の学習の成果を踏まえ」といった文 言が何度か現れるため、中学校で学んだ知識を基盤として高等学校でそれを深める と位置づけられているようではあるが、「主体的・対話的で深い学び」は中学校に. 33.  ドイツにおける学校システムと進学の関係について邦語で読める情報としては、坂野慎. 二「学校間接続と選抜に関する一考察──ドイツの基礎学校と中等教育段階の事例を中心 に」 、 『論叢:玉川大学教育学部紀要』2015年、35-59頁;古内一樹・浦野弘「ドイツの学校 教育制度改革の現状─中等学校の事例を通して」 、 『秋田大学教育文化学部研究紀要教育科学 部門』70、2015年、175-180頁。 34.  現状、筆者には実科学校や基幹学校における歴史教育の実態を分析・記述する能力はな. い。ギムナジウム以外の校種に関するバイエルン州の指導要領は以下のリンクから閲覧可能 であるhttps://www.lehrplanplus.bayern.de/schulart/realschule(2020年11月8日閲覧) 。. 73.

(17) おいても強調されている要素であり、中学校でアクティヴラーニングの手法を用い て学んだ近現代世界史を、高等学校でもう一度アクティヴラーニングの手法を用い て学びなおすという事態が生まれている35。こうした状況は、 「歴史総合」導入に際 して小中高のカリキュラムのあり方を総合的に議論する作業が欠けていたため生じ たのであろう36。 学校制度の違いと関連して、教員採用・教員養成の仕組みの違いも重要である。 ドイツにおいてはギムナジウムの教諭は(基本的に生涯に渡って同一の)ギムナジ ウムでのみ教え、実科学校や基幹学校に配置換えになることはない。ギムナジウム 教諭には高い専門性が求められるため、博士号取得者が教壇に立っていることも稀 ではない。確かに日本でも高等学校の地歴教諭の中には、大学院を修了した高い専 門性を有する人材も多数見られるが、ドイツのギムナジウムの生徒が、日本の小学 校高学年相当の段階から大学入学直前まで、一貫して高い専門的知識を有する教師 の授業を受けているという点に特に注目すべきである。 この関連で指摘すべきは、日本における教員採用試験で問われる内容が、中学校・ 高等学校ともに、依然として歴史事項の暗記を重視している点である。私見では中 学・高校を問わず、新指導要領が求めるような形で歴史の学び方・歴史の見方・歴 史的思考力を育成するような授業を展開するためには、教師が最低でも歴史学に関 わる修士号取得程度の水準に達している必要があるように思われる。だが、いまだ に多くの自治体では、史資料の活用法もままならず最新の学説や歴史学の方法論に ついての知識が全くない受験者でも、教科書の内容を全て暗記してさえいれば、採 用試験に合格できてしまうような状況がまかり通っている。逆に言えば、修士号や 35.  この点について、君島和彦「歴史総合とはどのような科目か」 、 『歴史地理教育』880、. 2018年、62-69頁、69頁は、 「小中高で求められる『活動』は全く同じである」と述べる。 36. 「   歴史総合」と「地理総合」のあり方を策定した中教審の「教育課程部会 高等学校地歴・. 公民科科目の在り方に関する特別チーム」の議事録からは、当該チームが小学校や中学校に おける学習内容については散発的に言及するのみで、その内容に具体的に踏み込んだ議論を ほ と ん ど 行 っ て い な い こ と が 明 ら か に な る、https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/. 74. chukyo/chukyo3/062/giji_list/index.htm(2020年11月25日閲覧) 。 「教育課程部会 社会・地 理歴史・公民ワーキンググループ」では、特に第5回及び第7回及び第9回で中学校におけ る世界史的内容の扱いが話題に上がっているが、小中高のカリキュラムの総合的な見直しが 実現することはなかったhttps://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/071/giji_ list/index.htm(2020年11月25日閲覧) 。.

(18) 博士号を取得し、歴史学の方法論や最新の研究動向に精通した人材であっても、教 科書に含まれる膨大な事項を暗記していない限り、正規の教員になることはできな いのである。 また、日本の中学校の社会科教員には歴史学の専門家であることよりも、 「社会科」 全体をまんべんなく教えられる人材であることが求められているため、中学校教員 養成を主として担う教育学部において、学生が十分な専門的知識を学ぶことが出来 るカリキュラムを構成することは困難になっている。歴史の分野に関して言えば、 中学校社会の教員免許取得希望者全員が、現状の教育学部のカリキュラムのもとで、 歴史の学び方・歴史の見方・歴史的思考力を十分に身につけることはほぼ不可能で ある。特に近年は、歴史学を専門とする教員の数が削減され続けており、専門知識 よりも実践(=実際の授業におけるテクニック)を重視する傾向も相まって、教育 学部において新指導要領の要求に答えられるような教員を養成できる環境が整備さ れる見通しは全く得られていない。教育学研究科から教職大学院への転換が進むこ とにより、専門知識よりも授業実践を重視する流れはさらに加速するだろう。日本 における教員採用・教員養成のあり方は、「主体的・対話的で深い学び」の実現と いう理想とはかけ離れた状況にあり、少なくとも中学校教員養成に関しては、両者 の乖離がますます広がっているのが現状なのである。 大学入学に関わるシステムも日独で大いに異なっている。上述の通り、ドイツで は日本のような大学ごとの入学試験は存在せず、「大学入学資格試験」として位置 付けられるアビトゥアが州ごとに行われている。アビトゥアにおいては州ごとに統 一的な問題が出題されているが、採点業務はそれぞれのギムナジウムの教諭が複数 人体制で行っている。「歴史」科目のアビトゥアにおいては一定量の史資料の読解 に基づいて、小論文形式で答案を作成することが求められており37、試験時間は210 分となっている。そこでは、暗記した知識の提示や資料中のデータ・論旨の読み取 りのみならず、複数の論者の学説を根拠に基づいて批判的に分析する作業や、史資 料中の情報と授業で学んだ知識と接合させて自分なりの歴史像を提示する作業が要 求される。我々が注目すべきは、この試験の形態が、生徒の主体的な学びを重視し 75 37.  バイエルン州の「歴史」科目のアビトゥアのテーマは以下で閲覧できる、https://www.. isb.bayern.de/schulartspezifisches/materialien/t/themen-in-abiturpruefung/(2020年11月24 日閲覧) 。.

(19) た授業の成果を確実に測定できるように構成されている点である。こうした仕組み が、生徒の授業に対するモチヴェーションを高めていることは間違いない。また、 バイエルン州において「歴史」が必修科目であり、文系理系問わず大学入学を希望 する全ての生徒がアビトゥアを取得する必要がある点も見落とせない。 日本の進学校においても、大学受験が生徒や教師の授業に対するモチヴェーショ ンに決定的な影響を与えていると考えられるため38、現行の受験システムが大きく 変わらない限り、「主体的・対話的で深い学び」を重視した授業が有効に機能する とは考えにくい。カリキュラム上必修科目である「歴史総合」を全ての受験生が受 験科目として使用するわけではないことや39、試験問題が依然として事項の暗記を 重視したものであり続けるという問題は、新指導要領のもとでも解決されていない のである。現在、知識の暗記以外の部分を重視した試験問題の開発が進められてい るようではあるが40、それらが新指導要領が掲げるような能力を十分に測定するこ とができるものとなるとは思えない。また、一部の大学の二次試験で出題されてい る論述式の問題も、大量に暗記した事項を秩序立てて文章化する能力のみを測定す るものが多い様に思われる。大量の受験生の答案を短期間で採点する必要がある現 在の入試システムのもとで、ドイツのアビトゥアのような「主体的・対話的で深い 学び」の成果をそのまま測定するような形式の試験を導入することは現実的ではな いため、進学校の教師と生徒は新指導要領の理念と現実の受験対策の板挟みの状況 におかれ続けることになるだろう。こうしたことを踏まえるなら、新指導要領の要 求するような学びはむしろ、大学受験を絶対目標としていない非進学校や、高校受 験があるとはいえ高校生ほど大量の事項の暗記を要求されない中学校においてこ 38.  こうしたことは、いわゆる「世界史未履修問題」でも浮き彫りになった点である。大学. 受験システムが根本的に変わらない限り、進学校の生徒・教師双方が、大学受験で使用しな い科目を軽視する傾向はなくならないだろう。 39.  この問題はすでに、吉嶺茂樹「高校教員の目から見た世界史探究」 、 『歴史評論』828、. 2019年、68-74頁、72-73頁が指摘している。学術会議は、歴史系入試科目を「歴史総合・日 本史探究」 、 「歴史総合・世界史探究」とすることを提言しているが、全ての受験者が「歴史. 76. 総合」を受験科目とするわけではないという点に変わりはない、日本学術会議史学委員会中 高大歴史教育に関する分科会「提言:歴史的思考力を育てる大学入試のあり方について」 2019年11月22日。吉嶺が提案する「歴史総合+地理総合」の「総合問題」を共通で設定する という案は、学術会議提言が示す方策よりも効果が大きいものと思われる。 40.  前註で示した学術会議提言を参照のこと。.

(20) そ、有効に機能するものなのかもしれない41。. 2-⑶ 主体的・対話的で深い学びの実現可能性をめぐる諸問題 前節で示した日独の違いを踏まえるなら、新指導要領に従った授業方法の改善や 教授内容の精選を経ても、ドイツのギムナジウムで行われているような主体的な学 びが即座に実現するわけではないことが分かるだろう。ギムナジウムは良くも悪く も徹底的なエリート教育が行われている場なのであり、日本の中等教育の現場とは 根本的に異なる世界なのである42。ギムナジウムの生徒は日本で言う小学校段階で すでに厳しい選抜を経た者たちであり、8年間(ないし9年間)に渡って一貫した カリキュラムと教科書のもと、高度な専門性を有した教師の授業を受け、主体的な 学びの成果をアビトゥア試験を通じて証明して大学入学資格を得るのである。こう した仕組みは近年の「コンピテンシー重視」の改革のみを通じて一朝一夕に導入さ れたものではなく、長い伝統の中で形成されたものである。生徒が高いモチヴェー ションを持って取り組むような主体的な学びに根ざした授業は、ドイツ特有の状況 のもとだからこそ実現しているとみなすべきだろう。 著者は暗記中心の教育から生徒の主体性を重視した授業への転換がもたらされる こと自体に強く反対しているわけはない。だが、そうした授業を全ての学校におい て実態を伴った形で実現するためには、小学校から高等学校までカリキュラム、教. 41.  井ノ口貴史「 『歴史総合』の批判的な検討から創造的実践へ」は、自身の「底辺校」での. 経験に基づきつつ、指導要領が提示する展開とは異なる形で「同時代史的テーマ学習」への 組み替えを行い、限られた時間の中で生徒の主体的な学習を促す方法を提案している。 42.  日本の歴史教育改革の文脈でドイツの事例が言及される際に、その多くがギムナジウム. のみを念頭に置いていたことにも大きな問題があるといって良い。例えば、中教審の「高等 学校の地歴・公民科科目の在り方に関する特別チーム」第1回会合(2015年11月12日)の配 付資料を見ると、 「歴史総合」導入に際して参考にされたドイツの事例は、主として鳥越泰 彦の研究( 「ドイツにおける後期中等歴史教育─バーデン=ヴュルテンヴェルク州一般教育 学校の場合」 、 『青山学院大学教育学会紀要 教育研究』57、2013年、39-53頁)に基づいて いることが明らかになるが、これはギムナジウムのみを対象としたものである。鳥越がその 後進めていたギムナジウムとそれ以外の校種において要求されるコンピテンシーの差違の研 究の一部は、近藤孝弘「追悼 鳥越泰彦さんが取り組んでいた歴史教育の課題」 、 『東欧史研 究』37、2015年、95-96頁に掲載されている。ここからも、ドイツにおいては校種ごとに達 成目標における要求水準が大きく異なっていることが明らかになる。. 77.

(21) 員養成と教員採用、大学入試システムなど、公教育のみならず広く社会全体にも影 響を及ぼすような抜本的な改革が必要なことはしっかりと認識しなくてはならな い。そもそも日本の公教育において、徹底的なエリート教育が行われている国々の 事例を模範とすべきなのかという問題も議論する必要がある。今回の新指導要領導 入に伴う「歴史総合」必修化は、こうした点の理解が不十分なままに進められた、 極めて拙速なものであったと評価せざるを得ない。 確かに、今回の新指導要領改訂を鏑矢として、順次様々な領域における改革が進 んでいくのだという考え方もあり得るのかもしれない。だが、今回の改革において、 現状のままでは実現可能性が大いに疑問視される「主体的・対話的で深い学び」の ために、前近代の世界史全てを犠牲に捧げた点を見過ごすことはできない。自国や その周辺の歴史のみならず世界全体の歴史を古代から現代まで学ぶ「世界史」とい う科目は、日本が世界に誇るべき伝統であった43。グローバル化が進む現代におい て、高等学校で「世界史」が必修科目となっている状況は、日本のカリキュラムが 持つ大きな強みとなっていたはずである44。ドイツのギムナジウムを卒業した「エ リート」であっても、ヨーロッパ外についてはせいぜい中近東の歴史を学んでいる に過ぎないのに対し、日本では高等学校を卒業した者全員が、東アジア史のみなら ず、東南アジア、南アジア、西アジア、ヨーロッパ、さらにはいわゆる第3世界を も含む世界全体の歴史の概要に触れることができるのである。こうした強みを自ら 放棄するのが、「歴史総合」の必修化である45。繰り返しになるが、「歴史総合」が. 43.  日本の歴史学界における日東西への3区分とは異なる形で、教科としての「世界史」が. 成立していく課程については、桃木至朗「現代日本の『世界史』 」 、秋田茂他編著『 「世界史」 の世界史』ミネルヴァ書房、2016年、368-389頁;茨木智志「 『世界史』教科書の出発」 、長 谷川修一・小澤実編『歴史学者と読む高校世界史─教科書記述の舞台裏』 、勁草書房、2018 年、153-178頁。 44.  前近代史が西欧中心主義的歴史像の見直しに貢献する可能性については、津田拓郎「8・. 9世紀アフロ西ユーラシア世界におけるカロリング朝フランク王国」 、 『史学研究』308号 (2021年3月刊行予定)の補論で扱った。. 78. 45.  何度か註で言及した中教審の議事録を見る限り、前近代世界史の切り捨ては協議開始前. から既定路線となっていたようであり、このことの是非はほとんど議論されていないように 見える。こうした状況を受けて日本学術会議は「提言 『歴史総合』に期待されるもの」を 2016年5月16日に発表し、 「歴史総合」においてせまい意味での「近現代史」 (フランス革命 以降)のみならず、 「15世紀以前」や「16~18世紀」も取りあつかうべきであることを求め.

(22) 扱う近現代の(日本を含めた)世界史は、中学校でも「主体的・対話的で深い学び」 の手法のもとで全員が学習している分野である。著者は「主体的・対話的で深い学 び」の理念を頭ごなしに否定するわけではない。同じ時代を異なる角度から何度も 学ぶことで、生徒が得るものもあるだろう。しかし、こうした「同じ時代を同じ手 法で何度も学ぶ」形への転換は、前近代の世界史を切り捨ててまで行うべきことだ とは思われない。 特に惜しまれるのは、今回の改革により「世界史A」が完全に消滅することであ る(「世界史B」は事実上「世界史探究」に引き継がれる)。「世界史A」は近現代 史を中心としつつ、前近代史をも含めた世界全体の歴史をコンパクトにまとめた科 目であり、膨大な事項の暗記を要求する科目として悪名高い「世界史B」とは全く 異なるもので、多くの可能性を秘めた教科であった。「世界史A」の教科書には、 生徒が世界各地の歴史を一つの流れとして把握できるような様々な工夫が施されて おり、中学校で日本史中心の学習を終えた高校生全員が必修科目として学ぶ科目に ふさわしい構成となっている。多大な労力をかけて「歴史総合」を新設するのでは なく、「世界史A」(のみ)を必修化する方向性で改革を進めるべきであったと思わ れてならない46。. おわりに 以上、本稿ではドイツにおける歴史教育のあり方を分析・叙述した上で、日独の おかれた状況の違いを明らかにして、新指導要領導入にともなう日本の歴史教育改 革を批判的に検証する作業を行った。著者も日本における旧指導要領の仕組みが理 想的であるなどと述べるつもりはないし、新指導要領が掲げる理念がもつ先進性を 否定するつもりもない。だが、日本の公教育の仕組みを踏まえるなら、今回のよう な欧米のあり方を表面的に取り入れるような「改革」では、「主体的・対話的で深 い学び」の真の意味での実現は大いに困難であろう。「主体的・対話的で深い学び」 の要求は、とりわけ進学校の生徒・教師には受験システムとの板挟みによる困難を たが、この提言はその後の中教審の議論において全く考慮されなかったようである。 「近現 代重視」ではなく「前近代の切り捨て」がもたらされた経緯についてはさらなる検証が必要 だろう。 46.  吉嶺茂樹「高校教員の目から見た世界史探究」は、 世界史Aの持つ利点を再評価した上で、. 世界史探究においても世界史Aのあり方を活かす方向性を模索している。. 79.

(23) さらに増す可能性すらあり得る。だがさらに問題なのは、そうした理念先行の「改 革」のために、従来の仕組みが持っていた大きな強み、すなわち全員が世界全体の 通史を学ぶという、世界に誇るべき日本の歴史教育の伝統を放棄してしまったこと にある。かつては中学校、現行の指導要領のもとでは高等学校で日本に暮らす生徒 全員が学んでいた「世界史」は、新指導要領のもとでは「世界史探究」を選択する ごく一部の生徒だけのものとなってしまうのである。今回の「歴史総合」必修化に ともなう議論の中で、こうした事態がどれだけ意識されていたのかについて、さら なる徹底的な検証を進めるとともに、「改革」の名の下に現行の仕組みが持つ利点 を捨て去るような事態が繰り返されることのないよう、われわれは動向を注視して いく必要がある。 (本研究はJSPS科研費19K02878及び北海道教育大学重点分野研究プロジェクトの 助成を受けたものである)。. 80.

(24) 図1:バイエルン州の学校システム47. 図2:Wゼミナールの大テーマ及び論文のテーマの例 大テーマ. 論文のテーマ. カール大帝とその時代. ランゴバルド王国の征服;タシロ3世の裁判とバイエルンのフランクへの 統合の強化;立法者としてのカール大帝;カピトゥラリア;カール大帝と 王国南東部;アヴァール人とスラヴ人;カール大帝戴冠への道;カール大 帝とザクセン戦争. 30年戦争. アルブレヒト・フォン・ワレンシュタイン─軍事と行政の天才;帝国都市 アウクスブルクにおける30年戦争;30年戦争へのフランスの介入;フェル ディナント2世と30年戦争;魔女迫害と30年戦争;現代の小説における30 年戦争─ダニエル・ケールマン『ティル』;ウェストファリア条約に至る 交渉の過程;ウェストファリア条約─中東戦争解決のための模範?. 中 近 世 に お け る ア ル 皇帝ループレヒトによるアルツェナウの都市昇格;ヘルシュタイン地区の ツェナウとカールグル 起源;中世におけるカールの成立;ナポレオン時代の政治家カール・テオ ドール・フォン・ダールベルク;アルツェナウとカールグルント地方にお ント地方 ける30年戦争;アルツェナウという地名の歴史. 47.  古内一樹・浦野弘「ドイツの学校教育制度改革の現状─中等学校の事例を通して」 『秋田. 大学教育文化学部研究紀要教育科学部門』70、2015年、175-180頁、178頁の図3より。. 81.

(25) 図3:バイエルン州のギムナジウムにおける歴史教育で扱われるテーマ48. 第6学年:人類の誕生からカール大帝 人類とその歴史 エジプト:いにしえの文明 古典古代のギリシア 人類が歴史を作る(横断領域) ローマ帝国 古代から中世へ 細部における社会秩序:家族の生活(横断領域) 第7学年:中世から絶対主義 国王と王国:中世における支配 中世における生活と文化 新しい地理的・心理的地平 過去と現在の経済・交易(横断領域) 宗派の時代 絶対主義とバロック 政治思想の表現としての建築(横断領域) 第8学年:長い19世紀 啓蒙主義、フランス革命、ナポレオン 統一と自由?王政復古と革命の間のドイツ バイエルン─アイデンティティー、領土、文化的遺産(横断領域) 工業化と社会問題 ドイツ帝国 帝国主義と第一次世界大戦 第9学年:短い20世紀 ワイマール共和国─初めてのドイツ民主主義 82. 国民社会主義、第二次世界大戦、ホロコースト. 48.  https://www.lehrplanplus.bayern.de/fachlehrplan/gymnasium(2020年11月24日閲覧) 。第. 11学年と第12学年については現在改訂中のため暫定的な内容である。.

(26) 過去と現在における人権(横断領域) ドイツと戦勝国(1945-1949年) 冷戦における世界政治 第10学年:現代に至るドイツ、ヨーロッパ、世界 分割されたドイツと再統一 21世紀初めまでのヨーロッパ統合とグローバル化した世界 第11学年1:不平等と平等の間の社会─18世紀末以来起こった社会の近代化の 課程 身分制社会から市民社会へ:フランス革命と19世紀初めのドイツに おける構造の変化 臣民から共同構築者へ:帝国における臣民の社会とワイマール共和 国の社会 第11学年2:民主主義と独裁の間のドイツ ワイマール共和国の失敗、ナチスの独裁、絶滅政策 ドイツ連邦とドイツ民主共和国 第12学年1:ヨーロッパ史の諸側面─モデルと秩序形態 古代から啓蒙主義の時代までのヨーロッパにおける支配概念と文化 的諸領域 認識モデルと紛争の種の間にある「ネイション」 第12学年2:歴史的視点から見た国際政治の活動主体群 中東:世界政治的紛争の歴史的発展 20-21世紀におけるアメリカと中国. 83.

(27) 図4:中学校と高等学校で扱う内容の変化49. 84. 49.  なお、1970年代までは中学校においてもかなりの分量の世界史が教えられていた。1980. 年以降のいわゆるゆとり教育の始まりとともに、中学校の教科書から世界史的内容が順次削 減されていき、そうした傾向は2002年にピークを迎える(この年から教科書の版型が大きく なる) 。他方で、1990年代に高等学校において「世界史」が必修となったため、 中高のカリキュ ラムには一貫性が生まれていた。.

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参照

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