日 本 発 ★ 世 界 の く す り(24)
ガ ス モ チ ン(R)の誕 生 物 語
大日本住友製薬株式会社 薬理研究所 薬理第2研 究部 吉 田
直 之
■ は じ め に 「胃 も た れ, 胸 焼 け, 痛 み, 食 欲 不 振, 嘔 吐, 腹 部 膨 満 感 」 な ど の 種 々 の 消 化 器 症 状 が 続 くた め に 医 療 機 関 を 受 診 し, 検 査 で 症 状 を 説 明 す る所 見 や 異 常 が 認 め ら れ な い 患 者 に 対 し て 「慢 性 胃 炎 」 と い う保 険 病 名 で 治 療 が な さ れ て き た. しか し な が ら, 慢 性 胃 炎 は 本 来, 内 視 鏡 生 検 に よ る 病 理 診 断 的 な 診 断 名 で あ り, H. Pylori感 染 が 原 因 で あ る と い う こ と が 明 らか に な っ て き た. 欧 米 で は 前 述 の よ う な 消 化 器 症 状 は 「functional dyspepisia」 と呼 ば れ, 日本 で も 「機 能 性 胃 腸 症 」 と考 え て 適 切 な 治 療 を 選 択 す べ き で あ る と い う 機 運 が 高 ま っ て い る. 「機 能 性 胃腸 症 」 の 原 因 は 消 化 運 動 異 常, 知 覚 異 常, 心 理 的 要 因 等 々 多 岐 に わ た る. こ の 中 の 消 化 管 運 動 機 能 低 下 を 改 善 す る こ と に よ っ て 症 状 の 軽 減 を も た らす 薬 剤 が 消 化 管 運 動 促 進 薬 で あ る. ■ 探 索 研 究 と ガ ス モ チ ン(R)の発 見 最 も古 く か ら用 い られ て い る メ トク ロ プ ラ ミ ドは 明 確 な 消 化 管 運 動 を 促 進 さ せ る が, 一 方 で は, 脳 内 ドパ ミ ンD2受 容 体 を 遮 断 す る た め に, 錐 体 外 路 症 状, プ ロ ラク チ ン過 剰 分 泌 な どの 副作 用 を惹 起 す る 可 能 性 を有 して い る. また, シサ プ リ ドが 心 電 図 QT延 長 に と もな う心 室 性 不 整 脈 の 重 篤 な副 作 用 を 誘 発 す る こ とが報 告 さ れ, よ り副 作 用 の 軽 減 され た 薬 剤 が 望 まれ る よ うに な っ た. この よ うな背 景 の も とで, われ わ れ は, 従 来 の薬 剤 の欠 点 を改 善 した新 しい タ イ プの 消化 管 運 動促 進 薬 を求 め て, 探 索研 究 に着 手 した. われ わ れ の 最初 の着 眼 点 は, 当社 で 開発 され た抗 て んか ん 薬 の ゾ ニ サ ミ ドに あ り, そ の基 本 骨 格 のベ ンゾ イ ソキ サ ゾ ー ル の 中か らアチ ル コ リ ン遊離 抑 制 作 用 を持 つ 化 合物 が 見 出 さ れ た こ とか ら研 究 の端 緒 とな っ た. 当 初, これ らの化 合 物 の アセ チ ル コ リ ン遊 離 抑 制 作 用(消 化 管 運 動 抑 制作 用, 鎮 徑 作 用)と は逆 に, アセ チ ル コ リ ン遊 離促 進作 用 を持 つ化 合 物 をベ ンゾ イ ソキ サ ゾ ー ル骨 格 の 中 か ら約200ほ どの 化 合 物 を合 成 し, 薬 効 評 価 した 結 果, 一 連 の化 合 物 の 中か ら, 消化 管 運 動 を強 く促 進 す る化 合 物 が見 出 され たが, そ の作 用 機 序 を調 べ た結 果, ア セ チ ル コ リ ン遊 離 促 進 作 用 で な くア セチ ル コ リ ンエ ス テ ラー ゼ 阻害 作 用 に よ り 消 化 管 運 動 を促 進 す る こ とが判 明 し, 大 きな シ ョ ッ ク を味 わ っ た. さ らに これ らの化 合 物 は, 中枢 性 の 副 作 用 が 出現 す るた め に合 成 ・評 価 を中止 した. そ の 当 時, 中枢 系 薬 剤 の創 薬 チ ー ム が ドパ ミ ンD2遮 断剤 を有 す る統 合 失 調 症 の探 索研 究 を行 っ て お り, 彼 らが 目的 とす る の は強 力 な ドパ ミ ン受 容 体 遮 断作 用 を有 す る化 合 物 を見 出す こ とで あ り, わ れ わ れ の 命 題 は全 く逆 で い か に ドパ ミ ンD2遮 断 が な く, 市 販 薬 よ り消 化 管 運 動 を強 く促 進 させ る化 合 物 を合 成 す る こ とで あ っ た. 同 じベ ンズ ア ミ ド系 の基 本 骨 格 を持 つ抗 潰 瘍 剤 ク レボ プ ラ イ ドとシサ プ リ ドに注 目 す る と, ク レボ プ ラ イ ドは きわ め て強 力 な ドパ ミ ン D2遮 断作 用 が あ る の に シ サ プ リ ドのそ れ が 弱 い の は なぜ か と考 えた. そ こで, シサ プ リ ドの ア ミ ン部 分 の構 造 解析 や 分子 モ デ ル リ ング の結 果 を参 考 に して, シサ プ リ ドの側 鎖 の ピペ ラ ジ ン環 の3位 にあ る酸素 原 子 が, ドパ ミ ンD2受 容 体 遮 断 作 用 を 弱 め る の で は な いか と着 想 を得 て, この酸 素 原 子 を残 した 化 合 物 を種 々 検 討 した. こ う して, さ ら に300も の化 合 物 を ス ク リーニ ン グ し, モ ル ホ リ ン環 を有 す る一 連 のベ ンズ ア ミ ド系 誘 導体 の構 造 活 性 相 関 を検 討 した 結 果, 1986年 に ドパ ミ ンD2受 容 体 遮 断 作 用 が 全 く な く, 消 化 管 運 動 を強力 に促 進 す る新 しい タイ プの 消 化 管 運 動 促 進 薬 ガ ス モ チ ン(R)を創 製 した. そ の 後 の研 究 に よ り, 世 界 で 初 め て ガ ス モ チ ン(R)が5-HT4 受 容 体 を選 択 的 に刺 激 して アセ チ ル コ リ ンの遊 離 を 増 加 させ, 消 化 管 運 動 を促 進 す る とい う作 用 機 序 がGlobal Standard Drugs Developed in Japan No.24 Discovery Story of Gasmotin(R)
-701-明 らか に な っ た. ま た, 最 近, ガ ス モ チ ン(R)は, 消 化 管 運 動 促 進 作 用 だ けで な く, 胃拡 張刺 激 に よる知 覚 過 敏(胃 痛 み)モ デル に対 して 改 善作 用 を有 す る こ とが 明 らか に な っ てい る. ■ ガ ス モ チ ン(R)の臨 床 試 験 前 臨床 試 験 成 績 に基 づ い て, 1988年 よ り臨床 試 験 が実 施 さ れ た. 臨床 薬 理 試 験 と して 健 常 者 あ るい は 糖 尿 病 患 者 に お け る 胃排 出 遅 延 に対 す る ガ ス モ チ ン(R)の効 果 を ア イ ソ トー プ標 識 試 験 食 に よる 胃排 出 能検 査 で 検 討 した 結 果, ガス モ チ ン(R)はプ ラセ ボ に 比 べ て有 意 に 胃排 出 を促 進 した. ま た, 慢 性 胃炎 患 者 を対 象 に シ サ プ リ ドを対 照 薬 と した 多 施 設 共 同 の 二重 盲 検 比 較 試 験 が実 施 され, 本 剤 の 有 効 性 や 有 用 性 は シサ プ リ ドと同等 で あ る こ とが 検 証 され た. 副 作 用 の発 現 率 は類 薬 と比 べ 同等 あ るい は低 く, 副作 用 の種 類 は 主 と して軟 便 や下 痢 な ど消 化 器 症 状 で あ り, ドー パ ミ ンD2遮 断 作 用 を示 唆 す る 錐 体 外 路 症 状 や 乳 汁分 泌 な どの 副作 用 お よび心 電 図QT間 隔 の 延 長 な ど は認 め られ な か った. 1993年 に慢 性 胃炎 に と もな う消 化 器 症 状, 胃切 除 後 症 候 群, 逆 流 性 食 道 炎 等 の効 能 と して製 造 承 認 申 請 を行 った. しか し, 審 査 当 局 よ り用 量 設 定 の根 拠 が 不 十 分 との 指 摘 を受 けた た め, 用 量 設 定試 験 を追 加 実 施 した. なお, ガ ス モ チ ン(R)を申 請 した 前 年 の 1992年 に は, ICH・GCPが 施 行 さ れ, 臨 床 試 験 の 実 施 に際 し, 遵 守 す べ き事 項 が 規 定 され た. また, 申請 後 の1994年 以 降 に は, ソ リブ リジ ン事 件, 臨床 治 験 に 関 わ る 贈 収 賄 事 件, HIV訴 訟 等, 薬 害 問 題 や不 正 事 件 の た め, 医 薬 品 に対 す る 国民 の不 信 感 が 高 ま っ た時 期 で あ っ た. この よ うな背 景 もあ っ て, 規 制 当局 に よ る審査 基 準 が よ り厳 格 化 した 時期 に ガ ス モ チ ン(R)は審査 を受 け た. 審 査 の 過 程 で, デ ー タ の信 頼 性 につ い て 当然 の こ となが ら, 評価 パ ラメ ー タが 自覚 症 状 で あ る こ とか ら, そ の評 価 基 準 お よび 評 価 の妥 当性 につ い て 議論 が な され た. 結 局, 申請 以 降調 査 会 に よ る審 議 が行 わ れ, 1998年 に追 加 した 用 量 設 定 試 験 成 績 で 統 計 学 的 に有 意 差 が 認 め られ た 症 状 につ い て のみ 効 能 と して承 認 され た. ■お わ りに 本 薬 は消 化 管 の セ ロ トニ ン5-HT4受 容 体 選 択 的 な ア ゴニ ス トと して世 界 で 最初 に 開発 され た薬剤 で あ り, そ の こ とが 高 い評 価 を受 け て平 成14年 度 の全 国発 明賞 を受 賞 した. 多 くの 患者 に とっ て消 化 器 症 状 は憂 鬱 な もの で あ り, QOLの 低 下 に も繋 が る. 臨 床 検査 で器 質 的病 変 が 認 め られ ない 上 部消 化 器 症 状 に対 して 「慢 性 胃炎 」 とい う保 険 病名 にお い てH 2ブ ロ ッ カー や粘 膜 防御 剤 が 漫 然 と投 与 され る こ と が 少 な くな い. 「慢 性 胃炎 」 とい う保 険病 名 を変 更 す る に は, 時 間 を要 す る と考 え られ るが, 少 な くと も 「機 能 性 胃腸 症 」 と捉 え た治 療 が 推 進 され, 消 化 管 運 動 促 進 薬 が 第1選 択 薬 と して処 方 され る こ とが 期 待 され る. -702- Dec . 2008