• 検索結果がありません。

西郷文芸学「相変移」論の成立過程

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "西郷文芸学「相変移」論の成立過程"

Copied!
9
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

Ⅲ 資 料

西郷文芸学「相変移」論の成立過程

髙  橋  茉  由 キィワード:文学体験 「共体験」 「相変移」 構造 語り 1.問題の所在 西郷文芸学では「関係認識論(「世界のあらゆる 〈こと〉〈もの〉は相互に作用しあっており,関係に おいて存在し認識されるという認識論(浜本,1978: 326)」を基盤として,文芸(文学)作品をどのように 読むか,またどのように教育するかについて各論が 提唱されてきた。 2008年に,西郷は新たな理論として「相変移」論 を提唱した。「相変移」論は,2008年に出版された 雑誌『文芸教育』87号においてその概要が説明さ れた理論である。 この「相変移」論に関する先行研究は,わずかなが ら存在している。2008年に『文芸教育』88号にて 「相変移論」の「批判的検討」と題して,8人の研究者 から意見を仰いでいるもの(足立,阿部,田中,鶴 田,藤原,松崎,村上,山元)がある。この他に中 村(2018),山中(2018)の検討がある。 以上の「相変移」論を中心に扱った先行研究は「相 変移」論に対して部分的な考察を加えたものであ る。そのため,成立した「相変移」論がどのようなも のであるのか,「相変移」論以前の西郷文芸学とどの ような繋がりがあるのか,現在のところ明らかでは ない。 さらに,文芸研の雑誌『文芸教育』が,81号2002 年から82号2006年の間刊行されていないので,「相 変移」論の成立過程が不明確である。 2.研究の目的と方法 以上の問題の所在を受けて,本論文は次のことを 研究の目的及び方法とする。 (1)「相変移」論とは何かを明らかにする。そのため に,文芸研が刊行している雑誌『文芸教育』におけ る西郷の論文をもとに,3つの概念を特定する。雑 誌『文芸教育』に拠るのは,「相変移」論について詳 細に説明されている論考が主にこの雑誌の論文だか らである。 (2)「相変移」論の成立過程を明らかにする。そのた めに,西郷の講演内容を山中吾郎1が記録したノー ト及び,ノート内容を山中が整理した整理表をもと に,3つの概念の誕生過程を捉える。なお,山中が 記録したノートの一覧や山中がノート内容を整理し た表については,髙橋(2019)が解題と共に提示して いる。 (3)(1)(2)で明らかになったことを踏まえて, 「相変移」論がこれまでの西郷文芸学とどのような繋 がりがあるのかについて示す。 3.「相変移」論とは何か 西郷(2008a,2008b)の説明をまとめると,「相変 移」論とは,文学作品を「入子型重層構造」と考え, その層にいる人物(位相)に,読者と作家が変身(相 変移)しながら,作品世界を創造(想像)する論であ るということができる。この考えをまとめた図が, 図1の「文芸作品の自在に相変移する入子型重層構 造(以下,構造図)」である。 【図 1】文芸作品の自在に相変移する入子型重層構造 (西郷模式図・モデル)[西郷 , 2008a: 9]

(2)

「相変移」論は,「相変移」論以前の西郷文芸学と 比較すると,「相変移」論以前の西郷文芸学が文学の 読みに関する各論によって成り立っていたのに対 し,「相変移」論は,文学の読みに関して図1で示し た構造図ひとつにまとめているというちがいがあ る。 では,構造図における「相変移」論を構成する主要 概念は何であろうか。西郷(2008a)の文献から,次 の3つの概念を挙げることができる。 ①入子型重層構造 模式図(論者注:構造図のこと)でわかるとおり, (中略)「入子」型,つまり重層構造になっています (というよりも,このように仮説することで,文 芸の世界を玄妙な世界として虚構することが可能 となる,ということです)。(西郷,2008a: 8) ② 複合形象(太字は文献に記してあるままにしてい る。) 構造図に設置してある人物は,「切れていながら, つながっているという不連続の連続の相をなすも のです(つまり,これらの位相は相互にスライド し,オーバーラップして複合形象となります)。 (西郷,2008a: 50)」 ③「相変移」 作者が話者に相変移し,さらに視点人物に相変移 し,しかも対象人物にまで相変移していくことに 注意して下さい。視点がスライドしオーバーラッ プするといってもいいでしょう。読者の側からい えば,イメージを作る方向として正反二様の体験 の仕方があることになります(西郷模式図の矢印 が,右向きと左向きと二とおりあるのは,そのこ とを意味します)。(西郷,2008a: 80) 以上,①入子型重層構造,②複合形象,③「相変 移」の3つが「相変移」論における重要な概念であ る。この3つの概念についてもう少し詳しく見てお く。 ①「入子型重層構造」について 構造図は,「視点と対象(主観と客観)の相関(西 郷,2008a: 11)」によって,人物が配置されており, 人物は,「それぞれの概念・役割・性格・機能にお いては,まったく異なるものがあり,明確に区別す べき」とし,「模式図の縦線はそれぞれの位相を明確 に区切って」いる(西郷,2008a: 83)。例えば,「語り の世界」については,「話者(語り手)の「対象」という のは,語る「ことがら」だけでなく,聴者(聞き手)も 対象(西郷,2008a: 11)」となるのである。 ②「複合形象」について 西郷文芸学の「形象」とは,「実物ではなく,「イ メージ」として描かれているもの(西郷,2005a: 12)」 「作者により,また読者によって,意味付けられた イメージのこと(西郷,2005b: 1)」を指す。 「複合形象」は,「イメージの変身」と深く関わって いる。「変身する前の単一の形象を「前の形象」,変 身した後の形象を「後の形象」(あるいは,「変身形 象」と呼ぶことにします)(論者注:中略)「変身形象」 は,「前の形象」と「後の形象」との「複合形象」という ことになります。両者のイメージをあわせ持つもの (西郷,2006a: 68-69)」と述べるように,イメージが 変身した前と後の形象を合わせて「複合形象」と言う のである。そして,変身には,変身の必然性,可能 性,読者にとっての納得性(西郷,2006a: 69)がある。 さらに,イメージが変身した前と後の形象=「複 合形象」について,ベン図(図2)を用いて「複合形象 (太線の円)」は,「同一性」と「差異性」を含んでいる ことを説明している(西郷,2006b: 44)。 【図 2】「複合形象」を説明した図[西郷 , 2006b: 44] ③「相変移」について 「相変移」とは,「視点の変化が連続的であり,し かも複合的である(西郷,2008a: 45)」,「作者が話者 に変身し,また話者は視点人物あるいは対象人物, またときに読者にも変身する(西郷,2008a: 122)」こ とである。「「自在に相変移」するというのは,作 者・読者の観念・意識の中の操作だから可能である (西郷,2008a: 95)」。なぜなら,西郷は文芸の世界 は,「現実の生身の世界と違って,作者の意識・観

(3)

念の中での表象の世界の記号化(表象化)されたもの であり,且つそれの読者による意識・観念の中での 表象化された世界(西郷,2008a: 102)」だと捉えてい るからである。 また,西郷(2011: 71)は『吾輩は猫である(夏目漱 石)』を例にしながら,「「吾輩」という人物は,現実 の生身の人間である「作家」の漱石が,「猫」の「吾輩」 を「作者」として「想定」した」のであり,「作家漱石が 作者「吾輩」に相変移(つまり変身,あるいは化身)し た」とも考えられることから,「「吾輩」という人物 は,作家漱石の形象と猫の形象の「複合形象」」だと 説明する。つまり,作家が作品を創作する際に「相 変移(変身)」することで,先述した「複合形象」が生 じるのである。 さらに,西郷は,全ての文芸作品は,「みるほう と,みられるほう」との相関関係によって成り立っ ていることを述べ,「見るほう」は,「主観あるいは 主体のこと」で,文芸学では「視点」だと説明してい る(西郷,2009: 10)。文芸作品を創造する時には, 「視点」を必ず設置しており,その「視点」は,表現者 の観点によって設置されることも説明している(西 郷,2009: 12)。先ほどの「相変移」することによって 作品を創造すること,「複合形象」の「同一性」と「差 異性」を踏まえると,作り手が「相変移(変身)」して 「複合形象」が生じ,その「複合形象」には「同一性 (「主体=視点」を設置する作り手の観点)」と「差異 性」がある。この「同一性」が変身の必然性・可能 性,読者の納得性を生み出している。読者が「相変 移(変身)」して読むことができるのは,作り手が「相 変移」して作品を作ることによって,作り手の「視点 =主体」を設置した観点がイメージの中に含まれて いるからだといえる。 4.「相変移」論の成立過程 「相変移」論は, 2005年10月17日に開かれた文芸 研所属教員向けの講義の配布資料に図1の状態で示 されていることから,この時点では完成していたと 考えられる。「相変移」論以前の西郷文芸学をまとめ ている『西郷竹彦文芸・教育全集』の13巻では, 文学作品における西郷のイメージ図(図3)が入子型 で示されている。この図は,1997年5月での徳島 文芸研の学習会にて示されたものである。西郷は, 1997年5月の時点で,文学作品が入子型というイ メージをもっていたといえる。 【図 3】文学作品のイメージ図[西郷 , 1998: 347] では,1997年5月以降,「相変移」論がどのように 成立したのか。3つの主要概念に焦点を当てて見て いく。以下に示すノートの図は,山中が手書きで描 いたものを,山中から許可を得て論者が作り直した ものである。 4.1.「入子型重層構造」の誕生 (1)表現形式の分別 2003年7月19日のノートには,作品と物語言説 を分けた図が示されてある(図4)。 【図 4】 作品と物語言説を分けた構造図。2003 年 7 月 19 日 のノートより。 西郷(2008a, 2008b)における「相変移」論の説明で は,「物語言説」という言葉は用いられていなかった。 ノートで示されている「物語言説」という言葉は,西郷 文芸学の外部から用いてきたものであると考えられ る。しかし,西郷が何の文献から引用したのかについ ては,詳しくはわからない。ここでは,西郷文芸学の 外部の言葉を用いて分類を試みたことを示しておく。 図4が示されている2003年7月19日までのノー ト内容を見てみると,図4が掲載されるまで表現形 式に関わる説明は示されていない。 次に,2003年10月18日のノートに,「話体」と「文 体」,「作風」を区別している図が示されている(図5)。

(4)

【図 5】 作風,文体,話体に分けた図。2003 年 10 月 18 日の ノートより。 なお,「相変移」論以前には,「話者の話体と作者(お よび作品)の文体は理論的には区別されるべき(西 郷,1996a: 42)」,「作風」を「詩一つひとつで題材がち がい,調子がちがっていても,一貫してそこにある もの(西郷,1996b: 337)」と説明してはいるが,「作風」 「文体」「話体」を図5の関係のように示していない。 つまり,「話体」「文体」「作風」という考えは,「相 変移」論以前にも西郷はもっていたが,文体が話体 を包括する,さらには作風が文体を包括するという 関係については確立しておらず,図5が示された段 階において確立されたと考えられる。 (2)表現形式の詳細な構造 2005年の『名詩の世界 西郷文芸学入門講座  第1巻 文芸の構造 視点と対象・形象の相関』に は,作品の構造図が掲載される(西郷,2005a: 156, 171)(図6,7)。この文献は,文芸研の教員を対象 とした連続講座で実施されたものだと「あとがき」に 書かれてあるが,詳細な年月は不明である。しか し,図を見ると「話体」と「文体」が分別されているた め,先ほどの図4と図5を考慮すると,2003年7 月以降の考えであると推測できる。 【図 6】文芸(虚構)の世界(構造図)[西郷,2005a: 171] 【図 7】 作品の表現(語りの世界)を詳細に表した図。[西 郷,2005a:156] 図6は,「語りの世界」があり,「書き手(作者)」の 意図によって,作品のできあがる過程が書かれてあ ること,その作品を読者が解釈することが説明され てある。 西郷(2005a: 171)は,作品の読みについて図6を 用いながら次のように説明している。 私の文芸学の理論では,「語り手」のことを 「視点」と言います。見ている方です。それか ら,石は見られている方,あるいは語られる方 を「対象」と言っていいでしょう。「視点」は見る 方,語る方です。「対象」は見られる方,語られ る方です。 以上のことから,「語り手」のことを「視点」と考 え,「見る方,語る方」と捉えている。つまり,図の 「主体(主体)」とは,「見る方,語る方」のことを指 す。「物事」の隣に書いてある「対象1(便宜上,論者 が番号をつけた)」は,「見られる方」「語られる方」を 指す。作品の世界においては,「語り手」は何かを認 識してその認識したものを「聞き手」に語る。この時 の「認識したもの」が「対象1」であり,語る対象とし ての「聞き手」が「対象2(便宜上,論者が番号をつけ た)」なのである。 この説明の際に西郷(2005a: 172)が「「認識論」のこ とばを使って説明しているわけです」と述べるよう に,西郷文芸学の基盤にある関係認識論(「世界のあ らゆる〈こと〉〈もの〉は相互に作用しあっており, 関係において存在し認識されるという認識論(浜 本,1978: 326)」)を基に説明しているといえる。 図7は,文学作品の表現形式や,表現方法,表現 内容について詳しく示されているものである。「語

(5)

り手」が「どんな場面で」「なぜ・なんのために」「だれ が」「だれに」「なにを」「どう」語っているかというこ とが説明されている。 (3)「入子型重層構造」の誕生 2005年8月29日のノートには,「作風」「文体」「話 体」が分けられ,作品の枠組みは構造図と同様のレ ベルまででき上がった図が示されている。(図8) 【図 8】 作品の内実を表わした入子型重層構造図。2005 年 8 月 29 日のノートより。 しかし,矢印は構造図のような双方向になってい ない。矢印が作家からと読者から伸びており,作品 を創作する側と作品を解釈する側に分けて示されて あるのは,図6の考えから変わっていない。つま り,この段階では「相変移」という概念が完成してい ないといえる。また,「話の世界」が示されておら ず,「作品の世界」と「虚構の世界」が分けられていな い。話者から伸びている矢印が話主に行き着いてい ることも,完成形の構造図とは異なっている点であ る。話主の位置も異なっている。話主とは,「セリ フの「話し手」のこと(西郷,2008a: 17)」を指すが, 図8が掲載されているノートには,なぜこの位置に 話主がいるかは説明されていないため,詳しいこと は不明である。 入子型重層構造の特徴であった「視点と対象(主観 と客観)の相関」関係から生じる「概念・役割・性 格・機能」によって特定する人物を,入子型に配置 することはできていることから,2005年8月29日 の時点で入子型重層構造が誕生していたと考えるこ とができる。 4.2.「複合形象」の誕生 (1)イメージの変身と同一性・差異性 まず,2002年11月24日のノートに「イメージの 変身」について「現実にはあり得ないが,イメージの 世界ならあり得る。―「もの」そのものでなく,「も の」の形象だから。(何にでも変身できるわけではな い。読者の納得性,必然性)」と書かれてある。ここ では,文学作品のイメージは変化していくこと,そ のイメージはただ単に変化しているわけではなく, 読者がそのイメージの変化に納得しているから成立 していることが説明されている。 次に,2002年12月22日のノートに「変身する「も の」の形象」と「相と性との関連」について説明されて いる。「赤いふうせん(作者不明)」を例に,「ふうせ ん→りんご」と「相」は変身していくが,「性」として 「同一性」は変わらずにあり続けることが示されてい る。(図9) 【図 9】 変身する「もの」の形象について「相」「性」を用いて 説明している図。 2002 年 12 月 22 日のノートより。 さらに,2002年12月のノートに「複合形象」が出 現し,2003年4月20日に書かれてあるノートには, 2つのイメージが重なることを図で説明してある (図10)。この図で示されている詩「せみ(有馬敲)」 は,「せみ」であれば,「うるさい」「文句ばかり言う, うるさい人間」という2つのイメージを読者はイ メージするというのである。この時点では,「同一 性」と「差異性」のつながりは見られないことから, 「複合形象」という言葉は登場したが,概念として確 立したとはいえない。 【図 10】 「複合形象」が 2 つのイメージをもっていることを 表す図。2003 年 4 月 20 日のノートより。 (2)「複合形象」の同一性,差異性 2004年7月4日のノートには,「複合形象」の内実

(6)

についてベン図を用いて,説明している。 これまで,「イメージの変身」で述べられていた 「同一性」「差異性」は,「複合形象」で用いられていな かったが,この段階では,両者を関連づけて説明で きるようになっている。 次に,2004年11月7日のノートには,詩を例に して,「(形象が:論者補足)変身して複合形象にな る」と説明が書かれてある。これまでのノートに は,「変身する形象は複合形象になることが多い (2004年7月4日のノート)」と書かれていたが,こ の段階でイメージの変身と「複合形象」がつながった といえる。 以上のノート内容によると,イメージが変身した 形象であり,「同一性」と「差異性」をもっているこ と,読者の納得性があるという考えが示されていた ため,2004年11月7日の段階で,「複合形象」とい う概念が誕生したと考えることができる。以下で示 すように,「相変移」の誕生への過程の中で,「複合 形象」の概念は「文学体験」と関連づけられていく。 4.3.「相変移」の誕生 まず,2004年9月4日のノートには,「共体験≒ 複合形象」と示されている。これまで西郷文芸学で 述べられていた「文学体験」と「複合形象」を関連づけ て考えている。 次に,「外の目,内の目」という西郷文芸学の視点 論と「複合形象」を関連づけて考えている(図11)。 【図 11】 視点と複合形象について書かれている図。2004 年 9 月 4 日のノートより。 図11では,「共体験」によって,「複合形象」が生 まれることを説明している。つまり,読者が構造図 における視点人物の立場に立っている状態を「内の 目」,語り手の立場もしくは,視点人物ではない外 の人物の立場に立っている状態を「外の目」とし,読 者が主体の立ち位置によって,異なるイメージが生 まれて重なり複合化することを西郷は説明してい る。この段階で読者の立ち位置が変わるという「文 学体験」とイメージの変化が複合化することを関連 づけて考えられるようになった。 さらに,2005年10月17日の文芸研所属教員向け の西郷の講義の配布資料には,図1と同じ構造図が 示されてある。ノートにはその後の2005年10月23 日に,「相の転移」から「相の変移」の考えへと関連づ けられている様子がうかがえる(図12)。 【図 12】 相転移と相変移について説明されている図。2005 年 10 月 23 日のノートより。 図12の段階では,「視点人物⇄話者⇄作者」と書 いてあるように,作品の作り手側からの文学体験に ついて考えられている。西郷が自らの作品創造の経 験が「相変移」論構築に生きていると述べているよう に(西郷,2008a: 10),作り手の作品創作時に「相変 移(変身)」するという文学体験が行われていること を図に整理して説明できるようになった。その行為 が物理学の「相の転移」の現象と似ていることを発見 したのである。 この段階にて,「複合形象」と「相変移」を関連づけ て考えられていること,読者だけでなく作り手側か らの「意識・観念の中での表象化された世界」を考え られていることから,「相変移」が完成したと考える ことができる。 4.4.まとめ 以上,西郷文芸学における「相変移」論の主要概念 を明確にし,主要概念が成立するまでの流れを描い てきた。その流れにおいて西郷は,西郷文芸学の外 部の概念を用いて表現形式の関係を明らかにし, 「関係認識」論を基に「視点と対象(主観と客観)」の認 識関係によって人物を配置し,表現形式を分類し た。また,作品内のイメージの重なりに注目するこ とで,「複合形象」という概念をつくり,「複合形象」 の性質(同一・差異,変身したイメージ)を説明し た。さらに,読者の「共体験」によって「複合形象」が 生じることを関連づけて説明した後に,作り手の創 作体験が物理学の「相の転移」と類似していることを 見付け,「相変移」という概念をつくったのである。

(7)

5.「相変移」論成立の意義 以上,西郷文芸学「相変移」論の成立過程を明らか にしてきた。「相変移」論以前の西郷文芸学と比較す ると,西郷文芸学の「文学体験」論である「共体験」論 を拡張させ,「共体験」論の課題を乗り越えようとし た理論だといえる。 「共体験」論とは,作品構造に関する視点論と関連 した理論である。文学作品は,語り手の視点が登場 人物に重なったり離れたりする構造をもっていると 考え(視点論),語り手が登場人物に重なる人物を視 点人物とした。その視点人物に読者が「同化」する体 験と,視点人物を外から眺める体験である「異化」す る体験を同時的に行っている体験のことを「共体験」 とした。 「共体験」論に対しては,浜本(1978: 340)が「同化 と異化を表裏一体のものとして把握したところに, 文学体験論における西郷氏の独創があった。この異 化論の確立によって,作者の創作体験と読者の『読 み』の体験との相対的独自性を理論的に説明しうる 根拠を得た。」と評価している。また,町田(2015: 157)が,「「同化」「異化」が鑑賞に対する考えを実践 的に深めた」と述べるように,国語科教育において 影響を与えてきた理論であるといえる。 しかし,課題もある。山本(1995)は,「重層的な 視 点 と 語 り の 構 造」を 捉 え ら れ な い と し, 松 本 (1997)は,視点概念として語り手と登場人物の距離 の規定が不明確のまま,読者の存在も論じられてい ると指摘する。田近(1998)は,視点論の「外の目」と 「文学体験」論の「異化」との関係が曖昧だと指摘し, 「視点の問題と話法の問題とを関連づけて構造化」す る必要があると指摘する。山本,松本の指摘は,「語 り」が含まれていない西郷文芸学の作品構造に対す る批判であり,田近は読者の読みの体験と作品構造 との関係が不明瞭であることに対する批判であった といえる。 西郷文芸学の「共体験」論によって,作品構造と読 者の「文学体験」を繋げて考えることができるように なったことで,国語科教育では作品構造と読者の読 みを関連づけて学習過程を構想できるようになった 一方,上記で示したように,理論に対する課題も あったのである。 「相変移」論は「共体験」論と比較して,作品構造を 「語り(「相変移」論では「話体」)」も含めてより精緻に 説明するようになった。このことから,文学作品を 「語り」を含めた作品構造として捉え直すことができ るようになり,山本と松本が指摘していた課題を乗 り越えることができた。 また,西郷文芸学において視点の構造(外の目)に よって,視点人物を外から眺める「異化」体験は,「相 変移」論で考えるならば,作品内の人物に「相変移」 している(なっている)状態であると説明できる。 「相変移」論において西郷は,作品内の人物同士が 「同一性(共通性)」と「差異性」をもった複合的な形象 として配置してあると捉えたことによって,読者は 作品内の様々な人物に「同化」し,その「同化」した体 験を重ね合わせていくことが「文学体験」であると考 えたのである。このように,これまでの「異化」と 「同化」の体験を「相変移」として作品構造内の人物に なる体験と考えることで,読者の「文学体験」と作品 構造との関係を説明することができるようになり, 田近が指摘する課題を乗り越えることができた。 特に,作家が作品創造の際に,作品内の様々な人 物に「相変移」して(なって)作品をつくることは「視 点」を設置することであり,作品内の様々な人物は, 作家の観点を基盤とした「同一性(共通性)」をもって いる形象であると同時に,作品の人物の固有の存在 として「差異性」をもった形象として設置されている という考えは,「相変移」論独自の考えである。つま り西郷は,作家が作品内の様々な人物に「相変移」す る(なる)「文学体験」を経て作品をつくることによっ て,それらの「相変移」した(なった)もの全てを重ね 合わせたものが作品として創作されていると考えた のである。以上のような過程を経て作品がつくられ ているから,読者は様々な人物に相互に「相変移」し て(なって)いき,それらを重ね合わせる「文学体験」 が営まれると考えたといえる。 【注】 1 山中吾郎は,文芸研所属の教員である。西郷が 亡くなった現在は文芸研の中心的なメンバーとし て,運営を行っている。小学校教員をしていた が,現在は大東文化大学の教員を務める。 【引用・参考文献】 西郷竹彦(1996a)「2詩における美と真実」『西郷竹彦 文芸・教育全集』第9巻 恒文社,39‒56。初出 は,西郷竹彦(1993)1993年8月26日の徳島文芸 研の特別講座「文芸における美」第一回。

(8)

西 郷 竹 彦(1996b)「三 詩教材の読み方・読ませ方」 『西郷竹彦文芸・教育全集』第9巻 恒文社, 211‒376。初出は,西郷(1981)「第一部 詩教材の 読み方」『詩の授業―理論と方法』,明治図書。 西郷竹彦(2005a)『名詩の世界 西郷文芸学入門講座  第1巻 文芸の構造 視点と対象・形象の相関』 光村図書 西郷竹彦(2005b)「部分形象が全体形象を照射する」 科学的「読み」の授業研究会編『研究紀要』Ⅶ, 1‒14 西郷竹彦(2006a)「文芸における複合形象(その1)」 文芸研編『文芸教育』82号 新読書社,66‒87 西郷竹彦(2006b) 「文芸における複合形象(その 2)」文芸研編『文芸教育』83号 新読書社,40‒ 59 西郷竹彦(2008a)「文芸(虚構)の世界∼西郷文芸学の 新展開 その1∼」文芸研編『文芸教育』87号  新読書社,6‒123 西郷竹彦(2008b)「西郷模式図の意味―文芸世界の謎 を解く―西郷竹彦 足立悦男」文芸研編『文芸教 育』88号 新読書社,70‒106 西郷竹彦(2009)「人間学としての文学」文芸研編『文 芸教育』90号 新読書社,6‒26 西郷竹彦(2011)「『吾輩は猫である』の作者は,誰 か?」文芸研編『文芸教育』95号 新読書社, 62‒85 髙橋茉由(2019)「解題 「西郷竹彦講演の主に記録し たノートにおける整理表」について」国語教育思想 研究会『国語教育思想研究』第19号,47‒62 田近洵一(1998)「読書行為をひらく「視点」論」西郷竹 彦『西郷竹彦文芸・教育全集』 14巻 恒文社, 493‒502 中村龍一(2018)「芥川龍之介『羅生門』の〈読み方〉 ―西郷竹彦「相変移仮説」と田中実「第三項論」―」 日本文学協会編集『日本文学』67 3月号,27‒ 35 浜本純逸(1978)『戦後文学教育方法論史』明治図書 文芸研編(2008)『文芸教育』88号 新読書社 町田守弘(2015)「143鑑賞」髙木まさき・寺井正憲・ 中村敦雄・山元隆春編『国語科重要用語事典』明 治図書,157 松本修(1997)「国語科教材研究における「視点」概念 の問題:「ごん狐」をめぐって(〈特集〉人間関係を 切り拓く言葉の指導)」全国大学国語教育学会編 『国語科教育』第44号,57‒64 山中吾郎(2018)「豆太に見る相補的人間観―文芸教 育の立場から「モチモチの木」を読む―」日本文学 協会編『日本文学』67 3月号,12‒26 山本茂喜(1995)「「ごんぎつね」の視点と語り(湊吉正 先生退官記念号)」筑波大学編『人文科教育研究』 22,23‒32 (広島大学附属東雲小学校, 広島大学大学院・院生) 2020.8.31 発送

(9)

西郷文芸学「相変移」論の成立過程

髙 橋 茉 由

本稿では,西郷文芸学「相変移」論の成立過程を明らかにした。その際,西郷の論文をもとに3 つの概念を特定した上で,西郷の講演内容を山中吾郎が記録したノートをもとに,3つの概念の誕 生過程を捉えた。結果として,西郷は,①西郷文芸学の外部の概念を用いて表現形式の関係を明ら かにし,「関係認識」論を基に「視点と対象(主観と客観)」の認識関係によって人物を配置したこ と,②作品内のイメージの重なりに注目し,「複合形象」という概念をつくり「複合形象」の性質を 説明したこと,③読者の「共体験」によって「複合形象」が生じることを関連づけて説明した後に, 作り手の創作体験が物理学の「相の転移」と類似していることを見付け,「相変移」という概念をつ くったことが明らかになった。「相変移」論は,西郷文芸学「共体験」論を拡張させ,課題を乗り越 えた理論であった。

The Process of Formation of Saigo Literary Studies’

“Phase Transition” Theory

Mayu TAKAHASHI

This paper examines the process of establishing thetheory of Saigo literary studies’ “phase transition.” After identifying the three concepts based on Nishigo s treatise, I grasped the birth process of the three concepts based on the notes recorded by Goro Yamanaka about the contents of the lecture in Nishigo. As a result, the following conclusions were drawn. (1) The relationship between expression forms was determined using the external concept of Saigo literary studies, and people were organized by the recognition relationship of “viewpoint and purpose (subjective/objective)” based on the theory of “relationship recognition.” (2) Focusing on the overlapping of images in the work, I created the concept of “composite diagram” and explained its nature. (3)The reader s “co-experience” and the appearance of the “composite diagram” was associated. The creator s creative experience is similar to the “phase transition” in physics, and Saigo created the concept of “phase transition.” The “phase transition” theory is an extension of Saigo s literary studies’ “co-experience” theory and overcomes the problem.

参照

関連したドキュメント

だけでなく, 「家賃だけでなくいろいろな面 に気をつけることが大切」など「生活全体を 考えて住居を選ぶ」ということに気づいた生

   遠くに住んでいる、家に入られることに抵抗感があるなどの 療養中の子どもへの直接支援の難しさを、 IT という手段を使えば

本事業を進める中で、

○安井会長 ありがとうございました。.

Âに、%“、“、ÐなÑÒなどÓÔのÑÒにŒして、いかなるGÏもうことはできません。おÌÍは、ON

自然言語というのは、生得 な文法 があるということです。 生まれつき に、人 に わっている 力を って乳幼児が獲得できる言語だという え です。 語の それ自 も、 から

真竹は約 120 年ごとに一斉に花を咲かせ、枯れてしまう そうです。昭和 40 年代にこの開花があり、必要な量の竹

大村 その場合に、なぜ成り立たなくなったのか ということ、つまりあの図式でいうと基本的には S1 という 場