自閉症スペクトラム障害のMRI研究
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(2) 288. Brain Science and Mental Disorders Vol.20, No.4, 2009. 図1 脳の定型発達曲線(文献 10 より一部改変して転載) 左の散布図は,横軸が年齢で縦軸が全脳体積で男性 475 名,女性 354 名の健常者データを示している。 a)∼ f)はそれぞれの脳形態指標の近似曲線。. 1.非定型発達 前出したような横断面での観察による脳形態異 常の不一致について,時間軸を考慮すると解決す るという指摘がされている。すなわち,年齢と共 に脳が発達し,所見も変化するという理解が広い 支持を得てきている。定型発達においても脳形態 は図1のように時間と共に曲線を描いて増減する (図1)。例えば脳灰白質体積は,生後徐々に体積 を増すが,思春期にピークを迎え,その後は体積 が緩やかに減少する 10)。この曲線を描く定型発達 を基準として,ASD 当事者での脳体積の相対的 な変化を時系列で描いたのが図2である 11)。これ によれば,ASD 当事者では出生直後には平均の 15 %近く小さい脳体積が,生後 1 ― 2 年の間に定 型発達児よりも逆に 10 %以上大きいレベルまで 急激に増大し,その後緩やかに定型発達児のレベ ルに近づいていき,最終的に成人では定型発達と. 差が無くなっていく。そして成人後には,脳全体 としては健常対照と差は少なく,局所的にはむし ろ体積減少の報告が多い。こうした年齢による相 対的な脳形態所見の増減が,発達途上における ASD 当事者と定型発達児との比較を困難にして いると考えられている。今後は発達過程の縦断研 究による検証が求められる。 2.脳形態異常の成因 上述してきた ASD における脳形態異常は,そ の成因については明らかでない。健常成人におい ては脳灰白質体積の個人差の 8 割以上は遺伝的に 規定されると報告されているため,ASD の脳形 態所見も,少なくともその一部は ASD の遺伝要 因の中間表現型である可能性がある。またその一 方で,胎生期から幼年期ぐらいまでを中心とした 環境要因を反映する部分も少なからず存在してい.
(3) 脳と精神の医学 第 20 巻 第 4 号 2009 年. 289. 図2 自閉症スペクトラム障害の非定型神経発達(文献 11 より一部改変して転載) 横軸に年齢,縦軸に脳の大きさが表されている。破線で記された定型発達者の平均と比較した, 既に発表された 15 の報告による自閉症スペクトラム障害当事者の脳の大きさの偏倚を示している。. るはずである。こうしたある表現型における遺伝 の寄与程度を導くためには,ほぼ 100 %遺伝背景 を共有している一卵性双生児などを対象とした双 生児研究が有用である。すなわち,一卵性双生児 で相異なる表現型があれば,それは環境要因を反 映している可能性が高く,共有される表現型は遺 伝要因を反映する可能性が高い。 われわれは,アスペルガー障害と診断された 22 歳男性の一卵性双生児一致例の脳形態を定量的に 評価するため,82 名の男性健常対照群との比較を, Voxel-based morphometry(VBM)という,細 かな画素の単位で統計解析を行い脳全体から体積 減少や増加を検出できる方法によって行った 14)。 この 2 例は,遺伝子解析により一卵性と診断され た。また,アスペルガー障害の診断が一致してい る一方で,うつ病の併発は一方の産科的合併症が より重度であった双生児対でのみ認め,双生児間 で不一致だった。VBM の結果,健常対照 82 名と 比べて(2 名× 82 名),アスペルガー障害と診断 された双生児対では,右前頭前野,左上側頭回,. 紡錘状回および右扁桃体の灰白質濃度が低下して いた。この低下は,全脳のボクセルによる多重検 定であることからボンフェローニタイプの補正を 行っても,統計学的に有意なものであった(図3) 。 さらに,それぞれの双生児対を別個に健常対照と 比較すると(1 名× 82 名),右前頭前野,左上側 頭回,紡錘状回の灰白質濃度低下は双生児間で一 致して認められたものの,右扁桃体の灰白質濃度 低下は,うつ病を併発した双生児対でのみ認めら れることがわかった。図3の左上に記した灰白質 濃度の散布図からは,右前頭前野,左上側頭回, 紡錘状回におけるアスペルガー障害患者の健常対 照からの偏倚と,双生児対同士の類似,右扁桃体 における相違が認められる。これらの結果から, 右扁桃体の灰白質濃度低下はアスペルガー障害よ りもうつ病との関連が強いことが示唆された。こ のことは,うつ病患者における扁桃体体積減少の 報告と一致している。さらに,動物実験の結果か ら,ASD で認められる扁桃体病変が,同障害に 高率に合併する気分障害や不安障害の関連である.
(4) 290. Brain Science and Mental Disorders Vol.20, No.4, 2009. 図3 アスペルガー障害と遺伝的な脳形態異常(文献 14 より一部改変して転載) 一卵性双生児のアスペルガー障害一致例の 2 人が,82 名の健常対照に比較して,上側頭溝,紡錘状回,前頭前野 では 2 人に共通して体積減少が認められ,これらの体積減少の遺伝性を示唆した。一方で,扁桃体体積減少はうつ病 を合併した双生児対でのみ認められた。STS : Superior temporal sulcus, L : Left, R : Right, PFC : Prefrontal Cortex. と結論する海外の研究グループの見解とも一貫し ている 1)。一方で,前頭前野,上側頭回,紡錘状 回などの脳部位は,心の理論や対人関係能力の脳 基盤として再三機能的関連を指摘され,脳形態上 の異常も繰り返し報告されている部位である。こ の双生児対の VBM 解析が,これらの脳部位の脳 形態異常の追試のみならず,これらの所見への遺 伝要因の関与を支持していることが考えられた。 この見解は,米国の別のグループから報告されて いる,ASD の大脳皮質体積減少には遺伝要因の 関与が強いという研究結果とも一致している 12)。. 3.対人相互作用の障害の脳神経基盤. て規定されている可能性が高い。したがって,脳 画像研究のような中間表現型研究でも,これらの 3 主徴全てと関連した脳画像所見を求めて成功す る期待は低く,それぞれが別個の脳画像所見と関 連している可能性を検証する方法に期待が持てる ことになる。 ASD の 3 主徴のうち,近年,対人相互作用の 障害の背景をなすような脳神経基盤が注目を集め ている。以下では,まず健常ヒトにおける対人相 互作用の基盤をなす,協調性の脳基盤を報告する 研究を紹介し,その後に ASD における社会的コ ミュニケーションの障害の脳基盤を報告した研究 を紹介する。. 最近,ASD の臨床的 3 主徴は,3 つともに説明 できる遺伝要因はないと指摘された 4)。すなわち 言い換えれば,それぞれが別々の遺伝要因によっ. 1.協調性の脳基盤 最近のわれわれの研究で,健常ヒトの対人相互 作用の個人差は,脳形態レベルでも規定されてい.
(5) 脳と精神の医学 第 20 巻 第 4 号 2009 年. 291. 図4 女性に特有な協調性と灰白質体積の社会脳領域における相関(文献 15 より一部改変して転載) 下前頭回の後部や内側前頭前野の前方部など,対人相互作用などに関わる脳部位の灰白質体積が大きいほど協調性 が高いという相関関係が女性特有に認められた。. ることが示唆された 15)。すなわち,健常若年成人 155 名を対象として,下前頭回後部などのヒトミ ラーニューロンシステムをなす脳部位の灰白質体 積が大きいほど協調性が高いという結果を見出し た(図4)。さらに,脳全体で見ても脳灰白質体 積が大きい者ほど協調性が高いという,弱いが統 計的に有意な相関を見出した(図5)。そしてこ れらの相関は,女性に特異的なものであった。ま た,協調性自体も女性でより高く,総灰白質体積 やミラーニューロンシステムの体積も女性でより 大きいことを示した。これらの結果から,女性で より強く作用する要因が,こうした部位を女性で より大きく発達させ,女性の高い協調性も形成し. ていると考えた。さらに,こうした要因は女性で ASD が少ないことにも関連している可能性があ る。 2.自閉症スペクトラム障害での社会性の障害の 脳基盤 さらにわれわれの研究グループでは,健常者内 で男女の協調性の差と関連する下前頭回後部など のヒトミラーニューロンシステムの形態が,ASD の社会性の障害にどのように関与しているかを検 討した(投稿準備中)。健常成人男性 11 名と高機 能自閉症またはアスペルガー障害と診断された 14 名の成人男性のブロードマン 44 野に相当する下.
(6) 292. Brain Science and Mental Disorders Vol.20, No.4, 2009. 図5 女性に特有な協調性と総灰白質体積の相関(文献 15 より一部改変して転載) 脳全体で見た場合でも,灰白質体積が大きいほど協調性が高いという相関関係が女性特有に認められた。. 前頭回後部と同じく 45 野に相当する下前頭回前 部の体積を,空間正規化を行わない本来の空間上 で用手的に測定した。測定方法には,脳溝パター ンの個人差なども考慮した上で,十分な評定者間 一致や評定者内一致を認めて妥当性や信頼性が支 持された。その結果,両群に頭蓋内容積や全脳体 積の差はないものの,ASD 群では左右両側の 44 野と 45 野の体積が有意に小さいことを見出した。 さらに,右半球の 44 野の体積が小さいほど臨床 的に評価された社会的コミュニケーションの障害 が重篤であることを示した。これらの結果から, 下前頭回後部の体積は,健常女性よりも健常男性 でより小さく,さらに ASD 当事者では健常男性 よりも小さいこと,そしてこの部位の体積が小さ いことと協調性の低さや社会コミュニケーション の障害が重度であることが関連していると示唆さ れた。. 4.男女差と ASD 上述してきたように,生物学的な男女差を形成 する因子が,神経発達や社会性の形成においても 重要な役割を果たすことが示唆された 15)。そして, 社会機能には男女差が存在し,さらには社会性の 障害を中核とする代表的な発達障害である自閉症 や ASD の有病率にも約 3 倍から 9 倍といった顕 著な男女差が存在する。 Baron-Cohen らは,健常女性に比べて健常男性 は,共感性や友好性が低いが,その一方で理論的 に体系だてて物事を理解したり推論したりする能 力が高いこと,そしてさらに,健常男性に比べて アスペルガー障害や高機能自閉症の当事者が同様 の偏りを示すことから,“Extreme male brain theory of Autism”を提唱した 2)。男女差を形成 する因子と自閉症スペクトラム障害の社会性の障 害を形成する因子が全て重なることはないにして.
(7) 脳と精神の医学 第 20 巻 第 4 号 2009 年. も,これらの一部が重複すると推論するのは妥当 であろうと考えられる。そのため,男女の社会機 能の違いを形成する因子を明らかにしていくこと が,自閉症の社会性の障害の解明に貢献すると考 えられ,今後はそうした研究が待たれる。社会性 の促進や発達,男女差,ASD のいずれにも関与 している物質としてオキシトシン等があり,病態 解明・病因解明・治療法開発の鍵となりうる物質 として注目を浴びている 16)。すなわち近年,実験 動物において愛着や友好の形成に重要な役割を示 すことが知られる神経ペプチドであるオキシトシ ンの投与によって,ヒトでも他者に対して信頼感 を得やすくなったという知見が報告された 9)。こ の研究では,精神疾患のない健常な男子大学生を 対象に,相手を適度に信頼することで報酬が最大 になるというゲーム課題を用いて,オキシトシン 投与後に駆け引きの相手に対する信頼を抱いて報 酬を得やすくなったことを示した。さらに,この 信頼増強が,オキシトシン投与後に対人相互作用 における社会的なリスクを受け入れやすくなるた めであると結論付けた。その後もこの健常男性に おけるオキシトシン投与による社会機能の変化 は,他者の目もとからその意図を推し量る能力が 改善するという報告などで 3),追試された。f-MRI を用いた研究も行われ,恐怖を誘発する視覚刺激 を受けた際の扁桃体の血流増大は,オキシトシン 投与によって減少することが報告された。特に, 蛇などの刺激よりも,犯罪や事故などの社会的側 面を持つ恐怖課題に対してより強い賦活の減少が 報告された 8)。さらに,ASD 当事者においても, オキシトシンの投与によって,常同反復性や朗読 の際の情感の理解困難などの症状が改善したとい う報告がある 5)6)。こうした知見は,オキシトシ ン受容体遺伝子と自閉症との関連や 13),オキシト シン分泌を制御する CD38 分子のノックアウトマ ウスで見られる社会的な行動の障害 7)などと共に, オキシトシンの機能不全が自閉症の病因や病態に 関与しているという仮説を支持し,さらにはオキ シトシン投与による自閉症への治療的介入の可能 性も示唆している。. 293. 5.お わ り に ASD 当事者の精神機能の非定型発達の背景に 脳の非定型発達が形態レベルでも存在すること, こうした非定型発達には遺伝要因の関与が認めら れること,複数の遺伝要因の関与が想定されるた め対人相互性の障害などに表現型を絞り込んで関 連する脳画像所見を同定する試みが始まっている ことを述べた。今後は ASD の病態解明のみなら ず,客観的臨床評価指標の確立や治療法開発に役 立てられることが今後の目標である。 文 献 1) Amaral DG, Bauman MD and Schumann CM (2003)The amygdala and autism : implications from non-human primate studies. Genes Brain Behav, 2 : 295-302. 2) Baron-Cohen S(2002)The extreme male brain theory of autism. Trends Cogn Sci. 6 : 248-254. 3) Domes G, Heinrichs M, Michel A, et al(2007) Oxytocin improves“mind-reading”in humans. Biol Psychiatry, 61 : 731-733. 4) Happé F, Ronald A and Plomin R(2006) Time to give up on a single explanation for autism. Nat Neurosci, 9 : 1218-1220. 5) Hollander E, Novotny S, Hanratty M, et al (2003)Oxytocin infusion reduces repetitive behaviours in adults with autistic and Asperger’ s Disorders. Neuropsychopharmacology 28 : 193198. 6) Hollander E, Bartz J, Chaplin W, et al(2007) Oxytocin increases retention of social cognition in autism. Biol Psychiatry, 61 : 498-503. 7) Jin D, Liu HX, Hirai H, et al(2007)CD38 is critical for social behaviour by regulating oxytocin secretion. Nature 446 : 41-45. 8) Kirsch P, Esslinger C, Chen Q, et al(2005) Oxytocin modulates neural circuitry for social cognition and fear in humans. J Neurosci, 25 : 11489-11493. 9) Kosfeld M, Heinrichs M, Zak PJ, et al(2005) Oxytocin increases trust in humans. Nature,.
(8) 294. Brain Science and Mental Disorders Vol.20, No.4, 2009. 435 : 673-676. 10) Lenroot RK, Gogtay N, Greenstein DK, et al (2007)Sexual dimorphism of brain developmen-. (OXTR)with autism in the Chinese Han population. Biol Psychiatry, 58 : 74-77.. tal trajectories during childhood and adolescence. Neuroimage, 36 : 1065-1073. 11) Redcay E and Courchesne E(2005)When is. 14) Yamasue H, Ishijima M, Abe O, et al(2005) Neuroanatomy in monozygotic twins with Asperger disorder discordant for comorbid depression. Neurology, 65 : 491-492.. the brain enlarged in autism? A meta-analysis of all brain size reports. Biol Psychiatry, 58 : 1-9. 12) Rojas DC, Smith JA, Benkers TL, et al(2004) Hippocampus and amygdala volumes in parents of children with autistic disorder. Am J. 15) Yamasue H, Abe O, Suga M, et al(2008)Sexlinked Neuroanatomical Basis of Human Altruistic Cooperativeness. Cereb Cortex, 18 : 2331-2340. 16) Yamasue H, Kuwabara H, Kawakubo Y, et al. Psychiatry, 161 : 2038-2044. 13) Wu S, Jia M, Ruan Y, et al(2005)Positive association of the oxytocin receptor gene. (2009)Oxytocin, sexually dimorphic features of the social brain, and autism. Psychiatry Clin. Neurosci, 63 : 129-140..
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