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青年期の文章リテラシー教育: 沖縄地域学リポジトリ

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Academic year: 2021

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Author(s)

上原、明子

Citation

沖縄キリスト教短期大学紀要(47): 31-48

Issue Date

2018-01-20

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/22148

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沖縄キリスト教短期大学紀要第47号 (2018)

青年期の文章リテラシー教育

Education on Reading/Writing Literacy Education in Adolescence

上 原 明 子

Akiko Uehara

Abstract

This article discusses how to cultivate ideal relationship between sensibility and intellect at the final stage of a systematic language education.

It aims to be paired with“The reading education in adolescence”(Uehara 2016), a language education

with artistic discipline, and discusses how to develop students' logical thinking.

Practical report from Reading and Wriging Skills at Okinawa Christian Junior College is made, and there is also a suggestion on how to address education on reading/writing literacy in adolescence with“dialogical thinking”and“ disciplined reading”as key phrases.

はじめに 私はこれまで、言語教育をひとつらなりの体系として捉え、幼児期の「共感的想像力」を育 む段階から青年期の「批判的思考力」を鍛える段階に連なる体系的な言語教育注1 を提案してき た。本来、子ども達・若者達は、自らの力で真に自律した自由な人間へと育ちゆく存在である 。彼らが、《善》から《美》へ、そして《真》へと連なる成長段階に即したメタモルフォー ゼを行 うためには、注意深く整えられた教育の場が必要である。生まれてから9歳未満の子ども達への言 語教育は、子守唄、わらべうた遊び、昔語り、ごっこ遊び、絵本の読み合い・読み聞かせ等の活動を 中心として、「想像力」や「共感力」を育むことを大事にしたい。9歳頃か ら思春期を迎える頃まで の言語教育は、総合藝術である演劇、コロス劇に昇華させた身体的な言語活動の中で、美的な感性と美 的な言語感覚が培われることが大切である。特に、10歳前後の「メタ認知能力」が開花する時期は、注 意深い言語教育が必要である。14歳頃から21歳頃の青年期の言語教育においては、真理へと向かう道筋 を示すための対話的思考に満たされた言語教育が求められる。《善》と《美》の段階における言語教育 の中で、「共感的想像力」が育まれ、 《真》の段階で「批判的思考力」が鍛えられることによって、子ども達・若者達は、理性と感 性の調和のとれた真に自律した自由な人間へと育ちゆくのである。 理性と感性の調和のとれた自由な人間を育むための体系的な言語教育の最終段階として、青 年期の言語教育はどうあるべきか。上原2016では、F.シラーの美的人間教育論に支えられた 藝術的修練による言語教育としての「青年期の朗読教育」について論じた。本稿は、パウロ・ フレイレの「対話的思考」による教育論に支えられながら、他者尊重、内発的、鍛錬型読書を キーワードとした、青年期における文章リテラシー教育について論ずるものである。 1.「対話的思考」について これからの時代を生きる若者達は、混沌とした世界に道を切り開きながら、歩んでいかねば ならない。そんな彼らの「足のともしび」となるような教育とは、どうあるべきなのだろうか。

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- 32 【資料1:体系的な言語教育】 〈共感的想像力を育む段階〉 *誕生~2歳頃 :世界を模倣する時期 ・子守唄 ・わらべうた遊び *3歳頃~7歳頃 :ファンタジーの世界を生きる時期 ・わらべうた遊び ・ごっこ遊び ・昔語り ・絵本の読み合い・読み聞かせ *7歳頃~9歳頃 :リズム感覚を耕す時期 ・リズムある詩歌 ・叙事詩 ・真のメルヘン *9歳頃~思春期の入り口 :美的な感性を磨く時期 (内と外が分離する悲しみを守る) ・叙事詩 ・抒情詩 ・総合藝術としての演劇(群読・コロス劇) ・創作 〈批判的思考力を育む段階〉 *思春期 :美しく語る・読む・知ることを学ぶ時期 ・一つの体験から、芸術・文学・科学へ発展させていく喜び と出会う (読書会・朗誦・群読・コロス劇・創作) *18歳頃~21歳頃 :思考力を研ぐ時期 ・論理的な文章や古典、力のある古今東西の作家の思考に触 れる(鍛錬型読書・論理的文章作成) ・理性と感性の調和のとれた美的感覚を育む (朗誦・群読・コロス劇・創作) 真の意味での自己成長・自己変革は、内発的な力でしかありえない。内発的な力を生み出す ための教育の場において、大事にしなければならないのは、「対話的思考」であると考える。 教師と学生が、教える・教わるという関係から解放され、共に学び合う関係こそ、真の教育の 場に求められるものであるという、パウロ・フレイレの「対話的思考」について、深く共感を 覚える。 本章では、上原2011で分析したパウロ・フレイレの理論、『被抑圧者の教育学』(フレイレ 1979)と『希望の教育学』(フレイレ2001)について、学び直すことを通して、青年期の文章 リテラシー教育を内発的な力を育む教育の場とするための手がかりとしたいと考える。 1-1 非抑圧者 人間は、探求と実践によって真に人間となる。真の知識は、世界と切り離されず、永続的で 希望に満ちた探求を通してのみ生まれてくるものである。 実践的に生きるのは人間だけである。実践は、真に現実を変革する省察と行動として、知識と創造の源泉 である。実践をともなわない動物の活動は創造的ではない。人間の変革活動は創造的である。 (フレイレ1979 p.117) 抑圧された状態におかれている被抑圧者は、無知な存在として知識を伝達され、創造的な実 践を行うこともない。これは、動物的状態と呼ばれる。被抑圧者は、人間としての使命を果た していない。 被抑圧者の葛藤は、次のどれかを選択するかにある。完全に自分自身でいるか、引き裂かれたままでいるか。内面の 抑圧者を放逐するか、しないか。人間的連帯か、疎外か。命令に従うか、自分で選択するか。傍観者でいるか、行動 者になるか。行動するか、それとも、抑圧者の行動をとおして行動の幻想を抱くか。発

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言するか、それとも、創造と再創造の力を奪われて、また、世界を変革する力を奪われて沈黙しているか。 (フレイレ1979 p.24) 1-2 非抑圧者の開放 被抑圧者が解放されるためには、自分の置かれた現状を批判的に認識し、自覚的に自己変革 を起こさなければならない。そのためには、銀行型教育概念‘the banking’concept of educationから、対話に依拠した課題提起型教育problem-posing educationへの転換が必要である 。 「被抑圧者の教育学」は、人間性をとりもどすためのたえまない戦いのなかで、被抑圧者(個々人であれ 全民衆であれ)のためにではなく、被抑圧者とともに鍛えあげられなければならない教育学である。この 教育学では、抑圧とその原因が被抑圧者の省察の対象となる。この省察によって、かれらは必然的に自ら を解放する闘いへと向かっていくだろう。そして、こうした闘いのなかで、この教育学はつくられ、つく りかえられる。 (フレイレ1979 p.24) フレイレの理論は、単なる成人の識字教育の範疇を超えて、時代性を克服し、現代の様々な 分野における行動指針となっている。そこに、青年期の文章リテラシー教育の場を創るための ヒントが隠されていると考える。 人間が抑圧状況を乗りこえるためには、まずその原因を批判的に認識しなければならない。その結果かれ らは高度の変革をとおして、新しい状況、つまりより豊かな人間性を追及することのできる状況を、創造 することが可能となる。 (フレイレ1979 p.22) 1-3 共同探求者 フレイレの提唱する課題提起型教育では、批判的思考を要求する真の対話が求められる。そ の中で、批判的な知覚による自己認識の能力が育まれ、やがて、自分の置かれた世界を変革す る内発的な力が生まれてくる。そのような対話を中心とする教育の場において、生徒と教師は 新しい関係、共同探求者へと変化していく。 対話をとおして、生徒の教師、教師の生徒といった関係は存在しなくなり、新しい言葉(ターム)、すな わち、生徒であると同時に教師であるような生徒と、教師であると同時に生徒であるような教師teacher- student with students-teachersが登場してくる。教師はもはやたんなる教える者ではなく、生徒と 対話を交わしあうなかで教えられる者にもなる。る。生徒もまた、教えられると同時に教えるのである。 かれらは、すべてが成長する過程にたいして共同で責任を負うようになる。 (フレイレ1979 p.67) 教育の場に「気づき・学び・行動する」仕組みを作り、若者達が批判的思考力を獲得するた めの教育的環境を作ることが、教育者の果たすべき責任のひとつであるなら、私達教育者は、 教える・教わる関係から共に学ぶ関係へ、教育者から共同探求者へと認識を変えるための自己 変革を起こさなければならない。

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- 34 教育者は、より肝要になり、より明晰になり、より批判的になり、より旺盛な探究心を持って仕事にあた ることが必要になるのだ。より肝要で、より明晰で、より批判的で、知ることにたいしてより意欲的であ り、より謙虚であるならば、それに応じて、教えるという実践への取り組みはより神聖なものになる。こ うした進歩的な見地からすれば、教えるということは、たんなる対象的・内容的な知識の伝達ではありえ ない。 (フレイレ2001 p.112) 自らを教育の場における抑圧者とせず、また、社会の中で被抑圧者にもならないという覚悟 をすること。そんな「対話的思考」を軸にした教育観を持った教育者が、青年期の文章リテラ シー教育を内発的な力を育む教育の場にすることができるのである。 抑圧者は、階級としても個人としても、だれも解放しないし、自らが必要とする正義のたたかいをとおし て、自分を解放するとともに、抑圧者をも解放するのである。ほかでもなく、被抑圧者たりつづけること を自らに禁ずることによって、である。 (フレイレ2001 p.140) 2.「鍛錬型読書」について 青年期の文章リテラシー教育は、内発的な力を生み出すための教育の場となるためには、 「対話的思考」に加え、読書力が求められると考えている。上原2007では、読書、特に「鍛錬 型読書」注2 を通して、「想像力」、「批判的思考力」、「自己コントロールを支えるメタ認知能力」を鍛え ることで、理性と感性のバランスの取れた自律した自由な人間教育を目指すことを提案した。 本章では、上原2007で提案した「鍛錬型読書」についての考え方を整理しながら、読書と青 年期の文章リテラシー教育の関係について、考察を行う。 2-1「趣味型読書」 上原2007では、読書は、大きく、「趣味型読書」と「鍛錬型読書」の2つのタイプに分類した 。一般的に「読書」として認識されるものは、多くの場合「趣味型読書」を指している。「趣味型読書 」に求められるものは、楽しみや癒し、気分転換等、「快楽」に重きが置かれ、好きか嫌いかに左右さ れてしまうことになる。また、読書を、単に知識を蓄えること、情報を得る手段であると捉えると、イ ンターネット等の普及に伴い、読書には大した意味を見いだせないという認識に陥ってしまう。そのよ うな読書観では、読書習慣を育てることは難しい。 「鍛錬型読書」は、体系的な言語教育の中の〈批判的思考力を育む段階〉から、「趣味型読書」 と分岐して始められるべき読書活動である。そのためには、〈共感的想像力を育む段階〉から、 「鍛錬型読書」につなげるような読書教育が、意識的に行われている必要がある。 2-2「鍛錬型読書」 上原2007では、青年期の読書活動として、「批判的思考力」を鍛えることを目的に、論理的 な 文章や古典、力のある古今東西の作家の思考に触れる「鍛錬型読書」を行うことを提案している。 「鍛錬型読書」とは、深い自己形成に関わる読書活動である。好きか嫌いかではなく、読まねばな らないという意識が求められる。そのため、読書習慣を育むためには、丁寧な指導と段階的な訓練 が必要となる。

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小学生時の読書は、「趣味型読書」が大部分を占めている。この時期に、読書を楽しむこと と読 書の習慣づけをすることが大事である。教育者は、体系的な読書教育を行うという意識の下に、無 秩序、無計画な多読の奨励や無責任な放任主義ではなく、段階的に「鍛錬型読書」へつなげるよう な読書の仕方を考慮に入れた的確なアドバイスをしなければならない。しかし、教育者自身が、「 趣味型読書」に留まっている場合が多く、体系的な読書教育がなされていな いというのが現状である 。そのため、小学生、中学生、高校生と、読書量が減少し、授業のテキスト以外では、1か月に全く 読書をしない、不読者層の大学生が増えている。 里美2010では、フレイレの「読む」という行為の洞察を次のように記している。 われわれは世界のなかで、世界の一部として生きているのですが、読むというのは、読まれる対象である 世界と、それを読む自分とを意識的に分離する行為なのです。世界のなかに生きている自分が、その世界 を(もちろん自分を含めての世界ですが)あえて読む対象としてとらえ返すのですね。それはいわば指向 的に世界と向き合う行為で、自分が生きている世界を距離をおいてad-mirarする(つまり意識的に「注 視する」)行為、現実を異化し問題化する行為なのです。このフレイレの洞察は読み書き行為の本質を深 くついたものだと思います。世界と向きあうという身のおき方がなければ、真の意味でのliteracy(リ テラシー)はうまれてこないのです。 (里美2010 p.255) 「鍛錬型読書」の目的も、世界と向き合い、そこに自らを再定位化する過程としての行為と して位置づけられる。世界とつながり、世界を認識し、世界ので生きている自分という存在を 認識しなければ、私達は真に自律した自由な人間にはなりえないのである。 青年期にある彼らは、自らを再定位化するために読まねばならない。世界の一部として、社 会の一部として生きている自分を認識するために読まねばならない。指向的に世界と向き合う ために、現実を異化しながら問題化するために読むのである。世界と向き合うという意識がな ければ、真の意味でのliteracy(リテラシー)は生まれてこないのである。 3.青年期の文章リテラシー教育の実践と考察 真理へと意識を向ける時期にある青年期の言語教育は、世界と向き合い、そこに自らを再定 位化するための学びの場でなければならない。青年期における文章リテラシー教育は、「対話 的思考」の下に、若者達を真理へ導くための言語教育でありたいと考えている。世界とつなが り、世界を認識し、世界の中で生きている自分という存在を認識することで、真に自律した自 由な人間となってくれることを願っている。共同探求者として、学生と教師が共に「対話的思 考」の下に学び合う場を創ること。それが、私の求める教育観である。 本章では、沖縄キリスト教短期大学の「表現技法」という講義について、「批判的思考」、「鍛錬 型読書」、「論理的思考」という3つのキーワードを軸に分析し、青年期における文章リテラシー教育 についての考察を行う。 3-1 概略 ⑴ 開設の経緯と現在までの流れ 沖縄キリスト教短期大学の「表現技法」は、1982年に4月に開講し、科目改編や内容の 修正を経ながら、現在に至っている。第Ⅰ期(1998年度~1996年度)では、全学生必修科

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- 36 目として、前期に「表現技法Ⅰ」、後期に「表現技法Ⅱ」が開設されていた。「表現技法Ⅰ」は、 現在の「表現技法」のシラバスの前身にあたる。「表現技法Ⅱ」は、リサーチ・ペーパーへの取り組 みを行い、文章リテラシー教育としてはかなり高度な内容となっていた。『新・表現技法』の序章には 、当時の一般教育(現在の総合教育系)の教員は、「大学で基礎的 学習能力は、日本語である。ま ず、日本語で書かれているものを的確に読ませ、それに基づいて、考えさせて、そして書かせよう 」という、熱き志のもとに、卒業必修科目として開講したのだと書かれている。日本の大学教育の中 で、「大学で読み書きを教える」こと への理解が薄かった時代にあって、本学の文章リテラシー教育 科目の設置は、画期的な決断であったと驚嘆する。その後、90年代になり、東京大学教養学部が『知 の技法』をテキストした文章リテラシー教育を始めたのを皮切りに、日本中の大学で、文章リテラシ ー教育が行われるようになった。 やがて、日本における大学教育の中では、「初年次教育」という概念が生まれ、多くの 教育機関において文章リテラシー教育は、初年次教育の一部に組み込まれていくようにな る。本学では、「表現技法」と初年次教育との繋がりが学内で共有されないまま、英語科では 初年次教育として「フレッシュマン・セミナー」が開設され、保育科では、初年次教育が行わ れていないとの認識が持たれている。開設から36年、大学における文章リテラシー教育の意義 を確認しなければならない時期を迎えている。 【資料2:『新・表現技法』p.2(抜粋)】 ‘表現技法はいわゆる作文ではない’、即ち、高校までの感想文等の情意文の作文ではなく、認知文(説明文 、説得文、論説文等)の作成である、という認識のもとに、次のようなねらいと方法で実施される。 〈課 題〉 明確で適切な表現力と、理路整然とした論述力を身につける。 〈目 標〉 明快(正確、完結、論理的)な文章を書く。 〈 読 書 材 〉 情意文(小説等の文学作品)ではなく、認知文(説明文、説得文、論説文等)が読書材(テ キスト)として用いられる。 〈講義の内容〉 ① 精読(批判的読み、クリティカル・リーディング) ② 要 約 ③ 論評(クリティカル・ライティング) ④ ブック・リポート(新書版をテキストとする) ⑤ 感 想 文 以下、参考までに、第Ⅱ期から第Ⅳ期(現在)までの流れを記しておく。 第Ⅱ期(1997年度~2006年度)では、総合教育系提供科目の「表現技法Ⅰ」を「表現技法」 と改編。「表現技法Ⅱ」は、それぞれの学科の教員が担当することで、専門性との関連付けを 行う ことを目的に、英語科の「特別研究」、保育科の「保育研究ゼミ」を開設した。しかし、保育科 では、教育課程改編の流れの中で、文章リテラシー教育についての教育意義の継承がなされなか ったため、「表現技法Ⅱ」から発展した「保育研究ゼミ」は、現在では姿を消してい る。第Ⅲ期( 2007年度~2013年度)では、沖縄キリスト教学院大学(キリ学)と合同の「表現技法」の授業研究が 行われるようになり、沖縄キリスト教学院論述作文研究会が発足した。しかし、キリ学では、フレッ シュマン・セミナーの中で、文章リテラシー教育を行っていることと、教育目的が卒業論文を目指し ていることもあり、本学の「表現技法」との関連性が見いだせなくなっていった。研究会も委員長が 大学を退任するのに併せて自然消滅した。「表現技法」

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の教授項目は、創設時の「表現技法Ⅰ」を継承していたが、受講生達の基礎学力が2分化し、 再履修生が増加していった。これは、本学だけの課題ではなく、日本中の大学教育機関で、学 生の基礎学力不足対応するためのリメディアル教育に乗り出した時期にあたる。本学でも、創 設時から提供してきたレベルを、受講生のレベルに合わせる取り組みが始まった。第Ⅳ期(2014 年 度~現在)では、英語科の「特別研究」(2015年度廃止)が必修でなくなったことを受けて、英 語科と保育科の学生達に対する文章リテラシー教育を改良することとなった。 ⑵ シラバス(2017年度) 私は、1995年度より、「表現技法」に携わっている。教授に就任した2007年度からは、「表 現技法」のコーディネーターを担ってきた。2014年度からの「表現技法」では、年々深刻化する基礎学力不足の底上げをしな がら、彼らの専門教育の土台となり、さらに、生涯に渡って学び続けるための「足のともしび」となる教育を目指さねばな らないと考えた。そのため、教育の中核に「新書読書」を据えることにした。これは、読書の意義を出発点とした体系的 な言語教育の最終段階としての、青年期の文章リテラシー教育の視点から、「鍛錬読書」の習慣を付けることで 、自律した学習者を育むことができるのではないか考えたからである。 「新書読書」を中核に据えた「表現技法」は、以下の2点を改良した。 1点目は、ブックリポートの読書材の変更。従来の、教師の選定したリストから自由に 選択して1冊読むスタイルを廃止し、講義用テキストとして購入した新書を、半分は講義 における教授項目に沿って読み、半分をブックリポート(3-3⑸参照)にすることで、 新書読書入門とした。 2点目は、論評文から提言文への変更。論評文を書く目的は、文献探索を通して情報収 集を行い、論理的な文章を書くことにある。提言文は、論評のみで終わらずに、「新書読書」と 社会問題解決を繫げていく方向へと発展させた取り組みである。(3-4⑵参照) 【資料3:担当者用シラバス】 テキスト:※ 『「ゆっくり」でいいんだよ』辻信一(ちくまプリマー新書) 授業を通して、新書読書の習慣づけをすることを目的とする。 卒業までの2年間で、新書50冊を目標に掲げて、その最初の1冊目と位置付ける。 課題1:ブックリポート(新書読書の訓練を目的とする) 課題2:提言文(論理的思考、批判的思考の訓練を目的とする) 課題3:担当者の課す課題(文章リテラシーの基礎的訓練を目的とする) 【講義内容】 ※指定の新書をテキストにして毎回の授業テーマを実施。 1 オリエンテーション / 図書館ツアー 2 精読⑴ ※新書読書の訓練(読み取りの方法やコメントの仕方をレクチャーしながら) 3 精読⑵ ※新書読書の訓練(個人のコメントをクラス全体でシェアしながら、読みを深める) 4 批判的読み ※多角的な読み取り(ひっかかる部分と、解決方法をコメントする) 5 要約⑴ ※要約についてのレクチャー 6 要約⑵ ※要約実践 → クラス時間内に提出 → 次回添削返還 7 要約⑶ ※要約実践 → クラス時間内に提出 → 次回添削返還 8 要約文テスト 9 ブックリポート⑴ レクチャー /課題:テキスト既読箇所以外の全範囲を読んでくること 10 ブックリポート⑵ クラスにて、下書き → 学生各自のメールボックスにて添削・返還 (授業内に間に合わない場合は、指定日までに下書き提出・学生メールボックスへ返還)

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- 38 11 ブックリポート⑶ 報告・提出 口頭報告会(書き言葉から話し言葉への転換、3分スピーチ、評価方法の学習兼ねる) ※清書提出(授業時間内に提出できない場合は、減点) 12 提言文⑴ 新聞記事(社会問題)を持参し、記事の要約と課題分析 13 提言文⑵ 課題解決のために、『「ゆっくり」でいいんだよ』の本の中から3つの言葉を提案し、コメント する。(新書読書と社会問題解決を関連づける) 14 提言文⑶ 下書き (個別指導) 15 提言文⑷ 報告・提出 口頭報告会(書き言葉から話し言葉への転換、3分スピーチ、評価方法の学習兼ねる) ※清書提出(授業時間内に提出できない場合は、減点) 3-2 批判的思考 ⑴ コール・アンド・リスポンス 私は、「コール・アンド・リスポンス」、つまり、「呼びかけ」と「応答」こそ、「対話的思考」 の始まりであると考えている。 1回目から3回目の授業の中で、「コール・アンド・リスポンス」という活動を行う。こ れは、授業で読んだ文章の中から、心に響いた個所を写本し、その理由をコメントしたもの に対し、クラスメートからのコメントを受けるという、読むことと書くことを自己完結する ことなく、他者との繋がりの中に展開していく活動である。 彼らは、クラスメートの文章に対し、短い時間で読み取り、コメントしなければならな い。読み手を意識しならが文章を書くことは、文章上達の秘訣である。この活動を通して、 一番大事にしたいのは、「言葉の贈り物」を受け取る喜びである。自分の考えを肯定して くれ たこと、共感してくれたこと、あるいは、舌足らずの意見に対して丁寧な応答が返されることは 、自分の存在が認められたのだという満足感とうれしさを生む。そのうれしさは、自分もクラス メートに「言葉の贈り物」を贈って喜んでもらいたいという意欲を生む。 「コール・アンド・リスポンス」により、クラスメートは共に育ち合う大切な共同探求者 へと変化する。誰かのために、いい文章を書きたい、もっと素敵な言葉を探したいという 気持ちが、内発的な力となり、学びを推進していくのである。 授業では、お互いにエールを送り合うような友情に溢れたコメントを贈り合うことの大 切さが、同じく共同探求者である教師から伝えられる。「コール・アンド・リスポンス」は 、青年期の文章リテラシー教育を通し、他者尊重や多角的視点の意識を育むための大事な キーワードであり、クリティカル・シンキングへの始まりとなる。 ⑵ クリティカル・シンキング 私は、常々、「批判」という言葉は、果たして「クリティカル」なのかと考えてきた。4回 目の授業では、学びを自分事にしていくことを目的に、クリティカル・シンキング の訳語の「批判的思考力」について、クリティカル・シンキングをするという活動を行う。 それに伴い、新書の読み方も、「心に響く」箇所から「ひっかかりを感じる」箇所を読み 取る ことに移行する。 クリティカル・シンキングを、「批判的思考力」と捉えると、その本質を見誤ってしまう。 「批判する」ことは、批判する者とされる者との間の垂直方向の力関係を生む。その力関 係だけでは、創造的なことは何も起こらない。「対話的思考」という視点で、クリティカル・シン キングを考えるとき、「批判」や「批評」だけでは足りないことに気がつく。そこには、

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他者を尊重し、お互いに育て合うという視点が抜けているのである。「ダメ出しをするだ けにとどまらず、おたがいにエールを送り合うこと」、それが、クリティカル・シンキング ではないだろうか。 授業では、まず、教師のそのような「クリティカル・シンキング」へのクリティカル・ シンキングを伝え、「批判」という言葉に代わる定義を創り出すことを求める。次に、新書の 中から、「ひっかかる」箇所を探し、批判したあと、その解決方法を提示するという活動を行う 。その学びの過程を経て、受講生達は、自分の言葉でクリティカル・シンキングを定義すること ができるようになる。そこにこそ、真のクリティカル・シンキングが育まれるのである。 以下、受講生達の「クリティカル・シンキング」の定義の一部を紹介する。いずれも青 年期のまっすぐな心根の現れた、頼もしい定義である。このようなクリティカル・シンキ ングを身に付けた彼らは、そのような、他者を尊重し、お互いに高め合っていくというま なざしで、文章を読み、文章を書き、世界をみつめ、世界に関わっていけるようになるだ ろう。 【資料4:クリティカル・シンキングの定義】 ・何かに対して、自分の意見プラス解決策、第二案、ヒントみたいなものをその立場になって考えること。 ・色々な角度からの物事を考えること。 ・自分だけの意見を一方的に言うのではなくて、相手の方の意見を尊重し、お互いが嫌な気持ち、悲しい気 持ちにならないようにして、だけど、納得のいくようにしていく事が、私なりのクリティカル・シンキン グだと思います。 ・多角的思考力 ・お互いに成長、理解、そして納得できるアドバイス ・クリィカル・シンキングは、直訳すると、批判的思考力だが、強く批判したり、また批判だけしてしまう と、提案した人を嫌な気持ちにさせてしまうので、一旦賛成して、一緒の立場になって、解決策を導き出 して、一緒にがんばること。 ・クリティカル・シンキングは、相手への思いやり、周りの支え合い、意見の出し合いだと思います。相手 へ思い合うことで周りと支え合うことが出来て、それが出来ると、一緒にがんばろうと思えます。また、 仲を深めることで、クリティカル・シンキングが多くなると思います。相思相愛に似ていると思います。 ・その発言に対して、自分が疑問に小見、その疑問を自分なりに改善すること。そしてその改善したおのを 相手にアドバイスしてあげる。 ・ただ表面的にしか見ないで「批判」するのではなく、相手の考えをしっかりと理解し、相手の気持ちを考 えた上でのアドバイスとして「クリティカル・シンキング」するべきである。 ・否定ではなく、解決・改善するための意見。 ・クリティカル・シンキングとは、相手を批判することではなく、相手の意見に賛同しながらも足りないと ころを補ったりしてお互いを高め合う思考のことだ。よって「批判的思考力」ではなく、「お互いを尊重 しあう思考力」を持つことが大事なのではないか。 ・「相互向上的思考力」。相手のことを下げるばかりでなく、まず、相手と同じ立場になり、プラスお互いが 向上、成長できるように意見を言い合う。 ・クリティカル・シンキングは、相手を批判したとしてもその後はちゃんとした自分の意見を言うこと。 ・自己主張しつつも、ちゃんと相手を尊敬して変化しあえること。 ・相手の意見を批判するだけじゃなくて、どうやったら良い方向い進むかを一緒に考えること。 ・クリティカル・シンキングは、1つの考え方を理解した上でその考えをよい良いものにする為に何かプラ スするおとは何かなと考えることだと思う。そうすることで何事もさらに良い状態へ、相手も自分も新し く発見することができて色々なことにプラスの影響を与えることができる、とても大切な考え方だと思う。 ・クリティカル・シンキングとは、自分の意見もいうけど、相手の意見も尊重して、そして、お互いの考え を出し合って、高め合っていくこと。 ・「協力型思考力」。皆で批判し合うんじゃなく、みんなで協力してより良いものを作りあげていく。 ・クリティカル・シンキングとは、自分は「1」言って、相手も「1」言って。2人合わせて「2」以上の 何かを生み出すこと。 ・対等的相乗思考。 ・クリティカル・シンキングとは、お互いを高め合うことだ。 ・クリティカル・シンキングとは、違うと思った所を違うと示すだけではなくて、自分だったらどうすると か自分の考えまで出せること。

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- 40 ・対等な意見交錯(交換)的思考。 ・自分の考えや、思った事と違って批判してしまっても、言い逃げみたいにならないように、少しでも相手 を助けられるような意見を言う。 3-3 鍛錬型読書 大学教育の教育目的として、「批判的思考力」を唱えられて久しい。的確に情報を取捨選択し、自 分の言葉で語ることのできる力の源となる「批判的思考力」は、価値観や人生観にもかかわってくる。では 、「批判的思考力」を支えるものとは何か。私は、「想像力」と「自己コントロール力」だと考えている 。 本当の意味で情報を得ることができるというのは、そこに書かれていない情報を想像するこ とができた時である。人間関係を構築する際にも、同じことが言えるだろう。「想像力」こそ、 人間を他の動物から分けた力ではないだろうか。 自分の置かれた立場を俯瞰的な視点から眺め、モニターし、冷静に自己分析、自己制御でき る力を、「メタ認知能力」という。そのメタ認知能力が、自己コントロールを支えているのである。成熟 した人間として振舞うことができるためには、自己コントロールを支えるメタ認知能力が発達していなけれ ばならない。 「鍛錬型読書」は、「批判的思考力」、「想像力」、「メタ認知能力に支えられた自己コントロール力」 を鍛える。それが、私が「鍛錬型読書」を青年期の文章リテラリー教育の要であると考える理由である。 「表現技法」では、「鍛錬型読書」として、「新書読書」を実施している。以下、「新書読書」の指導方 法について解説する。本来なら、大学教育までに行われるべき読書教育の指導方法ではあるが、体系的 な読書教育がなされないまま大学生になった多くの受講生には、必要な指導である。 ⑴ 新書選定 受講生の多くは、新書版の本を手にすることが初めてであるばかりか、新書読書に対し て、恐れを持っている。そのため、読書材の選定は、慎重にしなくてはならない。この数年、 『「ゆっくり」でいいんだよ』(ちくまプリマー新書)をテキストにしているのは、新書読 書の入門に最適な内容であるからである。多角的な視点で社会を見つめ、持続可能な社会 の在り方、その中での自分の振舞い方への示唆に富んだ内容と、語りかけるような辻信一 氏の文体は、受講生の「新書読書」に対する親和性を育くんでくれている。 ⑵ 読む順序 小説と異なり、新書は、関心のある箇所から読み始め、行きつ戻りつしながら読むこと ができる読書材であることを実感してもらうために、最初に、「おわりに」から読み始める。 これは、読書に対する固定観念や偏見を打ち破るショック療法の役目を果たしている。授業は、テ キストの第2部を教師と共に学び、第1部は、新書読書に馴染んだ頃に、ブック・リポートの課 題として自力で読むという順序になっている。 ⑶ 段落に番号を打つ 読むことを敬遠する受講生は、読むのが遅いという特徴がある。読むのが遅いと、集中

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力が途切れ、途中で読むことを放棄する原因になる。読むスピードを鍛えるには、眼を速 く動かすことが効果的である。そこで、授業では、読む前に、まず、段落に番号を打つ習 慣を付けさせる。これは、必要な情報だけをピックアップするスキャニングという、速読 法の訓練のひとつである。ストップウォッチで時間を計測しながら、ゲーム感覚で段落に 番号を打つことで、知らず知らずのうちに、眼を速く動かせるようになり、読みの速度が 上がってくる。また、段落に番号を打つことで、読む量を認識することができ、読みへの 忌避感を払拭する効果もある。 ⑷ 線を引く 「新書読書」の習慣を付けるためには、内発的に読むことへと導いていかねばならない。 そのためには、読むという行為を、具体的にイメージとして想起させながら、読むことへ の苦手意識や忌避感を消していくように指導することが大事である。授業のはじめに、本 は書かれて半分、読まれて初めて完全になるというメッセージを伝え、あなたに合図を送ってい る言葉をキャッチするために、線を引くのだと教える。宝探しのように読むというイメージは、 内発的な読みを助けてくれる。本を読む習慣は、まず、本を開き、頁をめくることから始まるの である。線の引かれた本は、「私だけ」の本となる。線引き読書は、本 への愛着形成に繋がる。 ⑸ ブックリポート 『新・表現技法』では、ブックリポートのタイプを3つに区分している。 a.書物の紹介を中心にする。 b.書物の紹介と評価を等しく述べる。 c.書物の評価を中心とする。 本学の「表現技法」では、開設以来、bタイプのブックリポートを採用してきた。しか し、2007年度からは、書物の評価ではなく、この本を読んだことにより、自分の思考がど のように深まったのか、自分自身との「対話的思考を」行うことに重点を置くことにした。世 界と対峙し、自分を再定位化するために読む行為を行うのだということを、実感してもらうた めである。 ブックリポートは、1回目から8回目までの授業で学んだ基礎力の集大成として位置づ けられている。受講生達は、ブックリポートに取り組みながら、これまでの学びをなぞっ ていくことになる。 9回目と10回目の授業では、ブックリポートについての概要が説明と個別指導が行われ る。ブックリポートの書き順は、本論、序論、結論の順番になる。これは、8回目までに 学んだことが、ブックリポートのどこに繋がっているのかを実感してもらうための仕掛け である。 まず、受講生には、9回目の授業までに、テキストの第1部(約80頁)を、「精読」し てくるという課題が課せられる。自分に合図を送っている言葉を探しながら、線を引き、最後まで 頁をめくるのである。教師は、自律して読めるようになっていることを励まし、信じて待つ。 授業では、線を引いた個所の中からベスト3を選び、引用したあと、心に響いた理由を

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- 42 書く。これは、1回目から3回目の授業の「新書読書」入門で学んだことである。これで、本 論が完成する。次に、本論で引用した3か所についての要約をすることで、序論が完成する。 ここで、5回目から8回目まで授業で訓練した要約の力が試されることになる。最後に、4回 目の授業でとりあげたクリティカル・シンキングを応用しながら、結論を書く。受講生達は、教師 やクラスメートと「対話的思考」を重ねながら、テキストの内容を学び合ったことを経て、「本当の 豊かさ」についての思考が深まったことを認識する。「書く」という行為が、「読む」という行為 と密接に関わっていることへの気づきが生まれるのである。これが、単なる書評ではなく、思考 の深まりを目的としたブックリポートである。 10回目の授業では、9回目の授業で提出された下書きへの添削をもとに、個別指導を行 い、パソコン原稿としての清書を用意するように指示がなされる。 さらに、11回目の授業では、書き言葉のブックリポートを話し言葉にして、クラスメー トに報告する。クラスメートは、報告に対して、「友情のあるアドバイス」する。これは、 「クリティカル・シンキング」と「コール・アンド・リスポンス」の実践となる。 3-4 論理的思考 ⑴ 要約文(T字ノート) 要約文は、論理的思考の土台であると同時に、世界との向き合い方に通じる。要約する 力を鍛えることは、社会人基礎力で求められるストレス・コントロールの力を鍛えること にもなるのである。授業にあたり、教師は、要約の意義について、丁寧に対話することで、 内発的に要約文を学ぼうという意思が沸いてくるように、受講生達を導かねばならない。5 回から8回の要約文の訓練では、テキストの論理的構造の読み取りと、原稿用紙の使い方、 論理の整合性等、文章リテラシーの細かな技法等の訓練が行われる。この技術的な訓練だけ を文章リテラシーと捉えた初年次教育が多いのは、大変残念である。 「表現技法」では、要約文の訓練のために、「T字ノート」(図1)を採用している。「T字ノート 」とは、ひとつの段落ごとのキーワードやキーセンテンスを「名づけ(左側)」と「説明(右側)」 に分類することで、テキストの論理構造を視覚的にとらえることができる、スキミ ングの 手法を取り入れた要約のための下書きである。受講生達は、「T字ノート」を使って、テキス トの論理構造に触れたときに、その論理的整合性の美しさに驚嘆する。そして、その「T字ノート」を 要約文にしていくことのシンプルさに、さらに驚嘆する。多くの学生は、 「書く」ことへの苦手意識を持っている。このT字ノートは、その苦手意識を克服するの に大変有効である。T字ノートを自力で作成できるのが目標ではあるが、なかなかそこま での力をつけることが難しいのが現状である。 以下に、要約文を書くための6つの手順と「T字ノート」を紹介する。 【資料5:要約文を書くための6つの手順】 手順1: 段落に番号を打つ。 手順2: 1次読み(大切と思われるところには、全て軽く印をつけながら読む) 手順3: 2次読み(キーワードに、しっかり印をつけながら読む) 手順4: 3次読み(T字ノートを作成し、テキストの論理的構造を読み取る) 手順5: 段落再構築(T字ノートをもとに、要約文のために段落を3つに分ける) 手順6: 要約文を書く(T字ノートを、文章にする。400字。3段落。)

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テーマ 名づけキーワード (各段落の中心になる言葉。要約文の 字数制限でも最後まで残すもの。テー マに近い言葉) 説明キーワード (名づけキーワードの説明になる言葉 。要約文の字数制限で省略しても大 丈夫な言葉。段落によっては説明キ ーワード不要な場合もある。) 図1 T字ノート ⑵ 提言文 1982年に開設した「表現技法」では、論理的な文章として論評文を課してきた。『新・ 表現技法』では、「ある特定の主題(テーマ)について述べられた論文を読み、その論文で 展開されている、主張、意見、考え方などについて論議するのが論評文である。このとき 、できるだけ私見(自分の意見、考え)を混じえずに、論文で展開されている内容の正当 性、論理性、客観性、説得性について検討する。」(p.12)とある。2007年度の改良により 、2つの理由により、論評文を、提言文とすることにした。ひとつめの理由は、受講生の 基礎学力の低下により、数回の授業では、文献探索と文献読み込みが追い付かなくなった ことが上げられる。もうひとつの理由は、「私見を混じえずに」書く論評文では、論理的な 文章を書くだけが目的となり、そこに社会との繋がりが見いだせなかったことが上げられる 。この2つの難問を解決するために、論評文から提言文への転換を図った。提言文は、ブッ ク・リポートをもってひとつの区切りとなった「新書読書」を中核とした文章リテラシー教 育の応用であり、なぜ本を読むのかということへの示唆を含みながら、論理的思考を鍛える ことができると考えたのである。 青年期の文章リテラシー教育を、初年次教育であると同時に、生涯学習の始まりである とするならば、「鍛錬型読書」の習慣を身に付けさせることが大事である。私は、コーディネ ータとして、そのような認識に立ち、2007年度以降の「表現技法」のシラバスを組み立てた。12 回目から15回目の授業では、11回目までに読み切った新書を、今度は、社会問題の解決のための 資料として用いる。受講生達は、提言文に取り組むことで、これまで「新書読書」を通して学ん だことが、社会と繋がることを実感するのである。四年生大学であれば、卒業論文がその役割を 果たすのであろうが、短期大学では、この提言文が、体系的な言語教育の最終段階となる。体系 的な言語教育によって育てたいのは、R.シュタイナーの12感覚論注3 にある、自己認識と他者尊重 の意識を備えた自我感覚注4 である。 提言文とは、社会問題の根幹にある病巣に対し、「新書読書」から得た知識を助けとし ながら、問題解決のための自分自身の考えを、社会に向かって提言する論理的な文章である 。たとえ小さな主張でも、自分が学んだことが、社会への貢献となるかもしれないという感 覚は、持続可能な社会を構成する社会人としての自覚を促す。 12回目の授業では、新聞記事(社会問題)を持参し、記事の要約と課題の分析を行う。 そして、その社会問題の根幹にある病巣が、社会的無関心にあるのか、過剰な利益追求に あるのかに大別し、どのような発想転換が求められているのかを考察する。13回目の授業 では、「新書読書」と社会問題解決を関連づけるための取り組みを行う。課題解決のために、テキ ストとして活用してきた新書の中から3つの言葉を引用し、それが、どのように課題

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- 44 解決に繋がるのかというコメントを書く。結論には、自分自身の言葉で、その社会問題を 解決するための発想の転換についての主張を行い、社会への提言とする。14回目の授業で は、下書きに対する個別指導がなされ、パソコン原稿での清書が課せられる。15回目の授 業では、ブック・リポートと同じく、対話的思考を育むための報告会を持つ。 【資料6:提言文の構成】 序論: 記事の要約、社会問題の病巣分析、発想の転換の要約(結論の要約) 本論: 新書と社会問題解決の関連づけ 結論: 自分自身の考えによる社会問題解決のための発想の転換と社会への提言 3-5 読書についての意識について 「新書読書」を中核に据えた「表現技法」を受講した学生達の読書への意識について、2017 年度沖縄キリスト教短期大学授業評価の自由記述をもとに、分析を行った。その結果、A「読 書への心理的な垣根が低くなった」、B「本を読むことの大切さを認識した」、C「嫌いから好き へ読書のイメージが好転した」、D「本を読むことのおもしろさに気づき、読みたくなった」、 E「もともと本を読むのが好きだったが、もっと好きになった」、F「受講前から鍛錬型読書 の段階に達していたので確認ができた」、G「趣味型読書にとどまったまま」の、7段階の読書意 識が浮かび上がってきた。それぞれに意識の段階はあるが、注目すべきは、7つの段階いずれも、 読書に対する否定的な意識がみられないことである。「読書習慣が身に付くか、未知数であるが、読 書に対する教師の熱い想いが伝わり、読書に対する肯定的な意識が育まれたことをうれしく思う。 以下、A~Gについて、「萌芽段階」「読書愛段階」「変化なし」の3つの視点からの考察を行う。 ⑴ 萌芽段階(A、B、C) A「読書への心理的な垣根が低くなった」、B「本を読むことの大切さを認識した」、C 「嫌いから好きへ読書のイメージが好転した」、という3つの読書意識は、読書習慣への 萌 芽段階にあると考える。特に、C「嫌いから好きへ読書のイメージが好転した」ことは、大きな 変化である。この萌芽が、萌芽のまま枯れることのないようにするには、「表現技法」以外の講義で の働きかけが引き続き行われることが肝要である。 【資料7:「萌芽段階」の自由記述】 A「読書への心理的な垣根が低くなった」 ・私は本を読み始めると読み終わるまでは何も手につかなくなるので、そんな自分に疲れ、あまり本を読む ことがありません。けれど、表現技法で本はどんな読み方をしてもいいという言葉を貰い、気持ちが楽に なり読書に対して前向きになりました。 ・本を読むのが苦手というか読むことがあまりないので大変だったけど、この授業で少し楽になってきた。 ・全ての文字をもらさずよむのではなく好きなように好きな所からよんでもいい! ・いつも最初のページから読んでいたけど途中からとか好きな所から読むこともおもしろいと思った。 B「本を読むことの大切さを認識した」 ・本を読むことで、語彙が増えると思うし、感情が豊かになると思うからいいと思う。 ・いいことだと思う。 ・本を読む事で、語い力が高められるし、筆者の考えを読み取る力がつくと思います。

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・もともと本を読むきかいがなくて、全然読まなかったけど、本を読むことで本の中の光っている言葉など、 自分を勇気づけてくれる言葉に出会えるからいいなと思った。 ・本をよむことは、人を育てることだと思う。ごい力も高まるし、すてきな材料。 ・自分のため。自分の将来のため。他人のためだと思う。 ・本は普段あまりよまないけど、読むといろんなことを得られると思いました。 ・私は、今まであんまり本を読んできませんでした。でもこの授業で本を読むことの大切さを学んだ。今ま で、自分はガチガチの価値観があったけど、本を読んでその筆者の価値観などが書かれていて、自分の価 値観がやわらかくなった気がした。本を読むことは想像力が広がるし、色んな価値観を学ぶことができる から、社会に出ていく中でとても大切なことだと思う。 ・新しい発見ができると思います。 ・将来、言語態力や想像力がもっとめばえると思います。とても大切なこと。 ・本を読むことで色々な人の考え方を知ることができて、自分もこういう風になりたいとか見直すことがで きることを知った。 ・知識が広がった。 ・今まで自分は、本といえば小説しか読んでいませんでした。この授業を通して、物語の本ではなく他人の 意見や考えが書いてある本の読み方が分かりました。 C「嫌いから好きへ読書のイメージが好転した」 ・今までは、長い文章を読む事がめんどくさいとか、何の為に読んでいるのか分からなったけど、今では、 本を読むことは大切だと思っています。 ・あまり本を読むのが好きじゃないけど、課題をする為に読まないといけなかったので読みました。そした ら、沢山の言葉や考え方があって、とても読みやすかったし少し本も読めるようになりました。だけど、やっぱ り意味分からないところもありました。 ・本を読むのが苦手で、あまり好きではありませんでしたが、いろいろな読み方があることに気づけたいい 機会でした。 ・本を読むことは苦手だったけど、ゆっくりでいいんだよはいいと思った。 ・本をよむことは、好きではないけれど、すきになれたらと『ゆっくりでいいんだよ』をよんでおもった。 ・本はむずかしいと思っていたけど、こんなにもいいことが沢山本にはつまっていることを知れてとても良 いことを得れたと思いました。 ・本は文章がいっぱいで、今まで全然読まなかったけど、『ゆっくりでいいんだよ』は納得することや、感動 することとかいっぱい書かれてて本っていろんなこと学べるなと思った。 ・初めの頃は、ただ読まされている感覚だったけど、本から学ぶことや影響されることがたくさんあるので、 本を読むことは大切だと考えるようになりました。 ・最初は、本を読むのがとても苦手でしたが、先生の区切って読む方法や途中から読む方法を学んで、本を 読むのが苦ではなくなりました。 ・私はあまり本をよまなかった人だけど、この授業を受けて「本の楽しさ」について分かりました。そして 本をよむと色んなことが勉強になって今までの生活がさらにたのしくなる感じもしました! ・普段、本を読んでいなくて、新書50冊読んでって言っていた時、絶対むりだと思っていたけど、授業で新 書を読んで先生が解説してくれたりして、本を読むたのしさがわかりました。 ・今まで全然本に興味なくて、あんまり読む機会もなかったけど、『ゆっくりでいいんだよ』という本を読 んでみて、本っていろんなことがつまっているんだなと思いました。自分が今までしらなかった事を知っ たりいろんな感情をもったりして、本のおもしろさを少ししりました。 ・もともと本を読むのは苦手だった。けど表現技法で本にであって、人に落ちつきを与え、本っていいな。 読んでて色々な考えがあるなって、自分の生活などに改めがつく。それぐらい自分にとって、大きな変化 を与えるもの。 ⑵ 読書愛段階(D、E) D「本を読むことのおもしろさに気づき、読みたくなった」、E「もともと本を読むの が好きだったが、もっと好きになった」、という2つの読書意識は、読書習慣が育っているこ とを伺わせる。習慣化するためには、内発的な読書への指向が必要である。私はそれを「読書 愛」と名付けている。注意しなければならないのは、D「本を読むことのおもしろさに気づき 、読みたくなった」である。萌芽段階よりは、内発的な指向性を示してはい

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- 46 るものの、励ましながら伴走する働きかけが求められる。 【資料8:「読書愛段階」の自由記述】 D「本を読むことのおもしろさに気づき、読みたくなった」 ・今までは全然興味のない本は読むことはなかったのですが授業での本を読んで、思っていたよりも学ぶこ とがおおくおもしろいところもあったので、いろいろな本にふれ少しのページでも読み本から学んでいき たいと思いました。 ・先生と新書を2年で50冊読むと決めてから、本を読む時間がいっきに増えた。様々な分野に興味があるの で、少しずつ本で学んで本当に追求したいことだけをより深く学ぶようにしている。 ・普段、なかなか本を読もうと思わなかったけど、初めて新書を読んで興味がでてきました。 ・私は、全部よむことが読書だと思っていたけど、1部でも良い部分を見つけたらそこから読みはじめるの もありだと思ったので、本を読んでみたいと思いました。 ・今まで本など読んでなかったけど少しずつ本を読んでいくと、とても楽しい気持ちになった。 ・授業で使っている本の話がどれも素晴しいおはなしで本をよむことが楽しくなりました!もっとたくさん の本をよみたいです。 ・本を読むと、心がおちつくので、とてもステキだと思う。寝る前にもっと、本を読んでいこうと思う。 ・私は本を読むことについて、大人たちが本を読んだら頭が良くなるよ!って言うから本は読んだ方が良い ものだと思っていたけど、先生が授業でとっても本の事をほめるから、本を暇がある時には読みたいと思 うようになりました。先生の言葉マジで神。心にひびきまくります。先生はそのままでいいと思います。 先生みたいになりたい!! ・私は、生まれたときから大学まで、小説というものを読んだことがありませんでした。中3のとき担任の 先生に読んだほうがいいよといわれて、少し読みましたがぜんぜん楽しくありませんでした。けど、上原 明子先生が本は、なんでもいいから楽しそうなものから読む本は出会うことが大切」といわれ、初めて、 1冊の厚い小説を読めました!! ・私は、本を読むことが嫌いだったけど、先生が、本はどこから読んでも良いということや、良いと思う文章 を見つけるという作業を教えてくれたので、本に興味が湧きました。 ・新聞以外、なかなか活字を読む事が無かった私を毎日、図書館へ行く事が楽しくなるようなライフスタイ ルに変えていただきました。読み方のコツも教えていただいて楽になりました。またまだ読むのは遅いの でがんばりたいです E「もともと本を読むのが好きだったが、もっと好きになった」 ・私は、本を読む時に流し読みをする事が多かったのですが、段落をつけて読むことにより、文の内容に深 く入りこんで読めるようになった。本を読むことがもっと好きになりました。 ・小さい頃から本を読むのが好きでした。先生の授業を受けてから素敵だと感じた一文があったらメモする ようになりました。 ・私は、幼い頃から本を読むことが好きでした。しかし、最近は忙しいのを理由にして本を読んでいません でした。けれど、この授業をうけ先生の話を聞いてものスゴク本が読みたくなって図書館で借りました。 忙しくても読むことはやめないことにします! ⑶ 変化なし(F、G) F「受講前から鍛錬型読書の段階に達していたので確認ができた」、G「趣味型読書に とどまったまま」という2つの読書意識は、両極端な意識である。Fについては、すでに自 律した読書習慣、意識を確立しているため、変化が起きなかったと考えられる。問題は、 Gである。15回の講義で「趣味型読書」にとどまったまま、「鍛錬型読書」へ移行できなかっ たのは、読書についてのビリーブス(思い込み)が強いことの現れである。教育者としての力不足 を痛感させられる結果となった。このような「鍛錬型読書」への移行を阻害するようなビリーブス と向き合うためには、大学教育以前の教育の場への働きかけ、特に、教育に携わる方々への読書意 識への働きかけをしなければならないと痛感させられた。

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【資料9:「変化なし」の自由記述】 F「受講前から鍛錬型読書の段階に達していたので確認ができた」 ・私は高校の時に弁論大会があり、そこで言語力がどれだけ足りてないかということに気付き、本の大切さ に気付いたため、今ではとにかく時間があれば、たくさんの言葉をくれる本をよむようにしています。 ・元々、本を読むことに抵抗なく読めた上に、本をもっと読みたくなった。 G「趣味型読書にとどまったまま」 ・読むことはすきだけど途中であきてしまって最後まで読まない本が多いです。 ・先生の授業を受けてから、本のよみかたとか、感じ方が少しだけ分かった気がする。また小説よみたくなった。 ・とてもいいことだし、ためになることもあるが、時間がなかなかたりない。 ・私は興味のある本しか読もうと思わない。『ゆっくりでいいんだよ』は興味なかったが、上原先生のおかげ で興味がもてた。 ・私は中学の頃から小説を読んでいたので、人並みより文章力があると思っている。意見文や供述問題を毎 回楽しんでいた。本を読むことは想像性が豊かになるだけではなく、文章力も養うと思う。 おわりに 多角的な視点に立ち、他者を理解し、尊重し、「ひとつらなり」という感覚を持つこと。それが、平 和を創り出し、持続可能な社会を創ることのできる、理性と感性のバランスのとれた自由な人間、言いか えれば、成熟した人間の持つ感覚ではないだろうか。 青年期の文章リテラシー教育とは、そんな人間を育むための言語教育であるべきだという、 決意と願いと祈りを込めて、実践と研究に努めてきた。本稿は、「対話的思考」と「鍛錬型読書」に よる文章リテラシー教育の実践と研究のひとつの着地を報告するものであると同時に、新たな展開の始 まりでもある。「対話的思考」とは、「ひとつらなり」の感覚であるという思考の螺旋をまたひとつ巡り 始めている。 中沢新一氏は、人類には、論理的思考を支える理性としてのロゴスを超えるものとして、レ ンマ的知性が備わっているという。そのレンマ的知性とは、「あらゆる部分が全体と響き合っ ている世界の様相を表現できる理性の働き」であると定義している。私は、レンマ的知性を「ひと つらなりの感覚」に結び付けてみたいと考えている。 わずかなりとも、歩み行く彼らの「足のともしび」となれるよう、これまで論じてきた体系 的な言語教育を、「ひとつらなりの感覚」を育む言語教育として、深めていきたいと考えている。 詩篇119:105 あなたのみことばは 私の足のともしび 私の道の光です。 【注記】 注1:上原2011参照。 注2:上原による造語。趣味型読書と対比させた概念。 注3:R.シュタイナーの感覚教育の概念。内部感覚としての生命感覚、運動感覚、均衡感 覚、外部感覚としての触覚、味覚、嗅覚、視覚、聴覚、目に見えないものとの感覚の 出会いとしての熱感覚、言語感覚、概念感覚、自我感覚のこと。 注4:R.シュタイナーの12感覚論の最高感覚のこと。

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- 48 【引用・参考文献】 パウロ・フレイレ(1979)『被抑圧者の教育学』小沢有作、他(訳)亜紀書房 パウロ・フレイレ(2001)『希望の教育学』里見実(訳)太郎次郎社 中沢新一、小澤實(2016)『俳句の海に潜る』角川書店 沖縄キリスト教短期大学総合教育系(1998)『新・表現技法』沖縄キリスト教短期大学総合 教育系 F.シラー(1943)『人間の美的敎育について』小栗孝則(訳)小石川書房 里見実(2010)『パウロ・フレイレ「被抑圧者の教育学」を読む』太郎次郎社エディタス 高橋巖(2009)『シュタイナー生命の教育』角川選書456 上原明子(2007)「『自由への読書』のための基礎的研究」『沖縄キリスト教短期大学紀要』 35. pp69-83 上原明子(2011)「『自由への読書』のための基礎的教育Ⅲ-平和主義的感性の育成」『沖縄キ リスト教短期大学紀要』39 pp23-45 上原明子(2014)「『自由への読書』のための実践的研究Ⅲ-持続可能な社会への希望としての 言語教育-」『沖縄キリスト教短期大学紀要』42 pp25-43 上原明子(2016)「青年期の朗読教育」『沖縄キリスト教短期大学紀要』44 pp49-62

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