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東南アジアにおける生活デザインのハイブリッド性についての調査研究/-プラナカン・デザインの現代的役割を探る試み-

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東南アジアにおける生活デザインのハイブリッド性についての調査研究/-プラナカン・デザインの現代的役割を探る試み- )

東南アジアにおける生活デザインのハイブリッド性についての調査研究

-プラナカン・デザインの現代的役割を探る試み-

ON THE CULTURAL HYBRIDNESS OF EVERDAY LIFE DESIGN IN SOUTHEAST ASIA

Focusing On the Modern Roles of Peranakan Designs

……….

今村 文彦 基礎教育センター 教授

見寺 貞子 芸術工学部ファッションデザイン学科 教授 長野 真紀 芸術工学部環境デザイン学科 助教

Fumihiko IMAMURA Center for Liberal Arts, Professor

Sadako MITERA Department of Fashion and Textile Design, School of Arts and Design, Professor Maki NAGANO Department of Environmental Design, School of Arts and Design, Assistant Professor

………. 要旨 本報告は、東南アジアの生活デザインにみられるハイブリ ッド性を探る試みとして、「プラナカン様式」という東洋(中国、 マレー)と西洋を折衷、融合させたデザインに焦点をあて、そ の歴史的背景、建築、服飾、インテリア、生活用品等の生活全 般におよぶデザインの特色および近年になって再評価されて いる現代的な意味について検討するものである。 2017 年度はプラナカンの現状把握を目的として、マレーシ ア・マラッカおよびシンガポールにおいてプラナカン・デザイ ンを代表するショップハウスの実態調査を中心に現地調査を おこなった。ショップハウスは1 階を店舗等の商用、2 階を住 居として用いる長屋式の建築で、東南アジア各地の沿岸部に みられる。マラッカは17 世紀中頃から華人の住居として建築 され、20 世紀後半に至るまで多様な様式のショップハウスが 保存されている。そのファサードにみられる装飾の分析から 多様な文化的伝統を組みあわせ、融合させていることが確認 できた。シンガポールではショップハウスの修復整備が国家 レベルでおこなわれている状況を確認するとともに、かつて の経済的繁栄に対応した豪華で色鮮やかな装飾が特徴である ことを理解した。 これを踏まえて継続的に調査研究をおこない、プラナカン の理解を深めることにする。 Summary

This report attempts to make clear the hybridness of everyday cultural designs in Southeast Asia, through focusing on the Peranakan designs, which made compromise between Eastern cultures (Chinese, Malay) and Western ones. Peranakan designs including architecture, fashion and interior, are reevaluated as cultural heritage of national unity and tourism in Malaysia and Singapore.

In this year, we carried out overseas researches on shophouses of Malacca and Singapore, in order to understand the actual conditions of Peranakan Design today. We could understand the variety of patterns of shophouses in Malacca, built from 17 to 20CE, which are reflected in decorative designs of façade of shophouses arranging Chinese motifs and European motifs

We got very useful insights from these researches for deep understanding about design cultures of Peranakan.

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1) 研究目的   本 研 究 は 東 南 ア ジ ア の 生 活 デ ザ イ ン の あ り 方、 現 状 を 探 る 試 み と し て、「プ ラ ナ カ ン 様 式」 と い う 東 洋( 中 国、 マ レ ー) と西洋を折衷、 融合させたデザインに焦 点 を あ て、 そ の 歴 史 的 経 緯 お よ び 建 築、 服 飾、 イ ン テ リ ア、 生 活 用 品 等 に 用 い ら れ た 装 飾 や 色 彩 の デ ザ イ ン 的 特 徴、 こ れ ら を 生 み だ し た 東 南 ア ジ ア の 華 人 社 会 の 実 態 に つ い て、 現 地 調 査 を も と に 明 ら か に す る も の で あ る。 ま た 近 年、 マ ラ ッ カ、 ペ ナ ン、 シ ン ガ ポ ー ル で は プ ラ ナ カ ン 様 式 が 民 族 的 統 合 の モ デ ル と し て 取 り あ げ ら れ、 観 光 資 源 と し て も 再 評 価 さ れ て い る が、 そ の 現 代 的 な 意 味 に つ い て も 検 討 す る。   東 南 ア ジ ア に お け る 生 活 デ ザ イ ン を 特 徴 づ け る も の の 一 つ に ハ イ ブ リ ッ ド 性( 融合性 ) を指摘することが で き る。 こ の 地 域 は 古 く か ら イ ン ド 洋 や 南 シ ナ 海 の 海 上 交 通 を 通 じ て 民 族 間 の 社 会 的 文 化 的 交 流 が 活 発 に お こ な わ れ、 仏 教 や ヒ ン ド ゥ ー 教 も 積 極 的 に 受 容 し つ つ、 新 た な 要 素 も 排 除 す る こ と な く 重 層 的 包 摂 的 に 取 り 込 み、 巧 み に 独 自 の 世 界 を 構 成 し て き た。   本 研 究 を 通 じ て、 多 様 で 異 質 な 要 素 を 融 合 し、 独 自 の 表 現 様 式 を 生 み だ し て き た ハ イ ブ リ ッ ド 性 の 仕 組 み と そ の 社 会 的 文 化 的 背 景 に つ い て、 プ ラ ナ カ ン を 具 体 例 と し て ア ジ ア の 文 化 史 的 文 脈 の 中 で 解 明 す る こ と を 最 終 的 な 目 的 と す る。   こ の 報 告 で は、 プ ラ ナ カ ン 様 式 の 実 態 把 握 を 目 的 と し て2017 年 度 に 実 施 し た 2 回 の 現 地 調 査 ( マ レ ー シ ア ・ マ ラ ッ カ[2017 年 11 月 2 ~ 6 日 ]、 シンガポール [2018 年 2 月 1 ~ 5 日 ]) か ら、 主 に シ ョ ッ プ ハ ウ ス に 関 し て 得 ら れ た 知 見 を 中 心 に 述 べ る。 2) 研究の背景-プラナカンと生活デザイン-   東 南 ア ジ ア、 と く に マ レ ー 半 島、 ジ ャ ワ 島 で は15 世 紀 以 降 に ヨ ー ロ ッ パ 諸 国 に よ る 植 民 地 化( 香辛料交 易、 ゴ ム ・ プ ラ ン テ ー シ ョ ン、 錫 鉱 山 経 営 等) が進む 一 方 で、 清 代 末(19 世 紀 後 半 ) の 内 乱 や 飢 饉 に よ り 中 国 南 部 地 域( 福 建、 客 家、 潮 州、 広 州、 海 南 島 等 ) か ら 排 出 さ れ た 大 量 の 華 人 移 民 が 植 民 地 で 交 易、 肉 体 労 働( 主に苦力 ) に従事した。 中国本土では女性の海外 渡 航 が 禁 止 さ れ て い た こ と か ら 移 民 の 大 半 を 占 め る 男 性 は 現 地 人 女 性( マレー系、 インドネシア系 ) と結婚 し 土 着 化 し て い っ た( 図 1)。 プ ラ ナ カ ン (Peranakan) と は、 彼 ら の 現 地 生 ま れ の 混 血 子 孫 を 指 し 示 し、 男 性 は バ バ(baba)、女性はニョニャ (nyonya) と親称された。   イ ギ リ ス の 「海 峡 植 民 地」 で あ っ た ペ ナ ン、 マ ラ ッ カ、 シ ン ガ ポ ー ル の 富 裕 な プ ラ ナ カ ン は 植 民 地 政 府 と 結 び つ き、19 世紀後半から 20 世紀前半にかけて中国 の 伝 統 的 生 活 様 式 と 欧 米 の 生 活 様 式 を 融 合、 折 衷 さ せ た 独 自 の 生 活 ス タ イ ル「プ ラ ナ カ ン 様 式」を 創 出 し た。 プ ラ ナ カ ン 様 式 は 芸 術、 建 築( シ ョ ッ プ ハ ウ ス )、 イ ン テ リ ア、 生 活 用 品、 料 理、 服 飾、 生 活 習 慣、 人 生 儀 礼 等 の 生 活 全 般 に お よ び、 模 様( 花、 植 物 )、 色 彩 等 の デ ザ イ ン に 特 徴 が あ る。   第 二 次 世 界 大 戦 後 の 国 民 国 家 形 成 期 に は 旧 宗 主 国 に 従 属 し て い た と し て 長 ら く 無 視 さ れ、 そ の 文 化 的 伝 統 は 衰 退 の 途 を た ど っ て い た。20 世 紀 末 か ら 他 民 族 主 義、 多 文 化 主 義 が 世 界 的 に 台 頭 す る 過 程 で 東 南 ア ジ ア 各 国 で 再 評 価 が 進 み、2008 年 に ペ ナ ン、 マ ラ ッ カ の プ ラ ナ カ ン 文 化 が 世 界 遺 産 に 指 定 さ れ た こ と を 契 機 と し て、 シ ン ガ ポ ー ル で も 「第4 の文化」 に指定される な ど、 プ ラ ナ カ ン を 取 り ま く 社 会 文 化 的 環 境 が 一 変 し た。 本 研 究 で も、 こ う し た 状 況 を 背 景 に 現 代 社 会 に お ペナン マラッカ シンガポール 福建 客家 潮州 広州 海南島 12 世紀以来 華人が進出・交易 各地で華人コミュニティ形成 大量の移民 ヨーロッパ列強の進出 ・植民地経営 ・交易・労働力の確保 1786 年 イギリス 1645 年オランダ 1795 年イギリス 1819 年 イギリス 貿易商人 労働者(苦力) 15 ~ 19 世紀 東南アジア 清代 18 世紀末:移民政策の緩和 19 世紀 :海外からの侵略       国内動乱 図1. プラナカンをめぐる歴史的状況

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け る プ ラ ナ カ ン 文 化 の 役 割、 意 味 に つ い て も 考 察 を 加 え る こ と に し て い る。 3) マラッカのプラナカン文化   マ ラ ッ カ は マ レ ー 半 島 と ス マ ト ラ 島 に 挟 ま れ た マ ラ ッ カ 海 峡 の ほ ぼ 中 央 部 に 位 置 し、 東 西 交 易 の 要 衝 と し て 古 く か ら 開 け た と こ ろ で、14 世 紀 に 建 国 さ れ た マ ラ ッ カ 王 国 を 経 て、1511 年 に は ポ ル ト ガ ル が 領 有 し、 以 降20 世 紀 ま で 続 く 植 民 地 時 代 を 迎 え る。1641 年 に オ ラ ン ダ が 占 領 し て 以 降、 植 民 地 で の 交 易 に 従 事 す る 華 人 の 移 民 が 次 第 に 増 加 し、 マ ラ ッ カ 川 の 西 岸 に 広 が る 地 域 に 華 人 の 居 住 街 区 も 建 設 さ れ て い っ た。 マ ラ ッ カ で 世 界 遺 産 に コ ア 保 存 地 区 と し て 指 定 さ れ た の は、 植 民 地 統 治 機 関 が 集 ま る マ ラ ッ カ 川 東 岸 と と も に、 多 く の 華 人 や プ ラ ナ カ ン が 居 住 し て き た こ の 地 区 で あ り、 今 回 の 調 査 対 象 地 域 で あ る。1824 年 に イ ギ リ ス に 譲 渡 さ れ る と、20 世 紀 中 頃 ま で 多 く の プ ラ ナ カ ン 商 人 が 経 済 的 実 権 を 握 り、 多 様 な プ ラ ナ カ ン 文 化 が 展 開 さ れ た。 3-1) マラッカのショップハウス   マ ラ ッ カ の プ ラ ナ カ ン 様 式 を 代 表 す る の が シ ョ ッ プ ハ ウ ス の フ ァ サ ー ド 装 飾 で あ る。 シ ョ ッ プ ハ ウ ス と は、 中 国 南 部、 台 湾、 東 南 ア ジ ア 各 地 の 沿 海 部 に 広 く 分 布 し て い る 建 築 様 式 で、1 階入口部分を店舗など商 用 と し て 用 い、2 階を住民の居住区とする職住兼用の 長 屋 式 の 集 住 建 物 で あ る。通 常、間 口 が 狭 く(5 ~ 6 メー ト ル)、 奥 行 き が 深 い (20 ~ 50 メ ー ト ル ) 細 長 い 形 状 を 特 徴 と す る。 奥 行 き に 向 か っ て2 ~ 3 棟が連続して 建 て ら れ、 棟 の 間 は 採 光、 通 風、 天 水 受 け の た め の 吹 き 抜 け が 設 け ら れ る( 図 2)。   マ ラ ッ カ で は 主 に 華 人 た ち の 住 居 と し て17 世 紀 中 期 以 降 の オ ラ ン ダ 時 代 か ら 建 築 さ れ、 華 人 の 移 民 が 増 え、 経 済 力 を 持 つ に つ れ、 多 様 な 様 式 の シ ョ ッ プ ハ ウ ス が 建 設 さ れ て き た が、 調 査 対 象 地 で あ る 保 存 地 区 に は600 棟近くが保存されている。   現 在、 こ の 地 区 の 中 心 に 伸 び る ハ ン ・ ジ ュ バ ッ ト 通 り(Jl.Hang Jebat) の多くのショップハウスは観光客向 け の 飲 食 店 や 土 産 物 店 に 利 用 さ れ る 一 方、 こ の 通 り の 南 に あ り、 か つ て の 海 岸 に 沿 っ た ト ゥ ン ・ タ ン ・ チ ェ ン ・ ロ ッ ク 通 り(Jl. Tun Tan Cheng Lock) は 以 前 に は ヘ ー レ ン(Jl. Heeren / 紳 士 ) 通 り と 呼 ば れ た よ う に 裕 福 な プ ラ ナ カ ン の 居 宅 と し て 用 い ら れ た シ ョ ッ プ ハ ウ ス が 多 く、 中 国 風 の 模 様 や 聯 句、 扁 額 が 掲 げ ら れ、 落 ち 着 い た 町 並 み が 続 く。 こ の 通 り の シ ョ ッ プ ハ ウ ス は 不 在 と な っ て い る と こ ろ が 多 く、19 世 紀 末 頃 か ら 経 済 的 に 繁 栄 す る シ ン ガ ポ ー ル に 仕 事 場 を 移 し て 週 末 に 戻 っ て く る 所 有 者 も 多 い。   こ れ ら の シ ョ ッ プ ハ ウ ス の 建 築 と し て の 特 色、 構 造 等 の 学 術 的 調 査 研 究 は す で に 精 力 的 に 実 施 さ れ て お り、 世 界 遺 産 指 定 時 に も 綿 密 な 調 査 が お こ な わ れ て い る。 そ の 結 果 と し て 時 代 ご と に 識 別 で き る 主 な 様 式 と し て 以 下 の9 つの様式をあげることができる注2 ① オ ラ ン ダ 様 式(17 ~ 18 世紀 ) ② 中 国 南 部 様 式(18 ~ 19 世紀 ) ③ 初 期 シ ョ ッ プ ハ ウ ス 様 式(19 ~ 20 世紀 ) ④ 初 期 変 移 様 式(1840 ~ 1900) ⑤ 初 期 海 峡 折 衷 様 式(1890 ~ 1920) ⑥ 後 期 海 峡 折 衷 様 式(1920 ~ 1940) ⑦ 新 古 典 様 式(1920 ~ 1950) ⑧ ア ー ル デ コ 様 式(1930 ~ 1950) ⑨ 初 期 モ ダ ン 様 式(1950 ~ 1990)   こ れ ら の 様 式 の 中 で19 世 紀 か ら の ③ 初 期 シ ョ ッ プ ハ ウ ス 様 式 以 降、1 階 入 口 部 分 が 奥 に 引 き 込 み、2 階 部 分 が 張 り だ し た 構 造 が 目 立 つ よ う に な る。 こ れ は 図2. マラッカのショップハウスの構造モデル注1

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騎 楼、 歩 廊、 亭 子 脚 と 呼 ば れ る も の で、 中 国 南 部 に 起 源 を も つ と さ れ る 建 築 様 式 で、 海 峡 植 民 地 を は じ め と す る 東 南 ア ジ ア の 植 民 地 に 広 が っ た の は、 シ ン ガ ポ ー ル を 植 民 地 と し て 占 領 し、 経 済 的 繁 栄 の 礎 を 築 い た ラ ッ フ ル ズ が1822 年 に 制 定 し た 都 市 計 画 の 中 で 日 除 け、 雨 除 け を 目 的 と し て5 フ ィ ー ト ( 約 1.5 メ ー ト ル) の通路を設けるように規定したのが起源とされ

る。マ ラ ッ カ や シ ン ガ ポ ー ル で は、five foot way( 英語 )、 kaki lima( マレー語 ) と呼ばれる。 マラッカでも 19 世 紀 後 半 か ら こ の 様 式 の シ ョ ッ プ ハ ウ ス が 増 え、 さ ら に プ ラ ナ カ ン た ち の 経 済 力 が 増 大 す る に つ れ、 中 国 式 の 建 築 要 素 が 付 加 さ れ た。 と く に フ ァ サ ー ド を 中 心 に、 伝 統 的 な 中 国 の 装 飾( 麒麟、 獅子、 鳳凰等のテラコッ タ)、 ヨーロッパのさまざまな装飾が施されるように な っ た。 3-2) ファサードにみるデザインの文化的複合性   今 回 の 現 地 調 査 で は 保 存 地 区 内 に あ る シ ョ ッ プ ハ ウ ス の フ ァ サ ー ド を 写 真 撮 影 し、建 物 ご と の 様 式、用 途、 模 様( 植物、動物、神話上の動物、文字等 ) を確認した。 従 来 の シ ョ ッ プ ハ ウ ス 研 究 の 多 く は 建 築 学 的 見 地 か ら の も の が 多 く、 フ ァ サ ー ド の デ ザ イ ン 的 特 徴、 と く に 装 飾 に つ い て ほ と ん ど 言 及 さ れ て い な い。   ト ゥ ン ・ タ ン ・ チ ェ ン ・ ロ ッ ク( ヘ ー レ ン ) 通 り に つ い て み る と、 調 査 対 象 の シ ョ ッ プ ハ ウ ス185 戸のう ち 居 住 形 態 別 の 内 訳 は、 住 居( 居住 / 不在含む )85 戸、 観 光 客 向 け 店 舗53 戸、 地 元 向 け 店 舗 23 戸、 そ の 他 24 戸 で、 住 居 用 の シ ョ ッ プ ハ ウ ス が 多 い。 さ ら に 様 式 ご と に み て い く と、 ① オ ラ ン ダ 様 式68 戸 ( 写真 1)、 ② 中 国 南 部 様 式45 戸、 ③ 初 期 シ ョ ッ プ ハ ウ ス 様 式 5 戸、④ 初 期 変 移 様 式14 戸、⑤初期海峡折衷様式 13 戸、 ⑥ 後 期 海 峡 折 衷 様 式10 戸 ( 写真 2)、⑦新古典様式 8 戸、 ⑧ ア ー ル デ コ 様 式4 戸、 ⑨初期モダン様式 4 戸、 その14 戸で、この通りは圧倒的に初期のオランダ様式、 中 国 南 部 様 式 の 建 物 が 中 心 と な っ て い て、 古 く か ら の 建 物 が よ く 保 存 さ れ て き た と も い え る。   こ れ ら の シ ョ ッ プ ハ ウ ス の フ ァ サ ー ド に は さ ま ざ ま な 装 飾 が 施 さ れ て い る( 表 2)。最も多いのが植物 (59 戸 ) や 花(35 戸 ) の 模 様 で、1 階 と 2 階 の 間 の 庇 上 に、 彩 色 さ れ た テ ラ コ ッ タ で 作 ら れ た 牡 丹 や 菊 な ど の 中 国 由 様式 オランダ様式 17c ~ 18c 中国南部様式 18c ~ 19c 初 期 シ ョ ッ プ ハウス様式 19c ~ 20c 初期変移様式 1840-1900 初期海峡折衷 様式 1890 ~ 1920 後期海峡折衷 様式 1920 ~ 1940 新古典様式 1920 ~ 1950 アールデコ 様式 1930 ~ 1950 初期モダン 様式 1950-1990 特徴 ・最初期の建築 ( 店 舗 は な く 住 居専用) ・ 平 屋 ま た は2 階建て ・1 つ の 窓 か 左 右 対 称 の2 つ の窓 ・中国様式の修 正版(吹抜け と中庭) ・ 象 徴 的 装 飾 ( 招福、方角、 季節、風水等 の象徴性) ・2 階 建 て(2 階 が せ り 出 す) ・基本的にシン プル ・高さは低い ・単純な傾斜屋 根で長屋形式 ・2 階建て ・歩廊がつく ・特徴的な切妻 ( 破風 ) ・装飾はシンプ ルで、植物の モチーフ ・ファサードの 装飾は控えめ ・戸と窓は圧倒 的に木製 ・仕切り窓は四 角 か 半 円 の ガ ラス窓 ・最も華やかな 装飾 ・窓により壁面 は最小化 ・ 多 様 な 民 族 的 伝 統 的 な モ チ ー フ の フ ァ サード ・通常3 階建て ・ 新 ゴ シ ッ ク、 バ ロ ッ ク、 パ ラ デ ィ オ、 ル ネ サ ン ス 等 の 様式が混在 ・花綱模様が一 般的 ・ 直 線 的( 水 平 か垂直) ・窓は一体化さ れ、 金 属 枠 を 使用 ・張り出した庇、 欄干 ・多様な近代的 建 築 様 式 に よ る ・地域の影響は あるが近代的様 式に変換 表1. マラッカのショップハウス様式注2 写真1. オランダ様式 写真2. 後期海峡折衷様式 写真3. ファサード ( 植物と動物を組みあわせたテラコッタ )

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来 の 草 花 や 薔 薇 を は じ め と す る ヨ ー ロ ッ パ 由 来 の 草 花 な ど さ ま ざ ま な 種 類 の 花 が 混 在 す る。 ま た2 階 屋 根 の 柱 部 分 に も 草 花 が 描 か れ て い る こ と が 多 い。 こ れ ら の 植 物 模 様 は 麒 麟、 鳳 凰、 コ ウ モ リ 等 の 中 国 の 伝 説 的 動 物 や 縁 起 の よ い 動 物 と 組 み 合 わ さ れ て、 中 国 と ヨ ー ロ ッ パ の モ チ ー フ が 混 在 し、 フ ァ サ ー ド に 独 特 の 表 情 を つ く り だ し て い る( 写真 3)。   タ イ ル は1 階入口の床面や窓の下袖に貼られている が、 伝 統 的 な 中 国 の 模 様 以 外 に は、 ヨ ー ロ ッ パ か ら 輸 入 さ れ た 薔 薇 や イ ス ラ ム 由 来 の 幾 何 学 模 様 な ど も 数 多 く 用 い ら れ て お り、 文 化 的 な 複 合 性、 融 合 性 を み る こ と が で き る( 写真 4)。   こ れ ら の 装 飾 模 様 と 並 ん で 特 徴 的 な も の と し て1 階 入 口、 窓 の 回 り や 鎧 戸 に 扁 額 や 対 聯 ・ 対 句 と し て 書 か れ た り、 刻 ま れ た 文 字 群 で あ る。「國 恩」「家 慶」、「福 海」「寿 山」、「瑞 気」「祥 光」 等 の 家 運 安 泰、 忠 孝、 吉 祥、風 雅 を 祝 福 し、鼓 舞 す る 句 や 文 言 が 多 い( 写真 5)。 こ れ ら の 文 字 群 は、 男 性( ババ ) の家長が家格や家風 を 示 す た め に 表 示 す る も の で あ る こ と か ら、 中 国 の 伝 統 的 な 価 値 観 を 反 映 し て い る と 考 え る こ と が で き る。   こ の よ う に マ ラ ッ カ の シ ョ ッ プ ハ ウ ス に み ら れ る さ ま ざ ま な 装 飾 の 分 析 か ら ハ イ ブ リ ッ ド な デ ザ イ ン の あ り 方 を 確 認 す る こ と が で き た。 4) シンガポールのショップハウス   シ ン ガ ポ ー ル に つ い て は2018 年 2 月 に 主 に シ ョ ッ プ ハ ウ ス の 実 態 把 握 を 目 的 に 現 地 調 査 を 実 施 し た。 シ ン ガ ポ ー ル は1819 年 の ラ ッ フ ル ズ に よ る 植 民 地 化 以 降 経 済 的 に 繁 栄 し、 多 く の プ ラ ナ カ ン が マ ラ ッ カ や ペ ナ ン か ら 移 住 す る と と も に 中 国 本 土 か ら も 多 く の 華 人 が 押 し か け た。1920 年代のチャイナタウンではショッ プ ハ ウ ス の 分 割 化 が 進 み、1918 年 の 調 査 で は 1 軒 あ た り の 分 割 戸 数 は 平 均14 戸、 居住者数も 36 人という 過 密 ぶ り で、 現 在 で も 中 国 系 住 民 が 国 民 の4 分の 3 を 占 め、 狭 い 国 土 も あ っ て 人 口 密 度 も 高 い。  1965 年 に マ レ ー シ ア 連 邦 か ら 分 離 独 立 し て 以 来、 近 代 化 と 工 業 化 の 中 で、 と く に1920 年 代 以 降 ス ラ ム 化 し て い た チ ャ イ ナ タ ウ ン や 華 人 居 住 地 区 に 密 集 し て い た シ ョ ッ プ ハ ウ ス の 再 開 発 が 進 め ら れ た。 し か し、 1980 年 代 か ら 伝 統 的 な シ ョ ッ プ ハ ウ ス の 保 存 政 策 に 転 換 し、 シ ョ ッ プ ハ ウ ス の 修 復、 同 じ 様 式 で の 再 開 発 等 の 手 法 で、 チ ャ イ ナ タ ウ ン、 カ ト ン 地 区、 ゲ イ ラ ン 等 の い く つ か の 保 存 地 区 で は 全 体 的 な 町 並 み も 整 備 さ れ る よ う に な っ た( 写真 6)。 0 10 20 30 40 50 60 70 80 花 花綱 模様植物 動物 幾何学模様 神話 タイル 文字 その他 表2. ファサード装飾の種類           (トゥン・タン・チェン・ロック通り) 写真4. ヨーロッパ由来 ( 薔薇 ) のタイル 写真5. 多彩な対聯の文字群 写真6. 修復整備されたショップハウス ( エメラルドストリート )

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  シ ン ガ ポ ー ル の シ ョ ッ プ ハ ウ ス は 植 民 地 化 後 の 1820 年 代 以 降 の も の が 多 く、 様 式 と し て は マ ラ ッ カ の ④ 初 期 変 移 様 式 か ら の5 ~ 6 種類で構成される。   し か し、 マ ラ ッ カ と 異 な り 経 済 的 に 裕 福 で あ っ た た め、 シ ョ ッ プ ハ ウ ス の 多 く は3 階建てで、 ファサード を 飾 る 装 飾 の 種 類 に つ い て は マ ラ ッ カ と そ れ ほ ど の 違 い は な い も の の、 タ イ ル 等 も 含 め て 豪 華 で 華 や か な 色 合 い の も の が 数 多 く み ら れ た( 写真 7)。 5) まとめ  2017 年 度 は プ ラ ナ カ ン 文 化 の 中 で も シ ョ ッ プ ハ ウ ス に 焦 点 を あ て、 現 地 調 査 を お こ な っ た。 プ ラ ナ カ ン 文 化 は 建 築 を は じ め、 イ ン テ リ ア、 生 活 用 品、 料 理、 服 飾、 生 活 習 慣、 人 生 儀 礼 等 の 生 活 全 般 に お よ ぶ も の で あ る が、 実 際 の と こ ろ シ ョ ッ プ ハ ウ ス を 除 く と プ ラ ナ カ ン を 体 現 し て 生 活 を 営 ん で い る 状 況 は ほ と ん ど み る こ と は 不 可 能 で、 そ の 実 態 を 把 握 す る の は か な り 困 難 な 状 況 に あ る こ と は 否 め な い。 第 二 次 大 戦 後 の 脱 植 民 地 期 に は マ レ ー シ ア、 シ ン ガ ポ ー ル、 イ ン ド ネ シ ア と い っ た プ ラ ナ カ ン が 活 躍 し た 地 域 で は、 彼 ら は 「King's Chinese 廷臣華人」 と名指しされ、 民主主義に 敵 対 す る 存 在 と し て 政 治 的 経 済 的 に 排 除 さ れ た。 そ の 頃 に か れ ら の 生 活 を 支 え、 プ ラ イ ド の 源 泉 と な っ た 生 活 資 材 の 大 半 が 売 り 払 わ れ て し ま い、「 プ ラ ナ カ ン 」 と い う 呼 称 さ え 忘 却 さ れ た の で あ る。   現 在、 わ れ わ れ が プ ラ ナ カ ン を 体 験 す る に は プ ラ ナ カ ン を テ ー マ に し た 博 物 館注3、 レ ス ト ラ ン( ニョニャ 料 理、 バ バ 料 理)、 バ テ ィ ッ ク や ビ ー ズ 細 工 の 工 房 な ど に 限 定 さ れ て い る。 歴 史 遺 産、 観 光 資 源 と し て 語 ら れ る い わ ゆ る 「プ ラ ナ カ ン」 と は、 現 実 に は 容 易 に 手 が 届 き そ う に な い と こ ろ に あ る の と 同 時 に、 プ ラ ナ カ ン と し て と り あ げ ら れ て い る 対 象 は、 シ ョ ッ プ ハ ウ ス、 イ ン テ リ ア を 除 く と、 料 理、 服 飾( バ テ ィ ッ ク、 刺 繍、 ビ ー ズ、 宝 石)、 人 生 儀 礼 ( 結 婚 式、 葬 式 ) 等 ド メ ス テ ィ ッ ク 領 域 に 属 す る も の ば か り で あ る。 プ ラ ナ カ ン 文 化 の 女 性 的 側 面 が 強 調 さ れ、 植 民 地 時 代 に 政 治 的 経 済 的 に 活 躍 し た 男 性 の 文 化 的 領 域 に つ い て は 言 及 さ れ る こ と が ほ と ん ど な い注4   マ レ ー シ ア や シ ン ガ ポ ー ル と い う 国 家 が 多 文 化 主 義、 他 民 族 主 義 を 標 榜 し て 民 族 的 統 合 を 企 画 す る 現 状 に お い て、 プ ラ ナ カ ン の 男 性 的 側 面 は 意 図 的 に 見 え な い 状 態 に さ れ て い る と さ え い え る。 プ ラ ナ カ ン 文 化 が 現 代 に お い て も つ 役 割 は 観 光 資 源 と し て 重 要 で あ る が、 そ の 政 治 性 を 見 失 う わ け に は い か な い。   今 後、 こ う し た ジ ェ ン ダ ー 的 視 点 も 配 慮 し た う え で こ の 地 域 の 調 査 を 継 続 し て い き た い。   な お、 マ ラ ッ カ 調 査 は2017 年 度 大 学 院 科 目 「プ ロ ジ ェ ク ト 科 目( 研究機構連携科目 )B」 としても実施し て お り、 後 藤 静、 渡 邊 麻 友 子、 富 永 明 日 香、 鈴 木 徹、 三 嶋 明 宏 の5 名の院生が参加した。 調査に先立って事 前 研 究 を 重 ね、 調 査 に お い て も 協 力 し て も ら う と と も に 各 自 で 研 究 テ ー マ を 設 定 し て 調 査 を お こ な っ た。 注 記 の あ る 図 表 を 除 い た 図 表 は 筆 者 が 作 成 し た。 ま た 写 真 は 筆 者 お よ び 調 査 メ ン バ ー が 撮 影 し た。 注

1)「Shanghai Street Stories」(http://shanghaistreetstories. com/?p=6314)より転載(最終アクセス日:2018.9.26) 2)Maarten den Teuling, "REBIRTH OF THE MALACCA

SHOPHOUSE, A TYPOLOGICAL RESEARCH", Technische Univiersiteit Delft, 2009, pp.31-61 3)シンガポールのプラナカン博物館は、2008年に開設

さ れ、プ ラ ナ カ ン 文 化 に つ い て の 包 括 的 な 展 示 を お こ な っ て い る。こ の ほ か マ ラ ッ カ、ペ ナ ン に も 私 設 博 物 館 が あ り、ジ ャ カ ル タ で も 計 画 さ れ て い る。 4)Karen M. Teoh, "Domesticating Hybridity: Straits

Chinese Cultural Heritage Projects in Malaysia and Singapore" in Cross-Currents: East Asian History

and Culture Review, 17, 2015, pp.59-85

(http://cross-currents.berkeley.edu/e-journal/issue-17)

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