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生活習慣病の解明、遺伝子からエピゲノムへ

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生活習慣病の解明、遺伝子からエピゲノムへ

著者

酒井 寿郎

雑誌名

東北医学雑誌

129

2

ページ

163-166

発行年

2017-12

URL

http://hdl.handle.net/10097/00128762

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教授就任記念講演

2017

年 5 月 25 日(木) : 医学部百周年開設記念ホール

星陵オーディトリアム 講堂

生活習慣病の解明,遺伝子からエピゲノムへ

東 北 大 学 教 授

酒  井  寿  郎

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2

略 歴

生年月日  1963 年 7 月 21 日 出身地  福島県郡山市 1988年 3 月  東北大学医学部卒業 1994年 3 月  東北大学大学院医学研究科修了(医学博士) 1988年 5 月  仙台市立病院研修医(内科) 1994年 4 月  国立仙台病院内科医長 1994年 9 月   米国テキサス州立テキサス大学サウスウェスタンメディカルセンター 分子遺伝学講座 研究員

(Goldstein JL & Brown MS 教授)

2000年 4 月  東北大学 助手(医学部附属病院 腎・高血圧・内分泌科) 同年  12 月   科学技術振興事業団 (JST) 創造科学技術推進事業 (ERATO) 柳沢オーファン受容体プロジェクト,グルー プリーダー 2003年 1 月  東京大学 特任教授(先端科学技術研究センター 代謝・内分泌システム生物医学分野) 2009年 7 月  東京大学 教授(先端科学技術研究センター 代謝医学分野) 2017年 4 月  東北大学 教授(大学院 医学系研究科 分子生理学分野)         現在に至る.(東京大学は引き続き併任.)

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教授就任記念講演

生活習慣病の解明,遺伝子からエピゲノムへ

Elucidation of Life Style Disease ─ from Gene to Epigenome

酒  井  寿  郎

東北大学大学院医学系研究科 分子生理学分野

1. 遺伝子クローニングと分子遺伝学

1-1.  VLDL (超低密度リポ蛋白) 受容体のクロー ニング(東北大学 大学院 : 1990 ∼ 94 年) 内科研修医時代に多くの救急の冠動脈疾患を経験 し,心血管病の原因となる高脂血症・高血圧・糖尿病 に興味を持った私は,東北大学院医学研究科(内科学 系専攻,第二内科)入学後,東北大学の山本徳男教授 の御指導のもと,新規リポ蛋白受容体を発見し,超低 密度リポ蛋白受容体 (VLDL 受容体) と命名し,その 遺伝子構造と機能を明らかにした1,2).これは

Gold-stein & Brown博士ら分子遺伝学を駆使しての 1984 年 のノーベル賞の受賞となった LDL 受容体につぐ,第

2の新規リポ蛋白受容体の発見であった.

1-2.  膜結合型転写因子の切断機構の解明と切断酵

素の発現クローニング (テキサス大学 分子 遺伝学講座 Goldstein & Brown 研 : 1994∼

98 年)

VLDL受容体の発見により,Goldstein & Brown 博 士らの研究室に博士研究員として招聘された.当時彼 らは,「どのようにして細胞はコレステロールホメオ スタシスを維持するのか ?」という生物学の本質に迫 る命題に取り組み,コレステロールホメオスタシスを 維 持 す る 転 写 因 子 sterol regulatory element binding protein(SREBP)を発見していた.そして,SREBP は転写因子にもかかわらず小胞体膜にヘアピン構造を 取って前駆体として局在していることを見出してい た.核内で転写因子として機能するためには膜から切 り離されなくてはならない.私はこのメカニズム解明 とりくみ3-6) ,細胞のコレステロールが欠乏すると SREBPは 2 つのプロテアーゼによる連続した切断を 受け,成熟型 SREBP が核に移行し,コレステロール 合成と取り込みに関する遺伝子群 (LDL レセプター遺 伝子など)を活性化することを Cell 誌に 1996 年に報 告した3).第一段階目はコレステロール応答に小胞体 内腔で,そして第二段階目が膜貫通ドメインの内側で 切断される.現在,この SREBP 経路は教科書に記載 され,動脈硬化の治療薬スタチンのコレステロール作 用機序を示すものとなっている.一昨年の 2015 年が セル誌 40 周年にあたり,ランドマークになる 25 編 の中の 1 つとしてこの論文が解説付きで選ばれた.こ の切断様式は(Regulated Intramembrane Proteolysis ; RIP)と命名され,Notch 切断や,小胞体ストレス感 受系転写因子 ATF6,アミロイド前駆体蛋白を切断す るγ セクレターゼ機能などの基礎概念となった.そし て,この 2 年後に,私は,ユニークなアッセイ系を樹 立し,第一段階目のコレステロール感受性の活性化酵 素を発現クローニング法によって発見した6) 1-3.  Wnt/LRP5 シグナルと糖尿病・老化への関与 の解明 (東北大学 : 2000 年∼ 03 年) 帰国後は内科臨床に従事し,東北大学病院 腎高血 圧内分泌科の助手就任後は,LDL 受容体関連蛋白 (LRP5) の遺伝子欠損マウスの作成をすすめていたと ころ,偶然にも発生に重要なシグナルを担う Wnt 蛋 白の受容体であることが明らかになり,LRP5 欠損マ ウスは Wnt シグナルが欠落したマウスであることが 判明した.LRP5 遺伝子欠損マウスは Wnt シグナル減 弱のため,骨粗鬆症を呈し,インスリン分泌不全によ る耐糖能障害,食後高脂血症を呈し,動脈硬化症を呈 することを明らかにした7).ヒトでも LRP6 が動脈硬 化に,この Wnt-LRP5-β カテニンシグナル上の分子 Tcf7l2が 2 型糖尿病でリンクがあることが GWAS 解析 から相次いで報告された.このことは Wnt シグナル の減弱が,糖尿病,骨粗しょう症などの生活習慣病, 加齢に関与するという概念形成の発端となった.

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164 酒井 ─ 生活習慣病の解明,遺伝子からエピゲノムへ 1-4.  オーファン受容体 GPCR のリガンドペプチ ド同定 エンドセリン(昇圧ペプチド)とオレキシン(覚醒 ペプチド)の発見者であるテキサス大学の柳沢正史 教授(現 筑波大学)より,オーファン受容体プロジェ クトを立ち上げるのでグループリーダーとして参画を との要請があり,2001 年より東京に拠点を移した. 当時,ヒトの全ゲノムが解読されて,G タンパク質共 役受容体 GPCR がヒト遺伝子に 1,000 以上もコードさ れていることが判明したものの,ほとんどがリガンド 不明な「オーファン(孤児)」受容体であった.そこ でこれらオーファン GPCR のリガンドを決定すると いうのが,このプロジェクトの目的であった.困難を 極めたが,高感度のアッセイ系の樹立に成功し,ペプ チド精製から最終的にオーファン受容体 GPR103 のリ ガンド同定に成功した.このペプチド QRFP が血圧 や節食に関与する生理活性を持つことを報告した8)

2. 遺伝子からゲノム科学へ

2-1.  核内受容体を標的とした脂肪燃焼によるメタ ボリックシンドロームの治療法開発 2001年のヒトゲノム解読で網羅的な遺伝子発現解 析などゲノム科学が発展した.2003 年からは東京大 学 先端科学技術研究センター特任教授として着任 し,ゲノム科学の手法を用い,メタボッリックシンド ロームの新規治療法の開発に取り組んだ.脂肪燃焼を 担う転写因子を明らかにするため絶食時のマウス骨格 筋のトランスクリプトーム解析を行い,peroxisome proliferator-activated receptors (PPAR)-δ(デルタ)が

骨格筋での異化作用を促進する核内受容体であること を発見した.PPARδ の作動薬は,脂肪燃焼に関与す る遺伝子の転写を亢進させた.肥満マウスへの投与実 験では,肥満を改善しメタボリックシンドロームに属 する殆どの症状を改善した9).また,核内受容体と甲 状腺ホルモンの活性化遺伝子発現制御の遺伝子発現制 御の研究を行った10)

3. ゲノムからエピゲノムへ

3-1. 脂肪細胞分化をモデルとしたエピゲノム解析 ゲノムというブラックボックスが解明されるとその 中にもう一つのブラックボックスの存在が気づかれて きた.それがエピゲノムである.ゲノムはすべて読ま れるわけではなく,後天的に修飾されて読まれる部分, 読まれない部分があり,それが記憶され個々の細胞の 違いを生む.そしてこれを制御しているのが DNA や ヒストンの化学修飾,すなわちエピゲノムである.脂 肪細胞は,生活習慣病との関わりにおいて中心的役割 を演じている.栄養や寒冷環境など環境適応のための 重要な組織である.脂肪細胞分化においては転写カス ケードとともにエピゲノム変化による細胞の質の変化 がおこり,細胞記憶として定着する.エピゲノムは生 活習慣病発症の重要な鍵と私は考え,脂肪細胞分化を モデルとして,エピゲノム研究を開始した.モノクロー ナル抗体作成から核内受容体 PPARγ の網羅的な結合 部位の同定(ChIP Seq)からエピゲノム因子と PPARγ による制御系を見出し,エピゲノム研究へと発展し た11-15) . この間,東北大学で始めた酢酸を活性化するアセチ ル CoA 合成酵素の研究をすすめ16,17),酢酸が栄養飢餓 時の重要なエネルギーであることを突きとめた18).こ のアセチル CoA 合成酵素は,がん細胞でグルコース 利用が悪い時に酢酸を栄養としてヒストンのアセチル 化(エピゲノム)を介し転写を活性化することが近年 解明され,栄養飢餓時のがんの生存に関与するという がん研究での一大発見につながった.今日,この酵素 を標的とした創薬が世界的に進められている. 3-2.  エピゲノムによる肥満・インスリン抵抗性の 解明 環境変化などの外来刺激は,DNA やヒストンのメ チル化などの化学修飾がエピゲノムとして記録され, 一世代間の細胞の記憶となる.エピゲノムの変化は環 境への適応機構であり,がんや生活習慣病に深く関与 すると考えられていた.2009 年,マウスでヒストン の脱メチル化異常を起こすと肥満インスリン抵抗性を きたすことが,私たちと米国のグループから報告さ れ19),エピゲノムと生活習慣病の研究が一気に注目を 集めた.エピゲノム修飾酵素に対する高機能性モノク ローナル抗体を十数種類作製し,これらの抗体を用い 質量分析によるタンパク質複合体や翻訳後修飾解析 法,クロマチン修飾の高速シーケンサーによるマッピ ング法といったエピゲノム解析の要素技術を確立し, 系統的にエピゲノム解析を行い,「環境の変化がどの ように感知され,エピゲノム変化させ,肥満・脂肪細 胞の表現型を変化させるか ?」の解明を行った14,20,21) 代表的なものとして,以下を明らかとした. 第一に,脂肪細胞分化の要となる新規クロマチンド メインの発見である21).前駆脂肪細胞での次世代シー クエンサーを用いて全ゲノム領域を解析の結果,前駆

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脂肪細胞では遺伝子を活性化する H3K4me3(ヒスト ン H3 の 4 番目のリジンのトリメチル化)と抑制化す る H3K9me3(ヒストン H3 の 9 番目のリジンのトリ メチル化)が直列したクロマチン構造が約 200 の遺伝 子に存在することを見出した (H3K4/H3K9me3 ビバ レントクロマチンと命名).そして,この新規のクロ マチン構造が脂肪を蓄える遺伝子の働きを抑えている ことを解明した.これまで胚幹細胞 (ES) 細胞では遺 伝子の抑制化にエピゲノム H3K27me3 が関与してい ることが知られていたが,今回,前駆脂肪細胞で新し いエピゲノム H3K9me3 が見つかり,この構造は他の 前駆細胞にもある可能性が示唆された.この論文は Mo. Cell 2015 の表紙を飾った21) 第二は,寒冷刺激を感知するエピゲノム酵素複合体 の発見である20) 脂肪を蓄積する白色脂肪細胞に加え,交感神経系支 配下で熱産生を担う褐色脂肪細胞が知られているが, 近年,個体が寒冷に曝されると,白色脂肪細胞は,脂 肪燃焼・熱産生能を有したベージュ脂肪細胞と命名さ れた褐色様の脂肪細胞へとリモデリング(ベージュ化) されることが明らかになってきている.ベージュ細胞 は脂肪を燃焼することから,過栄養による生活習慣病 の代謝を改善する質の良い脂肪細胞として注目を集め ている.ベージュ細胞は寒冷刺激によって誘導される が,寒冷刺激そのものは,血管収縮や心拍数増大など を誘引し,心血管イベントのリスクを増加させるとい う問題も抱えているため,寒冷刺激をしなくとも,ベー ジュ化させられる治療が待ち望まれている.しかし, 寒冷刺激によるベージュ化のメカニズムは明らかでは な い. 私 た ち は 最 近, ヒ ス ト ン 脱 メ チ ル 化 酵 素 JMJD1Aが寒冷刺激を受けてリン酸化され (265 番目 のセリン残基,S265 と略す) 核内受容体 PPARγ と結 合することで,褐色脂肪細胞の性質を制御することを 見出した15,20).さらに JMJD1A はリン酸化によるシグ ナル感知とエピゲノム書き換えによる二段階機構で ベージュ化を誘導することを見出した.今後この分子 機構にもとづく,「質の良い脂肪細胞をつくる」画期 的な治療法の創出に取り組んでいきたい.

文   献

1) Takahashi, S., Kawarabayasi, Y., Nakai, T., et al. (1992)  Rabbit very low density lipoprotein receptor : a low density lipoprotein receptor-like protein with distinct

ligand specificity. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A., 89, 9252-9256.

2) Sakai, J., et al. (1994) Structure, chromosome

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-2182.

3) Sakai, J., et al. (1996) Sterol-regulated release of

SREBP-2 from cell membranes requires two sequential

cleavages, one within a transmembrane segment. 

Cell, 85, 1037-1046.

4) Rawson, R.B., et al. (1997) Complementation cloning of S2P, a gene encoding a putative metalloprotease required for intramembrane cleavage of SREBPs. 

Mol. Cell, 1, 47-57.

5) Duncan, E.A., Dave, U.P., Sakai, J., et al. (1998) Sec-ond-site cleavage in sterol regulatory element-binding

protein occurs at transmembrane junction as deter-mined by cysteine panning. J. Biol. Chem., 273, 17801-17809.

6) Sakai, J., et al. (1998) Molecular identification of the sterol-regulated luminal protease that cleaves SREBPs

and controls lipid composition of animal cells. Mol.

Cell, 2, 505-514.

7) Fujino, T., et al. (2001) Molecular identification and characterization of two medium-chain acyl-CoA

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8) Takayasu, S., et al. (2006) A neuropeptide ligand of the G protein-coupled receptor GPR103 regulates

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9) Tanaka, T., et al. (2003) Activation of peroxisome proliferator-activated receptor delta induces fatty acid

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transcrip-tion factor 9. Mol. Cell. Biol., 28, 3917-3931.

11) Wakabayashi, K., et al. (2009) The peroxisome pro-liferator-activated receptor gamma/retinoid X receptor

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166 酒井 ─ 生活習慣病の解明,遺伝子からエピゲノムへ

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21) Matsumura, Y., et al. (2015) H3K4/H3K9me3 Biva-lent Chromatin Domains Targeted by Lineage-Specific

DNA Methylation Pauses Adipocyte Differentiation. 

参照

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