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自然環境学習者における動詞形の発達過程に関する研究 ―縦断的な発話資料に基づいて―

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自然環境学習者における動詞形の発達過程に関する

研究 ―縦断的な発話資料に基づいて―

著者

武井 真美

雑誌名

国際文化研究(オンライン版)

27

ページ

141-155

発行年

2021-03-31

URL

http://hdl.handle.net/10097/00131062

(2)

1 .研究の動機と目的 日本語の動詞活用は種類も多く複雑であると言われている(小池,2003; 菅谷,2010)。動詞形 を指導する際、教室で日本語教師は「て形」「ない形」「辞書形」のように活用形ごとにルールを説 明し、パターンプラクティスを行って定着させようとすることが多いだろう。しかし、日本に永 住、あるいは長期滞在している外国人の大多数が、自然環境の中で日本語を習得している自然環 境学習者だと言われている(長友,2002; 長友,2005)。動詞活用に関して明示的な指導を受けて いない自然環境学習者は、活用のルールをどのように習得していくのだろうか。 先行研究では、第 2 言語(以下 L2)学習者が特定の動詞形を未分析の固まり(unanalyzed chunk)として記億し使用することがあると言われている(許,1997; 菅谷,2003等)。菅谷(2003) の自然環境学習者 Alla(仮名)は調査期間中にわたって「つく」という動詞を「ついてる」とい う形でしか用いず、一方で「結婚する」という動詞は適切に語形が使い分けられていた。このこ とについて菅谷は、文法規則として語形が習得されたというよりも、動詞ごとに徐々に使い分け が習得されていったのではないかと述べている。しかし、未分析の固まりとして記憶された動詞 形が、学習が進むにつれて、いかに分化し、生産的に使用を広げていくかを調査した研究は少な い。動詞形の使用状況の変化を見るためには、動詞ごとの発達過程を縦断的に調べる必要がある ことをふまえ、本研究では、自然環境学習者 1 名を対象に縦断的な発話資料を分析し、動詞形使 用から発達の一端を明らかにすることを目的として調査を行う。

自然環境学習者における動詞形の発達過程に関する研究

―縦断的な発話資料に基づいて―

武 井 真 美

要 旨 日本語の動詞活用は種類も多く、様々な異形態があるために複雑であると言われているが、 明示的な指導を受けていない自然環境学習者は活用のルールをどのように習得していくのだ ろうか。本研究では動詞形の発達過程と、環境の違いによる影響について自然環境学習者 1 名を対象に縦断的な発話資料を分析した。その結果、動詞ごとに使用される動詞形に偏りが あり、学習初期の段階で、環境からのインプットを受けて「固まり」として語を覚えていく という点に関しては先行研究と同様の傾向が見られた。また、「現在形」から「過去形」への 出現順序と、 1 つの語形に複数の意味を担わせて使用している状況が明らかになった。 【キーワード:自然環境学習者 / 発達過程 / 動詞形 / 固まり / 使用依拠モデル】

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国際文化研究 第27号/オンライン版第 2 号 研究ノート

2 .先行研究

Tomasello(1992)は、英語を第 1 言語(以下 L1)とする自分の子どもの言語発達を縦断研 究で詳細に調査し、動詞中心にそして動詞(島)ごとに習得が進んでいき、その個別の知識が 抽象化されることで文法ルールが除々に確立されていくという「動詞の島」仮説(Verb-Island Hypothesis)を提唱している。Tomasello は使用依拠モデル(Usage-based Model)の立場を とっているが、その言語習得の考え方は、実際に聞いたり使用したりすることで習得がなされて いくというものである(橋本,2006)。L1習得時の幼児は経験した場面が概念化できるようにな ると、経験を一語文(holophrase)で表すようになり、概念を構成要素に分けられるようになる と、語順や格標識がなく軸語とスロットからなる軸語スキーマ(pivot schemas)「例:More milk (More+ □)More が軸語、□がスロット」から、語順や格標識などの統語的な記号を使った項 目依拠的構文(item-based construction)「例:Cut _[~を切る]、Draw _ on _[~に~を描 く]」へと徐々に構文(実際の用法をパターン化したもの)を発達させていく。抽象的な構文へ の発達は主に動詞を中心に展開されていくが、発達は動詞ごとに固有に起こるため、そのパター ンを検出するにはアイテムごとの細かい発話分析が必要である(Tomasello, 2003; 橋本,2006; 森川,2006)。また、使用依拠モデルでは、文法システムが主に使用経験に依存すると仮定され るため、発話の産出・理解に使用する「頻度」が重要な影響を与えると考えられている。一つの 言語表現のトークン頻度(延べ語数)が高ければ、その表現の具体的に含まれる単語や形態素の 定着が促進され、その表現全体をひとまとまりとして記憶から取り出し流暢に使用することがで きるようになり、タイプ頻度(異なり語数)が高ければ、抽象的な構文形式が形成されやすくな り生産性も高いものとなる(Tomasello, 2003, pp.106-107)。したがって、発話において産出数が 多ければ定着していることを示し、言語要素のバリエーションが豊富であれば、生産的な産出を 行っていることになる。 日本語の L1、L2幼児の動詞形の発達過程について、縦断的発話データを分析した研究には、 岩立(1981)と橋本(2006)がある。岩立(1981)は、日本語の L1幼児 1 名の縦断的発話デー タを「たべる」「かく」「つくる」「かう」「こぼす」の 5 動詞(他動詞)に限定して分析し、初出動詞 形のいくつかは「新動詞形=古動詞形+形態(素)」(くっつき説)というルールで説明できるこ と、動詞によって動詞形の出現順序に違いがあることを見出した。橋本(2006)は、発話データ の「タ」の産出数の推移を L1、L2幼児で比較し、動詞形の形態、意味に焦点を当て分析した結果、 (1)丸暗記の固まり表現の習得、(2)スロット付きスキーマの生成、(3)過剰般用スキーマの修 正、(4)TL(Target-Like)のみの産出という習得段階が見られたと述べている。また、L1、L2 幼児の動詞形の発達過程を比較すると、L2幼児のほうが、意味と形態の理解が不十分な中で早 期に仮説検証を行うために誤用が多いということを明らかにしている。 子どもは言語経験が少なく、言語経験に見合った発達しかしないと言われている(岩立,2006; 橋本,2007)。幼児と、L2成人学習者では、はたして同様の発達過程を見せるのだろうか。 国内で成人の自然環境学習者を対象とした研究では、ブラジル人就労者を分析した一連の研究

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(土岐,1998)や、フィリピン人女性と日本人のソーシャルワーカーとの対話資料やその他のデー タを分析した一連の研究(長友,2002)などがあり、調査対象者は外国人就労者・難民・中国帰 国者・日本人配偶者など、多岐に渡っている。動詞の習得研究には、黒野(1998)、菅谷(2003) 等の文法項目に焦点を当てた研究や、ナカミズ(1998)のブラジル人就労者の動詞の使用状況と 「普通体 / 丁寧体」のスタイルシフトを調査した研究が挙げられる。しかし、具体的な動詞がど のように動詞形の使用を広げていくのか、その実態については言及されていない。 日本語の動詞形の使用実態を調査している数少ない研究に佐野(2008)がある。佐野は長期定 住成人ブラジル人 1 名を対象に縦断的な調査を行い、トークン頻度と、タイプ頻度の観点から発 話データの分析を行っている。使用頻度が高い動詞形に注目した結果、最も頻度が高い動詞形 は「ル形」で、それに続き「ナイ形」「タ形」「テ形」が多く使用されていたが、これらの動詞形は 特定の動詞に固定化して使用される傾向(例 :「分かる」「行く」はナイ形の使用頻度が高い)に あり、「動詞語形は使用頻度の高いものからまずは固まりとして習得している様相がうかがえる」 (p.176)と述べている。しかし、佐野の対象者は調査期間が半年と短かったため、時系列での変 化が大きくは表れず、出現した動詞と動詞形のバリエーションも少なかった。動詞の使用頻度も 低かったため、研究は動詞形の出現数のカウントにとどまっており、動詞形のバリエーションが 多かった「行く」「する」についても、固まりが生産的に使用を広げるかについての観察を行って いない。 教室環境学習者に比べて自然環境学習者の習得には時間がかかると言われている(迫田, 2006a)ため、動詞形の変化を見るには長期にわたって調査を行った発話資料を分析する必要 がある。また、岩立(1981)が「言語発達の初期相では変化が個々の動詞を中心に個性的に生 じるので、真の発達を把えるには分析する動詞の数を限定してきめ細かに分析する必要がある」 (p.193)と述べているように、動詞を絞って詳細に時系列の変化を見ていく必要があると考える。 以上をふまえ、本研究では以下の研究課題を設定し、調査を行うこととした。 研究課題 自然環境学習者はどのような動詞形の発達過程をみせるのか。 3 .調査方法 3.1 調査データ 本研究では縦断的発話データとしてサコダコーパス(Ver.2)を用いる(迫田,2006b)。サコ ダコーパス(Ver.2)とは、自然環境学習者1名(AZ、マレーシア人)と日本語母語話者(NS、 第二言語習得の研究者)との一対一による対話約 3 年分の録音を、日本語教育専攻の大学院生が 文字化したものである。AZ は来日まで日本語学習歴がなく、調査期間中は日本語指導を受けな いことを承諾している。来日後 6 か月目からデータ収集を開始し、 1 ~ 2 か月に 1 回ずつ計24回 (但し23回と24回の間は 1 年)の対話が行われた(表 1 , 2 )。 自然環境学習者における動詞形の発達過程に関する研究  武井 真美

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144 国際文化研究 第27号/オンライン版第 2 号 研究ノート 3.2 分析方法 分析は以下の手願で行った。まず、自然環境学習者 AZ の発話資料から動詞を抽出した。そ の際、出現している動詞形が、母語話者(以下 NS)の質問の繰り返しによるものか、自発的な 発話によるものかに分け、NS の繰り返し(例:NS「行かなきゃいけない」AZ「行かなきゃ…」) といいよどみ(例:AZ「行か…」)は調査の対象から外した。次に、延べ語数が多い順に 1 位か ら12位までの動詞について、動詞形のバリエーションとその使用数を調査した。続いて、質的な 分析を行うため、発話資料において動詞形が使われるべき箇所で使われているかを確認し、その 形式と意味が正用か誤用か、誤用の場合はどのような意味で使っているのかについて、筆者と日 本語母語話者(日本語教育専攻の大学院生) 1 名がそれぞれ正用・誤用の判断をし、両者の判断 が一致しない場合は相談して決定した。 3.3 動詞形の用語 本研究では、動詞形に関して、以下のような用語を用いる(表 3 )。 表 1 .文字化資料の概要(迫田,2006b をもとに、筆者が作成)

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ョンも少なかった。動詞の使用頻度も低かったため、研究は動詞形の出現数のカウントにと

どまっており、動詞形のバリエーションが多かった「行く」「する」についても、固まりが

生産的に使用を広げるかについての観察を行っていない。

教室環境学習者に比べて自然環境学習者の習得には時間がかかると言われている(迫

田,2006a)ため、動詞形の変化を見るには長期にわたって調査を行った発話資料を分析する

必要がある。また、岩立(1981)が「言語発達の初期相では変化が個々の動詞を中心に個性

的に生じるので、真の発達を把えるには分析する動詞の数を限定してきめ細かに分析する

必要がある」

(p.193)と述べているように、動詞を絞って詳細に時系列の変化を見ていく必

要があると考える。以上をふまえ、本研究では以下の研究課題を設定し、調査を行うことと

した。

研究課題 自然環境学習者はどのような動詞形の発達過程をみせるのか。

3.調査方法

3.1 調査データ

本研究では縦断的発話データとしてサコダコーパス(Ver.2)を用いる(迫田,2006b)。サ

コダコーパス(Ver.2)とは、自然環境学習者 1 名(AZ、マレーシア人)と日本語母語話者

(NS、第二言語習得の研究者)との一対一による対話約 3 年分の録音を、日本語教育専攻の

大学院生が文字化したものである。AZ は来日まで日本語学習歴がなく、調査期間中は日本

語指導を受けないことを承諾している。来日後 6 か月目からデータ収集を開始し、1~2 か

月に1回ずつ計 24 回(但し 23 回と 24 回の間は 1 年)の対話が行われた(表 1,2)。

表 1. 文字化資料の概要(迫田,2006b をもとに、筆者が作成)

表 2 .テープ番号と資料収集日 表2. テープ番号と資料収集日 3.2 分析方法 分析は以下の手願で行った。まず、自然環境学習者 AZ の発話資料から動詞を抽出した。 その際、出現している動詞形が、母語話者(以下 NS)の質問の繰り返しによるものか、自発 的な発話によるものかに分け、NS の繰り返し(例:NS「行かなきゃいけない」AZ「行かなき ゃ…」)といいよどみ(例:AZ「行か…」)は調査の対象から外した。次に、延べ語数が多い 順に 1 位から 12 位までの動詞について、動詞形のバリエーションとその使用数を調査した。 続いて、質的な分析を行うため、発話資料において動詞形が使われるべき箇所で使われてい るかを確認し、その形式と意味が正用か誤用か、誤用の場合はどのような意味で使っている のかについて、筆者と日本語母語話者(日本語教育専攻の大学院生)1 名がそれぞれ正用・ 誤用の判断をし、両者の判断が一致しない場合は相談して決定した。 3.3 動詞形の用語 本研究では、動詞形に関して、以下のような用語を用いる(表 3)。 表3. 本研究における動詞形の用語

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4 .結果 4.1 自然環境学習者の動詞形の発達過程 4.1.1 動詞形の出現数と初出の時期 本研究では、延べ語数が多かった順で、1位から12位までの以下の動詞を分析対象とした。 Ⅰ類動詞(ある,分かる,行く,違う,帰る,話す)、Ⅱ類動詞(いる,見る,できる,食べる)、 Ⅲ類動詞(来る,する) 12位までにしたのは、10、11位が僅差であったためと、 3 位の「行く」が「行きます」の語形 で「来ました」を表現していたことから、12位の「来る」を分析対象に含めたためである。13位 の「なる」は118語であったが、分析対象から外した。 先行研究では発話において、ある動詞形の延べ語数が多ければ定着していることを示し、動 詞形のバリエーションが豊富であれば、生産的な産出を行っていることになると言われている (Tomasello, 2003; 佐野,2008)。そこで、分析対象とした動詞で使用されている動詞形について 調査したところ、表 4 のような結果となった。延べ語数は、ある動詞形に「ね、よ、か」などの 助詞等が付加された形態はその動詞形としてカウントした(例:「ありますね」が 1 つ出現した 場合は「ます」形に 1 として、 2 つの場合は 2 としてカウントした)。 その結果、動詞によって出現する動詞形のバリエーションには異なりが見られた。動詞形の出 現数に偏りが見られた動詞は「ある」「違う」「わかる」「いる」「できる」だった。動詞「ある」と「違 う」は「る」形(ある、違う)の使用が多く、動詞「わかる」は「る」形・「ない」形(わかる、 わからない)の使用が多かった。また、動詞「いる」は「ます」形・「る」形・「ない」形(いま す、いる、いない)が多く、動詞「できる」は「る」形・「ない」形・「ば」形(できる、できな い、できれば)の使用が多かった。逆に「て」形、意向形、可能形、命令形などが現われ、動詞 形のバリエーションが比較的多く観察された動詞は「行く」「話す」「見る」「する」「帰る」「来る」「食 べる」だった。また、12の動詞全体の使用数では「る」形の使用が最も多く、続いて「ない」形 自然環境学習者における動詞形の発達過程に関する研究  武井 真美 表 3 .本研究における動詞形の用語

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表2. テープ番号と資料収集日

3.2 分析方法

分析は以下の手願で行った。まず、自然環境学習者 AZ の発話資料から動詞を抽出した。

その際、出現している動詞形が、母語話者(以下 NS)の質問の繰り返しによるものか、自発

的な発話によるものかに分け、NS の繰り返し(例:NS「行かなきゃいけない」AZ「行かなき

ゃ…」)といいよどみ(例:AZ「行か…」)は調査の対象から外した。次に、延べ語数が多い

順に 1 位から 12 位までの動詞について、動詞形のバリエーションとその使用数を調査した。

続いて、質的な分析を行うため、発話資料において動詞形が使われるべき箇所で使われてい

るかを確認し、その形式と意味が正用か誤用か、誤用の場合はどのような意味で使っている

のかについて、筆者と日本語母語話者(日本語教育専攻の大学院生)1 名がそれぞれ正用・

誤用の判断をし、両者の判断が一致しない場合は相談して決定した。

3.3 動詞形の用語

本研究では、動詞形に関して、以下のような用語を用いる(表 3)

表3. 本研究における動詞形の用語

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国際文化研究 第27号/オンライン版第 2 号 研究ノート の使用が多く見られた。動詞形に助詞等が付加された形態を 1 つのバリエーションとしてカウン トした(例:「あります」「ありますよ」「ありますね」を 3 とカウントした)動詞形の全バリエー ション数では、「行く」「食べる」が比較的多く、「違う」が少なかった。続いて、12の動詞の動詞 表 4 .自然環境学習者 AZ の動詞形の出現数 6 4.結果 4.1 自然環境学習者の動詞形の発達過程 4.1.1 動詞形の出現数と初出の時期 本研究では、延べ語数が多かった順で、1 位から 12 位までの以下の動詞を分析対象とし た。 Ⅰ類動詞(ある,分かる,行く,違う,帰る,話す)、Ⅱ類動詞(いる,見る,できる,食べる)、 Ⅲ類動詞(来る,する) 12 位までにしたのは、10、11 位が僅差であったためと、3 位の「行く」が「行きます」 の語形で「来ました」を表現していたことから、12 位の「来る」を分析対象に含めたためで ある。13 位の「なる」は 118 語であったが、分析対象から外した。 先行研究では、発話においてある動詞形の延べ語数が多ければ定着していることを示し、 動詞形のバリエーションが豊富であれば、生産的な産出を行っていることになると言われ ている(Tomasello,2003; 佐野,2008)。そこで、分析対象とした動詞で使用されている動詞 形について調査したところ、表 4 のような結果となった。延べ語数は、ある動詞形に「ね、 よ、か」などの助詞等が付加された形態はその動詞形としてカウントした(例:「あります ね」が1つ出現した場合は「ます」形に1として、2 つの場合は 2 としてカウントした)。 表4. 自然環境学習者 AZ の動詞形の出現数 表 5 .動詞形の初出の時期(表中の※印は誤用として出現) 7 その結果、動詞によって出現する動詞形のバリエーションには異なりが見られた。動詞形 の出現数に偏りが見られた動詞は「ある」「違う」「わかる」「いる」「できる」だった。動詞 「ある」と「違う」は「る」形(ある、違う)の使用が多く、動詞「わかる」は「る」形・ 「ない」形(わかる、わからない)の使用が多かった。また、動詞「いる」は「ます」形・ 「る」形・「ない」形(います、いる、いない)が多く、動詞「できる」は「る」形・「ない」 形・「ば」形(できる、できない、できれば)の使用が多かった。逆に「て」形、意向形、 可能形、命令形などが現われ、動詞形のバリエーションが比較的多く観察された動詞は「行 く」「話す」「見る」「する」「帰る」「来る」「食べる」だった。また、12 の動詞全体の使用数 では「る」形の使用が最も多く、続いて「ない」形の使用が多く見られた。動詞形に助詞等 が付加された形態を1つのバリエーションとしてカウントした(例:「あります」「あります よ」「ありますね」を 3 とカウントした)動詞形の全バリエーション数では、「行く」「食べ る」が比較的多く、「違う」が少なかった。続いて、12 の動詞の動詞形の出現時期について 調査したところ、動詞形の発達過程は動詞ごとに異なっており初出の動詞形もさまざまだ った。表 5 は、AZ の 1 年目の動詞形の初出の時期である。 表5. 動詞形の初出の時期(表中の※印は誤用として出現) 動詞「行く」は「ます」形から出現し、他の動詞が 3 期までに「る」形が出現するのに対

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形の出現時期について調査したところ、動詞形の発達過程は動詞ごとに異なっており初出の動詞 形もさまざまだった。表 5 は、AZ の 1 年目の動詞形の初出の時期である。 動詞「行く」は「ます」形から出現し、他の動詞が 3 期までに「る」形が出現するのに対して 5期まで一貫して「ます」形を使っている(4期「持って行ける」のみ例外)。1 期から動詞「帰る」 は「て」形が、動詞「分かる」「できる」は「ない」形が正用として出現している。動詞「違う」は、 1 年目は「る」形のみ出現し、固定使用化傾向が見られる。正用形が出現しながら正用がなく誤 用のみだった動詞形は、 1 期では「行きません(実際は『行きませんでした』の意)」、「食べた (実際は『食べる』の意)」、 2 期の「食べます(実際は『食べた』の意)」、「見て(実際は『見る』 の意)」である。出現傾向が動詞ごとに異なっていることから、自然環境学習者 AZ の動詞形の 発達過程でも、先行研究と同様に初期では個々の動詞ごとに独立して語形を発達させている可能 性が示唆された。 4.1.2 動詞形の使い分けの習得 分析対象とした動詞の共通点としては動詞「違う」を除き、「現在肯定」形が出現した後「過 去肯定」形が出現していることが挙げられる。例外として動詞「食べる」は「た」形から出現し、 テープ番号 1 期には 5 回使っていたが、 1 期に出現した「食べた」は全て “ 食べる ” の意味で用 いられており(発話例 1 )、形式と発話内容が一致していなかった。 発話例 1  (日本のパンが好きという話題で、時々パンを食べると言いたい。)   AZ: ときどき、〈うん〉たべたの、午後、〈うんうん〉パンだけ、じゅうぶん   NS: あーそう [ 1 期( 1 年目)] その後、 2 期で「食べる」の正用が出現し、「食べました」の正用の出現は10期に見られた。 更に、「現在肯定」形から「過去肯定」形への発達過程の中で、「現在肯定」形と「過去肯定」 形が同時に出現する段階が見られた。「食べる」では、「食べる」の正用が出現した後、「食べる / 食べた」が同時に出現する段階を経て(発話例 2 )、「食べる」「食べた」の使い分けが習得され ていった(発話例 3 )。また、動詞「行く」でも「行く / 行った」の同時出現の段階を経て(発 話例 4 )、「行った」の正用が出現している(発話例 5 )。 発話例 2 (今、弟が車でクアラルンプールからクランタンに向かっているという話題で)   NS: で、今日の夜 // クランタン?   AZ: // 今日の、今日の夜が、クランタンがついての、すぐが、食べるの、食べた [10期( 2 年目)] 発話例 3 (NS が、マレーシア語で『ご飯を食べる』は何と言うか聞いている場面で)   AZ: スーダ、スーダ is 終わる〈a-ha〉だから、ご飯食べた〈うん〉ご飯食べた、マレー 自然環境学習者における動詞形の発達過程に関する研究  武井 真美

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国際文化研究 第27号/オンライン版第 2 号 研究ノート

シアがスーダ、ミヌ、スーダ is 終わった〈a-ha〉終わった、past perfect tense、 past perfect tense、perfect、everything is perfect [22期( 3 年目)]

発話例 4  (昨日奥さんの卒業式があったという話題で)   NS: で、C[子]ちゃんと、あ、B[子]ちゃんはいいよね、B ちゃんは保育所でしょ?   AZ: 保育所、でも、昨日が、一緒にが行く〈あー〉一緒にが行った [20期( 3 年目)] 発話例 5  (赤ちゃん⦅娘⦆の体重が増えたという話題で)   AZ: よかった、でも〈うん〉いつもが病気〈え、どー〉だいたいね、 1 週間ね、 1 回が 病院に行った、 2 回が病院が行った、でも、先週は 3 回が病院が行った [22期( 3 年目)] 「現在肯定」形と「現在否定」形は、 1 期で「ない」形が出現した動詞「分かる」「できる」以 外「ます」「ません」形から出現している。「ない」形は誤用も多く、AZ の全動詞中で誤用が見 られた動詞には「見る、行く、送る、あげる、吸う、飲む、泣く、ある」があった(表 6 )が、 動詞「あげる」の「ない」形では、10期( 2 年目)に正用が現れた後、13期( 2 年目)に誤用が 生じ、19期( 3 年目)にまた正用に戻るという現象が見られた。 13期( 2 年目)で、「送らない」の正用形と、「あげらない」「吸わらない」の誤用が見られたが、 その点について詳しくみてみると、13期で「ない」形で現れた動詞は「できない」「送らない」「い らない」「帰らない」「知らない」「入らない」(+「あげらない」「吸わらない」)があり、「できない」 を除くと I 類「らない」の動詞が多く出現していた。また、Tomasello (2003)で言われている 頻度の観点によると、トークン頻度が高いと動詞形が定着しやすいとされているが、「分かる」「で きる」「いる」「話す」の順に「ない」形の使用数が多く(表4)、特に「分からない」の使用率は13 表 6 .「ない」形の誤用と正用形の出現時期(〇は正用の出現) 9 発話例 3 (NS が、マレーシア語で『ご飯を食べる』は何と言うか聞いている場面で) AZ: スーダ、スーダis 終わる〈a-ha〉だから、ご飯食べた〈うん〉ご飯食べた、マレ ーシアがスーダ、ミヌ、スーダis 終わった〈a-ha〉終わった、past perfect tense、 past perfect tense、perfect、everything is perfect [22 期(3 年目)] 発話例 4 (昨日奥さんの卒業式があったという話題で) NS: で、C[子]ちゃんと、あ、B[子]ちゃんはいいよね、B ちゃんは保育所でしょ? AZ: 保育所、でも、昨日が、一緒にが行く〈あー〉一緒にが行った[20 期(3 年目)] 発話例 5 (赤ちゃん⦅娘⦆の体重が増えたという話題で) AZ: よかった、でも〈うん〉いつもが病気〈え、どー〉だいたいね、1 週間ね、1 回 が病院に行った、2 回が病院が行った、でも、先週は 3 回が病院が行った [22 期(3 年目)] 「現在肯定」形と「現在否定」形は、1 期で「ない」形が出現した動詞「分かる」「できる」 以外「ます」「ません」形から出現している。「ない」形は誤用も多く、AZ の全動詞中で誤用 が見られた動詞には「見る、行く、送る、あげる、吸う、飲む、泣く、ある」があった(表 6)が、動詞「あげる」の「ない」形では、10 期(2 年目)に正用が現れた後、13 期(2 年 目)に誤用が生じ、19 期(3 年目)にまた正用に戻るという現象が見られた。 表6. 「ない」形の誤用と正用形の出現時期(〇は正用の出現)

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期を含めそれまでに出現した全「ない」形の4割を占めていた。これらの影響から、動詞「あげる」 と「吸う」の「ない」形を類推して誤用を産出した可能性が考えられる(発話例 6 , 7 )。 発話例 6 (彼女と遠距離恋愛になってからたばこを吸い始めたという話題で)   NS: 吸わなか //ったのねー   AZ: // すわー、吸わらない、うん [13期( 2 年目)] 発話例 7 (マレーシアで働いていたとき、母にお金をあげたかという話題で)   AZ: 全然あげる、あー、あげらない   NS: えっ?   AZ: げ、全然あげらない、でもー、その時にが、お母さんの、お金が、私にがまだあげ るよ [13期( 2 年目)] 4.2 形式と機能の質的な分析 動詞「食べる」で、当初「食べる」の機能を「食べた」で表していたように、形式と機能が合っ ているかどうかは動詞形の出現形式をカウントするだけではわからない。実際にどのように動詞 形の使用が広がっているのかに関して質的な分析を行う必要がある。表 4 で動詞形全バリエー ション数が多かった動詞「行く」と「食べる」について、初期相の動詞形 1 年目の出現状況を調 べたところ以下のことが明らかになった。 4.2.1 動詞「行く」 動詞「行く」は調査期間1年目に「行きます」「行きません」「行きました」の使用が多く見られ たが、 2 年目以降は「行く」「行かない」の語形をより多く使用する様子が観察された。動詞形 のバリエーションも多く、使用動詞形に大きな偏りが見られなかったことも特徴的である。表7 は動詞「行く」の出現順序と、正用・誤用の別、誤用の場合の発話意図を表している。1期では 「行きません」が出現しているが、「行きません」は「行きませんでした」の意味で用いているの で実際には誤用である。このような形式と意味が合わない傾向は 1 期から 7 期の「行きます」に 多く現れており、正用とともに「行きました」「行ってください」「帰ります」「行かせてください」 「行ったとき」「来ました」「来ます」の意味で用いて誤用も産出している。しかし次第に形式と意 味が結びついていき、1期では現在形「行きます」「行きません」で、過去「行きました」「行きま せんでした」を表していたが、 7 期( 2 年目)で「行きました」、13期( 2 年目)で「行った」 の正用が、また1期の「行きます」と 9 期の「行く」で「行ってください」を表していたが、14 期( 2 年目)に「行ってください」の形で正用が現れた。それ以外の 1 年目の動詞形の誤用には 正用が出現しなかった。 自然環境学習者における動詞形の発達過程に関する研究  武井 真美

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国際文化研究 第27号/オンライン版第 2 号 研究ノート 表 7 .AZ 動詞「行く」の動詞形出現順序( 1 年目) (〇は正用、×と横の数字は誤用と回数、その隣の日本語は発話意図、*は形態的な誤りを表す) 表 7 . A Z 動 詞 「 行 く 」 の 動 詞 形 出 現 順 序 ( 1 年 目 ) (〇は正用、 ×と横の数字は誤用と回数、 その隣の日本語は発話意図、 *は形態的な誤りを表す)

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4.2.2 動詞「食べる」 自然環境学習者 AZ は、 1 期では、「食べた」を “ 食べる ” の機能で使用していたことから、 調査当初、AZ は「食べた」を固まりとして覚えていたと考えられる。 2 期で「食べる」「食べま す」の正用が出現し、同時に「食べました」の意味を「食べる / 食べます」で表す誤用も出現し たが、10期( 2 年目)に「食べました」の正用が出現している。それ以外の 1 年目に現われた動 詞形の誤用には正用が出現しなかった(表 8 )。 5 .考察 5.1 先行研究との比較 本研究では、動詞「違う」「ある」は「る」形の頻度が高く、また動詞「わかる」「いる」「できる」 でも、「わかる」は「わかる、わからない」、「いる」は「います、いる、いない」、「できる」は「で きる、できない、できれば」が他の語形に比べて非常に多く見られる固定使用化傾向が見られた。 佐野(2008)では、動詞「違う」はすべて「る」形で使用されており、動詞「ある」も「る」形 の使用頻度が非常に高く、動詞「分かる」「行く」は「ない」形の使用頻度(分からない、行かな い)が高かった。また、動詞「行く」「する」「わかる」は使用頻度が高く、動詞形バリエーション も多かった。この点は、AZ の動詞形の傾向と類似している。これらのことから、動詞形の発達 過程が動詞ごとに違うことには、動詞の種類と動詞形の使用頻度の状況が関わっている可能性が 伺える。L2学習者が習得初期に丸暗記の固まり表現を使用すると言われている(菅谷,2004等) が、佐野(2008)では「遊ぼ(う)」が意向形以外での使用がなく全て「遊ぶ」の意味で使われ 自然環境学習者における動詞形の発達過程に関する研究  武井 真美 表 8 .AZ 動詞「食べる」の動詞形出現順序( 1 年目) (〇は正用、×と横の数字は誤用と回数、その隣の日本語は発話意図、*は形態的な誤りを表す) 12 た。動詞形のバリエーションも多く、使用動詞形に大きな偏りが見られなかったことも特徴 的である。表 7 は動詞「行く」の出現順序と、正用・誤用の別、誤用の場合の発話意図を表 している。1 期では「行きません」が出現しているが、「行きません」は「行きませんでし た」の意味で用いているので実際には誤用である。このような形式と意味が合わない傾向は 1 期から 7 期の「行きます」に多く現れており、正用とともに「行きました」「行ってくだ さい」「帰ります」「行かせてください」「行ったとき」「来ました」「来ます」の意味で用い て誤用も産出している。しかし次第に形式と意味が結びついていき、1 期では現在形「行き ます」「行きません」で、過去「行きました」「行きませんでした」を表していたが、7 期(2 年目)で「行きました」、13 期(2 年目)で「行った」の正用が、また 1 期の「行きます」 と 9 期の「行く」で「行ってください」を表していたが、14 期(2 年目)に「行ってくださ い」の形で正用が現れた。それ以外の 1 年目の動詞形の誤用には正用が出現しなかった。 4.2.2 動詞「食べる」 自然環境学習者 AZ は、1 期では、「食べた」を“食べる”の機能で使用していたことから、 調査当初、AZ は「食べた」を固まりとして覚えていたと考えられる。2 期で「食べる」「食 表 8. AZ 動詞「食べる」の動詞形出現順序(1 年目) (〇は正用、×と横の数字は誤用と回数、その隣の日本語は発話意図、*は形態的な誤りを表す)

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国際文化研究 第27号/オンライン版第 2 号 研究ノート ていた。本研究でも AZ は当初「食べた」「見て」を「食べる」「見る」の意味で固まりとして使っ ている様子が観察された。しかし、その後はこのような誤用がなくなり、「る」形、「ます」形と して正しく使えるようになった。固まりとして使用されていた動詞が異なっている点においては 学習者の多様性が伺えるが、学習初期の段階で、環境からのインプットを受けて、「固まり」と して語を覚えていくという点に関しては佐野(2008)と同様の傾向が見られたと言える。 動詞「食べる」と「行く」では「る」形と「た」形の同時出現を経て、「現在肯定」と「過去 肯定」形の語形の違いを習得していく段階が見られた。L1習得では、パターンの発見の過程で、 まずは表現を固まりとして認識し、除々にスキーマを見出し次第に抽象的なルールを構築してい くと報告されている(Tomasello, 2003)。動詞「食べる」は当初「食べた」を「食べる」の意味 で用いていたが、その後「食べます」「食べる」を「現在肯定」形として使うようになり、誤用を 経て「食べる」と「食べた」の使い分けができるようになった。 動詞「行く」でも、「行きます」「行く」を「行った」の意味で用いていたが、やがて「行く」 と「行った」の使い分けができるようになった。その過程で「る」形と「た」形の同時出現が見 られたが、全体の傾向として「ました」「た」の出現が遅くその出現時期が近いことから、当初は 過去を表す形態素を使わずに過去を表していたが、「スロット + た」スキーマ(橋本,2006)を 見出し、検証を経て、「る」形と「た」形の違いが習得されていった可能性が考えられる。AZ の母語のマレー語には時制による動詞の語形変化がないため過去形の習得に時間がかかったとも 考えられるが、他の自然環境学習者(ポルトガル語母語話者)や教室環境学習者(中国語母語話 者)でも、習得初期の段階で過去形の代わりに非過去形を使う同様の傾向が見られている(ナカ ミズ,1998; 家村,2003)。 5.2 正用出現後に生じる誤用について 佐野(2008)の調査対象者は動詞の固定化使用傾向が見られ、誤用が少なかったが、AZ では 「ない」形を作る際の誤用と、家村(2001)で述べられている「じゃない」の誤用が複数の動詞 で観察された。以下の発話は NS が AZ に日本のお葬式に参加したことがあるかどうかを質問し ている場面である。 発話例 8 (お葬式について、NS が神道の例を出して)   NS: 神道ていうか   AZ: まだ、いきます、ん、いきませんじゃない、いきますじゃないよ [ 5 期( 1 年目)] AZ は、この時点で「行きます」「行きません」の正用が見られている。しかし、なぜか「じゃ ない」を付加して誤用の形式を作り出している。このとき、学習者 AZ は「行ったことがない」 という経験を表そうとし、すでに習得した語形に「じゃない」を付加することで、新たな表現を 作り出そうとしていることがうかがえる。図 1 は動詞の「ない」「じゃない」「ない(+形態)」形

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153 自然環境学習者における動詞形の発達過程に関する研究  武井 真美 の出現数と正用率のグラフである。 5 期と13期で誤用が比較的多くなっているが、 5 期では「行 きますじゃないよ」「行きませんじゃない」、13期では「あげらない」「吸わらない」が出現してお り、スキーマの修正を行っているため、目標言語とは異なる産出がなされているのではないかと 考えられる。L1幼児を調査した Tomasello(2003)は「動詞の新しい用法は以前の用法に小さな 追加や修正が加えられる連続性のあるものである」(pp.117-118、訳は引用者による)と述べてい る。岩立(1981)の古動詞形に形態(素)がくっつき新動詞形になるという説を支持するものだ と考えるが、本研究の L2成人学習者でも、ほとんどの場合「ある→あるよ→あるよね」のよう に、新動詞形に先行して古動詞形の出現が見られた。「行きません+じゃない=行きませんじゃ ない」のように新動詞形が作られたということは、「行きません」に新たな機能が付加されたと 考えることもできる。 6 .結論と今後の課題 6.1 本研究のまとめ 日本語を第二言語とする成人自然環境学習者はどのような動詞形の発達過程を見せるのかにつ いて調査するために縦断的発話資料を分析した。どのような動詞形の発達過程を見せるのかに関 して本研究では 1 .動詞によって使用される動詞形には偏りが見られた。 2 . 「食べた」「見て」など、学習初期の段階で、環境からのインプットを受けて「固まり」とし て語を覚えていくという点に関しては佐野(2008)と同様の傾向が見られた。 3 . 動詞形の共通の出現順序として、「現在肯定・否定」形→「過去肯定・否定」形の順序が見 られた。 これらのことから、動詞形の発達過程が動詞ごとに違うことには動詞の種類と環境からのイン プット、そして使用頻度の状況が関わっている可能性が伺える。自然環境学習者 AZ は、環境か らのインプットによって当初は固まりとして動詞形を覚えていき、言語形式と意味の結びつきが 図 1 .「ない,じゃない,ない(+形態)」形の出現数と正用率

図1. 「ない,じゃない,ない(+形態)

」形の出現数と正用率

6.結論と今後の課題

6.1 本研究のまとめ

日本語を第二言語とする成人自然環境学習者はどのような動詞形の発達過程を見せるの

かについて調査するために縦断的発話資料を分析した。どのような動詞形の発達過程を見

せるのかに関して本研究では

1.動詞によって使用される動詞形には偏りが見られた。

2.

「食べた」

「見て」など、学習初期の段階で、環境からのインプットを受けて「固まり」

として語を覚えていくという点に関しては佐野(2008)と同様の傾向が見られた。

3.動詞形の共通の出現順序として、「現在肯定・否定」形→「過去肯定・否定」形の順序

が見られた。

これらのことから、動詞形の発達過程が動詞ごとに違うことには動詞の種類と環境からの

インプット、

そして使用頻度の状況が関わっている可能性が伺える。自然環境学習者 AZ は、

環境からのインプットによって当初は固まりとして動詞形を覚えていき、動詞形が増える

につれて意味を分化させていく様子が伺えた。

6.2 今後の課題

本研究では、自然環境学習者 1 名の動詞形の発達過程を調査するために縦断的な発話資

料を分析した。動詞を絞って詳細に時系列の変化を見ていく必要があると考えたが、調査対

象者が 1 名であるため結果の一般化はできない。今後は調査対象者の数を増やし、母語を統

制して、同様の傾向が現れるか調査する必要がある。

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国際文化研究 第27号/オンライン版第 2 号 研究ノート 進むと次第に形態を分化させていく様子が伺えた。 6.2 今後の課題 本研究では、自然環境学習者 1 名の動詞形の発達過程を調査するために縦断的な発話資料を分 析した。動詞を絞って詳細に時系列の変化を見ていく必要があると考えたが、調査対象者が 1 名 であるため結果の一般化はできない。今後は調査対象者の数を増やし、母語を統制して、同様の 傾向が現れるか調査する必要がある。 また、動詞形の出現数では圧倒的に「る」形が多かったが、環境からどのようなインプットを 受けていたのかまでは調査をしていない。自然環境学習者の普遍的な動詞形の発達過程を知る上 で、インプットと使用の関係を見ることは重要であると考える。 自然習得は談話展開能力や語用論的能力が優位に進むと言われている。また、動詞の時制は長 い目で見れば習得することができる。日本語教育においては、教室環境を自然環境に近づけるた めに、実際に使用されている日本語を教室に取り込んでいくことが必要であろう。 「参考文献」 岩立志津夫(1981)「一日本語児の動詞形の発達について」『学習院大学文学部研究年報』27, 191-205. 岩立志津夫(2006)「生得論と使用に準拠した理論で十分か?:社会的・生物的認知アプローチ」『心理学評論』49 (1), 9-18. 家村伸子(2001)「日本語の否定形の習得:中国語母語話者に対する縦断的な発話調査に基づいて」『第二言語とし ての日本語の習得研究』4 ,63-81. 家村伸子(2003)「日本語の否定表現の習得過程:中国語話者の発話資料から」『第二言語としての日本語の習得研 究』6 , 52-69. 許夏珮(1997)「中・上級台湾人日本語学習者による「テイル」の習得に関する橫断的研究」『日本語教育』95, 37-48. 黒野敦子(1998)「就労を目的として滞在している外国人のテンス・アスペクトの習得について」『就労を目的とし て滞在する外国人の日本語習得過程と習得に関わる要因の多角的研究:平成10年度科研(基盤研究(A)課題 番号06301099)』文部科学省科学研究費 小池生夫(他編)(2003)『応用言語学事典』研究社 迫田久美子(1998)『中間言語研究:日本語学習者による指示詞コ・ソ・アの習得』渓水社 迫田久美子(2006a)「第二言語習得研究における「自然習得」の位置づけ:自然環境学習者と教室環境学習者との 比較から(特集 自然習得による日本語学習)」『日本語学』290, 明治書院 , 44-56. 迫田久美子(2006b)『日本語学習者の習得過程に基づく評価と指導の研究:平成15~17年度科研(基盤研究(C) 課題番号15520335)研究成果報告書』文部科学省科学研究費 佐野香織(2008)「地域社会に暮らす長期定住外国人の動詞形使用:使用頻度の観点から」『認知言語学的観点を生 かした日本語教授法・教材開発研究:平成17~19年度科研(基盤研究(C)課題番号17520253)最終報告書』 文部科学省科学研究費 , 172-179. 菅谷奈津恵 (2003)「日本語学習者のアスペクト習得に関する縦断研究:「動作の持続」と「結果の状態」のテイル を中心に」『日本語教育』119, 65-74.

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自然環境学習者における動詞形の発達過程に関する研究  武井 真美 菅谷奈津恵(2004)「第二言語の生産的言語能力獲得におけるかたまりの役割:日本語の動詞活用を中心に」『言語 文化と日本語教育』2004年11月増刊特集号, 110-123. 菅谷奈津恵(2010)「日本語学習者による動詞活用の習得について:造語動詞と実在動詞による調査結果から」『日 本語教育』145, 37-48. 土岐哲(1998)『就労を目的として滞在する外国人の日本語習得過程と習得に関わる要因の多角的研究:平成10年 度科研(基盤研究(A)課題番号06301099)』文部科学省科学研究費 長友和彦(2002)「教室内日本語学習の可能性と限界:日本語の自然習得研究が示唆するもの」『第二言語としての 日本語の自然習得の可能性と限界:平成12~13年度科研(萌芽的研究課題番号12878043)研究成果報告書』 文部科学省科学研究費,9-18. 長友和彦 (2005)「第二言語としての日本語の自然習得の可能性と限界(特集 自然習得による日本語学習)」『日本語 学』290, 明治書院,32-43. ナカミズエレン(1998)「ブラジル人就労者における日本語の動詞習得の実態」『阪大日本語研究』10, 83-110. 橋本ゆかり(2006)「幼児の第二言語としての動詞形の習得プロセス:スキーマ生成に基づく言語構造の発達」『第 二言語としての日本語の習得研究』9 , 23-41. 橋本ゆかり(2007)「幼児の第二言語としてのスキーマ生成に基づく言語構造の発達:第一言語における可能形習 得との比較」『第二言語としての日本語の習得研究』10, 28-48. 森川尋美(2006)「孤島から文法の大陸へ:形態統語獲得の使用基盤モデルに関する理論的背景と諸研究」『心理学 評論』49, 96-109. 森山新(2008)「動詞・形容詞の否定形のインプットの頻度と習得との関係」『認知言語学的観点を生かした日本語 教授法・教材開発研究:平成17~19年度科研(基盤研究(C)課題番号17520253)最終報告書』文部科学省科 学研究費,181-184.

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表 7 .AZ 動詞「行く」の動詞形出現順序( 1 年目) (〇は正用、×と横の数字は誤用と回数、その隣の日本語は発話意図、*は形態的な誤りを表す) 表7.AZ動詞「行く」の動詞形出現順序(1年目)(〇は正用、 ×と横の数字は誤用と回数、 その隣の日本語は発話意図、 *は形態的な誤りを表す)

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