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英語の教員養成と言語教師認知 : 英語教師に必要な能力とは何かを中心として 利用統計を見る

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―英語教師に必要な能力とは何かを中心として−

English Teacher Training and Language Teachers Recognition

-What abilities do English teachers need for their

Education?-斎 藤 早 苗

  古 家 貴 雄

 Sanae SAITO  Takao FURUYA

Ⅰ.はじめに  本論文では英語の教員養成における言語教師認知について取り上げてみたい。近年、英語教員の認 知に関する研究の成果が現れはじめている(Borg, 2006)。この分野においては、英語の教師が自身の 教育に携わるとき、どのような信念を持ち、どのような英語教育を好ましいと思い、またそれらの要 素が実際にどのように自己の授業運営や指導方法に影響を与えるのか、という事項が究明されていく。 本稿では、この分野の中でも、英語教師や英語の教員養成に関わる2つの大きなトピックスについて 言及する。1つは、大学の英語教員養成課程の学生が模擬授業などを授業計画をする場合、どのよう な困難点を感じるのであろうかということ、あるいは、そのような学生が教育実習生として現場に行っ たとき、どのような困難点や指導の先生と関係でどのような問題に遭遇するのか、ということである。 これらは主に英語の教員養成に関する問題である。2つ目は、英語教師の能力とはどのようなもので 構成されているのか、という問題である。こちらは、英語教師自身の問題である。これらの問題を主 に言語教師認知との関係で議論することが本論文の目的となる。なお、本論の前半は古家が担当し、 後半は斎藤が担当する。 Ⅱ.言語教師認知とは何を意味するのか  まず、本論文で問題になる「言語教師認知」とは何を意味するのか、その問題から議論をはじめたい。 特に英語教師を対象とした場合には、それは次のような定義になるだろう。すなわち、「教師が、英語 教育全般について、①どのように教育対象を捉え、②実際に教育に関わる要因は何で、その影響の大 きさを考えながら、③自己の教育観や教育信念に基づいてどのように教育の方針と目標を立て、④実 際の授業を成立させるためにコースの計画、教材の選択、教授細目などのマクロな部分を意思決定を しながら、⑤また一方で、具体的な授業の流れを構成し、実施、改善していくためのミクロの部分を 意思決定をし、⑥さらに実際の授業でどのような判断を行うか、⑦尚且つ、行った授業をいかに評価 し、反省し、授業改善をするのか、について、その思考過程を明らかにしていくことである」と。以 上の定義の中では「教師の意思決定」ということが重要なテーマとなる。また、この分野の研究方法 としては、①質問紙法調査、②ケース・スタディー、③各種リフレクション(日記研究等)、④観察法、 ⑤定義による教育観、指導観調査(「授業とは∼である」)、などが考えられる。つまり、数値的なデー タを分析して、ある一定の結果を出す実験研究はあまり馴染まないわけで、そういう研究方法のみで は、研究したい項目の実体は捉えられない可能性がある。 Ⅲ.大学の教員養成に関する言語教師認知研究の意義・意味 *東海大学

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 次に、この分野すなわち、英語の教員養成の分野に関わる言語教師認知研究としては、例えば次の ようなテーマが考えられる。①学生のこれまでの英語教育の経験や信念(パーソナル・ヒストリーなど) が、英語教育観や授業構成力にどのように影響を与えるか、②実際の授業構成において、学生はどの ように意思決定を行うのか、③模擬授業等授業構成と授業実施を行う場合、どこに困難を感じるのか、 ④教員としての熟練者と初心者とではどのような点に違いがあるのか、などである。  また、以上の研究を行なうことで、次のような教員養成における応用可能性が考えられる。①大学 の英語の教員養成に必要なカリキュラム構成への参考になる、②学生の授業構成能力を高める指導へ の示唆を与える(授業構成に際しての特にどの指導が重要か、例えば指示出し方、教材の導入方法な ど)、③教壇に実際に立つために、どのような指導技術の基本的訓練が必要かがわかる、④英語の 教員養成課程の学生への知識のミニマム・エッセンシャルズを判断できる、⑤教えるべき理論とそれ の現場への示唆との関係がある程度はっきりする(例:Output Hypothesisの現場的意味が、自己モニター や自己評価表の利用が言語習得に効果があるといったようなこと)。 Ⅳ.優れた教師に特徴的なこととは何か  英語の教師認知においては、特に教員養成という点で養成の目標となる優れた教師の特徴とはどの ようなことかという問題が重要になる。もしも優れた英語教師のエッセンスがこの言語認知研究で明 らかにされれば、そのエッセンスを項目立てして学生に教えれば、優れた英語教師の養成が可能とな るかもしれないからである。つまり、エッセンスが指導上の目標の例となるわけである。さて、では 優れた英語教師の特徴とは何だろう。例えば、これまでいろいろな方面から評判の良い教師と言われ る人々を見てきた経験からは、そういう教師のどこが特徴的かと考えたとき、授業の内容や手順、指 導技術などについて、「どうしてそういう手順になるんです、どうしてここでこの指導なんです」、と 聞いても、きちんとその理由を答えられることが挙げられる。それは、それらの英語教師が意思決定 の根拠がきちんと言えるということと同等だと考えられる。そういうことになると、英語の教員養成 課程で学生が習得すべきものとして重要なこととして、英語教育の理論や教授法などの指導技術、実 際の英語運用能力などよりも、どのように授業を計画し、実施し、評価するべきか、それらの意思決 定の方法があり、また、それらは実習前に会得させる必要があることがわかる。その意味では、授業 を作り上げることは、それ自体が無数の要素の意思決定の過程であるので、意思決定の種類と方法を 是非学ばせなくてはならない。  では次に、本論文の前半で、英語の教員養成と言語教師認知について、①具体的に大学の英語教員 養成課程の学生が模擬授業などで授業計画をする場合、どのような困難点を感じるか、あるいは、② そのような学生が教育実習生として現場に行ったとき、どのような困難点や問題点に遭遇するか、な どの話題を取り上げたいと思う。 Ⅴ.学生の模擬授業における困難点  まず、実際に学生に模擬授業をさせ、その様子を分析した研究を取り上げたい(古家, 2006)。筆者(古 家)は、数年に亘り、自己の授業において、学生が模擬授業を実際に計画・実施・評価する際の困難 点を調査した。  授業計画については、模擬授業を担当した学生は、授業構成、時間配分、指導方法、与える知識の レベル、そのどれを取っても、授業の対象となる学習者のレベルに合わせることに困難を感じること が多かった。このような現象は、やはり、学習者のレベルや反応を、実際に授業を計画する経験がなく、 想定ができないため起こったものだと思われる。模擬授業では、教える対象が生徒役の学生なので中 学校2年生対象といっても判断が難しくなる。学生からも、教える生徒の英語力や既習知識に関して

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どのような程度のものかはっきりわからないので、そもそも授業構成や指導構成まではっきりとは決 められなかったというコメントがかなりあった。  次に、授業の実施については、授業前に準備してきたものが、円滑に表面に出てこないで、頭が真っ 白になり、自分でも何をしているのかがわからなくなることがあった。また、実際に授業中に発問を しても、どのような反応が返ってくるかが不明で、予想外の反応をされて、それにうまく答えること ができず、時間を無駄に消費してしまうということがあったようだ。意外にも、実際の授業になると、 時間的に同時に気を配らなければならないことが複数起こることを初めての授業体験で気づいて、驚 く学生もいた。  今回、まだ教育実習にも行っていない学生を対象として、彼らが実際に授業を計画したり、実施し たりする際の問題点や困難点について述べたが、これまでの海外での数少ない研究のいくつかによれ ば、特に教育実習中の教師において困難なこととして、例えば、Numrich(1996)は、26名のESLの 初心教師の日記を分析し、①授業を時間内にまとめること、②明瞭な指示を与えること、③生徒の要 求に合わせること、④自分のことより、生徒のことに神経を集中させること、などを挙げている。一方、 Johnson(1996)は、教員養成課程の学生が、最初は自分が教えることについてのイメージと実際の クラスの実態とのズレに当惑し、緊張したようだが、最終的には、両者に現れた矛盾になんとか対処 する方法や術を見出した、と自身の研究の中で述べている。  こうして、筆者の分析結果と過去の2つの先行研究の結果を比べると、授業計画・実施・反省にお ける困難点に関しては、ほぼ同じ結果が出ていることが明らかになった。 Ⅵ.教育実習生の困難点、問題点  次に、こうして大学の教員養成課程で英語科教育法など指導法の訓練をした学生が、実際に教育実 習に出てどのような困難を感じるかの問題に話を移したいと思う。実際に教育実習生は実習において どのような困難や問題を感じるのだろうか。実はこの件に関しての研究例はあまり多くない。そこで、 筆者の担当した学生の例を参考にして述べたいと思う。  主に中学校に実習に行った学生のケースでは、やはり一番の問題は、授業をした後、生徒の反応を 把握しながら、より良い方向にどのように授業を改善したらよいかがわからないということだった。 また、複数クラスを担当している場合、クラスによって反応が良いところと悪いところとがあって、 そのギャップに苦しむという話も聞いた。さらには、授業を時間以内に盛り込みたいけれど、どうし ても説明が多くなって時間内に終われないとか、大学でコミュニカティブな授業について習ってきて、 タスクが重要だということを意識づけられてくるのに、文法を中心とした型重視の授業展開になって しまうと言っていた学生も実際には多くいた。結局、自分のこれまで受けてきた授業経験から抜け出 すことは難しいということのようである。また、授業がうまくいくかどうかは、担当したクラスの生 徒との人間関係次第だということに気付く学生も多く、英語の授業のテクニック的なことにだけ上達 しても駄目だと最後は痛感するようだ。 Ⅶ.教育実習生に対する現場の反応  次に、実際に実習生を受け入れ側の先生から実習生に対してどのような注文がつけられる傾向に あるのかという問題に移りたい。これについても研究は多くない。参考として、一昨年開催された JACET言語教師認知研究会の第1回懇談会の席で現場の教師から出た意見を取り上げたい。全般的に は、テクニックや知識的なことではなく、意外に人間的活力とか礼儀についてしっかり大学で教育し てくれという注文が多くついたことが特徴的だった。  一方、英語を教える指導については、基本的なことであるが、やはり、指導案の書き方をしっかり

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訓練してきてくれというのが多く、あとは発音についての注文が多くあった。例えば、授業の中で教 科書を正しい発音で音読でき、生徒の模範となれるようになってほしいということである。さらに、 教科書を目の前の生徒のレベルに合わせるようリライトできる能力もほしいと述べた先生もいた。こ れは英語の実用的能力を伸ばす必要性にもつながることだと思われる。また、中学校の多くで英語で 授業を行う必要性から、生徒に合った英語が運用できる力を求める先生もいた。 Ⅷ.実習生と指導教員との関係  本論文の前半の最後に、実習において、担当の先生との関係構築の難しさの問題を取り上げる。実 習生はこの問題で悩む者が多いようだ。現在、とてもたくさんの困難を抱えている状況の中で、実習 生を現場が受け入れてくるということだけで実習担当の先生に感謝しなければならないのであるが、 大変言いにくいが、その関係性においていろいろ困難を感じる学生も確かにいるようだ。  その一番は、指導教員がアドバイスをくれることが大学で教えられたこととギャップがある場合に どうしたらよいかということである。次は、実習生は、彼らなりに考えて授業を計画するわけだが、 遠慮をして担当の先生にこのような授業をやりたいと言えないということがある。こういう場合の実 習生へのアドバイスとして、実習担当の先生は、現場での指導の担当責任者であるし、教育には文脈 というものがあり、理論的な事柄よりそのような教室の文脈の方が、指導の方向性の真実を映してい ることが多いので、指導教員に従うようにとアドバイスする。だが、自分がやりたいと思う授業の形 態や方法については、一応、指導教員に言うだけ言ってみることを勧める。それは、現場の教師の中 には実習生の考えに耳を傾けてくれる先生が多いと思うからである。  教育実習について、大学から学生を送り出す人間として、心がける必要がある点として、例えば、 大学の養成側が実習に送り出す側の教師とよく意思の疎通を図って、実習に送り出す前に、大学で学 生にどのような能力を予め付けておく必要があるべきかに耳を傾けなければならないということであ る。ただ、現場の先生の多くは、英語教育におけるテクニック的なものよりも、教育への熱意や人間 的な人格を重視しているわけであるから、我々大学の担当者も、英語教育の理論や授業に関わるテク ニックだけでなく、彼らを人格的にしっかりした人間に育成するということも大切であると自覚する 必要がある。つまり、重要なのは人間教育としての英語教育ということなのである。  また、最後に特に強調したいことは、実習担当の先生が実習生をどのように捉えているかという認 知が、彼らの実習内容(担当時間数や指導方法など)に大きな影響を及ぼす可能性があるという事実 である。具体的には、教育実習生は授業の経験をどんどん積ませて成長させるべきだと考える指導教 員は、実習生にたくさん授業を受け持たそうとするだろうし、一方、モデルとしての授業の在り様を 見せた上でないと授業経験をたくさん積んでも意味がないと考える指導教員は当然実習生の授業担当 の量については慎重になるだろうからである。  さて、では次に論文の後半に移ることにする。トピックスは今度は、英語教員に求められる能力の 種類についての問題である。このトピックスは言語教師認知の中でもとても重要で、英語教員の能力 の構成要素がはっきりしないと、当然、英語教員養成課程のカリキュラムの構成もはっきりしないこ とになるからである。では、以下、教員に求められる能力とは何かというトピックスを取り上げ、論 じることにしたい。 Ⅸ.教員に求められる能力とは  数年前までは、選り優れた先生が勇躍している姿をビデオによるモデル授業や公開授業などを通し て、授業技術の眼目を理解した、と単に受け身的な受け手で感銘することに始終していた教育環境が あった。特に、自発的に「教員の能力」の問いかけに意識も疑問も持たずに通り過ぎていた感があった。

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しかし、今では、教育を取り巻く環境の著しい変化に伴い、この問いが教育現場や家庭という広範囲 に渡る領域へ押し寄せ、教育に携わる多くのひとたちに対応を迫ってくる傾向にある。そして、いく ら身を伏せても避けて通ることができない究極の議論になっていることを痛感する。では、「教員が備 えていたい能力」とはどのような力なのだろうか。以下、論じてみたい。 Ⅹ.受ける側から見た「教員に求められる能力」 ⑴教員志望の学生にみる関心の高まりと意識の変化  筆者(斎藤)が担当する卒論ゼミでは、この2、3年、「望ましい教員の資質」や「能力」を卒業論 文のテーマに取り上げる教員志望の学生が増えている。なぜこのような研究テーマを選んだのか、と いう問いに対して、「これからの日本の英語教育をもっと良くしたい」、「外国語学習の喜びを次世代の 子供たちに伝えたい一心で」あるいは、「生徒が望む教員の能力」のように学生は答えており、自問自 答していることが伺える。このことから、この問いかけは、教員間だけでなく、受ける側にとっても 重要な課題となっていることがわかる。 ⑵「授業力」  この10年の間、教員の資質向上や授業改善のための授業評価を実施する教育機関が増え、一般化さ れるようになってきた。授業評価のねらいのひとつは、教員の「授業力アップ」を掲げ、教員の授業 改善に対する意識の向上である。授業評価の結果の一例として、授業を提供する側と受ける側に差が 認められる項目に「教員に疲れ、やる気のなさが漂う授業」という教員の熱意の有無に関する要因が あるが、この項目に対し70%の教員がこのような授業は良くないと見たのに対し、受ける側は、教員 が懸念しているほど重要視していない点に注目したい(34%)。つまり、評価へ影響を及ぼす教員の 能力に関する要因の特徴として「速すぎる話」、「単調で聞こえにくい」、「受ける側の理解を確かめず に一方的に進む」の3つがトップにあげられているのである。したがって、教員の「熱意」という情 意面よりも、授業の内容を「的確に伝え、受ける側への気配りをしているか」という伝達についての 技術面の方を重要視していることがわかる。さらに、回答をなお深く噛み砕いてみると、この授業評 価が掲げる「授業力」には無数の要素が含まれているようだ。実は、この授業評価が掲げる「授業力」 には技術をはじめ、人間関係づくりの能力も含まれているようなのである。 ⅩⅠ.教員に求められる能力  以下に上記の「授業力」を考慮に入れ、教員として磨きあげたい能力を5つあげて見たい。 ⑴人間関係を築く「力」  古くなってしまった文献の中でMoskowits(1976)は、良い教師を outstanding と表し、「良い教師とは」 を問う、教員の行動に焦点をあてた調査がある。ここでは高校生を対象にしたアンケート調査を基に、 優れていると評価された教師に見られる共通した行動を示した32項目を提示している。その中に⑴教 師は目標言語を完全に修得している、⑵教師は話によどみがない、⑶教師の話す量が少ない、⑷教師 は表情豊かで生き生きしている、⑸教室内の雰囲気が温かく、受容的である、⑹誉める時間が長く、 内容的に妥当で、身振りによる賞賛が多い、⑺生徒が授業の前後に教師に話しかける、⑻授業開始前 に教師は生徒に声をかける、⑼教師は忍耐強いなど、教授法についての知識や技術を超えた、生徒や 学生と信頼関係をつくりあげることができるかどうかに関わる「人間関係構築力」の重要性が示され ている。さらに、先述した授業評価にみる「授業力」の結果、例えば、「一方的に進む」、あるいは「分 かりにくい・聞こえにくい」など、共通した要因があることが分かる。これらのどの項目も古びるこ とのない、時代を超えた要素であり、教員として自覚をし、備え持ち、チェックを習慣づけたい能力

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だと思われる。

 また、Little(1995)は、 successful teachers のように「優れた教員」について言及しており、自ら 積極的な学びをするひととして責任ある教え、継続的な自己の行動や技術を省み、分析する力を備え ているひと、と説明している(下線部筆者)。国内を覗いても「教員に求められる能力」に関する情 報が数多くある。例えば、斎藤(2007)は、広範囲に渡る領域で教育に携わっているひとたちに「い い先生とはどういう人か」と問いかけ、望ましい先生の能力について提言している。中でも⑴段取り力、 ⑵研究者性、関係の力、テキスト探し、⑶見抜く力と見守る力、⑷応答できる体、そして、⑸学ぶ構 えなど、両者が提言する教員の能力には、講義での知識の伝達による「知・技」の一筋縄では説明で きない、多岐にわたる力が含蓄されているようである。  きっと、信頼感ある人間関係づくりの力を礎とし、授業に対する自覚・発見・実践する力は、特別 な才能、あるいは訓練が必要な能力とは別に、日頃の授業を積極的に省み、授業に対する意識を変え ることから芽生えてくる力ではないだろうか。 ⑵一般的知識・情報についての意識と発見力  次に、英語教師に重要な能力として教師の一般教養の知識や情報に対する意識向上と発見力をあげ たいと思う。  「今また、なぜ一般教養が重要」なのだろうか。今日の英語の教員養成課程では、英語教育の理論 や教授法を含む指導技術、教員自身の英語の運用能力など多岐にわたって文系・理系を問わず学ぶこ とが多い。考えてみれば、英語教員の採用試験には一般教養の科目も含まれており、人文・社会・自 然の分野からの出題があり、内容的にもレベルは年々高くなっている。英語教員がなぜ数学を、と思 うかもしれないが、日常生活においても数学的、あるいは理科的な考え方が必要な場に遭遇すること が多い。その上、IT時代における英語教育現場においても基本的なコンピュターの知識は選択の余地 無く求められる。加えて、基本的な心理学の知識も必要である。英語運用能力に関しては、英語の教 師を目指すひとたちにTOEICのスコアが求められ、試験では筆記に加え、英語による面接試験など超 えなければならないハードルがある。その一方で、教育現場を覗くと、専門課程に属する教員は、理 工系の英語、経済系の英語、医学や法律の英語のように専門分野に特化した知識や情報を備えた上で 英語の授業に取り組まなければならない。中高でも教科を英語で教える授業を実践している学校もと ても増えている。その意味で、教養と専門の橋渡しを巧くするという仕事の一部を担うことができる 力も必要となっているといえる。  このように、英語教員に求められる能力はひとつに限定されるものでなく、多岐にわたる能力を身 につけることが必要となるだろう。また、生徒・学生の英語のレベル、学ぶ目的、学習環境は多種多 様化しており、テキストをマニュアル通りに教えているだけでは社会や受ける側の要請に応える授業 づくりは空しいものになると思われる。 ⑶英語教師に必要なワンセットの能力:観察力=>分析力 =>伝える力  自身の授業を省みる時、自己の成長が見られるように、主観的判断からより客観的な「観察」力か ら「分析する力」、そしてやがては、より豊かな表現力をはじめ、内容を的確かつ明快に「伝える力」 が育まれていくといえるのではないだろうか。では、教師の成長にはなぜ客観的な観察の繰り返しと 積み重ねが必要なのだろうか。  それは、教育現場にみる学習活動や生徒・学生と教師との相互の伝達活動を含む「学び」には、○ か×のように絶対的に評価される能力でなく、現場での試行錯誤も教育のプロセスと捉えると、教員 の能力には相対的な要素が多種多様に含まれているからだと思われる。

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 また、生徒・学生との教部内外での会話や授業観察に基づいて、生徒・学生が遭遇する問題を解決 する手助けをする方法を状況に応じて提供し、分かりやすい言葉で説明し、伝えることから、より生 き生きした学習環境を作り、生徒・学生との関係を確立し、維持することも可能になるのではないだ ろうか。したがって、これらの3つの力がひとつのセットになって、巧く作動することで、責任ある 教育に対する意欲の向上へ発展していく教師の重要な「能力」のひとつが形成されていくのではない だろうか。 ⑷可能性を発見し、それを見守る能力  先述した授業評価による望ましくないとされる教員について、「学生を見下す授業」が予想以上に多 く占められており(49%)、教員の学生に対する行動や態度を指摘している点に一目を置きたい。 こ の評価結果から、斎藤(2007)が示す「見抜く力と見守る力」では、生徒・学生の優れた点を見抜き、 尊重し、温かく「見守る力」が教員として備えたい力として着目されるべきだと思われる。また、生 徒ひとりひとりを尊重し、成長していく姿を見守る心があるところにより望ましい教育の実践が可能 になると考えられる。 ⑸共有する学びの場:コミュニケーション能力  今日、「知・技」が一筋縄で説明し難い実際の学びの場では、学びの喜びや発見の喜びを共有し、共 感しあえる場でありたいという声が高まってきている。そのような場を作り上げるための礎となるの が人間関係を築くための明確・明快に「伝える能力」も教員に求められるコミュニケーション能力で はないだろうか。一方、教室内外の現場を「共同作業の場」として捉えれば、学習者や同僚と一緒に なって、学習目的や課題を共有し合う能力も求められてくる。異なる視点を尊重し合うことができる 柔軟な心を持つように努めようとする力は、お互いの学ぶ意欲を高め、言語運用能力の向上へつなが るものではないだろうか。そして、共同作業の場では、きっとその能力は、積極的に授業を受けるひ とたちに、教えることの価値と魅力をしっかりと伝えることができるのではないだろうか。「伝える」 に関して、既述したMoskowits(1976)の「良い教師の行動」が示しているように、伝達活動が相互 に活発化し作動している教育現場では、生徒・学生が授業の前後に教師に話しかける、あるいは教師 自身が彼らに直接声をかけることは教育の基本でもあると思う。言い換えれば、それによって「学び」 を共有する意思を持ち、耳を傾け合うなど、相互のコミュニケーションが活発化してくる可能性が高 い。「どうも話しは苦手」というひとには、コミュニケーションを目指す授業づくりは、きついハード ルかもしれない。しかし、立ち止まって、さて、自分はどちらのタイプかと考えている時間が持てな いのがこの教育の多様化時代の特徴であろう。少しずつでも、誠意を持って、生徒・学生を「見守る」 ことに努め、授業に臨む教員はどこか生き生きして見えると思う。また、コミュニケーション能力を 活かすことで、周囲の同僚のひとたちとの共同作業にも取り組むという教育への積極的な態度が必要 ではないだろうか。要は、学びを共有しているところに、より良い授業が作動し、活き活きした教育 が生まれてくるものと確信するところにある。  以上、教員に求められる数ある力をまとめると、「自覚・発見・学びの共有」する意識を持ち、自己 練磨し続ける能力ではないだろうか。Good より、better、betterよりbestと目標は尽きることはないだ ろう。筆者自身は、教員の能力考えるとき、いつも思い出す言葉がある。それはJoseph Joubert(1754-1824)というフランス人の批評家の To teach is to learn twice である。教えることには無限大の発見 があり、その価値を次世代のひとたちに、しっかり伝えることが教員の大切な役割のひとつではない かと思う。

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参考文献

Borg, S. (2006) Teacher cognition and language education. Continuum.

Johnson, K. (1996). The vision versus reality: The tensions of the TESOL practicum. In D. Freeman

 & J. Richards (Eds.), Teacher learning in language teaching(pp. 30-49). New York: Cambridge University Press. Little, D (1995) Learning as dialogue: The dependence of learner autonomy on teacher autonomy. System, 23⑵.

175-182.

Moskowits, G. (1976) The classroom interaction of outstanding foreign language teachers. Foreign Language Annals. 9:135-137.

Numrich, C. (1996). On becoming a language teacher: Insights from diary studies. TESOL Quarterly, 30, 131-153. 斎藤 孝(2007) 『教育力』 東京:岩波新書.

古家貴雄(2006) 「学生に英語の模擬授業を計画・実施させる際の問題点について」ARELE(全国英語教育 学会紀要)Volume, 17,pp. 253-262.

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