氏 名 松 居 翔 学位(専攻分野の名称) 博 士(食品栄養学) 学 位 記 番 号 甲 第 667 号 学 位 授 与 の 日 付 平成 26 年 3 月 20 日 学 位 論 文 題 目 UVB 照射による皮膚-脳-肝臓 axis の解析とその生物学的 意義 論 文 審 査 委 員 主査 教 授・博士(農学) 大 石 祐 一 教 授・農 学 博 士 上 原 万里子 教 授・博士(農学) 服 部 一 夫 論 文 内 容 の 要 旨 はじめに 皮膚は独立した人体最大の臓器で,他の臓器と有機的 に関わりながら一個体を形成している。皮膚と他の臓器 をつなぐメカニズムには,内分泌経路と自律神経,神経 ペプチドを介する神経系の経路がある。皮膚の炎症によ る反応を例に挙げると,内分泌経路では,炎症が皮膚に 生じると炎症性サイトカインが産生される。そして,産 生されたサイトカインは,血液を介して全身の炎症反応 を引き起こす。もう一つのルートである神経系は,皮膚 の炎症による熱感や疼痛が脳で感知されるように,上向 性の知覚神経を介して局所の皮膚での炎症反応は脳に伝 わり,脳内サイトカイン産生を増幅させる。つまり,皮 膚での炎症は不快,不安,全身倦怠感などの脳で感知さ れる病的感覚に繋がる。従って,皮膚への刺激は,皮膚 に限られたものだけでなく,他臓器とネットワークを形 成し,身体へ様々な影響を及ぼすことが考えられる。 我々の皮膚は常に外界から様々な刺激にさらされてい る。その刺激の代表的なものとして太陽光線中の紫外線 が挙げられる。紫外線は,UVA(320-400nm),UVB (280-320nm),UVC(<280nm)に分けられ,UVA は オゾン層に吸収されることなく地表に届き,波長の短い UVC は地表に届かない。UVB だけが成層圏のオゾン 層量によってその照射量が変動する。現在,熱帯地域を 除き長期的・全地球的にオゾン層の減少傾向が続いてい る。特に顕著なのは南極上空のオゾン層の減少である が,日本においても,晴天時の UVB の地上照射量とオ ゾン全量との間には負の相関があることが確認されてい る。オゾン全量の減少の結果,地表に降り注ぐように なった UVB により,皮膚では炎症や色素沈着,皮膚の 老化,光アレルギー,皮膚癌,DNA 損傷などが引き起 こされ,皮膚に対して大きなダメージを与えることが知 られている。一方で,UVB による変性には違いない が,皮膚にとってプラスの効果も存在する。その一つ に,UVB の照射は,皮膚に蓄えられたプロビタミン を,活性ビタミン D3 に変化させることがある。ビタミ ン D3 は,脂溶性ビタミンの 1 つであり,カルシウム代 謝において中心的な役割を果たすとともに,細胞の分化 や増殖の根幹にも関わるプロセスなどでも多彩な作用を 有している。つまり,過度の UVB は皮膚にとって悪影 響であるが,身体の健康を維持するためには最小限の UVB は必要である。このように,皮膚に対する UVB の影響については,多くの報告があり,UVB の危険性 と重要性,双方の面でよく理解されている。しかし,皮 膚以外の臓器に対する UVB の暴露の影響を検討した報 告は極めて少ない。そこで本研究では,UVB 照射シグ ナルが,どのようにして皮膚以外の臓器に伝わるのか, また,その生物学的意義について検討した。 実験 1 UVB 照射ヘアレスマウスにおける血清アディ ポネクチン濃度に及ぼす影響 これまでの報告で,UVB を照射されたマウスの血中 アディポネクチン量は,減少することがわかっている。 しかし,UVB 照射により,血中アディポネクチン量が 減少する理由はわかっていない。そこで,実験 1 では, UVB の照射の血中アディポネクチン量減少に繋がるメ カニズムについて検討した。実験動物には,Hos : HR-1 ヘアレスマウス(6 週齢,雌)を用いた。飼料には MF を与え,自由摂食とした。マウスは 7 日間の馴化飼 育後,UVB(−)群(n=6)と UVB(+)群(n=6)に 群分けを行った。UVB(−)群は,馴化飼育と同様の条 件下で飼育を行い試験に用いた。UVB(+)群に関して は UVB 照射試験を行った。UVB のエネルギー量は 1.6 J/cm2とした。UVB(−)群,UVB(+)群ともに試験 24 時間後,解剖を行い,皮膚,視床下部,肝臓,内臓 ─ 36 ─
脂肪組織の摘出および採血を行った。各摘出臓器は,群 ごとにサンプルをプールし,cDNA マイクロアレイを 行った。各摘出臓器の mRNA 量は,Real time PCR 法 にて測定した。各 mRNA 量は,b-actin の mRNA 量当 たりの相対値として求めた。また,視床下部,肝臓,血 清中の各タンパク質濃度は ELISA 法にて測定した。 まず,血清中のアディポネクチン量および内臓脂肪組 織中のアディポネクチン mRNA 量を測定した。その結 果,血清アディポネクチン量および内臓脂肪組織中のア ディポネクチン mRNA 量は,UVB(−)群に比して, UVB(+)群で有意な減少を示した。また,内臓脂肪組 織においてアディポネクチンの発現の上方制御に関わる Peroxisome proliferator-activated receptor(PPAR)g, CCAAT/enhancer binding protein(C/EBP)a,C/EBPb, Fatty acid binding protein 4(aP2)の mRNA 量は, UVB(−)群に比して UVB(+)群で有意に減少した。 一方,下方制御に関わる Interleukin(IL)-6,Monocyte chemoattractant protein(MCP)-1 の mRNA 量は有意 な増加を示した。これらのことから,UVB 照射による 血清アディポネクチン量の減少は,内臓脂肪組織での PPARg,C/EBPa,C/EBPb,aP2 の 減 少 と IL-6 と MCP-1 の増加によるアディポネクチン発現の低下が要 因であることが考えられた。
これまでに,Serum amyloid A(SAA)は,脂肪細胞 において PPARg,C/EBPa,C/EBPb,aP2 の mRNA 量の減少と IL-6,MCP-1 mRNA 量の増加を引き起こす ことが報告されている。そこで,SAA に着目したとこ ろ,主要な合成組織である肝臓において,UVB(−)群 に比して UVB(+)群で,SAA の mRNA 量が顕著に増 加していた。また,血清 SAA 量も,UVB(−)群に比 して UVB(+)群で有意な増加を示した。よって,本 研究において,血中で増加した SAA が脂肪細胞に働き かけ,アディポネクチンの発現を抑制したことが考えら れた。また,これらのことから UVB 照射のシグナル は,何らかの経路を介し,肝臓を刺激していることが示 唆された。
これまでの報告で,Calcitonin gene-related peptide (CGRP)タンパク質の局所増加は,脳を介した神経経 路を介して,全身の CGRP 発現と放出を増加させるこ とが報告されている。そこで,cDNA マイクロアレイ による皮膚,肝臓,視床下部の CGRP の遺伝子発現の 結果を検討した。その結果,摘出臓器のすべてで CGRP の遺伝子発現の増加が認められた。これらの結果を Real time PCR 法にて確認したところ,皮膚,肝臓,視 床下部で,UVB(−)群に比して UVB(+)群で CGRP mRNA 量 は 有 意 な 増 加 を 示 し た。ま た,組 織 中 の CGRP のタンパク量を測定したところ,視床下部,肝 臓で有意な増加を示した。よって,本研究においても UVB の刺激が,皮膚中で CGRP の発現を増加させ,そ の増加が引き金となり,脳を介して肝臓の CGRP の発 現と放出を促したことが推察された。
実験 2 HepG2 cells における CGRP の SAA 発現に 及ぼす影響 実験 1 の結果,肝臓において CGRP と SAA の発現の 増加が確認されたが,その 2 つの因子の関係性について は不明である。そこで実験 2 では,in vitro の肝臓モデ ルとして知られる HepG2 cells を用いて,CGRP の肝 臓における SAA 発現に対する影響を検討した。HepG2 cells を 10% FBS を含む DMEM-F12 HAM 培地でサブ コンフルエントまで培養し,24 時間のスタベーション 後,以下の実験を行った。CGRP(100nM)を培地に 添加後,SAA の mRNA 量は,4 時間で有意な増加を示 した。また,CGRP(10 or 100nM)を培地に添加し, 24 時間後に,SAA ELISA kit を用いて培地中の SAA 量を測定したところ,100nM で SAA 量が有意に増加 した。さらに,SAA の上流に存在する IL-1b,IL-6, Tumor necrosis factor(TNF)a は,IL-6 のみ 2 時間で mRNA 量の有意な増加が認められ,IL-1b と TNFa の mRNA 量には変化が認められなかった。これらのこと から,CGRP による SAA の増加は,IL-6 の作用を介し ていることが考えられた。そこで,この仮説を証明する ために,IL-6 中和抗体(0.1 or 1mg/mL)を添加し, CGRP による SAA の mRNA 量の変動を確認した。そ の結果,CGRP により誘導された SAA mRNA 量の増 加が IL-6 中和抗体により抑制された。したがって, CGRP は IL-6 の作用を介して SAA の発現を促進して いることが考えられた。 以上の結果から,実験 1 で認められた UVB 照射によ る肝臓中での SAA の増加は,CGRP により増加した IL-6 の作用に起因することが考えられた。 実験 3 UVB 照射がヘアレスマウスの肝臓 Trans-forming growth factor d1 と Plasminogen activa-tor inhibiactiva-tor-1 遺伝子発現に及ぼす影響 実験 3 では,血中アディポネクチンと負の相関を示す ことが知られている,肝臓中の Transforming growth factor(TGF)b1 と,そ の 下 流 に 存 在 し,細 胞 外 マ ト リックスの沈着,蓄積を促進し,線維化を主体とする組 織病変の進展に深く関与する Plasminogen activator ─ 37 ─
inhibitor(PAI)-1 の発現に着目した。サンプルは,実験 1 と同様のものを用いた。その結果,肝臓中の TGFb1 mRNA 量は,UVB(−)群に比して UVB(+)群で有 意 な 増 加 を 示 し た の に 対 し,PAI-1 の mRNA 量 は UVB(−)群に比して UVB(+)群で有意な減少を示し た。この結果は,TGFb1 の下流に PAI-1 が存在する点 から矛盾が生じる。これまでに,CGRP の働きの一つ に,肝線維化の進行を緩和させる効果が報告されてい る。すなわち,UVB 照射により,線維化に対して重要 な因子である PAI-1 の遺伝子発現が減少したのは, CGRP の肝臓線維化の緩和作用に起因するものではな いかと推測した。そこで,この仮説を証明するために, HepG2 cells を用いて CGRP の PAI-1 の発現に対する 効果を検討した。培養方法は実験 2 と同様とし,追加条 件として,実験 3 では,TGFb1 を添加し,PAI-1 を強 制発現させた試験群を設けた。その結果,TGFb1 によ り誘導された PAI-1 の培地中タンパク質量は,CGRP (10 or 100nM)添加により TGFb1 のみ添加した群に比 して,24 時間で有意に減少した。また,CGRP(100 nM)添加により,TGFb1 が誘導した PAI-1 の mRNA 量は,TGFb1 のみ添加した群に比して 4,8 時間で有意 な減少を示した。これまでに,CGRP は,神経細胞で cAMP/PKA pathway を活性化させることが報告されて いる。そこで,PKA の阻害剤の一つである H89(10 mM)を添加した。その結果,TGFb1 により誘導され た PAI-1 の遺伝子発現を抑制していた CGRP の効果が 阻 害 さ れ た。ま た,TGFb1 pathway に は,Smad と Mitogen-activated protein kinase(MAPK)pathway が 良く知られているが,cAMP/PKA pathway は,MAPK (Extracellular signal-regulated kinase(ERK),c-jun N-terminal kinase(JNK),p38)の活性を抑制するこ とが知られている。そこで ERK,JNK,p38 のリン酸 化 を MAPK ELISA kit を 用 い て 測 定 し た と こ ろ, TGFb1 により引き起こされた ERK,JNK,p38 のリン 酸化のレベルが,CGRP 添加により基礎培地で培養し た HepG2 cells のリン酸化レベルまで戻ることが明らか となった。これらのことから,UVB 照射により肝臓で 増加した TGFb1 による PAI-1 の発現を増加させる効果 は,肝臓で増加した CGRP の cAMP/PKA pathway を 介した MAPK(ERK,JNK,p38)pathway の阻害作 用により,抑制されたことが示唆された。 まとめ 実験 1 の結果より,UVB 照射による血中アディポネ クチン濃度の減少は,肝臓で合成された SAA が主な要 因であることが考えられた。また,臓器間の情報伝達に 重要な役割を担う CGRP の mRNA 量が,皮膚,視床 下部,肝臓で増加していたことから,CGRP の増加を 介して,UVB 照射のシグナルが皮膚から脳を介して肝 臓に伝わることが示唆された。加えて,実験 2 の結果よ り,肝臓における CGRP の作用は,IL-6 の発現を増加 させ,SAA の合成を間接的に制御していることが明ら かとなった。これら 2 つの実験から,UVB 照射のシグ ナルには CGRP が重要な役割を担っていることが明ら かとなった。実験 3 では,UVB 照射による血中アディ ポネクチン量の減少による肝臓への影響を検討した結 果,肝臓中の TGFb1 が増加していた。このことは, PAI-1 が減少する点と矛盾を生じたが,これらの矛盾の 原因の一つに,CGRP が MAPK pathway の活性を抑制 することが考えられた。ただし,CGRP の PAI-1 発現 の抑制効果は顕著ではなかったため,他の因子も関わる ことが示唆された。本研究では,UVB 照射による臓器 間のシグナルは,皮膚-脳-肝臓 axis を介して CGRP の 発現と放出の増加という形で伝わることを提案した。さ らに,その情報が身体に伝わることで,脂肪組織におけ るアディポネクチン mRNA 量の減少,および血清ア ディポネクチン量の低下を招くことが示唆された。その 結果,皮膚に対する UVB 照射の影響は,直接の皮膚に 対する障害に加え,皮膚構成分子の合成に大きく関わる 血中アディポネクチン量の減少という形で,内部からも 皮膚に悪影響を及ぼすことが示唆された。一方,UVB 照射は肝臓中の CGRP を増加させ,肝線維化の増悪化 に重要な役割を担う PAI-1 の発現を減少させる効果を 有した。すなわち,UVB 照射シグナルは,CGRP が重 要な働きを担い,その効果は,血中アディポネクチン量 の減少というネガティブな効果と,肝臓 PAI-1 発現の 減少というポジティブな効果,双方の影響を示すことが 明らかとなった。 審 査 報 告 概 要 皮膚への UVB 照射がアディポネクチンの脂肪細胞で の合成,血中濃度を減少させる機構について検討した。
UVB 照射は,皮膚で CGRP(Calcitonin gene-related peptide)を増加させ,神経経路を介して脳の CGRP 増 ─ 38 ─
加,さ ら に は 肝 臓 で の CGRP を 増 加 さ せ た。肝 臓 CGRP は,IL-6 を介して Serum amyloid A 合成を促進 し,アディポネクチンを減少させたことが明らかとなっ た。また,UVB 照射が肝臓の TGFb1 を増加させるも の の,CGRP 増 加 に よ り 肝 線 維 症 に 関 わ る PAI-1 (Plasminogen activator inhibitor-1)を減少させ,肝線 維症増悪化を抑制することが示唆された。以上の結果に より,皮膚 UVB 照射が皮膚-脳-肝臓 axis での CGRP の発現と放出の増加という形で伝わり,そのシグナル は,血中アディポネクチン量の減少というネガティブな 効果と肝臓 PAI-1 発現の減少というポジティブな効果, 双方の影響を示すという生物学的意義の一端が明らかと なった。以上の結果は,新たな皮膚,肝臓などを含めた 臓器間ネットワーク制御機構の解明に寄与するものであ る。 よって,審査員一同は博士(食品栄養学)の学位を授 与する価値があると判断した。 ─ 39 ─