氏 名 伊藤 まどか 博士の専攻分野の名称 博 士 ( 医科学 ) 学 位 記 番 号 医工博甲 第 294 号 学 位 授 与 年 月 日 平成26年 9月 25日 学 位 授 与 の 要 件 学位規則第4条第1項該当 専 攻 名 人間環境医工学専攻(生体環境学コース) 学 位 論 文 題 名 ドメスティック・バイオレンス被害を受けた母親の精神症状が子 どもの注意機能に及ぼす影響:前向き縦断研究
(The mental health of the domestic violence victims affects the attentional functioning of their children:A prospective longitudinal study.) 論 文 審 査 委 員 委員長 教 授 山縣 然太朗 委 員 准教授 布村 明彦 委 員 客員教授 神尾 陽子
学位論文内容の要旨
(研究の目的) ドメスティック・バイオレンス(以下,DV)は被害に遭った女性だけでなく,両親間のDVにさら された子どもの適応や機能に深刻な影響を及ぼすことが知られている。最近になって子どもの認知機 能に対する影響が指摘されるようになってきたが(e.g. Towe-Goodman et al., 2001) ,その影響の個 人差を規定する要因については検討されていない。本研究では子どもの認知機能,とくに注意機能に 注目し,DVへの曝露による潜在的な影響に対する保護・危険要因を縦断的に検討する。本研究では, その要因として母親の精神症状を取り上げ,以下の仮説を検討する。DVにさらされた子どもたちを 対象として,ベースライン期の母親の精神症状(外傷後ストレス障害の症状,解離症状,および全般 的な精神症状)が重篤である場合,母親の精神症状が軽症である場合と比較して,ベースライン期(仮 説1)および1年後までの(仮説2)子どもの注意機能(持続処理課題の成績)は低い。 (方法) 本研究はDV被害母子フォローアッププロジェクトの一部であり,この研究デザインは前向き縦断 研究である。調査対象者は,一次保護施設等を利用後,DV被害による精神健康の障害を主訴として 都内の精神科に外来受診した母親とその子ども(2〜18歳)であった。分析対象者は母子36組(母親 36.64±6.59歳,子ども8.31±3.72歳) であった。主治医から紹介され,説明同意が得られた母子を 対象に,初回調査をベースラインとして,3ヶ月後,6ヶ月後,9ヶ月後,12ヶ月後の計5回にわたって追跡調査を行った。調査は対面の面接方式で行い,母子それぞれに臨床心理士が対応した。母親に対 しての調査内容は,社会経済的状況とDV被害状況に加えて,母親の精神症状の重症度を測定するた めに,外傷後ストレス障害の症状,解離症状,全般的な精神症状について自記式質問紙への記入を求 めた。子どもの注意機能の測定として,視覚性持続処理課題を実施した。 (結果) 仮説1について,ベースライン期の母親の精神症状が同時期の子どもの注意機能に及ぼす影響を検 討するため,DV被害の程度と子どもの年齢を調整した重回帰分析を行った。その結果,母親の解離 症状が子どもの持続処理課題における正答率(B=-0.51, 95%Cl=-1.00 to -0.02, p=.043),反応 時 間(B=6.07, 95%Cl=0.39 to 2.59, p=.009)および見逃し(B=0.52, 95%Cl=0.17 to 0.86, p=.005) に 有 意 な 影 響を 示 し て い た 。見 逃 しは 子 ど も の 不 注意 の 指標 と さ れ る た め, 子 ど も の 注 意 機 能 , と く に 不 注 意 に 最 も 影 響 を 及 ぼ す の は , 母 親 の 解 離 症 状 で あ る こ と が 示 唆 さ れ た 。 仮 説2につい て, ベースライン期の母親の精神症状が1年後までの子どもの注意機能に及 ぼす影響を検討するため,線形混合モデルを実施した。DV被害の程度と子どもの年齢を調整した多 変量解析の結果,母親の解離症状が,1年後までの正答率(B=-0.53, 95%Cl=-0.93 to -0.14, p=.0 10)およびお手つき(B=0.32, 95%Cl=0.07 to 0.57, p=.013)に対して有意な影響を示して い た 。 お 手 つ き は 子 ど も の 衝 動 性 の 指 標 と さ れ る た め , ベ ー ス ラ イ ン に お け る 母 親 の 解 離 症 状 が ,1年後までの子どもの衝動性を予測することが示唆された。 (考察) 本研究の結果から仮説は一部支持された。仮説1の検討から,母親の精神症状のうち解離症状は同 時期の子どもの不注意(見逃し)と有意に関連していることが示された。仮説2については,母親の 解離症状が1年後までの子どもの衝動性(お手つき)に影響することが示唆された。他の母親の精神 症状(外傷後ストレス障害の症状や全般性な精神症状)は,子どもの注意機能への影響が認められな かった。母親に重篤な解離症状がある場合,解離症状がもたらす一貫性のなさや情緒的応答性の低下 によって,DVによって損なわれた子どもの安全感・安心感の回復が進みにくく,注意機能への影響 がもたらされると考えられる。本研究の限界として,サンプル数の小ささや,それに関連して様々な 関連要因を調整しきれていない点などが挙げられる。本邦においてDV被害母子を対象とした中長期 的な追跡研究はこれまで行なわれておらず,海外においても子どもの評価が母親の主観的報告による ものがほとんどであった。本研究では,視覚性持続処理課題を用いて自己報告式ではない客観的な子 どもの認知機能評価を行った。こうした,より客観的な評価と母親の精神症状との縦断的な関連性を 明らかにできた点は意義あるものといえる。 (結論) DV 被害を受けた母親の精神症状の中でも,重篤な解離症状は,子どもの注意機能に対する危険要
因となり,短期的には子どもの不注意に,長期的には衝動性に影響する可能性が示された。DV 被害 母子の治療・支援する上では,母子それぞれの症状に加えて,相互作用についても査定し,介入につ なげていくことが必要であると示唆される。